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なぜこの小説は人気があるのか?

ネタバレ注意! このレビューにはネタバレが含まれています。

トリニティ・ブラッド

 
大災厄で文明が滅んだ遠未来。異種知性体・吸血鬼と人類の闘争が続く暗黒の時代―辺境の街イシュトヴァーンの支配者・吸血侯爵ジュラは、ロストテクノロジー兵器“嘆きの星”による人類抹殺の野望を巡らしていた。その情報を掴んだ汎人類機関ヴァチカンは、計画を阻止すべく、ひとりのエージェントを派遣した!存亡を懸けて闘う二つの種族を、壮大なスケールで描くノイエ・バロックオペラの決定版!―汝、目をそらすことなかれ。

 壮大なスケールと独特なビジュアルイメージから映像化不可能と言われた作品だが、
 全国のファンの想いと情熱でテレビアニメ化実現へこぎつけ、WOWOWにて登場。


■ 主人公アベル・ナイトロードについて               

「私はバンパイアの血を吸うバンパイアです」
 トリニティ・ブラッドの魅力は、
 主人公のアベル・ナイトロードという人間のおもしろさ、深さによるところが大きいです。
 万年金欠で、のほほんとしており、つまらない失敗ばかり繰り返すダメ神父なのですが、
 彼には吸血鬼の血を吸う吸血鬼「クルースニク」という肩書きがあって、力を解放したときは、
 まさに超人──神か悪魔のような活躍をします。
 
 このミステリアスなギャップがなんとも言えず、アベルの持つ謎を知りたくて、
 私はトリニティブラッドを全巻揃えてしまいました(笑)。

 
 アベルという人間は、ことごとく両面性を持っています。
 例えば、彼は根っからの善人で、どんなひどい状況に陥ろうとも、
 人間というものを最後まで信じようとします。
 かと思えば、敵である薔薇十字騎士団(ローゼンクロイツ・オルデン)の幹部的存在、
 機械仕掛けの魔術イザーク・フェルナンド・ケンプファーからは、
「彼は殺戮の神だ」
 と、悪のカリスマとして崇拝されています。
 詳しくはわからないのですが、過去のアベルはとんでもない悪人で、
 人間を滅ぼそうとしたこともあったようです。
 そのためでしょうか、彼の言動には偽善とは思えない真実味があり、
 なんとも深い人間的魅力を備えています。

 また、ふだんは頭の悪い失敗を繰り返して、同僚にも呆れられているのですが、
 実はトンデモなく頭の切れる人物で、あらゆるロストテクノロジーに精通し、
 高度なコンピューター群をまるで手足の用に操ります。
 「能ある鷹は爪を隠す」という言葉がピッタリの人物です。

 最初の頃は、なぜ本当は優れた能力を持っているのに、
 それを隠しているだと、多少イライラしました。
 ただ、どうもアベルの言動を見ている限り、無理してバカを演じているというより、
 こちらの方が地であるようです。なんとも人間臭い男です。

 キャラクター作りのテクニックとして、このような二面性、ギャップを作ることがあげられます。
  
 人間は誰しも2つの側面を持っており、ある分野ではうだつの上がらない人が、
 別の分野では大活躍をしたり、立派な人が私生活ではだらしなかったり、
 悪い人が良いことをしたりします。
 この2つの側面を交互に見せることで、一面的でないリアルな人間像を描くことができるのです。

 遠山の金さんや、水戸黄門といった時代劇スターの人気の秘密も実はこれです。
 遊び人の金さんや、縮緬問屋の隠居のおじいさんが、
 ラストの締めでは、町奉行や副将軍となって悪を裁くところに爽快感を感じるのです。
 弱者から強者への転換、うだつのあがらない人物から立派な人物への移行というのは、
 私たちの変身願望も満たしてくれます。
 アベルもダメ神父から、殺戮の神とも呼ばれるクルースニクに変身することにより、
 敵を倒してのけます。
 このところに、アベルという人間の深さと、物語の爽快感があるのです。


■ 宗教の光と闇                         

「なぜ宗教は愛と喜びをよりどころとしながら、
 戦争や不寛容、悪意、憎しみ、悲しみ、悔恨の念をあおりたてるのだろう」
 人類はこれまで、おのれたちを破滅させた連中しか崇めなかった。
 そして、これからも、永久に。
 
(シオラン「概論」より引用)

 トリニティ・ブラッドは、大災厄で文明が滅んだ遠い未来、
 異種知性体・吸血鬼と人類の闘争が続く暗黒の時代の話です。
 巨大宗教組織・教皇庁の国務聖省に所属するアベル・ナイトロードは、派遣執行官として、
 悪事を働く吸血鬼たちと戦いながら、世界の秩序を破壊しようとする謎の組織
 ローゼンクロイツ・オルデンと水面下の闘争を続けます。
 教皇庁は吸血鬼と敵対しており、人類の守護者を自認しているのですが、
 100%善の側に属しているわけではなく、裏では、えげつないこともいっぱいやっているのですね。

「艦長、仮に──仮にですよ? 
 もしタリン市民が我々と派遣執行官との戦いに巻き込まれて全滅してしまった場合、
 ここの鉱山はどこに属するのでしょう?」
(中略)
「石油は人類の宝です。所有者が全滅してしまったくらいで放置して良いはずがありません。
 そう、どこか公正かつ良識的な機関が管理下において、
 きちんと採掘を続ける必要があります……そう思われませんか?」
(「トリニティ・ブラッド ジャッチメント・デイ」」より引用) 

 これは教皇庁教理聖省・異端審問局ブラザー・マタイの言葉です。
 教皇庁の中では、教理聖省長官フランチェスコ・ディ・メディチと、
 国務聖省長官カテリーナ・スフォルツァの異母兄妹が権力争いをしています。
 教理聖省に所属する異端審問局は、この抗争の巻き添えにして、
 わざと無関係の国の市民を全滅させ、彼らの持つ石油採掘所を、
 自分たちの財産として接収しようとたくらんだりするのですね。
 
 こういったやり方について行けず、離反する者も当然でてきます。

「これが、さきほど聖下がお尋ねになられた、裏切りの理由です──
 私は、信仰を金儲けの手段に使い、弱者を食い物にする彼らと、
 それを許す教皇庁が許せなかった」

(「トリニティ・ブラッド ノウフェイス」より引用) 

 神の名を掲げ、愛と正義を語りながらも、やっていることは権力闘争と利権争い、
 そのためなら、平気で弱いモノを踏みにじる冷酷さが教皇庁にはあります。
 この世で一番恐ろしいのは、正義を盾に人を傷つける者と、
 自分を正義と疑わずに人を傷つける者だと思いますね。
 教皇庁の人間の一部は自らを神意の執行者と信じて疑わず、
 どんなひどいことでも平然とやります。

「主はなる神は全知にして全能。すべてを見てらっしゃいます。
 もし、ここに死すべきでない者がいるなら、
 奇跡を起こして我らの炎からその者たちを救うはず。
 逆に言えば……救われない者は、生きるに値しない罪人ということです」

(「トリニティ・ブラッド ジャッチメント・デイ」」より引用) 
 
 これは異端審問官のマタイが、
 火炎放射器で罪のない親子を殺そうとしていた時のセリフなのですが、
 反論のしようのない、ものすごい屁理屈ですよね(汗)。
 神という大義名分を掲げているため、マタイは決して己の所業を反省することなく、
 罪悪感に悩まされることもなく、平然と殺戮を行うことができるのです。
 彼は、もっとも恐ろしいモンスターと言えるでしょう。

 この小説は、こういった宗教の暗部も一つのテーマとしてスポットを当てています。
 もちろん、神の教えで救われた人もいますが、
 神の名を免罪符として、強欲の限りを尽くす人間の浅ましさが描かれており、
 なかなか考えさせる内容になっています。


■ 耽美にして女性優位の世界観                   

 トリニティ・ブラッドは、女性人気が高いようです。
 おそらくこれは、この作品が女性優位の社会を志向しているからだと思います。

 
 というのも、出てくる男性キャラの約9割が美形。
 しかも、ほとんどが知性溢れるジェントルマンで、
 そのセリフや行動は優雅そのものであり、なんとも心憎いです。
 
 しかも、なぜか女性キャラ、
 特に男性読者層が架空の恋愛対象とできるような等身大の美少女キャラがまったくおりません。
 唯一いるのはヒロインのエステル・ブランシュですが、彼女は萌とかとは、ほど遠い存在です。
 少女らしいかわいらしさや媚態というものが、まったく描かれていません。
 エステルは、なにげにアベルに助けられてばかりで、囚われのお姫様的役割を果たしていますが、
 困難を打ち破ろうと、無力さを知恵でカバーして積極的に行動します。

 トリニティ・ブラッドは、世界背景や主要人物はまったく同じで、時間軸だけが異なる
 『R.A.M.』シリーズと、『R.O.M』シリーズの2部構成になっており、
 エステルは現在軸である『R.O.M』のみに登場します。
 そのため、『R.O.M』では女性が活躍する話という印象が強いです。

 また、吸血鬼の女帝ヴラディカ、
 アベルたち派遣執行官の主である国務聖省長官カテリーナ・スフォルツァなど、
 女性が権力者として君臨する母権制的な世界でもあります。
 紳士にして優雅な吸血鬼たちが、女帝ヴラディカを、すべての夜の子の母として崇めるのは、
 なにか母性への憧れのようなモノが見て取れます。
 しかも、吸血鬼たちの国家──真人類帝国は、
 ナンバーツーの首席枢密司モルドヴァ公ミルカ・フォルトゥナまで、
 ロリの入った美少女(実年齢はウン百歳のおばあさん)というなんとも徹底した母権制ぶりで、
 おおッ、俺もこの国に生まれたかったチクショー!
 セスたん(皇帝)と、ミルカたんに支配されたかった! と、血の涙を流したくなる心境です(笑)。
 
 ただ、なんといっても、エステルが聖女として祭り上げられ、
 挙げ句の果てには、最高の権力の座についてしまうことが、
 この作品の女性の立ち位置を象徴しています。

 人間の精神は常に大いなるものへの隷従を望みます。自由とは自ら望む屈服です。
 この作品では、隷属の対象は、美と安らぎの体現者たる強く美しい女性なのです。
 美形キャラたちは、あくまで彼女らを補佐し盛り立てるための脇役にすぎず、
 女性優位の姿勢が貫かれています。
  
 それ故、女性がこの話を読むと自分が優遇されているような気分を味わえるのではと思います。

 もちろん、男性が読んでもおもしろいですけどね。
 唯一、敵の組織であるローゼンクロイツ・オルデンだけは、カインという男性がトップに立っており、
 側近の二人も男性で占められ、女性はあまり高い地位にはおりません。
 これは父権制のオルデンを敵とすることで、
 父権制に反逆しようとする意味が隠されているのではと、私は深読みしています。


■ 卓越した文章力                       

 トリニティ・ブラッドは、文体にもかなりこだわっています。
 気品のある美しいレトリックの数々と豊富な語彙が、知的な登場人物たちと、
 バロック調の世界観にジャストフィットとしていますね。

 著者の吉田直さんの文章力は、ライトノベル作家の中でも卓越していると思います。
 そのため、勉強用として私もかなり参考にさせていただきました。


 また、吸血という行為には、相手との一体化という、
 いわば男女の恋愛・性交に対しての直接的メタファーがあります。
 そのため、吸血鬼を女性を食い物にする獣のような存在として描いている作品が多いです。
 男性優位の暴力的な求愛行動ですね。

 それに対して、母権制的世界観のトリニティ・ブラッドの吸血鬼は、
 女性をエスコートする優雅にして紳士な貴公子といった描かれ方をされる場合が多いです。
 女性は敬意を払うべき存在として、丁重に扱われています。
 吉田直さんの美しい文章は、ここにその本領を発揮しており、
 美しい怪物である吸血鬼の魅力を余すところ無く描写しております。


■ この作品の欠点、残念なところ                

 トリニティ・ブラッドには、恋愛要素が全くないのですね。
 キスシーンすらありません。


 ヒロインのエステル・ブランシュは、アベルに好意を持っているのですが、
 アベルの方は、彼女に対して恋愛感情はまったくありません。
 というのもアベルは、もはや何百年と生きている人間なので、17,8の少女など、
 娘か孫のようなものなのでしょう。

 エステルは他人のために自らを犠牲にして闘えるような人なのですが、
 アベルと比べると、どうしても青臭さ、未熟さが際立ってしまい、
 残念ながら私にとって、あまり魅力的に映りませんでした。
 魅力的な女性キャラは、皇帝ヴラディカ、枢機卿カテリーナ・スフォルツァと、
 そうそうたる面子がおり、エステルは彼女らと比べると、どうしても見劣りします。
 ヒロインが他の女性キャラに喰われているのです。
 
 一番残念なのが、作者の吉田直さんが急死したため、
 シリーズが未完で終わってしまっていることですね。

 
 設定資料や未発表作品のプロットが、「Canon神学大全」で発表されており、
 その後のストーリーを補完してくれていますが、到底納得できるものではありません。
 特に、方舟でのアベルとカインの決着がどうなるかについては、謎というところがね……


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