物語の構成が失敗する原因。予想外と理解不能の違いとは「伏線と手段」

りーさんの質問 2017/05/26

質問です。構成が苦手みたいなのですが、自分だとわかりません
他人の作品の構成も、失敗してるのはわかるのですが、なぜ失敗なのかを考えると、よくわからなくなってきます

展開が突然すぎるだとかが失敗例として代表的ですよね
でも、突然に出来事がおきるってよく考えてみると現実ではむしろそれが普通だし、成功してる作品にも唐突な展開ってけっこうありますよね。
なのになんで失敗だと感じてしまうのか?
よく考えても答えが出てこなかったので、よろしくおねがいいたします

予想外と理解不能の違いとは「伏線と手段」

●オルトさんの意見 2017/05/26

展開が突然すぎるだとかが失敗例として代表的ですよね
でも、突然に出来事がおきるってよく考えてみると現実ではむしろそれが普通だし、成功してる作品にも唐突な展開ってけっこうありますよね

まず、主人公にとって突然でも、読者にとっては違うということ。
「主人公にとっての突然」を伝えるためには、その突然が必然であると読者に理解してもらわなければならないので、布石や伏線などでそれとなく前もって読者に伝えるシーンがあったりしますよね。

これと似たような事で「予想外の出来事」というのもありますが、これも展開自体はさほど予想困難なことではありません。

絶対に予測不能なことだったら、かえって突然すぎて脈絡なく、理解がおいつかい不親切な設計になってしまうでしょう。

予想外の出来事ってのは、展開自体が予想困難なのではなく、結果に至る手段が予想外の方法だったりするので「そういう手があったか!」と予想外の感覚が生まれるわけですね。

よーするに、読者は予想はしてるんで、その答え合わせでコロンブスの卵を見た感じですか。
答えは予想通りだけど、途中式が予想外、みたいな。

こういうのは、慣れてない人が狙いすぎると「予想外」を「読者が予想できないこと」と考えてしまい、上記したように絶対予測不可能な脈絡ない出来事を書いてしまったり(それはそれで才能だと思うけど)、読者に理解してもらおうという配慮に欠けた構成にしてしまったりします。

たぶん、作者が主人公に感情移入しすぎてるんじゃないかなと。自分(主人公)にとって突然でも自然な流れだから大丈夫かな、みたいな。
でも実際には、読者も感情移入するとは言え、文章という壁越しに主人公を見てるわけですから、ちゃんとお膳立てしてしっかり理解してもらおうと組み立てなきゃ伝わらないことも多いです。

主人公にとって「突然」でも、その「突然」がどうして起こるのかという説明を読者には事前にしておかないと、本当に突然すぎてどう解釈したらいいのかすらわからない、理解がおっつかないという事になるかなと。

この説明も程度によってで、「突然なにかが起こる」という説明さえあればいいので、その「なにか」の設定を説明する必要はないです。「なにかが起こりそう」という予感さえ与えられれば良いので。

逆転サヨナラ本塁打はフィクションではわざとらしい。

●あまくささんの意見 2017/05/26

でも、突然に出来事がおきるってよく考えてみると現実ではむしろそれが普通だし、

例えば野球の試合での劇的な大逆転とか、現実に起こりますよね?
古いところでは長嶋茂雄の天覧試合でのサヨナラ・ホームランというのがあって今でもスポーツ界屈指のレジェンドと言われていますが、そういうのを安易にフィクションでやると「ご都合主義」と言われてしまいます。

稀有なできごとは、現実の世界では、稀有だからこそ人は感動するわけです。ところがフィクションの中では作者がやろうと思えばいくらでもできてしまうので、同じことをやっても読者は稀有だとは感じてくれないんですね。

なので。

成功してる作品にも唐突な展開ってけっこうありますよね

成功しているとしたら、一見唐突に見えてもそこに至る流れの中で、読者に心の準備をさせながら盛り上げていく何らかの工夫・演出が施されているはずです。

読書するときに、そういうことを意識して伏線に注意しながら読んでみるといいと思いいますよ。

言いたかったのは、

1)現実には~がある、は根拠にならない。

2)大事なのは逆転サヨナラ本塁打ではなく、そこに至る流れなのでは?

この2点です。

途中の展開に大して盛り上がりも、面白味も、読者の胸を打つ熱い展開もなく、ラストになって脈絡もなく逆転サヨナラ本塁打が飛び出して「試合には勝ったよ、良かったね」と言われても、白けるばかりですよね?

推理小説では物語の前半で真犯人が登場していなければなりません

●薔薇騎士さんの意見 2017/05/27

失敗例としては、
300ページの推理小説で、ラストから10ページ目に出てきた人物が犯人というのがあるとします。

現実には主人公となるべき探偵の周囲に、最初から犯人がうろうろしていてる場合もあれば、事件を解決するほんの数分前に出会うこともあるでしょう。

しかし、推理小説には、物語の前半で真犯人が登場していなければなりません。
そうしないと、推理小説を楽しんでいる読者にとってのお約束の楽しみを奪ってしまうことになります。

ジャンルを飛躍するという構成失敗

●薔薇騎士さんの意見 2017/05/27

ジャンルを飛躍するという構成失敗もあります。

例えば、密室殺人事件で被害者が鋭い刃物で切り裂かれているということがあり、それを名探偵と新米刑事(美人)のコンビ調べていくと、アメリカ軍が開発したウイルスでしたとなれば、推理小説として読んでいた読者の期待を裏切ります。

唐突な展開も、読者の許容範囲でなければなりません。

サザエさんが買い物に行って財布を忘れるまでは良いですが、通り魔に襲われてダイコンでノックアウトしてはいけないのです。
現実にはあるかもしれないが、はみ出してはいけない線がフィクションとしていの作品にはあると言うことになります。