雷さんの質問 2013年05月20日
こんにちは、雷です。
ちょっと気になることがあったので、ひさしぶりにスレを立ててみました。
さっそく質問です。
みなさんは、小説を書くとき、頭に思い浮かべた文章を直接書き出していますか。
それとも、まず映像を思い浮かべて、それを文字に書き起こしていますか。
ちなみに僕は、まず映像を思い浮かべて、それを文字に書き起こしています。頭の中で描いたアニメーションを動かして、そうして見た情景を文字に記録しつつ、小説として読めるように表現や描写を調節していくのが、僕のスタイルです。
アニメや漫画のノベライズとよく似たやり方かもしれません。
ここまでは、過去にも同様のスレッドがいくつもありました。
そこで、さらに踏み込んだ質問。
「映像を思い浮かべる派」のみなさんは、音や声も聞こえていますか。
逆に「文章を直接書き出す派」のみなさんは、音や声も、やはり直接文章で書き出しているのでしょうか。
僕は頭の中でアニメーションを動かすとき、音や声もついています。さすがにBGMはありませんが(笑)、足音や風の音、街の喧騒はもちろん、登場人物ひとりひとりに個々の声があって、それぞれ台詞をしゃべっています。
なぜこのような質問をしたのかというと、
映像を思い浮かべるか、思い浮かべないか。
音声が聞こえているか、聞こえていないか。
この違いが、書き手それぞれの擬音語の扱いにも影響しているのではないかと、ふと思いついたからです。
先述したとおり、僕は小説を書くとき、場面ごとに、音や声がはっきり聞こえています。だからなのか、音声を文章で表現するときにも、擬音語をためらわずに使います。
戦士が剣を振るえば、ひゅん、と風を切ります。
魔法使いが呪文を唱えれば、ごう、と炎が燃え上がります。
しかしその一方で、擬音語を使うことを陳腐だ、安直だ、と言う書き手がいることも知っています。たしかに擬音語は、読んでいて安っぽい印象を与えることが少なくありません。ですから僕も濫用は控えようと考えていますし、かなり慎重に言葉を選んでもいます。しかし、だからといって、擬音語をまったく使わないと決め込んで、わざわざ表現の幅を狭めるようなことはしません。
こうした擬音語を使うことに積極的な書き手と消極的な書き手の違いが、小説を書き出すときに音が聞こえているか聞こえていないかの違いにも少なからず影響されているのではないか。そう考えて、こうしてスレッドを立ててみました。
もし「映像は思い浮かべないし、音声も聞こえないけど、擬音語はばりばり使っているぜ」という方がいたら、この仮説はいとも簡単に崩れてしまうのですが(笑)。
みなさんは、映像を思い浮かべていますか。音声が聞こえていますか。
アンケート気分で、気軽に答えていただければ幸いです。
●答え●
> みなさんは、映像を思い浮かべていますか。音声が聞こえていますか。
えっと、映像で思い浮かべますが、効果音はともかく、キャラの音声はついておらず、若干サウンドノベルのような感じになっております。台詞だけ文字です。ちなみに擬音はよほどなければ使いません。ちょっちゅう使うと安っぽくみられると思ったからです。しかし、効果的に使えば、立体感でますよね。
参考になれば。
こんばんは。YUOといいます。
私は映像を浮かべる派です。
音声も歌も聞こえてくる時があります。
場合にもよりますが、擬音をそのまま書き出すことは少ないです。
上手く擬音を生かす自信がないので、どうしても入れたい部分だけに留めています。
推敲の時は気になる一部だけ映像を再生する。もしくは文章を追うだけになります。
イメージが鮮烈に浮かぶのは最初の一回だけですので、二回目からは別の何かになることがよくあります。
アンケート程度ですが、参考になれば幸いです。
それでは。
面白い話題なので回答させていただきます。
私は完全に「文章派」ですね。映像はほとんど思い浮かべません。だからキャラクターの描写をしても、自分の頭の中にそのキャラのヴィジュアルがありません(w
>逆に「文章を直接書き出す派」のみなさんは、音や声も、やはり直接文章で書き出しているのでしょうか。
そうですね。
実際にどんな音なのか、どんな声なのか、はあまり気にせずに、文章の見栄えを重視して書いています。
>擬音語
そういうわけなので私は文章上の見栄えがよくならない限りは擬音語の使用には消極的です。
私は基本的に映像派です。
脳内イメージを文章に変換しております。
そしてその映像の中で、読者に見せたい部分を切り取って文にまとめてる感じですね。
>>「映像を思い浮かべる派」のみなさんは、音や声も聞こえていますか。
もちろんです。
「このキャラの声は声優なら誰に近いか」とか「この虫の鳴声はたぶん鈴虫だな」とかは考えたりしてますね。
>>擬音について
基本的にはあまり使いませんね。
というより小さい音などは擬音を使いますが、大きな音は比喩です。
擬音を極力つかわない理由としては、まず「文としての見栄え」あと比喩の方が伝えたい事をよりリアルに、より適切に伝える事が出来ると考えているので、基本的に「擬音少なめ、比喩多め」になりますね。
まぁ文章の出力方法は個人差ありますよね。
私は映像文字変換派ですね。
先ず音声が聞こえて、映像を連想して、それをそのまま文章に興してみます。
下手なモノですから、ほぼ会話文ですが、それでも連想出来る方もいらっしゃるようです。
何となく思い浮かんできたりする様なので、問題無い方には問題無く思い描けるようです。
それ以外の方からは、もっと描写を・・・と言われてしまっております。
書ける範囲で善処させて頂いております。
完璧には程遠いです。
擬音もそれなりに使いますね。
例えばですが
とてとて、とたとた・・・
トテテトトタトタトテトトタ・・・
などと、幼い子供が楽しげにあちこち走りまわっている様子とかを表現してみたいと思ったりする事が良く有るので、良く遊び半分でつくってみたりしています。
幼い子供が主人公なので、そうしてみています。
擬音に関しては、楽しむ為に作っていたりするので、殆ど気にしないで使っていますね。
安っぽいと言われてしまえば、それでも構わない位の気持ちで気軽に書きたいからと考えています。
高くて書けないよりは、安っぽくても楽しく書ける方を目指しています。
完璧な映像変換派です。
> そこで、さらに踏み込んだ質問。
> 「映像を思い浮かべる派」のみなさんは、音や声も聞こえていますか。
風景はもちろんフルカラー。
外であれば虫たちのいろんな鳴き声が聞こえ。
どんな鳥がどういう軌道を描いて空を飛びまわっているかも想像し。
キャラクターの一挙手一投足を追いかけ。
なにかに触れたときの感触も伝わり。
それがヒロインなのであれば、近くに寄った時に舞うふわりとした匂いも感じ。
キャラひとりひとりの声質も想像でき。
果てはBGMまで流しちゃったり。
とまぁ、簡単に言えば妄想が好きなだけかもしれないです。
ただ、五感すべてを使おうという考えが頭にある人は、普通にこれくらいは想像しているはずです。
映像=視覚 音=聴覚 感触=触覚 匂い=嗅覚
味覚はさすがに使いづらいですが、上の四つはどんな場面でも常に想像しています。
すべては、より読者に伝わりやすいように、という思いがあるためですね。
擬音も使いますが、それは直感的に読者に感じ取ってもらいたいときだけです。常時は描写で頑張ります。
ではでは。
一刻です。
興味が湧いたので参加させていただきます。
> みなさんは、小説を書くとき、頭に思い浮かべた文章を直接書き出していますか。
> それとも、まず映像を思い浮かべて、それを文字に書き起こしていますか。
自分の場合、ほぼ文章が浮かびます。
考え事が言葉主体だからでしょうか。
ただし書くとき、キャラや物体の位置関係を思い浮かべることはあります。
空間認識能力がぽんこつなので、よくこんがらがりますが。
後自分にはわからないのですが、執筆時に映像が思い浮かぶ方は、普段の考え事も映像主体で進んでいくのでしょうか。ちょっと気になる。
> 逆に「文章を直接書き出す派」のみなさんは、音や声も、やはり直接文章で書き出しているのでしょうか。
残念ながら、音も声も聞こえて来ません……羨ましい……。
シーン/会話の間隔は、なんとなくながら浮かぶのですけれども。何行空く、何行続くとか。
> 映像を思い浮かべるか、思い浮かべないか。
> 音声が聞こえているか、聞こえていないか。
> この違いが、書き手それぞれの擬音語の扱いにも影響しているのではないかと、ふと思いついたからです。
擬音語は、そんなには使いませんね。
とはいえ、簡潔に説明を済ませたいときなどは、ちょくちょく使ってある気がします。自転車で急ブレーキをかけたときの音とか。「トン」と押す音とか。
> みなさんは、映像を思い浮かべていますか。音声が聞こえていますか。
> アンケート気分で、気軽に答えていただければ幸いです。
基本は、上で書いたとおり文章が浮かびます。
けれども浮かんだ文章を出力する前に、視覚・触覚などに変換して、イメージ(感性?)とマッチするかを試すことは、たまにあります(文章が浮かぶ人はみんなやってるかも?)。
うお、くそおもしろそうなスレですね。
こんにちは。というわけで気軽に答えてみます。
○ 文章直接出力派? 映像文字変換派?
改めて考えると、直接かも。けっこうノリで書いてる。
でも映像を想像するときもあるしなー。
直接書くときは、文章が淡白なかんじになりますね。
映像を想像して書くと、描写がしつこいかんじ。
あー。筆が止まると、具体的にイメージする、みたいなかんじかも。
すんません参考にならずに。
こんなてきとーなやつがいるってことで、ひとつ。
ごめんなさい役立たずは失礼します!
両方、です。
ゆっくりと想像しながら書く時は映像込み。
乗ってくると言葉がどんどん沸いてきます。
上手い文章が思いつかない時に映像を見ている感覚。
その時は当然、声も音も込みです。
脳内でアニメ化をしている感覚なので、時にはBGMも流れます。
映像が楽しすぎると、そこで満足して書く気が起こらなくなるのが難点(笑)
私の場合、映像を文に変換した時の出来は悪い事が多いです。
映像を上手く言葉に変換できないため、そうなってしまいます。
文字が浮かび、直接打ち込んでいった時のものの方が、満足のいく分になります。
擬音語については、下品にならなければ好きです。
効果的に使えるのならば、使わない手はないと思います。
因みに、眉唾物でしょうが、右脳左脳テストでは常に、左脳80%の理論派と出てしまいます(笑)
はじめまして、馨と申します。
わたしの場合は、雷様同様、後者の映像文字変換派ですね。
基本的に、現実世界と変わらないほどのシーン(場面)が映像として脳内に浮かびます。
そして、擬音語について触れていますが、私はあまり擬音語は使いません。雷様が仰るように、擬音語は陳腐で稚拙なイメージがあるとのことで、使わないようにしております。
その代り、普段から見たものを擬音語ではなく、文章表現としてどう表すのかを考えたりしていますね。
擬音語を使わないことで、表現の幅が狭まると仰いますが、案外文章で表すほうが断然幅が広がったりもしますよ。
おはようございます。
何という面白いアンケートを思いつかれたのですか?w
皆さんの執筆中の頭の中が、それこそ直接のぞきこめるようで、たいへん興味深いです。管理人様、これも永久保存お願いしたいです(て言うか過去ログには残るんでしたっけ? できたら研究室行きという意味です)。
で、私ですが。
そうですね、私の場合は両方みたいです。
文章を書くのがけっこう好きなので、映像はいっさい思い浮かべずに言葉の流れだけで書くことがあります。
一人称で直接話法っぽく書くときと、三人称小説でも叙述的な部分ではそうした方法をとることが多いみたいです。
ただエンタメ小説、特にラノベの場合は、シーンを主体に物語を組み立てる方がよいので。(と言うより、ラノベはそうでないと通用しませんね)
そういう場合は、まずアニメを作るつもりになって情景を思い浮かべてから、それを文章に置き換えるという方法を意識的にやっています。
思い浮かべているのは、絵と、動きと、声。時にBGMも。
ああ、なるほど~。私の場合は、効果音や物音は思い浮かべていませんでした。そんなこと、気がつきもしませんでしたw
絵は、これはもう好きなアニメの絵柄をそのまま脳内であてはめちゃいますね。
動きに関しては、最近のアニメはよく動くのでそのイメージを使うこともありますが、前に見た実写映画とかTVコマーシャルの1カットを思い出すこともあります。あくまで断片的な動きについてですが。
セリフは実際にキャラが喋っている声を思い浮かべて書きます。
たまにBGMも思い浮かべます。音楽の才能はまったくないので、雰囲気だけですが。
ただアニメのBGMはストーリーやここぞというシーンに挿入して補完効果を出すものですから、文章だけの小説で再現することはできません。
何か小説で可能なギミックに置き換える必要があるので、めったにやりませんが。
わたしはプロットをたてますので、修正することを前提で文章をかきすすめます。
例:
スペアリブを網で焼く。いい匂いがする。
はじめは、あえてこのくらいの書きかたに留めます。
このメモをのこした時点では、わたしの意識は視点主の近くにありません。
いちおう音や匂いをイメージしていますが、膜を一枚をとおしたような……たとえばカメラをとおしてみているような感覚です。
むしろ、そのシーンが醸しだす全体的な雰囲気を感じています。
もしこれを『文章出力派』というのであれば、そうなります。
そして、あとで具体的に書き直します。
例:
飴色になったスペアリブを、ぼくはトングでそっとつまんだ。とろけるほど柔らかい肉の感触がトングから伝わってきて頬がゆるむ。ここが正念場だ。最高の黒豚、極上のタレをつかっても、焼きかたがまずければスペアリブは台なしになる。力まないようにゆっくりと持ち上げて、ひっくりかえす。透明の液体となった脂が、肉の表面をつたわってこぼれる。それが金網の下で赤くなっている炭にあたって、じゅうっと音をたてた。スペアリブにもみこんだスパイスの薫りがたちのぼる。手の甲で、ひたいの汗をぬぐう。朝から何も入れていないぼくの胃は、今にもひっくりかえりそうだ。自分の胃に、落ち着けと言い聞かせた。もう五分もしないうちに焼き上がる。
このときには、トングの感触、豚肉の焼ける匂い、音をじっさいの感覚としてとらえています。
これは雷さまのおっしゃるところの『映像文字変換派』にあたると思います。
キャラクターになりきるということをダイビングにたとえるなら、さいしょは浅く潜ってようすをみて、二回目に深く潜ります。
わたしは描写をやりすぎる癖があるので、あえてこういった二度手間ともいえる方法をとっています。
(ここからさらに添削もするので三度手間ですね……)
たしかに擬音語は、読んでいて安っぽい印象を与えることが少なくありません。ですから僕も濫用は控えようと考えていますし、かなり慎重に言葉を選んでもいます。しかし、だからといって、擬音語をまったく使わないと決め込んで、わざわざ表現の幅を狭めるようなことはしません。
オノマトペの特徴を付け加えるなら、イメージを限定してしまうというということも挙げられるのではないでしょうか。
1.魔法使いが金の杖をかざすと、ろうそくの炎はたちどころに竜巻のような大きな火柱に変わった。
2.魔法使いが金の杖をかざすと、ろうそくの炎はたちどころに、ゴウッ、と竜巻のような大きな火柱に変わった。
1.の描写ならば、「ボウッ」「ドウッ」「ドゥシャア」と自由な想像ができるのに、2.の場合は想像の余地がありません。
「擬音語はつかわないのだ」とかたくなに決めつけることも、それはそれでその人だけの文体をつくるのではないかと思います。
わたしは、オノマトペをつかうのは必要最低限にとどめるように決めています。雷さまと近いスタイルだと思います。
注意:
雷さまのご指摘をうけて、デメリットと表現していた箇所を、特徴という言葉に置き換えさせていただきました。
とっても面白いアンケートなので、僭越ながらお邪魔してみます。
私は完全な映像文字変換派です。
雷さんとよく似たやり方をしていると思います。
脳内の映像はアニメのこともあれば、実写のこともあります。
音や声もばっちり聞こえます。
風の音、街のざわめき、遠くで流れている音楽、潮騒などなど。
なお声優さんは詳しくないのですが、台詞もちゃんとそれっぽく聞こえているので、きっと観たことのあるアニメなどから無意識に声を当てているのでしょうね。
ですが擬音語はあんまり使いません。
擬音ではなく「音」として聞こえているため、それを擬音語に変換するのも比喩に変換するのも、手間は同じなので。
最終的な表現に何を選ぶかは文章の見栄え優先です。
わりと擬音語の使用には消極的かもしれません。
「この音、確かに『ひゅん』と書き表せそうだけど、もっと遅い感じなんだよなあ、でも『びゅん』も違う……」みたいな状況に陥ることが多く、結果的に比喩のほうがイメージに近くなったりしますし。
ちなみに擬態語のほうは好きで、よく使うほうだと思います。
余談ですが、脳内映像はほとんどの場合BGMつきだったりします。
私は音楽に刺激されてストーリーを思いつくことが非常に多く、最初からテーマ曲を持っているお話が多いからです。
(洋楽ばっかり聴いているので、歌詞の内容にストーリーが引っ張られることはあんまりない、はずです、が、やっぱり影響は受けるかも)
こんばんは^^
そのようなことを考えて書いていなかったので、面白そうだと思い書き込ませていただきました。
私は……両方ありますね。
例えば「どんなシーンにしようかな~」と妄想しているときは映像を想像し、簡単にメモしていきます。
そしてパソコンを開き、浮かべた映像を思い出し文字にしていきます。
しかし、「よし、書くぞ!」とパソコンを準備してもう書くだけって時には、先に文を書いていきます。
同時に脳内で再生はしてますが、この時は想像→文章ではなく文章→想像になってますね。
私が大切だと思うのは、文章からちゃんと映像が想像出来るか、なのでどちらが先かはあまり問題ないみたいです。
今すぐ書けるか書けないかの差、でしょうか。
ちなみに、想像→文章の時の想像についてですが……
私の想像は音量を消して字幕有りの洋画を見ているようなものです。
(セリフが下に出るわけではないですけど、声になってはいないので)
最後に、私は擬音を使うことは悪いことじゃないと思いますよ。
結局、文章って相手に伝わらないと意味ないですし、小説なら楽しませないと駄目じゃないですか(完全な自己満足のお話なら構わないんですが)
少しでも人に見てほしいなら、やはりわかりやすく楽しくは大事だと思うんです。
スピード感ある戦闘シーンで、「Aはサッと身を翻し……」で済むところを、「Aは風に舞う木の葉の如き身軽さと野性の豹を思わせるしなやかさで颯爽と身を翻し……」と長くなると、読んでいてちょっと躓いてしまうんですよね。
擬音使わないことに拘って、読み手に「つまりこの文はどんな状況だ?」てなられるのも悪いですし。
だからといって、なんでも擬音に頼ると幼い文章に見えますから、使う擬音と頻度は気にしたほうがいいかもしれませんね
爆発シーンなんかは、流石に「どかーん」じゃあ……
つまり私は、擬音に拘る必要はなく、わかりやすく楽しい文章を書く方を気にするようにしていますよってお話でした。
ではでは、失礼しましたー!
僕は映像文字変換派ですね。そのせいか頭の中の光景を何と表現したらいいか解らない事が多々ありますね(笑)
でも、音声は余り聞こえてきませんね。勿論意識的に想像すれば出て来ますけどね。
だから台詞とかは一部を除いて文章直接出力である事が多いです。
擬音は使う事もありますが「ドカーン!」みたいなのはやりません。どちらかと言うと「手をひらひらと振った」と言った様な使い方をします。
感覚的な物なので違いを巧く言えないのですが、何か自分の中で「この擬音は良し、この擬音はダメ」と言うのがあるんですよ。
こんにちは、逍月といいます。
面白い話題だったので思わず食いついてしまいました。
> みなさんは、小説を書くとき、頭に思い浮かべた文章を直接書き出していますか。
> それとも、まず映像を思い浮かべて、それを文字に書き起こしていますか。
私は複合派ですね。
基本的には映像文字変換派ですが、思い浮かんだり言葉遊びをしているときに生まれたりした文章の中で気に入ったものがあると、それが使えそうな物語やシーンに使用します。
使えそうな場面がないと新たなシーンや物語をつくり出してしまうので、収集つかなくなるのが悩みです。(笑)
> 「映像を思い浮かべる派」のみなさんは、音や声も聞こえていますか。
音や声も付いていますよ。BGMはありません。
雷さんの質問に答えようと思ったときに気付いたのですが、私の場合、キャラクターのビジュアルや性格などの設定が変化してもキャラクターの声が変わったことはありませんでした。
もともと性別や年齢に大幅な変化を加えることがない性質だということも要因かもしれませんが、私の小説世界の中ではキャラクターの声というのは重要な構成要素のようです。音は無いはずなのに面白いですね。
擬音語は、私も雷さんと同じように、濫用しないように心掛けていますが擬音語での表現が適していると思ったときには躊躇わずに使用します。
ただし私の場合、聞こえた音をそのまま表現しないような癖ができています。少し古めかしい感じの擬音語が好きなのもあって、「ひゅんと矢が飛ぶ」よりも「ひょうと矢が飛ぶ」、「コンコンと戸を叩く」よりも「ほとほとと戸を叩く」と書き表すんです。
これは聞こえた音声を文字変換しているというよりも、聞こえた音に見合う擬音語を頭の中の『気に入った擬音語リスト』の中から選出しているという感覚ですね。このプロセスは、たとえ音が聞こえていたとしても文章直接出力派に分類される気がします。
擬音語は小説を読んでいれば嫌というほど目にします。ですから、本に親しまない人にとって「音」は耳にするものでしかなくても、本に親しめば親しむほど「音」は耳にするだけでなく目にするものだと思います。
そう考えると、映像を文字へ変換する人と文章を直接出力する人がいるように、「音」に関しても、聞こえた音を文字へ変換する人と知識ストックから擬音語を直接出力する人がいるのではないでしょうか。
ですから、
>「映像は思い浮かべないし、音声も聞こえないけど、擬音語はばりばり使っているぜ」
という方がいたとしても、雷さんの仮説が崩れたとは限らないと思いますよ。
おはようございます、蛇です。
僕は、『文章直接出力派』ですね、基本的に。
展開を考えたりとか、妄想したりする時には、五感まで想像したりします。
でも、実際に書くとなると、見えたり聞こえたりはしません。
そして僕は、擬音語は基本的に使いません。
そもそも、使いたいと思わない、という感じですね。
使いたいと思わないから使いませんが、使いたいと思ったなら、注意して使うと思います。
初めまして雷さん。
ウの于です。
私は完全に映像です。妄想が全て、ぼんやりとアニメになっています。
セリフや環境音は、意識しているものだけ流れています。
BGMは確かにあまり無いですね。(例外:シリアスシーン)
多分、私は雷さんに近いです。
ただ、キャラのビジュアルは、コロコロ頭の中で変わりますけど……
擬音語については、私はあまり使いません。
ダメ出しが怖いからです(笑)。
というのも私自身、文章力には自信が無いので、あまり難しい道は歩まないことにしているんです。
もし、擬音語を使っても文章力でカバーできるなら、何の問題もないと思います。
私はそうですねー、私は擬音語よりかは、日常的に馴染んだ物(りんご、雪、氷、雲……)の比喩を使います。
難しい言葉が並んでても、読む気なくしますんで。
稚拙な文章ですが、参考にして頂けるとありがたいです。
それでは~
サラシナコハルと言います。よろしくお願いします。
私が文章を書くときは、映像から文章を書き出していく感じですね。
ですが、言わせたい台詞があって、其処から応募作品を描いたということもあります。
ただ、映像の文章化をしたときよりもハードルが高かったですね。台詞に行くまでが映像でつながっていないためチグハグになったのを覚えています。
映像から文章が楽かと言えばそうでもないですね。細かいところが説明不足になり、状況が解らないと言われることもしばしばでした。
私の場合、その映像からというのも少し違うのですね……。
アニメのOPとかEDの映像みたいになっています。
台詞や効果音ではなく音楽が流れていて、それにあわせて動いていく感じです。それを文章化するので台詞がない。(笑)
一番よく流れるのは1/3の純情な感情、るろ剣のOP映像ですね。
それにあわせて色々動かしてます。昔はメダロットで当てはめてたり……関係ないですね。
他にはビッグブリッジの死闘(むしろギルガメッシュのテーマと思ってますが)やGガンダムの登場シーン……? のような音楽ですね。それにあわせてキャラが動いていきます。
テンションが高く、見せ場となるシーンでは流れっぱなしのため、主人公がまったく喋らず2ページほど進んだときは反省しました。
ちなみに擬音ですが、最近話の流れや雰囲気に合わせて使うべきだと思っています。
緊迫した状態でスピード感溢れる戦闘シーンで、長ったらしく状況説明をされるよりは「ビュ」とか「キン」とか言ってしまったほうが楽かなぁなどと思っています。……たとえば。
「暗殺者のナイフが首筋にかかる。首にあてがわれたナイフからキンという冷たい音がした」
……という感じ、ですか?
聞いてはいけないですね。鏡のように光るナイフの冷たさ、というのが解れば嬉しいのですが。あ、へたくそって言うのは無しです。泣いてしまいますので。
剣をはじくときに「キンと言う音をたてて弾き飛ばされた」とかも平気だと思っています。あまり多用しない方がいいとは思いますが。
壊れるほど愛したら1/3くらいは伝わるかなぁと思います。(笑)
こんにちは、雷です。
スレも落ち着いてきたようなので、ざっと統計をとってみました。
回答者は、スレ主を含めて20名です。
(1)あなたは文章直接出力派ですか。それとも映像文字変換派ですか。
文章直接出力派:5名
映像文字変換派:10名
併用型:5名
(2)音や声、BGMは聞こえますか。
聞こえる:12名
聞こえない:5名
無回答:3名
※「意識すれば音声も聞こえる、思い浮かべることができる」は「聞こえる」に換算。
(3)擬音語は使いますか。
使う(積極的・肯定的意見):9名
使わない(消極的・否定的意見):9名
無回答:2名
●結果と分析
映像派と併用型は合計15名と、文章派の5名を大きく上回り、音声が聞こえる派も12名と、聞こえない派5名を上回ったが、擬音語を使うか使わないかについては、ふたつの意見が拮抗した。
「擬音語を使う」と答えた9名は、全員が「映像が見える」または「音声が聞こえる」の両方もしくは一方に該当した。
「擬音語を使わない」と答えた9名のうち、2名は「映像も見えない、音声も聞こえない」に該当したが、7名は「「映像が見える」または「音声が聞こえる」の両方もしくは一方に該当した。
ただし「映像も見えるし、音声も聞こえる」と答えた11名のうち、7名が「擬音語を使う」、4名が「擬音語を使わない」と答え、擬音肯定派が否定派を上回った。
「映像は思い浮かべないし、音声も聞こえないけど、擬音語はばりばり使っているぜ」
という回答は無かった。
……なんか、よく分かりませんが(爆)こんな感じになりました。
ご回答くださったみなさん、ありがとうございました!