ぷうこさんの質問 2013年08月26日
小説をはじめて書きおえたのですが、その作品を読んだ方に作家になる素質なし、執筆せずに仕事しろと言われて心が折れそうです。みなさんもそれくらいの酷評を貰うことありますか?
●答え●
「下手だからやめろ」って変な理論ですよね。
「下手だから人一倍練習しなさい」なら分かるんですが。
やめさせてどうする(苦笑)
まず、一つの可能性として。
そもそもその読者さんは、ぷうこさんのことを応援するつもりがないのかもしれません。
本当の酷評はしっかりと「どうすればいいのか?」「何をすればステップアップが見込めるのか?」など建設的な意見があるはずです。それゆえに貰った当時は辛くとも、時間が経つにつれて言ってくれたことに感謝できるものです。
もし時間が経ってもその気持ちが湧きあがらないのでしたら、口の悪い言い方ですが、体よく馬鹿にされただけかもしれません。その場合、その読者さんには今後見せないことをオススメします。
きちんと誠実な読者さんだけを相手にするほうが建設的で、モチベーション的にもよいと思います。
さて。
どんなジャンルでも言えることかもしれませんが、最初から上手い人なんていませんよ。
稀にいたとしても『ポテンシャルを感じる』ってだけで、磨きあげてない才能は未熟なものです。
最初はどんな人でも未熟なんですよ。
だから未熟であることがやめていい理由にはならないですし、別にやめる必要なんてないと思いますよ。
ついで。
『最初は誰でも未熟である』ことを考えると、ぷうこさんは『「最初からいい作品が書ける」と勘違いしてしまったこと』に心が折れた原因があるのかもしれません。
『最初から良い作品なんて書けるはずがない。だから努力しよう』
そう思えるようになることが、メンタル面での強さを獲得する一つの方法だと思います。
機会として、少しその辺りを考えてみるのもいいかもしれません。
どうも、こんばんは。柘榴です。
> 小説をはじめて書きおえたのですが、その作品を読んだ方に作家になる素質なし、執筆せずに仕事しろと言われて心が折れそうです。
> みなさんもそれくらいの酷評を貰うことありますか?
はい、あります。あります。
いくどとなくあります。
ぶっちゃけカミングアウトします。
私は漫画家志望です。
ライトノベル作家志望ではありません。
何で漫画家志望の私がこのサイトに来てるかというと、お話作りのノウハウが学べるからです。
さて、本題に移りましょうか。
私は、初めて東京に持ち込みにいきました。
七社回りました。
で、評価はズタボロ。
一社目で評価を頂いたときの絶望感は、計り知れませんでした。
二社目に行くのが嫌になりました。
何故なら、駄目だともう分かり切っていたからです。
七社連続で、ズタボロに酷評された結果、私の心は木っ端微塵でした。
でも、作家業ってそういう世界でしょう? 作家にしろ、漫画家にしろ、評価を得て仕事する人たちは、叩かれる宿命からは逃れられませんよ。
面白くないっていう奴は山ほどいます。
叩く人たちと戦う覚悟がいりますよ。
夜行バスで、散々泣きました。
死ぬかと思いました。
でも、良かったことが一つ。
自分はまだまだ未熟で、努力不足だということが分かりました。
そして、技術も足りない所を指摘してくれたので、これは儲けもんだと考えてます。
どこかの偉人がこんなこと言ってましたけど、「失敗は、転ぶことではなく、転んだまま立ちあがれないことだ」と仰ってました。
何処が悪いのか、ちゃんと批評をしない感想なら、スルーしましょう。
人格否定の言葉は無視して下さい。
貴方様が早く、立ち直れることを祈ります。
それくらい当たり前じゃん。
酷評もらうような自分に、実力がなかっただけのこと。
そこから奮起できるかどうかが、ある意味で「作品を書き続けられる才能」でしょ。
もちろん、単なる感情的な罵倒ではなく、ちゃんと作品内容に踏み込んで欠点を指摘してくれている信頼のおける酷評には聞く価値がある、という話。
相手には「酷評を下す理由を説明する義務」なんてものはないし、作者からそれを求めてはいけないけど、もらえた感想の全てを受け入れる必要もまた、ない。
初めまして、蛇の目です。
ふむ、初作品を酷評されたと。それは残念ですね。同情いたします。
だがしかし、と言わせていただきます。ここからはあなたに耳が痛い話かもしれません。
多くの人の処女作は大抵ひどく、見れないものです。それでも読んでいただいたのだから、その人には感謝すべきではないでしょうか。
仕事しろ、と言われたのは現在あなたが仕事をしないでその方に迷惑をかけているのでしょうか。そうだとしたら、やはり仕事はすべきかと。
作家になる資格なし、とはひどいですね。あなたが作品を「読んでくれ!」と押しつけたのなら言われても仕方がないかもしれませんが。
酷評なら私は普段から、同じ作家志望の人からズバズバ言われています。ですがそれにはちゃんとした理由があり、納得できるものです。
決して怒ってはいけません。怒りはあなたの成長を妨げます。
まずは、信頼できる読み手を見つけることから始めましょう。ここの鍛錬投稿室は「他の作品をひとつ読んで、感想を書かなくてはならない」という規約がありますが、みなさん親身になってもらえると思いますよ。
あー、ありますよー。
心を圧し折らんばかりの方が、ネット上にはウヨウヨしているのが現状です。
名乗り遅れました、トータスと申します。
陸亀の如く頑固で偏屈で鈍間なので、槍玉に挙げられていたりする者です。
とある理想郷では、その方達よりも心強く在れないと存在すら認めて貰えなかったり。
そこを逃げ出したのですが、鈍間だったもので、見付けだされ追跡されてまで攻撃されてしまった事が・・・
まぁ、私も悪かった訳ですが、あちらは更にヤバかったかと・・・
追い駆けてまで更に言われるとは、考えもしませんでしたね。
その方は逆に監視させて頂いています。要注意人物として・・・捨てハンでしたが・・・
私の場合は第二話の段階でその先を予想され、決め付けられてしまいましたね。
後は、読んでて頭が痛いとか、実験的過ぎるとか、こんなの誰が読むんだよとか。誰得なんだよと、私が得をするに決まってますが?
などと返して見ております。
まぁ、私を気に入って頂いた方に楽しんで読んで頂いているんですけどね。
気にしたらダメですけど、気になってしまいますね。
先ずは自分が楽しみたいから書き始め、それを他の誰かにも楽しんで欲しいと考えて公表してみたのですけれど、それはほかの誰さんからは、自慰としてしか見られていなかった様でもあります。
気に食わなければ酷評し、貶しておきたい程の劣等感を湧かせるモノだったのかと。
まぁ、それはソレ、これはコレ。
私は私で楽しみ続けるまでの事。
気に食わなければ、そっと何も言わずに目を逸らしていて下さいと、お願い申しあげます。
それで暴言が返ってくるのであれば、それはそれまでの方でしか無かったと思い、こちらから目を逸らして見なかった事に、聞かなかった事にさせていただいています。
向こうの発言に一理あると思えば、その限りでは有りませんが、そんな方なら諭す様に提案して頂けるモノと考えてみます。
何処が不味かったのかを諭す様に、改善点などを挙げて頂けるのなら、取り込みやすかったりしますが、中々にそういった方には巡り合えなかったりするのが現状ですね。
私は、気に入らなかったりした場合は、何も言わずにそっと目を逸らします。
多少気に入ったら、一寸した改善点が有ればその旨を、それと感想を付けてみたりいたします。
一寸長くなってしまいましたが、酷評されてそこまで言い切られるのはどうかと。
楽しんで続けたいのであれば、何クソ今に見てろ! 位の気持ちでいた方が楽しいですよ。
私は反論してしまいますね。
大概それで暴言を吐かれたり、沈黙しか返って来なかったり・・・
専門用語などの多い、こちらには意味不明な議論をふっかけられたり。
早々に忘れてしまう事をお勧めします。
私は中々に忘れられません。恨み節で延々恨ませて頂きます。スッキリするまでね!
なので、幾人かは未だに恨んでみたり?
大分忘れて来ましたね。
恨む相手が増えたり減ったり、忙しないトータスからの返信でした!
人生の洗礼みたいなものです。フルボッコボコにされて鍛え上げられます。だからむしろチャンスです、強くなることの。
大御所先生も叩かれてしまうのが創作の世界。気にせずにガンガン書きましょう。
どうしても嫌だったらひとに見せないのが一番。
私もすぐ心が折れる人間です。
つうか、これで心が折れたなら、ほんとうに素質無し。
心が折れず書き続けられれば素質有り。
ただ、それだけだと思うけど。
酷評ですか~。わたしはよく頂きますよ。
幼稚園児より酷いチラシの裏に書いて自分で読んでいろとかw
どうも、紙飛行機です(´・ω・`)
超ネガティブ人間(更生中)の僕が言うのもなんですが、そんなこと言う奴の言葉なんて真に受けちゃいけません。これで心が折れて素質ないのなら、多分僕は本当に素質がない人間なのでしょうね。努力でなんとかします
僕的にはそれをそのまま受け入れれば〝心が折れるのは当たり前〟だと思います。ガンダムの角が折れるか、関節が折れるかの違いです(ガンプラでは角が折れても修復しやすいですが、関節はキツイです)
それを受け入れて『これも作家になる洗礼の一つ、我慢しなきゃいけない!』と思いつめた結果、僕みたいにネガティブな人間ができあがっただけなので。ええ作家志望になってから、はや五年。耳に入ってきた酷評は大量……もう慣れましたが。
ツンデレで良いんです。酷評野郎が指摘した場所だけ覚えといて、素質ないとか仕事しろとかそんなどうでもいいことは、『この俺様に何を言ってやがるんだ、この愚者は』と思いましょう。物書きに必要なのは指摘を受け入れることで、罵詈雑言を受け入れることではありません。
なんなら言い返しても良かったのではないでしょうか←
うっわ、ひどいですね! かわいそう!
あ、ぼくはそんなひどいことはいわれないです! みなさんやさしいんで「あ、あー……」くらいのかんじです! なんだかんだいってショックです!
でも一晩二晩眠ればすっきり! ……うん。ちょっぴり。
なんだか心当たりのある話題でしたので混じらせていただきたいです。こんばんは。僕と久保です。
話をしよう。まあ僕の話ですが。
僕にはラノベとかアニメが好きな友人がいて、そんでもって仲もいいです。そんな友人に、初めて完結した作品を読んでもらうことになりました。これが今から四年前のことです。
完結した当初はありがちな、「おっしゃ! これ最高! もうこれ新人賞もらったも同じだろ!!!!!」みたいな、意気揚々としてたもんですが読んでもらったらえらいことでした。「市販の作品で言うところのAとBとCとDとEとFのパクリだし、この設定なんてのは……」と、ボロックソに言われてしまいました。それ以来、それが怖いくてその友人には作品を読んでもらう踏ん切りがなかなか付いていませんw
なので何様だって言われますが、物書きの友達で凹んでいる子がいると、僕は決まって「まあ、そんなもんだよ」と言うことにしています。
なので、ぷうこさんにも言わせていただきます。世の中そんなもんですって。
むしろ、それだけ言われてからどれだけ頑張れるかだと思います。お互い頑張りましょう!!!
追伸。
あと、これ言うと大顰蹙を買いそうですが読んでもらう人は選んだほうがいいです。ただ抽象的に大雑把な文句つける人は、概ねケチつけるために読んでる人もいないではないので。僕みたいにtwitterで物書きの知り合いに見てもらったり、フランクに話せる友人に読んでもらうのが効率的だと思いますよ!
では!
基本、他人からもらえる評価というのは酷評か、さもなければ絶賛のどちらかと思った方がよいですね。
良くも悪くも感情を強く揺り動かされなければ、評価してあげようという気には、普通はならないものです。
好意の反対は嫌悪ではなく、むしろ無関心とは、よく言ったものですよ。
中には好意でも嫌悪でもなく、誰彼かまわず悪意をもって接してくる人間もいますけれど、それは通り魔のようなものなので行きあっても気にしないことが得策です。
ただ、今回のご質問に関しては、それとは違ったものなのかと思います。
詳細が書かれておられないようなので断言しかねますが、他の方もおっしゃっているように、件のぷうこさんの作品を読んでくれたその方は別のニュアンス含めて酷評されていたのではないかということです。
蛇の目さんが指摘されている
> 仕事しろ、と言われたのは現在あなたが仕事をしないでその方に迷惑をかけているのでしょうか。そうだとしたら、やはり仕事はすべきかと。
というあたりの話なのかなというのが、私も抱いた印象ですね。
そうでなくとも、批評の類というのはついネガティブに捉えてしまいがちです。
私も、酷評したつもりがないのに「酷評された」と言われてしまったことが幾度もあります。
そもそも、その批評をした人間も、単純に言葉選びを間違えてしまっているということもあり得るわけですからね。
本当、人間同士のコミュニケーションというものは難しいわけでして、そのあたりは多少は鈍感になってしまっても良いのかもしれません。
もしかしたら、気にしなくても良いような言葉尻を気にしてしまっているだけかもしれませんしね。
初めましてこんばんは、神北百合と申します。
ここにはちょくちょく来るので以後お見知りおきを。
さて、自己紹介も済んだ所で早速本題ですが、皆様も仰る通り物書きを趣味にしていて、かつ誰かに読ませていたら確実に一回は酷評を貰っていると思いますよ。
現に私も物書きを趣味にしていて一回だけ自分の作品に対して二人の物書き友達から酷評を貰ったのですが……正直物凄く辛いですよね。
書き始める数ヶ月程前からキャラやら設定やら色々考えて「これはイケる」と思って、で、書いてる内に起こる苦悩やらと数ヶ月戦った末に完成&その達成感でウキウキした状態で二人の物書き友達(内一人は先生と呼べる方)に読んで貰った結果が一つも褒められないでボロクソに言われただけでしたもの。
さすがの私もこれには悔しさの余り夜声を殺して泣きましたよ。今までの苦労や努力が全て無駄になったような気がしましたし、なにより自分を全否定されたような気がしてしばらく書くの嫌になりましたね。しかもその一年後には自分の作品に致命的なミスが見つかったせいでスランプになりましたし。ええ、つい最近の話ですよ。
ですが、もう数年もこの趣味をやってる手前、多少嫌になっても最終的には書きたくて結局机の上に戻ってしまうんですよね。
『こんな話が書きたい』
とか
『この話でこんなにも自分の心が豊かになる(私はGL専なので)んだから他の人の心も豊かになるだろう』
とか、まぁそんな感じで今日まで下手クソながらにも書いております。
つまる所、
『書く事が好き!』
っていう気持ちがあれば一度や二度くらい酷評貰ったって対して気にすることは無いっていう話ですよ。
これはかの有名なバカッタ――いえ、ツイッターの名言なんですが
『世界中の2割の人は、あなたがどんな行動をとってもあなたの事を嫌いになる。
6割は行動によって好き嫌いが分かれる。
残り2割はあなたがどんなヘマをしてもあなたを好いてくれる。
世界はそういう比率でできてる。
その事を母に聞いて私は結構心が楽になった』
この名言、個人的に凄い好きなんですよ。
自分の作品も、どんなに良い作品を書き上げようとも2割の人は嫌いで、6割の人は頑張り次第。
ですが、残りの2割は自分の作品を好いていてくれる人がいるってことじゃないですか。こんな幸せなことはないですよ。勝手な解釈のようにも見えますが。
ですから、ぷうこさんもたとえ酷評を貰ったとしても書く事が好きなら今は心が折れてもずっと書き続けて欲しいと思ってます。
正直、物語を自分一人で最後まで書き続けられる人なんて早々いないですよ? 私はここ数カ月前までフリーターだったのですが、このことを今行ってる会社の人に面接で言ったら
「よくそんなに書けるよね」
と言われました。一般の人から見たらそれほど凄いことなのですよ。
まぁ、最終的な判断はぷうこさん本人の意思にお任せしますが、私は一つでも書きあげられたのなら頑張り次第で上手くなっていくのだろうと思います。人間『慣れ』ですよ。
それでは、かなり長くなってしまいましたがもし執筆をするなら頑張ってください。
あと、「執筆するなら仕事しろ」って言われたってことは、もしかして仕事そっちのけで書いていたりしていませんよね……?
もしそうなら、お金を貰っている手前、執筆と仕事のメリハリをつけた方がよろしいかと思います。
では、失礼します。
ぷうこさん 初めまして。
> 小説をはじめて書きおえたのですが、その作品を読んだ方に作家になる素質なし、執筆せずに仕事しろと言われて心が折れそうです。
まず、「了」までこぎ着けた努力に敬意を表します。大変ですよね。
第一作から読者を唸らせる作品を書ける作家がどれだけいるでしょうか。
いませんよ。どんな大作家でもあり得ません。いるなら見てみたい。小学校の読書感想文で毎年表彰されるレベルだったかとかね。
その人が他にどのようなアドバイスをしたかも気になります。
他の方も指摘されていますが、建設的な言葉が伴うか、切り捨てられただけか。
アドバイスする側の資質もあります。駄目出しばかりする人は評論家を気取りたい人なのであって、ぷうこさんがスキルアップするために必要な提案が出来ない人です。
私事ですが、次のような批評を戴きました。
1.「全く面白くない。ネタをネットで探すのは邪道。図書館に籠もって資料を漁るのが本道。あんなのが小説なんて! 公募の下読みさんに土下座しろ!」
2.「すらすらっと読めた。日本語としておかしいところはなかったかな。ただ、主人公が強すぎて面白みに欠ける。読者の視点で書いて御覧よ。あと武器への蘊蓄が一寸くどいかな? それとさ、女子高生の会話をもう一寸勉強しよう。絶対あんな会話はしないって。次も読ませるつもりなら、そこら辺クリアしなさいよ」
どちらも同じ作品を読んでもらったんです。
半年近く経って(悩みすぎました)、2の人に「実はこう言われたこともあるんですよ」と1の批評を伝えました。1の人の創作歴や読書趣味についての質問に答えた後、考え込んだ2さんはぼそっと。
「嫉妬の可能性もあるよ。気にしすぎない方がいい。あんたの色を出せたらもっと面白くなるからさ。ただし、エロは押さえなさい」と。
やる気を削ぐアドバイスだけなら、無視した方がよろしいかと思います。
ぷうこさん、頑張って。
私もめげずにペチペチやっていますよ。
初めまして、嘉套ともうします。
ぷうこさんがどこに投稿して「素質がない」と言われたかはわかりませんが、もし「素質がない」と書いているだけでなんで素質がないと言えるのかという評価がなかったのであれば、それは酷評ではなくただの罵倒です。
わたしも酷評はかなり書きますが、ここが駄目、ここはこうするべき、など、こんなところまでと思われるくらい細かいところをつんつんとつつくのが酷評です。決してあなたが書かれたような言葉を書くことではありません。ましてや酷評を書くのは著者はここを直せば絶対よくなると踏んでいるからです。酷評を書くのはとても疲れます。粗さがしのようなものですから。
敬意と期待がない酷評などありません。
ましてやぷうこさんは初稿ですよね? 初稿できらきら光る作品を書くことなんできるはずもありません。小説は積み重ねです。試行錯誤をしてやっとまともに書けるようになります。初めからうまくいく人なんでいません。
ライトノベルなどの新人でネットの無責任な罵倒を見て自信を無くし潰れる人が多くいます。それは長年文壇に立ち戦ってきた人が、この人は才能があると評価した新人でも多くいます。
慣れましょう。小説を書いていくなら何度となく言われることです。それにもめげない人たちが今のプロ作家です。
何をもって酷評というのか難しいと思うんです。
僕は対話できる相手からでないものは、酷評ではないと思うんですけど。
言葉や場面一つとっても書き手は考えに考えぬいたわけで、それについて語るには、技量が上の相手か、同じ熱量を持った人間が必要に思います。
僕にはいませんし、特に欲しいとも思いませんが。
そういう人の酷評でなければ、つっぱねます。
読者がどう感じるかなどは色んな作品を読んで、感想を読んだりしてるうちに大体身についてくると思うので。
後は感性や個性のぶつかりあいで、その時に酷評の出番じゃないかと思ったりするんですけど。
処女作は何が書いてあるのかよく分らないと言われましたし、三分の一しか読んでもらえず。
もっとずっと後になってからでも、処女作が災いしてか作品を一行も読んでないけれど。
どうせ才能はないんだから、と同じ人に言われたこともありますし。
別の人からはお前には無理だと、しつこく言い続けられました。
まぁ両方家族だったりするんですけど(笑
それでも僕が止めないので結局みんな何も言わなくなってしまいました。確かに今思い出しても涙がでてきますが。
自分が本当にそれが好きでやり続けていれば、周りがかわり応援してくれるようになります。
自分にとって何が本当に大切かを真剣に考える、よい機会なのではないでしょうか。
続けるもよし、やめるのもまたよしです。どんな形になっても前向きでさえいれば、道は続いてると思います。
キング牧師のI Have A Dream みたいな。・・・ちょっと違うかも。
いや正直、私もその読んだ方と同意見ですね。
質問文から読み取れるレベルもさることながら、その内容もどうやって立ち直るのか、どうすれば上達出来るのかではなく、同じような人はいますか、と傷の舐めあいが目的に見えますし。
はじめまして。あかつきと申します。
少し厳しい意見になるかもしれませんが、普通は作品の感想を求められて「仕事をしろ」という言葉はあまり出ないと思います。
にも関わらずそうした言葉が出るということは、その方が「あなたが仕事をしていない(仕事をおろそかしている)」と認識しており、またそれに一定以上の不満を抱いているということの証明だと考えられます。
ぷうこさんの環境やその方との関係は全く分かりませんので、断言はできませんし、本当にただの罵倒であるなら申し訳ありません。ですが、もしその方がそう答えるだけの理由に少しでも心当たりがございましたら、いまいちどご自身の執筆に挑む姿勢、環境を見つめ直してみてはいかがとも思います。
人間は社会に貢献することがまず求められます。いかにぷうこさんが命を懸けて執筆に取り組んだとしても、他の人から見ればただの趣味、もっと言えばただの遊びです。すべては果たすべき義務と責任を果たしてこそ、だと思いますよ。
もっとも、それ創作活動をする誰しもが通らなければならない問題です。当然私も同じ。お互い、頑張りましょうね。
酷評と暴言はまったくの別物です。執筆をやめろというのは、明らかに暴言ですよね。評価をしていません。
私は幸い、処女作に対してそれほど酷い評価はもらわなかったのですが、それでも耳の痛い感想は山ほどありました。でもそれを見ても、心は傷つきませんでした。むしろ燃えました。
もしあなたが、耳ではなく心に痛みがあるのなら、それは確実に暴言です。相手方がどういうつもりだろうとです。暴言を吐く人は、悪い人。いじっめ子ですよ。その言葉をまっすぐに受け止めてやる必要はありません。
はじめまして。兵藤と申します。
「酷評」といっても、種類があります。
(1)重箱の隅をつつくような、ミスの指摘
(2)作者の人間観・世界観の甘さに対する批判
(3)趣味の異なる相手による、作品そのものの否定
(4)作者への人格否定
(1)(2)は参考にしましょう。
(3)(4)は無視。見るからに悪意ある配達物は、受け取りを拒否すればよいのです。
むしろ、問題なのは自己評価です。
処女作の出来が100点満点だと思っていたら、大きな間違いです。現実の評価はたぶん20点か30点です。
プロでさえ、作品に対する読者の評価は、せいぜい60点ぐらいでしょう。彼らがアマチュアと違う点は、おそらく自己評価と現実の評価にそれほど差がないことです。だから、仕事が来る限り、心が折れることなく書き続けることができるのでしょうし、書き続けられるからこそ仕事が来るのでしょう。
プロを目指すのであれば、褒められようと思わないことです。
人間は完璧ではないのですから、いかなる職業であれ、仕事でやっていることにはクレームしか来ません。
むしろ、クレームから仕事のヒントを見つけ出すのがプロというものでしょう。