ヒット作のライトノベルに共通するラブコメの手法として「主人公がヒロインから迷惑な要求をされる」というのがあります。
ヒロインになにか実現したい目的があり、これを達成するために主人公の協力を強引に取り付けるのです。
主人公は「迷惑だ!」「嫌だ!」といった言動を取りますが、そのおかげでヒロインと仲良くなれたり、おかしな事件に巻き込まれて非日常を味わったり、女の子たちに囲まれた生活を送ることになるなど、おいしい状況が生まれます。
『“文学少女”シリーズ』第二巻『“文学少女”と飢え渇く幽霊【ゴースト】』(2006年8月刊行)では、主人公の井上心葉は試験勉強がしたいのに、芸部の先輩、天野遠子によって幽霊の正体を確かめるための夜の学校での見張りに、無理矢理協力させられます。
心葉は家族に、友達の家で勉強してくると嘘をついて来たことに罪悪感を覚え、この状況を「妖怪の先輩と探偵ごっこ」と呼んで、落胆しますが……
美少女である遠子に、夜に二人っきりになっても良いと思ってもらえるほど信頼を寄せられている、というのは客観的に見てかなり恵まれている状況です。
こんな状況、ふつうの男子高校生はまず経験しません。遠子先輩のような美少女に協力するように言われたら内心、小躍りして喜ぶと思います。
しかし、そのように感じないように理由付されているのは、主人公は基本的に「不幸」でなければならないからです。
恵まれた人間が、幸せ一杯に暮らしているところなど見せられても普通の人は共感したりはしません。
多くの人は、現状に何かしらの不満や問題を抱えて生きています。そのため、不幸な状態にいる登場人物にこそ、リアリティや共感を覚えるのです。
「幸せが棚からぼた餅でやってくることはない。人生は苦痛やトラブルの連続だ」
というのが、多くの人にとっての人生観です。
このため、チャンスがチャンスの顔をしてやってくるより、チャンスがピンチの顔をしてやってきた方が受け入れやすいのです。
ヒット作『魔法科高校の劣等生』(2008年10月発表)では、主人公の司波達也は、風紀委員長の渡辺摩利に風紀委員に誘われます。生徒会長の七草真由美もこれに全面的に賛成します。
しかし、達也は魔法の能力で劣った二科生であり、選民思想に染まった魔法能力の高い一科生たちも取り締まることになると、彼らから反感を買いかねないと難色を示します。
実際、劣等生である彼が風紀委員になることに反対する生徒会副会長と模擬戦を行なうことになります。
この状況は、まさにピンチです。
しかし、美少女であり権力者である摩利や真由美に実力を認められ、仲間になってもらいたいと誘われる。美少女たちの下でキャハハ、ウフフな学校生活が送れる、というのはかなりおいしい状況です。
なにより、彼の愛する妹、生徒会にスカウトされた超天才の深雪とも一緒にいられます。
達也は始めは乗り気ではありませんでしたが、摩利、真由美、妹の三大美少女に説得され、模擬戦で副会長を破ったことで他のメンバーにも実力を認められ、風紀委員になります。
女の子たちからの要求を迷惑がりながらも、最終的には「しょうがないな。そんなに言うのなら」という形で、これに従うのです。
受け身な態度ではありますが、美少女に評価され、彼女たちの力になるというのは読者の願望をモロに反映しているため、快感を呼びます。誰だって、美少女に認めてもらいたいのです。
『このライトノベルがすごい!2012』の作品ランキングで一位となった『ソードアート・オンライン』(2002年発表)でもこれは同じです。
この物語は、オンラインゲームの世界に閉じ込められてしまった主人公を含めた一万人のプレーヤーが、ゲーム内で殺されると実際に脳を破壊されて死んでしまうデスゲームを戦い抜くというものです。ゲームをクリアすると、生き残った全員が現実世界に帰ることができます。
主人公のキリトはレアアイテムの非常においしい肉を手に入れます。ゲームプレイヤーの中でも最も人気のある美少女アスナは、この肉を調理できるスキルを持っていたため、キリトは彼女に調理を頼みます。
調理してくれたら一口食わせてやる、というキリトの要求に対して、アスナは半分よこせと言い、調理場として自分の部屋に招待すると告げます。
彼女の取り巻きであるクラディールは、これに猛反対しますが、彼女は強引にこれを押し切って、キリトを自宅に連れて行きます。そこで、ゲーム攻略のため、強いと噂のキリトの実力を確かめたいから自分とコンビを組むように要求します。
キリトはかつて自分の責任でパーティを全滅させたことを気に病んで、ソロプレーヤーに徹していたこともあり、彼女の一方的な物言いに反発を感じますが、結局、押し切られます。
ここでも「主人公がヒロインから迷惑な要求をされる」のです。
ヒロインが主人公の力を認めて、自分に協力して欲しいと要求する点も、『魔法科高校の劣等生』『文学少女』と共通しています。
(『文学少女』の主人公は、かつての最年少ベストセラー作家で、現在は、文学少女の遠子のために小説を書いている彼女の専属作家です)
これは客観的に見てキリトにとってかなり都合の良い状況であるため、作者はクラディールとの確執、他のプレーヤーからの嫉妬、といった負の状況を作っています。
主人公が幸せすぎると、こんなの嘘っぱちだ! とリアリティを感じられなくなるからです。
アスナの要求が切っ掛けで、キリトは彼女のストーカーであるクラディールから憎まれ、決闘を申し込まれます。
(余談ですが、『ソードアート・オンライン』はSF的な世界観ながら、男性が女性に狩りで得た肉を送る、女性を取り合って決闘する、という原始的な恋のプロットを採用しています。これが、いつの時代、どの世界でも人間の営みは変らない、といった強烈なリアリティを生み出しています)
『魔法科高校の劣等生』の司波達也を敵視する副会長と、『ソードアート・オンライン』のクラディールは同じ役回りです。共に主人公の実力を計り、彼に美少女の要求を呑ませるための当て馬、ご都合主義だと思わせないために必要な憎まれ役です。クラディールに至っては、恋の当て馬でもあります。
「主人公がヒロインから迷惑な要求をされる」というのは、ヒロインから必要な存在だと認められている、ヒロインにとってわがままが言えるほどの近しい存在である、という証です。
男性は、女性から頼られたいという願望を抱いており、わがままを言ってくる娘をかわいいと感じる面があります。
これが人間関係が希薄化し、異性(美少女)との精神的な絆を求めている現代の読者に受けているのだと考えられます。
・美少女は主人公の力を認めた上で、協力を求めてくる。
・その状況は、主人公に不利益をもたらす、ピンチに陥れる。
『日本でいちばん大切にしたい会社』(2008年3月21日刊行)という本によると、人の幸せとは、
の4つから得られるといいます。
ヒロインからの「主人公の力を認めた迷惑な要求」は、このうちの3と4を満たしてくれます。
さらに、主人公がヒロインからの期待に応えることにより、1と2も満たされます。
これによって主人公は幸せになり、主人公に自分を重ねていた読者も幸福感を得られる、という構造になっているのです。
ライトノベルは、どうやったら快感を得られるか、人間心理を探求して作られていると言えます。
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