ライトノベル作法研究所
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  4. 創造性を壊す要因公開日:2011/12/23

「一万時間の法則」と創造性を破壊する要因

 もし、あなたに作家としての適性があるかどうか知りたければ、自分が小説を書くことを目的にしているのか、小説を書いて賞賛されることを目的にしているのか、考えてみると良いでしょう。

 後者を目的としている場合、批判や挫折に弱くなるため、才能は短期間で枯渇する傾向があります。
 失敗の恐怖が強くて自由な発想ができなくなり、筆がなかなか進まなくなるためです。

 小説を書くことは名声を得る手段でしかないため、小説を書きたいという欲求は、「馬鹿にされたらどうしよう?」「売れなかったらどうしよう?」という失敗の恐怖の前に跡形もなく消えます。
 名声を目的にするということは、自分に劣等感を感じており、これを名声を得ることで回復したいという動機が根底にあります。
「オレは本当はすごいんだ! オレの才能を認めない世の中の連中を見返してやるんだ!」
 という心理です。

 一見、極めて強い上昇志向が働くように思えますが、まったく逆で挑戦しなくなります。

 挑戦したことによって失敗し、自分が実はたいした事がない人間だという事実を突きつけられること、劣等感を感じるような状況に追い込まれることは、傷口を大きく抉られることを意味するからです。
 だから、いつまで経っても創作には取りかからず、永遠に成長しないままで終わります。
 逆に小説を書くことそのものが楽しく、作品を作る過程で満足できているのなら、批判や失敗に強いため、ドンドン成長していき、成功する可能性が高くなります。

 他人の声に自我を左右されない、名声を求めないことが創造性を伸ばし、他人の声に恐怖し、名声を盲目的に求めることが創造性を破壊するのです。

 これは他人の声に耳を貸さないというのとは、違います。
 他人からの批判や意見に耳を傾ける度量を持つには、なにより自我が安定していなければなりません。批判されたことで大きく傷いて落ち込んだり、逆ギレしているようでは、他人の意見を糧とすることはできないのです。

 そのためには、他人が認めてくれなくてもヘッチャラ、他人と比較されて自分の方が劣位に置かれても腐らない、他人と比較して一喜一憂するのを辞める、ということが大切になるのです。

 創造性とは人が認めてくれなくても、認めてくれてもいい、とにかく自分の頭で考え、自分の方法で仕事をしていくことなのである。
(中略)
 創造的なことが、文化の中心部分からではなく周辺から起きる理由の一つには、周辺部分には競争がないからである。
引用・『格差病社会―日本人の心理構造』 著者:加藤 諦三

  社会学者である加藤 諦三さんは創造性についてこのように述べています。
 一度成功して名声やお金を得ると、今度はそれを失うことを恐れて、作家も出版社も確実にウケルような無難で陳腐な作品しか作れなくなるため、当初の勢いが消えて、つまらなくなるという傾向があるのです。

 例えばアニメ監督の押井守さんは、2011年11月12日、東京芸術大学大学院映像研究科での講演で、
「僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで『表現』の体をなしていない」
 と語ったそうです。
(2011/11/21の朝日新聞・電子版コラム「アニマゲ丼」、2011/11/22の「J-castニュース」記事参照)。

 これは冴えない男に美少女が群がるハーレム物アニメばかりが繰り替えして作られるなど、確実にウケルことがわかっている萌え要素ばかりで作品が構成されるようになっていて、アニメ制作者は創作者としての資格を失っているという批判です。
 商業作品として流通させる以上、失敗は許されません。なぜなら、多額の制作費をかけており、これを回収した上で利益を出さなければ、アニメ制作者は失業してしまうからです。
 そのために未知の可能性に挑戦できなくなり、作られるアニメは過去のヒット作の劣化版コピーと成らざるを得ず、アニメ業界は徐々に衰退していると、押井監督は警鐘を鳴らしたのです。
 テレビ番組が視聴率競争を重視した結果、新しいことに挑戦できなくなって陳腐化し、低俗な番組が増えて、全体の質を落としてしまったのと、これは同じ構造です。

 結果を重視しすぎると、表現は萎縮して、つまらなくなってしまうのです。
 「才能」とは結果を恐れず、いかに挑戦し続ける状態を維持できるか、とも言えると思います。

 ライトノベル作家には3年ほどの短期間の修行で、新人賞受賞という幸運に恵まれる人もいますが、まだ実力が未完成の内に失敗の恐怖が身につくと非常に危険です。
 売れるか売れないか、馬鹿にされるか賞賛されるか気にするあまり自由な発想ができなくなり、執筆は楽しい時間から恐怖と不安にのたうつ時間になります。
 こうなると、才能の三大要素の筆頭「欲求」が破壊され、挫折の原因となります。

 ここで知っておいていただきたいのは、才能は短期間では開花しない性質を持っているということです。

 例え、実力を認められてプロになったとしても、3年程度の修行では、まだその潜在能力をすべて引き出せていません。
 ここで次回作が売れないという失敗の憂き目に遭うのは、当たり前なのです。
 失敗しても落ち込む必要はまったくありません。

 世界的ベストセラービジネス書著者マルコム・グラッドウェルは、なにか一つの分野でプロ級の腕前になるためには「一万時間」かかると明言しています。

 作曲にしても、スポーツにしても、小説にしても、結局、技術が必要なものについての最低限の練習量は「一万時間」なのである。
引用『天才!成功する人々の法則』 著者:マルコム・グラッドウェル (著) 勝間和代 (訳)

 一万時間に達するためには、毎日、八時間訓練に費やして約三年半ほど、毎日三時間ずつ訓練するとすると9年以上かかります。
 グラッドウェルはその著書、『天才!成功する人々の法則』の中で、天才と言われている人たち、マイクロソフト社のビルゲイツやビートルズを例にあげ、「彼らが成功したのは、デビュー前に一万時間の壁を突破できる環境を与えられていたからだ」としています。
 ビルゲイツは運良く裕福な家庭に生まれ、当時、最先端のコンピュータ端末のある中学校で、思う存分プログラミングを学ぶ機会を得ました。

 「デビュー前に一万時間の壁を突破しておく」というのは、実に腑に落ちる話です。

 私の知り合いのライトノベル作家に、処女作でいきなり作家デビューしてしまった人がいるのですが、その人は訓練の蓄積がされていなかっために、二作目がまったく売れず、長い間、日の目を見ない時期が続いたそうです。
 ライトノベルや小説のことなどまったくわからないで、いきなりプロになってしまい、相当困って一から勉強したそうです。
 ライトノベルの世界だと、アイディアが斬新でおもしろければ、いきなりデビューという幸運に恵まれることもあるのですが、自分の中に訓練の蓄積がないと、なかなか次のヒットが出せなくて、消えてしまう恐れが強くなるのですね。
 「デビューしてから慌てても遅い」と、その方は語っていました。

 多くの作家が一発屋として消えていくのは、「名声を求める心理」と「一万時間の訓練時間」に達していないのが原因だと私は分析しています。

●補足
 名声を求めるのが危険なのは、自由な発想が制約されることと、失敗の恐怖のために作品が作れなくなるためです。
 この二つのデメリットが発生しない状況に自分をおけるのであれば、動機がなんであれ問題ありません。
 画家のゴッホは周りの人間すべてからダメ人間だと蔑視されていましたが、それがために絵を描くことを唯一の心のよりどころとして邁進したようです。

●夏目漱石の門下生への教え

 日本を代表する文豪・夏目漱石は、芥川龍之介らを始めとする若い門下生に晩年、次のような言葉を贈っています。漱石は面倒見の良い性格で、彼を慕ってたくさんの門下生が集まり、その中から芥川龍之介、寺田寅彦、鈴木三重吉、安部能成など数多くの優れた作家、文学者が生まれています。

 どうぞえらくなってください。しかし、あせってはいけません。牛のようにずうずうしくすすんでいくことがだいじです。牛になることはどうしても必要です。わたしたちはとかく馬になりたがるが、牛にはなかなかなりきれないのです。根気です。世の中は根気の前には頭をさげますが、火花は一瞬で忘れてしまうでしょう。牛のように、うんうん死ぬまでおすのです。なにをおすかというと、人間をおすのです。
小説家・夏目漱石

 夏目漱石は、38歳で小説家デビューした遅咲きの作家です。帝国大学英文学科を卒業後、中学校の教師をしたり、俳句をやったり、イギリスに留学したり、猫を飼ったりといろいろな経験を重ね、それらの経験を元に、自分と自分を取り巻く環境を徹底的に客観視して、小説を書きました。漱石が文学を志したのは、21歳の頃、友人、米山保三郎に「文学には永遠の生命がある。数百年、数千年も読みつがれる大傑作も夢ではないじゃないか」と勧められたからで、それまでは建築家になりたかったそうです。
 そんな彼は、門下生たちに、一瞬もてはやされて終わる作家ではなく、牛のようにずうずうしく歩んでいくことを勧めています。

 功を焦るより、根気を持って続けた方が大成するということです。
 一万時間の壁の突破を目指して、牛のように歩んで行きましょう。

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