ライトノベル作法研究所
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  4. 盗作の境界線2公開日:2011/12/20

文章のトレースは盗作である

 2010年、第16回電撃小説大賞・最終選考作の『俺と彼女が魔王と勇者で生徒会長』が、ファミ通文庫『バカとテストと召喚獣』2巻の文章を何ページにもわたって盗用していたとして、絶版・回収になりました。

 『バカとテストと召喚獣』は、書籍『このライトノベルがすごい!』における2010年度ライトノベルBESTランキング第1位になるほどの人気作品です。
 電撃はライトノベル界で、もっとも出版点数が多い人気レーベルで、電撃小説大賞は、数あるラノベ新人賞の中で、もっとも注目度が高い権威ある賞です。
 この電撃小説大賞出身のヒット作が、ラノベ界でぶっちぎりの人気作の文章をトレースしていたとして、大騒ぎになったのです。

 漫画、イラスト界では、これまでに作画や構図のトレースが盗作にあたるとして、厳罰に処せられてきました。
 2005年、末次由紀氏の『エデンの花』が、人気漫画家・井上雄彦氏の『スラムダンク』『リアル』の描写をトレースしていたことが発覚し、単行本が全て絶版回収となっています。
 また電撃のイラスト大賞で、奨励賞の受賞が決まっていた、しろきつね氏が、やはりトレース発覚により受賞取消となりました。
 文章のトレースが盗作に当たるという判断は、これらを背景にして、生まれたのだと考えられます。

 今回の騒動では、文章の流用が著作権侵害に当たるのか? 
 ということについて、賛否両論の議論が巻き起こりました。
 『俺と彼女が魔王と勇者で生徒会長』を擁護した人々が、もっとも危惧していたのは、例えば、

「明らかに不審者を見るそれだった」
「往生際が悪いですわよ!」

 などという、どこにでも使われているような平凡な文章さえも、トレースとして著作権侵害に当たるのか? といった問題です。

 しかし、問題の中身を吟味してみると、文章のトレースもさることながら、作品の目玉というべきユーモアやギャグの流れといった部分をそのまま盗用していたのが問題だったと考えられます。
 『バカとテストと召喚獣』2巻で使われていたギャグに該当する文脈を八カ所以上も、文章もろとも盗用していたのです。

 『バカとテストと召喚獣』は、ギャグのおもしろさで読者を笑わすことを売りにした小説です。
 「ラノベ界随一の人気を誇るギャグ小説のギャグや台詞回しをそのまま盗用すれば、新人賞で高い評価を受けるのは、当然だろう」
 と多くの人は感じ、問題視したのです。

 「ギャグやユーモアにも一定の型があり誰が書いても似通ったものになる」といった反論もされましたが、『バカとテストと召喚獣』2巻内で使われていたギャグを、何カ所も、そっくりそのまま使っていたのでは、やはり著作権的に問題があると言われても仕方がありません。

 これはひとえに、作者のギャグやユーモアに対する引き出しが少なく、まだまだプロ作家となるだけの実力がなかったのだと言えます。

 文章のトレースについては、偶然かぶって、盗作だと騒がれる危険性は、あまり心配しなくても大丈夫です。
 うさぎの飼い方や、織田信長の生涯、といった正解が一つしかないような飼育書や歴史書ならともかく、

 小説においては、他の本を横において、実際に引き写さない限り、同じような文脈が複数箇所にわたって出現する可能性は天文学的に少ないです。

 また、その作者、独特の比喩やキャラクターの決め台詞はともかく、「おはようございます」のような挨拶文や「青天の霹靂」のような慣用句までは、さすがにトレースなどとは言われないでしょう。

 文章のトレース問題はその後も、2010年に葵ゆう氏のライトノベル『ユヴェール学園諜報科』が、同じ角川ビーンズ文庫の雨川 恵氏の『アネットと秘密の指輪』の文章表現を流用し、絶版回収となっています。
 以下の文章は、『日刊テラフォー』の記事に掲載された、問題箇所の一部です。

≪ユヴェール学園諜報科≫
 学生寮は、うんざりするほど広かった。
 アルベルトが住んでいた家なら、ちょっと手を伸ばすだけで何にでも触れることができたというのに。半ば泣きたいような気持ちで、フランツのあとをついていく。
≪アネットと秘密の指輪≫
 邸宅は、うんざりするほど広かった。ちょっと手を伸ばすだけで、何にでも手が届いたあの屋根裏部屋とは違う。
 アネットは半ば泣きたいような気持ちで、階段を駆け下りた。

 完全なトレースではなく、一部手直しして書いていますね。
 おそらく、作者は、ちょっと手直ししてしまえば、バレないし、問題ないだろう、と考えたのだと思います。
 この一箇所だけなら、見逃されたでしょうが、その他にも類似箇所がわんさか発見されており、いくらなんでも、これは参考にしたとしか考えられない状況になっていました。
 また、あまりに文章の類似箇所が多かったため、ストーリーそのものも、大変似通ったものになっています。

明確な線引きはできていない

 音楽の著作権を管理する団体「JASRAC」は、2010年、ツイッターや、ホームページ、ブログで、ヒット曲などの歌詞を書いた場合、著作権法に抵触すると説明しました。
 それはJASRACの管理楽曲に関わらず、著作物全てに共通なものだそうです。
 たった140文字以下の文章を呟く「ツイッター」で、歌詞の一部を呟いただけでも、著作権的にはアウトというのがJASRACの見解です。
 ただし、これにはネットで猛反発が起こり、社会的同意は得られていません。

 もし、これを認めれば、「もうすぐ春ですね」とネット上で書いた途端に、JASRACから請求書が届くことになり、憲法で保障された表現の自由が崩壊することになります。
 膨大な数に上る楽曲の歌詞をすべて調べて暗記し、それらとまったく被らないように文章を書くなど、一個人にはとうてい不可能です。
 過剰な著作権法管理は、表現の幅を縮め、新しい創造の芽を潰すことになります。

 文章の重複や類似をどこまで認めるのか? といった問題については、まだ明確な線引きができていないと言えるでしょう。

 プロ作家を目指すなら、事前にちゃんとした書物で著作権について勉強しておきましょう。
 「知らなかった、この程度なら、大丈夫だと思った」では、すまされない現実があります。

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