ライトノベル作法研究所
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  5. リズ・フェスティバル公開日:2013年09月19日

リズ・フェスティバル

高波さん著作

ジャンル: SF・ラブコメ



 今夜は2年に1度のフェスティバルだ。
 といっても、僕たちヒトにとっては楽しいものではない。

「以上でホームルームを終了します。明日の朝、この教室の全員が顔を見せてくれれば先生は嬉しいです。それぞれ最善を尽くして自分の身を守ること。人事を尽くして天命を待つ、ですよ」
 終業の鈴が鳴り、先生が教室を出て行く。いつもであれば、部活に遊びにと教室を飛び出していく生徒がいるのだが、今日は違う。多くの生徒はそのまま教室に残って、もしかしたら今日でお別れとなるかもしれない友人と言葉を交わしている。
 食物連鎖の頂点が『ヒト』ではなく『リズ』となってから30年。リズとは地球外生命体で、尻尾があること以外は、見た目はヒトと大差ない。ヒトでは想像もつかない科学技術を持っている彼らは、僕たちヒトを食料としている。
 初めてリズが地球へ来たときは、それは大変な騒ぎだったらしい。ヒトはリズに対して地球規模で徹底抗戦をしたが、結果は散々なものだった。
 一時期はリズによるヒトの乱獲が問題となったのだが、リズとしても大切な食料を絶滅させるわけにもいかず、捕獲量は制限されることになった。それがこの2年に1度の収穫の日、リズ・フェスティバルである。
 連れて行かれたヒトがリズの星でどういう扱いを受けることになるのかは、あまり想像したくない。僕らが食べている豚肉や牛肉のように、スーパーで切り身にされていたりするのだろうか。
「よう、瑛太。お前はどうするんだ?」
 真顔でも笑っているように見える馬面、という表現がピッタリの友人、吉岡正志が声をかけてきた。野球部に所属している吉岡は、背も高く体格も良い。小学校からの付き合いで、共通の趣味はマンガとゲームだ。
「どうするって、何が」
「決まってんだろ、リズ対策だよ。俺たちはまだ16歳の青春真っ最中なんだぜ。俺なんて女の子と手を繋いだこともないのに、こんなとこで喰われてたまるかっての!お前には白戸がいるから、喰われたって悔いはないだろうけどよ」
「いや、別に茜音は彼女とかってわけじゃないし」
「まーたまたあ」
 肘で小突いてくる吉岡。不意に異様な臭気が漂ってきて、僕は顔をしかめた。
「おい吉岡、この臭いはなんだ?」
「お、気づいたか、香水だよ香水。『リズコナーイ』っつって、リズどもがイヤがる臭いなんだってよ。通販で買ったのが昨日届いたから、さっき試しに付けてみたんだ。お前にも分けてやろうか」
「気持ちだけもらっておくよ。しかしひどい臭いだな」
「だからこそ効くってもんだぜ!」
 このようなリズ対策をしているのは、吉岡だけではない。
 世の中には本格的なものからオカルトめいた胡散臭いものまで、リズから身を守るための方法というものが溢れかえっている。
『このアクセサリーをつけた人のうち98%が助かりました!』なんてうたい文句の商品に、『リズに狙われるヒト狙われないヒト』といった書籍、果ては自分はリズとパイプがあると言って、捕獲対象から外すための仲介料を請求する詐欺まで跋扈しており、ある意味ではヒトの適応力というか商売根性というのは凄いものだと思う。
「えーたくーん!」
 僕を呼ぶ、明るく弾むような声。手を振りながら教室に入ってきたのは、幼馴染で隣のクラスの白戸茜音(しらと あかね)だ。
 明るい栗毛色の髪は、耳の横の赤い髪留めで2つに分けられていて、元気な性格の茜音に良く似合っている。毎日のように僕の教室に遊びに来ているので、うちのクラスメイトともすっかり顔なじみだ。
 やあやあ元気かい、とみんなに挨拶をしながら、茜音はこちらへやってきた。
「吉岡もお疲れー。なにニヤニヤしてるの?」
「よう白戸、いま瑛太とリズ対策について話していたんだが、俺の変化がわかるか?」
「違い?あー、なんだっけ、こないだ通販で頼むって言ってたやつ?うーん……」
 茜音は人差し指を下唇に当てながら、吉岡の足元から頭のてっぺんまで、じっーと見る。
「わかった、顔でしょ!何かいつもより気持ち悪い感じがする!」
「ちげーよ!顔じゃねーよ!」
「え、そうなの?ごめんね、よく見たらいつも通りだったよ」
「フォローになってねーし!」
「髪切った?」
「俺野球部だから! 年中丸ボーズだから!」
「背、伸びたよね! 昔は私とあんまり変わらないくらいだったのにね」
「そりゃそんな昔と比較したら変化あるわ!」
「でも大丈夫、純粋な心はあの頃のまま変わってないよ」
「なに親指立てて綺麗にまとめてようとしてんだよ!」
 放って置いたらいつまでも続けそうなので、ここでネタ晴らしをしておく。
「あー、臭いか。たしかにさっき、変な臭いがするかなって思った」
「これがリズコナーイの威力だ。おまけに俺は三日間風呂に入ってない。相乗効果でリズ対策はバッチリだ!」
 どや顔で吉岡が答える。
 茜音は無言で鞄からスプレーを取り出すと、吉岡の顔にシューっと吹き付けた。
「ぐあああ! な、何をするーっ!」
「なにって制汗スプレーだよ。臭いんだもん」
「ぬおおおお!」
 地面に倒れこんだ吉岡が、ゴロゴロと転げまわる。
「もう、大げさだなあ」
「茜音、それ殺虫スプレーなんだが……」
 へ?と間の抜けた声を出して、茜音は自分が手にしているモノを見る。
「あー……今日教室に虫が出たから、それで使ったのをそのまま持ってたんだなー……てへっ」
「てへっ、じゃねええぇぇぇっっ!!」
「ごめんごめん、いま回復させるから」
 茜は鞄から制汗スプレーを取り出すと、のた打ち回る吉岡の全身にプシューっと振りかけていく。
 リズコナーイと殺虫スプレーの臭いに、フローラルな香りが入り混じって、周囲は異様な空間と化した。
「これでよし、と」
 何がよしなんかわからないが、やりきった感を出す茜音。吉岡はピクリとも動かなくなってしまった。
「そんなことより瑛太、お弁当はどうだった?
 今日は忙しくて、一緒に食べられなかったから気になっちゃって」
「美味かったよ、いつも通り。いつもありがとうな」
「えへへ、そう言ってくれると頑張った甲斐があるよー」
 料理が趣味の茜音は、僕が小学校に入る頃から毎日お弁当を作ってきてくれている。僕の両親がリズに捕獲された2年前からは、家にまで来て、朝食と夕食も作ってくれるようになった。茜音は感謝してもしきれない、僕の大切な幼馴染だ。
「ただ一つ、シシトウを肉で巻いたおかずだったんだけど」
「ありゃ、口に合わなかった?」
「一本だけ乾電池だったんだよね。肉に巻かれた」
 僕は空のお弁当箱を開けて見せた。コロコロと乾電池が転がっている。
「あはは、乾電池とシシトウを間違えるなんて、そんなことあるわけないじゃん。んもう、瑛太は私をからかうのが上手いなー」
「いいけど別に」
「あ、ちょうど良かったかも。歯ブラシの電池が切れてたから、これもらうね」
 茜音が電動歯ブラシの蓋を開けると、中には青々とした立派なシシトウが入っていた。
「え、えーと……しょ、証拠隠滅!」
 茜音がシシトウを自分の口に放り込む。自分で証拠隠滅と言っては意味がまるで無い。
「げほっ、げほっ……」
 ようやく、涙を流しながら吉岡が起き上がった。
「おい白戸、俺が虫だったら死んでいたところだぞ!」
「虫じゃなくて良かったね。でも、もし吉岡が虫だったら間違ってなかったわけだし、問題なかったよね?」
「ちょっと何を言っているのか分からないんですが」
「吉岡、気にしたら負けだぞ」
「はぁ……」
 吉岡も長い付き合いで、良くも悪くも天真爛漫な茜音の扱いには慣れている。
「そういえば瑛太は今年、残念だったな、保護試験」
「ああ、別に気にしてないけど」
 保護試験とは、ヒトとリズの間で定められた保護協定のうち、一定の条件をクリアしたヒトに捕獲されない権利を与えるための試験だ。毎年、試験は満4歳以上のヒトを対象に行われており、一度でも合格すれば生涯捕獲されることがなくなる。
 保護資格は試験以外にも、国や大企業の中心を担う優秀な人物、スポーツ選手や女優など特に秀でた能力を持っている人間が特例で認められるケースも多い。リズとしても、優秀なヒトが子孫を増やしてくれた方が都合が良いということなのだろうか。
 その数は非常に少なく、進学校でない高校であれば、1学年に1人いればいいという程度だ。僕は今年かなりいい所まで進んだのだが、試験当日に茜音が体調を崩し、病院へ連れて行ったために試験を受けることが出来なかった。
「あの時はごめんね、瑛太……」
「気にするなって。普段から世話になってるのは僕の方なんだから、あれくらい当然だよ」
 茜音は4歳の時に実施された保護試験をパスしている。こう見えても実は天才少女だったのだ。
「しかし、白戸を見ているとそうとは思えないよな実際」
これには僕も吉岡に同意せざるを得ない。
「ふふん、誰が何と言おうと茜音は天才なんです。昔から良く言うじゃない、何とかと天才は紙一重って」
「茜音、それは自分で言うことじゃないぞ」
「いいなあ、俺も天才に生まれたかったなあ」
「吉岡は紙一重でバカだからなあ」
 僕が言うと、吉岡は嬉しそうに食いついてきた。
「おお、そうか? 限りなく天才に近いってか?」
「いや、何とかバカで踏みとどまっているという意味で」
「下限かよ!バカの下限なのかよ!紙一重足りなかったら、俺は一体なんなんだよ!」
「虫じゃない?」
 茜音が殺虫スプレーを構えて、ケラケラと笑った。
「あ、そろそろ行かないと。保護施設に入る手続きがあるんだよ。2人とも今年はうちのシェルターを使うんだよね?」
「僕はそのつもりだけど」
「悪い、せっかくだけど俺んとこは家族全員で、市のシェルターに入ることになったんだ。抽選に当たってさ」
「え、そうなの? 別にウチだって何人増えても大丈夫だよ? そんなには広くはないけど」
「親も市のシェルターは安全だろうって言ってるし、俺だけ離れて心配させるのも悪いからな」
「そっか……そんなら仕方ないか。じゃあ、今回は瑛太ひとりだね。
 ざーんねん、吉岡がいてくれたら、瑛太にもしもの事があった時の囮に出来たと思ったんだけど」
「ひどすぎる!」
「あはは、冗談冗談。……あ、瑛太」
 茜音がちょいちょいと手招きをして、僕に耳打ちをする。
「下着は私の部屋の引き出しの下から二番目にあるからね。あんまり悪さしちゃダメだよ?」
「するかバカっ!」
「遠慮しなくてもいいのにぃ。瑛太は奥手だな~」
「そういう問題じゃない!」
 僕は茜音から、白戸家鍵とシェルターの鍵を受け取った。
 今年のフェスティバルの開催時間は、20時から翌朝8時までだ。その間、僕たち一般人と保護対象者が連絡を取り合うことは出来ない。次に僕と茜音が会うのは、フェスティバルが終わった明日の8時以降ということになる。
 チャイムが鳴り、校内放送が響く。職員も帰宅するので、校内に残っている生徒は速やかに下校するようにとのことだ。
「じゃ、また明日な、瑛太、白戸。俺、明日生きて学校に来れたら、3組の鈴木さんに告白するつもりなんだ!」
「ほほう。瑛太さん、この吉岡のあからさまなフラグをどう思います?」
「そうですね。あえて死亡フラグを立てることで生き残ろうとする浅はかさで、しっぺ返しを食らうパターンが大本命。
 次点として、奇跡的に生存するも告白は期待通り失敗するというパターンの、2つに1つでしょうか」
「茜音も完全に同意です」
「お前らな、生き残って告白も成功というパターンはないのかよ!」
 それはないね、と僕と茜音の声がシンクロする。
 何だかんだと生存フラグを立てて満足した僕たちは、フェスティバルでの無事を願い、拳を軽く突き合わせて別れを告げた。
 例年、地域差はあるが、ヒトの総人口の7%~9%が捕獲されている。100人中の7~9と考えると、かなり高い割合のように思えるが、地球規模で見たヒトの増加率で計算すると妥当な数字らしい。
 うちのクラスは30人だから、確率では2~3人くらいが捕獲される計算になる。
 この教室の全員が顔を見せてくれれば嬉しいです、と言った先生の言葉が思い出された。




 『榊』と書かれた表札。
 今となっては、住んでいるのは僕ひとりだけだ。
 学校からそのまま帰宅したものの、日中は特にやることもなく、たまに来る茜音からのメールに返信をしながら、部屋でマンガを読んで過ごした。
 そのうちに時計は19時を回り、フェスティバルの開始まであと1時間。小腹も空いたので、茜音が作り置きしてくれていた夕飯を食べて、隣にある茜音の家に向かった。
 夜空は満天の星……なんてものじゃない。赤に黄色に緑に白、色とりどりの点が微かに蠢いている。あの光の一つ一つがリズの宇宙船なのだ。フェスティバルの開始を待って、成層圏外に待機している。物心がついた頃から何度も見ている光景だが、どうしたって慣れるものじゃない。じっと見ていると眩暈がしてくる。
 宇宙船がひしめく空とは対照的に、地上の街は暗く静まり返っていた。僕のように家庭用シェルターに隠れる者もいれば、ヒトも来ないような山奥に逃げている者もいる。数日前から欠席しているクラスメイトは、船で海上へ避難すると言っていた。
 だが、どこへ行けば安全だということはない。定められた捕獲量を達成したリズたちは、狩りを楽しむために、あえて僻地に隠れているヒトを狙っているという話も聞く。
 僕たちは縁日の金魚のようなものだ。端っこにいれば助かりやすいというわけでもない。案外、真ん中で堂々と泳いでいる方が良いということもある。
 結局は運だ。リズに出会ってしまったら、僕たちヒトでは逃げることも戦うことも出来ない。

 茜音の家のシェルターは、1階にある和室の畳の下、斜めに続く梯子を5メートルほど降りた所にある。広さは10畳ほど。寝具や家電一式が揃っていて、外部と連絡を取れるように携帯電話の電波受信機も設置されている。
 シェルターは綺麗に掃除がされていて、石鹸の良い匂いがした。茜音があらかじめ掃除をしておいてくれたのだろう。
 地上に出る梯子以外には、大きな下水道へと繋がる非常経路が用意してある。個人の家のシェルターで、ここまで立派なものを持っている家庭はそうはない。ひとりで使うのが勿体無いくらいだ。梯子はリモコンで地上に収納する。畳も自動的に閉じられるので、上から見れば地下シェルターの痕跡はない。
 テレビは国営放送を除いて放映が停止されている。その国営放送も、字幕と音声で時間を表示しているだけだ。一方のインターネットは良くも悪くも賑わっている。2年に1度の『祭』を楽しもうと、悪乗りをする者が後を絶たない。
 自らの無茶振りを競い合うように、あえてリズから目立つような行動などをして、その様子を生放送をしている者が多くいる。それは自殺行為そのもので当然ほとんどが捕獲されてまうが、毎年何人かが生き残り、以降2年間は奇跡のヒトとして持て囃される。
 そんな連中が集まるサイトを見ると、今の一番人気は『全身に電飾を付けて夜の街を逃げ回る実況』らしい。生き残れば生き残るほどに、次回での無茶ぶりはエスカレートしていくので、こういった連中はいずれ捕獲されてしまうのだろう。
 でも、無茶をするのは一般人ばかりではない。前回も海外の有名なロックバンドが、フェスティバルに合わせて大々的にコンサートを開いた。これをロック魂と呼ぶのかどうかはわからないけど、結果的には演者から観客スタッフ含めて全員が捕獲されてしまったようだ。それなのに今年もまたいくつものイベントが世界各地で予定されている。リズの熱狂的なファンや、リズを神を崇める宗教団体もあるが、こういったヒトの行動をリズはどう思っているのだろうか。
 
 僕は2年前のフェスティバルを思い出す。その時は家族3人で、自宅のシェルターに隠れていた。
 日付が変わろうとしていた頃だったと思う。監視カメラが家の前に立つリズを映し出した。
 これ以上はダメだな、と父さんが言った。母さんが僕を抱きしめる。僕は一緒に行きたいと言ったが、両親は許してくれなかった。 シェルターからさらに下へ掘った穴の中へ、僕は父さんに力ずくで押し込められる。母さんは僕に、いつも使っていた目覚まし時計を渡して、これが鳴るまで外に出ないようにと強い口調で言った。母さんの顔が今までに見たことなく悲しそうだったので、僕はそれ以上逆らうことが出来なかった。
 やがて来る静寂と暗闇の中で、僕は震えていた。
 見つかってしまうという恐怖より、両親ともう会えなくなってしまうということが、寂しくて悲しくてたまらなかった。
 どれくらいの時間、そうしていただろう。気が遠くなるような時間だった。
 時計のアラームがなった。毎朝聞いている馴染みのある電子音だ。僕はこれが夢だったのかもしれないと思った。
「瑛太、はやく起きなさい」という母さんの声が聞こえて、お味噌汁の匂いが漂ってくる。父さんはニュース番組の開始と共にテレビの音量を上げ、必ず大きな咳をするのだ。
 でも、いつまで待っても、母さんの声は聞こえて来なかった。
 アラームの音はとっくに鳴り止んでしまっていた。
 僕がいるのは、狭く暗い穴の中だった。
「瑛太くん」
 僕を呼ぶ声がする。鈍い光が射し込んでくる。
「私だよ、茜音。わかる?」
 茜音が涙を流しながら僕を見つめていた。差し伸べられた手はとても温かかった。
 僕は茜音が泣いているのを、あの時の一度しか見たことがない。

 フェスティバルの開始まで30分を切った。
 僕は茜音と話がしたいと思った。携帯にかけてみるが保護施設に入ってしまったためか電波が繋がらない。
 諦めかけたところに、ちょうど茜音から電話が入った。
「やっと連絡が取れる場所まで来れたよ。瑛太、シェルターの住み心地はどう?」
「快適だよ。僕の部屋よりずっと綺麗だ。そっちは?」
「こっちは団体部屋だからね、たくさんいて息苦しいけど、外のヒトのことを考えたらそんなこと言ってられないよね」
「まあな」
「下着は盗ってきた?」
「盗ってないから」
 僕と茜音は、通信の制限時間ギリギリまで、他愛のない話を続けていた。
「あ、そろそろ時間かな。それでは最後に一言どーぞ!」
 おどけた口調で茜音が言う。
「茜音、この2年間ありがとう。本当に感謝してる」
「ちょ、瑛太、違うよ!?そういうのじゃないよ!?ダメだってば、それフラグだよフラグ!」
「いや、伝えておきたいんだ。2年前に父さんと母さんが連れて行かれたとき、僕はもう生きていたくないと思った。
 茜音が僕に手を差し伸べてくれて、励ましてくれたおかげで、僕は今こうして生きている」
「瑛太……」
「僕はまだ茜に何も返せていない。でも僕は茜のためだったら何だって出来る。それだけを伝えたかった」
「うん……」
 ちょっとの間が空いて、茜音のムフフフという気味の悪い笑い声が聞こえてきた。
「何でも?いま何でもって言ったよね?」
「い、言ったけど」
「取り消すのはナシだからね!茜音が言ったことは何でも聞いてもらうからね!いやー楽しみだなー、何をしてもらおうかなー!考えただけでワクワクしてきた!わっはっはっはー!」
「あ、いや、そういう軽いノリで言ったわけでは……」
 茜音の笑い声がプツリと切れ、携帯電話は単調な電子音を繰り返す。フェスティバルが終わった後で茜音に何を言われるか不安になったきたけど、それはそれで楽しみかもしれない。
 携帯の表示画面をリセットすると、時刻は20時00分を表示していた。パソコンのモニターは、地上に向かって尾を引く数多の光を映している。フェスティバルが始まったのだ。
 空を覆う美しい光の網から、僕は生き残ることが出来るのだろうか。

 フェスティバルの開始から1時間が経過した。
 パソコンの映像を見ていると、既に捕獲を終えて空へと戻っていく宇宙船もある。あの中にどれだけのヒトが捕獲されているのだろうか。
 しばらくして携帯電話が鳴った。画面を見ると吉岡からだった。
「よう瑛太、変わりはないか」
「ああ。特になにも」
「そうかー、こっちは大変だぜ~」
 吉岡の声は学校で話すのと変わらない調子だ。あまりにヒマなので電話をかけてきたのだろうと思った。だけど僕はすぐに様子がおかしいことに気付く。電話の向こうがやたらと騒がしいのだ。
「おい吉岡、お前いまどこにいるんだ」
「2丁目の公園だな」
「公園って……お前、市のシェルターにいたんじゃなかったのか?」
「ああ、そうだったんだが、シェルターがリズに襲われた。ここまで走って逃げてきたんだ」
「なっ…!」
「家族とはごった返している間にはぐれちまったよ。連絡も取れない。逃走経路はたくさんあるから、無事に逃げていると思いたいぜ」
「そんな、まさか……!」
 僕吉岡の家には何度も遊びに行っている。毎回一緒に釣りへ行こうと言ってくるおじさん、結構ですと言ってもどんどんお菓子を持ってくるおばさん、そして吉岡とは似ても似つかない可愛い妹の顔が浮かんだ。
 動悸が一気に加速し、背中を冷たい汗が伝う。だが吉岡が平静を装っている以上、僕が取り乱すわけにはいかない。
「俺はこれから家族を探しに行く。もしもの時の待ち合わせ場所を決めてあるんだ。家族を見つけたら、悪いんだが白戸のシェルターを貸してもらいたい」
「もちろんだ」
 念のため、吉岡にシェルターのスペアキーと下水道の地図を渡しておいて正解だった。
「僕が力になれることがあったら、何でも言ってくれ」
「おう、頼りにしてるぜ親友。ま、気軽に俺と家族の無事を祈っていてくれよ!」
 通話が切れる。僕はベッドに腰を下ろしたが、足は震えていた。
 時間の過ぎ方が、さっきまでとは違う。1分1秒が、恐ろしいくらいに長く感じられた。
 吉岡のことだから大丈夫だ。あいつはこんなことでやられるようなキャラじゃない。
 僕はそう信じているが、ほんの少しの隙間に最悪のイメージが入り込もうとして、胃の奥が焼かれるような不快感がする。

 30分後に吉岡から連絡が入った。無事に家族全員と合流できたということだ。僕は胸を撫で下ろした。
 しかし吉岡の口から、信じられないことが伝えられた。吉岡の家族が待ち合わせたのは、市の合同庁舎の裏手にある公園だった。そこからリズが保護施設を襲撃しているのが見えたというのだ。
「そんなバカな!保護施設は協定で守られているはずじゃないか!」
「ああ、だが間違いない」
「茜音……茜音は無事なのか!?」
「何もわからないんだ。あちこちでリズが飛んでやがるし、こっちは4人いて身動きが取れない」
 電話の向こうで響く銃声と爆発音。吉岡に状況を確認してもらうことは、あまりに危険すぎる。
 合同庁舎の公園から降りていける下水道は、茜音の家まで通じている。
 吉岡にはすぐに家族を連れてシェルターまで来るように伝えた。
「瑛太、お前まさか、おかしなこと考えちゃいねえよな?」
 僕はそれに答えず、外へ飛び出した。





 僕は全力で自転車を走らせる。道路に車はない。街灯は消え、空に浮かぶ月と宇宙船の光がぼんやりと道を照らしている。時折、ヒトの叫び声や何かが壊れるような音がするが、僕にはそれに耳を傾けている余裕は無い。何か考えがあるわけでもない。ただ茜音の所へ向かわずにはいられなかった。
 住宅街から駅の南口へ向かう大通りへ出て、架線下を潜り抜け、休日は大勢で賑わう北口のショッピングセンターを走り抜ける。筋肉が悲鳴を上げ、肺は酸素を取り込むのに必死で切れんばかりに痛んだ。僕はそれを無視して、体を動かすことだけに意識を向けた。合同庁舎正面口のターミナルで自転車を捨てて、広場へと続く階段を駆け上がる。
 目の前に広がる光景に、僕は愕然とした。合同庁舎の向かいにある4階建ての保護施設が、赤く燃え上がっている。大量に吐き出される黒煙が、空を覆いつくさんばかりに立ち昇っていた。
「茜音! 聞こえるか、茜音!!」
 僕は茜音の名前を叫ぶ。リズに見つかることなど、どうでもよかった。建物の周りには、いくつものヒトの死体が転がっている。
 服装から保護施設の警備隊だとわかった。警備隊はリズに対するわけではなく、ヒトによる保護施設への襲撃を防ぐために配備されていた。捕獲が目的をであれば、こんな傷つけ方はしない。これは狩りだ。ここに来たリズはヒトを殺すことを楽しんでいる。
 駆け抜けてきた疲労と、ヒトの死体を目の当たりにした不快感がこみ上げ、僕はその場で胃の中にあったものを全て吐き出した。
 全てを吐き出して、少しだけ冷静さを取り戻す。保護施設は一般の建物とは違う。保護されるのが前提であるから、逃走経路など用意していないはずだ。逃げるとすれば、駐車場から大通りへ繋がる西側の出口か、公園へ繋がる北側の出口。
 僕は立ち上がり、再び走り出そうとした。その時、炎を背景に1つの人影が浮かんだ。
「茜音……?」
 いや、違う。シルエットには、僕らヒトにはない尻尾があった。
 リズだ。年齢という概念があるのかは分からないが、体の大きさは中学生くらいの女の子に見える。蹴れば折れてしまいそうな細い体の首から下は、不思議な光沢のある黒い液体のようなもので覆われていた。腰の辺りまで伸びる黒髪は、まるで重力がないかのように、ゆらゆらと宙に漂っている。
 リズの少女が、ゆっくりと近づいてくる。僕は動くことが出来なかった。ぞっとするような美しい顔立ち。その無機質な瞳は、炎の光を反射することもなく、どこまでも深い闇の固まりようだ。手には血に塗れたナイフが握られている。
「そう警戒することはない。狩りはもう終わった。私は君に興味は無い。見逃してやろう」
抑揚のない声でリズが言った。
「お前たちがこの施設を襲ったのか。この施設は協定で保護されているはずだ」
「ヒトとの協定など守る必要もない。希少価値の高い保護対象の方が高く捌ける。そういった意味では、この協定は私にとっては都合の良いものだが」
 怒りで体が震え、奥歯が軋む。しかし殴りかかって倒せるような相手ではない。僕の目的は茜音を探すことだ。向こうから見逃してくれるというのであれば、それに越したことは無い。僕は感情を押し殺して、リズの横を通り過ぎようした。
「待て」
「……」
「同士との約束までに時間があるのだ。退屈しのぎに、君に話し相手になってもらうことにする」
「悪いが、急いでいるんだ」
「では殺すぞ」
まるで感情のこもってない脅迫。
「僕がリズであるお前と何を話せばいいんだ」
「私の名はエル。見ての通り希少価値の高いヒトを狙うハンターだ。君の名を教えてくれ」
「榊瑛太だ。エル、お前が言う希少価値が高くもなんともない、普通の高校生だよ」
「その割には私を恐れる様子もない。逃げるというよりは、どこかへ向かおうという意志を感じる。榊瑛太、お前の目的は何だ」
「友人がこの施設にいる。それを助けに来た」
「それは悪いことをした。この建物の中には、生きているヒトはいない。
 美味なる者は捕獲し、そうでない者は全て殺した。希少価値が高いからといって、全て味が良いというわけでもない。
 捕獲されるか殺されるか、どちらが幸福であるかは、圧倒的に後者であろう。私の客は変わった趣向の主が多くてね。生きたまま可能な限りの苦痛を与えてヒトを食べるのだ。
 キミの友人が後者であればいいな。良かったら特徴を教えてくれないか。私が手に掛けた者なら覚えている」
「僕が捜しているのは女の子だ。背はお前と同じくらい。髪は明るい茶色、耳の横に赤い髪飾りを付けている」
「それならよく覚えているぞ。他のヒトを逃がそうと、わが身を省みず必死に動き回っていた少女だな。ヒトの自己犠牲を厭わぬ行動は、我々も心を打たれる」
「その子を……茜音をどうした!」
「運が良かったな。不味かったから殺してやったよ」
 僕の脳裏に茜音と過ごしてきた時間がフラッシュバックした。茜音の笑顔、怒った顔、驚いた顔、照れた顔、すねた顔。そして、一度だけ見せた涙。全身の血液が沸騰し、骨が、神経が、熱を持って怒りに震え上がった。
「てめえ、よくも……よくもおおぉぉぉ!!!!」
 体にある全ての力を込めて、拳をエルの顔面に叩きつける。しかし数センチのところで拳は止まり、何度殴りかかっても、蹴りかかっても、エルに触れることさえできない。
「榊瑛太。君の気持ちは理解できる。我々だって感情がないわけではない。君が大切な友人を失い嘆く姿を見ていると、私も心が痛む」
「ふざけたことぬかすんじゃねえ!てめえら宇宙人にヒトの何がわかる!」
エルの小さな手が僕の喉元を押さえた。気道が詰まり、声を出すことができない。
「ぐうっ……!」
「私はヒトが愛しくて仕方ない。
 そして一方で、めちゃくちゃに苦しめてやりたくもなるんだ。
 榊瑛太。君にはわからないだろうが、こんな感情は地球でしか味わえないんだ。
 この星の空気がそうさせるんだ。これは麻薬のようなものだ。
 我々リズはあまりに長い時間を生き、生物として完璧であるということに近づきすぎた。
 生物として完成するということは、もはや生物でないということと同義なのだ。
 我々は生きるために不合理を求めた。不完全であることを願った。
 そうして作り出したのが、尻尾を持たぬ同種、君たちヒトだ。
 ヒトは我々の体の奥底に眠る、不完全であるということを思い出させてくれる。
 同種を喰らうということ。さらに食らうために殺すのではなく、快楽を目的として命を奪うということ。
 生物として、これ以上の不合理が存在するだろうか。
 我々は退化し、ヒトに近づくために、こうしてヒトを喰らい殺しているのだ」
 首元に冷たい感覚。エルが僕の首元にナイフの刃を当てたのだ。
「何がヒトの味を決めるか知っているか。
 たんぱく質や脂質などというものは、他の生物でいくらでも代替できる。
 我々が求めているのは、その体を構成する不完全な遺伝子。そしてその体に刻まれた不合理な記録……感情だ。
 一言に感情といっても様々だ。もちろん味の好みは分かれる。
 私の顧客は、他者への優越感、巨大な自尊心、特権的な意識、そういった感情が染み込んだ個体を好む。
 その血肉を喰らえば、我々の体はその感情と共に不完全であることを思い出し、退化への道を歩み始める。
 完璧であることを求め、感情を捨て、単なるシステムとして進化してきたリズに取って、これは最高の愉悦なのだ。
 つまりは同じヒトであれ、強い感情を持たぬ生き方をしている者は、つまらぬ味しかしないということ。
 榊瑛太、君は不合理なことに、自らの命を顧みず、想い人のために危険を犯してここまでやってきた。
 君はヒトに何を想い、何を想われて生きてきたのか。その記録を私に見せて欲しい」
 首に鈍い痛みが走る。僕の血がエルのナイフに伝わっていく。エルをそれを、舌の先で舐め取った。
「これは……くっ……な、なんだこの味は……う……ぐううっっっ!?」
 エルは突然苦しみだし、僕を地面に突き飛ばした。
「はあっ……はあっ……そ、そうか、あの女が……!!」
 エルは苦しそうにうずくまっている。僕はエルが落としたナイフを手に取り立ち上がった。茜音の仇を取らなければならない。
 そのときだった。
「もういいよ、瑛太」
 ナイフを握り締めた手が、温かな感触に包まれる。
「あ、茜音……?」
 振り返ると、いつもと変わらない笑顔の茜音がそこにいた。
「うん、茜音だよ。瑛太の幼馴染の、茜音」
「生きていたのか……良かった……」
 僕はナイフを捨てて、茜音の体を抱きしめた。
「もう、どうして来ちゃったのかなあ。シェルターにいてくれれば安全だったのに。でもありがとう、茜音を心配して来てくれたんだよね。すごく嬉しいよ」
 茜音はそう言って、僕の背中をぽんぽんと叩いた。
「詳しい話は後でね。今、あいつを懲らしめてくるから。ちょっとだけ、眠っていて」
 茜音の指が、僕の後頭部に当てられる。甘く心地の良い感覚と共に、僕の意識は急速に遠のいていった。




 目を覚ますと、僕の部屋の天井だった。傍らには茜音がいて、僕の手を握っている。
「起きたね。体の調子はどう?どこか痛くない?」
「ああ、大丈夫」
 焦点の定まらない目で、僕は茜音を見つめた。
「あいつは……エルは、どうなった?」
「管理局っていって……ヒトでいう警察みたいなものかな?そこに連れて行ってもらったよ。エルは何度も協定違反をしていたみたい。もちろん捕獲されたヒトは返してもらったし、一度は殺されたヒトたちも、リズの技術でみんな元通りにしたよ」
「そうか……吉岡は?」
「今はうちのシェルターにいる。もちろん家族も無事。あそこはリズが入れないようにしてあるから安心してくれていいよ」
 よかった。みんなが無事であれば、それ以上に望むことなんてない。茜音が僕を見つめる目は、いつものように優しかった。
「茜音はリズだったんだな」
「うん」
 茜音は即答する。
「それも、普通のリズじゃないよ?茜音はリズの王国で働く特別な調理師なんだ。王様やお姫様が食べる料理を作る、エリート中のエリートなんだよ!」
「茜音は料理が上手いもんな。でも王様に乾電池を食べさせたら、大変なことになるんじゃないか」
「あ、いや、その……正確にいうとエリート見習いというか、厨房にも入れない下っ端なんだけどね。夢は憧れのお姫様に、私の料理を食べてもらうことなんだ」
「そのために僕を育てていた、というわけか」
「さすが瑛太。察しがいいね」
「いつから?」
「茜音が担当になったのは2年前だよ。それまでは私の師匠、瑛太のお父さんとお母さんが瑛太の育成をしてたんだ」
「……は? ちょっと待て、僕の父さんと母さんも、リズだったのか??」
「そうだよ。ヒトの中から素質の高そうな個体を選んで、師匠たちが育てたのが瑛太。茜音は見習いだから、それを見て勉強してたんだ。お弁当を作らせてもらえるようになったのが小学生の頃だったかな?あの時は嬉しかったな~」
 たしかに母親の料理は茜音の料理と同じように美味しかった。いや、両親の料理を茜音が勉強していたということか。しかしまさか、生まれた時から食材として育てられていたとは……。
「ホントはね、2年前のフェスティバルで、瑛太をつれてリズの星へ帰る予定だったんだ。でも、2人にはそれが出来なかった。どうしてだと思う?」
「……」
「瑛太が好きになりすぎちゃったんだよ。これ以上、子供を食材として育てることは出来ないって。だから2人は、瑛太を置いて星に帰ったの。それで、調理師も辞めちゃったんだ」
「そうなのか……父さんと母さんらしいや」
「ふふ、そうだね。時々連絡があるんだよ。瑛太はどうしてるかって。こっそり写メとか送ってるし」
 僕はおかしくなって、吹き出してしまった。
「これから、どうするんだ」
「どうしよっか。瑛太はどうしたい?」
「茜音が決めたことだったら、何でも構わないよ」
「食べられちゃっても?」
「調理法くらいは選ばせてもらいたいけどな。生け作りや踊り食いは勘弁してほしい」
「あはは、そんなことするわけないじゃん。でも茜音もどうしようか迷っちゃって。本当は今年のフェスティバルでリズに連れて行こうと思ってたんだ。瑛太が保護試験に受かっちゃいそうだから、必死に邪魔したりして」
「ああ、なるほど……たしかにアレは仮病っぽかったが、そういうことか」
「そしたらフェスティバル前に瑛太から電話があって、フェスティバルが終わったら何でも言うこと聞くって言うし。何をさせようか考えてたら、楽しくって止まらなくなっちゃって。でも姫様に料理を食べてもらうことは茜音の夢だし、あーもうどうしよーって思ってたら、エルが襲い掛かって来るんだもん。で、後始末をして外に出たら、今度はエルと瑛太が戦ってるし。メチャクチャだよ」
「そりゃ大変だったな。ま、時間はまだある。ゆっくり考えればいいじゃないか」
「ゆっくりといっても、あと3時間くらいだけどね。 何か飲む?お腹空いてたりする?」
 空腹感は無かったけど、地球での生活もあと3時間という可能性もある。せっかくだから最後に茜音の料理を食べておこう。
「よしきた!腕によりを掛けて作っちゃうからねー!」
 とたたた、と茜音が階段を駆け下りていく。
 間もなく家のテーブルには、所狭しと料理が並べられた。中華に和食、洋食と、冷蔵庫にあるもの総出で腕をふるったようだ。いただきまーす、と声を合わせて、今までどおりの食事が始まった。 茜音が作った料理は、どれも美味しい。食べたときは必ず僕の感想を聞いて、次回に活かそうとするのだ。たまの失敗はご愛嬌か。
「そういえば、エルに血を舐められたとき、エルが苦しそうにしてたけど、あれは一体なんなんだ」
「たしかにだいぶ参ってたね。エルには瑛太の血は刺激が強すぎたんだよ」
「なんだよ刺激って。そんなものが自分の体に流れていると思うと怖くなってくるじゃないか」
「美味しすぎるってこと。料理は愛情なんだよ。どれだけ食材を愛して世話をしたかで味は決まるって師匠は言ってた。瑛太は師匠と茜音の愛情たっぷりで育てられたんだもん。愛情に免疫の無いリズはショックでイチコロだよ」
「そんなモノを食べて、お姫様は大丈夫なのか?」
「もちろん。姫様は愛情に溢れた優しいお方だよ。今はヒトを食料にしないとリズが絶滅してしまうんだけど、いずれはヒトを食料にするのをやめて、仲良くしたいって言ってる。ヒトの捕獲制限をしたり、保護制度を考えたのも姫様だし、ていうかもうめっちゃ可愛いし!姫様サイコー!リズ王国ばんざーい!」
 茜音がこれほどまでに褒めるのだから、相当な人物なのだろう。そんなお姫様にだったら食べられてもいいかもしれない。茜音にとっても光栄なことなのだから。
 そこでふと疑問が起こる。
「ところで茜音は、ヒトを食わないのか?父さんと母さんもだけど」
「あー……そう来ちゃう? まあ来ちゃいますよね。当然の疑問だと思います、はい」
 茜音が言葉を濁す。
「まさか、僕の知らないうちにその辺のヒトをムシャムシャ食べてるとか……」
「食べないよ!茜音も師匠も、最低限の栄養は日ごろの食事で大丈夫なんだ。ただ、無性にヒトが欲しくなるときがあって、その時はー……師匠はへその緒をかじってたりしてたかな?茜音はそのー……瑛太の体液的なものや廃棄物的なものを頂いていたり?」
「ちょっと待て。いまおかしなことを言ってなかったか」
「おかしくない、ぜんぜんおかしくないよ!だってしょうがないじゃん!瑛太は足の先から頭の先まで美味しいんだもん!」
「体液って具体的になんなんだよ」
「汗……とか?血液に、それからその……尿、的な」
「おい……まさか、定期的に僕の洗濯物が消えたり、出したハズの検尿が無くなってたのは……」
「瑛太、ちょっと、その目はなに!?」
「へ、変態だーっ!!」
「うーるさい!ああそうですよ、茜音は変態ですよ!こっそり瑛太のシャツでくんかくんかしたり、下着でダシをとってお茶を飲んでたりしてましたよ!悪いか!え?悪いのかー!リズだからしょうがないんじゃー!」
「あ、てめー、開き直ったな!? じゃあ廃棄物的なものってなんなんだよ!」
「髪の毛は醤油にしてるよ!爪は軽く炒めてオヤツだよ!お風呂の残り湯もスープにしてるよ!どれも激ウマだよ!」
「ぐああああああぁぁぁ!!」
 僕は頭を抱えて床を転がった。茜音がリズだと知った時の何百倍もショックが大きい。
「茜音……まさかとは思うが、ウ」
 ドゴッッ!と、茜音の拳がみぞおちに突き刺さった。
「かはっ……!」
「それ以上いったら絶交だからね!」
 2分後に意識を取り戻した僕は、頬を膨らませる茜音をなんとかなだめた。
「いや、悪かった。文化の違いというものだよな。考えてみれば、僕たちも動物のいろんな部位を食べているわけだし。それが自分に置き換わっただけだよな」
「そうだよ、もう。それを変態だなんて、失礼しちゃうよ!」
「ちなみにどれが一番美味しいんだ?今挙げた、僕の体の中で」
「やっぱり血液かな。伝わってくる感情と情報の量がまるで違うもの」
「茜音に血を吸われた覚えなんて無いんだが」
「最近だと中学一年の体育祭のときかな。瑛太、機材に指を挟んで怪我したでしょう」
「ああ、そういえば」
 ばいきんが入るから、と言って、茜音はやたら指を舐めていたっけ……。
「あとはほら、夏場に瑛太が蚊に刺されたときとか。必死で蚊を潰して、返り血を舐めてたかな」
 そこまでするか。というより、そこまでするくらい美味いのだろうか。
「じゃあさ、少し舐めて見る?僕の血」
「えっ?」
「お姫様に出すにしても、味見は必要じゃないか。ホントに美味しいか、ちゃんと調べなくていいのか?」
「そうだけど……瑛太が痛いじゃない」
「別にこれくらい、なんともないよ」
 僕は台所から果物ナイフを持ってきて、指に刃先を当てた。
「あ、ダメ、イタイイタイイタイ……!」
「茜音が目をそむけてどうするんだ。というか料理人だろ」
 ちくりと痛みが走り、指先に小さな赤い玉が出来た。
「とりあえずお試しな。ほら」
「う、うん」
 僕の指先に、茜音が小さな口を開いて近づく。ピンク色の小さな舌が、ゆっくりと突き出されて……。
「ちょ、ちょっと待った!瑛太、いまエッチなこと考えてるでしょ!?」
「え?考えてるけど」
「ばっ、バカじゃないの!?」
 茜音が顔を真っ赤にする。
「いらないのか?」
「欲しいけど…」
「じゃあ、おねだりしてみろよ。あなたの美味しそうなピーを私にくださいって」
「有害図書の見すぎっ!!なにがピーよ、なにが!!」
 ポカポカと殴られる。地味に痛い。
「ご、ごめんなさい、面白くてついからかい過ぎてしまいました!」
「もう!目、つぶってて!」
 言われるままに目を閉じた。指先に茜音の微かな吐息を感じる。
「……」
 なんだか逆にえっちぃのでは、と思ったときに、指先が温かな粘膜に包まれた。
「ん……」
 唾液で濡れた茜音の舌先が、僕の指の傷口を何度も優しく撫でていく。その度に小さな痛みと快感が、僕の脳をくすぐった。
「え、えーと……どうかな、美味しい?」
 恥ずかしくなってきた僕は、もういいかなと思って目を開けた。茜音は恍惚とした表情で、僕の指を口に咥えている。
「……ぷは」
 口を離すと、指先から茜の下唇に、唾液が糸を作った。
「ご、ごめんね、つい夢中になっちゃって……!」
 茜音は赤面して、口元の唾液を手でぬぐった。
「うん……とてもおいしかった。瑛太の気持ちが……茜音が大好きだって気持ちが、すっごく伝わってくるんだ」
「そ、そう言われると照れるな」
「瑛太」
「なに?」
「大好きだよ」
「うん。僕も茜音が好きだ」
「……その、お願いがあるんだけど、イヤじゃなかったら、もう少しくれないかな?」
「いいけど。今度はどこにしようか」
「貸して」
 茜音が僕から果物ナイフを奪い取った。刃先がきらりを僕に向かっている。
「……なんだかコワいぞ」
「大丈夫、痛くしないから。茜音に任せて。ウフフフ」
「や、優しくしてください……」
 こうして僕は傷物にされてしまったのであった。そのままの意味で。
 僕の血を舐めて満足した茜音は、少し休むからと横になった。体に何枚もの絆創膏をつけた僕は、目覚まし時計をかけて、茜音の反対側のソファに寝た。
 目覚まし時計の音が鳴る。時刻は7時30分だ。茜音はスヤスヤと寝息を立てている。
「おい、起きろ茜音。もう7時30分だぞ」
「うーん、あと31分……むにゃむにゃ」
「31分経ったらフェスティバルが終わってしまうぞ」
「もう、このまま寝たフリさせてくれれば良かったのに」
「僕はハッキリとした答えが聞きたいんだ」
「わかったよ、茜音も覚悟を決める」
 7時50分…51分…52分……。
 茜音はじっと僕を見つめたまま動かない。
 55分…56分…57分…58分…。
「うん、決めたよ」
 茜音がにこりと笑った。
「瑛太はリズには連れて行かない!」
「いいのか、それで。お前の夢はどうするんだ?」
「諦めたわけじゃないよ。むしろ夢に向かって前進するんだ!瑛太はもっともっと美味しくなるんだよ!なぜなら茜音が瑛太を、もっともっと好きになるからね!」
 茜音はそう言うと、僕の胸に飛び込んできた。
「瑛太は茜音のこと、何でも聞くっていったからね!いっぱい色んな所へいって、遊んで、美味しいもの食べて、楽しい思い出をたくさんつくるんだ!」
「そうだな。2年間、僕も美味しくなれるように、茜音とたくさんの時間を過ごしたいと思うよ」
「じゃあさ、さっそく最初のお願いなんだけど……」
 時計は8時01分。
 茜音はそれを確認して、最高の笑顔で言った。
「茜音と、恋人同士になってください!」



ep

 今年のリズ・フェスティバルは終了した。
 自分で立てたフラグに負けずに生き残った吉岡は、なんと3組の鈴木さんと付き合うことになった。なんでもシェルターで襲われたときに、彼女を身を挺して守ったらしい。僕たちの知らないところでフラグが立っていたわけだ。『リズコナーイ』の副作用で全身が発疹だらけになっていた吉岡だったが、嬉しそうで何よりだった。
 それから僕は、茜音のツテでリズの星にいる両親に手紙と血液を送った。例え血が繋がってなくても……というより、別の星の生物であっても、僕の親は父さんと母さんしかいない。両親はとても喜んでくれて、2年後に会える日を楽しみにしているという。それはつまり、僕が食卓に上がる日でもあるのだが……。

「瑛太~、お腹空いたー!」
 そうして今日もまた、果物ナイフを持った茜音が僕の部屋に飛び込んでくる。毎日のような味見のせいで生傷が耐えないが、最近では僕もそれが癖になりつつある。危険な兆候だ。
「ねえねえ瑛太。いつも食べさせてもらってばかりで悪いからさ、たまには茜音のこと、食べてもいいよ?」
「どういう意味だよそれは……」
「もう、わかってるくせにー。瑛太は変態さんだな~!」
 ナイフの刃先をぺろりと舐めながら、茜音が肉食獣のように目を光らせる。
「どっちが変態だよ! や、やめろ、寄るな、こっちに来るなあああっっっ!!!」
「いっただっきまーす!」

 こうして宇宙初のヒトとリズのカップルが誕生した。
 その後、2つの星の未来に、僕と茜音がどのように貢献していったかは、また別の機会に。

作者コメント

初めましての投稿です。
感想やアドバイスを頂けますと嬉しいです。
よろしくお願いいたします。

2013年09月19日(木)17時02分 公開

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感想

樹思杏さんの意見 +30点2013年09月19日

 こんばんは。樹思杏と申します。
 とても面白く読ませてもらいました。架空の設定ですが、ストーリーの中に不自然でないように過不足なく説明できていると思います。すんなり物語に入っていけました。
 前半の吉岡くんとの軽妙な会話は笑えましたし、中盤の茜音ちゃんの危機に飛び出していくところは、本当にはらはらしました。後半、明かされていく事実も驚きでした。最後のいちゃいちゃぶりは恥ずかしかったです。
 気になったのは、細かいんですが
・茜音ちゃんや両親は尻尾をどうしてたのか?
・エルが茜音を殺したといったのは勘違いだったんでしょうか?
・最初の方に彼女や両親がリズである伏線は張ってました?
などでしょうか。

 ですが、全体としてすごく面白かったです。
 次回作も楽しみにしています。

まーろんさんの意見 +50点2013年09月20日

初めまして、拝読しましたので感想を残していきます。
とはいえ、どのような感想を書けばいいものかと大変困っております。多分褒める言葉しか書けません。私のラ研暦は大体半年とちょっとくらいなんですけど、その間に短編で読んだ作品の中で御作が一番面白かったです。
文章、キャラ、ストーリー展開、どれをとっても完璧で、非の打ちどころがありません。無責任な言い方になりますが、今すぐプロの舞台でやっていく実力があると思います。それくらい最高な作品でした。

1パート
SFはそこまで好きじゃないので、正直言うと冒頭で地球外生命体なんていう単語が出てきた時は「うあ…」となりました。それでも読み進めることが出来たのは、会話文の面白さにあったのだと思います。三人の人物たちの掛け合いが非常に愉快で、設定の出し方も自然で過不足ありませんでした。

2パート
景色の描写が上手でした。静まり返った地上の様子と宇宙船がひしめく夜空、難なく想像出来ました。リズに対して無茶な行動をしたり宗教的に崇める人がいるという説明がされましたが、妙なリアリティがありました。
そして両親との悲しい過去…しかし、あんなドンでん返しがあったとは!最後の場面読んでる途中、思わずスクロールで戻って二度見してしまいました。伏線の張り方が見事です。
突然訪れた危機…この辺りから私はもうこの作品に夢中になっていました。

3パート
悪いリズが出てきましたね。「狩りは終わったから君に興味ない」といって主人公は見逃されるわけですが、ここだけちょっとご都合主義に感じました。悪いリズだったら虫を殺すような気持ちで人を殺すでしょうから、このリズもまたそんな気持ちで主人公のことをペチャっと殺しそうなものです。
あと、茜は悪いリズが殺したんじゃないの?その辺は説明されていたのでしょうか。たまたま茜に似た子がいただけ?まあここは私が見逃してしまっただけという可能性もあります。

4パート
イチャラブ、ひたすらイチャラブです。そして主人公の両親の正体…。家畜育ててたら可愛すぎて食べられないって!なんじゃそれ!ってなりました。前半で張られたありとあらゆる伏線がハッピーエンドな形で回収されまくったパートですね。私はハッピーエンド大好きなのでいいんですけど、人によってはスパイスが足りないと感じるかも。
ペロペロパート、すごく良いです。ずっとニヤニヤしながら読んでました。
末永く爆発することを祈ります。

【雑談】
人が捕食対象にされちゃう話ってけっこう沢山あるんですけど、沢山ある中で今作は大きく異なる点が見られました。この手の話は大体食べる側を極悪な奴として描くんですけど、その点リズは違いましたね。読み終えた時、自分もリズに食べられたい!って思いましたもん。踊り食いは勘弁ですけど。
しつこいようですが、とにかく面白かったです。+50点っていつ付ければいいのか分からなかったんですけど、この作品に付けなかったらこの先ずっと使う機会なくなりそう。なので遠慮なく、最高得点献上します。
この小説を私に読ませてくれてありがとうございました。今度はラ研の投稿室ではなくて、書店で作者様の名前を目にしたいです。そんな日が来ることを、まーろんは願っております。

これからも応援しています!

素直な良い子さんの意見 +10点2013年09月20日

ども、はじめまして。高得点につられてやってきました。
読んだので感想を書いておきます。

なかなか良かったです。
文章も読みやすく、掛け合いも軽妙で読んでて楽しかったです。
キャラもなかなか、かわいいらしく、特にヒロインが(短い小説ながらも)キャラ立ちしていたと思います。両親のくだりも、結構驚きました。

えっと……しかしながら、どうしても、私としては、藤子・F・不二雄の「ミノタウロスの皿」という作品と比べてしまうのです。インパクトという点に関しては、向こうのほうが鮮烈だと思ってしまいます。(ごめんなさいね)
他のみなさんがおっしゃる通り、最後は、少しご都合主義かなとも思います。たぶんそこのあたりが、「ミノタウロスの皿」を超えない理由じゃないのかなと、私個人は思っております。
予想だにしない、しかも腑に落ちる展開とは、非常難しいものですが、読者としては、それを期待しております。

以上です。
これからもがんばってください。
ではでは……

ヤマイモさんの意見 +20点2013年09月21日

初めまして。ヤマイモと申します。
高波様の作品、読ませていただきました。
それではさっそく感想の方を。


SFが大好きですので、楽しく読ませていただきました。冒頭の三人の掛け合いがおもしろかったです。乾電池とししとうを間違えるあたりが特にツボでした。料理を作ってくれる幼馴染ってちょっとテンプレな設定だなー、と思っていたのですが、ちゃんと理由があったのですね。しかも、伏線になっているあたりがすごい。宇宙人に制圧された地球、という世界観もごくシンプルな形で説明されていて、すんなりと頭に入ってきました。SFって複雑な舞台装置が必要だったりしますので、それをさらりと読者に示すことができる作者様の力量に感服いたしました。文章も、ところどころ誤字・脱字がありましたが、それ以外は特に引っかかるところもなく、読みやすかったです。なにげに吉岡くんのキャラが好印象でした。

気になったところをいくつか。まず、圧倒的な科学力を持つ異星人に制圧され、食糧として狩られる立場になった人類──この設定はいいと思うのですが、その割に悲壮感といいますか、絶望感といいますか、一定の人数が食べられるのになんだか社会の雰囲気が明るいなー、と。「フェスティバル」という、祭りのイメージを喚起する言葉が使われているところにどうも違和感が。実際、こんな状況になったら社会の基盤が崩壊して、もっと悲惨な世界になるのではないかな、と。ごく少数が生け贄として犠牲になるのならまだわかるのですが、7%~9%といったら、ざっと全世界で5億人~6億人という計算になります。細かいことですが、2年に一度、数億人が犠牲になるとしたら、さすがに人類は滅亡するのではないのかな、とも思いました。日本なんか人口が減っているんですから、あっという間に人口が半減しそうです。リズが人間を狩る理由も、完全な生物であるがゆえに不完全さを求めた、とのことですが、このあたりの事情もいまひとつ釈然としませんでした。ここまで発達した完全な生物であれば、そもそも暴力的な衝動が起きないような気がしましたので。個人的な感覚ですが。

上記と関連して、主人公と茜音の関係について。茜音と両親がリズだった、というのは意外でした。ただ、茜音が正体をバラして、捕食者と家畜(言ってしまえば)という関係になっとき、果たしていままでと変わらない仲でいられるのだろうか、というのも読んでいて少し疑問でした。いい雰囲気でエンディングを迎えるので、読後感はすっきりとしていいのですが、このあとは……そこは読者の想像、ということになるのかもしれませんが。

出だしから中盤までは勢いがあり、主人公が置かれた境遇にハラハラするのですが、第3章以降のリズと遭遇するあたりから、予定調和の着地点に向かって物語が収束していく、失礼ながらそんな印象がありました。


上から目線で、いろいろと偉そうに書いてすみません。感想は以上です。
高波様の次回作を楽しみにしています。
それでは失礼いたします。

クロスグリさんの意見 +30点2013年09月21日

 これだからアマチュア小説は舐めてはいけないな、と賞賛したいところなのですが、高評価が並んでいるので批判屋の気質を働かせることにします。

 まず、なぜ主人公と仲のいい人間を誰も殺さなかったのでしょうか?
 他の感想にも「ご都合主義」という言葉が見られますが、それに関する一番の問題はここです。
 人間が捕食対象となる作品は大抵ホラーに分類されています。必ずしもホラーで書けばいいというわけではありませんが、読者はその設定からホラーを連想し、期待してしまうのです。
 ところがこの作品、何も怖くない。むしろ人間が家畜に成り下がることを受け入れている。長年に渡って支配されてきたのだから当然なのでそれ自体はいいのですが、緊張感くらいは出さないと設定にリアリティが感じられません。
 フェスティバル中は誰かが死にそうな描写がいくつかありましたが、結局誰も死なないので、その時だけは緊張感が出ても、読み終わった時には「思い返してみると何でもなかったな」という印象を受けてしまいます。吉岡の逃走も順調そのもの。心配するに値しません。
 さらに主人公の両親が生きていたというのもマイナスです。もしこの作品が続いたとしても、「あぁ、この先は誰も死なないんだな」と期待も膨らまず、結果的に作品自体の存在感が薄くなってしまうのです。
 ここまでいくと、「この作者は自分のキャラクターを殺すことができない人なんじゃないか」という評価に繋がりやすく、非常に危険です。
 もっとキャラクターをいじめてください。それも人間に対するイジメ方ではありません。家畜に対するイジメ方です。作中の人間は家畜ですから、ありふれたものではキャラクターは受け入れてしまうでしょう。

ゆら波さんの意見 +20点2013年09月22日

こんばんは、ゆら波と申します。
読ませてもらったので、簡素ではありますが感想を残していこうと思います。


設定が面白かったです。
動きのある物語であることが冒頭からわかるので、面白くなりそうだと期待できました。
SFにしては情報を書き足りないと思いましたが、短編ですし仕方なしですね。


◆気になった点
・雰囲気
ちぐはぐしていたというか、冒頭の会話が単に軽いだけのものとなってしまっているので、ここでの死とはその程度の軽さとして扱われているのかなと思いきや、どうやらそうでもないようでした。
両親の死に対しては充分シリアスな感覚でしたし、協定をやぶっている状況も鬼気迫っていました。
後半の茜音との会話もつかみどころがないというか、結局リズってなんなんだろうという思いが沸きました。
この枚数ですし情報の提示はそう多く出せないというのもわかりますが、そこが雰囲気のちぐはぐ感と速すぎる展開のもとになっていたように思います。
いっそのこと尺を倍くらいにして、三人の過去をもうすこし先出しし、それを後半への伏線として機能させた方が完成度はグッと上がると感じます。

・設定
面白いのですが、やっぱり説明が不足しているように感じます。
細かな点とうよりは、全体的にというほかないのですが、もうすこしリズとはなんぞやという描写が欲しかったです。自分たちが完全すぎるから不完全をもとめて人間を……という点は面白そうなので、そこをもっと掘り下げてほしかったです。


◇良かった点
・展開
気になった点で、速すぎると申しましたが、動きもあり危機感もあり転もありで、とても面白く読めました。
願わくば、茜音がリズだったというネタ晴らしに対してもっと説明や理由付けを行ってほしくはありましたが、それよりは軽快な会話の方を優先させた結果だと勝手ながら理解させてもらいました。

・キャラクター
彼女は確かによいキャラクターをしていたと思いますが、私としては主人公が好きでした。
危険をかえりみず女の子のために行動する勇気、死を目の前にしても物怖じしない覚悟みたいなものが良かったです。
ただこれはリズフェスティバル自体に絶対的危機感をいだいている状態での評価ですので、雰囲気が軽くなってしまっていることでそのような主人公の長所が薄れているのも確かです。
せっかく一本筋のとおったキャラクターをしているので、もっとシリアスに危機感をあおったうえで彼の勇気ある行動が見たかったというのが本音です。


少ない枚数で面白く考えられた設定と、それにより作り上げられた世界観は私にとって新しい価値観でした。
あ、そういえば、フェスティバル中は連絡がとれない、と言っていたのに吉岡くんとは普通に電話していましたね。あれはどういうことなんでしょうか(笑
なにか見逃していたら申し訳ないです><


以上でございます。
今後のご活躍を期待しつつ、さようならです。

うろちさんの意見 +30点2013年09月22日

こんにちわ、うろちと申します。先日はお世話になりました。
読ませていただきましたので感想を。

面白かったです。ギャグあり、シリアスあり、恋愛あり。色々な要素を上手に詰め込んだ良作だと思います。こういったテイストの作品(ジャンルはSFでいいのでしょうか)は普段あんまり読みませんし、正直なところ好きでもないのですが(書いたことはあるけど酷いものでした……)、今作は飽きることなく最後まで読みきることが出来ました。以下、項目に分けてコメントします。

※文章面
 お上手でした。初めましての投稿ということですが、まさか処女作なのでしょうか? だとすれば、すごいと思います。自分と比べてもレベルがいくつも違うなと感じたので。まぁ、私みたいな者と比べられても困るかもしれませんがw ギャグ、シリアス、それぞれの場面に合った文章の書き分けが出来ていたと思います。

※キャラクター
 ・瑛太
  冷静だなぁという印象。ちょっと冷静過ぎるだろうというくらいに。茜 音や両親がリズであると聞かされてもほとんど動じないのは精神的にタフ
 タフ過ぎやしないかと少し感じました。ナイフで自分の身体を傷つけ、そ れを舐めさせるという行為も、簡単にやっていますがなかなかものすごい ことですよね。このへんだけ注目すると人間らしさが希薄にも映ります  が、保護施設が襲われたと聞いたときに一も二もなく飛び出した行動、エ ルから茜音を殺されたと言われ激昂した姿があったので、感情移入できま した。

 ・茜音
  良いキャラ。一番個性が際立っていたと思います。体液やらなにやら、
 間違いなく変態なのですが、リズだし茜音なら仕方がないよねと許せま  した。

 ・吉岡
  ギャグ担当。洋画に出てくる陽気な黒人を連想しました。あぁ、この人 死なないな、みたいな感じです。冒頭で露出がありましたが、中盤以降存 在感が薄れていきました。冒頭わりとがっつり絡んでいたので少しあれ? と思いました。

 ・エル
  敵キャラ。立ちはだかる敵としては少し物足りない気がします。彼女の 口からリズとは何たるか、語られるシーンもありますので重要なキャラク ターなのでしょうけれど、その情報開示のためだけにいたという気がしな いでもありません。彼女たちに殺された人は高度な技術で元通り、捕獲さ れた人はみな無事というのも、何だかなという感がありました。ドラゴン ボールがあるから生き返れるよ大丈夫! みたいな。そもそも、失われた 生命を元に戻すほどの技術力があるのに、人間を捕食しなければならない というのが少し不可解な気がします。本能の問題だから切り離して考えな ければならないのでしょうか? もっと詳しく説明があればなお良かった です。

※ストーリー
 最初に書いたように面白かったです。最初の軽妙な掛け合いも、その後のシリアスパートも、オチやまとめ方も。全てが高水準だと思います。ただ、冒頭のパート、三人で話すところです。ギャグ色が強かったので私はこういった雰囲気の作品なんだと思って読み進めていたのですが、中盤、後半にかけて結構印象ががらりと変わったのでちょっと驚きました。私はそれを好意的に見れたのですが、読む人によっては戸惑うのかもしれません。
 それとキャラクターのところでも触れましたが、ちょっと情報が少ないかもしれません。具体的にはリズとは何ぞや、ということがいまいち判然としませんでした。高度な文明を持ち、人間を捕食する存在、ということくらいでしょうか。今作はそれでも楽しめたのですが、もっともっと掘り下げればより世界観が確固としたものになるでしょう。特異な設定なので、練りこむ作業は大事だと思います。


長々と書きましたが、このへんで終わります。
三度目になりますが、とても面白かったです。その割りに指摘点を多く書いてしまった気もしますが、作者様のほうで取捨選択していただき今後に活かしていただければ幸いです。
良い作品をありがとうございました。
次回作も楽しみにしています。

ミヅキ葵さんの意見 +30点2013年09月22日

こんにちわ ミヅキ葵です。
拝読させて頂いたので感想を。

もう、他の読者様が言いたいことは全部言ってるぜ! 書くことないぜ!な状況ですが、一番言いたいことだけを書こうと思います。
主人公精神タフ過ぎ! もうちょっと驚こうよ! 家畜ですよ? ごはんとして育てられたんですよ!? そして茜音がリズだって分かっても動揺しないで楽しくお喋りしちゃってるし! 愛ですか! コレガ愛の力ですかーっ!
……けふんけふん、失礼。少し興奮しちゃいましたぜ。
えと、言いたいことは伝わりましたでしょうか。

初めての投稿と言うことですが、かなりの実力の持ち主様であるとお見受け致しました。他の読者様の感想を取り入れ、ますます成長なさってください。高波さんが小説家になりたいのかどうかは存じ上げませんが、なれるだけのセンスは充分にあると思います。ちっ……うらやま! ……けふんけふん、羨ましいでございます。

次回作、期待しております。
ではでは、これにて失礼します。

よしさんの意見 +20点2013年09月22日

高波さん、こんにちは。
リズ・フェスティバル楽しく読ませて頂きました。


リズコナーイは笑えました^^
茜音はリズだったんだな、ここでえって感じ。瑛太ちょっと冷静すぎる。


「そのために僕を育てていた、というわけか」
「……いずれはヒトを食料にするのをやめて、仲良くしたいって言ってる。……」

上のあたりは読んでいてなんか違和感を覚えました。
また瑛太がシェルターを飛び出していくあたりから盛り上がりを見せて。作品全体で前半中盤後半と雰囲気が変わり、おやおやという感じでした。
でラストは、結局その方向にもっていきたかったのだなと^^
だけど面白かったですよ。

短い感想ですが^^

ナマケモノさんの意見 +10点2013年09月22日

 こんばんは、感想返しにやってきたナマケモノです。リズ・フェスティバルを読ませていただいたきました。
 いや、実はこの作品、感想をいただく前に読ませていただいたのですが、読後のショックが大きく、感想を残すのを控えていました。
 リズ・フィスティバルなんて素敵な題名に惹かれて読んでみたはいいものの、中身はフェスティバルじゃなくてカーニバルだった……。
 なんか、アレです。このSF感動できるよって勧められたDVDがETとかそういった感動系じゃなくて、何故かエイリアンVSプレデターだったぐらいの衝撃がありました。
それでも、イジラレ役の吉岡くんに癒されつつ、冒頭のギャグなやりとりは楽しめたのですが……。
 まさかの乾電池に、それはさすがにないとツッコミを入れている自分がいました。いや、題材がカニヴァリズムなんてとんでもなく重いものなのに、高波さん、はしゃぎすぎです……。
 ちょっとこの辺は、ついていけなかった。
 
 中盤は一番楽しめるパートでした。頂いた感想で中盤の盛り上がりが欠けるとご指摘をいただいたので、見習いたいぐらい。
 ただ、保護施設。逃走経路は用意しとこうぜ。人間がリズはともかく、人間の襲撃だって十分ありえるんだし。
 瑛太くんの悲しい過去が明らかになったり、吉岡くんがピンチになったり、とくに茜音ちゃんのためにエルに立ち向かう瑛太くんには思わず、おぉ! とエールを送りたくなりました。
 ただ、エルちゃんにはもっと暴れて欲しかった。彼女はリズの残酷な側面を表すキャラだと思うので。茜音ちゃんと同い年ぐらいの女の子の生首を、瑛太くんの前で潰すぐらいのことはやっていいと思うんですよ。
 けっこう残酷描写があっさりしていて、ちょっとエルちゃんがでてくるあたりは盛り上がりに欠けちゃってるなっと思いました。

 終盤は一番、うーんってなったパートです。感想を残さなかった2つめの理由がここにある。
 とりあえず、瑛太くんの下着でお茶を飲む茜音ちゃんについていけなかった……。瑛太くんの「ボクの血をお舐め」なイチャラブパートも、リアルに傷をつけられる瑛太くんの姿を想像して、ちょっと気持ち悪くなりました……。
 いや、流血ものとか実のところ読んだりするの苦手でして、痛々しいシーンとか濃厚に書かれてると、思わず読み飛ばしちゃったりするんです。
 そんで極めつけが、瑛太くんが食べられるために育てられてましたって衝撃のオチ。
 彼に全速力で逃げてと、何度心の中で叫んだことか。しかも、それをあっさり受け入れる瑛太くん……。いや、ここはもうちょい悩もうよ!  
 ちょっとどころか、かなりこの辺は共感できませんでした。いや、こういった食べられる側と食べる側のラブコメって、そのあたりの心的葛藤があって、萌え萌え出来るというか。
「死にたくない! でも、茜音のためなら」てさんざん悩んで、彼女に身を委ねる彼を見てみたかった((´Д`;)ヾ ドウモスミマセン100% 私の好みです)
 終盤のパートで一番引っ掛かりを覚えたのが、やっぱりリズの設定に矛盾がちょっとあることというか。なんか、テキトーなところがあるというか。
 人間食べなくても何とかやっていけるのに、人間を食べないとリズが絶滅しちゃう理由がよくわからない。そもそも完璧な生物なのに、どうして絶滅にむかっているのかちゃんと原因が提示されていない。
 食べるために人間を育てるぐらいだったら、フィスティバルなんてめんどくさい事しないで、人間の人口の何パーセントかを食用として、美味しくなるように英才教育施して育てればいいんじゃないかなっとか。
 というかお父さん、お母さん。瑛太くんが大切だったら育児放棄しないで、彼が生き延びられる道をちゃんと探せ。
 リズってなんだろうって疑問がこの作品を読み進める上で大きな原動力の一つとなっていると思うので、このあたりはきちんと整合性が取れるよう、プロットから見直したほうがいいと思いました。
 何だかんだと好き勝手なことをいって、すみません。
 ただ、出来がいい悪い関係なく、カニヴァリズム扱ってる時点でちょっと自分的にはアウトな作品でした。たぶん、これが違う題材を扱ってる作品だったら、もっと楽しんで読めたんですが。
 食べられるのは、さすがに嫌です……。

立川狐猫さんの意見 +30点2013年09月24日

高波様のリズ・フェスティバル読まさせて頂きました。
つきましてご感想を。

率直にとても面白かったです。
各キャラ、特に白戸茜音に大きな魅力を感じ、最後まで飽きずに楽しく読まさせていただく事ができました。
このラストは一切予期できませんでした。

気になった点は、やはり人類が捕食をすっかりと受け入れ、戦う選択肢がないというのが不思議に思いました。
自分たちの狩りが始まる当日まで、冗談めいて語らい合っております。
また、リズ・フェスティバルにより捕獲が定期的に存在する世界で
人類は未来が閉ざされている訳ですが、学校が平常通り機能しています。
学校の先生は『未来が閉ざされた世界』で
生徒に何を教えて、何を学ばさせているのでしょうか……。

他に何点か気になった所は、
・両親を失った榊瑛太の生活手段
・親兄弟恋人を狩られた人間に対する心のケア
・捕獲されないまでも、フェステバルで怪我をした方の治療と社会復帰
・リズが超高度な文明を持っていても、フェステバルの管理や監視が行き届いていない
・住んでいた人間が狩られて残った物的財産
なども色々大変そうです。
でもそれを加味しても読んでいて楽しかったです。

誤字について1箇所 参考までに……
>捕獲が目的をであれば、こんな傷つけ方はしない。

あと最後にですが、下の方で作者様コメントにも載っていた
>ミノタウロスの皿
を何だろうと見たところ体調を崩しました。まさにトラウマレベル……。
私は高波様の作品、リズ・フェスティバルの方が好みです。

デルティックさんの意見 +40点2013年09月24日

どうも、明日から夜勤で朝まで寝る訳にはいかないデルティックです。

拝読しました。

いや面白かったです。
最近、文字を読むのに飽きがきやすくて、あまり長文を読むことがなかったんですが、最後まで一気に読んでしまいました。

キャラクターも立ってますし、オチも綺麗に収まってます。読後感も良い。
私のレベルでは特に指摘できる事がないという結構困った事になってます。

しかし、アレですね。
茜音の変態くさい微エロスがいいですね。
しかもそれをフォローしてるのが憎い演出です。
そうですね。食べ物に関する事でエロスを感じてしまった私が変態なのです。きっと。間違いなく。


リズの行動理念について「不合理」をあえて選択するというのはいい着眼点だと思います。人間、どうしても合理的な方向に舵を切りたがる生き物ですので、面白いと感じました。

困ったな、本当に揚げ足が取れません。
よく煮詰められた素晴らしい短編でした。
もうさっくりと高得点掲載所に載って下さい。

それでは、また次回作を楽しみにさせてもらいます。

嘘つきマーくんさんの意見 +10点2013年09月24日

 こんばんは。そしてはじめまして。
 非常に軽快な文章で、分かりやすかったです。
 物語は、リズと共存する怖さ、気味の悪さ、しかし物語は明るい。この違和感が新しくて、おもしろかったです。
 気になる点を強いて挙げるとすれば、会話ですかね。ありきたりだからでしょうか。コメディチックですが、あまり笑えませんでした。

寿甘さんの意見 +30点2013年09月26日

 こんにちは。

 面白かったです。
 何気なく開いて読み出したら、最後まで読み切ってしまいました。

 引き付ける力もありますし、文章も文句なしです。

 高得点作品掲載所に載せて良いくらいの出来だと思いましたので、30点にしました。

 ですが、作品としては批判点もいくつかあります。それを書いてみます。


 まず、小説の作法や技術の観点からの批判です。

 初めのフェスティバルの説明を読んで、この作品はホラーだと思いました。なのに、読み進んだら、少しもホラーではありませんでした。

 何より、リズが恐くありません。もっと読者をドキドキさせ、ひやりとさせ、ぞっとさせる場面や演出が必要です。なぜ、リズに人が襲われ、残酷に殺されて食われていく場面を書かなかったのですか。それはこの作品には絶対に必要です。

 リズは恐ろしいものだと語られています。ですから、その恐ろしさを実感するシーンを読者は期待します。私はホラーは嫌いですが、それでもそういうシーンが出てくるだろうと予想して、あまりひどかったら読むのをやめようと思いながら読み進めました。そして、肩すかしにあいました。

 特にエルは、容貌の描写すらなく、圧倒的な強さを印象付けられることもなく、ただのよくある超能力者みたいな感じでした。
 あそこは、どういう点で人間はリズに敵わないのかを読者に納得させる場所です。
 「ああ、こんな相手なら、人類が抵抗を諦め、狩られることを受け入れたのも無理はない」と思うような、圧倒的な力を見せて下さい。
 それは肉体的な強さでも、超能力的なものでも、催眠や精神支配でも、段違いな超科学力でも構いませんので、頭をひねって考え出して下さい。

 あなたはこの作品をホラーテイストで書こうとしたのですよね。でしたら、きちんとホラーをすべきです。探偵が活躍するミステリーだと思って読んでいたら、警察が犯人を逮捕してしまって、探偵はただの脇役だったらどう思いますか。読者が自分の書こうとする作品にどういう期待をするかを想像して、それに応え、また良い意味で裏切る努力をするのが書き手の仕事だと思います。

 それができていないために、初めの学校での会話パートがただのおしゃべりになっていました。

 今夜死ぬかも知れない。みんな内心でそう恐れながら、必死で笑いで誤魔化し、恐怖と戦っているはずです。

 誰もが下らないことを言ってわざとらしい大きな笑い声を上げる中、一人の女の子が耐えられなくなって泣き出してしまうとか、誰かがシャレにならない冗談を言って皆黙り込み、そのまま嫌な雰囲気で解散してしまうとか、恐怖に興奮して暴れ回る少年が教師に取り抑えられて眠らされ、連行されていくとか、そういう、皆笑っているけれど、内心では震え上がっているという緊張感や陰惨さ、恐ろしさがありませんでした。

 ギャグの会話としては悪くありません。笑いはしませんでしたが、楽しく読めました。
 でも、それだけです。これは、明日以降も同じような日が続くことを疑わない平和な世界の学校の教室で交わされる会話と言われても違和感はほとんどありません。
 ホラーなら、ホラーらしいやり方で、読者を楽しませて下さい。

 また、吉岡ですが、彼は殺すべきです。それも、主人公を呼びに来て、目の前でエルに、というのがよいと思います。
 家族を食われ、怒ってエルに向かっていき、あっさり捕らえられて、生きたまま一本ずつ手足をもぎ取られて食われる、といったところでしょうか。
 ありきたりな展開なので、もっとよいアイデアがありそうに思いますが、とにかく、彼は死ぬべきでした。

 あと、リズコナーイが科学的な根拠のあるもので、茜音に効いて嫌がるシーンがあると、伏線になったと思います。

 それと、最後ですが、なぜハッピーエンドなのですか。

 繰り返しになりますが、これはホラーテイストの話だと、少なくとも私は感じました。
 なのに、ラブラブで終わるなんて、激辛唐辛子味のパンを食べていったら、一番奥に甘ったるいカスタードクリームがこれでもかというほど詰まっていたような感じです。

 作品の雰囲気をコントロールし、統一感を出して下さい。読者の期待を裏切らないで下さい。

 私の意見としては、主人公が喜んで茜音に食われる、という終わりがよいかなと思います。
 いずれにしても、笑えない終わり方にすべきです。
 第一、主人公が人間を食うリズに嫌悪感を抱かないのがおかしいです。本能として恐れると思うのですが。

 個人的にはこのハッピーエンドは嫌いではありませんでした。
 でも、主人公は何の努力もしていないし、何の能力も持っていないのに、相手の方が自分にべた惚れで守ってくれるなんて、まるで過保護な親や家臣に囲まれた駄目な王子様みたいだと思います。

 以上は、全て、これがホラーとして書かれたことを前提とした批判です。
 もしそうでなかったのなら、なぜホラーとして読まれてしまったのかを考えた方がよいと思います。


 二つめは、設定についての批判です。

 まず、狩りがなぜ二年に一度なのか、について説明がありませんでした。人間とエイリアンの生活時間の周期が違う、ということなのでしょうか。

 人間よりも遙かに進んだ生命体なのに、人間を食べないと滅んでしまうというのも、いかにもとってつけたような解説で、おかしいと思いました。食糧の確保という最重要の問題を進んだ文明を持ったエイリアンが解決できていないのは不思議です。どうしてリズには人間が必要なのか、合理的な説明が欲しいところです。
 むしろ、狩るのが楽しいから狩るという方が、理解できます。
 もしかして、麻薬のような嗜好品なのでしょうか。

 また、食料の安定供給という観点からすれば、狩るよりも養殖や培養の方が向いています。

 愛情深く育てられた人間がおいしいのなら、どこかの惑星なり宇宙ステーションなりに自然に囲まれた理想的な楽園を作って、そこで厳選された遺伝子を持つ上質な子供を卵子から育て、決して非道なことや非条理なことをしない、優しくて完璧な親としてプログラムされたアンドロイドにでも面倒を見させて、余計なことで悩んだり劣等感を持ったりしない子供の内に食べてしまうのが理想的ではないでしょうか。食われることなど知らない天使のように純真で幸福感にあふれた子供では駄目な理由は何でしょうか。

 もちろん、天然物が養殖物よりよいというのはあることです。よく知りませんが、牛肉などは天然物より神戸牛のような徹底管理されたものの方がおいしいのかも分かりませんが、天然物に養殖物では再現できない味わいがあることは多いです。

 そういう意味で、人間を狩るということは理解できますが、その辺りの説明がなく、やや説得力がありませんでした。


 というわけで、突っ込み所は多いですが、面白かったです。
 文章には問題がないので、どんどんいろいろなものを書いていけば、上達すると思います。

 それと、気になったのですが、プロットは作っていますか。
 もっと伏線などを用いて、読者をあっと言わせる話を書いて下さい。


 以上、参考になればうれしいです。