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ロスト・チルドレン

〜Slaves of the Nightmare〜


Inner Space #4.
Dark Quarter 5th Street. Secret Shelter.
2nd floor in underground.
Life Space Block. Private Room.
PM 4:26
View point in ユティス=リーマルシャウト.

 爆炎が上がる。怒濤の如き圧倒的な火力が、何人もの兵士を呑み込んでいった。悲鳴を上げる暇もなく、彼らは消し炭と化して絶命する。その死を無表情のまま黙って見届けているのは、まだ年端もいかない少女。
『ギャアァァァァ!』
 カメラの視点が遠くで上がった悲鳴に反応して切り替わった。ゆっくりと右の方へとスライドしていく視界が映し出したのは、いびつな方向に腕をねじ曲げられている別の兵士。その前には虚ろな表情をした少年。兵士は両腕の関節をあり得ない方向にねじ曲げられ、悶絶していた。直後、今度は首の関節を半回転させられ、声を出すことも出来ずに最期を迎える。
『死ねぇ! このクソガキ共!』
 再び、カメラの視点が切り替わる。ショットガンを携えた数名の兵士が、小柄で華奢な少女に向かって怒声を浴びせながら、戸惑うことなく引き金を引いた。
 全身にくまなく穴を開けられ、無数の小さな傷口から血を噴水のように吹き出して絶命したのは、兵士達の方だった。
「…………」
 俺は目の前で繰り広げられる惨劇の映像を、暗い自室で見入っていた。
 兵士達が撤退していく。しかし、それに追撃をかける者はいない。
『くそっ! もうスクラップかよ!』
 今度は随分と近くで声がした。どうやら、この映像を撮影している者の声のようだ。
 映像は最後に地面に倒れていく数名の子供達を映し、そこでダークアウトした。
「ロスト・チルドレン、ね――」
 独り言のようにそう言い、手元にあったリモコンで中空に浮かんだ半透明の黒いモニターを消す。音と光が消え、俺は金属で囲まれた無機質な自室の中央に取り残された。
 陰鬱な気分だ。どれだけハードコアな非日常を見ても、体の中で澱(おり)のように淀んだどす黒い腐敗物はいまだに異臭を放ち続けている。
「……ヤルか」
 短く言ってソファーから立ち上がった。ベッドの横の金属壁に張り付いてるタッチパネルを決められた動きで数回叩く。
 かちゃ、という小さな音と共に壁が開き、小さな空間がポッカリと空いた。中にあったアンプルと注射器を取り出す。アンプルの先をへし折って中身を注射器で吸い出すと、左手の浮き出た血管に突き刺し、ゆっくりとシリンジを押し込んだ。
「う、はぁ……あ、あ……」
 効果はすぐに現れた。この『グレムリン・サーカス』は即効性のアッパー系麻薬だ。
「――!」
 世界が揺れ始めた。直線は曲線に、曲線は波となって、視界に映る物質の輪郭をおぼろげにしていく。皮膚を剥がれ体組織に直接、香草を塗り込められたかのように、体温が一気に低下していく錯覚に襲われた。
 体中の感覚が麻痺し、俺はそのままベッドに倒れ込む。次の瞬間、下腹部に熱い塊が生まれた。それはマグマの如き灼熱を帯び、ゆっくりと上に移動していく。さっきまで俺の中でくすぶっていた澱(おり)が一瞬で昇華していった。
 同時に、狂気という名の毒物が体中を蹂躙し始める。意識が遠のき、理性が駆逐されていく。日頃の憂慮や鬱屈が、取るに足らない雑事のように思えてきた。
「っはぁ!」
 体内で生じた人工太陽が喉を駆け上がり、体外へと排出される。理性という檻から解放それた本能が、渇望していた自由を手に入れ、一瞬で俺の思考を呑み込んでいった。
 そして――世界が変わった。
 全身の感覚が異常に研ぎ澄まされる。この世の有りとあらゆる仕組みが映像となって、次々に頭の中で構築されていった。思考などまるで追いつかない。感じることしかできない。
 疑問はわかない。理由も必要ない。ソレはそうであることが当然であり、必然であるのだ。この世の存在事象に無駄な物など1つもない。すべてが繋がっている。
 音が見え、色が聞こえた。非常識が常識に、異常が正常に塗り替えられていく。
「ククククク……」
 視界が動いた。俺は歩いているのか?
 気が付くと、目の前に誰かが居た。
 手入れのされていない長い黒髪。薄く開いた目は紅く、不気味な笑みを浮かべるその容貌は荒(すさ)みきっていた。
「お前は何がしたい? 何が欲しいんだ?」
 俺がそう言うと、眼前の長身痩躯の男も全く同じ口の動きをした。
「言ってみろよ! この意気地無しが!」
 そいつに向かって拳を繰り出す。相手の顔が割れ、朱に染まった。だが、そいつは薄ら笑いを浮かべたままだ。
 拳をもう一度振りかぶろうとした時、突然言いようのない悪寒が背中を走り抜けた。続いて黒い蟲が全身の穴と言う穴から這い出てくるような、おぞましい感覚に襲われる。
「くそ! もう終わりか!」
 始まった。甚大な多幸感からの引き戻し。バッドトリップ。
 この薬を初めて使ったのは12歳の時だ。体の耐性も相当強くなってしまっている。
「まぁ、いい……」
 俺は目の前の割れた鏡と、裂けた自分の拳を見ながら、少し自嘲気味に笑みを浮かべた。
 最近はこのバッドトリップも楽しめることが分かってきた。

『ねぇ、ユティス。ママの事、好き?』
 来た。あの忌々しい声だ。ウンザリだ。虫酸が走る。

『ユティス。ママのご飯、パパにもちゃんと残しておいてくれよ?』
 クソが。こんなブタの飯なんざ全部くれてやる。

『ごめんね、ユティス。ママ、仕事が忙しくて遊んであげられないの』
 気にするな。俺は一人で大丈夫。だからその薄汚いツラを向こうへやれ。

『ユティス、お前は優秀な研究者だった私の父をどう思う?』
 ゲスの親はゲス。くだらないことを聞くなよ。

『ユティス……もう、昔みたいに仲良くできないの?』
 勝手なことを! こうなったのはお前らが原因だろうが!

『ユティス、貴様はもう私の子供ではない』
 やめろ。

『ユティス、もう戻れないのね……』
 やめろ、やめろ、やめろ。

『ユティス、お前は救いのようない奴だ』
 やめろヤメロやめろヤメロやめろヤメロやめろぉぉぉぉ!

「がああああああぁぁぁぁぁぁ!」
 悪夢からの覚醒は自分の絶叫。昔から相場は決まっている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 荒く息をしているのが自分だと気付くのに数分かかった。心臓の音が耳元で聞こえる。早くなった血流が強く脈打ち、俺の体を揺さぶった。
 汗で張り付いた長く黒い髪を、裂けていない左手でかき上げながら、俺は壁に掛けられているダーツの的に視線をやった。そこには、一枚の写真が何本ものダーツで縫いつけられてある。
 俺がガキの頃の写真。昔は両隣に人間が居たが、今は顔も体も黒く塗りつぶされて、誰だかを判別することは出来ない。
「俺は生まれたときから一人だ」
 俺に親は居ない。俺はずっと一人でやってきた。そして、これからもずっと一人だ。
 そっちの方が気楽でいい。面倒くさい物を背負い込まずにすむ。
 気ままに飯を食って、気ままに女を抱いて、気ままに薬をキメる。それの繰り返し。ボロクズみたいな未来だ。サイコーだね。ウンザリする。
「ロスト・チルドレン……」
 さっきの映像に出てきた、虚ろな目をした子供達。
 戦うために生まれた意志を持たない存在。
 この地下研究所でジュレオンが生み出した対政府軍用の超兵器。
「あいつらよりは、ましか……」
 そう呟き、口の端に小さく笑みを浮かべると、俺はシャワールームに向かった。
 
――Lost Children〜Slaves of the Nightmare〜――
Welcome to crazy world...

「よぅ! ユティス! 相変わらずしけたツラしてやがんな!」
 俺が食堂で少し早い目の夕食を取っていると、背中から野太い声が名前を呼んだ。白を基調にした清潔感溢れる空間に、汚物が進入してくる。視界の隅の観葉植物が悲鳴を上げているように見えた。
 ふぅ、と小さく溜息をつき、首だけを後ろに向ける。そこにいたのは予想通りの人物。
「ゴル……頼むから大声で名前を呼ぶのはやめてくれ。恥ずかしい」
 片手を目元に当て、半眼になりながら俺は不満の声を上げた。スパゲッティーの皿にフォークを置き、丸く白いテーブルに肘を突く。
「まー、そう言うなよ! 別に人もいねーしよ!」
 言いながらゴルは、無精ひげの伸びきった浅黒い顔を俺の方に近づけてきた。そして筋肉質の発達した太い腕を肩に回してくる。
「おっ、その拳どうしたんだよ。怪我してるのか?」
 ゴルは俺の右拳に巻かれた包帯を指さしながらそう言った。
「チキン野郎に噛み付かれただけだ、気にするな」
 右手を隠すようにポケットに突っ込む。
「で、何のようだ?」
 すっかり食欲の無くなった俺は、椅子を回転させゴルの方に向き直った。
 そこには二メートル近い身長を持つ大男が、人なつっこい笑みを浮かべていた。例えるなら愛想の良いクマ、と言った感じだ。
「いや、用はねぇ」
 ゴルは真顔に戻ると、俺にそう言った。
 コレだから筋肉バカは……。
 俺は黙って席を立つ。
「ま、待てって! 冗談だよ、冗談! お前に用事があったんだ、ほら、えーっと、なんだ、……そうだ! バイオドール!」
 バイオドール、の前に余計な単語がいくつかあったようだが。
「それがどうかしたのか?」
「いまいちあいつらのこと良くわかんねぇんだよ。一応、俺達テロ組織の主戦力として活躍してくれてる奴らだからよ、ちゃんと理解しておきてーんだよ」
「で?」
 ゴルが俺に何を求めているかは分かったが、あえて聞いてみた。
「今から培養室で詳しく教えてくれねぇか?」
 ウンザリだ……。
「俺がお前に教えるの、コレで何回目だ?」
 頭上にあるゴルの顔を見上げながら、俺は半眼になってそう聞いた。
「えーっと、3回目、くらいか?」
「1桁目はソレで合ってるな」
 申し訳なさそうに言い淀むゴルに、俺は容赦なく追い打ちをかける。
「授業料、3000ベルグだ」

「バイオドールってのは、いわば人工生命体だ。ジュレオンが発明したミクロチップと、全能性細胞を融合させた人工受精卵を、母胎の代わりとなるウテラス・シールに着床させた後、この無菌リアクターの中で培養して創られる」
 研究棟の培養室の中。かなり地位の高い者にしか入室を許可されないこの部屋で、俺は壁沿いに並べられた10数本のリアクターを軽く叩きながらゴルに13回目の説明をした。
 ゴルの顔色が悪いのは、青白い光で満たされたこの部屋のせいだと願いたい。
「ミクロチップは生体金属から出来た分化司令塔だ。プログラミングされた命令に従って細胞増殖とアポートシスを繰り返し、わずか1週間で胎児を形成する。ミクロチップはそのまま脳の前身となり、自らを分解して金属元素をとばす。それによってシグナル伝達を助長することで急速なシナプスの形成を促すわけだ」
 ゴルの目から光が消えた様な気がした。
「その後、外部チューブと連結されたウテラス・シールから3次構造を改変したタンパク質と、30種類の特殊アミノ酸、それに電子スピンを超多重共鳴させて活性を強化した金属イオンが供給され、胎児は約1年で成体になる。人間の年齢で言うと大体6歳児くらいだな」
 ゴルの口から泡が出ている。どうやら限界のようだ。
 俺はヤレヤレと額に手をやって頭を振ると、ゴルの後頭部を常備しているハンドガンのグリップで思い切り殴りつけた。
「ぐぉ!」
 ゴッ、という低い音と共に形のいいスキンヘッドが前方に大きく揺れる。
「授業中に寝てんなよ、タコ」
「ううー、ひでーことしやがんなー」
 後頭部を痛そうにさすりながらゴルは涙目になって俺の方を見た。
「えーっと、だな。つまり、だ。バイオドールってのは……」
 ゴルは視線を上げて、しばらく考えた後、
「バイオな人形って事だなっ」
 爽やかな笑みを浮かべてそう言った。
「……ああ、その通りだ」
 もう何も言う気になれない。
「けどよー、こいつら本当に俺達そっくりだよなー。言われないとわかんないぜ」
 言いながら、ゴルはリアクターの中で成長を続けているバイオドールをまじまじと見つめた。
「馬鹿言うな。こいつら木偶と俺達人間は全く違う」
 俺は少し苛立ちながら息を吐いた。
 外部チューブから供給される栄養で育つ、その人工生命体は、まるで子供が眠っているようだった。
 無垢で安らかな寝顔。外見だけは俺達と全く同じ。しかし本質は全く違う。
「こいつらはな、空っぽなんだよ」
「カラッポ? なにが?」
 リアクターから視線を外し、俺の方に向き直ってゴルは不思議そうな顔をした。
「さっきも言ったろ? こいつらはたった1年ちょっとで6歳児並のでかさになる。だが、当然精神面はそれに追いつかない。本来俺達が6年間かけて培う、知識や知恵、記憶や感情といったものがこいつらには無いのさ。
 その後も、手術や薬で俺達の3、4倍の早さで強制的に成長させられるから、遅れを取り戻す機会すら与えてもらえない。哀れなもんさ」
 大げさに肩をすくめて、おどけてみせる。ゴルは俺の言葉を聞いた後、何か考えるように天井に視線をやった。
「けどよ。俺が知ってるバイオドールは結構、愛想良いぜ?」
「それは人工的に刷り込まれた感情だ。お前が見たのはかなり適合したタイプなんだろ。普通は話しかけても条件反射みたいな答えしか返ってこない」
 ゴルはそれを聞いて更に視線を上げ、そして首を傾げる。
「あのよー、俺ぁ、こんな事言いたく無いんだが……何でわざわざそんな事するんだ? 兵士に感情なんて必要なのか?」
 コイツは……何年ジュレオンの研究を見てきたんだ……。
「兵士にするために感情がいるんだよ。出来のいいロスト・チルドレンを創るためにな」
 苛立ちを隠すこともせず、侮蔑の意を込めてゴルにそう言ってやる。しかしゴルは俺の言葉を聞いても何も反応せず、ただ中空に視線を投げたしたまま首を傾げ続けていた。
 ダメだ……この筋肉バカにこれ以上詰め込んだら、カリカリのトーストみたいに頭が黒焦げになっちまう。 
「なぁゴル……お前はこの研究をどう思う」
 俺は質問に答えるのが面倒くさくなって、逆に質問してやった。
「どうっ、て?」
「ジュレオンやアミーナは、この研究を『悪魔の行為』と罵られて政府の研究機関から追放された。俺はそれが正しいと思っている。こんな研究、スラムの掃き溜めほどの価値もない」
 そんな事よりも、あいつらには他にするべき事があったはずだ。
「ユティス」
 ゴルはいつになく真剣な眼差しで俺の方を見ていた。
 リアクターから離れ、俺の前まで来る。
「自分の父親と母親をそんな風に呼ぶもんじゃない」
「チッ」
 俺はそのゴルの視線に耐えきれずに目をそらした。
 ジュレオン=リーマルシャウトは俺の父親。優秀な研究者だ。だが溢れすぎるその才気は己を焼いた。
 絶対的な階級制度により生まれた差別が引き金となり、勃発した死滅戦争。
 それによって土地の大半が死んだこの世界で、バイオドールの生産はまさに画期的だった。ジュレオンはこの技術を使い、人で溢れた世界を再構築しようと考えていた。しかし、政府の反応は冷たかった。
 彼らは再び差別が起こることを懸念したのだ。バイオドールだと言うだけで必ず奴隷のように扱う人間が出てくる。そして、そういった諍(いさか)いはいずれまた大きな戦禍に発達してしまう。
 結局『悪魔の行為』という負の烙印を押され、二度とそんな研究をする者が現れないための見せしめとして、ジュレオンとその助手だった妻のアミーナは追放された。
「ユティス、お前ももう17だ。そろそろ、許してやっても良いんじゃねーのか」
 俺の頭に、巨大な手を置きながらゴルは優しい口調で言った。
「イヤダね。あんなクズ共。地獄に堕ちろっ」
 ゴルの手を振り払うと俺は金属の床に唾を吐いた。
 当時俺がまだ7歳だった頃、ジュレオンとアミーナはこのテロ組織にスカウトされた。政府の元関係者。それだけで優遇された。そしてそれ以上に、ジュレオンの持ち込んだ研究データは、兵力の不足していたテロ組織にしてみれば喉から手が出るほど欲しい技術だった。
「あの二人も別に悪気があった訳じゃないだろ?」
「『悪気があった訳じゃない』? ずいぶんと知った風な口聞くじゃないか、ゴル。そう言えば何をしても許されると思っているのか?」
 二人の研究は、ここに来て更に進められた。ジュレオンが政府にいた頃に行っていた研究はバイオドールにとどまらなかった。
 アイツは新兵器を極秘で研究していたんだ。常識を覆すような新兵器、ロスト・チルドレンを。
「ユティス……お前の気持ちは俺にもよく分かる。俺はお前の世話役だったからな」
「ハッ! 俺をよく分かった奴が言うようなセリフじゃないな。お前は何も分かってない! だからそんな綺麗事が言えるんだ!」
 二人は研究に没頭した。そして、俺はいつも一人だった……。
「俺はあいつらを絶対に許さない。特にジュレオンのクソッタレだけは絶対にだ!」
「ユティス……」
 ゴルが悲しそうな目を俺に向ける。
 同情の視線だ。ウンザリする。そのたぐいの視線は今まで掃いて捨てるほど見てきた。
「どいつも、こいつも、最初は『お前の気持ちはよく分かる』だ。そして次には必ず『けどな……』が続く! 結局はジュレオンの研究成果が一番大事なんだ。偽善者面下げて心配されるくらいなら、いっそのこと思いっきり突き放してくれた方がよっぽどましだ!」
 吐き捨てるようにそう言うと俺は培養室を飛び出た。
 そして、廊下に一歩踏み出したところで、胸を締め付ける激しい苦痛に襲われる。耳の奥でキィンという金属的な音がした。
「がっ、はっ……!」
 堪らず床に膝を突く。心臓が早鐘を打ち、体が異様な熱を帯びてくるのが分かった。目の前の景色がぼやける。頭痛と吐き気、脱力感が俺の体を襲った。
「があぁぁぁぁぁ!」
 まるで眼窩に直接、焼け火箸を差し込まれたような激痛。たださえ紅い視界が深紅に染まっていく。自分の悲鳴が、頭の中で反響して耳鳴りのように聞こえた。そして体が自分の意志とは関係なく激しい痙攣を始める。腹の中に巣喰った何かが、無理矢理這い出ようとする様なおぞましい感覚が全身を支配した。
「ユティス!」
 後ろからゴルの声が聞こえる。
「……い! ……しろ! ユ……ス! お……!」
 遠くの方からゴルの声が聞こえる。しかし、その声に何かを返す前に、俺の意識は途絶えた。

「う……」
 小さな痛みで俺は目を覚ました。
「くそっ」
 まだ、頭が少し痛む。気分も悪い。胸の痛みは大分おさまったみたいだが、吐き気は残っている。
「また発作か」
 俺は長い黒髪をクシャっと乱暴にかき上げながら、溜息をついた。
 最近、よく分からない発作に襲われる。特にさっきみたいに感情が昂ぶった時にだ。放っておけば治ると思っていたが、症状は日増しに悪化し始めている。
 培養室の前で俺を襲ったあの激痛は、以前にはなかったものだ。
「ここは……」
 辺りは真っ暗だったが、感触で俺がベッドに寝ていること、そしてこの嫌な薬の匂いから医務室に居ることは分かった。
「ユティス? 気が付いたの?」
 ベッドから這い出ようとしたとき、不意に名前を呼ばれた。
 綺麗なソプラノ・ボイス。俺が良く知っている声だ。
 部屋が明るく照らされる。飾り気のない白い部屋に押し込められた、10ほどのベッドに寝ていたのは俺だけだった。視線を出入り口の方に向ける。
 扉の側で照明のスイッチを押したのは、ジュレオンの妻だった。
 光に照らされ美しく輝く、長いブロンド。透き通るようなスカイブルーの瞳。均整のとれた体つきは、白衣を下から押し上げて見事なボディーラインを描いていた。とても、42の女性には見えない。
「チッ」
 俺は小さく舌打ちしてアミーナから視線を外した。
 何でここに……。あの状況からして俺はゴルに運ばれてきたんじゃ……。
 考えながら、俺はすぐに気付いた。
 あの筋肉バカ……余計な気回しやがって。
「心配したわ、ユティス。大丈夫? どこも痛いところ無い?」
 アミーナは心配そうな声を上げて俺の方に駆け寄る。
 ウンザリだ。虫酸が走る。
「うるさいな。俺なんかに構っている暇があれば、とっととジュレオンのところへでも行って研究の手伝いでもしたらどうだ」
 嫌悪感を露骨に含ませてそう言うと、俺はまだ痺れの残る体に鞭打って強引にベッドから這い出た。
「うぁっ……」
 床に足をつけ、立ち上がろうとした俺の体を強烈な目眩が襲う。脳が揺れ、遠近感が大きく狂った。前のめりになる体を支えようとするが、下半身が言うことを聞かない。
 ――倒れる!
 そう思ったとき、柔らかい感触が体を覆った。甘く、懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「大丈夫? ユティス」
 俺がアミーナに支えられていると理解するまで数秒かかった。アミーナはその華奢な体で俺を必死に抱きかかえると、ゆっくりとベッドに寝かせてくれた。
「まだ寝てないとだめよ。ねっ」
 人差し指を立ててそう言う仕草は子供っぽかったが、それほど違和感は無かった。

『ユティス、恐い夢見たの? わかった。ママが一緒に寝てあげるわ。ねっ』

 なんだ! 今のは!
 何の前触れもなく脳裏に蘇った映像を、俺は頭を振ってかき消した。
「どうしたの? まだどこか痛む?」
 心配そうに俺の顔をのぞき込み、アミーナはさり気なく俺の手を握った。
 暖かい感触。それは俺が忘れかけていた何かを思い起こさせる。

『寒いの? じゃあ、こうしましょ。ほーら、あったかい』

「どけ!」
 俺はアミーナの手を振り払うと、力任せに彼女の肩を押しのけた。
「ユ、ユティス……」
 アミーナは俺の方を驚いた顔で見ていたが、すぐに悲しげな表情に変わる。彼女からの視線が俺の心に突き刺さった。とてもじゃないが目を合わせていられない。
 まるで心臓に杭を打ち込まれたような精神的苦痛。それが筋肉を収縮させ、物理性を伴った痛みへと変化する。
「すまない……一人にしてくれ……」
 俺は絞り出すような声でそう言った。それが今の俺に出来るすべてだった。
「……わかったわ。それじゃ、ゆっくり休んでね」
 アミーナの気配が俺から離れていく。俺は彼女を見ることが出来ず、ただ黙ってうつむいているしかなかった。

 大切な何かを徐々に失っていく。そんな空虚な感覚が俺の中に広がった。頭の一部が麻痺し、緩慢な変遷を経て腐敗していく。その異質な侵入者は、俺が壊れていくのをどこかで嘲り笑っているようだった。

4th floor in underground.
Laboratory Block. Aisle .
PM 8:53
View point in アミーナ=リーマルシャウト.

 ユティスの体がおかしい。この1ヶ月、ゴルから報告を受けているだけでも5回も発作を起こしている。それに今回のあの感じは……。
 私はヒールを鳴らしながら足早に資料室へと向かった。
 胸騒ぎを覚え、少し苛立ちながらT字の通路を曲がる。その直後、正面に見える資料室の扉をとらえた私の視界の隅で何か小さな物が動いた。
 気のせい……?
 足を止めて辺りを見回す。
 白く塗られた金属製の壁。等間隔に並んだオートロック・ドア。真っ直ぐに続く通路の先には資料室の入り口。そして、飾り気のない空間をわずかに和ませる観葉植物。
 その観葉植物の裏に小さな人影を見つけた。 
「ねぇ」
 私はゆっくりと近づいて声をかける。小さな人影は見つかったことにビックリしたのか、慌てて逃げ出そうとした。しかし、すぐに足がもつれて転んでしまう。
「あ、大丈夫?」
 私は言いながら彼の元に駆け寄り、優しく抱き起こした。
 それはまだ小さな男の子だった。肩口で切りそろえられた金色の髪の毛は軽くウェイブがかかり、エメラルド・グリーンの瞳は宝石のような透明感がある。丸みを帯びた顔は、あどけなく、少し昂奮しているのか小鼻をぷっくりと膨らませながらこちらを見つめていた。
「お名前は?」
 私は彼を安心させるために、微笑みながらそう聞いた。
「……ターシャ」
 消え入りそうな声で彼はそう答えた。首から足下までをスッポリと包み込む白い服を、胸元でギュッと握りしめながら、不安気な眼差しで私の方を見る。
 この服装はバイオドール全員が着せられる制服のような物。遠くからでも実験サンプルであることが一目で分かるように。
「ねぇ、ターシャ。こんなところで何をしていたの?」
 私の問いにターシャはしばらく何も答えず、もじもじと両手を合わせながら上目遣いに視線を送ってくる。
 私は急がせることなく、笑いかけたままターシャの言葉が紡がれるのを待った。
「……草を見てたの」
「草って、あの観葉植物のこと?」
 大きな鉢に鎮座している、青々とした常緑の低木に視線をやりながらターシャに聞く。彼が小さく頷いたのを確認して私は言葉を続けた。
「植物に興味があるの?」
 再びターシャが頷く。
「ボク、ね……大きくなったら、お外でいっぱい、花とか草とか木とかに触りたいの。それでね、いろんな事をお勉強して、みんなにすごいって言われたいの……」

『ねぇママ。ボク、大きくなったらママを守れる強いヒーローになるよ! そしたらきっとパパもボクのことすごいって、ほめてくれるよね!』

 ユティス……。
「そぅ……それじゃあ、沢山お勉強しないとね」
「うんっ」
 ターシャは屈託無く笑う。まるで、無邪気だった頃のユティスと同じように。
 私は自然にターシャの頭を撫でていた。柔らかなブロンドが、サラサラと指の間を通り抜ける。その感触を楽しむように、何度も何度も同じ場所を往復した。そうされることが嬉しいのか、ターシャは目を細めながら、くすぐったそうに笑う。その表情を見た瞬間、目の奥でターシャとユティスの顔が重なった。
 昔はユティスにもよくこうしてあげたっけ。そしたらあの子、本当に幸せそうな顔して……笑って……。
「おばさん?」
 ターシャの心配そうな声で私は我に返った。
「どうして泣いてるの?」
 彼のその言葉に私は慌てて目元に手を当てる。その拍子に暖かいモノが頬を伝った。
 私は、泣いていた……?
 意思とは全く無関係な体の反応に、戸惑いながらも慌てて涙を拭う。そして無理矢理、笑みを浮かべた。
「だ、大丈夫よ。ちょっと、目にゴミが入っただけだから。気にしないで」
 ターシャは何も言わずに小さく頷いた。
「ねぇ、おばさん。また、お話しできる? 今日はもうすぐお薬の時間だから、すぐに戻らないといけないんだけど」
 『お薬』という言葉に、私は一瞬で現実に引き戻された。まるで全身に冷水を浴びせられたように急激に体温が下がっていくのが分かる。
 バイオドールはその行動すべてを監視、管理されている。自由時間だと言われて与えられている今の時間ですら、人工的に植え付けた感情の慣らし運転に過ぎない。すべては優秀なロスト・チルドレンへと生まれ変わるための布石でしかないのだ。
「え、ええ、勿論よ」
 私は、なんて残酷なのだろう。
 彼の感情レベルはすでにかなりの完成度を迎えている。おそらく数日後には手術を受けることになるだろう。そして、すべてを失う。
「ホント? それじゃ、約束っ」
 そう言ってターシャは右手を高々と掲げた。私にハイタッチを求めているようだ。
 約束なんて出来ない。出来るはずがない。私には約束なんて果たせる自信も、結ぶ資格もない。

『約束だよ、ママ? ママは絶対にボクの味方だって』

 ぱぁん、と小気味良い音が周りの空気に溶けて消える。私の右手に小さな掌の感触がわだかまった。一呼吸の後、それはゆっくりと腕を伝って体に浸透し、遠い昔に置いてきた罪悪感という名の古傷を痛いほどに刺激する。
「それじゃーね! バイバーイ!」
 ターシャは嬉しそうに言うと、私の隣を走って通り過ぎた。首だけを後ろに向けて、彼の背中を追う。途中何度か転びそうになりながらも、ターシャは通路の角を曲がって視界から消えた。
 はぁ、と深く溜息をついて立ち上がる。体が鉛のように重い。もう今日はこのまま、熱いシャワーでも浴びて眠ってしまいたい誘惑に襲われた。
「溜息なんてついてると、幸せ逃げちゃいますよ?」
 突然後ろからした声に、私は大きく体を震わせて後ろに向き直る。さっきまでの疲労感が一気に吹き飛んだ。
 そこに立っていたのは、よく知った顔。
「フェ、フェルア。いつからそこに?」
「えーっと、アミーナさんがあの子とハイタッチした時からですかね」
フェルアは肩まで伸ばした紅い髪を大げさな仕草でかき上げながら、視線を上にやった。彼女は組織の中にいる、数少ない女性の友人だ。
 28歳という若さでメカニック系のサブチーフとして抜擢されたフェルアは、オイルの匂いの染みついた作業服をいつも通り普段着のように着ていた。女性の少ない組織の中ではそのフランクな性格が受け、男性には結構人気がある。
「そ、そう」
 よかったわ。見られていたのは最後の方だけだったみたい。
 私は胸中で安堵の溜息をもらした。
「ちょ、丁度良かったわ、今から呼び出そうと思っていたところだったの。前から頼んでいた件、どうなってる?」
 私は唾を飲み込んで強引に自分を落ち着かせると、早口でそう言った。
「あー、バッチリですよ。今から見せに行こうと思ってたところですから」
「そう、それじゃとりあえず資料室に行きましょう。他に確認したいこともあるし」
「オーケー」

『これから神経浸食[ニューロハック]を開始する。大事な記録だ、しっかり撮れよ』
 資料室にある一番奥の個室。そこに私とフェルアの二人で籠もりながら記録映像を再生した。中空に映し出されたモニターの中では私の夫、ジュレオン=リーマルシャウトが部下達に的確な指示を出している。
『手術、開始します』
 映像が映し出した場所は、最下層部にある強化実験室だった。五重層殻の強化ガラスに囲まれた半径5メートルほどの巨大な球状空間。その中で10歳位の男の子が手術台の上で死んだように眠っている。
 そしてその周りを囲むようにして、白衣を着た数人の研究者達が居た。彼らの一人が少し離れ場所にある端末から何かを打ち込む。それに呼応するようにして男の子の頭を、半球の金属がスッポリと呑み込んだ。
『バイオチップ、インサート』
 端末を操作していた男がそう言うと、男の子の体がビクン! と大きく跳ね上がった。
「なんですか? コレ?」
「コレはね。バイオドールをロスト・チルドレンへと変える手術。そして、その失敗例よ」
 今、男の子の頭には無数の探査針が打ち込まれているはず。探査針はまんべんなく脳の血脈に刺さると、その先からナノレベルのバイオチップを注入する。そして、それは脳を支配した後、全身へと行き渡り、体内で安定的に融合することで彼をロスト・チルドレンへと変貌させる。人間性と引き替えに。
『ジュ、ジュオレン博士! 痙攣が収まりません!』
 研究者の一人が、悲鳴を上げるようにそう叫んだ。
『ええぃ! 取り乱すな! すぐに安定する!』
 男の子は、全身を大きく震わせ、腹部に出来た異常な膨らみに振り回され続けていた。その膨らみは、まるで意志を持っているかのように彼の体を上下左右に揺り動かす。ジュレオンは彼から目を離すことなく、他の研究員に落ち着くように命令した。ここまで来たら、こちらの出来ることは何もない。後は運を天に任せるしかないのだ。
「ひっ……」
 隣でフェルアが小さく悲鳴を上げて、画面から目をそらした。
『くそっ、失敗か。適当に処分しておけ』
 ジュレオンは忌々しげにそう言うと、部屋から出ていく。
 球状空間の中では、男の子の腹部がまるで中から喰い破られたように無惨に引き裂かれていた。それを見ていた画面の中の研究員達も、紅く染まった凄惨な光景に顔をしかめている。バイオチップが全身に均等に行き渡らず、一ヶ所に滞ることによって発生する現象だ。
 やはり似ている。単なる思い過ごしではない……確かめなくては。
 私は溜息をつきながら記録映像を消した。
「フェルア、もう大丈夫よ」
 両手で目を覆いながら小さく震えているフェルアに、私は出来る限り優しく声をかけた。
「ほ、ホントですか……?」
 少しずつ手をどけ、さっきまで映像が映し出されていた場所を見る。そしてそれがすでに消えていることを確認すると、安堵の息をもらした。
「はーっ、ビックリした。いきなりあんな物見せるんだモン」
「ごめんなさいね。ちょっと確認したいことがあったものだから」
「でも、バイオドール達全員がロスト・チルドレンに成れるわけじゃないんですね」
 そう言ってフェルアは手を口に当て、何かを考えるような仕草をした。
「ああ、でもね。最近はかなり安定してきたのよ。成功率だって8割を越えているわ」
「知ってます。それでジュレオン博士も機嫌、良いんですよね」
「そう、ね……」
 多分、違う。彼はもうそんなこと位で上機嫌になったりはしない。それにジュレオンは完璧を求める人だから。
「そういえばね、最近あたしロスト・チルドレンになった子と会ったんですよ」
 フェルアはまるで、昔の友達にあった様な感覚で話し始めた。私はその口調に違和感のような物を感じる。
「手術を受ける前までは結構一緒に喋ったり、1回だけですけどご飯とかも食べたりしたんですよ、その子と。元々そんなに明るい性格じゃなかったんですけど、手術後は完全に無口になっちゃって……顔見ても何考えてるのか全然わかんないし」
 違和感が徐々に濃さを増し、おぼろ気だった形が具体性を帯び始めた。
「やっぱり『失った子供達』ってジュレオン博士が命名しただけありますよねー」
 フェルアは感心したようにそう言った。
 ロスト・チルドレンとなった者達は感情、思考、動作、記憶等の人間性を犠牲にして強力なサイキックフォースを発現する。
「まーその子も、つい最近、政府軍と戦って死んじゃったんですけどね」
 発現したサイキックフォースは、そのほとんどが強力無比なものだ。巨大な炎を生み出す、パイロキネシス。一瞬で絶対零度を生む、クライオキネシス。厚さ100ミリの超合金を手も触れずにねじ負ける、サイコキネシス。
 バイオドールはロスト・チルドレンへと生まれ変わった次の瞬間から兵器と見なされ、即実践へと投入される。すなわち、政府との抗争に。
「それで思ったんですけどぉ、バイオドールを人間の赤ん坊みたいに最初から育てれば、強いロスト・チルドレンができるんじゃないんですか?」
 ロスト・チルドレン達にはある傾向があった。それは、失う人間性が大きければ大きいほど、強力なサイキックフォースを発現するということ。
 でもそれは……。
 私はフェルアに感じた違和感が何なのかをはっきり自覚することかできた。
「例えできたとしても、創るのに時間がかかりすぎてしまうわ。兵器は強力であると同時に量産できなくちゃ意味無いのよ。それに……」
 バイオドールとは言え、それだけの年月をかけて育てた存在を、実験サンプルとして見られるかどうか……。
 フェルアはその辺りの境をキッチリ付けている。恐らく、今のこの状況ではソレが正常なのだろう。バイオドールやロスト・チルドレン1人1人に、感情移入なんてしていたらすぐに精神が参ってしまう。私も4年ほど前まではそうだった。
 けど、今は少し違う。今の私は研究者である前に――。
「アミーナさん?」
 私はフェルアの声で我に返った。
「どーしたんですか? 急に、しかめっ面になっちゃって。そんな顔してると、すぐにローストベーコンみたいに皺だらけになっちゃいますよ?」
 そう言って明るく笑う。
 彼女は強い。今の私には無い強さを持っている。多分自覚はしてないだろうけど……。
「で、『それに』の続きは何ですか?」
 快活な笑みを浮かべたまま、フェルアは私の言葉を促した。
「え? あ、ああ。それに、ね……」
 先程までの会話を何とか頭の中で再生し、私は続ける。
「K値の問題もあるのよ。この値が高すぎると、いくら強力なロスト・チルドレンが出来ても実用性に乏しいの」
「ふぅん……よく分からないんですけど、K値って何なんですか?」
 うーん、と小首を傾げ、顎に人差し指をあてながら可愛い仕草で聞き返してくる。何となく彼女が男性に人気を博する理由が分かったような気がした。
「K値って言うのはね正確にはKind値って言って、ロスト・チルドレンの本質を意味する言葉なの。この値がサイキックフォースを使用した時に体にかかる負荷の大きさを示しているのよ。
 つまり、K値が小さければ小さいほど、強力なサイキックフォースを何度でも連続で使用できるって訳」
 そして負荷が蓄積され、限界を超えた時、ロスト・チルドレンは例外なく壊れる。
「例えば、同じ量のガソリンを補充しても小型の車の方が燃費が良いでしょ?」
 いまいち納得のいかない顔をしていたフェルアも、この例えでようやくピンと来たようだった。指をパチン、と鳴らして何度も大きく頷く。
「なるほどー、じゃあK値が低いほど燃費がいいってことなんですね。ということは、あの子はK値が高かったのかな?」
 そう言って昔を思い出すフェルアの顔に悲壮感はない。まるで昨日のディナーのメイン・ディッシュが何だったのかを思い出しているかのようだ。
 今の私には到底、真似できそうにもない。彼女の強さが本当に羨ましい。
 それとも私が弱くなった? いや、違う。これで正しいはず。私は、もう二度と同じ過ちを繰り返さない。だからこそ、確かめなければならないことがある。
「ねぇ、フェルア。ユティスの体を調べられる方法って無いかしら?」
「え? どーしたんですか? 突然」
 私の言葉にフェルアは目を丸くして聞き返した。
「うん。あの子の体にね、アザが無いかと思って」
 あの子の発作……一度だけ側で見たことがある。あの痙攣は異常だった。それにジュレオンのユティスに対する態度の変化。
 もし私の推測が正しいとすれば、あれはバイオチップへの軽い拒絶反応……。だとすれば、体のどこかに内出血した跡ができるはず。
「ああ、それなら有りましたよ、紫色の跡が。背中とお尻と……あとお腹にもいくつか」
「え?」
 私はあっさり返ってきたその言葉に、思わず間の抜けた声を上げた。
「ど、どうしてそんなこと知ってるの?」
 私の声にフェルアは「しまった……」といった表情を浮かべて口を手で押さえる。彼女は反射的に逃げ出そうとするが、ココは狭い個室の中だ。出入り口はすぐに私が塞いだ。
「さぁ、素直に話して貰いましょうか?」
 私は仁王立ちになり、フェルアを見下ろした。

 知らなかったわ、ユティス……。ママの知らないところで、もう立派な大人になっていたのね。しかも一回りも年の離れた女性と……。
 ハァ、と溜息をつきながら球状記録媒体[オーブ]の映像を消し、私はベッドに腰掛けた。そしてサイドテーブルに置いてある写真立てを手に取る。そこには、私とジュレオン。そしてまだ幼いユティスが写っていた。
「昔はみんな仲良かったのにね……。何でも話せて、隠し事なんて何にもなくて……」
 最近昔の事を思い出すことが多くなった。
 ユティスが生まれた時に見せたジュレオンの笑顔。
 ユティスが初めて自分の足で立った時は、あの人ちょっと泣いてたっけ。
 ユティスが熱を出したときなんか、研究を放り出して、2人で一晩中看病してた。
 朝起きる時も、ご飯を食べるときも、お風呂にはいるときも、夜寝るときも。3人一緒だった。喜びも悲しみも全部3人で分け合って、本当に幸せだった。
 でも、バイオドールの研究が巧く行き始めてあの人は変わった。
『アミーナ! 凄いぞ、この技術は! この荒廃した世界を変えることが出来るかもしれない! そうなればこのジュレオン=リーマルシャウトの名前が歴史に残るんだ!』
 子供のようにはしゃくあの人の姿に、その時は一緒になって喜んだ。でも、今思えば狂気の炎はあの時からすでに宿っていたのだろう。
 あの人は、人が変わったように研究に没頭し始めた。私も彼の熱にあてられたかのようにのめり込んでいった。ユティスを置き去りにして……。
 しかし、あの人の研究成果は政府のトップに認められなかった。そればかりか、『悪魔の行為』と罵られ、研究所から追放された。
 それから、ユティスへの風当たりはますます強くなった。
 家庭内暴力が日常茶飯事のように行われ、私はユティスを庇いながら希望のない生活を強いられた。
 ある日、どこかの組織からスカウトの声がかかった。
『ジュレオン=リーマルシャウト博士の研究成果を我々は高く評価している。是非力を貸して欲しい』
 ジュレオンはほとんど疑うこともせず、その提案に飛びついた。
 研究結果を活かす場がある。
 それは、ジュレオンにとってまさに垂涎の環境だった。その組織が、反政府のテロ組織だと知ったのは、正式に加入した後のことだった。
 ジュレオンの活き活きとした姿を見られるのは私にとっても喜ばしいことだった。彼を支えるために私は必死だった。
 そして、ユティスはますます1人で居ることが多くなった。

 あの時、私は母親ではなく、妻であることを選んだ。 

 ある日、ユティスが泣きながら私の所に来た。『パパが……パパが……』としきりに繰り返しながら、ユティスは私の足元にすがりついた。ほっぺたが赤くなっているのを見てジュレオンに殴られた事はすぐに分かった。
 あの人は、自分の言うことを聞かないユティスを、教育だといって何度も暴力を振るっていた。
 私がジュレオンに抗議しに行こうとした時、彼の方から私の前に現れた。
『探したよ、アミーナ。聞いてくれ、K値が200台のバイオドールが生まれたんだ』
 Kind値……バイオドールとしての本質、そして利用価値を意味する言葉。ロスト・チルドレンとなり、サイキックフォースを使った際の負荷値。
 その値が小さければ小さいほど、優秀なバイオドールであると見なされる。
『ママ……』
 ユティスが不安そうな声を出して私の方を見た。
 私の白衣の裾を小さな手でぎゅっと握りしめ、目には涙を浮かべながら、何かを訴えかけてくる。
『ユティス』
 私はしゃがんでユティスの頭を優しく撫でた。わずかにユティスの顔がほころぶ。
『ちょっと待っててね。すぐに戻ってくるから』
 そして、ユティスから表情が消えた。
 心が痛んだ。でも自分の欲望に抗えなかった。

 あの時、私は母親ではなく、研究者であることを選んだのだ。

 それから、私とユティスの距離は急速に離れて行った。
 私の研究が忙しくなったこともあって、会う機会が減り、会話をすることもほとんどなくなった。
 ――今の研究が一段落したら。
 ずっと自分にそう言い聞かせ、そして研究に没頭した。
 バイオドールの生産効率の上昇。ロスト・チルドレンへの安定的移行。失う人間性とサイキックフォースの関係。
 それらの課題をほぼクリアした頃には、すでに5年が過ぎていた。
 
 ユティスが13歳になった年のある日。あの子は無表情で私にこう言った。
『アミーナ。もう、お前の飯は不味くて食えない』
 アミーナ……母親である私の事をユティスはそう呼んだ。綺麗だったブロンドを真っ黒に染め、目の色もカラーコンタクトで紅く変えていた。それは間違いなく、私たちの血を引いていることへの拒絶の意思。
 私とユティスの距離は、思っていた以上に開いていたのだと言うことを痛いほどに実感させられた。
 どうすればいい? どうすれば、昔のように『仲のいい家族』に戻れるの?
 私はこの4年間、必死にその答えを探し求めた。研究に身が入らす、初歩的なミスを繰り返すことも少なくなかった。
 ユティスと話す機会をできだけ多く持ちたかった。でも、そうしようとすればするほどユティスは私から離れていく気がした。
 ユティスはもう二度と私のことを母親としては見てくれないかもしれない……。
 そう考えただけで胸が締め付けられるようだった。
 ジュレオンにも何度も相談した。けど、あの人の答えはいつも決まっている。
『アレはもう立派な大人だ。親が教育してやる年でも無い。自分のやりたいようにさせるさ。私は基本的に放任主義なんでね』
 放任主義……違う。ただ、無責任なだけ。私たちはあの子に親らしいことをしてやれなかった。だからあの子はあんな風になってしまった。
 もう過ちは繰り返さない。
 私は今、妻でも研究者でもない。母親だ。
 他の何よりも優先して、ユティスには母親らしいことをしてあげなくてはならない。 
「ユティス、ママが必ず守ってあげるからね……」
 ユティスが幼かった時に愛情を注がなかったことが私の罪……。罪は償わなければならない。すでに手遅れかもしれないけれど、それでも私は今できる限りのことをしなければならない。
 そして、そのことを考えれば考えるほど、研究への意思が鈍っていく。
 バイオドールはいわば私たちが生み出した子供のような存在だ。例え人工的であったとしても。彼らはロスト・チルドレンに成るためだけに生み出され、様々な実験を繰り返される。そして愛情を受けることなく成長していく。まるで、ユティスのように……。 
「はぁ……」
 私は写真立てをサイドテーブルに戻し、小さく溜息をついた。目をつぶり、先程まで再生されていた映像を思い出す。
 最近、ジュレオンの様子がおかしい。あれだけ無関心だったユティスに対して接触し始めている。ゴルの話では、特に身体に異常がないかを気にかけているそうだ。
 最初はユティスとの関係を修復しようとしているのだと思っていた。けど、その考えは甘かった。
 今のあの人の目からは、相変わらず父親としての感情が読みとれない。あの目は研究者がサンプルを観察しているときの目だ。
 そして、ユティスの発作の事をゴルから聞いて私の推測は確証へと変わった。だが、まだ証拠がない。今、推測だけで議論してもジュレオンには通じないだろうし、何より私が勘づき始めていると言うことを知らせたくない。
 何か決定的な証拠を押さえるためにも、私はフェルアに頼んでジュレオンの行動範囲に可能な限り盗撮機器を仕掛けてもらった。もちろん発覚した場合に彼女には被害が及ばないように手も打ってある。
 さっきその映像を確認したけど今のところ怪しい動きや言動はない。
「ジュレオン……あなたは間違っているわ」
 もう、あの人は私の夫ではない。私から大切なユティスを奪おうとする狂人だ。必ず私が……。
 ドオォォォォォォン!
 突然響いた膨大な音量に私はハッとなって顔を上げた。このシェルター装甲の地下研究所が揺れている。ただ事ではないことはすぐに分かった。そしてその原因を作った人も。
「ジュレオン!」
 私は叫んで、部屋を飛び出した。

5th floor in underground.
Laboratory Block. Operator Room.
PM 11:36
View point in ジュレオン=リーマルシャウト.

 今、目の前で新たなロスト・チルドレンが誕生した。
 生まれ変わったその少年は、目覚めと同時に私たちに実にステキな挨拶をしてくれた。
「超振動波か……使えそうだ」
 彼が発現したサイキックフォースはどうやら物質の粒子を強制的に異常振動させ、破壊するモノのようだ。
「モーニングコールには、もってこいだな。起きなければ永遠に眠らされる」
 オペレーター・ルームの隅から小さく笑い声が聞こえた。
「よし、デモンストレーションはこのくらいで良い。バイオチップに信号を送って、フリーズさせろ」
「了解」
 巨大コンピューターの前に座っているオペレーター達は短くそう言うと、慣れた手つきでコンソールを操作し始めた。特殊合金で仕切られた冷たく薄暗い空間の中にパネルを叩く無機質な音だけが響く。
 五重層殻の巨大な強化ガラスに閉じこめられた少年は、突然動きを止めると苦しみ始めた。頭を両手で覆い、体内で発生しているであろう激痛と戦いながら両膝を付く。
「意識レベル低下……100……76……35……12……」
 オペレーターの読み上げを聞きながら私を静かに目を閉じた。
 これで強力なコマがまた1つ。あの政府の狸ジジイ共に泡を吹かせられる日に一歩近づいた。
「……3……。まもなくフリーズ……ああ!」
「どうした」
 オペレーターが突然上げた大声に、私は眼を開き彼の方を見た。
「意識レベル130……245……367! 大変です! 暴走します!」
 強化ガラスの中に少年に目を移す。少年は、口の端から涎を垂らしながら、髪の毛を振り乱して絶叫していた。
 チッ。コレだからK値の高いヤツは……。
「処分だ」
 私は短い言葉で冷淡に言った。
 その言葉に場の雰囲気が変わる。皆一様にざわめき始めた。
 まったく、この程度で動揺するとは。低脳共が。
「し、しかし……」
 私の近くにいたオペレーターの1人が、意外そうな顔で聞き返してきた。その目にはありありと困惑の色が見て取れる。
「元々、5000ものK値を持っていたヤツだ。長持ちはしない。いずれにしろ使い捨てにする予定だった。その予定が少し早まっただけだ。早くしろ」
 5000のK値なら、連続して使用できるサイキックフォースはせいぜい2、3回と言ったところだろう。激しい実戦になれば、すぐに壊れるさ。
「わ、わかりました」
 彼は渋々といった感じでコンソールを操作し始める。
「バイオチップに生命機能停止の命令を送ります」
 指が流れるように動き、そして最後の決定キーを押そうとした時、私はその手を掴んだ。
「待て」
 手を掴まれた男は目を白黒させながら私の方を見上げてくる。
「気が変わった。マルスを投入しろ。ヤツに処分させる」
 その場に居合わせた、オペレーター達に再び動揺が走った。私の真意がつかめないのだろう。
 マルスは私の最高傑作だ。1人で2つものサイキックフォースを発現している。パイロキネシス(発火能力)とヒーリング(治癒能力)。攻防一体の上に、K値も230と非常に低い。
「し、しかし。マルスを投入するとなると、一度エントランスを開く必要があります。そうなると我々にも危険が及ぶ可能性が……」
「大丈夫だ。マルスの側にいれば私たちに火の粉が飛ぶことはない。いいから早くつれてこい」
 このところ実験ばかりで実戦を見ていなかったからな。良いストレス解消になってくれそうだ。強化ガラスの中で暴れている少年にこれからふりかかる災難を考えると、それだけで気持ちが昂ぶる。さぁ、どうやって処分してくれようか……。簡単に終わらせてしまっては面白くないぞ。マルスにも手加減をするように命令しないと。
「ククク」
 私は酷薄な笑みを浮かべ、オペレーターの1人がこの部屋を出ていくのを見送った。
「ジュレオン!」
 しかし、彼が部屋を出る前に雑音が私の耳に入った。
「アミーナか。何のようだ」
 チッ、と舌打ちし、私はコンソールの上で淡い光を放っている決定キーを押した。
「あ」
 前に座っていたオペレーターが短い声を発する。強化ガラスの中で暴走していた少年は急に大人しくなると、そのまま重力に引かれて倒れ込み、数回の痙攣を起こした後に全く動かなくなった。
 まったく、こいつはいつも私の興を削ぐようなことをする。
「今、何をしたの?」
 アミーナは眉間に皺を寄せながら、警戒の強い眼差しで私の方を睨みつけた。そして、その表情のまま私の方に早足で近寄ってくる。
「パーティに幕を下ろしただけさ。そんなに珍しい事じゃない」
 薄ら笑いを浮かべながら、肩をすくめてみせた。
 最近のコイツの行動は目に余る物がある。ユティスを庇っているだけならまだしも、盗撮機器を使って私の行動を監視しようとしている。
 しかも、それがバレてないと思いこんでいるのだからお笑いだ。まさに愚の骨頂。フェルアが私の愛人だとも知らずに。
「殺す必要性は本当にあったの? 一時停止で様子を見ても良かったんじゃない?」
「この研究所の最高責任者は私だ。私に意見を言いたければ、この組織のボスを通すんだな」
 アミーナは氷を連想させる冷たい蒼の瞳の奥に、ありありと嫌悪の念を抱きがら、私を無言で見上げた。疲労がたまっているのか、目の下にはうっすらと隈ができており、美しかった金色の髪は今はどこかくすんで見える。
 彼女は私から目をそらし、強化ガラスの中で倒れている少年に視線をやった。そして何かに気付いたのか、秀麗な顔を歪ませて私の方に向き直る。
「……ねぇ、あの子の名前は?」
 アミーナはそう言いながら、片手で器用にコンソールを操作した。眼前のモニターに映し出されている少年の映像を拡大する。彼の顔がハッキリとモニターに映し出された瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。
「名前? さぁ? 例えば君は1週間前に見たCMの内容を覚えているのかい?」
 まったく、何だというのだ。
「……ねぇ、あの子の名前は?」
 両の瞳に剣呑な光を宿し、アミーナは手近にいたオペレーターの1人に全く同じ質問をする。
「た、確か。ターシャ、と……」
 彼のその言葉に、アミーナは弾かれたように私に掴みかかった。
 憎悪、困惑、悲嘆、焦燥、侮蔑。ありとあらゆる負の感情を入り混ぜた様な形相で、威圧的な視線を私に叩き付ける。白衣の首元が徐々に締まってきた。
 だが、所詮は女の力だ。 
「離せ」
 短くそう言って、私はアミーナの頬を掌で打った。小さな軽い音と、痺れるような感触の後、彼女は悲鳴も上げず、その場に倒れ込んだ。
 まったく。たかが実験サンプル1つ失ったくらいで。くだらん。
 とにかく私はこんな所で、安っぽいドラマに付き合っているほど暇じゃない。
「じゃあな。私にはこれから行く所がある」
 アミーナの横を通り過ぎてオペレーター・ルームの出口に向かおうとした時、倒れた姿勢のままアミーナが私の足首を掴んだ。
「待ちなさい! まだ話は終わってないわ!」
 本当にしつこいな……コイツ、何かあったのか? まさか私の計画を?
「おい」
 尚も言いすがろうとするアミーナを押さえるように私はオペレーター達に目配せすると、自室に向かった。

『研究の進行は決して順調であるとは言えない。バイオドールの安定的な製造法はほぼ確立したが、次のステップであるロスト・チルドレンへの移行に若干不安定さが残る。やはり今後の課題として、生体固有値であるK値をコントロールする方法を考える必要性があるようだ』
 私は自室で端末の前に座り、研究日誌を付けた。
 ――ロスト・チルドレン。
 モニターに映し出されたその文字を見つめながら私は手を休める。
 サイドテーブルに置かれたコーヒーを一口すすり、眼鏡の位置を直した。
「失われた子供達、か……」
 冷たくなって苦みの増したコーヒーに渋面を浮かべながら、私は席を立った。そして、真後ろにある書棚の前へと移動する。プラスチック・ケースを一つ抜き、中から小型の球状記録媒体[オーブ]を取り出した。ここには、過去の研究記録が残されている。
「やはりバイオドールでの研究には限界があるのか……」
 球体にある小さな突起を押した後、それをデスクの上に置いた。数秒後、何もない空間に黒い半透明のモニターが現れ、そこに記録された内容を再生する。
 映し出されたのは、政府軍の戦車部隊と攻防を繰り広げる数名の子供達。皆、バイオドールからロスト・チルドレンへの移行を成功させた者達だ。
「政府のクズ共め……私を追放したことを必ず後悔させてやる……」
 壁際にあるソファーに浅く腰掛けながら、私はモニターで繰り広げられる戦闘に目細めた。これは我々が政府軍の武器庫に奇襲を仕掛けたときの映像だ。撮影もロスト・チルドレンに任せてある。少数精鋭の彼らに奇襲はまさにうってつけの戦術だ。
 画面の中で、応戦してきた戦車の砲身が突然グニャリ、と折れ曲がり、自爆する光景が映し出された。
 最初のロスト・チルドレン、イーシャの持つサイキックフォース、サイコキネシスだ。人間の骨も遠距離から簡単に粉砕できる。ただ、ヤツのK値は1300。長期戦には向かない。
『Shit! このガキ! チョコマカと!』
 突然目の前に現れた少年に、政府の兵がゼロ距離から銃弾を撃ち込む。しかし、それは少年には当たらず、後ろにいた味方の兵士に命中した。少年はその後も、消失と顕現を繰り返しながら敵を翻弄していく。
 5番目のロスト・チルドレン、ワーグの持つサイキックフォース、トリック・アンビュレーション(瞬間移動)だ。敵の同士討ちがメインの戦術だが、1人か2人であれば味方の兵も一緒に移動できる。K値は850と低めだが、一度に移動できる距離が短いので何度も繰り返す必要がある。そのため、やはり長期戦には向かなかった。
『あ……あ、ああ……』
 モニターが切り替わる。そこでは数十人の兵士がたった1人の少女に恐れをなし、後ずさりしていた。
「マルス……」
 その少女を見て、私は思わず呟く。
 15歳くらいのその少女は、私と同じ銀色の短髪にダークグレーの瞳。肌の色はぬけるように白く、すらりと伸びた手足はモデルのように細く美しい。
 マルスは意思の感じられない虚ろな瞳で政府の兵士達を見下ろしながら、ゆっくりと近寄った。そして、その分だけ兵士達も後退する。
 ペタリ、ペタリと武器庫の金属床を裸足で歩きながら、マルスは自然な動きで右腕を前に突き出した。
 次の瞬間、画面が白一色で埋め尽くされた。瞬間最高温度が2000度にまで達するマルスの放つ炎は、もはや光と言ってもいい。そして、その光が収まる前に、画面が大きく揺れ始めた。
 武器庫にある爆薬に引火したのだ。今回の作戦の目的はコレで達せた。ロスト・チルドレン達も、そろそろ限界だった。しかし、引き返そうと武器庫を出たところで待っていたのは、数百人規模の大部隊だった。
 結局、生きて返ってきたのは、マルスとサイキックフォースを温存していたカメラ役の2人だけだった。
「まだ足りない……」
 もっと強いロスト・チルドレンが必要だった。
 アテはある。だが、ロスト・チルドレンへの移行はまだ早いかもしれない。3ヶ月ほど前から、アレがいつも打っている麻薬にバイオチップを混ぜて徐々に耐性を持たせているとはいえ、現段階では失敗の可能性が高い。
 バイオドールとは仕様が違いすぎる。神経浸食[ニューロハック]に体がついていけず、あっさり死亡してしまうかもしれない。
 だが……。
「アミーナ……」
 あの女が何か気付き始めている。今日の突っかかり方は、いつもとは様子が違った。どこか鬼気迫る物を感じた。証拠でも掴まれたらやっかいだ。
「例え失敗しても、貴重なデータが得られることには変わりない」
 私はソファーから立ち上がり、ベッド横の引き出しを開けた。
 そこには超小型の麻酔銃。そしてユティスの子供の頃の写真。ユティスの右側にはアミーナが、左には私が映っている。
「この頃は可愛かったな」
 私はバイオドールの研究が軌道に乗り始めた時に誓った。必ず、ユティスに尊敬されるような立派な研究者になる、と。私の父、レギオス=リーマルシャウトは私の知る中では最高の研究者だった。バイオドール技術の原型は父が構築したようなものだ。
 しかし、父は自殺した。
 遺書には自らの犯した罪の重さが延々と書きつづられていた。
 父は自分のことを否定した。ならば、その父を尊敬してた私も否定されたのか? 違う、そうではない。ただ単に弱かっただけだ。自らの偉業の重さを放棄し、死という安易な選択に走ったに過ぎない。
 だが私は違う。決して逃げない。
 例え悪魔と罵られようと、鬼と蔑視されようとも、私は自分に課せられた義務を放棄したりはしない。そして、この義務をユティスに受け継がせる責任がある。
 この技術は世界を変える。必ず世の中が必要とする。
 私はユティスに研究者としての姿を見せ続けた。何度もこの技術のすばらしさを教え込んだ。だが、ユティスは理解しなかった。
『あなたは研究者である前に、父親としてユティスに接するべきよ』
 違う! 私は研究者だ! 私の意思を受け継ぐには、この私の研究者としての姿を受け入れる必要がある! 父親ではなく、研究者としての姿をだ! そうでなければこの技術はこれ以上進化しない!
 この超技術が退廃して行くのをただ漫然と手をこまねいて見ているなど私には耐えられない。人類進化への冒涜だ。まさに、それこそが罪ではないか!
「ユティス、お前を寝かしつけるのは何年ぶりかな」
 ククク、と冷笑を浮かべながら、私は麻酔銃を白衣のポケットにしまった。
 お前は私を受け入れなかった。しかし、もうそんな事はどうでも良くなったよ。

 お前は最高の素材だ。


3rd floor in underground.
Life Space Block. Private Room.
AM 2:10
View point in ? ? ?

「あなたは狂ってるわ!」
 アミーナは部屋の扉を力強く開くと、その長く美しいブロンドを振り乱しながら抗議の声を上げた。
 金属の壁で囲まれた無機質な部屋に怒声が響く。普段彼女が発するソプラノ・ボイスからは想像も付かない金切り声だ。
「狂ってる、だって? 私がか?」
 ジュレオンは動じた様子もなく、目を通していた報告書から頭を上げた。
 短く切りそろえられたシルバーの髪の毛を軽くかき上げながら、アミーナの方に目をやる。小さ目の眼鏡の奥から覗く瞳には、いつも通り怜悧な雰囲気を宿したまま、ジュレオンはアミーナを一瞥した。
「そうよ! 自分の子供を実験体として使うなんて! コレが人間のやることなの!?」
 ダン! と手近にあった端末のキーボードに拳を叩き付けながらアミーナは激昂する。
「ああ、アミーナ。そこには大事なデータが入っているんだ。壊さないでくれよ」
 ジュレオンは軽く手を挙げてアミーナの行動を制すると、椅子から立ち上がった。白衣のポケットに両手を入れ、口の端に人を虚仮にしたような笑みを浮かべながら、アミーナの方に一歩近づく。
「私の話をちゃんと聞いて!」
「聞いてるさ」
 ふぅ、と溜息をつき、ジュレオンは目を細めた。二呼吸ほどその状態でアミーナの方を見つめたあと、視線をそらし持っていた報告書をサイドテーブルに置いた。
「アレは……ユティスは最高のサンプルだった。
 K値が1桁だぞ。分かるか、コレがどれほどの素晴らしさを意味するのか。今まで試してきたバイオドール共なんかとは比べモノにならない。最高傑作になる資質を秘めていたんだよ、アレは。これは私に理解を示さない、出来損ないだったアレの唯一にして最大の親孝行なんだよ」
「やめて!」
 再び、アミーナがヒステリックな声を上げる。
「やっぱり……間違っていたのよ、私たちは。こんな研究に手を染めるべきじゃなかったんだわ」
 スカイブルーの瞳いっぱいに涙を溜めながら、アミーナは肩を落とした。
「フン。何を今更。いったい何のためにテロ組織なんかに参入したんだ。君だって政府に復讐したいんだろう。私たちの実験成果を『悪魔の行為』と罵り、研究所から追放したあの狸ジジイ共に!」
 ジュレオンはそこで初めて声を荒げた。
「そうさ! 復讐だ! 武器の性能や兵力という点に置いて劣っている私たちが、政府の軍隊に勝つためには! 復讐を遂げるためにはコレしかない! この組織の連中もソレを認めているから私の研究に多くの予算を回してくれている! 違うか!?」
 一度理性のタガが外れると後は転げ落ちるようだった。
 ジュレオンはアミーナの肩を強くワシ掴むと、昂奮で顔を上気させながら荒っぽくまくし立てた。
「ユティスへの神経浸食[ニューロハック]は無事成功した。今頃、バイオチップがアレの全身に根を張り、バイオドール共が発現したモノとは比べ物にならないほどの強力なサイキックフォースを身につけているはずだ!」
 そう叫びながらアミーナの体を力任せにガクガクと振る。双眸に壮絶なモノを宿しながら自分の理論に酔いしれるその姿はまさにマッドサイエンティストそのものだった。
「狂ってる……狂ってるわ。こんな事……。政府はいずれこうなることが分かってたんだわ。追放されて当然よ……」
「何を言う! 君は嬉しくないのか!? もうすぐ私たちの悲願が叶うんだぞ!? もうすぐ最強のロスト・チルドレンが誕生するんだぞ!?」
 ジュレオンのその言葉に、アミーナは気丈にも肩の腕を振り払うと、右の掌を力一杯横に振るった。
 乾いた音が部屋に虚しく響く。
「なにが最強のロスト・チルドレンよ……そうよ、もうすぐあの子は……ユティスは、人形のようになってしまうのよ! コレまでのバイオドールと同じように!」
 ロスト・チルドレン――失われた子供達、か。記憶や感情と言った人間性を代償にして強力なサイキックフォースを得た存在。代償が大きければ大きいほど得られる力も、大きい。なるほど。
 頭の中でロスト・チルドレンの定義を反芻し、これから起こるであろう事態を思い描いた。
「それが、何だというのだ」
 張り飛ばされた頬に自分の手を添えながら、ジュレオンはゆっくりと視線を戻す。その目に先程までの狂気はない。ずれた眼鏡の位置を直しながら、まるで憑き物が落ちたかのように平静な口調で続けた。
「アレは私たちの事を親だとは思っていない。現に私の事をパパとも呼ばないし、君のこともママとは呼ばない。私自身、この数年アレの事を自分の息子だと思ったことはない」
「よくもそんなことを! あの子が、ああなったのは私たちの責任よ! 一番多感な時期に研究に没頭して、全然構ってあげられ無かった私たちの!」
 アミーナは、先程のジュレオンの狂気が乗り移ったかのように怒鳴り声を上げた。一歩距離を詰め、そして白衣の胸元を掴む。
「どうしてあの子なの!? 人間で試したいんなら私でも良かったはずよ!」
「君も知っているだろう。サイキックフォースを発現できるのは19歳までなんだ。それ以上は脳組織が劣化しすぎてしまっていて使い物にならない。第一、君のK値は高すぎる。話しにならないよ」
 ジュレオンはそう言って溜息をついた。アミーナの手を振り払い、乱れた白衣を正す。
「バイオドールの実験だってまだ途中段階だったじゃない!」
「あれ以上の成果は上げられないと見限ったんだよ。奴らはでは失う物が少なすぎるんだ。だから、その見返りも期待できない」
 ジュレオンは淡々と言った。少し疲れたように溜息を吐き、ソファーに腰を下ろす。しかしアミーナは引き下がらなかった。
「ねぇ! 戻す方法はあるんでしょ!? ユティスを返してよ!」
 双眸に涙を浮かべながらアミーナはジュレオンの肩を大きく揺らす。ジュレオンはそれに抗おうとしなかった。ただ、冷徹な光を宿した無慈悲な視線で、アミーナの行為を見ている。きっと、胸中では笑っているのだろう。そしてハンッ、と小さく鼻を鳴らすと容赦なく辛辣な言葉を浴びせた。
「そんなもの、あるはず無いだろう」
 その言葉を聞いてアミーナは泣きくずれた。体が小刻みに震えていた。金属の冷たい空間にアミーナの嗚咽だけが響く。
 そしてジュレオンが何か言おうと口を開きかけた時、けたたましい警戒音が部屋全体に響いた。
「なんだ!?」
 突然の事態にジュレオンは慌ててソファーから立ち上がり、壁に埋め込まれた小型マイクに向かって怒鳴り声を上げる。
「何があった!」
『ジュレオン博士! 大変です! 実験サンプルが逃げ出しました!』
 壁からした声は切羽詰まった様子で、早口に叫んだ。
「何だと!? それで奴は今どこだ!?」
『分かりません。サンプルが逃走して10分以上は立っているものと思われます』
「何故すぐに知らせない!?」
『それが……見張っていた研究員達は全員殺されています。外にいた者達が気付いたときには、もう……』
「どこから逃げだした!? あの部屋の出入り口は1つだけのはずだ!」
『それが、誰も目撃していません……』
「馬鹿な! 信じられん! あの五重層殻の強化ガラスを破った上に、一瞬で10人以上もの命を奪って、誰にも見つからず逃走だと!? どういうことか説明しろ!」
 そう言われても、説明なんてできるわけがない。まったく、愚かな男だ。
 アミーナの方を見る。彼女は相変わらず床に膝を突いたまま、何が起こったのかわかずにただ呆然としていた。まぁ、無理もないか。
「くそっ! 奴めいったいどんなサイキックフォースを……」
 ジュレオンは俯いて何かを考え始めた。ブツブツと呟きながら部屋を歩き回り、そして何かを閃いたように顔を上げた。
「まさか!」
 そして狂ったように首を振りながら、辺りを見回す。
「ユティス! ココにいるのか!?」
「ご名答」
 俺はジュレオンの背後から手を差し出した。俺の手はそのまま何の抵抗もなく、ジュレオンの体に吸い込まれる。引き抜いた時に飛び散った鮮血が体にかかり、透明だった俺の輪郭をわずかに浮かび上がらせた。
「ッぐ!」
「両方の肺に小さな穴を開けた。さぁ、どれくらい持つかな?」
 ジュレオンの前に回り透明化を解く。背中をえぐられた激痛に体を折り、倒れ込んだジュレオンを見下ろした後、後ろのアミーナに視線を移した。
「ユ、ティス……なの?」
「今のところはな」
 まだ俺の意識はハッキリしている。だが、すぐに浸食されていってしまうだろう。体中に行き渡ったバイオチップによって。
「さ、最高だ……最高だぞユティス……。すでにステルス・クォーツ(透明化能力)……とヴォイド・エッジ(真空刃)を発現している、とはな……」
 気管から逆流した血液を吐き出しながら、息も絶え絶えにジュレオンはそう言った。
「おかげさまでな。素敵な子守歌のお礼だ。この研究所をスクランブル・エッグみたいに滅茶苦茶にしてやるよ」
「ク……ククク……やって、見ろ……」
 苦悶の表情の中に笑みを浮かべながら血を吐く姿は、思わず目を背けたくなるほど凄惨な光景だった。だが、コイツにふさわしい最期だ。
「ほら、立てよ。行くぞ」
「え……え?」
 俺は惚けたままのアミーナを強引に立たせると、ジュレオンの部屋を出た。
 まずはあの実験室からだ。

『エマージェンシー! エマージェンシー! リスクレベルSS! 研究所内の戦闘員ただちにターゲットを破壊してください!』
 視界が紅く明滅する。どうやらカラーコンタクトは手術の時に外されたらしい。お気に入りだったんだが……まぁ、いい。
 俺は機械的に繰り返される警報をBGMに、俺は最下層にある実験室の破壊にかかった。
「ここはだけは守る!」
 無謀にもハンドガン1つで俺にケンカを売ってきた研究員を一瞥すると、俺は指をパチンと鳴らした。
 ゴグ、という鈍い音がして、首の骨が折れたことを俺に教えてくれる。
 その男は糸の切れた人形の様に崩れ落ちると、眼を開いたまま永遠の眠りについた。
「さーて」
 蜘蛛の子を散らすように逃げて行く奴らを後目に、コンソールに軽く触れた。ジュレオンの体をえぐった時と同じように、何の抵抗もなく手が呑み込まれていく。まるでスポンジケーキを押しつぶすように、次々と巨大コンピューターを破壊していった。手応えが無さ過ぎるのは少々拍子抜けだが、乱れ咲く大小様々な電子音はそれなりに破壊衝動を満たしてくれる。
「ねぇ、ユティス……この人は……?」
 アミーナは俺がさっきアッサリと片づけた男の側でうずくまっていた。
「ああ、死んだよ。邪魔だったから殺した」
 手を休めることなく、俺は背中でアミーナに返事をした。
「ジュレオン、も?」
「そうだな。まだ死んでないだろうが時間の問題だ」
「…………」
 アミーナは言葉を失ったようだった。
 まぁ、分からなくはないさ。ソイツはついさっきまでは仲間だったし、ジュレオンは夫だ。気持ちの整理がつかないのも無理はない。
 けどな、それだと困るんだよ。
「選べよ、アミーナ」
「え?」
 俺は再起不可能なまでにコンピューターを破壊し尽くすと、彼女の方に向き直った。
「ここで死んで楽になるか、生きて罪を償うか。どっちだ?」
「私、は……」
 アミーナは事ここに至ってまだ逡巡しているようだ。さっきのジュレオンとの会話は嘘だったのか?
「さぁ――」
 俺が言葉を続けようとした時、左肩が劇的な熱を帯びた。そこの筋肉が異常に盛り上がり、まるで風船が破裂するかのように爆発する。
「があああぁぁぁぁあ!」
 血と肉片を辺りに飛び散らせながら、俺は左肩を押さえてその場に片膝をついた。
「ロスト……チルドレン……」
 俺の目の前、実験室の出入り口にいたのは5人のロスト・チルドレン。皆、胡乱(うろん)げな瞳で無表情のまま俺の方を見ている。
「ユティス!」
「下がってろ!」
 負傷した俺に近づこうとするアミーナを視線でその場に縫いつけると、俺はゆっくり立ち上がった。
「強化ガラスの中にでも入ってろ。ちょっとはマシだ」
 俺は5人のロスト・チルドレン達を睨み付けながら一歩踏み出した。そして徐々に体を透明化していく。
「無駄だユティス!」
 聞こえたのはジュレオンの声。それに呼応するかのように俺の右足首が爆ぜる。高熱で溶かし込んだ鉄棒を骨の代わりに流し込まれたような気がした。あまりの激痛に一瞬意識が遠のく。透明化しかかった体も元に戻った。
「ジュレオン……貴様……」
「残念だったな。ロスト・チルドレンの中にはヒーリング能力を使える奴もいる。あの程度の傷なら、少しの時間で治せるのさ」
 ち……苦しめようとしたのが裏目に出たか。
「私を甘く見ないことだ。お前はまだ成り立てで不完全だ。さすがに5人ものロスト・チルドレンを相手には出来まい。残念だよ、最強のロスト・チルドレンに成れる資質を秘めていたのに、ここで処分しなければならないとは」
「ク……ククククク……」
 面白い、面白いよ、ジュレオン。だんだんノって来た。さぁ、クレイジーなパーティーを始めよう。
 薬をキメた直後のように、頭の中で狂葬曲が鳴り始めた。
 その調べが毒を塗り込めた鋭利な刃物となり、俺の精神を蝕(むしば)んでいく。ぱくっ、と音を立てて俺の中に小さな裂け目が走った。裂け目は徐々に大きくなり、裏にある別の何かを露出させていく。体の薄皮をゆっくりと捲(めく)られていくような感覚。その皮がすべて剥がれ落ちた時、”僕”は何かを失い、別の何かを得た。
「恐怖で気が触れたか?」
「これからそうなる。お前がな」
 景色が揺らぐ。視界から彩りが失せ、白と黒だけで塗り分けられた。ィン、という糸を弾いたような音色を最後に世界から音が消える。視界に映る動きすべてがスローモーションの如く鈍くなった。僕の周りだけが不自然に切り取られたように、正常な時間と空間を描く。まるで、酷くできの悪い合成写真の中にいるような錯覚に襲われた。
「っな!」
 気が付くと僕はジュレオンの目の前にいた。景色も音も正常に戻っている。
 振り上げた右手を真空刃で覆い、僕はジュレオンの頭部めがけて力一杯振り下ろした。
「させ、ない……」
 いち早く反応したロスト・チルドレンの一人の少女が、感情のこもらない言葉を発してジュレオンを庇うように間に割って入った。ジュレオンの顔に安堵の色が戻る。
 バカが。
 僕の右腕を、交差した両腕で受け止めた少女は一呼吸のうちに体を真ん中で分けられた。指先がわずかに、その向こうにいたジュレオンにかすめる。
「ぎゃ!」
 胸元に浅い裂傷を負ったジュレオンは叫びながら後ずさった。
 まぁ、いいコイツは後だ。ゆっくり料理してやる。
 僕は左腕に力を込めた。皮一枚で繋がっていたはずのソレはいつの間にか完璧に治癒されている。さっきの時間を遅くした能力といい、この再生力といい、僕は確実に何かを失いつつある。
 だが、今はソレと引き替えでも力が欲しい!
「おおおおお!」
 左手を手近にいたロスト・チルドレンの少年の頭部に伸ばす。僕の頭が勝手にイメージしたことを、意志を持って解き放った。瞬間、少年の体が下に叩き付けられる。それだけでは終わらず、頑丈な金属床を押し下げて彼の体を潰していった。
 いったいこの小さな空間にどれほどの莫大な重力が発生しているのだろうか。ボキボキと嫌な音を立てながら、一瞬のうちに少年の体は小さくなり、人としての原形をとどめなくなったところで重力場は消えた。
「次ぃ!」
 叫んでその奥のロスト・チルドレンに目をやる。僕と同じくらいの女の子。少女と言うにはあまりに大人びている。
「やれぇ! マルス! そいつを処分しろぉ!」
 忌々しいジュレオンの言葉に応えるように、マルスと呼ばれたその女の子は僕から距離をとった。残る二人も同じようにして距離をとり、僕を囲む。
 本能的に危機感が生まれ、身を低くした。その直後に頭上を見えない力が通り抜けていく。これを放ったのは、後ろにいる二人のどちらか。しかし、それを確認する前に僕の視界が紅く覆われた。
「うわわああぁぁぁぁぁ!」
 前にいた女の子、マルスが僕の方に右手をかざしている。彼女が生み出した膨大な熱量が全身を呑み込み、体と意識を灼いていく。体中の水分が急速に蒸発し、目の前の空気が白い光を放ち始めた。
「フハハハハハ! いいぞ! さすがだ!」
 ジュレオンの哄笑。崩れかけたボクの意識が、その無遠慮な闖入(ちんにゅう)者に反応した。
「ジュ……レ、オン……」
 溶けた肉の再生が始まった。ボクの再生能力がマルスの発火能力を上回ったのだ。
「くっ、まだ生きているとは! マルス! もっと火力を上げろ! レム! ナータ! お前達も加わるんだ!」
 もう痛みは無い。あるのは、押さえきれない憎悪だけ!
 後ろからの見えない力が、ボクの腹を貫いた。そしてそれが抜けた時にはすでに傷口はふさがっていた。胸部が突然膨れあがり、中から爆発して炎の中に血の花を咲かせる。それも一瞬手をかざしただけで、何事もなかったかのように修復されていた。
「バカ、な……。リジェネレーション(再生能力)ではない、リザレクション(復元能力)か……」
 ジュレオンの絶望的な声が聞こえた。いいね、いいよ。そーこなくちゃ。ボクはそう言う声が聞きたかったんだ。
「アハハハハハ」
 炎の中で、体に穴を開けられ、内部爆発を起こされ、ボクは笑っていた。
 ステキだ。なんてステキな時間なんだ。薬をキメた時の比じゃない。こんな快感を知ってしまったら、もうちょっとやそっとじゃ満足できなくなっちゃうじゃないか。
「アーハッハッハッハッハッ!」
 笑いが止まらない。ボクは狂ってしまったんだろうか。

『ユティス、誕生日おめでとう』
『よーし、ユティス。パパが肩車してやろうな』

 灼かれていく。ボクの記憶が。

『ほーら、ユティス。好き嫌いしてないでちゃんと食べなきゃだめよ? ねっ』
『なぁ、ユティス。パパのこと尊敬してくれるか?』

 失われていく。ボクの人間性が。

『ユティス……もう、ママって呼んでくれないの?』
『お前は出来損ないだ、ユティス』

 壊されていく。ボクの世界が。

『ユティス、ユティス』
『ユティスっ、ユティス!』

 ボクハ! ダレナンダ!

「うワああアアアあぁぁァあああぁァァああああぁ!!」

 静かだった。気が付くと、攻撃はやんでいた。
 視線を前に向ける。煙がひどくて視界が悪かったけど、マルスが倒れている事は分かった。彼女は口や耳から血を流していた。ピクリとも動かない。後ろの2人も似たような状態だった。
「くそっ。マルスほどのK値でもアレが限界か!」
 誰かが悔しそうな言葉を吐いた。そちらに視線を向ける。
「やぁ、パパ。そんなところで何してるの?」
 煙の向こう。通路の壁に背中をあずけるようにしてパパはいた。
 ぼくはコイツを許せない。理由は分からないけど、コイツを許してはいけない。絶対に、絶対に、ゼッタイに。
「パパ……? ククク……そうだ。パパだユティス。お前は父親であるこの私を殺すのか、ユティス?」
 そう言ってパパは銃をぼくのカオに向けた。
「お前のその復元能力は、頭部を一瞬で破壊されても機能するのかな?」
 引き金に指をかける。ぼくはただ、それをどこか遠いセカイの出来事のように見守っていた。まだやりたいことがあるなら好きにすればいい。
「くたばれ! ユティス!」
「おっと、そこまでだ。ジュレオン博士」
 パパがそう叫んで指に力を込めようとした時、ケムリを割って横から大男が現れた。
「大切な仲間をこれ以上壊すなよ」
 大男は銃をパパのカオに当てると、恐い声でそう言った。
「ゴル……貴様。どういうつもりだ」
「失敗したら消す。それがボスの命令だ。あんた達家族はずっと監視されていたんだよ。俺達全員にな」
 大男はパパを見下ろしながら、口の端に笑みを浮かべた。
「くだらない寝言を言ってないで、コイツをどうにかしろ! 他のロスト・チルドレン共をかき集めてこい!」
「ここにいた戦闘員やロスト・チルドレン達はもう全員逃がした。みんな貴重な戦力だからな。内輪もめで潰すわけには行かないのさ。今のこの地下研究所に残っているのは俺達だけだ」
 パパは悔しそうな表情でギリ、と奥歯をかんだ。
「私を欠いて、この研究が進むとでも思っているのか?」
「実験データはすべて本部に転送済みだ。アンタが個人的に付けていた研究日誌もすべて、な。技術はほぼ確立されている。アンタの片腕だった男でも十分に進めていけるさ」
「愚かな……」
 パパは目をつぶって小さく笑うと、ぼくに向けていた銃を降ろした。
「アンタは優秀な研究者だった。だが最後で失敗した。この被害は大きい。死を持って償って貰う必要がある」
「くだらん。この程度の失敗がなんだと言うのだ。私は天才だ。歴史に名を残す男、ジュレオン=リーマルシャウトだぞ!」
 ハパは叫んで、下から大男のカオに銃口を定めなおした。
 ガン! という短い音の後に、もえカスと肉のこげた匂いがする。
「よく言うだろ。天才とジャンキーは紙一重、ってな」
 何か重いモノが落ちる音。パパは頭から紅い水を出してたおれていた。キツい何かの匂いが、ぼくのハナを突く。
 もうおわっちゃったの? パパ。ウソでしょ? そんなジョウダン、ぼくちっとも面白くないよ?
「さぁ、ユティス。お前の大嫌いだった奴は居なくなった。俺と一緒に行こう」
 大男はぼくの方に手をのばした。浅黒くて、大きな手が目の前にさし出される。
 彼を見上げた。人の良さそうなカオで、にっこりと笑みを浮かべている。
 彼はいい人だ。
 ぼくの中のダレかが言った。
《早く来いよクソガキ。さっき爆破スイッチを押して来たからな。ココも長くはもたねーぞ》
 ダレの声だろう。すごく気分がワルくなる。
「さぁ、ユティス」
 大男はもう一度ぼくの名前を呼ぶ。
《せっかくのジュレオンの置きみやげだ。大切にしねーとな》
 声は目の前からきこえる……そっか。
《コイツとは監視目的で何度も喋ってるから俺にはなついているはずだ。馬鹿のフリして、講義受けてたかいがあったってモンだぜ》
 この大男の心の声だ。いい人だと思っていたのに……。
 ゆるせない。ぼくをダマす奴はゆるせない。
《人間から生まれたロスト・チルドレン第一号。こいつを連れて帰りゃあ、昇格間違い無しだな。しばらくは娼婦[フッカー]共と遊ぶか》
 汚い目でぼくを見るな。
「ユティス。どうした?」
 汚い手でぼくにさわるな!
「なっ!」
 ぼくに差し出した大男の手をにらみ付ける。ッリ……という気持ちワルい音がして、紅い水が辺りにとびちった。
「ギ、アアアアアァァァァ!」
 右手の爪が全部なくなり、おくれてやってきたイタみに大男は声を上げる。
 こんなもんじゃおわらせない……。
 目に力を込める。大男の右ウデの血管がうき出て、まるでヘビのように動き始めた。
「ヒッ! ヒイッ!」
 うすい緑色のヘビは、大男の浅黒いヒフの下で外へ出たがるようにのたうち回る。自分のウデにふり回されながら、そいつはカオをゆがませた。
「バンッ」
 ぼくの短いコトバに反応して、ヘビはヒフをくいやぶり、大男の首に巻き付く。何匹も何匹も、次から次へとはい出るヘビに大男はカオを青くしていった。
「ぅご……が、はぁ……」
 このまま放っておいても死ぬだろう。けど、それじゃぼくの気が収まらないんだ。
 アタマの中にあたらしい何かがイメージされる。体の一部が枯れていく かんじがしたけど、ぼくはそのイメージどおりに右ウデを前につきだした。そして何もないトコロに投げ出された右手に力を込める。
「っぅぁ!」
 大男が肺にのこったわずかな空気をはき出した。目がグルリ、とウラがえり 白目をむく。ノドのおくから かすかに きこえる、小さな息づかいを ききながら、ぼくは右手に力をこめた。指先に、生あたたかく、ブヨブヨしたモノが伝わってくる。
 それは大男のハート。しんぞうだ
 右手に込めた力を少しずつ つよくしていく。少しずつ、少しずつ、アッサリ イかないようにカゲンをしながら。だんだん ぼくの右手が小さくなってくる。指で出来たスキマがほとんどなくなり、そして――
 大男は けぽっ、とコワれた すいどうのように口からアカい水を吐き出しながら たおれた。ピクピク、と何回かケイレンしたあと、そいつは うごかなくなる。
「おわっちゃった……」
 むなしい。もっとハッピーになれると思っていたのに、おわったあとには 何ものこらない。
「ねぇ、今度はパパがあそんでよ」
 パパはきっとまだ生きてる。体だってまだキレイだ。いつもみたいにぼくをビックリさせる気でいるんだ。
 ぼくがパパの方に近よったとき、きゅうに目の前がタテにゆれた。そして、ものすごい しんどうが ぼくの体に伝わってくる。
『エマージェンシー! エマージェンシー! ゼロ・プログラムを起動しました。この建物は後10分で爆発します。内部に残っている方は至急避難してください。繰り返します……』
 せまい つうろに、キカイが大声でさけんでいた。
 体がグラグラとゆれた。
 けど、ぼくはちっとも気にならなかった。今は他にやりたいことがある。
「フフフ」
 少し楽しくなってきた。パパとあそぶなんて久しぶりだ。
 ぼくがパパの体にふれようとしたとき、せなかを やわらかい何かが包んだ。
「ユティス……」
 白くほそいウデがぼくの体をつつみこむ。なつかしい匂いがした。
 穴だらけになったぼくの心が、少しずつ うまっていく気がする。
「もう、やめましょう……ユティス。気は、済んだでしょう……?」
 この声は、ぼくが大好きだった声。とてもキレイな声。どんな不安も、この声をきくとどこかへ行ってしまう。そうだ、この声はママの声だ。
 カオだけを後ろに向けて、ぼくはママのカオを見た。
「え?」
 ママは泣いていた。
 それは、ぼくの知らないママのカオ。ママはいつも笑ってた。笑って、ぼくに はなしかけてくれた。ぼくが わるいコトしたときも、いつも笑ってくれていた。
 ねぇ、笑ってよ、ママ。それでまた、ぼくのアタマをなでて『いい子ね、ユティテス』って言って。ぼく、ちゃんとママの言うこときくから。
「ママ……」
 ぼくがそう言うと、ママはビックリしたように目を丸くした。
 そして、ニッコリと笑ってくれた。
 まだ、少し泣いていたけど、ママが笑ってくれたから、そんなに気にはならなくなった。
「ユティス……私のこと、”ママ”って呼んでくれるの?」
 ぼくにはそのコトバの いみが良く分からなかった。
「ねぇ、どうしてそんなこと聞くの? ママはぼくのママじゃないの?」
 ママはクビをヨコに ふった。そしてまたニッコリと笑って、ぼくのアタマをなでくれた。
 ああ……気持ちいい。ママの手は、やわらかくて、あたたかくて、大好きだ。
「ユティス――」
 ママが何か言おうとしたとき、ものすごく大きなグラグラがきて、ぼくとママは しりもちをついた。
「だいじょうぶ? マ……」
 そう言って立ち上がろうとしたとき、目の前がおっきくゆがんだ。体に力が入らない。すわっていることもできない。
 きがつくと ぼくは ゆかに あたまを つけていた。
「ユティス! 大丈夫!?」
 ママは フラフラしながらも ぼくの そばに きてくれた。そして ぼくの かおの すぐよこに すわりこむ。
「ママ……なんだか、ねむいよ。つかれたみたいだ」
 ほんとうに すごく まぶたが おもい。からだに ちからも はいらないし あたまも ぼーっとする。
「そぅ……」
《きっと力を使いすぎたせいだわ。いくらK値が1桁でも、あれだけの種類のサイキックフォースをこの短時間で立て続けに使ったんだもの。無理もない……。普通のロスト・チルドレンだったら、10回は壊れているところよ》
 ママの こえが ぼくの あたまの なかでする。でも さっきの おおおとこ みたいな いやなかんじは ちっともしない。ママの やさしさが つたわってくる。なんてきもちいいんだ。
「ねぇ、ママ。ぼく すごく わるい ゆめを みていた きがするよ。もういっかい ねて おきたら だいじょうぶかな?」
 ママは ぼくの あたまを もちあげて ひざまくらを してくれた。
「ええ、目が覚めたらきっと悪い夢なんてどこかに行っちゃってるわ」
「そう、だよね……」
 めのまえが ぼやける。じめんの なかに からだが すいこまれて いくみたいだ。もう しゃべるのも だるい。
「ゆっくりお休みなさい。パパとママが、ずっとずっと側にいてあげるから」
 ほんとう? じゃあ あんしんだね。3人で いっしょに いられるなんて ひさしぶりだ。
 ぼく すごく さびかったんだ。でも、パパとママが いっしょに いてくれるなら ちっとも さびしくないよ。
「ユティス」
 ママが ぼくの あたまを やさしく なでてくれる。それはまるで こもりうたのように ぼくを ゆめの せかいへと はこんでいってくれた。
「愛してるわ」
 ぼくもだよ、ママ。
 そしてぼくは ねむりに おちた。ふかい ふかい……にどと めざめることのない ねむりに。

――The End of the Nightmare――
                         May you sleep in peace...bye.
 


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●感想
読者Aさんの意見
 どうも、読者Aです。
 僕はこの長編の間で初めて読むのですが、なんとういか、
 とてもブラックででもその割に鷲づかみにされるような内容でした。
 僕は平気ですが、多分人によっては好き嫌いが出てくるかも知れません……。
 いろいろと専門的な言葉が出てきていて、その方面の知識の無い僕には、
 どこからどこまでが実在の用語で、どこからどこまでが飛乃剣弥サンの造語かはわかりませんが、
 読み進めていくぶんにはそれほどの影響は無かったです。
 ただ、K値がどういうものなのかについてはいまいちわかりにくく、
 これが一桁とか四桁とかの差がいまいちピンとこなく、
 そのため長期戦に向かないなどと説明されても、
 どうも読み手としては置いていかれている感がありました。
 三度目の正直と同じくモザイクノベルの形式ですが、
 終盤で三人称の視点と思わせつつ、実はそこに透明になったユティスがいて彼の視点で描いていた、
 としていたのはやられた! と思いました(間違っていたらすみません。。)
 
 そこに関して言うならば、途中からユティスが壊れていくのですが、
 一人称が俺から僕に変わる辺り戸惑いました。読み進めていけば、あぁ壊れたのか、
 と納得で きますが、それでも少し急すぎて読み手としてはギョッとしてしまうと思いますので、
 この辺りはもうワンクッションはさんだ方がよいのではないかと、個人的 には思います。
 バイオドール、ロスとチルドレン共にとても強烈な世界観を表現する存在となっていると思うのですが、
 どうも彼らに関しては誰かからの説明で終わってしまっていると思います。
 感情の無い存在だから描写しにくい?気はしますが、
 アミーナのセリフにあったように情がうつって実験サンプルと して見られなくなる、
 という彼らを直接登場させるようなエピソードがあってもよかった気がします。
 感情その他一切なくなるはずのロストチルドレンだけにユ ティスがどうして、
 最後まで退行してはいても感情を持っていたのか、についても、K値についてや、
 他のロストチルドレン達では、みたいにしておくと、違和 感は少なくなる気はします。
 
 だいぶ個人的な意見なので恐縮です。。
 僕はこういうのにも耐性があるので(笑)無理なく読めましたし、
 いっそのことシリーズ物になってもおもしろいと思いました。
 家族についてとてもディープな問題を提起していましたが、
 僕はこういったダークな小説がかなり好きなので、今回の10点はそこに差し上げたいと思います。
 それでは。。


余韻さんの意見
 こんばんは。読ませていただきましたので感想を。

 気になったところ。
>私は他人が見たら底冷えするような酷薄な笑みを浮かべ、
 オペレーターの1人がこの部屋を出ていくのを見送った。

↑すでにジュレオンは狂人っぽいので、他人の目を気にしたりしないんじゃないかと。

>あまりの激痛に一瞬意識が遠く。
「遠のく」か「遠くなる」の間違えかと。

 前編のユティスの描写がとてもよかったと思います。
 薬でトリップ→バッドドリップした時とか、鏡を割ったシーンとか。
 「上手いなー」と。
 ユティスと大人の関係にあったフェルアが、ジュレオンの愛人だったとか。
 そういうところに「おお!」とか思ったり。

 すみません、メインストーリーの感想を書かなくては。
 短編を読ませていただいてましたので、この長編を読んで、だいぶしっくりいきました。面白かったです。
 実はユティスが17歳だったとか……この17歳のユティスに感情移入してしまったもんで、
 終わりが結構キツかったです。
 麻 酔銃ですぐに親父に捕獲されるなんて、ちょっと鈍いじゃないか……とか思ったり。
 あと、ゴル! この人、人格者だと思っていたので、裏切られた気分になりました。
 ゴルくらいは、本当にいい奴でも良かったんじゃないかなあ。救いがなさ過ぎる。
 ユティスの手でジュレオンを殺した方が良かったと思います。
 あとは……ユティスが退行して「ぼく」になった時の、
 情景描写や状況描写が子供らしくないところがありました。語彙とか。

 描写も丁寧で分かり やすく、SFなのにとくに難しいと思わせる部分もなかったので、
 かなり良かったのではないでしょうか。
 私はこういうジャンルが好きな事もあって、一気に読みました。
 実は、「三度目の正直」より面白いと思いました。
 最後に、題名の「ロストチルドレン」の後の「〜悪夢に魅入られた肉兵器〜」この副題、
 ちょっと 内容に合わない気がします。B級ホラー映画っぽいです。
 面白かったです。有意義な時間を有難うございました。これに尽きます。


木間栗男さんの意見
 初めまして飛乃 剣弥さん 楽しく拝読させてもらいました。

 こうした方が良いという部分は、自分には発見できませんでした。
 ゴルがバイオドールの説明をユティスに求める所でちょっと直接的過ぎじゃないかとも思いましたが、
 最後への伏線だったんですねぇ。
 ジュレオンの語りだと思って読んでたら、地の文が三人称になっていたのでミスかなぁと思ってたら、
 透明化したユティスの視点だったり、やられっぱなしでした。
 あ、後退していくユティスの様子を描くなら、一人称をいきなりオレから僕にするよりは、
 漢字を徐々に減らしてからのほうが良いかなぁ? と思いました。
 以上です。次の作品も頑張ってください。


龍閃さんの意見
 どうも、読ませて頂きました。
 ダークな話ですねー。こういうのは苦手なんですが、面白かったです。
 作品としてまとまりがあって、質が高いと思います。
 感想をあげると、私は、K値の高い低いがどういう事なのかあんまり良く解りませんでしたね。
 それによって能力が変動するのはわかりましたが、精神的にどういう効力なのか。
 それ以外は、描写に使われている擬音、私は擬音が好きでないので、そこで少し冷めました。
 まあ、この程度の使われ方なら、読み手と、何より書き手の趣味になるでしょう。

 という事で、あまり注意する所が見つからないので、この辺りで。


ミユウさんの意見
 もう感想返しはないんじゃないかと思わせておいて、
 いまごろになってこっそりとやってまいりました、ミユウです。
 私は短編も前作も読んでなかったんですけど……この話に関して言えば、設定が好きです。
 あとはユティス、アミーナ、ジュレオンの家族模様がきっちりと描けていたのが好印象でした。
 指摘するとすれば、後半でユティスが壊れていくシーン。
 絶対、をゼッタイとかいうように、漢字をだんだん減らしていくなどすれば、
 視覚的にも壊れていくさまを表現できるのではなかろーかと思いました。


香苗さんの意見
 飛乃剣弥さま、こんにちは。
 読ませてもらったので感想をば。
 いや、相変わらず話に安定感があるなという印象を持ちました。
 ダークな感じが凄く好みです。
 あえて言うなら、英語が大の苦手なので、ローマ字に一瞬引きました(謝。
 あと、気になったのが、台詞多いですよね?
 私は小説は雑食で、純文学もライトも読むので時々分からなくなるのですが、
 それでもやっぱり、ライトだから台詞に頼っても良いとかはどうなんだろうと思います。
 飛乃剣弥さまはどう思いますでしょうか?
 読者を引き込むような地の文って憧れたりしませんか?
 すごく個人的な考え方なので、飛乃剣弥さまの意見も是非お聞きしたいなと思いました。
 安定感があるからこそ、上を求めてしまうのだと思います。
 次回作も期待しています。


謝楽さんの意見
 遅ればせながら、作品拝読させていただきました。
 未熟ながらも私なりに感じたことを少し。

 三人称っぽい一人称(妙な表現ですみません)、短編の時よりもずっと読みやすかったです。
 流れとしても自然で、違和感なく読む事ができました。
 ただ、残念だったのはK値に関して、どうにもピンとこなかったことです。
 漠然とこんな感じなんだろうなぁ、程度には分かるのですが、
 どうにも「あぁ、なるほど」という感じには捕らえられませんでした。
(言葉足らずでお恥ずかしい限りです)
 でも、全体の物語としては良かったと思います。
 ダークの話でしたが、最後母親の元で眠れたのが私としては好きでした。

 それでは。次回作を楽しみにしています。 乱文を失礼致しました。


長万部さんの意見
 とにかく暗い。どす黒い。主人公の印象がすこぶる悪かったです。特に最初の方。
 「そこまで言うかよ?」とか思ってしまいました。
 ダークだから、と思えば納得できるのですがね。
 話全体として、楽しむ、という感じではなかったです。
 こんなどん底状態でどうやって話を完結させるのか、と思いつつ読み進め、
 「あ、やっぱりバッドエンドか」と読み終わりました。

 でも、最後に精神的に幼くなってゆく主人公の表現、それに心底驚きました。
 一人称が変わり、描写もだんだん稚拙になり、「あれ?」と小首をかしげていたら……
 「ああ、なるほど!」と最後に納得。いやはや、素晴しい。


貴さんの意見
 全体的に綺麗に纏まっていて、多くの方々から支持を集める内容であると思います。
 特に気になる語用もなく、読ませる為の文章力があると思いました。
 ジュレオンの乾的な狂気が徐々に燃えて露出する様や、
 アミーナの必死な母性、そして徐々に退行していく主人公。
 シフトする一人称や、三人称かと思いきや実は透明化した主人公の視点であった、
 という文章上のギミックもあり、存分に堪能した次第です。

 僕もSFアクションを一本執筆しているのですが、
 特殊能力の説明にはいつも惑います。
 それをさらりとこなしていく筆力にも脱帽の一言です。

 次の作品を楽しみにさせていただきます。
 ではまた、いずれ。


あおいしょうさんの意見
 こんにちはー。読ませていただきました。
 私にはまともに指摘できるとこが見つけられませんでしたので、
 とにかく感想だけでも書かせていただきます。

 何ですかもう、このラスト。ひらがな増えるたびに切ないです。
 ほんのちょっとだけですけど涙目になっちゃいました。
 最後の方、ひらがなだらけも読みにくくはなく、
 すごくユティスが幸せを感じてるのが伝わってきてよかったです。

>View point in ? ? ?
 ここで、「視点の人間が《???》? ……三人称か? あ、作者さんが伏せたい人物!」
 と思って読み進めたにもかかわらず、ユティスだとはさっぱりわからず、しっかりひっかかってしまいました。
 透明人間だと、なるほど。目の前でもあんな話が出来るわけですよねー。

 あ、最後にものすごい細かいことかもしれませんが一つだけ。
>パーン、と乾いた音が部屋に虚しく響く。
 こ のパーンって擬音。ほんの少しだけですけど緊迫感が削がれました。
 いや、擬音でもかまわないと思いますが、《パーン》の伸ばす棒(長音?)が、なんとなく ひっかかって。
 なんとなくコミカルな雰囲気(?)に感じてしまいました。
 実際頬を平手で叩いても、もう少し音が短い気がしますし。(ああ、本当に細かくて すいません)

 読むの遅い自分がこの長さならどれだけ時間かかるかなー、と思っていましたが、
 なんだか、あっという間に読んでしまいました。こういうブラックなの好きです。
 ではではこの辺で失礼します。


一言コメント
 ・いいですね。アクション、SF、愛情。ハリウッド映画のようですね。
 ・感動しました!!!ユティスが一番好き。世界観、設定なども素晴らしいと思います。
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