高得点作品掲載所      やなぎさん 著作  | トップへ戻る | 


スティール レイン

 ――どうして。

 どうしてだろう。

 わたしの周りには、黒い服を着た大勢の人。
 全員が敵意を、殺意を。わたしに向けて放っているのが分かる。
 その手には――銃。

 どうして?
 これは何の罰?

 わたしが死ねば、この人達は幸せなのかな。
 この人達が死ねば、わたしは幸せなのかな。

 銃で撃たれると痛いのかな。
 どんな風に死んじゃうのかな。

 わたしが死ねば、この人達は生きられるのかな。
 この人達が死ねば、わたしは生きられるのかな。

 そんなことを考える。

――けど。
 わたしは、死にたくない――生きたい。
 生きたい。

 だから私は、引き金を引く。
 人殺しなんてしたくはないけど。
 わたしが生きる為に。わがままに命を奪う。

 天国があるのだとしたら。
 わがままなわたしは、行けないと思う。

 ならせめて。

 願わくばこの人達が。

――――天国に行けますように。





         Steel Rain





「優衣? 優衣ー?」

 誰かが、わたしを呼んでいる。
 
「えー――であるからして――」

 同時に聞こえてきたのは、初老の男性のしゃがれた声。
 そうか、今は朝礼の真っ最中だった。

「優衣ってば、またぼーっとしてる」

 右側から聞こえてくる声は、しっとりと、気品があった。

「あははー、いつものことじゃん」

 左からは、明るく間延びした声が聞こえてきた。
 明らかにトーンが違う二人の声を耳にして、うっすらと目を開けてみる。
 ぼやける視界の中、わたしの目に映ったのは。

「お、気が付いたー」

 一方は、絹のような美しい髪を背中まで伸ばしている少女。
 控えめな目鼻立ちだが、人形の様な可憐さがある。
 そして、栗色の髪を両耳の上で結わえた――同じく少女。
 幼さの残るその顔には、屈託のない笑顔が浮かべられていた。
 それぞれが、わたしの顔を覗き込んでいる。
  
「あ……ごめん」
「お目覚めはいかが?」

 別に寝ていたわけじゃない。
 ぼーっとしていただけ。

「ですから、君たちも被害に遭わないよう、十分に――」

 校長先生が、舞台の上で喋っている。
 相変わらず話が長い。   
 毎週月曜日に行われる朝礼の時間はいつも、あまり意識がなかった。

「優衣、さっきの話聞いた?」

 長い髪の少女――本田梨花が、心配そうな顔で訪ねてくる。
 さっきの話とは、校長先生の話だろうか。
 もちろん聞いてなどいなかった。

「また例の事件が起こったらしいよ……」

――例の事件。
 近頃、世間を騒がしている失踪事件の事だろう。
 だいたい週に一回のペースで、人が行方不明になるという。

「みたいだねー。怖いなぁー」

 そう言ったのは、左にいる大郷院千聖。
 だいごういん、と大層な名字をしているのは、代々続く名家だからだそうだ。
 もっとも、本人は『厳つい名前』だと嫌がっていたが。

「校長先生の言うとーりだね。私達も気をつけないと……」

 いつもはニコニコと笑っている彼女だが、さすがに不安そうな顔をしていた。 

「そうだね」

 短く相づちを打つ。
 素っ気ない返事だと思われるかもしれないが、生憎感情表現は苦手だ。

「それでは、朝礼を終わります」

 校長先生の話が終わった。
 生徒と校旗、国旗に礼をして舞台を降りる。

「一同、起立」

 朝礼を仕切っているのは、生徒会長の――。
 名前は何だったかな。

「礼」

 号令と共に、体育館の中にいる人全員が頭を下げる。
 そして一年、二年と退場する中、わたし達三年は最後まで残る。

「ふぁぁー! 今日も勉強かぁ」
「こらこら、ちいちゃん。嫌そうに言わないの」
「だってー……」

 ちいちゃん、とは千聖のあだ名。
 親しみを込めて、わたしもそう呼ばせてもらっている。
 が。

「ゆいちーも、勉強なんて面倒でしょー?」
 
 そのあだ名で呼ばれるのは、恥ずかしいかもしれない。
 出来ればもう少し普通な名前で呼んで欲しかった。
 まあ、悪い気はしないのだけれど。
 
「普通、かな?」

 我ながら、曖昧な答えだと思う。
 授業はあまり好きではないが、特に苦になるわけでもない。

「あららら、余裕だねぇ。ゆいちーは頭が良くっていいなー」
「別にそんなことは……」
「優衣はそれだけ勉強してるってことなの。ちいちゃんも頑張ろうねぇ」
「うーん、そうだねー。三人で同じ高校に行くって約束したもんねぇー」

 日々繰り返される、他愛もない会話をしながら教室に向かう。
 口数も少なくて、無愛想でぶっきらぼうなわたしと付き合ってくれるのは、今の所この二人だけ。
 友達で居てくれるのは嬉しいし、わたしは楽しいのだけれど。

「頑張ろうね」  

 梨花と千聖は、わたしと一緒に居て楽しいのかな。 
 わたし達って、本当に友達なのかな。

「あははー。ありがと、ゆいちー!」

 ふと、そんなことを思うときがある。

「うんうん、仲良し三人組で頑張ろう!」

 だが、二人の笑顔はまるで、わたしの不安をかき消してくれるように眩しかった。
 それが無性に嬉しくて。
 わたしも笑顔で返してみる。
――口元が引きつってないか不安だったけれど。




     □2□




「それじゃーまた明日ねー!」
「優衣、気をつけて帰りなよ」

 日が傾きかけた空に、明るい声が響き渡る。

「うん、また明日」

 いつもの挨拶と共に、二人に手を振った。 
 下校は、途中まで三人一緒なのだが、『クレール』というパン屋さんがある交差点で二手に分かれる。
 わたしは路地裏へ、ちいちゃんと梨花は街を通ってそれぞれの帰路につく。

 2032年現在、この国の治安はお世辞にも良いとは言えない状況だった。
 貧富の差が激しく、華やかな繁華街のすぐ裏には、俗に言う『スラム街』が広がっている。
 麻薬や銃器の取引が当たり前に行われ、殺人、強盗などの凶悪犯罪も多発していた。
 わたしの家は、そのスラム街の一角にある。
 毎日毎日、薄汚れた裏路地を一人で帰らなければならないのは、どうにも気が滅入った。
 そんなことを考えながら、薄暗い道を歩いていると。

「……あ」

 思わず、声を出してしまった。
 ゴミや落書きで汚れた場所に、真新しい段ボール箱があった。
 その中を覗き込むと、愛くるしい仔猫が新聞紙にくるまれて震えていた。
 もうじき、冬も本番だ。
 生まれて間もない仔猫にとって、この寒さは辛いだろう。
 にゃあにゃあとか細い鳴き声を上げる仔猫を、服で包むように抱き上げる。

「寒いね」

 震える仔猫に声をかけた。
 微かではあったが、確かな鼓動が服を通して伝わってくる。 
――あなたも……誰にも愛されずに生まれて来たの?
 自分と似た境遇の仔猫に、親しみを覚えてしまう。
 そういえば、カバンの中にミルクがあったかな。
 学校に給食は無いのだけれど、ミルクだけは支給されていた。
 ミルクは嫌いだから、いつも持って帰るハメになってしまう。
 制服の上着を脱ぎ、それで仔猫を包むと、そっと段ボールの中に戻した。 
 カバンを開け、中からミルクの入った青い紙パックを取り出す。

「飲む?」

 問いかけに、答えるわけはないのだけれど。
 仔猫の前にしゃがみ込むと、手のひらに少しだけミルクを垂らして差し出してみる。
 不思議そうに鼻を鳴らして、ミルクの匂いを嗅いでいた仔猫だったが、やがて小さな舌を出すと、それを舐め始めた。    

「美味しい?」

 自然と、自分の顔がほころぶのが分かった。
 ざらざらとした舌が、妙にくすぐったい。
 手のひらで作った皿にミルクを追加する。
 目を細めて、美味しそうにミルクを飲む仔猫がうらやましく思えた。
 わたしも、ミルクが好きだったらもっと背が伸びてたのかな。
 ミルク好き――かどうかは分からないけど――なこの子は、きっと大きく育つだろうな。
 わたしより大きくなったりして……うん、それはそれで面白いかも。

「お嬢ちゃん」

 殺気――とはまた違う、変な気配を感じた。
 仔猫に手を差し出したまま、振り向いてみる。
 見るからに厳つい二人の男が、私の方に向かって、歩いてくる。

「君、可愛いね。何処の小学校?」

 失礼な。
 こう見えても、中等部の3年生だ。 
 こう見えても、もうすぐ高校生なんだ。
 そう言ってやりたかったが、面倒なのでやめておいた。
   
「何か?」

 こんな場所で声をかけてくる男なんて、ろくな目的じゃないだろうけど。

「いやぁ、道を教えてもらおうかと……」

 嘘をつくのが下手な人だ。
 道を教えてもらうだけなのに、そんないやらしい目つきをする必要はない。
 勝手にきめちゃ悪いけど、人さらいか、その類なのだろう。
 そうなると、長居は無用。
 仔猫を抱いて立ち上がると、自分の家の方向へ足を進めようとした。 

「おっと、待ちなよ」  

 一人が、わたしを捕まえようと手を伸ばした。
 それを見たわけではないが、背中ごしの気配で分かる。
 行動さえ分かっていればかわすのは容易い。
 わたしが軽く体を捻ると、男の手は空を切った。
 
「おぉっ?」

 素っ頓狂な声を上げて、よろめく男。
 その隙に。

「ちょ、待ちやがれ!」

 わたしが走り出すと、男達も走ってついてきた。
 さすがに、足の速さは大人にはかなわない。
 何度も捕まりそうになるが、その度に男達の魔手をかわす。
 なんだか仲良く鬼ごっこをしているみたいで、嫌な気分になる。
 もういい加減疲れてきたので、足を止めた。

「へへ、観念したか?」

 男達が下品な笑みを浮かべ、にじり寄ってくる。
  
「わたしを捕まえて、どうするんですか?」
「はははっ! 思う存分かわいがってあげるよ」 

 かわいがってあげる、と言うのが何の比喩であるかぐらい分かる。
 やはりろくな事をする人達じゃない。 

「ひひひ……」
「へへへ、悪いようにはしないから、こっちにおいで」
 
 断る。

「こりゃ、上玉を見つけたなぁ」
「ラッキーだったな、兄貴」

 わたしの顔を凝視しながら、歓声を上げる男達。
 
「早く逃げた方がいいです」

 突然発せられたわたしの言葉に、男達が驚きの表情を見せた。
 そして、数瞬の間。
  
「なーに言ってんだ? おかしくなっちまったか?」
「ささ、兄貴! さっさと連れて行こうぜ!」
「死なないうちに、早く」
「ぷっ……」
 
 一人が吹き出した。
 人が忠告してるのに、失礼な人達だ。

「うはははははは! なんだって!?」
「俺達が死ぬだってよ!」
「伏せて」
「意味分からねえこと言って――」
「伏せて!!」

 鮮血が飛び散る。

「うがあああ!?」
「あ、兄貴!」

 血をまき散らしながら、汚いアスファルトの上で転げ回っている。
 すごく痛そうだ。 
 だが、今はとりあえず、彼らの心配より自分の心配をしなければならない。

「また……」

 息つく間もなく、黒い服に身を包んだ十数人の人達が、わたしの前に姿を現した。
 それら全員が手にしているのは、様々な形状の――銃。
 そして、凄まじい殺気と共に、全ての銃口がわたしの方へと向けられていた。
 今回は数で攻めてくるって訳か。
 高い廃ビル群の間に、南北に延びる路地裏。
 北側は彼らによって完全に封鎖されている。
 退路と言えば南側だが、あれだけの銃を前に、背中を向けて逃げ切れる自信はない。
  
「……やるしかないの?」

 少しは話を聞いて欲しい。
 わたしはただ、普通に生きたいだけなのに。
 人殺しなんて、したくないのに。 
 
「組織の命によりお前には死んでもらう」

 わたしが死ねばいいのかな。
 わたしが死ねば、この人達の命は助かるのかな。
 でも、わたしは。

「わたしは――生きたい」 
 
 そんな、わたしの想いとは裏腹に、引き金が引き絞られる。
 銃声と銃声が激しく重なり合って、朱い空へ響き渡った。

 


     □3□




 銃声が収まった。
 恐らく、全員の弾が切れたのだろう。
 急いで弾倉を交換し、弾丸の再装填をしている。
 わたしはと言えば、全くの無傷。
 強いて言うなら、弾が顔の横を掠めた時に、髪の毛が数本切れただけ。

「お願い……これ以上わたしに干渉しないで」

 わたしの声は、彼らに届いていないのだろうか。
 再装填を終えた順に、照準をこちらに合わせてくる。
 
「お願い……」

 そして再び、銃声が轟いた。
 わたしに向けて放たれた弾丸は、その役目を果たすことなく、関係のない物体を破壊する。
 落書きまみれの壁が、削り取られていく。
 乱雑に積まれたゴミの山が、崩落していく。
 廃ビルの窓ガラスが、粉砕されていく。

 しかし、それがわたしの体を貫くことは決してなかった。 
 弾が見えているわけではない。
 銃口の角度、目や指の動き、そして引き金を絞るときの殺気。
 それら全てを把握して、弾丸が発射されるより先に動けば、避けることが可能だ。
 もっとも、近接戦闘向けのスキルであるため、距離を置いた、しかも複数人数が相手では分が悪かったが。 

「化け物め!」  

 連続的に続く銃声の中、そんな言葉が聞こえてきた。
――化け物。
 確かにそうかもしれない。
 わたしは生まれたときから、様々な戦闘術を教え込まれて育ってきた。
 そして六歳の頃には、暗殺組織の一員として闇の世界を渡っていた。
 大した意図も分からないまま人を殺し、人を殺せば多大に褒められた。
 幼いわたしは、それが全て。
 それが存在意義なのだと、思っていた。
 一度だって失敗した任務はないし――

――いや。

 一度だけ、任務を遂行できなかった事がある。
 そのせいで、こうして命を狙われているのだれど。

「っ」

 弾が顔面を掠める。
 今のは少し危なかった。

 弾が当たらないわたしを見て、諦めてくれないかな。
 そうすればわたしも、この人達も死ななくて済む。
 そんな淡い期待を胸に抱いていたけど。  
 体力的にも精神的にも、これ以上弾を避け続けるのは無理そうだ。
 ならば。
 
「もっと撃ち込め!」

 何人かが弾切れを起こしたのだろう。
 弾幕が少し薄くなる。
 その隙に、カバンに仕込んであった、黒く光る塊を取り出した。
 それは人の命を容易く奪うことの出来る、銃という兵器。
 そして、カバンを思いっきり空に向かって投げ上げる。
 何人かが、それに釣られて視線をわたしから外した。
 これが狙いの、いわゆるハッタリ。
 ほんの一瞬、ごく僅かに出来た隙を突き、一列になって銃を掃射する彼らとの間合いを詰めた。
 弾倉を交換中の一人に狙いを定め、3メートル程の距離まで近づく。
 いきなり突進してきたわたしに、驚きの表情を見せた。
――ごめんなさい。

「ぶげっ!」

 命を奪うには余りにも軽い引き金を絞る。
 彼は、血と脳漿をまき散らしながら倒れた。
――ごめんなさい。

「な――うが!」

 さらに彼らとの距離を詰める。
 二度、三度。
 わたしの手にした銃から弾が放たれる度に、人が倒れていく。
 距離を詰められたうえ、仲間が次々に殺されていくせいか、隊列が乱れ始めた。
 こうなれば、わたしの得意とする『零の距離』に持ち込むのは容易い。 
 引き金を引かれる前に、銃を持つ手を払い弾道を逸らす。
 そして、相手の銃の間合いの内側に潜り込み、ほぼ密着した状態で弾を放つ。
 わたしは、返り血を浴びるのもお構いなしに人を殺め続ける。 
 撃たれると痛いのかな。
 痛みを感じる間もなく、即死だったらいいのだけれど。
 
「ごめんなさい」
  
 謝っても謝っても、私の罪は消えることがないというのに。
 ごめんなさい、の言葉が自然と溢れる。
 もし、神様が居るのなら。
 自分の死を否定する為に他人の生を貪る、わがままなわたしを許してください。
 天国には行けなくても良いです。
 でもせめて。 
 
「うろたえるな! 相手は一人だ――」
 
――この人達を、天国に送ってあげてください。
 そう祈りながら、わたしは人差し指に力を入れる。
 鳴り続ける銃声に、わたしの想いがかきけされないように。

 そして、15人目を殺し終えた時、わたしの銃のスライドが後退したままで止まった。 
 弾切れだ。
 生憎、予備の弾倉は持ち合わせていない。
 一応、相手も手練れの暗殺者。
 銃の種類や装弾数などは把握しているだろう。
 予想通り、ここぞとばかりに弾の嵐を浴びせかけてきた。
 体を翻し、今殺した男を盾にしてそれを防ぐ。
 弾切れの銃を捨て、代わりに落ちていた銃――わたしが殺した相手が持っていたサブマシンガン――を拾った。
 盾にしている男の脇から銃口を出し、弾を放つ。
 ハンドガンとは異なった、連続した衝撃が腕を伝った。

「っ……」

 銃の反動。
 炸裂音と、薬莢が落ちる甲高い金属音。
 散る血しぶき。
 断末魔。
 そんなのはもう、見たくも聞きたくも、感じたくもないのに。
 その想いとは逆に、わたしの血が騒いでしまう。
 やはりわたしは、人を殺すためだけに生まれてきた、化け物なのかな。
 違う。
 わたしは、人間……
 ――オ前ハ、ニンゲン?
 人を殺して、血が騒ぐようなわたしが?
 ――オ前ハ、ニンゲンナンカジャナイ。
 わたしは何者なの?
 ――オ前ハ、怪物ジャナイノカ?
 わたしは、怪物……
 ――ソウダ。
 ……違う。
 ――違ワナイ。
 違う。
 ――何ヲ言ッテイル。
 違うっ。
 ――オ前ハ

「違うっ!!」

 気が付けば。
 目を見開いて力なくへたり込む男。
 と、それに銃を向けて立っているわたし。
 先程まで絶え間なく続いていた銃声は、もう聞こえなくなっていた。
 累々と横たわる死体を見ると、生き残っているのは目の前の男だけなのだと予測がついた。

「た、助、けて、くれ」

 かすれた声で、男が言った。

「わたしの命を狙ってたのに、今度は命乞い……?」
「ひっ」

 男は、狼狽しきった表情を浮かべる。 
 別にすごんだつもりはないのに。

「……」 

 静寂を切り裂いて、遠くから警察車両のサイレンが聞こえてきた。
 誰か、この騒ぎに気付いてくれたのだろうか。
 けたたましく銃声が鳴り響いているのだから、気付かないはずはないのだけれど。
 早く騒動が終わって欲しくて、警察に通報してくれたのかもしれない。
 もっとも、スラム街で起こる殺人事件になんて、警察はあまり関与してくれない。
 せいぜい、死体を片付けてくれるぐらいだ。 
 今回も、勢力同士の抗争と言う形で何事もなく処理されるのかな。

「いいよ……行って」

 わたしの言葉に、男の表情が少しだけ緩んだように見えた。
 
「行って、伝えて」

 男は、完全に戦意を喪失している。
 もうわたしに害をなすことはないだろう。
 銃を持つ手の力を緩め。
 わたしの手から離れたそれは、硬質な金属音と共に地面に叩き付けられた。   

「え……?」
「そっとしておいて」

 それは、わたしの唯一の願い。
  
「そう、伝えて」 

 わたしの頬を熱い雫が伝う。 
 なぜか、胸の奥が痛んだ。     

「お願い」

 男に背を向けると、死体の海を歩き出す。
 
――みぃ。

 脇に抱いたままの仔猫が、鳴いた。


――わたしは、立派な屋敷の庭園を眺めていた。
 悠然と、鮮やかに萌える緑。
 清らかに流れる蒼。

 そして、わたしの隣には。
 長い髪を微風になびかせる美しい女性。
 歳は――わたしより五つ上だったか。
 魅力的で、知的で、表情豊かで。
 わたしとは住んでいる世界が違うということを、必要以上に感じてしまう。

「優衣?」

 穏やかで、透き通るような美しい声。

「あ、はい」
「ちょっと、こっちにおいで」

 繊細で、眩しすぎる笑顔。

「え、あ」
「ふふ、後ろ向いて」
「……?」
 
 言われるままに。

「ひゃっ!」

 背筋を撫でられるような感覚に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 恥ずかしい。

「なっ、なに――」
「ほら、じっとして」

 彼女は、私の髪を優しく撫でる。
 手にしているのは――櫛?
 
「綺麗な髪なのに、手入れをしないともったいないよ」

 そう言うと、肩の上まで伸びるわたしの髪を、まんべんなく、そして丁寧に櫛で梳かし始める。
 最初はくすぐったかったが、途中からは心地よさに変わった。
 一通り梳かし終えると、今度は輪になったヒモのような物を取り出す。
 そして、慣れた手つきでわたしの髪を束ね始めた。
 
「ほら、可愛くなった!」

 手鏡をこちらに向ける。
 鏡に映ったわたしは。

「……むぅ」

 綺麗に整い、右側頭部で束ねられた髪。 
 わたしってこんな顔だったっけ、と疑いたくなった。
 けど、悪い気はしない。
  
 笑顔が嬉しかった。
 優しさが嬉しかった。
 温もりが嬉しかった。

 こんな時、なんて言えばいいんだろう。
 
「さて、可愛くなったことだし……出かけましょうか」

 何をすればいいんだろう。

「優衣?」

 何を――

「あ……」
「ん? どうしたの?」
「う……」 

 そうだ。

「ありがとう」

 この言葉だ。
 ようやく絞り出したわたしの言葉に、彼女は笑った。
 
――忘れそうになる。
 わたしの任務はこの家に潜入し、政治がらみの資料を奪取する。
 詳しいことなど何一つ分からないが、それがわたしに課せられた命。
 そして、彼女を消すことも。

 わたしに、この人を殺すことなど出来るのだろうか。
 いや、殺さなければならない。
 それこそが、全て。
 それこそが、わたしの生きる意義。
 けれど。
 
「どういたしまして」

 この人は、それ以上の何かをわたしに教えてくれた。
 無償の優しさを。
 自然を慈しむ心を。
 人を愛することを。

「ふふ、優衣の瞳ってとっても綺麗だね」
 
 人を殺めること以外に、存在する意味を教えてくれた。
 そんな人を、わたしは殺せるのだろうか。
 わたしは――

 
  

     Steel Rain -2-




「……」

 朝の眩い日差しに、目を覚ます。
 しかしそれは、気持ちの良いものではなく。

「また……」

 びっしょりと汗をかいた体と、それに濡らされた衣服。
 髪は頬や額に張り付き、なんとも不快だ。 
 
 三年前、わたしの全てを変えることになった出来事の夢。
 とある政治家の秘密を盗み出すという任務に就いたときのこと。
 わたしは、その政治家の娘の付き人として潜入していた。
 任務の内容自体はさほど難しいものではなかったけれど。
 閉鎖された世界で育ち、人を殺すことを全てとしてきたわたしにとって、彼女の存在はあまりにも異質すぎた。
 快くわたしを受け入れてくれ、実の妹のように可愛がってくれた。 
 誰にも愛されたことのなかったわたしは、彼女の愛情に衝撃を受けたのだろうか。
 少なくとも、今までのわたしの存在、わたしの心を揺り動かすには十分すぎた。
 結局、彼女を殺すことは出来なかった――いや、殺したくなかった。
 
 その後、新たに送られてきた暗殺者に殺されてしまったが……
 
「シャワー……あびなきゃ」

 部屋を見渡す。
 白い壁に、小さな丸い机。
 教科書が並べられている背の低い本棚、衣服が詰まった箪笥。
 簡素な台所と、今わたしが居るベッド。
 冷蔵庫は小型のものがある。
 そして昨日拾った仔猫が、毛布の上ですやすやと眠っていた。
 
 時計を見ると、針は10時を指し示している。
 そういえば今日は、ちいちゃんや梨花と買い物に行く約束をしていた。
 待ち合わせは11時。
 少し急がないと間に合わない。
 ふらふらと脱衣所まで歩いて行き、汗で湿った衣服や下着を脱ぎ捨てる。
 バスルームに入り、蛇口を捻ると勢いよく水が出始めた。
 最初は冷たかったが、次第に適温へと変化していく。

「っ……はぁ」
 
 暖かい雫が体を伝う。
 
――どうして。

 どうしてあのとき、彼女を助けることが出来なかったのだろう。
 わたしの目の前で死んでいった、彼女を助けることが。
 わたしがもっと早く気付いていれば、あるいは――
 後悔と自責の念に押しつぶされそうになる。
 
 いけない。
 考え出すときりがない。
 今は、体を伝う心地よい感覚に身を任せていよう。

 
 

     □2□




 適当に身支度をすまし、玄関のドアを開け――
 
「おぉ?」
「あ」

 開けたところでばったり、一人の男性と出くわした。

「……信司さん」
「やぁ、優衣ちゃん。お出かけかい?」

 この人は、わたしに衣食住を提供してくれている人。
 といっても、わたしだけじゃなく、この区域にいる親の居ない子ども全員の面倒を見ていたりする。
 よほどの資産家なのだろうか。
 何にせよ、善意でそのようなことを行っているのは明かだった。

「はい。友達と買い物に行きます」
「そうかい。じゃぁ……」
   
 歳は50前後だろうか。
 しわを蓄えたその顔からは、人の良さがにじみ出ていた。
 同時に、優しげな目には力強い光が宿っている。
 普段なら扉を開ける前に人の気配に気付くが、この人だけは気配を感じることが出来ない。
 その結果、さっきみたいにばったりと出くわしてしまうのだ。
 この人の過去には、きっと何かがあるのだと思った。
 詮索するつもりはないが。

「はい、来月のお小遣い」 

 と言って差し出されたのは、数枚の紙幣。

「あ……ありがとうございます」
「いえいえ」
 
 信司さんは、顔をくしゃくしゃにして笑った。
 
「さ、もう行かないとお友達との約束に遅れるぞ?」
「ん……そうですね」
「気をつけて」
「はい、ありがとうございました」

 わたしは信司さんに一度、頭を下げると、踵を返して駆け出した。
 待ち合わせには間に合うだろうか。
 結構ぎりぎりな気がする。

 駆け足で、待ち合わせの場所へと急ぐ道中。
 昨日わたしが戦った場所を通る。
 生々しく破壊の痕や血痕は残っていたが、死体は全て片づけられていた。
 騒ぎはおろか、立ち入り禁止にもなっていない事から、警察機構の無関心さが分かる。
 無関心というよりは、厄介事に巻き込まれたくないのだろう。
 裏社会には様々な勢力があるし、その一つ一つに対応していては多大な被害がでるだろう。
 そう考えれば仕方のないことかもしれないのだけれど。
 弱い者に物には強く、強い者には弱いという姿勢が気にくわなかった。

 あれこれと考えているうちに、待ち合わせの場所が見えてくる。
 パン屋『クレール』の看板の前に、ちいちゃんが居た。
 梨花はまだ来てないのだろうか。

「あ、来た来たぁ、やっほー!」
 
 わたしの姿を発見したちいちゃんが、笑顔で手を振っている。
 間延びした声が、明るく響き渡った。

「ごめん、待った?」
「ううん、今来たとこー」

 ガラス越しに『クレール』の店内にある時計を見る。
 11時5分。
 案の定ちょっと遅刻をしてしまった。

「ねー、梨花みなかった?」
「来てないみたいだね」

 ちいちゃんも同じ事を思っていたのだろう。
 いつも待ち合わせの10分前には到着している梨花が、遅れているとは。 

「んー、なにか用事でもあったのかなー?」
「そうだね」
「電話もしたんだけど、出なくてさー」

 そう言って、手にした携帯電話をいじり始める。
 わたしは携帯電話を持っていないから、ちょっとうらやましかったり。

「パンでも食べながら待とっか?」
「うん」

 そう言えば朝から何も食べていない。
 おまけに、この『クレール』のパンは安い上、絶品だ。
 特に生クリームロール。 
 わたし達は、いまどき珍しい手動の扉を開けて店の中に入った。

「んー、良い匂いー」

 ちいちゃんがうっとりした顔をする。
 確かにパンの焼ける、香ばしく良い香りが店内に漂っていた。
 お目当ての生クリームロールは――

「あ、最後の一個だよ! ゆいちーの好きなアレ!」

 店内には三人の客がいる。
 彼らの手に渡る前に、生クリームロールはゲットしなければならない。
 最速でトングとプレートを手にし、所定の場所へ急ぐ。
 が。

「あああっ!」

 ちいちゃんが背後で叫ぶ。
 一人の男性客が、今まさに生クリームロールをトングで挟もうとしているのだ。
 これを奪われてはまずい。

「んっ!」

 気合いと共に、男性客と生クリームロールの間に割ってはいる。
 肩と腰を入れた、完璧なブロック。 
 男性客は驚いているようだが、そんなことは構わない。
 今はただ、生クリームロール――
 
「やったぁ!」

 ちいちゃんは笑顔で、プレートに生クリームロールを乗せたわたしを迎えてくれた。
 わたしに生クリームロールを奪われた男性客は、怪訝そうな顔でこちらを見ている。
 ごめんね、と心の中だけで謝っておくことにした。 
 あとは適当にパンを買って、店を出る。
 時刻を確認すると、時計の針は11時15分を指していた。
 だが、梨花はまだ来てない。
 
「遅いねぇー?」
「ううん……あの梨花が連絡も無しに遅れるなんて」

 とりあえず、今買ったばかりのパンを食べながら梨花を待つことにした。
 最初に食べるのは、もちろん生クリームロール。
 紙袋からそれを取り出すと、おもむろに半分に割った。
 
「……え?」
 
 ちいちゃんが、自分のほうに差し出された生クリームロールを見て、戸惑いの声を上げる。

「ちいちゃんも好きだったでしょ、これ」
「う、うん……けどー」
「はんぶんこ」

 最近、やっと笑えるようになってきた。
 
「……うん、ありがと!」

 ちいちゃんが、わたしが差し出した生クリームロールを手に取った。 
 そして、お互い顔を見合わせる。

「えへへー」
「ふふ」

 こういうときには、自然と笑顔になることができる。
 普通のことなのに。
 普通のことが嬉しかった。

「いっただっきまーすー」

 二人同時に、生クリームロールを頬張った。
 口の中に広がる上品な甘さに、頬が落ちそうになる。

「おいしいねー」
「うん、おいしい」

 パンで空腹を満たしながら、梨花を待った。
 だが。

――10分。

 もうパンは無くなっていた。
 
――20分。

 ちいちゃんと他愛のない会話を続ける。

――30分。

 それでも、梨花は来ない。

「梨花、来ないね」
「うーん……」

 いくら何でも遅すぎる。

「ねー、家まで行ってみよっかー?」
「……うん、そうだね」

 親の手伝いをさせられているとか。
 急に重い病気にでもなって寝込んでいるとか。
 いろいろな原因が考えられる。

「ほんと、どうしたのかなぁー」




     □3□




「梨花ー? 梨花ぁー?」
 
 梨花の家は、ごく普通のこぢんまりとした家。
 青い屋根と白い壁は、本人同様、清潔感が漂っていた。

「梨花ぁ、居ないのー?」
 
 ちいちゃんが、チャイムを鳴らしながら梨花の名前を呼ぶ。
 返事は聞こえてこない。

「居ない……ね」
「うーん、みたいだねー」
「どうしようか」

 さすがに、心配になってきた。
 待ち合わせには来ない、家には不在。
 なら一体梨花はどこに行ったのだろう。

「い、入れ違いになっちゃったのかなー?」

 その可能性もある。
 しかし、几帳面な梨花なら連絡の一本ぐらい入れるはずだ。
 
「もう一度、『クレール』の前に行ってみる?」
「うー……そうしようかー」

 ちいちゃんの顔には、不安が色濃く浮かんでいる。
 しかし、このまま待っていてもらちがあかない。
 わたし達は、梨花の家を後にしようとした。
――とき。 

「あ、梨花?」

 がちゃりと音を立てて、玄関のドアが開いた。
 そしてその間から、梨花が顔を覗かせる。

「良かったー、連絡くれないから心配したんだよー?」

 ちいちゃんは、安堵の表情を浮かべて梨花のほうへと歩いていく。
 しかし、わたしはどこか違和感を覚えた。
 
「体調でも悪いのー?」

 何だろう。
 何か違う。 
 何か――

「病気ならそう行ってくれれば――」

 気が付けば、わたしはちいちゃんを突き飛ばしていた。
 玄関の脇にある芝生に、声もなく倒れ伏すちいちゃんとわたし。
 ほぼ同時に、玄関の扉が派手に吹き飛んだ。
 木製の扉の破片が、がらがらと音を立てて散乱する。

「え、な、なに? なに!?」

 これは――

「梨花……」

 違う。
 梨花の姿をした『何か』は、扉のない玄関からわたし達を見下ろしている。

「お久しぶりですね、優衣さん」

 そして、どこかで聞き覚えのある男の声。
 
「あなたが組織を抜けてから三年になりますか」

 佇む梨花の背後から、声の主がゆっくりと姿を現した。
 眼鏡をかけ、不敵な笑みを浮かべるその男は。

「狂犬――か」
「おっと、その名前は物騒だから嫌いなんですが」
「黙れ」

 ちいちゃんを庇うように立ち上がり、男を睨みつける。
 狂犬というのは、この男の通称だ。
 知的な外見とは逆に、冷徹で残酷な殺し方をすることから、その名前がついた。
 
「梨花に……梨花に何をした」
「まぁ、そう怖い目をしないでくださいよ」
「答えろ!!」

 わたしの背後で、ちいちゃんが怯えているのが分かった。
 怒りを顕わにするわたしを初めて見たからなのか。 
 それとも、この異質な状況故になのか。
 
「おっかないなぁ……お友達には、新開発のお薬を試してもらったのですよ」 
「薬……?」
「そう、効果は――」

 ぞく、と。
 全身の身の毛が逆立つような感覚。
 
「ふぁっ!」

 何が起こったか、全く理解できなかった。
 なぜか、わたしの体が宙を舞っている。
 意識が一瞬遠のき、受け身も取れないまま芝生に叩き付けられた。
 肺の空気が全て溢れ、呼吸ができない――

「全身の筋骨、感覚全てを飛躍的に発達させることができる」

 なんとか上体を起こし、霞む視界で前を見る。
 座ったまま震えているちいちゃんの背中。
 そしてその向こうには、梨花が拳を前に突き出していた。
 今、わたしは梨花に殴られたのだろうか。

「しかし、このお薬には問題がありましてね」 

 男は、中指で眼鏡をくいと上げる。

「今の段階では、完全に理性を失ってしまうのですよ」
「な、に……?」
「ふふ、目の前の人間を殺し続ける殺人マシンになってしまうのです。死ぬまでね」
 
 梨花の顔に生気はなく、その瞳は死人のように濁っていた。

「そんなこんなで、まだ実用段階じゃないのですがね。今回は特別にプレゼントしました」
「ふざ、けるな……っ!」
「お友達がこんなになって悲しいですか? 辛いですか?」

 どうしてこんな事を。
 梨花が何をした――

「貴方のせいですよ」

 わたしの、せい?

「貴方が情に流されて、組織に刃向かうからですよ」

 わたしのせいで、梨花がこんな。

「貴方さえ居なければ、この娘は幸せに暮らせたというのに……哀れな話です」

 そんな。

「私はこの辺で失礼しますよ。戦いに巻き込まれると、私の身も危ないのでね」

 わたしが――

「それでは。生きていればまたお会いしましょう」

 去っていく男を罵る声も、引き留める声もでなかった。

「嘘……嘘だよね?」

 ちいちゃんの声が聞こえてくる。

「あたし、何がなんだかわかんないよ」

 その声は、震えていて。  

「お願い、何とか言って……」

 ちいちゃんの言葉に応えるかのように、梨花が歩き出した。
 しかしそれは、友達のもとへ向かうような足取りではなく。

「嘘って言ってよ! 梨花ぁ!」

 ちいちゃんの悲痛な叫び声が、わたしの体を動かした。
 跳ねるように起きあがると、ひねりを加えた回し蹴りを梨花の頸椎に向けて放つ。
 しかし、左手であっさりと止められてしまった。
 足を掴まれる前に着地。
 
「っ!?」

 したつもりだったが。
 わたしの足が地面につくより早く、梨花の拳がわたしの脇腹に刺さっていた。
 当たりは浅い。
 痛みと苦しさを堪え、梨花の腕を伝うように間合いの中へ潜り込むと、鳩尾に肘を叩き込む。
 鈍い手応え。
 確実に急所に入った。
 しかし、次の瞬間。
 梨花の両手が、わたしの首をがっしりと掴んだ。
 そしてそのまま、両腕を上にあげる。

「梨花! やめて!」

 宙づりになる、わたしの体。
 どうにか振りほどこうともがくが、梨花の手に徐々に力が入っていくのが分かった。
 喉がつぶれるのが先か、首の骨が折れるのが先か。
 わたしが死んでいればこんなことにならなかったのかな。
 わたしが死ねば――

「お願い……梨花ぁ!」 

 いや、わたしがここで死ねば、ちいちゃんの身が危ない。
 あの男の話が本当なら、その後も梨花は見境無く人を殺し続けるのだろう。
 わたしは宙づりになったまま、渾身の力を込めて両足を梨花の首に巻き付けた。
 そして、全体重を左に傾ける。
 バランスを失った梨花は、よろめきながら芝生の上に倒れこんだ。
 梨花の手から解放されたわたしは、受け身を取って間合いを空ける。
 いや、確かに間合いを空けたはずなのに。
 いつの間にか、片膝を着くわたしの前で、組んだ両手を振り上げている梨花。
 限界だ。
 これ以上徒手空拳では太刀打ちできない。

「っ!」

 横に飛び退き、振り下ろされる梨花の手をかわす。
 ズボンの裾をたぐり、仕込んだ銃を抜いた。
 そして梨花の肩口に向けて、引き金を引く。

「いやああぁ!」
 
 甲高く鳴り響いた銃声に、ちいちゃんが悲鳴を上げた。
 しかし、銃弾は梨花に命中しなかった。
 と言うよりは――かわされた。
 身体能力だけではなく、感覚器官まで鋭くなっているのか。
 わたしが相手の一挙手一投足を読むのと同じく、梨花もまたわたしの動きを読んでいるのだろう。
 今持っている銃の装弾数は、2発。
 そして、残段数は1発。
 次外せば、わたしに勝ち目は無い。
 そんなわたしの焦りなど意にも介さず、梨花が拳を振るう。
 
「もう、やだよ!!」

 ちいちゃんが、今まで以上に強く叫んだ。 
 その想いが届いたのか――どうかは分からないが、梨花の動きが止まる。

「なんで……なんで二人が……」

 一瞬。

「一緒の高校に行くって、約束したじゃない」

 ほんの一瞬。

「ずっと友達だって、言ったじゃない……」

 梨花の目に生気が戻ったような気がした。
  
「なのに、なのになんで……」

 梨花の体が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
 
「なんでこんなこと……」

 原因は、わたし。
 わたしが、この世に存在しているから。
 そんなこと分かってる。
 だけど――

「殺……して」

 梨花が喉の奥から声を絞り出した。
 苦しそうな声だったが、それは確かに梨花のものだった。 

「お願、い……苦し……」
「梨花……」

 わたしは、言葉が出なかった。
 
「ごめん、ね。ちいちゃ……優衣」

 涙を流して、死を乞う梨花に。
 ただ、黙って銃を構えることしか出来なかった。

「嘘……やだよ!」
「私が、私じゃなくなる、前、に……」
「梨花! 梨花ぁあ!」

 人に銃を向けるのに、手が震えたことなんて無かったのに。
 
「ごめ、んね……」
「優衣! やめてよ! ねぇっ!!」

 今は、震えが止まらなくて。  
 
「わたし達、ず、と……友達だ。よ」

 そう言って笑う梨花の顔は、わたしの知っている梨花の笑顔だった。
 わたしは、人差し指に力を込める。
 乾いた音と共に、血しぶきが舞った。

「――――」

 梨花は、地に伏す間際。
 わたしの聞き間違いじゃなければ。
――ありがとう。
 そう言っていた。 


◇◇◇

 
「ひ、人殺し」

 芝生の上にへたり込んだままのちいちゃんが発した言葉。 

「こないで……っ」

 彼女の目に、わたしはどう映っているのだろう。
 親友を殺した、残忍なヒトゴロシに見えているのだろうか。
 
「わたしは……人殺し」
 
 そう思われても仕方のないことかもしれない。

「生まれたときから、人を殺す術だけを教えられて育てられた生粋のヒトゴロシ」    

 ふと、昨日の事を思い出す。
 化け物と呼ばれたことを。

「騙してたの……あたし達を」

 他人に化け物と呼ばれようが、構わない。

「ごめんね」
「ひどいよ……」
「ごめんね……」
 
 今はただ、親友に敵意の眼差しを向けられていることが、何よりもつらかった。

「っく……ごめん、ね、っ」

 親友を殺してしまったことが、悲しかった。

「ぇっ……っく、ごめん、っね……」

 ただ、ひたすら、悲しかった。

「わたし、っ……わたしっ」

 もう、涙しか出なかった。
 何もかもが、悲しすぎた。
 自分のせいで招いた結果だとしても。
 それを受け入れるだけの器はなかった。
 
 気が付けば、走り出していた。
 梨花の家を飛び出し。
 真っ直ぐ走り。
 『クレール』の曲がり角をまがって。
 路地裏を駆け抜ける。
 いつの間にか降り出した雨が、髪を、頬を、全てを濡らしていく。
 自分の部屋にたどり着き、濡れた体のままベッドに潜り込んだ。
  
 わたしなんかに、友達を作る資格なんてないのかな。
 わたしなんかが、この世で生きる資格なんてないのかな。
 わたしなんかが――

 自分が生きている意味が分からなかった。
 他人の命を奪ってまで生きる価値があるのか分からなかった。
 こんなに胸が苦しいなら、死んだ方がましなんじゃないかと思った。
 
 毛布にくるまったわたしの頬に、柔らかいものが触れる。
 まだ、名前も決めていない仔猫が、目を細めてわたしの頬に寄り添ってきた。
 慰めてくれているのだろうか。
 その小さなからだを、優しく抱きしめた。
 微かな温もりと、頼りない鼓動を感じる。
 だが、その温もりが心地よかった。
 小さな鼓動が、壊れそうなわたしの心を支えてくれる気がした。
 今はただ、その小さな存在に寄りかかって――




     □4□




 目を開けると。
 窓から、街灯の薄明かりが差し込んでいた。
 時計の針は8時を指している。
 暗さからして、夜の8時なのだろう。
  
 それにしても、酷い疲労感だ。
 喉はカラカラに張り付き、瞼は重くて。
 酷い顔してるんだろうな。
 雨で濡れたままの衣服は、生乾き状態になっていてかなり不快だ。
  
 ふと気付けば、わたしの腕の中にいるはずの仔猫が見あたらなかった。 
 しかし、鳴き声はどこからともなく聞こえてくる。
 その鳴き声は、わたしに何かを伝えんとしているようにも聞こえた。
 仔猫の姿を探そうと、薄明かりの中を見渡す。
 気配を辿るほどの精神力は残っていなかったが。

「どこにいるの……?」 

 仔猫は、わたしの言葉に応えるかのように、さらに声を大きくして鳴き始めた。
 みいみい、みいみい、と。
 暗闇にも目が慣れ、ようやく仔猫の姿を確認する。
 仔猫は玄関にいた。
 玄関の扉に向かって、なおも鳴き続ける。
 まるで、その扉の先に誰かが居るかのように。

 ベッドから起きあがると、ふらつきながらも玄関のほうへ足を運ぶ。
 こんな時間に、誰だろう。
 新手の暗殺者かもしれないが、それはそれで構わない。
 別に、もう死んでもいい。
 わたしなんて――

「……ちい、ちゃん?」

 扉を開けた先には、泣きそうな顔のちいちゃんが立っていた。
 この辺りは治安も悪いというのに、こんな時間に一人で来たのだろうか。
 昼間降っていた雨は、雪に変わっていて。
 ちいちゃんの肩や髪には、うっすらと白い雪が積もっている。
 かなり前から玄関先で立っていたのかな。

「……ごめん」

 今のはわたしが謝ったんじゃない。
 ちいちゃんの口から溢れた謝罪の言葉。

「ごめんね……!」
 
 その大きな眼から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
 
「ごめん、ごめんね! あたし、どうにかしてた!」 

 ちいちゃんが、抱きついてくる。 
 横で束ねた髪がわたしの頬を。
 ほのかな香りがわたしの鼻腔をくすぐった。

「わたしを助けてくれたんだよね……梨花を助けてあげたんだよね……」

 ちいちゃんは、嗚咽混じりに話を続ける。

「なのにあたし……あたし! 酷いこと言って……!」
「ちいちゃん……」 
「ごめんね……ごめんね」

 ちいちゃんは悪くないのに。
 悪いのは全部わたしなのに。

「でも、わたしは人殺しで――」
「違うの!」

 わたしの背中に回された腕が、さらに力を帯びる。

「何があっても、優衣は優衣だよ……!」

 わたしは、わたし?

「あたしの親友の、優衣だよ!」

 親友――

「何にも代えられない、大切な人だよ!」

 大切な人――

「絶対に、変わることなく……」

 ちいちゃんの言葉一つ一つが、わたしの胸を貫いた。

「だからっ……だから!」

 わたしの眼にも、熱い雫が溢れてくるのが分かった。

「優衣があたしを許せなくても……あたしは優衣のこと――」
「ちいちゃん」

 ちいちゃんの細い背中に腕を回して、力を入れる。
  
「……ありがとう」

 生きる意味が、見つかった。

「ちいちゃんと出会えて、本当に良かった」

 わたしのことを想ってくれる人が居る。
 
「優衣ぃ……」

 わたしが想う人が居る。

「ちいちゃんが、わたしのことを許してくれるなら」

 それだけで生きていける気がした。

「もう一度、あの名前で呼んでほしいな」

 それを守るためなら、どんな罪を背負ってもいい。

「うん……」

 わたしは戦おう。 

「ごめんね……ゆいちー」

 たとえそれが、わたしのわがままだとしても。
 もう、大切なものを無くさないように。

「ありがとう」

――鉄の雨を、降らせよう。


――わたしは、立派な屋敷の庭園の中にいた。
 悠然と、鮮やかに萌える緑。
 清らかに流れる蒼。
 わたしの腕の中には、胸から血を流してぐったりとしている女性。
 そして、わたしが殺した、二人の暗殺者の死体が転がっている。

「ごめんなさい……ごめんなさいぃ……」

 全てわたしのせいなんだ。
 わたしが、気付くのが遅かったから。
 もっと早く、ここを逃げ出していれば。
 わたしがあと少し強ければ、彼女はこんな事にならなくて済んだ。
 全てはわたしのせいなのに。
 なのにどうして、彼女はわたしに微笑みを向けることができるのだろう。
 
「いいんだよ……何となく、分かってたんだ」  
  
 わたしが、組織から送られた暗殺者と知りながら、なぜ――

「もう、謝らないで」

 苦しいはずなのに、必死で笑顔を作ろうとしている。
 わたしはただ、涙を零すことしか出来ないのに。 

「どうか、自分を責めないでね……」

 彼女は、急所を弾丸に貫かれていた。
 もう、長くは持たない。

「自分を責めても……今までの事は拭えないから」

 そうだ。
 わたしが人を殺め続けてきた罪は消えない。

「なら、前を向いて生きていけばいい」

――それでも。 
 
「これからは……人を愛して、愛されて」

――       

「素敵な人生になるといいね」 

    


     Steel Rain -3-




 窓から差し込む、人工の灯が部屋を照らし出ていた。 
 薄闇の中、箪笥の最下段を開け放つ。
 そこには、わたしの服が敷き詰められているが、それを全て外に出した。
 服の層の下には、鈍く光る鉄の塊と空の弾倉が四つ。
 白い紙箱の中には、金色の薬莢に黒い弾頭をつけた実弾が50発、並べられている。
 そして、それが二箱あった。
 .22LRと書いてあるのは、22口径という意味だろうか。
 装弾数は、弾倉一つにつき15発だから、合計60発。
  
 わたしには、銃の種類や型なんかの知識はほとんどない。
 今、手元にある銃についても、名前すら知らなかった。
 銃なんて、軽くて撃ちやすければ何でもいい。
 
 手早く、弾倉に銃弾を詰めていく。
 その作業を、仔猫が不思議そうな顔で見つめていた。
 そういえばこの子にはまだ名前が無い。
 何かいい名前をつけてあげよう。
 手は休めることなく、思考を別の所へ持って行く。 

「……タマ?」

 だめだ、なんてありきたりな名前なんだろう。

「ごめんね。帰ってきたら名前付けてあげるからね」

 ごろごろと、喉を鳴らしてすり寄ってくる仔猫の頭を撫でてやる。
 約束したはいいが、帰ってこれるかどうか分からなかった。
 これから、わたし一人で組織との決着を付けに行く。

 銃弾で満たされた弾倉を、銃の柄に押し込む。
 ボルトを後ろへ引いて手を離すと、勢いよく弾が装填された。
 銃はズボンに、弾倉はポケットへ入れる。
 そして、仔猫を抱き上げると玄関へ向かった。 
 扉を開けると、冷たい空気が肌を刺した。
 ジーンズとトレーナーじゃ、少し寒いかな。
 雪が降っているせいか、夜だというのに妙に明るかった。

「行ってくるよ」

 古着が敷き詰められた段ボールの中に、そっと仔猫を置いた。
 出入りが出来るように切り欠きを入れている。
 薄い皿にミルクと、細かく千切ったウインナー。

「もし、わたしが帰ってこなかったら……」

 いや、そんなことを考えるのはよそう。
 軽く頭を振り、弱い考えを捨てる。
 
「ううん、帰ってくるまで待っててね」
 
 帰ってきたら。
 梨花のお墓参りに行こう。
 梨花も好きだった『クレール』の生クリームロールを持って。
 仔猫にも名前を付けなきゃ。
 センスの無い名前しか考えられないかもしれないけど。
 ちいちゃんと買い物に行きたいな。
 服を買って、美味しい物を食べて。
 同じ高校にも行けるといいな。

――わたしは、帰ってこよう。
 
 仔猫に背を向けると、意を決して最初の一歩を踏み出した。
 



     □2□




 そこは一見すると、広大な工業施設のようだった。
 巨大なタンクがあったり、パイプが張り巡らされていたり、高い煙突があったりと、何かの工場に見える。
 しかし、それは組織の存在をカモフラージュする為のもの。
 その中に49階建てのビルがあるが、そここそが組織の総本山だ。
 そして、わたしが生まれ育った場所でもあった。
 
 かといって、施設全てを把握しているわけではない。
 任務で外出する際は、車に乗せられていたから。
 だが、強固なセキュリティーや多数配属されたガードなどに守られる、難攻な場所であることはよく知っていた。
 こそこそ隠れ回ることはできない。
 ならば、堂々と突破してやる。

 わたしは、駐車場へと続くゲートに歩を進めた。 
 守衛室があって、その隣には車を遮るバーが降りている。
 守衛は二人。
 見た目は普通の守衛といった感じだが、見えないところに武器を隠し持っているはずだ。
 少し進むと、二人の守衛と目が合った。
 
「おいお嬢ちゃん、ここは遊び場じゃないぞ」

 守衛室から上半身を乗り出して、わたしに警告を送ってくる。

「分かってる」
「ちょ! 何だこのガキ!」

 その警告を無視して、守衛室の横を通り過ぎようとしたとき。

「お、おい! こいつは!」

 守衛の一人がわたしの正体に気付き、慌てて武器を探すような素振りを見せた。
 だが、遅い。
 彼らが武器を手にする前に、わたしの銃が額を捉えていた。

「死にたくなければ、通して」
「あ……」 

 彼らは、既に戦意を喪失していた。
 このまま通り過ぎれば、警報機を作動させられるかもしれない。
 だが、遅かれ早かれ、わたしの存在を確認した暗殺者達が押し寄せてくるだろう。
 守衛に突きつけた銃を下ろし、バーを潜って敷地の中へと入った。
 三年ぶりに足を踏み入れる土地だったが、懐かしさなんかは感じない。
 目指すは、空を切り裂いて高くそびえ立つ建物。
 
 守衛室を過ぎて直進すると、巨大なタンクに突き当たる。
 ここを左に行くと、駐車場。
 右に行けば、ビルへと続く道。
 当然、右へ行くしかないのだが。
 一つ、大きく深呼吸をしてから、足を踏み出した。
 そして、守衛室が見えなくなった瞬間――

「……やっぱりね」

 けたたましい警報音が、鳴り響く。
 この警報音は、警戒レベルAクラスの音だ。
 ここにいた頃は、よく警報音を耳にしていた。
 大きくなった組織は、それだけ敵も多いのだろう。
 他組織の刺客と戦ったこともあった。

 わたしは、歩みを止めることなく、目を閉じて集中する。
 間もなくして、前方から装備を固めた小隊が慌ただしくやってきた。
 あれはこの前、わたしを襲ったのと同じ類の部隊だ。  
 彼らは連携に優れ、市街や森での戦闘を得意としている。
 
「止まれーっ!!」

 部隊長クラスの男が、声を張り上げた。
 しかし、止まれと言われて止まれる訳はない。
 前進を止めないわたしに、全員の銃口が向けられた。

「無駄ですよ」

 鳴り続ける警報音と、小隊の息づかいの狭間から聞こえてきたのは、聞き覚えのある男の声。
 その声の主は――

「レンジャークラスのあなた達が、ビショップクラスの彼女に勝てるはずはありませんよ」

 長い髪に、つり上がった眼鏡。
 全身に革製のスーツを着込んでいるそれは。
 狂犬――マッドドッグ――と呼ばれている男。

「パラディンクラスの私ぐらいじゃないと相手にもなりません」  
 
 レンジャーだとかビショップだとかは、組織内での実力のランキングと言ったところ。
 組織のリーダーでもある『マスター』を除けば、ビショップは組織内で最上級位となる。
 そして、その一つ下位にパラディンが位置していた。
 
「は、しかし」
「まぁ、この場は私に任せたまえ。君も命が惜しいだろう?」

 男は、ずい、と前に出ると小隊を後ろへ下がらせた。

「狂犬……」
「だから、その名前で呼ぶのは止めてほしいな」

 不敵な笑みを浮かべながら、髪をかき上げる。
 その仕草は、わたしの神経を必要以上に逆なでした。

「こうしてここにいるということは、彼女を殺してしまったようですね」

 ここで冷静さを欠いてはいけないのは分かっていた。

「くくく、絶望に身を堕としたかと思っていましたが」  
「どうして梨花を……」

 強い敵意を向けて問いつめる。

「近頃、世間を騒がせている失踪事件をご存じですか?」

 当然、知っていた。

「あれはですね、うちの組織が絡んでるんですよ」

 男は、中指で眼鏡を持ち上げる。
 この男の癖なのだが、どうにも神経質そうに見えた。
 
「この間お見せしたと思いますが、我々は身体増強薬を開発していましてね。それには、やはり臨床実験が必要と思いまして」
「それで、罪もない人を拉致していたのか」
「その通りです。ほとんどは急激な変化に耐えられず、数十分も経たないうちに死んでいたのですが」
 
 にやにやと笑いながら話を続ける男に、嫌悪感を隠しきれなかった。
 いや、別に隠す必要はないのだが。

「で、次のテスターにあの娘を選んだのは、貴方に絶望を味わって欲しかったからですよ」

 それだけ?
 それだけのために、梨花を――
   
「丁度、薬を改良したばかりでね。今までのとは違い、効果が持続することが彼女の身をもって証明されました」
「もういい……わかった」

 腹の底から、怒りが沸々とわいてくる。   
 
「最後に聞いておく」   
「なんですか?」
「ここを通せ。そうすれば命は助ける」

 これが、わたしの最後の理性。
 
「おやおや、いつからそんなに慈悲深くなったのですか」
「答えは」
「もちろん”NO”です」
「そうか、なら――」

 目前の男を包む空気が変わる。
 お互いにやる気十分という訳か。   
 
「容赦なく殺れるな!」

 男との距離は、およそ3メートル。
 
 わたしは銃を構える。
 男もホルスターから銃を抜いた。
 そして、乾いた炸裂音が空気を振るわせる。
 しかし、お互いの弾丸はそれぞれの目標に命中することなく、彼方へと消えていった。 
 男の銃はもう一度火を噴くが、わたしは引き金を引くことなくアスファルトを蹴る。
 低い姿勢で、大きく踏み込みながら弾丸を放った。
 男は、それを必要最小限の動きでかわす。
 銃より排出された薬莢が、涼やかな音を立ててアスファルトの上に転がった。
  
 相手の放つ銃弾の発射角やタイミングなど、全ての要素を計算してそれを避ける。
 避けながら、相手の動く方向を先読みして、そこに弾を撃ち込む。
 近接戦闘用のスキルを会得した者同士が戦えば、必然的にその繰り返しになる。
 あとは、どちらの体力、集中力、技術が上か。
 
 わたしは、徐々に相手との距離を詰める。
 男が一歩下がれば、わたしは一歩半踏み込んだ。
 狙うのは、『零の距離』。
 
 初めは余裕の表情を見せていた男の顔に、焦りの色が浮かび始めた。
 確実に間合いを詰めていく。
 そして、わたしの放った銃弾が男の頬を掠めた。
 一瞬。
 そのときに生まれた、ほんの一瞬の隙をついて男の懐へと潜り込む。

「ぐっ!」
 
 男は、わたしを阻止しようと銃を構え直すが、左腕で男の右腕を払いのける。 
 零の距離を取った。
 男の胸と、わたしの右肩が密着する。

「終わりだっ!」

 銃口を下から顎に当てると、引き金を引いた。

――?
  
 が、銃声は響かなかった。
 代わりに聞こえてきたのは、かちり、という小さな金属音だけ。
 銃を見れば、ボルトが後退したままで止まっている。

 弾切れ。

「ふ……ははははは!」

 目前に迫った死に硬直していた男が、堰を切ったように笑い始めた。
 ほんの少しばかり、冷静さを欠いていたのは自覚していたが。
 まさか弾切れにすら気付かないとは。
 
「貴方ともあろうお人が、弾切れなんてなァー! ははははははぁっ!」

 男は左腕を使い、わたしの首をがっちりと固定する。
 懐に潜って、密着していたのが仇になった。
 このままではまずい。
 男は容赦なく、身動きの取れないわたしの頭に、硬い銃口をごりごりと押しつけてきた。

「ははははっ! 死――んがぁ!?」

 渾身の力を込めて、男の――その――えっと、急所、に、膝を入れてやった。
 嫌な感触だ。
  
「ひぎああぁぁあああ!」

 わたしを離し、蹴られた場所を押さえながら、アスファルトの上で悶絶する男。
 その間に、ゆっくりと弾倉を交換する。
   
「ああああっ! だ、だずけてくれっ! やめてくれええ!」
「はぁ……」

 涙を流しながら、地面にはいつくばって命乞いをする男を見ると、さっきまでの興奮も冷めた。
 なんだか、少し哀れにすら思えてきた。

「梨花も……そう言わなかった?」

 銃のボルトを前進させて、薬室に弾を装填する。
 
「お願いだぁ! 助けてくださいいい! ひいいいっ!」  
「嫌だ」

 男の嘆願を一蹴にした。
 その表情が絶望と恐怖に固まる。 

「ひ、ひぃぃ!! やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめ」
「地獄で、会いましょう」

――ぱん、と。

 乾いた音が、響き渡った。
 



     □3□




 途中、数十人もの暗殺者達をあしらいながらも、総本山であるビルにたどり着いた。
 入り口になっている自動ドアの前にたつと、それはすんなりわたしに道を開いてくれる。
 まるでわたしを迎え入れるように。
 ビルの中にはいると、そこは小綺麗な玄関ホールになっている。
 ここだけ見ると、普通の大企業を思わせるのだが。
 
 手荒な歓迎を予測していたが、1階ホールには誰も居なかった。
 それなら話は早い。
 わたしが目指すのは、組織のボスが居る47階。   
 そこへ行くには、階段かエレベーターか。
 しかし、本来階段があるべき場所は、頑丈な鉄のシャッターで封鎖されていた。
 押しても引いてもびくともしない――当たり前か。
 
 残る方法は、エレベーターしかない。
 どうやらそっちは普通に運転されているようだった。
 階段は封鎖され、エレベーターは動いている。

「……エレベーターで上がって来い、と」

 どう考えても罠としか思えなかった。
 鉄の箱に閉じこめられるのは不安だったが、ここに来て引き返すわけにはいかない。 
 行くしか無いだろう。
 躊躇うことなく、エレベーターを呼ぶボタンを押した。
 エレベーターが到着するまでの間、受付カウンターから椅子を持ってくる。
 これがあれば、非常時に天井の通気口からエレベーターの外へ出ることが出来る。
 
 そして、エレベーターが1階に到着した。
 ちん、と電子音を立てて扉が開く。
 今のところ何も仕掛けられてはないようだ。
 警戒を解かずにエレベーターに乗り込むと、コントロールパネルにある『47』のボタンを押した。
 ボタンのバックライトがオレンジ色に点灯し、操作を受け付けたことを表している。
 間もなくして、静かに扉が閉まった。

 懸念していた罠もなく、順調に階を上っていく。
 扉の上にある電光パネルが、現在位置を示していた。
――20――30――40。
 間もなく、47階だ。
――41、42、43……
 警戒していただけに、少し拍子抜けする。
――44、45、46……
 いや、到着した後で何かあるのかも。
――47、48……
 そうだ、ここで気を緩めちゃいけな――え?
――49。
 47階のボタンを押したはずなのに、どうして。
――R。
 電光パネルに、屋上を意味するアルファベットが点灯した。
 これは――

「撃て!!」

 扉が開いた瞬間、すぐ近くを飛行機が飛んでいるのかと思うほどの轟音が、狭い室内に響いた。
 壁があっという間に、蜂の巣状になっていく。
 外からは死角になっているコントロールパネルの前に身を隠して、銃弾の嵐をやり過ごす。
 扉を閉めようとボタンを押してみるが、何の反応もない。
 完全にあちらに制御されているというわけか。
 しかし、このままではまずい。
 外には相当な人数がいる。
 80、いや100以上の気配を感じた。 

 と、そのとき。
 ハンドガンやサブマシンガンなど通常の火器のものではない発射音が聞こえてきた。
 この音は。
  
 エレベーターから転がり出たわたしと入れ違いに、何かがもの凄い勢いで飛び込んでいった。
 そして、ワンテンポ送れて。

「きゃああっ!」 

 凄まじい爆風と破壊音。
 頭を庇うようにしてはいるが、コンクリートや金属の破片が容赦なく叩き付けられる。
 しかし、のんびりとはしていられない。
 立ちこめる埃煙のなか目を開けると、大勢の暗殺者がわたしに銃口と殺意を向けていた。
 隠れる場所もなく、ただ広いだけの屋上でこれだけの人数を相手にするのは――

 おまけに、戦闘用のヘリまで空を飛んでいる。
 さすがにヘリを相手にするのは無理だ。
 ヘリに搭載された機銃がこちらに向けられる。
 万事休すって、このことなのかな。
 
 そして、機銃の銃身が拘束で回転を始めた。
 高速掃射のための予備動作なのだろう。
 しかし、ただ殺されるのを待っているわけにもいかない。
 足掻けるだけ足掻いてやる。

 跳ねるように起きあがると、暗殺者の集団に向けて銃を構える。
 だが、何かおかしい。 
 暗殺者達が、空に浮かぶヘリを見て驚いている?
 ヘリに搭載された機銃が掃射を始めた。
 それはわたしに向けられたものではなく。
 次々に暗殺者をなぎ倒していった。
 
「優衣ちゃん! 走れ!」 

 そして、ヘリの外部スピーカーから聞こえてきたのは、どこかで聞いたことのある――
 いや、むしろ聞き慣れた声だった。
 一通り掃射を終えたヘリは、屋上に対して平行にホバリングしている。
 ハッチは開いていて――乗れと言うことだろうか。
 大勢居た暗殺者も、機銃掃射でかなり数を減らしていた。
 そのおかげで道も開けている。
 
「走れ!」

 その声に弾かれるように、全速力で駆け出す。
 銃弾が飛び交う中を、ただひたすら走った。
 数が減ったとはいえ、まだまだ沢山居る暗殺者の間を通っていかなければならない。
 何度か弾が体を掠めて行くのを感じた。

――だが、いける。
 
 ヘリまであと、5メートル。
 一歩。
 あと3メートル。
 もう一歩。
 1メートル。
 
 最後の一歩で、アスファルトを強く蹴ると、大きく開け放たれたハッチの中に飛び込んだ。
 ほぼ同時にヘリが、がくんと高度を下げる。
 その衝撃で、派手に頭をぶつけてしまった。
 
「大丈夫かい?」

 そして、ヘリの操縦士は、わたしの見知った顔。

「信司さん……」
「間に合っててよかったよ」

 信司さんは、いつもの笑顔をわたしに見せてくれた。
 しかしなぜ、信司さんがこんなヘリを?
 
「どうして……」
「47階だったね」
「え?」

 どうして信司さんが知っているのだろう。

「今は何も言わなくていい」

 そう言うと、機体をビルのほうへと向けた。
 そして、機体を振りながら機銃を撃ち始める。 
 機銃から放たれた弾丸は、窓ガラスや壁をことごとく粉砕した。

「飛べるかい?」

 信司さんが指さしたのは、ビルの側面に開けられた直径2メートル程の大穴。
 ここから入れ、と言うことだろうか。
 結構距離はあるが、十分飛べる距離だ。
 わたしが無言で頷くと、再び機体をビルと平行にしてくれた。

「信司さん」
「ん?」

 なぜ信司さんが、ヘリを操縦してわたしを助けに来てくれたのかは分からない。
 よく考えれば、未だに信司さんが何者かさえよく分かってなかった。
 ただ、今言えることは一つ。

「ありがとう……」

 その言葉だけ。

「ああ、気をつけてな」

 信司さんは、とびきりの笑顔で親指を立ててくれた。
 



     □4□



 47階――
 この組織の『マスター』が居る階層。
 幼い頃ここに居たわたしは、彼の部屋を覚えていた。
 
 複雑な廊下を足早に通り抜け、見覚えのある部屋の前で立ち止まった。
 そして、空気が抜けるような音と共に、扉が開け放たれる。
 
 ほとんどが白色に構成された、だだっ広い部屋。
 その中央では、白いスーツに身を包んだ一人の男が佇んでいた。

「来たか」

 白髪交じりの髪を全て後ろに流して、鋭い眼光でわたしを見据えている。
 この男こそが、組織をまとめるマスターであり、組織最強の人物。

「待っていたぞ」

 同時に、わたしの師であり――

「我が娘よ」

 わたしの父親でもあった。


◇◇◇


「あなたに娘と呼ばれる筋合いはない」 
「なぜだ? 俺はお前のことを愛しているというのに」
 
 わたしの父――いや、『その男』は両手を広げつつ、肩を竦めた。
 愛している?
 どの口でそんなことが言えるのだろうか。

「あなたから教わったのは愛なんかじゃなく、英才教育と殺しの技術だけ」
「ほう」
「感情を殺し、人をも殺し続ける殺人兵器に育てたのは、愛情だというの?」  
 
 その言葉を聞くと、男は口角を上げてにやりと笑った。

「娘よ。今、俺に許しを乞うて戻ってくるなら、全ての罪は取り消してもいいぞ」
「罪? わたしがあなた達に何をした」
「任務を遂行せず組織を裏切った罪、送り込んだ刺客を殺し続けた罪、その他組織に不利益となるような事全ての罪」

 そんなの、勝手すぎる。
 勝手にわたしを殺人兵器に育て上げ、勝手に任務を遂行させ、勝手に裏切りと判断して、勝手に――

「断れば?」

 もちろん答えは分かっていたが。

「組織に刃向かった危険因子として、消えてもらう」
「わたしは、ただ自由に生きたかっただけ。干渉さえされなければ、あなた達には何の被害も与えないのに」
「人間、どう心が変わるか分からんさ。少しでも危険と判断したものは、全て排除しなければならない」

 思えば、これが初めての反抗なのかもしれない。

「それが、この世界の常識だ」 

 物心つく前から、限られた世界の中で絶対服従の上下関係を作られていた。
 様々な教育を受け、厳しい戦闘訓練も強制させられた。 

「お前はただ、俺の言うとおりに動いてさえいれば幸せだったんだ」

 人を殺せば褒められる、勉強をすれば賞賛される。
 わたしは、父親に褒められようと――愛を得ようと必死で頑張った。
 そのために人を殺し続けた。
 幼いわたしには、それが全てだった。

「くく、俺を恨むか?」

 けど、今は違う。

「そうじゃない」

 本当の愛は、見返りなど求めちゃいけない。
 人を殺した見返りに得られる愛なら、わたしはもう要らない。

「わたしが、あなたを憎むのは……」

 今は、わたしのことを想ってくれる人がいるから。

「わたしが許せないのは!」

 あの人が教えてくれた『愛』。
 ちいちゃんや梨花と出会って知った『愛』。
 信司さんの、優しく包み込むような『愛』。

「大切な人を! 二度も奪われたから!」

 その全てが、わたしを変えてくれた。 

「もう、大事なものを奪われないように! あなたとの因縁をここで断つ!」
「いいだろう……来い! 我が娘よ!」

 様子など見ずに、一気に距離を詰める。
 残りの弾は、今銃に入っている15発だけ。 
 無駄撃ちはできない。
 確実に間合いを詰め、零の距離に持ち込まなければ。
 
 わたしの銃口が、男の鼻先に触れる。
 考える間もなく引き金を引いた。
 
「遅いぞ」
 
 だが、わたしの右腕は男の左腕によって、あさっての方向へと払われていた。
 今度は、男の銃がわたしの鼻先に触れる。
 あらかじめ予測していたわたしは、首を少しだけ傾げると、男が放つ銃弾を避けた。
 続けざまに男の右腕を、空いた左手で払い落とす。

 次は、わたしの銃が男の額を捉えた。
 しかし、わたしが引き金を引くより早く、男の右腕がわたしの右腕と交差する。
 咄嗟に男の銃に左手を添えて、銃口を逸らした。
 
 速さも技術も、ほぼ互角のように思えた。
 わたしが銃を向ければ男に払われ、男の銃がわたしに迫ればそれを流して。
 訓練により鍛え上げられた反射速度と、先を読む洞察力という面では負けてはいなかった。
 しかし、時間が経てば腕力や体力の差が顕著に表れてくる。
 このまま競り合っていても、らちがあかない。 
 残弾数は7発。
 極力無駄撃ちは避けているが、それでも確実に弾数は減っていた。

「っ」

 そして、何度目かは分からないが、わたしに迫る銃を払いのけたとき。
 次の攻撃に移ろうとしたわたしの左肩に、熱い感覚が走った。
 間もなくして、鋭い激痛が嵐のように襲ってくる。
 
「っあああ!」  

 撃たれた?
 そんなはずはない。
 確かに銃は払ったはず。
 
「ふん、弾切れか」
「んあっ」

 肩を押さえてうずくまるわたしを、男は荒々しく蹴り飛ばした。
  
「お前に見せたのは、初めてだな」

 男は、床にはいつくばるわたしを見下ろしながら、ゆっくりと弾倉を交換している。

「俺の編み出した近接戦闘の極意、『跳弾』だ」   
 
 跳弾――なるほど。
 壁に弾丸を反射させて、全く別角度からわたしを撃ち抜いたという訳か。

「『跳弾』に死角はない。お前の反応速度が如何に早かろうと『跳弾』から逃れる術は皆無」 
「あぁ……っく」    

 痛い。
 銃で撃たれたのはこれが初めてだった。
 想像以上の痛みに、心が折れそうになる。

「今からでも遅くはない。俺の下へ戻れ」

 脳を直接刺すような痛み。
 目の前でわたしを見下ろしている、余りにも大きな存在。
 左手は――動かない。
 弾丸によって神経を傷つけられたのだろうか。
 どう考えても絶望的な状況だった。 
 
「嫌だ……」

 だけど。
 
「断るっ」 

 痛みなんかに。
 恐怖なんかに負けるものか。

「なら死ね!」    
「おおおおおっ!」 

 まだ、戦える!

 咆吼で自分を奮い立たせると、銃を構えて立ち上がった。
 それと同時に、二度引き金を引く。
 男は、当然のように弾をかわし、わたしとの間合いを狭めてきた。

「腕一本でどう戦う!」

 左腕が使えない今、相手の攻撃を払いのけるのは難しい。
 さらに、男は『跳弾』を使って、どの角度からでもわたしを狙える。
 払うことも避けることもままならないなら――

「避けなければいい!」

 男が引き金を絞るタイミングを計ると、わたしは自らその銃口へと接近する。
 銃口と、わたしの左胸が密着した。
 
「なっ」

 密着した状態で放たれた弾は、わたしの体を貫いた。
 その衝撃と痛みで体がのけぞりそうになる。
 痛い。
 痛いけど。
 この程度の痛みなんて!  

 密着した銃、そして男の右腕を伝うように体を反転させて、その懐へと潜り込む。
 人間の最も対処しにくいとされている間合い。
 それは、得物のリーチの内側。
 同時に、わたしが最も得意とする間合いでもあった。
 男は零の距離を取られまいと、後方へ飛び退こうとする。
 だが、もう逃がさない。 
 既に間合いの内側には潜り込んだ。
 飛び退く男と同時に、もう一歩踏み込む。
 後退の動作と前進の動作では、後者が有利なのはあきらかだ。

 ついに、わたしの左肩と男の右胸が触れる。
 この距離なら、かわすことも払うこともできないだろう。

「くそがっ!」
 
 『跳弾』を使うつもりだろうか。
 間合いの内側に居るわたしに弾を当てるには、別角度からの銃撃が必要だ。
 死角のない『跳弾』なら、造作もないことだろう。

「これで――」

 わたしが引き金を引くより早く、体制を立て直すことができればの話だが――
 
「終わりだっ!」
  
 零の距離で放たれた銃弾は、男の腹部を貫いた。
 
「がっ!」

 さらに、弾を撃ち込む。
 二度、三度と弾を放つ度、乾いた炸裂音と共にわたしの右手が血に染まっていく。
 
「はあぁっ!」

 そして、時計回りに体を捻ると、全身全霊を込めて男の顎に銃の柄を叩き込んだ。
 鈍い手応えと同時に、男の体が崩れ落ちた。
 

◇◇◇


「……はぁっ、はぁ」
「ぐ……がはぁっ! ……はぁ」

 肩で息をするわたしと、床に倒れる男の息使いだけが、部屋にこだました。
 血まみれの右手で握った銃は、男の頭部に向けている。
 
「くっ、は……ははは」

 俯せに倒れている男が、顔だけを上げてわたしを睨み付ける。

「どうした……とどめを刺さないのか?」

 口から血を溢しながらも笑うその様は、まさに鬼の形相だった。
 
「撃てよ。っ、俺が憎いのだろうが」

 この男さえ居なくなれば、わたしは。

「実の父親を……13年間育ててやったこの俺を、撃てるか?」

 この男さえ。
 この男さえ――

「か、はぁっ……っさぁ、どうした!」

 なぜか、わたしの人差し指は引き金を引いてくれない。
 心の奥底で。
 わたしの中のどこかで、この男を父親だと認めているのだろうか。
 
「お、と……」

 いや、認めざるを得ないのかもしれない。
 わたしの体に流れている血には、紛れもなくこの男のものが混ざっている。
 
「おとうさん……」

 わたしの意志とは関係なく、涙が溢れてくる。
 この人を殺すことが――できない。
 
「優衣」

 例え、偽りの愛情だったとしても。
 幼い頃にわたしを抱いて、頭を撫でてくれた父の想い出。
 それがわたしの中で、一番大きなものなのかもしれない。
 もっと、この人から愛情をもらいたかったのかもしれない。
 それを失うのが怖いのかもしれない。
  
 わたしは、父親に背を向けると部屋の出口に向かって歩き出した。
 これで良いのだろうか。
 結局、わたしが守りたかったものは――

 違う。
 
 わたしがここへ来たのは、過去との決着を付けるため。
 わたしが、生きるために。
 もう大切なものを失わないように。
 そのために、ここへ来た。

 ならせめて――

「おとうさん」
「ぐっ……ふ、は、はは。甘いな。とどめも刺さずに敵に背中を向けるとはな! 死ね――」
 
 願わくば――

「あなたが、天国に行けますように」




     □5□




「ちいちゃんっ! 早くしないと遅刻するよ!」
「あ、え、う……ちょっとま、まってー!」

 今日は、高校入試の当日。
 空は快晴。
 なんとも気持ちのいい朝だったのだけど。

「入試当日に寝坊するなんて……ちいちゃんらしいね」

 ちいちゃんの寝坊というハプニングによって、慌ただしい朝へと一変することになった。

「はー、ごめんごめんー、ごめんねー!」

 大きな門をくぐって、ちいちゃんが登場する。
 髪はぼさぼさのまま。
 制服の上着には、片方の袖にしか手を通していなかった。

「あはは、いいよいいよ」

 マイペースなのが、ちいちゃんの良いところなのだけど。
 時たま、マイペース過ぎるからちょっと困る。
 
「間に合うかなー、間に合うかなー!」

 試験開始時刻は9時丁度。
 現在時刻は――

「8時40分……だね」

 試験会場にもなっている高校へ行くには、走っても15分はかかる。
 間に合わないこともないが、結構厳しい。

「うわー、ぎりぎりじゃんー! ダッシュするー!」
「うん!」

 わたしとちいちゃんは、二人並んで走り出した。
 ちいちゃん、体力無いのに大丈夫なのかな。
――と思った矢先。
 
「はぁ、はぁ、っ待ってー」
「ちいちゃん、まだ5分しか走ってないよっ」

 早々にスタミナ切れ。
 これは、わたしが背負って走った方が早いかもしれない。
 困り果てていたとき、わたし達の横に一台の車が止まった。
 その中から顔を出したのは、信司さん。

「優衣ちゃん、千聖ちゃん。乗っていくかい?」

 このときの信司さんに、後光が射して見えたのは言うまでもなかった。


◇◇◇

 
 時刻は、午後4時を回っているだろうか。
 傾いた日差しが、街を紅く照らし出している。
 わたし達は入試を終え、信司さんに梨花が眠る墓地まで連れて来てもらっていた。
 
「梨花、今日ね。入試だったんだよー」

 ちいちゃんは、花やお菓子が添えられた墓石に語りかけている。

「へへ、あたし頑張ったんだよ? 梨花に心配かけないようにねー」

 ちいちゃんの声が、少し震えているのが分かった。
 その大きな瞳に、うっすらと涙がにじんでいる。
 わたしは、何も言わずに『クレール』の生クリームロールを梨花の墓前に添えた。

「あたし……頑張ったんだよ……」

 ちいちゃんを梨花のもとに残し、少し離れたところで待つ信司さんのもとへ向かう。
 信司さんは車にもたれかかって、沈みかけた太陽を見つめていた。

「挨拶は済んだのかい?」 
「いえ……今はそっとしておこうと思って」
 
 正直、ここに来ると胸が苦しかった。
 わたしのせいで梨花が死んだのかと思うと、罪悪感に押し潰されそうになる。 
 涙を流すちいちゃんの姿を見るのなんて、わたしには耐えられなかった。

「信司さんは……過去に潰されそうになった事はありますか」

 突然のわたしの問いかけに、目を丸くする。
 しかし、次の瞬間にはいつもの笑顔に戻っていた。

「前も話したけど、僕にも人には言えないような過去があるんだ」

 その優しそうな風貌からは想像も付かないが――
 信司さんは若い頃、狙撃手として殺しの仕事をしていたらしい。
 何かあるとは思っていたが、わたしと同業だったとは思いもしていなかった。

「もちろん、それに重圧を感じたことはあるけどね」

 そういうと、信司さんは大きく伸びをした。
 
「過去の事を振り返って悩むより、今何ができるか。だと思うよ」

 何ができるか?
 わたしには何ができるんだろう。

「分からないなら、それを探し出せばいい」
「……」
「じきに分かるさ。今はただ、手元にある小さな幸せを噛みしめるだけでいい」
 
 信司さんの笑顔を見るとなぜか、高ぶった気持ちも落ち込んだ気持ちも、落ち着くようで。
 
「そうだと、いいのですけど」

 少し冷たかったが、心地の良いそよ風がわたしの髪を揺らした。


◇◇◇


「ただいま」

 玄関の扉を開けると、中からタマが飛び出してきた。
――タマというのは、この仔猫の名前。
 いろいろと考えたけれど、どれもいまいちだったので結局タマと名付けることにした。
 当初は自分のセンスの無さにショックを受けていたが、呼び慣れてくると案外しっくりとくるものだ。
 最近では、いかにもタマって顔をしてるようにさえ見えてきた。
 喉を鳴らしながら、わたしの足にすり寄ってくるタマを抱き上げる。

「ん、寂しくなかった?」

 タマの喉をこちょこちょしてやった。 
 気持ちが良いのか、目を細めて首を伸ばしている。
 その仕草が「もっと!」と言っているようで、とても愛らしかった。
 
 カバンを下ろし、制服の上着を脱ぐと、タマと一緒にベッドに横たわった。
 入試やら寝坊やらで、朝からどたばたしていたからだろうか。
 何とも言えない疲労感が溜まっていた。
 でも、それがなぜか心地よくて。

 ベッドの上で、何も考えずに横たわっていると。
――今はただ、手元にある小さな幸せを噛みしめるだけでいい。
 信司さんが言った言葉が、脳裏を過ぎった。

 今までわたしがしてきたこと――人を殺め続けてきたこと。
 それは消えることのなく、わたしにのし掛かってくるのだろう。

 ならわたしは、それを背負って生きていく。 
 時には転んだりするかもしれないけれど。

 わたしのことを想ってくれる人がいる。
 その幸せを抱いて。
 前を向いて、わたしは歩き続けよう。
  
 例え過去が。

 鉄の雨となって、わたしに降り注いでも。


――みぃ。


 わたしの胸の上で、仔猫が鳴いた。

  








     〜Fin〜


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
こちらのメールフォームから、作品の批評も募集しております。

●感想
クロウさんの意見
 やなぎ様、初めまして。クロウと申します。
 大変楽しく拝読させていただきました。有意義な時間を過ごす事が出来ましたので、
 その嬉しさとともに以下、感想を述べさせて頂こうと思います。

・梨花の死について
 これは、梨花というキャラクターが明確でないために、単に梨花が可哀想だと感じるに留まってしまいました。また、今ひとつ流れがぎこちなくも感じられました。心情内容の飛躍、とでも申しますか、簡潔に過ぎてしまったような気がします。
 とはいえ、梨花に関する描写を以前に盛り込むことは大変だと思います。
 そこで、こうしてはどうでしょうか。
  一度理性を取り戻した梨花が、優衣に自分を殺すようにお願いする場面において、@梨花という人格は死を望んでいるのに、A梨花の肉体は依然として優衣に襲 いかかる、という風にします。そして、梨花は何とか肉体を制御しようと必死になる(@とAの葛藤)。これによって、友情という力に支えられ、優衣に自らの 命を預ける梨花のキャラクターが浮き彫りになってくると思います。
 それでは次の点に移りたいと思います。

・ちぃーちゃんの心の変化
 一度、優衣を友人殺しとして断罪したちぃーちゃんですが、次の場面ではこれまた案外にすんなり心変わりしてしまっています。少し違和感を覚えました。苦しみや悲しみの過程が見られませんでした。

>扉を開けた先には、泣きそうな顔のちいちゃんが立っていた。

  ここで、泣きそうな顔となっていますが、きっと優衣の決断に対して冷静な判断を下せるようになるまでには、かなりの苦悩があったと思います。しかし、今ま での経緯はなしに、泣きそうな顔という語だけで重苦しい悲愴感を表すのは簡潔すぎるように思いました。したがって、ちぃーちゃんの目が赤く腫れていたと か、ひどく疲れているように思えた、といった描写を加えておくと良いのではないでしょうか。 
 またその他に、一点目で指摘いたしました通り、梨花の葛藤を外面的にでも描くておくことで、梨花の死は梨花自身の望んだものであったことが強調されると思います。そして、そうした流れが後の、ちぃーちゃんの心情変化の理由付けとして働くと思います。
 
  結局、私が何を言おうとしているかと申しますと、人物が行動を起こす際の動機があまり描かれていないために、突飛な印象を受け、少々厚みが感じられにくく なっているということです。確かに一人称では、描写に限界があるかもしれませんが、以上の指摘は無理難題ということはないと思います。
 実は逆に、展開にスピードがあるとも感じていました。しかし、ここでは敢えてその軽快さについて批判的に述べさせていただきました。

 最後に三点目です。

・猫(タマ)の存在
  これは、物語の鍵を密かに握っていたような気がします。というのも、戦闘シーンなどの非日常的場面から、日常の世界へと転換を図る際に、必ずといっていい ほど登場していて、またそれがうまく機能しているように感じられたからです。まるで仕事が終わったあとに飲む、一杯の酒や一服のタバコのような役割を感じ ました。この点には衝撃を受けました。今後の参考にさせていただきたいと思います。

 以上、冗長な感想と不躾な指摘、失礼いたしました。
 『スティール レイン』、素晴らしかったです。今後も頑張って下さい。
 それでは、ありがとうございました。失礼します。


焔氷水さんの意見
 初めまして。焔氷水と申します。
 読ませて頂きました。

 どこか清浄な世界観、良いですね。私はこういうの好きです。
  現実離れといえば、そうかもしれませんが、物語がやらなければいけないことはこういうことなのではと勝手に思ったりしています。文章も独特な感じで、言葉 少ないながらも言いたいことにフォーカスを当てているのはすごいなと思いました。私自身は冗長な文章を書きがちなもので(汗)。

 空白行を多用されているようですが、むしろポリシーを感じました。ネット小説ならではと言った感じですね。とても読みやすいです。(ただ、本を基準に考えている方にはかちんと来る方もいらっしゃるかもしれませんが…)

 2話目の『鉄の雨を降らせよう』とかの比喩表現も秀逸ですね。頭にどこか引っかかる表現、私もできるようになりたいです。

 全体的には面白くて感情移入できました。
 展開も通り一辺倒でなく飽きさせない配慮があると感じました。
 ただ、その一方で所々で読者を納得させるという意味で荒い部分があるのかなと思いました。特に、気をつけた方がいいかなと感じたのは、1話目です。
  例えば、友人の台詞ですが、『優衣ってば、またぼーっとしてる』『お目覚めはいかが?』となっていますが、ぼーっとしていると思っていたのか、寝ていると 思っていたのか分かりませんでした。実際の日常では細かいことであって、実際に起きそうな会話だと思いますが、それを小説でやると(特に冒頭部)違和感を 感じるような気がします。感情移入が完了していればそうでもないですが、プロの方の本を読んでいるとどこから読んでも感情移入がすんなり行くようになって いる気がします。私自身できているわけではないので、偉そうには言えませんけれど。

 なにはともあれ、楽しい時間を過ごせました。
 ありがとうございました。


いおりさんの意見
 はじめまして、いおりと申します。
『スティール レイン』を読ませていただきました。
 独自の世界を構築できていること、文章レイアウトが素晴らしく読みやすかったこと、なにより話しを読んで心動かされたことを始めに言っておきます。
 なんですか、この切ないお話は。涙腺の弱い私は、-2-の後半で1リットルと言わずに涙を流しました。初めての親友を、自らの手で殺さなければならなかったこと。そして親友に投げかけられる、言葉というナイフ。
 ふおおー、なんて悲しいはなしなんだーーーー! と。
 戦うゆいちー、悩むゆいちー、涙するゆいちー、怒るゆいちー。様々なゆいちーがえがかれていますが、私は笑ったゆいちーが一番です。
 私は女なのですが、ゆいちーにぞっこんです。
「素敵な人生になるといいね」
 私もそう思いました。

 気になったところは、梨花ちゃんの出番の少なさでしょうか。もし、もっと生き生きとえがかれていて、もっと心に刻まれていたなら私は1リットルといわず5リットルは涙を流していたことでしょう。非常に、惜しいです。
 とはいえ、気になったところはそこだけでした。女の子の視点で心の内面なんかも上手く書けています。
 胸があたたかくなるようなラストもよかたです。プロの方が書いたもの以外で泣いたのは、久しぶりです。

 それでは、また!

ルーカ・トーニさんの意見
 主人公、ゆいちー。十三歳。背は低い。チンピラの台詞から美人らしい。
 口数は少なく、根は真面目で大人しいタイプでしょうか。〜けれど、というのが口癖のようです。
 たった二人の親友との絆が壊れることを極度に怖がっているのですね。
 人生に感動がない、無味乾燥な現代っ子だなあ、というのが第一印象でした。
 文学的とでもいうのでしょうか。
 一瞬ですが、芥川賞作家綿矢りさの「蹴りたい背中」の主人公の姿が重なりました。

 昼間はどこにでもいる(ちょっと内向的でクラスでは目立たないタイプ)ですが、
 その実、幼いころより殺人の英才教育を受けたスゴ腕のマーダラー。
 なるほど、ギャップ効果というやつですね。

 相手の成仏を内心で祈り、殺戮にためらいを感じながらも殺し続ける。
 ゆいちーの中では、「殺戮」は「呼吸」に等しいほど当たり前のことになってしまっているのでしょう。
 哀れなことです。
 また、彼女にはどこか分裂症のきらいもあるようです。
 やはり殺人の技術と引き換えに、彼女の心はどこか病んでしまっているのですね。

 時間には真面目だというりかちー(勝手に命名)の無断遅刻。
 先述の失踪事件の伏線回収かと思いきや、急展開。

 組織の操り人形になってしまったりかちー。
 彼女は友達の悲痛な叫びでかすかな自我を取り戻す。そしてゆいちーに請う。
 殺して、と。

 Help me ではなく Kill me

 りかちーは死が唯一の魂の解放であると気づいたのですね。
 十三歳の少女が死を身近にして生活しているということの痛ましさ。
 そして彼女の最期の言葉は 

 Thank you... 切ない。

 策も練らず、たった一人で組織へ乗り込むゆいちー。
 以外に無鉄砲な一面も。
 狼は犬にもなれるが、犬は狼にはなれない。
 狂犬は所詮、(文字通り)噛ませ犬だったということでしょう。
 アスタラ・ビスタ・ベイベー(地獄で会おうぜベイベー)
 この台詞、人生で一度は使ってみたい台詞TOP10に入る台詞ですね。
 素敵です。

 実力ナンバーワンとのことですが、あまり物事を深く考えず、
 カリスマ性も感じられない小物な父と、因縁の対決。
 バトルの描写は、テンポよく描けていると思います。
 エゴイズムに満ちた悪役然とした父は、時に子供じみていると揶揄される勧善懲悪が、いかに物語として強い吸引力を持つか、ということ証明しているように思いました。

 エピローグで見られたように、ゆいちーの未来に幸多からんことを願って、感想の締めくくりとさせていただきます。では、いずれまた。


夢川のなるさんの意見
 はじめまして、夢川のなるです。よろしくおねがいします。
 読ませていただきましたので、感想を書かせていただきます。

 おもしろかったです。
 テーマは父親との愛憎ということですが、もっと大きく、生きるということ、愛する愛されるということだと感じました。
 好みの文体だというのもあるんですが、非常に静かな内面と、激しいアクションの対比は良いと思います。描写が不足しているとはほとんど感じませんでした。伝えたいテーマのためにこの文体を選ばれているように感じました。
 確かに、ストーリーラインは既存のものの良いとこどりという印象を受けますが、それを上回る魅力もあったと思います。

 で、以下大きな問題点と思うところを二つ指摘しておきます。
 戦闘シーンの非現実さ。
 やはり銃器で戦うのに接近戦というのはリアリティを感じませんでした。弾丸より速く動いたり、引き金を引く前にその手を払ったりできるというのは、最後まで納得できませんでした。訓練の成果でそれができるのであれば明記すべきですし、主人公必殺の『零の距離』というのは、どうも敵側も使えるみたいですしよく わかりませんでした。せっかくの未来設定なので、矛盾するかもしれませんが、人体改造などの設定でもあれば、作中のリアリティは増すと思います。また接近戦であれば、暗殺者はナイフを使う、少なくとも用意をしておくのが普通なのではと思いました。

 悪役の薄っぺらさ。
 主人公側は信司さんも含めよく書けているのに、敵側のキャラ描写が薄いと思います。
 組織の命令に従わなければいけない最初の暗殺者のつらさや狂犬の主人公に対する嫉妬心な ども一言、二言話せば良いと思いました。長さも変わりませんし。そうすれば、敵側にも人間性を感じ、それを踏みにじってでも生きる主人公の強さと悲壮さが 際立つと思います。あと個人的な好みですが、格好よく死ぬ悪役がほしかったです。

 あとは細かい点をいくつか。
 1章の始まりがよくないです。
 い きなり三人の少女が出てくるのですが、個性が薄く誰がしゃべっているかわかりません。どちらかをもっとはじけたキャラにすると良いと思います。また会話を 浮き上がらせるレイアウトにしているため、校長や女の子の退屈な冒頭の会話はとてもマイナスだと思います。大切な日常という象徴であれば、もっと主人公を 生き生きと書くべきだと思います。このときの主人公は他人に無関心な人間に見えますが、そんな描写はここだけですよね?もったいないと思いました。

 2章での主人公の服装描写が早めに欲しかったです。
 友 達と会うのに女の子の格好で行くのか、元暗殺者としての格好で行くのか。これは主人公のアイデンティティに関わる問題だと思います。何度も服装が書かれそ うなシーンがあるのですが、そのたび衣服と書いてあるのは残念でした。結局暗殺者の格好で行っているみたいですが、最後まで読むとこのシーンは、女の子の 格好で行った方が自然だと思うのですがいかがでしょうか。

 2章、3章のプロローグの女の人に名前がない。
 これはそのときは感じなかったのですが、名前がないので3−4の

>あの人が教えてくれた『愛』。

 これがわかりにくく、効果の薄い文章になってしまっていると思います。主人公の人格を形成している大きな存在なので、名前をつける、あるいは主人公から親しみを込めて、姉さんと呼ぶなどした方が良いのではないでしょうか。

 3章のレンジャー、ビショップなどの設定はいらないと思います。
 これまで無駄な設定は極力省いているのに、ストーリーに関係ない設定の披露は蛇足だと思います。

 いろいろと書きましたが、必要な分だけご参考にしてください。
 総じて独特の雰囲気を持っていて、良い作品だと思いました。
 次の作品も楽しみにしています。それでは。
 では失礼します。


阿波座泡介さんの意見
 読ませていただきました。
 前半はいい感じに読めましたが。アクションが主になった後半は、少しつらかったですね。
 暗殺を生業とする女の子が組織を抜け出して……という展開はパターンですが、
 独特なやさしい雰囲気で楽しく読めました。
 残念なのは、戦闘・格闘・銃火器の知識の少なさですね。
 そんなもの無くてもアクションは書けます。知識や設定に振り回されるよりましです。
(そりゃあ僕のことだろう)
 とは言え、基本的な知識をもって書くと一段上が狙えると思います。文章に、そんな底力を感じました。

 特に違和感を感じたのは、主人公が自分のメインアームである銃に愛着が一切無いどころか無関心でメンテナンスをしている様子も無い点です。カタログスペックを並べて悦にいるのは愚の骨頂とは言え、この扱いは好きになれません。

 とは言え、良作でした。ありがとうございました。


ガス屋さんの意見
 やなぎ様。ガス屋でございます。
 「スティール・レイン」。読ませていただきました。
 ハードボイルドアクションというんでしょうか。好きなジャンルです。
 ゆいちーの持っていた銃はベレッタ92Fでしょうか。
 女の子があれを扱うのは個人的にはかなりしびれる設定ですね。
 そして仕込みにはレミントン・ダブル・デリンジャーでしょうか?
 あえて銃器を特定しないあたりに、読者の想像力をかきたてられていい感じです。
 ショートレンジというより、ほとんどゼロに近い距離で銃を撃ち合う決闘シーンは
 「マトリックス」を想像すればいいんでしょうか?
 あの映画のシーンをイメージしながら読むとすっきり消化できましたが、
 やなぎ様の意図じゃなければごめんなさいって感じです。

 強いて注文すれば、ボスとどうやって決着つけたかもうちょっと記述がほしかったかもしれません。
 描写しないことで印象が深まるのかもしれませんが、
 せっかくなんでゆいちーが最後のボスをどうやって片付けたか。個人的には描写がほしくもあります。
 この辺は個人の好みの問題になってくるのかもしれませんが。

 いや、かなり面白かったですよ。


名取裕子さんの意見
 こんにちは、やなぎ様。名取裕子と申します。
 感想を書かせてください。

 組織を裏切った。というか、表返ったから優衣は追われているわけですね。
『デビルマン』や『仮面ライダー』を彷彿とさせます。
 その契機となった過去のエピソードが抒情詩のように描かれていると思うのですが、さて、現在進行形の近未来叙事詩は如何なるラストを迎えるのでしょうか? 

 銃なんて、軽くて撃ちやすければ何でもいい。

『深 夜プラス1』のガンマン、ハーヴェイ・ロベルも似たような発言をしていたと記憶します。彼の場合、口径にはこだわりがありましたが、『零の距離』からズド ンとやれば人間なんぞ血の詰まった皮袋でしかないでしょうし、何と言っても優衣には口径の大きな銃は似合わないと思います。
 22口径。
 女性が握る銃は如何なる場合でもエレガントでなければなりません、と婦人画報にも書いてあります。

 緋牡丹のお竜、じゃなかった優衣の殴りこみシーン。
 こんなところにも階級社会が! 
 レンジャー、パラディン、ビショップ、マスター、そして女将さん。――ふと、聖闘士星矢を思い出しました。
 狂犬――マッドドッグ――と呼ばれている男。
 保健所に通報したくなる類の人物ですが、優衣よりランク下なのが微妙に哀れを誘います。無意識の領域で血に飢えていると思われる優衣の餌食となるは必至でしょうか。――

 工藤かずや・作/浦沢直樹・画『パイナップル・アーミー』の中で戦闘インストラクターである主人公のジェド・豪士が口を酸っぱくして言っています。常に残弾を数えておけ、と。
 頭に血が上るあまり、弾切れに気付かなかった、ゆいちーよ。
 守ってやりたくなるほど、君は可愛い。
 そして、『デビルマン』の名台詞が私の口から漏れ出てきます。
「シレーヌ、血まみれでも、君は美しい」

 ビルをエレベーターで上がっていく優衣。FF7好きの私としては、ミニスカートで階段を駆け上がって欲しいのですが、それはさておき。
 足長おじさん登場っすか! 
 ふと、思ったことを。
  本作品には恋愛エッセンスが不足しています。別に無くてもいいのですが、それを加える必要性を感じましたら、信司さんの造形に多少の変更を行えばよろしい かと思いました。この救援シーンでの装いは、『ガラスの仮面』の“紫のバカの人”あるいは『セーラームーン』に出て来る“けっこう仮面”のように、蝶ネク タイにタキシードを着させておけばムード一杯かと存じ上げます。

 優衣は家出娘だったのですね。

 銃撃戦の距離を新鮮に感じました。
  銃火器を用いてこれほどの近接戦闘は、ロシアン・ルーレットが思い浮かぶぐらいです。『跳弾』に関しては、『パタリロ』のバンコラン少佐が得意としていた ように記憶します。ビリヤードを想起させる弾道学的な計算の上に成り立つこの技を、如何にして破るか? 色々考えたのですが、私のしみったれた発想を遥か に凌駕する打開策に目を見張りました。
 これは凄まじいです。
 作者の好きな主人公は熱血タイプであることを、今になってやっと思い出しました。

 父親の始末をどうつけるか。
  優衣に酷なことを言わせてもらいますと、これは三年前にやるべきことだったと思います。自由に生きたかっただけ、という彼女の言葉に嘘偽りはないと思いま すが、殺戮を繰り返す父親をさっさとあの世に送ってやらないのは、現実から逃げるだけで戦おうとしなかった彼女の甘さであると思います。
 はっきり言えば。
 父親を本当に愛しているなら、相打ちになっても殺すべきです。私が彼女なら殺ってます。胸に風穴が開こうが何だろうが、奴の脳天を蟹味噌にしてやります。
 しかし、彼女はそうしなかった。
 あとがきを見ます。
 なるほど、そうでしたか。
 私とは違う愛の形です。

 過去と父親から逃げ回っていた彼女が、それを背負って生きていこうと決意する台詞。
 格好良いです。

『例え過去が。

 鉄の雨となって、わたしに降り注いでも』

 タイトル、カタカナじゃなくてこっちのほうが、重量感があって良いのでは? 

 それはさておき、胸の上で仔猫が鳴く終わり方。これは第一部と対になっていると思いますが、脇に抱いているより愛の深さが感じられて嬉しいです。物語の冒頭で優衣の内面に感じた荒涼とした風景に、暖かな春風が吹き渡ってゆくように思えてなりません。

 作品全体の粗探し、もとい、加えて欲しいなアレやコレ。

 1 実験成功例の肖像 

 梨花。君にはどんな慰めの言葉も思い浮かばない。
 相次ぐ失踪事件を、三人の中で最も不安に思っていたのは君だろう。
「優衣、さっきの話聞いた?」
 心配そうな顔でそう尋ねた君が、次に登場したときには化け物になっていようとは、正直、予想を超えていた。
 これからの人生を無残にも奪われた君の無念がどれほどであったか。それを安易な言葉で語ることは死者を侮辱するに等しいと思うが、敢えて代弁させてもらおう。

「どうせ殺されるのなら、私の生前をみんなが懐かしんでくれるような、楽しいけど悲しい思い出となるようなエピソードを、挿入したほうが良いです」

 2 心理描写プラス1 

 女の子一人称で、その内面は充分に描かれていたように思います。
  しかし、外面は不足気味と感じた部分が、若干ですがあります。それはヒロインの容姿や服装ばかりではありません(年頃の女の子なのに身繕いがイマイチ下手 そうなのはキャラ立ちの個性と思います)。近未来日本に出現したスラムの風景描写が足りないことは惜しいですし、ヘリを持っている元狙撃手にして人の良い 大家さんをもっと激しく動かしても良かったと感じます。
 リュック・ベッソン監督の『ニキータ』や『レオン』を思い起こさせるガン・アクションを 連想した私は、「チョイ不良」オヤジな信司さんと「ニキータ」みたいな優衣のラブロマンスもどきを見てみたかったように思いますが、それをやると雑誌 『LEON』みたいにやたらと厚い書物になってしまう恐れがありますので、導入には細心の注意が必要と考えます。

 3 主題への伏線 

 ラスボスは乳、間違えました、父です。
 このショッキングな事実を小出しにしてみるのは如何でしょう?
『虎 の穴』みたいな訓練場で殺人術の習得に励む娘。その猛特訓を竹刀片手に見つめるマッチョな親父。何やらアニマル浜口親子のようですが、こういう回想シーン を交えると優衣が父親に抱いている屈折した感情を徐々に描き出せると同時に、ラストのカタルシスもさらに迫力を増すように思いました。

 最後に、お礼を言わせてください。
 優れた物語に必要なのは、何か?
 それは、作者が何としても読者に伝えたいと願うテーマの質量である、と思い至りました。
 エンターテイメントに重みは無用と言う輩もいるとは思いますが、少なくとも、若い読者を想定したライトノベルに関しては、羽毛の如き主題の軽さは百害あって一利無しと、私は断じます。
 ライトノベル作家の存在理由は、自分が大切だと思うことを、力の限り若き読者に叩きつけることにある。
 と、興奮しながら書き殴って、あらびっくり。
 私の感想、無意味に長いです。
 やなぎ様へのご迷惑を考えず、三話全部に長文を送りつけてしまったご無礼を、どうかお許しください。


一読者さんの意見
 初めまして、やなぎ様。 
 自分の好きなガンアクションもの。ということで楽しく拝読させていただきました。僭越ながら感想などを。
 
 まず、キャラクターなどについて。
 優衣は、悲壮感溢れていてグッドです。みんな自分のせいだと言う優衣に「そんなことないよ!」と声をかけてやりたくなりました。「わたしが死ねば」と思うくせに、生にしがみつくのも人間くさくて良いですね。狂犬の股間を蹴り上げた時の反応が可愛らしいです。
  ちいちゃん(千聖って、ちさと?)はツインテールですね。キャラは天然な感じでしょうか。梨花の死に直面して優衣に「人殺し」と言ってしまう。その後、自 分の言った事を詫びに行くのですが、その日の内に行くというのはちょっと急すぎると思います。もう1クッション置いてからのほうが良いような気がしまし た。
 梨花は、出番が少ないため何とも言えませんね。キャラもつかみ切れませんでしたが、薬を打たれ優衣と戦うシーンは涙ものでした。「かわいそう」の一言に尽きます。
 狂犬(と書いてマッドドッグと読むのですね)もまたかわいそうなキャラではあります。大事な場所を……ですが、この卑劣な極悪人に容赦など不要です。心を鬼にして戦ってくれた優衣に拍手。
 信司さん。ナイスガイすぎます。オッサンスキーの自分は信司さんにベタ惚れです。何故ヘリを持っているのか、どうして優衣の素性やボスのいる階を知っているのか等疑問は残りますが、そこがまた魅力かと。

 ストーリーは、一本の映画を見ているようでした。全体を通して洋画にありがちな感じです。その中に、やなぎ様独自の世界が展開されていますね。
 中盤の、梨花と優衣が戦う場面や、ちいちゃんに「人殺し」と呼ばれてたまらず走り出す場面などは、不覚にもほろりときました。好みは別れると思いますが、こういった悲しい話はかなり好みです。
 ラスボスを追いつめておきながら殺せない。父親に愛されたいという気持ちは分かりましたが、その部分はもっと引き延ばしたほうが良いのでは。ちょっとあっさりとしています。
  しかし、近頃ニュースでよく見る虐待事件などを思い起こされました。例え何があろうと、子どもは親の愛情を求めている。どんな虐待を受けても親に愛して欲 しい、親を喜ばせたいという気持ちは変わることはありません。些細な理由や自分の欲望を満たすために、実の子に身体・精神的虐待を行う、不届きな輩にやな ぎ様のメッセージを叩き付けてやりたいです。子どもと関わる仕事をしている身として、強く感じた部分でもありました。

 その他としては、改行で読みやすくまとめられており、好感が持てました。
なんとなくスカスカに見えますが、空白を詰めれば、それなりにボリュームが感じられるのではないでしょうか。
 心の内は良くかけていますが、その反面周囲の状況などが不足しています。一人称で書くのは初めてということなので、要領さえ掴めばもっと良くなりますよ。
 点数は、26点ぐらいかと。個人的に感じたメッセージ性などを考慮して、四捨五入で30点です。
 偉そうな事を書いてしまいましたが、許してください。結論としては、点数通り「面白かったです」。休日に、良い作品を読むことができて良かったです。ありがとうございました。


始月さんの意見
 拝読いたしました。
 では感想を。以下酷評注意地帯です。

 かなり読み飛ばしてしまいました。
「は? 何言ってんだこの人」的な意見があったら無視してください。

 まず、描写が不足気味ではないでしょうか。
 もう少し書き込んでもいいと思います。 

>時代設定。
 それまでは現代日本だと思っていたので、急にそんなことを言われてもこまります。
 世界が変わっているというのに、中学生たちは普通に現代日本にいるような子のようで、
 リアリティがありません。
 また、何故そうなったのかについては触れていないので、読者としては疑問です。

>痴漢(人攫い)(?)
 たまたま厄介な過去をもつ女の子に、たまたま変質者が寄ってきて、
 たまたま同時に組織の刺客もやってきた。少しご都合主義ではないでしょうか。
 さらに突っ込むのなら、彼女がこれまでにもこんなことをしているのなら、
 スラム内でウワサにくらいはなっているのでは?

>脳症。
 脳漿の誤字だと思います。

>銃の弾切れ
 さすがにそれに気づかないのは間抜けすぎるのでは。
 十数人の暗殺者とやりあってほぼ無傷、という人間のすることではないように思います。


 圧倒的に地の文が不足しているのでは。
 いまいち感情移入できませんでした。
>わたしの頬を熱い雫が伝う。 
>なぜか、胸の奥が痛んだ。   
  
 巷にあふれる定型文の表現は、陳腐、といわれてしまうものでしょう。
 ついでの余談ですが。私は涙を熱いと感じたことはありません。目頭というか鼻の奥は熱くなりますが。
 雫が頬を伝うと、気化熱で冷たいと感じます。冷たいというのなら、涙というよりは涙が通った跡ですが。
 胸の奥が痛んだ。をYAHOO検索すると、109000件ほどです。
 これは検索方法により正しい数字ではありませんし、
 「胸の奥が「キシリと」痛んだ」な どの文も検索されていますが。
 特に重要でないシーンならともかく、それなりに目に付くシーンでは、
 もっと個性的な表現のほうが、私の好みでした。

 父親に愛されたい、という気持ちはあまり感じられませんでした。
 嫌っているのは当たり前だけど複雑なのも当たり前。
 かなり言い過ぎますが、「父親に暗殺者として育てられ、しかし途中で改心し、
 今は彼に命を狙われている。その父親との戦闘」と聞いただけでも想像のつく文しかありませんでした。
 殺せないのか殺せるのかもはっきりしてほしいところです。
 「殺せない。いや、やっぱ殺さなきゃ」と方向転換があっさりしすぎています。

>例え、偽りの愛情だったとしても。
>幼い頃にわたしを抱いて、頭を撫でてくれた父の想い出。
>それがわたしの中で、一番大きなものなのかもしれない。
>もっと、この人から愛情をもらいたかったのかもしれない。
>それを失うのが怖いのかもしれない。


 五行目の意味がいまいちよくわかりません。
 失う以前に与えられていないなら、この一行はいらないのでは。
 「愛情を望んでも、まがい物しか与えられない。
 その事実に向き合うのが怖かっただけなのかもしれない」なら、
 愛情をもとめずに父親を憎んだ理由に、ならなくもない気がしますが。
 憎んだというよりは、憎いと言い聞かせた、でしょうか。

 改行は、ネット上では読みやすいですが、これをなんらかの賞に送るとしたら、減点かと。
 出だしは良いと思いますが、あのプロローグを読んだ時は、
 主人公は自分が狙われる理由を知らない子なのかな。と考えていました。


一言コメント
 ・悲しくて暖かいお話でした。
 ・主人公の心の葛藤が描かれていて、良かったと思います。
 ・iukotonasi
 ・優しくて悲しくて暖かかった。面白いね!
 ・殿堂入りおめでとうございます。かなり面白いっすよ。
  ・スクロールバーの短さに似合わずスッキリした文章。なるほど、この改行はいいです。
  スラスラよめて気楽に愉しめました!内容も切ないお話で…
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