高得点作品掲載所       飛乃剣弥さん 著作  | トップへ戻る | 


ちょっとだけ成仏、してくれますか?

 心霊写真としては駄作。
 合成写真としては傑作。
 ソレが初めてデジカメで取った写真の評価だった。
「ほぅ……」
 自室。
 長年使い込んでクッションの弱くなったソファーベッドに腰掛け、俺は取りあえずタバコに火を付けた。紫煙をくゆらせながら、改めてデジカメのディスプレイを見つめ直す。
 そこに映し出されているのは、白い壁に貼られたポスター。B0サイズの巨大なアート紙に描かれているのは、セーラー服に身を包み、ネコ耳とネコ尻尾をはやした巨眼、微乳の女の子。
 そのすぐ隣りには燃えるような紅い髪のクールガイ。彫りが深く、小さめの顔立ちはどこか異国的で、不敵な笑みを浮かべながら鋭い眼光を飛ばしていた。着ているTシャツには、スク水姿の女の子が照れたような表情でプリントされている。
 自分で自分を写すのは難しいかと思ったが、なかなか良い出来だ。 
 そう。ココまでは良い。ココまでは完璧だ。お気に入りのアニメキャラとツーショット。
 写真の上半分だけは。
 問題は写真の下。丁度、俺の腰辺りに被って写っているのは、白いブラウスと水色のフレアスカートを着た女性。うつぶせの体勢で宙に浮かびながら、ポニーテールに纏めた長い黒髪と両の手足をダラリと下げている。さしずめ空中遊泳する水死体、と言った感じだ。
「ううむ」
 低く唸り声を上げて、俺は今足下に転がっている女に視線を移す。うつぶせでノビているところまでは写真と全く同じだ。脳天に無数のコブがある点だけが唯一違うのだが……。
 まぁ、いきなり何の前触れもなく目の前にこんなモンが現れたら誰だって手が出てしまうだろう。
「うぅ……」
 か細い声を上げて、女の体が僅かに動いた。
 俺はデジカメをベッドの上に放り投げ、タバコをもみ消していつでも迎撃できるように拳を構える。
「うー頭がガンガンするー……どうしてかしらー……?」
 スローテンポな喋りで言いながら、女はゆっくりと体を起こした。顔を隠していた長い髪がこぼれ落ちて、容貌が露わになっていく。
「よーし、そのままストップだ。変な動きはするなよ」
 タダでさえ低い声を更に低くして、俺は女に声を掛けた。
「あら、あらー? ひょっとして私の姿、見えて、るー……?」
 四つん這いの体勢で顔だけをぎこちなくコチラに向けながら、女は引きつった笑みを浮かべる。
 二重で輪郭のハッキリした目。瞳を伏せれば影が落ちそうなほど長い睫毛。ほんのりと薄紅に染まった健康そうな頬と、厚めの唇。かなりハイレベルな大人の女性であることは間違いない。
 俺は全く興味ないが。
「いい年して電波全開の言動は賞賛に値するが、狙い過ぎは反感を買うだけだ。そういうのは二次元の世界だけにしてくれ」
「え、えーっとぉ……」
「おっと、勝手に喋ることは許可しない。それ以上動くことも許可しない。『この格好ってちょっとエッチかも』とかピンクの妄想を描くのもダメだ。生まれたての仔馬のモノマネして、場を和まそうとするのは逆効果。まばたきもせずに俺の質問にだけに答えろ。いいな」
 力を込めた人差し指の先を女に向けながら、俺は有無を言わせず一方的に指示した。
「返事は?」
 女は答えない。
「返事は?」
 もう一度聞く。
「わ、分かり……」
「誰が喋って良いと言った!」
 理不尽な罵倒に女は少し泣き出しそうになる。
 フ……恐怖は人の心を支配する上で、最も効果的で即効性がある。何より安上がりだ。
 俺の声でこれだけ恫喝されれば、大抵の人間は素直になってくれる。選ばれた者にのみ行使の許される特別権限というヤツだな。
「一つ目の質問だ。お前は誰だ」
「た、太郎君の守護霊ですぅー……」
 女の頭が鈍い音を立てて床にめり込んだ。
 おおっと、いかんいかん。つい反射的に。しかしコイツはあの短いフレーズの中で、ふざけたことを二回も言いやがった。自業自得だ。
「い、痛いですぅー……」
「百個が百一個になったところで大差ない」
 どつかれた頭をさすりながら、女は自分の頭の状態を知って大声を上げた。
「ああ! こんなにもたんこぶが! いつの間に!」
「質問二!」
 涙目になり、何か訴えかけるような視線を向けてくる女を、怒声で一喝する。そんな顔をしても、お前が三次元である以上俺様の鋼鉄の意志は微塵も動かない。
「なんで俺の名前を知ってる」
「ですから、私は太郎君の……」
 百二個目が追加された。
「お前が俺の守護霊だとか自縛霊だとか物の怪だとか出来損ないの透明人間だとか役に立たないボウフラだとか、五万歩譲って信じてやってもいい。そんなことは所詮些細なことだ。けどな、俺を下の名前で呼ぶのだけは止めろ。いいな」
「わ、分かりましたー……」
 反論を許さない俺の強い命令に、女は渋々と言った様子で頷く。
 真宮寺(しんぐうじ)という名字で呼ばれるのは良い。全く持って問題ない。だが太郎という名前はダメだ。『た』と『ろ』と『う』を会話中に繋げるのもダメだ。『だからそう言ったろーが!』なんて俺の前で言いやがったヤツは、自分の記憶違いを泣いて謝るまでドツキ回してやった経験がある。勿論、俺の記憶違いであったとしても、だ。
 まったく……こんなシンプルで分かり易すぎる名前を付けやがった親を何度恨んだことか。
 なのにコイツは、人のトラウマに剣山で上がり込むような真似しやがって。
「で、自称俺の守護霊とやら。目的は何だ。金か? 命か? 言っとくがレアモノの同人誌は死んでも渡さんぞ」
 不愉快な気分が、深く考えることを放棄させていく。タバコに火を付けながら、俺は投げやりな口調で言った。
 コイツが誰か、どうして俺の名前を知っているのか、もーンなこたどーだっていい。適当に話し合わせて、とっとと追い出そう。で、アニメDVDでも見て二次元の世界にドップリ浸ろう。今の気分を癒すにはコレしかない。
「自称じゃないですー。五年前に異動になって、た……真宮寺君の担当になった守護霊課の幽霊公務員ですー」
 本当にどこまでも毒電波まき散らすヤツだな。あれだけ優秀なステルス迷彩と無重力発生装置作れるくらいだから、線の一本や二本切れてても不思議はないが……。
 とにかく、この手の危ない妄想女は真面目に相手するだけ時間の無駄だ。
「はいはい。じゃあコレまで通り消えて遠くから見守ってて下さいよ。二度と俺の前に現れんじゃねーぞ」
 警察に突き出してやってもいいが、逆恨みされたら面倒だしな。それに責任能力がないといかいう訳の分からん理由で、大した罪にもならなそーだし。
 俺は肺の奥まで吸い込んだ紫煙を、溜息と共にゆっくり吐き出した。
「ソレが無理なんですー。どーも私、幽霊から人間に降格されたみたいでー……」
 人間に降格? 何言ってんだ。
 まぁ取りあえずコイツが、頭の可愛そうな寂しがり屋だということは分かった。言いたいこと言わせた方が早く消えるかもしれん。急がば回り込んで刺せ、というヤツだ。
「私、ドジばっかりで……。聞いてくださいよー。せっかく人が一生懸命ガンバって、妄想好きな女の子とバンダナマニアな男の子をくっつけようとしてたのに、横から急に一時帰還霊が割って入ってきて……その子に全部良いトコ持って行かれちゃって……。ソレが原因で真宮寺君の所に左遷……ああいや、異動になってしまって。うぅぅ……」
 妄想好きな女とバンダナマニアな男? また濃い組み合わせだな。見てみたい気はするが。
「お前、守護霊ってヤツなんだろ? なんでそんなことで降格になるんだよ」
「あ、それはですねー。私が守護霊課と恋愛霊課を兼務してるからなんですよー。今の幽霊界って団塊の世代の人がみんないなくなっちゃって、すんごく幽霊不足なんですよー。なんで私にも沢山仕事が回って来ちゃって……、貧乏霊課とか天然不幸霊課からもオファーが……」
 なんか話がどんどん訳の分からん方向に飛んでるな。
 何もこんなに凝ったエピソード用意してこなくても良いのに。
「ソレで私! 真宮寺君の所でどーしても功績上げないとダメなんですよ! だからお願いします! 協力して下さい!」
「イヤだ」
 とりつく島もなくはねつけた俺に女は一瞬硬直した後、半べそかいてすがりついてくる。
「そんなぁ〜……お願いしますよぉ〜……」
「これだけ話聞いてやったんだ。十分だろ。さっさと出て行けよ。これ以上はマジで警察呼ぶぞ」
 いつまでも電波な女と話している程ヒマじゃない。そろそろ会話にトドメを刺そう。
「真宮寺君……ひょっとして、まだ私のこと信じてませんねー?」
 あたりめーだろ。
「仕方ないなぁー。じゃあとっておき」
 指を立ててなぜか嬉しそうに言いながら、女はスカートのポケットから手の平サイズの小さな手帳を取り出した。そして中身を読み上げる。
「貴方はこれから二分後に、部屋に現れたゴキブリをシャーペンの芯で串刺しにします……って、コレ本当なんですか?」
 何で俺に聞くんだよ。
「その手帳は?」
「あ、これは『過去未来手帳』って言って、守護霊課に配属された時支給された物ですー。守護対象者の将来が分かるんですよー、便利でしょー。この内容見て、どうやって守るか決めるんですよー。まぁ、せいぜい一時間くらい先までしか分からないんですけどねー」
 『過去未来手帳』? なんだそのダサいネーミングセンスは。こんな小道具まで用意しやがって。泥棒以外になんか別に目的があんのか?
「お前さー……」
 何か言おうとした俺の視界の隅で黒い物体が蠢く。ソレが命より大切な巨大ポスターに歩み寄るのを見た時、考えるよりも早く体が動いていた。ここからターゲットまで最速で飛来できる物質を視界が捕らえる。
 目の前のガラステーブルに散乱していたシャー芯を一本つまみ上げ、指先に全神経を集中させた。極限まで空気抵抗を減らす為、ターゲットに対して完璧に垂直な角度でシャー芯を打ち出す。音を立てることなく壁に吸い込まれた黒い槍は、そのままターゲットの墓石となって固定化された。
「ったく、油断も隙も……」
 思わずハッとする。
 言い当てた。この女、俺の行動を言い当てやがった。
「ちょっとその手帳見せろ!」
 口を半開きにして、呆然としている女から手帳を奪い取るのは簡単だった。

『この手帳を真宮寺太郎に奪われる』

 次のページにでかでかと書かれていた。
 コイツ……まさか本当に。
 更にページを捲る。

『フィギュア模型にデジカメが落下する』

「――な!」
 慌ててさっきデジカメを置いたベッドの上に視線を突き刺した。ベッドの端という不安定な足場に放り投げられたデジカメは、その真下にあるバニーフィギュアに狙いを定めている。
「麗子おおぉぉぉぉぉ!」
 雄叫びを上げながらヘッドスライディングの要領でフィギュアに飛び込み、彼女の頭上を手で庇った。直後に堅い衝撃が手の甲に伝わる。間一髪で危機を脱した麗子像を、俺は心の底から労りながら優しく包み込んだ。そして危険のないスチールラックに戻し、上からクリアケースを被せる。
 昨日の夜、麗子の夢を見れますようにと願を掛けて枕元に置いたことが裏目に出るとは……不覚。
「す、すごーい、真宮寺君……。恐いくらいの運動神経ですねー……」
 感心したような、呆れたような声で女は呟いた。手にはさっきの過去未来手帳。どうやら麗子を助けた時に投げ出してしまったらしい。もっとよく調べたかったが、あの手帳が未来を予知している可能性は極めて高いようだ。
 デジカメはたまたまベッドに放り投げただけだ。麗子がベッドの下にいることはともかく、そこにデジカメが落下することを下調べで予測できたとは考えにくい。
 オカルトと電波の融合体、か……。コイツただ者じゃない。守護霊を現代風に解釈すれば、すなわちストーカー。だとすればコレは由々しき事態だ。俺様の順風満帆な二次元ワールドに支障をきたす恐れがある。余計な不安因子は速やかに排除せねば。
 そのためにはまず敵を知らなければならない。
「もう少し、詳しい話を聞こうか」


 ――人はあまりに笑撃的な事実を突きつけられると殺意を覚える by 真宮寺太郎

「じゃあ何か? 俺はお前のステップアップの踏み台にされてる訳か?」
 ベッドの端に腰掛け、タバコをくゆらせながら俺は苛立ちを隠すことなく低い声で聞いた。
「ま、平たく言えばそうですねー」
 色葉 楓(いろは かえで)と名乗った目の前の脳天気女は、ポテチを頬張りながら緊張感のない様子で部屋を漂っている。どうやら空気を読むという言葉とは無縁のようだ。空気に浮かぶことは出来るようだが。
「今すぐ俺の目の前から消えろ。さあ消えろ、パッと消えろ。今ならまだクーリングオフがきくはずだ」
「ですからー、さっきも言いましたようにー、私は真宮寺君の守護霊なので基本的に離れられないんですー」
 正確には半径十メートル以内。ソレはさっき実験した。
 百メートルを四秒台で走れる俺だが、どれだけ逃げ回ってもコイツは何事もなかったかのように物陰から出てきやがる。俺との距離が一定以上開くと、不自然にならない形で現れる仕組みになっているらしい。その距離が大体十メートルだ。
 シュレディンガーの猫をマタタビ風呂に突き落とすような現象により、俺は取りあえず『守護霊』とかいう異界生物の存在を、鼻毛の先ほどは信じざるを得なくなった。
「クソッ……」
 どうすればいい。どうすればこの異常事態を回避できる。大学生活最後の夏休みを、こんな不幸に見初められたような女と過ごすのだけは嫌だ。二次元から派生した擬似三次元体のフィギュアならともかく、自称守護霊のリアル三次元体なんぞ痛すぎる!
「真宮寺君ー、ですから素直に恋愛しましょ? ねー?」
「断る」
 俺の表情から考えていることを読みとったのか、色葉は悩みのなさそうな晴れやかな顔で再提案してきた。
 色葉が俺の目の前から消える方法。ソレは大きく分けて二つ。
 一つは俺が甚大に持っているらしい運気を吸い取り、守護霊として格を上げることで幽霊に昇格すること。そしてもう一つが俺の恋愛を成就させ、恋愛霊としての株を上げることで幽霊に昇格すること。
 二つ目は論外。俺はこの先ずっと誰かに頼るつもりはない。一生一人で暮らしていく。それはもうガキの頃に決めたことだ。
 で、一つ目の提案。最初、この女が目の前から消えてくれるならばある程度は仕方ないと思っていた。俺を守護するために、俺の運気を使うというのであれば辛うじて納得できる。
 だが、コイツの仕事っぷりを聞いて考えが変わった。
 コイツは俺に憑いてから五年間。昼寝しかしてねーとかぬかしやがった。そんなモン降格させられて当然だ。しかも寝相が悪くて何度か迷惑を掛けたことがある? 
 じゃあ何か? 俺が頭の寂しい化学の教師のテストで『ハロゲン』を『ハゲロン』って書き間違えたのも、百メートル走で脚に加速装置埋め込んでたことがバレたのも全部コイツのせいって訳か?
 この調子だと守護霊に戻られても、ろくなことにならないのは目に見えている。
 両方とも却下だ。
「色葉、ホントにそれ以外に方法はないんだな」
「はいー、恋愛する気になってくれましたー? きっと幸せにしてあげますよー」
 なら、しょうがない、な……。
「真宮寺君?」
 立ち上がり、レザー製のジャケットを着た俺に色葉が不思議そうに小首を傾げる。
「色葉、今から俺は幸せになりに行く」
「恋愛するんですねー」
「お前を不幸にするからだ」
 “他人の不幸こそ我が幸せ”
 ソレが俺の座右の銘。
 色葉は言われたことがよく分からないのか、相変わらずとぼけた顔でポテチを頬張り続けていた。

 神社の境内へと続く長い石階段。両脇の雑木林から聞こえる蝉の声が、暑さを増幅させる。太陽に灼かれた石畳から立ち上る陽炎が、更に拍車を掛けた。
「どこ行くんですかー?」
 汗一つかくことなく、色葉は俺の後ろを付いて……憑いてくる。外で飛ぶのだけは止めろと言ってあるのでコイツも歩きだ。靴は母親が残した紅のパンプスをくれてやった。
「お祓い場」
「えー、守護霊祓っちゃうんですかー? 不幸になりますよー?」
 お前が言うな、不幸の塊。
 胸中でツッコミを入れたところで俺は階段を登り終えた。きつい陽光を受けて白く染め上げられた砂の上を、ひび割れた石畳が社まで長く続いている。
 門番の如く屹立している灯籠の間を通り抜け、俺は目的の人物を見つけた。祭りの時か年の始め以外、特に用のないこの場所にはソイツしかいない。
 可哀想なくらい身長の低い少女が、巫女服姿で境内を掃除していた。俺に背を向けて、せっせと竹箒を動かしている。このクソ暑い日に感心なことだ。
 俺は物音一つ立てることなく、流れるような足運びで彼女の背後に近づいた。
「よぉ、憂子。今日も相変わらずちっさいな」
 俺の声に彼女はビクッ、と小さく体を震わせて振り向く。そして座敷ワラシのような剣幕で、竹箒を振り上げた。
「気配を絶ってアタシの後ろに立つな!」
 言われて仕方なく俺は三角座りを決め込み、彼女を見上げる。
「これでどうだ?」
「余計おかしいわ!」
 やれやれ、我が儘なことだ。まだまだ子供だな。
 デニム製のジーンズについた砂埃を払い落としながら立ち上がり、俺は嘆息した。
「珍しくアンタの方から顔見せたかと思ったら人をバカにして。で、何か用?」
 頬をぷくっと膨らまして子供っぽい仕草でふてくされながら、天深(あまみ) 憂子は腕組みしてコチラを見上げる。身長百八十ある俺とは三十センチ以上も落差があるため、自然と優越感に浸れるところがグッドだ。
 体や仕草だけではなく顔の輪郭も丸くて童顔なので、ぱっと見小学生だが、実は俺より二つも年上だったりする。今年で二十四になる女の髪型がオカッパというのは社会的にどうかと思うが、まるで違和感がないのでここは華麗にスルーだ。二次元世界でもこういう女は、意外と萌えキャラとして支持率は高いしな。
 ゆくゆくはココの神主になる跡取り娘らしいが、賽銭だけで食っていくような仙人みたいな退屈な生活をよく受け入れたもんだ。
「うむ、実はお前に折り入って頼みたいことがあってな」
「ふぅん、アンタが頼み事なんて意外ね。いつも一人で何でも出来るって言い張ってるのに」
 面白そうに眉を上げ、憂子は竹箒を近くの灯籠に立てかける。
 確かに俺が誰かを頼るなど滅多にない。コイツともガキの頃からの近所付き合いが無ければ、頼ろうなどとは思わなかっただろう。
「大抵のことは出来る。だがお前にしかできんこともある」
「へぇ、何?」
「例えば、紺のブレザーにミニスカート、黒のハイソックスを履いて僅かに覗く白いフトモモ――絶対領域を強調しながら口元に手を持っていき、上目遣いで恥じらいながら『センパイ……』と儚げに呟いた挙げ句に、憂いを含んだ視線で流し目を送りつつ、けなげな仕草で立ち去りながら何もないところで転んでみせること、とか」
「死んでもやらないわよ」
「心配するな。俺は二次元にしか興味ない」
「……どっちしても問題発言なことに変わりないわ」
 半眼になって言いながら憂子は竹箒を取り、社の方に向かった。
 話が長くなるなら日陰で、ということだろう。
「で、頼みたいことって何?」
 気温が高くても湿度が低いせいか、賽銭箱の前に出来た影の中はそれなりに快適だった。
「うむ、実はな。お前にちょっとお祓いをして貰いたいんだ」
「お祓い?」
 怪訝そうに眉をひそめて返す憂子に、俺はさっきまでのことを手短に説明した。
「守護霊と恋愛霊の兼務? それって、ひょっとしてあの人のこと?」
 憂子が指さした先には、鳩にポテチを配って喜んでいる色葉がいた。これから痛い目を見るというのにお気楽なことだ。
「どう思う。アイツはやっぱり霊なのか?」
 どうやっても半径十メート以内に現れること。空中浮遊できること。過去未来手帳を持っていること。人間でない可能性は極めて高いが……。
「そうね。人とは波長がちょっと違うみたい。彼女が守護霊って言ってるんなら多分その通りだと思うわ。まぁ、アンタ程はおかしくないけど」
 憂子が言うには俺の波長は七色らしい。黒っぽい赤、黒っぽい橙、黒っぽい黄、黒っぽい緑、黒っぽい青、黒っぽい藍、黒っぽい紫の七色。それがどんな意味を持つのかはよく知らんが。
「そうか、じゃあ綺麗サッパリ祓ってくれ」
「別にやってあげなくはないけど……結構痛いわよ?」
「アイツが、だろ? 俺は痛くないから全くもって問題ないぞ」
「アンタも痛いのよ」
 な、なぬ?
「当たり前でしょ。霊的にくっついてるのを無理矢理引き剥がすんだから。痛みは両方に行くわ」
 それは予定外だ。
「……ちなみに、どのくらい痛いんだ?」
「そうね、深爪した小指をタンスの角にぶつけた後、偶然父親のエロ本見つけてしまった時くらいかしら」
 そ、それは色んな意味で痛そうだ。
 だが背に腹は代えられん。痛みと言っても所詮一時的な物。俺の明るい未来のために耐えるしかない。
「いいのね?」
「ああ。ひと思いにやってくれ」
 覚悟は、出来た。深爪したことも、小指をタンスの角にぶつけたことも、オヤジのエロ本を見つけたこともある。まさかソレが合わせ技で来るとは思っていなかったが。
 俺はこの決意が揺るがない内にと、色葉を呼んだ。ぽやぽやと脳天気オーラをまき散らせながら、ナメクジのような足取りで近寄ってくる。
「なんでしょー」
「これからお前を祓う」
「あらあらー」
 分かってんのかコイツ。
「初めまして。この神社で巫女をやっている天深憂子です」
 憂子は巫女服の乱れを正し、畏まった様子で頭を垂れる。さっきまでのふざけた気配は微塵もなく、どこか思い詰めた表情で色葉を観察していた。
 さては久しぶりのお祓いで緊張してるな。それはいかん。リラックスさせねば。
「捕捉すると、言うに事欠いて(憂に子と書いて)『憂子』だ。漢字は『憂鬱な面子(めんつ)』から『鬱な面(つら)』を除けばいい。なかなか前向きな覚え方だろ」
「太郎、死にたいの?」
 竹箒の持ち手がいつの間にか俺の顎先に突きつけられていた。
 さすがだ。低い身長を最大限に活かして、見事に俺の死角から不意を突いている。
「人がせっかく集中してるってのに、二度と下らないこと言うんじゃないわよ」
「オーケー、俺が悪かった」
 人差し指と中指で竹箒をずらし、火線上から慎重に顔を外した。
「真宮寺君、下の名前で呼ばれても怒らないんですかー?」
 色葉に指摘されて初めて、憂子が俺を『太郎』と呼んでいたことに気付く。
「ぁあ、コイツとは長いからな。ガキの頃にはコイツの母親――つまり人妻にも世話になったしな。特別だよ。言っとくけどお前は呼ぶなよ」
「特別ですかー、羨ましいですー」
「そもそも憂子の母親――つまり人妻が『太郎ちゃん』なんてお気軽に言うモンだから、コイツも平気な顔して言うようになったんだよなー。迷惑な話だ」
「ところで真宮寺君はどうして下の名前で呼ばれるのが嫌なんですかー?」
「そりゃあコイツの母親――つまり人妻が『シンプルで可愛い』なんて言……って、どーでも良いだろ、ンなこと」
「どーでも良いついでに言わせて貰うけど、アタシの母さんを『人妻』って呼ばないと気が済まないわけ?」
「なんだ、違うのか?」
「いや、違わないけど……」
 何故か疲れた様子で憂子は頭を抱えた。まぁこの暑いのに巫女服じゃあバテるわな。
「で、始めちゃっていいの?」
 袖長白衣を少しまくり上げ、憂子はげんなりとした表情で言った。
「おう、やってくれ」
「本当にやるんですかー?」
 色葉がようやく不安げな視線を俺に向けてくる。
 そうだ。その顔だ。その怯えた顔を見たかったんだ。言っておくが泣いても許してやらんからな。
「やれ! 憂子!」
 得意満面になり、俺は完全勝利を確信して憂子にゴーサインを送った。
 それに応えて憂子は両の手の平を合わせると、目線の高さまで持っていく。瞑目して精神を集中させた後、カッと大きく両目を見開いて声高に叫ぶ。
「アブドノレダムラノレ オムニスノムニス ベノレエスホリマク!」
「……それって著作権的にヤバくないか?」
「細かいこと気にしないの。一部修正してあるからきっと大丈夫よ」
 本当に仏に仕える身なのか怪しかったが、呪文によって憂子の両手が青白い燐光を放ち始めた。ソレはすぐに巨大な二つの手となって、俺と色葉の体を包み込む。
「――!」
 後頭部を鈍器で殴られたような衝撃。目の奥で大規模なハレーションが起こり、視界を白く染めていく。
 俺が降り立った純白の世界に僅かな染みが一点落ちた。それは弾けたように四方八方に広がり、やがてピンクのレオタードとなって安定する。その衣装を身に纏い、一人連想ゲームに興じているのは、脳味噌にまで筋肉が詰まっていそうな毛むくじゃらの大男。
 精神を根底から蝕まれるような錯覚。底の見えない奈落への失墜。痛い、などという生易しい言葉では到底表現できない光景が、次々と映し出されていった。
 視界が元に戻った直後、指先の毛細血管が暴発したような熱と激痛が走った。危うく飛びそうになる意識を気合いで繋ぎ止める。
 耐えろ、耐えるんだ。コレに耐えれば完全無比の自由が……。
 それに色葉も俺と同じだけの苦痛に耐えているはず。あんなヘタレ女が声一つ出してないのに、俺が先に音を上げてたまるか。
 視線だけを動かして色葉の様子を見る。
「――な」
 そこには不安そうな顔で俺の方を心配している色葉の姿。痛がっている様子は微塵もない。
 ばか、な……。何かおかしいぞ。憂子は同じだけの苦痛があるって……。
「ちょ、ゆ、憂……子。ストッ……プ」
「え? なに? よく聞こえない」
 やば、い。意識が……。
「あ、あの憂子さんー。そろそろ止めた方が、いいのではー?」
 そうだ。色葉の言うとおりだ。止め、ろ……。
「あれ? あなた全然平気みたいねー。こんなんじゃ効かないのかしら。それじゃ、出力アーップ!」
 体の締め付けが一段と強い物になる。
 全身に高圧電流でも流されたように、冷たい痺れが俺の残り少ない意識を根こそぎ刈り取っていった。
 おのれ色葉……この不幸の塊……。何で俺がこんな目に。
「たーくん!」
 悲鳴じみた色葉の叫び声。
 その呼び名が一瞬意識を繋ぎ止めたが、抵抗しきれずに暗い世界へと埋没して行った。
 こんにちは、三途の川さん。


『俺、絶対に先生をお嫁さんにする!』
『あらあらー、ソレは楽しみねー。でも、ちょーっと年が離れすぎてなーい?』
『大丈夫! 十年くらいたったら先生に追いつくから!』
『そうねー、それじゃ先生、楽しみにしてるわねー。

 たーくん』


 目覚めた場所は固い石畳の上だった。
 俺を覗き込むようにして見つめているのはオカッパ頭の座敷ワラシと、ポニーテールの女。その後ろには賽銭箱の上に付いている、でかい鈴に繋がった極太の紐。
 どうやら場所はさっきと変わっていないらしい。
「……く」
 悲鳴を上げる関節を無理矢理動かし、俺は上半身だけを何とか起こした。
「大丈夫ですかー?」
「大丈夫よ。コイツ不死身だから」
 いたわりの声を掛ける色葉とは逆に、俺をこんな目に遭わせた張本人はいたって平然と言ってのける。
「……で、結局成功したのか?」
 痛む頭を押さえ付けながら、俺は一応憂子に聞いてみた。
 憂子は肩をすくめ半笑いになり、首を軽く左右に振る。失敗したというのに、このふてぶてしい態度はどうだ。
「くそっ……何で、色葉は何ともないんだ」
 悪態を付きながら、両手を握ったり開いたりしてみる。動かすたびに、体の中でギシギシと異音が聞こえる気がした。
「それはー、私が真宮寺君の守護霊だからですよー」
 答えになっていない答えを返す色葉。
「どういうことだ」
「今、私は真宮寺君と守護霊鎖っていう見えない鎖で繋がっているのでー、ソレを無理矢理ちぎろうとすると痛いことになりますー。あと守護霊鎖を通じてー、たまに幸せな気分とか落ち込んだ気分とかも共有することがありますー」
「だったら何で俺だけが痛くて不幸な思いしてんだ」
「人間に降格したのはついさっきですからねー。まだ、ちょっとだけ私の方が霊格が上なんですよー。高いところから低いところに流れていくのは何でも同じですねー」
 何なんだその設定は。理不尽この上ないぞ。
 だいたい霊格か何か知らんが、なんで俺がコイツよりも下なんだ。納得いかん。
「で、同じくらいまで落ちるのはいつなんだ」
「さぁー?」
 ダメだ、話しにならん。
 くそぅ、何かいい手はないのか……。もっと画期的で即効性のある打開策は。かくなる上は数ある俺の嫌がらせ――もとい、必殺技の一つで……。
「太郎。先に言っておくけど、足の小指で鼻をほじるのだけは止めた方がいいと思うわ」
 ……こいつエスパーか。
「アンタの考えそうなことなんて、顔見てれば分かるわよ」
 こんな小娘にまで手玉に……。あー、イライラする。
 くそっ、ダメだダメだダメだ。こんな時こそ冷静にならなければ。落ち着け真宮寺太郎。クールダウンだ。俺は天才。一人で何でも出来る。ちょっとやそっとの逆境なんざ万倍にして返せるはずだろ。
 俺に不愉快な思いをさせたヤツは、コレまで例外なく不幸にしてやった。どんな手を使ってでもだ。男だろーが女だろーが関係ない。俺様の平穏無事な日常を壊す輩は、絶対に叩きつぶしてやる。
 催眠術を掛けて懐かしのゲームソフト『ロードランナー』無しでは生きられない体にしてやったり、五年後にハードディスクの中身を無性に全消去したくなる秘孔を突いてやったり、呪いで自分の恥部を公衆の面前で暴露させて社会的に再起不能にしてやったり。まぁ、色々やった。
「……帰る」
 一度大きく深呼吸をして頭を冷やした気分になった後、俺は短く言って憂子に背を向けた。
 憂子が使えない以上、ココにいても仕方ない。いつも通り一人で部屋にこもって、解決策を考えるだけだ。まぁ、残念ながら完全に一人になれるわけじゃないが。
「邪魔したな」
 低い声で言い残して、俺は鳥居の方に歩き出した。
「ま、頑張んなさいよ。何とか出来るんでしょ?」
 当たり前だ。俺に出来ないことはない。
「ですから恋愛しましょーよー」
「お前は付いてくるな」
 と言っても憑いているんだから付いてきてしまうのだが。ああクソ、自分でも何言ってるのかよく分からん。
 とにかく、だ。頭の中を整理してそれから、だな。

 色葉楓。見た目、二十五くらい。
 俺の守護霊であり恋愛霊でもある。能力は不幸の押し売り。特技は寝返り。
 五年前に俺に憑いてから昼寝ばっかしてたので人間に降格。でもちょっとだけ人間より霊格とやらが高いらしい。
 元の幽霊に戻るには、俺の運気を吸い取るか、俺の恋愛を成就させなければならない。
 恋愛は論外として、守護霊に戻ってもまた昼寝ばっかりして、寝返りで俺を不幸にするのは目に見えている。かといってこのまま一緒にいられては、近い内に俺の気が狂う。
「真宮寺君ー」
 だが強引にひっぺがそうとすれば、痛みは全部俺に流れ込み、死の危険さえある。
「真宮寺君ー」
 さて、この絶望的な状況を打破するには……。
「真宮寺君ー」
「なんだよ、うるさいな。今取り込み中だ」
 黒い合板を四本の足で支えただけのシンプルな机に脚を投げ出し、俺は椅子の背もたれに体を預けた。机の上に置かれたガラスの灰皿には、タバコの吸い殻が山のように盛られている。
「このお家って真宮寺君の他に誰かいないんですかー?」
 部屋の真ん中にちょこんと座って、色葉が不思議そうに訊ねてきた。
 俺が住んでいるところはマンションでもアパートでもない。二階建ての一軒家だ。勿論俺が買ったわけではない。親から譲り受けた物だ。
「いねーよ。親は二人ともアメリカ。俺は一人っ子。したがってこの家には俺一人。オーケー? ドゥーユー、アンダスタン? まぁ、今は訳の分からん居候がいるけどな」
 皮肉たっぷりに最後の言葉を強調してやる。
 高校に上がってすぐ親父が海外の本社に栄転になった。けど俺は付いていかなかった。好都合だったからだ。もしあの時二人がいなくならなければ、俺は都外の大学に行って一人暮らしをしていただろう。
「そうなんですかー。でも一人だと寂しくないですかー?」
 俺は何も言わずに鼻を鳴らした。
 何をバカなことを。一人でいられる時間と空間ほど素晴らしい物はない。そういや二年くらい前に、春日亜美って強がりで寂しがりやなお嬢様と、旧友の剛一狼を成り行きでくっつけちまったけど、未だにアイツらの心理はよく分からん。
 大学で見かけてもいつもセットだし、二人だけの世界に入り浸ってるし、休みの日は必ず一緒にどっか行ってるみたいだし。絵に描いたようなバカップルだ。あれだけ他人と一緒にして疲れんのかね。俺にしてみりゃ拷問に近いけどな。
「きっとみんなと一緒にいた方が楽しいですよー」
 誰が決めたんだよ、そんなこと。
「恋愛しましょーよー。あ、さっきの天深憂子さんなんてどうですかー? あの人になら下の名前で呼ばれても怒らないんでしょー?」
 寝言は成仏してから言ってくれ。
 アイツとはお隣さんってだけで、それ以上でもそれ以下でもないんだよ。
「それじゃ、取りあえず外にでましょーよー。せっかくの夏休みなんですから、ずっと家の中にいるのは勿体ないですよー」
 何か悲しくて、炎天下の中を散歩せねばならんのだ。
「真宮寺君ー」
「だー! るせー! 考え事してんだから静かにしてろ! つーか隣の部屋行け! 十メートル以内なら離れられるんだーろーが!」
 ダン! と机に脚を叩き付け、跳ね返った反動で宙に浮くと、華麗にバク宙を決めて床に降り立った。
「わー、すごーい。たーくん、よくできましたー」
 ぱちぱちと手を叩きながら色葉は屈託のない笑みを浮かべる。と同時に少しだけ幸せな気分が訪れた。
 そうか、色葉の幸せが流れ込んで来やがったんだな。コッチがイライラしてるときにコイツの幸せを感じさせられると、余計イライラしてくる。クソ……完全に逆効果じゃねーか。
「いいか、絶対付いてくんなよ」
 コイツが出ていかないんなら俺が出ていくだけだ。
「一人じゃ退屈ですよー」
「だったらゲームでもしてろ。そこに色々揃ってるから」
 四十型のプラズマテレビの下には、四種類のハードと無数のソフトが綺麗に整頓されて並べられている。ギャルゲーがメインだが、格闘やアクション、ロープレ等色々ある。
「やったことないから、やり方分からないですよー」
「自分で考えろ。すぐ人に頼ろうとすんな」
「はーい……」
 元気のない色葉の声を背中で聞いて部屋の扉を開けようとした時、妙な違和感を覚えた。
 待て、待て待て待て。さっきコイツ、俺のこと変な風に呼ばなかったか?
 『たーくん』? そういや神社でも……。何だソレ。あだ名か? 馴れ馴れしい。『太郎』って呼ぶなって言ったから『たーくん』?
 さっき会ったばかりのこの俺様に、そこまで言うヤツなんざ……。
 そこまで考えた時、突然思考から彩りが消える。そして次の瞬間には透明になって、何を考えていたのかすらあやふやになった。
 ……あれ?
 言うヤツなんざ……言うヤツ……。コイツが初めて、だよな。
 振り返り、がさごそとゲームソフトをあさっている色葉に視線を戻す。
 既視感。
 『たーくん』『色葉楓』
 単体では何も感じなかったが、組み合わさることで妙な引っかかりを覚える。何だコレは?
「おい」
 気が付いたら声を掛けていた。
 出ていったと思っていたのか、色葉がビックリした顔でコチラに振り向く。
「お前、今、俺のこと『たーくん』って……」
「あ、あー! あー! そのことですかー! べ、別に不思議じゃないですよー。ちゃんと説明できますよー。ほ、ほら、前に見せた過去未来手帳ってあるじゃないですかー。あそこに昔そう呼ばれてたことがあるって書かれてたんですよー。確か小学校くらいかなー。可愛らしいあだ名だなーって思って。い、嫌ならすぐにでも言うの止めますからー。ダメですかー? 怒りましたー?」
 聞かれてもないことをベラベラと。
 何か後ろ暗いことを隠してるヤツがする、恐いくらいに典型的な反応だ。
「……その手帳に、俺がそう呼ばれていたことが書かれてるんだな?」
 探りを入れるように、ゆっくりと静かな口調で話しかける。
「そ、そうですよー。別に私が元々知ってたとか、そんなことは絶対にあり得ませんからー」
 八割方、コイツは俺が『たーくん』と呼ばれていたことを最初から知ってた。いや、九割くらいか? だが何故。俺自身もあやふやになってるようなことを。
 俺にはゼロ歳の時からの記憶がある。俺が忘れて色葉が知ってるなんてことはまず無い。コイツ、偶然俺の守護霊になったわけじゃないな。
 だか取りあえずそんなことは二の次だ。今はそれ以上に気になることがある。
「……ところでその手帳。過去に関してはどのくらい記録されてるんだ?」
 未来に関しては一時間くらいと言っていた。過去もその程度だと思っていたが、十パーセントの確率で、少なくとも小学校の時まで記されている可能性がある。
「えーっと、過去のことは多分全部書いてあると思いますよー」
 戦慄が全身を駆けめぐる。
 もはや『たーくん』の件はどうでもいい。今重要なのは、その手帳に俺様の人生最大の汚点が書かれているということ。
「念のため聞くが、お前はその手帳全部に目を通したのか?」
「えーっと、本当はしなければならないんですけどー。私、寝てたもんですからー」
 この時だけはコイツの昼寝能力に万雷の拍手と、絶大な賞賛を浴びせてやりたい。
「……そうか。で、ゲームのやり方が分からないんだったな」
 この話はコレで終わったとばかりに、俺は全く別の話題を振る。色葉が、何とかしのいだといった様子で胸をなで下ろすのを見て、俺は内心ほくそ笑んだ。
 取り上げねばならない。過去未来手帳を。何としてでも。今すぐに。
「どれがやりたい。教えてやるよ」
 色葉のすぐ隣りに腰を下ろし、俺はキラリと光る白い歯を覗かせながら声を掛けた。
「本当ですかー。ありがとうございますー」
 過去未来手帳は確かスカートのポケットに入れていたはずだ。ちょっと注意を逸らせれば、あとは俺の黄金の右腕が芸術的なスリ能力を披露してくれる。
「何かオススメのとかありますかー?」
 画面に神経を集中させるにはアクションゲームが良いだろう。
「コレなんかどうだ」
 俺が差し出しのは『悪魔城ラドキュラ』。昔からシリーズ化されているアクションゲームだ。固定ファンも多い。
「へー、色んなアイテム使って敵を倒すんですねー。面白そーですー」
 マニュアルに目を通しながら、色葉は何かに納得したようにうんうんと頷いた。
「やってみるか?」
「はいー。あ、でも、このアイテムの種類……。『鞭』とか『蝋燭』とか……キャー、『聖水』なんてのもあるんですかー!? これってひょっとしてエッチなゲームー!?」
 想像力の逞しい奴だな。硬派なゲームに対して失礼だろ。
 対応するハードの電源を入れ、DVDをセットする。しばらくしてメーカーロゴが流れた後、中世ヨーロッパで行われた魔女狩りを描いたオープニングが始まった。
「綺麗な絵ー。最近のゲームって凄いんですねー」
「だろう? まぁ、ゆっくり楽しんでてくれ。ちょっとトイレに行って来るから」
 過去未来手帳はすでにジーンズのポケットに入っている。
 あまりに隙だらけだったので、メーカーロゴの時点で奪ってしまった。コレなら別にアクションゲームでなくても良かったか。
「はーい、どうぞごゆっくりー」
 色葉は全く気付くことなく、六ボタンのコントローラーとテレビを交互に見ながら、忙しそうにプレイしている。
 そんな彼女を後目に俺は自室を後にした。 

 俺が小学校の時に残した汚点。それは異性への告白。
 誰かを好きになり、素直な気持ちをうち明けたのは後にも先にもそれっきりだった。どこで誰に告白したのか、今とはなってはハッキリ思い出せない。記憶力には自信があったが、黒歴史を抹消するために無意識に忘却の彼方へと葬り去ったのかもしれない。
 だが、『告白した』という事実だけは覚えている。
 俺が告白? おいおい勘弁してくれ。何の冗談だ? シーラカンスが養殖場で大ブレイクしてるくらいありえないだろ。ガキの頃のこととはいえ、『ちょっと火遊びが過ぎたみたいだな』の一言では片付けられない。火のない所にのろしは上がらない。過去の汚点はこの手で確実に抹消させて貰う。
 俺は一人洋式トイレに座り、過去未来手帳を開いた。

『特殊相対性理論の矛盾を指摘。亜光速での移動が可能となる』
『二十七番目のアルファベットを発見。常人では不可能な発音が可能となる』
『レオナルド・ダ・ヴィンチ作【ウィトルウィウス的人間】の四次元的解釈に成功。分身の術が可能となる』

 この辺は高校の時だな。もっと前か。

『必殺技、《目から怪光線》を習得』
『超必殺技、《貴様の力などブタに等しい》を習得』
『秘奥義、《時よ止まれ!》を習得』

 これは中学の時か。懐かしいな。

『父親に《シャラップ》の意味を聞くが、何度聞いても《黙れ》と突っぱねられる。反抗期のキッカケとなる』
『一週間で大きくなるシーモンキーに感動する。寿命が三日だと知り絶望する』
『《恋人募集中》というテレビのテロップを見る。連絡先に電話をするが断られる。しばらくして《恋》を《変》と読んでいたことに気付く』

 この辺りか。そういや、ガキの頃から自分は周りと違うって自覚はあったんだっけか。
 かつての自分に懐古の念を這わせながら、俺はその近くのページを一枚一枚捲っていった。

『    に告白する。遠回しに断られる』

 あった! コレだ!
 名前が書いてないのが少し気になるが、今はどーでも良い。多分俺の知らないルールか何かあるんだろ。それに、俺に恥ずかしい思いをさせた相手の名前など知りたくもない。むしろ好都合だ。後は『告白する』という文字をこの世から消し去るだけ。
 俺は迷うことなくそのページを破り捨て、トイレに捨てる。速攻で水を流して、大きく息を吐いた。
 コレで一安心だ。
「ん?」
 破り捨てることで現れた、奥のページに書かれた文章。その文字の羅列を何となくなぞっていた俺の目が驚愕に見開かれた。

『アルコールランプの不始末により理科準備室で火災発生。その場に居合わせた真宮寺太郎は炎に囲まれて逃げ場を失うが、焼け死ぬことなく無事生還』

 何だコレ。俺が火事で死にかけた? コレこそ何の冗談だ?
 理科準備室が火事になった。ソレは知ってる。ソレは確かに覚えている。
 けど……ソイツに俺が巻き込まれたことまでは覚えていない。
 おかしい。絶対におかしいぞ。何でこんな大事件覚えてないんだ。いくら何でも自分が死にかけたこと忘れるはずないだろ。
 あまりの恐怖に記憶障害になったってんなら、火事そのものを忘れるはずだ。けど、火事のことはハッキリ覚えてる。
 俺しか知り得ない過去を、ここまで正確に書き記しているこの過去未来手帳に嘘が書かれているとは思えない。
 なんだ、何なんだ。なんで俺は死にかけたようなことを……。
 大体火に囲まれてんのに、どうやって逃げ出せたんだ。この手帳には結果だけしか書いてないから、詳しいことがサッパリ分からん。
 ――いや、待て。落ち着け。そうじゃないだろ。今重要なのは、済んだ過去の事故じゃない。これからも色葉が付きまとうかもしれないという、未来への不安だ。
 取りあえず過去の汚点に関する記録は抹消した。これであの女に弱みを握られることもない。後はアイツを引き剥がす方法を閃けば……。
 …………。
 貧乏揺すりしながらしばらく頭を捻る。だが名案は浮かばない。
 それどころかさっきの事件が気になってしょうがない。コッチはまだ裏をとる方法はある。単純な話だ。憂子に聞けばいい。
 火事が起きたのは俺が小三の時。憂子は同じ学校の五年。絶対に覚えているはずだ。
「クソッ」
 鼻に皺を寄せ、俺は忌々しげに言葉を吐く。
 まぁテストの問題も解法が分かっているものから先に手を付けるのは定石。それに全く無関係なことをしていても、問題を常に頭のどこかに置いていれば突破口を思いつくこともある。
 そう。時間を無駄にしないためにはコレが最良の選択なんだ。俺はただ効率的な行動をとっているだけ。
 自分にそう言い聞かせ、俺は自室へと戻った。

 部屋の中では色葉がゲームに熱中していた。
 コントローラーを体ごと上下左右に振りながら、必死にプレイヤーキャラを操ろうとしている。背中まで伸びたポニーテールが、色葉が動くのとは逆の方向に尻尾を振っていた。
「あ、お帰りなさいー」
「おう」
 無愛想に返して、俺は色葉の隣りに腰を下ろす。勿論、過去未来手帳を返すためだ。用が済んだ以上、盗まれたことに気付かない内に戻すのが盗みの常道だ。それにコイツのヌルいガードなら必要な時にいつでもスレるだろうし、思い出したくもない過去や、知りたくもない未来を肌身離さず持ち歩きたくはない。
「あーうー。またやられたー」
 がっくりと大袈裟に肩を落として、色葉はうなだれた。その絶好の機会を逃すことなく、俺はスカートのポケットに過去未来手帳を忍ばせる。
「よーし、もう一回」
 色葉が再び顔を上げた時には、俺は何事もなかったかのように手を戻して画面を見ていた。我ながら完璧だ。
 用事を終え、憂子の神社に行こうと立ち上がった時、目の前で色葉のプレイヤーキャラが悲鳴と共に力つきる。元々苛立っていたのもあるが、犯罪級の下手さ加減に目元が痙攣した。
「ちょっと貸してみろ」
 そして俺の手は勝手に色葉からコントローラーを奪い取っていた。
 座り込み、慣れた手つきで華麗なテクニックを披露する。蒼い退魔服を着たプレイヤーキャラは、攻撃と防御を無駄なく行い、あっと言う間にそのステージのボスキャラを倒した。
「わー、たーくん、すごーい」
 色葉は、ぱちぱちと子供っぽい仕草さで手を叩きながら、感嘆の声を上げる。
「その『たーくん』ってのも禁止だ。次から二度と使うな」
 言われてようやく気付いたのか、色葉は慌てて口に両手を当て、しまったという表情を浮かべた。
「はいー、すいませんー」
「ったく……」
 余計な時間を食ってしまった。
 俺が改めて立ち上がった時、色葉は不思議そうな顔つきで見上げてきた。
「どこ行くんですかー?」
「別にどこでも良いだろ」
「でもー、真宮寺君の行く場所は私の行く場所でもあるのでー」
 ……くそぅ。仕方ない。チョロチョロされるより、最初から言って大人しく付いてこさせた方がまだマシか。
「神社だよ、神社。さっき行ったろ」
「天深さんに会いに行くんですかー?」
「ああ」
「よかったー、やっと恋愛する気になってくれたんですねー? 私でよければ何でもお手伝いしますー」
「話聞きに行くだけだ。お前はさっきみたいに離れて鳩とでも遊んでろ。近づくんじゃねーぞ」
 俺の言葉に色葉はしゅん、と小さくなり、口先を尖らせる。
 ジャケットを羽織りながら色葉の横顔に視線だけを向け、俺は胸中で嘆息した。
 『たーくん』、ね……。
 そこに含まれていたのは『太郎』と呼ばれた時の不愉快な響きではなく、どこか安心感をもたらしてくれる懐かしい余韻だった。

「あら、太郎。また来たの。明日は槍の雨でも降るのかしら」
 境内の隅にある花壇に水をあげながら、憂子は近づいてきた俺に顔を向けた。将来的に自分の物になる神社を可愛がっているのか、まめに手入れをしてるようだ。
「ちょっと聞きたいことがあってな」
 色葉が十分離れてぼーっとしているのを確認し、俺は口を開いた。アイツがそばにいるとペースが狂うし、俺と憂子しか知らないことを話す可能性が高いので聞かれたくない。
「俺らが小学校の時、結構デカい火事があったろ」
「火事?」
 憂子は視線を上げ、何かを思い出しながら続けた。
「ああ、そう言えば理科準備室が燃えたことあったわね。アタシが小五くらいの時だったかしら。それがどうかしたの?」
「詳しく覚えてるか」
「まぁニュースにもなったくらいだからね。確か地震が原因でコンセントが漏電して、出た火がほったらかしにしてた古いアルコールランプに燃え移ったんだっけ。隣の理科室が生物部の部室だったのに、ススで真っ黒になって……アンタが動物の避難場所、必死になって探してたわ。あの時はまだ生き物好きの少年だったのに、どこでどう間違ったらこんな、オタクで根拠のない自信に溢れてて、傍若無人で自分のこと棚上げして人を責めるようなごうつくばりになるのかしら……」
 溜息混じりに言いながら、憂子は哀れむような視線を向けてくる。
 うるせーな。そこまで言うことねーだろ、ったく。
 否定はせんが。
 しかしまぁ、憂子はあの時のことを結構しっかり覚えてるみたいだな。
「で、だな。その火事があった時、俺がどうしてたか覚えてないか?」
「アンタが? みんなと一緒に逃げたんじゃないの?」
「いや、多分そうだとは思うんだが……ちょっとその辺り微妙でな。もし覚えてたらで良いんだが、俺が理科準備室にいたってことないよな」
「はぁ?」
 眉間に皺を寄せ、憂子は『頭大丈夫?』と目で言いながらオカッパを掻き上げた。
「変なこと言ってるのは分かってる。しかし、だ。とある情報筋によると、どーも俺が理科準備室にいた可能性が高いらしいのだ。で、今その裏付けを取ってるんだが……」
「アンタ探偵業でも始めたの?」
 くそぅ、バカにして。話が進まんではないか。
「そんなトコいたらとっくに焼け死んでるじゃない。運が良くて大火傷よね。それに何でアタシがアンタのことそこまで知ってるのよ。ストーカーじゃあるまいし」
 むぅ、確かにその通りだが……。
「それとも何? 自分が不死身だってことわざわざアピールしに来たわけ?」
「俺がそんな下らないことに時間を割く人間かどうかは、お前も良く知ってるだろう」
「……そりゃそうよね」
 ダメだ。もしかしたらと思ったが肝心のところは全然覚えてない。
 いや、当然か。わざわざ火事の現場に行くようなヤツは消防隊くらいしかいない。
 ったく、過去未来手帳の内容が本当だとして、何で俺は理科準備室なんかに行ったんだよ。その辺りのことがスッポリ抜け落ちてやがる。
「そういえば、さ」
 俺の思考を中断するかのように、憂子がどこか遠慮がちに声を発した。
「丁度その頃だよね、アンタが変わったのって。前はもっとみんなと一緒にいて明るかったのに」
 何を言い出すかと思えば。下らん。
「フ……俺はその時すでに悟りを開いてたのさ。周りの奴らなんぞザコ以下。俺の足下にも及ばん。だったら一人で何でもやってやるってな」
「そうよねぇ……。あの時のアンタってば口癖みたいに同じこと言って。なんか話しかけづらいオーラ纏っちゃったもんね」
「一人でいるのが楽しくてしょうがなかったからな」
「本当に?」
 ジョウロを地面に置き、名前も知らない常緑樹の太い幹に背中を預けて、憂子は試すような視線を向けてきた。木陰に入ったせいか、憂子の顔から表情が消えたように見える。
 なんだよ、その目は。
「今のアンタならともかく、あの時のアンタは正直見てられなかったわ。無理してるのが痛いほど分かったから」
 やれやれ、何か変な方向に話が飛んでるな。悪いがそういう話ならパスだ。今の俺には何の関係もないことだからな。
「邪魔したな。変なこと聞いて悪かった」
 俺は憂子の言葉に何も答えることなく、色葉の方に体を向けた。
「ちょ、ちょっと太郎! アタシなんか変なこと言った!?」
 背中に憂子の声が掛かるが、俺は構わず歩を進める。何を言うつもりかは大体予想できた。別にさっきの言葉に対して謝る必要もないし、俺を気遣う必要もない。人に優しくされるのは嫌いだ。
 まったく、とんだ一日だな。色葉が出てきてから嫌な思いしかしてない気がするぞ。
「はいはーい。コンニチハですデス、真宮寺太郎様」
 激しく鬱な気分に陥りかけている俺にトドメを刺そうというのか、足下からいきなり陽気な声がした。色葉の時と同じく、何もない空間から幼稚園児くらいのガキンチョが姿を現す。
 黒のカッターシャツに、同色の蝶ネクタイ。ダークスーツを着こなし、顔を飲み込みそうなほどデカいシルクハットを身につけていた。上から下まで完全に黒一色のガキは、小さな口から八重歯を覗かせて、ニッコリと笑った。
「初めましてー、ボクは夜水月(よみづき)と言いますデス。今後ともヨロシクデス」
 俺の太腿くらいまでしか身長のないソイツは、短い手を折り畳んで慇懃に礼をする。
 まーた変なのが出てきたな。どうやら色葉と会ったことで妙なフラグが立ったらしい。迷惑な話だ。
「あれー、驚きませんデスねー。さっすが真宮寺様。度胸が据わって……って、あ、ちょ、ちょっと待って、無視しないで……!」
 こういう輩は色葉だけで間に合ってる。もうお腹一杯で吐きそうだ。血反吐も一緒に。
「あれー、夜水月さんー。こんな所で会うなんて奇遇ですねー」
 鳥居の日陰でぼーっとしていた色葉が、俺達の姿を見て小走りに寄ってきた。
 やっぱり知り合いか。
 夜水月とかいう謎のガキは俺の隣りに並んで歩きながら、半眼になって呆れたような視線を色葉に向けた。
「楓君……キミの出来の悪さには何度も感心させられますデスよ」
「いやー、それ程でもー」
 褒めてねーよ。
「あ、真宮寺君。紹介が遅れましたー。こちら、私の上司の夜水月と申しますー」
 上司? このガキが?
 色葉からの紹介に、俺は鳥居の前で足を止めた。
「ほぅ、じゃあ何か。お前の監督不行届のせいで俺はこんな不幸の肥溜めに突き落とされるような目に遭ってるわけだな」
 部下の失態は上司の失態。キッチリ責任とってもらおーか。
 俺は片手で小僧の胸ぐらを掴み上げると、ドスを利かせた声で言い放った。
「今すぐコイツを俺から離せ」
「え、ええ……。デスからソレも踏まえましてデスね。これからお話ししようかと……」
 なかなか話が分かるじゃないか。
 俺は夜水月を投げ捨てるように解放すると、鋭い視線で睨み付けて先を促した。
「え、えーっと、まず楓君。キミは今朝、降格処分になったばかりだというのに、いきなり大失態をやってしまったようデスね」
 軽く咳き込みながら蝶ネクタイを直し、夜水月はシルクハットをかぶり直しながら色葉の方を見る。そしてスーツの内ポケットから小さく折り畳まれた紙切れを一枚取り出し、丁寧に広げていった。
「はいー? 私なにかしましたかー?」
「キミが持っている真宮寺様の過去未来手帳。その一部破損が先程確認されました」
 紙の内容を確認して、夜水月は冷めた口調で言う。
「えー!?」
 目を大きくして大袈裟に驚き、色葉はスカートのポケットから過去未来手帳を取り出した。そしてパラパラとページを捲って中身を確かめる。
「あー! ココのページ破けてるー! なんでー!? どうしてー!?」
 俺が破り捨てたからに決まっているだろう。
「楓君。過去未来手帳は幽霊界でも貴重な物デス。デスから常に大切に、肌身離さずに持っていなければなりません。その破損が確認されたのはついさっき。いったいどういう経緯で破ってしまったのか、説明して貰いましょうか」
 夜水月は偉そうに腕組みしながら、色葉を言及する。
 色葉は眉をハの字に曲げて戸惑いの表情を浮かべながらも、顎先に人差し指を当てて視線を宙に投げ出した。
「すいませんー、分かりませんー。私はずっとこのポケットの中に入れておいたんですー」
「じゃあひとりでに破けたとでも言うつもりデスか」
「そうとしかー」
 色葉のとぼけた返事に、夜水月は大きく肩を落として嘆息する。
「キミの知らないところで破けたということは、誰かに過去未来手帳を取られた可能性がありますデスね。心当たりは?」
「私が降格された後お会いしたのはー、真宮寺君と天深さんだけですー」
 色葉は俺と、後ろでこの唐突な展開に驚きを隠せない様子の憂子に視線を一回ずつ預けて、夜水月を見た。
「おい憂子、ダメじゃないか。人の物勝手に見ちゃ」
 間髪入れず俺は憂子に注意する。
「ちょ……! 何でアタシなのよ! 大体そんな手帳見たこともないわよ! アタシじゃないわ! 勝手に犯人扱いしないで!」
 憂子は濡れ衣を着せられて、もの凄い剣幕で言い返してくる。
 分かってないな。そんなにムキになったらまるで『見苦しい言い訳』をしているみたいじゃないか。
「まぁまぁお二人ともケンカしないで下さい。確かに過去未来手帳が楓君のポケットから露出した時間帯には、そこの天深さんという方とは接触していないようデス」
 紙と俺の顔を交互に見ながら、夜水月は探るような視線を送ってくる。
 コイツ……最初から知ってて。あの紙に何が書かれているかは知らんが、色葉と過去未来手帳の監視記録のような物なのだろうか。そんな都合の良い物が……。
 いや待て、カマ掛けの可能性もあるな。単純に考えて、色葉の守護対象者である俺が一番の容疑者。自白とまでは行かないまでも、確信を持てるだけのボロを俺に出させる気かもしれん。ここは冷静に対処する。
「で、結局お前は何が言いたいんだ?」
「ああ、スイマセンデス。別に真宮寺様を疑っていたわけではないのデスが」
 よくもまぁ、いけしゃーしゃーと。
「ただ、幽霊界にも色々と規則がありましてね。特に過去未来手帳に関しては厳重なんですよ。破損しただけならまだしも、その内容を人に見られたり、守護霊の口から喋ったりすればソレ相応の罰則が用意されていますデス。守護霊にも、守護対象者にもね」
「守護対象者への罰則ってのは、内容を見たり聞いたりしたのが対象者だった場合だろ? でないと理不尽すぎるぞ」
「ああそうデス。その通りデス。いやはや、さすがは真宮寺様。鋭いデスね」
 もうお前の中では、俺が犯人決定ってわけか。まぁ大当たりだけどよ。
 とくかくこのガキは俺に罰則ってヤツを食らわせたいらしいな。面白い。そっちから勝手に役に立たない守護霊押しつけといて、俺の知らない規則を破ったら罰? 冗談じゃねーぞ。俺にケンカ売ったヤツは例外なく不幸になって貰うってのが、俺の中での規則だからな。幽霊だろうと何だろうと、その規則は適応させて貰うぜ。
「楓君。まさかとは思いますが、手帳の内容を真宮寺様に言ったりしてないでしょうね」
 ダメ押しか。
 色葉は顔を青くして立ちつくしている。肯定と解釈するには十分すぎる反応だ。コイツは今朝、俺に内容を喋ってるからな。
「……喋ったのデスか。そうデスか。仕方ありませんデスね」
 夜水月は紙を折り畳んで内ポケットにしまい込み、残念そうな顔で俺の方を見た。
 やる気か。
「真宮寺様。見ての通り、楓君はまるで使えない守護霊デス。近い内にクビになるでしょう」
「えー、そんなー」
 だーっ、と滝のように涙を流しながら、色葉は顔を歪めた。
 それに呼応して俺の胸も締め付けられる。
 クソ……そうか。色葉がヘコんだから、そのとばっちりが俺のところに来たんだな。コイツが幸せになってもイライラするし、落ち込んでも嫌な思いをする。良いこと無しじゃねーか。この不幸超人めが。
「しかし幽霊界も幽霊不足。こんな使えない幽霊でも、守護霊と恋愛霊を兼務しているくらいデスから。楓君をクビにする以上、新しい幽霊を補充しなければなりません」
 そんな俺の思いを知ってか知らずか、夜水月の話が妙な方向に進んでいく。
「そこで、デス。真宮寺様。貴方様をぜひ幽霊としてスカウトしたいのデスが」
「……は?」
 今何つった。
「実は、真宮寺様の持って生まれた溢れんばかりの知性と、どんな逆境をもはねのける精神力。そしてイカサマのような剛運は幽霊界にも広く届いておりまして」
 知性と精神力はともかく、最後のイカサマってのは何だ。
「貴方様のように、守護霊など付けなくとも自力で何とかしてしまうようなデタラメ力の持ち主の元でなら、いくら能力ゾウリムシ以下の楓君でも霊格が上がるだろうと言う趣旨の元、異動させたほどデスから。幽霊界で真宮寺様の名前を知らない者はおりませんデス。はい」
 何だかよく分からんが、俺様も有名になったモンだ。
「いかがデスか。真宮寺様なら幽霊に昇格したとたん、リーダークラスのお仕事を割り振らせていただきますが」
 背中を丸めて嫌らしく手揉みしながら、夜水月は上目遣いで媚びて来る。
 何考えてんだこのガキ。
「馬鹿かお前は。俺が幽霊になって何のメリットがあるってんだ。そんなことより、お前が今やるのはこの役に立たない自称守護霊を持って帰ることだろーが」
 いつの間にか話が置き換わってやがる。コイツ官僚か。
「メリット、デスか。ソレは当然ございますデス。まず幽霊になり、功績を上げて霊格を高めれば幸せになれます。それはもー、コカインとモルヒネとMDMAを高純度で摂取した時くらいに」
 ソッチ系の『幸せ』かよ。
「幽霊になればその時点で時間が止まり、年を取らなくなります。永遠の若さを保ち続けられますデスよ」
 ナイスミドルな俺を見られないなんてゴメンだ。
「それに何より、真宮寺様がこれまで行って来た悪いことを完全に不問と致しますデス。勿論、ごく最近のことも含めて」
 最初からソレが狙いだろ? まどろっこしい。
 よーするに、過去未来手帳の件に関しては目を瞑るから、お仲間になれってことだ。最初からそう言えよ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! さっきから聞いてたら変なことばっかり! 太郎が幽霊にスカウト!? 冗談じゃないわよ! それって死んじゃうってことなんじゃないの!?」
 憂子が俺と夜水月の間に割って入り、袖長白衣をぶんぶんと大袈裟に振りながら大声でまくし立てる。
 まぁ冷静に考えればそうなるだろうな。
「ああ、心配には及びませんデスよ。真宮寺様が幽霊になれば、周りの人達から真宮寺様に関する記憶は消えますデス。当然、貴女からも。誰も悲しんだりはしませんデスよ」
 つまり俺は最初から『いなかった』ことになる訳だ。
「それに正確には『死ぬ』のではなくて『幽霊に昇格する』のですから生者と死者の中間地点に行くわけデス。まぁ感覚的には、ちょっとだけ成仏する……みたいな感じデスかね」
「と、言うことらしいぜ」
「言うことらしいぜって……そんな他人事みたいに! 太郎! アンタまさか……!」
「なるわけねーだろ」
 幽霊界に秋葉原は無いだろうからな。
 迷いのない俺の言葉に憂子はホッと胸をなで下ろす。
「……そうデスか。まぁ今すぐ決めるのは難しいデスね。また日を改めて来ますデスよ。しばらくはコチラにいるつもりデスので」
「何回来ても同じよ!」
 隣で憂子が、べーと舌を出しながら、夜水月に向かってシッシッ、と手で払う。
 何でお前がそんなにムキになるんだよ。
「ああ、そうそう。少し楓君を借りていきますデスよ。ちょっと彼女に大切なことを言わなければなりませんので。その間、守護霊鎖は切っておきますデス。いくらでも遠くに離れられますので、しばらく自由時間を満喫しておいてください」
 言いながら夜水月は俺と色葉の間に立ち、人差し指と中指でハサミを形作って何かを切る仕草をした。
 頼むからそのいい加減な設定何とかしてくれ。
「あ、あのー。私、今ので真宮寺君の守護霊クビなったんでしょうかー」
 色葉がおろおろしながら、不安げな声で聞いてくる。
「まだ大丈夫デスよ。一時的なものデスから。さ、行きましょうか」
 柔和な笑みを色葉に返した後、夜水月は鳥居の方に向かった。
 『まだ』、ね……。
「あ、そ、それじゃあ真宮寺君ー。ちょっとだけサヨナラですー」
「一生サヨナラしてくれ」
 俺の辛辣な言葉に色葉はだーっ、と涙を流した後、渋々といった様子で夜水月の背中を追った。守護霊鎖を切ったせいで、色葉の感情は俺にフィードバックしてこない。さらに名残惜しそうに何度も振り返る仕草が、俺の嗜虐心を満たしてくれる。
 いい感じだ。
「さて、と……」
 二人の後ろ姿が石階段の下に消えたのを確認して、俺はクセの強い短髪を掻きながら鳥居の方に向かった。
「どこ行くの?」
「付けるんだよ」
「付ける? あの二人を? なんで?」
「なんでって……。あの夜水月ってガキが言ってたじゃねーか。『付いてこい』って」
 あれだけわざとらしい前フリをしてくれたってのに、憂子は気付かなかったらしい。
 ――色葉と大事な話をする。だから付いてこい。
 そう言ってた。少なからず俺に関係あることなんだろーよ。
 無視してもいいんだが、色葉を根本的に何とかする方法は見つかってないしな。
 近い内にクビになるって言ってたけど、守護霊だけで恋愛霊ってのは継続される訳だろ? 俺から離れてくれる保証なんざどこにもないんだ。手っ取り早く厄介払いできるような、『決め手』を教えて貰いたいモンだな。

 ……で。
「あ、左に曲がったわ。太郎、急ぐわよっ」
 ……なーんでコイツまで付いてくるかなー。 
 郊外から都心へ向かって歩くこと三十分。車が激しく行き交う大通りに面した歩道を歩きながら、俺は隣でやる気マンマンになっている憂子にジト目を向けた。
 わざわざ隠れなくても溢れかえる人が壁になってくれているのに、電柱の影や店の置き看板に身を隠しながら尾行する憂子。『私は今誰かを付けています!』と全力で主張している。岩戸景気バリに怪しさ大高騰だ。
 しかも巫女服のまま。
 ロリ属性と巫女属性を兼ね備えた彼女は、行くところに行けば大人気を博することは間違いない。俺も草葉の陰から応援したいところだ。
 ……まぁ今は目立ってしょうがないだけだが。
「ちょっと太郎っ、なに堂々と歩いてんのよっ。ちゃんと隠れなさいよっ」
 ひそひそ声で憂子がまくし立てる。
 もう見つかってるっつーの。お前のせいでな。
 俺はタバコを携帯灰皿に押しつけて消し、新しい一本に火を付けた。
 元々、夜水月は付けられていることを前提に歩いているはずだ。出来ればどの角度から追っているのかくらい隠しておきたかったが、見つかったところで大した問題じゃない。色葉の方はどうか知らんがな。
「あっ、止まったわ。太郎っ、コッチよっ」
 俺達から三十メートル程離れた位置で、夜水月と色葉が足を止めていた。ソレを見た憂子が俺の腕を強引に引っ張って、ガードレールに寄り添り沿う形で身を隠させる。
 だから余計怪しいだろーが。
 憂子は俺の頭を押さえつけながら、なぜか目を輝かせている。どうやらすっかりその気になってしまったようだ。
「いい、太郎。尾行の鉄則は忍耐力。今は静観する時よ」
「性感するって……お前こんな公衆の面前で何言ってんだ」
「……今、アンタが何を考えてるのか分かってしまう自分が嫌だわ」
 悲観的な女だ。 
 夜水月と色葉の前には、石造りの灯籠に挟まれた小さな社が一つあった。高層ビルの乱立するこんな都会のど真ん中では浮いた光景だ。
「ビルの谷間に祠が一つ、か……怪しいわね」
「胸の谷間にホクロが一つ、ね……確かに妖しいな。どの女だ」
「太郎、今度良い耳鼻科紹介してあげるわ」
 冗談の通じん女だ。
「あの二人……何やってるのかしら」
 夜水月が祠に向かって何か呟いている。色葉はただ、ぼーっとソレを見ているだけだが。
 しばらくそのままの状態で、タバコを三本吸い終えるくらいの時間が経過する。やがて夜水月が右手をそっと祠にかざした。
「う、動いた……」
「産まれそうか?」
「殺すわよ」
 心にゆとりのない女だ。
 憂子の手刀を片手白刃取りしながら、音もなく後ろにずれていく祠を観察した。この異常な光景に、周りの奴らは何も気にすることなく往来している。もしかしたら見えていないのかもしれない。夜水月や色葉の姿さえも。幽霊と元幽霊の組み合わせだ。何が起こっても不思議ではない。
 祠がずれた下には暗い穴がポッカリと開いていた。二人はその中へ迷うことなく飛び降りる。
「太郎、行くわよ」
「そうか。ついに絶ちょ……」
「逝きたい?」
「ゴメンナサイ」
 二人の姿が完全に消えたのを確認して、俺と憂子はガードレールの影から飛び出した。

 迷宮。
 穴の中の様子を一言で表現するなら、その言葉がぴったりだった。まさか3Dダンジョンに現実の世界で挑戦することなるとは思わなかった。
 緑色の燐光を放つ壁で囲まれた、無機質で代わり映えのない空間を歩きながら、俺は憂子に視線を落とした。
「憂子、やっぱり帰った方がいいんじゃないのか?」
 隣で息を荒くして、憂子は凄絶な視線をこちらに向けてくる。ストレートのオカッパ頭はところどころ焼けてくすぶり、巫女服はススで黒ずんでしまっていた。
 ついさっき、爆発トラップに引っかかったのだ。
 まぁお約束というヤツだな。
「街の下に……何でこんなデカイ空洞があるのよ……」
 ぜぃぜぃと肩で息をしながら、幽霊のように両腕をだらりと垂らして、憂子は前を見つめ直す。
「確かにな。地盤沈下が起こったら大変だ」
「……アンタ、空気って読んだことないでしょ?」
「見えない物をどうやって読むんだ。馬鹿かお前は」
「……アタシが悪かったわ」
 軽く憂子をあしらいながら、俺は夜水月達を追って奥へと進む。
「本当にこの道であってるんでしょうね」
 もう二時間も前に二人を見失っていた。オマケに陰湿なトラップの嵐だ。憂子が不安になるのも無理はない。
「大丈夫だ。俺の勘は外れたことがない」
「か……!? アンタまさか勘でココまで!?」
 俺の発言に憂子は顔を青くして食い下がる。
「ああ、先に言っておくが、その床を踏むと……」
 俺に詰め寄ってきた憂子の足下が、暗い口を大きく開けた。間髪入れずに俺は憂子の腕に手を伸ばす。
「落とし穴が作動するから気を付けろよ」
 軽い憂子の体を片腕一本で支えながら、俺はゆっくりと諭すような口調で言った。恐怖で顔を引きつらせ、全身を硬直させている憂子を緑色の床へと運ぶ。
「そ、そーゆー大事なことは早く言いなさいよ!」
 腰が抜けたのか、床にへたり込んだ体勢で憂子は叫んだ。
 なんで助けてやったのに怒られねばならんのだ。
「分かった分かった。それじゃ、夏やせしてお前のバストが二センチ減ったことや、毎朝水をあげてる家の裏の花が『オオイヌノフグリ』だと最近知ったことや、父親がロリータ嗜好でガキの頃のお前の写真引っ張り出して身悶えしてることとかも言っといた方がいいんだな?」
「ちょーっと! 何でそんなことまで知ってんのよ!」
 いや、最後のは冗談だったんだが……。
「まさか監視カメラとか付けてんじゃないでしょーね」
「フ……盗聴器もセットでな」
 髪を掻き上げてキザっぽく言う俺に、憂子は疲れた表情になって溜息をついた。
「あーもー……。アンタと話してると疲れるわ」
「更年期障害か?」
「……なんでアンタはいつもいつもその調子なのよ。ちょっとは焦るとかないの? さっきのだって一歩間違えたら……」
 死に直面したことで急に不安になったのか、同意を求めるように憂子は視線を向けて来る。
「焦っているさ。ココにくるまでに三機も失ってしまった。あと二機しか残っていない」
「……それってコンティニューとかあるわけ?」
「難易度が『ベリーハード』だからな。残念ながら無い」
「あ、そ……」
 諦めたような表情になり、憂子はよろよろと力無く立ち上がった。
「大体なんで付いてくるんだよ。ココまで来たらもう帰る方が疲れるじゃねーか」
 クセの強い髪の毛を掻きながら、俺はぶっきらぼうに言った。
 ココに来るまで何度も憂子に帰れと言ってきた。だが聞く耳持たずといった様子で、憂子は強引に付いて来たのだ。まぁ、まさかこんな目に遭うとは予想してなかっただろーが。
「うっさいわねー、アンタ一人にしたらどーせまたロクなことしないんだから。アタシが監視してやってるのよ。ありがたく思いなさい」
 服の埃を払いながら、拗ねたような仕草で目をそらす。
 なんだその当てつけがましい理由は。
「あんまり一人で突っ走ってると疲れるわよ。たまには誰かに相談するとか、協力して貰うとかした方が楽なんじゃない?」
 相談に協力、か……俺が嫌い言葉の中でもかなり上位にランクしてるな。
「一人で出来ることなんて、たかが知れてるんだしさ」
 誰が決めたんだよ、そんなこと。それにお前は今、俺の足手まといにしかなってねーじゃねーか。
「それに、みんなでいた方がきっと楽しいよ」
 取って付けたみたいに、色葉と似たようなことぬかしやがって。それは一人で何も出来ねーヤツが、他人の力を借りる時に自分を正当化するための言い訳だろ? それか、一人は寂しくて孤独に耐えきれないヤツが、自分の精神を守るためにする防衛反応ってヤツだ。
 俺は一人で何でも出来るし、『寂しい』なんて感情、十年以上前に忘れたから、憂子の言うことが限りなく薄っぺらに聞こえる。
 まさかとは思うが、コレを言うために付いて来たんじゃねーだろーな。
「くだんねーこと言ってないで、とっとと先行くぞ」
「え? あ、ちょ、ちょっと太郎!」
 憂子を置いて、俺は夜水月の気配のする方へと歩を進めた。
 まったく……コイツといい、色葉といい、なんでこー頼まれてもない世話やきたがるかねー。理解できんな。

 気配をたどって行き着いた先は、四方を壁で囲まれた個室だった。壁に人が一人通れるくらいの穴が開き、中に立方体の空間が広がっている。その部屋の中央にある巨大な鏡の前に、夜水月と色葉はいた。丁度二人とも、俺達のいる出入り口に背を向けている。
「何やってるのかしら」
 俺達は部屋の外の壁に背中を付け、視線だけを中に向けて様子を窺っていた。
「いやー、ようやく着きましたデスね。幽霊界と人間界を繋ぐトンネルも、もう少し気の利いた場所にあってくれればボクも楽なのデスが」
 中で夜水月がわざとらしく説明する。これから大切な会話が始まることを強調でもしてるつもりか。
「それで、あのー。お話ってー?」
 随分と待っていたのか、色葉の声はどこか眠たげだ。
「あーそうそう。分かっているとは思うのデスが、一応キミに確認しなければならないことがありましてデスね」
「何でしょー」
「キミの今の状態のことデスよ。今朝降格処分が下り、キミはもう一度人間という器に戻りました。とはいえあくまでも仮の体。完全な人間体ではないことは理解していますデスね?」
「はいー。勿論ー」
 完全な人間体じゃない? ああ、あれか。まだ降格したてで、ちょっとだけ霊格が人間よりも上ってヤツか。
「では、その状態でいられるのがせいぜい二週間程度だということも、当然理解していますデスね?」
「はいー」
 二週間? 二週間たつとどうなるんだ?
「では二週間以内に昇格条件を満たせなかった場合、存在ごと抹消されることも、知っていますね?」
 一言一言しっかり区切って、夜水月は色葉に確認する。
 じゃあ何か? あと二週間我慢すれば色葉は自然消滅するって訳か?
「知ってますー。知ってますけどぉー、難しいんですよぉー」
 すぐに弱音を吐く色葉に、夜水月の小さな背中が上下に動いた。溜息をついたのだろう。
「まったく……キミがしつこく真宮寺様に憑きたいと異動届を出し続けたから、ボクが便宜を図ってあげたんじゃないデスか。なのに怠けてばっかりで……。コレじゃボクの面子丸つぶれデスよ。ちゃんと何とかして下さいね」
 何? 色葉が異動届を出し続けた。
 話が随分と違うじゃないか。色葉は難しい仕事が出来ないから、何もしなくても大丈夫な俺に憑かされたんじゃないのか?
 そこまで考えた俺の脳裏に、最悪の可能性が一つ浮かぶ。
 ……まさか、な。
「楓君、ずっと真宮寺様のおそばにいたいのでしょう?」
「……はい」
 おいおい。
「真宮寺様に幸せになって欲しいんでしょう?」
「……はい」
 冗談だろ。
「では、もう一度ちゃんと言っておきますよ。キミが二週間以内にしなければならないことは、真宮寺様の運気を吸うか、恋愛を成就させるかして昇格すること。そうすればクビの話はなかったことにしてあげます」
「本当ですか!?」
 迷惑な話だ。
「そしてもう一つ」
 もう一つ?
「真宮寺様にキミの後継幽霊になると納得させ、完全な人間体を手に入れるかデス」
 ……ああ、そう言うことか。
 とりあえず夜水月が俺に言いたかったことの方は分かった。要するに、だ。揺さぶりを掛けたかった訳だ。
 ――この二週間で俺が色葉に情を移せば、遠慮なくソレを利用させて貰う、ってな。
 心理戦でよく使う手法だ。何かをしてはいけないと思えば思うほど、その何かってヤツをやりたくなる。拒絶しているとはいえ、四六時中ソレを意識してるわけだからな。心の弱いヤツほど流されやすい。
 わざわざこんな場所に呼び出したのは、色葉の本音を俺に聞かせるためか? くだらん。そんなモン聞いたからって、俺が揺れ動くとでも思ったのか? だとしたら随分甘く見られたモンだ。
 二週間、ね……。結構長期戦だな。丁度夏休みが終わる頃か。ま、それで釈放されるんなら万々歳だが。
「と、言う訳なんデスよ、真宮寺様。何とかその辺りに、ご配慮頂けませんデスかね」
 コチラに呼びかける夜水月の声に、憂子が隣で体を震わせる。
「た、太郎、気付かれてるわよっ」
 何言ってんだ、今更。
「え、えー!? 真宮寺君、そこにいるんですかー!?」
 ま、色葉は気付いてないと確信していたが。
「二週間、ね。やっぱ何でもゴールがないとつまんねーよな」
 ジーンズのポケットに手を突っ込みながら、俺は夜水月と色葉の前に出た。二人ともすでにコチラを向いている。
 ま、夜水月だけが言ったんならともかく、色葉も認めてたんだ。その数字に間違いはないだろ。
「わざわざスイマセンデスね。こんな所まで御足労頂いて。それにしてもあのトラップをいとも簡単にくぐり抜けてくるとは。流石デス」
 夜水月はシルクハットの鍔に指をかけて、恭しく頭を下げる。
 どーせ力試しってトコだろ。俺でなかったら死んでるぞ。
「察しの良い真宮寺様のことですから、ボクの意図しているところは全て汲み取っていただけたかと思います」
 言いながら顔を上げて、俺と視線を合わせた。
 ――違和感。
 目があった時、何か怖気のような物を感じた。
 何だ。コイツ、何かが違う。
「今日はこのままお引き取りいただいて結構デスよ。楓君との守護霊鎖は元に戻しておきましたので」
 夜水月が子供っぽい笑みを浮かべたところで、さっき感じた違和感は消えた。
 何だったんだ? 気のせいか?
「それではまた、お会いしましょう」
 一方的に言い残すと、夜水月は後ろにある大鏡に体をめり込ませた。そのまま呑み込まれるようにして姿を消す。
「コレが幽霊界に続くトンネル、か……」
 俺は言いながら、金の縁を持った一抱えもある楕円形の鏡に歩み寄った。そして無造作に脚を振り上げる。
「あ。だ、ダメですー!」
 俺が何をしようとしているか察したのか、色葉は鏡を庇うように割って入った。
「冗談だ。そんなことはせん」
「そ、そうだったんですかー。よかったー」
 今はな。
 抑揚のない口調で言った俺の言葉に、色葉は安堵して胸をなで下ろす。
 今晩にでも壊しに来よう。二度とこんなことが起きないように。
「じゃ戻るか。いつまでもこんな辛気くさいトコにしてもしょうがないだろ」
 俺は近くでホッとしている色葉と、部屋の出入り口付近でコチラを窺っている憂子を見ながら、気の抜けた声で言った。
 取りあえず打開策は見つかった。何もせずに待つだけというのが少々気にくわんが、まぁいいだろう。
「そうですねー。詳しい話は後で聞くとしてー、おウチに戻りましょー。お腹もすきましたしー」
 それに関しては同感だ。昼飯もろくに食ってないからな。
「戻るのは良いけど……またあの道通るのよね」
 憂子が顔色を悪くして呟く。
「大丈夫ですー。私、トラップの位置は全部覚えてますからー」
 じゃあ、色葉がトラップだと言ったところを通っていけば安全だな。
「よし、帰るぞ」
 そして、俺達は地下迷宮を後にした。

 外に出てきた時には、すでに辺りは暗くなっていた。入る時にはまだ明るかったから、かなり長い間地下に潜っていたらしい。色葉のデタラメな道案内のおかげで、魔獣と出くわしたり、自分の分身と戦ったり、体が小さくなったり、性転換したりしたが、なんとか無事脱出できた。
 まぁ、憂子は大理石みたいな顔になって自分の家に戻って行ったが。
「美味しいですー、真宮寺君ー」
 自宅。
 カウンター付きのシステムキッチンで、俺は夕食の準備を終えた。
 冷蔵庫にあったあり合わせでチャーハンと野菜炒め、すき焼き風肉じゃがを作り、ガラステーブルに並べた時にはすでに、色葉が食べ始めていた。
 長い黒髪を邪魔にならないようにアップに纏め、どこから持ってきたのか割り箸で豚肉を口に運んでいる。コップとウーロン茶は自分で用意したのか、俺の分も注がれていた。
 誰も食べて良いとは言ってないが……まぁいい。あと二週間の辛抱だ。そう割り切れば少しくらいのことは我慢できる気がしてきた。
 嫌な予感さえ当たってなければな。
「食べないんですかー? 真宮寺君。美味しいですよー」
「当たり前だ。俺が作ったんだからな」
 メイド服姿の女の子がプリントされたエプロンを外して、色葉から一番離れた場所に腰掛ける。
「そー言えば真宮寺君。どーしてあの場所に来たんですかー?」
 色葉が自分の食器を持って、俺の正面に移動して来た。まったく鬱陶しい。
「お前を追っ払うヒントが聞ければって思ったんだよ」
 野菜炒めをチャーハンと一緒に食べながら、冷たく返す。
「はぅー、そうなんですかー」
 大袈裟に肩を落として、色葉はスリッパを履いた脚をパタパタと前後に揺すった。
 ったく、ガキじゃあるまいし。テーブルがガラス製なので、見えなくて良いところまで見える。まぁ、コレもあと二週間だ。
「真宮寺君、私のこと嫌いですかー?」
「嫌いだ」
 俺の即答に色葉の箸が止まった。そしていじけたようにジャガイモをつつく。
「何回も同じこと言わすな。俺は基本的に一人でいたいんだよ。四六時中一緒にいられたら憂子だって嫌いになる」
 なんでフォローしてんだ。俺は。
 ああ、そうか。こいつがヘコむと俺まで暗い気分になるからな。
「……でも、今は一緒にいてくれてます」
「ちょっとくらい離れてもどーせまたお前の方からくっついてくるんだろーが。だったら労力の無駄だ」
「……そうですかー」
「いいから飯、食っちまえよ。片付かねーだろ」
 落ち込んだまま箸を勧めない色葉に、俺は語調を強めて言った。こうしている間も、黒い感情はどんどん俺の中で面積を大きくしていく。
 いくら俺の精神力でも限界があるぞ。
「……あと、二週間しかないんですよぉー」
 割り箸を一本ずつ両手に持ち、色葉は半球状に盛られたチャーハンを小分けにしていく。食い物で遊ぶなって、ガキの頃に教わらなかったのか?
「俺にしたら、二週間『も』だけどな」
 淡々と色葉の言葉に返しながら、俺は次々と皿を平らげていった。
「……私、たーくんと離れたくないですー」
 色葉の消えそうな呟きで、突然飯の味がしなくなる。
 まただ。また出た。
 『たーくん』
 色葉が時々、無意識的に発する俺の呼び名。
「『たーくん』は止めろって言っただろ」
「あ、ご、ゴメンナサイ」
 不愉快ではない。不愉快ではないが、コイツにそう呼ばれると妙な気分になる。まるで、俺が俺でなくなるような……。
「そういやお前、俺の守護霊になりたくって異動届出し続けてたんだって? 最初と話が違わないか?」
 強引に肉じゃがを口に詰め込んで夕食を終え、俺は気になっていたことを切り出した。
「え、と……。そうでしたっけ?」
 ははは、と誤魔化し笑いを浮かべながら、色葉は小分けにしたチャーハンを気まずそうに口へと運ぶ。
 嫌な反応をしてくれるもんだな。
 夜水月の話では俺は幽霊界でも有名らしい。色葉が俺を手頃なステップアップの材料として選んだと言っても筋は通る。だが、コイツは言葉を詰まらせた。ソレが意味するところは――
「お前、まさかとは思うけど。憑く前から俺のこと知ってた、なんてことないよな?」
「ま、まさかー。憑いてから初めて知りましたよー」
 分かり易い反応だ。
 憑いてから初めて知ったわけないだろ。少なくともお前は、俺の噂くらいは幽霊界で聞いてたはずだ。
 もし――もし本当に、上司に無理矢理憑けさせられたのでも、損得勘定で選んだのでもなければ……。
「笑い話にもなんねーけど、お前が昔の俺と直接面識があったなんてこと、ありえねーよな?」
 だが、色葉は押し黙ったまま箸を動かし続けた。
 否定してくれ。頼むから。
「もし本当だったら天変地異の前触れモンだけど、俺が小学校の時に会ってるなんてこと、絶対にありえねーよな」
 そんなわけないと言え。ウソでも何でも良いから。
「小学校の火事を詳しく知ってるなんて言ったら、マジでブッ殺すぞ」
 そうやって黙ってたら、俺の推測が当たってるみてーだろ!
「色葉、お前は幽霊界にいた時に俺の噂を知った。で、美味しい蜜を吸おうと思って異動届を出し続けた。それがめでたく叶って今ココにいる。ソレで間違いないな?」
「……真宮寺君。過去未来手帳を見たんですね?」
「間違いないな」
 俺は一方的に決めつけると、椅子を蹴り倒すくらいの勢いで立ち上がった。
「今日は疲れた。もう寝る。飯は食ったら適当に洗うなり、そのまま放っておくなりしておいてくれ」
 自分でもビックリするほど力のない声で言い残すと、俺は自室に向かった。
 色葉は何も言わず、追いかけても来なかった。
 ただ、暗い思いだけが、俺の中で澱のように沈殿していった。

 暗い自室で一人、俺はベッドに寝そべって天井を見つめていた。
 体の底から蟲がわき出してくるような苛立ちを覚えて、壁に拳を叩き付ける。痛みで自制心を奮い立たせながら、俺は大きく息を吐いた。
「……俺は、何でも一人でやってきた。誰の手も借りずにココまで来た」
 穴が開くほどに中空を睨み付けながら、俺は自分に言い聞かせる。
 色葉はあと二週間で消える。だが、このわだかまりは消えない。恐らく一生。
 直接色葉の口から聞いた訳じゃない。確証があるわけでもない。
 しかし、筋は通る。そう考えれば納得できる。勿論したくはないが。
 過去未来手帳……そもそもあんなモン見たのが間違いだった。見てなければこんな下らないこと思い出さなかった。夜水月に付いて行かなかったら、あんなわざとらしいヒント聞かずにすんだ。色葉がバカ正直な反応しなけりゃ、気のせいだで済ませてた。
 けど……もう後の祭りだ。
 あんな……バカに、俺は……。
 鼻に皺を寄せ、奥歯をきつく噛み締める。
 認めれば楽になるかもしれない。誰かに相談すれば少しは気が紛れるかもしれない。
 けど、死んでもそんなことはしない。
「俺は一人、だ……。コレまでも、コレからも」
 誰も寄せ付けてはならない。ずっと一人でいなければならない。
 いつからだろう、そう思い始めたのは。もう随分前のことで、何がキッカケだったのかも思い出せない。
 思い出せない?
 また、嫌な予感が胸中をよぎる。
 もう寝よう。こんなことをいつまでも考えてるなんざ俺らしくない。
 とにかくあと二週間だ。あと二週間我慢して、色葉が消えたら元の生活が戻る。そうすれば何もかも元通りになる。いや、元通りにしてみせる。
 神経を落ち着けるために何度か深呼吸をして、俺は静かに目を閉じた。

 明晰夢ってのがある。夢の中にいながら、コレは夢だと自覚できる夢のことだ。
 そして夢には、ある程度深層心理が反映されるらしい。
 とは言え、何もこんな最高のタイミングで俺の心を映してくれなくてもいいもんだと思うが。
「コレがガキの頃の俺か。面影ねぇな」
 ――苦笑する俺の目の前にいるのは、まだ幼稚園の時の俺だった。他のガキ共と一緒に公園の砂場で山を作ってる。
 髪は当然黒だし、この頃はストレートだった。勢いよく回転すればカッパの皿みたいになって他の奴らが笑ってくれるから、気持ち悪くて吐きそうになるまで回り続けてた。
 憂子ともよく遊んだ。ママゴトしたら、なぜか俺の方がお母さん役だった。その時はまだ憂子の方が力も強くて、背も大きかったから逆らえなかった。しかもアイツは、女の子みたいな顔だった俺に、母親の所からくすねてきた口紅とかファンデーションとかでデタラメな化粧して、リボンとかも付けて遊んでやがった。
「まぁ、その後見つかって泣くまで怒られてたけどな」
 ――夢の中で俺の目に映る、ガキの頃の俺が少し大きくなった。
 この服装は小学生の頃の制服だ。
 小学校に上がってからは、憂子とは家族ぐるみで付き合うようになった。キャンプとか遊園地にもよく連れて行って貰った。
 アイツはお節介やきで、えばりんぼうだったら、口癖みたいに『わたしのやるようにやるのよ』って俺に言ってた。
 山に行った時、『わたしが今とってる花を、いっぱいあつめるのよ』って言われて、俺は素直に名前も知らない紫色の花を集めた。二人で日が暮れれるまで花を集めて、辺りが真っ暗になったんで親の所に帰ろうとしたら道が分からなくなってた。
 父親と母親の名前を大声で泣き叫ぶ憂子の手を引いて、俺は歩き続けた。すぐに脚が痛くなって俺も泣きたくなったけど、絶対に泣かないと心に決めてひたすら歩いた。
 方向なんて分からない。ハッキリ言って勘だ。
 どのくらい歩いたのかは忘れたけど、靴の中で汗だか血だか分からない生暖かい何かでぐちゅぐちゅ言い始めた時に、テントの明かりが見えた。
 俺を抱きしめてくれた父親の胸の中で、泣き疲れるまで泣きじゃくって寝た。
「……ま、ガキの頃にしちゃ上出来、か」
 まだ小学校一年の時だ。
 けど、これがキッカケで俺と憂子の立場が逆転した。身長も追いつき始めた。
 ――夢の中の俺が少しだけ大きくなった。小学三年くらいだ。
 平日は学校で友達と遊び、休みの日は憂子の家族とどこかに出かけた。剛一狼も一緒に連れて行ったことが何度かあった。
 毎日が充実してたが、一つだけ致命的に嫌なことがあった。
 それが『太郎』という呼び名だ。
 このあまりにシンプルで呼びやすい名前のせいで、俺にはあだ名が付かなかった。
 他の奴らは色々と変わった特徴的な呼び方をされているのに、俺を呼ぶ時は揃いも揃って『太郎』だ。
 親は勿論、憂子も、その親も、友達も、先生も全員。
 太郎、太郎君、太郎ちゃん。
 この三つのどれか。
 響きが可愛い。言い易い。耳に残る。
 そんな下らない理由で俺は『太郎』と呼ばれるのが嫌でしょうがなかった。
 あの時はまだ、みんなと一緒でいたかったから。みんなと同じようにあだ名で呼ばれたかったから。
 我ながらオメデタイ時期もあったもんだ。
 今はただ許せないだけ。免許証や保険証の見本に書かれているような、あくびが出るほどありきたりな名前でなど、滅多なことでは呼ばせない。
 そう、呼ばせない。俺が許したヤツ以外には、絶対に――

『たーくん』

 頭に直接響く懐かしい声。
 ああ、思い出したよ。思い出したくもないのに思い出しちまったよ。クソッタレ。

『たーくん。先生も一緒に遊んでいーい?』

 ――場面が校庭に切り替わる。俺はみんなとドッジボールをしていた。
 そういや一人だけいたな。俺をそんなあだ名で呼んでくれたヤツが。
 新任の教師で、初めて担当したのが俺達のクラスで。ド天然で、俺よりもガキっぽくて。授業で間違ったこと教えるわ、テスト中に居眠りするわ、堂々と遅刻してくるわ。
 全然、先生らしくねーんだよ。
 そのくせ妙に真面目なトコがあるから、なにをするにもカラ回りだ。イジメを見つけた時なんか、授業ほっぽり出して丸一日説教してた相手がイジメられてた方だったり、プールの授業で足つって溺れそうになったヤツ助けに行ったら、水飲んで自分も溺れそうになったり、大掃除で張り切ってたら、課題工作だったみんなの花瓶全部落として割っちまったり。

『たーくん、ごめんねー。先生バカだから分かんないー……』

 ――場面が教室になった。
 俺が意地悪して灘中の入試問題解いてって頼んだら、一週間かけて悩んでたな。で、結局分からなくて、涙だーって流しながら俺に問題集返してきたっけ。
 他の大人が持ってた、変なプライドとは無縁の先生だった。精神年齢がガキだから、物の見方や態度もガキと同じだったんだろーな。

『あらあらー、たーくんもこの道通るんだー。先生と一緒だったんだねー』

 ――いつも通ってた通学路が映し出された。
 朝、偶然出くわしたこともあったな。それからは一緒にいる時間が結構増えたんだ。色んな話をした気がする。俺があそこまでうち解けたのは、俺のことを『たーくん』って呼んでくれたのが大きかったんだろう。
 それだけで俺にとっては特別な存在になってた。
 ……だから、くだんねーこと考えちまったんだよ。

『俺、絶対に先生をお嫁さんにする!』

 ――小三の頃の俺が、放課後の職員室に押し掛けて叫んでいた。
 おいおい……こんな場面まで見せんのかよ。ココまで来ると悪夢だぞ。

『あらあらー、ソレは楽しみねー。でも、ちょーっと年が離れすぎてなーい?』
『大丈夫! 十年くらいたったら先生に追いつくから!』

 本気じゃなかったけど……本気だったな。

『そうねー、それじゃ先生、楽しみにしてるわねー。たーくん』

 あー、クソ。見てて怖気が走るな。我が人生唯一にして最大の汚点だ。
 まさかこの俺様が告白した相手が、あの色葉楓だなんて末代までの恥だぞ。出来ることなら、目の前で満面の笑み浮かべて満足してるガキを、しばき倒してでも更生したい。

 ――視界が突然真っ赤に染まった。やかましく鳴り響く非常ベルに混ざって、悲鳴や泣き声が沢山聞こえた。
 これは、例の火事か……。
 理科準備室から火が出て、他の奴らが血相変えて避難している。けど、俺だけが校舎の中に入って行った。
 この辺りは記憶にない。どうして戻ったのか覚えていない。
 ガキの俺は誰もいない廊下をひたすら走って、黒い煙が漏れている理科準備室の隣り――理科室の前で急停止した。そして勢いよく扉を開け放つ。

『ビリ犬!』

 ああ、そうか。生物部で俺が飼ってたネズミだ。理科室が部室代わりだったから、ビリ犬を助けるために俺は戻ったのか。
 ガキの俺は隣の部屋がどうなっているのかなんて気にも掛けずに、ひたすらネズミ探しに没頭している。ビリ犬が入っていたはずのケージは床に落ち、出入り口が開いていた。
 この火事は地震でコンセントが漏電して、その時に出た火がアルコールランプに燃え移ったはずだ。多分、最初の地震でケージが落ちたんだろ。
「おいおい、マジかよ……」
 呆れた声を出す俺の目の前で、ガキの俺はあろうことか理科準備室に方に向かって行った。
 理科室と理科準備室は教室の中でも扉で繋がっている。理科室にいなければ、そっちにいると思ったんだろう。
 ビリ犬の名前を叫びながら、ガキの俺は半開きになっている理科準備室への扉を開けた。
 中は悲惨だった。
 棚に並べられていた有機溶剤が、地震で落ちて床にブチまけられ、火の通り道を見事に作っていた。炎の海とはまさにこのことだ。いつ棚が焼け崩れてきてもおかしくない状況だった。
 にもかかわらず、ガキの俺は腕で顔を庇いながら、中に入って行きやがった。たかがネズミ一匹のためにココまでするなんざ、熱で頭がイカれたとしか考えられない。
 返事なんかするはずもないのに、ビリ犬ビリ犬と呼びかけながら、ガキの俺は炎のない場所を通って理科準備室をねり歩く。
 この後の展開は分かった。
 だから見たくなかった。目を覚まそうと自分の顔を殴ってみるが、ただ痛いだけで今の光景が消えてくれる気配はない。夢では痛みを感じないなんて、最初に言ったのはどこのどいつだ。

『たーくん! そこにいるの!?』

 俺がビリ犬を探す声を聞きつけてか、色葉が準備室の扉を開けた。
 やっぱり来たか……。
 ガキの俺は色葉の声に反応して、出口の方を覗き込む。ソレを見た色葉が、俺を助け出そうと準備室に入ったところで木棚が崩れ落ちた。その振動を受けて、いままでギリギリ持ちこたえていた棚が一斉に倒れ込んできた。
 火は一気に燃え上がり、あっと言う間に出口を覆ってしまう。ガキの俺はようやく見つけたビリ犬を胸の前で大事そうに抱えて、入ってきた色葉に駆け寄った。

『大丈夫よ、先生が絶対に助けてあげるから』

 ……勘弁してくれ。何でこの俺様がお前に助けられねばならんのだ。
 俺は何でも一人で出来る。何でも一人でしなければならない。滅多なことで人の力を頼ってはいけない。
 多分この頃にはもう、その自覚があったはずだ。
 理科準備室は二階だ。窓から飛び降りても捻挫か骨折くらいですむ。だから色葉にすがるようなことだけは止めてくれ。
 俺は不安げな表情をしているガキの自分を睨み付けながら念じた。
 この後、俺は色葉に助けられる。ソレはもう分かっている。ムカツクけどな。
 問題は俺が男らしく色葉を助けようとしたか。それと、色葉がどうやって俺を助けたか、だ。

『たーくん、すぐに外にいる人達が助けてくれるからね。もうちょっとの辛抱よ』

 色葉はガキの俺を炎から守るように抱きかかえながら、ハンカチを口に当てて煙をしのいでいた。

『熱いよ……先生……』

 情けない声がガキの俺の口から漏れる。
 ソレを見ている俺の中で、怒りに似た焦燥が急速に膨れあがっていった。

『助けて、先生。死にたくない。お願い助けて』

 やめろ。それ以上言うな。

『ねぇ、先生なんでしょ? 大人なんでしょ? 何とかしてよ』

 やめろ……やめてくれ。

『俺まだ死にたくない! 何とかしてよ!』

「俺のクセに女々しいことヌカしてんじゃねー!」
 情けない。情けない情けない情けない。
 いくらガキの頃とは言え情けなさ過ぎる。仮にも好きになった相手の前でなんだ、このザマは。命に代えても守るくらい言えねーのか。極限状態に追い込まれて本音が出りゃ、所詮俺もこんなモンって訳か。しかもあの色葉相手に?
 悪夢どころの騒ぎじゃねー。このまま夢の中で死んで、二度と目覚めたくない。本気でそう思う。

『はいはーい。コンニチハですデス。お困りのよーデスねー』

 後ろから聞き覚えのある声がした。振り向くと黒一色で服装を固めた、幼稚園児くらいのガキが一人。夜水月だ。
「……何の用だ」
 俺は露骨に不機嫌な声で言った。しかし夜水月は俺を無視して、色葉の前まで浮遊していく。
 ああ……この夜水月は火事の時に現れたヤツか。だから俺のことは見えてないんだな。
 って、おい。まさか……。

『あ、あなたは……?』
『色葉楓さんデスね。ボクは幽霊スカウトの夜水月と申しますデス。時間があまり無いので要件だけを伝えますデス。そちらの真宮寺様をココから救いたければ、今すぐ守護霊になるのがお得デス』
『しゅ、守護霊?』
『はい。今、幽霊界は人手不足でして、一人でも多くの働ける幽霊が必要なんデスよ。もし貴女が守護霊職に就いていただけるなら、本当はいけないんですがボクの特別権限で真宮寺様を救って差しあげますデス。いかがデスか?』

 色葉はこの時に守護霊に……。

『先生助けて……』

 反吐が出そうなガキの俺の哀願に、色葉は笑顔で頷いた。

『分かりました。守護霊とかはよく分かりませんけど、たーくんを助けてくれるなら何でもします』
『どうも有り難うございますデス。助かりますよ。焼死体では完全に成仏してしまって働けない幽霊になってしまいますデスから。ではこの契約書にサインを。サインが終わったら、貴女はちょっとだけ成仏して守護霊になります。いいデスね?』
『はい』

 色葉は差し出された紙に、胸ポケットのボールペンでサインをした。多分、夜水月が説明したことの一割も理解していないだろう。なのにコイツは、ガキの俺を助けるためにアッサリ要求を受け入れた。夜水月が俺を助ける保証など、どこにもないのに。
 俺の見ている前で、色葉の体がだんだん透けていく。なのに色葉は全く動じることなく、むしろ安堵に満ちたような顔でガキの俺の頭を撫でていた。色葉の体が完全に消えると、支えを失ったガキの俺は前のめりになって床に突っ伏した。

『オメデトウございますデス。コレで貴女も今日からボク達の仲間入りデス』

 いつの間にか色葉の体は元通りになって、夜水月の隣で浮かんでいた。これで守護霊になったのだろう。

『あ、あの、たーくんを! 早く!』
『ああ、もうやってますデスよ』

 夜水月の言葉に応えるように、廊下への出入り口を塞いでいた棚が吹き飛ぶ。続いて炎が床に吸い込まれるようにして消えた。
 ガキの俺は放心したような顔つきで辺りをきょろきょろと見回していたが、逃げられることが分かると弾かれたように部屋を飛び出していった。色葉がいなくなっていることなど気にも掛けていない。
 色葉は守護霊になった。彼女に関する記憶は誰にも残っていない。勿論、ガキの俺にも。色葉は最初から『いなかった』ことになったのだ。

『あー、よかったですー。たーくんが無事でー』
『では行きましょうか、色葉楓さん。今日からボクの下で働いて貰いますデスよ』
『はいー。あ、でも私全然分からないんですけどー』
『まぁ最初は誰でもそうデスよ。色々説明しなければならないことがありますデスから、取りあえず幽霊界に行きましょうか』

 そして二人の姿は俺の前から消えた。
「コレが、あの時の顛末(てんまつ)、か……」
 深く溜息をつきながら、俺は冷めた声で呟いた。
 名状しがたい嫌悪感ってのはまさにこのことだな。自分に吐き気がする。結局、俺は色葉に頼りっぱなしで生き延びたんだ。
 そして、俺は色葉のことを忘れた。色葉の存在自体を忘れた。だから火事の現場に戻ったことも、どうやってそこから逃げ出したのかも忘れた。色葉には最初から会わなかったことにするために。
「クソッ……」
 ……ああ、そうか。思い出した。
 この後だったんだ。何でも一人でしなければならない、出来なければならないって思い始めたのは。色葉のことは忘れたけど、何か大切な物を失ってしまったって思いは忘れていなかったんだろうな。だから俺はいつも一人でいたんだ。誰か俺の近くにいると、色葉みたいにいなくなってしまいそうだったから。
 それからだ。それから、俺が『太郎』を嫌う理由が変わったんだ。
 俺は誰も寄せ付けてはならない。人とは違っていなければならない。好かれるよりも、毛嫌いされるくらいでなければならない。誰かから優しくされるなんて論外だ。
 だから変なところで意地になってたんだ。覚えやすいとか、言いやすいとかいう理由で『太郎』なんて名前、呼ばせてはいけない。親しむキッカケを与えてはならない。
 俺は他人と距離を取った。
 休み時間になっても図書館に一人でこもってたし、給食もみんなと席を付けることなく一人で食べた。
 中学での修学旅行は仮病を使ってサボったし、文化祭の出し物は一人で占いの館とかやってたな。
 とにかく、必要以上に誰かと接さなかった。最初は疲れたけど、十分やっていけると確信してからは、逆に誇りみたいになってた。他の奴らが何を言おうと俺の方が正しいんだと、根拠もなく思えてきた。
 高校に上がった時、父親がアメリカの本社に栄転になった。勿論俺は付いていかなかった。あの頃には、親とも距離を置きたいと思っていたから好都合だった。
 唯一憂子だけが心配して、たまに飯を作りに来てくれたりもしたけど、俺が作った方が断然美味いと分かってからは来る回数も徐々に減っていった。
 俺が大学に入った時に憂子が短大を卒業して、巫女の修行とやらに専念し始めてからは更に会う回数が減った。
 理想的な環境だった。
 何でも一人で出来る能力と、自分の行動への絶対の自信。
 この二つを武器に、俺は充実した人生を送って大往生するんだと信じて疑わなかった。不安など全くなかった。
 けど――そこに色葉が現れた。

 差し込む日の光がまぶた越しに突き刺さり、俺は薄く目を開けた。どうやら昨日の夜、カーテンも閉めずに寝たらしい。服もそのまま。最悪の寝起きだ。
 頭痛と吐き気と目眩がするっていうのに、夢の内容だけはしっかり覚えてやがる。迷惑な話だ。
 自嘲めいた笑みを浮かべて、俺はベッドの上に体を起こした。
 時計を見る。八時半。昨日の夜は九時頃には寝たから半日近く眠っていたことになる。
 辺りを見回す。四十型のプラズマテレビに、四台のゲーム機、無数のソフト、綺麗にディスプレイされたフィギュア・コレクション、壁に貼られたB0サイズの巨大ポスター、隅で丁寧に折り畳まれているのは萌えキャラがプリントされたTシャツ。
 部屋の中は白々しいくらい昨日と同じだった。俺はたった一晩でこんなにも変わってしまったというのに。
 ……取り合えず朝飯でも作ろう。このままじっとしてたら際限なくヘコんじまいそうだ。
 俺は楽な服装に着替えて部屋を出ると、リビングに向かった。そしてキッチンへの扉を開けたところで食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐる。
「……なに、やってんだ。お前」
 ガスコンロの前でフライパンを振っているのは、俺のエプロンを身につけた色葉だった。
 ガラステーブルにはすでに、ご飯とみそ汁、そして鮭の切り身が並んでいる。
「あ、おはようございますー、真宮寺君ー。今起こしに行こうと思ってたところなんですよー」
 色葉は隣りに来た俺に微笑みかけながら、大皿にスクランブルエッグとベーコンソテー、プチトマトを盛りつけていった。
 色葉の顔を見た俺は、堪らずすぐに目をそらす。殆ど条件反射的な反応だった。
 クソッ……なんだってんだ。
「さ、食べましょー」
 脳天気な口調で良いながら、色葉は大皿をガラステーブルに運んで自分も席に着く。
 昨日のことをまるで気にしていないかの如く振る舞う色葉に、俺は妙な苛立ちと痛烈な罪悪感を感じた。
 コイツは、俺を助けるために……。
「どうしたんですかー? 真宮寺君ー? お腹でも痛いんですかー?」
「……別に」
 下から覗き込むように様子を窺ってくる色葉から顔を背け、俺は嘆息しながら席に座った。
 情けない。本当に情けない。コレは俺なのか? ひょっとしてまだ夢の続きでも見てんじゃねーのか?
「真宮寺君ー、早く食べないと冷めますよー」
 ……コイツは人の気も知らずに。
 俺は深呼吸を一回して、色葉の顔と料理を交互に見ながら箸を取った。
「随分まともそうな料理じゃねーか。本当に食えるんだろーな」
 違う。そんなこと言いたいんじゃねーだろ。
「あーひどいですー。そりゃーまぁ、失敗作は沢山できましたけどー……」
「そんなこったろうと思ったぜ。やっぱお前はやることなすことカラ回りする、鈍くさい女なんだよ」
 だから違う。もっと他に言うべきことがあるだろーがっ。
「あぅー、コレでも一生懸命やってるのにぃー……」
「あー止めろ止めろ。お前が落ち込むとコッチまで暗い気分になる」
 何でこんな憎まれ口しか叩けねーんだよ、俺は!
「はいー、すいませんー……」
「ったく、少しはしっかりしろよ。元教師だろ、お前」
 俺の言葉に、色葉はビックリした顔で見返してきた。
「ガキの頃、火事で俺を助けた時のお前は、もっとビシっとしてたろ」
「真宮寺君……どうしてソレを」
 俺だって出来ることなら単なる悪い夢で済ませたかった。本当は理科準備室になんか行ってなくて、色葉楓なんて教師最初からいなくて、今の俺の性格は生まれつきだと信じたかった。
 けど、もう無理だ。思い出しちまった。
「守護霊になるとソイツに関する記憶は消える。ゼロ歳からの記憶がある俺が、何故か忘れちまってることがある。お前は昔の俺を知ってたから異動してきた。しかも『たーくん』なんて呼んでた。これだけ情報が揃えばバカでも分かる。まぁ、まさかあの火事の時にお前が守護霊になったとは思ってなかったけどな」
「……そんなことまで」
 色葉は放心したまま呟く。
 これで夢の内容の裏が完全にとれたな。
「何で今まで黙ってた」
 俺は箸を置いて溜息混じりに聞く。
「そ、それは守護霊は守護対象者に自分の正体を明かしてはならないのというのがルールですからー……」
 そんなところか。ま、最初から言われたところで信じるわけねーけどな。
「でも……どうして思い出したんですかー? 私のことは完全に忘れるはずなのに」
「こっちが聞きてーよ。俺だって思い出したくて思い出した訳じゃねー」
 色々と不幸な事故が重なって思い出しちまったんだよ。
 クソ……。まぁ最初に過去未来手帳見たのが始まりなんだから、自業自得っちゃあソレまでなんだけどよ。
「ところでよ。お前、なんであの時、夜水月の条件アッサリのんだんだよ」
 思い出したモンはもう仕方ねー。いや、よくないけど……心を整理するためにも今は他に聞くことがある。
「あの時?」
「火に囲まれて、夜水月が出てきて、お前が守護霊になって、俺を助けた時のことだよ」
 殆どやけっぱちになって、過去の事実を列挙していく。
 色葉は目線を上げて何かを思い出しながら、「ああ」と間の抜けた声を発した。
「えーっと、ホントはよく分かってなかったんですよー。ただ、真宮寺君を助けることで頭が一杯でー」
 やっぱりそうか……。
「私がちょっと死んだみたいなことになったって知ったの、しばらくしてからですしねー。あははー」
 『あははー』じゃねーだろ。だから何やってもカラ回りなんだよ、お前は。
「で、それから色んなヤツの守護霊とか恋愛霊とかやって、最後に俺のトコに来たって訳か」
「はいー。やっぱり真宮寺君のことが気になったものでー」
「でもサボってばかりだったんだろ」
「だってぇー、真宮寺君ってば私が何にもしなくても全然危険な目に会わないんですものー。恋愛なんてまったく興味ないみたいですしー。私やることなくなっちゃうと、すぐに眠くなるんですよー」
「じゃお前が俺にしたことってのは、寝返りで迷惑掛けたくらいか」
「ま、平たく言えばそうですねー」
 開き直ってんじゃーねーよ。
 こんなヤツが命の恩人なんて、ホントに情けなくて目からうどんが出てくるぞ。
「でも守護霊として久しぶりにあった時はビックリしましたー。真宮寺君、昔と全然違うんですものー」
 ああ、そりゃあな。お前がキッカケで俺は変わったからな。
「あの時みたいにー、みんなで一緒に遊んだりしないんですかー?」
 しねーよ。もぅ、二度としないって決めたからな。
「真宮寺君ー。私、バカだから難しいことよく分かんないんですけどー。嫌なこと思いだした時は、楽しいこといっぱいした方がいいですよー」
 色葉はニコニコと幸せそうな笑みを浮かべながら、的の外れた励ましの言葉を掛ける。
「嫌なことって……。言っとくけどな、俺が思いだしたのはお前のことなんだぞ」
「だって、真宮寺君は私のこと嫌いなんでしょー?」
 ……このバカは。死んでも治らんな。
「でも大丈夫ですよー。あと二週間もすれば、私は消えていなくなりますからー」
 ――ッ!
 そうか。そう言えばそうだったな。
 あと、二週間、か……。
「お前、消えるってどういうことか分かってんのか?」
「さぁー? でも私一度死んでますからー。多分痛くはないと思いますよー」
 コイツは、また適当なことを……。なんで自分のことなのに深く考えようとしないんだ。
「どうしてそんなに難しい顔してるんですかー? 私がいなくなっても幸せにならないんですかー?」
 小首を傾げながら、色葉は不思議そうな顔で俺を見つめた。
 お前なんかとっとと居なくなれって、お前が来た昨日の朝からずーっと思い続けたさ。けどな、今はちょっと事情が違うんだよ。ソレくらい察しろよなー。クソッ!
「お前さ、大体なんで俺を幸せにしたいんだよ。恋愛霊も兼務してるからか? けど俺が一人でいるのが好きってのはもう分かってんだろ?」
 言われて色葉は初めて気付いたように、大袈裟に目を丸くして見せた。
「さぁー? そう言えばそうですねー。でも、私バカだからよく分からないですー」
 コイツは……。
 ああクソ。調子狂うな。こんな時まで自分より他人優先で考えやがって……。何なんだよ。
「色葉……」
 俺は細く息を吐きながら、意を決して言った。
「お前、もう一回人間に戻りたいか?」 
 色葉はなぜかキョロキョロと不審な仕草で辺りを見回す。自分に向けられた言葉なのかを確認しているようだった。
「……え?」
「あんな訳の分からないまま守護霊なんかになったんだ。当然不満だらけだろ。だから聞いたんだよ。もう一回人生やり直したいだろって」
「え、えーっと……ソレを聞いて真宮寺君はどうするつもりなんですかー?」
「今は俺が質問してるんだ」
 目の前で組んだ両手で顔の下半分を隠し、下からねめ上げるようにして睨み付けながら強い語調で言った。
「そ、それは……その……」
 言えよ。やり直したいって。そうすれば俺も悩まなくてすむんだ。きっちりケジメ付けて、キレイサッパリ終われるんだよ。
「わ、私は、今のままで結構満足してますよー」
 ……そう簡単にはいかねーか。
「そうか」
 短く言って再び箸を持ち、俺はすっかり冷め切った料理に手を付けた。

 昼過ぎ。
 俺は誰もいない広いリビングで一人、ソファーに寝転がっていた。カーテンも閉め切り、明かりも付けず、薄暗い室内でタバコの山を淡々と灰皿に築いていく。

『助けて、先生。死にたくない。お願い助けて』

 思い出しただけで腹が立ってくる。

『ねぇ、先生なんでしょ? 大人なんでしょ? 何とかしてよ』

 俺は、あんなにも情けなかったのか。

『俺まだ死にたくない! 何とかしてよ!』

 あんなにも自分のことしか考えられないヤツだったのか。
 俺より遙かに頼りない色葉に抱きついて、すがって、助けを求めて。挙げ句の果てに、色葉の命を犠牲にしてのうのうと生き延びてるようなヤツだったのか。
「やっぱ納得、いかねーよ……」
 誰に話しかけるでもなく、一人呟く。
 コレまで俺は一人で何でも出来るって思ってた。他の奴らが数人掛かりで出来ないことも、俺なら一人で出来ると思ってた。
 誰かに頼るなんて心の弱いヤツがすることだ。効率がいいとか、一人で出来ることなんて限られてるとか、もっともらしい大義名分かざして、最初から自分で何もしようとしないだけだと見下してた。
 けど、俺もそんな奴らの一人だった。いや、色葉の人生を犠牲にしてる分、俺の方がタチが悪い。
 思い出さなければ良かったと言ってしまえばソレまでだが、思いだした以上責任が生じる。昨日、色葉が出てきたのも偶然ではないかもしれない。ツケがようやく回って来たのだと考えれば辛うじて納得行く。
 命での献身には命で報いなければならない。
 このままグダグダ考えて、俺が俺でなくなっていくよりはマシだ。
 ――決めた。
 夜水月に会いに行く。多分あそこに行けば会えるだろ。
 二十五本目のタバコを灰皿でもみ消し、俺はソファーから立ち上がった。
「ぃやっはー。太郎いるー?」
 その時、玄関の扉が開く音が聞こえて、威勢のいい声が飛び込んできた。続けて無遠慮にドタドタと廊下を歩く音がして、ガチャリとリビングの扉が開いた。
「あら、太郎。アンタ昼真っからこんな暗い部屋で何してんの?」
 入ってきたのは見た目小学生、実は俺より年上の女。童顔、オカッパ頭の憂子だ。
 神社の手入れは今日は休みなのか、巫女服ではなくピンクのTシャツに水色のサロペットといった服装だった。小学生を通り越して幼稚園児にすら見える。背中に背負った小さめのリュックが年齢低下に拍車を掛けていた。
「あーもータバコ臭い! ちょっと何なのよ、そこの不健康青年! 良い天気なんだから若者は外でスポーツでもしなさい!」
 機関銃のようにまくし立てながら、憂子はカーテンを開け、窓を開け、換気扇をつけて、部屋の空気を怒濤の勢いで入れ換えていく。
「……お前、何の用だよ。何で玄関の鍵開いてんだよ」
 見事に出鼻をくじかれ、俺は肩を落としてタバコに火を付けた。
「色葉さんに言われたのよ、アンタが珍しく落ち込んでるから何とかしてくれって。鍵はおばさんに合い鍵貰ってるから。って、コラ! タバコはもう吸わないの!」
 憂子は俺の口からタバコを取り上げると、灰皿ごと隣室のキッチンに持って行ってしまった。
 あークソ。世話やき憂子の降臨だよ。それにしても色葉のヤロー、さっきからいないと思ったら憂子呼びに行ってたのか。家が隣同士ってのが災いしたな。ぎりぎり十メートル以内だったのか。
「別に落ち込んでねーよ。ちょっと考え事してただけだ」
 ダルい仕草で後ろ頭を掻き、俺はソファーに座り直した。
「それじゃ今考えてること、正直に全部包み隠すことなく洗いざらい自白しなさい。この憂子おねーさんが適切なアドバイスしてあげるから」
 憂子は険しい表情で俺に詰め寄ると、すぐ隣りに腰掛けた。
 あーもーウゼェ。暑くるしー。子供は外でセミ取りでもしてなさいって。
「お前なー、俺とどんだけ付きあってんだよ。そーゆーの嫌いなの知ってるだろー?」
「知ってるわよ。だから放っておけないんじゃない」
「ああー? 何でだよ」
「アンタの気持ちが分かるからに決まってるでしょ」
 憂子の言葉に、俺は不快感を隠すことなく言い返す。
「気持ちが分かる? 俺の? おいおい、随分軽く言ってくれるな」
 人が何考えてるかなんて分かるわけないし、分かる必要もない。そっちの方が変に悩まなくてすむし、気が楽だ。それに、世の中知らない方が良かったってことがごまんとあるんだよ。さっき身に染みて分かった。
「分かるわよ……だって、あの時と同じ顔してるもん。その顔は一人で全部抱え込んで何とかしようとしてる顔でしょ」
 悔しいが、すぐに言葉を返せなかった。
 『あの時』――聞き返すまでもなく、小学校であった火事のことだ。俺が、今の俺に変わるキッカケとなった事件。
「……悪いかよ」
 絞り出すようにしてようやく出た言葉がそれだった。
「悪いわよ、悪いに決まってるでしょ。アンタがそんな顔してたら見てるコッチまで気使うじゃない」
「別に頼んだ覚えはない」
「頼まれなくったって心配するのよ。ちゃんと言葉にしてくれないと一緒に悩んであげられないじゃないの」
「余計なお世話だ」
「もー、ホントに何スネてんのよ」
「これは俺の問題だ。幼稚園児は着せ替えゴッコでもしてろ」
 俺の冷たい言葉に憂子の顔が怒りで染まっていく。
 怒る、だろーな。当然だ。そうなるように仕向けたんだから。
 けどソレで良い。捨てゼリフ残してとっとと帰りな。あと一時間足らずで俺のことなんか全部忘れてるからよ。
「太郎……そんなのアンタらしくないよ。なんで守護霊になんかになっちゃうのよ……」
 しかし憂子はか細い声で、力無く漏らした。
 チッ……色葉のヤツが喋りやがったのか。さすがの鈍感でもそのくらいの察せるみたいだな。
 そう、俺は色葉の代わりに守護霊とやらになってやるつもりだ。俺が色葉の後継幽霊になれば、色葉は完全な人間体に戻れるらしい。なんだか夜水月の筋書き通りで気にくわないがもう決めたことだ。コレが俺なりのケジメの付け方だ。
「知った風な口利くな。コレが一番俺らしい選択なんだよ」
「違うわよ。アタシの知ってる太郎は、もっと自意識過剰で、我が儘で、無鉄砲で、面の皮が厚くて、誰かの不幸を影で見守りながらほくそ笑むような嫌らしいヤツだったじゃない」
 なんだよ。随分な言い方だな。
「アンタが部屋にこもって二次元ポスターと一日中会話してたことや、一日中鏡見て自分の顔に酔いしれてたことや、一日中タバコで積み木遊びしてたことや、一日中自叙伝執筆してたことも知ってるんだからね」
 コイツ、いつの間に監視カメラ仕掛けたんだ。
「なのにそんな変に潔くて、『自己犠牲』なんてアンタの辞書から真っ先に消されたような言葉引っ張り出してきて、明らかに論理のすり替えじゃんって感じの屁理屈もこねないで、女の子キャラクターのシャツも着てないアンタなんか太郎じゃないわ! アンタ誰!?」
「だー! ウッセーな! なんで巫女ロリ属性しか取り柄のないようなオカッパ座敷ワラシ小娘にそこまで言われなきゃなんねーんだよ!」
「なーによ! アタシにだって他に取り柄くらいあるんだからね! 着せ替えゴッコ上等! してやろーじゃないの!」
 威勢良く啖呵を切ってリビングを飛び出す憂子。
 何しよーってんだ。アイツは。
「た、太郎! コレを見なさい!」
 数分後、コレまで見たこともないような格好をした憂子が、顔を真っ赤にして戻って来た。 憂子の服装はさっきまでのガキっぽい物ではなく、紺のブレザーにミニスカート、黒のハイソックスというお嬢様的な物。その格好で憂子は、ミニスカートを僅かにたくし上げて白いフトモモ――絶対領域を強調し、口元に手を持っていく。さらに上目遣いで恥じらいながら俺の方を見て、
「センパイ……」
 と儚げに呟き、憂いを含んだ視線で流し目を送って来た。そしてどこか弱々しい、けなげな仕草で立ち去りながら、障害物など何もない床で転ぶ。
「……お前、頭大丈夫か?」
 俺は一連の寸劇を見終え、最大出力で憐憫の視線を憂子に送る。
「な、なによ! アタシだってこんなこと、やりたくってやった訳じゃないわよ! 昨日アンタがやって欲しそうに言ってたからでしょ!」
 ……ああ、そういやそんなことも言ったかなぁ……。よー覚えとらんわ。
「あーもー! 恥ずかしい! アタシがココまでやってあげたんだから、二度と守護霊になるなんて言うんじゃないわよ! アンタがいないとアタシも張り合いないんだから! 分かったわね!」
 凄まじい勢いでまくし立てると、耳まで真っ赤にして憂子はリビングを出ていった。続けて玄関の扉が激しく閉まる音がする。
 お前、その格好で外に出るのはまずいんじゃないか? 色々と……。
「何だったんだ、アイツ……」
 ポリポリ、と後頭部を掻きながら俺はタバコを探す。しかし憂子がキッチンに持っていったことを思い出して諦めた。
「まさか、アレで元気付けたつもりだったのか?」
 自然と笑みが零れる。
 バカなヤツだ。俺もかなりキテるかと思っていたがとんでもない。思わぬ伏兵がすぐ近くにいた。
「ック……ククク……」
 あんなカラカイ甲斐のあるヤツがいたんじゃあ、おちおち成仏もできねーな。
 毒気を抜かれたとはまさにこのことだ。いつの間にか暗い気分が払拭されて、体も軽くなった気がする。
「さて、と」
 ま、どっちにしろケジメはつけねーとな。
 いつも通り自信に満ちた笑みを浮かべて、俺はソファーから立ち上がった。

 俺がガキの頃に通っていた小学校。地下迷宮じゃなく、夜水月は多分コッチにいる可能性が高い。完全なる勘だが。
 この小学校も昔はもっと塀が高かった気がする。柱だって太かった。机も大きかったし、教室だって広かった。
 なのに、今の俺は十歩も歩ければ教室の端から端まで移動できる。昔は休み時間に、体全部を使って走り回っていたというのに。
「コレが成長ってやつかね……」
 夏休みで誰もいない学校に忍び込み、声のよく反響する廊下を歩いていた。もし見つかったら……まぁ気絶させて記憶除去の秘孔突いときゃ大丈夫だろ。
 二階の窓から校庭を見下ろす。一周四百メートルの白いトラックが、退屈そうに口を開けていた。火事があった時は、みんなあそこに非難したんだ。地震にしろ火事にしろ、周りに何もないってのはそれだけで安全らしい。
 そして俺は、問題の理科準備室の前で歩を止めた。
 もう十五年も前の話だ。焼けた跡は全くなく、キレイに補修されている。
 立て付けの悪いスチール製の扉を横にスライドさせようとして、鍵が掛かっていることに気付く。俺はジャケットの胸ポケットから、折り畳み式の千枚通しと硬質性の針金を取り出すと、それらを使ってアッサリ鍵を開けた。
 中に入ると薬品特有の刺激臭が鼻腔を突く。
 棚は俺がいた時のように木製ではなく、丈夫なアルミ素材で床にしっかりとネジ止めされていた。コンセントも無駄にごつい物に取り替えられており、漏電と地震対策はしっかりしている。過去の教訓はしっかり活かされているようだった。
「ココ、か……」
 夢の中で見た映像。丁度部屋の奥にある窓に近い場所で、俺と色葉は身を寄せ合っていた。そして、色葉が守護霊になることで俺は救われた。
「おやおやー、どうしたんデスかー? 真宮寺様。こんなところで会うなんて奇遇デスねー」
 突然、後ろから甲高い声がした。シルクハットに黒いスーツを身につけた幼児、夜水月だ。
 やっぱり出てきたな。
「……ココに来れば、なんとなく会えると思ったからよ」
 俺は振り向いて、頭上に浮かんでいる夜水月にわざと元気のない笑みを返す。
「それはそれは。真宮寺様の方からそう言っていただけるとは。勿体ないお言葉ですデス」
 夜水月は胸の前に手を当てて慇懃な礼をした後、ゆっくりと俺の足下に降り立った。
「それで、どのような御用向きでしょうか」
「実は、昨日変な夢を見てな。詳しい説明は省くが、色葉の代わりに俺を守護霊にして欲しい」
 俺の言葉に夜水月は目を輝かせた。まるで、計画が上手く運んだと言わんばかりに。
「本当に、よろしいのデスか?」
「その前に一つ確認するが、俺が守護霊になれば色葉は普通の人間に戻るんだな。二週間経っても消滅しないんだな」
「ええ、勿論ですデス。ボクが保証いたしますデス」
 夜水月は揉み手しながら腰を低くして、営業スマイルを浮かべた。
「そうか……。で、具体的に俺は何をすればいいんだ?」
「あ、それでしたコチラの契約書にサインをお願いいたしますデス」
 言いながら夜水月は、スーツの内ポケットから二枚の紙を取り出して一枚を俺に渡す。灰色の紙には、俺の知らない文字がびっしりと羅列してあった。そして一番下には不自然な空白がある。恐らくココにサインするのだろう。
「真宮寺様がそちらの契約書にサインを終え次第、ボクの方で楓君の契約書の抹消手続きを行いますデス」
 どうやら夜水月が持っているのが、色葉が守護霊になった時にサインした契約書らしい。
「ソレを逆にすることは出来るのか」
「は?」
 言葉の意味がすぐに分からなかったのか、夜水月は早い間隔でまばたきしながら素っ頓狂な声で返した。
「色葉を先に人間体に戻してから、俺が契約書にサインするのでもいいかと聞いたんだ」
「……それは、ボクを信用していないということデスか?」
「そういうことだ」
 僅かに不快感を浮かべる夜水月に、俺は即答した。
「残念ながら出来かねます。この順番は規則で決まっていますデスから」
「良い言葉を教えてやろう。『記録と規則と約束は破るためにある』」
「……『記録』以外は同意しかねますデス」
「良いからやれよ。でなきゃ俺はこの契約書にサインしない。それだけだ」
 渡された契約書をピラピラと見せびらかすように振りながら、俺は高圧的な態度で夜水月を見下ろした。
「それでは、真宮寺様は楓君に罪悪感を感じていないとでも?」
「へぇ、よく分かったな。俺がココに来た理由が。まるで俺の夢の内容を知ってたみたいじゃないか」
 予想外の展開だったのか、一つボロが出たな。
「……楓君を守護霊にスカウトしたのもボクですから。真宮寺様がこんなに早く心変わりされる理由といえば、楓君に関する記憶を取り戻したとしか考えられません」
 ナルホド。さすがスカウトマン。一応筋は通るな。本来戻るはずのない記憶が戻ったことに驚かない点が致命的に苦しいが。
「そうだよなぁ。俺が一筋縄じゃ行きそうにないから、こんなに凝った芝居してきたんだもんなぁ。ちゃんと記憶が戻って貰わないとなぁ」
「ボクはお芝居が出来るほど器用じゃないんデスけど」
 よく言う。
 俺は不敵な笑みを口の端に浮かべ、出窓に腰掛けて夜水月を睥睨した。
「いいか、コレは取引だ。一方的な要求じゃない。お前は俺の言うことを聞くしかないんだよ」
「さっきから言われていることがサッパリ分かりませんデスが」
 知らぬ存ぜぬで通そうって訳か。ポーカーフェイスの裏側で滝のように汗をかいてるのが見え見えだ。
「お前は俺をスカウトするために色葉を利用したんだ。この契約書は本人の同意が必要なんだろ? 今みたいに姑息な手で殆ど強制的に同意するように仕向けるのは不正なんじゃないのか? もしバレたらせっかくの手柄も帳消しかもな」
「推測で物事を言うのはどうかと思いますデスが」
 やれやれ。ま、そう簡単には認めないか。
「推測……ね。まぁいい。じゃあついでにもう少し詳しく『推測』してやるよ」
 羽織っていたジャケットを脱ぎ、裸にエプロン姿の女の子キャラクターがプリントされたTシャツを見せつける。
「ひょっとしたら、俺が夢で見た映像は作り物なのかもな。全てじゃないだろうが一部。不自然にならない程度に作り替えられたのかもな。知ってるか? 嘘を上手くつくには、誤魔化したい部分だけ捏造するんだ。その方がバレにくいし信憑性もある。この辺り結構勘違いしてる奴が多くてね。色葉なんざその典型さ。俺との関係について全部に嘘をつこうとするから逆に分かり易くなる。お前はどうなのかな。被害者ヅラしてるスカウトマンさん」
「被害者ヅラとは……また酷い言われ方デスね」
「あの夢はお前が見せたんだろ? だからお前は俺が今日、ココに来るとふんだ。冷静になって考えればタイミングが良すぎたもんな。大方、地下迷宮の部屋に呼びだした時に変な術でも掛けたんだろ。内容が内容だったんで危うく信じかけたよ」
「どうしてボクが真宮寺様の過去を詳しく知っているんデスか」
「過去? 俺は別に『過去の夢を見た』とは一言も言ってないぜ?」
「楓君の夢を見たのでしょう?」
「お前の推測ではな」
 言われて夜水月が一瞬言葉に詰まる。その反応だけで十分だった。
「……確かにそうデスね。真宮寺様お得意の推測でしかありませんでしたデス。失礼」
 皮肉たっぷりに言ってくる夜水月。必死に取り繕ってる様が笑える。
「長期戦に見せかけて相手を油断させ、短期戦で一気に勝負をかけるってのは良い発想だったんだが作戦がちょっと雑だったな。守護霊は守護対象者に自分の正体をバラしちゃいけないらしいじゃないか。ソレを上司のお前が仄めかすってのはどうかな。例の地下迷宮でお前が喋った色葉の異動。遠回しとは言えかなり際どい内容だったんじゃねーか? 夢見せるのはバレにくいかもしれんが、ああいうのはどこで誰が聞いてるか分かんねーぞ」
 言いながら俺は、ズボンのポケットから取り出した小型のテープレコーダーを手の中で弄ぶ。
「……ボクを脅すつもりデスか」
「だから言ったろ? これは取引だって」
 俺はレコーダーを出窓に置いて立ち上がり、試薬棚に並べられている古い小瓶を代わりに持った。
「お前は最初から俺をスカウトするのが目的だった。けどガキの頃の俺は、霊気だか運気だかが、まだまだ成長する可能性があった。そこでつなぎとして色葉を選んだんだ。後々、俺に揺さぶりを掛けるのにも使えるしな。十五年掛けて成長しきった俺をスカウトするために、お前は色葉を異動させて自然な形で近づく。俺にスカウトの話を持ちかけるが予想通り拒絶。で、予定通り色葉を利用。自分にケジメを付けるため、色葉に恩返しをするため、俺がスカウトされることで全て丸く収まる様に見せかける。どうだ? なかなか面白いストーリーだろ? 幼稚園児くらいなら楽しんでくれるかもな」
 俺を長広舌を聞き終えて、夜水月は下らないとばかりに苦笑した。
「そんな昔から目を掛けられていたと思うのは、少々自惚れすぎではありませんデスか?」
「じゃあなんであの火事の時、色葉は『さん』付けなのに俺は真宮寺『様』って呼んでたんだ?」
 その一言で夜水月の顔色が変わる。

『色葉楓“さん”デスね。ボクは幽霊スカウトの夜水月と申しますデス。時間があまり無いので要件だけを伝えますデス。そちらの真宮寺“様”をココから救いたければ、今すぐ守護霊になるのがお得デス』

 そう――あの時から夜水月は俺を『真宮寺様』と呼んでいた。つまり、幽霊界とやらにはあの頃から俺の噂が広まっていたんだ。
「上手く嘘をつきたいんならそういう細かいところにも気が回らないとな。ま、あの映像を見せた時点でお前の負けは決まってたんだ。コイツが見つかって良かった。ようやく思い出したよ。俺はあの時、色葉先生に助けてくれとすがりついたんじゃない。逆だ。どんなことをしてでも護ってやるって言ったんだ」
 自信に満ち満ちた表情で、俺は持っていた小瓶を棚に戻した。
「まさか俺が残留思念を読めるなんて、思わなかっただろ?」
「……い、いくら真宮寺様でもそんなこと……」
「俺様の力はお前らの方が良く知ってるんじゃねーのか?」
 ソレが決定打だった。今まで夜水月の精神に入れ続けて来たボディブローがようやく効いてきたようだ。
「楓君を先に人間体に戻せば……その契約書にサインしてくれるんデスね?」
 夜水月はガックリとうなだれたまま、力無くこぼした。
「ああ。そうやって素直に言うことを聞いてくれれば、俺もお前の不正をバラしたりなんかしないさ」
 ニッコリ、と会心の笑みを浮かべて、俺は優しい口調で言う。
「分かり、ましたデス……」
 夜水月は色葉の契約書を左手に持ち、右手でスーツの内ポケットを探り始めた。そして取り出した小さなスタンプを、契約書の真ん中に押しつける。
「これで楓君は完全な人間体に戻りましたデス。二週間経っても消えることはありません」
「本当だろうな」
 言いながら色葉の契約書を取り上げ、夜水月が何をしたのか見た。
 契約書の中央には赤い文字で『やっぱナシ』、とスタンプされていた。
 ……最後の最後までいい加減な設定見せつけやがって。本当に契約書の効力なくなったんだろーな。どーも信用できんぞ。
 他の方法で確認する必要がある。
「おい、お前携帯持ってるか?」
「え? そ、そりゃあ持ってますデスが……真宮寺様はお持ちじゃないんデスか?」
「当たり前だろ」
 電波とは言え、四六時中誰かと繋がっているかと思うと寒気がする。
 俺は差し出された黒い携帯を受け取ると、暗記してる番号をプッシュした。
 あの契約書が無効になり、色葉が人間体に戻ったかどうかを確認する方法は簡単だ。
 色葉を知っていたはずのヤツが思い出していればいい。だが憂子はダメだ。アイツは思い出さなくても色葉を知っている。
 ならば守護霊としての色葉を全く知らないで、過去に関わっていたはずのヤツに聞くのが一番確実だ。
『も、もしもしッス……』
 ガキの頃から腐れ縁だった剛一狼ならば、色葉を知っているはずだ。
「俺様だ」
『し、真宮寺君ッスか?』
「そうだ」
 低い声と尊大な口調で分かったのだろう。剛一狼はなぜか震える声で聞き返してきた。
『で、でも着信に“あの世”って出てるッスけど……。い、いったいドコから電話してるッスか?』
「……細かいことは気にするな」
 剛一狼の疑問を一蹴して、俺は知りたいことを単刀直入に言った。
「お前、小学校の頃にいた色葉楓って女教師、知ってるか?」
『小学校の頃ッスか? 色葉先生……』
 さぁ、どっちだ。
『ああ、覚えてるッス。あのちょっとドジな先生ッスよね』
「そうだ、ドジでアホで天然不幸の塊の女教師だ」
『懐かしいッスねー。それで色葉先生がどうかしたッスか?』
「いや、お前がその女教師のことを知っていればいいんだ。とにかく色葉っていう女教師を覚えてるんだな。お前が女教師を認知していることを確認したかったんだ。他に女教師について気になったこととかないか? 例えば女教師に関する記憶の一部がないとか」
『え、えーっと。別にないッスけど、なんでそんなに“女教師”を連呼するッスか?』
「……細かいことは気にするな」
 よし、とにかく裏は取れた。あとは……。
『もしもし? 真宮寺ですの?』
 携帯を切ろうとした時、聞き覚えのある声が耳に届いた。
『真宮寺? 聞いてますの?』
 このお嬢様口調……間違いない。春日亜美だ。俺が成り行きで剛一狼とくっつけた、寂しがり屋で意地っ張りで思いこみの激しい大財閥のお嬢様だ。
「ンだよ。お前らまた一緒にいたのかよ」
 大学にいるときゃ、アロンアルファでくつっいてんじゃねーかと思うくらいベッタリしてて、見てる分にはそれだけお腹一杯だってのに、俺がたまたま電話した時まで一緒にいるってことは同棲でもしてんのか?
『勿論ですわ。もぅワタクシ、剛一狼さんのいない生活なんて考えられませんもの。今も二人きりで旅行中ですわ』
 剛一狼さん、ね……。ノロケやがってこのアマ。後ろで剛一狼が顔面を唐辛子みたいにしてるのが目に浮かぶぜ。あー、やっぱ他人の幸せってのは聞いてて腹が立ってくるな。
「二人きりで旅行だぁ? じゃあ何か? 泊まる部屋も一緒、風呂に入るのも一緒、寝るのも一緒ってか?」
『そんなの当然ですわ』
 ……なんてこった。からかってやるつもりが予想外すぎる答えが返ってきやがった。
 たった二年の間に随分と進んでやがる。確かに春日は尽くす女ではあったし、自分のことを『卵子』と言い切るヤツでもあった。だがまさかココまでとは……。恐れ入ったぜ。
『それはそうと真宮寺。おみやげは何がよろしいですか? これでも貴方には感謝していますから、お望み通りの物を買って帰りますわ』
「……じゃあ、『お兄ちゃん大好きっ☆』の初回限定版DVD−BOXを」
 フン。すでに非売品となり、マニアの間では推定価格数億円とも言われ、闇ルートで海外に密輸されてるとの噂まである超プレミアDVDだ。おみやげなんかで買えるモンなら買ってみろっ、このバーカ。
『かしこまりましたわ。すぐに心斎橋に連絡を取って手配させますわ』
 それじゃ、おみやげになんねーだろ!
 ……くそぅ、この俺様が手玉に取られてる。ちょっと見ない間に腕上げたじゃねーか。
『ところで真宮寺。貴方は今何をしていますの? やっぱりお部屋にこもって、アニメ鑑賞でもしていますの?』
 ……は! そうだ! こんな下らないところで意地になってる場合じゃなかった!
 春日の言葉で俺はようやく我に返った。
「じゃあな、まぁせいぜい剛一狼と子作りにでも励んでくれ」
『いわですわ真宮寺ったらっ。剛一狼さんさえオッケーしてくれましたら、ワタクシはいつでも――』
 俺は灼怒に顔を染めて、携帯を握りつぶさんばかりにブチ切った。そして投げ付けるように夜水月に返す。
「――と言うわけで、俺様は今非常に機嫌が悪い」
「い、いや、ボクにそんなこと言われましても……」
 困った顔でオロオロしながらも、夜水月は恐る恐る聞いてくる。
「それで、あのー、デスね。これで信じていただけましたデスか?」
「何の話だ」
「デスから、楓君が完全な人間体に戻った件デス」
 ああ、そう言えばそんな話もしてたな。
「確かに、剛一狼は色葉のことを思い出してたしな。ま、取りあえず信用してやろう。大儀であった。ご苦労」
 腕組みし、無意味にふんぞり返りながら俺は言った。
「で、では、次は真宮寺様がそちらの契約書にサインを……」
 低い位置から頼み込んでくる夜水月を見ながら、俺は冷い笑みを浮かべて出窓に座り直す。そしてタバコを一本取り出して火を付けた。
「夜水月……最初に教えたろ?」
 渡された契約書を口の高さまで持って行き、タバコの先に押しつける。契約書は黒い煙を上げ始め、すぐに炎に包まれた。
「ああーーーーーー!」
「『記録と規則と約束は破るためにある』ってな」
 絶叫を上げる夜水月の目の前で、契約書は一瞬にして灰になった。俺は手の平に残った燃えカスをはたいて落とし、悠然と立ち上がる。
「色葉は人間体に戻す。俺も人間のままでいる。コレはもう決めていたことだ。残念だったな」
 床に落ちた契約書の残骸を名残惜しそうに見つめながら、夜水月は体を震わせた。
「……真宮寺様」
 そして怒気を孕んだ声で、剣呑な視線を向けてくる。
「では、そちらの楓君の契約書。返していただきましょうか」
 シルクハットが吹き飛び、中から針のように鋭い黒髪が伸びた。それらは意思を持ったかのようにあざなわれ、一本の槍となって夜水月の頭上で固定化される。
「これは脅しではありませんよ、真宮寺様。幽霊界の労力を増やすどころか減らすなどもってのほか。ボクの威信に関わります。貴方をお迎えできないのは残念ですが、せめて最初の状態に戻させていただきます」
「保身のためには実力行使、か。余裕が消えたな。『デス』は入れなくていいのか?」
 色葉の契約書をズボンのポケットにしまい込み、俺は肩をすくめておどけて見せた。次の瞬間、俺の足下に黒い槍が突き刺さる。
「貴方もすぐに余裕など言ってられなくなりますよ」
「俺を殺すつもりか? パパに叱られるぞ? 優秀な人材なんだろ? おっと幽霊材か?」
 言いながら俺は左に飛び退いた。直後、さっきまで俺のいた位置を黒い槍が通り過ぎていく。どうやら本気らしい。
「貴方は危険だ。秘めた霊格と言い、度胸と言い、勘と言い、運気と言い。我々の敵になる可能性も考慮すると、ここで抹消するのは合理的といえますね!」
 随分と勝手な理屈だな。スカウトマンとしてのプライドを粉々にされてキレたか。
「アハハ! こんな狭い部屋で逃げ切れると思っているのか!」
 哄笑を上げながら、夜水月は俺の正面に回り込んだ。
「死ね!」
 両側を試薬棚で挟まれた一歩道の通路。俺の心臓を正確に狙って、黒い矛先が飛来する。槍は吸い込まれるように俺の胸に突き刺さり、体を貫いて後ろへと抜けた。
「ザマーミロ! 人間風情が浅知恵働かすからこんなことになるんだ!」
「お前は死神の方が向いてるんじゃないのか?」
 後ろから掛けた俺の声に、夜水月は驚愕に顔を染めて振り返る。
「バ、カな……!」
「あれは残像だ」
 紫煙をくゆらせながら、俺は平然と言ってのけた。
「ざ……! ふざけるな!」
 半狂乱になって夜水月は黒い槍を横薙ぎに振るう。破砕音と共に試薬瓶を叩き割りながら真横まで来た槍を、俺はタバコを持っていない方の手で受け止めた。
「こらこら。誰が後で片付けると思ってるんだ」
 静かにいいながら、黒い槍を根元からたたき折る。
「れ、霊体のボクに傷を……!? いくら何でも非常識だぞ!」
「有り難う。最高の褒め言葉だよ」
「クソ!」
 夜水月は吐き捨てて後ろに跳んだ。その着地地点を狙い、さっき折ってやった黒い槍を投げ付ける。
「――な」
 槍はダークスーツを貫き、夜水月の体を床に縫いつけた。
「諦めろ。虫けら」
 低い声で言いながら、俺はゆっくりと歩み寄る。
「やかましぃ! 絶対にお前を殺して楓を守護霊に戻す! 最初にそう言っ“たろー”が!」
 言ったろーが。言ったろうが。言っ太郎が。太郎が。太郎……。
 夜水月の暴言が俺の頭の中で何度もリフレインする。
「フ……どうやらイタズラ小僧にはキツイお仕置きが必要のようだ」
 薄ら笑いを浮かべ、俺は自分の武器をズボンのポケットから取りだした。
「な、何をする気だ」
「コオオオオォォォォォ……」
 怯えて後ずさろうとする夜水月から視線を外し、俺は精神を集中させる。体内でめぐる気をコントロールして、手の中にある武器へと注いでいった。脈打ち、熱く胎動する血流に乗って、『光』が一点に集中する。そして俺はカッ、と大きく開眼した。
「奥義――」
 言葉に乗せて、手に持った武器を力一杯投げ付ける。
「“クーゲル=シュライバー”!」
「うわあああぁぁぁぁぁぁあ!!」
 『光』は夜水月に着弾して体を後方に弾き、壁に大きくめり込ませた。しばらくして夜水月は重力に引かれ、力無く床へと滑り落ちる。
 俺は戦意を喪失した夜水月の元に歩み寄り、武器を回収してヤツの目線の高さに持っていった。
「ちなみに。今のはドイツ語で『ボールペン』という意味だ」
「な、なんか知らんが、スッゲー悔しい……」
 俺様愛用の妹キャラボールペンを目の前でチラつかされて、夜水月は意識を失った。

 小学校の目の前にある児童公園。
 木陰にあるベンチに腰を下ろし、俺はタバコに火を付けた。肺の奥まで深く吸い込み、時間を掛けてゆっくり吐き出す。
「いるんだろ、色葉。出てこいよ」
 遠くの方でボール遊びをしているガキ共をぼーっと見ながら、俺は独り言のように呟いた。
「き、気付いてたんですかー?」
 ドモった声が後ろにある樹から聞こえる。水色のフレアスカートを風になびかせながら、色葉は俺の隣りに立った。
「夜水月とのやり取りもずっと外で見てたろ?」
 あの時はまだ十メートル・ルールも生きてたしな。
「す、すいませんー。盗み聞きするつもりじゃなかったんですがー……」
「別に謝る必要なんかねーよ。説明する手間が省けただけだ」
 言いながら俺は、吸っていたタバコを携帯灰皿でもみ消した。
「コレでお前は自由の身だ。どこでも好きなトコ行きな」
 投げやりな口調で言ってベンチから立ち上がり、大きくノビをした。
「あのー、実はそのことなんですけどー」
 困った様子でモゴモゴと口ごもる色葉に、俺は眉をひそめて顔を向ける。
「なんだよ」
「真宮寺君、今とってもスッキリしてますかー?」
 何を突然言い出すんだ、コイツは。
「あぁ、夜水月のヤツを不幸にしてやったからな。今の俺はモノ凄く幸せだ」
 春日の話を聞かなけりゃもっと幸せだったんだけどよ。
「やっぱりぃー……。じゃ、ちょっと私から遠くに離れてみて下さいー」
 ――おい。まさか……。
 俺は顔を引きつらせながら、亜光速移動で公園の出入り口まで飛んだ。
「元のままみたいですー」
 そばにあった電柱から、色葉が『宙に浮いた』状態で現れる。
「時間がたって私の霊格が落ちたせいだと思うんですけどー、真宮寺君の気持ちも私に伝わってきますー。それに十メートル以上離れられないみたいですし、こうやって浮かんだりすることも出来ますー」
 それはつまり……。
「ンなバカな!」
 俺は慌ててズボンにしまい込んだ契約書を取り出した。そして中身を確認して愕然とする。
 『やっぱナシ』のスタンプが『やっぱナツ』に変わっていた。
 なんだこのイカサマじみたマイナーチェンジは! 某巨大掲示板の影響か!
「あのガキ!」
 俺は光速で近くの電話ボックスに駆け込み、剛一狼の携帯に電話する。
『もしも……』
「剛一狼! さっきお前が言った小学校の先生の名前、もう一回言ってみろ!」
『し、真宮寺君ッスか? さっき言った先生って……そんな話してないッスよ』
 なんてこった……。
『そんなことより真宮寺君! さっき亜美さんに何吹き込んだッスか! いきなり今晩の料理がスッポンのフルコースになったッスよ!』
「ぃやかましぃ! コッチはそれどころじゃねーんだよ! 据え膳食って男になってこい!」
『そんな無責に――』
 ガン! と受話器を叩き付けて通話を切り、俺は怒りで体を震わせながら電話ボックスを出た。
「きっと契約書の安全呪法が働いたんでしょーねー。それか夜水月さんよりも上位の方が何かしたのかもしませんー。幽霊界の『和』が保たれなくなれますからー」
 だからそういう重大な設定を、伏線もなしに後出しすんなよ!
「んじゃ、夜水月のヤツをどんだけボコっても変わんねーってことかよ」
「ま、平たく言えばそうですねー」
 ニコニコーと笑顔を浮かべながら、色葉は浮いていた足を地面に着けた。
 ……どこまでもマイペースなヤツだな。誰のためにやってやってると思ってんだ。
「あークソ……。そんじゃ他にお前を守護霊から解任する方法はねーのかよ」
 髪を掻きむしり、イライラしながら俺はタバコに火を付けた。
「あのー、やっぱり私はいなくなった方が真宮寺君は幸せなんですよねー?」
「あん?」
 異様に沈んだ色葉の気持ちが、守護霊鎖を介して俺に伝わってくる。
「でしたらあと二週間、真宮寺君から出来るだけ離れていますよー。あ、霊格が一緒なった今なら天深さんに頼めば祓って貰えるかもしれませんー。なんでしたら今すぐにでも行きましょー」
 相変わらずヘラヘラしているが、さっきと違って無理をしているのが見え見えだ。
 何言ってんだ、コイツは。
「お前、もう一回聞くけどよ。何でそこまで俺の幸せとやらにこだわるんだよ」
 地下迷宮の時と言い、今朝と言い、今と言い。何でコイツは俺を幸せにしたがるんだ。
「え、えーっと……その。私バカだからー……」
 絶対に喋らす、と鬼のような意思を込めて無言の重圧を色葉に叩き付ける。
 しばらくアタフタと困っていたが、やがて泣き出しそうな顔つきになって、許しを請うように白状した。
「だ、だってー、あの火事の後から真宮寺君、全然笑わなくなったんですものー。やっぱり、その……私のせいかなーって、思ってー」
 このバカ。そんな下らないこと考えてやがったのか。
「なんでお前の責任になるんだよ。お前は体張って俺を助けたんだろーが。それにお前が俺の守護霊始めたの五年前からじゃなかったのかよ。俺がこうなったのがあの直後か分かんねーじゃねーか」
「真宮寺君の情報は幽霊界に逐一入ってきましたからー」
 知らないところで有名になるってのも考えモンだな。
「あのよ、勘違いすんなよな。俺は今の性格すっげー気に入ってる。その点に関してはお前にすら感謝してる。一人だけの世界に浸るために、二次元ワールドを選択できたのはこの上ない幸福だった。だから俺は今、モノ凄く幸せだし不満もない」
「でも、私がいるじゃないですかー」
 ドコまでも卑屈な女だな、コイツは。
 ……まぁ、俺が出ていけって言い続けたから悪いんだが。
「いいか。俺がお前を守護霊じゃなくしたいのは、単に離れて欲しいからじゃない」
 最初はそうだったんだけどよ。
「お前にデカイ借りがあるからソレを返すためだ。お前だって、ちゃんと人間に戻って会いたい奴とかいるだろ」
 言われて色葉は顎先に人差し指を当て、うーんを呻りながら考え込む。
「いませんよー」
「ウソつけ!」
「だって親は三年前に熟年離婚して、すぐに再婚しましたから、二人とも第二の人生送ってますしぃー」
 な、なぬ?
「友達とかも私とは十五歳くらい年が離れてしまってますからー。今更会ったら……」
 あ、そ、そうか。記憶が戻ったとしても、さすがに気持ち悪がられたりするか。
「私が若々しすぎて嫉妬されちゃうかもしれませんー。きゃはっ」
 ……本当に明るい幽霊だな。 
「それに、真宮寺君の守護霊って楽しいですよ? なんだか手の掛からない子供を見守ってる母親の心境です」
 ……この俺様をガキ扱いかよ。いい度胸してやがる。
「そうか……俺の勝手な解釈で暴走して悪かったな。じゃあ別に人間体に戻らなくてもいいんだな」
「はいー」
「で、どうやって守護霊で居続けるつもりだ」
「いてもいいんですかー?」
「しょーがねーだろ」
 不本意だが、せめてそれくらいはしてやらないと借りを返した気分にならんからな。まぁ、今まで通りの生活に戻ると考えれば大した問題じゃない。
「ではー、真宮寺君が恋愛をー……」
「却下」
 色葉の言葉を一言の下に斬り捨てる。
 コイツに借りは返したいと思う。しかしポリシーとは別問題だ。俺は一人でいるのが好きなんだよ。
「でもー」
「ほら、もう一個あったろ。守護霊に昇格出来る方法がよ。確か俺の運気を吸い取るとかどーとか」
「ああー、そう言えばありましたねー。そんなモノもー」
 視線を上げながらポン、と手の平を打ち、色葉は得心したように頷いた。
 ……コイツ、ホントに守護霊に戻りたいんだろーな。
「その運気ってのをちょっと吸わせてやるから、さっさと成仏しなおしな」
「でも本当にいいんですかー? しばらく間、真宮寺君不幸になるかもしれませんよー?」
「俺のことなんか気にしなく良いんだよ」
 それに、そのくらいの方が借りを返したって感じが出る。
「わかりましたー。では本人からの了承を記録しますのでー、こちらの契約書にサインをー」
 言いながら色葉は、読めない文字の書かれたレポート用紙サイズの紙切れを俺に差し出した。
 何をするにも契約書、契約書、か。なんかホント、お役所仕事的なんだよなー。
 俺は苦笑しながらも、契約書の一番下にさっきのボールペンで自分の名前を書いた。
「ありがとうございますー。ではー、運気を吸わせていただきますー」
 淡々とした口調で言いながら、色葉はどこからかストローを取り出してソレを俺の方に向けた。
「……おい、何してる?」
「え? ですから運気をー」
 ……どこまでもいい加減設定だ。
 チューチューと音を立てて何かを吸う色葉。ホントに運気『だけ』を吸っているのか、ちょっと不安になってくる。
「ぷはぁー、美味しかったですー。真宮寺君の生……じゃなくて運気ー」
 オイ、今何て言おうとした。
「これで消えなくてすみそうですー。本当にありがとうございましたー」
 満足げな顔で微笑みながら、色葉は深々と頭を下げた。
 そして彼女が頭を上げた時、早くも体が透け始める。
「あらあらー、ゆっくりお別れを言う時間もないんですねー」
 自分の体をきょろきょろと見下ろしながら、色葉は僅かに目を丸くした。
「じゃーな。しっかり働いて、もう二度と降格処分なんか食らうんじゃねーぞ」
 軽く手を振りながら、俺は口の端を少しつり上げて微笑する。
 ま、終わりよければすべてよしだ。お互いに満足のいく形で収まって良かったんじゃねーのか。
「はいー、これからも色々お世話になりますー。ではー」
 そして、色葉の体は完全に消え去った。
 言い残す言葉が違うだろ。お前がお世話するんだろーが。
 やれやれ、と肩をすくめて俺は嘆息した。
「行っちゃったわね」
 一仕事終えた自分をねぎらおうとタバコに火を付けた時、後ろから声を掛けられた。
 人気のない道路に立っていたのは、オカッパにサロペット姿の幼稚園児、憂子だった。
「お前も後付けてたのかよ」
「アンタ一人じゃ何しでかすか分からなかったからねー」
 帰り道を歩き始めた俺の隣を、憂子は短い歩幅でいそいそと付いてくる。
「今回はお前にも結構世話になったな。感謝してるよ」
 紫煙を吐き出し、俺は前を向いたまま憂子に話しかけた。
 二呼吸ほど間が空き、憂子はビックリしたような顔で下から覗き込んで来る。
「あらまめずらしー、アンタがそんな素直になったのって何百年ぶり?」
 俺は仙人かよ。
「うるせーな。とにかくこれでお前にも借りが一個できちまったわけだ。またいつか、なんかの時に返させろよ。でないと俺の気がすまねー」
「ホントにー? 『記録と規則と約束は破るためにある』んでしょ?」
 つまらねーコトまで聞いてやがる。さてはコイツ、色葉と一緒にいやがったな。変な気ぃ利かせてないでとっとと出てこいってんだ。
「嫌なら別に良いんだぜ。無理に……」
「あーあーあー! 頂きます頂きます! 太郎様のありがたーい恩返しですから、大切に使わせて頂きますよー」
 目の前で後ろ向きに歩きながら、憂子は両手を大きく振って必死に訴えた。
 ホント、何から何までガキっぽいよな、コイツ。
「ところでさー、太郎。前から人間離れしてると思ってたけど、ついに仙人越えたよねー。残像作ったり、残留思念読みとれたり出来るようになったんだー」
 横に並んで歩き直し、憂子は感嘆の声を上げた。
「ま、かめはめ波撃つために修行してた時期もあったからな。体術はお手の物よ。けど残留思念なんて読めねーぞ」
「へ? だってアンタ、それ読んだから夜水月って人のウソが分かったんじゃないの?」
「バーカ、ンなもんハッタリだよハッタリ。テープレコーダーも全部ハッタリだ。いくら俺様でも、そんな都合良く持ってるわけねーだろ」
「……あきれた」
 ぽかん、と阿呆みたいに口を開けて、憂子は立ち止まった。
「アンタそんなのでよく自信満々にウソだなんて言えたわね。何か根拠でもあったの?」
 俺との距離が開き、慌てて駆け寄りながら憂子は聞く。
「根拠ぉ? 何言ってんだ、お前が教えてくたんたじゃねーかよ」
「へ? アタシが?」
 そう。あの火事の時、俺は色葉にすがり付いたんじゃない。何が何でも助けようとしたんだ。妙な確証があった。俺の勘は外れたことがない。根拠は――
「そっちの方が、俺らしいって思ったんだよ」


「ほぅ」
 自室。
 俺様が愛して止まないフィギュア、麗子とのツーショットをデジカメで取り終え、その画像を見ながら俺は目を細めた。
 一本一本が絹糸のように磨き上げられた、長く艶やかな黒髪。豊満なバストと、折れそうなほどくびれた腰、そして肉付きのいい臀部。妖艶な肢体を包むのはウサ耳、大きく胸の開いた黒のレオタード、白いカフス、目の細かい網タイツ、黒のピンヒール。
 バニーガール姿の麗子の隣りには炎を連想させる紅い髪のナイスガイ。小顔で鼻筋が通り、猛禽類を彷彿とさせる威圧的な眼光を飛ばしていた。着ているTシャツには、メイド姿の女の子が照れたような表情でプリントされている。
 自分で自分を写した二枚目の写真。なかなか良い出来だ。 
 そう。ココまでは良い。ココまでは完璧だ。お気に入りのフィギュアとツーショット。
 写真の上半分だけは。
 問題は写真の下。丁度、俺の腰辺りに被って写っているのは、エプロンドレスを着た女性。ドレスは胸、腰、スカートの裾に白いフリルがあしらわれた上質の黒染め生地で作られている。首には黒いチョーカー、膝下までの黒いハイソックスには同色の紐でリボンが結ばれ、足には厚底の黒いブーツを履いていた。
 典型的なゴシック・ロリータ衣装だ。
 うつぶせの体勢で宙に浮かびながら、白いリボンでポニーテールに纏めた長い黒髪と両の手足をダラリと下げている。さしずめ東京湾に浮かぶ木炭、と言った感じだ。
「ううむ」
 低く唸り声を上げて、俺は今足下に転がっている女に視線を移す。うつぶせでノビているところまでは写真と全く同じだ。脳天に無数のコブがある点だけが唯一違うのだが……。
「おい色葉。お前、何やってんだ」
 突然目の前に現れ、反射的に出てしまった手をさすりながら、俺は気絶している色葉に声を掛けた。
「はうぅー……頭がガンガンするー……」
 頭を撫でながら、色葉はヨロヨロと立ち上がる。
「ああ! こんなにもたんこぶが! 酷いですよー、真宮寺君ー」
 涙目になりながら、色葉は必死に何かを訴えかけてきた。
「そんなことよりお前。守護霊に戻ったんじゃなかったのか」
「そんなことって……」
 納得行かないのか、色葉は絨毯の上に座り込んでうらめし気な視線を向けてくる。
「俺の運気を吸ったんだろーが」
 一週間前、色葉は俺の運気を吸って守護霊に再昇格し、姿を消したはずだった。まぁおかげでヤクザと抗争したり、ダンプカーと相撲を取ったり、生コンの中で泳ぐはめになったりもしたが……。
「あ、それなんですけどー。どうも運気って吸い続けないとダメっぽいんですよねー」
「……は?」
 今なんつった。
「ほらほら、恋愛とかだったらラブラブオーラがずっと出続けてるから別に問題ないんですけどー、運気は出し続ける訳にはいかないじゃいですかー。まー、性質的な問題ですねー」
「……じゃあ何か? 俺の運気を吸い続けないとお前は成仏出来ずに、このままだとまた二週間で消滅するってのか?」
「ま、平たく言えばそうですねー」
 ニコニコー、となぜか幸せそうな笑みを浮かべながら、色葉はお気楽に言った。
 だからそーゆー重大な設定をなんで後出しにしてんだよ! お前は!
「あ、でもでもー、私が守護霊に戻るにはすんごく沢山の運気が必要ですけどー、猶予期間を延長するだけならちょっとで大丈夫ですよー?」
 猶予期間? 本来なら二週間経ったら消滅するけど、それを先延ばしにするってことか?
「あー、つまりなんだ……。お前を消すためには大不幸が、姿は見えるけど消滅させないためには小不幸が俺に降りかかるってわけ、だ」
「平たく言うとそうですー。たーくん、あたまいー」
 パチパチ、と拍手しながら、脳天気オーラを出しまくる色葉。こうやってる間にも俺から吸った運気抜けてってんじゃねーのか?
「待ってくれ……ちょっと考えさせてくれ」
 ベッドに腰掛け、俺はタバコに火を付けながら頭を抱えた。
 落ち着け、冷静になるんだ俺。今、俺は重大な決断を迫られている。安易な思考で判断してはいかん。大局的な視点で物事を考えるんだ。
 俺は一人になりたい。しかしそのためには多大な犠牲を払わなければならない。ソレが嫌なら妥協して色葉と……いいや待て待て、コイツの『ちょっと』は当てにならん。もしかしたら成仏させるのと大して変わらない運気を吸い取られるかも……。
 だが待てよ、よく考えれば色葉の姿が消えたところで、見られていることに変わりないわけで……それなら別に……。いいや違うぞ! そうじゃないだろ! 俺の周りに誰もいない。その事実が重要……と、いうことは、姿が見えようが見えまいが、色葉がいることを認識している以上同じ……。いっそのこと色葉を見捨てて消滅って選択肢も……。
「考えはまとまりましたかー?」
 小首を傾げながら色葉は聞いてくる。
 舌打ちして顔を上げ、今更ながらに色葉の雰囲気が違うことを指摘した。
「そういやお前、何でそんな格好してんだよ」
 男に媚びるようなゴスロリの服装。まるで俺の嗜好の一端を再現したかのような。
「あ、ほら。私、半分は人間ですけど半分は幽霊じゃないですかー。だからこういう服装って結構ゆーずー利いたりするんですよねー。まー、せっかくだし、コッチの方が真宮寺君も喜んでくれるんじゃないかなーって」
 言いながら色葉はナース服になったり、スク水になったり、メイド姿になったりと一瞬で数種類のソッチ系衣装を披露してみせる。
 こ、これは……何てことだ……。
 俺は両手をわななかせながら、驚愕に目を見開いた。
「お前……そんな重大な特技、何で最初から見せなかったんだよ!」
 怒鳴られてネコ耳をしゅん、とたたみ、色葉は上目遣いに見上げてくる。
「だ、だってー。てっきりこういう趣味って、真宮寺君が寂しさを紛らせるためにやってるのかと思ってたモノですからー。逆に良くないと思ってー」
「五年間も見てて、ソレが俺の至上の悦びだって分からなかったのかよ!」
「私ほとんど寝てたものですからー……」
 あははー、と気まずそうに後ろ頭を掻く色葉。
 どんだけ寝てんだコイツは。そりゃ降格にもなるわ。
「それにー、真宮寺君って二次元にしか興味なかったんですよねー」
 う……た、確かに……。せいぜい二次元から派生した三次元フィギュアが限界だったが……。
「じゃ、じゃあ逆に聞くけどよ。何でその格好で俺が喜ぶと思ったんだよ」
「ソレは勿論、二.五次元から徐々に慣れていって貰うためですー」
 答えになってない答えを返す色葉。
 二.五次元? ひょっとして、二次元と三次元の中間って言いたいのか?
「……で、慣れさせてどうするつもりだ」
「勿論、三次元の人と恋愛して幸せになって貰うんですー」
 ……コイツ、俺が恋愛なんかしても幸せにならないって理解してたんじゃないのか?
「で、で、真宮寺君。運気をどうするかは決まりましたかー?」
 自分の格好に俺が惹かれたことで自信を付けたのか、色葉ははしゃぎながらいつになく早い調子でまくし立てた。
 守護霊鎖を通じてコイツのハッピーな思考が否応なく流れ込んでくる。
 分かり易いヤツ……。
「俺が指示した服装には逆らうことなく着替えること。コレが条件だ。いいな」
「えっ? ぇっ?」
 あまりに端折りすぎて言われたことが理解できなかったのか、色葉はクエスチョンマークを大量に浮かべながら目を丸くした。
「お前の猶予期間を延長することを選択してやるって言ってんだよ」
「ホントですかー!?」
 両手を宙に投げ出し、子供のようにはしゃぎ回りながら全身で喜びを表現する色葉。
 全く何やってんだ俺は。これで小学生の時から立ててた遠大な孤独人生がパァだ。
 ま、その計画立てるキッカケになったのもコイツなら、ソレをブチ壊すのもコイツって訳か。
 ……まぁ、いいけどよ。
「なぁ、色葉。お前ホントは完全な人間に戻りたいんじゃねーのか?」
 どーもその辺り理解できん。守護霊のままでいいって言ったかと思えば、人間体でいたいって頼み込むようなマネしやがって……。
「そんなことないですよー。私は、今の状態が一番いいんですー」
「はぁ?」
「守護霊に戻って透明になっちゃって思ったんですけどー。なーんか物足りないんですよねー。こぅ、上手く言えないんですけど、プールの中で追いかけっこしてるというかー、目の前に大好物の梅干しぶら下げられて走らされてるというかー」
 つまりもどかしいってことだな。手が届きそうで届かない。触れられそうで触れられない。
 たった二日とは言え、十五年ぶりに味わった人間体の感触が忘れられなくなったんだろう。
「それにーこういうの知ってますかー? 母親って自分の子供に叶うはずのない恋心を抱いてるらしいんですよー」
 なんだよ、いきなり。
「私はー、なんだか叶いそうな気がしますー」
 言わんとしているところがサッパリ分からんぞ。
「真宮寺君も言ってましたよねー。何でもかんでも人に頼っちゃいけないってー。私も人を使って幸せにするんしゃなくてー、自分で幸せにしてみようかと思いましてー」
 ふふふ、と楽しそうな笑みを浮かべて、色葉はテレビの方に向き直った。
 だからさっきから何言ってんだ。
「じゃ、取りあえずゲームでもしましょっかー」
 言いながらいそいそとゲーム機の準備を始める色葉。
 外に行くんじゃないのかよ。まぁ、行く気なんかないけどよ。
「なぁ、色葉」
 いきなり出来た同居人に、俺は静かな声で話しかけた。
「なんですかー?」
 ネコの尻尾を振りながら、色葉は笑顔で振り向く。
 やはり、いる以上は聞くべきだろう。いつまでもうやむやにして置くわけには行かない。
「……あの、火事の時、俺はちゃんとお前を護ろうとしてたか?」
 言い終えて唾を飲み込む。ゴクリ、と頭に直接響く音が妙に白々しかった。
 聞かなければならない。色葉の口から直接。その時の真相を。
「火事の時……」
 顎先に人差し指を当て、色葉は過去を思い返すように視線を宙に這わす。
 そして、ニッコリと笑って言った。
「はいー、とってもカッコよかったですよー。『好きな人を護るのは男として当然だ』ってー、上着をバサバサやって私を火から守ってくれましたー」
「そ、そうか……」
 俺は安堵と羞恥が同時に襲って来るという体験を初めてした。

 『俺、絶対に先生をお嫁さんにする!』

 頭に響く不協和音。ガキの考えやがることは分かんねーな。
 色葉の下手くそなゲームプレイをぼーっと見ながら、俺は新しいタバコに火を付けた。
「色葉……」
 そして聞こえないくらいの小さな声で呟く。
「たまには、『たーくん』って呼んでも良いぞ」
「ホントですかー!? 嬉しいですー!」
 画面から目を離し、コントローラーを投げ出して振り向く色葉。
 ……ち。こういう下らないことだけはしっかり聞こえてやがる。地獄耳ならぬ幽霊耳か。
 …………。
 ……まぁ、いいけどよ。

 〜おしまい〜 


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
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●感想
あおいしょうさんの感想
 飛乃さんこんにちは! きましたねー、真宮寺君♪ 待ってました〜。
 前作と比べ、さらに変人度、超人度が増してるように感じます(笑)。あいかわらず、以上にぶっ飛んでますねー。本当に彼は人間なのだろうか(おい)。
 亜美と剛一狼君も出てきた瞬間うわーい、と盛大に喜びました。二年も経ってるのにやっぱりまだ卵子と思ってるんですね……(大笑)。ともかくふたりが幸せそうで嬉しかったです。ほかにもシリーズ通して読んでるからにやりとできるところは嬉しいですよね。

 ではでは、いろんな意味で気になったことをつらつら書かせていただきます。

>百メートルを四秒台で走れる俺だが、

  加速装置で走ってのタイムなんでしょうか。でもこれが素で走ってのタイムなら真宮寺君、亀仙人超えちゃってます!(DB3巻参照) うーん本当に撃てない んでしょうか、かめはめ派。彼の他の能力を見ていても絶対撃てそうな気がするんですよねー。何で修行やめちゃったんでしょう。なんてことがとても気になる DBファンの私。 

>本当に仏に仕える身なのか怪しかったが、呪文によって憂子の両手が青白い燐光を放ち始めた。ソレはすぐに巨大な二つの手となって、俺と色葉の体を包み込む。

  自分もなかなか小さいので憂子さんにはちょっと親近感が沸きます(笑)。いや、そんなことはおいといて、憂子さんもファンタジーなお人ですね。いや、神社 を継ぐ娘の巫女さんで御祓い出来るというのは違和感ないんですが、手から燐光を放ったりしたらとてもファンタジーチックで人間離れしてる気がしてなんとな く違和感です。なんていいましょう、非科学的なことをするのは真宮寺君だからアリというか、真宮寺君だけだから彼の変人っぷりが際立つというか……。

>「人間に降格したのはついさっきですからねー。まだ、ちょっとだけ私の方が霊格が上なんですよー。高いところから低いところに流れていくのは何でも同じですねー」

 ということは守護霊って御祓い出来ないってことですよね。でも憂子さんは今までも祓ったことあるみたいなこと言ってるし。うーん、どうなんでしょう。

  人間に降格、というのが具体的にどういうことなのかいまいち飲み込めませんでした。ふわふわ浮遊したりしてるのでもちろん本当の人間になったわけではない ですよね。霊格が人間レベルになるということ? 人の目に見えちゃうようになるということ? 憂子さんが降格守護霊の彼女が見えたのはそのせいなのでしょ うか。それとも純粋に巫女さんの持つ能力で? 
 真宮寺君と憂子さん以外にも見えるのかどうなのか、とかがどうなるのだろうと思いました。

>「はいはーい。コンニチハですデス、真宮寺太郎様」
 夜水月の登場は少し唐突かなーと思いました。出てくる前に色葉さんにさり気なく、これこれこんな上司がいてー、みたいな事を言わせて存在をほのめかしておいてほしかったかなーと思います。

  守護霊になることで他の人の記憶から初めからいなかったことになる、ということで生じる矛盾はどうなるのだろう、というのがちょっと気になりました。例え ば色葉先生が初めからいなくなったということは、それまで色葉先生が受け持っていたはずの授業を誰がやっていたことになるのかとか、そういう点で記憶の改 竄は必要なのではないかなと思いました。

>今は静観する時よ >ビルの谷間に祠が一つ >う、動いた…… >太郎、行くわよ
 それから、前作の正視とか乱視とか。この、彼の何でもあっち方面に聞こえちゃう耳はどこまでが冗談でどこまでが天然なのか(笑)。あんまり列挙されると ちょっとだけ「こらっ」といいたい感じにもなりますが、これが真宮寺君らしいというかなんというかでなんだかしっくりするっていうかスキっていうか。
 彼は少子化問題を懸念するあまりにそう聞こえちゃうようになったのかしら、なんていらない深読みをしてみます。

>「あれは残像だ」
>怯えて後ずさろうとする夜水月から視線を外し、俺は精神を集中させる。体内でめぐる気をコントロールして、手の中にある武器へと注いでいった。脈打ち、熱く胎動する血流に乗って、『光』が一点に集中する。そして俺はカッ、と大きく開眼した。


 本当の超人だよ真宮寺君(笑)。
 過去未来手帳に載ってた彼の超人っぷりは正直、実際に出したわけじゃないしギャグだからアリ、とか思ってたのです。『ルパン三世』のとっつぁんはどんな高いところから落ちても死なないというのもギャグだからアリ、みたいな。このシーンまでに彼が実際に繰り出した技(ゴキブリをシャー芯で仕留めるとか)も、 まぁ何とか常人レベルだろうと。なので彼がストーリー進行上で本当の超人な技を繰り出したとき「なぬぅ?!」とか思っちゃいました。まあだからこそ笑えた りするんですが。このシーンまでに一度くらいは実際に超人技を披露しておいてほしかった気がします。地下迷宮とかで必殺技、《目から怪光線》あたりなんか を。それにしても超必殺技、《貴様の力などブタに等しい》って、どんな技? 妙に気になります。 

 最後に気になったのは心斎橋氏の次の人がいなかったこと。このシリーズはそのへんも楽しみどころと思っていたのでちょっぴり残念です。でもまた心斎橋氏が出てきたのはにやりとしました。

  いろいろと列挙しましたが、違和感なところはほとんどが「感想書くぞ」と身構えなければ気にならない程度の重箱の隅です。ともかくさすがな面白さでした。 私も本名、下の名前で呼ばれるのがスキじゃないので(花子じゃないですよ)いいあだ名をつけてくれた人に惹かれちゃうってのはすごく共感です。
 憂子さんは真宮寺君のために着せ替えごっこまでしちゃうなんてやっぱり彼のことが好きなのかしら、と思ったり。あのシーンの彼女はかわいかったです。シリーズ次回は彼女が主人公なのですね。気が早いかもしれませんが楽しみだー。

  ぬぅう、飛乃さんに憑いてる悪い奴どっかいっちゃえー!! とか、憂子さんでもなければ霊能力とは無縁の私ですが念じてみます(もっと厳かな呪文とかの方 が効果あるかしら)。実は私もいま風邪なので、そんな私が言うのもなんですが、週末ゆっくり静養なさって元気になってくださいね。
 そっかー飛乃さんの中であおいは美少女になったのかー、てへっ♪ ……なんてことを思いつつこのへんで。それでは。


緑葉さんの感想
 いや、面白かった。3時間かけて最初から最後まで無休憩で読んでしまいました(笑
 とにかく構成に脱帽です。伏線何重に張ってんですか……参りました。

>「有り難う。最高の褒め言葉だよ」
 この一文がトンデモ設定のすべてを語っていると思います。モニタの前で叫んじゃいました。「お見事!」

 あれ? でもおかしいな……冒頭〜迷宮あたりまで、主人公にかなりの嫌悪感抱いてたはずが。
 小出しに、しかし一分の隙もなく、伏線の全てが明かされている所為なのでしょうか。それはもう、まるで推理物のように複雑に、いたるところで伏線を発見しました。お話が完全に線として繋がっています。弱ったな、賛辞しか出てこない。
 強いて挙げるなら、2つ。
 冒頭が少々ありきたりかなと。いや、読み手を引き込むに十分な展開は用意されていますが、インパクトに欠けるかなと。至極自然な流れのためあまり気になりませんが、一人称→状況を客観視(自分で)→ノリツッコミの展開はよく見かける気がします。
 もう1つは、憂子さん。この展開ですからラストに絡めないのは仕方ないと思いますが、「結末」そのものから排除されている点がもったいない。最後にドアを叩いたりして、3人でいる場面が個人的には欲しかったです。

 ここまでストーリーに重点を置いた作品は久しぶりに見ました。満足です。ありがとうございました。


山下 心火さんの感想
 初めまして。山下心火と申します。作品、拝読させて頂きました。
 以下、参考になるかどうか分かりませんが、感想なりを一つ。

 まず気になった点から。

 少々の誤字。脱字は気付きませんでした。
 それから、優子の名字が天海or天深だったり。

 他は、強いて言うならば、主人公がこみパの主人公の親友に少し似てたかな……とか思ってみたり。
 無論、作品の面白さを損なうものではないのですが。

 と、このくらいでしょうか。

 次にストーリー。

 いやもう、面白かった、の一言に尽きます。無い知恵絞って懸命にツッコミどころを探してはみたのですが、どうも私の頭では発見できません。
 コメディで、かつ主人公の性質から、何でもアリな部分もあるのですが、それを差し引いて設定的な破綻も見受けられず、秀作だと思います。

 一人称の形式であり、主人公の内面を描写しやすい形式ですので、その利点を充分に生かしたギャグは一級品だと思います。私的には、太郎と優子が楓達を追跡しているところの掛け合いが非常に気に入りました。
 もちろん、そこばかりではありませんが。
 下ネタなんだけど露骨すぎない。このバランス感覚がいいかな、と。

 文章について。

 私見ですが、文句なく、一級品だと思います。読みやすいし、情景も無理なく頭に浮かびました。

 と、いったところで、非常にレベルの高い作品だと私は思います。シリーズだそうですし、今後の作品も、拝読してみたいと思います。

 なんだか、肝心のダメ出しがあまりできなくてすみません。あんまりお役に立てない感想でした。

 それでは、今後も執筆活動がんばって下さい。次回作、楽しみにしております。


むぎ茶セットさんの感想
 むぎ茶セットと申します。
 感想ですが、非常に面白かったです。
 特にギャグシーンには大いに笑わせてもらい、勉強にもなって実に素晴らしかったです。
 ただ、戦闘シーンにギャグの要素が混ざっていたのは残念です。戦闘とギャグは切り離して描写した方が個人的にはいいと思います。
 ですが、総合的に見てもかなりクオリティの高い作品だと思いますので、次回作が楽しみです。がんばってください。


毎日が日曜日さんの感想
 こんにちは。作品、拝読させて頂きました。以下感想ですが、かなり私見も混じり、かつ辛口ですので、話半分に見て頂ければ幸いです。

・プラス要素
 展開が大変自然
 適度に散りばめられた萌えが良い
 ギャグが大変良質
 話のテンポがちょうどいい
 キャラの設定が全て秀逸
 誤字・脱字がほとんど皆無
 前作を知らなくても楽しめる構成
 必要な描写の的確さ、無駄の無さ
 秀逸な一人称
 細部のディティールの細かさ(特にオタクの私生活の描写)
 読後感が爽やか
 冒頭のひきつけの上手さ
 
・マイナス要素
 タイトルが(的確ではあるが)長く、かつ誘目性に優れているとは言い難い
 作中の世界が狭いように思われる
 
・具体的に気になった点、良かった点
 →色葉が守護霊になったきっかけの火事、原因は地震ということですが、その設定を「偶然」にしておくのは勿体無い気が。なんらかの形で誰かの意図を絡ませたほうがいいのでは。
 →流石に主人公の能力はやりすぎでは(笑)。面白いには面白いですが、すでに人間の領域は遥かに超えてしまってますよね。

 以上です。
 正直、これといって指摘する箇所が浮かばなかったので、取ってつけたような細部の指摘になってしまいましたが、ご容赦下さい。
 かなりの良作だと思います。これからも是非是非頑張って下さい。


荒衣耶他さんの感想
 はじめまして、荒衣耶他という者です。
 拝読させていただきましたので感想を。

 話のテンポがよく、ところどころに配置してあるギャグで笑わせてもらいました。伏線の張り方もよかったと思います。
 過去未来手帳に書かれていた事や、夢までもが伏線になってるとは思いませんでした。

 キャラクターに関してですが、前作を読まなくてもある程度はわかりました。
 ただ、やはり描写が少ないといいますか、前作を読んでいることが前提でキャラクターが描かれている気がしました。
 揚げ足取りになりますが、
 心斎橋
 この人の事が全くわかりませんでした。
 おそらくは春日亜美の使用人だとは思いますがどうなのでしょうか?
 まぁこの話とは全く関係がないのでその部分を端折ったとしても問題はないと思いますが。

 話は最後まで面白く読ませていただきました。
 これから前作を読ませていただこうと思います。
 では次回作も頑張ってください

秋風さんの感想
・ギャグとしては面白くて、ところどころ笑わせてもらいました。
 でも、中盤くらいで下ネタが集中しているのは、さすがにひきました。

・文章自体も読みやすかったです。でも、ギャグだからか知らないですけど、都合のいいように進んでいるようにしか思えなかったので、あまり好きにはなれなかったです。

 次は、その構成の指摘を。

・太郎の人間離れしている技が、最初からわかっているつもりで読まないと理解できないです。夜水月に喰らわしたボールペンの技とか唐突にやっているのが、その例ともいえるはずです。前作の続きのせいか知りませんけど、その部分が不親切に思いました。
 前作は読んだことありません。でも、前作にも登場しているから説明不要という感じで進んでいるように思いました。

・同じ理由で、アキバ系になった理由もありませんでした。
 火事で人が変わってからアキバ系になってしまった理由は知りたかったです。

・さらに同じ理由で、何の説明もなく憂子が当たり前のようにお払いをやっていたり、霊が見えたりするのも変に思いました。

・元の幽霊に戻るには、俺の運気を吸い取るか、俺の恋愛を成就させなければならない。
 これは、よく考えたらどちらを選んでも色葉が守護霊として太郎に取り付くことが決定していませんか?
 だから、独自の方法で幽霊を引き離そうとお払いをやりに行ったのだと深読みしました。
 でも、本文では、運気を吸い取るほうはうまくごまかされていて、最後のシーンになるまで触れられることはありませんでした。これは、仕様ですか?

・不幸に見初められたような女と過ごすのだけは嫌だ。
 その割には不幸が太郎の周りで起こっていなかったです。だから、このセリフにうさん臭さを感じます。
 そして、このセリフは、一人で生きていくほうがいいから色葉を追い出したいために言った嘘ではないかと深読みをしました。

・じゃあ、色葉がトラップだと言ったところを通っていけば安全だな。
 ギャグ小説ならトラップのひとつに引っかかってほしいです。
 色葉は不幸に見初められているのなら、当然、トラップで何か起こると勘ぐります。何も起こらなかったのが残念です。

・「太郎……そんなのアンタらしくないよ。なんで守護霊になんかになっちゃうのよ……」
 チッ……色葉のヤツが喋りやがったのか。
 確か、そのようなことは一言も言っていませんでしたから、唐突に思いました。

・夜水月の対決のシーンで、
 「多分あそこに行けば会えるだろ」で小学校に行くのは変に思いました。今までの流れを考えるとビルの隙間にあった行くまでにトラップが仕掛けてあるあの世の境のほうに行くのが普通です。
 確か、後でもう一度行ってぶっ壊すとか太郎が言っていたから、そこに行ったのだと思っていました。

・そして、色葉が守護霊になった理由がどうしてもわかりませんでした。
 つまり、あの夢はどこまでが本当なのかということです。もし、あの夢が夜水月が見せた嘘なら、色葉は太郎が助けたということになるから、色葉が死んで守護霊になるのはおかしくないですか?
 その後で、夜水月が出てきて色葉を守護霊にしたってことですか?それにしては、守護霊になるための手続きまで事細かく夢に出てくる時点で怪しすぎます。

 どこまでが夜水月が偽装した夢なのかという練りこみが甘いように思いました。

・もうひとつわからないのは、
 「ちょっとだけ成仏して守護霊になる」というところです。
 要するに死ぬということですよね?僕は最初読んだときは、一定期間だけ霊になることができて、その後再び人間に戻ることができるのだと「ちょっとだけ成仏」をそのように解釈しました。

・でも、よく考えると色葉はかわいそうです。太郎のために存在を消されて、守護霊として利用されてしまったわけですから。
 ところで、色葉って夜水月がスカウトするほど高い能力を持っているんですか?読む限りでは、そうは見えなかったです。

・その後の記憶の穴埋めが変です。存在が消えるというよりは、別の人物を記憶に当てはめて、偽装するようなことをやってほしかったです。読んだ限りでは、存在が消えた瞬間に、記憶からある一定のものだけ抜き取られているのだと解釈しました。
・そうだとしたら、そのことをずっと気になって引きずることになって、存在しないはずの担任の記憶は何で穴埋めをしたのかということになってきます。
 そのことが、結果的に進める動機になっていますが、この部分の練りこみも足りないと思いました。

・夜水月の戦いの後、そこから霊界のことが途切れているので、夜水月は逆襲してくるのではないですか?霊界に太郎のことが知れ渡っているのなら、太郎を消そうとした夜水月の行動も変に思います。

・そういうことで、唐突になっていたり、練りこみ不足だと感じたので、いまいちと判断します。
 そのせいで、都合のいいように進んでいると思ったのかもしれません。

・生意気なことを書いてしまって申し訳ありません。
 作品を読んでから、感想を書き終わるまで4時間使っていますが、参考にならなかったら、無視してください。
 それでは、次回作のほうも頑張ってください。


月城真さんの感想
 小刻みにジャブのようにフッと来るジョークが良かったです。
 過去日記も盗み見した瞬間、何だ此奴の遍歴は!? と、焦りましたが後の夜水月戦での布石だったとは!
 そして、オチもいい感じにまとまっていたと思います。ここら辺はよく分かりませんが。後、キョン風に途中感じられるところがありました。
 途中肥大した話をまとめるのには苦労されたと思います……(想像)

 後、どうでもいい話ですがオオイヌノフグリは小さく愛らしい青色の花を咲かすと記憶していますが、いくら種子が似ているからといってあの命名はちょっと……と思う、月城真でした。


雨瀬さんの感想
 初めましてですね。
 雨瀬と申します。
 拝読いたしましたので早速感想をば!

 いやー、素直に面白かったです。
 ですのでこの点数。
 勢いもあるかもしれませんが、初めてつけたのでどきどきします。
 このシリーズは初めて読んだのですが、前のものも読みたくなるような個性的なキャラクターに後押しされ、先をどんどん読んでしまいました。
 真宮寺君のキャラがとても良かった。
 でも個人的にパソコンゲームにありそうな感じのキャラを想像してしまったのですがどうなんでしょうね。二次元の描写もうまく、真宮寺君のキャラを盛り上げていてとても面白かったです。

 何よりあの強引な感じが途中からむしゃくしゃして人道的な行動をとってしまうのが自然に描かれていてすらすらと読めてしまいました。
 必殺技も出来そうで、人間離れしているのがまさにありそうな感じで面白かった……。
 だれることが余り無く、夜水月との種明かしも面白かったです。

 強いて言えば、私はこのシリーズをここから読んだので真宮寺君の描写が余り無かったように感じたのが残念でした。
 もしかしたら私の読み逃しかもしれないのですが……。
 色葉の描写で長い髪が……と出たとき、これが真宮寺君かなと一瞬間違えてしまいました。
 あとは

>動いた
>陣痛か?


 は無いですね。
 陣痛が始まる時は、赤ちゃんの頭が骨盤(だと思ったけど)に
 ロックされているので赤ちゃんは動けません。骨にはまることで陣痛の始まるスイッチが入るそうです。
 ちなみに痛みはひどく、鈍痛が隙なくくる感じで動いたなんて言ってられないほど……。
 なんていうと歳がばれそうですが、ここだけはちょっとおかしいかなと思いました。

 とにかく楽しませてもらいました。
 ありがとうございました。


クランプトンさんの感想
 最近なんとなく小説、っていうよりはラノベに興味が湧いて、ネット上でソッチ系のサイトないかなって探していて、ここにたどり着きました。
 どちらかというと書いてみたという側の興味だったのですが、どんな風に書けばいいのかサッパリだったので試しに拝読させて頂きました。
 正直なとこ漫画&アニメが大好きで、今まで活字に触れたことが限りなく0に等しかったのですが(夏休みの読書感想文くらいでしか読んだことなし)
 読み始めて気付いたら3時間!
 一息も入れずに読み切ってしまったことに自分自身驚きました!

 特にハイセンスなキャラクターのやり取りは完全にツボでした!
 それに最初は「なんて傲慢な主人公だ!」 なんて思っていたのが読み終えるころには、「本当の優しさを秘めたなんて男らしい男だ!」 って思えていたり。
 上手く言えないけど、本当に心の底から面白いって思いました。

 僕はプロの作家さんの小説を読んだことがないのですが、この作品より面白いのでしょうか?ちょっと僕には想像がつきません。
 この作品で完全に活字の世界に目覚めちゃいました!批評ではないですけれど、書かずにはいられなかったので感想として投稿させて頂きました。
 応援しています!これからも頑張ってください!


一言コメント
 ・途中から、PCで読んでいるということを忘れてしまうほど、完成度がすばらしかったです。
 書籍になるのをファンとして楽しみにしています。
 ・突き抜けた設定の登場人物がとても魅力的でした。
 ・飛乃先生って呼ばせてください!
 ・太郎すごすぎ!
 ・ストーリー、表現ともに最高でした。今まで見た投稿作品の中で一番おもしろかったです。正直、文庫化されたら買いたいですねー。自分もあなたのようにかけるよう頑張りたいとも思いました!
 ・やられたーっ! って感じです。この主人公設定でこの流れ! 参りました。楽しかったです。
 ・題名からは想像もつかない話が展開されていました。主人公と、彼の世界観が大好きです
 ・ぐいぐい引き込まれて気がついたら読み終えていた。まさにプロ級作品。ただ個人的には未完の魂〜の方が好きだったかな。
 ・この話、ものすごく好きになりました。
 ・市販されてたら買います。そのくらい完成度が高かった。
 ・細かい伏線までしっかりできていてとても読みやすかったです。ギャグも良かったです。
 ・素直に面白いと思えました。とても良かったです!
 ・二次創作したいんですけど、いいですか?
 ・なんだかあったかい気持ちになれました。面白かったです。
 ・今まで知らんだっ他の後悔した……
 ・ネットのラノベで初めてすごいと思ったw
 ・ネット小説でここまで面白いと感じた作品は、これが初めてです。
 ・ほんと売ってくれたらマジで買います。久々に面白いと感じる話でした。
 ・面白かったです!それしか言いようがありません!
 ・おもしろいってレベルじゃねーぞ 目指せ3位!
 ・センス、ストーリー、文章ともに特級品。
 ・すごくよかた〜
 ・理想的な超人っぷりでした。
 ・や、ホント最高。
 ・うーん、すごい。
 ・太郎すごすぎ。ほれた。
 ・すごく面白かった。
 ・最高ですよ〜
 ・市販より、ずっとすばらしい!
 ・yomunode。
 ・面白かったです。主人公にの格が特に良かったと思います。
 ・ギャグが秀逸。
 ・俺もこんなの書きたいと思った。
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