高得点作品掲載所       ルーシーさん 著作  | トップへ戻る | 


人間の顔

 ここはとある高校の教室。
 窓際の席で、雑談に花を咲かせている三人の高校生がいる。
 話しているのは昨日のテレビの内容。
 活発な涼太、知的な恭二、人当たりのいい真央。
 この三人、雑談しているものの、意識は全く別のところにあった。

 一見能天気に見える涼太だが、彼には悩みがあった。

 その悩みとは
 (化け物かぁ、化け物はないよなぁ……)
 自分の顔についてである。
 涼太は思春期真っ只中の男子高校生。女子と付き合いたいと思うのは、至って普通の事だろう。
 しかし今までの人生で、キスはおろか、彼女が出来たことすらない。
 涼太はその原因は自分の顔にあると思っていた。
 (俺だって、自分の顔が格好いいなんて思っちゃいないけどさ。それにしたって化け物はないだろ。)
 昨日、恥を覚悟で、妹に恋愛についてのアドバイスを求めてみた。
 この妹、どこをどう間違えたのか、涼太とは似ても似つかぬ程の美人である。当然兄の涼太とは違い、恋愛についてもかなりの経験をしている。
 その妹に聞けば何か分かるかもしれないと思ったのだ。
「なぁ、何で俺ってモテないんだと思う? やっぱ顔かなぁ? 顔が悪いのかなぁ?」
「そんなの知らないよ、別に顔は普通でしょ」
「そんな事ねぇよ、絶対顔が悪いんだって。 オマエだって本当は思ってるんだろ? 何でこんな不細工が兄貴なんだって」
 とまぁこんな感じで、昨日は一日中妹に付きまとっていた。
 妹は本当に、涼太の顔をそれほど悪いとは思っていないし、客観的に見ても、絶世の美少年ではない代わりに、それほどの不細工でもないのだが、いかんせん涼太は思い込みが強い。
 一度思い込んでしまったら、誰が何を言っても意見を変える事はない。
 それに相まって、やたら粘着質なのがもてない原因だと妹はわかっているのだが、思い込みモードになった兄に何を言っても通用しないのもわかっている。
 ここは適当にあしらって、また落ち着いたらゆっくり相談に乗ってやろう。
 そう思っていたのだが……あまりの粘着振りに、さすがに限界がきてしまった。
「なぁ、やっぱ顔だろ? 顔だよな? あぁぁ、何で俺こんな不細工なんだろぉぉ。 人生真っ暗だぁぁ。 おい、何か言ってく」
 れよぉぉ、と続けようとしたところで、妹がキレた。
「そんなに言って欲しけりゃ言ってやるわよ! この不細工! 二度と近寄んな化け物!」
 妹はそう怒鳴ると、自室に入り鍵をかけて引きこもってしまった。
 この場合悪いのはどうみても涼太の方で、当然謝らなければならないのだが、今の涼太はそんな事にまで気が回らない。
「化け物……化け物って……」
 せいぜい、少し不細工かもしれないね、ぐらいに言われる事を期待していた涼太は、この一言で完全に心が折れてしまった。
「そっか……俺って周りの人間にはそう見えてるのか……」 
 そして傍目に見ると、何か邪悪なオーラを纏っているかの様に見えるほど、ズゥゥゥン、と心を重くした涼太もまた、自室に引きこもってしまった。
 
 次の日の朝、つまり今日の朝なのだが、朝食を取る為にリビングに下りていくと、妹が家を出る寸前のところに出くわした。
 昨日の事もあり何となく気まずかったのだが、無視もなんだし、と思い、取り合えず声をかけてみた。
 しかし妹は、涼太を一瞥すると
「化け物」
 と一言だけ残して、家を出て行ってしまった。
 昨日涼太は、何が悪いのか分からなくても謝るべきだったのだが、化け物のショックで部屋に引きこもっていた。
 謝られていないのだから、妹が怒っているのは当然といえば当然の事で、怒っているから本当は思ってもいない「化け物」という言葉を兄に投げつけたのだが、今の涼太にそんな事を考える余裕はない。
「やっぱり……化け物なんだ……」
 妹は自分の顔をずっと化け物だと思っていた、と一人勘違いしていた。

 そして今に至る訳だが、こうして雑談していても自分以外の人の顔が気になってしまう。
 目の前にいるのは恭二。
 恭二は正に絶世の美少年というにふさわしい顔をしている。男の涼太からみても、恭二より格好いい人間なんて、存在しないんじゃないかと思ってしまうほどだ。
 こいつにゃ俺の悩みなんて分からないんだろうなぁ、なんて思いつつ顔を左に向けてみる。
 そこにいるのは真央。
 真央は「美少女」というくくりではないのだが、愛嬌のある顔をしている。普通に可愛いの部類だろう。
 その証拠に、人当たりが良いのも相まって、真央は男子からかなりの人気がある。
 こいつにも俺の悩みは分かんねぇだろうなぁ、と涼太は悲観する。
 しかし、そこで涼太は閃いた。
 顔の良いこいつらに、もう一度自分の顔について尋ねてみよう、と。
 もしかしたら妹の「化け物」発言も俺の聞き間違いで、本当は「アーノルド」とかだったのかもしれないし。
 シュワちゃんに似てるんだったら俺もまだまだ捨てたもんじゃないだろう、と。
 どう聞き間違えたら「アーノルド」が「化け物」になるのか、全くもって疑わしいものであるし、シュワちゃんをアーノルドなんて呼ぶ日本人はそんなにいないだろうし、そもそも文脈からしてありえないのだが、今の涼太はそんな事には気づかない。
 (とりあえず今の話題が終わったら話を切り出してみよう。そうだな、何て聞くのが良いだろう? 俺って化け物? じゃさすがに変だよなぁ。だから……)
 涼太はそんな事を考えていた。

 涼太の正面にいる美少年、恭二はというと……
 彼は彼でまた、涼太とは別の、しかし似たような悩みを持っていた。

 恭二は化け物だ。
 俗にキュクロプスと呼ばれる、1つ目の下級神である。
 人間の生活に興味を持ち、人間に擬態し、人間として生活している。
 何故そんな怪物がこの学校にいるかは、誰も知りえない事なのだが、今のところ誰にも正体がばれないでいる。
 そんな恭二の悩みとは――顔である。
 昔は、正体がばれないようにするだけでいっぱいいっぱいだったのだが、普通に人間として暮らせるようになった今日、周りの人間の顔を見る余裕がでできた。
 そしてふと気づいたのである。
 自分の顔は、周りの人間の顔とどこか違う、と。
 どこがどう違うかは自分でも説明し難いのだが、何かが違う。人間たちの方が人間っぽいのだ。
 さらにそう思うようになってから、気づいたのだが、授業中ふと顔を上げるとクラスの女子が自分の顔を見ている気がする。いや、気のせいじゃないだろう、間違いなく見ている。
 これは……もしかして……
 (擬態が上手くいってない? もしかして正体がばれてるのか!?)
 不味いことになった、と恭二は思う。
 もし本当に正体がばれているのなら、この生活はもうやめなければならない。
 せっかく友達と呼べる存在も出来て、楽しくなってきたのに。
 (いや、でももしかしたら僕の勘違いかもしれないし)
 そう、まだ正体がばれたと確定したわけではない。
 だが、もしばれているのなら、これ以上ここにとどまるわけにはいかない。
 そして悩んだ恭二が出した決断は、
 (自分の顔について、涼太達に尋ねてみよう。多少は怪しまれるかもしれないけど、このままほっとくわけにもいかないし。何て聞けばいいかな? 僕の顔ってどう見える? だと何か曖昧だし……もうちょっとストレートに……)
 恭二はそんな事を考えていた。

 そして、恭二の右にいる真央。
 彼女は、よく分からないことを悩んでいた。

 (私が見ている人間の顔って、皆が見ている人間の顔と一緒なのかな?)
 これが、真央が数日前から疑問に思っている事である。
 (私が人間だと思っている顔は、目が2つあって、鼻が1つで、口も1つで……でも他の人には、人間は鳥の化け物みたいに見えてるのかもしれなくて……)
 自分が見ているものが何であろうと、自分がそれを人間だと思うのならいいじゃないか、と真央自身思ってはいる。
 思ってはいるのだが、一度考えてしまうとやっぱり気になってくる。
 (気になるなぁ、皆にはどんな風に見えてるのかなぁ、普通に私と一緒なのかなぁ)
 そしてこんな風に考えが止まらなくなり、ついボーっとしてしまうのだ。
 (このままじゃ駄目だ、何にも手がつかなくなっちゃうよ。誰かにこの悩みを聞いてもらおう) 
 両端に座る二人の少年を見る。
 (涼太君は何となく頼りないし……そうだ、恭二君なら頭いいし、納得出来そうな答えをくれるかも)
 真央はその左の美少年に目をやり、思索する。
 (何て聞けば良いかな? 人間って鳥に見える? だと意味分かんないし。恭二君がどう見えてるか分かれば良い訳だから……じゃぁこんな感じで)
 真央はそんな事を考えていた。


 ここはとある高校の教室。
 窓際の席で、雑談に花を咲かせている三人の高校生がいる。
 話しているのは昨日のテレビの内容。
 そして会話が途切れた瞬間、三人が同時に声をハモらせた。

「「「あのさ」」」

「俺って」「僕って」「私って」

「「「人間の顔してる?」」」
 
 まずこれに驚いたのは、恭二だった。
「えっ、皆も僕と同じ悩みを持ってたの?」
 この場合、恭二が言っているのは、君たちも正体は人間じゃなかったのか、という事なのだが、当然二人はそんな風に解釈はしない。
 この言葉に喜んだのは、真央である。
「そうなんだよぉ、やっぱり皆似たような事考えるんだね。あ〜、何か安心した」
 そして、この二人の言葉にキレそうなのは涼太である。
「オマエら……どのツラ下げてそんな事言ってんだよ。喧嘩売ってんのか?」
 二人の顔は、どうみても一般の人間に比べ整っている。恭二に至っては整っているどころか、モデル顔負けのカッコよさなのである
 そんな奴らに「自分の顔は人間の顔をしてますか?」なんて言われたりしたら、こんな顔の俺はどうすればいい! となっても不思議ではない。
「オマエは何が不満なんだよ、恭二?」
 涼太はちょっと苛立ちながら聞いてみる。
 すると恭二は笑いながら言う。
「涼太の顔に比べると僕なんてまだまだだよ。全然人間っぽくないしさ」
 この言葉に涼太は発狂しそうになる。
 (ダメだ、これぐらい超絶イケメンになるときっと感覚が狂ってしまうんだろう。とりあえずコイツは無視だ、真央に聞いてみよう)、と涼太は体ごと真央に向き直る。
「真央は? 何が不満なんだ? その顔で」
 真央はキョトンとし 
「違うよ、顔に不満があるんじゃなくてね。私が鳥の化け物みたいに見えてないかが不安なの」
 と、言ってみせた。
 が、言葉の意味が良く分からない涼太は、反応できなかった。
 だが、恭二は
「あ〜、真央さんは鳥なんだ? 僕一つ目だよ」
 などと、にこやかに会話している。
「いや、ちょっと待てや! 鳥はまだ分かる、真央がそうかはともかく、鳥っぽい顔ってのはいるからな。だけど一つ目ってなんだよ! ありえねぇだろ! オマエ、目二つあんじゃねぇか!?」
 涼太が叫んだ。
 しかし真央は
「一つ目か〜、そんな考えもあるんだねぇ〜」
 とうれしそうに、うんうん頷いている。
 (何だ、一体どうなってる。おかしいのは俺なのか? 不細工な俺がおかしいのか? それとも実は本当に俺がイケメンなのか? でも、あの「化け物」発言は? いや、だからやっぱり「アーノルド」だったんだろうか。でも……しかし……)
 涼太は頭を抱えた。
 その間も恭二と真央は二人で盛り上がっている。
 (こうなったら……)
 涼太の目に怪しい光がともる。
「お、俺は実は、蛇なんだよ!」
 そう、涼太は思ってしまった。もうどうでもいいや、と。
 この二人の流れに乗ってしまおう、と。
「へ〜、涼太は蛇か〜、バジリスクか何か?」
「そう、それだよ、俺はバジリスク!」 
「涼太君、蛇なの? それは気持ち悪そうだね」
「おう! 気持ち悪いぞ!」
 涼太は、自分が何をしているのか分からなくなった。
 だが気づいたら、自分の顔についての悩みが消え去っている事に気づいた。
 何だか、楽しそうに話す二人を見ていたら、自分の顔がカッコよかろうが、不細工だろうが、どうでもよくなってしまったのだ。
 (もしかしたら、二人は俺の悩みに気づいてて、励ますためにこういう事をしたのかな)
 などと、全く検討違いな事を考え、しかし涼太は微笑んだ。

 その後、彼等は意味不明な話を続け、休み時間が終わる頃には三人とも、それぞれの悩みはなくなっていた。


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
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●感想
山崎さんの感想
 こんばんは、山崎です。
 最初の方で、主人公のコンプレックスがわかりやすいのがいいですよね。
 それからの流れが笑えました。
 話の流れもスムーズで読みやすかったです。
 それでは、頑張って下さい。


ふるでらまことさんの感想
 おはようございます。ふるでらまことと言います。
 なんつーか……こう、傍目から見てると面白いんだけど、本人たちにとっては大変な悩みなんでしょうねえ……きっと。
 気になるのは、本当の化け物である恭二が、この後勘違いをして涼太に何かしでかさないかと……w
 個人的には、読んでいて「不自然だな。」と感じた所はありませんでした。これだけ書ければ、十分だと思います。


久良初美さんの感想
 とても面白かったです。
 不自然なところや短所が見つかりません。

 三人それぞれのちぐはぐさと、それらが噛み合っていく感覚。
 軸は涼太と恭二で真央は後から付け足したという感じがありますが、その考え方がつぼに来てしまいました。
 自分も同じようなことを考えたことがありますから(笑


麻生 陣さんの感想
 面白かったです。
 化け物のインパクトで読者を引き込み、その後恭二の正体を出してくることで、さらに驚かされました。
 真央の悩みにはすこし首を傾げましたが、その後の談笑では自分も思わずくすっと笑ってしまいました。
 良いものを見たと思います。


朝比奈麻亜子さんの感想

 orz はじめまして、私には年のせいか、分かりやすいギャグが全体的に不得意なようです。
 ギャグと言うより、小噺……っぽい雰囲気を。私は感じました。
 厳しいことを書けば、作品自体もまるで落ちてない(念のためですが、分かりやすいギャグとか強烈なインパクトを残せと言ってるわけではない)ですし、コレで終わりなのといえない事も、ないですね。

 それと、少しばかり無意味な改行と空行が多いようです。視点変更に対しても反対、とは言いませんが、かなり説明しすぎです。もう少し仄めかした書き方でも構わないのではないでしょうか。


汐月さんの感想

 こんにちは。汐月です。
 三人の悩みが、最終的に重なって……そのアイデアはおもしろいと思いますよ。

 それにはじめてにしては、上手いじゃないんでしょうか。いや、初めてじゃない人でもここまでかけてない人いっぱいいますから、自信持っていいくらいだと思ったりしますw

 難点は、現在おかれている状況をそのまま、書いては駄目なんですよね。高校の教室。窓際の席で、雑談に花を咲かせている三人の高校生がいる。話しているのは昨日のテレビの内容。……ここをもっとさりげなく入れていくといいです。
 三人称もうまかったですよ。ただ、涼太軸が妹にぶれないように。


カエルさんの感想
 カエルです。どうもこんばんは。

 面白かったです。楽しく読ませていただきました。思ったことを書こうと思うのですが、変なこと言ってるので、カエルの戯言と思って聞き流してくれて構いませんので。
 まず、最初が正直すぎます。三人の状態をそのまま述べた感じがします。

>シュワちゃんに似てるんだったら俺もまだまだ捨て……………もそも文脈からしてありえないのだが、今の涼太はそんな事には気づかない。
 の部分は削ってしまって、読者に委ねてしまってもよかったかな。

 恭二の設定は面白かったのに、真央の設定がちょっと物足りなかったよう感じました。
 二人の順番を入れ替えたらいいかも。
 あと、三人称が非常に苦手な私がいうのもあれなんですが、最後らへんで入り混じっちゃってる気がしました。
 偉そうなこと言ってすいませんでした。面白かったです。カエルでした。


拘梅さんの感想
 作品、拝見致しました。
 すれ違いがハモってゆく感覚!某お笑いコンビを思い出してしまいました。この発言が失礼になっていなければいいのですが。
 ただ、もう指摘されているようですが、涼太のエピソード以降に少々強引な感じを受けました。
 しかしコメディタッチは成功ですよ!楽しいひとときを頂きました。
 暗い作品の方も、折りがあれば拝見したいと思います。
 失礼。


一言コメント
 ・小説としてどうかとは思うけど、面白いです。
 ・少年達のすれ違いに笑ってしまいました。
 作品中の少女と同じことを考えたことが私にもあったのでさらに笑いました。
 ・登場人物の奇妙なすれ違いがツボり、笑わせていただきました。

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