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冷蔵庫の中

 「俺は煙草を止める」
 ヘビースモーカーの彼が、私にこう宣言したのがちょうど半年前のことだ。
 禁煙しろなんて私は一言も言った覚えがないのに、彼はいつだって勝手に決めて、勝手に盛り上がって、勝手に落ち込む。
 彼が禁煙を宣言するのは、かれこれ7回目になるが、過去6回の宣言は一週間も待たずに撤回された。その度に私は、「男が一度決めたことをやり遂げないなんて情けない……」と落ち込む彼を慰めてきた。
 そう、彼はとても面倒臭い男だった。
 
 でも、7回目となる半年前の禁煙宣言はいつもとはすこし意味が違うものだった。
 彼は吸いかけのセブンスターの箱を私に見せてこういった。「この7本入ったセブンスターを7ヵ月吸わなかったら俺と結婚してくないか?」
 私の27歳の誕生日、そして付きあって7年目のプロポーズ。
 彼には似合わない粋でクサいセリフだったけど、とても、とても……嬉しくて少し涙が出た。
 もちろん、誰かが彼を24時間監視できるわけじゃないし、隠れて吸うことぐらいいくらでもできることは分かっていた。それでも私は信じた。いや、正直、彼が煙草を吸おうが止めようが私にはどうでもよかったのだ。だって、私が彼を想う気持ちはそんなことでは揺るぎはしないのだから。
 7本入りのセブンスターを冷蔵庫の奥に収めると、彼は満足そうに首を縦に振って「うん」と呟いた。
 彼は、なにか事あるごとに様々なモノを冷蔵庫にしまい込む。
 甘い誘惑、身の毛のよだつ恐怖、焼き尽くす様な怒り、深い悲しみ。
 断ち切る事も叶わなく、正面から受け止める事もできない。
 そんな、忘れられない、忘れてはいけないけど、それ以上大きくさせたくない自分の中の爆弾を、まさに『冷凍保存』するように冷蔵庫に封印するのだ。
 だから彼の冷蔵庫には食料品以上に様々な品が収められていた。
 忙しくて我慢しなくてはいけないゲームソフトの隣に牛乳が置いてあれば、野菜室にはネギと共に亡くなった母親の写真が収められているし、ボロボロのグローブの掌にはマヨネーズが握られている。
 今でこそ、もう慣れてしまったが、初めて彼の冷蔵庫を開けたときには仰天したものだ。もちろん何度もやめてほしいと、お願いしたのだが、彼はいつも聞き流すばかりで決して止めようとはしなかった。
 そして、今も、冷蔵庫の中には、私の知らない縁を持った彼の爆弾が封印され続けている。
 しかし、封印などしなくても、それが爆発する心配はもうない。
 
 だって彼はもうこの世にはいないから――

 一週間前に主を失ったこの部屋は、今でもわずかに主の香りを漂わせ、ここで彼が生きていたことを主張している。しかし、いずれその香りも消え、新しい主を迎えるのだろう。
 彼の生は過去になり、やがて思い出に変わり、友人や家族、そして……私に刻まれるのだ。
 私は彼が死んでから三日間泣き続け、次の三日間は抜け殻の様な状態だった。
 そして今日、この部屋に私物の整理に訪れている。と、いうのは彼の家族を納得させるだけのポーズで、本当は自分の気持ちに決着をつけにきた。
 こんな今の私を彼がみたら、きっと安心して天国へいけない。
 だから、彼の死を、どんな形であれ認めて受け止め、先に進まないといけない。
 一週間考えて私なりに出した結論だ。
 部屋の中は家族がすでに訪れていた所為か、ほとんどのものがすでに処分されていた。
 今部屋に残っているのは、簡素なテーブルと、重たくて運び出すことを諦めた本棚。
 そして――冷蔵庫。
 冷蔵庫のコンプレッサーが奏でる断続的な機械音が、殺風景な部屋に響き渡る。
 ヴゥーン、ヴゥーン。
 家族の方に分けて頂いた、彼の遺骨――あなたに、封印しにきたの。
 私は冷蔵庫の重たい扉を開ける。
 ひんやりとした冷気が鼻をくすぐり、もう爆発することのない、爆発することのできない彼の不発弾の数々が姿を現す。
「これも仲間にいれてあげて」
 私は冷蔵庫の奥に彼の遺骨を彼の母親の写真の隣にそっと納める。
 これでいいんだ。きっと彼ならこうする。
 私はこれからも生きていかないといけない。だから、私の爆弾が爆発しない様にそこで守っていて。
 そうして冷蔵庫の扉を閉めようとしたときに、私は彼が半年前にここに収めた、煙草の箱を見つけた。
 箱の中には1本、2本、3本、4本、5本、6本……7本。
 7本の煙草があのときと変わらずに入っていた。
 いや、よくみると、そのうちの1本のフィルターにはキッチリと噛んだ跡がついている。
 本当に我慢してたんだね……。
 三日間で出し尽くした筈の涙が再び、とめどなく溢れてきた。


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●感想
千川 冬馬さんの感想
 無駄なくすっきりと、しかし情緒と切なさ溢れる文でしんみりしました。
 彼が魅力的に描かれていたのも良かったです。
 しかし、「――あなたに、封印しにきたの。」
 「あなた」は冷蔵庫の事なのか、遺骨の事なのか良く分かりませんでした。
 これからも、頑張ってください。


RIASUさんの感想
 こんにちは。拝読させていただきました。
 ほとんど感想だけで失礼します。

 彼のキャラがとてもいいですね。
 冷蔵庫の中身には思わず笑ってしまいました。
 そしてまさかの急展開。
 本当は吸っていた、なんて落ちではなくて安心しました。
 文章も安定していて読みやすかったです。
 ただ一つ、
>彼の家族を納得させるだけのポーズ
 ポーズ。姿勢、態度ですよね。口実、とか、そっちの言葉のほうがしっくりくると思います。
 また、彼女だったのですから、部屋にいくことに家族はなんの異論もないのではないのかな? と。設定があるのかもしれませんが、違和感を感じました。

 それでは。
 おもしろかったです。ごちそうさまでした。


ユウ・カワハラさんの感想
 はじめまして、ユウ・カワハラと申します。携帯電話から失礼致します。

 文章も、ラストシーンも、雰囲気が出ていてよかったです。
 また、彼の禁煙宣言のネタといい、冷蔵庫の中身のネタといい、オリジナリティが溢れていて、とてもよかったです。
 使い古された感のある死別ネタをオリジナリティでカバーし、新鮮に感じさせたことも評価できると思います。

 ただ、彼の死因がはっきりしなかったので、彼の死が抽象的になってしまったことや、冷蔵庫だけ遺族に片付けられなかったことが、少し不自然に感じられたことが残念でした。
 ですが、それを差し引いても、いい作品だと思いましたので、+30点を付けさせていただきました。

 では、素晴らしい作品を拝読させていただきまして、ありがとうございました。


佳和岾さんの感想
 普通に感動しました。
 恐らく、タバコと冷蔵庫と何かがお題だと思うのですが、
 それらのアイテムが(たとえお題じゃなくとも)見事に活かされてて、
 いいスパイスになったと思います。

 それと細かいところに突っ込みですが…
 冒頭の、
>その度に私は、「男が一度決めたことをやり遂げないなんて情けない……」と落ち込む彼を慰めてきた。
 が、どっちがそのセリフを言ったのか分かりにくかったです。

 次回作もがんばってください。楽しみにしてます。


がきんちょさんの感想
 こんにちはorこんばんわ。僕は初心者というか、こういうところにくるのも初めてなんですけど面白かったです。
 彼の彼女を思う気持ちがひしひしと伝わってきます。
 冷蔵庫の使い方、面白いです!真似してみようかな…と思いました。
 僕の読み落としだったらすいません。なぜ彼が死んだのか、わかりません。
 死因を入れて欲しかったです。
 これからも面白い小説を書いてくださいね!


はねさんの感想
 こんばんわ。そして、はじめまして。はねです。

 冷蔵庫のネタで笑い、後半で感動。雰囲気のギャップがより、後半の感動を引き立てたように思います。

 彼の家族の、私に対する認識ですが、
 遺骨をもらってるあたり婚約者っぽいし、部屋に上がる理由が必要なあたり恋人かな? と、細かいですが背景について気になりました。あと、彼の死因とか。

 とてもおもしろかったです。
 次回も頑張ってください。


まいちんさんの感想
 こんばんは。まいちんです。
 いやぁ、上手いですね。

 (このサイトに限らず)小説投稿所の作品は、どこかで聞いた話の焼き直しになりがちですが、
 こんな物語、初めて見ました。
 それだけで『アイデア賞』確定です。

 そして「今から事態が動きますよ」というような溜めがなく
 突然場面が動くので、一行先の展開が読めない。
 個性的な冷蔵庫の中身、彼の死などが唐突に知らされていいサプライズとなる。
 楽しませて頂きました。ありがとうございました。

 難点というわけではないのですが、なくてもいい接続詞などを削ると、もっと文章のキレが良くなりますよ。
 以下引用中の「」内が、削ってもいいのではないかと
 私が思う部分です。

> 「だって、」私が彼を想う気持ちはそんなことでは揺るぎはしないのだから。 (接続詞)
> 「そうして」冷蔵庫の扉を閉めようとしたときに、(接続詞)
> 彼は吸いかけのセブンスターの箱を私に見せて「こう」いった。(代名詞・副詞)
> 「いや、」正直、彼が煙草を吸おうが止めようが私にはどうでもよかったのだ。(感動詞)


 他にもいくつか削れるところがあります。
 削るか残すかは個人の好みですが「削ると印象がどう変わるのか」
 を一度試してみるのもよいかもしれません。
(品詞の分類はWikipediaで調べながら書きましたが
 もし間違っていたらごめんなさい)

 点数は
 『アイデア賞』+20点
 「安定した文章力と、文章の速度を保った過不足ない描写」+20点
 で合計40点とさせて頂きます。

 これからも頑張って下さい。


蒼さんの感想
 読ませていただきました。

 皆さんが書いているようにアイデアが秀逸で、読んでて感情移入がしやすい作品だったと思います。

 冷蔵庫に骨をいれるというのは一見すると変ですが、この作品に限ってはちゃんと伏線も張ってあり良かったと思いますよ。

 ENDもきっちり書ききってあり、好感が持てましたね。
 個人的には噛んだ後がフィルターに残っているのが涙を誘いました。

 では、これからもがんばってください。


鏡面世界さんの感想
 びっくりしました。鏡面世界です。

 これだけいい作品だと、僕の頭で批評するのが難しいです……。
 今までに無い新鮮さを感じました。
 最初の方は微笑ましい、と思っていたのですが、後半は感動。
 もって行き方がうまいです。

 僕的に気になった点といえば。

>今でこそ『、』もう慣れてしまったが、初めて彼の冷蔵庫を開けたときには仰天したものだ。もちろん何度もやめてほしいと『、』お願いしたのだが、彼はいつも聞き流すばかりで決して止めようとはしなかった。

 このように必要なさそうな句読点が少しだけ。
 それから、

>ヴゥーン、ヴゥーン。

 冷蔵庫の擬音語です。
 それ以外は文句なしでした。


鈴木有海さんの感想
 恐らくはじめまして。鈴木有海です。

 はら。てっきりブラックなオチかと思っていましたら……。感服です。
 いやもう今更しつこく繰り返すことはないでしょうか。

 ただ二度目に読むと文章の粗さが少し際だちますね。構成とかもかな。
 まったく想像に過ぎませんが恐らく作者様は天賦の能力が高いのではないでしょうか。その現状に加えて小説の書き方を記した本を丹念に読み返しては書いて読み返 しては書いてを繰り返していけば、恐らく自分なんかじゃとても到達できない域まで手を伸ばしてくれそうな雰囲気がします。長所一本に溺れずに、是非とも鍛 錬をして物凄い作品を世に送り出してください。


えりっくさんの感想
 拝読しましたので感想を。

 一言感想は「だから殺すなと」

 えーとね、別にけなしてるわけではないんですが、この手の「あの人はもういない」系のお涙頂戴は見飽きました。
 できればよそでやっていただきたい。

 構成面で見たとしても、彼が亡くなっていることを書いて以降とそれ以前とで断絶があり過ぎて、おいてけぼ りを食らった感じがします。
 何が書きたかったのかきちんとまとめて、もっとしっかり再構築してください。

 文章面では余計な句点が多いです。
 もっと削れます。
 というかリズム感をもっと大事にしてください。


エリシオンさんの感想
 こんばんわ はじめまして。
 いつもはもっぱら読むだけ専門のエリシオンです。
 批評などはあまり私の立場からするのもなんなので感想を。
 まず、とてもおもしろかったです。感動しました。
 あとは、もういいつくされて鬱陶しいかとおもいますが、前半と後半のギャップがよかったです。
 ラストもよかった!
 これもいわれあきたかもしれないですが、死因についてはできれば触れてほしかったです。
 文章についてはスラスラ読めて書きなれている感じがします。
 なんも参考にならないコメントですいません…
 これからも頑張ってください。次回作を楽しみにしております!


高坂 章さんの感想
 はじめまして、高坂と申します。
 拝読しましたので、以下感想を。

 スルーしようとも思いましたが、一応評価させていただきます。

 基本はえりっくさんと同じです。とりあえず殺してお涙頂戴という安易な方向に逃げていませんか?お題が決まっており、字数制限もある。ならばとりあえず感動系にしてしまおうという感じが見て取れます。ギミックが多少工夫してありますが、根本のアイデアがちょっとな……と思います。

 作者様の技量であれば必ずこれ以上の作品が作れると思いますので。「骨」というお題があるので、仕方ないとは思いますが、一応感じたことを。


孤独な魔王さんの感想
 こんばんは。野次馬です。

 掌という短い中で、冒頭で端的に男の人物像がつくれた。これは、殺すためにはとても大事なこと。感情移入させないといけないから。
 記号みたいな人物が氾濫するここの現状、数ある作品群の中で光ります。

 文章も、男の人物造詣・残された女の感情を上手に表していると感じます。

 主観的には、「〜ができたら、結婚してくれ」ならば、オチは「結婚しよう」であって欲しかったですが(もちろん、一ひねりあっての)、こういう方法もありで しょう(殺して感動させる手法は「世界の中心で愛を叫ぶ」「一リットルの涙(実話ですが)」などであまりにもメジャーになりすぎた感もありますが)。

 参考にするなら、2ch上の泣ける話群が良いと思います。
 短くて、殺さずとも感動できるお話が多くありますから。

 せんきゅぅ。


紅島さんの感想
 おはようございます。高得点にひかれて読んでみました。紅島です。
 えと、他の方々の感想も読んでいないのでかぶったりしていた申し訳ないです。

 まず、繊細でした。
 物語の構成もしっかりしていましたし、短時間で仕上げたとは思えないほど地に足がついた安定感の感じる作品でした。
 彼女と彼、上手いですね。彼女の一言一言も悩まれたのでしょう。かなりしっかりしており心情も伝わってきました。……勉強になります。

 文章について
 読みやすかったです。
 簡潔にまとめてあり、自分には語順も(自分の語順がおかしいせいかもしれませんが)正しかったと思います。

 あう、感想にしかなりませぬ。言いたいことを多分他の方々言っておられると思います。なので、自分はこれ以上言いません。

 では、いい作品でした。ありがとうございます。

 それでは、紅島でした。失礼いたします。


kimuraさんの感想 2012/08/06
 拝読させていただきました。

 彼にとって、冷蔵庫に物をしまうということは、どういう意味だったのでしょうか。
 アイデアだけで終わってませんか。

 理想の自分になるために、都合の悪いものをしまう場所なのでしょうか。
 母親が好きで大切に思っている人は、その人の写真をネギと一緒に収めません。
 大事なものが食品で汚れても厭わない、大雑把な人なのでしょうか。

 冷蔵庫は食品を入れる所です。普通の人は、グローブはそこには入れません。
 本来の用途を無視してしまうのは、単に片付けができないからでしょうか。

 私には、彼は現実と対峙できない、感情をうまく整理できない混乱した人に映ります。
 彼という人物を考えた時、彼女が彼の遺骨を冷蔵庫に入れるというのは違うのではないでしょうか。
 冷蔵庫は彼が直面したくないものを収める場所であって、彼が入りたい場所ではない。
 その遺骨をそこに加えるということは、彼を過去と対決させることだと思います。そうならば、彼女の彼に対する憎しみすら感じます。
 彼女は本当に彼を理解していたのか疑問です。

 プロポーズの言葉も、私なら、なんで7ヶ月なんだ、セブンスターで7でそろえたのか、だったら軽すぎだろ、だいたい禁煙と結婚を同じに語るなと、彼に憤ります。

 こういうダメな男にひかれる愚かな女、そこを書いた小説ならアリだと思います。

 この冷蔵庫は、この先どうなるのでしょうか。
 遺骨の入った冷蔵庫、処分するのも保ち続けるのもキツイですよ。


一言コメント
 ・涙が本当に出た。やられた。
 ・パターンだとわかっても・・・泣いてしまいました・・・。
  さっくりとした文章なので非常に読みやすかったです!!
 ・マジ泣きしました。最後の一文が、もう……。
 ・鳥肌立ちました
 ・よかった。
 ・キリ、っと後口のいい日本酒のような読後感でした。ぞくりとしました。いい。
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