高得点作品掲載所      陣内孝利さん 著作  | トップへ戻る | 


太陽みたいな

 澄み切った青い空に広がる、巨大な入道雲。耳を叩く、煩わしい蝉の声。
 昼日中の一番暑い時間、屋上の陽が当たる場所で大の字に寝転がる。
 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るのも無視して、私は空を見ていた。
「もうすぐ受験なのに、こんなとこでサボってていいのか?」
 いつからそこに居たのか解らなかったが、彼が私のすぐ隣に座っていた。
 昼休みの間、私がここに寝て、彼がその隣に座る。
 二年も前からずっと続いている幸せな習慣だった。
「いいのよ、もう」
 投げやりに答える。
 スカートの中に隠していたメンソールを咥え、火をつけた。
「おい、見つかったら停学だぞ? それにな、女が煙草を吸ってると将来赤ちゃんがなぁ――」
「いいって言ってるじゃん……私は、もういいの」
 心配してくれた言葉を遮り、私は彼に背を向けた。
 彼は「そっか」と呟くと、私と向かい合うように回り込み、寝転がった。
 緩やかに流れる時間と、肺に送られる清涼感のある煙がこの現実を忘れさせてくれた。
 悲しくはない。寂しくもない。隣に彼がいてくれるのだから。
 それなのに、無性に涙がこみ上げてきた。
「な……おいっ」
 彼は焦った様子で私の頬を拭おうとするが、涙はその軌道を遮っているはずの彼の指を擦り抜け、熱くなった屋上の地面に染み込んでいく。
 ばつが悪そうに苦笑いを浮かべ、彼は自分の掌を眺めた。
「……ごめんな」
 謝った後はいつも、沈黙がある。
 彼が悪いわけじゃないのに、口を開けばどうしても私は彼を責めてしまう。私がそんな自分が嫌いなことを知っていてくれるから、彼は沈黙を破ろうとはしない。
 私の弱さが彼を縛り付けている。そのことを解っている筈なのに、彼は何も言ってはくれない。
 もしもそのことを問い質したとしても、彼は笑って否定するだろう。そんな人だ。私は彼のそんな暖かさに恋をしたのだから。
 ただ……その暖かさが、今の私には一番辛かった。
「どうして……あんたの傍に行っちゃいけないの?」
 彼は知っていた。
 私がこうやって屋上に昇るのは、そこから飛び降りる機を窺っている為だということを。
 本当は彼の胸に、今すぐにでも飛び込んでいきたいと願っていることを。
 だからこうやって彼は私の前に現れる。もう生きてはいないのに、私にしか見えないのに、誰よりも寂しいはずなのに、彼の優しさは私が彼と共に逝くことを許してくれない。
「お前が好きだからな、好きだって言葉じゃ足りないくらい好きだから……」
「だったら」
「だから、連れて行けるわけない」
 私の頭を撫でながら、彼は優しく囁いてくれた。


 彼が事故に遭ったすぐ後も、私はここに来た。
 どうしても彼の死を受け入れることが出来ず、彼との一番大切な時間を過ごしたこの場所から、彼の元へと行きたかった。
 それなのに、彼は私にだけ見える体になって現れた。
 私に触れることも出来ない体になってまで、私を止めてくれた。
 温もりも感じることが出来ないのに、優しく抱きしめてくれた。
 泣きじゃくる私に何度も「ごめんな」と謝りながら、感触の伝わらない手で、優しく頭を撫でてくれた。


 あの日、彼がそうしてくれたから、私は今ここにいる。


 いつしか蝉の声も止んで、空には疎らに星が顔を出し始めている。
 メンソールの灰が紫色の空に散っていった。
「ねえ、あんたいつ成仏するの……?」
 もしかしたら、今日完全に消えてしまうかもしれない。もう二度と会えないかもしれない。
 離れたくない。本当はそう言いたいのに、上手く言葉に出来ない自分がもどかしかった。
「ん〜。気が向いたら、かな」
 薄ら消えていく顔で彼は笑い、最後に「また明日」と言い残して彼は見えなくなった。
 陽が出ている間だけの幽霊。
 太陽みたいな彼らしい、変わったお化け。
 もしも突然彼がいなくなったら、私はきっとここから飛び降りるだろう。
 それをさせない為に彼は現れる。
 だから陽が昇ればまた彼に会える。
 「また明日」いつも別れ際に言ってくれるその大切な約束が、今日まで私を生かしてくれた。
 私が生きることを望んでくれるのなら、しばらくは彼を縛りつけて甘えてもいいだろうか。
 彼がいない世界で生きる、その覚悟が出来るまでは。
●作者コメント
 どうも僕です。
 電撃掌編にだそうかなって考えて書いた渾身の一作です。
 今出来る最高傑作。
 ただ……今って屋上に出入りできる学校があるか? 
 そのことだけが疑問です。
 


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●感想
鈴木有海さんの感想
 鈴木有海デス。

 相も変わらずお見事です。題名がまたいい味出してます。センスですよね。
 なんと申しましょうか。最低限の描写で空気が描けてるといった感じがしますね。特に意図してかせずか煙草が凄い生きてると思いますよ。まあ意識してでしょうけれども。この仄かな退廃さ加減が青春物の中のわずかばかりの酸味として、全体の味を引き締めている気がします。
 表現などで個人的な好みはありますが、それは後々の推敲にお任せしましょう。掌編王用の作品としてはばちぐーですね。ただ気になったのは「お化け」て単語は絶対入れなきゃいけないんでしたっけ?

> 太陽みたいな彼らしい、変わったお化け。

 この部分ですが読点以降を無理矢理くっつけたような違和がちょっとしました。気のせいなら構わないのですが、特にキーワードとして含む必要がないんなら、この作品にそのちょっと俗っぽい表現は入れない方がいいんじゃないかと愚考しますです。

 採点。言われるまで掌編王用だと気付かなかったこともあって、ちょっと甘いかな?^^;
 ちなみに屋上はまず立ち入り禁止ですw


桃野桂さんの感想
 良作だと思います。
 読みやすさもあり、物語に感動もあって読後感もばっちりです。

 正直気になる点も探したのですが、特にないです(笑)
 完成されている作品に思えます。

 掌王に応募されるとのことで枚数制限もあるなか、
 しっかりと物語を作り上げ、感動も与えていただきました。お見事でした。
 勉強になりましたー。


NMA(ノーマ)さんの感想
 ども、読ませていただきました。
 んで、感想です。

 正直……これって学生? って思いましたね。
 何というか三人称のせいか、大人が昔を懐かしむように書いている文章に見え、彼女が悟ってるように感じました。
 つまり、学生らしさが……感じられない。
 文章が綺麗なだけに、言葉も浮いているように感じて。
 言い表せないんですが、違和感がノーマにはある気がしました。

 それでは、執筆がんばってください、さいなら〜。


クマノミさんの感想
 こんにちは、クマノミです。
 女の子が屋上で寝転んで煙草ですか? ヤンキーですか?
 お化けとの会話が微笑ましいと思えるのは、非常に良いですね。昼間のお化け、ならではですね。
 読みながら顔が緩んでしまいました。
 そんなわけで+20点
 「今出来る最高傑作」と言えちゃう心意気に+10点!みたいな。


あるみにうむさんの感想
 はじめまして。

 他の方へのレスを見ていて思ったのですが、悟ったように世界を見つめるのならば幽霊なんて非現実的なものは見えないのでは? 彼が死んだことを表面的には受け入れているように見えているが、実際は受け入れることを拒絶していたり本当は彼の後を追うために自殺するのが恐ろし く、その罪悪感を幽霊の彼が止めたからだ、とすり替えを行っているようにも感じられます。自分の心が生み出したただの幻覚だとも思わずに受け入れてしまう のはやっぱり子どもなのではないでしょうか。

 超的はずれなことを言ってるなら完全スルーでお願いします。そこまで外すと恥ずかしいので。あ、話は良かったと思いますよ。


トンぺティさんの感想
 初めましてトンぺティと申します。
 感想を書くのは初めてで緊張しております。
 さて、作品ですが大変楽しめました。有意義な時間をありがとうございます。全体がすごく綺麗にまとまっていて読後感も爽やかでした。
 冒頭の数行で鮮やかに夏の屋上のイメージが湧き、一気に引き込まれてしまいました。素晴らしい描写力だと思います。あやかりたいです。
 結末の部分もセンチメンタルな感じで非常に好感が持てました。彼女の想いを独白的に巧く表現しているあたり、自分には無いセンスを感じました。
 この作品、これからの作品をより良い物にするために何か批評っぽいことを言うべきなのでしょうが、無理です。釈迦に説法もいいとこです。ですので、このように正に感想なのですがご容赦願いたいです。
 ところで、私のこの文章って硬いでしょうか?


キースさんの感想
 高得点の香りにつられてやって来ました。
 初めまして、抽象的感想屋のキースと申します。では、感想を。

 ライトノベルっていうより、短編小説の域ですよ、こりゃ。
 文体の技術も高度だと思いますし、何より登場人物が二人なので非常に流れが分かりやすかったです。
 それだけでなく、人物が少ないと心理描写が難しいのですが、それも見事にこなされていると。感服しました。

 ただ、みなさんがおっしゃっておられる通り、学生らしさ(?)が感じづらいですね。もう少し強めの学生としての暗示が後半にあっても、良かったとも思います。
 例えばですが、
 「ん〜。お前がちゃんと授業受けるようになったら、かな?」の様な。
 幼稚なアドバイスで、すいません。勿論、今のままでも十分ですよ!
 僕の言いたいことが伝わればそれで十分です。本当は50点!と行きたい所ですが、これからの期待を込めて30点としました。
 ろくでもない感想申し訳ありません!良作ありがとうございました!!


上の小さんの感想
 まさに掌編として最高の出来ですね。
 隙がないですよね、死んでまで彼女を守り続ける彼。
 いい話ですね。読んでいて、もう終わり!? みたいになるほどあっという間に読めてしまいました。このままもっと読んでみたいと思わせるような無理がなく思い描きやすいストーリーは中々書けるものじゃないと思いますね。
 私もですね、学生だった頃を思い出しましたよ。ただ、高校生の話を書くには高校生みたいな気分にならなくちゃいけませんよね。彼女はまるで21歳みたいな感じでした。
 でも全体的に素晴らしいと思います。電撃掌編、いけますね。


つくしさんの感想

 コレ、来てますww つくしです。

 昼間に幽霊が出てくるあたりが夏の幽霊モノとして珍しくて、それだけでもかなり好印象。
 内容も文句なし、文章は綺麗。ただ不良少女の一人称なので地の文にもそれらしさが欲しかった、という点で気になりました。
 良いキャラで良い文章なのに、噛み合わないのがもったいないですね。
(既出のようですが、すごく気になったので)
 あ、達観して悟ってるとのようで。不要と思えばスルーしてください。

 さて、余談ですが……この春までは私は屋上常習犯でした。(教室のベランダから進入できました) 怒られたことも多少ww

 以上です。次回を楽しみにしています。


反嶋さんの感想

 はじめまして。反嶋と申す者です。
 太陽みたいな。拝読いたしました。
 とりあえず、一言。
 『活きているのはお化け』
 夏と学校の必要性が全くなかった。
 掌編王に応募するのなら過去の受賞作を読んでみましょうか。
 お題は『使えばいい』のではなく『物語に必要』なんですよ。キーワードの場合なら使うだけでいいのでしょうけど。まぁ形式が変わって機何もない状態なので、予想の範疇を抜けませんが。少なくとも最終選考、受賞作にはお題の必要性と必然性が必要となるでしょう。
 それに正直これ、冬とかのほうが気分出るし、場所も彼のすんでいたマンションの屋上とかのが雰囲気出ますよ。なんとかかんとかでお題を組み込んだのが残念

 駄文失敬。要するに掌編としてはまぁ良作。電撃としては駄作じゃないか、と個人的な意見を述べて、失礼します。

P.S 一作品としては良いものだったですよ。これからも頑張ってください


ユウ・カワハラさんの感想

 こんにちは、ユウ・カワハラです。

 いや、良かったです。
 本当に良かったです。
 「夏、学校、お化け」というお題から、この域の作品を生み出されるとは、文句の付け所がないです。

 屋上に出られるのか? という話も、タバコの醸し出す不良っぽさが解決してくれています。

 ただ、一点だけ、風景描写を変えれば、どの季節にもできてしまうところが弱点な気がしましたので、その分だけ減点して+40点を付けさせていただきました。

 では、素晴らしい作品を拝読させていただきまして、ありがとうございました。


樹桜鈴さんの感想
 はじめまして、樹桜鈴です。
 電撃王掌編に投稿する高得点作品なので、自分の実力は完全に棚上げで、攻撃的にいってみます。
 何故なら、期限までの日付も文字数もまだ余裕があり、叩けばもっと素晴らしい作品になると思いますので。
 独断と偏見に満ちており、納得出来ない意見も多々あると思うので、そこはスルーして下さい。
(全ての意見を完全にスルーだと、かなり寂しかったりしますが)

 この作品を読んで、綺麗な文章だな、表現が上手だな、と思いました。
 でも、主人公の悲しみは、いまひとつ伝わってきにくかったんです。微妙な違和感、といいますか……。
(1)
 その理由の一つは、幽霊の彼が、妙に実在感があるためです。「幽霊でも良いのでは?」と思ってしまうくらい。
 まず出だしがそうです。実在する人に見えることをねらって、だとは思うのですが。
 そして、
> 温もりも感じることが出来ないのに、優しく抱きしめてくれた。
> 泣きじゃくる私に何度も「ごめんな」と謝りながら、感触の伝わらない手で、優しく頭を撫でてくれた。

 現世の人ではないことを感じる形容詞はあるものの、実際に触れている、とも捉えかねない描写となっており、主人公はその行動に、優しさを感じ、しっかり慰められているからです。(彼の優しさは伝わってきましたが)

 幽霊の彼の透明感を出すには、
 涙を拭おうとした時のような、触れたいのに触れられないもどかしさを、彼の行動の全てで滲ませる、
 そして主人公は、彼の気持ちを嬉しく思うと同時に、決して触れ合えない悲しみを感じる、
 そんな描写であれば、実在しないことを強調できるのかな? と思いました。

(2)
> 彼が事故に遭ったすぐ後も、私はここに来た。
 屋上に行くのは、少し期間を置いた方が良いかな……と。
 屋上は「呆然として歩いているうちに到着していた」という場所でもありませんし。
 というのも、事故の直後に屋上に来たのでは、
 すぐに幽霊の彼に会えた = 結局、死別で会えなかった期間がない! (毎日会えるのに、辛いの?)
 となり、悲しみが伝わり難かった理由の一つになっている気がしましたので。
(下手すると、強いショックを受けた彼女が幻を見ていると解釈できてしまいますし。
 でも彼女が見続けている切ない幸せな白昼夢、という話でも良さそうですよね)

(3)
> それなのに、無性に涙がこみ上げてきた。(以下の文)
 主人公と幽霊の彼は、何度も会っていますし、翌日も会えます。
 だから主人公の涙は、幽霊の彼に甘えての行動に見えました。飛び降り自殺を口にすることも同様です。
 事件直後は違ったのだと思いますが、彼を現世に引き止めるための行動に目的が変わっているな、と。
 逆に彼は、そんな彼女の行動に慰められているのだと思いますが。
 これも、悲しみを感じにくかった理由の一つです。

 もし、涙で主人公の辛さ等を表すなら、
> 薄ら消えていく顔で彼は笑い、最後に「また明日」と言い残して彼は見えなくなった。
 涙は、この後です。消える瞬間の描写を強化して、
 『〜と言い残し、青空に溶け込むようにして彼の姿は見えなくなった。
 それまでこらえていた涙が、私の頬を伝った』(全く擬音を使わない陣内孝利さんの作風にあわせてみました)
 など、彼を悲しませないよう、彼の前では涙を隠した方がいいと思います。
(そうして、安心した彼が昇天したら、主人公は後を追う(だと、逆に彼が悲しみますね))

 見せ場の一つ、彼の指が透けて物(涙)に触れられなかったシーンは、
 > スカートの中に隠していたメンソールを咥え、火をつけた。
 ここに代わりに入れられると思います。
 彼女を心配して、幽霊になってまで現れた彼が「そっか」であっさり納得してはいけません。
 彼女が口にしたメンソールを取り上げ(ようとす)る、そんな動作をしないと。
 「やけっぱちになっているだけ」なら特に。
(ニコチンの依存性、かなり強力だと思いますから。
 「禁煙したい」といいながら煙草を吸う知人を見るとそう思います。『その若さでもう中毒?!』と)

 ……と、勝手なことを書き連ねてきましたが、人間全て同じ行動を取るわけではないですし、
> 彼がいない世界で生きる、その覚悟が出来るまでは。
 最後の描写から、立ち直ろうとしてる姿も伺えるので、あくまで自分のイメージです(汗)
 しかし、皆が絶賛している作品に、何故突っ込みを入れたくなったのでしょう。カルシウムが不足しているのかもしれない。
 擬音を使うのが大好きな私が、試しに使わず、長い感想を書いてみましたが、ニコチン不足の人のような禁断症状があらわれそうになっています。
 それでは。
 皆がより一層感動する素晴らしい作品作り、頑張って下さい。(完成作品ですが、一応……)


一言コメント
 ・せつなく、あたたかい気持ちになれました。
 ・電撃掌編王で最優秀賞おめでとうございます。
 ・つかの間真昼の屋上に足を踏み入れたような不思議な感覚を味わいました。おかしなことに、まるで真昼の幽霊が隣にいたかのような読後感です。私だけでしょうか?
 ・寂しくも温かい物語に心が潤いました。
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