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雪だるまと雪降ろし

「先輩! 雪下ろし、終了しました!」
 そう語る小町の様子を、俺は眉根を三十度以上顰めつつ見つめていた。小町はその小さな身体に大きなスコップを持ち、白いマフラーとニット帽を被ったまま俺の方をにこにこと見つめている。チワワを連想させる犬のように可愛い笑顔。丸っこい笑顔で頬の端をにっと吊り上げ、褒めて、褒めて、小町頑張ったよね? と子犬のような笑顔で見つめられれば大抵の男はノックアウト確定だろう。初心わするるべからずとはよく言うが、初心を忘れても可愛いほどだ。
 そんな彼女が、俺のために頑張って家の雪下ろしをしてくれた。
 本来ならば今すぐに抱きしめて『よく頑張ったね小町、今日はご褒美に食べてあげよう』『何を?』『君を』と告げて真っ白なベッドに放り込んでもいいと思えるほど愛しいのだろうが、残念ながら今の俺にはそう素直に喜べない現状があったりもする。主に家の外の惨状について。
「先輩、どうしました?」
「あー……いや、その。なあ小町。雪下ろしってのは」
「大変だったんですよ? 雪、重たかったですもん。はしご使って先輩の家に登って」
「……うん。大変だろうとは思う」
「スコップで雪を降ろして」
「うん。降ろしたな。知ってる。全部玄関の前に。俺、出れないんだけど」
 呟きつつ、玄関の戸をゆっくり開く。扉は約三十センチ、丁度チェーンがひっかかるぐらいの所で雪山と衝突し、それ以来ドアはぴくりとも動かない。トンネルを抜けた先は雪国だった、とくれば名作を彷彿とさせる情景になるのだろうが、自宅のドア前に雪山があって開かなければただのギャグも甚だしい。
「そうですそうです! しかもそれだけじゃ足りないから、仕方ないから庭の雪をかき集めて!」
「うん。知ってる。家の窓、全部塞いでくれたよな。俺、出られないんだけど」
「二時間以上かかりましたっ! しかも早朝からですよ早朝から! 小町、とっても頑張りました!」
「……。うん。頑張ったな」
 小町が力説。とりあえず空拍手を送りつつ、斜め三十度の視線が四十五度まで釣り上げる。
 努力は認めよう。早朝何時からやっていたか知らないが、俺が朝八時に起床した時には既に雪山包囲網は完成していた。その光景に呆然としている俺の目の前で、小町がスコップ持参し『おはようございます先輩!』と雪山から滑り込んで来た時の心境、お分かり頂けるだろうか。
 彼女の説明に暫し困惑した後、軽く咳払いをして精神を整える。雪降ろし、それ自体は悪くない。だが、先に小町に聞く事があるだろう。主に常識について。
「なあ、小町。雪下ろし、って何でするか知ってる?」
「知ってますよ。雪で家が潰れないようにする為でしょ?」
「正解。頭がいいね、小町は」
 なでなでする。小町が笑う。
「で、小町。雪下ろし、って言うのは家が潰れない為にするものだ。大抵は豪雪地帯のイベントだな。で、ここは何県?」
「福岡県」
「正解。福岡にしては珍しく雪が積もってるけど、どう考えても雪下ろしはいらないよな」
「……いや、でも家が潰れたら大変だし」
「っていうかあの雪山、明らかに不必要な分まで降ろしただろ。我が家の屋根にそこまで雪積もってねーし」
「ゆ、雪が屋根から落ちて先輩の頭に当たったら、死ぬかもと思ってその……」
「っていうかあの雪山、雪だるまを窓際に作って先輩を驚かせようと思ったけど、でも上手く作れなかったから先輩の窓にくっつけちゃえ、的なオーラまで感じるのは気のせいかな?」
「……。……い、嫌だなぁ、先輩。雪だるまなんて、そんな幼稚なことしませんよ!」
 顔が幼稚な小町が言う。
 俺は溜息をついて、小町が後ろに隠していた小枝とバケツを、
「没収!」
「ああっ!」
 奪って窓からぶん投げる。雪山、もとい雪だるまの顔にクリーンヒットし、目玉に小枝が突き刺さった。某大佐なら『目があああっ!』と絶叫しそうだが雪だるまなら問題無い。少々可愛そうな気もするが。
「ったく。学校いけないだろ、これじゃあ」
 時計を見る。既に時刻は九時を過ぎており、今から雪山をどけて学校についても十時ごろ。期末テストも終了し、冬休みを迎えるまでの怠惰な残り時間を費やすために学校に行くのはあまりに面倒だ。第一、雪山をどけれる自信も無い。
 仕方なく溜息を吐き、トースターにパンを二枚放り込んだ。それからフライパンに油を敷き、目玉焼きを二つほど。
「先輩!」
「何だ」
「小町、おなかが空きました」
「もう焼いてる。皿」
 言う前に小町は皿を並べ、餌を待つ犬よろしく座っている。
「先輩」
「何だ」
「オレンジジュースも欲しいです」
「はいはい」
 冷蔵庫の棚を開け、右手を見る。牛乳に並んだオレンジジュースのパックを取り、小町に向けて投げつけた。へぶ、と悲鳴が聞こえたのは気のせいか。
「先輩」
「何だ」
「ウィンナーも欲しいです」
「今から焼く」
 野菜室をがらりと開け、ウィンナーを手に取った。
「先輩」
「何だ」
「いつ転校するんですか?」
「……」
 冷凍庫も開けてはみたが、残念ながら何も無い。冬場にも関わらずひんやりとした空気だけ、僅かに肌へと触れてくる。
 小町の方を振り返ろうとも思ったが、冷凍庫を閉じて止めにした。冷凍庫に付けた鏡越しに、小町の顔が覗き見える。子犬のように俯いた顔、それを陽気に茶化せる度胸は俺には無い。
 チン、と軽快な音が鳴る。トースターが焼けたらしい。ついでに目玉焼きとウィンナー。
「ほれ、食え。旨いぞ」
 全てを並べて小町に出すと、彼女は頂きます、と丁寧に手を合わせて食べ始めた。それに合わせ、静かな室内でただ二人、黙々と料理を平らげる。ただ単に食パンを焼いただけなのに、小町はえらく美味しそうに食べる。食パンだろうと何だろうと、俺の作ったものなら全部。
 それがどれ程可愛らしい事か、この幼顔はどれだけ理解してるのだろう。
「先輩」
「何だ」
「今日は学校、行かないで下さい」
「行きたくても行けねーよバーカ。知ってる癖に」
 窓の外には、顔面バケツの雪だるま。玄関先には雪山エベレストが鎮座中。
 小町の方を向きなおすと、ウィンナーに手を出していた。箸で掴もうとするが、つるりと滑る。俺の方に転がってきたので、仕方が無いから箸で摘んで小町の口へと運んでやった。餌付けだ、餌付け。雪降ろしのご褒美さ。
「先輩」
「何だ」
「……。……今日は一緒に居てください」
 小町が食パンの角をぱくりと咥え、狙い済ました上目遣いでこちらを向く。溜息を吐いて頭をなでると、彼女は頬をにっと綻ばせて喜んだ。頬に流れる一筋の雫なんて、もちろん俺は見ていない。多分、ついてた雪が溶けたのだ。
「じゃあ、外に出れるまでな」
 彼女が笑う。その犬のような笑顔を見つつ、ついと外へと視線を向けた。雪降ろし、と称して作られた巨大雪玉の大残骸。
 もう少し、溶けずにそのまま残ってろ。そう念じつつ、小町のためにもう一品作ってやろうと席を立った。
 サラダを一つ用意しよう。雪だるまをイメージした、少々多めの山盛りで。


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●感想
呟木心葉さんの感想
 どうも、呟木心葉です。
 拝読させて頂いたので感想を。

 個人的に好きな作風ですね。
 さらりと読めるコメディカルな文章と、空気感が、好みです。
 
 ですが、最初の部分に少し違和感を感じました。
 オチも、もう少しすっきりさせるといいと思います。

 これからも頑張ってください。
 ……では、また。


へべれけさんの感想
 はじめましてでしょうか?
 へべれけと申します。クッパさまのご高名はかねがねお伺いしております。
 この非常事態によくぞご降臨くださいました。
 企画の言いだしっぺとしましては頭が上がりません。

 御作を拝読させていただきましたがストーリーテリングがお見事です。ああラブコメってこういう風に書くのね、と素直に感嘆しております。
 掛け合いも小気味よく。オチもすっきり。
 同じお題使ってるのになぁ……と単純に嫉妬ですww

 良作ありがとうございました。またお逢いしましょう。
 ̄ω ̄)ノ ではでは。


河田友二郎さんの感想
 はじめまして……ではないですね。
 いつぞやはメールフォームの件で大変お世話になりました。質問した時とHNは違いますが、お世話になった人です。メールでとても詳しく教えてくださり、ありがとうございました。すごく助かったです。また、感想を書きたいと思います。よろしくお願いしますm(_ _)m


 なるほど……もっと心理描写で引っ張って欲しいという願望的なものはありますが、小道具の使い方に無駄がない。物語の運びがとてもうまい。しかもそれでいて小ネタをさらりと書く余裕がある。
 うまいなぁ……。文章の組み立て方も自然で、無理がない。

 人物に焦点を合わせて見ますと、読了したあとに小町の行動を読み直す。すると、これ、すごく健気で可愛いですねぇ。先輩、抱きしめちゃえばいいのに。とか思いました(笑)

>頬に流れる一筋の雫なんて、もちろん俺は見ていない。多分、ついてた雪が溶けたのだ。
▲最後にそっと添える看過法がいい感じに引いてくれて、読後感に味を残しつつすっきりした終わりです。

 とてもいい話だと思えました。これで感想を終えたいと思います。

 では、また。


171041さんの感想
 レベルがちげー!!と、大声で叫びたくなりました。というより、叫びました。初めまして、1710(いなとお)です。
 なんですか、これ。今朝でたお題ですよね?それで書いたんですよね?信じられない完成度です。
 まず、最初つかみといい、小道具と言葉遊びと適度なギャグ的な描写といい、掌編のお手本はこうだ、ってなもんです。というか、お手本にします、マジで。
 文章も過不足なく、必要な描写は必要なときに、掌編としてしつこくなく、あっさりと読めるのにしっかりと心に残る。さすがとしか言いようがありません。
 キャラクターも一途でかわいい小雪、そっけない態度をとりながらも内心小雪大好き!な主人公。二人の会話が目に浮かぶようでした。
 久々にすげーもん見せてもらった、というのが全体を通しての感想です。いや、本当に面白かった。今後も執筆頑張って下さい。それでは。


まこきちさんの感想
 はじめまして。まこきちです。

 一行一行を見ると、ものすごい書きなれてるなあという印象でした。
 ですが、イマイチわかりませんでした。

 わからないことを列挙します。
・自分と小町のいる場所(まあ家の中だと思うんですけど)
・下ろした雪の状況(玄関が空かないことはわかりますが)
・転校の話
・サラダの意味

 わからないながらも最後まで読めたのは、ものすごく文章が面白かったんです。
 ユーモアがたくさん文章にあらわれていて心地がよかったです。
 最後の一文。
>サラダを一つ用意しよう。雪だるまをイメージした、少々多めの山盛りで。 
 サラダの意味がわからないままも、なんだかこの一行だけで、わけのわからない感動に包まれ、何これっ、えっ、もしや、私、だまされてるのでは? と思いました。

 あと、同じ語彙の使い回しが目立ちました。

 といいつつ、あっ、 orz 私、他の感想人さんとずれてるわ。
 そうだ。私の読解力不足ってやつです。
 ってことで、当てにならないかも。

 それでは〜


三月 椋さんの感想
 初めまして。
 唐突ですが、お名前を見つけて驚きました。まさか掌編の間で、リアルタイムにクッパさんの作品を拝見することができるとは……嬉しいことです。
 そんなわけで、早速読ませていただきました。

 ほんわかした空気から一転、ちょっぴりほろ苦いムードに持っていく流れに感服いたしました。少ない文章で的確に状況を想像できましたしね。
 ストーリーの流れには、正直私ごときに何か言えることはありません……。
 そして、そのストーリー構成以上に目を引くのが、やはりヒロイン・小町ちゃんの可愛さの描写の数々でしょう。
 これでもかというほどに、言動から描写からとにかく『可愛らしい』ことが伝わりまくってきます。にも拘らずそこまであざとさを感じないのは、純真さもまた感じるからなのでしょう。
 雪を集めて家から出られなくした行動は単なるドジではなく、実は……という心情を思うと、単なる天然少女でないことも容易に理解できます。彼女の人物像に深みが増して素敵でした。

 うぅん、何から何まですばらしい……と思ってはいるのですが、一つだけ気になる箇所が。

>>狙い済ました上目遣いでこちらを向く。
 この一文が何だか残念でした。
 それまで小町ちゃんのイメージは、まさに子犬の如き可愛さに溢れた天然ほえほえ娘だと思っていたのに、ここだけ『狙い済ました』というのはちょっと。
 本人には自覚が無いけど自然と上目遣いになっていて、しかもそれがむちゃくちゃ可愛くて、先輩「こいつ素で可愛いなちくしょう」みたいな展開だったら、逆に萌え死ぬところだったかもしれませんが。
 そういう意味で、「狙い済ました」はちょっと余計かなと個人的には思うのです。何か深い意図があったのでしたらすみません。

 それでは失礼いたします。


泣人さんの感想
 おはようございます、泣人と申します。
 拝読させていただき、感服でござる。

 流れに淀みのない文章ですね。
 読んでいて自然と情景が浮かんできました。

 無駄のない話の流れの中にさり気に入れられたネタが素敵過ぎます。

 ただ、個人的にタイトルにもうひとひねりあるとさらに良かったかなぁとは感じました。
 次回作をお待ちしています。


いちおさんの感想
 完成度高っ……。
 初めまして、いちおと申します。拝読させて頂きましたので感想など。
 ……などと言えるほどのことは……アレですが。

 少し覗いただけのつもりが、文章に引きずり込まれて最後まで拝読してしまいました。
 冒頭のシーンが、と言うよりは文章ですね。魅力的な文章だなあと。読みやすく、親しみやすく……。
 お話自体の印象も好感度高いです。温かさと優しさと一抹の寂しさ、でしょうか。後味がとても良いです。この長さで、この胸に残るもの……唸りますね^^;
 登場人物も、ごく普通でいながら魅力的に感じました。

>「今日は学校、行かないで下さい」
 あああ、小町、可愛い(泣

 気になったところとしては、二人の関係が今ひとつ掴みにくかったと言うところでしょうか。
 学校の先輩後輩であることはわかりますが、

>初心わするるべからずとはよく言うが、初心を忘れても可愛いほどだ。
 その他二人のやり取りから、付き合ってるのかなーと思いつつ、

>「いつ転校するんですか?」
 付き合ってるのなら、知らないのは不自然かなーと思い……。

 以上です。
 うーーーーーん……良いものを読ませて頂きました。ありがとうございました!


一言コメント
 ・読んでいて和みました。つい先を読んでしまいます。
 ・ほのぼのとしたかわいらしい話でした。
 ・おもしろかったです。
 ・すごく面白かったです。書き方がうまい!

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