高得点作品掲載所     ツヴァイさん 著作  | トップへ戻る | 


早く人間になりたい。

 僕は、大いに困っていました。なぜって、恋をしてしまったからです。
『ねぇ、見て見てこの写真! うちで飼っているハムスターなの! かわいいでしょ?』
『本当にかわいいわ。思わず食べちゃいたいくらいにね』
 でも、その恋がかなうことはないって、そう感じてもいました。だって、あの子はかわいい女の子。でも、それに対して、僕は……。
「……にゃー」
 一匹の、薄汚れた野良猫。それが、僕。こんな異種族愛、とてもじゃないけど成就しないです。
 でも世の中には例外があるって、そんなことも僕は知っています。だから、訪ねてみたんです。
「なうさん、なうさん。こんにちは」
 公園の日向でうつらうつらとしていた、一匹の白猫に、僕は声をかけます。
「……騒々しいわね。何用?」
 そして白猫は目を開けて、僕のことをにらみます。そう、彼女は『なう』さん。正しくは『猫叉木なう』という立派な名前の猫又らしいです。年齢は……っと、これは秘密なんだった。口にすると引っかかれちゃうから。
「なうさん、お願いがあるんです。あなたの得意技、『人間に化ける』ための方法を教えてください」
 なうさんは、ややうるさそうに僕を見つめて、そして口を開きます。
「人間に化けて、何をするの? 楽な生活をしたいだけならば、お断りよ?」
「いいえ、違います。僕は人間の女の子に恋をしてしまったんです。それをかなえるためにも、僕は人間に化けたいのです」
 僕は芝生に頭をこすりつけて、白猫のなうさんに懇願します。それが伝わったのか、なうさんはやれやれと首を振って。
「化け方は教えるけれど、人間相手でしょう? 恋が実るとは限らないわよ? それでもいいのかしら?」
「その時は、涙を飲んで諦めます。でも、一度は勝負してみたいんです」
「……わかったわ。では、ついていらっしゃい」
 そして僕は、猫叉木なうさんと共に、街の裏路地、誰にも見つからない場所まで移動して……。
「いいこと? 人間に化けるためには、まず人間をよく知らなければならないわ」
「なるほど。敵を知り、己を知れば百戦連勝ですね? 人間の言葉ですが」
「そういうことよ。人間の文化は、奥深いものがあるわ。だからよく学び、決してボロを出さないようにしなければならないのよ?」
 奥が深いです。化け猫道。でも、僕はがんばりますよ? かわいいあの子のためにも。
「そうね……少し人間観察をしましょう。私が人間に化けるから、その行動から学ぶのよ?」
「はい、がんばります!」
 そしてなうさんは、ドロンと人間の姿に化けました。白いワンピースに長い黒髪の、可憐な女性です。
 やっぱり伊達に猫又をやっているわけじゃない、さすがは猫叉木なうさん。僕はにゃあにゃあと賛辞を送ります。
「さあ、ついていらっしゃい」
 そこで僕は裏路地からなうさんの後をついて、ひょこひょこ歩き出すのでした。
 
 
 なうさんは、駅前に出てきました。そこには大勢の人間が行きかって、とても活気があふれています。
『どーぞ! 新台入りましたー!』
 人間さんが、何かを配っています。なうさんはそこに歩み寄ると、その配っているものを受け取ります。
「なうさんなうさん、なにをしているのですか?」
「これは『ティッシュ配り』と言って、人間の営みのひとつなのよ。こうやって見知らぬ他人に自分の大切な所有物を渡すことで、服従の意思を見せているのよ」
 なるほど、僕らがお腹を見せるのと同じなんですね。こんなに大勢の人間がいるのですから、寝転がるよりも効率的。勉強になります。
 次になうさんは、なにやら大声で歌っているらしい男性のほうへ向かって行きました。『楽器』というものを抱えて、人間の言葉でなにかを歌い伝えようとしている男性です。
 その周囲には、小さな人だかりができていました。なうさんはそこに紛れ込むと、しばらくその歌に耳を傾けて。
「なうさん、今度はなにをしているのですか?」
「このように人間は街の中で歌うことで、その縄張りを誇示しているのよ。そしてその縄張りを認めたものだけが、その人間の前に『お金』と呼ばれるものを置いていくのよ」
 僕らが体をこすり付けて匂いをつける代わりに、声を出すんですね。人間は色々な匂いがしますが、僕らみたいに鼻が良くないみたいですから。でも、お金って何でしょうね。
「お金は人間が集める習性のある、言ってみればその力の度合いを計る指標ね。このお金をたくさん持っている人間ほど、群れの中で上位に立てるのよ」
 そうなんですね。勉強になります。僕らがネズミの尻尾を集めたりするのと、同じような感じなのでしょうか?
 しばらくそうやって人間観察を続けていると、いきなり向こうのほうで人間の喧嘩が始まりました。怒鳴りあったり手が出たり足が出たり、人間ってすごく乱暴な喧嘩をします。
 そこへばたばたと駆けつけてきたのは、濃紺の洋服に身を包んだ、一人の人間でした。その姿を見た喧嘩中の人たちは、慌てて逃げて行きます。
「なうさん、何で逃げてしまったのでしょう?」
「あの服を着た人間は、人間の群れの中でも喧嘩が強くて、絶対に負けない種族なのよ。『鶏殺……けいさつ』というの。ニワトリを殺すように他の人間を処分できるのね。あの種族に連れて行かれた人間は、もう帰ってこれない事もあるのよ?」
 それは怖いです。ニワトリはおいしいですが、きっとあの濃紺の服を着た人間も、捕まえた人間を食べてしまうに違いありません。
 そんな感じで、なうさんは色々と僕に人間のことを教えてくれました。本当になうさんは物知りです。それだけ歳をくっている……じゃなくて、経験を積んでいるんですね。
 それにしても、人間って本当に複雑な世界をしています。僕らみたいに個々で生きているわけではなく、群れを作っているのですから、それだけ世界も複雑になっていくんでしょうね。
 そんな世界もそろそろ夕暮れ。僕は色々と人間を学んで、元の猫の姿に戻ったなうさんと共に帰り道を歩きます。
「それじゃあ、明日から人間に化ける方法を伝授していくわよ? まず二本足で立つことを教えて、それからそのままの状態で……」
 今後は僕も大変になりそうですが、あの女の子の心を掴むため、がんばりますよ!
 
 
 あれから一週間。みっちりとしごかれた僕は、一人前に人間に化けることができるようになりました。これもなうさんのおかげです。感謝、感謝。
 そして僕は立派な人間の男の子の姿に化けて、あの子のことを待ちます。なうさんのお話では、まず自分が貰って嬉しい『贈り物』をするのがいいと言います。だから僕は、おいしいおいしい食べ物を用意してあの子のことを待つのです。
 人間相手にどういう態度をとればいいのかも、しっかり勉強しましたしね。まず、いきなりお尻の匂いをかいだりしちゃダメ、とか……。
『でさー、うちのハムスターなんだけど……』
『あ、あのかわいくておいしそうなハムスター?』
 そこへ二人の女の子がやってきます。その片方が、僕の恋する女の子です。
 そこで僕は、二人の前に飛び出して。
「あ、あの! 僕、君のことが好きです! これを受け取ってください!」
 ずいっと箱を差し出します。なんだか戸惑いながらも、僕からの箱を受け取ってくれる、女の子。もう一人の子が、興味深そうに開かれたそれを覗き込み……。
『って、きゃーっ!?』
 慌てて逃げ出します。何でだろう? おいしく丸々太ったネズミなのに。もしかして、人間はこれが嫌いなのでしょうか? そうだとすると、受け取ってくれた女の子も愛想を尽かして……。
 でも、その時でした。僕は見てしまったのです。
 女の子の頭から、にょきっと猫の耳が生えて、そしてお尻からは尻尾が……。
「素敵なプレゼントをありがとう、立派な人間さん? じゃあね? にゃぁん♪」
 そのままドロンと三毛猫に姿を変えて、ネズミをくわえて走り去っていく、女の子『だった』もの。
 僕はただ呆然と、それを見送るのでした……。


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●感想
ぴりおどさんの意見
>これもなうさんのおかげです。
 この文章全体が平仮名になってるので、『なうさん』を引き出しづらいです

 たまに、「これ」「それ」などの指示語に違和感を感じました

 ユーモアとかオチとか。入り方まで上手かったと思います。かなり勉強になりました。
 一人称の味も引き出せてた気もしますし、とても面白かったです。
 また次回作待ってます(^―^)ノ

 ps 猫さん(君?)凄く不憫ですね……。三行目の文はそういう意味ですか……。


招き狐さんの意見
 いや、なかなか面白かったです、本当に。勉強になりまね。
 主人公猫の台詞回しとか、なかなか面白かったです。

 欠点は……ありませんね。掌編として良くできていると思います。

 強いて言うなら、この一点。僕の好みも混じって、本当に個人的な部分ですが。

>お金は人間が集める習性のある、言ってみればその力の度合いを計る指標ね。
 この文だけは、気になりましたね。
 僭越ながら僕なりに、なうさんの喋り方とか考えると、
「人間はああいう風にお金を集めることで、自分の力を誇示するのよ
 だから端の下で寝ている人たちは、弱い人たちなの。集められないから」
 とか、そんな感じだとじゃないかな、と思います。
 なんかこう、だいたい合っててだいたい間違ってるみたいな。
 ただ、この文章だと人間が能動的に集めている表現になってしまい、
 本能的、習性的に集めている感じがしなくなるのが欠点です。
 考えてみましたが、巧くは思い浮かばなかったです。


ささこさんの意見
 初めまして、ささこと申します。
 短いながらきちんと纏まった作品で、猫から見た「人間界」の描写が面白かったです。

 ただ一つ注文を付けるとするならば、改行、でしょうか。
 「その時でした。僕は見てしまったのです」の部分など、
 行を変えると見せ場としてのアピールが強くなって更に興味を引くのではないかと思います。

 意外なオチのお話は本当に好きなので、拝読できて本当に楽しかったです。


mi-coさんの意見
 纏まったお話で、オチも予想外で、楽しめました。
 途中にあった人間観察の箇所が、一番面白かったです。

 ただ、気になるのが、一つだけ。
 作者様の納得できない場合は、無視して下さって構いません。

>自分が貰って嬉しい『贈り物』をするのがいと言います。
 だから僕は、おいしいおいしい食べ物を用意してあの子のことを待つのです。


 ぶっちゃけ、人間観察の部分が、全く活かされていないと思いました。
 『ねずみ』をあげるということならば、人間観察の部分は、なくても問題ないと思うんです。
 正直、省いてもいいかな、と思いました。

 『このように人間は〜』と、なうさんは、常に人間ならば、という話をしていいました。
 なのに、それを学んだ彼が、自分が貰って嬉しいもの、
 つまり、猫が貰ってうれしいもの、とするのは、どうでしょう。
 猫と人間の価値観の違いを表現しているのはわかりますが、
 それは、ある物事を違う視点で捉えている、に過ぎません。

 しかし、人間が貰って嬉しいものは、目に見えます。猫視点でも、わかります。
 人間が貰ってうれしい物を、猫が見て嬉しいと思うのでしょうか。
 猫である彼は人間を観察していました。人間に化けるため、という理由です。
 動機は、女の子に好かれるため、ですね。それは、なうさんも知っている。
 ならば、人間の女の子が何を貰ったら嬉しいと思うのか、それも観察していたでしょう。
 一週間、とありますしね。
 
 なのに、なぜそれが『ねずみ』なのか。
 まぁ、最後のオチのためだとは思いますけど。
 ですが、彼が『ねずみ』を持ってきたとしたら、、
 正直、前の文章の必要性がわかりません。伏線もなにもない、意味がない文章。
 プレゼントを用意するということは、事前に何をあげればいいかを調べていると思う。
 個人的には、人間の真似をするのが普通だと思う。
 人間が貰って嬉しいと、見ていた猫がそう感じるプレゼント。
 それをそのまま贈ろうとするんじゃないでしょうか。
 そのほうが、リスクが少ないでしょうし。
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