高得点作品掲載所     雨杜 潤さん 著作  | トップへ戻る | 


凱旋りつく場所

凱旋かえりつく場所


● 孤独 ●

 チェスカ暦七五七年、七月。
 衣装鏡に映った自分の姿を見て、エリィは露草色の瞳を不安げに伏せた。
「よくお似合いですよ、エリシュカ様」
 彼女の不安を読み取ったのか、仕上げに首飾りをつけながら侍女が微笑んだ。だが、エリィは浮かない表情で鏡に映った自分の姿を睨む。
 身体を動かすと、可憐な薔薇色のドレスが揺れた。流行に合わせて高く結い上げられた金髪には、美しい銀細工の髪飾りが輝いている。
 しかし、白磁のような肌は滑らかだが、何処か青白くて病的な印象を与える。少々痩せ過ぎた身体も貧相で弱々しい。着飾れば着飾るほど自分には相応しくない気がして、エリィは憂鬱そうに俯いてしまった。
 昔から病気がちで床に伏せることが多いエリィは、美女とは言い難い。今年で十八歳になるが、同じ年頃の娘に比べると身体の発達もあまり良くなかった。
 そんな自分の姿から目を逸らすように、エリィは窓の外を見遣る。
 夕日の空は美しい青から、燃えるような橙へ染め変わっていく。城の前庭には多くの馬車が並び、招待客たちが続々と集まるのが判った。
 あぁ、退屈で長い夜が始まってしまう。エリィは憂鬱な溜息を吐く。
 チェスカ王国の王都は、久方ぶりに喜ばしい祝声に包まれていた。昨年八月に開戦した隣国ベルジーナ帝国との戦争に際して、朗報が入ったのだ。
 後継者問題に端を発し、ベルジーナによって不当に占領された領土を奪還するため、チェスカ国王は戦争に踏み切った。だが、これまでの戦歴はチェスカにとって芳しいものではなかった。
 しかし、先月十八日、マリエンバートでチェスカ軍が大勝を収めたとの知らせが入ったのだ。これにチェスカ国王は大いに満足し、今日は戦いの功労者を持て成す祝賀会が催されるのだ。
 王家の長女であるエリィ――第一王女エリシュカ・ヤナ・ヴィエラ・プフェミスルも、この祝賀会に当然出席しなければならない。先日まで体調が優れずに部屋から出られなかった分、この日は出席して要人への挨拶をしておくように国王から言いつけられているのだ。
 本当は部屋で本を読んでいたかった。他の王女たちに比べて見劣りする自分など、出席していなくてもさして問題ないはずだ。最初の方に要人への挨拶を済ませたら、そのまま部屋に帰ってしまおう。そう思いながら、エリィは疲れた息を吐いた。
「そろそろお時間ですよ」
「……えぇ」
 侍女に促されて、エリィは自室を後にしようとする。このブリレ城には召使の通路以外に廊下が存在しないため、移動するには部屋から部屋へと渡る必要があった。この日は特に控えの間などに賓客を待たせており、移動には時間がかかるだろう。余裕を持って行動せねばならない。
「きゃっ」
 エリィが部屋を出ようとした瞬間、召使用の通路への羽目戸を外した侍女が悲鳴を上げた。
「どうしました?」
「エ、エリシュカ様! くせ者です。くせ者でございますッ!」
 侍女が声を荒げて人を呼ぼうとする。しかし、エリィの方へ走る侍女を引き止めようと、召使用の通路から何者かが飛び出した。だが、程なくして駆けつけた衛兵によって、その人物は瞬く間に取り囲まれてしまう。
 鮮やかな真紅の上衣が翻った。精悍な長躯の青年は衛兵に銃口を向けられ、諦めたように溜息を吐く。そして、後ろに控えるエリィを見た。
 黄昏の藍を溶かし込んだような瞳を向けられ、エリィは一瞬たじろいだ。まだ二十代中頃から後半程度の若い青年だが、いくつもの銃口を向けられても慌てない様子は落ち着いた印象を受ける。
「驚かせてしまって申し訳ありません。エリシュカ王女殿下とお見受け致します」
 いきなり名前を呼ばれ、エリィは困惑した。だが、王女の肖像画など、誰でも容易に見ることが出来る。エリィは臆さずに用心深く相手を睨み返した。
 すると、青年は衛兵など無視して、流れるような動作でエリィの前に片膝をつく。銃を突きつけられているというのに、なんとも落ち着いた態度であった。
「私はローデリヒ・イリ・カレルヴァリ男爵。このような形でのご挨拶、大変失礼致します」
 男爵と聞き、エリィは少しだけ表情を緩めた。よく見れば、彼が纏っているのはチェスカの軍服だ。黒い折り返しの定色に施された刺繍からも将校階級であることが判る。
 エリィは衛兵たちに銃を下げるよう指示すると、カレルヴァリと名乗った青年へ向き直った。
「カレルヴァリ男爵。何故、このような所においでなのですか」
 エリィの敵意が薄れたことを感じ、カレルヴァリが顔を上げる。
「実はヴァーツラフ殿下に用事がございまして……少々急いでおりましたので、止むを得ずあのような場所を通ることに致しました。結果的にエリシュカ様を驚かせてしまい、誠に申し訳ありません」
「まぁ、ヴァーツラフに」
 ヴァーツラフはエリィの弟であり、第一王太子である。王太子の用事ならば急ぐ理由も判らなくはない。通路を通った方が部屋から部屋への移動は迅速だろう。しかし、常識外れであり、褒められる行為とは言えなかった。
 エリィは溜息を吐くと、改めてカレルヴァリを見る。確かに、彼は少々無作法な失態を犯したが、このまま衛兵に引き渡すほどでもない。それに、祝いに華やぐ城の空気に水をさす真似もしたくなかった。
「判りました。護衛の皆さんには下がって頂きましょう」
 エリィが言うと、カレルヴァリは藍色の瞳に優しげな微笑を描いた。
「ありがとうございます」


 王都中心部の小高い丘にそびえる城。
 ブリレ《美しき眺め》と名づけられた城は、壮麗な外観の美しさもさることながら、祝賀会が催される大広間は雅を極め、招待客たちは一様に感嘆の溜息を吐いた。
 豪奢なシャンデリアが垂れ下がった天井のフレスコ画は素晴らしく、見事の一言だ。視線を落とせば、美しく盛り付けられた様々な料理や芸術的なオブジェなどが並べられ、隅には宮廷付の楽団も控えていた。
「これは、エリシュカ殿下。今日はお元気そうで何よりでございます」
「ここのところお見かけ致しませんでしたが、お身体の具合は大丈夫なのですか?」
 各々に着飾り、華やかな装いの賓客たちから次々と声をかけられ、エリィは曖昧な笑みを浮かべた。
「ご心配おかけして申し訳ありません。今日は、とても調子が良いのですよ」
「それは、よろしゅうございました」
「王女のご健康は王国の繁栄に繋がりますからな。願わくば、このままお身体が丈夫になられますように」
 エリィの返答に賓客たちは表面的な愛想笑いを浮かべた後、丁寧に腰を折って立ち去る。そして、他の王女や王太子たちの元へと挨拶に出向いて回った。その様子を横目で見遣って、エリィは広間の隅で溜息を吐く。
 招待客たちへの挨拶にも疲れてしまい、正直うんざりしていた。この国は形式ばかりにこだわって煩わしい。
 元来、結婚政策で領土を広げ、外交と結婚が同義として扱われるチェスカ王国では、王女は政治の道具だった。しかし、身体が弱くて母体に適していないエ リィは周囲の期待に応えることが出来ない。口には出さないが、皆エリィなどどうでもいいのだ。王族だということ以外に、彼女の存在に意味はない。
 ここには、自分の居場所などないのではないか。何処か遠くへ行けたらいいのに……。
 愛想笑いばかり浮かべる人々を睨みつけた後で、エリィは暗い窓の外を見遣る。西方を焦がしていた夕日は沈み、空は澄んだ藍に染まっていた。
 そういえば、彼はここにいるのだろうか。この空と同じ色の眼をした青年の姿を思い描いて、エリィは再び会場へ視線を戻した。
 軍服と言っても礼服を身に着けていたということは、祝賀会の出席者なのだろう。エリィは広い会場を一瞥した。しかし、この日はそもそも戦勝を記念した会である。普段は各々に着飾る将校貴族たちは揃って軍服を纏っていた。服の色で個人を探すのは容易ではなさそうだ。
 何を期待しているのだろう。エリィは疲れた溜息を吐きながら、重い足を引き摺るように歩いた。大臣たちへの挨拶もとうに済ませてあるし、自分は部屋に戻っても問題ないはずだ。今日は疲れた。
 そんなことを考えていると、唐突に背後から甲高い声が投げられる。
「お姉様ったら、またそんな所に。こちらへいらしてはいかがですの?」
 振り返ると、妹のエリーザベトが歩み寄っていた。周囲からリースルの愛称で呼ばれる妹は砂色の金髪を揺らし、人形のような顔に愛らしい笑みを浮かべる。
 魅力的に輝く青い瞳を見て、エリィは憂鬱そうに俯く。だが、そんなことなど構わず、リースルは彼女の手を取った。
「わたしに気を遣わなくても良いんですよ」
「何を言ってらっしゃるんですの。せっかくの夜会ですのに」
 エリィが戸惑いながら言うと、リースルは明るく返した。容姿端麗で健康にも恵まれている妹はいつも周囲に人を集めている。
 リースルはエリィを無理に引っ張ると、談笑する人々の中へと連れ込んだ。
「お姉様も今回の主役にお会いするべきですわ。とても、素敵な方ですのよ」
 リースルが楽しそうに言った。主役と言えば、マリエンバートで最高司令官にあったダウン伯爵のはずだ。彼なら、先ほど挨拶したばかりだった。
 しかし、何人かの婦人に囲まれて談笑する人物を見て、エリィは思わず目をぱちりと見開いた。
「カレルヴァリ男爵?」
 ぽつんと呟くと、名前を呼ばれた青年――ローデリヒ・イリ・カレルヴァリがエリィを振り返る。
「さっきは……」
「これは、エリシュカ様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。本来なら、私からお伺いするべきでしたね」
 エリィが先ほどのことを口にしようとすると、カレルヴァリは彼女の前に歩み出て、恭しく片膝をついた。そして、チェスカの古風な流儀に従ってエリィの手に、そっと口づける。
 エリィが口を噤むと、カレルヴァリは優しく微笑みながらこっそりと人差し指を立てた。どうやら、この場で先ほどのことを言及して欲しくはないらしい。エリィは暗黙のうちに了承すると、彼から視線を逸らした。
「お姉様もお聞きしたいと思いませんこと? カレルヴァリ卿のお話」
「お話?」
 嬉しそうに話すリースルに、エリィは眉をしかめて聞き返した。
「お姉様はここのところ、ずっとお部屋にいらっしゃったから聞いていませんのね。彼がマリエンバートで挙げた功績は素晴らしいんですのよ」
「敵陣へ突撃なさって、ベルジーナの元帥をお討ちになったとか」
「ベルジーナ皇帝も、あと一歩のところまで追い詰めたそうですわね」
 リースルに続いて、彼を囲んでいた婦人たちが口々に賞賛の声を上げる。それを聞いて、エリィは納得した。確かに、マリエンバートで敵将が討たれたという話は聞いていた。だが、まさか、こんなに若い青年だとは思わなかったのだ。
「いえ……お恥ずかしいことに、結局は落馬して部下に運ばれて陣へ戻りました」
 カレルヴァリは謙遜して微笑する。だが、彼を取り囲んだ婦人たちは賑やかに笑った。
「是非、詳しいお話がお聞きしたいですわ」
「野蛮な戦争の話など、ご婦人が聞いても面白くありませんよ」
 女たちの求めに対して、カレルヴァリは曖昧に笑って話題を逸らそうとする。だが、彼女たちは、それを許さずに華やかに笑った。
 エリィは控え目に会話の隅で黙っていたが、不意にカレルヴァリと視線がぶつかる。
 それは勘違いだったかもしれない。
 黄昏を溶かした藍色の眼。軍人らしい意志の強さを宿した瞳の中に、エリィははっきりとした憂いを感じ取った。孤独とも、喪失とも言い表せない寂しさと、触れれば消えてしまううたかたのような儚さ。
 ほんの一瞬だったが、カレルヴァリの憂いを見て、エリィは戸惑った。
 だが、次の瞬間、彼女は額に手を当てて、視線をやや天井に移す。そして、ゆっくりとした動作で身体を左側に倒した。
「お姉様!?」
 エリィの様子に気づいて、リースルが声を上げる。
「どうされました」
 カレルヴァリがとっさに前へ歩み出て、エリィを支えた。エリィは青白い顔にハンカチを当てて俯く。
「申し訳ありません。気分が悪くなってしまって……少し、風に当たってきます」
「でしたら、ご一緒致しますよ」
 自然な動作でエリィの肩に触れると、カレルヴァリが笑う。そして、会話の輪から抜けた。
 華やかな大広間を横切ると、広いバルコニーへ出る。昼間であれば美しい裏庭と王都の景色を見下ろすことが出来るが、生憎、今は夜闇の静けさに包まれていた。
 暗い庭を見下ろしながら、エリィは息を吐く。冷たい夜風が心地よく通り抜けた。
「気分はいかがですか?」
 カレルヴァリの問いにエリィは口元を覆っていたハンカチを取る。そして、白い顔に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ごめんなさい、嘘を吐いてしまいました」
「……嘘?」
 エリィの言葉に、カレルヴァリが怪訝そうに目を細める。
「貧血の演技なんて、初めてです。上手く出来て良かった」
「どうしてそんなことを」
「貴方を連れ出すためです……お話になりたくなかったのではありませんか?」
 エリィが真っ直ぐに見上げると、カレルヴァリは藍色の瞳に驚きの色を浮かべる。彼は逃げるようにエリィから目を逸らすが、やがて諦めて溜息を吐く。
「そんなに判りやすく顔に出ていましたか?」
「半分は、わたしの直感です。お節介でしたか?」
 問うと、カレルヴァリは薄く笑みを浮かべながら静かに首を横に振った。
「いいえ……そうですね、あまり話したくありませんよ。人を殺したことなんて」
 冗談のように肩を竦めながら、カレルヴァリは手すりに身を寄りかける。だが、その表情に先ほどと同じ憂いを読み取って、エリィは口を噤んだ。
 まるで、ここではない何処かを見るかのような眼。自分の居場所を捜し求めるような表情に、エリィは言葉をかけることが出来なかった。
 この憂いの中に、彼は何を隠しているのだろう。どんな想いを背負っているのだろう。
 もしかすると、彼が抱える憂いは、エリィが感じる孤独と同じなのではないだろうか。チェスカという国に馴染めない自分が嫌で堪らない。病弱な身体も、人に溶け込めない性格も、何もかも嫌だった。
 彼の表情は、そんなエリィの想いによく似ているのではないか。勘違いかもしれないが、そう思うことで、何故か落ち着くような気がした。同じ孤独を共有する人間がいることで、自分を慰めたいのかもしれない。
 思えば、カレルヴァリは何処か異質な雰囲気を纏っている。古臭い慣習に囚われたチェスカにはない空気を感じた。最初に会ったときは驚いたものの、あれがきっかけで彼に興味が湧いたのは確かだ。
「エリシュカ様にはご迷惑をおかけしてばかりですね。何か埋め合わせをしなくては」
「お気遣いは無用ですよ。大したことではありませんから」
 カレルヴァリの申し出にエリィは首を横に振る。しかし、彼は「何でも聞きますよ」と返した。エリィは困ったように考え込んだが、やがて、控え目にカレルヴァリを見上げる。
「では……わがままを言っても良いかしら」
「私に出来ることでしたら、何なりと」
 言ってはみたものの、エリィは躊躇うように口を半開きにした。すると、カレルヴァリは彼女を促すように背の高い身体を傾けて耳を寄せる。エリィは一度だけ目を伏せると、意を決して彼にそっと耳打ちした。
 エリィのわがままを聞き入れて、カレルヴァリは驚いたように藍色の眼を丸める。
「ほんの少しでいいんです」
 控え目に言うと、カレルヴァリは少し考えた後で、柔らかい笑みを作った。そして、丁寧な動作で腰を折る。
「では、少しだけですよ。あまり長い間、愛らしい王女様を独占して王国中の男を敵にしてしまうのは御免ですからね」
 カレルヴァリの返答にエリィは曖昧に笑う。
「お世辞が上手いのですね」
「本当のことです。お気づきですか? エリシュカ様は笑うと、とてもお優しい顔をされるのですよ」
 指摘されて、エリィは思わず俯いた。鏡に映った自分の顔を思い出してみようとしたが、無愛想に睨み付ける表情しか浮かばない。
 やがて、大広間から楽団の演奏が漏れてくる。舞踏が始まったのだ。耳心地良いワルツを聞いて、カレルヴァリが優しく笑った。
「せっかくですから、一曲お願い頂けますか?」
 自分の前に恭しく片膝をつくカレルヴァリを見て、エリィは控えめに頷き、手を差し出した。
「はい、喜んで。カレルヴァリ男爵」
「宜しかったら、ローデリヒとお呼びください。私などに肩を張って話す必要はありませんよ」
「判りました。では、ローデリヒ。わたしのことも、エリィで良いですよ」
「かしこまりました」
 ローデリヒはエリィの白い手を取り、腰に手を回す。そして、広間から流れる緩やかなワルツに身を委ねた。
 あまり身体が丈夫ではなく、すぐに床に伏せるエリィは、医者から踊ることをあまり勧められていなかった。久しぶりのワルツは楽しく、自然と足が弾む気がする。
 視線を上げるとローデリヒの微笑があり、エリィはとっさに目を逸らすように俯いた。
 夜会で華やぐ城が甘美で優雅な旋律に包まれる。
 まるで、この明るき夜が永久に続くかのように。


● 黄昏 ●

 全てが紅く染まっていた。
 遥か遠くまで広がった地平線を焦がす太陽。足元の大地には血塗れた緋色の花が散り、累々と屍が積み上げられていた。
 生温い風に真紅の軍服が翻る。
 鈍く光る銀のサーベルから滴り落ちる紅を、ローデリヒは呆然と見据えていた。
 あぁ、またこの夢か。
 ぼんやりと考えながら、ローデリヒは心中で息を吐いた。
 いつも見る夢。夢と判っていながら、決して抗えぬ悪夢。
 ――私を、
 背後の男声に、ローデリヒはゆっくりと振り返る。
 振り返ってはいけない。これは、いつもの夢なのだから。
 悪夢の先を知りながらも、ローデリヒは自分の動作を止めることが出来なかった。まるで、何度も同じ内容で上演される人形劇マリオネットのように。
 ――私を、憎んでいるか?
 夕日を背にして立った男の問いに、ローデリヒは何も言うことが出来なかった。
 ――結局、お前は何を得た?
 ローデリヒは自分と同じ色を宿した黄昏の瞳から逃げるように、腕を振りかざす。だが、そんな彼を嘲笑うかのように、男の纏った濃紺の軍服が紅く染まる。そして、他の屍と折り重なるように、血塗れた地面へと崩れていった。
「…………ッ」
 いつもの悪夢から、いつもと同じ場面で目覚め、ローデリヒは身を起こした。カーテンの隙間からわずかに差し込む光の筋が眩しく、思わず目を細める。
 額から大粒の汗が流れ、瞼を濡らす。まるで、涙のように頬を流れた雫を拭い、ローデリヒは深く息を吸い込んだ。
「俺は」
 誰に言うでもなく呟いた独り言。
 だが、ローデリヒは瞼に焼きついた光景を振り払うかのように寝台から起き上がり、分厚いカーテンを勢いよく開け放した。
 大きな窓から差し込む朝日が薄暗い部屋に満ち溢れる。


 青いドレスが揺れた。
 外出用のドレスに包まれた自分の姿を見て、エリィは不安そうに俯く。
 ――何処か遠くへ連れて行ってください。
 祝賀会の夜に交わした約束。彼女のささやかなわがままを、ローデリヒは叶えてくれると言った。
 少しで良かった。少しだけ、ここから離れて遠くへ行ってみたいと思った。城や両親、自分の地位や立場、全てから離れることが出来たら、どんなに楽だろう。
 わがまま以外の何者でもない。宮廷というしがらみを絶ったところで、エリィ自身は何も変わらない。病弱で根暗な娘でしかないのだ。
 それでも、何処かで期待しているのかもしれない。もしかすると、自分が生きていくのに相応しい場所があるのではないか。ここではない何処かに、本当の居場所があるのではないか。そう期待しているのかもしれない。
 不意に、衣装鏡を振り返る。
 エリィはしばらく鏡に映る自分の顔を睨み付けた。そして、思い出したように笑顔を作ってみる。
 だが、突然意識して笑っても上手くいかない。大臣たちの前で浮かべる味気ない作り笑いしか出来なかった。エリィは、しばらく鏡の前で悪戦苦闘していたが、やがて唐突に部屋の扉が開き、びくんと肩を震わせる
「お姉様、お姉様。お願いがありますの……あら? 何処かへお出かけなさるんですの?」
 無作法にノックもせずに駆け込んだ妹リースルを見て、エリィは気まずそうに顔を伏せる。外出用の服を着ているところを見られてしまった。誰にも見つからずに城を抜け出すつもりでいたのに、上手い言い訳が思いつかずに口篭ってしまう。
 だが、姉の様子を見てリースルは愛らしい顔に楽しそうな笑みを浮かべた。そして、子猫のような仕草でエリィに擦り寄る。
「もしかして、殿方と逢引ですか?」
「あ、あ、あああ逢引!?」
 リースルの言葉にエリィは思わず声を荒げてしまう。
 確かに、男性と落ち合う約束をしている。それも、こっそりと城を抜け出すのだ。逢引と言えなくもない。エリィは真っ赤になった顔を手で覆い、リースルに背を向けた。だが、リースルは彼女の反応を見て楽しそうに笑声を上げる。
「お姉様ったら、隅に置けませんわ。お相手は誰ですの? いつ頃からのお付き合いですか?」
「そ、そんな関係では……はしたないですよ!」
「あら、宜しいじゃありませんか……あ、もしかして、カレルヴァリ卿ですか?」
 即座に反論しようとしたが、肝心なときに舌が回らない。リースルはそれを肯定と受け取って、クスリと笑った。
「お姉様ったら、嘘が下手ですわ。先日もお二人で過ごされていましたものね」
「あ、あれは……!」
「素敵な方ではありませんか。お若いのに優秀で、軍でも筆頭の出世頭ですのよ。加えて、容姿端麗でお優しいし。王国中のご婦人が羨みますわ」
「何度も言いますが、そんな関係ではありませんっ」
 恥ずかしさで耐え切れず、エリィはつい大声で否定してしまう。しかし、リースルは臆することなく、鈴のように笑った。
「知っていますか、お姉様? 恋をすると、女は綺麗になるんですのよ。今日のお姉様、とってもお綺麗ですわ」
 そう言って、リースルはエリィを鏡に向けさせる。だが、そこにはいつもと変わらぬ自分が映っており、リースルが言うように「綺麗」などではなかった。むしろ、並んで立つ妹の方が何倍も可愛らしい。
「わたくしね、思うんですのよ。結局のところ、大切なのは『どうするのか』ではなくて、わたくしたちが『どうしたいか』なのだと」
 静かに言ったリースルの言葉にエリィは露草色の目を伏せる。
「お姉様、恋をするのは悪いことではありませんわ。いずれ、それさえ許されなくなるのですから。特にわたくしたちは」
 チェスカの王女は皆、外交のために政治的な結婚をするのだ。身体が弱くて周囲から諦められているエリィと違って、リースルもいずれは外国へ輿入れしなくてはならなくなるだろう。そうなれば、自由に恋など出来なくなる。
 リースルは色恋の噂が絶えず、次々と交際相手を取り替えている節がある王女だ。しかし、それが容認されているのも、やがて王女として果たすべき責務が待つ将来故なのかもしれない。
 エリィは身体の弱い自分を疎み、他の王女たちを羨んだ。だが、本当はどちらが幸せなのだろう。
 判らなかった。


 移り行く馬車の景色を見て、エリィは自然と心が弾む。こんな風に何処かへ行くなど初めてだ。青い空に浮かぶ雲の白さが美しく、その下に広がる葡萄農園が輝いて見えた。
「どちらへ行かれるのですか?」
 向かい側に座るローデリヒに問う。すると、ローデリヒは爽やかに笑って窓の外を見遣った。
「何処か遠く、ですよ」
 どうやら、行き先は秘密のようだ。
 エリィは期待に胸を膨らませながら、ローデリヒの横顔を見据える。仕立てのいい鳶色の上衣や刺繍入りのベストという装いは風雅で、軍服とは違った印象を受けた。
 結局、リースルの誤解を解くことは出来なかったが、「お土産話をする」という条件でエリィが出かけることは内緒にして貰うことにした。色恋の噂が好きな妹が望むような話がしてやれるとは思えないが、とりあえずは安心だ。
「そう言えば、いつ王都をお発ちになるのですか?」
「少しの間は、のんびりさせて頂こうと思っています。軍も宮廷と同じで、あまり出張ると左遷されるのですよ」
 わざとらしく肩を竦めるローデリヒを見て、エリィは微笑を零した。
 祝賀会の後に聞いた話だが、ローデリヒはマリエンバートで大きな活躍をしたようだ。指揮系統が乱れる中、素早い判断で突撃を指示し、敵軍の主力を叩い た。その折に、ベルジーナ陸軍元帥であり、国王の腹心クリストフ・フォン・バイルシュミット伯爵を討ったということだ。これによって、ベルジーナ軍は甚大 な被害を受け、撤退を余儀なくされた。国王も彼を大いに評価し、「マリエンバートの英雄」と称したそうだ。
 経緯を聞いてエリィ自身も感服した。あのとき、彼に話をせがんだ婦人たちの気持ちも判る。逆に、どうして彼が話したがらなかったのか不思議なほどだ。男性、特に軍人はこういった自慢話を好むものとばかり思っていた。
「着いたようですよ」
 ローデリヒが言うと、馬車は緩やかに速度を落として止まった。彼はエリィの手を取ると、丁寧に外へといざなう。
「わぁ……」
 馬車の外に踏み出し、目の前に広がった風景を見てエリィは思わず声を上げる。
 雄大な渓谷を流れる大河の水面が、空から降り注ぐ日光を銀色に照り返した。その畔には色とりどりの花々が咲き乱れ、山の高台には古い城が見える。吹きぬける風が気持ちよく、エリィの長い髪を緩やかに梳かした。
「気に入って頂けましたか?」
「えぇ、とても! まるで、絵画のようですね」
 王都から随分離れたとは言え、日帰り出来るような距離にこのような場所があるとは思わなかった。本当に何処か知らない国へ来たような気がして、エリィは 心が躍る。広大なパノラマを一気に見ようと両手を広げて、舞うように回った。だが、調子に乗って二周しようとすると、足元のバランスを崩してしまう。
「大丈夫ですか?」
 短い悲鳴と共に倒れるエリィの身体を支えて、ローデリヒが笑った。
 思いのほか近くに彼の顔があることに気づき、エリィは頬を朱に染める。心臓が強く脈打ち、胸の外へ飛び出してしまいそうだ。
 エリィは動揺を悟られまいと、逃げるようにローデリヒから身を剥がした。
「す、すみません。はしゃぎすぎてしまいました」
「謝る必要などございませんよ。喜んで頂けて、お連れした甲斐があります」
 涼しげに笑うローデリヒを横目で見て、エリィは何とか自分を落ち着かせようとする。渓谷のやや冷たい空気を吸うと、幾分胸が楽になる気がした。少し落ち着いたところで、エリィは改めてローデリヒを振り返る。
「ありがとうございます。わがままなお願いでしたのに」
「いいえ、構いませんよ。私も息抜きになりましたし。お願いされたときは、流石に少し驚きましたけれどね」
 渓谷を駆ける清涼な風が足元の花々を揺らした。
 太陽に反射して美しく波打つエリィの金髪が広がり、軽やかに舞い上がる。それを手で押さえながら、エリィは小さな声で一言呟いた。
「もしも」
 風に溶けゆく言葉を聞いて、ローデリヒの顔から一瞬、笑みが消える。
「もしも、このまま……ずっとずっと遠くへ行ってみたいと言ったら?」
 わずかに空気を震わせながら、はっきりと彼の耳に届いた一言。エリィは、しばらく微笑を零していたが、やがてローデリヒの視線を振り切るように身を翻す。
「冗談です」
 エリィは少しだけ笑うと、足元に咲いていた花に手を伸ばす。
「でも、時々思うんですよ。もしかすると、わたしの居場所はここにはないのではないか、と。周囲の期待を裏切り続けて、自分の役割さえ果たせない。すぐに 病弱な身体のせいにして卑屈になるわたしは、この国に必要ないのかもしれません。何度も逃げ出したくなるんです……ごめんなさい。弱音など吐いても、何も 変わらないのに」
 白い花を摘み、エリィは自嘲の笑みを浮かべた。
 だが、ローデリヒはおもむろに彼女の手から花を取り上げる。エリィが驚いて見上げると、彼は片膝をつき、白い花を彼女の髪に飾りつけた。
「弱音を吐くことは悪いことではありませんよ。むしろ、誰かに話せば身が軽くなることもあります。ここには、私しかおりません。宜しかったら、お聞き致しますよ」
 髪を撫でる指の心地よさにエリィは戸惑った。
 何か言い返さなければ。大丈夫です、ありがとうございます、ごめんなさい……しかし、小さく開閉する唇から声は出ない。
 代わりに溢れてきた大粒の涙が白い頬を濡らす。エリィは指で涙を拭って、必死に耐えようとした。だが、弱々しく食いしばった歯の間からは嗚咽が漏れ、涙は止め処なく流れ続けた。
 ローデリヒは優しく笑うと、エリィの手を握った。彼の温もりを感じながらエリィは、しばらく涙を流し続ける。
 やがて落ち着くと、エリィは恐る恐る顔を上げた。
「ごめ、んなさい」
「お気になさらず」
 エリィがやっとのことで一言呟くと、ローデリヒは首を横に振った。
「……エリィ様にばかり恥をかかせては申し訳ありませんね。私も一つ、つまらない弱音でも吐いてみましょうか」
 優しく静かな声で言うと、ローデリヒは藍色の眼を伏せた。黄昏の色を溶かした瞳に寂しげな憂いを読み取り、エリィは胸が痛くなる。どうしてだろう。今はこの顔を見ているのが辛い。
「本当は帰りたくないのですよ、戦場になど」
「……怖いのですか?」
「怖い、ですか。どうでしょうね。そうなのかもしれません。あんな場所にいると、気が狂いそうになりますよ。人殺しが無条件で正当化されるんです。それが親でも、敵を殺せば英雄になるんですよ」
「え?」
 ローデリヒの言葉にエリィは目を見開いた。だが、彼は落ち着いた声で続ける。
「私は庶子なのです。本当の父親はベルジーナ陸軍元帥クリストフ・フォン・バイルシュミット伯爵……物心ついた頃から、私は庶子という自分の境遇と、母を 捨てた父を恨んでいました。そして、全てに抗うようにチェスカへ身を寄せたのです。我ながら、随分な大勝負だったと思いますよ」
 静かな告白を聞いてエリィは閉口する。そして、ゆっくりと語られる彼の話に耳を傾けた。

 チェスカ暦七五七年、六月十八日――マリエンバート。
 総勢五万のベルジーナ軍に対し、チェスカ軍は三万二千の兵力を持って戦闘に臨んだ。そして、数の上で不利となったチェスカ軍は、丘の上に陣を敷くベルジーナ軍に対して側面からの奇襲攻撃を敢行する。
 だが、ベルジーナ軍は出遅れたものの素早く主力部隊の陣を立て直し、迎撃に移った。両軍は正面衝突する形になり、瞬く間に戦場は銃弾の雨が飛び交う嵐と化す。
 楽士の太鼓に合わせて歩調を揃え、隊列を組む兵士たち。撃たれた仲間を踏み越えて進み、敵陣に向けて一斉射撃を行う。最前列が倒れれば後ろの者が間に入り、陣を乱すことは許されなかった。
 敵軍の銃弾と、頭上を飛び交う砲弾によって兵士たちの間に恐れが生じ、次第に士気が低下する。その様子を見て、ローデリヒは軍旗を振り上げた。
 ――何をしている。砲兵は敵右方に攻撃を集中させろ。最前列、直ちに発砲準備!
 馬上で旗を振り、隊列の前を駆け抜ける。敵弾に晒されることになるが、ローデリヒは構わずチェスカの国章である銀獅子が描かれた真紅の軍旗を振って自分の隊を鼓舞した。その様を見て、チェスカ軍の中から勇ましい雄叫びが上がる。
 ――発砲フォイエル
 一斉に銃声が轟き、辺りに硝煙の白が立ち込める。
 濃紺の軍服に身を包んだベルジーナ兵の最前列が次々と倒れ、後列の者が尻込みした。陣形の乱れを見て取ると、ローデリヒは即座にサーベルを抜く。
 ――突撃!
 号令と同時に敵陣の綻びに向けて一斉に兵士たちが雪崩れ込む。恐れおののいた敵兵が銃の引き金を引くも、統制の取れぬ状態では意味を成さない。戦場は瞬く間に紅と紺の軍服で入り乱れた。
 銃剣で敵を刺し、地を紅く染めていく。勢いづいたチェスカ軍の先頭でローデリヒは味方を鼓舞する旗を振り続けた。
 ――怯むな! 陣形を立て直すのだ!
 混沌とする戦場の中で、敵陣から一際大きな怒号が響く。ベルジーナ帝国の黒鷲紋章を描いた漆黒の軍旗がはためくのを見て、ローデリヒは藍色の瞳を見開いた。
 勇ましく軍旗を振って味方を鼓舞する将――バイルシュミット元帥の姿に、ローデリヒは時が静止したかのような錯覚に陥った。
 ベルジーナを出て以来一度も会っていなかった父親だ。だが、再会は奇しくも戦場だった。
 否、チェスカ軍に属していれば、こうなることは最初から判っていた。むしろ、こうなることを望んだはずだった。
 それなのに、今敵将として軍旗を振る父の姿を見て、ローデリヒは戸惑いを覚えた。どうすればいい。握り締めたサーベルを見下ろして自問する。
 しかし、静止する時は続かない。バイルシュミットが馬を走らせ、ベルジーナの兵士たちが咆哮を上げる。漆黒の軍旗をはためかせて戦場を駆ける軍馬の嘶きが、やけに甲高く思えた。
 刹那、まるで糸で引き寄せ合うかのように、ローデリヒとバイルシュミットの視線がぶつかる。
 だが、互いの表情を見ることは出来なかった。後方から突撃したチェスカ軍竜騎兵の銃弾によって、先頭で馬を駆っていたバイルシュミットの身体が傾く。
 ――……父上!
 思わず叫んだ一言を遮るように、ローデリヒの駆る黒馬が被弾し、荒々しく崩れる。そして、そのまま彼の身体は馬上から血塗られた地面へ投げ出された。とっさに身を庇った肩に激痛が走り、視界が反転する。
 ローデリヒは痛む身体を無理やり起き上がらせ、口に入った鉄臭い泥を吐き出した。
 だが、地に倒れた彼を狙って、頭上から銃剣による刺突が降ってくる。ローデリヒは反射的に身を翻し、傍に落ちていたサーベルを拾い上げた。彼は立ち上がりながら敵兵から繰り出された一撃を薙ぎ、そのまま刃を相手の胸部へ突き立てる。
 鮮血の花を散らして倒れる兵士。だが、ローデリヒはその光景を振り切って踵を返すと、何かに導かれるように真っ直ぐに足を進める。
 そして、軍旗と共に地に倒れた男の前に立つ。
 銃弾は胸部に命中し、濃紺の軍服を黒く染め上げていた。程近い位置に投げ出された漆黒の軍旗は穴が開き、泥が上塗りされている。
 既に虫の息となっている敵将を前にして、ローデリヒは黙って立ち尽くした。すると、バイルシュミットが虚ろな視線で彼を見上げる。自分と同じ黄昏を溶かし込んだ藍色の視線に見据えられ、ローデリヒは言葉を失った。
 静寂が降り注ぐ。
 互いに何も言わなかった。言葉もなく、ただ永遠とも思える永い時が過ぎていく。否、それは一瞬だったのかもしれない。死体の積み上げられた戦場における、ほんの刹那だったのだろう。
 だが、やがて静寂を拒絶するかのように鋭利な銀が煌く。
 ローデリヒは何かに取り憑かれたように、鈍く光る刃をゆっくりと掲げた。

「――今は、判らないのですよ。私は何のために、ここにいるのか。何のために生きるのか。今までの私を支えていた目的は呆気なく消えてしまいました……父を殺して、私には何も残らなくなったのかもしれません。とうの昔に祖国を捨てた私には、帰る場所もない」
 ゆっくりと、何処か淡々と語るローデリヒの話を、エリィは黙って聞いていた。
 やっと、ローデリヒが抱える憂いの正体が判った。だが、それは思った以上に深い闇だった。
 もしかすると、彼の憂いは自分の孤独と同じものではないか。似ているのではないか。そう思っていた。だが、それはエリィの都合のいい妄想だったのだ。
 エリィは恐る恐る、ローデリヒの表情を窺う。だが、何処か寂しげな眼を見ると、何も言うことが出来なかった。
 今の自分には、彼にかけるべき言葉を見つけることが出来ない。世の中には、多くの言葉が溢れているというのに、エリィは何を言えば良いのか判らなかった。その現実を突きつけられて、暗い闇の淵に立たされた気がした。
「エリィ様?」
 いつの間にか、エリィの頬に零れ落ちていた涙を見て、ローデリヒが困ったように目を細める。
 どうしたのだろう。エリィ自身も判らなかった。ただ大粒の涙は止まらない。
「すみま、せん……」
 目の前の顔を見上げる。涙のせいだろうか。ぼんやりと霞んだ視界に映るローデリヒが遠い気がした。
 その距離を縮めようと、エリィは無意識のうちに手を伸ばした。だが、病弱で青白い手は、自分のものとは思えない重い。
「エリィ様!」
 伸ばした手が無意味に宙を掠めると同時に、足元の地面が大きく揺らぐ。
 そして、そのまま意識は暗闇へと落ちた。


● 夜 ●

 頭を重く押さえつける頭痛によって、寝台から見上げた天井さえ霞んで見える。
 あの日、気が付くとエリィは高熱を出して城へ運ばれていた。医者の話では、無理な遠出をして疲れたのだろうということだった。
「お姉様」
 寝台の傍らで、リースルが不安そうに目を伏せている。もう一週間近く寝込んでいるエリィを案じているのだろう。エリィは妹を安心させようと弱々しい笑みを作った。
 しばらくすると、侍女が部屋の扉を開ける。
「エリシュカ様、カレルヴァリ男爵がお見えです。お通ししても宜しいですか?」
 ローデリヒの名を聞いて、エリィは辟易した。だが、やがて重い唇を開く。
「今は……お会いしたくありません」
 そう言って目を閉じる。
 重い瞼に焼きついた黄昏色の瞳。あの深い哀しみを抱えた瞳を前に、エリィは言葉をかける自信がなかった。どうすればいいのか判らないのだ。
「お待ちになって。カレルヴァリ卿をお通ししてください」
 丁寧に一礼して扉を閉めようとする侍女を呼び止めて、リースルが声を上げた。彼女の行為にエリィは戸惑いの色を浮かべる。だが、リースルは構わず侍女を促して、ローデリヒを呼びに行かせた。
 エリィが抗議しようとすると、リースルは申し訳なさそうに口を開く。
「お姉様、お伝えしていなくて申し訳ありません……カレルヴァリ卿は明日、王都を発つそうですわ」
 リースルの言葉を聞いて、エリィは目を見開いた。
 ローデリヒが戦場へ帰る。
 突然の事実を突きつけられて呆然としているエリィの顔をリースルが覗き込む。
「お姉様は、どうされたいんですの?」
「わたしは……」
 エリィは言葉の続きが見つからず、黙したまま唇を噛んだ。その様子にリースルは不安の色を浮かべる。だが、やがて妹は静かに部屋から立ち去った。
 独り取り残され、エリィは自問する。
 彼に会って何を言えば良いのだろう。何を言うことが出来るだろう。
 一体、どうすればいいのだろう。
 一体、どうしたいのだろう……。
「失礼致します」
 何の答えも出ないうちに部屋の扉が開いてしまう。反射的に顔を上げると、真紅の軍服に身を包んだローデリヒが恭しく腰を折っていた。エリィは彼から逃げるように視線を逸らしてしまう。
「先日は、ありがとうございました」
「いいえ、気にしないでください。元々はわたしのわがままですから」
 エリィが倒れて、ローデリヒは責任を問われた。病弱な王女を城から連れ出したのだ。当然だろう。だが、エリィは部屋を見舞った国王に自ら頭を下げ、彼の処分を取り下げるよう懇願したのだ。
「明日から、戦線へ復帰することになりました」
「……聞きました……武運を、祈っています」
 上辺だけの文句を並べ、エリィはシーツの上で掌を握り締めた。言いたいことは、こんなことではない。しかし、何の言葉も浮かばなかった。
 そして、表面的で意味のない会話を重ね、時間だけが過ぎていく。
「では、長居してしまってはお身体に障りますので、私はこれで失礼致します」
 ローデリヒは一礼し、寝台の傍から離れる。
「ローデリヒ」
 軍服に包まれた背中に向けて、エリィは声を上げた。だが、ローデリヒが振り返った瞬間、言葉を見失って口篭る。
「あの……」
「何でしょう」
 優しげに笑うローデリヒから目を逸らし、エリィは震える唇を噛み締めた。
「やはり、行ってしまうのですか?」
 やっとのことで搾り出したエリィの言葉にローデリヒが目を伏せる。だが、やがてはっきりとした声で「はい」と告げた。それを聞いて、エリィは露草色の瞳を震わせる。
 しかし、ローデリヒは穏やかに笑った。
「エリィ様のお陰ですよ」
 そう言うと、ローデリヒは改めて寝台の傍へ歩み寄り、恭しく片膝をついた。そして、藍色の瞳でエリィを見上げる。
「私は逃げないことに致しました。どんな運命も受け入れる覚悟です」
 真っ直ぐな視線を向けられ、エリィは何も言い返すことが出来なかった。力強い意志をはらんだ瞳に揺らぎはなく、晴れ渡った空と同じように澄んでいる。
 そこには、以前のような哀しげな憂いはない。確かな覚悟と強さを感じ取り、エリィは一言呟くことしか出来なかった。
「……お気をつけて」
「はい。エリィ様も、お大事になさってください」
 ローデリヒは丁寧に頭を垂れると、颯爽と立ち上がって退室する。エリィはそれを黙って見送った。
 去り際に見た優しい笑顔を思い出し、エリィは寝台に伏せる。
 黄昏を溶かし込んだ藍色の瞳。そこには、彼の抱えていた闇はなかった。あの憂いは取り払われていた。
 だが、別の恐れがエリィの胸を締め付ける。
 ローデリヒの眼に浮かんでいた覚悟。何事も辞さない強い眼差しが、逆にエリィを恐怖で縛り付けた。
 もしかすると、そのまま帰ってこないのではないか。何処か遠い場所へ行ってしまうつもりなのではないか――手を伸ばしても届かないほど遠くへ。
「ローデリヒ」
 名前を呟いた声は誰の耳にも届かず、空気に溶けて消えた。
 だが、やがてエリィは何かを決意したかのように顔を上げる。窓の外に広がる空は全ての憂いを吹き飛ばすかのように青く、高く澄んでいた。

 エリィの部屋を後にして、ローデリヒは静かに息を吐いた。
 最後に顔を上げ、自分を呼び止めたエリィの表情。彼女はいつも寂しげで切ない空気を纏っている。だが、あのときの彼女は、もっと哀しげで儚く、触れるだけで壊れてしまいそうな眼をしていた。
 ローデリヒの話を聞き、エリィは涙を流した。あれは単なる同情だろうか。ローデリヒを憐れみ、涙したのだろうか。
 だが、そうだとしても構わないと思った。
 あのとき、ローデリヒは不思議な感覚に囚われた。そして、錯覚した。
 エリィの涙は、自分のものなのではないか。自分が流すことが出来なかった涙を、彼女が代わりに流したのではないか。そう思った。
 それは、ただの思い上がりだろう。だが、それでも、そう思い込んでいたかった。
 自分のために涙を流す人間がチェスカにいる。それだけで充分だ。この国のために戦う価値があると思えた。逃げずに戦場へ戻る決意が出来たのだ。
 例え、父と同じ運命を辿ろうとも、きっと後悔はしない。何もかも失った自分が、たった一つ戦う意味を見出した。
 心から守りたいと思う人がいる。それだけで充分だ。
「ローデリヒ!」

 城の前庭へと続く階段をゆっくりと下りる青年の姿を見て、エリィは声を上げた。
「ローデリヒ!」
 階段の中腹でローデリヒが振り返る。彼はエリィの姿を認めると、驚いて目を丸めた。
「エリィ様?」
 エリィは走ったせいで乱れた息を整えようと試みる。
 気が付けば、寝台から飛び出していた。高熱のために眩暈が襲ったが、構うことはしなかった。身体を引き摺り、壁にぶつかりながら、ローデリヒを追いかけて、やっとここまで辿り着いたのだ。
 必死だった。ただ夢中で彼を追いかけていた。
 エリィは覚束ない足取りで階段を下りようとする。だが、身体が言うことを利かず、手すりを掴む手にも力が入らなかった。
「エリィ様!」
 不意に足を滑らせて傾いたエリィの身体をローデリヒが受け止めた。
 よく鍛えられた厚い胸板に飛び込み、エリィは思わず短い悲鳴を上げる。
 彼女を強く抱き留めるしなやかな腕が心地良く、温かな熱が伝わってきた。髪にかかる浅い吐息や、脈打つ鼓動を間近に感じ、エリィは発熱で色づいていた頬を更に赤く染めた。
 それは一瞬のことだったはずだ。けれども、心臓があまりに速く脈打っているせいか、とても永い時のように感じられた。ローデリヒの胸から伝わる鼓動がエリィと呼応するかのように高く跳ね、彼女を抱き締める腕が微かに震えているのが判る。
 エリィは刹那の時に身を任せ、ローデリヒの胸に深く顔を埋めた。
 だが、すぐに我に返り、どちらともなく身を離す。互いの熱の名残が寂しげに身体に染みついた。
「どうされたのですか」
 寝着のまま部屋を飛び出していたエリィを見て、ローデリヒが目を細める。エリィはとっさに顔を伏せると、言葉を詰まらせた。ここまで夢中で走ったが、どうすればいいのか判らない。
 だが、彼女の迷いとは裏腹に、唇は無意識のうちに声を発していた。
「どうしても、お伝えしたいことがあるんです」
 自分でも驚くほどはっきりと言いながら、エリィはローデリヒを見上げた。彼は怪訝そうに眉をしかめていたが、やがて優しく唇を綻ばせる。
「何でしょう」
 エリィは少し迷ったように眼を伏せる。だが、すぐに決心して口を開いた。
「わたし……ここにいます。絶対に逃げたりしません。だから」
 真っ直ぐにローデリヒを見上げ、エリィは続けた。
「だから、帰って来てください。待っています――ここは、貴方の帰る場所です」
 本当は違うのかもしれない。
 ずっと、ここに居て欲しかった。彼を送り出したくなかった。それでも、エリィは笑うことにした。きっと、彼は行ってしまうだろう。エリィには待つことしか出来ない。
 ローデリヒは言った。父を失って、自分には何も残らなくなってしまった。祖国を捨て、帰る場所さえ失ってしまった、と。それでも、彼は戦地へ赴くのだ。
 それならば、自分が彼の帰る場所になりたいと思った。彼が帰る場所で待つことが、エリィに出来る唯一のことだ。彼のために待っていたいと思った。
 エリィの言葉にローデリヒは、しばらく黙っていた。しかし、やがて彼女の白い手を取る。
「ありがとうございます」
 そう言うと、ローデリヒは丁寧な動作で片膝をついて頭を垂れる。
「お約束致します。必ず帰還し、そのときは、エリィ様のために勝利を捧げたく存じます」
 エリィの手に誓いの口づけが落とされる。

 ●  ○  ●  ○  ●

 チェスカ暦七五九年、八月。クーネルスバートで、チェスカ軍は一進一退を続けていた戦況を覆す大勝を収めた。その後、ベルジーナ軍は防戦一方の戦いを強いられ、占領していたチェスカ領からの撤退を余儀なくされる。
 そして、七六一年、二月。講和条約が結ばれ、戦争は終結した。以降、悪化した両国の関係修復のために和解政策が進められていく。
 史料が語る歴史は以上だ。五年戦争と呼ばれるこの戦争は多くの歴史書で語られ、後世において様々な研究が行われている。
 だが、近年、当時のチェスカ宮廷を研究する上で興味深い史料として、新たに発見された手記がある。
 生涯独身で過ごし、純白の姫君と称された王女エリシュカ・ヤナ・ヴィエラ・プフェミスルが残した手記は大部分が紛失し、現在では一部しか残っていない。
 現存する最後の日付は七六一年、二月二十日――。

「もうっ、お姉様ったら。いけませんわ! そんな地味な髪飾り、おやめになった方が宜しくてよ!」
「そ、そうかしら」
 エリィが曖昧に笑うと、リースルが腰に手を当てて唇を尖らせる。
「女は美しくなるために生きているんですのよ」
 そう言うと、リースルは自分好みの髪飾りを勝手に選び始めた。やがて、彼女は大きな羽根がついたリボンを選ぶと、満足そうに笑ってエリィに手渡す。
 五年の歳月に渡って行われていたベルジーナ帝国との戦争はチェスカ王国の勝利に終わり、今月十五日に講和条約が結ばれた。その戦勝を祝した夜会がこれから行われる。
「お姉様、もっと自信をお持ちになった方が宜しくてよ。ほら、笑顔ですわ!」
 エリィは少し疲れた溜息を吐くと、唇に笑みを描いてみる。すると、リースルは満足げに頷き、鏡を見るよう促した。エリィは言われるままに鏡を覗く。
 白い顔に浮かぶ微笑。露草色の瞳に浮かんだ柔らかい光が印象的な優しい笑顔だった。
「さぁ、お姉様。行きますわよ」
 リースルに手を引かれ、エリィは軽やかな足取りで歩く。
 不意に、エリィは窓の外を見遣った。燃えるような太陽は沈み、黄昏の藍から夜の黒へと染め変わろうとしている。
 夜が始まろうとしていた。流れるような旋律と華やかな光で彩られた永い夜。
 大広間の扉は、美しき夜へと続く入り口だ。その扉を潜り、エリィは明るい笑みを浮かべる。そして、広間の中央で待つ人物の元へ真っ先に歩み寄った。
「おかえりなさい」
 黄昏を溶かし込んだ藍色の瞳に浮かぶ優しい微笑を見て、エリィは穏やかに言った。


凱旋かえりつく場所
END
2009.7


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
こちらのメールフォームから、作品の批評も募集しております。

●感想
みすたンさんの意見
 ども、みすたンです。

 まず、ここまでの作品の中では最も良作でした。僕にとってのお気に入りですね。エリィの純朴なところが、なんとも言えず……可愛いとか萌えとかじゃないんですよね。まさにお姫様らしく美しい。いいキャラでした。

 ただ幾つか気になったところがありました。
 まず最初にローデリヒが現れたシーン。なんか関わってくるのかな?と思いつつ特に関係はなかったようで、なくてもよかったんじゃないかなぁとか。
 それと「お姉様、恋をするのは悪いことではありませんわ。いずれ、それさえ許されなくなるのですから。特にわたくしたちは」というリースルの言葉。エリィは外国へ嫁ぐわけではないのにリースルが「わたくしたち」と言ったのに疑問。ちょっと不思議でした。
 あとは戦争の詳細をローデリヒが語ったあたり、もうちょっとさらりと話せたんじゃなかったかな、と。だけどこれは作者さんのこだわり?かと思ってみるとまぁありなのかな。と。

 ともかく全体がしっかりできていたのは事実でした。

 ではでは。


いわしさんの意見
 こんばんは。
 まさに外道! じゃなくて王道ですね。
 心に陰のある者たちが、お互いを居場所として見出す。……いいお話でした。
 また、描写に凝られていて、すごいなと思いました。
 
 その他に思ったことも書いてみます。変な指摘はスルーしてくださいませ。

>夕日の空は美しい青から、燃えるような橙へ染め変わっていく。
「夕日の空」が青だとおかしいので、「夕日」が不要かもしれません。

>このブリレ城には召使の通路以外に廊下が存在しないため
 そのような建物が存在していたとは。

>溜息を吐く
 どんだけ吐いているんだろうと思って検索したら、八ヶ所もありましたw
 幸せが逃げますよ〜。

>せっかくですから、一曲お願い頂けますか?
>宜しかったら、お聞き致しますよ

 正しいのかもしれませんが、見かけない敬語でした。

>「わたくしね、思うんですのよ。結局のところ、大切なのは『どうするのか』ではなくて、わたくしたちが『どうしたいか』なのだと」
 いい台詞、そしていい妹でしたw

>「本当は帰りたくないのですよ、戦場になど」
 目的も帰る場所も失ってしまったのなら、職場(戦場)こそが居場所になるのではないかと思いました。そして、死に場所を求めて修羅となるのです(妄想)

>――発砲(フェイエル) ――突撃!
 なぜに発砲にだけルビがっ(←どうでもいいよ)

>自分のために涙を流す人間がチェスカにいる。それだけで充分だ。
 ぐっとくるシーンでした。
 枚数の問題があったのだとは思いますが、(回想シーン以外に)エリィが泣いた場面での衝撃を書き込まれると、さらに感動できそうです。

>現存する最後の日付は七六一年、二月二十日――。
 この日付を出された意図がよく分かりませんでした(汗) その後は読者の想像に任せる、ということなのでしょうか。

>孤独→黄昏→夜
 私だけかもしれませんが、章タイトルに何らかの法則があると感動します。
 時間帯でいかれるなら、黄昏→夜→朝帰りとか(ぇ

 いろいろと書きましたが、大河ドラマの総集編のように盛りだくさんな内容で楽しめました。
 読後感もよかったです。
 それでは、よい作品をありがとうございました。


三十路乃 生子さんの意見
 最近トロロを見て、コイツ、ナマコの親戚か!と何故か思った海産物、三十路乃 生子です。ちなみに自己紹介が事故紹介になっていますがスルーで。

 それでは感想です。

 非常に高レベルで驚きました。
 文書はどっしりしていて、短編との相性はイマイチですが非常に分かり易く雰囲気の出る丁寧な作りでした。地の力の文章が高いだけで、全体的が底上げされて良くなる小説の典型かと。

 それにしても……あれ、六月様?
 いや、まさかねぇ?一瞬頭に( ̄^ ̄)こんな顔がチラつきましたが、気のせいでしょう。ただ、この作家様を彷彿とさせるレベルの高い文章だと思ったので。

 他にもキャラの心情が良い。
 特に恋をする事でエリィの価値観を変えさせた部分が非常に上手かったです。実際、話自体はすごく簡単な王道なんですが、それをここまで魅せたのはやはり相当レベルが高いと思います。

 総括。
 なんと言いますか、綺麗。ではなく美しいと思いました。一般的な賞賛が綺麗ですが、それはその上を行きますね。
 自分としては完成された作品という印象です。
 悩んだ末に、点数をつけさせて頂きました。

 それでは良い作品をありがとうございます。文章の技術において勉強になりました。


chiiさんの意見
 こんにちは、chiiと申します。
 簡単ながら、感想を書かせていただきたいと思います。
 当然ながら、私の偏見いっぱいの感想になりますので、取捨選択のほどよろしくお願いします。

 まずは読みながら感じた細かなことから。
(感想非表示期間につき、他の方の指摘との重複はご容赦ください)

>昨年八月に開戦した隣国ベルジーナ帝国との戦争に際して、朗報が入ったのだ。
 際して、という言葉に違和感があります。
 際する、というのは、開始にあたって、という意味合いだと思うので。
 「〜に関して」や「〜について」の方が自然に感じます。

>ブリレ《美しき眺め》と名づけられた城は、壮麗な外観の美しさもさることながら、祝賀会が催される大広間は雅を極め、招待客たちは一様に感嘆の溜息を吐いた。
 漢字はルビにできないようですね。
 美しき眺めに《ブリレ》とルビを振るべき…かもしれません。
 
 …はい、読了いたしました。
 とても面白かったです。
 読みやすい上に、切ないハッピーエンド(大好物です)。
 結ばれてほしかった!…とは思いますが、世界観を考えると、あれが精一杯の大団円なのかもしれませんね。とりあえず嫁がなくて良かった!
 もし中編、長編並みにページ数が許されたら、主人公とローデリヒが完全無欠のハッピーエンドを迎えられたのかな、と思うと、その辺が少し残念だった気もします。

 気になった点は、申し訳ないのですが、あまりないのです。
 50枚という制限、かつ中世ヨーロッパ(風の異世界ですが。正式には)という世界感で詰め込めるものはすべて詰め込んでいるように思いますので、ある意味、これで大満足です。
 ただ、強いてあげるのならば、すでに述べたように、せっかくの小説、せっかくの異世界モノなのですから、主人公とローデリヒは、因習や身分を越えて結ばれる…読み手の想像を超えるハッピーエンドが見たかった、という気持ちはあります。
 まあ、読み手のわがままですね…(苦笑

 以上です。
 最初は鏡の前で笑えなかった主人公が、最後には笑えるようになったというエピソードが好きで好きでたまりません。

 ではでは、失礼いたします。
 少しでも参考になったならば、幸いです。


庵(いおり)さんの意見
 作者様、おそらく……初めまして。
 甘々の作品という触れ込みに引かれて拝読しました。ベタ甘は割と好きだったりします(笑)

 それでは以下、拙い感想ですがお付き合い下さい。

 文章・文体。
 流れるような三人称がとても読みやすかったです。三人称を使っているのに、きっちりとキャラクターの心理描写ができているあたり相当書き慣れた方なのだと思います。おそらく、文章を誉められたのは一度や二度ではないのでしょう。
 このあたりは文句のつけようもありません。

 続いて設定・世界観。
 まずは、よくぞこの枚数でファンタジー作品を描いたと拍手を送りたい気持ちです。
 ファンタジー作品といえば、やはり読者に世界観を理解させるために描写なり説明なりで枚数がかさんでしまうもの。なのに、ポイントを押さえた情報提供が適度になされているところが恐ろしいです(←誉め言葉)

 内容。
 ……物凄く甘いじゃないですか。誰ですか、角砂糖に甘味料を混ぜたのは(汗)
 居場所がないと感じている王女と、帰る場所を探している軍人のロマンスは心洗われるようです。それもみな、丁寧な心理描写のおかげかと。読んでいて、いい勉強になりました。
 展開は王道そのものでしたが、読者の期待を裏切らないラストには様式美すら感じます。王道だからといってマイナス評価するのは無粋というものですね。いやホント、ベタ最高王道最高です(笑)

 さて。
 ほとんどツッコミどころがありませんでした。開き直りの力は偉大です。
 作者様の為になるような指摘ができず、申し訳ありません。純粋に楽しませて貰いました。
 ではでは、引き続き夏祭りを楽しみましょう!

 以上、拙い感想でした。


天笠恭介さんの意見
 まずは一言、儚ねええええっ!(脆いとかそういう意味ではなく)
 そして良い終わり方でした。

 いや、もうこの心洗われる話はなんでしょうか。たった五十枚でここまで書けるものなのですね。キャラクターをほぼエリィとローデリヒに絞り、かつ無駄なくどさを排除。焦点を二人の心の触れ合いに求めた結果……と私は感じました。
 思い悩む「人」という物が描けていた作品だと思います。

 入り方がとても綺麗でした。パーツ一つ一つはよくある設定(憂いの王女と陰のある将校など)で出来ていますが、それらがバランスよく配置され、しっかり役を演じているので、気が付いたらその世界で話を追っている状態でした。
 映画を見たような感覚が一番近いかと。


 どうでもいい事ですが、タイトルは何故か何となく読めました。凱旋が分かれば何とかって感じでしょうか。


鳴海川さんの意見
 こんばんは、鳴海川です。「凱旋りつく場所」、拝読させて頂きました。

 さて感想は……良いですね。王道ですが、きちんと書かれてい る。描写も丁寧だし、キャラクターも生きている。少々タイトルが読みにくいのが玉に瑕ですが、それほどマイナス点になるものでもないでしょう。そして、砂 糖三個? ふっ、そんなもの飲み干してくれる。寧ろ待っていた!
 うーむ。学ぶことは多くても、何かこれと言った指摘点はありませんねぇ。文句なしです。作者さんの気合が作品に込められていて、とても良かったと思います。
 砂糖たっぷりな作品を有難う御座いました。そして、夏祭り企画参加お疲れ様でした。次回作も頑張ってください。


寺宙さんの意見
 こんにちは、あるいは初めまして。寺宙と申します。読ませていただいたので感想のほうを。

 これは安定した筆力をお持ちの方だとお見受けします。ラノベ研でこういう描写が出来る方は少ない気がするのと、よくも筆量のかかるファンタジーをこの枚数でまとめたものだと感嘆するばかりです。
 堅苦しい言い方を止めると、甘すぎる! というか、ローデリヒ男前すぎだ! となります。
 さすがに枚数の関係上、王道ど真ん中で二転三転とはいきませんが、個人的には満足しました。こういうファンタジーでありがちな貴族連中の性格の悪さなどの不快さが全くなかったことも要因でしょうが。

 しかし、生涯独身を貫いたってことは結局後々バッドエンド?何となく、最近の作品ではとある飛行士の追憶を彷彿としますが、あれは明確に成長のための別れですが。

 単純な疑問。ローデリヒの生まれはともかく、良く男爵にまでなれてましたね。母が勤めていた男爵家は子供恵まれず容姿端麗の彼を引き取ったのか、あるいは母 がそこで見出されたのか。チェスカは古臭い国ということが描かれているので、そういう身分に関しては煩そうな印象だから、爵位とかに厳しいのかなあとぼん やり考えていました。

>自分のために涙を流す人間がチェスカにいる。それだけで充分だ。
 端的にまとめると、大真面目にこの言葉こそがこの作品に抱く感想です。

 良作ありがとうございました。
 引き続き祭りのほう楽しみましょう。それでは。


亜寺幌栖さんの意見
 亜寺幌栖です。
 何だろう、この胸にくる熱いものは。いや、いいものを読ませていただきました。
 病弱で城にこもりっきりなエリィと、戦場で父親を斃した(たおした)ローデリヒ。ふたりの心情が深く描かれていました。
 ローデリヒのヴァーツラフ王太子への用事と、リースルのお願いが気になるところではありますが、その辺は物語とは関係ないのでしょうね。
 文章が読みやすく、つっかえるところもないので、自然に情景が頭のなかに浮かびあがります。これは熟練してますね。
 いいできでしたので、この点数といたします。
 最後に、夏祭りお疲れ様でした。


三月 椋さんの意見
 この枚数で過不足無く実に綺麗に纏まっており、グイグイと物語に引き込まれていきました。貴人や軍人といった特殊な立場にある者達の心の機微に全く淀みも違和感が無く、それらが絡んだ時もまた然りです。
世界観に合った言葉の選び方が、情景をまた的確に演出しておられますね。物語自体は作者様自身が仰られるようにガチガチの王道なれど、読んでいて飽きることもありませんでした。気付いた時には、もう耽美な世界に魅入られていたというか。
 ローデリヒがこれでもかと死亡フラグを立てまくっていただけに、最後はやっぱり……という想像が頭を過ぎっておりましたが、どうやらそうはならなかったようで 安心しました。基本的にハッピーエンド好きな私ですが、こういう『ほんのり匂わせる』程度の、読者に適度な想像を任せる幕引きが絶妙ですね。
 ……しかし、生涯独身とは。この一抹のざわめきの残し方もさりげなく、思わず唸らされてしまいます。

 ぶっちゃけた話、私ごときからご指摘すべき点などはほとんど見当たりませんでした。
 強いて言うならば、重箱の隅を突くような意見で申し訳ありませんが、気になったのは序盤の二箇所など。

>>精悍な長躯の青年は衛兵に銃口を向けられ
 銃ですか。欧風ファンタジーの世界を想像していただけに、これが出ただけで少々イメージが崩れてしまいました。主観的な問題かもしれませんが、こうしたファンタジーものはいかにも弓と剣のイメージが強く……現代でいうと近世寄り、ということがここで分かりましたが。
 あと、屋内の警備に銃はあまり使わないのではないかと思いました。よく言われることですが、接近戦では取り回しのしやすい剣などの武器の方が役立つもので す。おそらく長銃でしょうし、城といった入り組んだ場所なら尚更。まぁ、史実にあったケースを採用していたのでしたらごめんなさい。

>>よく見れば、彼が纏っているのはチェスカの軍服だ。
 自国の軍人の格好をした人物がなぜいきなり曲者扱いされるのでしょう?
 召使用通路を通っているのがよほど不自然・無作法ということのようですが、それにしても、周囲の取り乱し方が尋常ではないように思います。驚きはするでしょうが、いきなり銃で取り囲むとは。
 こうした世界観、設定に詳しい方には何ら不自然とは取られないのでしょうが、私のような浅学者には違和感を覚えるところもあります……。


 本当に上記の二つは些細なことです。ほんの一抹の疑問、点数や感想の大勢にはあまり障りありません。
 つまるところ、全体的に大変楽しませて頂きました。素敵なラブロマンスをありがとうございます!

 それでは失礼致します。


林檎姫さんの意見
 こんにちは。林檎姫です!
 お祭りには初参加ですが、よろしくお願いします。

 まずは、凄く面白かったです。50枚なのに世界観がしっかりしていて、しかも破綻がなくて面白かったです。
 エリィ可愛いですね。病弱で思い悩んでるけど、鬱鬱してなくて好感が持てます。ローデリヒも好きです。かっこいいですねぇ。いい男の代名詞みたいでした。爽やかでカッコイイ。
 ストーリーもキャラも極めて王道でしたが、ここまで魅せるのは素晴らしいですね。プロでも、ここまで綺麗に書ける人はなかなかいませんよ。尊敬します。
 悪いところは残念ながら見つかりませんでした。王道をマイナスにするのも無粋ですし……。
 無理に上げるなら、世界観でしょうか。剣と魔法の世界をイメージしていたんですが、銃とか出てきて、ちょっと戸惑いました。たぶん、もっと近代的な世界なんだなぁと思いました。
 とは言え、とても楽しめました。ベタ甘最高です。ちょっと甘すぎるくらいがちょうどいいです。

 満足したので、この点数を受け取ってください。


坂口タクヤさんの意見
 坂口タクヤです。
 拝読いたしましたのでつらつらと感想を。
 自分のことは棚上げ感想なので、ご容赦の程を。
 と言っても大した突込みなどできませんが。

◆全体的なこと
 やはり王道はいいなあと思いました。
 安定した筆力から生み出される王道にはやはり力がありますね。
 あと作者さまは女性でしょうか、ローデリヒの格好良さであるとか、エリィのお姫様具合であるとか、男性が書くにはかなりハードルが高いように見えました。
 こういったところは強みですね。
 ファンタジーというよりは、国名や戦や人の名前だけ架空のものに置き換えた時代小説のような気がしました。
 ……それがファンタジーだって?
 定義通りの言葉よりも、イメージを大切にしたいんです……
 話としてはもう一捻り欲しいな、というのが正直な感想です。
 あと一歩、唸らされるような物語のキーがあると迷わず30・40つけられるのですが。

◆部分的なこと
・描写について
 作品内容と比較して過不足無い描写で妬ましいほどでした。
・ローデリヒの登場シーン
 この王太子への用事というのは読者としてはその後明確に触れて欲しいところでしたね。
 戦線に復帰することについての内容だったのだろうと自分は考えましたが、どうにもぶら下がったままの印象がありました。
・祝賀会
 エリィの優しさが明確に描かれるシーンですね。
 分かりやすいエピソードですがとても綺麗に書けていると思います。
・お出かけ
 素敵な逢引ですね。こういう男っぷりが自分にもあったら幸せな人生を送っていたかもしれない。(ただイケ)
 エリィが自分よりも酷い悩みに直面して、何も言うことができないのは素晴らしいです。

・出立前
 二人の心情の決着の仕方がしっかり決まっていて、申し分ないかと思います。
 一言、行って欲しくないけれど、と口にしてしまう勇気を持っていたらもしかたしたらラストが変わってくるかも知れませんね。

・ラスト
 三月さんがおっしゃっているようにローデリヒが死亡フラグをたてまくってましたので、そこで肩透かしをした結果が純白の姫君、というのは少々宙ぶらりんに感じました。
 これは完全に好みの問題でしょうけども。

 以上ずけずけと失礼致しました。
 祭りじゃ祭り、楽しんで参りましょう。


藤原ライラさんの意見
 こんにちは。藤原ライラと申します。この度は企画執筆お疲れ様でした。
 読了いたしましたのでちょっとばかし感想なるものを書かせて頂こうと思います。
 
 文章はとてもお上手で、流れるような描写がすごく素敵でした。読んでいてさぁーっと情景が浮かび上がるようでした。必要な情報がしっかりと書きこまれていながらも、無駄なところが一切なく、綺麗でした。
 この長さでとてもまとまりのあるきっちりとしたお話だと思いました。


 以下個人的に萌えた箇所と突っ込みですw
>しかし、身体が弱くて母体に適していないエリィは周囲の期待に応えることが出来ない。
 「母体」と書くと若干生々し過ぎる感じがしました。勿論意味は通るのですが、思いっきり医療用語のような気がしてちょっと世界観に合わないかなぁと。

>そして、チェスカの古風な流儀に従ってエリィの手に、そっと口づける。
 お決まりっちゃお決まりですけど、こういうのいいですよねー( 一一)b

>「あ、あ、あああ逢引!?」
 うぶな感じのエリィの反応がとても可愛らしいです。

>「わたくしね、思うんですのよ。結局のところ、大切なのは『どうするのか』ではなくて、わたくしたちが『どうしたいか』なのだと」
 最初ちょっと強引で鼻持ちならないイメージだったリスールの印象ががらっと変わった一言でした。

>彼女を強く抱き留めるしなやかな腕が心地良く、温かな熱が伝わってきた。髪にかかる浅い吐息や、脈打つ鼓動を間近に感じ、エリィは発熱で色づいていた頬を更に赤く染めた。
 とりあえず、ただ萌えたとだけ言っておきます( *一一)


 それでは、企画執筆お疲れ様でした。
 乱文ですが、この辺で失礼いたします。


AQUAさんの意見
 こんばんは。作品拝読しました。
 王道、極甘、大好きです。
 そのキャッチコピーを裏切らない内容でした。
 ……といいつつ、生涯独身かぁとほんのり苦味も効いていて、大人の余韻もある素敵なお話だったと思います。

 文章的には、他の皆さまからすでにご指摘もありますし、私から言えることは何もありません。
 とにかく重厚で、読めば読むほど唸り声が上がってしまいます。
 参考にさせていただきたい表現も多々……素敵です。
 たくさんの知識と執筆量に裏打ちされた実力を感じました。

 ストーリーに関しては、やはり五十枚という制限がもったいなかったような……。
 脇役の皆さんや敵国のメンバーなども交えて、ガンガン話が膨らんで行く中のワンシーンとして、二人の触れ合いを切り取ったという印象です。
 この枚数の中ではパーフェクトな収まり具合なのですが、父親に対する葛藤を描くには幼少期の回想シーンをもう少しとか、恋愛感情まで膨らませるには日数が足りないとか……。
 我侭な読者目線で、贅沢を言ってしまいましたが、たぶんこんなことは重々承知の上で投稿されたのだろうとも思いつつ。


競作批評人さんの意見
≪1≫ 個別評価
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【物語設定】
(評価:C 点数:5/12)
 ×発想が斬新
 ×新鮮さがある
 ○世界観が固まっている
 ▲リアリティがある
 ▲物語の本質以外の部分は、事実と現実をベースとしたしっかりした設定になっている
 ▲珍しい知識が利用されている

【キャラクター】
(評価:C 点数:7/16)
 ▲主人公が新鮮な魅力に溢れる
 ▲読者が共感、感情移入のしやすい主人公である
 ▲主人公が個性的である
 ▲読者が憧れるような要素を主人公が持っている
 ×主要キャラクターの造詣が斬新である
 ▲主要キャラクターの数が適切である
 ▲キャラクターの行動動機に説得力がある
 ▲キャラクターの心情表現が豊かである

【ストーリー】
(評価:D 点数:4/12)
 ▲読者の興味・関心が高い世界設定・テーマを持っている
 ×起伏に富んでおり、飽きない
 ×斬新である
 ▲読者に感動を与える
 ▲ひとりよがりでなく、読者を意識したストーリーになっている
 ▲ドラマが描かれている(物語が設定の記述でない)

【構成】
(評価:C 点数:9/16)
 ▲物語の導入からインパクトのあるシーンやキャラクターが登場する
 ▲全体の長さに適切なエピソードがあり、空疎感がない
 ▲無駄なエピソードがない
 ▲構成が素直で物語を理解しやすい
 ○描写の視点が安定している
 ▲前後関係が整理されており、スムーズに読み進められる
 ▲中盤に厚みがあり、終盤まで読者を引っ張れる
 ▲終盤にインパクトがあり、しっかりと盛り上げて物語を終えている

【表現技術】
(評価:B 点数:14/20)
 ○書きこなれていて、文章力に問題はない
 ▲全体に勢いや新鮮さがある
 ▲余計な言い回しがなく、すっきりと纏まっている
 ○語彙が豊富で、多彩な表現がされている
 ▲自分の言葉で表現されている
 ▲慣用句・常套句が少なく新鮮味がある
 ○細部に至るまで丁寧に書かれている
 ▲リアリティがある
 ▲状況やディテールの描写が適量である
 ○登場人物の造形や描写が適切で、キャラクターを掴みやすい



≪2≫ 批評
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【作品の評価】
 全体的に技術は高い。
 特に文章においてはこの投稿室では上位に入る。

 ただストーリーについては別で、
 起伏に富んでおらず弾むことのない物語は、
 きつく言えばつまらない。面白さを感じづらい。

 また心情の変化を見せ物にしようというスタンスは見られたが、
 表現の手段が冗長で、躍動に欠け、ことごとく失敗している。
 感動を与えるにはまだまだ実力が足りない。

【備考】
 ぱっと見で判断できる文章技術、雰囲気のみで高評価を受けているが、
 ストーリーや構成などを含めた評価としては中の下と受け止めたい。

 私も文章の技術は高く評価している。
 出されている雰囲気も上手く出来ている。
 しかし小説の面白さは雰囲気や技術のみにあるのではないということを留意されたい。

【その他】
 非常に安定した文章をしているが、そのせいで色々な起伏を抑えてしまっている節がある。
 地の文は終始ほとんど同じリズムで、勢いも弾みも感じない。
 文章をあえて崩すのも一つの手であると、アドバイス差し上げたい。



≪3≫ 感想
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【読感詳細レビュー】
 えー、歴史物ですかー!
 と正直な話あまり興味はありませんでした。
 しかし……読んでみると結構面白いものですね。


【その他】
 深いところに突っ込んでいるのは、そこまで潜らないと論じられる部分が無いからです。
 ……上手いからこその批評と受け取って下さい。


高橋 アキラさんの意見
 こんにちは、読ませていただきましたので感想を。
 作者さまが仰るとおり、王道なお話ですね。意外性もなく、男性も死なない。別に死ねと言っているわけではないですが。
 悪く言えば、テンプレを、ちょっと珍しい背景に置き換えただけ。良く言えば、わかりやすく安心感がある。
 私はどちらかと言えば前者です。そこでこの点数にしました。
 筆力はトップレベル、キャラも良くイメージしやすい。だからこそストーリーの地味さが目立ちます。
 枚数の上限で苦しんだのも一つの理由かと。

 構成としては、
・二人が出会う
・デート♪
・別れ話
・再会
 ですね。

 やはり、山場が少ないのは問題ですね。最初から、二人の結末が丸見えだったわけですから。
 この作品が現代の日本ものだったら(戦争の話も含まれてるからそれはないにしても)完全なテンプレとして扱われるでしょう。しかしながら、時代を変え、読者に新鮮な感覚を与えたのは作者さまの力だと思います。
 これからもがんばってください。
 参考になればうれしいです。


佐伯涼太さんの意見
 こんにちは。夏祭り参加、お疲れ様です。佐伯涼太と申します。「凱旋りつく場所」拝読させていただきましたので、感想を残していきたいと想います。自分の実力を完全に棚に上げていますので、見当違いな意見などがありましたらどうぞ鼻で笑ってやって下さい。

 きっとあの方だろうな、と思いつつ。
 ベタな王道展開、ということで。なるほど、上手かったです。文章やらストーリー展開やら、お見事でした、としか言いようがないです。と、既に高得点にもなってますし、これ以上褒めちぎっても面白くないと思いますので、敢えて言わせていただきます。

 少々、舞台背景に頼りすぎているんじゃないかな、ということを思いました。
 的確に説明するのがちょっと難しいんですが、この舞台だからこうなるんだろうなぁ、と思ってしまう部分が多いと言いますか(何言ってるか分かんなくなってきた)
 会ったばかりの男に「どこか連れて行って」と頼み、それが簡単に了承されてしまう、といった状況。この舞台背景ならそうなるんだろうけど、現代じゃなぁ、というのが常に頭の片隅に残ります。その辺が感情移入の妨げになっているというか(ますます分からなくなってきた)

 例えば、気になっている男性になかなか「どこかに連れて行って」という一言が言えず、悶々とするとか、もっと逢瀬を重ねてから「エリィ様のために勝利を――」と決意させるとか、それだけで、随分印象は違うと思うんです。

 枚数的な部分もありますけど、これだけ力がある作者様なら、舞台背景を損なうことなく、もっと現代的な心理にも対応した話作りができるんじゃないかなぁ、と思います。……はい、実力の無い者の僻みでした。どうかスルーして下さい。

 以上です。お疲れ様でした。夏祭り、まだまだ楽しんでいきましょう!


じゅんのすけさんの意見
 こんにちは、じゅんのすけです。
 読ませてもらいましたので、感想を書いてみたいと思います。

 世界観は、さすがにしっかりとしていますね。
 読んでいて特に隙が見つかりませんし、文章の緻密さもあって情景がしっかりと頭に思い浮かんできます。

 心理描写なども丁寧なので、キャラクターも一人一人の人間として生きているように感じました。
 各人の悩みと、その思考の向かう先などがわかりやすくて、それぞれの葛藤をいい感じに共有することができました。
 このあたりは、さすがですね。

 しかし、雨杜さんの作品なのになんで斬首がないんですか。
 そして、やっぱり身分のせいなのか、彼女は生涯独身で通しているんですねぇ。そういうのも、また切ないですな。そして一途!

 うむ、骨太の恋愛小説を堪能させてもらいました。
 欲を言えばもう少し意外性とか、二人の間を阻むような障害とかがあったほうが盛り上がったかなとは思います。
 枚数がもっと取れていたら、そうできていたのかもしれませんね。

 では、今後とも頑張ったください。
 じゅんのすけでした。

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