高得点作品掲載所     伊達巻さん 著作  | トップへ戻る | 


百の奇人が夜を行く――

あるいは現代のオフラインミーティング

「お天道様、申し訳ございません」
 私の一日は、偉大なる太陽系の中心に向かって頭を下げることから始まります。
 特殊な太陽崇拝を信仰してるわけではありません。
 もっとも適当な言葉は、畏怖、でしょうか。あるいは単純に、恐怖、かもしれません。
 冴えない女子高生は仮の姿、果たしてその実態は美少女吸血鬼……などという誇大妄想的現実逃避をしてるわけではありません。
 そう……実はイカロスの生まれ変わりなのです。
 嘘です。
 むしろ、そういったムーイズム(※造語:世界の謎と不思議を全面的に肯定する主義)に傾倒した方がマシなのかもしれません。
 灰になるわけでも、蝋の翼を溶かされたわけでもなく、ただ単に私が太陽様に顔向けできないだけですから。
 青く澄み切った空を見ると、やましいことがなくとも顔を背けたくなりませんか? 赤く暮れなずむ空を見ると、もうすぐ夜が来るとホッとしませんか?
 もしこのような症状でお悩みでしたら、きっと私と似た人間かもしれません。
 私と似た……。
 反省します。出すぎた発言をしてしまいました。架空の話し相手に平謝りします。
 もし私が政治家だったら、進退を問われるほどの失言としてマスコミに報道されること確実です。
 それは「あなた、カフカの『変身』に出てくる毒虫に似てますね」と同等以上の破壊力をもった侮蔑の言葉ですから。
 本当に、恥の多い生涯を送ってきました。

 ともだち……小説と漫画とゲームです。アンパン男より友達が多くて嬉しいです。
 いじめ……何故かありません。透明人間説が浮上してますが、教師には見えるようです。
 れんあい……私のパソコンではレンアイと入力すると変愛と変換されます。嘘です。

 もちろん、昼ご飯はトイレで食べます。言わずもがな……いいえ、無意識に縦読みにしてしまうところが私の根暗な所以でしょう。正に便所虫です。
 最近の便所虫はパソコンが使えます。
 メスにしてはコンピュータの知識もある方ですが、自慢できることではありません。自慢できる相手もいないですし。
 通学までのわずかな時間も無駄にせず、巡回サイトを確認しなければいけません。強迫観念じみた習慣ですが、他に時間の使いようがありません。自分磨きや恋活などという流行病に罹ったりしない点では健康優良虫です。
 スリープ中のパソコンをそっと起こし、私はいの一番にあるサイトにアクセス。

『芥川龍之介の桃太郎』

 私のお気に入りランキング連続一位記録を目下更新中のサイトです。
 シンプルな黒い背景にTOP、PROFILE、MAIN、ONIKKI、BBSと見出しが並んでいます。
 管理人はアオオニさんです。
 泣いた鬼は赤だったでしょうか? 青だったでしょうか?
 いずれにしても鬼の名を冠するだけあって、メインコンテンツは鬼や妖怪に関する民俗学的考察です。私は常連なので、もちろん熟読しました。内容はかなりディープで、読み物として大満足です。
 サイトのおかげで、今では私もアマチュア京極堂です。いや、彼もそちらの方面は副業だったでしょうか? ならアマチュアのアマチュア、ミニチュア京極堂です。
 メインの更新がなかったので、ONIKKIをクリック。
 鬼の日記で、オニッキ……。
 凡人の私には夢想だにしないネーミングハイセンスで、一周回ってむしろダサイと感じてしまいます。アオオニさんは凄いです。
 リンク先のブログは更新されていました。
 アオオニさんは決まって夜中に更新するので、朝にチェックするのが吉です。

『20× × 年○ 月△ 日
 突然だけど、鬼ごっこはいいよねー。
 国民的遊戯、略して国戯と言っても過言じゃない。
 あっ、ドロケイは駄目だ。あんな簡単に泥棒が脱獄できたら、法治国家日本の終焉だよ。教育上良くないので国戯として認定できないよね。
 そうそう、鬼ごっこの話だったね。
 あれって鬼が追いかける側だけどさ、歴史的に見たら鬼ってのは基本的に追われる存在だったんだ。迫害、って表現でもいいかもね。
 え? 意外かい?
 ならサイトのタイトルでもある芥川龍之介の桃太郎でも読んでごらん。
 確かに異形の力ってのは単体では強いかもしれないけどさ、結局ね、最後に勝つのは数なんだよこれが。民主主義ってのは最強の暴力にもなり得るんだ。社会的な少数派は滅すべし、なんてくだらない風潮は洋の東西を問わずいつの時代もあるもんだよ。
 そういえば、鬼ごっこでも鬼は一人だね。
 どう? 暗示的な遊びに見えてきたりするでしょ?
 なーんて、実は思いつくまま書いてるから深い意味はないけどね。まあいいか、話を戻そう。いや、少しごっこ遊びから外れるか。
 ……鬼の話をしよう。
 鬼は「おぬ(隠)」が語源だという説は、もちろん知ってるよね。え? 知らない? なら今すぐトップに戻ってメインコンテンツから読み直しだ!
 というわけで、まあ、語源の真偽はひとまず保留するにしても、鬼は人里離れてひっそり暮らしてた気の弱い奴らだったんだ。
 ある者は謂れなき虐待を受け鬼になり、ある者は自ら孤独を望み鬼になり、ある者は愛する者を殺され鬼になり、またある者はなんとなく理由もなしに鬼になった。
 共通点は、鬼は独りぼっちで生まれるんだ。
 正確には、独りぼっちだから鬼になるんだ。
 独りぼっちってのは怖いもんなんだよ、内にも外にもね。独りぼっちで生きるのはとても心細い、それはわかるでしょ? だけど、独りぼっちの存在は周囲の大多数の目から見ても、やっぱり怖いんだ。
 だって、わからないんだから。
 暗闇を恐れるのが本能なら、鬼を恐れるのもまた本能かもしれないね。わからない、怖い、わからない……典型的な悪循環だ。
 そのことを忘れちゃいけないよ。たまに被害妄想な鬼が、忘れちゃうんだよね。
 どっかの山を拠点にした悪名高い鬼だって、ただの偏屈の人嫌いだったのかもしれない。
 現代風に意訳すると、
「どうして俺のこと怖がるんだッ! いったい俺が何をしたッ! 引き籠もってるだけで誰にも迷惑かけてねぇだろゴラァ!」
 ってな具合で。
 悲しいことに、ってアオオニの僕が言うのもおかしいけどさ、現代にも鬼がいっぱいいるよ。鬼と人間の狭間で悩んでる半人半鬼も勘定に入れると、それはもう結構な数になるだろうね。
 いいかい。
 人はね、一人では生きていけないんだ。
 一人だと、いずれ鬼になる。心を忘れ、ヒトを忘れ、異形の鬼になる。
 人という漢字はお互いが支え合ってるとか、誰かが誰かに寄りかかってラクしてるとか、いろんな言い方があるけどさ、少なくとも自分以外の存在が必要なんだ。
 家族でも友人でも恋人でも、誰でもいい。
 よく「我思う、ゆえに我在り」なんて知ったか顔で言うけどさ、僕に言わせれば「我思う、ゆえに我思う」でしかないんだよ。一人っきりじゃ、人間は「在り」えないんだ。一人だと、ただの鬼だ。
 おっと、いけないいけない。鬼ごっこの話から随分とまあ話が逸れちゃったね。僕も珍しく饒舌になっちゃったよ。いや饒筆かな? こういうのもブログの醍醐味だから、敢えて訂正しないでアップするけどね。
 って、ここでいきなり重大発表!
 なんとっ、オフ会をすることになりました!
 詳細は……BBSで!
 どこまでも君の友達、アオオニより』

 一気に読み終えてしまいました。
 今更ながら、ブログを読んで気づいたことがあります。
 私は、吸血鬼でもイカロスの生まれ変わりでも便所虫でもありませんでした。
 ……鬼だったようです。
 ごくごく簡単に言ってしまえば、私は独りぼっちなのです。全国ぼっち女子高校生選手権があったとしたら、少なくとも県代表に選ばれる自信があります。我思うループ(※造語:妄想女の自己完結的世界観のこと)に陥ってるのです。
 それを鬼と呼ぶなら、私はどこに出ても恥ずかしくない鬼でしょう。
 アオオニさんのサイトがお気に入りなのは、至極当然のことかもしれません。身近に鬼がいない私にとって、唯一の鬼仲間なのですから。
 自分の正体が判明したことのほかに、もう一つ重大なことがあります。
 最後から三行目のとある三文字に強く目が引きつけられたのです。
 オフ会……つまりオフラインで会うということです。当たり前です。少し混乱しています。なぜ混乱してるのかわからず、混乱に拍車がかかります。くらくらします。急性貧血症かもしれません。チュパカブラにやられた可能性も否定できません。ミステロン説も有力です。
 なにより情報が必要です。
 バックスペースキーを叩きトップに戻りBBSをクリック。しようと思ってPROFILEをクリックしてしまいました。混乱して思い通りのコマンドが選べません。
 アオオニさんの簡単なプロフィールが載っています。
 年齢、永遠の十七歳とあります。
 私と同じです。
 といっても成長中の十七歳ですので、半年後に追い越しますけど。
 法律上いろいろと損な年齢です。アオオニさんの実年齢は十七歳以上と予想してますが、むしろ少し年上くらいが好ましいです。
 どういった意味で好ましいか、あえて不問とします。
 好きな本、映画、音楽。
 私と同じです。
 アンチ王道な作品ばかりで、密林の感想さえ見当たらないマイナ揃いです。
 このサイトで知って、どうにかネットオークションで取り寄せました。そして偶然、同じものが好きになったのです。アオオニさんが好きな作品だから、という先入観があったのではなく、偶然なのです。問題ありません。
 たとえ問題があっても、鶏が好きか卵が好きかの些細な問題です。私は卵が好きです。いろいろと微妙に違う気がしますが、混乱してるので仕方ないです。
 どうしてこんなに混乱してるか朧気ながらわかってます。
 けど、わからないフリです。
 顔が赤くなってる気がしますが無視します。さすが鬼です。鬼のなかでも、赤鬼です。独りぼっちの、赤鬼です。なぜだか、涙が出そうになります。
 思い出しました……。
 泣いたのは赤鬼です。
 時刻を確認すると、家を出るまで時間がありません。他の巡回サイトは夕方以降に回すとして、何よりもオフ会の詳細を確認しなければなりません。
 今度こそ、BBSをクリック。
 投稿者アオオニの新着記事を見つけました。

『件名:オフ会告知!
 来る20× × 年○ 月△ 日にオフ会をすることになりましたー!
 ブログにも書いた通り、現代にも鬼は結構いると思うんだ。むしろ考えようによっちゃ増えてるかもね。それも一つのライフスタイルかもしれないけど。
 苦しんでる鬼もいるんじゃないかな? 隠れて泣いてる鬼もいるんじゃないかな?
 僕はね、今も昔も泣く鬼には甘いんだ。
 やり方を間違えたときもあったけど、それもまあ、いい思い出かな。
 現代っ子のアオオニは、インターネットで同志を集めてオフ会を開くことにしたんだ。
 題して『百奇夜行』オフ会!
 参加資格は、自分が鬼、あるいは半人半鬼くらいかも、っていう自覚があればオーケー。
 活動内容は、名前の通り夜の散歩ってところ。
 あえて百鬼夜行じゃなくて百奇夜行にしたのは、現代の感覚に合わせたかったからだよ。法治国家日本で、鬼が夜中徘徊してたら警察沙汰だろ? だから、ネットのオフ会で奇人変人が集まって夜の散歩をするってスタンスなんだ。これなら、職質も怖くない! ……よね! …………ね?
 書いてるうちにちょっと自信が揺らいできたけど、なんとかなるさ。
 集合時間は、ちょっと早いけど零時ちょうどにしよう。あれ? すると日付がずれるのかな? こういうのって伝えにくいよね。うーん、じゃあ20× × 年○ 月△ 日二十三時五十九分にしよう。これなら間違いない。
 集合場所は鬼々骨(ききぼね)駅だ。
 やっぱ名前の印象は大事だからね。オフ会のネーミングだって、奇人と鬼人をかけてるわけだよ。言霊っていうのは、もちろん知ってるよね。え? 知らない? なら今すぐトップに戻ってメインコンテンツから読み直しだ!
 というわけで、鬼仲間に会えることを楽しみにしてるよ。
 どこまでも君の友達、アオオニより』

 幸い、鬼々骨は地元からそう離れていませんが……。
 私は必死に夜中外出するための口実を考えながら、今日のところは日課である巡回サイトのチェックを諦めることにしました。
 オフ会は、今夜だからです。


「ふぅー」
 腕時計の針に息を吹きかけても、当然のことながら時計の針は速くなりませんでした。
 どうも、授業に身が入りません。
 学校は嫌いですが、退屈で平凡な授業は嫌いではありません。
 テストまえになってもノートを借りる友人がいないから、という消極的な理由で積極的に授業を受ける必要があることも否めません。今日の授業範囲がテストで出ないことを祈るのみです。
 チョークが黒板を打つ音と、時計が秒針を打つ音と、雑談中の同級生が相槌を打つ音を聞きながら、私は自分だけの世界に没頭していきます。
 すると、教室の中に個室が生まれます。
 自我を強化し世界と隔絶した絶対空間……と中二病っぽく表現もできます。リアルATフィールドです。逃げていいのです、この個室に。
 どうしてでしょう、いつもより愉快です。
 この孤独が、私が鬼だということの証明だからでしょうか。そう、私は鬼なのです。フヒヒ、と笑いたい気分です。
 どうしてこんなに浮かれてるのか、冷静な自分が答えを出しました。
 簡単です。
 鬼であること、孤独であること、とても威張れないことを誇りに思う理由なんて。
 ただ、アオオニさんとの共通点が増えるのが嬉しいだけなのです。
 と、喜んでるばかりじゃいけません。
 オフ会まで時間がないのですから。
 そもそも告知したその日に決行なんて、非常識です。
 常識的なオフ会がどれくらいまえから告知するのか、私は未経験者なので比較できません。それでも当日はありえません、たぶん。
 私は……もちろん行きます。
 幸い、親の了承は朝のうちに得ることができました。口から出任せですが、友達の家に泊まりに行くことになったと告げたのです。
 もし本当だったら前代未聞です。空前絶後です。夢にも思わないとはこのことです。
 友達がいないのに、どうして友達の家にお泊まりができましょう。
 流石に親に疑われるかと思いましたが、杞憂でした。急な話でしたし、どもりながら伝えたのに、なお私の話を信じたのです。父上も母上も、特に突っ込んだ質問はしませんでした。オレオレ詐欺には気をつけるよう、あとで言うつもりです。
 さらに、
「おまえにも、とうとう仲のいい友達ができたんだな」
 と失礼極まりないことを言いながら……涙を流したのです。
 たかが友達の家にお泊まりだと伝えただけで、朝っぱらから泣いたのです。
 嘘なのに……。
 とても、悪いことをした気分になりました。
 小学校のとき食べきれなかった給食のパンをポケットに隠したことを忘れ、そのまま洗濯機に入れてしまったとき以来の罪悪感です。
 私が思っていた以上に、普段の生活態度から親には心配をかけていたのでしょう。無知ゆえに罪悪感がなかっただけで、悠々と自分の世界で誰にも迷惑をかけず生きてるつもりで、両親には見えない傷を日々刻んでいたことに思い至りました。
 友達の家に泊まると嘘をついたときの、嬉しそうなホッとしたような親の顔を思い出します。
 さっきまで浮かれていたのに、急に気分が沈んでしまいました。
 本当に、人でなしです。
 鬼ですから、人でなしなのは当たり前じゃないですか。
 陽気な自分がオニッコジョーク(※造語:鬼しか笑えない冗談)を思いついたので、この話は終わりにします。
 今夜は、オフ会なのですから。
 普段からやや夜型の生活をしてる私ですが、深夜以降の活動は前提としてません。
 体力がある方だとは冗談でも言えませんから、温存する必要があります。
 最も効果的に英気を養うことができ、さらに鬼である罪深さに自己嫌悪することもない手段が一つあります。
 初めてです。大冒険です。ちょっぴり不良です。
 私は、授業中に居眠りすることにしました。

 チャイムの音が目覚まし代わりという人生初の経験をしてしまいました。
 ワルです。超ワルです。これぞ鬼という感じでしょうか。
 授業中の居眠りは普段よりスッキリできると漫画かアニメの登場人物が言っていましたが、私には当てはまりませんでした。机に伏すような形で寝て、むしろ肩がこってしまったような気すらあります。
 これは仮説ですが、授業中の居眠りでスッキリできるのは授業が嫌いな人種に限られるようです。基本的に私は授業が嫌いではないので、ささやかな罪悪感と肩のこりしか得られませんでした。
 まだ午前の授業が二時間も残っています。
 中途半端に寝たせいで頭が痛いです。これならあと二時間くらい寝られそうですが、かえって症状が悪化するかもしれません。今夜は大事なオフ会があるのに、病欠なんかしてしまったら本末転倒もいいところです。
 寝るべきか寝ざるべきか、それが問題です。
 あーうー、と私が萌えキャラだったら唸るところですが痛いのでしません。思いつくだけなら痛くない、はずです。少なくとも痛い未遂なので執行猶予ぐらいはつくでしょう。
 今は休み時間なので、休むことにしましょう。
 言霊は大事です、とアオオニさんも言ってましたし。
 たしか、次の時間は数学です。
 数学は得意です。というより、勉強自体が得意です。与えられた問題に一つの答えを当てはめていくだけで誉められるので気が楽です。
 移り変わる流行に敏感になったり、相手を思って気配りしたり、そういった対人スキルの方がよっぽど難しいです。
 遠い未来にSF的なアンドロイドができたら、私のような人間だったらほぼ遜色なく再現可能な気がします。それくらい、私は簡単なのです。勉強ができるくらいじゃ、人間だとは言えません。
 はて、私はどうしてこんなことを考えてるのでしょう?
 考えるべき問題は、哲学的ゾンビな話ではありません。寝るべきか寝ざるべきか、です。ついつい考えすぎてしまうのが悪い癖です。問題を戻します。
 最初の十分だけ様子を見て新しい範囲に入りそうなら継続して授業を受け、練習問題なら居眠ってしまいましょう。一応進学校なのですが、進学校ゆえに居眠りをしても黙認される傾向があることはわかっています。
 私は机の上の腕枕に額をつけ、自閉的な暗闇の中に顔を埋めました。
 しばしの安息。

「ねえ、赤井さん」
 外界から呼びかけられてる気がしますが、幻聴でしょう。
「大丈夫? ゆさゆさ」
 外界から揺さぶられてる気がしますが、幻触でしょう。
 というより、「ゆさゆさ」と律儀に声に出すところが幻覚の幻覚たる所以です。
「何か喋ってよー」
「あーうー」
 幻覚と会話する萌えキャラがいます。私です。
 とても嫌な属性ですが、遠い未来に流行るかもしれません。
「赤井さん! 駄目、身体が冷たい……ここで寝たら死んじゃうよ!」
「ここは雪山ですかっ!」
 ……。
 …………。
 ……………。
 三行ほど三点リーダで思考停止してしまいました。
 顔を上げた先には、クラス委員長の緑川さんが驚いた顔をしています。私もきっと、いいえそれ以上に呆けた顔をしてることでしょう。
 脳内一人ツッコミをしたことはあっても、他人にツッコミをしたのはこれが初めてです。
 魔が差しました。
 これも鬼の宿命なのでしょうか。
 ともあれ緑川さんの気分を害してしまったかと心配でしたが、なぜか笑顔です。
「ううん、ここは雪山じゃなくて学校だよ。だから、本当は寝ても死なないんだよ。ごめんね、変な冗談言って。面白くなかったよね、ちょっとしか」
「…………ほっとしました」
 ちょっとも面白くなかったと伝えるほど、私は鬼ではありません。気分を害してなかったことについては内心ほっとしましたので、伝えておきます。
 緑川さんは勉強もできクラスの委員長もやってるような絵に描いたような優等生でしたので、まさかこんな天然なキャラクターをしてるとは思いませんでした。それとも、心の中で緑川さんにグリリバとあだ名をつけた報いでしょうか。
 今も何かがツボに入ったかのように、くすくす笑い始めました。
「あはは、赤井さん上手だね。「ほっとした」と「ホット」をかけてるわけだね。私が雪山ネタを振ったから、瞬時に切り返してくれたんでしょ。凄いなあ。こういうの、確か……尿意即尿って言うんだっけ?」
「それだとただの尿漏れですっ! この場合は当意即妙だと思います!」
 人生で二度目のツッコミです。
「そのツッコミ、いいね」
 と緑川さんが言ったので、今日という日はツッコミ記念日になりました。
 思い出せないほど久方ぶりにクラスメイトと会話めいたやり取りをしてるというのに、随分とアクロバティックな展開です。それとも、私が知らなかっただけで、昨今の若者同士の会話とはこういうものなのでしょうか。
 ……対人恐怖症に拍車がかかりそうです。
「うん。思ったより元気そうで安心したよ」
「むしろ無理矢理に元気を引きずり出された感じです」
「え? 無理矢理って? やっぱり、具合悪いの?」
「はあ、ええ……いや、まあ」
 曖昧に答えながら、私はやっと緑川さんが話しかけてきた意図を察したのです。
 心配されてるのです。
 他人に心配されるという状況に慣れていないために、随分と気づくのに時間がかかりました。これじゃあ、緑川さんを天然と呼ぶのは憚られます。
 今までこうやって声をかけられたことがなかったので、おそらくは授業中に居眠りをしたことがきっかけなのでしょう。
 私みたいな地味で目立たない独りぼっちの一生徒の些細な変化も見逃さないとは、イギリスの監視カメラより正確に教室内をモニターしています。プチ不良生徒である私の居眠りも、即座に察知されたのでしょう。
 それを見てなお、クラスの委員長である緑川さんは居眠りを咎めるわけでもなく、私の体調を心配してくれたということです。
 聖人に違いありません。
「うーん、曖昧な返事だな。赤井さん、やっぱり具合悪いんじゃない? 今日は無理しないで早退しとく? 安心して、私が先生に言っておいてあげるから。理由は……えーと、電車が遅れたからでいい?」
「それは早退じゃなくて遅刻のいいわけです!」
「そっか。ごめんね、気が利かなくて。遅延証明書が必要だからばれちゃうか」
 うんうんと悩み出す緑川さん。
 天然に違いありません。
 天然星から来た天然星人、もとい、天然聖人です。
 世間的な言い方をすれば、ただの天然ないい人、なのでしょうけど。私みたいな鬼に話しかけるとは相当なものです。
「じゃあ、親戚が死んだ……っていうのは不謹慎だから、自分が死んだからお葬式で帰りますとか?」
「私は動く死体ですか!」
「はは、まさかー。赤井さんはちゃんと生きてるよ」
「言ってることが支離滅裂です!」
「……生きてる、死体?」
「真顔で酷いこと言わないで下さい!」
 そんな面白いのかつまらないのかわからない、言ってしまえばくだらないやり取りを緑川さんとしてるうちに、休み時間の九割が終わってしまいました。
 ひとしきり話して満足したのか、緑川さんは爽やかな顔をしています。
 私は?
 私は、いったいどんな顔をしているでしょうか?
 鏡で今の自分の顔を見たいような、見たくないような、そんな複雑な心持ちです。
 緑川さんは、ちょっと大人びた微笑を浮かべながら、満足そうに頷いています。
「うん……やっぱり、赤井さんは思ってたとおり楽しい人だね」
「……私の緑川さん像は百三十五度くらい変わってしまいました」
「ははは、じゃあ私の赤井さん像は三百六十度変わったかな」
「なんにも変わってないじゃないですか!」
「ううん、変わったよ」
 緑川さんの優しいですけど有無を言わせぬ物言いに、私は驚きました。
 なにか……私の心の隙間に一歩踏み込んでくるような、そんな予感がします。虫の知らせがします。警報が鳴り響きます。
 わかってるのです、この一線を死守するために人と関わらなかったのに……。
 今の私は、無防備すぎました。
 鬼であることをしばし忘れ、世界と接触しすぎました。
 虎の子のATフィールドは安居酒屋の暖簾のように易々と払われ、緑川さんはぐっと顔を近づけてきます。鼻と鼻がぶつかりそうです。よく見ると女の私から見ても女性的で端整な顔立ちをしています。
 決定的な言葉は、甘い吐息とともに吐き出されました。
「だって赤井さん、いつも一人だから何考えてるのかわからなかったから。独りぼっちで、殻に閉じこもって、何も見えなかったから」
「あ……あぁ…………」
「なんとなくこんな人だろうな、と頭では思っていても、実際話したことなかったでしょ? だから、三百六十度変わった、って表現は当意即妙だと思うよ」
「緑川さん……」
「ん? 間違ってるかな? 独りぼっちじゃなかった? 私の知らないところで友達いたりする? いないでしょ。教室内の人間関係は大体把握してるけど、そこに赤井さんはいないよね」
 動揺、恥辱、後悔、いろいろな感情がどっと押し寄せます。
 初めて、他人から言われた気がします。
 独りぼっち。
 お前は独りぼっちだ、と言われるのと、私は独りぼっちです、と独りごちるのとは絶望的に違います。
 とても自分が恥ずかしい存在だと罵られてるような気がしました。
 とても自分がみすぼらしい存在に成り下がってしまった気がしました。
 ですが、事実です。
 目を背けていても事実は事実として、他人の目にそう見えていたのは否めないのです。
 友達の家に泊まりに行くと言ったときの、両親の泣き笑いがフラッシュバックします。
 痛いです。
 心というものがあるならそれを今すぐこの手で掴んでゴミ箱に捨てたいくらいに、痛いです。痛みを感じるのが脳なら、脳を摘出して下さい。お願いします。法外な料金も何とかしますから、ブラック・ジャックによろしくです。いいえ、この場合はドクターキリコでしょうか。
「赤井さん、やっぱり具合悪いんじゃない?」
 ここでそれを聞くのは、酷いです。極悪です。天然聖人は仮の姿でした。
 私がなにも答えられないのを察したのか、緑川さんは耳元でまくし立ててきます。
「私ね弟がいるの。年が離れてやんちゃ盛りなんだけど、可愛くて。まだ小学生だからか、鬼ごっこが好きでさ、よく膝小僧を擦り剥いてくるんだ。怪我したら、かさぶたができるでしょ? 私ね、かさぶたを剥がすのが好きなの。それも綺麗に取るんじゃなくて、わざと不器用にやって痛みが残るように。
 ……それが、私のコミュニケーションなの。スキを見つけて、キズを見つけて。だからかな、クラスの委員長をやってるのも。田中さん提出物は? とか、斉藤くん宿題やった? とか、そういった忠告はいいよね。話のきっかけが作りやすいから。ううん、私はそういう風にしか、人と接することができないのかも。
 もうわかると思うけど、天然で抜けてるキャラも作ってるんだよ。その方が同性異性問わず、油断してくれるからね。自分の方が上なんだ、って相手に思わせておくのがスキを作るポイントだって、物心ついた頃から感覚的に学習してたんだ。
 だけどね、赤井さんだけは隙がなかった。
 孤立してる子は、孤立してることが隙になり得るんだけど、赤井さんは違った。
 完全に他者を拒絶して、壁を作ってた……。成績が優秀だったからかな。見た目が綺麗だったからかな。完全無欠、って言葉が似合うくらい他者を必要としてなかった。
 そんな赤井さんが、今日は居眠りしてたでしょ? だから、攻めてみたの。ちょっとだけ……怖かったけど。けど、やっぱり思ってたとおり楽しい人だった。
 ねえ……私たち、いい友達になれそうだと思わない?」
 言ってることの半分以上がわかりませんでした。
 特にわからないのは、冒頭からの展開と最後の一文の関係です。どこら辺にいい友達になれる根拠があるのでしょうか。是非とも国語のテストのように傍線を引いて教えてもらいたいです。
 いい友達になれそう、という発言に素直な自分が嬉しがってるのも確かです。
 ですが、相手が緑川さんだという点に躊躇います。
 この人は、思っていたよりさらに複雑怪奇なお人柄なようです。
 あと、ドSです。
「緑川さんは、いったいなんなんですか?」
 こういった質問をついしてしまう私は、ドMなのでしょうか。また強烈にまくし立てられるのでしょうか。怖いような、楽しみなような……って危ない思考になっています。
 ちなみに、まだ鼻と鼻のくっつきそうなほど接近してる状態です。周囲から見たら薔薇が映ってるのでしょうか。嫌です。BLは嫌いじゃないですが、そっちのケはありません。
 幸運なことに、このタイミングで休み時間を終えるチャイムが鳴りました。
 すっ、と緑川さんは身体を離して、にこりと笑います。
 まるで無邪気な少女のような笑みで、一言。
「私って、天然なの」
「そうですか」
 緑川さんは天然じゃないようです。


 結局。
 その後の授業は居眠りすることができませんでした。
 緑川さんの視線が気になって仕方なかったからです。犯罪抑止に一国一台は緑川さんを置いておくといいかもしれません。
 昼食。
 高校に入って初めてクラスメイトと一緒に食べました。
 相手は緑川さんです。強引に私の腕を引っ張って半ば拉致した強引さも驚きましたが、うちの学校に中庭があり昼食時は憩いの場になっていることの方が驚きです。
 そもそも中庭の存在を知らなかった私は、トイレと比ぶべくもない開放感に食欲がなくなったくらいです。お天道様が眩しかったです。
「食欲ないの?」
 と緑川さんに聞かれた私は、
「太陽のせいです」
 と答えてしまいました。
 他人からしたら意味不明な八つ当たりかもしれませんが、これが私の本心です。殺人の動機を聞かれて太陽のせいと答えた小説がありました。主人公のムルソーは、少しばかし正直者すぎたと思います。
 食欲がない理由を聞かれて、あるいは人を殺した理由を聞かれて、太陽のせいと答えるのは模範解答からずれています。ですが、仕方ありません。私もムルソーも、たぶん嘘が苦手な鬼なのです。
 緑川さんは「そうだね、太陽のせいだね」と答えて、お互い黙ってちびちびとお弁当を食べました。どうやら、緑川さんも食欲がなかったようです。そして、私やムルソーと同じように正直者でした。

 隙を見せなければ、緑川さんは大人しい人だということがわかりました。もちろん、私なんかと比べたらお喋りですし、実際話しかけてくれるのは緑川さんからなのですが、会話自体はあまり長く続きません。
 だからこそ、積極的に相手の隙をつこうとします。
 かさぶたを見つけ剥がすのが、緑川さんの戦法なのでしょう。
 格闘ゲームだったらラッシュは強いけど防戦になると脆くなる典型的な攻めキャラのイメージです。残念ながら私はカウンター重視の戦法なので、緑川さんを防戦一方にするという展開にはなりませんが。
 昼休み中ひょんな会話の折で私があまり私服を持ってない話をしたので、さっそく新しい服を緑川さんが探してくれるという流れになりました。とんとん拍子に話が進みます。ずっと緑川さんのターンという感じです。
 放課後。
 気がつけば、私は緑川さんと一緒に駅ビルで洋服を物色していました。
「赤井さんはスタイルがいいから、何を着ても似合いそうだよね。これなんかどうかな? きっと、道行く男子の目をぬか漬けにするよ」
「私は漬け物じゃないです! それに露出狂でもありません!」
 胸元がえらく開いたヒラヒラの下着のような、キャミソールと呼ばれる布を私の身体に押しつけるようにして、緑川さんはとても楽しそうに笑っています。
「これくらい今は普通だよ。恥ずかしかったら、上に男物のトレンチコートを羽織れば」
「余計に変態です!」
「じゃあ、このカーディガンなら可愛いよ」
「……前々から思っていたんですが、キャミソールというのは下着なんですか? それとも、Tシャツみたいな上着なんですか? 境界線があやふやです。下着風の上着なのか、上着風の下着なのか、それが問題です」
「そう言われれば、そうね……」
 緑川さんも悩んでいます。やはり根が素直なようです。天然ではなく養殖のボケキャラですが、悪い人ではありません。
 会話は昼休みのときより弾みます。それはもうスーパーボールのようにポンポンと弾みます。まるで自分も一緒にお喋りになったように錯覚してしまいますが、きっと違うでしょう。
 緑川さんがボケて、私がツッコむ。
 一般的な歓談というより、むしろ漫談のように明確な役割付けがされています。
 お互いにとってそれがラクなので、私もやぶさかではありません。
「うーん、素材はいいのに赤井さんはちょっと欲がないよね」
「欲、ですか?」
「そう、欲。よく見られたいって欲がないと、お洒落なんてできないからね」
「だったら緑川さんは誰かによく見られたいんですか?」
「特定の人ってのはいないけど、私はみんなによく見られたいかな」
「あー」
 納得です。
 今はお互い制服なのでわかりませんが、きっと緑川さんの私服はさぞ清楚で可愛らしいものでしょう。居眠りを指摘されてからのわずかな交流と、私の低い人間観察力をもってしてもわかるというものです。
 一言で表せば、良くも悪くも緑川さんは計算高い人という感想です。
 裏を返せば、そこまで私に自分をさらけ出してくれてる、ということかもしれませんが。
「で、赤井さんはよく見られたい人とかいないの? たとえば、好きな男の子とか」
「好きな……」
 アオオニさんの顔が思い浮かびます。
 とはいえ、実際見たことなどないのでぼんやりとしたイメージですが。
 ちなみにイメージ上は、すらりと背が高い痩せ形のシルエットで、ニヒルな笑いを口元に浮かべた好青年です。年齢は私より少し高いくらいから二十代後半までと比較的範囲を広くとっています。
 要は、ただの理想です。妄想です。けど……。
 ちょっと考えれば年齢も性別すらもわからないというのに、なんとなくどうしようもなく……アオオニさんに惹かれています。
「あれ? 赤井さん、顔」
「へ?」
 気がつかぬうちに、私は赤鬼になっていました。
「うわぁ、耳まで真っ赤だよ。もしかしてもしかして、好きな人いるの? 本当? ええーっ、誰々教えてよー」
「あーうー」
「……萌え?」
 慣れない展開に赤鬼になった萌えキャラがいます。私です。
 これだと狙いすぎの萌えになってしまいます。そんなの嫌いです。最初に話しかけられたときは寝言で済みましたが、今はしっかり覚醒中です。
 自分が嫌ってる存在に自分自身がなるのは耐えられません。「お兄ちゃんダイスキ」とろくでもない主人公に好意を寄せる妹キャラは絶滅してほしいです。
 このまま「あーうー」キャラが緑川さんに定着してしまったら、そういった萌えキャラの末席に名を連ねることもありえます。
 それだけは、全力で阻止しなければなりません。
「フヒヒ、フヒヒヒヒ、アー、ウー、ヒヒ」
 と薄笑いで自嘲しながら萌えを自重します。怪しさ抜群で萌えも吹っ飛びます。
 さり気なく「あーうー」を入れることで、さっきの奇声も相殺することを忘れません。
「え、なにその笑い方……。キモ!」
「……良かったです」
 これでいつもの私です。
 キモいと言われてホッとする否萌えキャラの卑屈キャラです。これで萌えと呼ばれるなら、私の予想より時代が速すぎるので諦めます。
 あとは、このまま話が逸れてくれることを祈る限りです。
「冗談はさておき、赤井さん誰が好きなの?」
 世の中は私が思ってるより甘くありませんでした。
 萌えキャラが定着するという危機は脱したものの、また一難です。いや、むしろ最初からこっちの難しかなかったのかもしれません。
 緑川さんの一時間に及ぶ質問攻めに場慣れしていない私が対処できるはずもなく。
「……いないこともないです。むしろ……今夜会うという可能性も低くはありません」
 なんとも曖昧でわかりにくいですが、顔を真っ赤にしてるというオプションがついてるせいもあって、私は好きな人がいることを肯定してしまいました。
 さらに、詳細こそ話しませんでしたが、今夜会うことも仄めかしました。
「じゃあさ、勝負服!?」
 この場合の勝負とはどういった意味合いなのか計り兼ねますが、そのぐらいの気合いは必要なのかもしれません。
「……初勝負です」
 私は赤い顔を隠すよう俯きながら、神妙に告げました。
「おおーっ! 初勝負!」
 こちらの物言いに過剰に反応してることが気になります。緑川さんの頬も心なし朱に染まってるような……。
 どうやら多大な勘違いをさせてるようですが、訂正する気力はありません。
 レット・イット・ビーです。オールライトです。
「なら二人でお洒落な服選んで、今夜は盛大に清潔を散らかそう!」
「それを言うなら純潔を散らすです! てか散らしません!」
 その後は引きずられるまま為すがまま、お店をはしごしていきました。
 あれよあれよと振り回されて、緑川さんに完全コーディネイトされていきます。
 さらに一時間後。
 完成しました。
 新しい私が。新しすぎる私が。
「……完璧ね、赤井さん。これなら私が惚れそうよ。惚れそうよ」
「二回も言わないで下さい」
「大事なことなのよ」
 緑川さん、目がちょっとマジです。
 これはもしかすると、新時代の純潔の危機を迎えてるのかもしれません。
「いや、いやいやいや。緑川さんに惚れられても困ります」
「駄目だよー。ボケるのは私で、赤井さんはツッコミでしょ」
「惚れられて困ると言うのはボケなんですか!?」
「うん」
「即答なんですね! 私はボケとツッコミの二刀流ですか!」
「そうか、二刀流なんだ……。けど、私は大丈夫。個人的には男の人との浮気は我慢するけど、女の子との浮気は許せないかな」
「絶対に違う想像してますよね!」
 もしや緑川さんは本当にそっちの人なのでしょうか。
 さり気なく半歩だけ緑川さんと距離を離します。
 そして、緑川さんは吸い付くように一歩前進します。
 半歩分の接近を許してしまいあわあわと私が狼狽してることなど露知らず、緑川さんは私の服を満足気に眺めています。
「でも、そのスカジャン格好いいよ、うん。やっぱり赤井さんは背が高いから、こういった服も似合うねー、いいなー。これぞ勝負服って感じ。もう誰にも負けない、って背中の龍が吠えてるね」
「……緑川さんを侮っていました」
 徹頭徹尾、ボケ倒しでした。
 抵抗しない私も私ですが、緑川さんは養殖のボケキャラの中でも、悪意のあるボケキャラということを失念していました。百合ネタもボケでしょうし、服のチョイスもまたボケなのです。小さな隙を作るための緑川さんの戦法なのです。
 私の格好を一言で表せば、前衛的、でしょうか。
 上は真っ赤なスカジャン、背中に龍の刺繍付き。下はなぜか黒いゴスゴスのフリフリミニスカート。靴はウエスタン調のレザーブーツ。
 統一感皆無の異文化交流ファッションです。
 それでも、黒髪のおかっぱで平均より高めの身長が相まって見れないこともないかもしれません。ファッションセンスなど持ち合わせていませんが、自分で選ぶよりセンスがいいでしょう……たぶん。大変好意的かつ自意識過剰な表現をすれば、アジアンクールビューティの末席に名を連ねるかもしれません。
 これはこれで……。
「あはは。充分笑わせてもらったから、ちゃんとした服買おうよ」
「とんだ笑いものです」
「大丈夫。今度は可愛くコーディネイトするから」
「……いえ、これで結構です」
「へ? 嘘でしょ?」
「本気です。一人だとこの組み合わせで買おうなんて思いません。二人で巫山戯ながら服を選んだからこその数奇な組み合わせです。私はクラスメイトと洋服探しするという経験が初めてなので、いい記念になります」
 なるべく心の丈をわかりやすいよう語ろうとしたら、わかりにくくなってしまいました。
 それに、ちょっとクサイことを言ってる気もします。恥ずかしいですが、もう気にしません。今の格好だって恥ずかしさK点越えなので、免疫がついたのでしょう。
 呆気にとられたようにしばし停止した緑川さんは、ちょっと躊躇いながら一言。
「……私も、こうやって買い物したの初めて」
「そうですか」
 なんとなく、わかってました。第一、はしゃぎすぎです。
 私と緑川さんの間に、沈黙が訪れました。
 さっきまで姦しかった分、余計に静寂が際立ちます。
 ここは、私が何か言うべきだと妙な使命感に駆られ、自分らしくないことを口走ります。
「次は……次の機会があれば、私が緑川さんの服を選びます。それで、おあいこです」
 一歩、踏み込みます。
 おあいこ、という卑屈な表現が自分らしいです。
「そうだね」
 緑川さんは、嬉しそうな恥ずかしそうな、そして同時にどうしたらいいか途方に暮れたような、そんな気まずさをない交ぜにした曖昧な笑顔で頷きました。
 お互い距離感がイマイチです。
 コミュニケーションがチグハグです。
 私は攻めるのに慣れてないですし、緑川さんは防戦に回ると途端に大人しくなります。
「……そうだね」
 緑川さんは、二度、頷きました。
 大事なことだから、というわけではないでしょう。その二度の頷きは次の機会を了承したのではなく、保留したのだと直感しました。
 まだ、お互いの世界は触れ合っていません。
 まだ、私は鬼のままです。

 オフ会までの時間を外で潰そうかとも思いましたが、思わぬ出費で軍資金に不安が残ります。夕食は家で食べることにしました。
「ただいま」
「おかえ……り」
 はて、どうしたのでしょう?
 ちょうど玄関で鉢合わせた母上が、ツチノコを見つけたような顔をしています。
「ど、どうしたの、その格好……」
「格好……あ」
 UMAは、私でした。
 買った服をそのまま着込んでいたのです。
 赤いスカジャン。フリフリミニスカート。やんちゃなブーツ。それに、スクールバッグ。
 本来制服のはずの帰宅時の格好が、見当違いの不良の格好になっています。
 それに、今日は友達の家にお泊まりに行くと言いました。

 悪い男に惚れる→格好も彼の好みに→純潔を散らす→清潔を散らかす

 最後は緑川さん流の悪ノリですが、大体こんな感じのことを思われてる恐れがあります。
 きっと母上の頭の中で私は陵辱されてるはずです。いや、されてないかもしれませんが、良からぬ想像をさせるに値する格好とタイミングなのは違いありません。
 言い訳をしなければ。
 早急にそれっぽい言い訳を捏造します。
「バ、バンドをするんです」
「バンド!?」
「そ、そうです。ロックンロールです」
 エアーギターもどきの動きで母上を威嚇します。飛び跳ねます。マイクで歌うフリをします。気分は魅惑の深海パーティーでジョニー・B・グッドをテケテケと弾くマーティです。
「へ、へえ……そうよね。私の頃とは時代が違うのよね、ええ、わかってるわ。ええ、ええ。バンドね、いいわよね、ええ」
 呪文のように「ええ」と納得しながら、母上は夕食の買い出しに向かいました。
 この嘘はあとで絶対に訂正しなければ、と心に強く誓いました。
 ちなみに、夕食はなぜか赤飯でした。


 適当に駅前のネット喫茶で時間を潰したあと、鬼々骨駅に向かいました。
 なんやかんやで巡回予定のサイトはチェックできてしまいました。ライフスタイルは変えにくいということでしょう。嬉しいのに、どこか残念です。
 私は……変わりたいのでしょうか?
 今日、緑川さんとたくさんお話をしました。馴れ合いというより探り合いでしたが、大きな進歩です。クラスの同級生と放課後ショッピング。まさかそんなコテコテの高校生らしいイベントを経験するとは驚きです。
 こんな時間に外に出るのも、考えてみれば初めてです。目的はアオオニさんのオフ会。誰かに積極的に会いたい、そう強く思ったのも考えてみれば初めてです。我思うループからはみ出して、世界に興味が出てきた証でしょうか?
 ぐだぐだ考えながら歩いてたら、駅に着きました。
「……おかしいです」
 誰もいません。
 世界に興味が出てきたかしらん、と思考を巡らせてるときに限って、世界に見放されたように独りぼっちです。
 都会とはお世辞にも言えませんが、鬼々骨駅は急行も止まるそこそこ大きな駅です。時刻はオフ会の約十分前、二十三時四十九分。四十九、というのが若干不吉な並びですが、終電にはまだ余裕があるはずです。
 灯りはあります。コンビニもドーナツ屋さんも煌々と輝いています。
 それなのに、誰もいません。
 オフ会の参加者らしき人が見当たらない、などという甘いものではありません。
 言葉通り文字通り、誰もいません。
 人っ子一人見当たらないなんて、初めてです。
「あのー、誰かいませんかー」
 まさかこんな台詞を吐くことになるなんて。でも案外、差し迫った事態に陥ると人間の行動パターンは単純化するのかもしれません。
 冷静に自己分析してる合間もきょろきょろと見渡しますが、独りぼっちです。
「すみませーん、誰かいませんかー」
 ネット喫茶から出てぼんやり歩いてる間に、人類は私だけを器用に残して絶滅してしまってのでしょうか。マヤのロングカウントカレンダーには少し早いですが、誤差の範囲なのかもしれません。
 あるいは、私だけが例えば交通事故で気づかぬうちに死んでしまったのでしょうか。浮遊霊なり地縛霊なりになってしまい現実とは表裏一体の異世界に足を踏み入れ……。
 そこで、運命的な出逢いを果たすのであった。
 次回『白馬の青鬼サマ』乞うご期待。
 と、妄想を次回予告風に再現してみても状況はこれっぽちも変わりません。
 状況を整理します。
 私はオフ会の集合場所である鬼々骨駅にいます。急行も止まるそこそこ人が多い駅です。時刻は零時まえです。天気は晴れです。車やタクシーは止まっています。コンビニやドーナツ屋さんも営業中です。
 そして、私は独りぼっちです。
 こんなことがいったい、ありえるのでしょうか? 否、ありえません。否、現実に起っています。否、そもそも現実ではなく小説かもしれません。否、それを言ったらおしまいです。こんな風に否定の連続で言葉遊びでもしないとやっていけません。
 それほどの、異常事態です。
 孤独。
 よく一人で生きていけるタイプの人間もいる、と最近の中二病な作品であったりしますが……本当でしょうか? 本当に一人なんて、人間でいる限り無理な仮定です。魔法と同じです。孤独もファンタジィです。
 そう、これはファンタジィです。あるいは、夢に違いありません。
 だって今、世界にいるのは私だけなんです。大げさな物言いですが、なぜか確信をもって言えます。
 いつもいつも、学校でも家でも私は一人でいる気でいました。けど、違ったのです。私がいくら否定しても無視しても受け入れなくても、隣を向けば、あるいは声を出せば誰かが来てくれたはずです。
 どうせ誰かがいる。
 その状況に甘んじて、孤独なフリをしていた臆病者が私だったのです。何も与えてないくせに、困ったときは何かをくれると期待していた卑怯者が私だったのです。
 孤独。
 この不思議な空間に迷い込んでしまって、初めて独りぼっちでいることに不安になりました。なんだか、私がいるということだって曖昧な気分になってきます。我思うループ発動です。
「誰か……誰かいませんか?」
 チープな呼びかけを続けますが、人の気配はありません。
「誰かっ!」
 夜の街に私の叫び声だけが虚しく響きます。
 もう一度呼ぼうと息を吸い込んだとき、後ろからカツンカツンと音が聞こえてきました。靴の音、のようです。誰かが近付いてきます。
 安堵と不安と、淡い確信をもって振り返ります。
「やあ、こんばんは。今宵は月が綺麗だね。って言っても、別に漱石先生流の告白とかそんな大層なものじゃないよ。うん、オフ会日和ってこと」
 背がひょろりと高い青年が立っていました。
 白いロングTシャツに青いジーパン、というシンプルすぎる格好です。ですが極めて目を引く特徴がありました。髪が青かったのです。まるで地の色のように自然に青い髪を軽く掻き上げながら青年が近付いてきます。
 年齢はぱっと見わかりませんが、いろんな意味で青年という言葉が妥当な気がします。髪青いし。イメージカラーは青、あるいはラッキーカラーが青なのでしょう。そんなベタな駄洒落のようなセンスをもってるのは、鬼の日記でONIKKIと名付けてしまう……。
「あ、あの……」
「そうです、私が変なアオオニさんです」
 人懐こい笑みを浮かべた目の前の青年こそが、アオオニさんでした。

「え、えっと……」
「ん? 何か聞きたそうな顔をしてるね。顔に書いてあるよ。いや、もちろん実際に書いてある訳じゃなくて言葉の綾だけど」
 当たり前です。
 顔に書いてるわけないですし、アオオニさんに聞きたいことはあります。
 こんな誰もいなくなった世界でも飄々としてるアオオニさんは、何か知ってるはずです。
「けどさ、そのまえに君の名前を教えてよ」
「な、名前……」
 あまり自分の名前は好きではないのですが。
 そんなことより、事態の異常性が強くて今まで失念していましたが、目の前にいるのはアオオニさんなのです。名前を聞かれ、改めてその事実を認識した感じです。
 歳はあまり変わらないように見えます。実年齢は外見以上に高かったとしても、それはそれで、なるほど永遠の十七歳というのは言い得て妙なのかもしれません。
 そして、まあ、言ってしまえば、イケメンです。
 自分は面食いの部類ではないと思っていたのですが、格好いいことに越したことはないとアオオニさんの顔を見て思い直しました。
 サイトやブログの内容を見て私はアオオニさんに惹かれたわけですから、内面を重視してると言えなくもないですが。それでも、禿げ上がった頭にズボンからお腹の肉がはみ出したオジサンが来たら少なからず失望してしまったことでしょう。
 嘘です。少なからず以上の失望をしてしまったでしょう。大失望かもしれません。大失望って書くと太公望に似てますよね。ともかく。これじゃあ、声優の顔がアニメのキャラより不細工だという人たちと同じです。結構な自己嫌悪ですが、私は正直者なので反省はしません。
「それで、名前は?」
「わ、私の名前は……あ、あか、あかい」
 緊張でどもってしまい、自分の名前すら満足に言えません。
「うんうん、なるほど。あかい……赤い鬼。つまり、アカオニくんだね」
 違います。
 ですが、これはこれでいいでしょう。
 アカオニとアオオニ。
 これ以上ない組み合わせです。言霊は大事だとアオオニさんも言ってました。このネーミングは遠回りなプロポーズなのかもしれません。月が綺麗だとも言ってましたし。その次は、あなたのためなら死んでもいい辺りでしょうか。文学的です。
 アオオニさんは人差し指で何かを数える素振りをしながら頷いてます。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……。アカオニくんを含めて参加者は七人か」
「え?」
 驚いて振り返ると、そこには年齢性別様々な六人がいました。
 いつの間に……。
 さっきまで独りぼっちだったのに、急に賑やかになりました。
 眼鏡をかけたやる気のなさそうな若い男。半ズボンを履いてる小学生くらいの男の子。派手な化粧で露出が激しい女。口元を歪めて笑っている肥満体型の男。ぼそぼそ独り言を喋ってる制服姿の女の子。人を羨む視線を投げながら爪を噛むスーツの中年男性。
 そして……私。
 七人です。侍の数か大罪の数かおたくの数かわかりませんが、とにかく七人です。
 参加者にこれといった傾向はありません。無相関という相関関係がある、などと統計学者的な屁理屈くらいは言えるかもしれませんが。
 それにしても小学生や中学生くらいの子もいるなんて、いいんでしょうか? 親が心配したりしないのでしょうか? 幸い、補導や職質の心配はありません。彼らが増えたところで世界は止まったままなのですから。
 そうなのです。人は増えましたが、それ以外はトワイライト不思議空間が継続中です。自分の携帯番号に電話をかけたら、もう一人の私が電話に出るんじゃないかと疑うほどです。気になって携帯を確認してみると、案の定、お決まりのように圏外で検証しようがありませんけど。
 この閉ざされた世界に七人、いいえアオオニさんを入れて八人というのは多いのか少ないのか判断しにくいです。
 急に、不安になってしまいました。
 そもそも私に初対面の相手と仲良く談笑する能力なんてありません。アオオニさんのオフ会、ということで他の参加者がいることに思い至らなかった私の失策です。
「ねーねー」
「はい?」
 見ると、小学生くらいの男の子がスカジャンの袖口を引っ張ってます。買ったばっかりなのですから伸ばさないでほしいです。
 とはいえ、子どもだからという強力な免罪符をもつ相手を邪険にすることもできず、とりあえず適当に対応します。
「ボクたち、鬼なんでしょ?」
「まあ……アオオニさんの定義でいったら私は鬼でしょうね。君のことまでは存じ上げませんが」
「ぞんじあげませんが? ふうん、お姉ちゃん難しい言葉使うね」
「よく言われます」
「わかりにくいね」
「よく言われます」
 私は対象年齢に合わせた言葉遣いをする気など毛頭ありません。赤ん坊相手にも普段通り話すでしょう。いないなーい、っていないわけありません、ちゃんといますよ! と一人ノリツッコミをしながら赤ん坊をあやす自分の姿がありありと浮かびます。
「それでさ、ボク気になることがあるんだ。お姉ちゃん教えて」
「……答えられる範囲で答えます」
「鬼の居ぬ間に洗濯って言葉あるじゃん? あれって、もし自分が鬼だったらどうなるの? 服、洗えないじゃん」
「それは……困りましたね」
 意味が全然違います。
「どう、アカオニくん?」
 アオオニさんがにやにやしながら近付いてきました。一歩ずつアオオニさんが近付くにつれ、鼓動が速くなるのを感じます。どきどき。
「アカオニくんって……もしかして、ショタ?」
「違います!」
 別の意味で一気にマックスまで鼓動が速くなってしまいました。確かに男性向けの諸々の中では唯一ショタだけは嗜みますが、それとこれとは話が別です。
 ……別です、きっと。
「ねーねー、お兄ちゃん。ショタって何?」
「ショウタロー・コンプレックスの略で、意味は」
「子どもに変なこと教えないで下さい!」
「ねーねー、お姉ちゃん。八方鬼人って言葉あるじゃん」
「なんだか凄く強そうですね!」
 そうでした、今日はツッコミ記念日でした。時刻は零時過ぎで日付は跨いでますので、ツッコミ後夜祭みたいな感じでしょう。
「というわけで、ショタコンというのは要約すれば半ズボン萌えなんだ」
「なんだか大胆に要約してますけど絶妙に違います!」
 ちなみにここにいる男の子も半ズボンです。
 特に萌えません。
 ……本当ですよ?
「ねーねー、お姉ちゃんはお弁当温めますか? ってきかれたら「ああ、はい」って答えたあとで別に温めなくても良かったよなー外寒いし帰ったら温め直そうかなーって後悔するタイプ?」
「そうですけど小学生くらいの男の子に言われると何故かむかつきます!」
「むうー……」
 いや、急にそんな子どもらしく拗ねられても。
 この男の子は緑川さん並にいい性格をしてる気がします。
「ショタ受けっ! ショタ受けーーっ!」
「いきなり奇声上げて誰ですかあなた!」
 中学生くらいの制服姿の女の子がいきなり興奮しておかしくなりました。おそらく何かスイッチが入ってしまったのでしょう。ピンポイントで属性にクリティカルヒットしてしまったのかもしれません。
 小学生+半ズボン+「むうー」の三種の神器ですか。そうですか。特に「むうー」のポイントが高いな、とわかりたくないことがわかります。
「うわっ、このお姉ちゃん目がマジだよーー!」
「テケリ・リッ! テケリ・リッ!」
 小学生の男の子を追いかける女子中学生の図。ラブクラフト的奇声付き。
 ここが鬼の世界だと言うことをまざまざと感じさせる光景です。思わず身震いします。現実と空想はしっかりと区別しなければなりません。
「さて、そろそろ歩くとしようか」
 アオオニさんは何事もなかったかのように平然と口にしました。やはり格が違います。私も見習って、少しのことではツッコミを自重した方がいいかもしれません。オフ会の参加者以外は人が見当たらないことなんて気にしたら負けかもしれません。
 けど……。
「あ、歩くって、ど、どこに行くのですか?」
 アオオニさんと対面するとツッコミ以外はどもってしまう女子高生がいます。私です。限定的かつ全く嬉しくない特徴です。
「なーに、大地を力強く踏みしめるその二本の足があればどこにでもいけるさ。三百六十度全て道なんだよ」
「つまり行き先は決まってないんですか……」
 独り言っぽくするとどもりませんでした。新たな発見ですが、これも嬉しくありません。
「行き先なんて些細な問題だよ」
 チッチッチ、と人差し指をメトロノームのように揺らしながらアオオニさんが私の独り言に応えました。会話が成立したなら、独り言ではありません。初めてツッコミ以外でどもらなかった、と前向きに認識を修正します。
「アカオニくんはちゃんとこのオフ会の主旨を覚えてるかい? このオフ会は百鬼夜行、もとい百奇夜行だよ。歩くことこそが目的さ。お喋りしながら夜道を歩きみんなで親睦を深めて……自分を知るんだよ」
「自分を知ってもらう、じゃないんですか?」
 参加者同士で親睦を深めるなら、そっちの方が適切な気がします。
「ははは、まあ、そうとも言うかな。僕は昔から受動態と能動態の区別がつかない病気なんだ。例えば、お腹空いたしカレーライスに食べられよう、とか」
「とんだホラーですね!」
「僕の趣味はサッカーをされることです、とか」
「なんかイジメっぽいですね!」
 受動態なのに主語を変えないからおかしくなるのです、とは面白くないからツッコミませんでした。勢いのツッコミか理屈のツッコミか、臨機応変でなければなりません。私のツッコミレベルが昨日今日で上がりました。
 何かを誤魔化された感じですが、アオオニさんと自然な会話(ボケとツッコミという明確な役割分担を自然だとすればですが)ができたので良しとしましょう。
「うわーーっ!」
「テケリ・リ・ショタ・ネクラノミコロンーーっ!」
 まだやってたんですね。それに叫び声が意味わからないですね。
 一足早く鬼ごっこをしていたショタとショタコンを追うようにアオオニさんが、次いで他の参加者が歩き始めました。
 私も後に続きます。
 ふと、空を見上げました。
 そこにはいつもと変わらぬ美しい月が悠然と夜空に在りました。
 鬼しかいない不思議世界で、ただひとつ確かなもの。やはり、お天道様よりお月様です。月はいつもと変わらない、けれど、いつも以上に鮮烈に、私の目に映りました。

 こうして、百奇夜行が始まりました。
 アオオニさんのサイトを見て集まった人たちがオフラインで会したわけです。みなさん、年齢性別様々ですが、やはりミニチュア京極堂なのでしょうか。小粋な妖怪ジョークのひとつくらい考えておいても損はなそうです。
 私は、少し距離を置くようにして様子を見ています。
 いつものスタイルです。いつもの距離感です。
 だけど、段々と気分が悪くなってきました。正確には、苛ついてるのです。
 何に、誰に苛ついてるのか、わかりそうでわかりません。
 嘘です。
 わかっていますが、わからないふりをしています。
 よほど私が難しい顔をしていたのか、アオオニさんが心配そうな顔をして近寄ってきました。
「どうしたんだい、アカオニくん? それじゃあ、まるっきり鬼じゃないか」
「はあ……まあ……」
 鬼じゃないか、ってアオオニさんに言われました。
 飄々としたアオオニさんのおかげで、私も毒気を抜かれました。ちょっと、考えすぎてしまったようです。
 どちらかと言わなくても社交的に見えるアオオニさんですが、やはり私とあるいは私たちと同じように鬼なのでしょうか。独りぼっちと感じてるのでしょうか。よくわかりません。
「お前に言われたくないよ、って顔してるねアカオニくん。まあ僕は鬼だけどさ。けれど、アカオニくんはよくて半人半鬼ってところだよ」
「そう、でしょうか?」
「そうだよ。僕が鬼だからこそ、断言できる」
 断言されました。
 私は鬼なのでしょうか? 人なのでしょうか?
 よく、わかりません。
 独りぼっちだと思っていました。
 独りぼっちで、人でなしの鬼だと思っていました。
 ふいに、友達の家に泊まりに行くと伝えたときの両親の顔を思い出します。きっと、私が思っていた以上に普段の私の様子を見ていたのでしょう。
 それに緑川さんとお話をしました。緑川さんは相手の隙を突くことでコミュニケーションをとろうとする人です。今日たまたま居眠りしたのをきっかけに話しかけてくれましたが、それはつまり、私を普段から見ていたということでしょう。
 私は、独りぼっちだったのでしょうか?
 そう、思い込んでいただけだったのではないでしょうか?
 一人で殻に閉じこもることで誰も傷つけることはない、そう思っていたのは……私の、罪?
 そうです、簡単です。苛ついていた原因は、私自身が不甲斐ないからです。
 優しい様子で目を細めて私を見ながら、アオオニさんは続けました。
「ああ、まったく……。僕はいつでも泣く鬼には弱いんだよ。仕方ない、仕方ないよなー。ちょっとだけ、ほんの少しだけ本気で仲間にしたいと思ったけど……。半人半鬼なら、鬼に引きずることもできると思ったし、この調子でいけばたぶんできたろうけど。やっぱり、君に鬼は似合わないよ、アカオニくん」
 独り言のようにぶつぶつと何事かを呟かれながら。
 すっ、とアオオニさんに目尻を拭われました。
 どきどきシチュエーションです。この場面を網膜に焼き付けるべく眼を開きますが、視界が歪んで世界が霞んでいます。
 ああ……泣いてるのですね、私は。
 今、気がつきました。
「あの……どうして、私は泣いてるんでしょうか?」
「それを僕に聞くのかい? 答えられるのなら応えたいところだけど、残念ながら無理だよ。僕は、鬼だからね。正真正銘、掛け値なし、純度百パーセントの鬼だから……。そうだ、泣いた赤鬼って話、知ってるかい?」
 私は黙って頷きました。
 人間と友達になりたい赤鬼くんのために青鬼くんが憎まれ役を買って出て一件落着、かと思いきや青鬼くんは独りぼっちでどこかに旅に出て、それを悲しんだ赤鬼くんがわんわんと泣くことで終わる話だったと思います。
「あの話はね、実話なんだ。もちろん青鬼は、この僕。多少脚色をされてる部分はあるし、ノンフィクションと言うべきじゃないけど、おおむねあんなことが大昔にあったのは本当さ」
「…………いやいや、それはどうなんでしょう?」
 突拍子もない話でツッコミも冴えません。
 記憶違いじゃなければ、そんな古い創作でもなかった気がするんですが。
 いや、これはアオオニさんの設定なのかもしれません。アオオニさんがアオオニさんを演じる上での設定だとしたら、突っ込むのは野暮というものでしょう。
「まあ、信じられないならそれでもいいか」
 アオオニさんはさして気分を害した様子もなく話を続けます。
「鬼はね、泣かないんだ」
「いきなり話を否定してませんか!」
「そんなことないさ。お話の最後にあるように、赤鬼くんは泣いた。そして、鬼から人になったんだ。独りぼっちじゃなくなった赤鬼くんは人になり、独りぼっちで旅に出た青鬼はやっぱり鬼のままなんだ」
 口角をにやりと上げてシニカルな笑みを作っていますが、そのアオオニさんの顔がなぜか悲しそうに見えたのは気のせいでしょうか。
 鬼は、独りぼっち。
 青鬼くんは、アオオニさんは、独りぼっちなのでしょうか?
 そして、私は……。
「泣いた鬼の、泣いた半人半鬼の私は、人になれたんでしょうか?」
「……すぐになれるさ。けど、一つ謝らないといけないことがあるんだけど、ここに長居したら鬼になるよ。いやあ、ごめんごめん」
「鬼に、なる……。そういえば疑問だったんですが、ここはどこですか?」
 鬼々骨駅から結構な距離を歩いています。
 けれど、世界は依然として停止しています。
 人が、他者が、不確かな自分を外部から補強してくれる世界そのものがあまりにも希薄な、ここはどこなのでしょう?
「本当にごめんね。うん、反省してる」
「いや、謝るまえに教えて下さい。ここは、どこですか?」
「ここは……どう説明したらいいんだろうな」
 青い髪をぽりぽりと掻きながら、アオオニさんは困った顔をしています。言いたいことはあるのに適切な言葉が見つからない様子です。
「……鬼の世界、と言うべきなのかな」
「ここが、鬼の……?」
「だから、ここに長居したら、鬼になっちゃうんだ。一度鬼になったら、きっと人間に戻ることはできない……。いやあ、鬼の世界と言うより僕の世界かな? だから、悪いのは僕なんだけどね、ははは」
 軽快な笑い声は、ともすると薄情に聞こえますが、私は嫌な気持ちになりませんでした。アオオニさんが心では笑っていないことくらい、鈍い私にもわかります。
 人の温もりを感じない、時間を冷凍保存したような、そんな悲しい世界。
 どうして私がここにいるのかも聞きたくなりましたが、聞きませんでした。
 こんな超常現象のような現代科学と相容れない状況を生み出した術を聞いてもわからないかもしれませんし、ここが鬼の世界、ここがアオオニさんの世界だとしたら理由はなんとなく想像がついたからです。
「……アカオニくんは、どうしてこんな奇妙な場所に、こんなつまらない孤独な世界に自分がいるのか、聞かないのかい? 目の前にその犯人がいるのに」
「犯人ではありません。『芥川龍之介の桃太郎』の管理人であるアオオニさんです。そして今日はオフ会だから、私はここにいるのです」
 私は、即答しました。
 もちろん、オフ会だからここにいるというのは事実です。
 アオオニさんが求めていた答えとズレていることはわかっていますが、これでいいのです。
 眉唾もいいところですし、アオオニさんが正真正銘の鬼なのかはわかりませんが、もし仮に本当にここが鬼の世界であるならば……もしここに独りぼっちで生きていかなければならないとしたら……。
 それは、とても寂しいことです。
 それは、きっと耐えられない孤独です。
 たとえ、鬼だとしても、鬼だから仕方ないと自分に言い聞かせても、誰かを、他者を誘いたくなる気持ちを否定することは私にはできません。
「そうか……本当に、アカオニくんは優しいね。惚れそうだよ」
「惚れそう、ですか」
 顔面に血液が集中するのを自覚して、とっさに顔を下げます。
 なんだか自然に会話していましたが、相手はあのアオオニさんなのです。長身でイケメンで髪が青いのが目立ちすぎますがどこか影のあるところも素敵な、あのアオオニさんに惚れそうだと言わしめてしまったのです。
「アカオニくん……目を瞑ってくれないかな」
「ふへぇッ!? いや、その、いきなりですか? いろいろと心の準備というものも必要だったりなかったりしたりしなかったりしたり顔だったりするんですが」
 混乱して意味不明です。
 目を瞑って何をするのか、そんなの愚問でしょう。
 二人きり(正確には他の参加者さんたちもいますが)で男性が女性に目を瞑ることを要求して、そのあとするのは……。
 これはチャンスなのでしょうが、急すぎです。会って間もない男女がその、キ、キス、なんて、アオオニさんとなら、嫌じゃないですけど……。
「いきなりで申し訳ないけど、時間があんまりないからね。目を瞑って、十秒数えてくれないかな?」
「あ……ああ、その、は、はい。わかり、ました」
 私も女です。
 ここは覚悟を決めましょう。
 十秒数えるというのはあまり漫画やアニメになかった条件ですけど、最近流行の演出なのかもしれません。十秒数えてと言われたのに残り二秒くらいで不意打ち気味に、なんてドッキリ演出の可能性も否定できません。どきどき。
 一世一代の大勝負のつもりで、きつく、ぎゅっと目を瞑ります。
「十……九……八……」
 ゆっくりとカウントします。
「七……六……五……」
「よーし、みんなー……」
 アオオニさんが何事か言ってますが、はっきり聞こえません。
 みんなとは他の参加者でしょうか? みんな、ここは僕たち二人きりにしてくれないか。なんて、そんな素敵な提案かもしれません。どきどき。
「四……三……二……」
 神経を張り詰めます。
 周りの気配が薄くなったような気がします。本当に、他の参加者がいなくなったのかもしれません。
 まるで、この場に私だけがいるような……。
 はて、それはおかしくないですか?
「一……零……!」
 目を、開けます。
 そこには、誰もいませんでした。
 誰も、いない?
 アオオニさんも含め、誰もいなくなってしまったのです。
「あのー」
 きょろきょろ見回すと、みんな一斉に背中を向けて逃げているのが見えました。
 青い髪のひょろりとした青年、つまりアオオニさんもです。
「あのー、アオオニさーん!」
 大きな声で呼びかけると、アオオニさんはくるりと私に向き直り、通りの向こうから大声で答えてくれました。
「どうしたんだい、アカオニくーん! 早くみんなを追わないと! これは鬼ごっこだよー! アカオニくんは、鬼ごっこの鬼だよ−!」
「はあぁっ!? いったい、どういうことなんですか?」
「へ? だって目を瞑って十秒数えるなんて鬼ごっこの鬼以外にないでしょー?」
 そう言って、楽しそうに逃走を再開するアオオニさん。
 アオオニさんの中では、「目を瞑って十秒数えて」イコール「これから鬼ごっこをしよう。鬼は君だよ」という意味なのでしょう。そんな意訳が通じる相手がこの世界にどのくらいいるのでしょうか。
「………………本気で、怒ったかもしれません」
 私はこのとき鬼になったのでした。いや、鬼など生温い。私は、修羅になったのです。けけけ、一人残らず食べてやるのです。アオオニさんの骨の髄までスペアリブにして堪能してやるのです。ゴヤのサトゥルヌスを彷彿とさせるシルエットに今こそ変身を……。
 嘘です。
 嘘ですけど、無性に悔しくて腹立たしくて、鬼気迫る勢いで私は走り出したのでした。


 眼鏡をかけている、いかにも無気力ニートを絵に描いたような若い男が、呆と立ち尽くしています。最初から逃げる気がなかったのでしょうか。あまりにも呆気なくてやや拍子抜けです。
「……はあぁ……僕には関係ないけどね……人は人……自分は自分……はあ……みんなが逃げたからって僕が逃げる理由にはならないよね……どうせ僕は体力ないし……走って逃げても一番最初に捕まったに違いないよ……はあ……」
 私がタッチする直前、男は心底どうでも良さそうにぼそぼそ呟いていました。そこはかとなく気持ち悪いです。けれど、これでこの人が鬼になる。鬼ごっこというのはタッチしたら鬼が交替するのが常ですから。些細なローカルルールがあっても、ここは揺るがないでしょう。
「捕まえました。これで…………え?」
 そう、思っていました。
 これで、鬼じゃなくなると思っていました。
「……この場合は、どうすればいいんでしょう?」
 困り果てたことに、私がタッチすると男は消えてしまいました。
 跡形もなく。霧のように。私の掌に吸い込まれるように。
 消えたのです。
 それと同時に、胸が少し苦しくなりました。心臓という針山にまち針を一本刺したような、ちっぽけですが確実な異物感があります。
 人は人、自分は自分と眼鏡の男は言っていました。確かにそうですが、それを理由に無気力になったり、始めるまえから結果を決めつけてはいけません。客観的に考えればとても簡単なことですが、けれど……。
 頭が痛いです。
 どうも一筋縄ではいかなそうです。だからといって、ここで止まるわけにはいきません。二筋縄でも三筋縄でも、鬼ごっこは続けねばなりません。
 理由はわかりません。まだ。
 二人目は、スーツを着たオジサンでした。
 息も絶え絶え、車の通る心配のない交差点の真ん中で立ち止まっていました。
「やはり、駄目か……。若さには敵わないな、若さには。いくら私が努力しても、才能ある若者には勝てないよ。いいよな、君は。まだ何にでもなれる可能性があるもんな。それに比べて私は……正直、羨ましいよ君のことが」
「……オジサンは」
 私は、対話を試みました。
 まるで自分自身に言い聞かせるように、鬼ごっこを忘れて、話しかけました。
「オジサンは変われないんですか? なりたい自分、強い自分に変われないんですか?」
「無理だろうね」
「どうしてです!」
「……無理だろうね」
 会話が成立しません。オジサンの「無理」には理由がないのかもしれません。
 ともかく、交差点の真ん中で言う台詞じゃないと思いました。まだ、オジサンはどこへでも好きなように行けるじゃないですか。
 最初の一歩さえ踏み出せれば、簡単です。
 最初の一歩というのが如何に困難か、私も知ってるというのに強気な発言です。
 私という人間は、他人には厳しく自分には甘い人間だったのでしょうか。鬼です。鬼畜です。この発見は結構本気でショックだったりします。
 なら……だからこそ、この鬼ごっこには意味があります。
「捕まえました……ああ、やっぱり、消えるんですね」
 触れると同時にオジサンはいなくなりました。いつから私は人間掃除機になってしまったのでしょう。針山の針が、一本増えます。
 時が凍った世界の、他人の微熱すら感じない孤独な世界の、何かを象徴するようなスクランブル交差点で、私はしばらく呆然と立ち尽くしました。
 頭が、痛くなります。
 ここは、鬼の世界。
 独りぼっちです。
 ある意味、ラクなのかもしれません。
 究極の引きこもりの完成です。
 誰とも交わらず、誰とも混ざらず。
 私が個室と呼ぶ、あるいは中二病っぽく、自我を強化し世界と隔絶した絶対空間と呼ぶものの強化版です。
 あれ? 理想の世界じゃないですか?
 どうせ、私なんて変わりたいと思っても思うだけで、実際には変わることなんて無理なんですから。無理なものは無理です。理由なんて考えなくても、始めるまえから無理なのは確定的に明らかなのです。
「って……本当に、私は自分に甘いんですね」
 溜め息をついて。
 私は最初の一歩を踏み出しました。
 鈍い頭痛に耐えながら。
 鬼ごっこを続けなければいけません。
 まだ、私が鬼なのですから。
 三人目と四人目は公園の広場にいました。
「これは……とてもアブノーマルです」
 遊具がブランコしかない寂しい公園で、脂汗をかいた肥満男が化粧の濃い気の強そうな女に傅いていました。一目で主従関係が明らかです。というより、完全にあっちの方向性の主従関係です。
「この豚野郎ッ! キショイんだよッ!」
「ひぃーっ! 酷い! 酷く…………いい」
 いいのかよ!
 思いきりツッコミたいところですが、あの肥満男には逆効果でしょう。かえって喜ばれて泥沼化すること確実です。
 派手な女は仁王立ちでふんぞり返っています。とても偉そうです。まるで世界の中心は私というポーズをとってるみたいです。
 肥満男は土下座するような格好で女を見上げながら、やはりニヤニヤしています。
 もしや、あの角度なら……。
「フヒヒ…………黒」
「死ねッ!」
 果たして「死ね」と言ったのは私でしょうか若い女でしょうか。たぶん、私じゃないでしょうが(私ならせめて「生まれ変わって下さい」でしょう。それでも酷い物言いですが)、ともかく何かを叫んだのは事実のようです。
 二人は私に気がついたらしく、顔を向けます。
「あなた、誰よ? ……ああ、鬼だったわね」
「フヒっ、女の子だ。現役女子高生の鬼っ子だ」
 二人は私が鬼だと気づいても、逃げる様子がありません。もはや鬼ごっこのルールを忘れてるのかもしれません。
「鬼っ子ちゃんの格好可愛いね」
「はあ……どうも」
 肥満男が四つん這いのまま私の方にゴキブリよろしくな動きで近付いてきます。他人に可愛いねと言われ慣れていませんが、まったくドキドキしません。むしろムカムカします。
 もし、アオオニさんに「可愛いね」と言われたら……。
 想像するだけでドキドキです。
 やはり、人間は(鬼もそうですが)見た目も重要だと痛感しました。南無。
「赤いスカジャンに黒いミニスカートにブーツ、そのアンバランスでエッジな組み合わせと、黒く凛々しいショートの髪と涼しげな瞳が醸し出すアンニュイな印象、攻撃的なファッションと触れれば壊れそうなメンタルが作り出すパラドックス萌え…………いい! すごくいい!」
「……どうも」
 気持ち悪いのですが、誉められること自体には悪い気はしません。特に緑川さんと一緒に選んだ服が誉められるのは、誉めてくれる相手こそ心外ですが、嬉しかったです。
「ちょ、ちょっと! 豚野郎のくせに私よりそっちの鬼を選ぶの!」
「フヒヒ……オバサンより女子高生、中古より新品だよ、サーセン」
「な、なんですって! きいいぃいぃぃッ!」
 ぴきん、と音が出そうなほど血管を浮き立たせながら若い女は金切り声を上げました。
「あんた!」
「私、ですか?」
 派手な女は私を指差しながら、ずんずんと近付いてきます。どうやら怒りの矛先は私に向いたようです。白雪姫に林檎を食べさせる魔女のような顔をしています。常に自分が一番じゃなきゃ気に入らない様子です。
「あんたより私の方が綺麗じゃない! どうして私が一番じゃないのよ!」
「それは、その、好みの問題かもしれませんよ? ……全く自慢じゃありませんが、私はソッチ方面の男の人には好まれる傾向があるようなのです」
 これは嘘ではありません。
 関心がなかったので詳細は覚えていませんが、内向的あるいは自己完結的ともいえる趣味をもつ人たちに限って人気があるのです。私をアニメかゲームのキャラと勘違いしてたのでしょうか。元キャラを知りたいような知りたくないような、複雑な心境です。
 なおも納得のいかない顔で、派手な女は私の胸ぐらを掴みました。
「どうして! 私は、私が特別じゃなきゃ嫌なの! その他大勢じゃない、みんなが認める崇める存在じゃなきゃ! どうして! どうして……」
「落ち着いて下さい……あっ」
 派手な女の身体を離そうと手が触れた瞬間、やはり影も形もなく消えてしまいました。
 針山の針が、また一本。
「あーあ、消えちゃったね」
 肥満男の呟きに、私は目を向けず応えます。
「そう、ですね」
「漏れみたいな便所虫は社会から消えても誰も気づかないどころか、むしろ世のため人のためになるのに、中古とはいえそこそこ綺麗な女の人が消えるなんて、フヒ、サーセン」
 ふと、視線を遣ると、肥満男がニヤニヤしてるのに気がつきました。
 土下座するようなあの角度なら……。
「フヒヒ…………白」
「二度死ねッ!」
 咄嗟に出たのは「生まれ変わって下さい」ではなく「二度死ね」でした。
 そして、思わず、蹴ってしまいました。
 人生で初の暴力を振るった相手は、どういうわけか少し嬉しそうな顔をしながら、消えていきました。手以外の接触もカウントされる武闘派鬼ごっこです。これで一気に針が二本増えました。
 なんとなく、針のからくりには気づいてます……。
 私はこう見えて頭の回る方ですから。
 そうです。天才肌と言っても過言じゃありません。きっと神さまに選ばれた特別な存在なのです。
 学校の勉強でわからないところはありません。一度、五教科全てのテストで満点をとったら、次の期末が明らかに難易度が高くなってしまい同級生に非難の目を浴びせられたことがあります。それ以来、たまにわざと間違えたりするくらいです。
 授業中ノートを一生懸命とるのは、そうでもしないと示しがつかないからです。居眠りなんかして百点だったら顰蹙ものです。これも経験から学びました。世間体を考える天才肌なのです。
 だから、他人が私のことを理解してくれないとしたら、それは相手が悪いのであって私には非がありません。
 嘘です。私みたいな便所虫のことを、日々を楽しく過ごしてらっしゃる他の皆様に理解できるはずもありませんし、理解する必要もありません。勉強しか能のない暗く妄想大好きな人間失格を擬人化した私は、ひっそりと消えるか死ぬかを選択した方がいいのかもしれません。
 友達も……いません。一瞬だけ緑川さんの顔が浮かびましたが、彼女はクラス委員長としての同情から気まぐれで声をかけていただいた可能性を否定できません。私は虫、私は鬼、所詮は人と相容れない存在なのです。
 だから、他人が私のことを理解してくれないとしたら、それは私が悪いのであって相手には非がありません。
 自尊心と劣等感がない交ぜになったマーブル模様が、頭の中をぐるぐる回っています。
 まるで、ルビンの壷のようです。
 自尊心に目を向けると劣等感が地になり、劣等感に目を向けると自尊心が地になる。そんなトリックアートを強引に見せられてる感じです。
「もしくは……これは、ただの鏡なのかもしれません」
 四本の針を心の臓に刺したまま、私は鬼ごっこを続けます。
 誰か、私以外の誰かがいれば、この頭痛は治まる。そんな確信があるのです。我思うループを脱するには、他者の存在しかありません。
 たとえそれが、幻であったとしても、今の私には必要です。
 私は走りました。
 孤独から逃れるように。
 どこまで行っても他者の温もりを、その空気が含む微かな微熱さえ殺してしまったような、閉ざされた悲しい世界で、私は……。
 これが、私の求めていた理想郷なのでしょうか?
 アオオニさんは、私のメシアなのでしょうか?
「……わかりません。けれど、たぶん、私が求めてるのは、もっと……」
 息も切れ、頭痛も耐えられなくなってきた頃、やっと見つけました。
 五人目は、あの半ズボンを履いた小学生くらいの男の子でした。
 車の影すら見えない横断歩道で、律儀にも手を上げて渡っています。滑稽なほど素直です。
「あっ! 鬼だ!」
 私の姿を見つけるなり、全速力で逃げていきました。
 私も走ります。逃げられたら追いたくなるというのは本当です。初めて鬼ごっこらしくなりました。
「待ちなさい!」
 気分を出すために言ってみます。
「わかった!」
 元気のいい声で応えて、少年は止まりました。
 素直です。素直すぎです。
 桜の枝を折ったらすぐ謝るタイプなのは賞賛に値しますが、時と場合によると思います。
「あの、どうして止まるんですか?」
「え? だって、お姉ちゃんが待ちなさいって言ったから」
「けれど、鬼ごっこなので逃げてもらわなければ困ります」
「どうして、困るの?」
「それは……」
 どうしてでしょう? 鬼としては、一刻も早く捕まえた方がいいに決まっています。そういうゲームなのですから。たとえ、触れれば消えてしまう相手だとしても。
「お姉ちゃんは、鬼なんでしょ? ボクを捕まえるんでしょ? どうして、鬼は鬼じゃない人を追うのかな?」
「それは……悲しいからです、たぶん」
 ふと口を出た言葉に、私も驚きました。
 悲しい? 鬼が? それとも私が?
「どうして、悲しいのに逃げてもらわなければ困るの?」
「……ゲームだからです」
「どうして、そういうゲームなの?」
「それは……」
「鬼は、怖いの? 人と触れ合いたいのに、人に触れるのが怖いの?」
「そう、かもしれません」
「じゃあ、鬼は結局どうしたいの? お姉ちゃんは結局どうしたいの? このままでいいの? ボクは一体、どうすればいいの? 逃げればいいの? 捕まればいいの?」
「私は……どうしたいのでしょう?」
「どうして、どうしたいのかわからないの?」
 この少年は、素直です。
 なんにでも疑問をもって、理由を求めて、終わらない問いを続けて、まるで、私自身が果てのない自問自答をして、アオオニさん風に表現するなら我思うループに陥ってるような、そんな感覚です。
 ああ、そうなのです。
 この鬼ごっこは、最初から。
「私とアオオニさん、二人だけだったのです。だから、私はアオオニさんを探します」
「じゃあ、ボクはどうすればいいの?」
 私は、少年の頭に手を載せました。
「とっとと私に戻って下さい、素直で愚直な私」
 少年は、消えました。いいえ、正確には消えたのではなく戻ったのです。私の中に。こうして、針山の針が一本増えます。
 私は、寂しいのです。
 私は、怖いのです。
 そうです……私は鬼ですから。自意識過剰の鬼ですから。他人にどう見られるのか、どこかおかしいところがないか、気にするあまり人と会話することが苦手になり億劫になり、それでいて寂しがりの鬼ですから。
 人っ子一人見当たらない孤独な世界を、私の分身となるオフ会の参加者たちを、アオオニさんが作り出したのか私が作り出したのか、それともアオオニさん含め全て私が想像した一人芝居なのか、わかりません。
 お芝居だったら、観客はいるのでしょうか?
 私が右往左往してるのを、どこかでポップコーンを片手に見て笑ってるのでしょうか?
 そんな映画を見たこともありますが、特に驚きも感動もしませんでした。
 なんせ、私は小さい頃からそんな妄想に取り憑かれてましたから。
 私は、誰なのでしょうか? 本当に両親の子どもなのでしょうか? 実は私以外の人間は既に宇宙人と入れ替わっていて、私という人間を影で観察してるのではないでしょうか? 世界に私以外は存在せず、この私の脳だけが水槽の中でプカプカと浮かんで夢見てるだけなのではないでしょうか?
 小学校に入学するまえから、私はこんなことを独りで考えては恐怖していました。
 だから、他者が必要ないと孤独を選んだのでしょうか? この世界は、やはり私にとっての理想郷なのでしょうか?
「それは……半分本当で半分嘘です」
 私は歩き始めました。
 頭痛が酷くなったからです。
 この頭痛は、誰かを必要としてる私の半分が訴えているのです。誰かを捕まえろ、誰かに心を開け、もっと自分をさらけ出せと訴えているのです。
 私の半分は、この孤独な世界から一刻も早く出たがっているのです。いいえ、半分以上の私が、もう気づいているのです。この世界が行き止まりだということを。ここにいたら先がないということを。
 コンビニで六人目を発見しました。中学生くらいの制服姿の女の子です。
 漫画雑誌を一人で立ち読みしながらニヤニヤしています。
 こちらには気づいてなかったようなので、私は声をかけず後ろから肩を叩きました。ちょっと反則っぽいですが、私は早くアオオニさんを追いたいのです。そのためには、私はしっかりと私でなければなりません。
 これで、針山の針は六本です。
 なんとなく、女の子が読んでいた雑誌を手に取りました。予想がつかなかったと言えば嘘になりますが、私の好きな漫画雑誌です。
 不思議なことに、随分と古いバックナンバーです。
 棚を見ると、私が読んでいたお気に入りの雑誌や漫画本が所狭しと並んでいます。コンビニなのにおかしいなと思いつつ、ついつい、手が伸びてしまいました。
「あっ、これ懐かしい」
 好きな漫画に囲まれて、読まない理由はありません。
 しばし時間を忘れて読みふけることにします。
 お店の人に悪いかなと思わなくもなかったですが、飲み物やお菓子も頂きながら漫画三昧です。誰もいないこの世界だからこそできる贅沢です。夜更かしを咎める親もいないのですから。
 あれ? ここは案外に理想郷かもしれません。
 そういえば、あの頭痛も治まりました。
 現実から目を背け妄想の世界に逃げ込むことで、頭痛を回避できるのでしょうか。そうだったら、このコンビニに引き籠もることもやぶさかではないです。
 妄想は優しいです、いつでも。
 どんな卑屈になっても、どんな自分が嫌いになっても、想像の翼一つで私はスーパーガールです。完璧に完成した完結な世界で、私は自分とは似ても似つかぬ、あるいはどこか似た登場人物に自分を投影し、現実では叶えられない大冒険に心躍らせるのです。
 ふと、漫画から目を上げました。
 高校生くらいの女の子がいました。
 漫画雑誌を一人で立ち読みしながらニヤニヤしています。
 コンビニのガラスに映った、私です。
「……とても、自己嫌悪です」
 途端に、頭痛がやってきました。
 私は脇目も触れずコンビニを走り出て、鬼ごっこを続けました。
 あとは、アオオニさんだけです。
 アオオニさんも、やはり消えてしまうのでしょうか? アオオニさんこそが、私の七本目の針なのでしょうか? それとも……。
「はあ……くっ……」
 日頃の運動不足がたたり、すぐに息が切れてしまいました。けれど、足を止めるわけにはいきません。私は鬼ですから。私は弱いですから。この足を一度止めたら、たぶんもう動けなくなります。この誰もいない寂しい世界こそが、安住の地であると本気で考えたくもなります。
 アオオニさんと二人なのか、それとも、どう足掻いてもここは私独りぼっちの妄想ワールドなのかわかりませんが、とにかく行き止まりなのです。
 行き止まりでは、前に進むことはできません。
 そうです、私は、変わりたいのです。
 緑川さんは癖のある性格をしていますが、なんだか友達になれそうな気がします。お互い不器用で、本気で付き合おうとすればするほどすれ違いが多そうですが、それも悪くありません。そういったすれ違いこそ、いかにも友達っぽいじゃないですか。
 両親にはとても心配をかけているようです。心配をかけないために成績を良くしてる、なんてことはとうの昔にお見通しなのでしょう。友達の家に泊まると言った嘘は、嬉しさのあまり見抜けなかったのかもしれませんが。私は、親不孝娘です。だからこそ、これから自立して一人前になりたいのです。変わりたいのです。
「私は……私はッ!」
 走ります。
 車のない幹線道路を。
 公園の広場を。
 学校の前を。
 体中にべったりと汗をかき、呼吸音がかしましいほど息を荒げ、私は探しました。アオオニさんを、いえ、誰でもいいのです。緑川さんでも両親でも名前の知らないクラスメイトでも、私の存在を許してくれる他者さえいれば。
 鬼ごっこの鬼は、寂しいから人を追うのだということを、実感しました。誰かに触りたい一心で、逃げる人を追うのです。
「私は……ッ」
 ここ一ヶ月の運動量を足し合わせたようなマラソンで、私の足は棒になりそうでした。
 走れなければ、歩くしかありません。
 ブーツで走るというのも無謀だったな、と今更思いました。私は緑川さんと選んだ勝負服を着ているのです。ミニスカートだったので走ってるときお見苦しいものをチラつかせたかもしれませんが、見てる人がいないのが幸いです。
 無我夢中で走って辿り着いたのは、集合場所である鬼々骨駅前でした。
 オフ会で集まったのは、結局私だけだったのでしょうか。そもそも、アオオニさんのサイトすら私が妄想したものなのでしょうか。孤独な自分を鬼だと自称し、中二病全開で多重人格運営サイトでもしてたのでしょうか。
 疑問は尽きませんが、そんなことより、私は……。
 私は、いじけるのを止めます。
「私はッ、私は人間です! 私は、鬼なんかになりたくありません! 弱いですし、甘いですし、臆病ですし、自分勝手ですし、その他諸々ダメダメですけど、鬼は嫌です! 独りぼっちは嫌です! だから、だから……。早くアオオニさん、ここから、出して下さいッ!」
 生まれて初めてお腹の底から声を出し、私は足を止めました。
 もう一歩も動けそうにありません。タイムリミットがあるならばお手上げです。
 けれど、アオオニさんは来ると確信していました。
 今の私は……。
「やれやれ、本当に僕は……」
 後ろから誰かが近付いてきます。
「本当に僕は、今も昔も泣く鬼には弱いんだよ」
 今の私は、顔がぐちゃぐちゃになるほど泣いていたのでした。それでアオオニさんが現れない道理がありません。振り向くと、青い髪をポリポリ掻きながら歩いているアオオニさんがいました。
「このままこっそり隠れてタイムアップ狙いでアカオニくんを鬼にしようかと欲が出たけど、やっぱりナシだ。アカオニくんは、鬼ではなくて人間になるべきなんだ。やっぱりね。僕みたいに生まれながらの鬼とは違うんだから」
「あの……」
 私は、どうしても聞かなければなりませんでした。
「あの、アオオニさんは……私、ですか?」
「ははは、面白い質問だねアカオニくん。僕は、アオオニだよ。アカオニくんじゃあない。ただの……しがない本物の鬼さ」
 アオオニさんは快活に笑いながら答えました。
 その笑顔はあまりにも透き通っていて曇りのないものでしたが、アオオニさんが心の底から笑っていると思えるほど私もおめでたくはありません。
 私も、やはり鬼の端くれなのですから。気持ちはわかるのです。
 どんなに強がっても、どんなに孤独を愛しても、どんなに否定したくても。
 寂しいのです、私たちは。
「アオオニさんは、逃げないんですか? これは鬼ごっこですよ? さっきみたいに隠れて逃げ切ってタイムアウト勝ちを狙うのが、むしろ正々堂々の勝負なのではありませんか? そうしたら……」
「そうしたら、アカオニくんが本物の鬼になってしまうよ」
「それは……嫌です」
「だろ? 僕は自分をこれ以上嫌いになりたくないんだよ」
「けど、私が鬼になれば、鬼は二人です。二人なら、独りではありません。きっとそれは、鬼じゃ、ありません。鬼だけど、鬼じゃなくて、その、きっと新しい何かです。シミュレーションゲームにおける黄色いユニット的な第三勢力になれるはずです」
「アカオニくん、気持ちは嬉しいけど、言ってることがめちゃくちゃだよ」
 自分でも支離滅裂なことを言ってる自覚はあります。
 けど、このまま私が元の世界に戻って終わるのは、違うと思ったのです。私の人生の物語において、演出脚本主演すべてをオールマイティにこなす私の生き方において、ただ鬼から人になってオシマイにしたくないという思いが強くなってきました。
 きっと、私は変わりつつある。
 緑川さんと話して、両親に心配をかけてたのに気付いて、自分自身の嫌な鬼と向かい合って、そして、アオオニさんと出逢って。
 この前兆を逃したくありません。間違ってBボタン連打して進化をキャンセルするなんて言語道断。私は、私は……もう、袋小路から抜け出したい! できることなら、アオオニさんと一緒に!
 私はアオオニさんへ近付きます。
 一歩、さらに一歩。
 軽く手を伸ばせば届くような距離まで近付いて、私は軽く顎を上げてアオオニさんを見上げます。
 しばらく見つめ合う格好になります。どきどき。動悸が激しいのは走り続けたからだけではありません。これを恋と呼べるかわかりませんが、同情なんて言葉で片付けたくない何かしらがあります。
 さきに目を逸らしたのは、意外にもアオオニさんでした。
「これで、ゲームセットだね。アカオニくんは鬼から人間になって、僕は鬼のまま。いつぞやと同じ出来事をなぞるだけ……。歴史は繰り返す、ってことさ」
「歴史は繰り返す、なんて人間の言葉です。鬼のアオオニさんに当てはまるとは限りません」
 私は右手でアオオニさんの左手を掴みます。よし、大丈夫。アオオニさんは消えませんでした。
 とても優しい、けれど、何か諦めたような悟りきった笑顔でアオオニさんは肩をすくめました。
「これで鬼ごっこは終わり……」
「いいえ、まだです」
 これが、たった一つの冴えたやり方であることを祈りながら。私は空いてる手で、アオオニさんのもう片方の手を握りました。
 私の行動の意図がわからなかったのか、アオオニさんは苦笑いしています。
「アカオニくん、別に両手で触っても僕は消えたりなんかしないよ。大丈夫、僕は君じゃない。ただの……孤独な鬼だ」
「一人だと、鬼になる。そう、アオオニさん言ってました……」
 私は、また泣いていました。泣きながらも、必死にアオオニさんに伝えなければいけません。
 格好悪くても、私は、生きたいと思えるようになったんだから。
 少しくらい、欲張りにもなります。
「けど、これなら……。二つの手を取り合えば、輪はできるんです……。人という字が支え合ってるのか寄りかかってるのか、私にはわかりません。とにかく、自分以外の誰かが必要だって言うなら……」
 泣きながら、顔を真っ赤にしながら、私はアオオニさんにキスをしました。
 自分自身でも驚くほど衝動的に、なのに百年もまえから予行練習していたくらい自然に唇を合わせました。ファーストキスは、レモンの味でもママレードの味でもなく、涙で塩辛いだけでした。
 ゆっくり顔を離し、それでもお互いの呼吸を肌で感じる距離で、私は言葉を続けます。
「アオオニさんの誰かに、私がなることはできませんか?」
 言いました。
 一生分の奇跡をここで使ってしまったくらいの確率で、私はどもらずに言いたいことを言い切りました。
 けれど、ドラマみたいに格好良くはありません。鏡で見るまでもなく、私の顔は涙や鼻汁でぐちゃぐちゃで、衝動的なファーストキスで夜道を照らすほど赤くなってることは確実です。
 これで、いいのです。
 今の私は、どうしようもなく生きてる実感があります。
 もう、便所虫だなんて卑下しません。
 もう、独りが悲しいと正直に言ってしまいます。
 もう、自分にも他人にも悲しい嘘はつきたくありません。
 親に心配しないで大丈夫と言いたいです。緑川さんに友達になってほしいと言いたいです。アオオニさんには……言いたいことの半分くらいは言えました。
 アオオニさんは、呆気にとられた表情で三秒ほど固まってから、天を仰ぎ。
「あー、まったく。これじゃあ……っ」
 しゃくり上げるような声を飲み込みながら、そのままポスンと私の肩に顔を乗せました。泣くのを、どうにかこうにか堪えてるのでしょうか。まるで小さい男の子が、ただ意地を張るためだけに無理をしてるみたいに。
 アオオニさんの鼻が、私の鎖骨と肩の合間にあるへっこみにぴたりとはまります。
 頭一個分はアオオニさんの方が背が高いのに、今ではこんなにも重なっています。
 冷静になれば顔から火が出るくらいなシチュエーションですが、はじらい中枢は少しまえから麻痺しています。
 ああ、なるほど。
 なんだか、ふと実感しました。
 生きる重みを誰かに預けること、それが、人間の定めなのです。
 一人きりだと鬼です。
 誰かに触れたいのに、同時に触れるのをどこかで避けている、鬼ごっこの鬼です。
 家族でも友人でも恋人でも、自分の重みを預けられるような誰かが、人間には必要なのです。なら、アオオニさんも……。
 もう一押し、気の利いた言葉をかけなければ。
 そう思うのですが、何も思い浮かびません。
 だから代わりに、私はぎゅっと、アオオニさんを抱きしめました。
 うまく言葉にできなくても、私はここにいるということを、アオオニさんにわかってもらいたかったのです。
 腕の中のアオオニさんは、生まれたての子鹿のように震え出しました。
 そして。
「あああああああああああーっ!」
 天まで届くような大声を上げました。
 それは、産声のよう。
「あああああああああああーっ!」
 私も真似してお腹の底から声を上げました。そうです。アオオニさんも、そして、私も。新しく生まれ変わるのです。ふて腐れるのは、もう止めです。こんな行き止まりには、未来がありません。こんな心配事も厄介ごともない世界には、未練もありません。
「えっ……」
 目が眩むほどの光が空から差し込んできました。
 ステンドグラスのように光を鮮やかに透過しながら、空の欠片が雪のように降りてきます。
 きっと、この世界は壊れたのです。
 鬼の世界は、これきりです。
 私はアオオニさんを離さないように腕に力を入れ直し、強く、強く目を閉じました。


 私の眠りを覚ましたのは、王子様の接吻ではなく目覚まし時計のベルでした。
 いつも通りの自分の部屋。
 いつも通りの水玉のパジャマ。
 これは……これは見覚えのある展開です。物語の禁じ手の一つと言われる、けれど、一部のギャグマンガではむしろ王道かもしれないという、アノ……。
「……はぁ。まさか、夢オチなんですか?」
 芋虫のようにベッドからどうにか這い出ると、いつもよりちょっとだけ乱暴に目覚ましを止めました。
 本当に、あれは夢だったのでしょうか。
 記憶は、あります。
 アオオニさんのオフ会に行って、誰もいない寂しい世界で心細くなって、なんだかわからないまま鬼ごっこをして、触ったらみんな消えちゃって、アオオニさんとなんだかいい雰囲気になったと思ったら、空がなくなって今に至るわけです。
 はい、現実的に考えたら夢以外の何物でもありませんね。特に、私みたいな女がアオオニさんみたいなイケメンといい雰囲気になるところが。孤独な世界とか人が消えたりとか空が割れたりよりもファンタジィです。
 予感めいたモノを感じながら私はPCを立ち上げて『芥川龍之介の桃太郎』にアクセスします。画面には虚しく『404 File Not Found』とエラーが出ました。
 タイミングが悪かった可能性もわずかにあるので何度かF5を押して再読み込みしましたが、結果は変わりません。
「困りました……。中二病をこじらせてとてもリアルな妄想を見るようになってしまったのでしょうか。だとしたら……いろいろと末期です」
 アオオニさんは、私が作り出したオリキャラだったりするのでしょうか。
 私の隠された人格が、私の知らぬ間にホームページを作ったりしていたのでしょうか。
 もしかしたら、緑川さんすら仮想のクラスメイトだったりしないでしょうね。不安になって部屋をきょろきょろと見回すと、あの赤いスカジャンがハンガーに掛かっていました。全く不釣り合いのフリフリミニスカートもその下に丁寧に畳んであります。
 近付いてみると、スカジャンの左肩だけが不自然に濡れています。
 どうしてここだけ濡れてるかなと考えて、思い至りました。
 夢じゃなかったのかもしれない確率が、わずかに上がります。
 なんだ……アオオニさん、泣いてたんじゃないですか。

 リビングで母上と出くわしました。ちょうど朝食の準備が終わったところのようです。食卓に並べられた赤飯は昨日の残りですか。そこは是非とも夢で良かったのですが。
「あら、いつの間に帰ってたの?」
「いつの間にか帰っていたのです」
 正直に答えると、母上はなぜか嬉しそうに頷くと、私の分の朝食を用意してくれました。
 父上はやや気むずかしそうな顔をして赤飯とにらめっこをしています。
「紅子、ちょっと座りなさい」
「あ、はい」
 言われなくても座りますけど、と心の中で軽く愚痴りながらも素直に座ることにします。赤井紅子という戦隊モノのリーダーも道を譲るほどレッドな名前を付けた張本人の対面に腰を下ろします。
「あー、そのー、うん……。友達は大切にするんだぞ」
「……はい」
 父上は赤飯を見つめながらぽつぽつと語り始めました。
「紅子は、小さい頃から感受性が豊かというか、ちょっと考えすぎるきらいがあるからな。もうちょっと肩の力抜いて、そのー、まあ、友達付き合いをした方がいいと、父さん思うんだ。覚えてるか? 小学校に入学したばかりのときも……」
 それから、父上は珍しく饒舌に、とても懐かしそうにとても愛おしそうに、私の思い出を聞かせてくれました。仕事が忙しくて、私のことなんてさほど興味がないと思っていた父上が、ともすれば私より鮮明に私の思い出を覚えているなんて驚きです。
 きっと、父上にも知らぬ間に心配をかけていたのでしょう。
 それでも、私のことをこんなにも優しい顔で語ってくれるなんて。
「だからな、友達を大切にするんだぞ」
 私は黙って頷いて、俯いたまま赤飯を口に運びます。今、顔を上げることはできません。ああ、この赤飯なかなか塩味がきいてますね。うん。駄目です、本当に。涙もろくなってしまったようです。本当に……塩辛いです。
「……ごちそうさまです」
 席を立ち、けれど、そのままこの空間を去るのはなんだか惜しい気もして私は立ち止まってしまいました。
「どうかしたの?」
 母上が気遣わしげに声をかけてくれます。
 大きく一回深呼吸をして、私は答えます。
「今度……ウチに友達を連れて来てもいいですか? お泊まりです」
「……ああ、もちろん」
 声を合わして承諾してくれた両親に、またしても涙を溢しそうになりながら、私は早足で学校に向かいました。

 教室に着くとすぐに、私は緑川さんのところに行きました。善は急げです。
「おはようございます、緑川さん」
「あっ、おはよー」
 挨拶もそこそこに、緑川さんは相撲の立ち会いみたいな前傾姿勢をとりながら好奇の目を向けてきました。
「で、で! 昨日の初勝負はどうだったの? 勝負服は役に立った? ねえ、ねえ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください」
 闘牛士よろしく緑川さんの口撃をいなしながら、私はこの勢いを自分に味方にすることにしました。ちょっとの勇気さえあれば、私たちはきっといい友達になれるはずなのです。
「それについての話はプライベートなので、ここでは話したくありません」
「ぶー、赤井さんのケチ!」
 口ではそう言っておきながら、緑川さんはどこかホッとしてるように見えるのは気のせいでしょうか。
 誰かのプライベートを聞くことは、自分に他者を取り入れるということです。いつか失うかもしれない繋がりを持つことに、緑川さんは怯えてるのではないでしょうか。私も、そうです。だけど、怯えていたって行き止まりです。その世界は、もう卒業しました。
 私は泣いた赤鬼です。
 格好悪くても、誰かに頼ったり、時には頼られたりしながら生きたいのです。
 私はちょっと勉強ができるだけの、卑屈で妄想癖があって友達の少ない、両親に心配をかけまくりでATフィールドで他人を避けてきた泣き虫で臆病な……ただの人間なんです。
 それに気づいたら、あとは一歩前に進めばいいだけです。
「緑川さん……だから、その、プライベートな話なので、プライベートな場所でなら話すのもやぶさかではないという意味です」
「ん? どういう意味?」
「だから……あー、今晩、私の家でお泊まりして語り明かしましょうということです」
「……えっ? お泊まりって?」
 まるでネッシーが二足歩行してるのを目撃したくらい呆けた顔で、緑川さんは私を見つめています。UMAに見間違えられるのは二回目なので、このくらいでは私も動じません。
「お泊まりは、お泊まりです。私の家に緑川さんを、友達として招待したいのです」
「ともだち? 私なんかが?」
「緑川さんだから、です」
「ともだち……」
 噛み締めるように呟きながら、緑川さんは顔を伏せました。
 友達。
 なんか青臭い響きがあるので今まで使わなかった言葉ですが、口にしてみると案外いいものです。
「緑川さん、友達になりましょう」
「………………」十二分に溜めてから。「うん」
 緑川さんは頷きました。そしておずおずと、やや照れた表情で続けます。
「じゃあ、赤井さんのこと、紅子ちゃん、って呼んでいい?」
「え? ええ、もちろんいいです」
 紅子ちゃん、なんて親以外から言われたのは久しぶりかもしれません。
 あまり自分の名前が好きじゃなかったのに、ちょっとだけ好きになれた気がします。
「緑川さんのことは、なんて呼べばいいんですか?」
「うーん、別にそのままでもいいよ」
「それだと不公平です。残念ながら緑川さんのファーストネームを知らないので、教えてくれると嬉しいです」
 なぜか躊躇するように、おずおずと緑川さんは答えました。
「……縁結びの縁で、ユカリ……」
「なるほど……」
 私とは違う意味で、絶妙な組み合わせの名前です。けれどシンメトリィ的アシンメトリィな字面は、なんとなく緑川さんに合ってる気もします。緑川縁、一度心の中でリハーサルしてから、私は名前を呼びました。
「縁、ちゃん。これで大丈夫でしょうか?」
「うん……。紅子ちゃん。じゃあ、その……本当に今日、紅子ちゃんの家にお邪魔していいの?」
「全然問題ありません。きっと両親も宝くじで一等当たるより大喜びするはずです」
「そんなー、大げさだよー」
 本当にそれくらい喜びそうなのが恐いところですが、あとは野となれ山となれです。
「けど楽しみだなー、お泊まり。ねえねえ、お泊まりって何が必要かな? エチケット袋はもってった方がいいかな? 非常食は? 熊避けの鈴なんかもあった方がいい? キャリーバッグにすると、逃げるとき大変かな?」
「残念ながらウチは一般的な住宅街にありますから、きっとパジャマや歯ブラシくらいで充分事足りると思います」
「なんか、こういうのいいねー」
 唐突な、けれどしみじみとした緑川さんの言葉に、私は頷きます。
 照れ臭いです。
 元アカオニは伊達じゃないってほど、私の顔は赤いことでしょう。
 というか、乙女みたいに頬を赤らめていたら、本気でそっちの道に行ってしまいそうです。教室内の注目を集めてる気がしないでもないですし。薔薇ですか? 背景は薔薇なんですか?
 かける言葉もなく、なんとなしに緑川さん、いえ縁ちゃんと見つめ合います。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………ぽっ」
「いえいえ、ぽっ、てなんですか!」
「駄目だよー。ボケるのは私で、紅子ちゃんはツッコミでしょ」
「どこら辺がボケなんですか!? てか、このやり取り昨日もありましたよね!」
 こういった会話も、思えば友達みたいです。
 いえ、みたい、じゃなくてもう友達なのです。
 ちょっと勇気を出して一歩踏み込めば、お互いのATフィールドは中和されるのです。そうやって、たまには喧嘩するときもあるかもしれませんが、一歩ずつ一歩ずつ、私たちは友達らしい経験を積み重ねていくんだと思います。
「悪く、ないですね」
「ん? なにが?」
 私が漏らした言葉に、縁ちゃんが反応します。けど、さすがに思ったこと全部伝えるのは憚られるので、要約してしまいます。
「友達って、悪くないなと思っていたところです」
「えっ……うん、そうだね。紅子ちゃんって、たまに結構恥ずかしいこと涼しい顔で言うよね」
「そうでしょうか?」
 改めて指摘される方が恥ずかしいのですが。
 友達。そうです。人は、一人では生きていけないのです。
 家族でも、友人でも、その他顔を見たことすらない人々との繋がりさえも、きっと私が私であるために必要なのでしょう。だって、私は鬼ではなく人間なのですから。
 当たり前で大切なことを教えてくれたアオオニさんが、ここにいないことは残念ですけど、きっと……。
 そんなことを私が考えてると、縁ちゃんが、ぱん、と手を一回叩きました。あ、そうだ。忘れてた。のジェスチャだと推測します。
「あ、そうだ。忘れてた」
 当たりました、と密かにガッツポーズです。
「何を忘れてたんですか?」
「ふふふっ……聞いて驚け、なんとこんな半端な時期に転校生が来たのだ!」
「転校生?」
 なんだか、予感が、いい予感がします。
「クラス委員長として一足先に挨拶したんだけど、なんだかひょろっと背が高くてニヤニヤ笑ってて爽やかな感じの男子だったよー」
「あのっ! その、髪は、どんなでした?」
 私は声が大きくなるのを抑えられませんでした。縁ちゃんはやや顔をしかめて腕を組んで答えてくれました。
「髪? うーんそれがさ、ありえないくらい髪が青いんだ。校則に染髪の規定はないからいいけど、あんなに派手なのは委員長としてどうかと思って、頭が痛いわけですよ。名前も青井鬼太郎だよ? なんだか、出来過ぎだよねー」
 青。
 教室の窓の外から見える空も、青。
 転校生の髪の色も、そして、アオオニさんの髪の色も……。
 出来過ぎです。
 私は、何に感謝すればいいのでしょう? 神? 髪?
「あれっ? 紅子ちゃん、顔すごく赤くなってるよ?」
 赤。
 人間の身体を流れる熱い血汐も、赤。
 昨日買ったスカジャンの色も、そして、私の顔の色も……。
 深呼吸。
 大丈夫。
 ツキが回ってるときは、どんどん攻めていくべきだって漫画にもありました。ギャンブル漫画だった気がしますが、人生にも応用できるはずです。
「唐突ですが、縁ちゃん。やりたいことができました」
「へ? やりたいことって?」
 完全な思いつきですが、素敵な思いつきです。
 バンドをやりたい。
 まったくの素人ですが、なんだかいいじゃないですか。流行に乗ってみるのも、たまにはいいのだと思える程度に、私は大人になったのです。
 私と縁ちゃんと、まだ見ぬ青い髪の転校生。
 三人でバンドをやる姿を想像して、私はほくそ笑みます。名前からして、随分とカラフルな組み合わせです。必要なら髪を赤く染めるのも悪くないです。緑よりか現実味があるのが救いです。
 昨日、母上に言った嘘を、帳消しにするチャンスです。
 新しいことを始めて、自分に挑戦するチャンスです。
 私は、きっと、変わります。
 エアーギターもどきの動きで縁ちゃんを威嚇します。飛び跳ねます。マイクで歌うフリをします。気分は魅惑の深海パーティーでジョニー・B・グッドをテケテケと弾くマーティです。
「やりたいことって、もしかして……」
 マーティみたいな時間旅行はできないけれど、だからこそ、後悔しないよう今を一所懸命生きていこう。
 私の、赤井紅子の青春は、今日から始めましょう。
「そうです。ロックンロールです」
 
●作者コメント
 長編は初投稿になります。伊達巻と申します。
 そもそも原稿用紙百枚以上の作品を書ききるのは初めてなんだあ、
 ということに今ごろ気がつきました。びっくり。
 数年ぶりの新作なので、書きやすいように書きたいものを書きました。
 ……ですが、のんびりしてたので半年ほどかかってしまいました。びっくり。
 ざっくばらんに作品を説明してしまえば『中二病をこじらせちゃった女の子が頑張る話』です。
 数行読んだときの文体で拒否感を覚える人や、パロディネタが嫌いな人には強くお勧めはできません。
 けど、いろんな方の意見を聞きたいので、肌に合わなかった人もお気軽に感想を残してほしかったりします。
 次作ではSFかミステリを入れた長編が書きたいな、と思いつつ書き始める見通しすら立っていないのでした。
 では、一人でも多くの人に読んでいただくことを願いながら、コメント了。


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
こちらのメールフォームから、作品の批評も募集しております。

●感想
バールさんの意見 +40点
 拝読いたしました。

 これは唸らざるを得ない。
 独特の文体でかつ衒学的でかつパロネタ豊富と、癖の強い要素が揃っているにも関わらず、それが全然イヤミじゃない。いやむしろスルッと読めてスルッと腑に落ちる。素晴らしい筆力をお持ちだと思います。
 話の大筋自体はそんなに上下が激しいわけでもないのに、主人公の軽妙かつおかしな語り口のおかげでまったく飽きさせない。ほのぼのとしていて楽しい掛け合いも、ただのコメディの域に収まりきらない味わいがありました。ただ、笑いのパンチ力自体はそれほど特筆すべきものではなかったです。

 どうすればこんな文章が書けるのか。実に不思議です。

 非才なる当方には本作に対して不満点も指摘すべき点も見出せませんでした。じゃあなんで50点じゃないのかというと、もともと理屈ですべて説明できるような作風にばかり慣れ親しんできたせいで、こういう作品の楽しみ方というものがよくわかっていないためです。
 「巧く説明できないけど、なんか良かったなぁ」程度の認識です。そんな状態で軽々しく50点など入れるべきではないのだけれど「評点なし」で片づけるにはあまりに面白かった。それゆえの40点ということで平にご容赦ください。


伊達巻さんの返信(作者レス)
 バール様、感想ありがとうございました。
 初長編だったので読んでくれる方がいるかどうかすら心配でしたが、まさかの高得点をいただいて大変嬉しくもあり恐縮でもあります。

>>“独特の文体でかつ衒学的でかつパロネタ豊富と、癖の強い要素が揃っているにも関わらず、それが全然イヤミじゃない。”
 正直、自分でもパロディが多すぎてアクが強かったかな、と気にかけていたので、とても励まされました。全部が全部パロディがネタとして通じなくても、まあいいか、と開き直って勢いに任せて書いてしまった節があるので……。
 イヤミじゃない、その一言が聞けただけでも、涙が出るほどありがたいです。

>>“ただ、笑いのパンチ力自体はそれほど特筆すべきものではなかったです。”
 ライトノベルを意識して書き始めたのに展開が緩いかな、と自分でも感じていたところです。どうにか主人公の語りが売りとして機能したようで、ほっとしました。
 笑いのパンチ力は……少しでもニヤニヤしていただけたらいいかな程度なので、破壊力は期待できないこと請け合いです。

>>“どうすればこんな文章が書けるのか。実に不思議です。”
 なるべく何も考えずに素で書くとこうなります(え
 だけれども、書いていて思ったのですが、こういったある程度自己開示というか、自分の嫌なところをなるべく素直に書くというのは数年まえの自分ではできなかっただろうな、と。
 一歩なり少なくとも半歩なり、後ろに下がって自分を見つめると自分だけの理屈やルールが透けて見える気がします。

 それでは、決して短くはない作品を読んでいただき、ありがとうございました。


ふー太郎さんの意見 +50点
 初めまして、アオオニの定義だと半人半鬼のふー太郎と申します。

 早速感想ですが……クリーンヒットです。1.21ジゴワットの面白さです。指摘とか全く出来ないレベルです。
 晩ご飯食べる前に触りだけと思って読み始めたのに、お腹が減るのも構わずに最後まで読んでしまいました。文章、キャラ、構成のどれを取っても言う事無しの出来です。

 指摘する点を無理矢理作るとしたら……パロディ元の3割くらいが今の中高生に分かるかどうかというもんですかねw何せBTTFも知らないって子が増えてますし(自分が高校生の時ですらそうなので、今はもっと知らないくなってるかな?)。カフカとかは教科書で目にする機会がありそうですが、たったひとつの冴えたやりかたとなると絶対分からないだろうなwww
 後クトゥルーネタの後に、SAN値チェックせねばという言葉があれば俺によし(え

 何の役にも立たない感想でしたが、本当にこれくらいしか言う事が出来ないのでご容赦を。次回作(出来ればSFがみたいなー……と呟いてみる)も期待大で待ってます。それでは失礼します!


伊達巻さんの返信(作者レス)
 ふー太郎様、感想ありがとうございました。
 50点……そんな馬鹿な、と驚きのあまりBackSpaceを押して一覧に戻ってまた確認してしまいました。大変恐縮でございます、けど嬉しいです。

>>お腹が減るのも構わずに最後まで読んでしまいました。”
 空腹のなか読んでいただいてありがとうございます。サンドイッチを食べながら感想を書いている私は、ちょっと反則かもしれません。

>>“指摘する点を無理矢理作るとしたら……パロディ元の3割くらいが今の中高生に分かるかどうかというもんですかね”
 これは、よく言われます。六歳下の弟に読んでもらうと「ネタが昭和」と決まって指摘される気がします。仕方ないんです、昭和生まれですし。
 BTTF(バック・トゥ・ザ・フューチャー)を知らない方は、是非とも観ましょう。万人受けする映画としては最高峰だと思います。カフカはともかくラヴクラフトは最近のラノベでも多い題材なので、時代の最先端のつもりで入れました、はい。

 SF、あるいはミステリもそうですが、普段自分が好きなジャンルというのは、逆に手を出すのが怖かったりします……。なんだか、インプットしたもの以上の作品が逆立ちしても出ないと思ってしまうのです。
 けれど、やっぱり書きたい気持ちも……。気長に待っていただけると幸いです。

 それでは、決して短くはない作品を読んでいただき、ありがとうございました。


S-Yさんの意見 +30点
 伊達巻様 きっと多分初めてになりますS-Yと申します。
 今巷で流行っているというハイチーズ、もといハイポーズ、もとい2ハイボールを自分で作って飲みながら、「オフライン」よませていたたきました。
 なんというか、新井素子が現代に蘇って書いたような小説でした。
 軽妙と言うか、三人称よりも客観的な一人称というか。
 これは独特の文体です。ストーリと合わせて、読者にストレスを感じさせません。
 タイトルは忘れましたが、その昔プレイした幻想的なPCゲームを彷彿とさせました。


伊達巻さんの返信(作者レス)
 S-Y様、感想ありがとうございました。
 ハイボール、おいしいですね。コーラでもジンジャーでも、何でも好き。夏はビールもおいしいです。誘惑が多いです。

>>“なんというか、新井素子が現代に蘇って書いたような小説でした。
 不勉強ながら新井素子さんの作品は読んだことがないので実感が湧きにくいのですが、そういえば以前にも感想でその方と似てると書いてくださった人がいたような気がします。これは、いよいよ読んでみたいと思います。
 三人称より客観的な一人称、これは素の自分がそうだからかもしれませんね(え
 自分のことを客観的、もとい冷めた言い方で分析的に話してみたりして本音をぼかすというのが処世術なのかもな、と思いました。こんな書き方する時点で、性格のひねくれ具合が如実に出てしまい軽く鬱です。

 それでは、決して短くはない作品を読んでいただき、ありがとうございました。


cdeさんの意見 +50点
 拝読しました。遅ればせながら感想返しに参りました、cdeです。

 寝ようと思っていたのです……寝ようと思っていたのですが、さわりだけでも読んでみようと思ったのが運のツキでした。ダメです、面白いです。いえ、全然ダメじゃないんですが。嗚呼、何を言っているんでしょうか私は。少しだけ眠いのかもしれません。しかし読んでいる最中は眠気は吹っ飛んでいたので、その点だけはご安心ください。ただし現在はやや眠いので、脈絡のない感想になることをお許しください。嗚呼……

 一読し、童話のような印象を受けた作品でした。ライトノベルっぽいかと聞かれると若干首を傾げる部分もあるのですが、本作のメインターゲット――というか、本作が最も心に響くのは、ラノベを嗜むオタク層であるのは間違いないと思います。そういった意味では、本作は優れたライトノベルだと、私の中で勝手に定義したい所存です。まあ、私の定義に意味などないのですが。嗚呼……

 投稿室に書くコメントとしては不適切はなはだしいのですが、ご指摘できる箇所がほとんどないです。それほどの完成度だと思いました。序盤こそ若干(本当に若干)単調に感じましたが、この原因は序盤のパロディネタが、私にはわからない割合が多かった&本作の語り口に慣れるまで、ほんの少しだけ時間がかかったためだと思われます。なので要するに問題ではないです。改稿を考える必要もないと思います。

 作者様のコメントで、文体に合わなかった方やパロディネタが嫌いな方について言及されていますが、独特の語り口にも関わらず、かなり多くの読者層に受け入れられる作品ではないかと予想します。私個人の予想なので、的外れな可能性も否めませんが……。
 「もっと多くの人に読んでほしい」と、読後に心からそう思いました。さらに言えば、いつか自分の子供がオタクに育ってしまったら(え)、ぜひ読ませたい作品です。まあ、私にはかなり気の早い話なのですが。

 点数は50点……つけるのに相当抵抗がありました。正直に申し上げますと、私の中で40点は「現時点での完敗を認めた点数」であり、それ以上の評価である50点は、たぶんつけることはないかなぁと予想していたからです。
 しかし本作には50点をつけざるを得ません。現時点どころか、あと何年書き続ければ、この段階まで来れるか想像もつかないからです。
 そして何より、終盤は私がただの読者として、物語に完全に引き込まれてしまったので。

 装飾過多かつ全くお役に立てないコメントで申し訳ありません。本作に出会えた感動が少しでも作者様に伝わればと思い、駄文を書き連ねてしまいました。
 楽しい読書の時間をありがとうございました。伊達巻様の益々のご活躍をお祈りします。それでは。


伊達巻さんの返信(作者レス)
 cde様、感想ありがとうございました。
 嗚呼、50点……。嬉しい、けど、恐縮しております、けど、嬉しい(混乱

 こういった感想が、一番嬉しかったりします。
 未熟ながらも自分の書いた作品が他者様に影響を与えることができたのなら、これ以上ないくらい有り難いです。せっかく書いているのだから、何かしら感じてほしいと欲張りになってしまうものです。誉められて、嬉しくない道理がありません。

>>“本作が最も心に響くのは、ラノベを嗜むオタク層であるのは間違いないと思います。”
 実は、今回初めて読者のターゲット層を意識して書いたので、大変嬉しいお言葉です。今までもそこそこ短編を書いてたんですが、どうも、誰に向けての作品なのか不明瞭だということに気がつきまして。
 やはり、自分だけが満足するのではなく、読者の目も考えないと、などと自分だけが満足するようなパロディを多めに入れてる私が言っても仕方ないですが言ってみます。

>>“序盤こそ若干(本当に若干)単調に感じましたが、”
 評価の平均点が高いのは、ぱっと見で挫折する人と読み通してくれる人をふるいにかけてるからかも、と思ったりもします。まあ、真に万人受けする文体なんてないんだぜ、なんて感じで気にしないようにします(え

>>“さらに言えば、いつか自分の子供がオタクに育ってしまったら(え)、ぜひ読ませたい作品です。”
 いや、もう、本当に身に余る言葉で嬉しいです。
 いつか自分の子どもに読ませたい作品は、個人的には『星の王子さま』です。

>>“現時点どころか、あと何年書き続ければ、この段階まで来れるか想像もつかないからです。
  そして何より、終盤は私がただの読者として、物語に完全に引き込まれてしまったので。”

 文章力自体は書き始めた頃からあまり変わってない気もするので、きっとすぐに辿り着ける程度のレベルです(もっと頑張れ、自分)。あとは、一歩、自分に正直になって背伸びをしないで書けば、その人なりの素敵な作品が出来上がると思うのです。と、偉そうですみません。
 終盤は勢いで書いた感があるので、それが好い方に転がったのなら良かったです。

>>“本作に出会えた感動が少しでも作者様に伝わればと思い、駄文を書き連ねてしまいました。”
 とても伝わってきました、こちらこそありがとうございます。
 作者冥利に尽きる、なんて大それたことを言っていいのかわかりませんが、そんな気分です。

 それでは、決して短くはない作品を読んでいただき、ありがとうございました。


カメさんの意見 +50点
 作品楽しく読ませて頂きました。
 どこが面白いのか、説明するのが難しいです。多分先の展開が読めなかったのが理由だと思います。鬼の設定にも齟齬はなかったように思えます。主人公のキャラも好感が持てました。登場人物の行動に関しても違和感なく、話の運びも自然でした。
 単行本で購入しても良いと思える出来栄えです。お蔭様で良い作品に触れることができました。有り難うございます


伊達巻さんの返信(作者レス)
 カメ様、感想ありがとうございました。
 き、きっと局所的に50点を付けるのが流行ってるのですね、ウイルス的な何かの影響で(混乱

>>“どこが面白いのか、説明するのが難しいです。”
 よく言われる感想の一つです(え
 自分が他人様に小説を書いてると話すと、どんな小説なの、と聞かれるのですが、自分でもどんな小説なのか説明がしにくいので上手く伝えられません。もちろん、どこが面白いのかも具体的に挙げにくいです。
 正直に書き連ねて物語の形式にどうにかこうにか乗せるのみです。

>>“主人公のキャラも好感が持てました。登場人物の行動に関しても違和感なく、話の運びも自然でした。
 キャラ立てという視点が小説を書くときにおざなりになりやすいので、そう言っていただけると幸いです。
 キャラありき、で書き始めるよりも、ぼんやりとしたストーリィありきで書いてしまうので。ライトノベルとしてはもう少しアクが強くてもいいのかな、とはなんとはなしに思ったりもします。

>>“単行本で購入しても良いと思える出来栄えです。”
 私は文庫本しか買わない派です。と、照れ隠しに的外れのことを書いてしまいましたが、本当に有り難いお言葉です。

 それでは、決して短くはない作品を読んでいただき、ありがとうございました。


柊野さんの意見 +20点
 こんにちは。柊野と申します。
 高得点につられて読ませていただきましたが、確かに面白いですね。
 悪くない点にしたつもりなのですが、他の皆さんと比べると相当低い評価に見えてしまいますね、すみません(^^;

 さて、批評に移らせていただきます。
 まずは文章について。諧謔豊かな文章から筆者さんの造詣の深さが垣間見えるようです。
 それから、この長さの割にはするすると読み進められるのもいいです。
 あんまりにもするする読めるので一読した後では指摘するネタがなく、以下には日を改めて二読した上で見つけた重箱の角をいくつか(苦笑)。

> 特殊な太陽崇拝を信仰してるわけではありません。
 「崇拝を信仰」というのは少し変なので、「太陽崇拝をしているわけでは〜」とかで。

> 凡人の私には夢想だにしないネーミングハイセンスで、
 まあそもそもがブロークンですけど、英語の語順などを考えると「ハイセンスなネーミング」あたりが適当じゃないかな、と。

> この場合の勝負とはどういった意味合いなのか計り兼ねますが、
> 二人で巫山戯ながら服を選んだからこその数奇な組み合わせです。
> 呆と立ち尽くしています。

 「かねる」は実際に兼ねているのではないので、それから「ふざけながら」「ぼうっと」は私としては若干読みにくいので、いずれも仮名の方がいい気がします。

> 中二病全開で多重人格運営サイトでもしてたのでしょうか。
 ちょっと変なので、「中二病全開な多重人格でサイト運営でも〜」とかで。

> 『芥川龍之介の河童』
 意図的なものかも知れませんが、最初は「桃太郎」だったような気がするのですけど…(^^;

> 私の、赤井紅子の青春は、今日から始めましょう。
 これも意図的なものかも知れませんが、「青春を」の方がいいかな、と。

 次に内容について。
 確かに面白いです。50点が連発されているのも分かる気がします。
 ただあえて指摘するなら、もう少し中盤、鬼ごっこのシーンで盛り上がりが欲しいです。
 序盤からずっと続く落ち着いたテンポから、このシーンで若干上げようとしている感は見受けられますが、もっと盛り上げて欲しいです。そうすることによって、このシーンでぐっと読者の心を掴むことができると思います。
 ただ、それをすると今度は文体と雰囲気を破壊することになりかねないですし、このあたりは趣味の問題かもしれません。

 こんなところでしょうか。
 文章、内容とも+10点で+20点とさせていただきます。
 ちなみに、私は基本的に+30点が満点で採点しているのですけど、残り10点は個人的な嗜好でつけています。合わない、という訳ではないのですが、先に書きましたように、その部分ではいま一歩ほしいなという感があるので、今回はこの点数で。
 長文失礼しました。では。


伊達巻さんの返信(作者レス)
 柊野様、感想ありがとうございました。
 高得点につられてしまった方が残念な思いをしてしまう、と不安だったので面白いと言っていただけるだけでも大満足です。

>>“まずは文章について。諧謔豊かな文章から筆者さんの造詣の深さが垣間見えるようです。
  それから、この長さの割にはするすると読み進められるのもいいです。”
 諧謔、を一瞬どう読むか悩んでしまう程度の造詣で申し訳ない気持ちでいっぱいです。広く浅くがモットーなので、突っ込まれるとボロが出ること請け合いです。
 するすると読み進められる、だけでなく、ふと、息が止まってしまうような一文を入れていける力量も欲しいところ。

>>“以下には日を改めて二読した上で見つけた重箱の角をいくつか(苦笑)。”
 短くない作品ですのに、本当にありがとうございました。
 特に、『芥川龍之介の河童』は完全に誤字でした。気づかなかった……妖怪繋がりだったから?
 早速、訂正しお詫び申し上げます。
 多重人格運営サイト、につきましては、自分でも日本語として変なのを承知しながらも、漫画のタイトルと被せたくて強行採決をとった表現です。後悔は……ちょっとしかしてません(え
 他のご指摘箇所に関しては、文法より語感を大事にして、訂正は見送ってしまいました。一人称でテンポ良く、を考えると口に出したときのリズム感が重要なのでは、と考えてしまうのです。申し訳ないです。

>>“ただあえて指摘するなら、もう少し中盤、鬼ごっこのシーンで盛り上がりが欲しいです。
  序盤からずっと続く落ち着いたテンポから、このシーンで若干上げようとしている感は見受けられますが、もっと盛り上げて欲しいです。そうすることによって、このシーンでぐっと読者の心を掴むことができると思います。”
 これは、ぐぅの音も出ません。長編が初めてだったということもあり、盛り上がる部分を盛り上げるのが慣れてなかったせいだと思います。最初、この部分はもうちょっと長かったのですが、勢いが足りないので削ってしまいました。力量不足です。
 長編として見ると、もう少し『ヒキ』というか『タメ』を作るのが必要だった気がします。
 随分と小説を書くのも間が空いてしまったので今回久々の新作だったのですが、やはり書き慣れてない部分は隠せないです。小手先だけじゃない、ストーリィ作りを身につけるためにも、今年はどんどん書いていけたらいいなあ。

 それでは、決して短くはない作品を読んでいただき、ありがとうございました。


篠宮俊樹さんの意見 +20点
 はじめまして。篠宮と申します。

 拝読させて頂きましたので、早速、感想を。
 高得点を得ているだけのことはありました。
 一言でいえば、うまいです。
 ストーリー、人物の作り方から、表現方法まで全てが。

 特に文章は素晴らしいです。
 特徴的な文体ながら読みにくさは感じさせず、ですます調であるにも関わらず堅苦しさとは無縁。
 こんな書き方もあるんだと感心しました。

 中でも、ゆったりとした流れながら引き込まれる冒頭は感服です。
 一人称の文章の利点が存分に詰め込まれた文章だと思います。主人公が一人称で状況を語っているだけ。それなのに楽しい。こんなのは初めてです。

 惜しむべくは、私が元ネタのほとんどを知らなかったこと。
 知らなくても楽しめましたが、知っていたらもっと楽しめたのにと思わざるをえませんでした。

 文章の他にも「鬼」を上手く絡めたストーリー、名前が終盤まで出なかったにも関わらず、それにすら気付かなかった程、個性的な主人公。
 本当に秀逸な作品でした。

 褒めて終わるだけではと思い、気になった点を。
 とても面白く拝見させて頂くことができ、気になった部分がほぼ存在しない御作ですが、強いてあげるとすれば、ラストの部分でしょうか。
 若干、強引かなあ、という気がしました。
 とはいえ、粗探しのようなものですが。

 最後に。大変面白い作品をありがとうございました。


伊達巻さんの返信(作者レス)
 篠宮俊樹様、感想ありがとうございました。
 おぉ……褒められると嬉し申し訳ないという絶妙な気持ちになる、今日この頃。

>>ですます調であるにも関わらず堅苦しさとは無縁。”
 ですます調で揃えたのは、その方がリズムが良かったからです。ともすれば鼻につく文体になってしまうのでは、と恐る恐るな部分もあったので嬉しいです。

>>“主人公が一人称で状況を語っているだけ。それなのに楽しい。こんなのは初めてです。”
 くだけた感じの口語調の文章は、けっこう好き嫌いというか得手不得手があるんだろうな、と書いた本人が言うのもなんですけど思うのですが、楽しんでいただけたようで何よりです。

>>“惜しむべくは、私が元ネタのほとんどを知らなかったこと。”
 おぉ……申し訳ないです。
 前向きに考えればネタがあまり通じなくても楽しんでいただけたということなのでしょうけど、パロディの分量は全体を通して多かったかもなと反省すべき点でもあります。

>>“強いてあげるとすれば、ラストの部分でしょうか。若干、強引かなあ、という気がしました。”
 ラストだけでなく、後半は勢いで書いてしまっていたので、やや急いてる感があったかもしれません。展開が緩やかすぎてもいけないし、急すぎても盛り上がりが半端になってしまう……。そこら辺の塩梅が、まだまだ掴めてないんだろうなあ。

 それでは、決して短くはない作品を読んでいただき、ありがとうございました。


ツールさんの意見 +50点
 初めまして、ツールと申します。

 この衝撃は・・・『夜は短し歩けよ乙女』を読んだ衝撃に、似ている!
 『最高です!』と吠えながらコメントさせていただきます。

 まず、長さをまったく感じさせない軽妙さがたまりません。
 もっと!もっとおくれ!と麻薬中毒者のような気分で文を読み進めてしまいます。本屋でパラパラとめくったらその場で読破してそのままレジへ持って行ってしまうこと間違いなしです。

 最後にひとつだけ。
 伊達巻先生、デビューの際はラ研でのアナウンスをお願いします(笑)


伊達巻さんの返信(作者レス)
 ツール様、感想ありがとうございました。
 も、もう50点に驚きつつ嬉しがるというリアクションもうまくとれませんが、大変びっくり嬉しく思います。

>>“この衝撃は・・・『夜は短し歩けよ乙女』を読んだ衝撃に、似ている!
  『最高です!』と吠えながらコメントさせていただきます。”
 こちらも『ありがとうございます!』と吠えながらコメントを返させていただきます(え

>>“もっと!もっとおくれ!と麻薬中毒者のような気分で文を読み進めてしまいます
 ストーリィとしては「これ、エンタメ?」な作品が多いので、癖のある文体で誤魔化しながら頑張りたいと思います!(吠

>>“伊達巻先生、デビューの際はラ研でのアナウンスをお願いします(笑)”
 こないだ、ひとりファミレスデビューをしました。映画館やカラオケは結構まえからデビューしていましたが、ファミレスは初めてでした。次は遊園地あたりでしょうか。なんだか書いてて寂しいですね、はい。
 とりあえず、こんな感じのアナウンスでよろしいでしょうか?(え

 それでは、決して短くはない作品を読んでいただき、ありがとうございました。


ノグチ タカヒロさんの意見 0点
 ざっと読みました。
 正直言っていいですか? つまらなかったです。
 作者様はターゲットを絞って文章を書くのがうまいとは思いました。ラ研の皆様の共感を得たのですから、ある意味大成功だと思います。

 しかし、これが店頭に並んだ場合の事を考えると、見向きもされないでしょう。一般人には流し読みで終わってしまうでしょう。このサイトの仲間だけで楽しむ読み物なんだなぁ。と感じました。

 キャラクターに魅力が無い。ストーリーに衝撃を受ける事もないのです。ユーモアもちょっと肌に合わない。タイトルもよくわからない。

 私は文章を書くことや、批評する事は素人です。しかし、素人を相手にするのが本を売るために必要なんです。

 あなたは才能があると思いますので、デビューも私より何百倍も近いでしょう。しかし、もうちょっと作者様の思考レベルを落として、何も考えなくても楽しめる小説を書かれたほうがさらにデビューはしやすくなるとは思いますよ。


伊達巻さんの返信(作者レス)
 ノグチ タカヒロ様、感想ありがとうございました。
 感想を書いてる間に新たなる感想がやって来る、土曜の夜は恐ろしいです。

>>“正直言っていいですか? つまらなかったです。”
 投稿するまえから肌に合う合わないが極端に分かれる作品だろうなと思っていたので、つまらないという意見も真摯に受け止めたいです。

>>“作者様はターゲットを絞って文章を書くのがうまいとは思いました。”
 今まで読者層を意識して文章を書いたことが恥ずかしながらほとんどなかったので、偶然うまくいったのかもしれません。ビギナーズラック、だったり。ラ研ヘビィユーザというわけでもなく、どんな方々が利用してるのかも正直わからなかったりします。パロディのネタも、一部には中高生向けではないものもあったと思います。
 身に余る高得点の理由は、他の方の感想返しにも少し書きましたが、癖のある文体で『合う人』と『合わない人』をふるいにかけてたからだと思います。読み切ってくださる人は『合う人』が多く、おそらくそれ以上の『合わない人』がページを開いて数分以内でブラウザバックしたのでは、と予想します。万人受け狙いは、ちょっと難しいです。

>>“。このサイトの仲間だけで楽しむ読み物なんだなぁ。と感じました。”
 私も含め、おそらく感想を残してくださった方も一般人であると思うので、このご指摘はやや違和感がありました。普段から小説を書くこととは無縁な一般人、という表現ならしっくりくるのかもしれません。
 パロディネタを含め、どうにもターゲットがニッチになっていたのかもなあ、という点では改善していけるよう頑張りたいです。

>>“キャラクターに魅力が無い。ストーリーに衝撃を受ける事もないのです。ユーモアもちょっと肌に合わない。タイトルもよくわからない。”
 キャラクタやストーリィは、ご指摘の通りエンタメとして見ると弱いんだろうなあ、と悲しくなります。物語というよりエッセイや日記に近くなってしまった感がありますし。これを自分の味だと完全に開き直ってしまえるほど下地ができていないので、なるべくいろいろと挑戦していきたいです。
 ユーモアやタイトルの語呂などは、基本的に好みの問題なのであまり気にしすぎないようにします(え

>>“素人を相手にするのが本を売るために必要なんです。”
 私も素人です。本を売るためと言われましても、売る本がないので寂しいご指摘です。

 丁寧に答えたつもりですが、万が一ノグチ様の意向を履き違えてしまっていたなら申し訳ないです。
 それでは、決して短くはない作品を読んでいただき、ありがとうございました。


水月焔さんの意見 +30点
 拝読しました。
 ここでは初めて感想を書きます。

 スラスラと読める文体で、とても読みやすいお話でした。
 主人公の語りが良く、それでいて独特な感じがまた味が出ています。
 ストーリー、キャラ、文章力とどれもまた素晴らしくて、羨ましい……。
 1人称の語り口調がまた、上手くて羨ましい……。

 ただ、パロディネタのせいか、元ネタが良く分からなかった所も多々あったりと、やっぱり読者によって好みの分かれる作品ではないかと思いました。
 まぁそれは、読者層の好みがあるので仕方ないのですが。


伊達巻さんの返信(作者レス)
 水月焔様、感想ありがとうございました。
 おぉ、初めての感想に選んでいただいて光栄でございます。

>>“主人公の語りが良く、それでいて独特な感じがまた味が出ています。”
 書きやすいように書いていくと、この文体に落ち着きました。三人称だと硬くなりすぎてしまうので(私が苦手なだけです、はい)、なるべくポップで読みやすくなるように心がけたつもりです。

>>“ただ、パロディネタのせいか、元ネタが良く分からなかった所も多々あったりと、。”
 パロディは、さじ加減が難しいです。個人的には「おっ、こんなマイナな作品をパロるなんて、この作者……へへ、やるなぁ(謎)」などと思ってしまうので、いろいろと詰め込んでどれか一つでも引っかかればいいかなあ、という節もありました。
 好みが分かれるのはパロディ以前に文体じゃなかろうかと感じたりしますが、どうなんでしょうねぇ。

 それでは、決して短くはない作品を読んでいただき、ありがとうございました。


篠突雨晴さんの意見 +30点
 こんにちは。
 僕は感想や批評をする事があまりしたことが無いので良く作者様に伝える事が出来ませんが要点からです。

 まず題名が長く意味が分からなかったので興味が沸かなかった事が事実です。『孤独な赤鬼と孤高な青鬼』などの風に興味を引くようにしたほうが良いと思います。なので僕は、高得点なのでこの作品を見たという感じです。
 折角面白い作品なのに題名で見てもらえないのは悲しいと思います。

 次に良かった点を。
 僕自身、孤独なので性別が違う主人公にどんどん感情移入する事が出来ました。孤独というのは……恥ずかしいんですが……(笑)
 あぁすいません話が逸れかかってました。
 後主人公に迫りくる展開にどんどんのめりこむように読んでいました。
 そこんところ作者様の文才がかもし出されているのかなぁ思います。
 関係無い話なんですが『長編』を作りあげるという事は凄いと思います。
 僕なんかは手編で一つ投稿することで精一杯です。
 というわけで今後の作者様に期待しながらおさらばしたいと思います。


伊達巻さんの返信(作者レス)
 篠突雨晴様、感想ありがとうございました。

>>“まず題名が長く意味が分からなかったので興味が沸かなかった事が事実です。
 タイトルの『あるいは現代の〜』はメアリー・シェリー著『フラケンシュタイン』の副題のパロディです。あるいは現代のプロメテウスという響きが格好良くて、なんとなく題名に使ってみたい欲求に駆られたのです。
 個人的には題名はこれでいいかなあと感じてるのですが、なるべくキャッチィなフレーズも考慮する必要があるかも。

>>“僕自身、孤独なので性別が違う主人公にどんどん感情移入する事が出来ました。”
 私は最近それほど孤独ではなくなってしまいました(え
 状況が変わったというより認識が変わったのかもしれません。思春期特有の「どうせ俺は独りぼっちだぜ、けっ」みたいな感覚はたまに思い出す程度で、それなりに日々を過ごしていけたりしています。悟りきった大人にならないよう、いい塩梅で中二病をこじらせたいと思います(ええ

>>“関係無い話なんですが『長編』を作りあげるという事は凄いと思います。”
 コメントにもありますが長編を書ききるのは初めてでした。尺をあらかじめ考えておけば、書くこと行為自体はそれほど短編と変わらないと感じました。ですが、設定を詰め込んでもっと大長編になったりすると、話の前後で整合性を合わせるのはどんどん難しくなっていくんだろうなあ。ごちゃごちゃしたバトル物なんてのも、あえて挑戦したいかもしれません。

 それでは、決して短くはない作品を読んでいただき、ありがとうございました。

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