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腐っても勇者

 ■第一章 旅の支度

 それは、心地よい悪夢を見ている時のことだった。
 僕の墓標の前で、いきなり大声をあげる不届き者がいたのだ。
 おかげでロマンチックな悪夢は途切れ、もう永遠に結末を迎えることはなくなった。ああ、これから虐殺ハッピーな悲劇が予想されたというのに……。
「勇者ゲヘリク様、我ら腐死身のゾンビに救いの手を!」
 再び大きな声が響く。これではおちおち永眠もできない。まったく、悪夢の続きを返して欲しいものだ。
 僕は土中で大きく伸びをしてから、ボコボコッと地表に顔を出した。
 中天を過ぎた忌々しい太陽が、迷惑な光を燦々と降り注いでいる。僕の首筋を一陣の風が通り抜け、賑やかな枯れ木を優雅に揺らしていった。
「おお、ゲヘリク様」
 また苦しそうな大声が僕の名前を呼んだ。見ればモーダメポ長老が、顔全体に神妙な腐肉を貼りつけ佇んでいる。もう死んでいるのに、猛烈に死にそうな様子だった。
「どうしました、モーダメポ長老?」
「魔王が北のオダブトゥ村を滅ぼしたのです。このままでは、いずれ我がシダラケ村も……」
 長老の話は、数日前から村で話題になっていることだった。決して急展開ではない。
 突如として現れた魔王は、精強の誉れ高い「フランシタイン王酷既死団《ナイツ》」を一夜にして潰走せしめ、その勢力を拡大しているという。酷王《こくおう》クズデフ二世も参戦したが、軽い致命傷を被り、棺に臥せっておられるという話だった。魔王が何を企んでいるのか判らないが、とにかく物騒な存在には違いなかった。
「勇者ゲヘリク様。どうか魔王を倒して、この世界を平和の闇で閉ざしてくだされ!」
 恨めしそうな声で哀願される。
 正直ウンザリしていた。村のゾンビ衆は僕を勇者と呼ぶが、厳密には勇者クターバルの子孫に過ぎない。各地に遺る伝説は、全部ご先祖様が築き上げたものだ。つまり僕自身は、どこにでもいる普通のゾンビなのだ。有事の際だけ祭り上げられるのは心底いい迷惑だった。
「あのですね、勇者といっても僕は――」
「これから集会があります。とにかく霊廟まで来てくだされ」
 モーダメポ長老が、僕の言葉を途中で遮った。
 気は進まないが、長老の頼みでは断ることもできない。埋葬明けに、一杯の酒を呷る余裕もなさそうだった。僕はあらゆる意味で重たい両脚をズルズルと引きずりながら、村の中央に建つ霊廟まで憑き従った。
 建物の内部に入ると、村の主だったゾンビ衆が累々と集まり、棺のフタに座っていた。
 皆の視線が、一斉に僕の顔を貫く。思わず気後れしたが、わずかに遺る表情筋を駆使して必死に平静を装った。
 僕が着棺すると、皆は乱杭歯を揃えて言い立てた。今こそ魔王討伐のため、暗い地中を這い出すべきだと。人の気も知らないで冗談じゃない。誰だ、「死人に口なし」とか嘘の格言を吐いたのは!
「ゲヘリク様、呑気に埋葬されている場合ではありませぬ」
 うるさい、自分の墓に埋まっていて何が悪い!
「魔王の配下は少数精鋭らしいですね」
 その他死人事《ひとごと》みたいな言い方をやめろ!
 僕は一介のゾンビでしかない。一体どうやって、そんなゾンビ離れした奴らを相手にしろというのか。まったくもって理腐尽だ。
 胸の内で悪態を重ねていると、僕の心情を察したのか、モーダメポ長老が口を開いた。
「偉大なる勇者クターバルの直系ならば、伝説の剣『卒塔刃《そとば》』が使えますぞ」
 その剣の噂なら僕も聞いたことがある。かつて勇者クターバルが、地上の支配者だったニンゲンどもを掃討した剣だ。
「件の卒塔刃は、勇者クターバルの墓標の傍らに、今もぬぼーっと突き刺さっております」
 さらに長老の話だと、卒塔刃は勇者の直系にしか抜くことができず、ひとたび手にしたなら一騎当千の力を発揮するという。
 そんな都合の良い剣があるとは、俄に信じられない。僕は永眠不足の両目を擦りながら、何とか魔王討伐の依頼を断れないものかと思案した。
 その時、ゾンビ衆の一人が思い出したように言葉を吐瀉した。
「そういえば、フランシタイン城のキモラ姫が行方不明で、魔王に誘拐されたという噂もあるそうだな」
 彼の言葉を聞いて、僕は死に肝を抜かれるくらい驚いた。
 キモラ姫は「発酵の貴腐人」と称される佳人で、僕の憧れの屍《ひと》だった。城下町へ赴いた際に、遠くから一度だけ見かけたことがある。顔こそ良く見えなかったが、ウジ虫のびっしり湧いた白い肌は、紛うことなき王家の気品に溢れていた。
 魔王討伐は御免だが、取り敢えずキモラ姫だけは救出したい。そう思った時、自ずと僕の腹は決まった。
「わかりました。僕はこれから卒塔刃を入手し、魔王討伐に向かいます!」
 下心に満ちた僕の英断に、村のゾンビ衆が呪詛めいた歓声で応える。
「勇者ゲヘリクに栄光あれ!」
 いや、栄光など知ったことではない。キモラ姫を救うのだ。僕は決意が揺るがぬうちに墓標へ戻り、旅立つ準備をすることにした。
 急いで霊廟を後にする。僕の心は妙に浮ついていた。果たして、魔王に気づかれることなく姫を救出できるのか。そんなことばかり考えていた。
 だから反応が遅れたのだ。
 霊廟を出て、少し進んだ曲がり角だった。唐突に姿を現した一人の少女に、グチャッとぶつかってしまった。僕はよろめいて何とか踏み止まったが、彼女は完全に吹き飛ばされて尻もちをついた。
「痛いわね、どこに眼球つけてるのよ!」
 怒気に満ちた少女の低声が、僕の腐った耳朶をゾッと叩いた。
「眼窩だけど何か?」
 誠意を込めて答えながら、倒れた少女の顔をそっと窺う。
 村の者ではなく、見知らぬ少女だった。よそ逝きの死装束を着ており、その口にはクサーヤの干物を喰らっていた。
 クサーヤは、魚の臓物を腐敗させた食べ物で、シダラケ村に古くから伝わる特産品である。独特の腐臭が食欲を誘う、酒の肴に持って来いの一品だ。珍味好きのキモラ姫を始め、多くの腐女子にも人気がある。この少女も、ご多分に洩れずといったところだろう。
 僕が手を差し伸べると、少女は躊躇しながらもそれに応えた。
 魔王が暴虐の限りを尽くすこの時期に、わざわざ僻地のシダラケ村を訪れた少女。僕は興味を覚え、改めて彼女を観察した。
 まだ死体防腐処理《エンバーミング》の痕が残るあどけない顔。およそ整わない目鼻立ちは、まるで惨殺されたかのように美しい。捲れた死装束からヌラリと伸びる細い脚は、ハエが大挙して群がるほどの魅力を放っていた。
 僕は目を奪われながらも、少女の死体《からだ》をグイッと引っ張り起こした。彼女は立ち上がると、黄色く濁った瞳で蔑むように僕を睨みつけた。
「あ、あたしは悪くないんだから!」
「僕だって悪くないよ」
 少女が、抗議するように眉間の腐肉を寄せる。そして、口から落ちかけたクサーヤの干物を喰らいなおすと、足遅に姿を消してしまった。
「うーん、嫌われたか。カワイイ子だったけど、ちょっと慎みが足りないよな」
 そんな独り言を呟きながら、旅の支度をするため墓標へと急いだ。


 ■第二章 伝説の剣

 僕は墓標に還ると、先祖伝来の「禍宝《かほう》」を掘り出すべく地中に潜った。
 一瞬、このまま永眠したい衝動に駆られる。しかし、憧れのキモラ姫を救うためにも、早く旅立たねばならなかった。僕は早速、禍宝の準備に取りかかった。
 まずは土中から、勇者クターバルの防具「腐り帷子《チェーンメール》」を掘り出した。上手に装備しないと、すぐに原形が損なわれてしまう代物だ。しかし装着後は、絶妙の腐ィット感を味わえる。防御力皆無の腐食っぷりは、もはや芸術の域にまで達していた。
 次に掘り出したのは、「勇者の悶章」と呼ばれる首飾りだった。苦悶の表情を浮かべる「腐の女神」が、深紅の十字架を背負っている。はてさて、一体何の厄に立つのやら……。
 残念ながら、僕の墓標に眠る禍宝はこれだけだった。
 旅支度を終えて霊廟に戻ると、村のゾンビ衆が追い立てるように集まっていた。そして僕は、村八分の清々しい気分に浸りながら出立することになった。
 最初の目的地は、勇者クターバルの墓標である。
 まずは、村外れに広がる「スプラツタの森」を目指した。森を抜けた先に断崖があり、墓標はその上に建てられているのだ。
 誰が如何なる理由で、そんな危険な場所を選んだのか。確かに見晴らしは良いだろうが、足を滑らせたら最期、ただの屍になってしまう。クターバルの墓標とはいえ、故人的には近づきたくない場所だった。しかし、そこに伝説の剣がある以上、僕としては逝くしかない。
 ズルズルと歩き続け、やがて日が傾く頃には森の入り口に到着した。
 そっと森の奥を覗くと、草葉の陰のゾンビ小道が辛うじて確認できた。それは、絡まる蛇のように長く複雑な道である。まるで迷路のようだが、各所にクターバルの墓標を示す案内板が設置されており、迷う心配はなかった。
 むしろ問題は長い道程にあり、踏破するのは容易でなかった。枯れた枝の隙間から空を仰ぎ見れば、もう夜の帳が下り始めている。夜空に吊るされた赤い満月だけが、森を完全な闇から守っていた。
 こんな時間に英霊の巡礼者などなく、周囲にはゾンビっ子一人いない。
 梟の鳴き声を聞きながら進むと、ほどなくして木々が途切れ、視界が開けた。といっても、まだ森を抜けたわけではない。
 この先には、清浄な死体《からだ》を洗って穢す「毒の泉」があるのだ。村のゾンビ衆にとっては馴染み深い場所で、僕も何度か毒浴びをした経験がある。
「よーし。この身を洗い穢して、キモラ姫救出の祈願としよう!」
 僕は泉に近づいた。だが、その中心に一つの人影を認めて立ち止まる。この不穏な時期に、毒浴びとは誰だろうか。
 枯れ木に隠れてこっそり近づくと、月下の人物をハッキリと捉えることができた。
 先刻、シダラケ村でぶつかったクサーヤの少女だった。一糸纏わぬ姿で沐浴している。僕は、露になった彼女の腐乱死体ぶりを余すところなく観察した。
 村で会った時には気づかなかったが、少女の脳漿には大胆なシャギーが入っており、それがさり気なく肩へと伸び損ねていた。
 ウジ虫の雫が顎を伝い落ち、水面でヌメリと跳ねる。蠱惑的な直線を描く虚乳は、彼女の動きに合わせて微動だにしない。骨の髄まで露出した腰の括れが、赤い月明かりに染まって艶めかしく揺れていた。
 ああ、何という幸せだろう。本当に死んでいて良かった。まさに眼覆《がんぷく》というやつだ。
 思わず眼窩から零れた目玉を嵌めなおし、僕はひたすら興奮に酔いしれた。
 もっと近づいてみよう。僕は虚空を掻きむしるように両腕を突き出し、覚束ない足取りで前に進んだ。駄目だ、もう欲望が止まらない!
 一心腐乱に身を乗り出す。その拍子に、僕はうっかり物音を立ててしまった。
 あっ、と思った時には手遅れだった。少女が、ギョロリと視線を投げつけてくる。絡み合う視線と視線。そして次の瞬間、
「ぎゃああああー!」
 可愛らしい地鳴りのような悲鳴が、森閑とした泉の隅々に響き渡った。
 ――こうして僕たちは、感動的な再会を果たしたのだ。
 紳士的にチラ見する僕をよそに、泉から這い出して死装束を纏った少女は、何も語らずに立ち去ろうとする。
「あ、ちょっと待って。今のは不可抗力だよ!」
 僕は叫びながら、慌てて少女の背中を追った。不意に振り向く彼女。甘い腐臭が、ふわりと僕の鼻腔をくすぐる。
「憑いて来ないでよ、ヘンタイ!」
 鋭く淀んだ眼光で僕を一瞥すると、少女は再び背を向けて歩き出した。どうやら、完腐なきまでに嫌われてしまったらしい。確かに、彼女の死体を舐めるように拝んだが、いきなり変態と呼ばれるほど鑑賞時間は長くなかった。変態と呼ぶなら、もっと見せてくれ! もっと見せるべきだ!
 やがて、溢れる切実な想いは、僕の胸中で無駄にリフレインした。
 変態と呼ぶなら、もっと見せてくれ! 変態と呼ぶなら、もっと見せるべきだ! 変態と呼ぶなら、もっと見せてくれ! 変態と呼んでくれ……
「いい加減にしてよ、あたしに何か用?」
 変態と呼――あ、いや、少女は再び僕を振り返ったが、もう変態とは呼んでくれなかった。
「僕もそっちに用があるんだ」
 そう答えて、僕は墓標の方角を示した。
 と、ここで疑問が湧く。そういえば、この少女の目的は何なのだろう? この先は墓標しかない。あるいは英霊の巡礼者かも知れないが、この時期にそれは考えにくい。そもそも腐女子の一人旅なんて危険すぎる。
「この先には、勇者の墓しかないけど?」
「知ってるわよ、ほっといて!」
 ブイッとそっぽを向くと、少女はズルズルと先へ進んでしまう。僕は溜め沼気を吐き、少し距離を取りながら彼女に続いた。
 一体どれくらい歩いたか。ついに森が途切れると、眼前に切り立った断崖が現れた。
 ゴツゴツした岩肌と鮮やかな月影に包まれ、勇者クターバルの墓標が質素な佇まいを見せている。風化しかかった墓石の背後には、伝説の剣「卒塔刃」が斜めに突き刺さっていた。
 少女がスローモーに駆け寄る。勇者への敬意は微塵も見せず、すぐに墓石の裏へまわった。どうやら、僕と同じものが目的だったらしい。
「これで魔王を……救える」
 少女が、ふと妙なことを呟いた。僕の聞き違いだろうか。彼女の心底は計り知れないが、その横顔には何やら悲しそうな死相が浮かんでいた。濁った眼球は、長剣の美しい木目と、そこに刻まれた梵字を見つめている。
 やがて少女は、卒塔刃の柄をゆっくりと握り締めた。腕に力を込めたようだが、抜ける気配はない。そう、卒塔刃は勇者の直系にしか抜くことができないのだ。
「ぬ、抜けない!?」
「その剣は、勇者の末裔にしか抜けないんだ」
 僕は少女の背後に立つと、一緒に剣の柄を握った。
「何よ、知った風なことを――」
「僕は勇者クターバルの子孫だから」
 自嘲気味に言って、僕は握る手に力を込めた。刹那、刀身が火葬のごとく光り輝く。伝説の剣は、まるで僕の腕の一部のように、あっさりと引き抜くことができた。
 すっかり驚いた少女の眼球が、僕を見据えたまま不用意に飛び出している。
 しかし、眼球が飛び出したのは僕も同様だった。なぜなら……
「ふぁああ~、よく寝たぜ。何だ、久々の仕事か?」
 地獄の底から響くような声で、伝説の剣が独りごちたのだ。まさか、剣が喋るとは思ってもみなかった。驚くなという方が無理だろう。
 少女は、僕と剣を交互に見ながら、半ば放心したような状態である。
 何とも胡散臭い剣を入手して、ようやく僕の旅は本格始動するのだった。


 ■第三章 所有者

 スプラツタの森を引き返した僕は、いよいよキモラ姫の救出に向かうはずだった。
 ところが、そこで大きな問題に直面する。
 そう、僕は魔王の居場所を知らなかったのだ。
 滅亡したオダブトゥ村へ逝けば、あるいは手掛かりを得られるかも知れない。だが僕は、姫のいない廃墟になど興味がなかった。要するに逝きたくなかったのだ。まさかの心理的手詰まりである。
「ちょっと、どこに向かってるの?」
 少女が、不審そうな声で問いかけてくる。あれだけ僕を嫌っておきながら、なぜか勝手に同行しているのだ。
「どこだっていいだろ。それより、どうして僕に憑いて来るんだ?」
 すっかり立場が逆転していた。
「勘違いしないでよ。あたしは、その剣に用があるんだからね」
「そう言われても、卒塔刃は僕の剣だし」
「あたしは、あなたを剣の所有者として認めない!」
 少女が喀血するように言う。「剣を抜いた時、あたしだって柄を握ってたもの」
 つまり、剣の所有権は自分にもある、ということを主張しているのだ。まさか半分に折って渡すわけにもいかないし、一体どうしたら良いものか。
 僕の目的は魔王討伐ではなく、あくまでキモラ姫の救出だ。ならばいっそ、剣など少女に譲って救出に専念しようか。ついつい、そんなことを考えてしまう。
「ねぇ、あたしと勝負してよ」
 少女が急に切り出した。僕としては面喰らうしかない。
「は?」
「だから、勝った方が剣の所有者。どう?」
 僕は必死に考えた。
 例えば、キモラ姫が魔王の毒牙にかかり逝き絶えていた場合、この旅で得られるものは何もない。勇者の役得であり、最大の目的でもある「姫の愛」が失われているからだ。一方、もしここで少女と旅をすれば、少なくとも素敵な思い出くらいは作れるだろう。そのためには彼女と勝負をして、有耶無耶のうちに二人の距離を縮める必要があった。
 よし、決めた。少女と戦って仲良くなろう!
「勝負は構わないけど、その前に自己紹介でもしないか?」
 そう提案すると、少女は今にも折れそうな小首をグラリと傾げた。
「……そうね。魔王の居城を目指す者として、互いの名前くらいは知らないとね」
 どうやら彼女の目的地も同じようだった。もしや、魔王の居場所を知っているのだろうか?
「おう、俺様は卒塔刃っていうんだ。よろしく頼むぜ、見目狂わしいお嬢さんよ」
 僕たち二人を差し置いて、卒塔刃がさっさと自己紹介を始めてしまう。しかも、勇者の直系である僕を完全に無視してだ。畜生、この女たらし剣め!
「あたしの名前はシーシャ。よろしくね、卒塔刃さん」
 うおっ、見事に孤立してしまったではないか。僕は注目してもらおうと、大袈裟に吐血してから名乗りをあげた。
「僕の名前はゲヘリク。偉大なる勇者クターバルの末裔だ。よろしく」
 するとシーシャが、長らく放置された骸のように冷たく言い放った。
「よろしく、ヘンタイの末裔ゲヘリク」
 やった! また変態って言われゲホゲホッ――吐血の続き――、どうやら森での一件を根に持っているようだ。僕のようなジェントル・ゾンビに向かって、何という暴言だろう。
「それじゃ、勝負しましょうか」
 自己紹介を終えると、シーシャは醜女のように可憐な笑みを浮かべて言った。
「ルールはどうするんだ?」
「剣と剣の対決よ」
「でも、卒塔刃は一本しかないぞ」
「大丈夫。あたしは自分の剣があるから、卒塔刃はゲヘリクが使って」
 その言葉に、僕は百八十度ほど首を捻った。シーシャは、どう見ても剣を持っていなかったのだ。怪訝に思い訊ねてみると、彼女は墓石のような胸を張って自慢そうに語り出した。
「あたしは剣士なんだけど、一つだけ誇大誤魔法《エンシェント・ルーン》が使えるの」
「誇大誤魔法?」
「見てて」
 そう言うと、シーシャは大往生するように両腕を広げた。飛び散るウジの汗。少ない前髪が顔面にへばりつき、彼女の形相に落ち武者の彩りを添える。何と凛々しい姿だろうか。
 そして突然、音もなく虚空の一部が裂けると、目映い光とともに一振りの剣が現出した。
「どう? 『聖櫃《アーク》ゼロ』という魔法よ。凄いでしょ?」
 ――これが魔法! 僕は驚きのあまり、黙って頷くことしかできなかった。
 それにしても立派な剣だ。くすんだ刀身には、遺言らしき文字が悄然と浮き彫りにされている。いや、それよりも、柄頭の小さな悶章が気になった。あれは確か、フランシタイン王家のものではなかったか。ということは、シーシャはもしかして……。
「始めるけど、準備はいい?」
「あ、うん」
 正直、勝てる気がしなかった。
 昨日まで僕は、ごく普通のゾンビだった。しかし彼女は違う。剣士だというし、何より誇大誤魔法まで使えるのだ。一体どこに勝てる要素があるというのか。
 今更ながら、自分の甘さ、愚かさに嫌気がさした。姫を救出するという目的さえ、とても遠いものに感じられる。ああ、僕は何と卑小な存在なのだろう。
「おい、相棒。おまえ勘違いしてないか?」
 まるで僕の心を見透かすように、卒塔刃が話しかけてきた。その声に応じて、刀身を縁取る四対の切れ込みが腐的に輝く。
「おまえの能力は、この俺様と同調できることだ。ただ俺様を持って構えていれば、それだけでいい。あのクターバル坊だって、特に強かったわけじゃない」
 ……そうなのか? 僕は半信半疑のまま、言われた通り卒塔刃を構えた。
 僕たち二人は、夜明け前の草原で静かに対峙した。その頭上を、蝙蝠の群れがキィキィと鳴きながら飛び去っていく。
「逝くわよ!」
 シーシャはそう叫ぶと、重く不安定なステップで刻一刻と僕に迫って来た。恐ろしいほどに遅い動きは、僕の集中力を著しく損ね、もはや目で追うのがやっとだった。
 そうこうしているうちに、しめやかな一撃が僕の頭上に見舞われた。あまりにも悲しい攻撃に、僕は為す術がない。ただアーウーと叫んでいるだけで、一合として剣を打ち合わせることはないはずだった。
 ところが次の瞬間、僕たちの剣は激しい火花を散らして激突していた。卒塔刃が僕の死体《からだ》を操り、シーシャの剣をあっさり弾き飛ばしたのだ。彼女の剣は、クルクルと宙を回転しながら背後の地面に落ち、カランと乾いた音を立てた。
 シーシャは呆然としていた。無理もない。ただの一撃で勝負が決してしまったのだから。しかも僕のような素人に負けて、さぞ落ち込んでいることだろう。かける言葉が見つからなかった。
「これが卒塔刃の力……。これなら魔王を救える」
 シーシャが得心したように頷く。どうやら気落ちしてはいないようだ。僕を見ると、裂けた口の端をわずかに吊り上げた。複雑な感情の入り交じる死相だった。
「今回はあたしの負け。でも、あなたを勇者として認めたわけじゃないんだからね」
 そう言って落ちている剣を拾い上げると、シーシャは聖櫃ゼロの力で何もない空間に仕舞った。
「でも、あなたと卒塔刃の力があれば、きっと……」
「え?」
「ううん、何でもない。早く魔王の居城を目指しましょう。あたしも協力するから」
 一応、ある程度は認めてもらえたのか……? 彼女の僕に対する態度が、少しだけ軟化したように思えた。
 僕はキモラ姫の救出を、改めて心に誓った。もう自己嫌悪はしない。僕には、卒塔刃の力を最大限に引き出す能力があるのだ。
 ついでに魔王も倒してやるっ!
 決意とともに振り仰いだ空が、静かに黎明を迎えようとしていた。


 ■第四章 恐るべき配下

 自信を持って言える今一番の問題は、魔王の居場所を知らないことだった。
 僕がそう打ち明けると、シーシャは脳脊髄液を撒き散らすように首を振った。
「信じられない! 魔王の居城も知らないで、あなたはどこへ向かうつもりだったの?」
「いや、キモラ姫の匂いを辿れば大丈夫かな~、とか思って」
「……………………ヘンタイ」
 くっ! 小声で吐き捨てられる「変態」は、軽蔑の度合いが深く感じられてヘコむ。
「そ、それで魔王の居城はどこに?」
 苦い思いを振り切るように問いかけると、シーシャは北西の方角を指さして言った。
「この先に村があるの。それを越えて逝くと、魔王が居城を構える『最果ての地』よ」
「最果ての地?」
「そう。勇者クターバルが、悪しきニンゲンどもを討ち滅ぼした場所」
 どうやら悪い奴らは、最果ての地に集う傾向があるようだ。
 僕たちは、まず村を目指して歩いた。これから訪れるコトキレッタ村は、地酒造りの盛んな土地柄だという。この上なく楽しみだった。
 早く酒が飲みたいという気持ちは凄まじく、二日ほどの道程を都合良く一日で歩き通して、僕たちは無事コトキレッタ村に到着した。気がつけば、とっぷりと日が暮れている。
「いや~、もうクタクタだよ。無機質な棺が恋しいね」
「あなたなんか、火葬されちゃえばいいのよ!」
 歩き詰めで苛立つシーシャが、恐ろしくファイヤーなことを言う。僕はそんな彼女の剣幕に怯えながらも、ゆっくりと村の周囲を窺った。
 どうも様子がおかしい。
 立ち並ぶ墓石から夕餉の煙は見えず、辺りにはゾンビっ気がなかった。本来あるべき死滅の温もりが、ここでは全く感じられないのだ。死人たちの陰鬱な活気はどこへ逝ったのだろう。
 シーシャも異変に気づいたらしく、不安そうに瞳を濁らせている。
 村の奥へ視線を伸ばすと、そこには、ひときわ豪奢な造りの建物があった。献杯と棺の絵が描かれた看板。一階が酒場で二階が宿棺《やどや》という、いわゆる典型的な納骨堂だった。僕は地酒の誘惑に駆られて、フラフラと歩き出した。
「ちょっと、迂闊に行動しない方が……」
「少し休もう」
 決して酒を優先したわけではない。ただ純粋に、休憩が必要だと思っただけだ。
「あたしは反対よ。先に村の様子を見るべきじゃない?」
「勇者にだって休息は必要だ!」
 僕が威厳をもって正論を吐くと、シーシャは腐った肩をグシャリと竦めた。
「判った。じゃあ、あたし一人で逝ってくる」
「そうしてくれ」
 口調こそ穏やかだったが、互いの言葉は見えない棘を含んでいた。
「おう、心配するな。俺様が憑いて逝ってやるぜ」
 険悪な空気を一刀両断するように、背中の卒塔刃が、シーシャに向かって話しかけた。
 魂胆は判っている。シーシャと二人きりになりたいのだ。剣のくせに、とんでもない女好きだ。きっと、勇者よりも変態の方が同調しやすいに違いない。
 僕は、背中に括りつけていた卒塔刃を外し、シーシャに手渡した。
「愚腐ッ。早くその魅惑の壊腐《エフ》カップで、俺様をギュ~と窒息させてくれ!」
「……やっぱり一人で逝く」
 即死の勢いで卒塔刃を突き返された。
 なぜか軽蔑の眼球で僕を一瞥してから、シーシャは北風のような冷たさで、瞬かない間に姿を消してしまった。
「どうして僕が睨まれた?」
 疑問は尽きないが、そんな胸のモヤモヤを晴らすには酒が一番だろう。僕は卒塔刃を背負い、やや後ろめたい気持ちと、重い両脚を引きずり納骨堂へ急いだ。
 一階の酒場に入ると、やはりゾンビっ気はなく、室内は粛然としていた。
 僕は年代物の骨壺を手に取り、カウンター棺に座って一気に呷った。
「プハーッ、五臓六腑をダダ漏れるっ!」
 旅の疲れが癒える瞬間だった。
「よーし、勇者クターバルに献杯だ!」
 この調子で、今宵は溺死体になるまで飲んで酔い潰れたい。僕は思った。不機嫌なシーシャのことなど忘れて、とことん飲み明かそうと。
 ところが――
「ぎゃああああー!」
 惨殺感に満ちた悲鳴が、扉の外から微かに響いてきた。この聞き苦しい美声はシーシャだ。まったく、一人で勝手に調査へ逝って、何をやっているのだろう。僕は骨壺を放り出すと、葬送行進のごとき素早さで納骨堂を飛び出した。
「世話が焼ける奴だな」
 悲鳴の聞こえた方へ向かうと、すぐに村の広場へ出た。
 そこで思考が止まる。
 一瞬、自分が何を見ているのか判らなかった。眼前の凄惨すぎる光景に、肌のウジ虫どもが打ち震える。
 広場を覆うように、無力化された「ただの屍」が累々と積み上げられていたのだ。ゾンビとしての白々しい死相は失われ、永眠から覚める気配など微塵もない。コトキレッタの死人たちは、こんなところで逝き絶えていたのだ。その中には、まだ死後硬直すら始まっていない幼い骸もあった。
 シーシャは、そんな屍の山を前にして呆然と座り込んでいた。
「大丈夫か、シーシャ?」
「あ……ゲヘリク」
 僕を仰ぎ見るシーシャの死相が、激しい動揺に歪んでいる。そっと手を差し伸べると、彼女は恨めしそうに僕を引っ掴んで立ち上がった。
「あの、ありが――」
「何やってるんだよ、自分から出て逝ったくせに」
 僕の声に非難の色を感じたのか、シーシャは顔を流血色に上気させて反論してきた。
「あたしは別に、助けに来てなんて言ってないでしょ!」
「だったら悲鳴あげるなよ」
「う、うるさいわね! ちょっと驚いたのよ」
「おい、おまえら。口喧嘩してる場合じゃないぜ」
 次第にヒートアップする二人の会話に、地鳴りのような卒塔刃の声が割って入る。
「敵さんのオデマシだ」
 それを聞いて、シーシャは素早く気持ちを切り替えたようだ。顔の死斑を濃い紫赤色に染め、迫り来る何者かに備えている。僕だけ取り残された気分だった。畜生め!
「久しぶりね、シーシャ」
 宵闇の向こうから、痰の絡んだような艶のある声が聞こえてきた。
「やっぱり、これは二人の仕業だったのね」
 シーシャはそう答えながら、聖櫃ゼロで空間を切り裂き、一振りの剣を取り出した。
 ほどなくして、二つの影が無残な屍を越えて姿を現した。どうやらシーシャは、この二人と顔見知りのようだった。同じ墓の土で永眠した仲なのかも知れない。
「あら、そちらは勇者様かしら。はじめまして、私は冥奴《メイド》のアッケナ」
 ボロ鮮やかな冥奴服に、ゾンビとは思えぬ豊満な胸を実らせた女が、しんみり優雅に挨拶する。先程シーシャに声をかけた女だ。
「そして隣にいるのが、妹のポクーリ。無口な子だけど、よろしくね」
 アッケナの横で傾く怨卑《えんび》服の男装女子が、無言でこちらを睨んでいた。
「ゲヘリク、気をつけて! あの二人は、王族親衛隊の冥奴将軍よ」
 シーシャが鋭い低声で叫ぶ。僕は混乱した。冥奴将軍って何だよ!?
「まさか、王族親衛隊が村を襲うわけないだろ。そんな嘘をつくほど怒ってるのか?」
「違うわよ。とにかく彼らは、あたし以上の誇大誤魔法が使えるの。信じて!」
 シーシャの切羽詰まった様子から、切実な思いが感じ取れた。
 いがみ合っている場合ではないようだ。僕は、彼女を信じようと思った。あの二人は誇大誤魔法を操るのだ。それこそ嘘であって欲しいところだが。
 僕は急いで背中に手をまわして、卒塔刃の柄を掴んだ。
 ……つかをつかんだ。こ、これは会心の出来栄えじゃないか! 柄を掴んだ。うん、こいつはすこぶる良作だ。モーダメポ長老にお伝えせねば――
「何してるの、ゲヘリク!」
 シーシャの声で我に返る。僕は何をしていたのだろう。脳味噌が腐っていると、稀に自分の行動を見失うことがある。戦闘中ともなれば、特に注意が必要だ。
「いけない、ポクーリの『正座パラライザー』が……」
「なむなむなむなむ――」
 うおおっ、何だ! 急に足が痺れて動かなくなったぞ。
 前方を見ると、シーシャもうずくまって足を押さえている。あの男装女子が、指の節と節を合わせて不幸せそうになむなむ言い出したら、途端に足が痺れて動かなくなったのだ。
「ニンゲンどもの呪われた儀式『正座』を、大胆かつ合理的に誇大誤魔法へ昇華《アレンジ》したのよ」
 なむなむ呪文を唱えるポクーリの隣で、アッケナが余裕綽々の講釈を垂れる。
 ていうか、どうして一番近くにいるアッケナは痺れないのだろう。この瞬間だけ、急に両耳が腐れ落ちたとでもいうのか。げに恐ろしき腐り方よ。
「う、動けない。このままではアッケナの『北枕ヘヴン』まで喰らってしまうわ」
 シーシャが説明的に喘いだ。
 詳しいことは判らないが、動けなくなった僕たちをアッケナが攻撃してくるらしい。まあ、常識的に考えてそれしかないのだが。
「ゲヘリク、落ち着き払ってないで何とかしなさいよ! あなた勇者でしょ」
「ああ、シーシャに認められてない勇者だけど何か?」
 判っているのだが、どうしても憎まれ口を叩いてしまう。
「腐腐腐、仲間割れしててもいいのかしら?」
 アッケナが、突如その胸から大きな枕を取り出した。何と、あの胸は枕だったのか。
 冥奴服の上からでも容易に知れる魅惑のぺしゃんこ、興奮を誘うマーベラスな虚乳が見事に顕現した。その演出に一役買った赤い枕は、彼女の腕で禍々しい気を放っている。
「この北枕が、村人たちを永眠の虜にした誇大の呪物よ。ひとたび北向きに寝かしつければ、誰もが一瞬で逝き絶える!」
 村人たちを一斉に非ゾンビ化したのは、どうやら「正座パラライザー」と「北枕ヘヴン」によるコンボ技のようだ。それにしても、いちいち解説するアッケナの親切心には痛み入る。
「まずはシーシャから寝かしつけてあげる」
 アッケナが、ズルズルとシーシャに近づく。このままでは危ない!
 まだ僕はシーシャに憤りを感じていたが、だからといって見捨てることなどできなかった。何より、彼女のポロリ不可能な虚乳には未練があるのだ。あのエアふくよかな胸を、思うさま揉み損ねたい!
「シーシャ……。クソ、足が動かない」
「ゲヘリクは見物しててよ、あなたの助けなんて要らないんだから!」
 シーシャは意固地に言い放つと、眼前のアッケナをギョロリと睨みつけた。屈んだ状態から剣を振るう。だが、所詮は体重の乗らない斬撃だった。アッケナに呆気なく躱され、剣を蹴り飛ばされてしまった。
 諦めたように項垂れるシーシャを見た時、僕の中でメタン系の何かが激しく爆発した。
 女性一人も救えないで、何が勇者の子孫だ。クターバルの名を貶めているだけではないか。ここで立ち上がらなくてどうする! いや、足が痺れて立てないのだが……。
「待ってろ、シーシャ。助けてやるからな」
 僕は、腕だけで匍匐前進を始めた。日頃から覗きで鍛錬しているので手慣れたものだ。そして僕は、ああああ(中略)あああっという間にシーシャのもとへ辿り着いた。
 問題は、匍匐前進で彼女をどう守るかだ……。
 うーん。どうやら、早くも窮地に立たされてしまったようだ。いや、立たされても立てないのだが。
「おう、相棒。おまえの滾る恥潮《ちしお》が、俺様にもビンビンと流れ込んできたぜ。今なら、完全な同調が可能だ!」
「じゃあ、この状況を打破できるのか?」
 藁にもすがる思いで、僕は卒塔刃に問いかけた。
「愚問だな。さあ、とっとと俺様を抜け!」
「よし、頼むぞ」
 僕はぬわぁーと雄叫びをあげ、背中に括りつけた卒塔刃を抜き放った。刀身に刻まれた梵字が光り輝く。僕の死体《からだ》は、正座の呪縛から解放されて軽くなった。万物を腐らせるほどの力が充溢する。そう、この力こそが卒塔刃の――正統なる勇者の証なのだ。
 僕は、アッケナの横を凄まじい鈍足で走り抜け、呪文を唱えるポクーリに肉薄した。しゅんとした剣光を閃かせると、怨卑服の男装女子を容赦なく斬りつける。
 ポクーリは驚いた死相を浮かべ、無言のまま腐肉を撒き散らして倒れ伏した。悲鳴すら無口とは、いっそ見上げたものだ。
 とにかく、これで「正座パラライザー」の脅威は去った。
「シーシャ、今だ!」
 僕はそう叫んだが、シーシャを見ると、まだ正座の余韻があって動けないようだった。何という恐ろしい魔法なのか。僕は、慌てて彼女のもとへ駆け寄った。
「おのれ勇者め、よくも我が妹を!」
 アッケナが、玉砕を覚悟した様子で突っ込んでくる。
 しかし、卒塔刃の力を最大限に発揮した僕に、北枕など敵ではなかった。水平に薙いだ一閃で、派手にソバ殻をぶちまけてやった。怯んだアッケナを、返す一撃で華麗に斬り捨てる。
「べ、別にアンタのために斬られたわけじゃ、ないんだからねぇぇぇぇー!」
 死んデレ属性のおぞましい断末魔をあげて倒れると、アッケナはそのまま動かなくなった。
 僕は、痺れて足掻いているシーシャに近づき、優しく抱き起こした。
「ゲヘリク」
 シーシャが、弱々しく僕の名前を呼ぶ。
「うん?」
「ごめんね。あなたは間違いなく勇者だった。なのに、あたしったら……」
「いや、僕の方こそ悪かった」
 だから仲直りしたってことで、僕の死守した虚乳を少しだけ拝ませて欲しい。
 そんなことをキリリッと真摯に考えながら、北西の暗い空を睨みつけた。待っていろ魔王。待っててねキモラ姫ぇ~。
 激しい戦いの予兆を胸に、僕はビクビクと痙攣を繰り返した。


 ■第五章 魔王との死闘

 コトキレッタ村で一泊した後、僕たちは二日をかけて、ようやく最果ての地に辿り着いた。
 立ち込める暗雲が昼下がりの空を覆い隠し、辺りは夜のような闇に包まれている。
 その闇に紛れて、うっすらと浮かび上がる魔王の居城があった。かつてニンゲンどもが住んでいたという忌まわしき建造物だ。
「ねぇ、ゲヘリク。魔王と戦う前に、幾つか話しておきたいことがあるの」
 これから突入という時に、シーシャが神妙な腐肉をぶら下げて言い出した。
「何?」
「魔王のこと。それから、あたしのこと。もしかしたらゲヘリクは、薄々気づいてるかも知れないけど……」
 もちろん気づいている。だから僕は、断頭されるようにガクンと首肯した。
 切っ掛けは、シーシャに関する二つの謎だった。まず、彼女が魔王を「救いたい」と言ったこと。そしてもう一つは、彼女がフランシタイン王家の剣を所有していたこと。
 これら二つの事実を踏まえ、僕はある推論に達したのだ。すなわち、

「実はシーシャがキモラ姫なんだろ? そして、魔王となった酷王クズデフ二世を救いたい。違う?」

 僕の嗄れたバリトン・ボイスが、今ここに衝撃の真実を――
「全ッッ然、違うわよ!」
 ――告げられなかった。
「はれぇ?」
「あたしは最初からシーシャって名乗ってるでしょ。アッケナもそう呼んでたし」
「いやだから、それは偽戒名《ぎめい》とかで……」
「はぁ~、何も判ってないのね」
 シーシャの呆れて物も言えないわ的な反応に、僕は愕然とした。
 灰色に腐れ落ちた自慢の脳細胞をもってしても、核心をつく推理はできなかったのだ。何と腐甲斐ないことか。ああ、恥ずかしい。穴があったら埋まりたい気分だった。
「話は後にして乗り込みましょう」
 面倒になったのか、突然シーシャがそんなことを言う。僕としては納得がいかなかった。
「待ってよ。せめて、シーシャが何者なのか教えて欲しいんだけど」
「……そうね。じゃあ、改めて名乗らせてもらうわ。あたしは、フランシタイン王酷既死団の団長シーシャ・コーシュケインよ」
 僕は、予想外の答えに驚いてしまった。
「そうだったのか。そりゃ強いわけだ」
「既死団は、魔王に敗れてしまったけどね」
 シーシャは、赤グロい歯茎をニィ~ッと全開にして、自嘲するように嗤った。憂いを帯びた死相が、また一段と切ない。僕は、彼女を元気づけようと、明るい低声で言った。
「ならば、今こそ弔い合戦と参りましょう、シーシャ団長!」
 するとシーシャは頓死したようにキョトンとしたが、すぐに小さく頷いた。
「え、ええ。そうね。……そうよね。逝きましょう、勇者ゲヘリク!」
 そして僕たちは、魔王の居城に足を踏み入れた。
 昔日に威容を誇った建物も、今は見るに堪えないほど傷んでいる。無数の亀裂が走る薄汚れた白亜は、あちこちが崩落して何本もの蔦が絡まっていた。栄華を極めたニンゲン世界の残滓として、今その惨めな姿を晒しているのだった。
「やけに静かだな」
 通路は殆どが直線で構成されており、行く手を遮る敵は一人もいなかった。
 ここは本当に魔王の居城なのか。そう疑ってしまうほど不気味に静まり返っている。
「ここには魔王しかいないわ。配下は、アッケナとポクーリの二人だけだから」
 シーシャが言う。一度戦っているから内情にも詳しいのだろう。
「少数精鋭とは聞いてたけど、まさか魔王軍って三人だけだったのか?」
「そう、そして今は一人。魔王に会うまでは、そんなに警戒しなくても平気よ」
 その言葉を聞いて、僕はすっかり気が抜けてしまった。
 もちろん何事もないのは良いことだ。しかし、それだと面白くない。不謹慎と判っていても、何かを求めてしまう。だから僕が、つい壁の突起物に触れてしまったのも、退屈しのぎとして仕方のないことだった。
「ちょっと、何よそれ?」
「さあ、何だろう? ポチッと……」
 次の瞬間、物凄い速さで天井の一部が落ちてきた。僕は身を挺して、咄嗟にシーシャの死体《からだ》を突き飛ばした。天井はズズーンと床まで到達し、僕と彼女を隔てる壁として立ち塞がった。
「……おのれ、面妖な天井め!」
 恐ろしく狡猾なトラップによって、僕たちは引き裂かれてしまった。
「うーん、ここは進むしかないか」
 シーシャのことは気になったが、現状では何の打開策もない。僕は、見境なく城内を突き進むことにした。
 だが正直、一人だと心細い。
 ともすればムーンウォークで撤退しそうになる足を押さえ、僕は挫けぬ心で逆ムーンウォークに腐心した。幾つもの通路を通り過ぎ、やがて妙に凝った両開きの扉に突き当たる。
 押し開けて中に入ると、正面から読経のような殺気が吹きつけ、僕は危うく成仏しかけた。
「よく来た、伝説の勇者よ」
 あわよくば、先に到着したシーシャが魔王を倒していないかと期待したが、そんな他力本願は通用しなかった。そこに彼女の姿はなく、僕が一番乗りだった。
 魔王は大広間の中央で、傾いた玉座に腰をかけていた。
「あなたは……」
 僕は魔王に見覚えがあった。
 といっても顔のことではなく、その額に巻かれた「三角形の白い王冠」のことだ。そして何よりも目を引いたのが、男の服装だった。菌の死臭をあしらった豪奢な衣は、まさに王家を象徴するに相応しい代物である。
 シーシャは違うと言ったが、魔王の正体は、紛れもなく酷王クズデフ二世だった。しかし、どうにも腐に落ちない。酷王は、城の棺で伏せっているのではなかったか。
 僕は腐った脳をフル回転させて考えたが、すぐにそれを止めた。別に途中で投げ出したわけではない。玉座の隣に縛られている女性を見てしまったからだ。思わず叫んでいた。
「キモラ姫!」
 悪夢にまで見たキモラ姫の姿が、そこにあったのだ。白い彼岸花を模したドレスが眼球に眩しい。
「ああ、勇者様。早く助けて……」
 キモラ姫が、割れた鈴のごとき可憐な声で、僕を呼んでいる!
「今すぐにっ」
 相手は酷王陛下だったが、躊躇などしなかった。キモラ姫の救出は、全てに優先するのだ。僕は素早く卒塔刃を抜き放つと、興奮が冷めてしまうほどの猛スピードで駆け寄り、未だ玉座から動かぬ魔王クズデフ二世を上段から斬りつけた。

 ――スカッ!

 しかし手応えはなく、一刀両断した魔王の姿は、煙の少ない線香よろしく霧散してしまった。
「こ、これは一体……!?」
「ゲヘリク、危ない! 避けて!」
 背後からシーシャの声が飛んできた。僕は脊髄反射的に避ける方向を定めたが、残念なことに死体《からだ》が憑いて来なかった。
 そして数瞬後には、信じがたい光景を目の当たりにする。キモラ姫の手にした短剣が、僕の鳩尾に深々と突き立っていたのだ。姫は縛られていたはずなのに……何が起きたのだ?
「さらばだ、勇者の末裔よ」
「どうして姫が……?」
 僕は、よろよろと後退した。体勢を崩して倒れそうになったが、側まで来ていたシーシャに支えられ、何とか踏み止まる。
「ゲヘリク、大丈夫?」
「愚、がはっ」
 取り敢えず盛大に苦しもうと吐血した時、僕の鳩尾に刺さった短剣がポロリと落ちた。腐り帷子をあっさり貫通した刃も、その奥に光るモノまでは貫けなかったのだ。すなわち、勇者の悶章である。どうやら僕は、腐の女神に助けられたらしい。
「平気みたいね」
 僕の無事を知ったシーシャが、安楽死のような微笑を浮かべる。
「シーシャ、これはどういうことだ?」
「落ち着いて聞いて、ゲヘリク。すべて話すから」
 すっかり混乱してしまった僕に、シーシャが真実を教えてくれた。
「先刻の酷王陛下は、キモラ姫が作り出した罠、つまり幻影なの。そして真の魔王は……」
「この流れだと、やはりキモラ姫ってことか?」
「その通りよ。キモラ姫と王族親衛隊の二人は、禁断の珍味である『ニンゲンの肝』を食べてしまったの」
「ニンゲンの肝?」
「そう。でもニンゲンの肝は腐りすぎていた。そのあまりの腐敗ぶりに、姫も親衛隊の二人も狂ってしまったの。三人は一夜にしてフランシタイン王酷既死団を撃破し、この居城を拠点として、次々と村のゾンビたちを脅かした。まるでニンゲンのように……」
 なるほど。ニンゲンの腐敗ぶりは、滅んでもなおゾンビの脅威となっているのか。一体どこまで腐った種族なのだろう。
「話は終わったか、シーシャ?」
 ずっと押し黙っていたキモラ姫が、高圧的な口調で言った。
 玉座の方を振り向き、思わずギョッとする。
 僕とシーシャが会話している間に、キモラ姫の容姿が変貌していたのだ。「ニンゲンの肝」による力の発露だろうか。その身体から、ゾンビならざる生気が溢れ出していた。
 生命力に満ちた瞳。何という邪悪な輝きだろう。漆黒の髪など、肩の辺りで綺麗に切り揃えられている。肌はウジ虫の一切を喪失し、きめ細かな白磁のように醜い。あの美しかった姫の面影は、どこを探しても見当たらなかった。
「シーシャよ、我が配下の二人を倒したようだな。その技量、ここで失うには惜しい。どうだ、勇者と一緒に我が配下とならぬか?」
「あたしは王命に従い、キモラ姫、あなたを救うために参りました」
「配下には成らぬと申すか。ならば勇者よ、おまえだけでもどうだ?」
 キモラ姫に仕えるのなら二つ返事だが、魔王キモラの配下になるのは御免だった。
「僕はクターバルの血を継ぐ者。腐っても勇者だ!」
「愚かな。では無限の永眠を与えてやろう」
 魔王キモラが、腰の帯剣を大仰に抜き放った。刹那、僕のウジ虫に戦慄が走る。何と魔王の大剣は、太陽のように激しく燃えていたのだ。
「馬鹿な、炎の剣だと!」
「これぞ誇大誤魔法の究極奥義、偉大なる炎刃『荼毘《バーン》ブレード』だ。貴様らの腐った死体《からだ》など、灰燼に帰してくれよう」
 何という恐ろしい奥義だろうか。下手をしたら、魔王も含めて全員が燃え尽きてしまう。
「シーシャ、散開して戦おう。魔王の気を散らしながら近づくんだ」
「ええ、判った」
 僕たちは、大きく左右に広がりながら、それぞれの剣を構えた。
「無駄だ!」
 魔王が大剣を振るうと、突如、巨大な炎の塊が現れた。シーシャを目がけて一直線に飛んでいく。不意を突かれたシーシャは、咄嗟に剣を払ったが間に合わず、被弾して片膝をついた。
「シーシャ!」
「大丈夫、脇腹を掠っただけよ。しばらく動けそうにないけど」
 僕は安堵の沼気を漏らした。だが、これで危機が去ったわけではない。
「今度は貴様の番だ」
 魔王キモラが、標的を僕に定めて再び大剣を振るう。駄目だ、死んでるのに殺られる!
「おう、相棒。今こそ見せてやるぜ、俺様の真の力を!」
 地獄から響くような卒塔刃の声とともに、刀身に刻まれた梵字が、ドドメ色とババ色の怪しすぎる光を発した。
 次の瞬間、飛来した炎球が卒塔刃に激突する。僕は思わず仰け反っていた。
 ジュジュ~という音を立てながら、怯える僕の前で炎が消滅する。慌てて手元を見やると、卒塔刃の刀身が逆巻く水流を帯びていた。
「これは……」
「号泣涙雨《ティアーズ》ブレード。『荼毘』と対を成す、誇大誤魔法の究極奥義だ。俺様に感謝しろよ」
 僕は驚くばかりだった。下衆で女たらしの卒塔刃が、これほど本格的な力を持っていたとは。無性に悔しいけど感謝するしかなかった。
「ほう、さすがは勇者。我が炎球を打ち消すとは、見事な腐傑《ふけつ》ぶりよ」
 魔王が僕のことを褒めちぎりながら、物凄い速さで突進してくる。もはやゾンビに可能な体捌きではなかった。魔王の本領発揮といったところか。
「……だが、これで終わりだ!」
 炎を纏った大剣が、縦横無尽に襲いかかってくる。僕は卒塔刃の力を借りて応戦した。
 幾度となく交錯する、炎と水の荒れ狂う剣撃。最初は互角かと思ったが、僕は次第に後退し始めていた。ニンゲンに近い魔王の方が、僕よりも能力的に勝っているようだった。
「相棒、こいつは分が悪いぜ」
 卒塔刃が弱音を吐く。その瞬間、水流の勢いが少し弱まった。そして魔王キモラは、それを見逃さなかった。
「さらば勇者よ!」
 絶望的な一撃が、水流の間を抜けて打ち込まれる。もう駄目だ!
 僕が諦めかけた時、すぐ目の前に一つの影が躍り出た。
「シ……」
 その姿に驚いた僕は、扼殺されたように声が出ない。
 影の正体はシーシャだったのだ。その背中に魔王の剣を喰らいながら、弱々しく叫ぶ。
「ゲヘリク、今よ」
「よ、よし!」
 荼毘ブレードを振り抜き、完全に体勢を崩した魔王キモラに、僕はしんみりした斬撃をお見舞いする。それは、初めて卒塔刃の力を借りずに放った一撃だった。
「ば、馬鹿な」
 飛び散る鮮血。
 僕を呪うように両腕を伸ばしながら、やがて魔王キモラは力尽きた。
「終わったのか……?」
 ゆっくりと卒塔刃を下げる。
 床に視線を落とすと、魔王キモラが――いや、呪縛から解放されたキモラ姫が、うつ伏せに倒れていた。その横には、僕を庇ったシーシャも横たわっている。
 両者とも動く気配はない。
 僕は、迷わずシーシャのもとへ歩み寄った。キモラ姫を救出する旅だったが、今はシーシャのことしか考えられなかった。彼女の存在は、僕の中で誰よりも大きく育っていたのだ。
「シーシャ、どうやら僕は君のことが……」
 込み上げる空虚な想いが、言葉の続きを奪う。胸にポッカリと穴が空いたようだった。
 本当にこれで良かったのだろうか。魔王は、キモラ姫は救われたのだろうか。
 ……判らない。
 僕の心には、ただ虚しさだけが募っていった。


 ■愁傷《エピローグ》

 僕たちは、フランシタインの城下町に来ていた。
 王城へ続く石畳の道は、ひしめくゾンビたちで溢れ返っている。
「勇者ゲヘリク万歳! 勇者ゲヘリク万歳!」
 連呼される僕の名前。最初は面倒だと思った勇者の称号も、今は妙に誇らしい。勇者クターバルも、こんな気持ちを味わったのだろうか。
「やっと仕事が終わったな、相棒。ま、魔王なんざ楽勝だったが」
「確かに」
 僕は苦笑を堪えながら、背中で威張る卒塔刃に短く答えた。
「ゲヘリク殿。凱旋が終わったら、一緒に酒場へ逝きましょう」 
 そう提案してきたのは、僕の隣を歩く冥奴アッケナ。
「…………!」
 黄ばみ輝く眼球で僕を見つめ、無言で何かを訴えているのは男装女子ポクーリだ。
「今日から、私と王城で暮らしませんか? ゲヘリク様は酷王の器ですわ」
 叩き割った鈴のように爽やかな声で、キモラ姫が言う。
 ――僕たち四人と一振りは、割れんばかりの歓声の中を歩いていた。魔王は滅び、姫も無事に救出されたのだ。これほど喜ばしいことはない。
 確かに、この度の戦では多くの村人が犠牲となった。それは悲しいことだろう。しかし皆が、心を痛めるキモラ姫のことを知っていた。そして、貴女こそが戦の被害者なのだと励まし、彼女の笑顔を取り戻したのだ。人望というものを、僕は初めて見たように思う。
 とにかく今は、この凱旋が、永久に続く平和の闇へ続いていることを願うばかりだった。

 僕は、卒塔刃の本領を誤認していた。
 勇者クターバルが振るった卒塔刃という剣は、ニンゲンどもを強制的に供養するためのものだった。
 そう、つまりゾンビは斬れないのだ。
 先の決戦で卒塔刃が斬ったのは、ニンゲンの肝より生じた狂気のみだった。だからアッケナもポクーリも、そしてキモラ姫も事なきを得たのだ。すべては一時的な永眠に過ぎなかった。
 もっとも、それは卒塔刃に限ったことであり、魔王に斬られたシーシャは別だった。
「……シーシャ」
 凱旋が終わると、僕は城の霊安室に向かった。
 そっと扉を開ける。薄暗い部屋の中心には、質素な棺に横たわるシーシャの姿があった。
「世界は平和になったよ、シーシャ。あとは君さえ――」
「そう言わないで。早く既死団に復帰したいけど、思ったより致命傷が深かったのよ」
 シーシャが棺の中で身じろぎする。
 彼女が魔王の攻撃を受けて助かったのは、誇大誤魔法「聖櫃ゼロ」のおかげだった。背中に一撃を喰らう直前、虚空を切り裂いて炎刃を逸らしたという。しかし完全に防ぐことはできず、今は治療のため棺に伏せっているのだ。
「シーシャはあの時、どうして僕を庇ったんだ?」
 結果的に魔王を倒すことはできたが、一歩間違えばシーシャは還らぬ屍《ひと》になっていた。
「それは、あなたと同じ理由よ」
「え?」
「ゲヘリクも、あたしのこと助けてくれたじゃない?」
「それはそうだけど」
「倒れているあたしのところに、真っ先に来てくれたし」
「それは君のことが……」
 好きだから、とは恥ずかしくて言えなかった。
「どうしてかな。あたし、あなたのこと大嫌いだったはずなのに」
 言い淀む僕を見て微笑むと、シーシャは眼球を裏返して白目を剥いた。綺麗に揃わない前歯を突き出し、そのまま動きを止める。彼女の頬は、ほんのり流血色に染まっていた。
 これは……つまり、キスってことだよな?
 僕は緊張しながらも、ゆっくりと顔を近づける。
 背後で卒塔刃が冷やかしの言葉を吐いたが、もちろん無視だ。今はそれどころではない。
 もう少し、あと少し。と、その時――

 バタンッ!

 急に霊安室の扉が開き、僕は飛び上がった。シーシャが、上体を起こして扉に眼球を向ける。
「ゲヘリク殿。シーシャの見舞いはそれくらいにして、早く酒場へ逝きましょう」
 不躾な態度で入ってきたのはアッケナだった。
「…………!」
 その後ろから、無言のポクーリも姿を現す。
「ゲヘリク様、寝所の用意ができました。今宵は、フランシタイン城にお泊まりください」
 最後はキモラ姫の登場だ。
「ゲヘリクったら、随分とモテモテなのねっ」
「いや、これは、その、だから、つまり……」
 シーシャに睨まれ、僕はしどろもどろになった。
「あ、そうそう。モーダメポ長老に伝えたいことがあるから、僕は村に還らなくちゃ」
 適当な言い訳を告げて、クルリと背を向ける。
「ちょ、待ちなさいよ、ゲヘリク!」
「ゲヘリク殿!」
「…………!」
「ゲヘリク様!」
「うへぇ~!」
 僕は嬉しい悲鳴をあげながら、四人の腐女子を尻目に霊安室から飛び出すのだった。
●作者コメント
 Z子と申します。
 ゆーぢ様のミニ対決作品を拝読していたら、以前書いたこの作品を投稿したくなりました。
 というわけで、拙作は2009年某企画に投稿した作品の改稿版です。
 ジャンルは恐らくファンタジーかと。
 全編にわたり腐っておりますが、何卒よろしくお願い致します。

※10/12 むっぽ様のご指摘により、脱字をコッソリなおしました。他の方には内緒です。


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
こちらのメールフォームから、作品の批評も募集しております。

●感想
むっぽさんの意見 +40点
 拝読させていただきましたので感想を残させていただきます。
 章分けされた作品ですので、章毎に感じた事や気になった事を挙げさせていただきます。

■第一章
 死者による独特な世界観がコメディタッチでよく描かれていたと思います。
「永眠不足」や「発酵の貴腐人」など、世界観にマッチした面白いキーワードが多々あって読んでいて楽しかったです。
※ただ、「理不尽」を「理腐尽」とまで表現するのは若干やりすぎかな、とも思いました。

 センスのある言い回しなども多く、掴みはバッチリでした。

> モーダメポ長老、勇者クターバル

 良いネーミングですね。笑ってしまいました。
 クターバルに関しては響きもかっこいいですね。

■第二章

 ヒロインとの再会から伝説の剣入手まで、スムーズに話が進み読みやすかったです。
 相変わらず世界観に合った言葉選びがされてて凄いですね。


■第三章

 下心で魔王を倒そうとしたり、思い出づくりでヒロインと仲良くなろうとする主人公。良いキャラしてるなと思いました。

 初めてのバトルシーンでしたが、独特な世界観の対戦で見どころありました。
 スピード感ならぬスロー感満載のバトルというのも珍しいですね。

> ゲヘリク

 三章の指摘とは関係ないですが、
 キャラは全て名前の意味が分かり易いものばかりでしたが、主人公のゲヘリクの由来については分かりませんでした。

■第四章

 魔王との配下とバトル。敵も良いキャラしていて燃えました。
 勝利後のヒロインが主人公に心を許される描写が書かれますが、数行で終わってしまったのでもう少し二人の和む描写があれば良いかなと思いました。

 まだヒロインが正体不明というのもありますが、他キャラが立ってる割にはヒロインのキャラが若干薄いかなと思いました。

> 死んデレ属性

 良いフレーズですね。とても面白かったです。

■第五章&エピローグ

 実は魔王の正体は……などと色々とクライマックス感が満載で良かったです。
 ただ、全体的にクオリティが高い作品だっただけにクライマックスでの盛り上がり不足を感じました。
 今までが凄く面白かった分、求めるレベルが上がってハードルが上がってしまったので……並の作品と比べるなら五章のクオリティは申し分ないと思います。

 一人称で書かれた作品なのですし、もう少し主人公の葛藤の心理描写などを深くしてみたらより五章に厚みが出るかなとも思います。

 また、エピローグで魔王配下の二人を交えてのラブコメが開始されますが、
 配下二人がいつ主人公を好きになったっけ?と違和感を感じました。
 ハッピーエンドなので読後感はとても良かったです。


■総評

 素晴らしい作品でした。
 ファンタジーでは世界観の作り込みが難しいと思いますが、作中の単語から会話文まで設定が行き届いていて見事でした。私も見習いたいです。
 完成度が高く、展開も自然でとても面白かったのです。
 随所にちりばめられた小ネタの数から、読み進めていくのが楽しかったです。

 私は滅多に高得点を付けないのですが、今回は40点か50点で迷ったところ40点をつけさせていただきました。
 コメディに求めるのは難しいですが、感動などの要素もあれば尚良かったかなと思います。

 作者様の次回作を楽しみにしております。


Hiroさんの意見 +30点
 はじめまして、Hiroと申します。
 拙いながらも感想を残させていただきます。

 これは面白いですね。
 終始文中に挟まれるゾンビ比喩表現がとても酢的(すてき)で刺激的でした。
 他の作品でも『虚乳』は見ますが『エアふくよかな胸を、思うさま揉み損ねたい!』などという表現はいろんな忌味(いみ)で斬新です(笑
 
 魔王=姫さまの展開はともかく、そこから暴走理由が『生き返ったから』というのもまた良かったです。
 再び彼女を殺すことで、ゾンビとして蘇るという展開は読めませんでした。

 ギャグ特化型でありながら五十ページを飽きることなく読むことができました。

 設定としてはややツッコミどころがあるような気もしますが、この作品内容なら気にする必要もないかな、と思います。

 変態書きとして、Z子様がよりいっそう魅力的になることを期待させていただきます。
 では、乱文乱筆にて失礼いたします。


たこばやしゆかさんの意見
 +40点
 初めまして。作品の方読ませていただいたので感想を。

 高得点に釣られ読み始めました。一章を読み終えて思いました。良い意味で世界観が狂っていると!(誉め言葉)
 ヒロインらしき存在が、パンじゃなくてクサヤを咥えている。やばい。かなりツボに入りました。描写も良い感じに面白いです。
 面白いので↓からはリアルタイムに感想を落とします。

>絶妙の腐ィット感
 なんていう新しい言葉。そのセンスすごいです。ユニバース!
 くそぅ、良い意味で言葉のチョイスが素敵すぎます。

>やがて、溢れる切実な想いは、僕の胸中で無駄にリフレインした。
 変態と呼ぶなら、もっと見せてくれ! 変態と呼ぶなら、もっと見せるべきだ! 変態と呼ぶなら、もっと見せてくれ! 変態と呼んでくれ……
 無駄すぎます(笑)良い意味で無駄すぎます。ちょっとリアルに吹いてしまいました。クマ吉君を思い出すなぁ……。

>恐ろしいほどに遅い動きは、僕の集中力を著しく損ね、もはや目で追うのがやっとだった。
 逆転の発想。すごいです。良い意味で意味不明です。
 
 読みながらふと我に返りました。この人達ってゾンビなんだなぁって。想像すると凄く気持ち悪いはずなのに、文体や表現のおかげで楽しく読めます。作者様の技量がにじみ出ています。本当にすごいです。
 
>ごめんね。あなたは間違いなく勇者だった。なのに、あたしったら……
 デレました。ついにデレた!ゾンデレ!

>全ッッ然、違うわよ
 嘘? 違うんですか? 良い意味で期待を裏切られました。

>なるほど。ニンゲンの腐敗ぶりは、滅んでもなおゾンビの脅威となっているのか。一体どこまで腐った種族なのだろう。
 上手いこと言うなぁ。座布団一枚で。
 
 読み終わりました。
 面白かったです。自分には絶対にまねできない世界観。うらやましいを通り越して嫉妬心がめらめらと……。
 ある種、王道な展開をゾンビにすることによって変則的に表現し、作品を面白くしている筆力と発想に感服しました。
 次回作、期待しています。執筆お疲れ様でした。


wさんの意見
 +30点
 こんにちは。
 ミニ対決企画の派生作品?ということで読んでみました。

 ええと、これは、いつだったか忘れましたが、魔王がお題に入っていた時の企画作品ですかね。
 その時の作品はあまり読んでいないのですが、本作品も読んでいません。というか、存在していたかどうかすら覚えていません。
 つまりは、お題が魔王というところで、勇者、をタイトルに持って来るというのは、ちょっとあまりにも短絡的すぎるというか、他の作品も魔王勇者系の作品ばかりで、埋もれてしまっていたということです。私自身もあまりにも似たものばかりでうんざりして、魔王勇者作品は二本くらいしか読みませんでした。(何でもありの勇者さまっ、はたまたま読みましたけど。)
 ということで、本作品を企画内作品として考えると、タイトル時点で良くないという評価しかできませんし、読んだとしても渋い点数しかつけられません。せいぜい0点くらいだったと思います。

 すいません。前置きが長くなりました。
 今回は企画という制限は外して、普通の作品として読ませていただきました。
 散々ゾンビは出てくるけど、あまりホラーじゃないですねー。ホラーと題しているわけじゃないので、これも無問題ですが。

 読み始めてみると面白かったです。
 とにかくゾンビ腐りネタの使い方が、非常にセンスが良く、また徹底して使いこんでいるので、散々笑わせていただきました。
 物語の舞台や展開などは、ロールプレイングゲームの王道(王道企画の時でしたっけ?)といった感じですが、その勇者が、生きた人間ではなくゾンビに置き換えた感じ……というだけでこんなに面白くなるとは……いや、こんなに面白くできるというのは、作者さまの力量なのでしょう。

 腐ネタギャグは大体4章に入るあたりで量的にも落ち着いてきて読者としても慣れてきたのですが、そのへんまで来れば、ある程度物語に入り込んでいるので、その後の中ボス、大ボス、ネタバラシ、と、さくさく進んでいくので順調に最後まで読めました。
 基本的に腐ネタ一発ものですが、大体飽きてくるあたりで終わっているので、丁度良い尺だったと思います。
 とにかく面白かったです。言葉遣いのセンスがなんといっても良かったです。
 これといった欠点は気付きませんでした。
 というわけでかんたんですが、感想は以上です。


03さんの意見
 +20点
 拝読いたしました。

 高得点に引かれて読みましたが、ゾンビが主人公という発想はなかったですね。
 所々に散りばめられたアブノーマルな世界観に合わせた独特の表現、最高です。
 よくここまで思いつきますね。笑わせていただきました。
 作品としては文句なしの面白さなのですが、マイナスポイントが2点ほど。
・ゾンビワールド故の、所々に見えるグロ表現。仕方ないと思いますが、これは個人的に萎えました。
・最後の方になると、ゾンビ的表現にちょっと飽きが来ます。もう少し早めに終わっても良かったかなと。
最後まで楽しく読める作品でした。

 以上、失礼いたしました。


AQUAさんの意見 +30点
 こんばんは。作品拝読しました。
 懐かしいですねぇ、王道企画……なんだか昨日のことのように思い出されますなぁ。(←年
 あの時も読ませていただいたので、ストーリーの流れはぼんやり記憶していたのですが、それでもつい笑ってしまいましたよ。腐腐w

 文章的には文句なしというか、やはり面白かったですw
 この徹底的なゾンビ化が、この作品最大のウリになっているといっても過言ではないですな。
 特に後半、シリアス風(?)な展開の中でポロリと出てくるゾンビ用語に、良い意味で緊張感を失わせてもらいました。
 キモラ姫犯人説なんて、真面目に書けばちょっとしたミステリ的展開(←秋企画を思い出す……腐腐)なのに、完全ギャグ状態ですね。

 ストーリーですが、まさに王道RPG。
 ラノベテイストなのが、基本やる気が無く受け身で、煩悩だけは人一倍強いという、ちょっと癖のある主人公。
 主人公を取り巻く腐ったヒロインたちも、ラノベ的お約束キャラを適切に配置しているという感じです。
 いくら「腐ってる」とねちこく言われても、つい可愛らしい女子キャラをイメージしてしまいましたw

 完成度が高いため、あまりツッコミどころがないのですが……やはり、何かお約束を外れる、劇的な展開も欲しかったところです。
 王道=安心して読めるというメリットはあるのですが、短編で、しかも型にハマったキャラ(ゾンビオンリー)でやろうとすると、どうしてもこぢんまりと収まってしまうかなぁと。
 特にキモラ姫とのバトルシーンでは、もっと彼らがゾンビらしく弾けられそうな気がしました。
 また、長編化を視野に、ゾンビワールドとパラレルの現実世界をコラボさせたり?(←自分が挑戦して挫折したパターン)

 ラスト、またもやお約束ハーレムエンドと、その直前の「ヒロイン死んだと思ったら生きてた」(ていうか最初から死んでるけどw)的演出も、ほのぼのして良かったのですが、どこかありふれていて物足りない……。
 自分も以前良く言われていたのですが、作品の中に『本物の極悪キャラ』とか、主人公が本気で追い詰められるようなシーンが無いんですよね。
 そういう要素が入ると、ピリッと刺激が出て、良いアクセントになるかもです。
 『シリアスとコメディの融合』って、すっごい難しい課題なのですが、作者様ならできるのではと期待を込めて……墓場への手土産にどうぞ。

 では、少しでもご参考になれば幸いです。


中行くんさんの意見 +30点
 こんにちは。
 拝読したので感想を失礼します。
 
 面白かったです。
 私にとって御作は、新たな世界観との邂逅で、大変興味深かったです。
 全体としてギャグ作品だと思いますし、ラブコメっぽかったりシモネタっぽいところもあるんですが、本能的な何かよりも知的好奇心が刺激されるお話でした。
 作りこまれた世界観と、それにともなって選ばれる語彙。とにかくどんな言葉を使って物語を表現されるのか、一読者としても一書き手としても本当に楽しんで読めたと思います。
 
 すごいと思ったのは、ゾンビを可愛らしく描いてしまうところ(少なくとも私はそう感じました)
 描写自体は生々しくて気持ち悪いはずなんですが、主人公の心情が乗るからでしょうか? ラブチックなところはどこかキュンとするし、エロシーンはなんだか官能的に見えました。今考えると超不思議です。
 
 どう考えてもネタ小説な香りがするのに、すごく丁寧に書かれていて完成度の高い作品だと思いました。
 
 私は感想を書くとき何かダメ出ししたくなる方なんですが(それが性格的にどうなんだろうという議論は置いておいてください)、ちょっと今回は見つからなかったです。
 
 とにかく楽しんで読めましたと報告するだけに終わってしまいましたがお許しください。
 それでは、執筆お疲れ様でした。


小林 不詳さんの意見 +30点
★作品を読むかどうか判断するために、先に感想を読まれている方へ★
 大丈夫ですよ。この作品は面白いです。ド安定。
 ゾンビネタの好き嫌いで判断されるのは勿体ないです。
 あと、綺麗な構成や読者に優しい伏線のお手本として最適です。オススメ。

 ******

 変な前置きを超えてこんばんは。小林と申します。
 先般は拙作へのご感想ありがとうございました。
 遅くなりましたが、拝読いたしましたので、感想など書かせていただきます。

 と言いつつ、主な主張は冒頭に書かせていただきました。
 いやあ、素晴らしいです。ここまで良構成の作品は、そうそうお目にかかれないと思いました。ゾンビネタであることが惜しいくらいです。
 しかしこのゾンビネタの遊びがまた素晴らしいんだこれが。
 ゾンビ好きのあなたなら大満足、そうでないあなたでも意外なほど満足、そう言っていいんじゃないでしょうか。
 しかし、最後の落とし方とかはいささか昭和的かも……w でも、大好きです。

 惜しむらくはタイトルが弱いくらいですかね。作品中で散りばめられている言葉遊びのセンスはタイトルでこそ最大限爆発させてもらいたかったかなと。

 で、イケメン&美少女こそジャスティスな自分的には、点数は30点と「抑え気味」にさせていただきましたが(ぉ、この作品には是非とも高得点入りしていただきたいと思います。宣伝します。
 それでは、良い作品をありがとうございました。


伊達巻さんの意見 +30点
 腐腐腐……墓場の中からこんにちは。『咎狗の血』絶賛プレイ中、腐った伊達巻です。
 いや、これは面白かったですよ! てか、単純に好みでありますし!

 言葉遊びがいいですねえ、私も好きなのですが、自由奔放に見えてなかなか練られた感じで上手いです。
 価値観の逆転というか、腐った価値観で腐臭だだ漏れだけどファッキン・アイ・ラブ・ユーです(ぇ

 い、言うことがあまりない! けど楽しい! いい!

 この作品は、構成がしっかりしてるんですよね。なんというか、腐った始まりで汚いハーレムエンドみたいな、もちろん褒め言葉です! 冗談抜きに、言葉遊びだけでないしっかりと地に足の着いたフットワークの軽い描写と構成力が光る作品でした。
 やや食傷気味な腐ネタですが、まあ、短編ならこのくらい思い切った方がいいですよね。
 後半のバトル展開になって、やや駆け足かなとも思いましたが気にならないレベルではありました。

 腐ってるのに憎めないキャラクタがいっぱいで楽しかったですが、伝説の剣「卒塔婆」のキャラクタが弱かったのが気になって、点数は控えめにしました。世辞抜きに楽しかったです、参考にしたいくらい。

 では、今度一緒に永眠しましょう! 次の作品も期待しております!


ケロ太さんの意見 +30点
 Z子さん、お世話になっております。ケロ太です。

 これがラ研TLに「腐腐腐」を流行らせた元凶か……!
 枚数が多くて、今まで二の足を踏んでいたのですが、読み始めてみれば、いや、面白かったです! 食わず嫌いはよくなかったですね。

 ゾンビものだから、BGMをマイケル・ジャクソンの「スリラー」にして聞こうと思ったのですが、開始10行で間違いだったことに気付きました。全然合わないよこんなん! あえて合わせるなら、「ほねほねロック」とかそんなんでしょうか。(古いなー)

 とにかく言葉遊びが面白すぎる。一つも外れがないのがすごいです。 
 「発酵の貴腐人」「故人的に」などは声を出して笑ってしまいました。
 こういう単語作りは、書きながら思いついていくんでしょうか。それとも、まず普通に作品を書いてしまってから、推敲ついでに改変する感じ? 興味があります。

>背中に括りつけた卒塔刃を抜き放った。刀身に刻まれた梵字が光り輝く。僕の死体《からだ》は、正座の呪縛から解放されて軽くなった。万物を腐らせるほどの力が充溢する。そう、この力こそが卒塔刃の――正統なる勇者の証なのだ。

 このへん、普通にカッコよくて、むしろ腹が立ちました。おかしいよ、この作品。

 展開が単調という意見もありましょうが、私としてはベタベタな展開をゾンビ視点でおちょくりながら書くことで面白さが出ると思っていますので、これでいいんじゃないかと。

 不満があるとすれば、最後の締め方でしょうか。ここだけはお約束じゃなくて、予想を裏切るようなお笑いネタでひっくり返してほしかったり。どうやら人間は滅んだようですが、ゾンビって人間が変化したものだと思うので、そのあたりをからめてうんぬんかんぬん……うーん、すみません、私の腐った脳じゃどうにもならんのでこのへんで。

 とはいえ、全体的にゾンビ色で統一してみせた腕前はお見事。ひさびさに小説で笑わせていただきました。
 おつかれさまでした。腐腐腐。
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