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ピースフルマインド/暴虐の終

 何故、理解し合えないのか。
 恐れ、拒み、殺す。
 ひたすら繰り返して、まだ。
 私は、私達は。ただ平穏に暮らせるならそれで良い。手を取り合えるのなら、尚良い。望むのは平穏であり、平和だ。それだけだ。他には何も求めない。
 何故。
 何故、お前達は殺すのだ。
 千年を費やしても未だ答えは得られない。

「――なあ、勇者よ」

 幾度となく自問し他問したその問いに、超抜者は卑しく口端を持ち上げた。


 ――― ピースフルマインド/暴虐の終 ―――


 魔王。
 私がそう呼ばれるに至る正確な経緯を、私は知らない。ただ、気付けば私はヒトからそのように呼ばれるモノだった。
 魔界の王。故に魔王。そんな明快にして短慮な発案であると聞く。そう、短慮だ。
 魔界という蔑称も、王などという位も。何もかも盲目なヒトビトの想像の産物だ。
 ただ、この地は肥沃にして絶界の地であったというだけのこと。
 ただ、この地に外には無い多様な種の命があったというだけのこと。
 優しき者、賢き者、力強き者、か弱き者、翼持つ者、角持つ者。
 皆ヒトと、ヒトの世の獣とカタチを異にする者達。それだけの者達。
 己と異なるというだけの理由で、我が友人達は蹂躙されるのだ。
 私にも友人達にも、他者を徒に傷付けるような意志はない。だがヒトビトは無条件に我々の存在に怯えた。
 在りもしない脅威に対して、やがて彼らは形を与えた。天災はおろか、人災にさえその原因を我々に求めたのだ。
 正体の知れぬ悪人は魔物であり、国同士の争いの陰には魔界が、魔王があると。
 村々を押し流す水害、家々を崩し地を割る天災。全ての厄災は、魔王の呪いであると。
 実態の無い恐怖だ。
 だが、彼らはただ怯え暮らすことに甘んじはしなかった。
 恐怖が、抑圧が。希望を、全体への奉仕者を生み出したのだ。
 ある種の才能に突出した者。ヒトビトの幸福を願うが故に我々を討つことを是とした尊き者。
 勇者と呼ばれる、ヒトの超抜者。

「何故? くだらねえことを訊くなよバケモノ」

 幾度となく重ねた問いに、数十年ぶりに訪れた勇者が口を開いた。
 違和感。
「くだらぬ、か。それほどに易い解というなら、答えよ」
 城と呼ぶことは出来ない。より相応しいのは神殿だ。それも石造りで質素な。
 ただ柱が立ち並ぶだけの広い室内の只中、身を隠す物など何も無いそこで、勇者は怖じることなく泰然としていた。
「――っく」
 勇者は軽薄に笑い口端をいやらしく釣り上げた。これまでに見たことのない形。
 違和感だ。
「お前が魔王で、俺が勇者様だからだよ」
「……それのどこが答えだ。質問を変える。何の為に貴様は此処へ来た。何故私達を、私を討つ」
 ヒトビトの為。皆の幸せの為。それが勇者達の答えだ。そして何故手を取り合えぬのかという問いはいつも、我々が悪であるという解によって両断されてきた。
「ああ? 馬鹿かてめえは。決まってるだろうが。てめえをブチ殺して首を持ち帰りゃ俺は英雄様だ。金も女も思うままだろう。これ以上の理由がどこにある」
「――何?」
 それは予想を越えた解だった。
 千余年。幾度、幾百の勇者をこの目にしてきた。
 手にした武器も、仲間も、歳も、性別も様々だったが、彼らは例外無く高潔にして尊い精神の持ち主だった。
 故郷のヒトビトの為、世界に平和をもたらす為。世界を脅かすとされる私を打倒せんと立ち上がり、苦難に身を投じた殉教者達。
 彼らは確かに超抜者だった。――しかしそれはあくまで、ヒトとしてで。
 決して私に届くことはなかった。一度として、私は傷付かなかった。
 私に彼等を傷付ける意志は無かったが、幾度退けようと、倒れ伏そうと、その尊い精神性故に立ち上がり続け、命を落としていった。
 皆私達に対して厳しく不理解だったが、ヒトビトを想い、己を捨て去ることが出来てしまった、紛れもなく貴いヒト達だったのだ。
 それが、この者は一体何だ。
 癖の無い黄金の頭髪。瞳は碧く、肌は白い。これまでに見てきた勇者達と、その点に於いて違いは無い。少なくとも大陸の民族として大勢を占める種なのだろう。
 だがこれは、違う。
 明らかに他の者達と一線を画している。その、精神面に於いて。
 あれが口にしたのはすべて私利私欲に由来するものだ。その言動から、卑俗な心根が透けて見える。このような者が勇者とは。
 しかし、この者を取り巻く違和感はそれのみには止まらなかった。
「勇者よ。それは一体何だ。貴様の共の者か」
 傲岸な勇者から幾ばくかの距離を置いてひとつ、小さなヒトが侍する様に控えていた。少女だ。未だ十年を生きたかも分からぬ様な、幼きヒトの仔だ。何故そのような者を連れているというのだろう。いや、それよりも何故、その仔には――
「共、だ? っく。笑わせるな、魔王」
「あうっ」
 じゃらり、という金属の擦れ合う音と同時。小さな、すぐにも消え入る様な小さき悲鳴が漏れて、仔がよろめいた。腕を振るう勇者の所作に合わせる様に。
 勇者の手には石剣が握られていた。武器として機能し得るのかも疑わしい代物だが、奇妙な点は別にある。鎖だ。柄の先から金属らしき鎖が伸びている。そしてその先は――
「こいつらの様な家畜が! 勇者様の共なワケが、ねえだろうが!」
「あっ――!」
 ふらふらと目前へと連れ出された仔の足元へ、勇者の足が叩きつけられた。碌な抵抗も出来ぬまま、倒れ伏す。
 ――家畜、だと?
 倒れ伏し、小さく震える腕を支えに立ち上がろうとする仔のその首は、金属の輪によって硬く縛られていた。
 完全に、理解の外だ。
 仔は戒められている。首輪を掛けられ、鎖に繋がれ、剣に括られている。これは何だ。勇者は何と言った。家畜だ。解らぬ。
「勇者よ、貴様、何故仔をそのように扱う。その者は貴様と同じヒトであろう。ましてや、守られるべき幼き者ではないのか」
「同じ! 同じだと? はっ。はっははははは! お前の目は節穴か魔王! よく見てみろよ。この薄汚いナリを。こいつはサフィナの砂の民だぞ。奴隷だよ! そんなモノと俺とを同列に並べるなよ間抜けぇ!」
 薄汚い? 仔のどこが薄汚いというのか。お前との違いがどれ程ある。銀の髪、褐色の肌。それが、そうだとでも言うのか。
 家畜、奴隷。
 ただ肌の色、髪の色が違うというだけの理由で、同族を、同じヒトを貶め隷属するというのか、お前達は。
「――ぅ、う」
 小さき呻きが聞こえた。見れば仔が震える手を支えに身を起していた。痛ましい。何故、ヒトは小さな違いによって他者を虐げるのか。
「――お前は望んでそこに居るのではないのだな」
 私の声に、小さき体が震えた。二つの銀の瞳がゆるりと私を捉える。……悲しい瞳だ。疲弊し、諦観した瞳だ。
 仔の小さき唇が僅かに震えて、
「ぁ」
「誰が口を利けと言った? クズムシが!」
「あぐうっ!」
 鎖の唸りと共に、床へと叩きつけられた。
 ああ、答えなど不要だ。
 不当な扱いだ。理不尽な拒絶と簒奪だ。同じだ。仔も、私達も。
「勇者よ。仔を放せ。貴様の行いは、余りにも――」
「ははは! 随分とお優しいことを言うんだな魔王様。いや拍子抜けだな。天下の魔王が、家畜にお目零しとはな。オマケに何だそりゃあ。あ? 見た目は角生やしただけのヒトと大差ねえときた。まったく、肩すかしもいいところだぜ!」
「御託はよい。仔を放せ」
「出来るかよマヌケ。こいつはお前を殺す為にわざわざ用意した道具なんだから――なぁ!」
 理解出来ない。まったく、理解出来ない。大きく身を捩り、引き絞られる右腕、石剣。鎖に引き摺られ床を滑る仔。
 私を殺す? ああ、そうだろう。勇者だ。その為に此処へ来たのだ。だが、弓でも魔導でもない、剣だ。あの者の持つのは剣なのだ。彼我は剣はおろか槍のものですらない程に隔たっているというのに。
 いや、そもそも、この千年余り、私を傷付けることの出来た者など、一人としていないというのに。
「止めよ。ヒトの身で私を傷付けることは適わぬ。私にはお前達を傷付ける意志などないのだっ……! 栄誉が欲しいというのならこのまま故郷へ帰り私を殺したと言えばよい。元よりヒトの世はその様に廻ってきた筈だ」
「命乞いか? くだらねえな魔王」
 ……通じぬか。
「貰うぜ、その首ぃいっ!」
 腕が横薙ぎに振り抜かれた。緑光の閃き。刹那に圧縮された時の中で、石剣に薄緑の幾何なる文様の顕現を見た。
 魔導。開闢にすら届くと錯覚する程の、荒ぶる魔力の奔流。
「こ、れは――!」
 馬鹿な。
 魔導の気配など何処にも感じられなかった。いや、そも、ヒトにこれ程の魔導の素養など――!
 混乱に乱れる思考だったが、千余年を生まれ付いた魔導と共に生きた私の慣性は、その刹那にも変わることなく守りの魔導を編み上げた。
 幾百、幾千もの不可視にして頑強無比の守りの魔導が即座に展開される。だが、
「ぬ、う――うぅっ!?」
 薄氷が砕ける様な易さで、千年を越えて絶対を誇り続けたそれは、引き裂かれた。
 即座に上体を落とし込み、身を捩る。緑色の極光が、反らした肩口を焼き切りながら駆け抜けた。
「ぐ、う、おおぉっ」
 僅かに触れた程度だというのに、右の胸から肩にかけての肉が抉れて消えた。焼け付く痛み。鮮烈な脅威。発生してより初めての、『有効』な敵対者。
「おいおい。避けてくれるなよ。ああ、いや。今のは避けなけりゃ首が消し飛んでたか? そりゃ困るな」
 その場に跪く私に対し、先程の場から一歩も動かぬままの勇者が卑しく笑った。
「……それは、何だ、勇者よ」
 石剣から発せられた光の刃。ヒトの身に余る魔導の力。勇者からはその様なものは感じられない。ならば、何だという。
「か、はははは。良いね。冥土の土産ってやつか? 良いね! 一度やってみたかったんだ。教えてやるよ。く、はは。言ったろ? 『こいつは、お前を殺す為に用意した道具』だって――なぁ!」
「あうっ!」
「貴様」
 勇者の傍らに転がる仔の顔目がけて、足が落とされた。骨と肉の軋む音に、我が身が痛む様で、堪らない。
「こいつは家畜で奴隷のクズだが、特別品でな」
「特別?」
「どこから話すか……。そうだな、こいつを見付けたのはフロエラだ。知ってるか? サフィナのクズ共が巣にしてる砂漠、その近くにある貿易都市だ。最近じゃ貴族連中が相当数入植しててな、奴隷の需要もかなりのもんだ。近場でクズ共をパパっと捕まえてくりゃいいんだから奴隷商共は左団扇ってわけだ。こいつも例に漏れずお貴族様に飼われててな」
 同族を物の様に……。ヒトとはどこまで――
「……貴族の下に居た仔が何故今貴様に連れられている」
「か。そう焦るなよ。死期を早めたいのか? ――俺は小銭稼ぎにフロエラに立ち寄っててな。たまたまだ。貴族のガキと使いに出されてたこいつを見付けた」
「仔の主か。その者も貴様の様に仔を蔑にしていたのか」
「さあな。そんなことはどうでもいい。重要なのはその時そいつらが、いや、こいつが何やってたかってことの方だ」
「何を」
「医者の真似ごとだよ。魔導を使ってな」
 治癒導師か。しかしそれが何だという。魔導の才覚は希少だが、いや。仔に魔導の気配など無いではないか。
「ただの治癒ならな。だが貴族のガキがやってみせたのは相手の腕一本丸々だ。分かるか? 無いもんを生やしたんだぜ?」
「な――」
 有り得ぬ。ヒトにとって魔導それ自体が天賦の才だ。それも極々ささやかなものに過ぎない。治癒魔導とて短時間で癒し得るところなど、擦り傷切り傷が限界だろう。それを失われた四肢の蘇生など。
「ついでにな、その貴族のガキに魔導の才はほとんど無かった。分かるか? それがこいつのチカラだ。無能者に常識外れの魔導を与えたんだ。俺はその日の内にこいつを拝借したよ。かかかっ! あの時のお坊ちゃまの顔は良かったなぁ」
「他者への魔導の委譲? 何故その様な婉曲なことを」
 それ程に優れた才があるというなら何故自ら行使しない。勇者の言葉は不可解に過ぎる。
「手前ぇで使えねえんだよ。物なり人なりを仲介して初めて馬鹿みたいなチカラを発揮出来るんだ」
 私の疑問にあっさりと解は与えられた。
 魔導の流れが己の内で完全に閉じている、ということか。外に発露を持たず、連環し続ける魔力が延々と凝縮され続けた末、常道を逸した結果を導いているのかもしれない。
「王都じゃ勇者光臨の託宣が降りて魔王討伐の機運に盛り上がってたところだ。何かに使えるだろうとガキを王宮に持ちこんだら連中、俺を勇者に祀り上げやがった。分かるか? こいつが俺に連れられてるのはお国公認ってわけだ」
「…………」
 何ということだ。国はそこに住まう者を守るモノではないのか。大勢から外れている者はその限りではないとでも。あまりにも酷薄だ。
「……仔が貴様に連れられる理由は分かった。だが、まだ分からぬ。如何に膨大な魔力の貯蔵を持つとはいえそれを御し、十分に発露することなど。その石剣は」
「『女神メイデアの宝剣』と『神の鎖』だとよ。ガキを持ちこんで直ぐ、王が俺に使える様にしろと導師共命じた。どっちも宝物庫に安置されてた神秘らしいが、詳しいことは知らねえ。導師の話じゃ鎖でガキの力を縛って転化して剣に――だとか言ってたが、お前、分かるか?」
 メイデア……! 聖女と呼ばれた彼女が。死して神と呼ばれるまでに至ったのか。加えて神の鎖。ヒトの伝える神話を信じるならば、天の獣を戒めたとされる神宝だ。成程、結果を見れば眉唾とも言えぬものだ。
「まあ、そういうわけだ。ガキもお前の首も俺が有効に使ってやるから安心して死ねよ」
「くっ」
 やむを得ない。両の手を起点に破壊の魔導を編み上げる。
「――チッ! やらせるかよマヌケぇ!」
 間髪入れず目の前を勇者の足が踊った。
「うっ、ぐぅうおおあぁぁっ! があっああぁ」
 意識を炎に焼かれる。傷口を、肉を、無遠慮に抉られる。掌に凝縮した魔導は瞬く間に霧散した。
「ふざけやがってクソが。まったく、油断も隙も無え、なぁっ!!」
 地に伏す私の腹に、振り上げられた勇者の足が加えられた。ただの蹴り。石剣に依らぬこの勇者の体技などで傷付く体ではないが、宙を踊るには十分だった。
 無様に舞い、落着し、床を転がる。
「ぐっ、う」
 焼き切られ、抉られた傷の痛みに視界が明滅する。意識を刈り取るものではないが、慣れぬこの炎の様な代物は厄介だった。即座に立ち上がることすら儘ならない。
「――! ちっ!」
 この状況、圧倒的優位に居るはずの勇者の舌打ちを聞いた。
 消え入りそうな息遣いが、小さく固唾を呑んだ。僅かに鎖の音。ああ、成程。浅薄なことだ。
 横臥した視界を僅かに上にずらせば、同じく無造作に地に転がる仔があった。手を伸ばせば容易く触れられる。あの卑俗な勇者にとっては仔こそがただ一つの手札であろう。焦りは尤もだ。仔を失えば、勇者が私に抗する手立ては失われるのだから。
 ――失えば。仔が死ぬのなら。仔を、殺すのなら。
 じゃらり。鎖が鳴いた。指の先程も滑らぬ内に、伸ばした私の手はそれを戒めていた。
「てめえっ!」
 勇者の焦燥が聞こえる。視線の先には小さく息を呑む仔の姿。虚ろな瞳に、僅かな畏れを湛えて。しかしそれさえほんの瞬き程の時に失われる。
 あまりにも悲しい瞳だ。全てを諦め全てを受け入れようという。愚かな聖者に似て。
 何故殺せよう。こんなにも哀れな仔を。何故捨て置けよう、このような不条理を。
「仔よ。聞こえているか」
 応えはない。
「お前がここに在るのは本意ではなかろう」
 応えはない。
「お前があの者に力を貸すこともまた本意ではなかろう」
 応えはない。
「よいのだ。もう、お前がその意に反して加担する必要は無い」
「おい、てめえ何囀ってやがるっ! この、その手を離しやがれぇ!」
 鎖が引かれる。僅かにも譲らぬ。
「――――」
 仔の瞳が微かに動いた。
「その身は、心は、魂は。みな、皆、お前だけのものだ。生きることを手放すな。忘れるな。思い起こせ。お前はヒトなのだ。その身は誰に縛られることもなく、自由なのだ」
「ぁ――」
 力無い瞳が揺れて、小さく唇が震えた。
「おい、分かってんだろうな虫ケラぁ!」
「聞くな! 私を見よ」
 刷り込まれた恐怖に身を固める仔を繋ぎ止める。
「あの者が恐ろしいか。ならば私が止めよう。お前がそれを願うなら。お前が自らの意思であれを拒絶するというのなら、私が力を貸そう。だから恐れるな。ただ、心のままに、答えよ」
「――ぁ、ぁあ、あ、あああぁ」
「くそったれがぁ……、上等だ、いいぜ、このままガキもろともぶった斬ってやる! ハッ! どの道てめえを殺せば用済みなんだからなぁ!」
 踊る石剣。緑色の煌めき。
「己の意思で、言葉で、ただその望みを口にせよ! 何も恐れるな。私が! お前を救ってやる!」
 仔の頬を、一筋光が伝った。小さく震えた唇が、その小さな、あまりにも小さな願いを囁いた。

 ―――たすけて。

「死、ぃいいいねええええぇええぇっ!!」
 振り抜かれる腕。風を切る石剣。緑光は閃かない――!
「んなっ――!?」
「ここまでだ、勇者よ。その卑しき心で他者の魂の芯までを打ち崩すことなど適わぬと知れ」
 仔は縛られている。肉体を鎖に。心を恐怖に。だが、ズタズタのその魂で、己の意志で助けを求めた。恐怖の原泉たる勇者を拒絶してみせたのだ。どれほどの恐れを越えてその言葉を吐き出したのか。きっとそれは私の想像など及ばぬ処だろう。だから。私はそれに応えねば。
「おい、おいっ、おい! このくそったれの畜生が! 何やってやがるっ! とっとと――」
「ここまでと言った。仔は貴様に抗う道を選んだのだ。最早貴様の持つそれに光は宿らぬ」
 醜く猛る勇者を前にゆるゆると、無様に立ち上がる。受けた傷は未だに塞がらず今尚焼ける様だが、仔が乗り越えた苦難を想えばどれ程の事も無い。
「くそっ、クソクソクソがっ! ふざけろよ、死に損ない! ああ、ああ! こんなもん無くても今のお前なら」
 改めて見れば、なんということはない。粗雑な足運び、洗練されぬ構え、覚悟無き瞳。駆け迫るその姿のなんとか弱きことか。何も無い、この者には。事ここに至っては、哀れですらある。
「悲しいな、ヒトよ。私達はまた、理解し合えない」
 私の意志に応えて右手に魔力が収斂する。完成は思考と等速。魔導の解放は呼吸と同位。特別な所作など不要。ただ、その行いがあまりに虚しくて、瞼を落とした。
 勇者が地を蹴る音を聞く。編み上げた魔導が勇者を捉えた。
「うっ、ふっ――」
 指向性を伴った大気の壁が腹へ喰らい付き、風に吹かれた枯れ葉の様にその身を舞わせる。無明にあってもその様子は容易く脳裏に映し出された。
 瞼を開く。無造作に地に落ちる勇者の姿を見た。
「っあ、ぐ。ごほっ、く、あ」
 ただの一度撫でただけで弱々しく震え、辛うじて立ち上がる勇者を前に一つ歩を進める。怖れを滲ませた瞳がそれに応えた。
「っ――。くそ、来るな、バケモノめ」
「去れ」
「な、に?」
「去れと言った。元より殺すつもりなど無い。ここより立ち去り、二度と現れるな」
「…………く、そ。クソ、クソ、クソ……」
 その言葉に、ぎしりと歯を噛み締め、背を向けた。よろよろと弱い足取りで遠ざかっていく姿に、先程までの泰然としたものは残されていなかった。

「――――」
 勇者の姿が消えるのを確かめて天を仰いだ。ところどころ割れた天井から覗く空は蒼く高く、その美しさに目を細めた。
 この蒼穹はあらゆる者の頭上、平等に存在する。世界はこんなにも美しいのに、何故そこに住まう私達の間には、こんなにも不条理と不平等、争いが満ちているのだろう。
 煩悶に溺れたところで答えは得られず、ただ、背中に聞こえる小さな息遣いに胸を痛めた。


   ■  ■  ■


「存外覚えているものだな」
 石釜から焼き上がったパンを取り出しながら思わず呟いた。掌の上には楕円の白いパン。五百年程も前に覚えたきりの知識だったが、問題無く再現出来たのが意外だった。
 釜から顔を上げ、空を見れば星々が瞬いている。勇者を退けてより半日。そろそろ仔が目を覚ましているかもしれない。
「む、目が覚めたか」
 焼き上がったばかりのパンが硬く冷めぬ内にと踵を返すと、石柱の陰からこちらを窺う仔の姿があった。目に見える場所に傷や痣はあるが、幸い大事は無さそうだ。
「っ――!」
 声を掛け、そちらへ歩み出すと仔がその小さき体を竦ませた。
 ああ、私は魔王と呼ばれるものであったのだな。些かもの寂しいことだが、仔を責めることも出来ない。
「あぅ、ごめん、なさぃ……」
 私の心象が表情にでも出たのか、仔がおずおずと詫びた。震えは止まらぬ様だが、石柱から全身を出して見せるいじらしさには胸を打たれるものがある。
「構わぬ。それよりも腹は空かぬか? 丁度パンを焼いたところだ。食事にしよう」
 私の提案に俯いたきり黙り込む。やれやれ受け入れられるにはまだ程遠いかと気を落とす私の耳に、くぅ、と小さく虫の音が聞こえたのだった。


「ふむ……」
 繰り返し聞こえる虫の音に、遂に首を傾げるに至った。適当に見繕った卓の向かいには小さくなって視線を落とす仔の姿がある。その前には先程焼き上げたパンと、野菜に火を通したものが盛られている。先程から腹が鳴いているというのに、仔は一向にそれらに手を付ける様子がない。何か不足があるだろうか。
「どうした、遠慮は無用だ。好きなだけ食べるといい。……やはり私が目の前に居ては恐ろしいか」
 一番に考えられそうな可能性を口にして席を立とうとしたが、仔は慌てた様に首を横に振った。ただ、やはり体は小さく震えている。
「あ、あの、魔王……さまは、食べないの?」
 やはり席を立つのがよかろうと思案する頭に、そんな言葉が投げかけられた。おずおずと囁きの様にか弱い声だ。
「ああ、私は」
 食事は不要なのだ。と告げようとして、私にパンの焼き方を教えた娘の言葉を思い出した。
「いや、そうだな。私も、一緒に食事にさせて貰おう」
 言って、盛られたパンに手を伸ばすと、いくらか表情を柔らかくした仔が勢いよく残りのパンに齧りついたのだった。

 ――魔王。ひとり食事を摂るのは、寂しいものよ。あなたも――

 時折喉を詰まらせながらも皿の上を平らげていく仔を眺めながら、遠い日の記憶を掬い上げた。手触りの良いものばかりではないが、それは確かに、思い出深いものだった。

      ■

 過去に没入する私を引き戻したのはやはり、仔の仕草だった。
「何か」
「あの、あなたは王様なのに、自分でお料理するの?」
 あっという間に皿の上を更地にした仔が訊ねた。口の周りは随分と散らかっている。余程腹を空かせていたのだろうが、少々酷い。
「私は王様などではないよ」
 そう答えながら口元に手を伸ばす。一瞬身を固めたが、拒みはしなかった。
「あの、でも魔王さま、って……」
「ヒトはそう呼ぶが、私はお前の思うような王ではないのだ」
「お給仕の人は?」
「居ない」
「召使いの人は?」
「居ないよ」
「……奴隷の、人は……?」
 最後の問いを、怯えを含んだ瞳を以って投げかけた。
「居ない」
 間を置かず答えを返した。真っ直ぐと、出来得る限り穏やかに。ほぅ、と小さく息を吐く音を聞く。
「ここに住まう者は皆、私の友人達だ。友を下にして使うことは出来ない。何か頼み事をすることはあってもな」
 私の様にヒトと同じく言葉を繰る者は稀だが、この地に住まう皆とは意志の疎通は図れる。ヒトと近い形をする者も稀で、一種一個体などということさえ少なくはないが、形の違いなど、何の問題になろう。皆心優しく、命は循環している。
「ん、丁度いい。その友人のひとりが訪ねて来てくれたようだ」
「?」
 首を傾げる仔の向こう、木立からひょっこりと白い四足が顔を覗かせた。すっと伸びた首筋にたてがみが美しい、今では最も古い友人だった。
「わぁ……。お馬……じゃ、ない……?」
 さくさくと草地を踏みしめながら近づく四足の姿に仔が声を零した。馬といえばヒトが移動手段にもする動物だが、確かによく似ている。ただ、仔の言う通り私の友人はそれとは少し違う。
 月明かりの下に露わになった白い体躯。艶やかな美しい毛並みに、引き締まった四肢。流れるたてがみ。そして何よりも目を引くのが、その額より天を突く一本の雄々しい角だ。
「ぁう……」
 すぐ傍まで歩み寄った友人を前に、仔が僅かに身を引いた。やはり恐ろしいらしい。その様子に友人は小さくいなないた。
「きゃぁっ!?」
 途端に跳ね上がった仔は私の後ろへと隠れてしまった。小さく震えながら私を壁に友人の様子を窺っている。私のことも恐れていたことなど忘れてしまったのかもしれない。
「心配せずとも取って食ったりはせぬ。すまんな一角よ、これは客分だ。慣れぬ土地ゆえ少々戸惑っていると見える」
「……ほんとう?」
「ああ。それに、見よ。食後に丁度良いものを土産に持って来てくれたぞ」
「?」
 言って顎で一角の口元を示してやる。
「わぁ……」
 そこには二つ、赤い果実の生った枝が咥えられていた。そのままそっと仔に歩み寄った一角が頭を静かに近づけた。
「お前にだそうだ。受け取るといい」
 僅かに身を固くする仔に小さく声を掛けてやる。一瞬躊躇した様子だったが、おずおずと手を伸ばした。
「あ……、あり、がとう」
 ぽとりと仔の手に果実が落ちて、一角はまた小さくいなないた。ぴくりと震える仔だったが、今度は自ら一角へ手を伸ばした。小さく細い手が一角の頭に触れた。
「わたしとも、おともだちになってくれるの?」
 仔の問いに、一角が小さくいななく。
「勿論だそうだ」
 そう返してやると、何か大切なものを見付けた様な頬笑みを浮かべて私を見返すのだった。

 それはとても美しく、初めて目にする形だった。
 幼さ故の柔軟さを取り戻したか、月光の下仔と一角は踊る様に触れ合っている。貌には輝く様な笑みが浮かび、翳のない笑い声がささやかに響く。
「ああ――」
 それは、私が心から願う理想の形だ。魔物などと呼ばれる私達と、ヒトビトの。
 世界はいつか、この様な形を成すだろうか。
「――いや」
 千年を以って漸く見た理想の断片。そのあまりに眩しく尊いものを、このまま大切に大切に仕舞い置こうなどと愚考して、すぐに改めた。
 世界は未だあまりに厳しく不条理だ。仔をこのまま留め置くことは出来ない。してはならない。
 明日、仔を帰す方法を考えなければと思案して、ひと時だけ完成した理想へと視線を戻した。
 それはこの上無く眩しく美しく、それ故にあまりに切なく胸を締め付けた。
 発生してよりただの一度も涙を流したことのない私だが、ヒトが涙する瞬間とは、きっとこの様な時なのだろうと、想像を巡らせた。


   ■  ■  ■


 翌朝は仔が目覚める前に探し物をした。家屋と言うには些か造りの大らかな我が居城だが、物を詰めておく場程度は決めてある。その蔵を掘り返す。普段放り込んだまま使わぬものだから、埃が酷い。
「……やれやれ、これは骨だな」
 思わず零しながら外界より流れ着いた品々を掻き分け、目当ての品を揃える頃には外で仔の声が聞こえていた。
「起きたのか、起こしたのか。まぁ、丁度良い」
 掘り起こした品を手に蔵を抜け、屋根の外へと進む。朝陽の下で仔と一角が戯れていた。昨日出会ったばかりの頃からは考えられぬ程打ち解けたその様子に、温かな感情と一抹の寂寥を覚える。
 昨日の決断を覆しそうになる己を律して別れへと一歩踏み出した。


「あの、魔王さま、どこへ行くの?」
 私の後ろ、一角と並び歩く仔が訊ねた。右手には先程用意した、パンに野菜を挟んだものがある。朝食にと持たせたそれを齧りながら小首を傾げる姿を改めて確かめる。
 仔が身に付けているものといえば麻布に穴を空けただけの、衣服とも言えぬ様な代物ひとつきりで、足には何も履いていない。銀の頭は埃にまみれているし、体中汚れが目立つ。
「この木立を抜けると湖がある。そこまでだ。まだ暫く歩くが大丈夫か?」
 徒手で歩くならなんということはないが、今の仔の状態を見れば少々考えなくてはならない。仔の胸には石剣が抱かれているのだ。相変わらず長く地を滑る鎖によって首輪と繋がれている。それらの重量は幼い仔には些か酷なものに思えたのだ。
「大丈夫」
 そう思いはしたが、仔は即答した。遠慮をしているのかと問うてみたが、聞けば成程、過酷な道中に比すれば涼風の様なもの、ということらしい。
 仔がそう言うのならそうなのだろうと解する。と、隣で一角がいなないた。疲れた様子を見せれば己の背に乗せればよい、ということだった。
「……お前、私に背を貸したことは一度として無かったと記憶しているが」
 私だけではない。そも、こやつが他者を背に乗せたところなど出会ってより一度も見たことが無い。小鳥一羽として、だ。
「…………」
 しかし当の一角は、不服を申し立てる私の言葉など聞こえぬとばかりに歩を進めた。私を追い抜いて進むふたつは実に仲睦まじい。
「……随分と良い性格をしていたのだな、お前は」
 数百年来の友人からの冷遇に溜息を吐きながら、残りの道程を進めた。


 木々のアーチを抜け開けた湖畔に辿り着くと、涼やかな空気が出迎えた。水場らしい清涼な香りが心地よい。
「わぁ……」
 目の前に広がる景色に仔が声を上げた。あたかも世界の神秘を見た様に深い感嘆だ。
「何だ。湖を見るのは初めてか?」
 いや、仔は砂の民だったか。
「砂の海にはこれと同じ様なものがあると聞いたが」
「オアシス?」
「そんな名だったか」
「オアシスは見たことあるけど、もっとずっと小さくて、わたし、こんなにたくさんの水を見たの初めて! ねえ、魔王さま、これは海じゃないの?」
「海はもっとずっと広く果てが無いものだ。それに海の水は命で満たされ辛い」
 遠い日に見た蒼の世界を口伝してやると、仔は信じられないとばかりに目を丸くし、同時に輝かせた。
「すごいね! わたし、海、見てみたい」
「見ればいい。お前はもう自由なのだから。これからはどの様にも生きられるのだ」
「……魔王さまも一緒?」
「私は……」
 一緒になど行けまい。答えなど決まり切っていたが、どこか不安を孕んだ仔の瞳にそうは答えられなかった。
「そんなことよりもここで沐浴するといい」
 誤魔化す様に言った私の言葉に、仔はぽかんと口を開けたまま視線を返した。話を逸らせたのは僥倖だが、何かおかしなことでも口にしたろうか。
「どうかしたか?」
「このお水、わたしが使ってもいいの? もくよくって、水浴びのこと? わたし、お水をそんなふうに使ってもいいの?」
「あ、ああ。好きにするといい。ここに在るものは皆のものだからな」
 極当たり前の用途に、まるで夢の実現を見た様に目を輝かせた。
「魔王さま! お水、飲んでもいいっ?」
「ああ」
 湖の淵まで真っ直ぐに駆け、振り返ってそんなことを訊いた。答えてやると勢いよく頭を水面へと潜らせた。暫くそのまま動じぬ様子にあわやと考えたが、首の辺りを見てみれば、どうやら水をひたすら嚥下しているらしい。
「――っはあぁっ! おいしいっ! 魔王さまっ、わたし、こんなにたくさんお水飲んだのはじめて!」
 ああ、成程。砂の海の生活に水は貴重なものだろう。ましてや奴隷という扱いを受けていた仔にとっては、沐浴はおろか飲み水さえ十分に与えられたか分かったものではない。
「そうか。それは良かったな。ここでは好きなだけ口にするといい。それから、飲むばかりでなく、旅の汚れを落とすのも忘れぬ様に……やれやれ」
 私の言葉が聞こえているのかいないのか、顔を上げた仔はすぐに着物を脱ぎ捨て湖へと体を躍らせるのだった。

      ■

「あればかりはどうにもならんか」
 木陰に腰を据えて、沐浴――というよりは水遊びに興じる仔を眺めながら声を漏らした。
 湖の淵、すぐ傍には石剣が突き立てられている。無論、柄には鎖があり、鎖は仔の首の輪へと続いている。仔を外に帰す前にせめて鎖だけでも断ってやりたかったのだが、私の魔導を以ってしても傷一つ付けることすら適わなかった。流石に抱えさせたまま入水させるわけにもいかず、ああして楔にしてある。
「メイデアの宝剣、か」
 鎖に繋がれた石剣。それが冠するその名の響きに、遠い日に出会った少女との日々が思い出された。

      ■

 少女は名をメイデア・ダルクといった。

「聖女?」
「皆はそう呼びますが、私はそんなに大層なものではありません。剣を振るったことはありませんし、学もありません。ただの村娘です」
 柱立ち並ぶ我が居城の只中で、穏やかにそれは答えた。十七になるというその少女は、言葉通りただの村娘に見える。人が忌み嫌い、惧れを以って魔界と蔑称するこの地に在って、鎧ひとつ身に付けず、剣も盾も持たない。それまでの数百年の間に訪れたヒトビトのことを考えれば、一種異常ですらある。
「そのただの村娘が一体どういった理由でここにある。この地がどの様に呼ばれるかは知っていよう?」
「ええ。魔界と。そして貴方が魔王」
「お前は、お前達は。私を殺しに来たのか」
「いいえ、魔王。私は貴方を知りに来たのです。貴方にひとつの願いを伝える為に来たのです。言葉を、交わしに来たのです。それだけです。私には、貴方を討つ力も、意志も、願望も、無いのですから」
「では外の者達は何か。あれ程の軍勢を連れた者が言葉を交わしに来ただけなどと、どうして信じられよう」
 小さき翼の友人が届けた外の状況は、ここに住まう者達に少なからぬ不安を喚起するに足るものだった。百や二百では利かぬ騎士達が、魔界とされるこの地を睨んでいる。突出した少数の勇者達とは別種の脅威と言えた。
「彼らは決して手出しすることはありません。そうお願いしてきました。私が戻るまで皆外で待っていてくれる。それだけです。彼らはただ、ここへ私を送り届ける為だけに長い道のりを同行してくれました」
「馬鹿な。村娘ひとりを送り届ける為にこの世界の果てまで騎士を遣わすとは思えぬ。道中どれだけの犠牲を払った。犠牲はそれに見合った成果を欲するものだろう」
「誰一人として欠けてはいません」
「何……?」
 真っ直ぐに向けられた碧い瞳に淀みは無く、穏やかなその佇まいからは一片の嘘も感じられない。
 ヒトの身で旅とは数え切れぬ命の危機と隣り合わせのものだ。それを、あれだけの所帯を無欠。この娘が、導いたということか。
「――聖女、か」
 ヒトビトが娘を聖女と呼ぶ理由を見た気がした。これまで、或いはこれから彼女は大きな流れの中で、ヒトビトを導くのかもしれない。数多の奇跡を従えて。
「……いいだろう。外の騎士のこと、信じよう。元より、私も友人達も争いを望みはしないのだ。お前達は信じないだろうが」
「いえ、信じます。ここへ来るまでの間、森の動物達からは害意を感じませんでした。勿論、貴方からも」
「……そうか。それで、言葉を交わす、私を知るといって、一体何をどうするつもりなのだ」
 その問いに、彼女は――

      ■

 ――簡単なことです。互いを知りたいのだから、一緒に過ごせばいい。それだけです。これから暫くの間、よろしくお願いしますね、魔王――

「――ま――さま、魔王さまーっ?」
 記憶の中の呼び声と現実の呼び声とが重なって、深い追憶から引き戻された。
「ああ、すまない――」
 目を、奪われた。
「……魔王さま?」
 それを薄汚い、と勇者は言った。私には理解出来なかった。ああ。理解出来ないとも。
 汚れが洗い流された頭髪は、緩やかな曲線を描き、醒める様に静かな銀の輝きを取り戻した。水滴に輝く滑らかな肌は、翳るところ無く褐色に燃えている。
 銀に輝く頭髪は夜に冴え冴えと輝く月を、褐色に照る肌は真昼の陽を想わせた。――月と太陽の子。そんな言葉が、脳裏を過ぎった。
「魔王さま!」
「ああ、いや、すまなかった。それで、何か」
「体洗ったよ? どう? きれいになった?」
 言って、水の中くるりと回って見せる。
 光と水滴と共に踊る仔の姿を、心から美しい、と思った。
「ああ、十分だろう」
「はぁい」
 素直にそう答え湖から上がった仔を認めて、腰を上げた。
「待て」
「?」
 獣の様に体を揺すって水切りし、たちまち元のぼろきれの如き衣服を身に付けようとする仔を寸でのところで止める。
「まずはしっかりと水気を拭きとれ。これを使うといい」
 住処を出るときに持ち出し、麻袋に詰めていた浴布を手渡してやる。一瞬不思議そうに眺めていたが、すぐに用途を理解したらしく、大人しく頭から拭き始めた。浴布を見るのも初めてというのは些か驚いたものだが、それ以上に察しが良い。
「それから、これを」
「わぁっ……、きれいな服だねー」
 同じく取り出したそれを見て、感嘆の声を上げた。仔の言うとおり私の手にあるそれは衣服だ。仔の背丈に合うものを探すのは難儀だったが、なんとか一式揃えられた。
「お前にだ」
「えっ……、でも、こんな」
「よい。どうせ使わぬものだし、お前が着なければいつまでも捨て置かれるものだ。土塊に変わる前に使う者があるのは幸いだろう」
「……うん、ありがとう、魔王さま!」
「……よい」
 陽に向かう花の様に咲いた笑みに、思わず目を細めた。


「ん――っしょ。着れたっ。魔王さまっ」
 最後にひとつ、跳ねる様にしてズボンを履き終えた仔が身を翻した。
「ああ。だが、靴も履かなくてはな」
 言って、仔の傍らで転がるそれに指をやる。忘れていたと慌てて手を伸ばしながら、靴は履き慣れないという仔を手伝ってやる。紐を結ぶのは不得手と見えた。
「これで良かろう。窮屈やゆとりのあり過ぎるところは無いか?」
「うんっ、大丈夫だよ」
「そうか。うむ」
 立ち上がって仔の姿を確かめる。
 白い綿素材の長袖シャツに、麻と布から成る青灰色のズボン。それから膝下まである長めの腰巻。これには裾の部分に何かの毛皮が縁取られており、いくらか上等な品に見える。靴はなめし皮を薄く重ねた無難な造りの品で、長旅に耐えられるかは分からないが、無いよりはずっと良いだろう。
「良く似合っている」
 褐色の肌に、白いシャツは良く映えている。
「えへへ。でも魔王さま、どうして服なんて用意してくれたの?」
「……旅装だ。あの様な姿では行く先で何かと不都合があろう。路銀も多くは無いがあった筈だ。いくつか考えなければならない問題はあるが、何とかなるだろう」
「え……。あの、魔王さま? わたしたち、どこかお出かけするの……? あ、ああ、海? 海だ!」
 聡い仔にしては的の外れたことを言う、と僅かに訝しんだが、肩が、足が、小刻みに震えるのを認めて改めた。
「……故郷へ帰るのだ。ヒトはヒトの中で生きるのが道理だ」
 そう、今はまだ。この掌の小さき理想は、世界に結実するには早すぎるのだろうから。
「え……? や……わた、わたし……魔王さま……」
 しかし、その言葉を耳にした仔の狼狽は、目を覆わんばかりのものとなった。先から拒絶に近い意志は感じられたが、何故これ程までに故郷へ帰ることを拒むのだろう。自由になり、奴隷という束縛を逃れたというのに、何故。
「帰れるのだぞ、生まれ育った場所へ。それだけではない、望む場所、どこへでもお前は自由に歩いて行けるのだ」
「うぅ、ぅ……やだ、わた、わたし……」

 ――こわい。

 と、絞る様にして漏れた囁きが、耳朶を撫でた。
「何を恐れる。お前を戒め隷従した者はもう居ないのだ。何も恐ろしいことなど――」
 見下ろす仔の表情は、打ち捨てられるのを待つ幼獣の様に悲痛なもので、思わず口を噤んだ。両目から零れる玉石の様な涙を見るに至って漸く、そのあまりにも痛切な心情へと思い至った。
 ああ――、そうか。何と痛ましいことだろう。お前は、
「ヒトが、怖ろしいのだな……」
 小さき体は悲しい程に震え、涙滴を芝に落としていく。今の仔に安寧の地は無く、此処がひと時の止まり木足り得るというのなら。
「すまなかったな。もう帰れなどとは言わぬ。お前が望むなら、ここに居れば良い。だから、もう泣くな」
 そう、今はまだ。その胸の傷が塞がるまでは。
 煌めく銀糸の髪にそっと触れて、そのまま仔の小さな体を抱き寄せた。震える体は驚く程か細く華奢で、切なく胸を締め付けた。
 ああ、今はまだ、今はまだ――
 静かに凪いだ湖の畔、仔の嗚咽だけが長く響き続ける。私は胸で震える小さき温もりを抱いたまま、静かに瞼を落とした。

 ――何故か。
 聖女と呼ばれた少女の姿を、瞼の裏に見た気がした。酷く淋しげに、悲しげに微笑んで見せた、最後の、別れの際の。


   ■  ■  ■


『一緒に過ごせばいい』
 などと言った少女の言葉を理解するのにも、いくつか瞬きする程度の時間を要した私だ。今目の前で行われていることなど、自力で解を得るには難しそうだった。
 視線の先にはメイデアがある。緩やかなウエーブの長髪は、太陽に燃える様に黄金で、けれど慎ましく背に一つに纏められたそれは、聖女の名に恥じぬ貞淑さも併せ持っている。
 しかし――
「ねえ、魔王。見てないで、ちょっと手伝ってくれないー?」
 まるで旧知の友人に話し掛ける様な気軽さで言う『聖女』の身形は、些か貞淑清楚といった言葉からは離れていた。
 長いスカートは片裾を腿の辺りで縛っており、素足が大きく露出してある。上も他に着ていたものを脱ぎ捨て薄手のシャツ一枚きりだ。それも両腕の袖が肩まで捲り上げられているといった有様である。
「メイデアよ、ヒトの世にあまり詳しくない私が言うのもなんだが、もう少し慎んだ方が良いものなのではないのか」
「あら、何が?」
「無闇に肌を晒すものでは無いような気がするのだが……いや、それより先程から気になっていたのだが」
「うん?」
 作業の手を休めぬまま、メイデアは小首を傾げた。前屈した姿勢で首だけがくい、と動く様は、森の小さな友人達のそれに似ている。
「いや、なに。始めに言葉を交わした時とは随分と言葉遣いが、いや、態度も違って見えるのだが、私の気のせいだろうか」
 うむ。一緒に過ごすなどと言う言動にも驚かされた。今現在の彼女の奇行も気にはなる。しかし、それよりもこの立ち居振る舞いの変貌に、正直困惑している。先程私と対峙していた清廉で淑やかな『聖女』は幻だったのだろうか。
「ああー……、だって肩が凝るんだもの、せいじょさまって」
「……は……?」
 この娘は一体何を言っているのだ?
「い、よいしょっ、と。言ったでしょう? 私はただの村娘だって」
 先程まで抱えていた大岩を放りだしてそんなことを言った。うむ。大岩を抱えていた。
「よく分からぬのだが」
「うーん。だから、こっちの私がほんとのメイデア・ダルクってことかな。どこにでも居る普通の村娘の。でもね、今の私に皆が求めているのは『聖女メイデア』なの。清廉潔白で、王国を栄光へ導く英雄。まぁ、なんというか、期待には応えなくっちゃって人前では『聖女様』を演ってるってわけですよ。でもほら、ずぅっと堅苦しい聖女様を演じ続けるのは息苦しいじゃない? 幸いここにはあなたしか居ないし、ファーストコンタクトは見事成功したし、もういいかなって」
「……要約すれば、余所行きの顔、ということか……?」
「ええ、そんなところです」
 静かにその場に座り込んだメイデアは、悪びれることなく笑みを見せている。わざわざ慎ましく淑やかに佇まいを正す姿が、何ともわざとらしい。
「……こういうものを詐欺と呼ぶのだろうな」
「何か仰った? 魔王様」
「いいや、独り言だ」
 呆れる様に返す私の様子に、からからと笑って見せるメイデアの在り方はしかし、決して好ましからぬもではなかった。歳相応なのであろうその村娘然とした姿はむしろ、聖女などという肩書よりも余程親しみ深いものだ。
「それで、村娘であるところの君は何をしているのだ?」
「そうそう。これ運ぶの手伝ってよ。娘さんには少々酷ですことよ?」
 はたと思い出したように言って、先程まで抱えていた大岩をぺたぺたと叩いて見せる。
「そんなものどうするつもりだ」
「いいからいいから。ほら、まだあっちに沢山あるんだから。早くしないと日が暮れちゃうわ」
「運ぶ……? こんなものをいくつも集めて何をするというのだ……ああ、また……分かった、私が運ぶから足を仕舞え」
 話している間に立ち上がったメイデアは、裾を捲りあげ作業を再開せんと構えている。天真爛漫である様は気持ちの良いことだが、やはりもう少し慎みを持った方が良いと思うのだ。
「あら、魔王。随分と堅物なのね? 巷の噂じゃ魔王は人間の女と見たら端から手籠めにする好色えろえろ魔人なんて言われてるのに」
「……随分な話だな」
「ふふ、チラッチラッ」
「だからなぜ裾を捲る」
「んもう、つまらない反応ね。村の男衆なんて暇さえあれば女のおしり眺めまわしてるっていうのに」
 それはお前がチラチラとやらをやっているからだろう、と思ったが、また話があらぬ方へと進むことは目に見えていたのでやめた。
「それで? 結局これで何をするのだ?」
 メイデアが両腕で抱えていた大岩を片手に拾い上げながら問うと、彼女は得意げにこう答えたのだった。

「石釜を作るのよ」

 ――本当に、よく分からぬ娘だった。今でも、私は断じることが出来ないでいる。結局最後に、あの別れを経て私と彼女の間に在ったものが『理解』であったのか、否か。

      ■

 湖での一件から三日程の間、警戒からか屋外へ出ようとすらしなかった仔だったが、七日経った今では一角と共にあちこちを散策して回っていた。釜場から森に目を向ければ、丁度戻ってくる姿が見えた。一角の背にしがみ付く様にする姿は、まだ乗っているというよりは乗せられているといった風だ。
「今日は少し遅かったな。どこまで行っていたのだ?」
 いつもなら昼時に一度は戻って食事を摂るのだが、既に陽は傾き始めている。一角の足を考えれば、それなりに遠出したと見える。
「ごめんなさい。あの湖からずっと北へ行ったところでもっと大きな湖を見付けて。それから傍に建物も、あ、ありがとう」
 一角から降りる仔に手を貸してやりながら話を聞く。放っておくとぶら下がる格好になる。鞍や鐙を用意した方がよいかもしれない。無論、一角が了承すればだが。
「北の大湖畔か。そういえば久しく立ち寄らぬな」
「あの建物は? 扉が硬くて開かなかった」
「建物……、ああ、そういえばあったかもしれぬな。暫く滞在したことがある。あそこも倉庫のようなものでな。確か書をまとめて放り込んであった筈だ」
 人が寄り付かぬ地とは言っても、実際には命知らずの冒険者や商人といった者が足を踏み入れることはある。そういった者達がもたらす外の物の殆どは、そうしてあちこちに仕舞い込んである。書物に関しては当時読み耽った覚えがある。
「ご本があるのっ?」
「あ、ああ……? 記憶が確かならだが」
 書の話を聞いた途端に仔が声を弾ませた。煌めく二つの大きな銀の瞳が、期待に満ちる様に輝いて私を見上げている。
「書に興味があるのか」
「うん!」
「ふむ、そうか。では明日、一緒に行ってみるか。鍵は掛かっておらぬ筈だから、扉が錆び付いているだけだろう。私が開けよう」
 そう言ってやると仔は飛び跳ねて喜んでいた。書物ひとつに随分な、とも思ったが、出自を考えれば書物に触れる機会さえ希少、或いは皆無だったのかもしれない。
「ねえねえ、魔王さま! 今から行こう!」
 喜色に顔を綻ばせる仔の眩しいまでの姿に、私は複雑な思いだった。
「今日はもう遅い。明日準備を整えてからにせよ」
「……はぁい」
 湖の一件で沈んでいた仔が明るさを取り戻したことは喜ばしい。ここに居てもよいとは言った。しかし、いつまでもこのままという訳にはいかぬ。
「……明日に備えて今日はゆっくりと休むことだ」

 いつか仔を帰さねばならない。
 その時のことを、仔のことを想うと、複雑に斑を描く胸の内を感じずには居れなかった。

      ■

 一通り準備を終えて外に出ると、先に出て待っていた仔がぽかんと口を開けたまま私を見上げた。鳩が豆鉄砲――などと言うが、こういったものをそう呼ぶのかもしれない。
「どうした」
 私と仔との身長差はかなりのものだが、今更それを理由にこのような反応を返すこともないだろう。
「魔王さま、そんなに大きな荷物……何が入ってるの?」
 そう言う仔の視線は私を通り越して、私が背に負う包みに向けられていた。
「ああ、これか。パンにイモに果実――食糧だ」
 答えながら包みを芝の上に空けて見せる。ゴロリとした硬めに焼いたパンが数十と、いくらかの野菜やイモに果実が姿を現す。流石にこれだけのパンを一度に用意するのは中々に骨だったが、まぁ、必要なものだ。私はともかく、仔には。
「ええーっ!? 荷物ぜんぶ食べ物だったのっ? こんなにたくさんどうするの?」
「む? ふむ……。そうだな、行けば分かるだろう」
「?」
 大量の食糧を前に繰り返し首を傾ける仔にそうとだけ返して、出立することとした。
 今は首を傾げる仔だが、あちらへ着いてしまえばこの溢れんばかりの荷物にも不足を感じるかもしれないのだ。


「随分と仲良くなったものだな、仔よ」
 すぐ横、私よりも高い位置で体を揺らす仔へ声を掛ける。どちらかといえば仔へではなく、森へ入ってすぐに顔を見せ、あっさりとその背に仔を乗せた一角に対しての非難のつもりだった。どうもこやつの行動には贔屓が見える気がする。
「フィー」
「……ん?」
 遠回しの非難に知らぬ振りを通す一角の上、仔が呟いた。言葉の意味に思い当たるところが無く、訊き返す。
「名前。フィー」
「……お前の名か」
「うん」
 意味を知らぬ訳だ。
「フィーか。うむ、良い名だ。すまなかったな、これまで名を訊くことを忘れていた。ここではあまり名が必要無いのでな。気にも留めなかった」
「ううん。ねえ、魔王さまは? 名前」
「私か? 私に名は無い」
「……名前がないの?」
「ああ」
 そう返す私に、仔はきょとん、と大きな瞳を丸くし首を傾げた。
 この地に発生して千余年。私を指す言葉など『魔王』以外にはひとつとしてなかったのだから。或いは『魔王』こそが、私の名といえるのかもしれない。
「えっと……」
「今まで通り魔王でよい。何も気にするな」
 頭の上で申し訳なさそうに口ごもるフィーにそう返してやる。私を慮るその気持ちだけで十分に過ぎる。
「それで? フィー、とはどう書くのだ?」
「…………」
 私の名から話を逸らそうと言葉を投げたのだが、返って来たのは沈黙と難しく眉間に皺を寄せる顔だった。
「……書けぬのか」
 きゅっと唇を結んだまま頷いた。
「む、それでは書も読めぬのではないか……?」
「……おー……」
「考えておらんかったのか」
「……ごめんなさい。……帰る?」
 当初の目的が達せられぬと知り、恐る恐るといった様子で訊ねるフィーだったが、それはそれでよいと結論する。
「いや。良い機会だ。読み書きは私が教えよう」
「本当っ?」
「ああ。なに、お前ならすぐに身に付くだろうさ」
 私の申し出に顔を綻ばせるフィーにそう返す。教養を持つことは事実、この先必ず彼女の助けとなるだろう。
「わぁっ! ありがとう魔王さま!」
 一角の背の上、満面の笑みを以って返すフィーに手振りだけで応えてやる。
 仔らしくはしゃぐフィーを微笑ましく見ている私だが、自身も劣らずこの先の日々に想いを馳せていることに気が付いた。
「ご本、たくさんなんだよね? 魔王さま。楽しみだなぁ」
「……そうだな」

 ――いずれ幕を引かなくてはならぬ夢の一時。それでも、今だけは。今だけは。


 フィーを振り落とさぬよう駆け始めた一角と並走すること数刻。目的の湖畔に辿り着いた頃には既に、陽は天頂をとうに越え夕刻の支度を始めていた。
 道中一角の隣を難なく走る私にフィーなどは驚いた様子だったが、そもそもヒトと肉体のつくりの違う私にはそう難しいことではない。尤も、枷無く駆ける一角と並び走ることは、出来ないだろうが。
「魔王さま足速いねえ」
 抱えられながら一角の背を降りるフィーが、感心する様に声を漏らした。
「空を泳ぐ翼の者たちの様にはいかぬがな」
 称賛に応える私の隣、一角が不満そうにいなないた。お前はいつからそんなに嫉妬深くなったのか。
「ああ、お前には敵わぬよ」
「?」
「なんでもない、こちらの話だ」
 私達の不毛なやり取りに首を傾げるフィーにそう告げて、書物を放り込んである建物へと向かうことにした。
 木々に囲まれた湖、という点では先日のものと何も変わらない場所ではあるが、ここは規模が違う。先のものが一息で泳ぎ切れる程度のものであるのに対し、こちらは対岸が辛うじて目視出来る程という長大さだ。書を収めた建物は現在地からほぼ対極の位置にあるので、まだ暫く歩かなくてはならない。
「あれ……どこに行くの……?」
 フィーを降ろしてから暫く並んで歩いていた一角だったが、ここへ来て私達とは別方向へ歩いていく。
「ここは元々あれの棲みかだからな。ここ数日は私の居城近くを寝床にしていた様だから、一通り見て回るつもりなのだろう」
「へぇー。またあとでねーっ!」
 遠くなっていく一角の背にフィーが元気よく手を振った。それに対し尾を振り応えて駆けていく姿を見送って、ひとつ面白い話をしてやることにした。
「フィー。少し、湖を覗いてみよ」
「うん? どうして?」
「見てみれば分かる」
 小さく首を傾げ、湖を覗き込んだフィーが感嘆の声を上げるのはすぐだった。
「わぁ……」
「どうだ?」
「……すごい」
 目の前にあるものが信じられぬという様に手を伸ばしながら応える。それに興味津々の様子のフィーはこちらに振り返ることすらしなかった。
「おー……」
 伸ばした手が水面に触れ、溜息のように声を漏らす。水の存在を触れて確かめる必要がある。つまりはそういうことだった。
「よく透き通った水だろう」
「うん。底までくっきり見える。あ、魚だ!」
 そう、この湖の水は他に無い程に透明度が高い。最も深度がある場でさえ一片の曇りなく底まで見通すことが出来るのだ。
「一角には己の住まう地の水を清める力があるらしくてな。見ての通りここは特別上質な水を湛えているのだ」
「へー。すごいねー」
 透き通る水を弄ぶ感覚が気に入ったのか、暫くの間水音を立てて戯れるフィーが腰を上げるのを待った。
 緩やかに過ぎゆく時は穏やかで、長く永く続けばと叶うことの無い願いが僅かに脳裏を掠める。
「魔王さま?」
「ん。いや、そろそろ行こうか」
「はぁい」
 快活に応えて立ち上がるフィーの頭にそっと触れ、再び目的の地を目指した。
 胸中の寂寥は、日々を重ね、積み上げた美しい記憶と等しく重くなっていく様だった。


「うわぶっ」
 錆び付いた蝶番が割れ、勢いよく内側に倒れ込んだ扉が巻き上げた埃は、そのまま瀑布の如くフィーを襲った。
「うう……」
「すまぬすまぬ。こうも容易く開くとは思わなかった」
 長く捨て置いた屋内に降り積もった埃の量は凄まじく、それを浴びたフィーの姿も随分なことになっている。
「うむ……。これはまた沐浴が必要だな」
「……魔王さまはぜんぜん汚れてないね」
 自身の惨状と私とを交互に眺めながら、珍しく不満げにフィーが言う。咄嗟だったが自然と守りの魔導が働くのだから仕方がない。
「いや、悪かった。それよりもほら、中を見てみたらどうだ」
「うー」
 被った埃を払いながら扉の前に立つ背をそっと押してやる。とたとたと屋内に足を踏み込むフィーに私も続いた。
 暗い庫内は先程の埃が未だ地に落ちず、紅い陽に照らされ闇に白く浮き上がっている。
「――――」
「どうだ? ……フィー?」
 扉を抜けてから静かになってしまった背に声を掛けたが、やはり返事は無い。埃に塗れた庫内の惨状に呆れているのかもしれない。
「フィ――」
「――すごい。すごいね魔王さま!」
 無反応の背に再び声を掛けようとしたのと同時、くるりと銀髪は踊った。捲き上がる埃を気に留めることなく跳ねる様に向き直った表情は、期待に満ち満ち、銀の瞳は空に瞬く星々の様に煌めいている。
「ああ、気に入った様で何よりだ」
 歓喜し、しげしげと宝の山を見る様に庫内に視線を巡らせるフィーに倣う。
 書架などなく床に無造作に投げ出され、乱雑に積まれた書の塔が幾つも乱立している。その様子はさながら紙の森林といった様相だが、フィーにはそれが輝いて見えるのかもしれない。
「ああ、どうしよう、どれを持って帰ろうかな。ねえ、魔王さま!」
 選びきれぬとばかりにはしゃぐフィーだが、その必要は無い。
「まぁ、落ち着け。何も一冊二冊と選ぶことはない。好きなものに好きなだけ目を通せばよい」
「え? でももう日も暮れちゃうし、急いで戻らないと」
「今日はここで夜を明かそう。明日も明後日もだ。暫くここに滞在すればよい」
 ここへ来る上で用意した食料の山も、その為のものだ。足りなくなれば私一人戻って調達してもいい。
「おー! 魔王さまーっ!」
 話した途端に勢いよくフィーが宙を踊った。
「む、お」
 慌てて受け止めようと手を広げる。どすんと胸に重みを感じるのと足元の書の塊に足を取られるのは同時で、埃降り積もる床に倒れ込むのは必然だった。
「ありがとう!」
 ――――。
「魔王さま?」
 私の胸の上、差し込む陽光の中、フィーが屈託なく笑っていた。
 ああ、本当に。
「お前は、良い 表情かおで笑うのだな」
 尊いものだ。
 私が受け取って来たヒトビトの表情はいつも、憤怒のそれであり、憎悪のそれであり、恐怖のそれだった。だから、今目の前にあるこの温かなかたちは、この上無く尊いものだと、そう思う。
「魔王さまは」
「?」
 見惚れる様にして呟いた言葉に、ぽつりとフィーも返した。
「魔王さまは、笑わないんだね」
 余分の無い、純粋な疑問だろう。丸い瞳を瞬かせて疑問は投げかけられた。
「そうだな、確かに私はこれまで一度も笑ったことが無い」
「どうして?」
「笑い方を知らないのだ」
「魔王さまは、うれしいこと楽しいこと、ないの?」
「いいや、あるとも」
 そう、たとえば今お前とこうしていることが楽しい。お前が笑うことがうれしい。
 私にも感情はある。ただ、そんな風にころころと表情を動かす術を知らぬというだけで。
「じゃあじゃあ、かんたんだよ。そういうときにはこうやって笑うの。にこーっ」
 そう言って両手の人差し指を口角へ当てて、くいと持ち上げて見せる。いつもの綺麗な笑顔がそこに咲いた。
「ほら、魔王さまも。にこーっ」
「む、こうか」
 促されるままに口端を指で持ち上げる。
「っぷ、あはははは! 魔王さま、ヘンなかおー!」
 大真面目に笑みを作ろうと努める私に、フィーは吹き出して応えたのだった。
「む。そのように笑うことはないだろう。これは難しい」
「くふふ……っ、だって魔王さま口だけにっこり、ぷふふ」
「やれやれ、楽しそうで何よりだな。私は些か不満だが」
 胸の上でひとしきり笑い転げ、最後には苦しいなどと言うフィーに冗談混じりの不満を漏らしながら、暫くその様子を微笑ましく眺めていた。無論、私の顔が自然な笑みを作ることはなかったのだが。
「それじゃあ、ニコ」
 笑みを作ることを早々に諦める私に、尚もフィーは言う。もう降参だと両手を上にして見せてやった。やはり私に笑顔など困難に過ぎる。
「ううん、違うよ。魔王さまの名前、考えたの。にっこり笑えるように。だから、ニコ」
 そう言って笑うフィーに、すぐには言葉を返せなかった。
 ころころとよく表情を変え、目を丸くすることも多いフィーだったが、今回ばかりは私がその様な顔をする番だった。
「ニコ……私の、名前」
 告げられた響きを口にする。
 魔王という演者ではなく、私という個を表す言葉。私の名。発生してより初めての。
「……イヤだった?」
 忘我する私に、フィーは不安げな表情を浮かべた。
「いや、」
 そんなわけはない。もしも私に笑うことが出来たなら、今ほど素晴らしい笑みを作る機会など、そうはないだろう。
「良い名だと思う。本当に」
「ほんとうっ?」
「ああ。これから私はニコと名乗ろう。ありがとう、フィー」
「うんっ!」
 大輪を咲かせてフィーが笑った。負けじと引き攣る笑顔で返す私に、フィーは勢いよく吹き出すのだった。

      ■

 魔界、などと呼ばれるこの地だが、気候は安定していて過ごしやすい。夜に凍えることが無ければ、昼炎天に焼かれることもない。
 そんな土地柄だからこそ、という強行軍といえた。
「やれやれ、少し考えが足りなかったな」
 目の前には緑の上に積まれる、大量の書の山。
 昨夜あの後に気が付いたのだが、ここにある建物といえば書を収めていたものだけで、他には何も無い。要するに寝泊りする場所が無かったのだ。
 そこで庫内を整理して居住スペースの確保を考えたのだが、この書の量と長年に渡って積み上げられた埃だ。作業は夜を徹して行うことになってしまった。
 そうして空が白み始めた今になって漸く、終わりが見えて来たというところだ。
 庫内にあった書は全て外へ持ち出し、埃は魔導によって編んだ風を以って飛ばした。大量の埃が狭い扉から吹き出す様は、水の如く重みを感じさせる程だった。
「あとは、これらの書を暫く陽に晒して戻せばよいな。当分雨は降らぬ様だし、運び込むのは徐々にで構わぬだろう」
 ひとまず作業はここまでとする。
 一方、フィーはといえば木陰で開いた書に突っ伏す様にして眠り込んでいる。字が満足に読めぬものの、挿絵の多いものを見付けては夜通し眺めてはしゃいでいた。とはいえ流石に睡魔には勝てなかったらしく、数刻前にああして微睡みに落ちてしまった。
 如何に冷えぬとはいっても水場は他よりも幾らか涼しい。陽が顔を出したとはいえ大気を暖めるにはまだ時が要るし、フィーが目を覚ますのも暫く先だろう。万が一風邪をひく様なことがあっては事だ。適当に見繕ったボロ布を手に歩み寄る。
「これは……」
 無いよりはマシといった程度のものだが、掛けてやろうと傍らに立ってそれに気が付いた。
 眠るフィーの周囲に広がったまま転がる書。目を引いたのはそれらよりもその周囲に散乱する紙切れの方だった。
 たどたどしさは見られるが、短いながらしっかりと意味が読み取れる文章の記述がある。紙の上に木炭の欠片があることを見れば、それを記したのはフィーということで間違い無いだろう。
 自身の名も書けぬと言った仔が、ただの数刻書を眺めただけでそこまで学んだというのだから驚きだ。
「これは私の教えなど無くともよいかもしれぬな」
 ささやかに寝息を立てるフィーの肩に布を掛けながら、未来の賢人を夢想した。
 人の世で幸せに暮らしているだろうその姿を、私が見ることは無いだろう。
 そんな当たり前の現実だけが、些か寂しい話だった。

 空を見れば地平から完全に姿を露わにした陽の光が、一日の始まりを、別れの日へまた一歩進んだことを教えていた。

      ■

 昼になり漸く目を覚ましたフィーだったが、すぐさま書へ齧りつく様にして眺め始めた。
 昨晩食事を摂ったきりの筈なのだが、正しく三度の飯よりも、といった風だ。その傍らでは見回りから戻ったらしい一角が付き添う様にして立っている。
「フィー、そろそろ食事にしたらどうだ」
 言いながらパンに果実をチラつかせる。その場を動かぬだろうことは想像に難しくはなかったので、イモや野菜の類はあらかじめ挟んである。
「ありがとう」
 予想通り。差し出されたそれを書に目を落としたまま受け取った。少々行儀が悪いとは思ったが、真剣な様子なので水は差さない。
「お前にはこれを」
 湖畔を歩いた際に見付けた根野菜を差し出してやる。やや赤み掛かったそれは一角の好物のひとつだ。礼のひとつもなく齧りつくのを認めて手を引いたが、器用に全て平らげてしまった。日に日に態度が忌々しくなっていく。
「ねえ、ニコ。これ」
 はたと手が止まり、熱の籠った視線は書から私へと移った。
「どうした?」
 挑発的にいななく一角から視線を外し、差し出された書に目を落とすと片側の項に大きく挿絵が見られた。
「これは、一角か」
 そこには細部まで精巧とはいえないまでも、馬に酷似した体躯や象徴的な螺旋の角がしっかりと描かれていた。私の友人たる一角と同一の個体ではないだろうが、同じ種と考えて良さそうだ。
「ここ、なんて書いてあるの?」
「ユニコーンと。外ではそのように呼ぶらしいな」
「名前?」
「いや、種としてのだな。フィー達のことをまとめてヒトと呼ぶのと同じだ」
「へえー。それじゃあ、あなたの名前はユニ!」
 答えてやると閃いたとばかりに声を上げた。しかし、ユニコーンだからユニとは、安易に過ぎないだろうか。いや、考えてみれば私の名も似たようなものではあるが。
「だ、そうだぞ?」
 少々性格の悪さが露見したこやつのこと、不満のひとつも上げるかと思ったが反応はといえば実に嬉しそうにひとついなないたのだった。
「ふむ……。そうか、そうだな」
「どうしたの?」
 名を与えられるということは、嬉しいものだものな。
「気に入ったそうだ」
「えへへ」
 一角の名付けを終えたフィーは我がことの様に嬉しそうに笑って、またすぐに書へと目を落とす。読めているのかいないのか、随分と熱心にその項を眺めている。やはり一角に関して記してあるからだろうか。
「ねえ、ニコ。おかめってなに?」
「オカメ? 今度は何だ……? ふむ」
 再び顔を上げたフィーの問いに書へと目をやる。相変わらず一角に関しての項らしい。読み上げてみれば訊きたいのは『乙女』のことらしい。
「それはオカメではなく、おとめと読む」
「おとめって?」
「ふむ……。そうだな、フィーの様な娘のことだ」
 如何に説明しようかと思案してそんな答えを返した。
「ふーん? それじゃあユニはわたしのことが好きってこと?」
 案の定理解出来ぬ様子のフィーだったが、別なところには解を得たらしい。しかし、一体何のことか。
「一角が、何と?」
「だって、ほら」
「……成程な。色々と合点がいった。中々良い趣味をしていたものだな、ユニよ」
 指し示された箇所を読み上げてひとり納得する。私の言葉に一角が開き直る様にひとついなないた。
「なあに?」
「いや、まったくその通りだということだ。これはお前を好く思っているとな」
「おー」
 そこにはこんなことが書いてあった。

 ――ユニコーン
 螺旋の角は水を清める力を持ち、力強く、気性は獰猛で決して人に懐くことはない。しかし処女の前で己の獰猛さを忘れ、その純潔さに魅せられる――

「数百年来の友人を無碍にするのだから、それはもう首ったけというものだよな」
 冷めた視線を投げつけてみるも当の一角は涼しい顔で視線を逸らす。
 そんな私達のやり取りを、フィーはただ不思議そうに眺めているのだった。

 ――それから毎日。フィーは書を読み耽った。私はその様子をただ見守る。
 過ぎていく日々は穏やかで、優しく流れる時はしかし、瞬きの如く過ぎ去っていった。


   ■  ■  ■


「ねえ、魔王。ここには小麦ってあるかしら?」
「小麦?」
 数日掛かりで石釜を仕上げると、今度はそんなことを訊いた。
 よく分からぬまま大岩を運び、揚句適当な大きさ、形に切りだすという作業に駆り出された結果出来あがったそれを、ぺたぺたと叩きながら当のメイデアはしたり顔だ。
 本当によく分からぬ娘だ。次は一体何をさせられるのか。
「そう、小麦。知らない? わたしの村じゃ秋には金色の麦穂が畑一面ばぁー……って風に揺られてね。懐かしいなぁ……」
 十七年生きただけの娘が、酷く懐かしむ様に呟いた。まるで今はもう帰れない、遠い故郷を想う様に。
「ん? どうかした?」
「……いや。小麦というのは農作物のことか。それならここから東に行ったところに小さきヒトが農耕を営んでいた筈だ。小麦とやらを育てていたかまでは分からぬが」
「小さきヒト……? ホビットかしら」
 小首を傾げたメイデアだったが、すぐにひとり納得した様にこくりと頷いて、こう一言するのだった。
「それじゃあ、行きましょうか」
 ……まったく、忙しないことだ。


 小さきヒトはこの地では数少ない、ヒトビトと同じ形を持つ種だ。
 ヒトと同じ様に社会を持ち、ある程度の数で集落を成す。違うところといえば体がずっと小さいことくらいのもので、成人した者で私の膝上程度といったところだ。
「先程ホビットと言ったな。彼等は外にも仲間が居るのか」
 集落へ向かう道中、ふと思い出したので訊ねることとした。
「ええ。でも殆どヒトの目に触れない様に暮らしているから、実際に見たことはなくって、噂に聞く程度だけど」
「……やはり迫害があるということか」
「……ごめんなさい」
 諦観する様に零した私の言葉にも、メイデアは律儀に返答した。
「君が謝る必要は無いだろう」
 眉根を寄せて苦笑する姿は珍しくしおらしいもので、彼女が聖女と呼ばれる者であることを思い出させた。
「魔王。ヒトは自分と違う者が恐ろしいのよ」
「だから傷付け殺してよいということにはならぬだろう」
「ええ、勿論」
「ならば、何故なのだろうな。私達は――」
「きっと、最初はただ守りたかったのだと思うわ」
 重ねてきた問い。何故。という疑問に、聖女はどこか遠くを見る様に、懐かしき日々を想う様に呟いた。
「そう、ただ守りたかった。より近しいヒト達を。友人を、家族を、愛したヒト達を。きっとそれだけだった」
 望郷の中にもどこか決然とした光を宿した瞳。語られる言葉から真意は読み取れないが、それは少女の生きた年月が僅かに十七年だという事実を忘れさせる程に重みを感じさせた。
「それは――」
「あ、見えてきたみたい。ねえ、あれがそう?」
「あ、ああ」
 私の言葉を遮る様に顔を上げたメイデアが示す先、目的の集落が見えた。丘の上から遠目に見えるそれは、周囲を農地に囲まれぽつりと小さく存在する、慎ましいものだ。
「わあ、立派な麦畑じゃない! ほら魔王、あれが麦よ。離れてても分かるわ。綺麗なもんでしょうっ?」
 まるで我がことの様に目の前の様子に声を上げる。
「あれがすべて麦か」
 集落を囲む黄金の絨毯は地平まで延々と続いている。時折風に揺られ一斉に身を揺らす麦穂の様子は確かに壮観といえる。
「ええ。立派な畑だわ。収穫前だけど分けて貰えるかしら? うん、行けば分かるわね。ほら、行くわよ魔王!」
 自問自答して、聖女はスカートを両手に持ち上げて駆けだした。束ねた金の長髪が踊り、視界いっぱいの黄金に溶けていく様だ。まったく、忙しない。
「待て待て! 突然外からの者が押し掛けては皆が怯える。私が話をするから君は少し待て」
「あ。そっか。てっへへ」
 振り向きぺろりと舌を出す顔は無邪気なもので、歳相応に見えた。
「やれやれ」
 そこにはもう、先程までのどこか寂寥さえ感じさせる色は、見られなかった。

      ■

 日が暮れる頃になり、小さきヒトの集落から戻ってすぐメイデアは腕まくりを始めた。
「上機嫌で次は何を始めるのかな、聖女殿は」
「今は村娘のメイデアです」
「それは失礼したな」
 出来たばかりの釜場には、メイデアの指示の下木材で組んだ簡易作業台も用意した。その上には日中、小さきヒトより譲り受けた品が並べてある。
 挽いて粉になった小麦に、鳥の卵、四足の乳と様々だ。
「でも良かったわ。一度に材料全て揃うと思ってなかったから。酵母のことなんて忘れてたし。食性は大して変わらないものね」
「私にはよく分からぬ。それで? 結局君は何を?」
「見たら分かるでしょ。パンを焼くのよ」
「パン?」
 答えながらメイデアは器に入れた材料を捏ねている。粉だったものが徐々に半固形の粘土の様に変わっていく様子は何か新鮮な感覚だ。
「何? あなたパン食べたことないの?」
「ああ」
「ふーん。ええとね、こうやって材料をしっかり捏ねて生地にしてあの石釜で焼き上げるのよ。そしたら出来上がり。わたし達の国じゃこれが主食よ。余所も大体そうだと思うけど」
 ふんふんと徐々に力を込めながら生地とやらを捏ねていく。その横顔、口元に笑みは見えるが真剣そのものだった。
「しかし、そんな粘土の様なものを食すのか。君達は変わっているな」
「粘土って……。ほんとに知らないのねぇ。まぁ、見てなさい」
 そう言ったメイデアは再び生地に向かい合う。格闘は暫く続いた。


 捏ね上げた生地を寝かせた後。小分けにしたそれを火の入った石釜へ収めると、メイデアは近くの木を背に腰掛けた。
「ふう。あとは焼き上がるまで待つだけよ。少しのんびりできるわ」
 立てた膝に顎を乗せ、ぼんやり石釜を眺める姿がそこにある。
 言葉無く過ぎる時間、その横顔を何するわけでもなくただ見ていた。
 黄金の長髪を緑の上に投げ出した少女。少し慎みに欠けるだけの、普通の村娘だと自称する娘。聖女と呼ばれる、娘。
 ふと気が付くとその眼差しだった。どこか遠くを見る様な。時折見せる望郷と寂寥を想わせる。天真爛漫を絵に描いた様な彼女には似合わぬ貌だ。
「そういえば、まだ聞いていなかったな」
 その眼差しに気付いて、そんなことを思い出した。
「何?」
 すっと持ち上げられた視線に質問を返す。
「君が何故、聖女と呼ばれるに至ったのか」
「ああ――」
 そんなことか、とでも言う様に呟いて、メイデアは視線を空へと投げて口を開いた。
「何てことない。わたしはただ、手の届くだけの小さな世界を守りたいって、守ろうってしただけ。たったそれだけ。聖女なんて、そんな大層なものじゃなかった」
 そこまで言って、視線を私へと戻したメイデアは続ける。
「ある日ね、夢を見たの」
「夢?」
「そう、夢。戦争が起こる夢。ううん、あれは戦争なんて呼べるものじゃなかった。同盟関係にあった隣国が突然攻め入って、対応の遅れたわたし達の国はただ蹂躙された。首都から程遠いわたしの村の惨状は夢でも思い出したくないくらいだった。殺され奪われ犯されて」
 思いだしたのだろう光景に瞼を落として、再び空を見やる横顔はやはりどこか寂しげだ。
「だが、夢だったのだろう?」
「おかしな話だけど、わたしはそう思わなかったの。夢の内容はとても鮮明で、ただの夢だなんて思えなかった。目を覚まして胸にあったのは、それが必ず現実に成るっていう確信だった」
「予知夢……というものか」
 先に起こる出来事を夢に見るという空想は、ヒトの著した書に時折見られる。或いは神託などとも呼ばれるその存在は、夢を見ることの無い私には理解に難しいものだ。だが、未だ見ぬ明日を知るという所業が、神域と呼ぶべき奇跡であるということに疑いはない。
「結果だけ見ればそうだったのかもしれないし、違ったのかもしれない。ただ偶然が重なっただけかもしれない。今日、この日まで」
「戦争は、起きたのだな」
「ええ。でも、結果は夢に見たものと違ってた」
「君が、変えたのか」
 恐らくは核心。その問いを口にすると、メイデアは「どうだったのだろう」と一言置いた。
「目が覚めて飛び起きて、何とかしなきゃって家の扉を開いたら。村はいつも通りで。幼馴染のアッシュは相変わらずバカで、お隣のハンクさんは朝から酔っ払ってて、向いのベラおばさんは優しくて、ヒューイもミラノもヨハンもセレンも……。みんなみんないつも通りで。わたしはそんな当たり前を守りたいって思った。国とか、世界とか、そんな大きなもののことなんて考えたわけじゃなかった。目に映る当たり前の日常が、ただ愛おしくて涙が出た」
 空に向いた瞳はきっと遠い故郷を見ている。愛おしむ様に、儚む様に。……儚む? 何を。
「でもただの村娘が、いきなり国同士の争いをどうこう出来るワケ無くて。当然よね。突然戦争が起こる、なんて言ったって陛下に声が届く筈は無いし、理由が夢に見たからなんてね。だから小さなことから始めた。ただの村娘にでも出来ること。幼馴染に相談するところから、村の自警団、そこから街へ。そうしてる内に本当に敵国の動きを掴んじゃって。そこからはあっという間だったな……」
 そうして徐々に周囲を先導し、結果として故郷を傾国から救った少女は、聖女と呼ばれるに至った。そして求められるまま今も尚ヒトビトに道を示し続けている。
「それからも度々夢を見て、その度にわたしは皆がより幸せになれるようにって歩き続けてきた。今も――」
 身近な幸福の為に力を尽くしてきたと少女は言う。事実彼女は故郷を守った、より大きなものを守った。皆は幸せの中にあるのだろう。では、彼女自身は? 何故このような儚く寂しい貌で己を語るのだろう。
「そこに、君の幸せはあるのか。後悔は無いのか」
 思わずそう口にしていた。問わずには居れなかった。承服出来なかった。ヒトビトを想い、力を尽くし続けた彼女だけが幸福の中に居ないなどということが。彼女が望んだのは今、こうして此処に居ることなどでは無い筈だ。
 これではまるで勇者達と同じだ。ヒトビトの為に己を犠牲にした彼等と。勇者の最期はいつも――
「これはわたしが望んで、選んだ道だもの。後悔なんて、ある筈ない。この道の先にあるのがどんな結末でも、守りたいと思ったものが、皆が笑っていられるなら、わたしはそれでいい」
「君は……」
 自分の結末までを――
「よっ、と」
 その言葉を言い終えるよりも先、メイデアは勢いよく立ち上がった。
「パン、そろそろ焼けた頃よ」
 釜へと駆け寄り振り向いた顔は、先程までの話など無かった様に快活なものだ。
「……そうか」
 ただ、私には言外に話は終わりだと、そう言っている様に見えたのだった。


   ■  ■  ■


 ヒトの成長の速さというものを、千年を生きて初めて実感した。

「ただいま、ニコ」
 声に顔を上げると一角に跨ったフィーがそこに居た。
 初めてここへ来た時よりも拳ひとつ程背が伸び、からだには少しずつ曲線が顕れている。銀糸の髪は肩まで伸びた。
 馬具無しに一角に跨る姿も随分と様になっている。
「上機嫌だな、何か良いことがあったか」
「うん、ちょっとね。木の実を採りに行くついでで久しぶりに書庫に寄ってみたんだけど、面白そうな本を幾つか見付けて。よいしょっ。ありがとう、ユニ」
 一角の背からひとり飛び降りて、数冊の書を手に見せた。
「ほう、私はてっきりもうあそこの書は全て平らげてしまったものだとばかり思っていたがな」
「あはは、まさか。まだ半分くらいじゃないかな」
 冗談のつもりで言ったものだが、それでもあの膨大な書の山を半分は読み終えているというのは、感心したものか呆れたものか些か悩むところだ。
 あれから、フィーがここへ訪れてから既に二年になる。
 暫く書庫を住まいとして読み書きを教えたが、そんなものは最初の数日までで、その後はひたすら書を読み耽るという生活だった。
 放っておくと書庫から一歩も外に出ないので、食糧の調達が私の仕事の様なものだった。
 半年程そんな読書漬けの暮らしを続けた後、元居た我が居城へと戻り現在に至る。
 書から多くの知識を得たフィーは、生来の明哲さも相まってだろう、聡明な娘に育った。肉体的にもいくらか成長したし、この地での生き方もしっかりと身に付いている。
 私にとっては瞬き程の時の流れだが、ヒトである彼女にとってはそれだけの成長を遂げる二年だった。
「それじゃあ、お昼食べたら一緒に読もう」
「……ああ」
 向けられた笑顔に返しながら、長らく先延ばしにしていた問題に考えを巡らせた。
 書を通してヒトの世の道理を解した。無知が恐怖を生むのなら、知識の集積によって克服できることもある筈だ。生きる術は既にその身に持っている。ならばそれは、

 ひとりで生きていくに足る。


「こっちは色々な生き物を記録してるんだけど、ここの皆のことが殆どみたいなの。けどいくつか見たことの無い挿絵があるから、ニコに訊きたかったんだ」
 食事を終えて、そのまま待ちきれぬとばかりに書を広げて見せた。そこには言う通りにこの地に生きる者達に関しての記述が多く見られた。
「これなんだけど、ニコ知ってる? ええと……カトブレパス?」
 フィーが指差す項を見ると、成程、懐かしい姿が描かれていた。
「ああ、知っているとも。懐かしい顔だな。私は偉大なる一ツ眼と呼んでいた。古い友人だよ。いや、懐かしい」
「へえ。ええと、水牛の様な体に細い首。非常に頭部が重く常に俯いている。その眼を見た者は即死する……ってすごいね。これ本当?」
「描かれている姿は概ねその通りだ。見れば即死する様な眼には覚えが無いな。ただ、偉大なる一ツ眼には彼の者だけの才能があったのは確かだ」
「才能?」
「性質と言った方が正確かもしれないな。その肉体は一切の魔導を受け付けなかったのだ。彼の者の周囲で魔導を繰ると式が結ばれる前に霧散してしまう。命ではなく魔導を、という意味でなら確かに殺しているといえるかもな」
「ニコの力でも消えてしまったの? すごいね。それで、今はどうしてるの? まだどこかに居る? 見たことないけど」
「もう此処には居ない。何百年も前にこの地を後にしたのだ」
「どうして?」
「幾度となく勇者によって平穏を脅かされることに耐えかねたのだ。安住の地を此処より外に求めたのだな。今は、どうしているだろうな」
「そう……。会ってみたかったな」
「生きていれば会えるかもな」
 そうだ。いずれこの地を後にするお前ならば、そんな巡り合わせもあるかもしれない。
「……そうだ、こっちも面白いの!」
 私の言葉に僅かに間を置いて声を上げた。そうして次に持ち出した書を広げて見せる。
「魔導書か」
「うん。他にもいくつか読んできたけど、これはちょっと変わってて。水や風を操る魔導ならわたしにも出来るけど、ここに書いてあるのはどれもよく分からないの。この通りに式を組んでも理論上何も起こらないよね?」
 そう言いながらつい、と首の鎖から繋がる石剣に手を触れる。
 石剣と鎖の力はフィーの閉じられた魔力を引き出し放出するもの。それはあの勇者の様に第三者に向けて用意されたものだが、裏を返せば誰にでも扱うことが出来るということだ。つまりは、フィー自身にも。
 かつては自身を縛り、戒め、括るだけのものだったそれだが、今では彼女を守る力となっている。その名がメイデアというのだから、感慨深いものがある。
「ニコ?」
「……ああ。ふむ……」
 懐かしい思い出に没入する前、フィーの呼び掛けで我に返る。
 天候操作、運命逆転、死者蘇生、生命転化、不死、不老――。差し出された書に書き連ねられている魔導の概論は、理論に依らず魔導を行使する私の目にも荒唐無稽な内容に見える。天を操るも命を操るも神の業だ。それを小さな魔導の力で御そうという発想が私には理解出来ない。
「お前の言う通りどれも眉唾ものだな。永らく生きている私には理解に難しいが、古くからヒトは永遠の命や天の支配に夢を見るものらしいからな。これもそういった妄執のひとつ――」
 いや、ひとつ。穴だらけではあるが、ひとつ。式に手を加える必要はあるものの、成立し得るものがある。ヒトの身では叶わぬだろうが、私ならば。
「ニコ? どうかした?」
「……いや、何でもない。まぁ、それははずれだ」
「そう、面白そうだと思ったんだけどな」
「まぁ、此処にある書など世界から見れば極僅かなものだ。時と共に新しい知と物語は生み出されるものだ。これからは幾らでもそうしたものに触れていけばいい――どうした?」
 ふと気付くとフィーは視線を僅かに逸らす様に顔を傾けていた。表情に色は無くどこかもの憂げだ。
「……ううん、何でもない」
「そうか」
 言葉とは裏腹に、声音は表情に等しく色の感じられないものだった。

      ■

「それじゃあ、ちょっと出掛けてくるね。行くよユニ!」
 呼び掛けに一角がいななき、その背に飛び乗ったフィーが元気良く手を振った。ここ最近では毎朝の風景だ。
 あれから数日、特に変わったことも無く日常は流れている。フィーの様子がおかしかったのもあれきりで、気のせいだったのかもしれないとも思う。
 だが考える。
 だからこそ、考える。
 機は熟している、と。
 フィーはヒトとして立派に育った。
 鎖も剣も終ぞ外してやることは叶わなかったが、結果としてそれは彼女を守る力となっている。その胸に芽生えた怖れも、この二年で蓄えた智と力で乗り越えていける、いや既に。
 だからここまでだ。
 此処は、彼女の生きる場所ではない。いつまでも此処へ縛りつけてはいけない。在るべき場所へ帰さなければ。
 これは、最初から決めていたことなのだから。
「ああ、気を付けてな」
 駆け行く背に応えながら決意する。
 今日、今宵。別れを告げよう。


 夕刻を前にパンを焼き上げる。
 二年続けてきたこの作業も、これで終わりかと思うと些か寂しい気もする。
「これを初めて目にしたときは驚いたものだな」
 メイデアに促され釜を覗いたときのことを思い出す。粘土の様だった生地が膨れた様子に、私は爆発するのではないかと声を上げたものだ。
「君は本当に、報われたろうか」
 彼女が迎えた結末を、私は知る由もない。それでも、ささやかでも、幸福の中にあってくれたならと、願わずには居れない。
 僅かな懐古と共に空を見上げる。遠く蹄の音が聞こえた。音に目を向ければ、フィーと一角が駆け戻る姿を認めた。


 細やかな手付きで食事を摂りながらも、フィーはよく話をした。
「それで、二百年前までは陸路での運搬が主流だったんだけど――」
 普段から口数は少なくない彼女だが、今日は輪を掛けてよく語る。話題同士の繋がりは特に無く、どこか話が途切れることを避けている様にも見える。
「フィー」
「何? あれ、ニコ全然食べてないね。食欲……は元から無いよね。あ、そうだ。そういえばこの間ね」
「フィー」
「そろそろ小麦無くなるよね、今度わたしが」
「フィー。話がある」
「…………なに」
 三度口を開いて漸く、フィーは私の呼び掛けに応えた。それはどこか怖れる様な、諦観するような姿に見えた。
 やはり、察しているのだろう。これまでの挙動もその為か。本当に明哲な仔だ。
「お前が此処へ来て二年になるな」
「……うん」
「お前はよく学びよく育った」
「…………」
「もう、ヒトの世に帰り――」
「いやだ」
 言い終えるよりも速く鋭く意思は返された。予想通りの反応ではあったが、こうもはっきりと拒絶されるとは。
「お前はヒトだ。ここはヒトの生きるべき場ではない。お前にはお前の相応しい世界がある」
「いやだ! 帰りたくなんてない! わたしは……っ!」
 声を張り、興奮に立ち上がったフィーの後ろで椅子が音を立て倒れる。顔は紅潮し、苦しげに歪んでいる。
「何故だ。十分な知識を得た、身を守る力もある。もうヒトを恐れる必要は無いのだ。お前は皆と同じ道を歩いて往ける。此処に居てはいけない」
「違う! そんなこと関係ない。わたし、わたしは、ただ……っ!」
「では何故」
 見下ろす銀の瞳が揺れている。極彩色の感情のうねりが、そのまま顕れた様に。
「どうして……。どうするべきとか、生きる世界とか、そんなことじゃない。ニコは!」
 心は凪いでいる。この結末は出会ったときから胸に決めていた。故に工程は簡潔に、粛々と。
 だというのに。

「――ニコは、それでいいの?」

 静かに凪いだ湖面の様な胸中に、その言葉は大きく波紋を描いて広がった。
 ――私? 私は。
「……っ! もういいっ!」
 何の言葉も返せぬ私に、苛立ちをぶつける様にそう吐き捨てると、外へ向けて駆け出した。
「フィー!」
 急ぎ後を追う。目と鼻の先の戸を潜る。
「ユニィーッ!」
 夜空に響き渡る乙女の声に、一角のいななきが応えた。
「待て、フィー!」
 すぐさま駆け付けた一角に飛び乗り、振り返ることのない背中には拒絶の意志がありありと表れていた。
「一角っ!」
 フィー自身の制止を諦め一角に理解を求めたが、一角もまたこちらを一瞥したきりで聞きいれることはなかった。
「……そうか。お前はいつでもフィーの味方であったな」
 呟く私を尻目に、一角はひとつ前足を高く掲げいなないた。直後、駆け出したその後ろ姿を、私は見送ることしか出来なかった。


 夜の静けさ、深さ、長さ。
 そういったものを今ほど疎ましいと思ったことがあっただろうか。
 皆の様に眠ることのないこの身を恨めしいと。
 私が生きてきた時のことを思えば、一夜など瞬き程度の間にも等しいだろうに、今宵は時の流れが止まった様に緩やかに感じられる。今の私には、思考する時間が苦痛に過ぎる。
 ――ニコは、それでいいの?
 その言葉が頭を占めて離れない。
 それでいいのか? 無論だ。そう決めてフィーを迎えたのだ。ヒトと手を取り合うことは、理想ではあっても今叶え得る現実ではない。
 フィーとてその様なこと、理解出来ぬ筈はない。それなのに何故。
 まだ早かったのだろうか。いや、この生活が深く根付く程に離れ難くなるだろう。此処を発つのはより早い方が良い。そうだ。遅すぎたとさえ言える。
 彼女を帰すことは唯一最良の選択だ。その考えに変わりはない。
 しかしこれは何だろう。胸の底に横たわる、この泥の様な荷は。
 分からない。解らない。
 息を吐き見上げた空に星々は絶えず煌めいている。夜明けは遠く、思考の迷路に出口は見えない。

      ■

 翌日の昼を越えてもフィーは戻らなかった。
 賢いとはいってもまだ仔であることに変わりはない。勢い飛び出したとはいえ、いずれ戻ってくるだろうという確信はある。
 しかし落ち着かなかった。ただ待つという行為がこれ程苦になると知らなかった。気が付けば森を独り歩いている。
 目星は付いている。フィーの足が向く様な場所など限られている。拠り所となれば尚更だ。
 暫く駆けてそこへ辿り着いた。
 湖の畔に小さく佇む書の蔵を、彼方に視認する。蔵の傍に立つ一角の姿を認めて、フィーもまたそこに居ることを確信した。
 すぐに馳せ行き連れ戻したい衝動に駆られたが、それ以上先へ行くことはしなかった。今私が出て行ったところで話にはならないだろう。一角が大人しく道を譲るとも思えない。
 ひとまずは、居場所がはっきりしただけでよい。
 今暫く時を置く。
 今の私に待つことは苦痛だが、それ以外に取るべき手を思い付かないのだから仕方がない。
 そう結論して湖畔に背を向ける。
 彼方から一角のいななきが聞こえた。


 居城の最奥。馴染みの椅子に深く腰を掛け暇を持て余す。
 これまでに退屈を感じたことなど無かった。何事も無い穏やかな日々に満足していたし、勇者達、ヒトビトとの共存へ思索を巡らせる時間は永遠を費やしても足らぬことだろう。退屈を感じる間などなかった。
 では何故。今私はこんなにも暇を持て余し、時間の流れに苦痛を感じるのか。
 ――ああ、そうか。
「余りにも充足していたのだな」
 フィーが訪れてからの、ただの二年という時が。これまでの千年を霞ませるまでに。
 思考は淀み、回転は鈍る。始点と終点が輪を結び、無限に変わらぬ思索を繰り返している様だ。
 自身が停止していようと世界は廻る。深く身を預け、石化した様に見上げる欠けた天井からはゆったりと流れゆく雲が覗き、翼の者達が忙しなく舞っている。忙しなく……。
「どうした?」
 一拍遅れて様子がおかしいことに気付いた。
 群れて空を舞う者達。普段はもっとずっと穏やかに優雅に空を駆けているものだ。それが今は慌てた様に切り取られた空を横切っていく。
 不審に眉根を寄せているとその内のひとつが天井を抜けた。私の周囲を旋回する様に羽ばたきながら叫ぶようにその事実を告げた。
「……そうか。皆を誘導してここまで道を空けさせてくれ」
 そう答えるとばさりと勢いよくひとつ羽ばたいて、元来た穴を抜けて彼方へと飛び去った。
「僅か二年の時を置くのみで、とはな……」
 フィーが今この場に居なかったのは僥倖と言うべきだろうか。いや、或いはこれこそが、彼女を故郷へと帰す好機と見るべきだろうか。
 諸々に答えは出せぬまま来訪者を待つ。

 そう。また新たな勇者が、訪れた。

      ■

「お前が魔王か」
 金髪碧眼。紛うこと無きヒトの超抜者がそこに居た。
 静かな中にも揺るぎ無い信念と決意が込められた声、そして眼差しが、清廉潔白にして高潔な精神を有した者であることを伝えている。その傍らには魔導師だろうかローブの者がひとり付き従う。
「ああ。いかにも、私がお前達の言うところの魔王だ。私からも問おう。お前達は此処へ何の為に訪れた」
 答えは想像に難しくはなかったが、言葉を以って対することを放棄することは出来ない。私の望むところはそこには無いのだから。
「お前を打ち倒す為にだ」
 携えた長剣を抜き放ち高らかに宣言する。
 やはりか。
「だがその前に確認したい」
 分かってはいたが、と諦観する私の耳に、続けて勇者の言葉が届いた。
「何か」
 応じる私を認めた勇者は僅かに逡巡する様に目を伏せて、そしてすぐに持ち上げ静かに口を開いた。
「お前は本当にヒトに仇為す者なのか。ここは本当に、魔界なのか」 
「何故そう思う」
 これまでに無い問い。それが示す可能性に思い至った時、私の胸中に去来したこの感情を、どう表せばいいだろう。
「ここへ辿り着くまで一度も魔物に襲われなかった。いや、考えてみれば国を出てからずっと、俺達は魔物に出会ってすらいない。それどころかここの空気は、ひどく穏やかだ。とてもヒトを襲い血肉を啜る魔物の巣窟とは思えない」
 心が震える。この様な者がまだ居てくれた。この者とならば或いは。
「勇者よ。これから私が話すこと、お前は信じぬかもれぬ。だが聞いて欲しい」
 静かに首肯する勇者を認めて続ける。
「私は確かにお前達ヒトから魔王と呼ばれ、この地は魔界と、住まう者は魔物とされている。だが、私にも、皆にも、お前達を害する意志など無い。皆心優しく穏やかな者ばかりだ。一度として私や私の友人達が進んでお前達に害を成したことなど、無い。私達の願いはただただ平穏に暮らすことだ。お前達を脅かすものなど、何も無い。どうか、このささやかな願いを聞いて欲しい」
 千年待ち続けて漸く訪れた平和への、ともすれば共存の道すら得られるかもしれぬこの状況。飾らぬ言葉に千年の願いを込めて吐き出した。この千年が、流れた血が、ここで報われなくてどうするという。
 私の言葉を受けて、勇者は長く沈黙した。胸中を読むことは出来ない。目を伏せ眉間に深く皺が刻まれた様子は、深く複雑な心境であることだけを確かに伝えた。
 長い長い沈黙の後、深く息を吐く音を聞いた。そしてすっと顔を上げた勇者は厳しい表情で問いを口にする。
「……いつから、お前達はそんな風に生きてきたんだ」
 それは恐らく私達への責めではなく、ヒトの代表としての罪悪、その呵責だ。
「少なくとも、私がこの世に発生してからの千余年。ずっとだ」
「その間俺達は、ただ平穏に生きたいだけのお前達を……」
 苦しげに漏らす言葉尻は消えゆき、沈黙が場を支配する。
「何を!」
 それを破ったのはこれまで沈黙を貫いたローブの者だった。
「アルバート! 騙されてはいけない、あれは魔王なのですよ!? これはあなたを甘言で絡め取り、背後から討とうという卑劣な罠だ! 忘れたのですか、私達は王国の為、皆の為、魔王を討つ為に遣わされた! そうでしょう!」
 勇者の前に躍り出し、大きく身を振りながら諭す様は、至極当然のことの様に思えた。真実これまで私を見る者の目は、皆この様に曇っていたのだから。
「ライ……。だがあれは嘘を吐いている目じゃない。分かるだろう、俺は真実を見極めるこの眼で、こうしてここまでやってきたんだから」
 それでも勇者は態度を翻しはしなかった。ああ、本当に、この者ならば。
「馬鹿な! では! これまで魔王に立ち向かい死んでいった者達はどうなるのです! ――魔王! 貴様は多くの勇者と呼ばれた者達の命を奪っているではないか! 何が平穏な暮らしだ、バケモノめ!」
「それは」
 私の意志がどうあったにせよ、それは覆し様の無い事実だ。ここへきて、余りにも手痛い言葉。どうすればいい、私は。
「誰も聞く耳を持たなかった。お前はただ自分を、仲間を守った。その結果だった。――そうなんだろう?」
 しかして私を救ったのは、勇者の言葉だった。
「アルバート! 何を!」
「お前は……」
 声を上げる男の向こう、勇者の真摯な眼差しは真っ直ぐと私を見据えている。そうか、その全てを見通すかの様な眼こそが、この者を勇者たらしめるものか。
「ああ、その通りだ。だが、ここで命が失われたことは事実だ。私はそのことを詫びなければならない」
「より多くの血を、お前達は流したんだろう」
「過ぎたことはもう、よい。勇者よ。私は、より良い未来が欲しいのだ」
「……分かった。どうなるかは分からないが、このことを王に伝える。和平が実現する様尽力すること、約束する」
「そう。そうか……」
 確かな眼差しで宣誓する勇者の言葉が心強い。
 長かった。この千年に渡る行き違いが、漸く正されようとしている。これほど素晴らしいことが他にあるだろうか。
「魔王、俺はすぐにでも国に戻る。恐らく俺がそのまま特使になるだろう。必ず良い報せを持ってくる。それまで待っていてくれ」
「ああ、いつまでも待とう。千年待ち続けたのだ。どうということはないさ」
 そう返すとふっ、と微かに笑みを覗かせて踵を返した。
「勇者よ」
 帰路を行く背に声を掛ける。
「この和平、必ず実現しよう」
「ああ、必ず」
 背中越しに互いの想いが通じたことを理解する。ああ、遂に実現する。願い続けた理想の世界が。もう皆が傷付くことはない。怯えることもない。互いに手を取り合える、真の平穏が、漸く。

 ――そいつぁ、困るな。

 場が音を失くしていなければ拾えぬ様なささやき。
 状況を解していないのは、私と、勇者。
 勇者は立ち止まり、唖然とした様子だ。
「――――ぁ?」
 腹に触れ、触れた手を不思議そうに凝視している。傍らには、ローブの者。
「待て……」
 勇者の手には赤色。触れていた腹の周りをじわりと染め上げていく。
「何を……」
 ローブの者の手には短剣。赤色を滴らせて。
「……ライ……っ、お前、何を……」
 己の身を検めた勇者が震える手を伸ばした。
「貴様は一体何をしているっ!?」
 伸ばした手はローブを掴み、それは崩れ落ちる勇者の身に引き摺られる様に引き剥がされた。
「――よぉ」
「貴、様は……!」
 そこから現れたのは碧い瞳、金の頭髪。そして、口元の卑しい笑み。忘れる筈はない。それは確かに、あの日この場へフィーをもたらした、卑俗なる勇者。
「会いたかったぜぇ、魔王」
 口端を釣り上げ、心底嬉しそうに嗤う。
「ライ……何故、こんな……」
 その足元、アルバートと呼ばれた勇者が、血の海で苦しげに解けない疑問の解を求めている。その身を襲った凶刃は深く腹を穿ち、生命の存続に深刻な影響を与えていることは明らかだった。
 何故。漸く未来が拓けた。誰もが幸福になれる筈だった。それを何故、今、この時に、貴様は……!
「何故? そりゃあ、こっちの台詞だぜ、アァルバァァァトォ。和平だ? ふざけろよ腰抜けが。そんなことされちゃあ困るんだよ。アレは、俺が、殺すことになってるんだから、なぁ!」
「っが、あ――」
「止めろ!」
 傷口を更に抉る様に足が落とされ、アルバートが苦悶する。あれでは本当に助からぬ。
「ああ、いいぜ。たった今用済みになったところだしな」
 最早抵抗さえ出来なくなったアルバートの腰から、引っ手繰る様にして何かを掴み取ると勇者――ライと呼ばれたその男は応えた。
「何故、何故貴様はそこまで私の首に拘る!? 和平が実現していたなら貴様の望む名誉も富も得られた筈だろう! 皆も幸福になれた! それを何故!」
「何故だぁ……? どいつもこいつもふざけやがってくそったれがぁ。二年前、ここから国へ逃げ帰った後俺がどんな目に遭ったか分かるか? てめえの所為で、俺が!」
 敵前逃亡の勇者。臆病者。神宝を損失した愚者。あらゆる権利の剥奪。奴隷商の手にすら落ちたこと。男は吐き捨てる様に己のその後を語った。
 ――どうでもいい。
 すべて身から出た錆ではないか。
「だからな! 今度こそお前をぶっ殺してやり直しだ。リセットだ。今度こそ俺は!」
 歯を剥き笑うその顔、瞳には既に狂気が宿っている。
「ああ、お前には本当に感謝してるんだぜアルバート。お陰でまたここまで来られた。今度こそこのくそったれの魔王を殺せるんだからな。……なんだ、もう死んじまったのか」
 つまらなそうに見下ろす男の視線の先。血の海でアルバートは事切れていた。私の、世界の希望が。こんなに、あっけなく。
「貴、様という男は――!」
「喚くなよ魔王! いいじゃねえか、てめえもすぐに後を追うんだ。地獄でよろしくやりやがれ! ハハァッ!」
 狂気に染まった嘲笑が響き、身を低くした男が駆けた。
 理解出来ない。狂っている。分かっている筈だ。私には届かないと。もうこやつにはフィーもメイデアも無いというのに。
「何故無駄と分かっていながら挑む! そこまで気を違えたか!」
「ハハハハハァッ!」
 いや、と思う。
 二年前そうして虚を衝かれた。卑劣で狡猾な男のこと、決して油断は出来ぬ。
 決断から行動は一瞬だった。
 あの時は突然のことに万全ではなかった。だが今は違う。力の全てを守りの魔導に宛がい、行使し得る最大の防御魔導を限界まで重ねて展開する。
 その密度。最早魔導はおろか、物体さえ私に肉薄することは叶わぬ。たとえ件のメイデアの光とて。
 式の構築は一瞬。駆け迫る男が到達するまでに十分に展開出来る。
 本当に理解出来ない。何故ああまで執拗になれるのか。一度の敗走を教訓と出来なかったのか。
 狂気の男は醜く歪んだ笑みのままに白兵の射程にまで迫った。右手に携えたのは、歪に曲がった短刀。
 魔道式を起動する。
 ――――な、に?
 恐らくはこの世で最も硬く無欠の守り。最速にして確実のそれは、世界に結実することなく霧散した。
 男の嘲笑。右手から閃く鈍い光。それらをゆるやかに粘化した時の中で知覚した。
「よう、ご自慢の魔導はどうした? 魔ぁ王ぅ様ぁ?」
 耳元で粘ついた囁き。脇腹に焼け付く痛み。
「っぐ――」
 痛みの元へと視線を落とす。歪に曲がった黒い刃は黒曜石の様に鈍く煌めき、私の脇腹、下方から抉る様に食らい付いていた。
「貴様っ……」
 焼ける様な痛覚に苛まれながら男に手を伸ばすが、ぬるりと身を翻す。動きに合わせて短刀が傷口から引き抜かれて遠ざかった。
「ぐ」
 何故だ。油断は無かった。用意した魔導はどれ程強大な力にも対抗出来るものだった。魔導の行使は私にとって呼吸と同等に自然な行い。失敗などあり得ぬ。それが、何故。
「ククハハハ」
 困惑し不可解に思考を絡め取られる私を余所に、男は軽やかな足取りで距離を置くと愉快そうに下卑た笑いを上げた。
「カトブレパス」
「な、に」
 男の手の中、黒光りする刃が踊る。
「こいつの名前だよ。カトブレパスだ。知ってるか? 魔獣カトブレパス。ひと睨みで生きとし生けるもの全ての命を奪い去ったという伝説のバケモノだ。こいつはその牙から削り出されたものだ。そしてそいつにはもうひとつ」
 カトブレパス。偉大なる一ツ眼。
「ま、さか」
「魔導殺しの力があったってなぁ……!」
 喜色に歪む顔。必勝を確信したその形のなんと醜悪なことか。
 私はまだ侮っていた。ヒトの、この男の、どうしようもない悪辣さを。
「アルバートにはこいつが目的で従ってた。本当はあいつがお前を殺した後に背中からぶすり、って予定だったんだがな。あの腑抜けめ。まぁいい。結果は大して変わらねえさ」
「随分と勝ち誇ったものだがな、この程度の傷で私を討てると、本気でそう考えているわけではあるまいな」
 確かにあの短刀の力は脅威だ。傷も負いはした。だが、決して命を脅かすまでの傷ではない。そしてあれの殺傷能力そのものは知れている。ならばまだ、手の打ちようは――
 そこまで考えて、唐突に膝を突いた。
「っぐ」
「思っちゃいねえさ、バケモノ」
 くつくつという嗤いが耳に障る。
 足に、いや、既に全身を鈍い痺れが戒めて、完全に自由を奪っていた。
「……毒、か」
「当たりだ。俺もな、前回の様な失敗を繰り返すつもりは無ぇんだ。ここまで随分と苦労したんだぜ? 奴隷商から逃げ出すところから、王国に伝わる三宝最後の一つを与えられた勇者を見付け、取り入って。今度こそお前を殺す為に策は十重二十重に練って来た。そいつはバシリスクの血から作られたって毒だ。ヒトなら石になるって代物だが、まぁ、てめえのようなバケモノが相手なら効果はそんなもんだろう。十分だがな」
 男は次の行動へ移っている。最早満足に動くことの出来ぬ私を前に、悠々と。確実に。
「あの時は手負いとはいえ無策にてめえの間合いに入ったのが拙かった」
 語りながら男は左腕を胸の前に掲げた。
「弩……」
 そこには小型の弩弓が装着され、男の手によってきりきりとその身をしならせていた。装填されるは魔導殺しの牙。
 ああ、成程。万にひとつも、失敗は無さそうだ。
 弩が、終末の牙が私の胸へと狙いを定めた。
 最早打つ手は無いことを理解して、不思議と胸中は落ち着いたものだった。
「じゃあな」
 因縁に別れを告げる男の顔からは、すべての表情が失われていた。憎しみも喜びも、この瞬間にすべて削げ落ちてしまった様に。おかしな話だが、その姿は悟りを開いた賢者を思わせた。
 引き絞られた弦が解き放たれる。

 ――ああ、メイデア。あの日私が退けた君の願いは、今更叶う様だ。
 結局。どちらにしても君の予見は外れだったらしい。
 それを喜ぶべきか、悔むべきか、私には分からないが。

      ■

「魔王。今日、ここを発とうと思うの」
 食事の手を止めることなくメイデアは言った。
 メイデアが共に食事を摂ることを希望して、七日程経った日のことだった。
「随分急なことだな」
「そろそろ外で待っている皆の物資もぎりぎりでしょうし、あなたのこともよく分かった、と思う」
「そうか」
「だから」
 そうして、食事の手を止めた。手にしていたパンを置き、すっと上げた眼差しは聖女のそれだ。
「貴方に、ひとつお願いがあります」
「そうだろうな」
 ここを発つと言った段でそう言うだろうことは分かった。彼女は最初に言ったのだから。私を知る為に。そしてひとつの願いを伝える為に、と。
「聞こう」
 その内容が、これまでどんなものだろうかと考えなかったわけではない。ただ、考えても無駄だと理解したまでだ。何しろ、私は今日この日まで、彼女の行いのどれ一つとして予測出来たためしは無いのだから。
 だが、
「私が貴方に願うのは、ただひとつ」

 ――死んで頂けますか。

 その言葉に、驚きは無かった。
 無論、死を要求されるなどと、考えていたわけではない。ただ、不思議と得心がいった思いだった。聖女と呼ばれた者が、魔王の下に訪れる理由として、正当なものに思えたのかもしれない。
「君が、私を殺すのか」
「いいえ。言った筈です。私にそんな力は無いと。だから、お願いしているんです」
 真っ直ぐに向けた瞳を決して離すことなく、メイデアは告げた。
「私に自壊しろと、そういうことか」
「はい」
「理由は」
「この先、貴方が生き続けることで世界が滅びてしまう。少なくとも、ヒトは姿を消すでしょう。だから、貴方は死ぬべきだ。今、この時に」
「予知、か」
「ええ」
「私が、世界を滅ぼすと、そう言うのか」
 あり得ない。私は決してその様なこと、しはしない。徒に命を摘むことを是としたことなど一度として無い。私は、ただ平穏が欲しいだけなのだから。
「分かりません。私が知り得たのは、貴方が生き続けた結果の世界。貴方が今死することでその未来を変えられるだろうこと。それだけ。……他に方法が、そう思いました。だから貴方と言葉を交わした。触れ合った。そうすることで違った未来への道が視えるかもしれないと。けれど――」
「理不尽な、ことだな」
「自分がどれ程身勝手なことを言っているか、分かっているつもりです。けれど、それでも。その滅びゆく世界には、私の――わたしの愛した 世界ヒトたちがあるのよ、魔王」
 そこにはもう、聖女の姿は無かった。あるのはただ己の小さな 故郷せかいを想うだけの、メイデア・ダルクという一人の少女だ。
「これでは立場が逆だな」
「え?」
 目の前の少女の姿に、思わずそう零した。
「死を望まれている私よりも、今の君の方が余程辛そうに見える」
 瞳には先程までの力強さは無い。己の吐き出した言葉への罪悪と嫌悪に歪む眉根は痛ましくすらある。
「そんな顔をされたのでは、私は君を罵倒することも出来ないではないか」
 他者の死を望まなければならなかった苦悩を、それを当人に告げた覚悟を、すべて愛した者達の為に果たしたその尊さを、どうして責められよう。
「魔王……」
 それでも、
「メイデア。その頼みを聞くことは、出来ない」
「…………」
 承服出来なかった。メイデアの視たという未来は私には見えない。私が世界を滅ぼすことなど考えられない。私には此の地の皆を守る義務がある。死という選択を受け入れることは、出来ない。
「だがメイデア。約束をすることは出来る」
「約束?」
「私は決して滅びを招かぬと。約束する、私が君の予見を覆すと」
 そうだ。彼女が世界を変えてきたというのなら、それはまだ未来は定められていない、変えられるということの証左だ。ならば、彼女ではなく私自身が変えてゆけばよいのだ。
「そう、……そう」
 その言葉に、メイデアは深く息を吐く様に二度頷き、顔を上げた。少し困った様に、小さく微笑んでいた。


 遠くなっていく背中を見送る。
 外界と此の地とを隔てる大断崖に糸の様に掛けられた橋を越えると、メイデアは一度だけ振り返った。
 ぽつりと一言。音は届かない。ただそれは、

 ――さようなら。

 そう言っていることは理解出来た。
 微笑みだ。酷く淋しげな、悲しげな。
 もう二度とは逢えぬだろう。
 その彼女の最後の貌が、そんなにも不似合いなものだということが、心残りだ。
 無言で応える私を認めると、そのまま踵を返して居並ぶ騎士の下へと向かった。
 歓声が沸く。
 集団へと消えていく姿は、どこか彼女の未来を暗示している様で、胸を締め付けた。

      ■

 ああ――。そんな貌をするな、メイデア。遅くなったが、君の願いは今叶う。

 走馬灯というものがあるのなら、今私が視たものこそが、そうなのだろう。
 瞬きに閉じた瞼を開けば、終わりが胸へと飛び込んで来る。
 苦難の多い生だったが、鮮やかな時間も無かったわけではない。最期に彼女の顔を思い出せたことを、素直に喜ぶべきだろうか。
 分からない。分からないが、世界を滅ぼしはしない、という約束を守れたということだけは、誇って逝こう。
 ――さあ。
 瞼を開く。
 そこに映るべき黒い歯牙は無く、
 銀糸が踊った。
 向かいで勇者の驚愕が聞こえる。
 分からない。
「あぁ……」
 小さな背中が微かに跳ねて、傾いだ。
「待て……」
 月明かりの様な銀色が、目の前、地へと墜ちていく。
 勇者は醜く顔を歪めている。
「何だ、これは」
 今だ動けぬ私の前に、月は墜ちた。乱れた銀糸が床に広がる。
「……っ」
 小さな体がそこにある。胸には黒い刃が深々と突き立ち、周囲を赤く染め上げていく。
 閉じられていた瞼が弱々しく開かれて、銀の双眸が私を映した。
「ぁ――」
「……フィー……っ! そんな、何故……」
 何だ、これは。
「ちく、しょう……! てめえ、また、邪魔をぉ!」
 勇者の声が近い。目の前でフィーは伏している。胸の刃が命を削ぎ落としていく。
 この刃は、この刃を。
 勇者が。
「っふ」
 駆け寄る勢いのまま刃が引き抜かれ、傷口から飛沫が上がった。
 再び憑かれた様に引き攣る表情へ還った男がそこに居た。
「くたばれよ魔王ぉぉぉっ!」
 引き抜かれた刃がそのまま私へと奔る。
 これが、この男が、フィーを……!
「貴、様ぁぁあああ!」
 全身を熱が駆け抜けた。毒? 動けぬ? そんなことなど知らぬ。今は、今は今は、ただ!
「な――」
 凪いだ拳が驚愕する男の頬を捉えた。軋みを上げるそれを膂力に任せて振り抜く。
「フィー!」
 遠く激突音を聞きながら跪く。
「フィー……何故だ」
「あぁ……ニコ」
 微かに開かれた瞳は虚ろ。刃を引き抜かれた傷口からは止め処無く血が流れていく。命が、流れていく。
「ご、めんなさい……わたし」
「喋るな、今手当を」
 傷口に手を。血を止めなければ、傷を塞がなくては。ああ、流れていく。待ってくれ、頼む。
「ニコ」
「喋るなと」
「ごめん、ね。わたし……わが、ままで」
「喋るな……!」
 指の間から尚も赤色は溢れ零れていく。命そのものが、フィーの体から逃げ出していく。
 腕の中、苦しげに喘ぎながら、それでもフィーは続けた。
「今でも、ヒトは、怖い、よ。あの、ひと、は、もっと、怖い。でも、そんなこと、どうだってよかった。わたし、わたしはね、ニコ。わたしは、ただずっと、ニコと一緒に――居たかったぁ……」
 口から血を零しながら、小さく笑って見せた。
「……っ!」

 ――ニコは、それでいいの?

 ああ、私は――!
 頬を何か、熱が伝った。
 それはぽつりと滴って、フィーの頬へと落ちて弾けた。
「……泣い、て、るの?」
 泣いている? 私が? これが、涙?
「フィー、私は」
 分からない。自分が何を想うのか、何を言いたいのか。ただ、目の前の小さな命が失われていくことが耐えられない。
「あぁ……、泣かないで、ニコ」
 小さな手が私の頬に触れた。青ざめていく口元には微笑み。
「ねえ、笑ってよ、ニコ」
「……笑えぬ。笑える筈がないではないか。こんな――」

 ――にっこり笑えるように。だから、ニコ

「ニコ……」
 頬を包む手は二つになって、それは私の口元を持ち上げた。
「……っ」
「ほら、にっこり。ふふ、やっぱり、へたくそだねえ……」
 弱々しい微笑み。
 まなじりから煌めく滴が流れて、頬を包んでいた両手が床へ落ちた。
「フィー……?」
 命の煌めきがくすむ。鼓動が絶える。温もりが失われる。
「フィー……っ」
 命が。終わってしまった。
「う、お」
 抱きしめた小さな体。もう動かない。もう笑わない。もう、もう。
「うぅおぁあああああああああああっ!」
 これは何だ。
 この胸に渦巻くものは。
 多くの死を見送った。ヒトに討たれた友人達に胸を痛めた。だが、これはそのどれとも違う。
「何ぁ故だ!」
 微かな物音に目を向け問う。
 柱に叩き付けた男が無様によろめき立ち上がっていた。フィーを、殺した男が!
「っは、ま、来るな」
 胸は灼熱している。感情は燃えて、全て男に向いている。
 亀の如き動きで背を向ける男を捕えるのは容易かった。
「っひ、ひひ」
 首筋を掴み上げ、見上げるそれは恐怖に歪めた表情で卑しくも口をきく。
「待てよ、悪かったっ。もうここには二度と来ない! 本当だ、だから見逃してくれ」
 生き汚い。これ程までに毒を撒き散らして尚、生きようという。
「そう、そうだ! お前は殺しはやらないんだろうが! お望み通りもう出て行ってやろうってんだ、離せよ、この」
「ああ、そうだな。私は誰かを傷つける意志など無い。殺すなどと」
「っは。だったら」
「――だが今は」
「は……?」
 メイデア。あの日君は死ぬべきだと言った。
 私は生き続けた。
 これがその罰か。それとも、これこそが私の罪か。
「ただお前を、殺したい」
「待っ――」

 この世に発生して初めての己が意志を以って行った殺しは、こきりと小気味よい音ひとつで完了した。

      ■

「フィー……」
 触れた頬に既に熱は無く、返る言葉も無い。
 代わりに私の頬を熱いものが伝った。
 胸中を占める感情が溶けて流れ出している様だ。止め処無い。あまりにも痛む。魂まで押し潰されて消えてしまいそうだ。
 ああ――
「ああ。私は、お前を手放したくなかったのだ」
 帰さなければなどと、フィーが望むからなどと、出鱈目だ。私が、この地に留めた。帰さなかった。
 平穏な世界? 要らぬ。
 ヒトと手を取り合う? 要らぬ。
 私にはもう、お前さえ在ればそれで良かったのだ。この醜い感情。
 そうだ。これは、
「――情愛だ」
 お前を殺した心。醜い心。
 もう何も何も要らぬ。
 往くべき道は決まった。選択の余地は無い。

 メイデア。君は何と言うだろう。
 フィー。お前は許すだろうか。
 これから私が成すことを。


   ■  ■  ■


「……好きにせよ」
 その力無い声は、あっさりと魔界へ赴くことを許可してくれた。
 玉座に沈む様にして座る国王に嘗ての面影は無い。あるのは憔悴し、諦観し、枯れた老人のそれだ。
 五年前。三宝最後の一つ、そして慧眼の勇者が失われたことで王――いや、この国は絶望の底に沈んだ。
 全ての希望を打ち砕かれたと王は悲嘆し、それはそのまま国中へと波及した。誰もがその胸に、瞳に光を失った。
 この国は終わる。漠然とそんな予感だけがある。けれど、
「有り難う御座います。国王陛下」
 僕に特段未練は、無い。

      ■

 王都からフロエラの屋敷に戻ってすぐ、計画を実行に移すことにした。七年間待ちに待った瞬間だ。もう一日だって待つことは出来ない。

「気でも触れたかアシュレイ!」
「いいえ、僕は至って正気ですよ。少なくともあなた達よりは」
 激昂する男の反応は実に予想通りのもので、呆れを通り越して感心すらする。
「奴隷の解放だと? 馬鹿な! 一体何の為にだ! このフロエラが如何にして発展したか、お前とて知らんわけではあるまい!」
 勿論だ。あなたが着ている上等の服も、煽っているワインも、毎夜変わる女もすべて、彼等奴隷の命をすり潰して得たものなのだから。
「奴隷に依らなければ成立し得ない発展に何の価値があるというんです。いや、同じヒトを隷従すること自体が間違っている。それを今、ここで正すんです」
「奴隷共と私達が同じヒトなどと、お前は……っ! ええい、もういい! 衛兵! この馬鹿者を捕えろ!」
 男の声に、二人きりだったこの執務室へ向けていくつか足音が迫ってくる。すぐに扉が開かれて、腰に長剣を下げた衛兵が二人飛び込んできた。
「フン、暫く牢で頭を冷やすんだな」
 思い通りにならぬ者を力で屈服させるという、実にこの人らしい選択。勝ち誇った表情のまま衛兵に顎で指示する姿に、僅かばかりは憐れを思わなくはない。

「ええ、そうしてください」

 返す僕の言葉を合図に、男の背後の衛兵達は迅速に事を終えた。
「っな、何をする貴様等!?」
 怒声を上げる男は両腕を背に拘束されている。わけも分からないまま身動ぎひとつ満足に出来ないその人は、代わりとでも言う様に顔を赤く険しく変えている。
「何のつもりだ! 領主に、この私に楯突いてただで済むと――」
「心配は要りませんよ。あなたはもう彼らの主ではありませんから」
「何を」
「言ったままです。このウィーランド家の実権は既に僕が掌握しました。あなたには退いて頂く」
「貴、様……!」
 何故、どうやって。それらを鈍い頭で理解すると、嘗ての領主は赤黒く染めた顔を尚醜悪に歪めた。
「連れて行って下さい」
「はっ!」
「アァシュレイィィィーッ!」
「さようなら。父さん」
 引き摺られながら吐き出される怨嗟を背に聞きながら、天井を仰ぐ。
 ああ。
 漸く君との約束を果たせるよ。まだ、半分だけだけれど。
「――フィー」

      ■

 七年前。奴隷の少女が屋敷に連れられてきた時に、きっと僕の運命は決まっていたのだろう。
 褐色の肌に銀の髪。何より、煌めく星々を散らした様なその瞳に、一度で目を離せなくなっていた。
 周囲の誰もがその姿を、サフィナの民を汚らわしいものと嘲ったけれど、僕はただ美しいと、そう思った。それまで見たどんなものよりも、美しいと。
 だから、彼女を傍に置くことを選んだ。他の奴隷の人達がどれ程過酷な暮らしを強いられているかくらいは理解していた。そんな目に、彼女を遭わせたくはなかった。
 思えば、それは恋だったのだと思う。
 僕の懇願に、父は意外にも二つ返事で応えた。きっと、ペットでも与える様な心境だったのだろうと、今になってみれば思う。けれど、おかげで彼女と一緒に過ごす時間を得られたのは確かで、そのことに関して言えば、感謝している。

 そうしてフィーを傍に置いてはみたものの、最初の数日は碌に話も出来なかった。
 彼女の口から出てくる言葉といえば「はい」か「いいえ」の二つきりだったからだ。ウィーランドの家に買われてくる前に奴隷としての在り様を叩きこまれているのは明白で、暫くは『主人』と『奴隷』ではなく、ヒトとヒトとしての関係を築くことに腐心した。
 まずは命令という形で名前を呼んで貰うこと、僕自身のことは僕自身で行うこと、そういったところから始めた。
 あくまで主の命に従うという形で為されていたヒトらしい振る舞いも、ひと月も経てば当人のものと馴染んでくれた。こどもなりの策は見事に的中して、それから徐々に心を開いてくれたと思う。
 貴族、領主の父という環境が僕にもたらしたのは、打算と欲望に塗れた人間関係ばかりで、真っ当な同世代のこどもという存在は、フィーが最初だった。いや、最初で最後、だろうか。
 言葉少なでぎこちなさはあるものの、彼女自身の言葉で話を聞ける様になったその頃だ。
 彼女が、特別であると知ったのは。

 切っ掛けは些細なもので、本当にただの偶然だ。
 取るに足らない程小さなものではあったけれど、僕には魔導の素養があった。
 何が出来るというものではなく、火を熾す術式を編んだところで僅かに火花が見られるといった程度。火打石の代わりだって難しい様なものだった。
 魔導を見たことが無いというフィーに見せてあげよう、という試みが、彼女の特異なちからを表出させる結果になったのだ。
 彼女の手を取り起動したそれは、本来熾る筈の火花など軽く飛びこして、僕等こどもの身の丈を超える様な大火を練り上げた。
 フィーは、小さな魔導すら大魔導に昇華してしまう、奇跡のちからの持ち主だった。
 そのちからを目の当たりにして、僕等はひとつのアイデアを得た。

 フロエラには劣悪な条件で酷使される奴隷が溢れていた。
 食事も水も満足に与えられない。睡眠だって有って無い様なもの。そんなことも珍しくない。当然、まともな医療だって施されない。
 ならば、フィーの助けを借りて、僕が、と。
 それはフィー自身の頼みでもあったし、彼女が自分から申し出てくれたことが嬉しくて、僕には断る理由が無かった。
 奴隷をヒトではないとはっきり区別している父が知ればどうなるか分からなかったが、幸い搾取と享楽に溺れていたあの人は、僕にそこまでの関心を持ちはしなかった。おかげで、その計画は容易に実行出来た。
 けれど、それがいけなかった。

 使用人の目を盗んでは屋敷を抜け出し、傷付いた奴隷に治癒魔導を施していく。そんなことを暫く続けていく内に、奴隷という仕組みへの強い疑問は募っていった。
 傷を負って痛みに泣くことも、治癒して喜びに震えることもある。笑って泣いて。フィーも、彼等も僕達も、同じヒトではないか、と。
 そんな世界の在り様に、フィーは僕以上に胸を痛めていた。他の奴隷と比べればいくらか恵まれた境遇にあったのだから、尚更だったのかもしれない。
 だから約束を交わした。いつかすべての奴隷をフロエラから解放すると。
 そして君を、もう一度 砂の海こきょうへと帰してあげるのだと。
 約束と言うには、一方的な宣誓だったかもしれない。けれど、僕は本気で変えるつもりだった。フィーを、想っていた。
 そして彼女を、失った。
 目の前。唐突に、鮮やかに、奪い去られた。
 後に勇者と呼ばれ、一人逃げ帰ったあの男によって。

      ■

「もうすぐだよ、フィー」
 君を迎えに行く。
 振り返ると彼方にフロエラ。
 解放された奴隷達が今後どう生きていくかは分からない。
 ただ、終わっていくだろうこの国にあって、自分達では何も出来ない貴族と彼等。どちらがより強く生きていけるかだけは、はっきりしている。
 けれど、後悔も未練も無い。
 ただ君との約束を果たす。それだけがあの日君を失ってからの、僕の生きる意味だったから。
 連れ去られ、望まぬまま魔界へと赴いた君。ひとり帰らなかった君。
 たとえ、髪の一房、骨の一片だけでも。
 必ず、君を帰そう。あの、砂の海へ――

      ■

 幼い頃からの違和感は、フロエラから世界の果てを目指す内に疑問へと変わった。
 つまり、魔王は本当に存在するのだろうか、と。
 たとえ実在したとして、それは本当に伝え聞く様な恐ろしいものなのだろうか、と。
 旅の中、ヒトビトを脅かす魔物に出会うことは無かった。立ち寄る村々で聞ける話にしても、伝聞ばかりで実際に魔物に襲われたという例は一つとして無かったのだ。
 だからこそ、だった。
 確信こそ無かったけれど、たった一人魔王の下に赴くなんて無謀を計画したのは、そんな予感が昔からあった為だ。
 そしてそれは目的の地へ、魔界へと至って、確信に近いものになった。
 世界を両断する様に彼方まで伸びた断崖を、糸の様な橋を頼りに渡り切ると目の前に豊かな緑が出迎えた。
 やはり、恐れるべき魔物など居ない。
 ただ、遠く気配を感じる。こちらの様子を窺う様に、沢山の息遣いを。
 穏やかだ。ともすれば怯えているとすら思える。やはり、ここは。
 遠巻きに周囲を包む気配に意識を向けると、すっと開かれた見えない道筋が視えた。
 森の奥へとまっすぐに、導く様に、森の住人達が空けた道が。
 ヒトを脅かす魔など無い。それはきっと真実だ。けれど、
「王が、居るのか」
 この道の先、彼らの頂点が。


 示された道筋に従って暫く進むと、石造りの建物に行き当たった。
 見上げる程の長大な柱が屋根を支える神殿の様な造りのそれは、どこまでも白く漂泊されて、荘厳な雰囲気を湛えている。
 とても邪な存在がここにあるとは思えない。決して豪奢緻密な造りとは言えないが、そう思わせるに十分な佇まいだ。
 僅かに気遅れする自身を叱咤して、神殿へと足を踏み入れた。
 神殿に入ると森とは打って変わって生き物の気配が絶えた。
 巨大な柱の立ち並ぶ屋内はひたすらに静寂で、ここが特別な場所なのだと伝えている様だ。
 その聖域に、それは居た。
 漂泊された世界から染み出した様に白い毛並み。雄々しく美しいたてがみを持った白馬。
 そしてそれはただ美しいだけの獣ではなく、額に天を突くばかりの螺旋を擁した、伝説に語られる幻獣だった。
「――ユニコーン」
 美しく神々しくすらあるその獣は、静かに、行く手を阻む様にその場にある。それでも、歩を進めることを止めはしない。
 不思議と恐れは無かった。恐らくは、その瞳から害意を感じられなかったからだろう。
 目前まで歩み寄ると、磨き上げられた宝石の様な瞳が動いた。
 真摯なその眼差しは、この先に行ってはならないと、そう告げている。それは、他者の身を慮るものに、よく似ている。
「ありがとう。でも、僕はこの先に行かなくてはいけないんだ。どうか、道を空けて欲しい」
 そう。彼女が行き着いた場所がここであるのなら、僕は行かなくては。王が居るというのなら、会って話を訊かなくては。彼女の最期を知り、故郷へと、帰さなくては。
 嘘偽りの無い言葉と心で対すると、幻獣は静かに身を引き、道を空けてくれた。ただ、その瞳はどこか悲しげに揺れていた。
 無音の道を行く。
 彼方に、玉座が見えた。


   ■  ■  ■


 焦がれ続けた勇者の再来は、五年を隔てて達せられた。
 長かったのか、短かったのか、分からない。ただ、一日毎に飛び出してしまいそうな心と体を留め置き続けた私の主観だけ取るならば、きっと千年にも勝る五年だったのだ。
 始まりはこうと決めていた。
 祝祭にはこれこそが相応しい。
 今暫く待とう。
 ――愛した君よ、もうすぐだ。

      ■

「貴方が魔王、か」
 天蓋の向こう、僅かなきざはしの下で、勇者が口を開いた。
 言葉を返すことなく立ち上がる。天蓋の先で息を呑む音を聞く。だが一歩として退くことはない。成程、勇者だ。
 そう、勇者だ。
 ヒトの代表。私達を蹂躙する者。殺す者。
 五年前、私から愛した者を、全てを奪い去った者だ。
 あの日私の往く道は決した。そして今日この日に始めるのだ。
「争いに来たわけではないのです。僕はただ――」
 きざはしを登り来る勇者の言葉に、最早関心は無い。
 あと数歩で手が届く。もうそれすら待つのは耐え難い。自ら歩み寄る。
 天蓋を越え、勇者の全容を認める。あったのは、勇者の見開かれた目だ。
「そんな、まさか……」
「この姿はそんなにも気に入らないか? まったく、貴様等は変わらず度し難いな」
 僅かな違いに他者を虐げ、貶め、同じ者とすら争い合う。度し難い。
 呆ける様に私を見上げるだけの勇者に構わず、静かに右手をそれの胸へと滑らせた。
「え」
 間抜けな音を零して視線を落とし、再び上げたその表情は、理解出来ないという胸の内がありありと見て取れる。愚かなことだ。
 胸には石剣が浅く突き立てられ、解放の瞬間を待ち侘びている。繋がれた鎖は魔力を供給し、緑光を収斂する。
「待って、待ってくれ」
「命乞いか。見苦しいな」
「違う! 僕だ! 分からないのか――!」
 分からないのか? 下らない、何を言う。貴様は、貴様達は。
「ああ、分かるとも。毒だ。世界の毒。ヒトだよ」
「フ――」
 眉根を下げ、懇願する様に歪む貌がそこにあった。
 特段、思うところは無い。

 五年前に君を失った。
 私の代わりに死んだ君。私の為に命を捨てた君。
 愛していた。
 愛している。
 千年先も、君のことを想い続ける。
 君が願い続けた世界で、君を想う。
 千年望み続けた平穏は、私が。

「――灼け、メイデア」
「フィイイイィィィィィィーーーーッ!!」
 緑色の極光が弾ける。辺り一面が閃光に包まれ、勇者の断末魔を掻き消す。
 極大の剣閃は勇者の全存在を蒸発させ、大地を引き裂き、彼方まで奔り抜けた。
 跡には何も残らない。
 ――さあ。ここから始めよう。
 君が、貴方が願った世界。
 皆が平穏に暮らせる世界を、
「わたしが、創るよ。ニコ――」

 ――生きるヒトすべて、殺し尽くして。


 ピースフルマインド/暴虐の終 ―了―
●2010年冬祭りの参加作品
▼冬祭りのルール
【お題】
 以下の7つのお題の中から、1つ以上を選択し、作中で表現(文字列、テーマ、シチュエーション、比喩、等々)して頂きます。
・青は藍より出でて藍より青し
・袖振り合うも多生の縁
・立つ鳥跡を濁さず
・前門の虎後門の狼
・情けは人のためならず
・灯台もと暗し
・人事を尽くして天命を待つ

【作者コメント】
 本企画では、「使用したお題」「(作品の)一行コピー」「あらすじ」等、作者コメントはこちらで指定したテンプレートに沿って書いて頂きます。以下のテンプレートをコピー&ペーストしてご利用下さい。なお、一行コピーは40文字以内、あらすじは400文字以内となるようにお願いします。

【使用したお題】:
【一行コピー】:
【作品のあらすじ】:
【コメント】:


●作者コメント
 使用したお題】:青は藍より出でて藍より青し

【一行コピー】:生き続けた。ただそれだけが、唯一最大の悪徳――

【作品のあらすじ】:
 千年の間平穏を願い続け、平和を問い続けた魔王の下へ数十年振りに勇者が訪れる。
 ヒトビトの為、貴く高潔である筈のその勇者はしかし、我欲に塗れた卑俗な心根の持ち主だった。
 違和を感じ取る魔王は更なる不審を見咎める。そこには鎖に繋がれた年端もゆかぬ少女の姿があって――

 魔王、鎖の少女、勇者、聖女。
 各々が願った幸福と平穏。その貴い想いの果てに結実する未来とは――

【コメント】:
 べ、別に去年の冬企画ルールを見て書いたわけじゃ、ないんだからねっ!///
 ……はい。といわけで始まりましたよお祭りわっしょいナー!
 盛り上げていくぞ! フォロミー!

 あ。せっかくなので作品に関して一言。
 読後にポルノグラフィティの「サウダージ」をどうぞ。勝手にイメージソングに抜擢よっ!

 ではでは、お楽しみくださいナー。


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
こちらのメールフォームから、作品の批評も募集しております。

●感想
カナイさんの意見 +40点
 こんにちは、カナイと申します。
 拝読致しました。


 すごく面白かったです。
 なんとなく『ミミズクと夜の王』を思い出しました。


 魔王が萌えキャラですね。
 美少女が出てくるのに魔王の方が可愛かったです。すごい。
 いや、フィーも可愛かったですよ。でも、魔王がここまで魅力的ですとね。
 いや本当、魔王が良かった。


 多分、出だしが良かったのだと思います。序盤全体が良かった。
 私がこの作品を最後まで読もうと思った理由は、タイトルと冒頭が面白そうだったからですし。

 冒頭が終わってからの魔王と勇者の対比が素晴らしかったです。
 本来悪である魔王が善人で、正義である勇者が悪人。
 『ルパン三世』とかもこのパターンですね。正義と悪の逆転みたいな設定は、けっこう面白いものです。

 
中盤。
  魔王とフィーの生活。
 世の中に疎い者同士のやり取りが面白かったです。
ユニコーンが登場。台詞は無いに等しいですが、フィーとのやり取りがほのぼのしてて和みました。
 魔王がユニに冷たくされてかわいそう……。でもそんな魔王が可愛い。


終盤。
 平和な生活の破局。散りばめられていた伏線が回収されて、暗いオチに。

 中盤までが割りとのんびりとした雰囲気だっただけに、突然下り坂になった感じ。
 「青は藍より出でて藍より青し」ってけっこう難しいお題だったと思うんですけど、まさにそんな終わり方ですね。


 ラストの解釈にはちょっと自信が持てない部分があります。

 魔王の魔道でも治療できないほどの傷を受けたフィー。
 死にいくフィーを前に、魔王は自らの命を懸けて魔道を使う。
 フィーが読んでいた本に書かれていた眉唾物の魔道を、改良して使ったのでしょうね。
 それを剣の力で増幅して回復させたと……。
 以上の解釈で合ってますかね。


 全体的なことでもいくつか。

 面白かったんですが、世界観の設定にちょっと難点があった気がします。
  千年生きてもなお魔王はヒトに誤解されたままです。
 いくらなんでも、それだけ時間があれば、魔王が脅威でないことくらい分かりそうなものですが。

 あと、全体的に情景描写が少し薄かった気がします。
 特に、勇者の手から解放されたフィーが魔王と食事をする場面。
 どんな所で会話しているのか、もう少し分かりやすければ、と思いました。


 それから、魔王の見た目も想像しにくかったです。
 割りと大柄なんでしょうか。

>違うところといえば体がずっと小さいことくらいのもので、成人した者で私の膝上程度といったところだ。

 ホビットがどのくらい小さいのかいま一つイメージ出来ませんでした。
 私の読み逃しだったら申し訳ないのですが……。

 では、失礼いたします。


ワタイさんの意見 +10点
 こんばんは、ワタイです。
 拝読させていただきました。

 他の感想人の方もおっしゃってますが、読んでいて『ミミズクと夜の王』を思い出しました。それと、『シューピアリア』。他にもふっと頭に浮かんだものもあるのですが、何にせよ好きなタイプの作品でした。


【文章】
 基本的には、心理描写重視な、魔王様の一人称。終盤は何度か変わりますが……うん、この辺りの転換はやや強引だったかもです。展開上仕方ないかもしれませんが。
 ところで心理描写自体は、最近(というか結構前からかもですが)はやりの(?)悩める魔王様的なお約束は押さえているのは好印象です。ただ、そこから突出するような何かが欲しかったな、とも。ただお約束とはいえ、魅力的なキャラクター像であることは確かですし、その部分をきちんと表現する文章力はお見事でした。


【キャラクター&構成】
 この作品のポイントは「キャラの魅力」にあるのかな、と感じます。個々のキャラも、その関係性もとても魅力的。魔王の心理描写は特に美しいですね。(どうでもいいですがメイデアが全力でジャンヌをモデルにしてますね、そもそも隠す気全くないですよねw)

 ただその一方で、とにかくキャラの魅力ある設定を手当たり次第ぶち込んだといった感じで、構成がやや雑然としているようにも感じます。情報の後出しというか、いきなり出てきて設定だけ語って死んでしまうキャラ(しかも設定自体は魅力的なキャラ)が二名いるのも気になるところ(←これについては後でも述べます)。先に伏線を張っておくとか、登場を早めて展開にしっかり絡めるとかした方がよかったんじゃないかな、と思いました。今はどうも、一部のキャラが作品から若干浮き上がってしまってる感じなので。

 また、大事にされているキャラと、設定はいいのに扱いが、というか活躍のさせ方がちょっと残念なキャラで差が激しいな、と感じました。特に脇役の男たち。何だろう、物語の歯車として、引き立て役としてだけ出てきた、って感じがしてしまうんですよね。
 アルバートとか、思慮深い勇者と見せかけて一瞬で終わりですし……「真実を見極めるこの眼で~」と言いつつ、ライの本性を見抜けていないのには、さすがに首をひねりました。ライはものすごく単純化された悪役で、偽善者ぶろうとする努力すら一切しないので、そんなに鋭い人でなくても「油断ならない相手」と気付きそうなんですが。
 一番かわいそうに思ったのはアシュレイです。すごくいい立ち位置にいるキャラなのに……。ラストの衝撃を強めるためにも、もっと早く登場させるべきだったんじゃないかなあ、とか。終盤に駆け足で設定が語られ、いきなりラストでああなると……不憫です。


【ストーリー】
 序盤は最近ありがちな感じかな? と思いつつ読んでいました。長年生きている割には青臭い台詞や思考が目立つ魔王様ですが、人間と同じ尺度で測るのが適当か分かりませんし、ここはOKということで。
 中盤はメイデアとの過去を絡ませつつ、フィーとのふれあいを描いていますね。読者の感情移入を促すパートとして成り立っていたと思います。一角とフィーが月光の下で戯れるところは、是非絵つきで見たいところですね。とても幻想的でよかったです。
 終盤はまさかの新キャラ登場に戸惑い、その捨て犬乙な扱いに涙しつつ、……でもやっぱりラストの発想は素晴らしかったです。ニコは自分が犠牲になって、フィーを助けたんですね。でも生き返ったフィーは、ヒトを滅ぼすことを選んでしまって……。そして、ニコが本当に待ち望んでいたはずの、本当に会いたいと願ったはずの勇者、そしてフィーにとっても特別な意味をもっていたかもしれない相手を、殺してしまった。胸をつくラストでした。


【タイトル】
 最後まで読み終わってみると、よく練られたタイトルだなと感じました。ラストの展開を暗示して、魔王様とフィーを表現したタイトルなのかな、と。あるいは、悲しい出来事を通して起きたフィーの心の転換を示しているのかもしれませんね。


以上です。
失礼しました。


大久保さんの意見 +10点
 企画お疲れ様です!

 フィーが可愛くて仕方なかったです><
 中盤がややなかだるみして感じてしまいましたが、
 フィーのキャラ立てという意味でも後半への仕込みという意味でも、
 ある程度しかたがないのかもしれませんね
 メイデアとフィーのキャラ対比をしてみるとなかなか面白かったです。
 最後は予想した通りの結末でした

 メイデア・ダルクという名前は、
 ジャンヌダルクに引っかけているのでしょうか?
 それと個人的に、地の文が少し固く感じてしまいました。


あまくささんの意見 +20点
 はじめまして(でしょうか?)。あまくさと申します。読了しましたので、感想を落としたいと思います。

 まず、一言。おしいです!! 序盤・中盤は素晴らしかったのに、終盤がこれではあまりに。
 ネタバレになるから具体的な記述はなるべく避けますが、終盤の最後の1ページくらいはよかったんです。なんとも皮肉な結末ですし、ひねりも利いています。中盤に出てくるある預言の意味が、このラストで明かになるのもお見事です。
 が、その手前。衝撃のラストを演出するためだけに伏線もなしに登場する新キャラ。これは、まずいと思います。フィーの過去の重要な部分にからむキャラなんですから、いくらでも伏線の張りようはあったはず。それでなくても終盤の入口で、「え? なに? 別の話?」という感じがして戸惑ってしまったのですが、せめてフィーとからめてこの人物を早めに提示してあれば、かなり印象が違ったと思います。
 
 序盤・中盤について。物語と文章の雰囲気がよくマッチしており、そもそも文章そのものが上手いこともあって、私からクレームをつけるようなところは、それほど見当たりませんでした。キャラもよく立っており、特にフィーとメイデア・ダルク。この二人の少女が実に魅力的。悪役もベタながら活き活きとしていました。
 
 序・中盤について全体としては素晴らしいと思った中で、しかし小さな疑問点はなくもなかったので、以下、参考までに書いてみます。
 
 まず、文章。先にも書きましたように悪くないのですが、冒頭あたりはやや重苦しく陰鬱な印象がありました。魔王のモノローグという形をとっているので、やむを得ないとは思いますが。しかしこの冒頭ですと、気分がのらない時には先を読む気にならないかもしれません。フィーが登場するあたりまで進めば、物語の魅力が光をましてくるので大丈夫だと思いますが。
 
 それと、一人一人のキャラ、一つ一つのエピソードは秀逸なのですが、その配置の仕方にやや疑問がなきにしもあらず。
 例えば、フィーが魔王に笑い方を教えるエピソード。この役割はむしろメイデアにやらせるべきだと思うのですが、いかがでしょう? フィーは初登場からしばらくは、かなり萎縮しています。過酷な境遇ゆえでしょう。そこが読者にいじらしさを感じさせるのですが、そういう子供が魔王に笑い方を教えるなんてことができるかなと思ってしまいました。
 ここはむしろ、虐げられた幼い心ゆえ、素直に笑うこともできない。それを見て魔王が、「まあ、俺も笑うのは得意ではないがな」みたいなことを考え、むかしメイデアに笑い方の手ほどきされたことを思い出す、というような展開の方が自然ではないかと思いました。
 
 つぎに、そのメイデア。彼女にまつわる魔王の思い出をからめながら、魔王とフィーの心の通い合いをきめ細かく描いているあたりは、たいへん素晴らしいです。ところが物語が先に進んでみると、このメイデアという女性、何のために出てきたのかよくわかりません。前述のようにこの少女は、ラストにつながる重要な預言を口にするのですが、結局それだけの役割ではこれだけ魅力的なキャラがもったいないと感じました。
 また彼女は、「死んでください」という相手が受け入れるはずもない要求をつきつけ、拒絶されると何もしないで帰っていきます。何をしに来たかわからないというのは、こういうところ。もし本当に魔王の存命がヒトの世界の滅亡につながるとまで思いつめて来たのであれば、心を鬼にして何らかの行動に出るべき。魔王視点だから彼女のそんな態度が無理もないようにも見えますが、厳しく言えば彼女の住む世界と人々への裏切りにほかなりません。
 
 中盤に登場する高潔な勇者。このキャラはストーリーにうまく絡んでいなかったかもしれません。
 また、こういう人間がやってきたのは千年の時間の中ではじめてとありますが、そんなものかなあと思いました。
 千年もの間に魔王を理解して争いを終結させようと考える人間が一人も現れなかったというのは、むしろ不自然にも思えます。

 おこがましいのは承知で、私ならこう書くかなというのを以下に。
 魔族との平和を築こうとする人間は、過去に何人かはいた。しかし積年にわたる人間と魔族の確執はぬきさしがたく、個人の理想主義くらいで打開できるような甘いものではなかった。今度こそ人間と和解できるという希望を何度かいだき、しかしことごとく挫折した。だから人間との和解など永遠に不可能だと今では諦めかけていた。
 しかし、そんな魔王の虚無的な心に、メイデアがもう一度かすかな灯をともした。
 一方、メイデアは、あの預言を口にして魔王に死を求めたものの、どうしても彼と敵対することができなかった。そして故郷に帰った後、これによってあるいは預言の未来を変えられるかもしれないという何らかの「種」をまいた。その種の結果として、高潔な勇者が魔王のもとにやって来た。だからこそ、魔王は今一度だけかすかな希望を感じた。
 みたいにすれば、メイデアの存在価値ももう少しアピールできるんじゃないかなと。
 
 ……私の妄想のようなことを好き勝手に書いてしまい、申し訳ありません。ヘタクソな私案でお恥ずかしいのですが、要はメイデアというキャラにそれだけ魅力と存在感があり、彼女なら魔王の心の虚無を打ち破れるかもしれないと思えたんです(現状では打ち破れていません)。そういうキャラをもっと有効活用しない手はないと思いました。

 それでは、このへんで失礼致します。執筆お疲れ様でした。


ハイさんの意見 +20点
 読了しましたので感想を書きます。
 ハイです。

 まず一言。「パンを焼く魔王萌えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
 はい、すみませんw でも一番好きなのは魔王です、はい。

 なるほど惜しい。そう思いました。
 他の方々がいうようにアシュレイ? が登場するのが遅すぎるというか。構成的に不備が。いえ、そもそも父を捕らえるところからにする必要ありました?
 作者さんの筆力なら、魔王の城の前で少しだけ独白するとかもっと上手くまとめることが出来たはず。

 それと、急なアシュレイの登場により混乱しているうちにオチを読みとれませんでした。なるほど、フィーが魔王になったんですね。その辺がわかりにくかった……いえ、正確にはアピールが上手く行ってない感じです。文体は魔王そのままになってますし姿はフィィーっぽい。私はゆがんだ魔王がフィーと同化したのかと思ったまま読み切ってしまいました。……ってか、フィーは魔王のことを「君」とは呼ばないでしょう。もうちょっとだけ説明を増やしておくと混乱は避けられると思いました。まあ、私がアホなだけかもですが。

 評価には関係ないどうでも良い話。

>メイデア・ダルク

 魔女メイデアと聖女ジャンヌダルクを混ぜたんでしょうか? 二律背反的な良い名前だと思いました。

>底が見通せる湖

 さすがにそこまで行くと生き物が住みにくい湖だと思うので魚はいない気がしました。生態系の仕組み的に。

 ともあれ、「ミミズクと夜の王」は存じませんが、商品的価値を感じました。後半さえ直せば大満足の作品で幾ばくかのお金を払っても欲しい感じです。……ただ、その場合はハッピーエンド希望w

 それでは執筆お疲れさまでした!

PS ライは最後「ひでぶ」等叫びながら四散して飛び散って欲しかったです(怖


茶渡詠爾さんの意見 +20点
 ミミズクと夜の王が好きなんだろうなー。
 優しい魔王と奴隷の少女、ラスト(一段底)のアイテムもナイフだったり、オリジナル作品としての評価がしにくい部分もありますが、まあお祭りワッショイってことで。
 オチはダーク。テーマ性重視ではなく、むしろ、ひねったエンタメを狙った作品になっています。しかしそれだと前半テーマとの間に歪みが生まれ、訴求力の小さい物語になってしまっているので、なんだかニッチに収めました的な作品になっているのが残念。

 メイデアと魔王のやり取りがニヤニヤします。
 あと魔王になったフィーが一番好きなんだけどどうしよう。描写がありませんでしたが色欲の権化みたいなナイスバデ魔王に成長してたりするんですよね、分かります。

 オマージュが効き過ぎているとはいえ実際はレベルの高い作品で、ちょっと描写で分からない部分があるけれど概ね文章も良くて、構成は制御しきれていないのですがサービス精神が旺盛なのでとても好感が持てます。

 善悪の逆転が主題。正直、私の中では出尽くされた感があるのでもちっと新しいものを読みたかったです。
 人間が悪めいたものとして描かれます。1000年以上も実害のない魔物を想像力だけで恐れつづけている種族です。もうこの時点で気付けよ人間って感じなのですが、まあその程度なのだから滅ぼされても仕方がない。

 仔。フィー。かわいい子です。性格はテンプレですが、とても気に入った部分がひとつ。首輪の先に鎖でつながった剣が付いている。キャラデザとして秀逸な設定だと思います。最後は氷の女王になります。嘘です。魔王です。

 魔王。ニコ。なんか去年も見た気がする……!いいひと。

 ニコじゃなくてユニ。馬。ユニコーンなんだからこいつもニコでいいじゃん。処女に従順(公式)。なにげにイイ性格している(悪い意味で)。

 聖女。メイデア・ダルク。オリジナル評価できるキャラです。よかったです。パンの聖女ってシャイニング・ハーツ(セガ)か、とツッコミを入れたくなりますが本編ではそんなこと一言も書かれてなかったのでスルーしてください。CVは伊藤かな恵です。

 その他。男たち。その他としか書き用のない哀れなキャラクターたち。作者様、もっと愛をかけてやってくださいな……w

 全体的な指摘について一言でいえば、構成がもったいない! アシュレイの登場をもっと早く小出しにしておけば、ラストのより大きなどんでん返し&時系列トリック的構成というドラ2がついたはずなのに、テンパイで終わっちゃった感じです。さっきからこの感想、わけの分からない表現が大部分を占めるので申し訳ないと思ってますが、とにかくもったいないと感じるわけです。
 最後にむりやり詰め込むのではなくて、もう少しゆとりを持って全体を眺めてみて、もっと技巧的になってもよかったと思います。それが十分可能なレベルに作者様の実力はあります。

 ミミズク知らなかったら僕ものすごい評価してたんだろうなーと思いつつ、今回はこのあたりで。
 良い作品をありがとうございました。
 冬祭り執筆・投稿お疲れさまでした(^^ゞ


ひのさんの意見 +30点
 拝読いたしました。
 結論から申しますと、「ミミズクと夜の王」まったくそのままとはいえ、私にとってどストライクな作品でした。
 作者さまは女性か、あるいはもし男性ならば女性的なものの見方ができる方なのだと思います。
 なんとなく作品の裏におられる作者さまの像がチラチラと見えるような……?
 間違っていたら……そのときは大変申し訳ないことですが、ただの戯れ言としてお受け取りください(笑)

 文と文のつなぎ。
 台詞と地の文の構成。
 心理描写。

 どれをとっても一級品だと思います。
 普通の作品ならとぎれとぎれにしか読めないはずの私が、携帯で一気読みできたのが証拠ですね。
 これは私個人にとっても驚きで、ただただ感服しきりです。
 短文で構成される物語が非常に心地よく、砂地に染み渡る水のようにすっと文字が浸透してくるのです。
 ただところどころの情景描写が不足していたように思います。
 結局私は魔王ニコの姿だけがどうしても心の中に思い浮かべられませんでした。
 パン焼いていたから人間然とした容姿で問題ないのかな? かな?

 ちなみに。
 パンを焼く魔王を想像する魔王が庶民的すぎておっさんなのに思わず笑みがほころんでしまったことは内緒の話です(笑)

 序盤と中盤ははゆったりと進んでいくので、フィーとメイデア、二人のヒロインと魔王との生活をとても興味深く読ませていただきました。
 ときおり挿入されるメイデアの物語との比較によって想像がさらにかきたてられたことも事実です。
 ここらあたりの構成もすばらしい出来だと思います。
 フィーと魔王の生活、メイデアと魔王の生活、どちらも微笑ましすぎますね。
 こんな穏やかな気持ちで読むことが出来たのは久しぶりのことです。ええ、あくまで中盤までは。

 ああ、それなのに!
 それなのに、
 それなのに、
 それなのに(※以下108回繰り返し)

 ……メイデアの別れ際の言葉からだんだんと不穏になってきて、タイトルとの関連もあって、もうなんとなくダークな結末の予感はびんびんと感じていたのですが、やっぱり想像通りの展開になってしまいました。
 おおう、やっぱりみんなで仲良くハッピーエンドにはなりませんか、そうですか。

 ま、ハッピーエンドうんぬんはそもそも私個人の勝手な想いですけど、中盤までのずばぬけた構成力の良さに比べて、終盤はかなり無理やり感がわだかまっているのも事実です。
 以下ツッコミ。

 中盤に出てきたナントカとかいう勇者(名前忘れた(笑))。
 序盤のクズな勇者が再登場することは予想できましたので、特別驚きも何もないのですが、それにしてもどんだけ見る目がない人なのかと(笑)いっそのこと固有名詞なんかつけなかったほうが、読者にちょい役の意味を暗示できて混乱しなかったかもしれません。

 アシュレイ。
 ダークな結末を演出するだけの駒としての役割しか果たせず、デウス・エクス・マキナ的な匂いすら漂うキャラクター。初めて名前が出てきたときには、はてこんなキャラ中盤に出てきたっけ、と思わず検索をかけちまいました。

 メイデア。
 実はアシュレイの件よりも、はるかにこの人在り方のほうが不満です。
 在り方というか、物語全般としての役割かな?
 おとなしめの物語の中にあって、良い意味でキャラが立っていて、結構深みがある人物だったのに、終盤の局面にはまったく登場せず。序盤のパンのエピソードのように、良い感じに伏線が貼られていたのですが、結局ただ「予言の言葉」を残しただけで役割を終えてしまいました。確かにそれはそれで物語の最後の伏線ではあるのですが、それだけならば、ほんのちょい役の占い師でも出来るところ。少なくとも、魔王の過去に影響を与え、正規ヒロインと比較するほどの位置づけで進められていたキャラクターならば、少なくとも最後までもっと物語全体に絡んでくるぐらいの役割は期待したいところだと思います。彼女とのエピソードにもかなりのページをわり割いていますしね。
 そうすることで、テーマ性という点でももっと深みが増していったんじゃないかな、と思います。

 うん、ものの見事に焼き増し感ばりばりな感想になってしまったw

 いろいろ言いましたが、後半の構成を直して、あと設定をいじくれば商業価値は十分にある作品だと思います。
 それでは作者さまの今後のご発展をお祈り申し上げます。
 ではでは。


ゆーぢさんの意見 +40点
 冒頭から面白そうだったので読み進めましたが、その判断は間違いじゃなかったと
 自分の目の確かさに自信を持った次第であります。
 作品を褒める前に俺マンセーかよ、どれだけ自信過剰なんだよ、
 といったクズ人間のゆーぢですこんにちは。

 いや面白かった。なおかつ、最初から最後まで「しっかり書けていた感じ」のある力作だと思いました。
 いろいろ些細なところで気になる部分はありましたが、それを補って余りある力強さというか。
 抽象的なことはそれくらいにして、具体的な感想を進めましょう。

 まず、冒頭がいいことは申し上げました。
 西欧ファンタジー色でありながら、魔王の視点という時点で
 「よくある勇者と魔王の逆転メタかなあ」と思いましたが、その予想はいい方向に裏切られました。
 メタではあるものの、しっかりと魔王サイドから書く必然性と確かな筋書きがある。
 要するにちゃんと、魔王のストーリーを書いている。

 さて、序盤で勇者かっこわらいが登場し、いい感じに見せ場を作りながらも撃退されます。
 奴隷の女の子が気になって気になって仕方がない読者心理を、
 ちゃんとそのように汲み取って奴隷の女の子フェイズに突入。
 緩のあとは急、急の後は緩といったメリハリが利いていますね。

 あとは、カトブレパスの出し方がいいなあと思いました。
 そう言えば出ていたけど、再登場するようなフラグはたっているけど、
 おおここで出してきたかと、ううむとうなりましたねえ。
 タイトな仕事ぶりに顧客満足度も高まりました(なんぞ

 聖女フェイズは主に、ラストの展開に説得力を持たせるための働きでしょうか。
 その割には長かったかな、ラストも少し冗長かな、とは思いました。
 この終わり方にいたる説得力は十分ですが、一応前情報があったとしても
 貴族くん登場の時点で少し唐突には感じましたね。

 個人的にはまったく逆の結末を予想していたのでこうなるのは驚きでした。
 
 全体を通して一番気になったのは、やはり横文字外来語の語彙選択ですね。
 英語圏の人名では明らかにないのに、英語チックな言い回しがあったりして
 そこを普通に日本語に置き換えて書けば世界観への没入は高まったんじゃないかと。
 ファイナルファンタジーみたいに、東西南北いろんな文化をひっくるめた世界観なんですよ、
 って割りきりがあればその問題は解決しますけど。
 東洋系と西洋系の設定を混在させることで
「なに系の言語名称が出てきてもまあアリ」
 というカオス感を出すことが出来たりしますし。
 西欧系で固めてしまうと、砂漠とイギリスって遠いので
 やっぱ英語だとわかる言葉が出てくるってのは無理があるかな。
 小うるさいおっさんファンタジー論ですみませんw
 これらの理由より僕はロードス島戦記のネーミングセンスを認めてはおりません(関係ない

 先に申し上げたとおり、細かいあらは探せば出てきますが
 どっしりとしたキャラクターファンタジーとしての筋書きがあり
 予想を超えたストーリー展開に舌鼓を打った力作だと総括します。
 単純に面白かったです。
 企画参加、お疲れ様でした。


縁切さんの意見 +40点
 どうも、縁切と申します。
 暴虐の終が暴虐の柊に見えて、親近感をおぼえ読み始めました。

 面白い!
 もし私が下読みならこれは改稿を見越して二次に推薦してもいいくらいでした。
 情景描写を増やしたり、もうちょっと世界を造りこんだり等、手を入れる部分はありますが、全体としてストーリーがよかったです。

 もうなにも言いません。
 白旗です……。


デルフィンさんの意見 +20点
 こんばんは。デルフィンと申します。
 御作、拝読しましたので感想を述べたいと思います。

 冒頭は合格点でした。◎
 まあ、わたしごときの合格など大した価値はないでしょうが。


ストーリー・構成
 ストーリーは実に王道で、先は読めていたのですが、演出・構成ともに丁寧で楽しみながらページをスクロールできました。今のところ、頭一つ抜けている印象です。伏線やキャラの心情描写なども良かったです。
 また日常だけだとだらけそうになるところを、メイデアの回想シーンを上手く挟む事でリーダビリティを維持しております。またこの現代と過去の「軸」が、いずれどのように絡んでくるのかと、わくわくさせられました。
 が、最後の結に入ってからは、個人的には、悪い意味で期待を外された印象です。まあ、わたしがハッピーエンド好きというのもあるんですが、なんていうんですかね、今までにちりばめられた「筋」がハッピーエンドに向いていたせいかな、と思います。意外性を狙ったのかもしれませんが、なんというか唐突感だけがあった気がします。
 ふと本作を読んで頭に思い浮かんだのが、「文学少女」と言う作品です。本作とは逆に物語の筋が「別れ」に向かっていたのに、ハッピーエンドに至ったせいで、完成度を著しく落としたな、というふうに、ハッピーエンド好きなわたしでさえ感じた作品です。
 この意見はラ研チャットでもしばしば耳にします。本作のラストはそれに近い感じですね。読者に読み易いようにしておいて、最後に裏切ってインパクトを、という構成だったと思うのですが、ストーリーの「流れ」や「筋」とか「伏線」とかいろいろなものに逆らってしまったせいで、唐突感だけがあって、「良い意味での作者にしてやられた!」感はありませんでした。

キャラクター
 良かったと思います。ただラノベとしては「綺麗」すぎたやもしれません。

設定
 一昔前なら斬新で新しかったかもしれませんが、最近、なんか魔王を主人公に据える作品が散見されます。その意味では新鮮味はなかったのですが、しっかり作者なりの味付けがなされオリジナリティを感じることが出来ました。

総評
 佳作。起承転までは本当に良かったです。しかし、物語の評価と言うのは読後感で決まるところが多く、その辺で評価を落とした印象です。
 わたしはハッピーエンドは好きですが、アンハッピーエンドを特別嫌ってもいません。例えばコードギアスなどは予定調和としてアンハッピーエンドであるべきだと思います。本作は起承転までの流れ的に、ハッピーエンドにするべき作品に、少なくとも私には思えました。
 公募等を目指す場合は、キャラクター全体の「大人しさ」がネックかもしれません。が、それが本作の持ち味でもあり、難しいところです。

 感想は以上です。
 創作お疲れさまでした。


つとむューさんの意見 +30点
 冬祭り、お疲れ様です。作品を拝読いたしましたので、感想を記したいと思います。

※ネタバレあります。

 まず圧倒されたのは、この重厚な語り部。
 冒頭の戦闘シーンに迫力をもたらす効果があったと思います。
 しかし、戦闘シーンが終わってもこのスタイルは変わりません。
 最初、「戦闘が終わったんだから、書き方のスタイルを変えて、もっと状況を分かりやすく書いてほしいな」と思って読んでいました。
 序盤は、周囲の状況など分かりにくい部分もあったと、個人的には思います。
 中盤はこのスタイルにも慣れて、物語の世界に浸っていきます。
 そして、フィーが殺されるシーン。
 いつの間にか、僕は涙を流していました。

 なぜ涙がこぼれたのか、この一週間考えました。
 きっと、作者さんがこのスタイルを愚直に貫き通していたからこそ、そういう気持ちになれたのだと今では思っています。
 そういう点では、長編という尺がうまく活かされている作品だと思いました。


>――死んで頂けますか。

 この辺りのアイディアも良かったと思います。
 終盤の伏線にもなっていますし。
 それゆえに、メイデアのその後が気になりました。
 なぜその剣が『女神メイデアの宝剣』と呼ばれているのかの詳細も知りたいと思いました。


>「ライ……。だがあれは嘘を吐いている目じゃない。分かるだろう、俺は真実を見極めるこの眼で、こうしてここまでやってきたんだから」

 ここは?でした。
 だってこの人、ライの真実を見極めることはできなかったんですから(笑)

 あと、ラストについて。
 状況がよくわかっていなかったので、何が起きたのか分かりませんでした。
 アシュレイの登場も、とってつけたような感じを受けました。
 なにか、あの重厚な語り部の魔法が解けてしまったような、そんな印象を持ちました。


 お題は、分かりにくかったです。
 他の方の感想を読むと……ラストがそういうことなのでしょうか?
 それならばスゴイ! でもわかりにくい。
 評価は難しいです。


 いろいろと書きましたが、総合的にはとても良かったです。
 以上、拙い感想で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。


AQUAさんの意見 +30点
 わ……ワッショーィ……。
 遅ればせながら、ずーっとヂリヂリ胸焦がしているであろう裏番長サマの、最後の一押しに参上いたしました。

 まずヒトコト、面白かったです。
 さすがの文章力、堅苦しい魔王様(以下オッサン)の独白が多いにも関わらず、すらすらと一気に読めました。
 過去と現在の入れ替わる構成も、良かったです。

 ただ言いにくいんですが、毎度序盤が重たいですねw
 ツミキさんファーストインパクト作品の「にゃあ」冒頭を思い出しました。
 あれも、軽く悪モノとのバトル→幼女拾う、みたいな感じでしたけど、根暗なオッサンの一人称って、どーしても重くなりがちになっちゃうんですよねー。
 ま、テーマも重暗いので、それはそれで雰囲気作りに一役買ってたと思いますが。

 あと秀逸だったのが、お題への切り込みですね。
 お題なんて後からなんとでもこじつけられるぜ腐腐腐……という安易な発想をしがちな自分にとって、モロ後頭部鈍器ガツンと来ましたよ。
 これぞ「祭り作品」って感じでした。お見事です。ここ加点ポイント☆

 さて、ストーリーに関しまして。
 他の皆さんがおっしゃるように、自分も「みみずく」を思い出しました嘘です読んでません。
 逆に「へー、あれってそーゆー話だったんだー」と教わってしまった感が。
 まあ今回は『王道企画』ですし(←)、ネタ被りなんてよくあることで気にしてたら毛が抜けちゃいますよ腐腐腐……。(←良く被るひと

 個人的には、あのラストすごい好きです。
 基本的にはっぴぃえんど至上主義なのですが、それでも「おお、フィーちゃんカッケー!」と。
 しかし、ラストのフィーちゃん変貌オチと、その描写の分かりにくさには、某マルオを思い出したり……w
 自分で書いてると、どこまで丁寧に解説したらいいか、分かんなくなっちゃうんですよね。

 ラストだけでなく、この作品には「あれ何だったんだろ?」というエピソードを、いくつか見つけた気が。
 ざっくりまとめるなら、中途半端な世界観設定のようなものでしょうか。
 特に引っかかったのは、ジャンヌたんの予言、腐り……ではなく鎖剣の謎、「三つのお宝」とか終盤あたりにダダッと。
 謎をちりばめるだけちりばめて回収無しって、なんかもやっとするー!

 最大のツッコミどころは、やはり憐れな貴族君のエピソードですな。
 フィーちゃん、一時でもヒトに優しくされた記憶があるなら、ぜひ前半に出して欲しかったです。
 笑い方を学んでるシーンで「酷い目にあってきたのに何故笑えるんだ?」「小さい頃、笑い方を教えてくれたひとがいたの」みたいなの差し込むだけでもイイかも。

 あー、某さんみたいに「もっと伏線ガッツリ仕込んで回収できるのに、いろいろモッタイネー!」と叫びたい。
 オッサン亡き後、フィーちゃんが五年も待ってた理由とか、重要人物(?)だったユニ君とか、するっとスルーされてるし……。
(混ぜっ返すよーでナンですが、「にゃあ」でも裏組織の謎とか残ってたにゃあ……w)

 たぶんこの作品は、全部の説明を入れ込んで読者を納得させる形になったとき、かなりの枚数&完成度になる気がします。
 しかしながら、全部説明させるには、オッサン一人称だと限界ががが。
 でもオッサン一人称の出汁が良い味させてたので、そこ変えるのモッタイナイですよねー。

 オッサンだけでなく、主要キャラは総じて良かったです。
 とくに二人の女子は可愛らしかった……そしてオッサンにもちょっぴり萌えましたよ、不覚にも。
 悪モノは、この三人に比べたら、ちょっち落ちるというか薄いかなぁ。
 長編化の際には、彼なりの美学みたいなものを打ち出していただけると、深みが増しそうですね。

 ……と、長い割になにやらまとまらない感想になりましたが、総じて良作だったと思います。
 説明不足な部分はありましたが、素直に「読んでヨカッター」と思える読後感でした。
 どうぞ改稿がんがってくださいませ。
 草葉の陰から応援していますよ腐腐腐……。


三井雄貴さんの意見 +30点 2013/11/27
 拝見させていただきました!
 私のような1作目を書き上げたばかりの初心者が人の小説に物申す等おそれ多いこととは存じますが、せっかく投票したのでコメントをば。

 高得点で見かけて「久々に良い厨弐(中二病のスペルはこちらの方がカッコいいと思っているw)が読めそうだ」とタイトルから勝手に推測して釣られました(ちなみに、私が夏に富士見ファンタジアへ応募した1作目も魔王ものでした)
 予想とは違ったものの口調に反して意外とお茶目な面のある魔王様がツボです(いわゆるシリアスギャグみたいなシュールさも好きなんですよね、自分が書くとなると難しいけど)

 内容については文句なしですが一つ気になったのは・・・
>「お前は、良い表情かおで笑うのだな」
 3分の1あたりで発せられた上記の台詞、ルビ「表情(かお)」の誤字でしょうか?
 周りから誤字をよく指摘される身ですが客観的に人の文を読んでいるとつい目に止まってしまって・・・・・・
 失礼かとは存じますが、せっかくの良い作品だからこそ勿体なくて意見させていただきました(むしろ自分などが意見できるような落ち度は他にありません)

P.S.
 BGMはポルノではなく、ディ○ス・イレと喰○零のサントラをかけながら読みましたwww
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