ライトノベル作法研究所
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そこに、居場所があるなら

中梨 涼さん著作

 盗み聞きはよくないことですが、とんでもない、これは正義のためなのです。
 具体的には、肝試しでどうしても祟りたいと言っている仲間を止めるため。
 私は今日も、部屋の隅の暗がりで、ぴいんと聞き耳を立てています。

***

 夏休みも終盤に差し掛かった日の夕方。
 ここは山の中腹にあるお寺です。本堂では、小六の兄と小四の妹が向かい合っています。
 兄は悲痛な面持ちで、妹に頭を下げておりました。
「だからさ! 宮子も肝試しなんかやだって言ってくれよ!」
 宮子はうるさそうに兄をにらむと、DSの画面に目を戻しました。その様子をあざ笑うかのように、セミの声が響きます。
 兄のヒロは無視されてもなお、妹の気を引こうと必死でした。顔を上げると、真剣な目をして手を合わせてます。
「うちの寺が会場候補だって話したら、お父さん、乗り気になっちゃってさ。そうなると寺の息子であるオレが不参加とかまずいじゃん。宮子だけが頼りなんだよ」
 お寺の息子であるくせに大の怖がりなヒロは、もう一度頭を下げました。
 ヒロは頭は良くなかったけれど、顔と運動神経はよく、そこそこの人気がありました。
 これからも学校でかっこいいヒロであるためには、今年から始まる町内の肝試しはあってはならない行事なのでしょう。ああ、見栄っ張りの男の子の悲しさ。
 宮子はタッチペンを動かしていた手を止め、首筋にかかっていた髪をかゆそうに払いました。
「つーかお兄ちゃん、かっこ悪いとこ見せたくないだけなんでしょ。バッカじゃね?」
 図星を指された挙句、軽蔑の表情で見られたヒロは口元を凍りつかせました。
 辛辣な妹はため息をつくと、DSのふたをパタンと閉じます。
「だいたいあたしに何しろって言うの。町内会長のヅラをむしりとってきて、脅しをかけるとか?」
「できるもんならやってほしいけどさ」
 ふたりとも、真顔で会話のキャッチボールをしないでください。
 ヒロは大きな目を伏せ、しばらく考えていましたが、やがて明らかに自分の案に自信がないと思われる、へろへろした声で言いました。
「お前さぁ、霊感あるじゃん。……だから、この寺は呪われてる、とか……」
 そのとき。
 宮子が不意に、こちらの方を見ました。
 ばっちり目が合ってしまった私は、あわてて開け放してある戸の方へ顔を背けます。
 しばらくの間。
「……宮子?」
 ヒロのおどおどした声が聞こえました。
 私は顔をそのままにして、目だけ兄妹の方を見ました。
 宮子はまだこちらを見ていましたが、その目には“なぁんだ”という色が浮かんでいました。私の盗み聞きには前科があるので、もう慣れてしまったのでしょう。
 私としては、ばれるたびにドキドキして不整脈が起こりそうですが。
 一方ヒロは気になって仕方ないようなのに、決してこちらを見ていません。額に汗を浮かべたまま、明るい夕日が指す境内の方へ無理やり視線をさまよわせています。
 まるでこちらを見たら最後、暗闇の果てに引きずりこまれてしまうとでもいうかのように。
 そんな彼の様子が情けないやら可愛らしいやらで、私はちょっと笑ってしまいました。

 暗かろうが明るかろうが、怖いものは出ますのにね――私のように。

「ね、ねぇ! 宮子ってば!」
 いよいよヒロは真っ青になって立ち上がろうとしました。
 兄の様子に気がついた宮子は、いたずらっぽく笑います。
「なんでもなーい。それよりさ、お兄ちゃん」
「なっ、何?」
「漏らすのが怖いなら、尿取りパッドで解決できるよ」
 しばし唖然としたヒロですが、すぐに眉をしかめて怒り出しました。
「できるかよ! 臭いでばれるだろ!」
 あらあら、つっこむところはそこじゃないでしょう。
 私はあきれてしまったのですが、宮子は兄によく似た顔をゆがめ、笑いをこらえています。
 余計にそれが癇に障ったのでしょう、ヒロはむっとしたまま、宮子をにらみつけました。
「真面目に考えろよ。兄のオレがお化けにギャーギャー言ってたら、お前だって恥ずかしいと思わない?」
「その前に自覚があるなら、怖がり直そうと思わない?」
 わざと似たような口調で言い返されて、くっそぉおおおと頭を抱えるヒロ。
 宮子はげらげら笑っています。ちょっと、どうにかならないんでしょうか、この兄妹。
 これじゃあ話が進まないな、と私が思っていると、急にがばっとヒロが顔を上げました。
「じゃあこれはどう?! 協力してくれたら、DSの新ソフト買ってやる!」
 とうとうもので釣る作戦できましたか。
 しかし、急に宮子の目の色が変わったのを見ると、効果はてきめんだったようです。
「何個?!」
 うげっといやぁな顔をするヒロ。
「どんだけねだる気だよ! 一個! 一個だよ!」
 あわててヒロが言うと、宮子は納得行かない表情をしながらも、分かったと言いました。



 なんとか合意を得てヒロはほっとしたようですが、この話し合いはここで打ち切りになりそうです。
 じゃりじゃりと、境内の砂利を踏む音が聞こえてきました。お父さんの足音です。
「おっ、いたいた。お前ら、飯の支度手伝え」
 暑そうに袈裟を脱ぎ、着物の袂をパタパタさせながら、お父さんは言いました。
 兄妹は不満げでしたが、晩御飯がハンバーグだと分かると、どたどたと自宅の台所へ駆けていきました。二人とも肉をこねて丸める作業が大好きなのです。
 具体的にどう肝試しをやめさせるのか聞けなかったのは残念ですが、私はお父さんが来たことをうれしく思いました。
 さすがはお坊さんで徳が高いといいますか、彼は私たちを邪険にせず、この寺の中で誰よりもやさしく接してくれるからです。
 お父さんも兄妹のあとを追おうとしていました。私はお父さんのそばに行きたくて足を踏み出しかけ――気配を感じてはっと振り向きました。
 仏像の陰に、何かがいます。私は鋭い声でたずねました。
「誰?!」
「あたし」
 のんびりした声が聞こえました。
 声の主は、ぴょこんと像の陰から顔を覗かせます。
 宮子と同じ年頃の女の子が、ちょっぴり眠たそうな顔で私を見つめていました。



 桃ちゃんは眠たそうでした。寝そべった姿勢で、いつも持ち歩いているウサギのぬいぐるみに顔をうずめています。
 祟りたいといっているのはこの子なのですが、それはおいおい説明していきましょう。
 桃ちゃんのつややかな黒い毛に夕焼けの赤が一瞬反射し、私は目を細めます。
「そこに入っちゃだめ。お父さんに怒られるよ」
 はーい、とのんきな返事をして、桃ちゃんは仏像の陰から出ました。私はなんとなく、仏像を振り仰いで尋ねました。
「ここで何してたの?」
「ゴロゴロしてた。おばちゃんは?」
 おばちゃんという年齢ではないのですが……まあ、こんな小さな子から見れば妥当な呼び名なのでしょう。
 私は桃ちゃんをいざなって境内へ出ました。
 そのまま墓地の入り口近くにある、桜の木の下に腰掛けると、先ほどのヒロと宮子のやり取りの話をしました。
「肝試しはなくなるかもしれないよ」
 私は期待をこめて言ったのですが、桃ちゃんはつんと鼻をそらして取り合いませんでした。
「あるよ。だって、お父さんが乗り気なんでしょ? それに」
 んふ、と桃ちゃんはいやな笑い方をしました。
「肝試しがなくったって、あたしは孝一の居場所が分かればいいんだもん。絶対あたしを捨てた孝一に、祟ってやるんだから!」
 ああ、結局そうなってしまうのか。
 にやりと笑う桃ちゃんの隣で、私はこっそりため息をつきました。


 桃ちゃんが祟りたがっているのは、この町内に住んでいる、孝一という子です。
 町内といっても広いので、私は面識がないのですが、ヒロと同じ六年生だそうです。
 孝一は初めて自分の名前を親しげに呼んでくれ、長いときを仲良くすごしてきた子なんだとか。
 たぶんそれは、桃ちゃんの初恋だったのです。
 孝一と遊んだ思い出を語るときの桃ちゃんは、いつもより可愛らしい、穏やかな表情をしています。
「でもね」
 桃ちゃんは暗いまなざしをして、鼻にしわを寄せました。
「家で遊んでたとき、孝一の妹に怪我させちゃったんだ。そしたら“お前なんかもういらない、一緒に遊びたくない”って孝一が怒って」
 もう何度も聞いている話なのですが、私は話の腰を折らないように黙っていました。
 このくだりになるといつも、桃ちゃんは底なし沼に突き落とされたような表情を浮かべるのです。
「あたし、何回も謝ったのに。孝一のお母さんとお父さんまで怒らせちゃって……。もうどうにもならなくなった、その夜」
 桃ちゃんの声がかすれ、語尾が消えました。それにかぶさるように、窓を開けている台所から、兄妹の笑い声が聞こえてきます。
 やがてその声が収まり、セミの鳴き声だけが耳に痛い中で、ぽつりと桃ちゃんは言いました。
「起きたら真っ暗な箱の中で――気づいたら、お寺がお家になっちゃってた」
 うん、と私は相槌を打ちました。そのとき、ぽとりと視界の端で、近くの木から何かが落ちていくのが見えました。
 それは、命のつきかけたセミでした。仰向けになり、ばたばたと羽と足を動かしてもがいています。
 あがいても、あがいても、自分ではどうにもできないことがあります。
 セミのその様子は、桃ちゃんの初恋の末路に似ていると私は思いました。
 私は目を閉じ、桃ちゃんがこの寺に来た日のことを思い出します。
 町内で真夜中、火事があった日。
 遠くで赤く染まる空を背景に、境内で呆然と立ち尽くす桃ちゃんの姿。
 沈んでしまった空気を振り払うように、桃ちゃんはぶるりと体を震わせました。
 自分を励ますように、桃ちゃんは恨みがましい声を出します。
「でも、許してくれないんだよねぇ」
 その証拠に、あの日から一年たった今でも孝一はあたしに会いにこない――と桃ちゃんは言いました。
 そうだね、と私はうなずきました。
 でしょう? とやっと、桃ちゃんは笑みを取り戻しました。あまり愉快そうな笑みではありませんでしたが。
「だから祟るんだ。あたしのこと忘れるなって」
 背筋をピンと伸ばし胸を張る桃ちゃんでしたが、私にはそれが本音だとは、どうしても思えません。
 私は真顔で尋ねました。
「祟るって、いったい何をするつもりなの」
 びくりと、桃ちゃんの背筋がこわばりました。
「……そ、それは、孝一に会ってから考えるのっ!」
 裏返った声を出してあわてる桃ちゃんを見て、私は吹き出すのをこらえました。
 しかし、こらえていてもばれてしまうものですね。桃ちゃんは露骨にむっとした顔をしました。
「笑わないでよ。止めても無駄なんだからね」
「わかってる」
 私はうなずきましたが、すぐに真顔に戻りました。
「でも、お寺に迷惑がかかることはしないで。いくらお父さんが優しくても、迷惑な子はきっと追い出しちゃうよ」
 やや、桃ちゃんはひるみました。
 わかってる、と小さな声でつぶやくと、ぷいっと背を向けて墓地の方へ行ってしまいます。

 ふう、と心の中で私は息を吐き出しました。
 もちろん、今桃ちゃんに言った言葉は、大それたことをしないための牽制です。
 しかし。何度も桃ちゃんの身の上話を聞くうちに、私も考えてしまったのです。
 私が不注意でヒロや宮子を傷つけるようなことがあったら、お父さんは私を追い出すだろうか、と。
 それは私にとって、背筋が凍るほど怖いことでした。
 私は数年前、たまたまこのお寺に、というより、お父さんに拾われた形で救われました。
 真冬にお寺へ入る石段でへたりこんでいたところを、お父さんに助けてもらったのです。
 ここに来るまでひとりで自由に生きてきましたが、その生活の中にはかじかむような寂しさがありました。
 もう、あんな思いをするのはいやだ、と私は思いました。
 そんなことには絶対にならないと思いたいのですが――。
 もし本当に追い払われてしまったら、桃ちゃんも同じ思いをしてしまうかもしれません。
 私は桃ちゃんにそんな思いはさせたくありませんでした。
 それに理由があるにしても、ヒロと同じ年頃の子が傷つくのはいやです。お父さんも悲しみます。
 せめて肝試しがなければ、直接桃ちゃんと孝一が会わずにすむのですが。
 これは兄妹の働きに期待するしかないかな、と思いつつ、私は立ち上がりました。



 晩御飯がすんでお腹が落ち着いた頃。
 私と桃ちゃんは窓辺のカーテンの陰でくつろいでおりました。ここは暗くて涼しくて、居心地がいいのです。
 ぼんやりしていると、兄弟の秘密めいたささやき声が聞こえてきました。何か動きがある予感。
 私はひょっこり、カーテンから目だけ出して状況をうかがいます。桃ちゃんもすぐまねっこをしました。
 ちょうど作務衣姿でうちわを使いながらくつろいでいるお父さんに、兄妹が話しかけているのが見えました。
「お父さん、ちょっといい?」
「どした。テレビのチャンネルのことか?」
 お父さんは少しだけ眉をひそめています。
 そういえばさっきまで、ヒロとお父さんはチャンネル争いをしていたのでした。結局じゃんけんでお父さんが勝ち、今は野球を見ています。
 変えていいの?! と食い付きそうになったヒロの足を踏んで、宮子は首を横に振ります。
 これから頼みごとをするので、お父さんにはより機嫌のよい状態でいてもらいたいのでしょう。なんというか、計算高い子です。
 ぎりっと歯を食いしばって、ヒロは踏まれていない方の足で、宮子の足を踏み返しました。
「おいおい、ケンカなら外でやってくれよ」
「いいの、ケンカじゃないから」
「そうそう、そのまま聞いて」
 お互いぎりぎりと歯を鳴らしながら足を踏みあい、無理やり笑う子供たちを見て、お父さんはあきれてしまったようです。
「気になるから座れ。あ、お互いちょっと離れて座れ。で、なんだって?」
 一応話をちゃんと聞いてくれる気になったのか、お父さんはテレビの音を小さくしました。
 宮子がDS新ソフトのため、真剣な目をして話し始めます。
「あたしね、この時期肝試しとか不謹慎だと思うの」
 おや、さすがに寺が呪われている案はやめたようです。
 隣ではヒロがうんうんと、殊勝な顔でうなずいています。
「ほら、一年前に火事があって、あたしよりいっこ年下の女の子が亡くなったじゃない? うちのお寺でお経読んだりもしたしさ」
「ああ、うちの町内の子だったんだよなぁ……」
 可哀想だよな、とお父さんは目を伏せました。
 桃ちゃんが来た日のことだ、と私は思いました。
 桃ちゃんは寂しそうに、きゅっとぬいぐるみを抱きしめています。
 ふと、鼻を鳴らしたような音が聞こえました。
 見ると、お父さんがちょっと困った顔をしています。
「でも肝試しは、その子の友達のリクエストだしなぁ。不謹慎か、どうか」
「ええぇっ?!」
 宮子より先に、ヒロが素っ頓狂な声をあげました。な、なんでと立ち上がりかける息子を落ち着かせるため、お父さんはヒロをうちわで扇ぎます。
「まあ落ち着け。亡くなった友達と、やりたかったことのひとつなんだろう。さっき電話があってさ、親御さんにも頼まれたから、もう寺使っていいって言っちまったよ」
「えー……」
「そんな~」
 あらら、それでは肝試しは決定事項になってしまうのですね。
 がっくりする兄妹に、私も同調したい気分でした。しかし桃ちゃんはんふふと勝利の笑みを浮かべています。ああ、どうしよう。
 兄妹の反応を見て、お父さんは苦笑しました。
「お前たちだって、お母さんとしたかったこといっぱいあっただろ? それときっと似たような気持ちだ。自分の家が騒がしくなるくらい、我慢してくれないか?」
 桃ちゃんの笑みが消えました。
 う~ん、と兄妹は口ごもって、ちらりとあるものを見ています。
 それは棚の上に飾ってある、微笑んだお母さんの写真でした。
 沈黙がおりました。
 ヒロは下を向いて、気持ちを押し込めるように手を揉み絞っており、宮子は眉を下げ、親指の爪を噛んでいます。
 二人の顔は今まで見てきたどんな表情より、複雑で難解でした。
 しかし、やがてヒロが言いました。
「そうだね。その子達がそうしたいなら、そうした方がいいよね」
 難解だったヒロの表情は、今は泣き笑いのような顔に落ち着いていました。
 それを見てか、宮子も半泣きの表情になっています。
「……うん……」
 と、口から指を下ろし、しおれた様子でうなずきました。
 とたんにしんみりしてしまった家族の様子を見て、私は胸が痛みました。
 桃ちゃんもそう思ったのか、ぬいぐるみごと私に寄り添って、小さく息をつきます。
 ヒロは小さく鼻をすすると、立ち上がりました。
「風呂入るね」
 いってらっしゃい、と宮子が言い、彼女自身も立ち上がります。
「あたしも、宿題やる。お父さん、ごめんね」
 表情こそ沈んでいましたが、二人の声はいつもどおりで、微塵も震えるところがありませんでした。
 兄弟が部屋から去ったあと、お父さんは宮子と同じように、不意に私たちと目を合わせました。
 私はそのまま目をそらせません。カーテンから這い出ると、寝そべってしまったお父さんの枕元に座りました。桃ちゃんも後に続き、私の背後に座ったのが分かりました。
「また盗み聞きしてたな」
 笑いを含んだやさしい声に、私は答えられずにうつむきます。
「ヒロもなぁ、もうちょっと怖いの平気になればいいのにな。昔脅かしすぎたか」
 妹と共謀して肝試しをなくそうという試みを、お父さんはお見通しだったようです。
 兄妹が幼いとき、お母さんとお父さんがそろって怖い話をしていたのを思い出しました。
 お父さんの話があまりにも怖いので、お母さんにしがみついて泣き出すヒロ。
 半分寝ている宮子を抱えながら、笑ってヒロを受け止めるお母さん。

 お父さんはもう私たちの方を向いていませんでした。天井にうつろな視線をやり、目を閉じてからさびしい笑みを漏らしました。
「……佐和子が生きていればなぁ……」
 私は何かを言おうとして口を開き――無理やり言葉を飲み込みました。
 意味の通じる言葉をまだ私は持っておらず、言ったところで何の慰めにもならないことが分かっていたからです。
 桃ちゃんが、悲しげな表情をしてお父さんの顔を覗き込みました。
 亡くなった妻の名を呼び、かすかにまどろむ彼の額に頬を寄せ、私は考えていました。
 こうするだけで、思いやる気持ちが伝わればいいのに、と。



 肝試し当日の、夜八時。
 電気をつけた本堂に、町内の子供とその保護者が集合しています。
 私と桃ちゃんは本堂から自宅へ続く、暗い廊下にいました。閉められていた戸を無理やり私が開けて、その握りこぶしくらいの隙間から孝一を探します。
 お父さんの説明している声が聞こえました。
「これから、くじでふたり組みになってもらいます。ルートは西側の雑木林を抜けて、墓地を一周。終着点の近くには、お地蔵様が並んでるので、そこにあるお札をとって、戻って来てください」
 一組が出発して、五分経ったらもう一組が出発。残っている子は、本堂で怪談を聞きながら待機だそうです。
 私はヒロと宮子を見つけました。二人とも廊下側に座っているので、その表情がよく見えます。
 ヒロがこの世の終わりのような絶望を湛えているのに対し、宮子はわくわくして友達と話していました。兄妹なのにこの差はいったい。
「孝一だ!」
 私ははっとして、桃ちゃんの指す方を見ました。一番後ろに座っている家族連れです。
 孝一はかなり背が高い子でした。ヒロより、頭ひとつ分高いでしょう。スポーツをやっているのか体格も良く、たくましい男の子に見えました。
 一方の妹は、二、三歳のようです。淡いピンクの服を着て、お母さんに抱っこされています。孝一とその友達にあやされて上機嫌に笑っていました。
 ああ、と思わずため息が出ました。
 これはどうしようもないなと思ったのです。
 こんな小さな子に怪我をさせたら、その家族が怒り狂うのは当たり前です。しかも怪我をさせたのは一年前、相手は赤ん坊だったはず。
 しかも、お母さんはとても神経質そうな女性でした。蚊がいるのか不機嫌な顔で、手で鼻先を払っています。
 私は思わず桃ちゃんに非難のまなざしを向けましたが、すぐにやめました。
 一目で分かるほど、桃ちゃんはしょげ返っていたのです。
 私は視線を和らげ、聞きました。
「これから、どうするの」
「どうするって……」
 しょんぼりしたまま、桃ちゃんは寝そべり、ぬいぐるみに顔をうずめました。
「……とりあえず、会うよ。会うもん」
 自分に言い聞かせるような言い方です。しかし、桃ちゃんは立ち上がろうとしませんでした。
 そうしているうちに、ペア決めが始まりました。
 宮子は下級生の女の子と組むようになったようです。よろしくと挨拶しているのが見えました。
「ヒロくん、何番?」
「誰と組むの?」
 六年生の女の子ふたり組が、きゃあきゃあ言いながらたずねました。
 自分の友達とペアを確認しあっていたヒロは振り向くと、言葉少なに言いました。
「岡崎さんと。最後」
 語尾が震え、顔全体がこわばっています。よりによって最後とは、くじ運のない子ですね。大丈夫でしょうか?
 桃ちゃんがあっと声を上げました。孝一がヒロに話しかけたからです。
「笹渕さんだよね、最後。ペアだからよろしく」
 にっと笑いかける孝一は、ぜんぜん肝試しを怖がっていないようです。対して、八割魂の抜けた表情で応じるヒロ。
「うん。よろしく」
 女の子たちはちょっと残念そうにしています。ヒロと孝一の友達たちは、期待と恐れの混じった様子で話し込んでいました。
 そんな中で桃ちゃんは、激しくぬいぐるみの耳を噛んでいます。
 ありがちなパターンになってしまったな、と思っていると、保護者たちが境内へ出て行くのが見えました。
 お父さんが声を張り上げています。
「大人には、迷子が出ないように交代で見張りをしてもらいます。脅かし役の人は一切いません。勝手に出るだろうから必要ないんだよね」
 にやにやしながらわざと、最後の“出る”をと強調してお父さんは言いました。とたんに察しのいい子供たちはしんとなりました。
「あれ、お母さんがまだいるよ」
 孝一の妹がむずかっており、それをあやしているためお母さんは出遅れたようです。
 友達と話していた孝一がそれに気がついて、お母さんに話しかけました。
「オレ、美緒みてるよ」
 孝一は妹の美緒には笑いかけたのに、お母さんに対してはぶっきらぼうに笑いを引っ込めます。
 彼の視線にもどことなく棘が混じっているような気がして、私は首を傾げました。反抗期でしょうか?
「……本当? 大丈夫?」
 お母さんは不安そうでしたが、孝一はむっとしながらも真剣な表情で、うなずきました。
「大丈夫。前みたいなことには絶対ならない」
 前みたいなこと?
 私が疑問に思ったとき、ひゅうっと、息を呑む音が聞こえました。
 振り向くと桃ちゃんが、目を見開いてぬいぐるみの首を絞めています。
 私はびっくりして尋ねました。
「何? どうしたの」
 答えず、桃ちゃんはうなり声を上げています。
 まだちょっと不安そうなお母さんが、美緒とバックを孝一に預けるのが見えました。
「前も、こうだったのに」
 いらつき、恨みがましい目で桃ちゃんは孝一をにらんでいます。
「前も、お母さんに頼まれて孝一と一緒に美緒をみてたの。そのときに美緒に怪我させちゃったんだ」
 私はワンテンポ遅れて、返事をしました。
「相手は赤ちゃんでしょう。我慢できなかったの」
「急に引っ張られてびっくりしちゃったから」
 そのまま勢いで、美緒の腕を思い切り引っかいてしまったのだと言いました。
 鼻息荒く、桃ちゃんはそうだよね、と吐き捨てました。
「前みたいなことには絶対にならないよね。私がいないんだもん!」


 まずいことになったと私はあせっていました。
 桃ちゃんの毛は完璧に逆立っており、怒りに燃えた目だけがぎらぎら光っています。
「結局あたしがいなければよかったと思ってるんだ。こんな女の子捨てて正解だったと思ってるんだ! 最低……絶対祟ってやる!」
 今にも孝一に飛び掛っていきそうになる桃ちゃんを押さえ、私は叫びました。
「そんなこと言ってないでしょう! こんなに人がいっぱいいるところに飛び出すのはやめなさい!」
 ううう、となおも桃ちゃんのうなり声は止まりません。
「だって、そうとしか考えられないもん! 他に何があるっていうのよ?!」
「桃ちゃんのこととは限らないでしょう? 一年会ってないんだから!」
 ちょっと桃ちゃんがひるみました。
「でっ、でも……あたしのことだっていう方が、可能性が高いでしょ?!」
 確かにそれはそうなのですが、本当に祟られたら困ります。
 私が口を開こうとした瞬間、暗かった廊下が、さらに暗くなりました。
 無理やり開けた戸を、お父さんが閉めようとしていました。私と桃ちゃんはあわててやめてと懇願しましたが、お父さんは無視。
 あっけなく戸は閉められてしまいました。
 閉まる瞬間、こちらを向く子供たちの好奇心旺盛な顔が見えました。どうやらうるさくしすぎたようです。戸越しに向こうのざわめきだけが伝わってきます。
 腹を立てた桃ちゃんはぬいぐるみを振り回しました。首の縫い目が悲鳴を上げているのを見て、思わず私は尋ねます。
「大事なものじゃなかったの、それ」
「孝一からもらったものだからいいの!」
 そう言いながら桃ちゃんは、落ちた中綿の一部を踏みつけます。
 八つ当たりの相手にされたぬいぐるみの行く末を思い、私は目をつぶりました。


 結局私たちは廊下の窓から、肝試しを見守っておりました。
 出発する子はたいがい緊張しているかはしゃいでいるかのどちらかです。しかし、帰って来るこの反応はさまざまでした。
 怖がって泣いている子、楽しんできた子、不満そうな子、強がっている子。
 宮子とペアの子は、まずまず楽しんで帰ってきたようです。
 なぜかペアの子は、しきりに“綺麗ですごかった”と言っています。何がすごかったのでしょうか?
 宮子も笑って応じていましたが、なんとなくその笑みはこわばって見えました。実は宮子もちょっと怖かったのかもしれませんね。
 桃ちゃんはまたぬいぐるみを噛んで子供たちをにらんでおり、私がいくら早まるなと話しかけても生返事をするばかりでした。
 やがて、孝一のお母さんが最後のペアを呼びました。彼女は見送りと出迎えの係りのようです。
 境内にヒロと、美緒とバックを抱えた孝一が出てきます。
 ぴくりと、桃ちゃんが反応しました。
 お母さんに美緒とバックを返し、懐中電灯をいじっている孝一。ちょっとわくわくしているようです。
 ヒロは対照的に黙ってスニーカーの靴紐を結んでいます。何かあったらすぐ逃げられるように準備しているのでしょう。
 私が笑っていると、突然目の前の網戸が開きました。
 硬直して、私は桃ちゃんを見ました。いつの間にそんな技術を身につけたのでしょう。
 桃ちゃんはぬいぐるみを廊下に投げ出して、窓のふちに足をかけていました。
「何……してるの」
 かすれた自分の声に、凛とした桃ちゃんの声が重なりました。
「孝一のとこ行く。ついて来ないで」
 そしてそのまま止める間もなく、桃ちゃんは夜の中へ滑り出て行ってしまったのです。



 私はあわてて窓から飛び降りました。
 ついて来ないでと言われて、それを実行する気は毛頭ありません。
 もうヒロと孝一はスタートし、雑木林の中の、舗装された一本道を歩いています。
 すぐに桃ちゃんを見つけられると思ったのは間違いでした。暗闇と植え込みが桃ちゃんの姿を、虫の声や土の匂いが気配を消しているのです。
 私は歯噛みしました。
 もっと強く止めておけばよかった。もし本当に祟ったら、めぐりめぐって困るのは桃ちゃんだというのに。それなのに。
「笹渕さんって結構実はおとなしい?」
 危機が迫っているかもしれない本人は、のんきにヒロに話しかけています。
 油断なく辺りを見回していたヒロは、裏返った声で応じました。
「そ、そう? そう見える?」
 いや、だってと孝一は笑っています。
「一緒のクラスなったことなかったけど、もっとにぎやかな人だと思ってたからさ。意外に静かでびっくりした」
 怖がって口が利けないだけのヒロは、引きつった愛想笑いでごまかしています。
 私は彼らを少し離れた後ろから尾行するような形で、桃ちゃんを探していました。もうすぐ雑木林が終わってしまいます。
 と、そのとき、孝一側にある植え込みがガサリと音を立てました。
 ヒロと孝一が悲鳴を上げた瞬間、私は舗装された道を外れて砂利の中を突っ切り、植え込みの背後に回りこみました。
 ちがう。
 思わず舌打ちをしてしまいました。
 そこにいたのは桃ちゃんではなく、きょとんとした顔のタヌキだったのです。
「何? 今の何?!」
 興奮している孝一に、息も絶え絶えに答えるヒロの声。
「たた、たっ……たぶん、猫かタヌキ……」
 一拍間をおいて、孝一は言いました。
「ふうん。タヌキもいるんだ……」
 私はきょろきょろしましたが、桃ちゃんは見当たりません。
 立ち止まっていたふたりはまた歩き出します。
 風が出てきて雲が流れ、月が道を照らしました。
「オレもさぁ、昔猫飼ってたんだ」
 孝一の声を聞きながら私は、前方の大きな石の陰に、何かの気配を感じました。
「……そうなの?」
 ヒロの声と同じくらい、私の呼吸も震えていました。どくり、どくりと心臓が早鐘をついています。
 私は音を立てないよう、ゆっくり石に近づいていきます。
 ひどいんだよ、と孝一は鼻をすすりました。
「オレがちゃんと見てなかったせいで、猫が妹引っかいちまったの。オレもつい怒っちゃったんだけど、両親がヒステリー起こしちゃってさ」
 石に近づくにつれ、桃ちゃんの体の一部がはみ出しているのが見えました。
 暗闇に溶け込みそうな、黒い尻尾。
 私は後ろ足を曲げ、呼吸を落ち着けます。
 一瞬だけ月が翳り、薄闇が辺りを覆った瞬間。

「火事があった日の夜、親が勝手にどっかに猫捨てちゃったんだ」

 ぶわりと、桃ちゃんの尻尾が膨れ上がりました。
 私はその尻尾に飛び掛かりましたが、一瞬早く、桃ちゃんは石の上に駆け上がっていました。
「お母さんが……!」
 桃ちゃんはそうつぶやくと、逆立った毛をぶるりと震わせ、来た道を全速力で引き返していきます。
 私はうなると、駆け出しました。
「なぁ、同じ猫飼いとしてどう思う?」
 という、泣き声に似た孝一の声を聞きながら。


 砂利を蹴るたびに心臓が跳ね、冷たい風が私の毛並みを叩いていきます。
 風に吹かれて夜が一瞬月に照らされ、青白く光り。
 また雲が出ては、闇になり。
 色を変える夜の中、桃ちゃんはその身を周囲に溶け込ませ、孝一のお母さんのところへ躍り出ました。
 雑木林の入り口。退屈なのかぐずる美緒を、童謡であやすお母さん。
 その背後で、桃ちゃんが緊張と怒りに身を震わせながら、呼吸を整えています。
 私は砂利を蹴って、思い切り跳躍しました。
 私に気がついた桃ちゃんはよけようとしましたが、間に合いません。
 体当たりしてそのまま一緒になって転がると、応戦しようとする桃ちゃんの首根っこに噛み付いて、そばにあった植え込みに引きずり込みました。
「え……っ? 何? 今の何?!」
 怯えたお母さんの声に、美緒の泣き声が重なります。
 なおもお母さんに牙をむき出す桃ちゃんを見て、私は自分の尻尾を地面に叩きつけました。
 砂利がはじけ飛ぶ激しい音に、お母さんは悲鳴を上げました。
 美緒を必死に抱きかかえて、本堂へ逃げていくお母さん。それを見て桃ちゃんが叫びました。
「何で邪魔するのよ!」
 私は桃ちゃんを放し、フーッと威嚇しました。
 桃ちゃんはひるみましたが、退きません。震えながらも、私をにらみつけています。
「何でじゃないでしょう。自分の居場所をなくしたいの」
「だって……!」
 勝手に捨てられたんだよ! と桃ちゃんは金切り声で言いました。
「もしかしたら、孝一は許してくれてたかもしれないのに。知らなかったから、あたし、あたし!」
 私は顔をしかめました。
 あの日の夜、誰もいない境内で箱から飛び起き、孝一の名前を呼び続けていた桃ちゃん。
 悲しくて涙を流せるものなら、泣きたい気分だったでしょう。
 でも現実には、私たち猫は悲しいからといって泣けないのです。
 目に激情を浮かべ、喚くだけ。
「何であたしの居場所を奪った人に、復讐しちゃいけないのよ!」
 桃ちゃんは悔しがるように、右前足で砂利を蹴り飛ばしました。
 飛んできた砂利をかわし、ごくりと唾を飲んで私は言いました。
「それで今の居場所がなくなるかもしれないから」
 ざぁぁ、と木が大きくざわめくほどの風が吹きました。完璧に雲が取り払われ、美しい星空が見えます。
 青白く照らされた桃ちゃんの表情は、凍り付いていました。
「私、言ったよね? お父さんだって迷惑だったら追い払っちゃうかもしれないって」
 私の言葉に、ひくりと桃ちゃんの口が動きます。そんなこと、と言いかけて、口を閉じてしまいました。
 私だって、そんなことをお父さんがするとは思えません。思いたくもありません。
 自分も家族の一員だと、信じていたいのです。
 桃ちゃんを脅すために言った言葉に、自分自身が怯えてるのだと私は気づきました。
 私は震える声を励まして、言いました。
「今お母さんに何かして、怪我させたらそれはお寺の責任になっちゃうんだよ。昔の家族のために、今の家族を悲しませるの?」
 桃ちゃんは徐々に、うつむいていきます。下を向けば、そこに答えが埋まっているとでもいうかのように。
 やがてしおれた顔で、桃ちゃんは答えを掘り当てました。
「……家族だったら、追い払わないはずなのに……」
 私は跳ね上がった鼓動を抑えるため、大きく息をつきました。
 桃ちゃんは悲しげに耳を伏せてます。
 しばらく考え込んでいましたが、ふいに悟ったように、静かな声で言いました。
「……たぶん美緒を傷つけた時点で、お母さんたちにとっては、あたしは家族じゃなくなったんだ……」
 その言葉は私を刺して、見えない血痕を残していきました。
 自分もお父さんたちと家族じゃなくなることが怖いのだと、その血痕は示していたのです。
 心の奥底で、しっかりと。


 砂利を踏む音が聞こえ、私たちははっとして振り向きました。
 とたんに人工的な光が目に入ります。お父さんが懐中電灯で、こちらを照らしていました。
「いつの間にこっちに移動したんだ。おいミケ、桃ちゃんいじめんなよ」
 お父さんはしゃがみこんで、桃ちゃんを拾い上げます。桃ちゃんはしょんぼりと、されるがままになっています。
 きっと孝一のお母さんに言われて、お父さんは様子を見に来たのでしょう。
 お父さんは私の頭から、尻尾の先までをするんと撫でました。二股になりかけた尻尾の先に触れ、笑いながら言います。
「本当にお前、しゃべれたらいいのになぁ。オレが爺さんになる頃には、なんか言えるかな?」
 私は耳を伏せ、ニャアと返事をしました。
 私だって人の言葉をしゃべりたいし、聞きたいのです。
 これからも、家族でいていいのかと。
 しかしそうなるためには、時が必要でした。尻尾が完全に割れるまで、もう少し。
 お父さんは私をもう片方の手で抱き上げると、自宅の方へ歩き出しました。
「聞いた?」
 桃ちゃんが、私にしか通じない言葉で言いました。
 少しだけ、しょげていた耳が持ち上がっています。
「今の、爺ちゃんになるまで一緒だってことだよね?」
 私はちょっと目を見張ってから、苦笑しました。お父さんはなんとなく言ってみただけだと思います。
 それでも桃ちゃんの捉え方に、私は少しだけ気持ちが軽くなったのでした。

 お父さんは自宅の玄関で私たちを解放すると、戸を閉め、境内から本堂へ帰っていきました。桃ちゃんがそのまま、本堂へ続く廊下へ歩き出したので私も追いかけます。
「どうしたの?」
 桃ちゃんは目だけを光らせていました。
 その目に先ほどのような激情はなく、ただ寂しそうな色が浮かんでいます。
「本当に、私が孝一の家族じゃなくなったのなら、返したいものがあるの」
 桃ちゃんは歩き回った末、あるものを見つけて顔をうずめました。
 いつも持っていた、孝一からもらったウサギのぬいぐるみです。
「孝一に?」
 私が尋ねると、桃ちゃんはくぐもった声でちがうと言いました。
「お母さんに」
 桃ちゃんはそう言うと、顔を上げました。
 その拍子に、ぼろぼろ飛び出るぬいぐるみの中綿。
「バックの中にこっそり入れちゃおうと思うんだ。……こういう形の復讐は、ダメかな」
 泣き笑いのような表情で、桃ちゃんは私に問いかけます。
 私は目を伏せ、しばらく考えたのち、それでいいの、と聞きました。
 静かな目で、桃ちゃんはゆっくりうなずきました。


 私たちはまた窓から外へ出ました。
 本堂から境内へ、お父さんと子供たちが出てきています。全員で、最終ペアを出迎えることにしたようです。
 子供たちが全員で払ってからも、保護者はすぐ出る様子がありません。
 私たちは一番端の入り口から、本堂を覗き込みました。
 孝一のお母さんは美緒を膝に乗せ、誰かのお母さんとこれから配るお菓子のことについて話をしていました。
 バックは背中側に置かれています。
「話に夢中みたい。行って来る」
 そう言って桃ちゃんが本堂に入ろうとしたとき、派手な悲鳴が聞こえました。
 ヒロと孝一が、絶叫しながら境内へ走りこんできます。
 境内にいた子供たちも驚きましたが、本堂に残っていた保護者も何事かと外に注意を向けました。
 お母さんが、美緒を抱いて飛び出してきます。あ、チャンス。
 その場に残されたバックに桃ちゃんが駆け寄ったのを見届けてから、私はヒロに歩み寄りました。
「ああ、ミケ。オレ死んじゃう」
 ヒロは一息にそう言うと、汗ばんだ手で私を抱き上げました。ぜいぜい息をつく彼は動悸も激しく、ひどく震えていました。
 孝一はヒロより落ち着いているようですが、それでも短い呼吸を繰り返しながら、額の汗をぬぐっています。
「お疲れ。ちゃんとお札取ってきたか」
 にやりとするお父さんに、孝一がお札を差し出しました。
 じゃあ、お開きにしますかというお父さんの袖をむんずとつかみ、ヒロは怒りの抗議をしました。
「危ないじゃん火の玉なんて! かっ、火事なったらどうすんの?!」
 ぽかんと、お父さんは口を開きます。
「なんだそれ。言っただろ、脅かし役はいないって」
 ええ? と道を見張っていた保護者たちが言いました。
「私たちも見ましたよ」
「笹渕さんがあらかじめ、何か仕掛けてたんじゃないんですか?」
 何もしていないとお父さんは横に首を振りました。驚いた表情から、うそではないのだなと私は思いました。
 ざわめきは子供たちにも広がっていきます。私も、オレも見たと徐々に皆が青くなっています。そんな中で、宮子が鳥肌の立つ腕をさすりながらやっぱりとつぶやいたのが聞こえました。
 ヒロはがちがち歯を鳴らしながら、きつく私を抱きしめます。苦しい。
 大人も子供も大混乱になる中で私は、女の子の笑い声が聞こえたような気がしました。


 一人、また一人と帰っていく子供たち。
 だんだん人気がなくなっていく境内を見ると、さっきまでの騒ぎがうそのようです。
 ヒロはまだ私を抱えたまま、本堂へ入る階段に座り込んでいました。さっきまで口も利けぬほど震えていたヒロですが、今はずいぶん落ち着いています。
 そこに、孝一がやってきました。
「あのさ、また今度でいいんだけど」
 言いづらそうに、孝一は言いました。
「火事の日に拾ったっていう猫、見せてもらっていいかな」
 ちらりと、遠くで待っているお母さんを横目に見ています。
 ヒロは肝試しの最中に、桃ちゃんを拾ったことを話していたようです。にっこり笑ってうなずきました。
「いいよ。いつでも来なよ」
 それを聞くと、孝一はうれしそうに笑いました。ヒロに許可を取って私のあごを撫でると、手を振っていってしまいます。
 私はヒロの腕から抜け出して、桃ちゃんを探しました。あ、いた。
 桃ちゃんはこの前のように、仏像の陰に隠れていました。片目だけを出して、こちらを見ています。
 いいの? とここから聞くと、桃ちゃんは少し間を置いてからこくりとうなずきました。
 私はヒロに背中を撫でられながら、孝一とその家族を見送ります。
 中綿の出たぬいぐるみが入っている、お母さんのバック。
 それは祟りとも復讐ともつかない、ささやかな悪意でした。
 見つけたお母さんはどういう反応をするのでしょうか。怖がるのか、不思議がるのか。

 桃ちゃんが家族だったと、思い出してくれる日はあるのでしょうか。

 そうあればと思いながら、私はヒロの胸に頬を寄せます。
 穏やかな鼓動を耳にしながら、私は祈るように目を閉じたのでした。 

作者コメント

2011年夏祭り企画投稿作品です。
▼ルール
【枚数】 
 30~60枚
(鍛錬投稿室のカウンターで、12000文字~24000文字まで)

【お題】
 君といたあの日
 初恋
 ささやかな悪意
 残酷な奇跡
 ひと夏の思い出
 何の役にも立たないもの
 秘密基地

 上記の7つのお題から、2つ以上を作中で表現する。

【使用したお題】 
 初恋・ささやかな悪意

【一行コピー】 
 失くしたくない、居場所がある。

【作者コメント】
 ま……間に合った!運営関係者の皆様方、お疲れ様です。
 久しぶりの投稿です、こんにちは。
 ほのぼの系のなんちゃってホラーファンタジーです。
 お楽しみいただければうれしいです^^

著者のブログ 「ヨルダ」

2011年08月14日(日)15時35分 公開

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感想

あかん子さんの意見 +30点

 こんにちは。執筆お疲れ様です。
 拝読いたしましたので感想をば。

【全体】
 やられました。お上手ですね!
 全体的に良くまとまっています。理不尽に感じることなく、気持ちよくやられた感じです(笑)

【お題】
 特に違和感なく盛り込まれていたと思います。

【文章】
 独特の語り部口調が作品に良くマッチしています。
 とても読みやすく、好感の持てる文章でした。

【ストーリー】
 ほの悲しい幽霊ものだと思いきや……という所ですね。誘導の仕方が実に巧みでした。
 肝試しのオチも良かったです。
 ただ、トリックとそのオチは良かったのですが、前半で幽霊物に心を動かされて「切ない気持ち」を抱いていた分、タネを明かされて気持ちがフラットに戻ってしまったのが残念な所。
 エンターテイメント的に面白い作品ではありますが、心に残る物ではなかったな、というのが正直な感想です。

【登場人物】
 兄妹の性格やその父、桃や語り部、孝一に至るまで良くキャラ別けが出来ていました。
 これは凄い良かった。
 特に宮子のキャラが良かった。それだけに兄妹のやりとりをもっと読みたかったです。

【総評】
 総じてレベルの高い娯楽作品に仕上がっている。
 その反面、前半で予感させた心を動かされる展開が無い点が残念。

 それでは、これからも執筆頑張ってください。
 拙い感想失礼しました

六十 七子さんの意見 +20点

 むとう、と申します。簡単ながら感想を申し上げます。

 物語の語り方が非常に共感しました。視点の広さを感じます。切々と訴えてくる文章作りは、断定的な言い回しに比べると柔らかで穏やかでありながら説得力があります。朝の連ドラのナレションの人みたいな、、「ああ、そっち言っちゃ駄目」みたいな言い回しが、面白いです。
 展開と収束も非常に纏まっていて上手いと思います。最初、ヒロと宮子の会話から始まり終始穏やかでありながら、「これからどうなるんだろう」という期待を失わせない文章作りが上手いです。

 テーマの取り扱いに関してはちょっと疑問符。
 居場所、がお話の中央部に存在するはずなのですが、復讐の達成と人と人とのすれ違いがメインのストーリーラインになっているため、着地点で「居場所を失いたくない!」という訴えが響いていないように思えます。
 居場所の定義づけ。主人公が居場所をどれだけ愛おしく思っているか。等々、様々なアプローチがありますが、ぬいぐるみをちぎってみたりする桃ちゃんのインパクトに負けて、所々感じさせるテーマの歩み寄りが薄いので、御作の読後の印象に影響を与えている、と考えます。
 居場所は人と人との繋がりで作られる、ということが御作から感じられます。特にネコは場所に付く生き物。人との絆を色濃くするには少し、その一般論にもアプローチする必要があるかも知れません。
 申し上げにくいですが、一部設定を取り上げずに保留している事項がありますが、それが必要だったのか、が上記の私の独断と偏見を考慮すると、あんまり効果的じゃなかったんじゃ無かろうかと考えてしまいます。甚だ出過ぎたことを申し上げ、すみません。でも、洗いざらい説明してからじっくりテーマを話していけば無理のない展開も出来るんじゃないかな、と思いました。
 個人的意見を失礼しました。

 では、失礼します。

シーマーさんの意見 +30点

 初めまして。
 早速ですが感想を。

 なるほど、この発想は無かった。独特の語り口で、とても不思議な気持ちにさせられます。優しい昔語りを聞かされている印象で、心地が良かったです。
 無粋ですが、既存のタイトルで言わせて貰えば、湊かなえ先生の告白が近いのかなと思いましたが、違いましたね。もう一人の先生の名前が浮かびました。
 ネタばれを含んでしまうので、流石にそれは控えておこうと思います。
 大変興味深い書き方でした。
 
 で、内容に関してですが、やられました。
 私はこのようにミスリードさせる作品を書けないので、それに順ずる物を書く際には、是非とも参考にさせて頂きたいと思います。勉強になりました。

 いつもはもっとふざけた感想を残すのですが、これ以上、私からは特に言う事はありません。
 素直に良作だと思います。
 有難う御座いました。

ボギーTさんの意見 +30点

 どうも。ボギーTです。
 読ませて頂いたので、少し感想を。

 文章もお話作りも非常にお上手です。素直に感心しました。

 ミスリードを誘う展開、見事です。作者様自身が読者に対して「ささやかな悪意」を持って書かれたかのようです。いや、悪戯心かな?

 それぞれのキャラというか、登場人物たちもきちんとたってますし、実に短編の尺に相応しい完成度の高い作品に思えました。

 何より語り部の柔らかなで優しい語り口。心の広さを感じさせ、ほのぼのさせますし、作者様の人間性を感じさせます。
 さぞ年季の入った……いや、失礼。かなり手練れていらっしゃる方だなぁ、と。

 とまぁ、特段ケチつけることもないのですが、地味で尖がってない分、ラノベというよりも、小学校高学年向きの児童文学のイメージなのかな?とも。

 と適当に述べました。まぁ気にしないでください。
 でも良質なお話で、好感持てました。

 良い結果が出ることを。今後も頑張ってください。

ひながたはずみさんの意見 +30点

 ひながたはずみと申します。拝読させていただきました。折角ですので感想など残させていただければと思います。

 ですます口調の一人称……お見事でした。とても作品にマッチした文体でした。

 設定への誘導もお見事でした。やられました。

 小学校六年生の男の子たちがお互いをさん付で呼ぶでしょうか……?君付けの方が自然なような気がしました。

 意外と登場人物が多いのに、きちんとすべてを把握でき、かつ自然に人として動いている点は本当に素晴らしいと思いました。

 お題ですが、初恋……?桃の、ということでしょうか?ちょっと弱い気がします。ささやかな悪意はお見事でした。

 それでは、素敵な時間をありがとうございました。

兵藤晴佳さんの意見 +30点

 拝読いたしました。兵藤です。

 独特の語り口が、ファンタジーの雰囲気を醸し出していました。これは、まねできないなと思います。
 「私」が何者かは、大雑把に見当をつけていましたが、こうきましたか、やはり。ただし、それならば、それらしい所作をちらりちらりと見せてほしかったと思います。
(桃ちゃんがどうやって縫いぐるみを持ち歩いているのか、など。)

 夏の夜の、ちょっと怖いがほのぼのとした幻想譚、とでも言いましょうか。

 楽しませていただきました。ありがとうございました。

akkさんの意見 +30点

 『そこに、居場所があるなら』読ませていただきました。akkと申します。
 至らぬ点もあるとは思いますが、感想を書かせていただきます。よろしくお願いします。
(※この感想はネタバレを含みません。安心して目を通してください)

・タイトル一行コピー
 タイトルにあまり惹きつけられることはなかったのですが、面白いとのうわさを聞きつけ読みに来ました。一行コピーも含め、旅とかをする話なのかなとなんとなく思いながら読み始めました。
 読後、作品の雰囲気には合っていますが、少々地味なのがもったいないタイトルだと感じてしまいました。

・お題(◎○△×)
○初恋
 桃ちゃんの初恋

◎ささやかな悪意
 ぬいぐるみ。

 復讐することがささやかな悪意なのだろうと踏んで読んでいた私にとって、
 ぬいぐるみの使い方はまさに『ささやか』でよかったです。

・感想
 先に言っておきますが、とある一言が言いたいがために感想を書きます。
 これは幽霊の一人称なのか……!霊感とか言ってるし!
 という冒頭から、ぐいっと興味を持っていかれました。
 しかも一人称が何気に心地よく、全てを語らずとも、兄妹の雰囲気が掴めて素敵です。

>大きな石の陰に
 岩の方が良いような……。というところではありましたが、これはある意味伏線のようなものなのですね。わかった瞬間に「ああっ!」となりました。
 そういえば、幽霊なのに、扉開けられるとか、ぬいぐるみ持てるとか、まぁ幽霊にも種類がありますし、ライトノベル的な何でも設定とかで乗り越えているのだろうと考えていました。
 後半です。

>「火事があった日の夜、親が勝手に――
 ここですね。これは――!?完全に騙されました!
(もしこの感想を読んでいる方がいらしたら、ぜひこの騙された感を味わっていただきたいですね!)

 さて読了しました。
 以下、少々気になった点です。

>宮子と同じ年頃の女の子が、
 これは少しアンフェアですかね。。。

 『岡崎さん』『笹渕さん』と呼び合っていることに違和感を覚えました。小六男子同士がさん付け……。○○君か、呼び捨てにすると思います。一瞬、女子だったか?と思って、読み返しました。

 完成度が高くあまり文句のつけようもないです。作者様のコメントにもあるように『ほのぼの系のなんちゃってホラーファンタジー』でした。看板にウソ偽りなし。
 これは一つの完成形でもあるように思えますので、今後もクオリティーを落とすことなく良い作品を生み出していってもらいたいと思いました。

 以上でございます。
 執筆お疲れ様でした。少しでも参考になりましたら幸いです。
 あまり役に立たない感想になってしまいましたね。すいません……;
 拙文、失礼いたしました。ではでは。

lieさんの意見 +30点

 この度は2011夏祭り企画にご参加いただき、誠にありがとうございました。
 lieと申します。ささやかではありますが感想を残したいと思います。
 尚、以下の内容については取捨選択をお願いいたします。

●文章
 誰の一人称なんだろう?と気になって読み進めていましたが、なるほど……うまくやられた、という気がしました。
 語り口も軽妙かつほのぼのとしていて、一気に読ませてもらいました。

●構成
 ある兄妹を見つめる私と桃の物語……その正体については盛大なネタバレなので書かないことにします。この作品を読む面白さが半分ほど失われてしまうと思いますので。
 用意されていたミスリードに綺麗にハマってしまい、思わずおお!と唸ってしまいました。具体的には、火事があった日の夜のくだりですね。
 お話の下地となる技術レベルが非常に高いと感じました。キャラの描き分け、特に兄妹のキャラ付け、私と桃の叙述トリック、筆力、構成力などなど、色々な面で物書きのお手本となる一作だったのではないでしょうか。
 タイトルを見返すとじんと来ました。居場所、という言葉が切ないですね。
 本当に、強いて言うなら前半部、主人公の正体がずっと明かされないことにもやもやして、もしかしたら途中で引き返してしまう方がいらっしゃるかもしれません(兄妹の掛け合いがよく出来ているので、自分はそこまで気にならずにさくさく読めましたけど)
 ……むう、トリックのネタバレをしないと決めると、意外に感想に書くことが少なくなってしまうものですね。それだけ本作は文句のつけるところがない作品だったということなのでしょう。
 面白い作品に出会うことができて良かったです。本作に出会えたことに感謝したいですね。
 ありがとうございました!

●人物
 皆素晴らしい。
 兄妹の雰囲気が素敵ですし、私や桃の思いにもなるほどなあ、と頷かせて頂きました。
 小学生男子同士で「さん」付けで呼び合うかな?とは思いましたが……w

●お題
 企画作品中、自分が読んだ中ではトップクラスに「ささやかな悪意」の使い方が上手かったです。見事でした。


 感想は以上です。
 拙い内容ですが、これが何かしら作者様のお役に立てば幸いです。
 最後にもう一度、2011夏祭り企画にご参加いただきありがとうございました!

長堀あなさんの意見 +30点

 こんばんは、長堀と申します。拝読させていただいたので感想を少々。

 心地よい語り口に対して「盗み聞き」や「祟る」などの暗い言葉、最初から興味を引く冒頭で引き込まれました。
 割りとすぐ語り手の正体は想像ついたのですが、別段マイナスポイントではなかったです。
 個人的に好きなシーンは、宮子とヒロが肝試しを止めさせるためにお父さんと話す場面。二人の反応がいじらしかったです。派手に泣かない分、余計真実味がありました。そのあとの、お父さんの「盗み聞きしてたな」もいいですね。ちゃんと冒頭の下りを維持している、作者様の目配りに頭が下がる思いでした。


 一番気になったのは、ラストの居場所や家族について語り手が桃ちゃんに訴えるシーンでしょうか。
 前述のお父さんと語り手が触れ合う場面くらいしか、語り手が家族を思っていることを伝えるシーンがなく、桃ちゃんに至っては孝一への思いを忘れずにいることは判っても、いまの家族を家族として認識しているように思えませんでした。(読み込み不足だったら申し訳ないです)
 なので、昔の家族への執着のために、いまの家族を失うような行動を取るべきかどうか、桃ちゃんに語り手が迫るのですが、桃ちゃんがすぐ諦めてしまうのに、納得が行かなかったです。逆に悪くいうと、「お行儀よく収めてしまったな」と。

 あと、いくら広くても同じ町内ならば、桃ちゃん孝一を見つけられたんじゃないか、と考えちゃったのは重箱の隅すぎるツッコミですね。
 既出ですが、小6の男子同級生同士が「さん」付けで呼び合っていたのに違和感を覚えたのにも一票。実は女だったか、伏線か、と悩みました。(ヒロって女の子のあだ名にもできますし)

 うーん、無理矢理いちゃもんつけるような感想になってしまいました。
 完成度高くてあまり私がどうこう言える作品ではない、というのが本音です。実際、初日に読んでいたのですが、自分の中で感想まとめるのにこんなに時間かかってしまって。
 選択したお題が一緒だったので、なおさら……ささやかな悪意の使い方、本当に素晴らしかったです。
 嫉妬混じりの意見のため、適当に流していただけるとありがたいです。


 では、執筆お疲れさまでした。ありがとうございます。

。。。さんの意見 +40点

 はじめまして、。。。というものです。
 企画に投稿したら感想を7つ貰ったので7作ぐらいを目標に感想を書こうと企んだらたまたま本作が目に止まったので感想を書かせて頂きます。
 なんの実績もない素人が書く感想なので、的外れだったり意味不明だったりする箇所が多々あると思いますが、そのような時は「オトナの対応」でスルーして頂けるとありがたいです。
 ではでは、感想に移ります。

■この作品を友達にひとことで紹介するなら?
 「とりあえず読んでみろ。つまらない作品じゃないから(ニヤリ」

■物語の構成について
 本作は読者の誘導がとても上手で、作者さんの仕組んだ罠のことごとくに引っかかった自信があります。
>私としては、ばれるたびにドキドキして不整脈が起こりそうですが。
 作中から引用した一文ですが、上記みたいな箇所で「この表現は高度なギャグだな。緩いノリでいいね」とにこやかに読み進めていたら後半で発動する時間差式のトラップの一種だったりと、敷き詰められた地雷の設置場所といい起爆タイミングといい、最初からトラップを主目的に設計された作品の印象を読後に受けました。

 あと特別に褒めておきたいのが、読んでいる最中に違和感を覚える部分の優秀さ。
 上記で引用した箇所もそうなのですが、本作の文中には以下に引用して例を出すと
>前方の大きな石の陰に、何かの気配を感じました。
 など「この表現には違和感があるなぁー」と思わせる箇所が散見されたのですが、その違和感が逆に記憶のアクセントになっていたのか読み流して忘れることなく、後半で地雷が起動するたびに「ヤラれたぜェ!」と、心地良い感覚を味合わせて頂きました。

 この「文中だと少しおかしく感じる違和感」が、後半に仕組んだ罠が起爆する時に「実は伏線を張っていた」ことを読者に思い出させる効果(アクセント)として、作者さんが狙われたのか狙われていなかったのか機能していたと思います。
 ここは特別褒めておきたく、またいつか真似(パクリ)たいと思える部分でした。

■文章について
 ほんわかーとした優しい感じの一人称で、とくに読むのが辛いと思える部分はないスラスラ読みやすい文章でした。
 特に引用して褒めたりはしませんが、読んでいる最中は「漢字とひらがなの使い分けが」とても上手だと思いました。

■総評
 非常に完成度が高い、老若男女を問わない幅広い世代の方に楽しんで頂けそうな万人向けの小説でした。
 小学校高学年ぐらいの人でも楽しんで読み終われそうな、わかりやすく毒のない小説でしたね。
 読者として正直にコメントさせて頂ければ「面白い!」という読後感より「上手ッ!」という読後感を感じた、読者を騙す小説を書く際のお手本のような作品でした。
 ストーリー面で評価するとわりと地味でさほど面白くはない「あらすじだとツマラン作品」だとは思いますが、読んでいる最中に本作の最大の魅力である心地良い驚きを感じることが出来れば、それはマイナス評価として見るものではないでしょう。
 ただ本作みたいな作風だと、推理小説以上にネタバレが読者が感じる娯楽を減退させてしまうのが怖いところ。
 読後に本作のひとこと感想を友達に紹介するノリで書こうと思った時、ふと思い浮かんだそんな危惧が、最初に「■この作品をひとことで友達に紹介するなら?」で「とりあえず読んでみろ。つまらない作品じゃないから(ニヤリ」という具体的な作品内容を紹介しないコメントにした理由になります。

 といわけで、この作品はこの作品でもう完成していると思うので読了報告という名の感想は此処で終わり。
 上から目線の指摘の数々に怪しい所がありましたら、適当にスルーしていただけると幸いです。
 気になる得点に関しては、ストーリはどうのこうのとかめんどくさいことはせず読後の第一印象からつけさせて頂きました。

 ではでは、失礼します。

makkuxさんの意見 +50点

 私はあなたになりたい、というのがまず最初に抱いた感想でした。
 いやいや、拝読させていただきましたよ。もうね、こうね、うん……最高です。

 伏線の張り方、明かし方、場面、表現といったものが凄く素敵で、幽霊だと思ったら幽霊じゃないとか、人間だと思ったら人間じゃないとか、もうあれです、私はあなたになりたい、もう本当にね。
 プロットの綿密さといい、全体の構成がしっかりしている部分といい、私はこの作品を誰かに読ませたいなと思う次第でございます。

 また、お題の使い方も上手く、各キャラの役割がはっきりしていて素敵だなあ、と思いました。残念な部分があるとすれば……あれ、なかった。
 振り込めない詐欺というものがこの世にはあるそうですが、今まさに私はそういう思いを抱いているわけであります。

 叙述トリック(っていいましたっけ?)ばかりが目立っているように思えますが、主人公の優しさ、孝一君の気持ちといった各々の心情のあり方について凄く書き込んだんだなあ、と思わせる感じが凄くいいです。
 言葉なんて必要ありません、本当に素晴らしいと思いましたから。

 ……で、これはいつ発売される作品なんですか?詳細情報がありましたら教えていただきたいです。買いますので。こういう作品、大好物でございます。