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ナインスゲート
スペインの稀覯本狩猟家コルソは、 ある富豪に中世に出版された奇書『九つの扉』の真贋鑑定を依頼されるがその矢先、 友人が出版社オーナーから購入した『三銃士』第42章の肉筆原稿の調査も頼まれる。 その後、オーナーは自殺し、コルソも何者かに襲われる。 彼はポルトガルのシントラ、パリに飛び調査を進めるが、周囲で殺人が次々と!! 悪魔を呼び出す呪文が描かれた奇書には恐るべき秘密が隠され、それが現実に…。 映画化原作。オカルト・ミステリーの傑作。
……と、言い切りたいほどの面白さ。 なお、この作品は1999年にロマン・ポランスキー監督、ジョニー・デップ主演(表紙です)で、 映画化されております。こちらも必見です。 『GOSICK』のロストマンさんの書評と似てしまいますが、 実は私もミステリーはあまり読んでいませんでしたし、好きでもありませんでした。 理由も同じく、ありきたりな雰囲気を持っているからです。 ただまったく読まなかったというわけでもなく、オカルトなどのサブジャンルが入ったものか あるいは映画の原作などはある程度読んでおりました。 本書『ナインスゲート』を知ったのも、オカルト色が強くなった映画版の存在と、 クトゥルフ神話に影響を受けた作品らしいという事を知ったからこそです。 読み始めてまず感じたのは、文章もそうですが、それだけではない全体的なレベルの高さでした。 そしてその次、読者はとてつもない量の小説や戯曲や映画の情報量に襲われ、 この作品を読み解くのは大変そうだという事を知ります。 こういっている私も、途中で映画を見てしまいました。 この作品の世界に入りこむのは、その独特な書き方とうんちく話のせいで、 少々難しいかもしれません。 ですが一度入り込んでしまえばあとは楽々で、一日に五〇ページほど読んでしまうことも。 先に述べた通り、私はミステリーの定石な展開が好きではありません。 なのにこれを読めたのは、まさに先の読めない、 悪く言えばわけ分からないとまでいえるその展開の面白さ故です。 人物は一癖も二癖もある者ばっかりで、全員とも強烈な個性を持っています。 主人公コルソは一般的なミステリーに当てはめれば、 そんなに個性を持っていない事が多い探偵なのですが、彼はの性格は面白いことこの上なし。 それによって「これからどうなるんだろう?」という気持ちと一緒に、 読者という立場にありながら「さあ、お前はこれからどうするんだ……?」 というような挑発的な態度に自然となってしまい、後半で黒幕発覚の時には 「てめーか、この馬鹿ヤロー」と、コルソの気持ちになって叫びたくなるほど。 「情報量が凄い」というのは、読んでいるとよく出てくる比喩についての事です。 例えば第一章でボリス・バルカンという人物の自己紹介では ぼくの名前はボリス・バルカン。かつて『パルムの僧院』を訳したことがある。(中略)ぼくの書く批評や書評はヨーロッパ中の書評誌や雑誌に掲載されている。(中略)実を言ってなにも変わったことをしているわけではない。とりわけ、自殺が他殺を装うこのごろではそうだ。ロジャー・アクロイド(A・クリスティ『アクロイド殺人事件』の登場人物)の医者が何冊も小説を書き、あまりに多くの人達が鏡に自分の顔を映しながら経験する旋律と興奮を二百ページほどにまとめて出版すると言い張るこのごろだ。 もう一つ。登場人物の一人ウンゲルン男爵夫人ですが、 彼女がかの探偵ミス・マープルに似ていてこんな比喩が、 フリーダ・ウンゲルンはわかっているといった感じのくすくす笑いを抑え切れずにいた。最高潮に達したミス・マープルは、盛んな噂話で大忙しだった。《最近の悪魔のこと聞いた? ちょっとちょっと。ペギーったら、今わたしが話してあげますよ》 など、面白い比喩が満載で、これは元ネタを知っていても知らなくても相当面白いです。 これ以上書こうとするとさらに長くなるので、ここらへんでやめておきます。
映画版ではディーン・コルソとなっていますが、 どちらでも強烈な個性を持った人物である事に変わりはありません。 書中の文章を引用するなら、 物静かにしている時は特にそうだが、時折、彼は実際よりも鈍く臆病な印象を与えることがあった。 男なら煙草を差し出し、ウェイターならワインをもう一杯サービスに注ぎ、 女なら即座に養子にしたくなるような、頼りない感じの男がいるが、彼はそういう部類に入っていた。 その後ほんとうの彼がどんな人間だったかに気づいても後の祭りで、彼を捕まえることはできない。 彼はナイフに新たな印の刻みを入れて、どこか遠くへずらかっている。
挿絵が結構あるものの、500ページはたっぷりと…… それと、やっぱり読み解くのは難しいです。
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ななつのこ
短大生の入江駒子は『ななつのこ』という本に出逢い、ファンレターを書こうと思い立つ。 身辺を騒がせた〈スイカジュース事件〉をまじえて長い手紙を綴ったところ、 事件の“解決編”ともいうべき返事が舞い込んだ! こうして始まった駒子と作家のやりとりが鮮やかにミステリを描き出す、フレッシュな連作長編。 第3回鮎川哲也賞受賞作。
本書は日常の謎派ミステリの一角を背負う加納朋子さんの処女作であり、 代表作でもある作品です。 本書は日常の謎を上手に扱った傑作ミステリです。日常の謎というのは、 (物凄く簡単に述べますと)殺人事件を扱わない日常的な謎のミステリのことです。 本書の優れた点は、パズル性と文学性の融合だと思います。 ミステリはパズル性の強いお話です。 作者が怪しげな技巧を使い、読者に挑戦状を叩きつけます。 故に元来のミステリはパズル性に優れている反面、 「人間が描けていない」と批判を受けまくりました。 でも本書は違います。 謎を日常のレベル(人の心の問題)に下げることで見事に人間を描くのを成功させました。 物語(日常の謎)にあったやわらかくて優しい文章、文体に漂う繊細で温かな雰囲気、 そして菊地健さんによる優しくて美麗なカバーイラスト。 ミステリというよりも純文学を読んでいる気分を味わえました。 とはいえ、ミステリの部分も負けてはいません。 いえ、むしろ上記の要素は日常の謎(こころ)を書くための手段でしかなく、 読者に夢の世界を提供するためだと思います。 本書に登場する十四の謎(事件)は論理的に解かれ、 それらが組み合うことで一つの真実を見出す連鎖的手法(連鎖式)にも美しさがあります。 ミステリだけど文学的で、論理が魔法にみえてしまう、人の心を主題にした傑作ミステリ。 ミステリが好きな方、ミステリが苦手な方、どちらにもお勧め出来る素晴らしい作品です。
安楽椅子探偵の方や物語の鍵を握る少女も捨て難いですけど、 語り手である彼女が一番自然で魅力的だと思います。
本書はシリーズもので、続編に『魔法飛行』と『スペース』という作品があるのですけど、 ミステリの部分(文章による表現能力、謎のレベル、伏線の張り方、 無駄が無い構成、連鎖式の美しさ)ではあきらかに続編に負けています。 それゆえです。 続編の方が優れているということは、前作より成長しているということなので欠点とはいいません。 ですけど、その差が激しいので残念です。
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あれ!? その小説、もしかして105円で売られていない? |
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