戸山逍遥さん一押し!(男性・18歳)
一九九一年四月。雨宿りをするひとりの少女との偶然の出会いが、謎に満ちた日々への扉を開けた。遠い国からはるばるおれたちの街にやって来た少女、マーヤ。彼女と過ごす、謎に満ちた日常。そして彼女が帰国した後、おれたちの最大の謎解きが始まる。覗き込んでくる目、カールがかった黒髪、白い首筋、『哲学的意味がありますか?』、そして紫陽花。謎を解く鍵は記憶のなかに――。
忘れ難い余韻をもたらす、出会いと祈りの物語。気鋭の新人が贈る清新な力作。
2、3年ぶりになんとなく読み返したらやはり面白かったので一押ししに来ました。本当に大好きな作品なので全力で語ります。
ただ、短くまとめるなら、とりあえず読んでみてよ、ってところです。特に、思春期真っ最中の中高生。今風に言えば(本義での)中二病の方。そして、思いっきり打ちのめされてみるのがいいと思います。それが青春だ。
さて、それでは語ります。
著者は言わずとしれた〈日常の謎〉ミステリーの旗手、米澤穂信さんです。『氷菓』をはじめとする〈古典部〉シリーズや、〈小市民〉シリーズで有名ですね。
『さよなら妖精』は彼の、出世作であり最初期の代表作でもあると言えます。
また本書は、もともと〈古典部〉シリーズの完結編として執筆されたものを、大幅に書き換えたもののようです。
ここからは一種のネタバレかもしれないのでご注意を。
彼はどこかで確か、「自分は青春の全能感を書くことをテーマにしている」というようなことを言っていたと思います。
そこにはもちろん、「無能感」も付きまといます。
それはたとえば、〈古典部〉シリーズ第二弾『愚者のエンドロール』における折木奉太郎や、同じく第三弾『クドリャフカの順番』における福部里志にも見られます。
それが強烈に現れているのが本書の特徴です。
それはおいといて。
物語は、いわゆるボーイ・ミーツ・ガールもの。ユーゴスラヴィアから来たマーヤとの出会いと別れが、守屋路行の感傷的な一人称で語られます。
「哲学的な意味がありますか?」
マーヤといることで、世界の新たな一面が見えてくる。小さな謎に答えながら、守屋たちは青春の時間を過ごします。
守屋の内には、とある感情が首をもたげる。
そうしてマーヤがユーゴスラヴィアに帰国した後、最大の謎解き、そして何かの終わりが訪れます。
何かが終れば何かが始まる、というのは必ずしも正しくはないけれど、小説は何かが終って何かが始まる予感、余韻を残して幕を下ろす。
読後、読者を見舞うのは、ある種の虚脱感と戦慄。ただただ途方に暮れるだけかもしれません。
そう、青春です。
終るものは、一つの青春。始まるものも、また青春か。それとも大人になっていくのか。
それは分からないけれど、これも、イニシーエーションだ。
……などと抽象的に煽ってみましたが、つまり本書は質の高い青春小説だ、と言いたかったのです。
当然ミステリーでもありますが、まあ、それはおまけのようなもの。
直木賞作家の道尾秀介さんがどこかで確か、「自分がミステリーを書くのは、読者をだますのが目的ではなく、謎が解き明かされた結果見えてくる光景が、読者に衝撃を与えるようにするためだ」というようなことを言っていたような気がします。
その意味では本書は失敗しています。最大の謎を解いて得られた答えよりも重要な事実を、別の登場人物から知らされるからです。
これでは、推理した意味がありません。
しかし、それも含めて本書は青春小説として完成しているのです。
純文学系の作家高橋源一郎さんがどこかで確か、「「文学」とは何か。それは、あるものとあるものを結びつけることだ」というようなことを言っていました。
それは、そもそも言葉の持つ性質だからです。
推理も、何かと何かを結び付けます。本書では、何かが推理によって一瞬結び付けられますが、それを越える事実が語られることで、徒労に終ります。
結びつけようという行為の切実さとはかなさが同時に立ち現れてくるのです。
青春とは、無駄なことを全力でやるものですよね。
ここからは完全な蛇足。本書の内容とはそこまで関係ありません。
米澤穂信さんが2001年にデビュー作となる『氷菓』をライトノベル系の新人賞に送った理由の一つは、「ライトノベルとミステリーの組み合わせに未来を感じたから」だそうです。
それから十年以上経つと、彼のヴィジョンの正しいところと間違ったところが見えてきました。
ご存知のように、ライトノベル業界ではミステリーと名のついたレーベルは壊滅しました。
ただそれは、ライトノベルとミステリーの相性が悪かったのでありません。そのような小説は一般文芸レーベルで売り出されたのです。
たとえば『謎解きはディナーのあとで』や『ビブリア古書堂の事件手帖』などですね。
後者はメディアワークス文庫なので一般文芸と断定できないかもしれませんが、MW文庫以外にも講談社BOXやノベルスなんかも一般文芸とライトノベルの橋渡し的立ち位置であり、これらのレーベルではミステリーとライトノベルの融合のような作品がままあります。
大衆文芸の多くはすでにライトノベルに飲み込まれつつあるのではないでしょうか。
というよりは、互いに飲みつ飲まれつしているのかもしれませんね。
お気に入りのキャラはいますか? どんなところが好きですか?
思春期真っ只中の守屋も、使命を帯びた異国人マーヤもいいですが、あえて太刀洗万智(たちあらい・まち)ですかね。
ラノベ的に言えば、クールな同級生といったところですが、ラストにさしかかって違う様相が現れます。
切ないなあ。
この作品の欠点、残念なところはどこですか?
文体が少し硬めです。思春期っぽくていいのですが、読書慣れしていないと読みづらいかもしれません。
説明過多の気味があります。ミステリーっぽくていいのですが、ラノベを読みなれていると読みづらいかもしれません。
高校生がたばこを持っていたり、酒盛りをしたりします。別に気にすることでもないとは思いますが、禁煙協会は不服かもしれません。
ミステリーとしての出来は、先にも書いたようにいまいちな点があるかもしれません(「このミステリーがすごい」2005年版20位ですが)。
たしかに、推理パートでは、ちょっと読者を置き去りにしているところがあります。
でも眼に見えるものだけが謎解きではありません。登場人物の行なう推理だけがミステリーではありません。
読者は、語り部の守屋とともに、「そうだったのか!」と思うことがあるでしょう。
いわゆる推理小説からは少し外れていても、確かな青春がここにはあります。
あ、あと、守屋が思春期過ぎて受け付けない人もいるかもしれません。近親憎悪的な意味で。