うーん、俺としてはね。
『idiot JAPONICA 円墳』を肯定するわけでもないけど、否定するほどでもないかなって感じ。
俺が今の日本に感じてる息苦しさとか『気に食わねぇなァ』ってのもそういう所なんだけど、他人の意見や発表に対して一々反応しすぎだと思うんだよ。特に国が。
朝日が『総理大臣のバカヤロー』みたいな記事書いても本屋の店頭に並んでた時代があったし、キヨシローが『二次大戦で俺らは何やったと思う!? 他の国のこと考えようぜ!』みたいなのを武道館で歌っても、別に問題は起こらなかった。勿論、それぞれの時代で『俺はそれは許せない!』って奴がクレームの電話を掛けたりはしたけど、『批判されること』と『中止に追い込まれること』では全然事態が異なる。
勿論、戦後であればドイツ人ミュージシャンが酒場でナチ党ディスったり、核爆弾ネタにした映画をアメリカ人が作って『お前は日本人を擁護するのか!』みたいなことも言われてたけど、でも確かにそういう事はある程度許されていたんだよ。
情報技術が未発達だったとか倫理観が低かったとかじゃなくて、『他人の意見』をある程度尊重する時代がね。たとえそれが自分たちに文句付けるような内容でもさ。
そういう意味で神原さんに言いたいのは、『批判されるべき』じゃあなくて『批判する』か『批判しない』のどちらかで、あるいは『批判する奴がいるかもしれない』で語ってほしいってこと。
言葉のニュアンスの違いなんかじゃなく、『批判されるべき』なんて言い方は良くないと思う。
その上で、正直俺は『馬鹿な日本人の墓』という解釈であると思うし、一側面において日本人は『病気』であると思うよ。事実。
少なくとも、戦後しばしの謙虚な時期なら『俺たちはもう少し反省すべきかもしれない』っていう受け止め方ができたはずだ。
それが正しい解釈とは限らないけど、ただ『それは失礼だろう』と切り捨てるのは余りにも狭量だし、思考放棄が過ぎると思う。
あともう一点。『ここのブログの方の意見は見なくていいです』ってのは、議論をするつもりであれ、意見を言うつもりであれ、言ってはならないことだ。
判断の客観性が云々、と仰るんだとしてもそれは見る側が決める事であって、神原さんの側で調節してしまえばそれは偏向報道の様なものに他ならない。文章も含めて、ちゃんと読ませていただきました。
ご意見ありがとうございました。ただ全体的に、狭量に過ぎると感じました。