やりとりを最初から全部、精読し直してみました。
一つ分かったことがあるので、これで本当に最後にするつもりですがお伝えしておきます。
「比較」という言葉をやや違う意味で使っていたようです。
大野さんは、大きいものと小さいものは比較できるが、大きいものと赤いものは比較のしようが無いと仰っていたんですね?
それに対して私が「比較」と言っていたのは、単に二つ並べて見比べるという意味でした。
持論になってしまいますが、そういう比較にも意味があると思っていまして。
(人間の脳がバグっているかどうかは置くとして)
人間の脳には直列的な論理だけではなく、並列的に一見非論理的とも思える把握ができてしまうという、ちょっと不思議な特徴があります。
この能力は知的生産のための武器になり得ると考えているのですが、他人と議論するにあたっては話がかみ合わない要因になってしまうようなので、注意するべきだったかもしれません。
大野さんの言われていた方が、「比較」という言葉の一般的な共通認識には近いかもしれませんね。
以後、気をつけようと思います。