つまりは、「文法の最小単位」とでもいうのか、いわゆる「形態素(けいたいそ)」を、「スっとばしてしまう」こともなしに読んでゆける、いうなれば「可読性(カドクセイ)に優れた」といったような「文章」が、書ければいいのですよね。
あたかも読者にとっては、どう書かれると、「わかりづらい」のか、それに留意しながらも、「読みやすい(と判断しうる)」のであろう「叙述」を、連ねてゆきたいのです。
そんな文章を書いてゆける「技術」をつけるのには、つねに「考えて」ゆく毎日を重ねるほか、ありません。
普段のシゴトからしても、人と「協働」してゆくからには、必ず「相手」がいますからね。
そもそも「伝える(あるいは、隠す)」のには、どういった表現をしたらよいのか、それを徹底的なまでに、考えてぬいていってください。
いわゆる「漢字」を開くのにしても、そのコツとしてあるのは、文字を連ねることによる「伝達」の、いわば「合・目的性」を適えるため、なのですからね。
なるがゆえ、まずは「その文章」を書いてゆく「目的」をハッキりと定めることが、「第1」にあります。
そのつぎに、日本語における「文法」と文章表記との関係を、つきつめて考えておくことが、「第2」なんですね。
だけれども、この「第2」である「文法と文章表記」は、カナリ難しいので、大変ですよ~!
ジブンは考えぬくのに、かるく「10 年」ほど(あるいは、それ以上だった!)かかりましたからね……。
(^_^;)