>好きなことを追求するにも環境がものを言うと思います。
当然、ものを言いますよ。かと言って、環境だけがものを言うわけでもありません。そこを混同されていないでしょうか?
>返信のほとんどが私には体育会系の根性論に思えます。
いや。そもそも努力=根性だとは誰も言っていませんよ。
このサイトにかぎらず、創作について語りあう場では「努力と才能」「努力と環境」という話題がしばしば持ち上がります。私がわりといつも驚くのは、「努力」という言葉を必要以上に嫌う人がいることです。
しかし、「努力」というのは別に褒めるようなことではないし、逆に嫌うことでもありません。
必要なら努力する。
それだけのことです。
何かほしいものがある。しかし、現状では手に入らない。
そういう時に諦められないなら、何かの行動を起こすしかありません。それが「努力」です。諦められるなら別に努力しなくてもいいのです。
ちなみに行動の仕方には、
1)あれこれ考えて工夫する。
2)がむしゃらに頑張る。
3)誰かの手助けを求める。
4)その他。
など色々あります。2が「根性」ということになりますが、それだけが努力ではありません。(個人的には2のやりかたはあまり推奨しません。考えなしに闇雲に頑張って突き進むのは、他人に迷惑をかけてしまうこともあると思いますから)
>ここには作家になる夢を持った人が集まりますから、生まれや環境を努力で補えないことを認めたくない人が多いのかもしれません。
ちょっとちょっと(笑
なんだか、決めつけるような言い方をされますね?
いや、そうではなくてね。
諦められるのか、諦めたくないのかが出発点。そうシンプルに考えた方がいいんじゃないかという話をしています。
他人を羨むということは、現実的な背景があって心情的には理解できても、結局あまり役には立たない「雑念」でしかないんじゃないかと。
>作家であれば、認めたくない現実を直視しその不幸の渦中にある人に寄り添う視点こそ大切ではないでしょうか。
作家としての視点と仰るからには、小説の題材としてはよいという話になりますが、それでよろしいですか?
それならば同意できます。