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タイトル:カゲプロのパクリをしたい場合の返信の返信の返信 投稿者: あまくさ

>「総合芸術」と一般の小説とでは表現の方法が違うという事でしょうか。

当然違うでしょう。小説には映像と音がありません。確かに、

>小説は読者の想像力に働きかけている分、できないことはないと考えていて、「疑似的な別メディア」というのは小説内で作られた仮想的な映像や音楽のことです。

小説にそういう効果が有ることに異論はありませんが、仮想は仮想です。
小説の表現は文章しかなく、文章は文字という「記号」のみによって成り立っています。その記号の羅列を読者は脳内でイメージに変換するという作業をしていることを忘れてはいけません。それは文章芸術の弱点でもあり、強みでもあります。受け手の感覚に直接働きかける映像や音楽よりも刺激が弱いのが弱点、しかし受け手の脳に「記号をイメージに変換する」という能動的な作業を強いることによって、むしろ脳を活性化させる効果を持つことが強みなんですね。
その結果、読者が受け取るイメージの広がりが映像や音楽からのそれより勝ることも有り得るという見解に同意はします。しかし時として勝ることがあるとしても、文章表現が映像や音楽と質的に異なるということに変わりはなく、小説に実際の映像や音楽が無いという現実も動きません。

カゲプロは、小説がどう頑張っても仮想的にしか持つことのできない映像と音楽の強みを、最大限に活かそうとしているようにみえます。
そういう表現に対して映像や音楽の「まがい物」で対抗できるとは思えません。それよりも文章表現の本来の特質を最大限に活かすことを模索する方が本筋なのではないでしょうか?

本物のカニが手に入らないからカニカマで代用するよりも、新鮮な鮭でも食べる方が美味しいと思いますよ。

>具体的に言えば、例えば「場所を説明する場面」「キャラクターを説明する場面」……といったように、何らかの基準で場面を分類し、その場面を退屈させないために用意する演出部分に比喩や押印といったギミックを仕掛け、場面ごとに読者に与える(絵的、音的)印象を変えることで、クラス分けされた「場面」をあたかも別個のメディアのように扱うことができるのではないか。

具体的ねえ。
正直なところ、???という感じです。観念的に考えようとしすぎていませんか?
失礼ですが、これでは簡単で抽象的な説明が詳細で抽象的な説明に変わっただけで、少しも具体的ではありません。
スレ主様の理論には敬意を表しますが、実践が弱いのでは? ごくオーソドックスな文章表現のテクニックでも、過去形と現在形の使い分けによって読者に臨場感を与えることができるのをご存じでしょうか? 文章の力で読者に(絵的、音的)印象をヴィヴィッドに与えるためには、映像や音楽の模倣なんか忘れて素直に文章本来の技術についての研鑽をつむ方がずっとマシなんじゃないかと思います。

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