ライトノベル作法研究所
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  4. 主人公像の変化公開日:2012/01/31

ラノベの主人公像はなぜ変化しているのか?

 人間は、いつの時代も物語に非日常、無い物ねだりを求めています。
 特に2000年代になってからは、人々の所属欲求の変化が、主人公と彼らを取り巻く環境に大きな影響を与えていると言えます。

 『吸血鬼ハンター"D"』1983年1月発売、『ロードス島戦記』1988年4月発売、『スレイヤーズ』1990年1月発売、『ゴクドーくん漫遊記』1991年6月発売、『魔術士オーフェン』1994年5月発売といった黎明期から1990年代のヒット作の主人公にはある共通点があり ます。

 全員が、組織に所属していないフリーランサーということです。悪く言えばニートです。
 特に共通しているパターンとして、元の所属していた組織を離れて(脱サラ)、フリーランサー化したことが挙げられます。

 『吸血鬼ハンター"D"』の主人公Dは、神祖と呼ばれる吸血鬼の王の息子でしたが、人間との混血児であったためか、その地位を捨てて、ヴァンパイアハンターになります。
 『ロードス島戦記』の主人公パーンは、ヴァリス王国の聖騎士団を辞めて、国家に属さない騎士として「自由騎士」となります。
 『スレイヤーズ』の主人公リナは、生まれ故郷のゼフィーリアの魔道士協会に所属していたものの、姉から「世界を見てこい」と言われて一人旅に出ます。
 『ゴクドーくん漫遊記』の主人公ゴクドーは、もともと冒険者だったものの、後に王子であることが判明。しかし、王子として暮らすことをよしとせず、再び冒険者になります。
 『魔術士オーフェン』の主人公オーフェンは、大陸魔術士同盟の総本山「牙の塔」で育てられた魔術のエリートでしたが、ある事件が切っ掛けで、離反。その後は、非合法の金貸しになります。

 また、『吸血鬼ハンター"D"』の主人公Dには、父親を捜し出すという旅の目的がありますが、それ以外の主人公は特に大きな目的もなく、自由気ままに旅をして、行く先々でトラブルに巻き込まれ、これを解決する。異性の仲間と、なかなか恋愛関係に発展せず、ラブコメ要素が薄いというのも共通点として挙げられます。

 このような主人公像は、1990年代ぐらいまで日本の若者が抱いていた願望「決められたレールを外れて、息苦しい学校や会社から離れて、違う世界を思いっきり冒険してみたい!」を反映していると考えられます。

 かつての日本では、高校、あるいは大学を卒業したら正社員になり、20代半ばから30代になるくらいで結婚して、そのまま定年まで過ごし、その後は年金生活で人生を終える。のが当たり前でした。
 このレールから逸れることなど考えられず、先の完全に見えた人生に内心、退屈しながら、学校や会社に通っていたのです。
 このため、「違う世界に行ってみたいな」「組織の歯車で終わりたくないな」「組織に縛られない生き方に憧れるな」という、リスキーでとてもできない願望を物語に求めていました。

 これは、アニメ『聖戦士ダンバイン』1983年放送、『魔神英雄伝ワタル』1988年放送、『NG騎士ラムネ&40』1990年放送など、普通の少年の主人公が、異世界に迷い込んで勇者として活躍する、「異世界迷い込み型ファンタジー」が活況を呈してたことからも推測できま す。

 恋愛要素が少ないのは、特に努力しなくても自動的に結婚相手に恵まれるので、恋愛のありがた味が、相対的に低かったからでしょう。

 しかし、2000年代に入って、日本社会がそれまでの成長路線から、出口の見えない衰退路線に入ってしまうと、この状況は一転しました。

 『灼眼のシャナ』2002年11月発売、『涼宮ハルヒの憂鬱』2003年6月発売、『とある魔術の禁書目録』2004年4月発売、『ゼロの使い魔』2004年6月発売、『円環少女』2005年8月発売、『バカとテストと召喚獣』2007年02月発売、『聖剣の刀鍛冶』2007年11月発売、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』2008年8月発売、『僕は友達が少ない』2009年08月発売といった、2000年代のヒット作のラノベ主人公の共通点は、

 学生、騎士、公務員など、国家に承認された組織に所属していることです。

主人公が学生
『灼眼のシャナ』
『涼宮ハルヒの憂鬱』
『とある魔術の禁書目録』
『バカとテストと召喚獣』
『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』
『僕は友達が少ない』

主人公が騎士
『聖剣の刀鍛冶』

主人公が学生で、騎士
『ゼロの使い魔』

主人公が公務員
『円環少女』

 また、男性主人公は、基本的にみんな美少女からモテモテ状態です。
 「ラブコメ要素」と「萌え」、というのが作品の重要なキーワードになってます。

 大ヒット漫画の代表作も、主人公が無職の『ドラゴンボール』(1984年連載開始)から、主人公が海賊団のキャプテンである『ワンピース』(1997年連載開始)に代替わりしています。
 ワンピースの主人公ルフィは、旧時代のラノベ主人公のように、その日暮らしで、行き当たりばったりに世界を冒険するのではなく、「海賊王」になるために、「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を手に入れるべく「偉大なる航路(グランドライン)」を航海しています。明確な立身出世を目指しているのです。
 そのために船を手に入れ、優秀なスタッフを揃え、ライバルの海賊団を打ち負かして名を挙げている彼は、『ワンピース』を研究した書籍の類では、ベンチャー企業の経営者扱いされていることもあります。

 これらは、「組織に所属して、安心したい!」という人々の願望を表していると考えられます。

 2012年現在、国民の貧困化、非正規労働化がますます進み、正社員や公務員といった存在は特権階級となっています。また、この特権階級に所属しないと、女性から恋愛対象として見られず、結婚もまず無理という状況です。
 しかも、正社員になったとしも、その地位を維持するのが年々困難になり、長時間労働や果てない自己啓発を必要とするようになってます。

 主人公が学生であることが多いのは、労働環境があまりにも過酷なので「永遠に社会に出ないで、リア充の学生生活を満喫していたい」という願望を反映しているのでしょう。
 学生というのは、労働から解放され、仲間となる同年代の少年少女たちと同じ空間で過ごせて、しかも誰もが経験したことがある、ノスタルジーな身分です。ライトノベルのターゲット層とも合致します。まさに、主人公像として最適なのです。
(ライトノベルのヒット作は、まずメインターゲットである中高生に売れて、その後、他の年代層に売れるという経過をたどります。学園物が流行するのは、中高生だけでなく、その上の年代層にもこれを求める心理があるという証拠です)

 逆に、『ロードス島戦記』の主人公パーンのように、騎士団を辞めて、フリーの「自由騎士」になるなどという物語には、魅力がなくなっているのです。
 給料も出ないのに、その後、どうやって生活するの? 結婚できるの? 歳を取ったら終わりじゃないの? という感じです。全然、憧れません。むしろ、パーンのようになったらヤバイという状況です。
 パーンは現代の感覚で言うと、『自称騎士』であって、ニートと変らないのじゃないかと思います。
(ロードス島戦記のファンの皆さん、すみません)

 それより、『ゼロの使い魔』や『聖剣の刀鍛冶』の主人公のように騎士団に所属しながら、仲間のために戦ったり、世界を救う方が、地に足がついている感じがして安心です。

 なにより、パーンには、ディードリットというエルフの美少女の相棒しか、固定的な仲間がいません。
 『ゼロの使い魔』の主人公サイトは、トリステイン魔法学院に所属しているだけでなく、「水精霊騎士隊」の副隊長という地位にあり、必然的に彼のまわりには、仲間や友達がたくさんいます。
 『聖剣の刀鍛冶』の主人公のセシリーは、三番街自衛騎士団に所属し、実家暮らしをしています。家族、使用人、騎士団の仲間、工房「リーザ」の面々と、独立交易都市ハウスマンの中で、多様な人間関係を築いています。

 同じ女性主人公でも、旧時代のヒット作『スレイヤーズ』(1990年1月)のリナと、『聖剣の刀鍛冶』(2007年11月)のセシリーとでは、基本的な生き方が正反対なのです。

 前者は生まれ故郷を飛び出して、相棒と行き当たりばったりの二人旅、後者は生まれ故郷で暮らしをしながら、騎士団に勤め、世界を滅ぼす魔獣と戦うために工房「リーザ」の面々を始めとした、大勢の人間の協力を得ています。

 2010年にNHKが、単身世帯が増え、人間同士の関係が希薄となりつつある日本社会の現状を「無縁社会」と名付け、これに警鐘を鳴らす番組を放送しました。派遣労働などしていれば、職場がコロコロ変るため、固定的な友達を作れず、必然的にみんな孤独になってしまうのです。

 孤独に暮らす人が多い現代社会(2012年段階)の中で、『ゼロの使い魔』『聖剣の刀鍛冶』の主人公のように、信頼関係で結ばれた濃密な人間関係のネットワークで暮らすことに、憧れを抱いている人が多くなっているのでしょう。

 2000年代のヒット作の主人公たちは、学校や騎士団、帰る家など、自分の生活の拠点となる、『居場所』を持っています。
 帰るべき拠点があるから、安心して戦えたり、冒険に出られたり、まったり暮らすことができるのです。

 2000年代以前は、身分と人生が保証されているのが当たり前だったので、物語の中で異世界の刺激的な冒険を体験した後、安定した現実に帰ってくるという心理の働きがありました。
 現在ではこれが逆転し、物語の中で、安心できる居場所、濃密で強固な人間関係、自分を愛してくれるヒロインなどに癒された後、不安定で過酷な現実に帰ってくる、という流れになってます。

 言い換えれば、「安心できる居場所、濃密で強固な人間関係、特に努力しなくても見つかる結婚相手」が『異世界ファンタジー』、つまり非現実の要素になっているのです。
 逆に、「どこの組織にも所属せず、先の見通しが立たないまま放浪を続け、日々襲い来る問題を解決しつつも階層の上昇は見込めず、隣にいる異性とはなかなか恋愛関係に発展しない」、かつての異世界ファンタジーの要素が、現実になっているのです。

 このような時代に、『スレイヤーズ』『ロードス島戦記』のようなかつての人気作のテンプレートに沿った、「ファンタジー世界を、異性の相棒と二人で、行き当たりばったりの大冒険!」な物語を作ってしまうのは、的外れになります。

 時代が変化していけば、人々の潜在的な願望も変わり、盤石と思われていた人気作のテンプレートも、また変化して行かざるを得ないのです。

漫画界における異世界ファンジーの主人公

 漫画界の異世界ファンタジーの主人公像も、2000年代では、どこかの組織に所属していたり、国家に身分を保障されている人間になってきています。以下、主なヒット作の主人公をあげます。

ドラゴンボール 1984年~1995年
 主人公は、最強の格闘家で、世界を何度も救った英雄ですが、仕事に就いたことがないニートです。
 お嫁さんの家が大変な資産家であるため、世俗的な悩みに煩わされず、思う存分、強敵との戦いや修行に熱中できました。

ベルセルク 1989年~
 主人公は、かつて『鷹の団』という傭兵団に所属していましたが、これをゴットハンドと呼ばれる神の使いによって壊滅されたため、一人で復讐の旅に出ます。
 2012年1月現在でも連載は続いていますが、『鷹の団』壊滅後から、徐々に人気が低迷しだし、完結はほぼ絶望的と見られてします。

ONE PIECE(ワンピース) 1997年~
 主人公は、海賊団の船長。海賊王を目指して冒険をしています。

HUNTER×HUNTER(ハンター×ハンター) 1998年~
 主人公は、国家を上回る規模と権威を誇るハンター協会によって認められたプロのハンター。ハンター協会会員です。
 この世界では、ハンターという職業は、各種交通機関を無料で利用できたり、専用の情報サイトにアクセスできたり、立ち入り禁止区域への出入りを許可されるなど、多くの特権を与えられています。

鋼の錬金術師 2001年~2010年
 主人公は、国家によって身分を保障された国家錬金術師。国家から、多大な支援や便宜を受けられる特権階級にいます。

FAIRY TAILR(ファリーティル) 2006年~
 主人公は、有名な『フェアリーティル』という魔法使いのギルドに所属しています。大勢の仲間に囲まれて楽しそうです。

進撃の巨人 2009年~
 主人公は兵士で、初期は、巨人と戦う技能を身につけるための第104期訓練兵団に所属していました。
 その後、調査兵団に配属されます。

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