ライトノベル作法研究所
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  4. 極限状態での開花公開日:2012/06/15

極限状態に追い込まれると才能が開花する

 才能を構成する要素で「欲求」が最も重要であると「才能があるかチェックする方法」でお話しました。

 実は、この欲求は「楽しくてやりたい」だけではなく、恐怖や危機感からの「やらねばならない」「やるしかない」が動機となっていも同様の効果を発揮します。むしろ、後者の方が才能を引き出す効果が高いです。

 これを利用して才能を引き出す仕組みを作り出し、漫画界の最高峰に君臨した漫画雑誌があります。
 少年ジャンプです。

 少年ジャンプ創刊編集長・長野規の漫画家専属制度についてのコメント

「一人の創作者から、同時に何本もの傑作は生まれない。
(中略)
 そして大ヒットは漫画家がその一作に賭けたときに、生まれる可能性が高い。
(中略)
 貧しい体験と知識からヒット作を生み出させる、これほど適切な制度はないんじゃないだろうか?」
引用・『さらば、わが青春の「少年ジャンプ』」 著者・西村 繁男 第四章・漫画家専属制度より

 漫画家専属制度というのは、他の漫画雑誌で仕事をしてはいけないという、作家の流出を防ぐことを目的にした仕組みです。後発の漫画雑誌だった少年ジャンプが、自社で発掘した有望な新人を他社に取られないようにするために考案した物です。
 また、少年ジャンプは、どんな大御所作家でも読者アンケートで人気が低迷した作品を即、打ち切りにするという方針を取っています。

 このジャンプシステムの怖い点は、読者投票の結果が不人気で連載作品が打ち切りになっても、契約期間中は新しい漫画を描いて他社に移ることができず、当然ながら生活も保障されないことです。

 このため、作家は打ち切りにならないように生活のすべてを注ぎ込んで、必死に作品作りに没頭せざるを得ません。
 結果、全精力を一つの作品に集中させることができ、傑作が生まれやすくなるのです。

 しかし、その代償として作家の心身に与える疲労があまりにも大きく、一作品でその才能を枯渇させた人が続出したため、「作家の才能を絞り尽くし、使えなくなったら捨てる」ということで、非常に悪評が立ちました。
 少年ジャンプの漫画ドラゴンボールには『精神と時の部屋』という、常人であれば気が狂うような過酷な環境である代わりに、一年間修行すると戦闘力を大幅にアップできる空間が登場しますが、ジャンプシステムはその漫画家版と言えます。
 このため現在では、専属制については強要されることはなくなり、だいぶ緩くなっているようです。

 ジャンプシステムは賛否両論ありますが、システム的に才能を引き出すことが可能であることを証明してくれた、という点で非常に意義があったと思います。
 このシステムの有効性を証明する証として、アメリカの心理学者バラス・スキナーは以下のような言葉を残しています。

人間はピンチや逆境にはまりこむと、何とかそれを乗り越えようとさまざまにアイディアをしぼり出す。
そして、これが進歩を生む。
逆説的かもしれないが、プラスの環境に浸っているだけでは退化してしまう。
マイナスの条件の中でこそ成長のパワーが湧いてくるのだ。
アメリカの心理学者 バラス・スキナー

 自分を極限状態に追い込むことで、才能を引き出すという仕組みは、漫画家だけでなく小説家にも効果があるようです。

 例えば、ロシアの文豪ドストエフスキーは、莫大な借金を背負い、出版社から報酬3000ルーブルを前借りして返済するも、残ったお金を賭博で全部使い果たす、という非常にデタラメで追い詰められた中で、傑作『罪と罰』(1866年)を執筆しました。出版社との契約で、『賭博者』という小説の制作も同時並行で行ない、わずか26日で仕上げています。

 失敗したら後がない、やるしかない、時間がない、という極限状態の中で、傑作が生まれているのです。

 1983年に小説『木橋(きはし)』で第19回新日本文学賞を受賞した永山則夫は、死刑囚でした。
 彼は、4人を射殺する「連続ピストル射殺事件」(1968年)の犯人として逮捕され、死刑を求刑されます。
 逮捕時は、まともな教育を受けていなかったため、読み書きもできないような状態でしたが、独学で文字を学んで執筆活動を開始しました。そして、手記『無知の涙』、『人民をわすれたカナリアたち』を発表するなど、商業として流通するレベルの作品を作って、刊行するようになります。彼は1997年に死刑執行されるまでに、6冊の小説を商業出版しています。

 詩や手記を作るようになる死刑囚は多く、おそらくこれから死ぬという状況が、自分の意志を後世に残したい、誰かに自分の想いを伝えたい、という気持ちにさせるのだと考えられます。永山則夫の場合は、印税を遺族に渡すなどして情状酌量をされているので、文学作品を作ることで死刑から逃れられる、という希望から、作品の執筆に励んでいたようです。

 例え、今まで文学などに興味が無くても、死が目前に迫るような極限状態に追い込まれることで才能が開花してしまうのです。

 他にも『グイン・サーガ』、『魔界水滸伝』、『伊集院大介』シリーズなど知られる小説家・栗本 薫さんは、グイン・サーガ44巻『炎のアルセイス』の後書きでこのように述べています。

 私は最近だんだん自分が小説をかくのに向いていないこと、自分で本当にやりたかったのは舞台であって小説ではないこと、ただ生きのびるため、自分を守るために必死で小説を書いてきたのだなあということを自分で理解しつつありますが、グインだけはまったく特別のような気がします。
引用・グイン・サーガ44巻『炎のアルセイス』あとがき 著者・栗本 薫

 コレを読んで、栗本さんが小説を書くのに向いていなかったら、一体誰が向いているというですかね!?
 とツッコミを入れたくなりました。
 グイン・サーガは正伝が130巻、外伝が21巻という世界一長い長編小説で、日本だけでなく世界各国で翻訳された上にアニメ化までされ、累計3000万部以上を売り上げています。
 栗本さんの言葉を信じるなら、彼女は本当は小説を書くのが一番好きなわけじゃないけれど、生活のための危機感からか、切羽詰まって必死で書いていたということになります。

 少年ジャンプと栗本さんの状況は通底する物がありますが、違うのは、少年ジャンプほどの殺人的スケジュールの環境におかれることがなかったことです。

 ある程度、自由が効く環境であり、グイン・サーガについては、書きたいときに書くことができたようです。
 また、グイン・サーガについては、別の世界に存在するサーガが、私を通してこの世に流れ出ている、というような表現をしており、とにかくこの物語を書き続けることに情熱を燃やし続けていたようです。
 このため、才能を枯渇させることなく死去する寸前まで、グイン・サーガ(1979年~2009年、未完)を書き続けることができました。
 できれば完結させて欲しかったですけどね。

 つまり、才能を引き出すためには、

1・自分を優れた作品作りに向かわなければならないような切羽詰まった環境に追い込むべし。
2・ただし、負担が強すぎると燃え尽きるので、気をつける。

 以上の二点が重要であると言えます。

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