ゆうまさん著作
ジャンル: 恋愛・子育て
久しぶりに友人の幸希が家に遊びに来た。突然の訪問に少し戸惑いながらも、そんな彼女を私は笑顔で出迎えた。
幸希は都市銀行に勤めている元同僚。私は三年前に寿退社をし、目下子育てに追われている毎日だった。
私はコーヒーの支度をしながら、リビングで所在なげにいる彼女に「座って」と声をかけた。
「お子さんは?」
「隣で寝てるわ。今はお昼寝の時間だから」
「ごめんね、予告無しに来ちゃって」
本当に申し訳なさそうにそう言った彼女を見て、私はおやっと思った。以前に比べて、少しやつれた印象がある。もともと細い彼女だが、今は本当に骨と皮と言っても良かった。
「それはいいんだけど。今日、仕事は?」
「あ……と、有給」
「そうなんだ」
有給を使ってわざわざ来た理由は何だろう。そう思いながらも、私はそれ以上何も言わずにヤカンのお湯をドリップパックに注ぎ始めた。
「ここ、外が丸見えね」
窓際に立っていた彼女が外を見下ろし、そう呟いた。
「日当たりはいいのよ」
「下から見えそう」
「さすがにそれはないって。ここ、六階よ?」
「そうね……」
今日の彼女はどこか変だ。
どこか心ここにあらずという、うつろな目も気になってくる。きっと何か話したい事があるに違いないと、私は急いでトレイにカップを並べ、それからクッキーを皿に並べた。
リビングの小さなテーブルにそれを運んでから、幸希の方を振り返る。彼女の様子を見た瞬間、私は悲鳴に近い声を上げてしまった。
「あっ、だめ!」
いつの間にか彼女は、私のパソコンデスクの前に立ち、その画面を眺めている。
「ごめん、見ちゃった。駄目だった?」
「駄目って事はないけど……」
匿名でネットに投稿するのはともかく、さすがに現実世界での友人に見られるのは気恥ずかしさがある。
「これは小説?」
「んー、どっちかというとエッセイ」
「読んでもいい?」
見られてしまったものは仕方がない。
私が諦めて小さく頷くと、彼女は画面に再び視線を戻した。
『どうしてこんな男を愛しているのだと思う。
都合が悪いとすぐ視線を逸らす。怒れば笑って誤魔化すか、逆ギレして物を投げる。
暑がりのくせに体が弱く、直ぐに風邪を引く。
味覚音痴のくせに、食べ物の好みに煩い。少しでも気に入らなければ、絶対に食べなかったりするのが、また腹が立つことの一つ。
使った物は絶対に片付けない。
意味もなく暴力を振るうくせに、突然抱きついてきて甘えまくる。
自分の好きな番組になるとその場から動かなくなるくせに、私がテレビを見ていると、いきなり怒り出す。
外出をすればしたで、自分の好きな場所ばかり行きたがる上に、金もないくせに欲しい物は必ず買ってくれとねだり出す。
それでも私は彼を愛している。彼の笑顔を見るだけで全てを許してしまう。このままずっと一緒にいられたら、それだけで私は幸せ。
でも、たった一つ辛い事がある。
時々、お尻から漂うあの匂い。あれだけはどうしても許せない。今朝も食事中にその匂いが漂ってきた。
こんな時はいつも、私はつい独り言を呟いていてしまう。
「でも愛してるから、耐えられるのよね。だってこれは無償の愛」
ため息を吐きながら、オムツを片手に私は彼を捕獲した』
画面から目を離し、幸希はフゥと息を吐いた。そんな彼女に、私はつい遠慮がちな言葉をかける。
「あんまり面白くもないと思うけど……」
独身の彼女にはあまり面白いとは思えない内容だと分かっていた。
「そうね……」
そう言いながら、幸希は苦笑する。
けれどすぐに真顔に戻ると、
「でも、納得しちゃった」
「何が?」
「なんかね、このエッセイを読んだ時、始めは私の彼の事だと思っちゃったのよね」
「それって……」
幸希はフフフと鼻で笑いながら、
「さすがにオムツしてないけどね」
「そ、そうよね……」
彼女の痛い恋を感じて、私は言葉に詰まる。
「そっかぁ。私、恋愛してたんじゃなくて、子育てしてたんだ」
「幸希、あのさ、何か話があってここに来たんじゃないの?」
「うん。でももういい。開き直って行くわ」
そう言いながら、彼女は何かを決意したような様子で、グッと姿勢を正して顔を上げた。
「行くって、どこに……?」
「警察。私さ、銀行のお金、彼に貢いじゃった」
「えぇぇぇー?!」
あまりの驚きに、私は大声で叫んでいた。
その声に、隣の部屋で寝ていた子供が目を覚ましたようで、火を付いたように泣き始める。私は慌てて、その様子を見に行こうと動き始めた。
すると、幸希がそんな私に話しかけてきた。
「子育て頑張って。私も無償の愛のために頑張るから。じゃあ、またね」
明るいその声は、以前の幸希のものだ。彼女は穏やかな笑顔を浮かべ、それから呼び止める隙もなく、あっと言う間に外へと出て行ってしまった。
私はただ呆然と立ち尽していた。
あんなやつれる恋をする彼女が幸せとは思えない。
「幸希、使い込みは無償じゃないよ」
気がつけば私はポツリ呟き、彼女を戒める。もちろん本人に言ったところで無駄だとは分かっていたけれど……。
やがて、子供の泣き声にハッと我に返った。
とりあえず子育てはもう少し厳しくしよう。
そう決意して、泣きじゃくる子供をあやしに、私は隣の部屋へと足を向けたのだった。
最後のオチはいるかいらないか悩んでいます。お気が向きましたらご感想を、よろしくお願いします。
2013年12月05日(木)02時09分 公開
ゆうまさんこんばんわっ!
拝読しました!!
以下ネタバレあり 未読の方はご注意ください
エッセイの途中で仕掛けに気づいたのですが、まんまとゆうまさんの手玉にとられていた気がします。
しかもオチがうまい!
うまくエッセイの内容とからめて、幸希が
>「そっかぁ。私、恋愛してたんじゃなくて、子育てしてたんだ」
って気づくシーンはすばらしいと思います!
恋愛あるあるですね!!
また、伏線を回収してのラストにも驚かされました。
おお、ここまでやるんかいと。
わがままを言わせてもらうと、地の文でもうすこし子どもラブなところがあると良かったかも?
子どもラブな文章が読みたいってのもありますが、それもまた伏線のひとつになるかなーなんて。
簡単になりすぎちゃいますかね?
そんなところでしたー!! では、ごちそうさまでした!!
ゆうまさん、御作読ませて頂きました。
後々、ぶっこみをかけられると怖いので、初めての感想を書かせて頂きます。
まず、読んで感じたのは、とても刹那的な作品だということです。
主人公のお子さんが、傍若無人なのは、赤子である今しかありません。
その期間を主人公がとても大切にしているのだと伝わってきました。
えんさんも書かれていましたが、途中まで
主人公がDVでも受けているのかと思って読んでいました。
そこを裏切る展開だったのは、とても良かったです。
落ちも秀逸でしたし、魅力ある作品でした。
ただ、一つ苦言を呈すならば、
エッセイの「逆ギレ」というワードが
世界観にマッチしていないように感じました。
それ以外はとても面白かったです。
こんにちは。
(以下、個人的な感想になります)
オチはあった方がいいですね。
そして序盤の説明ラッシュに少し足踏みしてしまいました。
暗く、静かな雰囲気が出ていたので、序盤ももう少しひきがあれば良かったかと思いました。
作中作も交えたトリック掌編なので、雰囲気なんてこまかいことはいいんだ。
とか、あるかもしれませんが。
すっかりだまされたし、良かったです。
嫌な後味ですが。作品内容には合ってたかもしれないです。
<=○ ω○ =>ノシ ではー。
須賀透と申します。ゆうまさまのご作品を拝読しました。
【以下、ネタバレありの感想です】
わあー! 二段構えのオチですね。贅沢です。
エッセイの叙述トリックは読めましたが、まさか、さらに謎が隠れていたとは……。
そして読み返してみると、幸希が銀行員という情報もさりげなく入れています。
いやあ、心憎いテクニックですね。
よくできている構成のぶん、わたしには、エッセイのくだりが少しだけ唐突に感じました。
「私」がキーボードを叩いている描写からストーリーを始めると、いくらかの伏線になるかなと思いました。
あるいは、『どうしてこんな男を愛しているのだと思う……』というエッセイの前半部分を、そのまま小説の冒頭にしても、サスペンスタッチになって面白いのではないでしょうか。
……なんて、いろいろと妄想が膨らむのは、それだけこのストーリーが魅力的だということですね。
「そっかぁ。私、恋愛してたんじゃなくて、子育てしてたんだ」というセリフがぴりっと効いています。
面白かったです。
《ちょっと気になったところ》
『気がつけば私はポツリ呟き、彼女を戒める。』とありますね。
当人がその場にいない状態では、戒めることは不可能なのではないか、と思いました。
というわけで、勝手な意見を述べさせていただきました。
>>四路市区お願いします。
こちらこそどうぞ世露死苦! ありがとうございました。
ゆうまさん、私の作品に感想をありがとうございました。
感想返しにと参りました。
読みやすい文章で、滞りなく最後まで読めました。
また、エッセイの叙述トリックだけでなく、そこにもう1つ仕込んであるところが上手いなぁ、と思いました。
「そっかぁ。私、恋愛じゃなくて、子育てしてたんだ」という幸希の一言はこの作品の会話の中で1番意味のあるものに感じ、個人的には凄く好きです。
何度も読み返したくなるくらい、魅力的な作品でした。
こんにちは。作品を読ませて頂きました。
以下、感想です。
作中作に完全にしてやられました。とても面白かったです。
また、他の方の感想と重なりますが、「私、恋愛してたんじゃなくて、子育てしてたんだ」の台詞がとてもよかったです。
少し気になったのは、主人公の、「幸希、使い込みは無償じゃないよ」の台詞です。
私の読解力不足の可能性が多分にあるのですが…ここでは、「無償じゃない」=「償いを要することだ」というニュアンスで使われているのでしょうか。それとも「使い込みをするなんて、無償の愛じゃないよ」という意味なのでしょうか。
個人的には前者だと、幸希は自主的に警察に行こうとしているので、言わなくても幸希はわかっているのではないかと思いました。後者だとするなら、無償の「愛」じゃないよ、等と、愛という言葉がセリフに入っていたほうがわかりやすいような気がしました。
何か読み違えていましたらすみません、スルーでお願いします…。
ところで、作者様がコメント欄で気にしていらっしゃる「最後のオチ」とは、どこなのでしょう? 幸希が銀行のお金を使い込んだという部分なのであれば、絶対必要だと思います。でないと幸希が訪ねて来た理由がフワッとしてしまう気がします。
ただ、個人的には、幸希が「自分の恋愛は子育てだった」と気づいたにもかかわらず、その盲愛から目を覚まさず、彼に「無償の愛」を注ぎ続けてしまうというのが、少し残念な気もしました。
子育てじゃなくちゃんとした恋愛ができるように頑張るよ、といった希望のある台詞を言って去ってくれたら、読後感はよりよかっただろうな、と思いました。
以上、好き勝手な発言を失礼しました。少しでもお役にたてば幸いです。
これからも頑張って下さい。
こんばんはm2です。拝読させていただきましたので感想を。
良かったところ
冒頭を伏線に丁寧な構成でした。
作中作もきちんと伏線として機能していて、オチもスッキリ収まった気がします。
主人公の戸惑いが、その場で見ているような感覚で、とても良いなと思います。
悪かったところ
特に詰まる部分もなく、すらすらと読めたのが、逆に引っかかりに欠けるかな? と思わなくもないのですが、ほんとに些細なことなので気に留めることもありません。
総評
最後の三行は、個人的には有っても、無くても良いと感じましたが、ゆうまさんの作品にしては親切設計だなと思います。
「もちろん本人に言ったところで無駄だとは分かっていたけれど……。」は、本人が去ったあとなので、
「もちろん本人が居ないところで言っても意味は無いのだけれど……。」と、したほうが良いのでは? と思いました。
今回は点数で言うと28点ですかね、でも私は四捨五入派なので30点にします。
執筆お疲れ様です。忙しい中、ほんとに精力的な執筆に感嘆しています。
これからも、無理をせず創作をしてください。
ではまた!
こんばんは、蛙です。
すごく抽象的なんですけれど、綺麗な小説だと感じました。
個人的にいいなぁと感じたのはオチの部分だったので、そこは残しておいてほしいです。
あと凄まじくどうでもよく気になったところですが、「!」と「?」って組み合わせると「?!」になるんですかね。僕は「!?」を使うんですが……一般的にどちらが普及しているのか、僕もよく知りませんし、別にこのままでいいと思いますけれど。
ほんとうどうでもいいですね。
それではこれで失礼させていただきます。創作、頑張りましょう。
ゆうま様
御作を拝読させて頂きましたので、感想を残したいと思います。
@深いです。諸問題は、多くの皆様が指摘されているので、本当に感想だけ述べさせていただきます。
最初はは、有閑マダム達のおしゃべりなんだろうなと、高をくくっていましたが、終盤になってどんでん返しの連続。一気に読めてしまいました。
@これまで、ゆうま様の作品を多く見てまいりましたが、今作が一番の出来ではないかと思います。抽象的なことしか申し上げられないのが、とても悔しく思えますが、それほど、心の琴線に触れたのだと信じています。
これからも執筆頑張ってください
おいげん
こんにちは。樹思杏と申します。
とても面白く読ませてもらいました。
短い中で、非常によくまとまった素晴らしい作品だと思います。私もこんな切れ味のある作品が書きたい、と思いました。
気になったところは、他の方のご感想にもありましたが、主人公がエッセイを書いているというのが唐突に思えたくらいです。
文章は読みやすく、構成もよく、オチも秀逸という、文句のつけようがありません。
特に私も女なので、「そっかぁ。私、恋愛してたんじゃなくて、子育てしてたんだ」という一文は、はっとさせられるものがありました。こういう胸に残る台詞も書いてみたいものです。
特にアドバイスのない感想ですみません。
読んだよということと、とてもよかったということをお伝えしたくて。
次回作も楽しみにしています。
ど、どうしよう……。
おもしろかったです。なんか人妻(とその友人)がお喋りしてるぞーっておもったら、作中作でびっくり。赤ちゃんかいっ。で、それをひきずりながら読みすすめると「恋愛してたんじゃなくて、子育てしてたんだ」とかなんとか。ぐさっ(なんか刺さった)。そんですぐそのあと「銀行のお金、つかいこんじゃった」……。ひいっ。ラストは華麗に「幸希、使い込みは無償じゃないよ」(どややっ!
というわけで、よくできた作品だとおもいます。よかった。
ただ、作品関係ないんですけど、作者コメントにやられてちょっともやもやしてた。最後のオチってどこだろう……みたいな。おもしろいって余韻がそこで消されちゃうという……。す、すんません(そしてどうでもいいことだった……)
いちゃもんをつけるなら、ここらへんでしょうか。
ラストは「幸希、使い込みは無償じゃないよ」にしてほしかったかも。こっからだらだらと続くから、インパクトが薄れちゃってる、ような気がする。この台詞から四行ってのはすこし長いとおもいました。せめて一行か二行でさらっとしめてほしい。
作中作にいくまでの会話が長いというか、ネタとの絡みが薄いように感じられました。日当たりとか六階だから、とか。どうせなら銀行員トークでもしたほうが、伏線が強くなってラストのインパクトもより出るとおもう。現状、伏線が弱いように感じられますし。
幸希さんの行動が不自然に感じられました。彼との関係に悩んで、それを相談するために彼女の家にきたんだろうな、とはおもったんですけど、そんな状態でパソコンの画面を勝手に見るのかな、とかなんとか。作中作を見せるためのシチュエーション、もうすこしいじったほうが自然だったかも。たとえば、テーブルの端に手書きの小説があって、それを見てしまった、とか。うーんいまいち(てかいま気がついたけど、須賀さんの感想にとってもすてきなアイディアあるじゃん。執筆してるときに来客。おー)。
なんだだらだら書きすぎた……。
というわけで自分の感想要約してみます。
おもしろかったんですけど、もっとできそう。
伏線をしつこいくらいに増やしてオチのインパクトを強くしたら、よりおもしろかったんじゃないかなーっておもった。具体的には、主人公の彼女は執筆をしていて子どもがいるってこと、幸希さんは銀行員で彼氏がいること、それらをより印象づけたほうがいい、みたいな。
感想は以上になります。
いまさら感想ぶっこんでみた。指摘もいまさら。うへへ。
ではではー執筆お疲れですー
こんにちは。作品読ませていただきました。
これぞ掌編! といった感じでした。話が無理なく収まっていて、オチもきれいだったと思います。
あと台詞が絶妙でした。このセンスは私も是非身につけていきたいところ……。
そんな感じです。
このまま高得点入りしちゃってくださいな。
では、失礼しました。
どうも、スプライトです!
拝読させていただきました!
久しぶりに来てみたらゆうまさんの作品が殿堂入りしていて『おおっ!』と(笑
おめでとうございます!
もう他の方に全て言われてしまっているのですが、感想をば(汗
最初の友人に関するプロフィールも伏線だったとはっ。作中作のエッセイの秀逸さ、現実とのリンクも素晴らしかったです! 一つの出来事を多数の視点から捉えた、シンプルでありながら深いとても良い作品でした!
また次の作品の投稿、お待ちしています!
それではっm(_ _)m
感想返しに読ませていただきました。
すっきりとした文章で、オチまでとても読みやすかったです。まさか幼児プレイ……なんてちょっと思っちゃったことが、うまくひっかけられた気分です。
あとは、大方ほかの方が言っているのと同じような感想です。
とても参考になりました。
次回作も期待しております!
勉強になりました。ありがとうございます。オチ必要だと私は思いました。私の作品に感想を入れてくれて感謝です。