とよきちさん著作
ジャンル: SF
二〇× × 年 三月一二日 水曜日
時は金なり。
光陰矢のごとし。
タイムウェイツフォーノーワン。
こんな言葉があるように、今も昔も世界中のそこここで時間は大事にされているということに、私は改めて思い知らされた。身をもって実感した。
こうして日記を書くのも久しぶりかもしれないけれど、こうでもしなきゃ心の整理がままならないのだ。今日一日で色々なことが起こって私は今すごく混乱してる。
……でも、これは地味子な私がつい調子に乗ってしまったバチなのかも。重んじられてきた時間を軽んじてしまった、私への天罰。日陰者は日陰者らしく飛ばずに地面に隠れてるべきだったのかもしれない。
そんなマイナス思考が、色んな疑問と一緒に次から次へと湧き出してくる。
彼は一体何者なんだろう、とか。
『黒木杏樹』という少女のことだとか。
それに……彼のあの言葉も。
『能力』を考えなしに使う私に、彼はこう言ったのだ。
下手をしたら、君の存在そのものが消えてしまう――――と。
1
三月一二日、午前六時四〇分。
目覚ましに叩き起こされ私が向かった寮の狭い洗面所には――――未来人がいた。
真っ黒な髪のパイナップルヘアにダボダボパジャマ、露わになったおでこがペカリと光っている。弟から『パイナップル星人』と揶揄されるほど残念な姿だった。
顔作りは可もなく不可もなくといった感じで、いってみれば平々凡々で地味子さん。
「ふわぁ」と小さくあくびする仕草もまた絵になるわけでもないフツーな少女――飛鳥井(あすかい)つばさがそこいた。
というか私である。
理科の佐々木先生が得意げに言っていたことをふと思い出したのだ。先生曰く、
『鏡に映る自分はほんの短い時間だが、厳密には未来の自分ということになるのだよ』
ということらしかった。
はぁ、と鏡の前で思わず溜息。
「……本当、どこから見てもフツーだなぁ、私って」
ペタペタと顔や体を触りながら唇を尖らしてみる。
成績は中の下。背は低くめで体が細い。胸は遺憾ながらすっとんとん。おまけに趣味は読書という陰気っぷりである。密かに自慢できるのは微妙に長いまつ毛と、自分でもちょっとびっくりするほど整ったうなじくらい。
ごくごくフツーで平凡で、ジャガイモやニンジンみたいにそこら辺に転がっているような存在。それが私。飛鳥井つばさ。
そんなマイナス思考にどっぷり浸かりつつ朝食を簡単に済まして歯を磨き、清恋高校のセーラー服に着替え始めた。
「ふんふふーん」
自然とハミングが零れる。
ここだけの話、実はこの制服が着たいがために受験したようなものだったり。地元の高校じゃなく、わざわざ隣町に越して寮で一人暮らしするのもなんのその、可愛い制服のためならえんやこらっと。
着替え終わってお気に入りの赤のスタンドミラーの前でくるりと一回転。
ふわっ、とシワ一つない紺のスカートが広がる。水玉のシュシュで縛り直したポニーテールをちょいちょいといじって……うん、オッケー。一応は人様の前に出れるくらいにはなれたと思う。
玄関に出てローファーをはいて、昨日から準備して置いといたカバンを肩にかける。
ちゃら、とカバンにつけたひよこのキーホルダーが揺れた。
「それじゃよろしくね、トトちゃん」
ひよこを指でつつくとまた揺れる。ういやつめ。
平々凡々な私を『特別』にしてくれた存在、それがこの子だった。
トトちゃん――ひよこ型のボイスキーホルダーについているボタンを押すと、スピーカーから「ピヨ、ピヨピヨ!」という可愛い鳴き声。
そして次の瞬間、私は『飛んだ』。
►►
「――到着っと」
文字通り『瞬く間』に、私は学校に到着した。
一階の女子トイレ。朝家から『能力』を使う時は決まってこの場所だった。
ここのトイレは少し奥まったところにあるので、この時間帯に好きこのんで入ってくる人はめったにいない。
携帯を確認してみると待ち受け画面の時刻は……七時一二分かぁ。思ったりより飛んじゃったみたいだ。
家を出たのが六時五〇分くらい。ということは二〇分くらい経っていることになる。
「……とっと、早くいかなくちゃ」
時間がもったいない。私は鏡で前髪をチェックしてからトイレを出た。
階段を登って二年の教室がある三階へ。来年は三年にあがって四階まで登らなきゃと思うとしょんぼりブルーである。
そんなことを考えながら階段を登り終え、誰もいない廊下を渡って二年四組まで辿り着く。「……ふぅ」
胸に手を当て深呼吸。
今日もいるかな、と淡い期待を抱きながら私は教室のドアを開ける。
果たしてそこには男子生徒が一人佇んでいた。窓際の一番前の席に座る彼は読んでいた本をぱたりと閉じて、
「ああ、おはよう飛鳥井さん」
と曖昧な笑みを浮かべてそう言ってくる。曖昧っていうか、不透明って言ったほうが近いかも。
柔らかそうな茶色の髪に、柔和な瞳。高校生離れした落ち着いた物腰は一緒にいると自分がひどく子供っぽく思えるくらいだ。おまけに成績優秀、運動神経バツグンとまさしく文武両道のスーパーマン。
その名も初瀬優人(はつせゆうと)くんである。
「お、おはよう初瀬くん。……今日も早いね」
「僕もさっき来たばかりだよ。飛鳥井さんこそ早起きだよね」
偉い偉い、と彼。すっとんとんの私の胸がきゅっと締めつけられる。
「えへへ、そんなことないって」
と謙遜しつつ『早起きして良かった……!』と心の中でガッツポーズ。早起きは三文の得というけれど、三文どころか一攫千金だった。
なんたってクラスで一、二を争うほど女子からモテる男子である。そのミステリアスな微笑にお歴々の女子たちだってクラッとくるのだから、自他共に認める地味子の私がのぼせてしまうのも無理ない話なのだった。
「――さん」
けれど、不思議なことにそんな初瀬くんには彼女がいない。
一人や二人彼女がいてもおかしくないのに彼は誰ともつきあおうとしないらしかった。
私なんかよりずっと可愛くて、他の男子からもお姫様みたいにちやほやされている凛堂さんも先月告白してフラれたと聞いているし、その前の月なんて五人くらい振ったとか振ってないだとか。
「――井さん?」
……まぁとにもかくにも、こんなフツーの私には、望みなんて最初からないのである。
というより、彼に対するこの気持ちは恋というより憧れに近いのかもなぁって。恋というにはあまりにも拙すぎるのだ、私の心は。
それに、私には大ちゃんという未来の立派なおムコさんがいる。
昔からやんちゃで泣き虫で自分一人じゃなんにもできないような子だけれど、これがまたすごくすごく可愛い。母性本能を全力でくすぐってくる子なのである。
弟だけど。
「……さんっ。飛鳥井さんってば」
「は、ふぁい!?」
うわわ初瀬くんのご尊顔が目の前に! 物思いに耽って気づかなかったけれど、ずっと私に声をかけてたっぽい。
そのせいか彼は珍しく苦笑していた。
「…………お願いだからさ、こういうことを僕に何度も言わせないで欲しいな……」
一体これで何度目になるだろうね、と初瀬くん。
彼にしては珍しくキツい物言いにドキリとする。
「ご、ごめんっ。……もう一度言ってくれる?」
「……」
無言だった。
むべなるかな、と私は思う。クラスの底辺を歩く地味子からのこの狼藉、仏の顔も三度まで。さすがの彼もこんな格下の私に無視され続ければお冠にもなるよなぁって。
「あのさ」
と、初瀬くんが席を立って私に歩み寄ってくる。悠々と。机に手をついて、その端正な顔を近づけてくる。うあどうしよ怒られる、と私は思わず身構える。
そして彼は、不透明な笑みを浮かべてこう言った。
「飛鳥井さん。今日僕と一緒に帰らない?」
……、
…………、
……………………、
真っ白になった頭に、カチコチと時計の音だけがやけに響いた。
「……………………………………………………………………………………うえっ?」
その言葉が脳に伝達されるまで数秒、理解するまでさらに数秒、奇声を発するまでたっぷり三十秒はかかった。
きっと初瀬くんから見たら私はまさしく鳩に豆鉄砲な顔をしてたと思う。開いた口が塞がらなかった。時間が止まったかと思った。
しばらくして、やっと我に返る私。
それから一応、振り返ってみる私。
自分じゃなくて後ろにいる人なのかも……? とベタなオチを予想してみたけれど、当然ながら誰もいない。
視線を戻すと変わらず笑みを浮かる初瀬くん。
「…………」
いやいやいや。
待て待て待て。
……あそっか、『一緒に(土に)還らない?』という一種の心中のお誘いなのかもしれない。墓地でお墓の堀りあいっこをして、『初瀬くんのお墓はすごく深く掘ってあげるからね、エヘヘ☆』『じゃあ飛鳥井さんのはハート型にしようちゃうぞぅ!』とかそんなキャッキャウフフ的な展開だったりして。
……混沌たる思考だった。
我ながら理解不能である。
平たくいえばパニックになった私に、トドメとばかりに初瀬くんが追撃してくる。
「ダメかな? やっぱり僕とじゃ」
「……、ええっと……どうして急に?」
すると初瀬くんが少し考えこむ素振りを見せてから、
「そうだね。飛鳥井さんと僕は、似たもの同士だから――って理由じゃダメかな?」
「ふぇ?」
思わず変な声が出てしまう。
似たもの同士?
私と、初瀬くんが?
「それってどういう――」
けれど、私の言葉はガラリと開いた教室のドアの音に遮られた。
お歴々な女子二人組のクラスメイトが入ってきたところで自然と話はお開きになる。
彼は『それじゃあ放課後』と片目を瞑って囁いたきり、何事もなかったかのように入ってきた女子たちに爽やかな挨拶をしていた。
「……」
まるで夢から覚めたみたいだった。
というか今、夢と疑いたくなるくらいのできごとがこの身に降りかかった気がする。
試しに自分の頬を引っ張ってみると、
「…………いひゃい」
フツーに痛い。あんびりーばぼー。たしかにこれは現実らしかった。
だけどこの時、私は浮つくばかりで気づけないでいた。
話している最中、初瀬くんが度々私のカバンに視線を向けていたことに。
……ううん、もっと正確に言えば。
カバンについている、ひよこのボイスキーホルダーに。
2
悶々と過ごした長い授業が終わり――そして恋々と待ち望んでいた、放課後。
ホームルームが終わった時に初瀬くんがこっそり『裏門で集合しよう』と言ってくれたので、私はこうして裏門くんだりまで来たみたけれど。
生温かい風がひゅるりと吹きすさんだ。
「……まだ来てない、かぁ」
ぽつりと一人呟き、人目につかないように門の外側に寄りかかることにした。
手持ちぶさたと一人きりの不安から、肩に引っさげてたカバンからトトちゃん――ひよこのボイスキーホルダーを取り外して手の中で転がしてみる。
「……初瀬くん遅いねぇ、トトちゃん」
と話しかけてみるも、よほど私の手の平を気に入ったのかトトちゃんは転がるのにご執心だった。
ふと、初めてこの子と出会ったのを思い出す。
馴れ初めは一ヶ月と少し前、デパートの中の隅にあるガチャガチャだった。
何種類かの動物をデフォルメしたボイスキーホルダーのガチャガチャ。だけどその中にひよこのやつはなかった。もしかしたら隠れキャラなのかも、と最初はラッキーくらいに私も思ったけれど。
だけど違った。
この子の『能力』を初めて使って、これがただのキーホルダーじゃないと思い知らされた。
カプセルを開けてさっそくトトちゃんのボタンを押してみると、『ピヨピヨ!』と元気よく鳴いた。……と思ったら一瞬で私は自分の部屋に移動していた。当然困惑したけれど、何度か試してみるうちにこの力は本物だと確信した。
それからはもちろんトトちゃんの『能力』について色々調べてみた。
タイムリープ、タイムトラベル、テレポーテーション。
時間移動に関する不思議な力を携帯で軽く検索してみたけれど、この子が起こす現象は『タイムリープ』に一番近いのかも。
というのも、タイムトラベルだったら私が二人になってしまうし、テレポートだったら時間の経過はないはず。消去法でいけば自然そうなるのかなって。
――つまり、未来の自分自身になれる能力。
このひよこには、時間と距離を超えて私を運んでくれる翼があった。
「まだ過去には行けてないけど、コントロール出来ればもしかしたら……」
と私は独りごちる。数々の黒歴史を変えられるのかもと思うとちょっとワクワク。
なんてことをとりとめもなく考えてたら、微風にスカートが揺らめいた。
「…………まだかなぁ」
裏門で一人立ち尽くしていると、鮮やかな赤に変色した夕日の光が辺りを照らすのが映った。それがかえって私の心を不安にさせる。
青い空も。
茶色い田んぼも。
真っ黒なアスファルトも。
目の前に広がる景色が上から赤いペンキのバケツをひっくり返したみたいに赤々と染まっている。ずっと見ているとこめかみの辺りがズキズキと痛みだす。胸の奥がザワザワする。……なんだろこの感覚。
と思った、その時だった。
――パッと。
いきりなり私のすぐ目の前に、何かが現れた。
「ッ!?」
真っ黒くて人の形をした『それ』は、さも慣れ慣れしそうに片手を上げる。
「お待たせ飛鳥井さん。――ごめんね。すぐ行こうと思ったんだけど、先生に呼び出されちゃって」
これでも飛んできたつもりなんだけどね、と。
夕焼けを背にしているせいで表情があまり見えなかったけれど、柔らかそうな茶色の髪に、その落ち着いた物言いですぐに誰かわかった。
「初瀬、くん? ……い、いや、ていうか――」
今、どうやって……?
一瞬で現れた気がするけど。それに、『飛んできた』っていうのは――
そこでハタと気づく。初瀬くんの首元でキラリと光るものがあった。
――銀色の、ペンダント……?
普段彼が下げているのを見たことがないので、何かの拍子で出てきちゃったのかも。
まじまじとそれを見つめる私に構う様子もなく初瀬くんは軽やかに言ってくる。
こっちからは見えないけど、きっとあの不透明な笑みを浮かべて。
「それじゃあ飛鳥井さん、一緒に帰ろうか」
►►
複雑で入り組んだ住宅路を、初瀬くんは慣れた調子でスイスイと進んでいく。
一人で来たら間違いなく彷徨うことになるだろう私は、当然彼の後ろをアヒルの刷りこみよろしく盲目的についてく形になった。
初瀬くんが困った顔で振り返り、
「……飛鳥井さーん?」
とやや伸ばし気味に話かけてくる。
私も両手を口元に添えて即席メガホンを作成。
「なにー?」
と返す。
「ちゃんと着いてきてよー?」
「大丈夫ー。ついてってるー」
と、なんだか女の子同士のふんわりしたキャッチボールみたいになっているけれども、これはもちろんイチャイチャしているわけでは全然なくて。
約一〇メートル。
……何って、私と初瀬くんの間に横たわる距離である。
師匠の影を踏まないように、という弟子の鏡みたいな殊勝な心掛けじゃないけれど、身をわきまえるという点でいえばあながち間違いじゃないと思う。
いやいやいや。
だってだって。
初瀬くんの隣を歩くだなんて、クラスの底辺を歩く地味子の私には恐れ多いですって。
こうして一緒に帰ること自体普通はありえない上に、彼にも迷惑をかけることになる。偶然クラスの誰かに目撃されちゃったら……まぁ言うに及ばず。
だから距離を開けて歩けば『初瀬くんが変な女子にストーカーされてる』というふうに解釈されてめでたしめでたし……ってわけじゃないけれど。主に私がめでたくないけれど。
そんなことはさておき、理由はもう一つある。
さっきの初瀬くんの『出現』。まるでテレポートしてきたみたいにパッと現れていた。
「(……そのはずなんだけど)」
と私は呟いた。
かまととぶってるのか初瀬くんは何事もなかったかのように普通に前を歩いている。
事もあろうか普通に話しかけてきている。あまりにも普段通り過ぎて、逆に聞きづらい。
ふいに、早朝に言っていた初瀬くんの言葉を思い出す。
――飛鳥井さんと僕は、似たもの同士だから。
あれは一体どういう意味なんだろう……?
ひょっとして……いやいや。
けどもしかして……ううん。
そんなふうに浮かんでは消える泡沫のように堂々巡りな思考に耽っていると、
「飛鳥井さん?」
と初瀬くんに声をかけられた。
それも、彼の鼻先が私の頬にくっつきそうなほどの至近距離で。
「…………………………………………………………いや近い近い顔が近いよ初瀬くんっ」
「ああごめん、なんだか上の空だったから」
それから何ごともなかったように彼は再び歩きだす。その後をまた私はついていく。声が聞こえにくいので今度は間を五メートルくらいに留めておいた。
「ごめんね初瀬くん。……それで、どうかしたの?」
「いやね、寄りたいところあるんだけど。ちょっと寄ってもいいかなって」
「あ、うん私は大丈夫。どこに行くの?」
「駅の近くのケーキ屋さん。姉に買ってきてって頼まれててさ」
「へぇ、お姉さんいるんだ」
「……あれ、これ話さなかったっけ?」
「え?」
初耳のはずだけれど。
むしろ、初瀬くんと家族構成とかまで踏み入った話をした覚えはないけれど。
首を傾げていると、彼は一人納得したように頷いた。
「……ああいや、そうか。……リセットされてるんだった」
「はい?」
リセット?
何がリセットされてるというのだろうか。
首を傾げていると、初瀬くんが不透明な笑みを浮かべて首を振る。
「なんでもないよ。……あ、ほら、見えてきた」
すっと彼が指を差したその先に、たしかにケーキ屋さんらしきお店があった。
問い詰める間もなくさっさと初瀬くんは行ってしまう。だから私はしぶしぶ、そっと唇を尖らせつつ後に続くことにした。
ひっそりと街角に佇んでいるそのケーキ屋さんは比較的小さいお店だった。
入り口には……こういうのをウェルカムボードっていうんだっけ? 黒板のようなボードが立て掛けられてあって、今日のオススメが色とりどりのチョークで書かれていた。けっこうオシャレなお店だなぁ。
雰囲気的にはわりと女子女子しているお店だったけれど、
「飛鳥井さん、ここはなんと言ってもショートケーキがオススメなんだよ」
そう言って初瀬くんは躊躇いもなく入っていってしまう。慌てて私も入った。
「(……な、なんだかこれ……)」
「ん? どうかした?」
敏感にも私の小声に反応した初瀬くんが振り向いてくる。
「いや何でもないよ、えへへ」
まるでデートしてるみたい、とは口が裂けても言えなかった。
透明なガラスケースの中にあるケーキの前で二人並んで品定め、初瀬くんはここの常連のようで色々教えてくれた。あれが美味しそうとか指差しあって、時々夢中になりすぎて肩と肩が触れあうことがあったりして。
……ああ、恋人がいるってこんな感じなのかなぁ。
地味子の私には正直身が持たないというか、このまま昇天してしまいそう。
結局私はショートケーキとラズベリータルトの二つを買った。
ショートケーキは初瀬くんにオススメだからとして、甘酸っぱいものに目がない女子としてはラズベリーをこれでもかというくらい盛りに盛ったタルトは捨てがたかったのだ。カロリー? 何それ美味しいの?
あれだけショートケーキを推していた初瀬くんはだけど、モンブランとチョコレートケーキを選んでいた。聞いてみると『食べ慣れているから』とのこと。
テイクアウトしたケーキをそれぞれ手に手に持って、店を出る。
入り組んだ路地を初瀬くんは変わらず迷いなく進み、右へ左へ紆余曲折。見慣れない風景をしばらく歩いてくと開けた道に出た。
「あれ……ここって」
知っている場所だった。
見慣れた大通り。左側のすぐそこに駅があって、逆に、右側にずっと進んでいくと私が住んでいる寮に突き当たる道だ。目の前の道路には車がせわしなく行き交っている。
初瀬くんは自然な足どりで右へ――私が住む寮の方へと先導した。誰かに見られたらどうしよう、とドギマギしながら私もついていく。
「飛鳥井さん」
と唐突に、彼は振り向きもしないまま名前を呼んできた。
「君はこの道を、最近歩いた覚えはないかい?」
「え、この道?」
藪から棒になんだろう。
と思いながらも私はやっぱり盲目的に、記憶を掘り起こしてみる。ええと、
「……最近じゃないけど、去年の冬くらい……かな? あんまり覚えてないかも。私ほとんど電車使わないし、ここを通るとしたら――」
「隣町から遊びに来た弟さんを迎えに、だよね?」
先回りするように、彼はそう言った。
「!」
思わず立ち止まる。
どうしてそれを?
というか、弟の話って初瀬くんにしたことあったっけ?
「なんでそんなことを僕が知ってるのか、疑問に思ってるみたいだね」
首だけ振り向く初瀬くんに、私はこくこくと頷く。
「僕は何度も聞いたことがあるからだよ」
「……え、誰に?」
だけど彼は答えず、ゆっくりと歩き出した。
「ま、待って――」
わけもわからず私は彼の背中を追いかける――追いかけようとして、
「……?」
またしても私は立ち止まった。
今度はびっくりしたわけでもなく、前にいる彼が立ち止まったわけでもない。
目に映るのは奥に続く歩道と、横断歩道のゼブラゾーンと、悠々と前を歩く初瀬くん。
どこにもおかしなところはない。
……そのはずなのに。いや、初瀬くんと一緒に歩いてる時点で充分に非日常といえなくもないんだけれど。
そうじゃなくて、どうしてか私は足が止まってしまった。悪寒、というか、背中がゾクゾクして変な感じ。
初瀬くんがゆっくりと振り返り、顔には変わらず不透明な笑みを浮かべてくる。
「どうしたの? ほら、こっちにおいでよ飛鳥井さん」
と彼は言う。手招きしてくる。
けれど私は逆に、無意識に一歩後ろに下がっていた。バリアーを張るようにカバンを胸の前で抱える。
トトちゃんがしゃらりと揺れた。
「――――、――、――――」
初瀬くんが何かを言っている。けど何を言っているかわからない。不透明なフィルターを通したみたいに世界のすべてが不鮮明だった。
「ッ」
気づいたら、私は元来た道を駆け出していた。
バサッ、と持っていたケーキもとり落としてしまう。転びそうになりながらも首だけ振り向いてみると、初瀬くんが追いかけてくるのが見えた。
どうしよう捕まる――そう思った時には無意識にトトちゃんを握っていた。
逃げなきゃ。
どうにかしてここから離れなきゃ……!
本能というか、正体不明の強迫観念に襲われて私は全力で駆ける。
「……ッ」
けれど、振り返るとすぐそこまで迫る初瀬くん。
その手が私の肩を掴むか掴まないかのタイミングで、私はトトちゃんのボタン押した。
『ピヨ、ピヨピヨ!』という鳴き声が響く。とっさのことで白昼堂々、思い切り人目につく場所で使ってしまったことに今さらながら気づく。
ハッ!? と我に返ったところでもう遅い。できることといえば、悲鳴に近い叫び声をあげることだけだった。
「あ、待っ、飛んじゃ――」
►►
「――ダメ! こんなところで飛んじゃったら……!」
と、私は一人叫んでいた。
けれどその声は虚しく部屋の中を響くだけで――
「……って、あれ? ……部屋の、中……?」
そこには行き交う車も道路も騒音もなく、景色がガラリと変わっていた。
赤のスタンドミラーやぎっしり中身の詰まった本棚。見覚えのあるベッドまで置いてある。
というか、自分の部屋の中だった。
目の前のカーテンから覗く窓の外はすでに夜の帳が落ちている。
うあぁ、と私はその場でうなだれた。
「……やっちゃった。飛んじゃった。誰かに見られてたらどうしよう……って、すぐ後ろに初瀬くんもいたし!」
「うん、バッチリね」
「だよね、そうだよね。……はぁ、これからどうしよう」
「とりあえず深呼吸すればいいんじゃないかな?」
「うん…………………………………………………………うん?」
言われるがままに深呼吸しようとして、私はタイタニックのポーズを決めたままその場でフリーズ。
……あれ、今の声って。
恐る恐る振り返ってみると、そこには不透明な笑みを浮かべた茶髪男子の姿が。
「やあ飛鳥井さん。落ち着いたかい?」
「初瀬くん!?」
だった。肩にショルダーバッグをさげ、手にはケーキの袋を持っている。
「驚いたなぁ。気づいたらこんなところにいるだなんて」
と、見回しながらさも平然と彼は言う。口の割にまったく驚いていないようだった。
「……ねえ初瀬くん。やっぱりあなたも……?」
「何のことだい?」
さらりと流してくる。この後に及んでかまとと振るつもりなんだろうか。
「誤魔化さないで。だったらどうしてそんな普通でいられるの?」
「……まぁこの状況、普通は普通でいられないだろうね。普通は驚くし、狼狽するんだと思うよ」
とまるで他人事のように彼は言う。
困惑しつつも私はずっと言えなかったことを聞いてみた。
「ねぇ、初瀬くん。初瀬くんも……時を飛べたりするの?」
「…………」
だんまり。
固まっているのか思考を巡らしているのかまったくわからない。時間にして約五秒後、押し黙っていた彼の口が開いた。
「さてね」
と、それだけ。
「さてね、って。どうして……今さら隠す意味は――」
言いかけたところで、私の唇が塞がれた。ロマンチックにマウストゥマウス……じゃなくて普通に彼の人差し指で。
「……わかった。差し支えない程度に教えてあげる……というよりは、警告だね」
「警告?」
「そう。詳しくは言えないんだけどね、君の身に危険が迫ってる」
「!」
……危険? 私に何かが起こるっていうの……?
「ど、どうして?」
そう聞くと、彼は不透明な笑みを浮かべてこう言った。
「下手をしたら、君の存在そのものが消えてしまうかもしれないんだ」
「……!?」
ぱくぱくと、私は鯉のように口を開閉する。ショートした思考回路を無理やり稼働させて言葉を絞りだそうとしたけれど、
「消え――……」
と、喉下で引っかかって二の句が継げなかった。
消えるって。
……消えるってそんな――
「まさか、あの『能力』にそんな代償があるなんて」
とてもじゃないけど鵜呑みにできる話じゃない。……けど、能力が非現実的であるだけに頭から否定できる話でもなかった。
「代償。……うん、ある意味ではその通りだ。ツケが回ったというかね」
でも、と彼は続ける。
「君自身は悪くないんだ。少なくとも悪意はないからね。――だから僕も、困っている君に手助けしてあげようと思ってる」
「あ、ありがと………………って、僕『も』?」
すると彼はクスリと笑った。
それはいつもの不透明な笑みじゃなくって、あどけない人間らしいそれだった。
「ふふ。そう、協力者は僕の他にもいる――というか、僕はその人に頼まれて協力しているって言ったほうが正しいんだけどね」
「一体誰なの?」
まるで思い当たらない。
自慢じゃないけどこの飛鳥井つばさには友達が少ないのだ。数少ない友達の顔を順々に浮かべてみて、この状況で助けてくれる人を予想してみる…………うん、当てはまる人はいない。というか本当に自慢じゃなかった。
はい時間切れ、とばかりに彼はその名前をあっさりと口にした。
「黒木杏樹(くろきあんじゅ)。それが彼女の名前だよ」
「……聞いたことないけど。何者なの?」
「僕の良き理解者であって、友人だよ」
と彼はそう言った。
友達を語る初瀬くんの言葉の端々に、なんというか、愛情みたいなのが感じられた。大事な人を心から想うような感じ。
なんでだろう。すっとんとんの私の胸が、きゅうっと締めつけられる。
「だからさ、飛鳥井さん」
と彼は静かに言った。『だから』の繋がりはよくわからなかったけれど、どこか深い悲しみを含んだ笑みを向けてくる。
「わっ」
ふいに両肩を掴まれた。
小さい悲鳴が私の口から飛び出したけど、それでも初瀬くんはその手を離そうとはしなかった。
「もう少しだけ待ってて欲しいんだ。……白状すれば、もしかしたら君を今すぐにでも助けることができるかもしれないんだけれど」
「!」
「ごめん、だけど今すぐにはできない。……ちょっと覚悟が決まらないというかね。だから一日だけ、僕に猶予を与えて欲しい」
「……一体私に何をするつもりなの?」
だけど彼は首を横に振った。
「それはまた明日に。…………ああそうだ」
と一転、初瀬くんは思い出したように言った。床に置いていた袋を手渡してくる。
「飛鳥井さんのは落としてきちゃったからね。これ、良かったら食べて」
さっき買ったばかりケーキだった。中はモンブランと、チョコレートケーキ。甘い匂いがかすかに鼻腔をくすぐった。
「……ありがとう。でもいいの? これ、お姉さんに頼まれたやつじゃ……」
「帰りにまた買って帰るから大丈夫だよ。……っともうこんな時間だ。僕はもう帰るね」
何か用事があるのだろうか、そう言って初瀬くんは慌ただしく玄関に向かった。
ドアを開けて彼は言う。
「それじゃおやすみ、飛鳥井さん」
ふわりと夜風が入りこみ、入れ替わりに彼は夜の闇の中へと消えていった。
►
ガチャリと扉が締まる。
「…………」
肌を撫でるような夜風はなくなったけれど、喪失感というか、虚無感というか、ぽっかりと自分の体に穴が開いたような気持ちになった。
トン、と壁に背を持たれてそのままズルズルと落ちる。
「……はぁ」
と青息吐息。色んな意味を含んだため息だった。
不安を紛らわせるためにトトちゃんを弄ぼうとしたけれど、そういえばバックにつけたままだった。……ああもうこの気持ち、どうにかしたい。
「……ぁ、日記」
そうだ、こういう時は日記を書いて紙の上に吐きだしてしまうのが一番いい。
辛い時とか泣きたい時は、いつも日記に書くことにしていた。我ながら陰湿だとは思うけれど、これが意外と効果があったりするのだ。
さっそく部屋に戻って机に座り、日記を開いて思いの丈をペンに乗せることに。
一日の出来事につき半ページだけなのであまりスペースはないけれど、自分の中で渦巻く疑問を書いてみた。
初瀬くんのこと。
謎の女性のこと。
私が消えてしまうということ。
「……こうして書いてみると現実味ないなぁ」
多少センチメンタルな内容になってしまった感も否めなくはないけれど、書き終わって少しだけ楽になった気がする。体をぐにゃりと弛緩させて椅子にもたれかかった。
だらけた姿勢のまま、何の気なしに日記をパラパラめくってみる。
日付ごとにページが割り振ってあるので白いページがまばらだった。それでも毎日ではないけど割とこまめにつけてるんだなーと自分でも感心感心…………て、あれ?
めくってる途中で違和感を覚えるところを発見。もう一度肝心のページまで戻ってみる。
それを見て、私は思わず眉をひそめた。
「…………え、これって――」
3
堅い椅子にもたれかかりながら、私は運ばれてきたレモンティーに口をつけた。
狭い喫茶店の割になかなか美味しい。薫りも良い。暖色のライトをふんだんに使ったモダンな店作りは雰囲気が良く、狭苦しさと堅い椅子を除けばまずまずといったお店ね。
……もっとも、こういう喫茶店に訪れる客の中には紅茶一杯で何時間も粘る輩もいるので、お店の回転率をあげるためにあえて堅い椅子を使っているという事情もあるんだろうけれど。
まぁ狭いお店ならなおさらよね。
それに、喫茶店には珍しく飲食品の持ちこみも許可されてるというところも利点だった。おかげで私はこうして持参したケーキにありつけるというものである。
ショートケーキと、それにラズベリータルト。
若干形は崩れているのはやや不満であったけれど、まぁ味に支障はないだろう。
タルトを銀のフォークで小さく切り分け、突き刺す。それから向かいに座っている少年に視線を向けた。
お店に入っても何も頼まず、水一つ手をつけない彼はただ不透明な笑みを浮かべるだけ。大人びてるわけでも大人ぶってるわけでもなく、ただ『そう』見えるだけだけど。
……その顔を見るとどうしても歪ませてやりたくなるのよね。
だから私は挑発するように、たっぷりと嫌みをこめて言ってやるのだった。
「まーたダメだったみたいね、優人?」
「……まぁね、黒木さん」
と彼は――初瀬優人は軽く目を瞑った。
あまり効果が得られないのはいつものことなので別に良いけれど、それ以上に勘に障ることが私にはあった。
「名前で呼びなさいって言ってるでしょう。そうやっていつまでも他人と距離をとって殻に閉じこもってるからグズなのよ。……呼ばないと全裸に剥くわよ?」
キラン、とフォークを光らせてみる。
「……わかったよ、杏樹さん」
さんづけは……まぁ、目を瞑ってあげるとしよう。寛大なるこの私こと黒木杏樹が慈悲深く許してあげるとしよう。――ただし、
「そもそもの話、あなたが口ベタなのが悪いんじゃない。普段から女子に取り囲まれてるハーレム王子が何よあの体たらく? 乙女なの? 純情可憐な乙女ちゃんなの?」
「……いや、はは。面目ない。……誘うまでは良かったんだけどね」
「いつものパターンじゃない。まるでセーブができないRPGよね。いくら進めてもリセットされたら最初から。積み重ねた経験値もゼロになって賽の河原みたいな。……本当に学習機能ついてるの? バカなの?」
「……そこまで言わなくても」
「このくらいじゃなきゃダメよ。いいえ、むしろ足りないくらいだわ。海底の岩陰に潜むタコみたいに臆病なんだもの、あなたは。だったらえげつない銛を使ってでも岩陰から出てこさせるしかないじゃない」
と私はショートケーキにフォークをザックリ突き刺し口に運ぶ。
あら美味しい。
罵倒しつつその分消費したエネルギーはケーキで補いつつ、話ながらも私は早々に完食してフォークをお皿に置いた。
「ご馳走様。……それで優人、今後の方針なのだけれど」
「何か打つ手は見つかったのかい?」
「もしかしたらだけど。……というか、もっと早くに思いついても良かったことなんだけれどね」
「もったいぶらずに言ってみてよ」
「うるさいわね、剥くわよ?」
キラン☆
「……」
押し黙る彼をよそに、私はフォークをタクトのように軽く振る。
「――その前に。優人、あなた本当にできるの? この方法を実行するのも、その後のアフターケアもあなたがしなきゃならないのよ?」
すると彼は静かに頷いた。
透明な瞳でまっすぐに見つめてくる。
「やってみせるよ。……君が僕を理解してくれたように、飛鳥井さんのことは僕が理解してあげられるはずだからね」
「…………ならいいわ」
こういう肝心な時はしっかりしてるのよね、この子は。そこは素直に評価してあげても良いけれど、褒めたところで相好を崩すわけでもないから言わないでおく。
「そろそろ行くわよ。時間が惜しいから、作戦は現地に行ってから説明するわ」
そのかわり、私は席を立って優人の隣に移動した。
「?」
と怪訝そうな顔をするタコが一匹。
「……なんとなくだけど、今回で最後のような気がするのよ。だから――」
私は身を乗り出して、彼のその白い頬に軽く唇を当てる。
接吻する。
それも一瞬だけで、すぐに身を引いて後ろに手を組みニヤニヤしてみせる。
「…………う、あの、黒……じゃなくて杏樹……さん……?」
不透明な笑みはどこへやら、さすがの優人も手を頬に当てながら目を丸くしていた。
してやったりだ。
動揺を隠せない彼の顔に私はひどく満足だった。もう、思い残すこともないくらいに。
唖然とする彼に寛大なる私は優しく諭すように言ってやるのだった。
窓の向こう、沈む夕日を見つめながら。
「所詮私はひよこちゃんの留まり木だもの。――だからあの子のこと頼むわよ、優人」
4
翌日の三月一三日、午前八時一〇分。
学校の玄関に飾られている時計を見て、私は焦っていた。
「うわうわ、もうホームルーム始まっちゃうしっ」
内履きを足に引っ掛けながら、『飛鳥井つばさ』のネームプレートが貼ってある下駄箱のマイロッカーをガシャンと閉める。走る。乱れるスカートも気にせず階段を駆け上がる。
今日は『能力』を使ってない。遅れそうになって使いたい誘惑に駆られたけれど、存在が消えてしまうと言われて使えるほどアイアンハートなわけもなく。
長く険しい階段を登りきり、私はようやく二年四組の教室に辿りついた。けれど、
……んん? 何やら騒がしい感じ。ドア越しにでもそれがわかった。
「何かあったのかな……?」
ドアを開けて中へ入ると、先生が入ってきたと思ったのか一瞬静かになる。一斉に集まる視線に気圧された。けれどそれも私だとわかるとまたそれぞれの雑談に熱中し始める。
よっぽどホットな話題があるのかな。……色んな声が混じり合って聞きとりにくいけど。
初瀬くんの姿は…………あれ、まだ来てない。
たまたま近くにいた知り合い以上友達未満の五木さんに声をかけてみる。
「あの、おはよう五木さん」
「あ……お、おはよ飛鳥井さん。今日はギリギリなんだね、珍しい」
「えへへ、ちょっと寝坊しちゃって。……ねぇ、これ何があったの?」
と喧噪の中心を指差してみる。
すると五木さんは困った顔をした。……別に困っているわけじゃなくて、たぶん、癖みたいなものだと思う。いつもこんな感じだし。
「……あ、えと……初瀬くんのことなんだけどね」
「初瀬くん?」
ドキリとする。まさか彼の名前があがると思わなかった。
「……初瀬くんが、どうしたの?」
「それがね、えっと……昨日、女の子と一緒にデートしてたって噂があって」
「…………」
ああなるほど、と思った。
今まで誰ともつきあおうとしなかった初瀬くんが女子とデートをしていたというスクープがあったとなれば、これだけ騒がしくなるのも納得。ここまで来ると芸能人みたいだけど。
……いや、いやいや。というかまずい。
すごくすごくまずい。
寮の近くまで一緒だったから、目撃されちゃったのかも。……でもそれ以上に。
「(…………もしかして、『飛んだ』ところまで見られちゃった……!?)」
思わず小声が漏れる。
ぶわっ、と熱くもないのに汗が止まらなかった。視点がまるで定まらない。
ガタガタガタガタ……! と今さらながら一人私が震えていると、五木さんは怪訝そうに小首を傾げつつ話を続けた。
「なんかね、私たちと同じ学年の女子みたいだったんだけど、その女の子に見覚えがなかったんだって。しかもすごく強気らしくって、あの初瀬くんがタジタジだったって聞いたよ」
「……へ?」
どこをどう見たらそうなるんだろう。
たしかにデートのように思えた時もあった気はするけれど、初瀬くんがタジタジになる場面なんてなかったと思う。むしろ私がタジタジだったくらいで。
となると、考えられることといえば――
「ねえ五木さん。それってどこら辺とか聞いてない?」
「たしかどこかの喫茶店とか言ってたような……」
「……喫茶店?」
行った覚えは当然ない。
ということはやっぱり、初瀬くんは昨日私の部屋を出た後にデートしてたってこと……?
「その話、もう少し詳しく聞いていいかな?」
「う、うん。私の聞いた範囲でよければ」
それから一通り話してくれた五木さんにお礼を言って、私は自分の席について情報の整理に努めた。ついでに心の整理も。
噂をすればなんとやら――というわけではないけれど、初瀬くんが後ろのドアから入って来たのは先生が来る前のギリギリのタイミングだった。
彼の友人たちが真意を正そうとハイエナみたいに群がるも、
「……ああ、みんなおはよう……」
とやつれきった初瀬くんの顔を見た途端、割れ物に触れるみたいにそれ以上の追求はしなかった。びっくりするほど青白い顔。……一体どうしたんだろう?
私の横を通り過ぎる際、彼は折り畳んである紙切れをこっそりと机に置いてきた。
「!」
突然のことで私は驚いて彼のほうをまじまじ見てしまうけれど、初瀬くんは悟られないようにしているのか知らんぷり。
仕方なく受け取った紙を開いてみる。そこには短くこう書いてあった。
『君に会わせたい人がいる。放課後、屋上まで来て欲しい』
……会わせたい人?
というのはもしかして、昨日彼が言っていた『黒木杏樹』って人のこと?
「……」
たしかに気になりはするけれど。
でもそれ以上に、今は他に私の関心を引くものがあった。それはさっき五木さんが言っていたことについてだ。
「(……一体全体、どうなってるの?)」
左前の席に座りうなだれる初瀬くんを横目に、私はそう呟いた。
デートの相手はたぶんその『黒木杏樹』という子だと思う。
そして五木さん曰く、初瀬くんが謎の少女――仮に『黒木杏樹』と喫茶店でデートをしていたというのは夕方頃。ちょうど日が沈む時だったという。
でも、それってつまり。
私と初瀬くんが一緒にいた頃に、彼は彼女とも会っていたことになるんじゃ……?
5
鬱々と過ごした長い授業が終わり――そして切々と待ち望んでいた、放課後。
私は緊張しながら階段を登り、屋上へと向かっていた。
四階にある三年生の領域を抜けて、さらに上へ。ここの屋上は他の高校と違って珍しく今だに自由解放だった。だから鍵はかかってない。
ドアの前にたどり着いて、一つ深呼吸。
「……よし」
一歩踏み出して。
私はすっとんとんの胸に希望と不安をないまぜに抱きながら、ドアのノブを回した。錆びついた蝶つがいの軋む音がギィッと鳴る。
「ッ」
あまりのまばゆさに目がくらんだ。けれどそれもすぐに慣れてきた。
射しこんでくる赤い夕焼けの光。
照られされてキラキラと輝くフェンス。
そして後ろを向いたままフェンスに手をかける――一人の少年が、そこにいた。
消え入りそうなその背中に私は不安を覚える。
けれど彼は思いのほか軽快に、くるりと振り返った。今朝の青白さはない。その顔にはいつもの不透明な笑みさえ浮かばせていた。
「やあ飛鳥井さん。ごめんね、こんなところに呼び出してしまって」
と、初瀬くんはいつも通りの口調でそう言った。
私は周りをキョロキョロと見回す。でもいくら見ても彼一人だった。
「……ねえ初瀬くん、私に会わせたいって人は?」
「ああ、大丈夫だよ」
……何が大丈夫なのだろうか? と私は首を傾げた。
すると初瀬くんはおもむろに携帯電話をポケットから取りだして何やら操作をし、それから私に手渡してきた。
「再生ボタンを押せば流れるから」
「……どういうこと?」
「いいから押してみて」
「? ……う、うん」
私は言われた通りに再生ボタンを押してみた。
するとガチャガチャ、という音が流れて真っ黒な画面から打って変わる。そしてカメラが誰かを映し出す。
――そこには、尊大な笑みを浮かべる一人の少女が佇んでいた。
►
初めまして、と言ったほうが良いのかしらね。
まぁ私はつばさちゃんのことを前々から知っているからそんな感じじゃないんだけれど。けどあなたの方は知らないだろうから、自己紹介しておくわね。
私は黒木杏樹。
……って、そういえば名前自体は聞いていたかしら。
え? あまり長時間録画できないから巻きで? うるさいわね、剥くわよ優人。カメラを奪いとって全裸のあなたを撮影して差し上げるわよ。
……どこまで話たかしら。ああ、まだ全然だったわね。
――これを見ているあたなは困惑しているでしょうけれど、これはほんの序の口。ここからは心を強く持って聞いて欲しいの。
でないと、このままじゃつばさちゃんが消えてしまうから。
本当はそこにいる優人があなたを説得して解決するつもりだったけれど、なんせその体たらくでしょう? 情けないったらありゃしない。こんな男のどこにキャーキャー言ってるのかしらと傾げた首がもげ落ちそうだわ。
ま、そんなわけでこの寛大なる私が直々に馳せ参じたわけなのだけれど。
……でも、私はあくまでサポート役に徹することにするわ。しょせん私は留まり木の存在なのだし、そこにいるグズがいつまでたっても成長しないわけだしね。
だからヒントだけ。
と言っても、これを見てあなたは大体察しはついているはず。
そのひよこのボイスキーホルダー――トトちゃんだったわね? それに摩訶不思議な力はもちろんあるはずがない。たかだか二〇〇円程度で買えるオモチャにそんな能力がつくはずもないのは考えてみれば明白じゃない?
ワープだとかタイムスリップだとかの愉快な現象も、当然起こってない。
たしかにあなたはものの見事に勘違いをしたわけだけれど、それはいうなれば大昔から人間がしてきたことと一緒だわ。頭の理解が追いつかない目の前の現象を、神様や悪魔の仕業にすり替えることで納得し、心の安定を保つ――それと同じ。
ねぇ、つばさちゃん。
あなたは真実と向き合わなければならないわ。どうしてもね。
だからこうして私の存在から認めてもらう必要があった。人間は幽霊みたいに正体不明なものに恐怖を抱きやすいから、いきなりダイレクトに真実を突きつけるんじゃなく、こういう側面からアプローチしてみたというわけ。
いいわね? これが私の最初で最後のエールよ。寛大なる私からのね。
――勇気を持って望みなさい。真実は時として残酷だけれど、それを乗り越えなければならない時もあるのよ。……もちろん、逃げて良い時もあるんだけれどね。
でも、今はダメ。
逃げてはダメよ。
でないと、あなたが消えてしまうから。近いうちに私によって消されてしまうから。
そんなに不安がらないでも大丈夫よ。そこにいるグズはまぁ、やる時はやる男だもの。きっと力になってくれる。……たぶんね。
あなたの留まり木として私も応援してるわ。
――それでは愛しい愛しい私のつばさちゃん、ご機嫌よう。
■
数分の再生が終わって、私は唖然としていた。
屋上のコンクリートに伸びた自分の影は微動だにしない。その周りを夕日が赤々と照らしている。私は携帯電話から目を離せずに固まっていた。
画面には、微笑んで手を上げたまま静止した黒木杏樹が――――――――ううん。
『私』がいた。
彼女は飛鳥井つばさの姿で、私の声で、私がしない尊大な仕草で、黒木杏樹を名乗って、不敵に笑って、偉そうに喋って、初瀬くんのことをグズと罵って――私にエールすら送ってきた。
「これって、どういうこと……?」
すると目の前にいた初瀬くんが神妙な顔つきでこう言った。
「これは君であって君じゃない。君が生みだしたもう一つの人格だ。――それが『黒木杏樹』という少女だったんだよ」
「……人、格……?」
驚愕する私に、彼は滔々と説明してくる。
「いわゆる二重人格だね。本人には堪えられないようなショッキングな出来事があると、防衛本能で別の人格を作り出すっていう。そして他の人格に切り替わる際に一瞬で空間を移動したみたいに感じる場合もあるって言われてるんだ」
つまり、と彼は静かに紡ぐ。
決定的に。
「君は時間じゃなく――記憶が飛んでいただけなんだよ」
「……!」
絶句するしかなかった。
時間じゃなくて、記憶が……?
「そんな、どうして私が――」
「言っただろう? 本人には堪えられないショッキングな出来事があると、そういった防衛本能が働くことがあるって」
「で、でも! 初瀬くんだって昨日『飛んだ』時は驚いてたし、それに初瀬くんだって飛んでたんじゃ……」
「ごめん、あの時は嘘をついたんだ。悪戯にショックな情報を与えるのはマズいからあの場は君に合わせたってだけ。それに僕が飛んでいたっていうのも、それもやっぱり君の記憶が一瞬だけ飛んでそう見えただけだと思う。混乱させてごめんね。……それとついでに、これを勝手に拝借したのも謝っておくよ」
そう言って彼がポケットから取り出したのは、一枚の紙切れ。
見覚えがあった。というかもしかして、私の日記帳……?
昨日の夜にたまたま見返していた時、一ページだけ破れてあったのを思い出す。それも今日聞こうとしていたところだった。
差しだされた紙切れを受け取ろうとして、ひょいと初瀬くんがお預けしてくる。
「……いいかい? 心を強く持つんだよ、飛鳥井さん」
もう一人の私――黒木杏樹と同じことを、真剣な眼差しでそう言ってくる。
自然、ごくりと喉が鳴った。
「…………う、うん。わかった」
震える手で受け取って、折りたたんであったそれをさっそく開いてみる。そこには――
「?」
そこには、何の変哲もない文章が書かれてあるだけだった。
家族で旅行に出掛けていた弟が、お土産を渡しに次の日に尋ねてくるという吉報をほくほくと綴ったもの。……こんなの、いつもと全然変わらないと思うけど。
そう思いつつ何気ない調子でクルリと紙をひっくり返してみて、
一瞬で喉が干上がった。
『 二〇× × 年 一月一〇日 金曜日
大ちゃんが死んでしまった。
青だった。信号は青だったはずなのに! トラックが突っこんできて、大ちゃんをはね飛ばした。殺した。殺した。血がびしゃって飛んで、グチャグチャで、大ちゃんの脳みそが出てて、ピンク色をしていて、ああもうやだ。なんで。どうして。いやだ。いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだい』
「………………ッ!」
何、これ。
グチャグチャだけど、たしかに私の字だった。
震えながら書いたようで文字はミミズばっている。大きさも不揃いで、罫線を無視したようにはみ出していた。力を入れすぎたのか何度もシャーペンの芯が折れたような跡も。最後は何が書いてあるのかもわからない状態だった。
……というか。
大ちゃんが。
私の弟が、死んだ? トラックに轢かれ――――
「轢か、れ…………て…………ッッ」
瞬間、私の頭に映像が次々と飛びこんできた。
――真っ赤な夕焼け、隣を歩く弟、ゼブラーゾーン、青信号、駆け出す弟、悲鳴を上げる私、猛スピードのトラック、弾け飛ぶ弟、動かない死体、赤い血だまり――
弟が死んだ時の出来事が、ありありと私の頭に再現された。
「――――――――――――――――――――――――――――ッ」
叫び声を上げたつもりが、声も出なかった。
途端に見えていた世界がグラリと傾く。
……違う。
傾いているのは自分だった。足の力が入らない。地面がすぐそこまで迫ってくる。
「飛鳥井さんっ」
倒れかかった私を、誰かが支えてくれた。あ、初瀬くんだ。と妙に冷静な頭がそう認識する。
「気をしっかり持つんだ。酷だろうけど、君はこれを受け入れなきゃならない。……でなきゃ君は彼女に存在を呑みこまれてしまう……!」
「大、丈夫だよ初瀬くん。……意外と私冷静っていうか、平気みたいだから」
安心させるために笑みを作ってみせる。
けれど、彼は逆にさっと青ざめた顔をした。私を抱えた手に痛いくらい力が入る。
「それは逆だよ飛鳥井さん。君は今、事実を受け入れられないがために自分で自分を客観視しているだけだ。対岸の火事を傍観するみたいに、自分のことを他人事として捉えているに過ぎない。燃えているのは自分だっていうのに……!」
「い、痛いよ初瀬くん」
「そしてその後、君は黒木杏樹に意識をバトンタッチする。記憶もさっぱり忘れて『リセット』してしまう。…………そういうパターンだったんだよ、君の場合。僕は何度か飛鳥井さんに事実を受け入れさせようとしたけれど、ことごとく失敗した」
「あ、はは。何言ってるの初瀬くん」
こんなに心は静かなのに。まるで深海の底にいるみたいだった。
すると彼は何かを決意したように一人呟く。
「……仕方ない、これは奥の手だったけど」
「……?」
「ごめん、飛鳥井さん」
首を傾げる私に、いきなり初瀬くんの顔が迫ってきて、
「……んんゥッ!?」
唇を塞がれた。
今度は人差し指じゃなくて、正真正銘のマウストゥマウス。
見開いた私の目に映るのは、瞼を閉じた初瀬くんのドアップな美顔である。と冷静に客観視していた私もさすがに限界だった。
「――――――――――――ッッ!?!?!?!?」
う、え、何コレ初瀬くんとキスッ……キスしてる!? 地味子の私があの初瀬くんと!? どっどど、どうなってるのこのシチュエーションーーーッ!!??
と、突き抜けるような驚きと一緒に視界が一気に鮮明さを取り戻す。
さながら海の底から海面に浮上したみたいだった。ようやく解放された唇をパクパクさせて、私のファーストキスを強奪した張本人を見上げる。
だけど王子様然と澄ました顔の彼は、
「目が覚めたかい? これは杏樹さんの提案でね。意識を引き戻すには多少のショック療法も使わなきゃって。君の性格上、コレが一番ダメージを与えられるって彼女が豪語してたんだ。……僕が役につとまるかどうか不安だったけれどね」
と身も蓋もないことを言う。
まぁ仕返しを果たせたからちょうど良かったかな、と彼は謎めいたことまで呟いた。
「でも、こんな僕だからこそ君の力になりたかったんだ。君と同じようなものを抱える人間としてね」
「え、初瀬くんも? 私と同じって……」
「飛鳥井さんみたいに二重人格までいかなかったけど、まぁ防衛本能の一つだね。さっきの君みたいに自分を常に外側から見るような感覚に陥ってた時が僕にはあるんだ」
というのはね、と彼は胸元から何かを取り出した。
「それって――」
チェーンと一緒に出てきたのは、昨日私がまじまじと見ていたものだった。
銀色のペンダント。
ロケット式のようで横にあるボタンを押すとカパリと蓋が開いた。中には写真が納められている。
そこに映るのは今より少し幼い初瀬くんと、彼に無邪気に抱きつく一人の少女。
初瀬くんは懐かしむように指先で彼女を撫でながら、
「……君が弟を亡くしたように、僕は妹を病気で亡くしたことがあるんだよ」
と、そう言った。
「……」
似たもの同士。
今朝、そう言っていた彼の言葉が蘇る。
「まぁ、今も少し引きずってるんだけどね」
と彼は照れくさそうに頭を掻く。
「ねえ初瀬くん。……その、黒木さんが私を消しちゃうっていうのはどういうこと?」
「ああそれは、控えめな飛鳥井さんに対して彼女の我が強すぎるから――って杏樹さんは言ってたよ。多重人格の人間で、例え主人格でも弱りすぎると他の人格に消されてしまうという症例はあるにはあるらしいんだ」
そこら辺の感覚は本人たちにしかわからないんだろうけどね、と彼は言う。
「じゃあ、トトちゃん……じゃなくて、ひよこのボイスキーホルダーのことは?」
「ああ、それはトリガーだ」
と初瀬くんは即答する。
「トリガー?」
「そう。君の悲惨な記憶を蘇らせるためのトリガー。心理学用語じゃ『リマインダー』っていうらしいんだけどね」
「?」
と私は小首を傾げる。事故とひよこの鳴き声に何の関係が……?
すると彼は人差し指を立てて、
「信号機の音響装置だよ」
と短くそう言った。
「……音響装置? って、もしかしてあの、信号を渡る時に流れるあの音のこと……?」
初瀬くんは深くうなづく。
「弟さんは青信号を渡っていた時に事故にあったそうだから、ずっと鳴っていたその音が飛鳥井さんの耳にこびりついたんだと思う。音響装置のメロディーはカッコーとか歌とか色々パターンがあるけど、それが偶然君のキーホルダーの音と一致していたんだよ」
……まさか。
まさかそれって――
そして初瀬くんは、愕然とする私に向かって静かにこう告げた。
「――そう、ひよこの鳴き声だ」
エピローグ
二〇× × 四月二〇日 日曜日
あれから数日が経って、私はようやく落ち着いた。
といっても大ちゃんが――弟が死んだことを受け入れるのは辛かったけれど。でもそんな時は優人くんが積極的に相談に乗ってくれたので、だいぶ助かった。
……クラスのお歴々たちからの視線がアレだけど。彼が急に『お互い名前で呼び合おう』と言ってきたのも火に油だった。
おかげで『地味子』は返上されたというか、今になって思えば私が地味だったからこそ、あの時彼とデートしていた私(中身は黒木さん)のことを生徒が見てもわからなかったんじゃないかなって。振る舞いも全然違うし。
それから、優人くんもどこか落ちこんだ様子だった。
というのも黒木さんがあれからもう出て来なくなったからだと思う。私が真実を受け入れることで役目を果たしたんだって彼は言っていた。
自分の本質を理解してくれる。その上で強引にでも土足で心の中に踏みこんでくる人というのは、彼にとって特別な存在になるほどだったらしい。
私も彼にとってそんな存在になれたらいいなぁ……なんて。いや、下心とかでなく純粋に恩返しという意味で。
これから優人くんとどうなっていくかは――正直さっぱりだけど。
けど、この日記に書くのは愚痴とか暗いこととかじゃなくて、明るくて楽しいことを書いていけたらいいなって、今はそう思う。
►
日記を書き終わり、私は静かにそれを閉じた。
「ふぅ……んっ」
机から椅子を引いて大きく伸びをし、部屋の窓から差しこむ西日の光に目を細める。それから日記帳をしまおうと机を開けると、
「…………ん? これって……」
何やら奥に小さな袋が見えた。なんだろう?
手にとってみると小さい紙袋だった。怪訝に思って貼られていたテープを丁寧に剥がして中を覗きこむ。するとそこにあったのは、
「キーホルダー……?」
それも驚いたことに、ひよこのデザイン。
一瞬トトちゃんが浮かんだけれど、ボイス機能がない普通のものだった。どうしてこんなのが入っているんだろう?
ふと、弟が家族で旅行に行っていたのを思い出す。それで私にお土産を渡そうとした時にあんな事故に起こって――
「…………ぁ」
と私は思わず声を漏らした。
――もしかしたらこれは、自分で入れておいて記憶が『リセット』されて忘れていただけなのかもしれないし、もしくは黒木杏樹がしたことなのかもしれない。今さら追求したところで答えが出てくるわけでもない。
でもひょっとしたら、と私は思う。
トラックに轢かれる寸前、弟が『飛んで』きてくれたのかもしれない――と。
このひよこを使って、時間と空間を飛び越えてきてくれたのかなって。
「……大ちゃん――」
頬杖をつきながら、私はリングをつまんで夕日の光にそれをかざしてみた。ユラユラと揺れる様はなんだか愛おしくて。
オレンジ色に染まったそのひよこは、ひどく滲んで見えた。
2014年のGW企画に投稿した作品です。
○GW企画テーマ:矛盾・パラドックス
※矛盾やパラドックスを用いて、物語にしてください。最強の矛と最強の盾を同時に登場させる作品も可能です。
作者様が「これは矛盾(あるいはパラドックス)を扱っている作品だ!」と言い張る事ができれば、テーマを満たしているとします。
○お題:10、翼、嘘
※三つのお題の中から少なくとも一つを選択し、使用してください。文字列、比喩、テーマなど使用方法は制限しません。
◆使用したお題:翼、嘘、10
◆一行コピー:このひよこには、時間と距離を超えて私を運んでくれる翼があった。
◆作者コメント
今作の課題は『別のジャンルから持ってきたパターンを自分なりの形にして加工してみる』というものでした。……が、うまくいったかどうかは少し自分でも判断がつかないというのが本音です(笑)
さておき今回企画を立ち上げてくれたミチルさん、並びに有志の皆さんに敬意と感謝を。 拙いながらも蟷螂の斧な姿勢で参戦させて頂きます。
2014年04月27日(日)00時47分 公開
お話を読ませていただきました。
よく考えられたお話だと思いました。初瀬君いいなあ。典型的なイケメン君ですね。たぶんMだと思うので、主人公ちゃんが肉食系になれば可愛い彼を見られるのではないかと思います。あ、でも今のままでも王子様みたいに優しくリードしてくれそうですよね。それはそれで萌える展開ですな。壁ぎわに追い詰めてドンとかはしてくれないんだろうなあ。個人的にはそういう初瀬君が見たい。ウェヒヒ。ちなみ僕はノーマルです。
お話の構成についてですが、難しいテーマをうまいこと料理されたなと思いました。ただ、作者様としてはもう少し枚数が欲しかったのではないでしょうか。上限が百枚ならもっとたくさん書けたのではないかな、と。短編の呼吸で書かれていますが、十分中編・長編にしても書ける内容だったと思います。初瀬君にいたずらしたり、初瀬君の挙動にどきどきさせられたり、初瀬君の男らしいところにキュンとなったり、弟くんのことでもっと色々イベントを起こしたり、最後をもっと丁寧に仕上げたりと、色々できたと思うのですよ。
キャラクターについて、主人公ちゃんがよくあるゲームの主人公みたくあまり個性がないのですよね。設定的な特徴ではなく、会話内容や動作から嗅ぎ取れる人間性と言うか、癖というか、とにかくそう言うものがなく、では初瀬君はどうかと言うとこっちもやっぱりおとなしめ。ストーリーのギミックを楽しんでもらうためのキャラクターたちなのでしょうが、今一つ魅力を感じられなかったです。この手の一人称小説では、やっぱりキャラクターを愛せるということが、ストーリーラインよりも先にくると個人的には思うのです。枚数制限という壁があったのかもしれませんが、もっと濃くしてほしかったかなと。
ストーリーについて。これは良かったと思います。よく考えられて書かれていると感じました。ひよこの鳴き声のくだりは、なるほどね~と唸らされました。ただ、もう少し初瀬君といちゃつきたかった。初瀬君のかっこいいところを見て萌えたかった。初瀬君の一挙一動にどきどきしたかった……! 弟君のことを受け入れる過程で初瀬君に相談に乗ってもらって、シチュエーションに悶えて「脳汁出ちゃうのほおおおおおお!」とアヘ顔ダブルピースしたかった(僕はノーマルですよ!)。
色々書きましたが、よくまとまった作品なのではないかと思いました。
【評価】
1 テキストは読みやすいか、面白いか
2 シナリオは読者を飽きさせないものだったか
3 キャラクターは魅力的か
こんにちは。感想書かせていただきます。
オチは黒木と初瀬のデートについての話題で読めましたが、
大ちゃんの伏線やひよこの意味には気付きませんでした。
お見事です。
ただ曜日覚えてないと冒頭の日記日付が震災翌日に見えるというのは蛇足に感じました。
舞台が東北だとか、他にも匂わせる要素があれば釣り針として機能したんでしょうけど、
半端に感じました。
もし何も意図がなかったらすみません。
では。企画楽しんでいきましょう。
お疲れ様です。としき、と申します。
拝読しました。
設定が練られていて唸りました。
エピソードの中にさりげない伏線が絡んでいるのも、上手いなと。
>『別のジャンルから持ってきたパターンを自分なりの形にして加工してみる』
これも、うまく組み合わされていて成功していると思いました。
「実はxxxx」はありきたりな印象を持ってましたが、アイデア・使い方次第なのだな~と改めて思った次第です。
拙い感想ですが、以上です。
執筆お疲れ様でした。
GW企画の執筆、お疲れさまでした。
御作を拝読いたしましたので、感想を記したいと思います。
※この感想にはネタバレが含まれています。
>一瞬で現れた気がするけど。それに、『飛んできた』っていうのは――
見事に騙されました。ここの展開、上手いですね。
>「信号機の音響装置だよ」
この設定も見事だと思います。
かなり説得力がありました。
昔、自分でも二重人格のヒロインのストーリーを書いたことがあって、
元の人格に戻る時に、やはり何事も無かったような描写になるので、
「おっ、これって、タイムリープものに使えるかも」と思っていたので、
そのお手本を見せていただいたようで、感動しました。
気になるのはトリガーについて。
つばさ→杏樹のトリガーは、上記のようにお見事だと思いますが、
実際には、杏樹→つばさのトリガーも必要だと思います。
これがうやむやにされていたのは、個人的には片手落ちだと感じました。
あと、このような二重人格を持った主人公が、寮暮らしを継続させてもらえるものでしょうか?
主人公は弟が亡くなったことを認識しておらず、このことは両親も当然分かっているはずです。
実は、昔、自分で似たような二重人格ヒロインのストーリーを書いた時に同じようなコメントをいただいて、
いまだに解決できずにずっと悩んでいるのです。
なにか上手い説明方法がないものか、教えていただけると嬉しいです。
ラストは、枚数のせいか、ちょっと消化不足のような気がしました。
(自分の読解力不足のせいもあると思います。スイマセン)
すごく残念なのは、テーマの「矛盾」がほとんど感じられなかったこと。
真相は二重人格だから、タイムリープと解釈すると矛盾が生じる、ということなのでしょうか?
(もしそうであれば、そのような展開と「矛盾」という文字列を入れてもらえるとわかりやすかったと思います)
ということで、大変申し訳ありませんが、かなり低めの点数にさせていただきました。
通常の投稿室で読んだのであれば、もっと高い点を差し上げていたと思います。
好きなストーリーだっただけに残念です。
お題は、「翼」は主人公の名前や『飛ぶ』ことについて、
「嘘」は上記の初瀬くんの最初の行動について、
「10」は初瀬くんとの距離でした。お見事だと思います。
その他、細かい点について。
>『鏡に映る自分はほんの短い時間だが、厳密には未来の自分ということになるのだよ』
「過去の自分」のような気もしますが・・・(間違っていたらスイマセン)
>「ちゃんと着いてきてよー?」
「ついてきて」もしくは「付いてきて」でしょうか?
いろいろと書いてしまいましたが、個人的にはとても好きな作品でした。
今後のご活躍を期待しています。
kzと申します。拝読しましたので、コメントさせていただきます。
率直にいって面白かったです。テーマが矛盾で、題材がタイムリープ。誰もがタイムパラドックスを連想するでしょうが、まさかそれがミスリードだったなんて。中々粋なドンデン返しでした。
御作はいわゆる広義のミステリーに分類されるのでしょうか。ですからその観点で見た場合、いくつか不満があります。
一、ミステリーに二重人格を用いるのは安易過ぎる
御作の場合、いわゆる本格ミステリではないので、そこまで気にする必要はないかと思いますが、それでも二重人格をトリックに使うのは安易過ぎます。信頼できない語り手というのは、やはり読者にとってフェアではありません。まあ狭義のミステリではないのでフェアである必要はありませんが、アンフェア感は拭わないといけないでしょう。
二、伏線が少ない
それでも二重人格オチに説得力を持たせたいならば、もっと伏線を張るべきでしょう。意外と読者というのは鈍感なものですので、大胆に伏線を張っても気づかないものです。仮にわかっても話自体が面白ければ、「あ、やっぱりそういうオチか。納得納得」と満足してくれるものです。ですからトラウマとリマインダーに関する伏線を前半に沢山張って見るべきではないでしょうか
感想は以上です。少しでも参考になれば幸いです。
追伸:御作は高畑京一郎『タイム・リープ』を念頭に置いて書かれたのでしょうか? 恥ずかしながら未読なので何ともいえませんが、何となくそんな気がします。
こんばんは、GWケモノと申します。
本作を読ませて頂いたので、感想を書かせてください。
あんびりーばぼー。
タイムリープものと思いきや、すっかり騙されました。日記を使った冒頭の引きつけ方といい、不気味な初瀬くんの描写といい、黒木さんの登場といい構成が見事で最後まで飽きずに読むことができました。
ただ、全体的な出来は申し分ないのですが、細かい部分をもう少し丁寧に扱って欲しいと思いました。
特に大ちゃんがどんな子なのか、もっと描写を増やして人となりがそれとなく分かる程度の存在感は出して欲しかったと思います。
初瀬くんと黒木さんの馴れ初めも気になりますし。彼が黒木さんに惹かれているような描写がありあしたが、その辺りのきっかけもそれとなく分かるように書いて欲しいと思いました。
タイムリープものかーとか考えていたけど、
そういう意味での『飛んだ』か。なかなか捻りを効かせているね。
ただ、ストーリー的にはちょっと退屈だった。
登場人物の心が穏やかで、あまり変化が見られないというのもあったし。
大ちゃんはちょっと出して終わりじゃ、可哀想だろうな。
なんというか、姉の記憶の「だし」に使われたような気がしてさ。
あとは前半でつばさがよく「飛ぶ」じゃない?
あれで結構、頭が混乱しちゃってね。
正直、ついて行けるか不安だった。
最後まで読んだら、それぐらいつばさが情緒不安定だったんだなって
分かるんだけど、何も知らない体で読むと、ちょっときついかもね。
おもしろかった! すげえ!
タイムリープものかとおもいきや、おお…なんという…。真実がわかったときの衝撃がすごくて、うわあ、うわあ…。
冒頭から謎めいた能力やら人物やらいて、おおなんだこいつら、いったいどういうこっちゃ、なんて読みすすめていけば、時間は飛んでなくて、人格が入れ替わってただけだなんて…。ひよこのキーホルダーの理由やら、黒木さんって人格が作られた理由とか、たたみかけるように衝撃的な事実が明かされて、インパクトがすごかった…。あ、落としたショートケーキとラズベリータルト、きっちり食べてますね!(ん、こいつ、はつせくんからもケーキもらってたから、一日でよっつもケーキ食べてる計算に。た、食べすぎぃ!)
文章よみやすかったですし、おもろい表現がいろいろあってすてきでした(冒頭からいきなり「未来人がいた」とか、ふふっ。すげえ)。導入も丁寧で、しっかり舞台をイメージできました。なんかもうとにかくよかったです!
とくに不満ないんですけど、あえていわせてもらうと、読後感がぼくのこのみとちがってました。死んでしまった弟を想って、しっとりみたいなかんじなんですけど、弟さんのことをよくしらないので、あー、くらいなかんじです。んー、途中のインパクトが強すぎて、それがそのまま残っちゃったのかも。
ぼくは、はつせくんとの関係をもっとにおわせてくれそうなラストがよかったですー。黒木さんがいなくなっちゃってさみしい、ってなってるんじゃ、これからが心配、みたいな。なんというか、つばさちゃんが、暗い過去を乗り越えて、明日への一歩を踏み出せそう、ってのを想像できるラストになると、黒木さんが消えた理由も納得できるし、よかったなぁ、いい話だった、みたいになるんですけど…。
あ、とにかく、おもしろかったです。たのしませてもらいました。ありがとうございます!
ではでは失礼しました!
企画参加お疲れ様です。ひながたはずみと申します。簡単ではありますが感想を残させていただければと思います。
この感想はネタバレを含みます。未読の方はどうかご覧にならないでください。物語の魅力が半減します。
不幸な少女が現実を正面から受け止められるようになるお話でした。
「文章」
あすか、杏樹、共に性格が現れている文体でした。読みやすい上に楽しかったです。
「設定」
練られてましたね。かなり時間をかけて書かれたのだと思います。ひよこの使い方も秀逸でした。っていうか、ひよこ、は先回の企画の名残ですか・・・?
ほかの方も書かれていますが、杏樹からの交代のきっかけなど、書きにくいですけど、やっぱりちょっと詰めきれていないと感じた部分もあります。杏樹がどうして毎日トイレに行って切り替わったのか、とか。もしかしたら設定はあって、彼女の一人称なので書けなかった、というだけなのかもしれませんけど・・・
「構成」
興味を引く冒頭、徐々に明らかになっていく能力と優人との関係。うん、ミステリーっぽい。自分の存在が消えるとは何を意味するのか、など謎が解明するたびにあれは、これは? と浮かんでくる別の謎に対して答えていく構成、そして伏線はこちらもよく練られていたと思います。
「キャラ」
あすか 語り口が軽快で読みやすかったです。自分に自信がない日陰っ子。
杏樹 あすかから生まれた真逆の女性。だからこそあすかが生み出したということにも説得力があったと思います。自分が消えることを受け入れていましたが、そのあたり、彼女の本心がもう少し語られていてもよかったのではないかと思ったり。
優人 優しい人でした。彼はこう、助けたいというだけの利他的な動機からあすかに近づいたのか、それともMなのか・・・彼と杏樹(あすかではない)とがいつどこで初めて会ったのかが私の乏しい想像力では思い描けなかったです。
「矛盾」
タイムパラドックスを逆手にとったミスリード。
内向的なあすかと外向的な杏樹。
タイムパラドックスというテーマを逆手にとったミスリード。矛盾企画としては私はあり、だと思います。執筆お疲れ様でした。企画楽しんでいきませう。
企画参加おつかれさまです!
ひよこにつられてきてしまいました。
以下ネタバレあり。未読のかたはご注意ください。
おお、そうきたか!! と驚きました。
なるほど、タイムリープじゃなかったんだなぁ、おもろいなぁとは思ったんですが、彼女が二重人格になるほどのショックのもととなる、弟の重要性などが書ききれていなかったのが残念に思えました。
他のかたも指摘されていますが、枚数不足だったのかな、と。
展開が前半まったりで中盤から急だったような気がします。
初瀬くんも妹を亡くしていた、という事実も終盤で開示するのではなく前から明かしていたら伏線としてうまく機能したんじゃないかなぁ、と思ってしまったり。
惜しいです。
とくに最後の、弟がもしかしたら『飛んで』とどけてくれたのかもしれない、という余韻を残す終わり方がとても良かったので、これで主人公と弟との具体的なやりとりが中盤あたりに仕込まれていたら(回想など)涙していたかもしれません。
というわけで、自分的にはこの点数で!
おつかれさまでした!!
ミチルと申します。このたびはGW企画に作品を投稿してくださり、真にありがとうございます。
やられたw こんな作品を待っていた! という興奮に見舞われました。以下、詳細な感想に入ります。
<文章>
主人公の一人称。独特な語り口で、読んでいて楽しかったです。スクロールする手が止まりませんでした。お見事です。
<構成>
思わずドキリとするような冒頭から始まったおかげで、その後の日常描写をドキドキしながら読みました。どんな物語が続くのだろうと楽しみでした。
本企画を逆手に取ったどんでん返しは、期待以上でした。その点は大きなプラスです。
後半でやや駆け足気味になったものの、よかったです。
<設定>
・ヒヨコ
かわいい。しかし、かわいいだけじゃない。よく活かされていたと思います。
・飛鳥井と黒木
この二人の関係も、よかったです。
<キャラ>
・飛鳥井
主人公。彼女の一人称により、物語は進む。一人称というのがミソですね。勉強になります。
・優人
主人公を導くメインキャラ。実は、能力の使い手という設定もよかったです。
・黒木
御作のキーパーソン。その正体には、驚かされました。
すごくよかったです。これからも執筆を頑張ってください!
おはようございます。たぬきです。
音がトリガーになってるという点と、交差点。このネタはよかったです。
キャラクターも好みでした。
黒木さんは少しだけ出てきましたが、会話や手紙で強気な性格を見せるだけではなく、もう少し他にアクションを起こさせて我が強いという印象を与えたほうがいい気がします。個人的ですが、ちょっと強すぎる彼女の性格はあまり好みではありませんでした(もちろん意識してそうされているのだと思います)
それと、ひよこのキーホルダーと同じくらい日記帳がキーアイテムになるので、もう少し序盤にも絡めてほしい気はしました。
ではでは。これにて失礼します。
肉球と申します。
御作を拝読しましたので、感想を残していこうと思います。
面白かったです。
最初の書かれ方から見て、時かけを連想しながら読んでたんですが、結末まで読んで納得しました。
自分には絶対書けないタイプの話だな、と若干嫉妬すら覚えます。
御作は少女の一人称なわけですが、まず文章の上手さがクオリティの下地になっていると思います。
表現が工夫されており、するすると読める割に、いいものを読んだという満足感も得られました。
ただ正直なところを申しますと、書かれ方が好みじゃなかったです(´・ω・`)
自分が男なせいもあって、少女視点の一人称があまり受け付けなかったこと、またその弊害で主人公の外見が若干控えめ(美的な意味で)に描写されていること、途中で杏樹視点に変わる時に読書のテンションが少し下がること。
全て自分の好みの話なわけですが、以上の要因から三人称で書いてほしかったなって思いました。
視点切り替えにおいては、実はこれ厳密に言うと変わってないんですよねw
それに気づいた時は面白いと思ったんですが、反面オチを考えると少し卑怯かなとも思いました。
物語で言えば、主人公がタイムリープである、と自覚してしまっているのがちょっと残念でした。
書かれ方から考えれば、これはタイムリープではなく別の何かなんだよー と作者様自らが明かしているわけで、その状態でこのオチを見ると、若干安易な気がしてしまいます。
なので、出来れば、読者と主人公に現象の正体がタイムリープであると誤認させるところから始めて欲しかったな、と。
ただ、尺を考えるとこちらも厳しいのかもしれません。
色々書きましたが、面白かったのは事実です。
終わり方も切なくて良かったな、と。
以上です。
ではでは~ ФωФ)ノシ
GW企画の執筆、お疲れさまでした。
作品を拝読させていただきました。
拙いながらに感想を書かせていただきます。
■総評
SFと見せてずらしてくる設定は秀逸でした。
読みやすいだけでなく抑揚もあり、企画の中でも好きな作品です。
設定やキャラクターも生きていますし、こんな作品を書きたいですね。
この文章量で読ませる作品としては秀逸だと思います。
■文章・文体
ものすごく上手で、すらすらと読めました。
基本的に一人称で進むので、黒瀬さんのパートと最後に日記には少々違和感がありました。
でも、流れが良いだけの作品よりも、少し読むのを抑える場所も必要なんだなと思えました。
勉強になります。
■世界観・設定
現代を舞台にしたSFとみせての。
世界観自体には特に大きなひねりはないものの、能力の使い方で魅せられます。
こんな風に能力を使った、って話がもう少しあっても良かったかも。
■キャラクター
つばささんのキャラクターが何とも素敵でした。
可愛く無邪気で、時々おっさん……秀逸です。
初瀬くんもイケメンで、好感しか湧かないです。
さらに優しいとか……でも、これだけ盛ってもいやらしさがないんですよね。
描き方が本当に秀逸です。
黒木さんも他のキャラクターとの対比ができていて良いです。
■構成・内容
能力を見せ、秘密を知るかもしれない者の登場、種明かしと流れも綺麗でした。
初瀬くんの気持ちがゆっくりと表れてくるところも素晴しいです。
黒木さんが知らない人に見えた、というのは少し違和感も。
最後に悲しい終わりになってしまうのは、勿体なかった気がします。
でも、弟への気持ちをどこに入れるかとなると最後なんですよね……。
最後の最後に初瀬くんとの幸せな将来、みたいなものが見えると救いがあったかもです。
つたない感想なので、ちょっとした参考にしていただければ幸いです。
次作も楽しみにさせていただきます。
こんばんは、作者様、高山ゆうやと申します。
御作、拝読させていただきました。
ラストシーンが切ないですが、そこに至るまでの経緯が納得の行くもので、良かったと思います。
タイムリープと思わせておいて……、このトリックがしっかりとしていました。
主人公と黒木さんの関係性が明らかになっていく過程は、怖さを感じました。
黒木さん、抑えたところがあるのが独特で、自分がどういう存在か、わかっているからこその警告。これはなかなか良いキャラクターだと思います。
主人公と初瀬くん、二人でトラウマを乗り越えていくところ、この場面も良かったと思います。初瀬くんが男を見せるのがいいと思いました。
惜しむらくは、このあと、主人公と初瀬くんがどうなるのか? このあたりの描写が欲しかったと思います。
しかし、全体的にまとまっていて面白かったです。いつかこのぐらい書けるようになりたいと思いました。執筆お疲れ様でした。
拝読しましたので、感想を書かせて頂きます。
>いやいやいや。
>待て待て待て。
>……あそっか、『一緒に(土に)還らない?』という一種の心中のお誘いなのかもしれない。墓地でお墓の堀りあいっこをして、>『初瀬くんのお墓はすごく深く掘ってあげるからね、エヘヘ☆』『じゃあ飛鳥井さんのはハート型にしようちゃうぞぅ!』とかそんなキャッキャウフフ的な展開だったりして。
>……混沌たる思考だった。
>我ながら理解不能である。
>平たくいえばパニックになった私に、トドメとばかりに初瀬くんが追撃してくる。
>「ダメかな? やっぱり僕とじゃ」
このくだり、気に入りました。ホントに混沌としていますねw
>ホームルームが終わった時に初瀬くんがこっそり『裏門で集合しよう』と言ってくれたので、私はこうして裏門くんだりまで来たみたけれど。
「裏門くんだりまで来てみたけれど」とか、こういう言いまわしも個人的に好きです。(ついでに、コピペしながら誤字を一個発見してしまいましたが、それはまあ)
取り立ててどうというほどでもないのですが、細かい言葉の使い方や言いまわしが面白く、才気が感じられました。
さて、次に内容についてですが、
《以下ネタバレを含むので未読の方はご注意ください》
まあ、一応少しぼかして書きます。
本作の根幹となっているアイデアは、トリッキーな小説ではわりと良く使われるモチーフなので、オリジナリティと意外性はそれほど高いとは思いませんでした。
ただ、仕込み方はかなりよく練られていて、伏線もそつがないと思いましたし、短編としてテンポよく纏められていてかなり楽しめました。
前半、ヒントとなる情報がわりと色々あったので、3の頭あたりで何が起こっているのかは概ね判りました。
こういう作品は、読者がどのタイミングで気づいたかという事は重要な情報だと思うので、私の場合はどうっだったか簡単にお伝えしておきます。
まず、わりと大きかったのは序盤の、
>携帯を確認してみると待ち受け画面の時刻は……七時一二分かぁ。思ったりより飛んじゃったみたいだ。
>家を出たのが六時五〇分くらい。ということは二〇分くらい経っていることになる。
これです。あれ? と思いました。
普通の移動時間なので、主人公が『飛んだ』と言っている(思っている)現象は、単にその間の記憶がないだけなんだなと。そこまでは察しがつきました。
なので、これはヒントとして少し親切すぎる気もしましたが、さりとてこれを書いておかないと逆にアンフェア気味ですからね。ストーリーにトリックを仕込む時、伏線は分かりやすすぎても、分かりにくすぎてもダメ。難しいところです。
ただ、この時点ではまだアイデアの核心にまでは思いいたらなかったので、テンポの良さともあいまって3の冒頭あたりまでは、先の展開が予想できないまま読み進むことができました。
決定的だったのは、3の少女のイメージが主人公の真逆だったこと。これでだいたい判りました。
私からはこれくらいです。企画参加お疲れ様でした。
企画作品の執筆、お疲れ様でした!
読みましたので、感想書きます!
▽面白かったです! 序盤から終盤まで見事な展開で、リズム良く読み進めていくことができました。
オチも秀逸。この発想はなかったです。色々と自分なりに予想はしていたんですが、見事に裏切られてしまいました。インパクトは大きかったです。
▽個人的には、主人公をもっと個性的なキャラクターにしてみてもよかったかなと思いました。今回は何の変哲もない普通な感じだったので、何か一点光るものがあると、なお良かったかな?
▽弟くんのエピソードがあまりなかったので、その辺りの描写がもう少し欲しかったところ。また、男の子と副人格の関係をもっとストーリーに絡めて、主人格と副人格のどちらを取るのか、男の子の葛藤なんかを描くと、テーマの「矛盾」らしさがもっと出せるかも知れません。
>二〇× × 四月二〇日 日曜日
#一つ気になったのが、終盤の日記ですね。確か、物語が動いていたのが3月だったハズ。日記には『あれから数日~』とあったので間はそんなに経っていないのだと思いますけど、そうなると時間軸がちょっとおかしくなるような。少し混乱してしまいました。
▽他の方も言われてますが、枚数に余裕があれば、多分もっと面白い物語になっていたことだろうと思います。欲を言えば、枚数制限もあり難しかったと思いますが、制限に負けずに上手く纏めて欲しかったです。
とは言え、面白かったことは揺るぎない事実。楽しい一時をありがとうございました。
短くなってしまいましたが、感想とさせていただきます〆
こんばんは、雪消陽という者です。
まんまと騙されました。
読み進めながら、頭の隅にはどこか『時を駆ける少女』があったんです。
時間渡航することで存在を消されるほどの弊害が!?
なんて思っていたんですが、種明かしをされた時点で「やられたー!」と。
気持ちよく引っかかってました。
ミスリードしながら違和感なくお話を展開させて気持ちよくどんでん返し。
いやはや、そんな芸当が出来てしまう筆力がうらやましいです。
ちょっと構成力を分けていただきたいものです。
個人的に気になったのは、文章の間におかれた記号ですかね。
早送り、再生、停止の記号のように見えるのですが、法則性が掴めない……。
遊び心なんでしょうかね、気になります。
ただの好奇心です、ハイ。
企画に投稿された全てに目を通した訳ではありませんが、読んだ中ではダントツに面白いと思いました。
では、失礼します。
企画参加お疲れ様です。タカテンと申します。
拝読いたしましたので、感想を送らせていただきます。
面白かったです!
とにかくヒヨコの鳴き声と事件の関連性に思わず膝を叩いてしまいました。
つばさの能力の真相が明かされ「ああ、なるほど」と感心しているところに、その仕組みをさらに解き明かすこの演出はとても勉強になりました。いいなぁ、これ。参考にしようw
気になったのはやはり大ちゃんの存在でしょうか。
序盤にさらりと紹介されるだけですから、もう少し印象付ける必要があったんじゃないかなと思います。
例えば初瀬君がちょっと大ちゃんと似ているところがある、とか。
自分を慕ってくれている弟と離れての一人暮らしはちょっと寂しい、とか。
幾つかのシーンにさりげなく散りばめて、弟ラブを印象付けておきたいかなと感じました(逆に現状だからこそ、真相を読みにくいのかもしれませんが)。
あとは初瀬君と杏樹との関係がどうやって生まれたのかとかも気になるところですが……うーん、文字制限が恨めしいですね。
それでは拙いですが自分からは以上です。
企画、楽しんでいきましょう。
へろりんと申します。
企画参加作品執筆お疲れさまでした。
御作を拝読しましたので、感想を書かせていただきます。
素人の拙い感想ですが、しばしの間お付き合いください。
タイトルを拝見して、なんか可愛いタイトルです。ぴよぴよ
一行コピーを拝見して、どうやらスゴイ力を持ったひよこが出てくるお話のようです。楽しみです。ぴよぴよ
まず最初に、とても楽しく読了しました。
面白かったです!
読みごたえのある作品でした。
自分で自分のことを『地味子』と表現する普通の女の子のひとり語りで、日常がつづられていきます。
その中に入ってくる非日常『タイムリープ』
そして、主人公が密かに憧れていたイケメンが、思いもかけず主人公に急接近してきます。
これがいい具合に積み重なって、謎がどんどん大きくなっていきます。
うわー、これでどうなるんだろう? って期待感が膨らんだところで、それまでの日常系のゆるい感じから、ハードに方向転換して一気に解決!
いやー、面白かったです。
種明かしにぞくぞくしました。
自分は特にひっかかるところがなければ、なーんも考えずに読む方なので、『ひよこリープ』の正体に完全にやられました。
逆に言うと途中で何も考えないほど、のめりこませてくれる作品でした。
これも、作者様の力量の成せる技ですね。見習いたいものです。
一点、途中に語り部が急に黒木杏樹に交代したことに戸惑ってしまいました。
でも、これもラストまで読めば納得でした。
もう、これ以上なんも言えねえ状態なので、ここら辺で感想を終わりたいと思います。あー、なんて中身のない感想なんでしょう。。。orz
失礼しました。