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年賀状がやってくる

 手袋に掴んだ年賀状は、特別な暖かみがあった。
 ザクザクと雪を踏みしめながら、立花美香は歩いていく。
 三白眼のきわどい目つき。ショートカットの黒髪に、鋭角的な鼻と口。女の子なのに「何眼たれとんのじゃこら」と文句を言われてもお

かしくない顔つきだ。もちろん、言った奴はぶっ潰すのが立花美香の信条だが。
 しかしその鋭い顔つきも、今日は不思議と柔らかい。
 理由は簡単。手にした年賀状には、愛しの日向井君に送る言葉が詰まっている。
『あけましておめでとうございます』
 それは、もちろん大切な言葉。だけど、もう一つ。
『I love you』
 やばい。マジ年賀状で告ってるよ立花美香。どうしよう。
 そんな気持ちを抱えたまま、赤いポストへたどり着く。
 後は幸せ一直線、栄光のロードを繋いでいく――
 そんな明るい気持ちを抱えた立花美香。
 しかし。
 その足は、ポストの前で凍りついた。
 ポストの前に佇む、悪魔の姿を見つけた瞬間に。
「……あら、美香さん。あなたも年賀状?」
 そこに佇んでいるのは、同じく日向井君に恋する永遠の敵。
 さらりと伸ばした綺麗な髪。秀麗な姿をした彼女は、いわゆる良い所のお嬢様。成績オール5、ルックス良し。対外的な性格と料理の腕

前以外はパーフェクト。しかし、美香の前では隠した牙をむく強烈な悪魔。
 そして片思いの日向井君を狙う永遠のライバル。
 美香はいつもの剣呑な目つきを浮かべ、千葉高見を睨みつけた。
「ええ、そうですよ高見さん。愛しの日向井君に、年賀状を送るのよ」
「あら奇遇。私もちょうど今送る所。まあ、貴方の安っぽい年賀状じゃなくて、私のはもっと豪華だけれどもね」
 嬉しそうに呟き、高見が手にしていた年賀状を見せつけてきた。
 豪華絢爛、それは年賀状のくせに金色に輝いていやがった。それは既に年賀状ではないと美香は思うが、豪華なのは確かな証拠。金に物

を言わせやがったなこの野郎。
「貴方のしょぼい年賀状じゃあ、私には勝てなくてよ? ま、もともと相手にもならないけれど」
「ふぅん。でもそれはどうかしらね。私のには――」
 美香は言う。
 確かに、美香の年賀状は50円ぽっきりだ。
 けれど。
「愛が、あるから」
 この感覚、お嬢様には分かるまい。17歳の立花美香、その一途な想いは年賀状の中心で叫ばれる。
 I love you. その言葉に全てをかけて。
 笑みを浮かべて、手にした年賀状を翻す。
 美香の一世一代の告白に、彼女は目を丸くする事だろう。そして悔しがった彼女の前で、立花美香はポストに投函、そして日向井君から

OKの年賀状が返ってきて素敵なハッピーEDに至るのだ。
 後は二人で感動のスタッフロール――やばい、妄想が止まらない。思わず含み笑いがこぼれてしまう。
 高見はその美香の様子に尋常ならざる気配を感じたのか、美香の年賀状に視線を向けた。
 そして。
「ぷっ」
 派手に、彼女は吹き出した。これでもかと言わんばかりにお腹を押さえ始める。
「な……まあ何がおかしいのよ。それとも負け犬の遠吠えって奴!」
「さ、美香さん。貴方、単語間違えてる……くくくっ、ひーっ、面白い……」
 不適に笑う高見に、美香は顔色を変えて年賀状をひっくり返した。
『I rob you(貴方を強姦します)』
「あ」
 冷や汗。書く時に緊張していたのか。それとも立花美香の英語の成績が常時2だからまずいのか。
 この年賀状を書く時に、ちょっと至らぬ妄想をしていたのがまずいのか。多分それだ。
 目の前で、高見が腹を押さえて笑い転げていた。
 まずい。まずいぞ。このままではただの阿呆と代わりがない。
 美香の額に、汗が流れる。
「こんなお馬鹿さん、私の敵ではなくてね」
 高見が、勝者の笑みを浮かべてみせる。
 その時、だった。美香の脳裏に、電撃のようにアイディアが閃いた。
 絶望の淵にいた美香の表情に、鋭い笑顔が戻る。神はやはり、私の味方だと美香は思う。
「……ふん。高見さん、勘違いしているようね」
 笑いをぴたりと止めた高見に、美香は自信に満ちた笑みを浮かべて見せた。
『I rob you』の文字を見せつけて。
「これで間違いないのよ。私は日向井君を――犯しに行く」
 うあ凄いハッタリだよ私、と内心は思っていたが口には出さない事にする。
 まあ、ハッタリは押し通したもん勝ちである。
「私に奪われてもいいのかなぁ、高見さん?」
「……美香さん、英語を間違ったからって、そんな嘘をついても無駄ですわよ」
「あたしが本気じゃないと?」
「もちろんです。下らない冗談を」
「ま、頭の固いお嬢様に、この発想は無理よねぇ。低俗の一言かも。でも?」
 美香は、悪魔の笑みを浮かべてみせた。
 我ながら完璧に決まったと思う。
「今の時代、女の子は進んでるのよ? お嬢様に、その辺分からないでしょうけれどねぇ、高見さん?」
「っ……!」
 高見の表情が固まった。
 よっしゃ本気にしたよこの子超バカだ!
 と、美香は内心で絶叫した。その感にも、美香の発言を真剣に受け止めた高見の表情が、さらに青くなっていく。
 その表情に、美香が勝利を確信した頃だった。
「――確かに。それは面白い発想ではあるかもしれませんね」
 高見は立ち上がり、ポケットから白紙の年賀状を数枚取り出した。
 雪の降る中、空気とは違う寒気が美香の背筋を凍らせた。
「白紙の年賀状……あなたまさか、盗作するつもり!?」
「年賀状に著作権はありませんわ。貴方の発想には驚かされました。ですが、それを私に見せたのが最大の過ちです。もちろん、ただの盗

作ではありません。私は貴方に負けない、もっと過激で素敵な年賀状を書いてさしあげます。今、ここでね!」
「っ……」
 高見の指先が、美香に叩きつけられた。
 何でこんな事で追いつめられるの私、と何処か冷静な思考が抗議を上げる。
 だが。
「――いい覚悟じゃない」
 ここで引いては立花美香の名折れである。売られた喧嘩は買うのが立花美香たる所以なのだ。
「いいわよ……まあ、無駄でしょうけどね!」
 美香もまた、ポケットから他人の名前が書かれた年賀状を取り出した。
 その宛先をガリガリと削り、日向井君宛にして裏に文面を書きつづる。
「この私の愛に、貴方が勝てる筈がないんだからね! 日向井君は、誘拐してでも私が貰う!」
「あら、それはどうかしらね美香さん。日向井君は、私が強奪してでも頂くわ。実力の程って奴を見せてあげてよ!」
 二人の声が、雪の降り積もるポストの前で響き渡った。


 ――後日。
 日向井君はポストを開けた。
「――お、お母さん! ポ、ポストに脅迫状が沢山入ってるよ!」 


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●感想
一言コメント

 ・笑えるホラー小説と言ったところかな。
 ・おもしろかった!です★
 ・面白かったです。すごいです、クッパさん。
 ・この後どうなるの?そんな思いが止まりませんでした。
  最後のオチ、PCの前で一人笑わせていただきました。
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