高得点作品掲載所      じゅんのすけさん 著作  | トップへ戻る | 


嵐のち晴れ、ときどきアンドレ

「うへえ、これから火葬かぁ。暑そう……いや、熱そうだなぁ」
 自分の棺桶が炉に運ばれていくのを見ながら、大妻嵐子は呟いた。
 嵐子を見送る親族たちを、空間にふよふよ漂いながらのんきに傍観。自分の通夜、葬式を見届けて、これから火葬に処されようかというところだった。
 死んだらもっとホラーな世界と対面なのかと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。
 安堵と拍子抜けを同時に味わいながら、こうして自分が葬られるのを観察してきた。
 親や親戚はもちろん通夜に参列した級友たちも悲しんでくれた。テニス部の仲間なんか大泣きだ。暴走車から子どもを守って死ぬなんて嵐子らしいと、泣きながら褒めてくれる友人も多かった。
 自分に意外と人望があったことを知って、ちょっとくすぐったい気持ちにもなった。
 炉への扉がいくつか並ぶだけの殺風景な空間は、親族が引き上げていきただの物寂しいホールになろうとしている。
 そんな中、棺の消えていった扉をぽつねんと見つめる一人の少女がいた。
「晴子……」
 高校の制服を着て表情の抜け落ちた白い顔で佇む少女に、嵐子は顔を曇らせた。
 黒目がちの瞳にすっきりとした鼻梁が印象的な、美しい女の子だった。スポーツをやっている女子特有のショートカットでありながら、不思議と図書館と本が似合いそうな雰囲気を醸している。
 放つ空気は違えども、嵐子と同じ顔をした少女。嵐子の双子の妹。
 晴子はしばらく一人で佇んでいたが、やがて職員に促され、のろのろホールを去っていく。
「結局、あの子だけは泣かなかったな」
 気がかりなのはそこだった。
 嵐子が死んだら一番に取り乱すのが妹の晴子だと思っていた。なのに表面的には、むしろ落ち着いているようにさえ見える。
 いつもの晴子じゃないのはわかる。慎ましやかに咲いた花のような微笑は、ここ数日は影をひそめていた。
「無理に感情を抑えこんでなきゃいいんだけど……」
 自分を出すのが苦手な子だからありえることだ。できればそんな無理を妹に負わせたくはなかった。
「ちゃーっす! 一名様ご案内〜!」
「のわっ!」
 突然目の前十センチのところに女の顔が出現。仰天した嵐子は浮かんだ霊体をのけ反らせて後方宙返りを決めてしまった。
「な、な……」
 本当にいきなりな登場だった。なにもない空間から湧いて出たのだ。
 目の前に出現した女は、見た目だけなら嵐子と同じか少し年上くらい。股下ほんのちょっとしかないパンツルックに、へそ出しノースリーブという快活な格好をしていた。跳ねた茶髪が野良猫みたいな印象を振りまいている。
 そしてなによりの特徴だが――浮いていた。天井近くに漂う嵐子と目線が同じなのだから間違いない。
「な、なんなのあんた……?」
 恐る恐る訊いてみると、女はとびきりの笑顔でぺろりと紙片を差しだしてきた。
 思わず受け取る。
 名刺だった。
「なに? 『黄泉はよいとこ一度はおいで。冥界コンダクター スウ』って、なにこれ」
「なんや〜、今回のお客さんはおつむの出来があまりよくないみたいやなぁ。ええか? 冥界コンダクターってのは肩書きやねん。で、スウってのがウチの名前や」
 なんだかもの凄く失礼なことを言われた気がしたが、それよりも追いつかない理解力を駆使するほうが先決だ。じゃないとまたおつむの具合をこき下ろされかねない。
「冥界コンダクターって?」
「ああ、なるほど」
 スウと名のる女は、納得したようにポンと手を叩いてから嵐子の鼻を指さした。
 さっきから色々失礼な女だ。
「嵐子ちゃんは英語が苦手なんやね? コンダクターってのは案内人って意味や。ま、早い話が魂をあの世に案内する人っちゅーわけやね」
 別にコンダクターの意味を知らなかったわけではないけれど、一応は今の説明で理解した。納得するかは別として。
 つまり、嵐子が知る単語を当てはめるなら死神みたいなものということか。
 想像よりもずいぶん軽いがそれを気にしたら負けなのだろう。髑髏に黒ローブに大鎌なんていう恐ろしい格好で出てこられるよりは何倍もマシだった。
「あたしの名前、知ってるんだ?」
「そりゃ、これから冥界に案内しようっていうお客さんやもん。事前調査はバッチリや。あ、ちなみにウチのことは呼び捨てでかまわへんよ。なんなら親しみをこめて『すーちょん』って呼んでもええねんけど」
 やけに軽いノリでスウは言う。
 さすがにその愛称は痛い気がするので、前者を採用することに決めた。
「で、嵐子ちゃん、さっそく冥界に行ってみる? それとも現世でやり残したことでもあるん?」
 そのへんは嵐子が選んでいいのだろうか。疑問に思いつつも一応、自分の望みを口にしてみる。
「あたし、晴子のことが心配で。できるんなら晴子があたしがいなくてもちゃんと暮らしていけるか、しばらく見守ってたい」
「ほうほう、はるこちゃん……と」
 短パンのポケットから取りだした手帳をめくり、なにかを思案するスウ。
「晴子ちゃん……双子の妹さんやね」
 該当する項目を発見したのか、何度か頷いてから手帳をしまう。
「ええよ。じゃ、しばらく現世に滞在しよか」
「え? いいの?」
 拍子抜けした。そんな簡単に、幽霊が現世にとどまることを許していいのだろうか。
 その疑問が顔に出ていたのか、
「あ、ええのええの。未練が残ったままの魂は、冥界に連れてってもなかなか転生可能なレベルまで浄化できひんから。だから少しだけ霊の望みを聞いてあげるんも仕事のうちやねん」
 そういうことならと、嵐子はしばらくのあいだだけでも、妹のための守護霊になろうと心に決めたのだった。


 翌日、晴子は早速学校へ行くらしかった。
 朝、窓を開ける晴子が制服姿だったのでたぶん間違いないだろう。
「あーあ、見守るっていっても家に入れないんじゃつまんないな」
「堪忍な。姿の見えんモンが人のプライベートスペースに入りこむのは御法度なんや。他人の目がないと思ってるからこそできること、言えることってのがあんねん。それは家族でも見たり聞いたりしたらあかん」
「まあ、わかるけどさ……」
 それでもやっぱり不満だった。晴子とはこれまでずっと同じ部屋で生活してきたのに。
 窓の外に二人で浮かびながら、嵐子は子どもっぽく唇をとがらせた。
「ねえスウ、せっかく幽霊になったんだし、なんかできないかな。晴子が困ってたら色々助けてあげなきゃいけないし」
 問うと、空中で器用にあぐらをかいていたスウが投げやりに手を振った。
「あー、あかんあかん。現世に干渉できるくらい力を持ってしまったらそれはすでに怨念の塊や。平たい言い方をしたら悪霊。普通の幽霊には、現世に影響を及ぼす力なんてあらへんねん」
「え〜っ。そんじゃああたし、なんにもできないじゃん。だったら悪霊にでもなっちゃおうかな」
 冗談半分で言ってみるが、晴子のためになにかができるならそれもいいかと思う。
「悪霊なんてろくなもんやあらへんよ。願望がどんどんエスカレートして次第に歪んでいって、自我すらも呑みこまれていくねん。しまいに自分がなんだかわからへんようになって、世に害なすだけの鬼畜に変化ってのがお決まりのパターンや」
「うへえ……」
 そいつは勘弁願いたい。しかし、だったら自分は本当にただ見守るしかないのだろうか。嵐子はじれったい気持ちでかつての自宅を見下ろした。
「でも心配なんだよ……。晴子はあたしと違って優しくて繊細な子だから。あたしが守ってあげなくて、本当に大丈夫なのかな」
 落ち着きなく空中を漂う嵐子。
 スウはやれやれとでも言いたげにただこちらに肩をすくめてみせるばかり。
 やがて玄関から晴子が出てきた。
 嵐子がいなくて一晩中泣き明かしたとか、そんなことを想像してみた。
 しかし少しだけ充血しているものの、晴子の瞼に腫れはない。頬に涙の跡が残っていることもなかった。
 ちょっとだけ――いや、結構がっかりくる嵐子だった。


「放課後の部活動までしっかり出るのかぁ」
「なんや? 悲しみにくれて休んでくれたほうがよかったんか?」
 ズバリ言われると、嵐子としては顔を赤くして反論せざるをえない。
「そ、そんなわけないでしょ! あたしは晴子が落ちこんだりせず立派に生きてくれるのを見届けたくて現世に残ったんだからっ。晴子が元気ならあたしだって嬉しい……よ」
「無理が見え見えや」
 無理じゃない。言い返したかったが言葉が出なかった。
 ちょっとくらい悲しんでみせてくれてもいいのに……。そんな思いも確かにあった。
 生前はとっても仲良しで、なにをするにもいつも一緒だったのに。晴子は自分がいなくなった影響など感じていないかのようだ。
 晴子は今、テニスコートで懸命にボールを追い、打ち返している。
 通夜や葬式のために空いたブランクを取り返そうとするような激しい練習だった。
 晴子の打ったボールが相手コートに突き刺さり、周囲から感嘆のため息が漏れる。
「へえ、上手いもんやね」
「まあね」
 晴子を褒められると自分のことのように嬉しい嵐子だった。
「テニスのことはようわからんけど、ここの部員たちはみんな上手みたいや。特にその中でも晴子ちゃんが群を抜いとる」
「へへ、大妻姉妹っていったら高校テニス界じゃ有名なんだから。去年、一年生にしてダブルスを組んで全国制覇。あたしはシングルスでも総体で優勝したんだよ」
 今まで言う機会がなかったので、ここぞとばかりに胸を張って自慢する。
 スウが「ほえ〜」と口を開けて驚くのが結構な快感だった。
「凄いんやなあ! だったらほれ、ウチにサイン書いてくれへん? 嵐子ちゃんが将来有名なプロテニスプレイヤーになったら自慢できるで!」
「あほ、あたしはもうテニスできないでしょうが」
「あ、そうやった」
 どこからか取りだしていた色紙とペンを気まずそうに放り捨てるスウ。捨てたものは、一瞬あとには虚空に溶けて消えてしまう。
「それにね、素質だったらあたしよりも晴子のほうが断然上なんだよ」
「でも、去年優勝したのは嵐子ちゃんのほうなんやろ?」
「あの子は気が弱くて、今までシングルスの試合に出たことがなかったから……」
「おねーちゃんにくっついてダブルスに出ないと体が動かなくなるタイプってわけや」
「まあ……ね。でも、いつまでもそれじゃいけないからって、今度、晴子はシングルスに挑戦する予定なんだ。練習試合だけど」
 コートの隅で晴子を見ながら、嵐子はまた妹が心配になって瞳を曇らせる。
 同じコートに立っていながら、今プレイしているのは晴子だけだ。それは今までになかったことで、その違和感が嵐子の心をざらざらとなでていく。
 嵐子の霊体に一瞬だけノイズが走った。
「なるほど、それで晴子ちゃんはああやって懸命に練習しとるわけやね。で、その練習試合はいつなんや?」
「今度の日曜」
「なんや近いやん。ならサービスや、嵐子ちゃんを冥界に案内するの、その日まで待ったるわ。ウチも晴子ちゃんの試合楽しみや」
 ウチも楽しみ……か。苦笑しつつ、嵐子は駆け回る晴子を目で追った。
 自分は晴子の試合を楽しみにしているのだろうか。もし晴子がなんの問題もなく試合をこなし、勝利したら? 晴子に自分など必要なかったという事実を目の前に突きつけられたら、自分は素直に晴子を祝福できるだろうか。
 いけない、と嵐子は自分で自分の霊体をコツンと小突いた。
 自分は晴子を見守るために現世に残ったのだ。晴子に心配の必要がないとわかるのは喜ばしいことのはず。
 日曜はちゃんと応援しないとな。自らに言い聞かせて、嵐子は妹の練習をコートの隅で見守り続けた。


 翌日もその次の日も、晴子は早くに学校へ行き朝練をこなしてから授業に出る。
 授業を真面目に受け、姉を亡くしたことで気を遣ってくる友人たちと穏やかに会話。放課後になると再び部活だ。
 部活では、これがあの気の弱かった晴子なのかと目を疑うような猛練習をおこなう。
 練習試合に向け、よほど気合いが入っているらしい。
「なんや〜、しけたツラしよってからに」
「幽霊は顔色悪くてなんぼでしょ」
「やれやれやなぁ……」
 聞こえよがしにため息をついて、スウは隣で腰に手を当てて立った。
 最初は晴子に気を遣っていた部員たちも、姉を亡くしたショックがないと見るや日に日に声の数が増えていく。
 いまや、テニス部は以前と同じ活気を取り戻しつつあると言っていい。
 エースだった嵐子がいなくなっても、テニス部の時間は着実に流れていっているのだ。
 むしろ、戦力ダウンを補うためにも一層練習に力が入っている。
「ま、現世にとどまった霊が必ず通る道やけどね。自分がおらんでも世界は回り続ける。ほんなら自分っていう人間にはどれほどの価値があったんやーってな」
「うるさい」
 隣でけらけら笑うスウを横目で睨み、嵐子はコートの隅っこで丸まるようにして座りこんだ。幽霊だから立っていても疲れることはないのだが、なんとなくそうしたかった。
 膝を抱えて部員たちの練習を見る。
 すっかりコートの隅っこが定位置になってしまった。以前は縦横無尽にここを駆け、部員たちを引っ張って声を出していたのに。
 晴子のショットがコートのギリギリに刺さり、ボールがフェンスにはまりこんだ。
 力強いショットの証だ。嵐子がいなくなってから、晴子のプレイスタイルが変わったようにさえ思える。
 部員たちからねぎらいの言葉をかけられ清々しく応じる姿は、シングルスに出られなかったころの気弱な面影を感じさせない。姉の庇護を受けて不安そうに怯えていたかつての晴子はここにはいなかった。
 自分がいなくなって、不安で泣き濡れるものと勝手に思っていた。
 人と上手につきあえず、人間関係に怯えてしまうだろうと想像していた。
 おどおどした態度が災いして苛められてしまうんじゃないか。悲しみに耐えきれず登校拒否に陥ってしまうんじゃないか。心配の種はいくらでもあった。
 なにより、大好きだったテニスすら辞めてしまいかねないと危惧していた。一人で試合に出るなんて無理なのではと、たかをくくっていた部分もあった。
 そして確認したかったのかもしれない。
 やっぱり晴子には自分が必要なのだと。
 ところが現実はどうだ。晴子は立派に自立しているではないか。
 もしかして、自分はただお節介なだけの鬱陶しい姉でしかなかったのだろうか。
 晴子は自分のことを邪魔だと思っていたのだろうか。だから鬱陶しい姉がいなくなって、人が変わったように活発になっているのかもしれない。
 考えれば考えるほど、思考が奈落に沈んでいく。
 自分の膝小僧だけを見つめてため息をついた。同時に、嵐子の霊体を黒っぽいノイズがなでる。
 それは塗り絵に鉛筆を走らせたような、不愉快な濁りだった。肉体を持たない身だけに、精神が落ちこむとダイレクトに霊体に影響が出るのかもしれなかった。
 ますます沈鬱となり、嵐子はコートから妹の姿がなくなっていることにさえ気がつかなかった。


 息を弾ませながら、大妻晴子は肉体をしっかりと感じるように走っていた。
 息――呼吸をしている。足音のリズムが聞こえる。ランニングによって疲労を感じることで、体を確かに実感できる。
 姉を失ってからの数日間、かなりの無理をして周囲に印象づけてきた。慣れないこともいっぱいしてきた。生前の姉のようにふるまってきた。
 お姉ちゃんと同じ顔をした自分を見てもらうことで、姉が確かにこの世に存在したことを証明したかった。
 みんなは気を遣って嵐子の話題は出さないけれど、姉を模した行動を見せることで印象づけられたと思う。嵐子が確かに存在したことを。
 息を弾ませながら、晴子は学校の周囲を回るランニングコースに出た。こうして走っているぶんには、他人の目には嵐子と自分の区別はつかないはずだ。
 みんながお姉ちゃんの面影を感じられますように。お姉ちゃんのことをもっともっと思いだしますように。
 息が切れる。それでも休まず走る。コートの練習から間髪入れずランニングにきてしまったのは体力的に無茶だったか。
 でも、辛い体が今は救いだった。肉体的な苦痛が、心の痛みを紛らわしてくれる。
 何度も泣きそうになった。それは今も変わらない。自分はお姉ちゃんがいないとなにもできない。だからお姉ちゃんの真似をすることで立ち直った振りをしてきた。
 でも、さっき突然限界みたいなものが訪れた。無理が祟ったのか、いきなり感情の波が押し寄せて泣きそうになった。
 だから逃げるようにランニングに出た。
 泣いてしまいたい。泣きじゃくってどこかへ逃げだしてしまいたい。どうせなら、お姉ちゃんのいるところまで追いかけていってしまいたい。
 でもそれはできない。お姉ちゃんが心配するから。
 泣いたら天国のお姉ちゃんが心配してしまう。嵐子は、妹のためならなにを犠牲にしたって駆けつけてきてくれるだろう。
 だからこそ姉を頼れない。自分はお姉ちゃんを縛る鎖になってはいけない。せっかく妹なんかに患わされないところへ旅立ったのに、呼び戻しちゃいけない。
 思えば負担をかけてばかりの妹だった。
 だから、今さらだけど強くなる。強くなって、もう心配いらないんだよって微笑みを贈ってあげたい。
 心から安らかに眠ってもらえるように。
 だから――泣けない。
 晴子はひたすらに走った。辛くても、苦しくても脚を止めなかった。
 心の喪失感を体の痛みで埋めていく。
 汗が目に入る。視界が滲んだ。ただ機械的に脚を前に送りながら、揺らいでいく視界を無感情に認識していた。


 コートにざわめきが走って我に返った。
 どうやら思考の奈落にはまりこんでいたらしいと気づいてゆっくり立ち上がる。
 見れば、コートの入口で部員たちが集まって騒ぎ立てている。
「あれ……晴子は?」
「ようやっと正気に戻りよったんか。嵐子ちゃんは意外と繊細やねんなあ」
「いいから、晴子は?」
 痛いところを突かれて、誤魔化すように繰り返す。
「だいぶ前にランニングに出かけよったよ。んで、さっき倒れて運ばれたそうや」
「なっ! なんでそんな大事なことを先に言わないんだよっ!」
 明日の天気でも話すみたいに気軽な口調で言うスウに非難のまなざしを向ける。
 勝手に自分の世界に沈んでいたことを棚に上げている自覚はあったけれど、抑えきれずに声を荒げてしまった。
 部員たちの騒ぎは、晴子が倒れたことを受けてのものだったらしい。
 とにかくこうしてはいられない。
 嵐子は身を翻してフェンスをすり抜けた。
「忙しいやっちゃなあ」
 ぶちぶち文句を言いながらスウもついてくる。
 保健室目指して嵐子は文字通り飛んだ。スピードは生前の走る速度と同じくらいしか出なかったが、障害物を無視して直線的に進めるのが幸いだ。
 運動場を突っ切り体育館の壁を抜け、校舎へ突入。さらに一直線に飛び、保健室の壁をもすり抜けた。
「晴子っ!」
 声が届かないのを承知で叫ぶ。
 二つ並んだ白いベッド。その一つに晴子が寝かされていた。酸欠でも起こしているのか、ひどく蒼い顔をしている。
 唇が切れて血が滲んでいるのが気になった。
 カーテンはかけられておらず、女の養護教諭が女子テニス部の部長に容態を説明しているところだった。
 それによると、倒れた原因は極度の疲労と脱水症状によるものらしい。安静にしていればすぐに回復するそうなので、ひとまず安心してもいいようだ。
 それから唇の傷だが、これは倒れた際に切ったものではないらしい。
 それを聞いて、嵐子は訝しく思った。
 部長も同様だったらしく、どういうことでしょうかと養護教諭に訊き返している。
 先生の話では、倒れて切る傷はこうはならないのだという。これは自分で唇を食いしばっていて切った傷らしい。
 自分で唇を噛み切ってしまうほどに、辛いなにかがこの子を蝕んでいたんでしょうと先生は言った。
 頭を鈍器で殴られたような衝撃が嵐子を襲った。
 晴子は、やっぱり無理をしていたのだ。普段と違う元気な晴子は演技の賜物でしかなかった。
 どうしてそんな簡単なことにも気づけなかったのか。嵐子は拳を壁に叩きつけようとして、手はなんの感触もなくすり抜けた。
 なにが見守るだ。なにが晴子には自分が必要だ。妹が苦しんでいることにも気がつかないで、どの面をさげて自分はそんなことを口走っていたのか。
「痛いところやなあ。晴子ちゃんのこと、わかってあげられてなかったわけや」
「それもある……けどっ!」
 もう一度拳を振るうが、やはり壁を突き抜けるだけで自分に痛みを与えることはできなかった。
「あたしが一番許せないのは晴子が悲しんで、苦しんで、あたしのことを気にかけていてくれたと知って、一瞬だけ喜んじゃったことだっ! なんなのあたし! 全然晴子の幸せを願ってあげられてない!」
「無理もない思考やと思うけどね」
「そんなの慰めになんかならない!」
 別に慰めてへんけどな、と言うスウの声も耳に入らなかった。
 いつだって晴子のためを考えてきたはずだった。なのにいつの間にかそれが自己満足に変わっていた。
 これがスウの言っていた、霊の願望が歪むということなのだろうか。
「まあ見守ることしかできひんけど、これからはちゃんと晴子ちゃんのためを思って憑いててあげたらええんちゃうの」
「これからは晴子のためを思って……」
 そこで唐突に、自分に残された時間を思いだした。日曜の試合が終わるまで。スウは、そのときまでは嵐子が現世にとどまることを認めると言った。
 そして日曜日の試合とは、あさってだ。
 もう、一瞬だって無駄にできない。自分はただ晴子の幸せを願って、日曜日まで見守るしかないのだ。
 霊体である嵐子は晴子のためになにもできない。そのことが今はひどく悔しかった。
 不甲斐ない自分には見ていることしかできないけれど、でもせめて、晴子が今度は無理をせず、自分の足で立つことができますように。前に進むことができますように。
 嵐子は祈った。神様なんているのか知らない。けれど、神様に代わって奇跡を起こしてくれるなにかがこの世にあるのなら、そういったものに対して嵐子は一心に祈った。
 ここまで一途になにかを思うのは初めてだった。
 ただ真剣に晴子の寝顔を見つめる嵐子は、自分の霊体がノイズによって一瞬だけブレたことに気がつかなかった。


 最寄り駅から三十分ほど快速電車に揺られると、目的の学校が見えてくる。
 隣県の名門校で、テニス部においては長年のライバル関係にある学校だ。
「ほえー、でっかい学校やなあ。テニスコート何面あるねん」
 スウは、見るものすべてが珍しいというふうにやたらとはしゃいでいた。現世など何度もきているだろうに、いつまで経ってもお上りさんみたいな行動が抜けきらない。
「天気も快晴やし、絶好のテニス日よりやね!」
 確かに天気は素晴らしかったが、嵐子の心はむしろ曇天模様だ。
 先日の自己嫌悪を引きずっているわけではない。ただ純粋に、妹のことが心配だった。
 テニス部員たちに埋もれるように晴子の姿が見える。ユニフォームを着ていつでも試合に出られる格好だが、挙動が明らかに試合を控えた選手のそれではなかった。
 おどおどしているのだ。
 おととい学校で倒れてからというもの、明らかに晴子の様子が変化した。
 無理して強い自分を演じるのももはや限界なのか、晴子は生前の嵐子が知っている気弱な妹に逆戻りしていた。
「大丈夫かな晴子……ちゃんと試合できるかな……」
 妹の緊張がこっちまで伝染してくるようだった。それくらい、今の晴子はがちがちになっていた。
 端から見ても明らかなくらい蒼く、硬くなっている。
 相手校の選手たちが歩み寄ってきて、こちらの選手たちとちらほら会話を交わす姿も見受けられた。
 晴子の相手は……。
 嵐子がキョロキョロ見回すと、晴子に向かってまっすぐに歩いてくる女子選手の姿が目に入った。
「うわ、あいつはアンドレ……」
「なんや? アンドレって」
「本名は安藤伶。あだ名だよ。プレイスタイルが某男子選手に似てるから」
「某男子選手って、名前伏せてもあだ名でまるわかりやん……」
「女優みたいな容姿だけど、あれであたしのライバルだったんだよね。去年の総体準優勝があいつ」
「もしかして晴子ちゃんの対戦相手って」
 考えるまでもなかった。安藤は周囲の人波を押しのけて晴子の眼前に立ち塞がった。
「あ、あの……」
 戸惑う晴子の声が、嵐子の心配を煽る。
「お久しぶりね大妻さん。今日こそはあなたに吠え面かかせて差し上げてよ」
 それを聞いて嵐子は顔をしかめた。
 しまった。安藤は嵐子が死んだことを知らないのだ。晴子を嵐子だと思って挑発にきたらしい。
 晴子はそういうのに弱いのに……。
「あの、はい、安藤さん、どうぞよろしくお願いします!」
 少しズレたことを言って、晴子はぺこりと頭を下げた。
 途端、安藤の顔に朱が差した。
 うわあ怒ってる怒ってる……。
 そりゃ、勝ち気な嵐子があんな態度で頭を下げたら、かえってコケにされたと思うだろう。まして普段はアンドレなどと呼んでいるのにいきなり「安藤さん」ときた日には。
 安藤は笑った口元をピクピクと震わせながら、目には炎を燃やしている。
「よ、よくってよ。あなたがそうやって人を馬鹿にするのなら、わたくしはコートであなたを叩きのめして差し上げますわ! 完膚無きまでに!」
 吐き捨てて、安藤はずんずんと人波を分けて去っていった。
 なぜだか安藤を怒らせてしまったらしいと気づいた晴子は、悪かった顔色をいっそう蒼くして戸惑っている。慰める周囲の声も耳に入らないようだ。
「あちゃあ、最悪……」
 もはや晴子は泣きそうだ。とても試合ができるようには見えなかった。
 まして相手は安藤。全国二位の肩書きを持つ実力者だ。
 見ている自分がもどかしく、なにもできないことが悔しい。その感情に連鎖して嵐子の霊体に一筋のノイズが走った。


 交流戦は、晴子の精神状態など顧みず着々と進む。シングルスは四勝五敗で負けていた。
 そしてカード的には晴子対安藤がメインイベントということになっている。
 その順番が、きてしまった。
 相手校には大妻嵐子が死んだことはまだ明かしていない。気を遣われるとお互い実力が出し切れないからという配慮だった。
 つまり、安藤は晴子を姉の嵐子と誤解したままだということだ。
 当然、晴子を睨みつける視線が恐ろしく熱い。今の晴子は視線の槍で体を貫かれている心地だろう。
 両選手がコールされる。ここまできたら、誤解を解くのは無理そうだ。晴子が自分から言えるとも思えない。
「なんや知らんけど面白うなってきたね」
「面白がるな……」
 突っこむ嵐子の声もそぞろだ。
 選手同士がコート中央で握手を交わす。
 晴子が、錆びついたロボットみたいな硬い動作で頭を下げた。
 その拍子に胸元から一枚の紙片が落ちる。
「ん、なんだろ……」
 ふよふよと空中を漂い二人に寄っていく。
 晴子の落とし物を、ネット越しに安藤がひょいと拾い上げた。と、安藤が鼻を鳴らして蔑む視線を晴子に向ける。
「ご自分の写真なんかを後生大事に持ち歩いて、気色悪いったらないですわ」
 拾われた紙切れは雑誌の切り抜きだった。
 去年、嵐子が総体で優勝したとき、雑誌のカラー頁に掲載されたもの。切り抜きの中で、嵐子はとびきりの笑顔を作って優勝の喜びを表現していた。
「フン……」
 安藤の手の中で、切り抜きがくしゃっと音をたてて潰された。
「あ……」
 愕然とする晴子に、丸められた紙切れが放り投げられる。ゴミ屑となったそれは、晴子の胸に当たってコートに落ちた。
「アンドレめ! なんてヤツ!」
 憤慨した嵐子だったが、安藤はすでに踵を返して試合の準備を整えようとしている。
 腹立たしいが、それよりも今は晴子だ。心配して妹を振り返ると――晴子は全身をカタカタと震わせ、今にも倒れてしまいそうに見えた。
「ああ……晴子……」
 晴子は、機械人形みたいな動きでぎこちなく紙くずを拾い上げ、丁寧に皺を伸ばしながらコートエンドへ下がっていった。
 体は震え、唇が青く見えるほどに顔色が悪い。身につけていた嵐子の写真で、どうにか試合に臨む勇気を繋ぎ止めていたのだろう。
 しかしその写真は、対戦相手の手の中で無惨に潰されてしまった。
 晴子を支える最後の糸が、その瞬間に切れたのだ。
 今にも泣いて逃げだしそうな晴子を見ているのが辛かった。しかし、晴子がラケットを手放さない以上、このコートに立っている以上、嵐子は目を背けずに応援しなくてはならない。たとえ声が届かなくても。
 頑張って伸ばした切り抜きをベンチに置いて、晴子はもたもたと立ち上がった。
 意識があるのかも疑わしい状態だが、ラケットとボールだけは忘れずに持っている。
 エンドに立つ晴子。
 身構える安藤。
 試合開始の合図が無情にコートにこだました。
 晴子のサービス。
 小気味いい音を立てて、ボールが相手コートを跳ねる。
「おおっ! ええサーブやん!」
 嵐子もそう思う。しかし安藤には――
 強烈なリターン。
 相手コートから帰ってきたボールが、親の仇でも討つみたいに晴子のコートに突き刺さった。
 晴子が駆けてラケットを伸ばすがまるで届かない。
 あっさりと安藤にポイントが入った。
「うあちゃ〜、あの女、なんて球を打ち返しよんねん」
「あれがアンドレのプレイだよ。強く正確なリターンと、ライジングを駆使したシンプルな戦術が持ち味なの」
 晴子の背後上空を漂いながら、二人ではらはらと試合を見守る。
 もう一度晴子のサービス。またも厳しいリターン。それに食らいつく晴子だったが、返したボールはボレーを決めていた安藤によって叩き返される。
 またしても安藤にポイント。
 涙ぐんでいた晴子が、リストバンドで目元をぬぐう。
「そうだ晴子! 試合はまだ始まったばかりなんだから頑張れ!」
「ファイトや〜晴子ちゃ〜ん!」
 晴子の背後でぎゃあぎゃあわめく二人だったが、当然声援が届くはずもない。
 精一杯プレイする晴子。
 しかし奮戦むなしくどんどん安藤にポイントを献上していく。
 動きは決して悪くない。
 精神的に追いつめられ、不安に震えていたとは思えないくらい頑張っている。
 並の選手が相手なら、晴子のほうがストレートで下していてもおかしくないはずだ。
 しかしそれでもポイントを積み重ねていくのは安藤のほうだった。
 全国二位の実力は伊達ではない。それに、以前嵐子と対戦したときよりも格段に腕を上げていた。今なら嵐子が相手でも勝てるかどうか。
 本来なら、晴子だって十分に渡り合えるはずなのだ。なにしろ妹は、嵐子が自分よりも素質が上と、唯一認めたプレイヤーなのだから。
 しかし、晴子は本来のプレイを完全に見失っていた。アグレッシブに打ち、懸命に走っているが、それは晴子のプレイスタイルではない。どちらかというと嵐子の試合運びに近かった。
「ああっもう、そうじゃないのに!」
 もどかしくて、ついそう叫んでしまう。
 結局、一つもポイントを取ることなく第一ゲームを落としてしまった。
 相手校の応援席から歓声が、自校のほうからは落胆のため息が聞こえてくる。
 晴子はうつむきながら、ただひたすらになにかをブツブツ呟いていた。
 見ているこちらが辛くなるくらい痛ましい姿だった。
 第二ゲーム、第三ゲームと試合は続くも、結局晴子は一つもポイントを取ることができなかった。
 次第に晴子は、誰が見てもわかるくらいの半ベソになる。涙をこぼさないようにしきりに目元をぬぐっていた。
「まるで歯が立たへんねえ」
「それだけならいいけど、精神的に追いつめられていってるのが辛いよ……」
 晴子の背後に浮かびながら、応援する二人も元気を失いつつあった。
 晴子が口の中で呟いていた声は、追いつめられるに従い徐々に明瞭に聴きとれるようになってきていた。
「……ちゃん。おねえ……ちゃん……」
 呪文のようにひたすら繰り返している。
 嵐子はもどかしさに歯がみした。
 呼ばれても、助けを求められても、もう自分にはなにもできないのだ。応援の声すら届けることはできない。
 第四ゲーム、第五ゲームと、一ポイントも取ることができないまま第六ゲームに突入してしまう。
「おねえちゃん……感じないよ、お姉ちゃんを感じないよぅ……」
 晴子の崩壊は近いように思えた。このゲームを失ったら負けが確定してしまう。高校の試合は一セットしかないのだ。
「スウ! ホントになにもできないのっ? このままじゃ晴子が負けて立ち直れなくなっちゃう!」
「そんなこと言われてもやなあ……」
 スウも困ったように眉間を揉んでいる。
 その間にも15―0、30―0と試合終了に向けてのカウントダウンは続いていく。
 そしてついに40―0。
 マッチポイントだ。
「ああっ。晴子! せめて自分のテニスさえ思いだしてくれれば互角にやれるはずなのに!」
「お姉ちゃん……助けてお姉ちゃん……」
 ついに、晴子の瞳から涙のしずくが零れてしまった。
 それが限界の合図だった。
 晴子の顔がくしゃっと歪み、ラケットをコートに落とす音が響いた。
 ネットの向こう側では安藤が怪訝な顔で晴子をうかがっている。
 異常に気づいたギャラリーの視線が一つ、また一つと晴子の頼りない体に集中していく。
 そうやって周囲からの視線を集めた晴子が、不意に体を返して駆けだそうとした。
 晴子の先にはコートの出口。
 ――逃げだす気だ!
 悟った嵐子は、ほとんど無意識に飛びだしていた。
 晴子の前に立ち塞がって両手を広げる。制止したって晴子をいたずらに傷つけるだけかもしれない。しかしここで逃げだしてしまっては、晴子は二度と立ち直れなくなってしまうだろう。
「逃げちゃダメだ! お願い晴子! あんたのプレイをもう一度思いだして!」
 しかし、走る晴子の体は嵐子の霊体を無情にすり抜けた。
 妹の体と接触した瞬間、爆発的な感情の濁流が嵐子の霊体をかき乱した。
 とてつもない悲しみ。絶望的な喪失感。暗澹とした無力感。
 それらが一気に押し寄せて霊体が痙攣し、嵐子は恐怖のあまり錯乱しそうになった。
 接触の影響か、晴子の精神が奔流となって打ち寄せたようだった。
「こんな……こんな……」
 晴子が抱えていた悲しみがこれほどだったなんて。これは常人が耐えられるようなストレスではない。
 どうして晴子は、こんな無理をしてまで試合に出場したのだろう。
 その答えも、晴子と接触したことで嵐子の霊体に流れてきていた。
 ただ一途に、姉を安心させたいがため。
 天国にいる姉に、自分はもう大丈夫だと見せつけて安心させるため。
 そのためだけに晴子は悲しみを振り払って練習し、試合に臨んだのだ。
 けれどもう無理だ。こんな悲しみを抱えたままで試合なんてできるわけがない。今までコートに立っていられたのが不思議なくらいだった。
 妹のこんな気持ちを理解して、それでもコートに戻れと言うことは嵐子にはできなかった。
 だって自分にできることはなにもないのだ。応援といっても、声すら晴子に届かない。
 それにもう、晴子は駆け去ってコートから出ていってしまっただろう。
 試合放棄で敗戦決定だ。
 結局、見ているだけでなにもできない、無様な姉だった。
 のろのろと、去った妹を見つけにいこうかと考えつつ後ろを振り返った。
「あ……」
 そこに、いた。
 晴子が、嵐子の霊体をすり抜けた直後の位置に突っ立って涙を拭いていた。
「晴子……どうして」
 もう無理だ。あんなひどい精神状態でプレイなんてできっこない。
 なのに晴子は踵を返し、やけに澄んだ目をして嵐子の脇をすり抜けた。
 落としたラケットを拾う口元はわずかに微笑んでさえ見える。
 またしても、晴子の口が控え目になにかを呟いていた。
 近づいて耳をそばだててみると、やはり嵐子のことを呼んでいる。しかしそれは、切迫した助けを求める声ではなかった。
「感じたよ、お姉ちゃん。確かにお姉ちゃんのことを感じたよ……」
 ラケットに話しかけるように、晴子はそう繰り返している。
「まさか……」
「そのまさかやねえ」
 いきなり背後から声をかけられて、嵐子は肩を跳ねさせた。
「交錯した瞬間、互いの精神が混じり合ったんや。晴子ちゃんの悲しみが嵐子ちゃんに流れこんだように、嵐子ちゃんの応援する想いも晴子ちゃんに伝わったんやろうね」
「でも……」
 霊体にはそんな力はなかったのでは? スウは、きししといやらしく笑いながら試合の見やすい位置まで上昇していく。
 晴子が定位置に戻ったことで、会場に安堵が広がっていくのが体感できた。
 試合再開だ。
「ピンチには変わりないんやで。応援せんでええの?」
 いつまでもコートに立っている嵐子に頭上から声が降ってくる。
 応援はもちろんする。今度は晴子のそばで、一緒に走りながらだ。
 接触はしないように気をつける。もう、死んだ者が現世の人間に影響を与えないほうがいいだろう。それにこれからが本当の晴子自身の戦いだ。姉の助けのない、晴子自身の力が試される場。
 対角線上から、安藤のサーブが厳しいコースに飛んできた。
 ボールのくる位置に舞うように脚を運び、晴子のリターンが相手コートを突き抜けた。
 リターンエース。
 この試合、初めて晴子がポイントを取った。
 自校の部員たちからわっと歓声が上がった。
 忌々しげな表情で、安藤が次のサービスを叩きこんでくる。
 さきほどよりもシビアなコース。
 しかし、晴子の軽やかな足どりはしっかりと軌道に追いついていた。
 華麗なリターンエース。
 安藤が愕然とするのが見えた。
「そう! そうだよ晴子! これが晴子のテニスなんだよ!」
 晴子のそばで応援しようとするも、嵐子の霊体ですら妹の動きにはついていけなかった。
 スピード自体に差はないが、目のよさと軌道予測、反応の早さが段違いなのだ。
 そして力強さが身上の嵐子と違い、晴子はあくまで華麗に、舞うようにコートを駆ける。
 そのプレイスタイルが、ようやく発揮され始めたのだ。
 頭上では、スウがはしゃいで騒ぎ立てていた。
 晴子の表情に笑顔が戻っていた。
「わかる! お姉ちゃんを感じるよ!」
 反撃の始まりだった。


 あっさりとマッチポイントを回避して、ゲームは晴子が支配した。
 緩急をつけ、華麗に舞い、的確な位置にボールを送りこむ。
 安藤も懸命に食らいついているが、ゲームを取るのは常に晴子のほうだった。
 ついにはタイブレーク突入。獲得ゲーム数さえ逆転し、晴子が六ゲーム目を取った。二ゲーム差以上をつければ晴子の勝利だ。
 試合はいまだに晴子有利。しかしさすがは安藤だった。徐々に晴子の変幻自在の動きにも対応してきている。
 簡単にはポイントを奪えなくなってきた。
 晴子がマッチポイントを迎えるも、デュースで粘り続ける安藤。
 両校の応援も白熱している。まるで全国大会の決勝戦みたいな、熱い試合になっていた。
 息を切らしながらも晴子がショットを決めた。沸き上がる歓声。
 何度目かのマッチポイント。
 安藤のサービス。鮮やかなリターン。それに食らいつく安藤。
 息を飲むようなラリーが始まった。
 厳しいコースに打っても、安藤がボールを取りこぼすことはない。そうして返ってくる一打もまた苛烈で、晴子も汗を散らして球を追う。
 どれだけラリーが続くのだろう。会場から次第に歓声が引き、観客は息をするのも恐れるように二人のプレイを見守った。
 そんな中、晴子の表情がふっと緩むのを嵐子は見た。
 違和感を覚える。いくらテニスが楽しくとも、こんな状況で笑えるものだろうか。
 それだけじゃない。晴子のプレイにわずかな変化を感じ取っていた。ボールの操り方に一つのパターンがあるのだ。
「この動きは……あれをやるつもり……?」
 嵐子が思いだすのは生前の姉妹の会話だ。
 いつのことだったか二人で必殺ショットについて冗談半分に考えたことがある。
 そのとき嵐子が提案したのがこのプレイだった。マンガじゃあるまいし必殺ショットなんてと思ったけれど、いつかあたしが決めてみせるよと晴子に約束したことがあったのだ。
 この動きからして間違いない。狙っている。
 闘牛士のように華麗に、相手に気づかれないままにじわじわと追いつめていくこのプレイ。
 今、安藤に向かって右側へ返すボールはギリギリよりもわずかだけ緩く、左への返球は可能なかぎり厳しいコースへ送りこんでいる。
 安藤が現状の集中力を維持するかぎり、どんなコースへ打ちこんでも食らいつかれることはわかっていた。だからこそ、右側へはわずかだけ甘い軌道で返すのだ。
 かといって緩くしすぎるとこちらへ強烈な球がきてしまう。加減を誤ったら即破られる、紙一重の戦術だった。
 それを、晴子は上手くこなしている。
 今、安藤はバックハンド側へくるボールよるもフォアハンド側へのボールに強い注意を向けている。
 それは油断とは違う。晴子が、安藤の体にそう覚えこませているのだ。
 こちら側のボールにはこういった動きで対応する。そのパターンを安藤の肉体に刻みつけ、そして――
 安藤からの返球。
 晴子の目つきが変わった。
 ――やる気だ!
「見ててお姉ちゃん!」
「いけえーっ! 晴子ー!」
 晴子の体が、これまでよりも鋭い動きで軌道に入りこむ。
 相手を翻弄する闘牛士が放つトドメの一撃。
「「エストック・ショット!」」
 嵐子と晴子の声が重なった。
 刺突剣のようなショットがネットぎりぎりをかすめて相手コートへ。今まではわずかだけ緩く打っていたバックハンド側への強烈なフィニッシュショット。
 体に刻みこまれた反復運動の呪縛からはたとえ安藤といえど逃れることはできない。
 ボールは安藤のラケットに触れることなくライン際ギリギリを叩いてからフェンスを揺らした。
「やった! やったよ! 晴子が勝った!」
 会場内でスウにだけ届く大声で嵐子が絶叫した。スウも上空で宙返りを決めながら喜んでいる。
 そして線審が手を挙げた。
 ――アウト、と。


 後味の悪い結末だった。
 あのあと判定を巡って両校の生徒が入り乱れてのもみ合いにまで発展し、試合が続行できなくなった。
 会場を提供していた相手校の生徒が審判をつとめていたため、故意の誤審をしたのだろうと大勢が詰め寄ったのだ。
 実際、嵐子もそう思う。あれは絶対にインだった。
 事態は乱闘まで発展するかと思われた。
 そこで混乱を収めたのは安藤だった。自分に有利な判定をした線審を殴ったのだ。
 安藤がそうした行動に出たことで、事態は次第に沈静していった。
 安藤は審判への暴行が理由で退場。晴子の勝ちとなった。
「ちぇっ。反則勝ちじゃなくて晴子はちゃんとショットを決めて勝ったのに……」
「まあええやん。あの安藤って女も大したもんやないの」
「まあ、ね」
 今二人がいるのは、会場となった高校の正門前だった。正確には、門柱にもたれるようにして晴子も立っているので三人だ。
 遠征にきた部員たちはすでに解散。帰ってしまっている。晴子がここに残っているのは安藤に呼びだされたためだった。
 その安藤も、もうじき部の反省会を終えてここへくるだろう。
「アンドレめ……。あたしの晴子になにかしたら承知しないから」
 呟くと、スウがニタリと笑って嫌な視線を向けてきた。
「なに」
「いや、晴子ちゃんよりも嵐子ちゃんのほうがシスコンなんやなぁと思って」
 それにはコメントを返さず舌打ちだけにとどめておく。否定できないのが悔しいところだった。
 やがて、こちらへ制服姿の安藤が息を切らして駆けてきた。晴子の前で脚を止めると「待たせたわね」と言って一枚の紙切れを差しだす。
「これは……」
 おずおずと晴子が手を出した。
 それは試合前に安藤が握りつぶしたのと同じ、嵐子が写った雑誌の切り抜きだった。皺一つなく、丁寧に保管されていたのが一目でわかる。
「あなたのは駄目にしてしまったから、代わりによ。受け取っておきなさい」
 恩着せがましく言う安藤の頬が、走ってきたせいとは明らかに異なる理由で上気する。
「安藤さん……ありがとうございます」
 晴子は、至高の宝物を扱うように大事に、切り抜きを自分の鞄にしまいこんだ。
「ってかアンドレのやつ、なんでこんなもん持ってんの?」
「そら、ファンやったからやろ?」
「うへえ、やめてよ」
 顔をしかめる嵐子に見られているとは当然思っていないだろう。安藤は突然神妙な表情になり晴子に頭を下げた。
「あの、お姉さんのこと聞いたわ。知らなかったとはいえ、いろいろ失礼なことをしてしまって……」
「いえ、安藤さんのおかげで私は試合中、姉のことを感じることができました。だから謝らないでください」
「ありがとう、それで、もしよろしかったらなのだけど、これからあなたの家に……お線香を上げにいっては駄目かしら」
「ぜひいらしてください! 姉も喜ぶと思います!」
 嬉しそうに笑って、晴子は安藤の手を取った。それでようやく安藤の表情もほころぶ。
 そのやりとりを、嵐子は呆然として見守るばかりだ。この展開はなんというか……もの凄く意外だった。
 姉も喜ぶとか勝手に決められてるし。
「ええね、青春やねえ」
 かたわらではスウも瞳を輝かせているし。
 目の前で晴子と安藤が打ち解けあうのを眺めながら、嵐子も一応、ほっと息をついた。
 晴子はもう、本当に大丈夫だろう。自分がいなくてもしっかりと歩いていける。
「で、嵐子ちゃん、これからどうするん?」
 スウが身を寄せて訊いてきた。残念だし後ろ髪引かれる思いはあるけれど、この質問に対する答えは決まっていた。
「もう晴子は大丈夫だよね……。なら、死んだ人間がいつまでも現世にとどまってちゃいけないね。今日までって約束だったし」
「ええの? 忘れられても知らへんで〜」
 クスクスと、意地悪な口調でスウが言う。
「忘れないよ」
 うん、と頷きながら、自然に嵐子はそう返していた。
「晴子はあたしを忘れたりしない。でもそれはあたしへの依存じゃなくて生きていくために必要な思い出の一つ。これから辛いことはいくらでもあるかもしれない。でも、そんなときはあたしとの思い出が晴子を守るよ。あのエストック・ショットのようにね」
 そして嵐子は、晴れやかな笑顔でスウに向き直った。
「もう一つの悩みも解消。やっぱあたしはこの世に生きた意味があったと思う。あたしがいなくても世界は回るけど、あたしの生きた証は晴子やアンドレたちの中にちゃんとあるもん。だからあたしは安心して旅立てるよ」
「そか。それを聞いてウチもホッとしたわ。嵐子ちゃん、すでに悪霊になりかかってたもんなぁ」
「えっ?」
「なんや気づいてなかったんか? 晴子ちゃんと交錯したとき相手の精神に影響を与えてたやん。言うたやろ、現世に影響力を持つに至った霊体はすでに怨念の塊、悪霊やねん。前兆もあってんねんで。霊体に何度も黒いノイズが走ってたやん」
 そうは言われても、自分が悪霊だなんて実感はまるでなかった。
 では、もしこのまま現世にとどまっていたら精神が歪んでいって……
「せやから、もしさっきの問いでまだ現世にいたいなんて答えよってたら――」
 突然、スウの手に背丈を超える大鎌が出現した。ぎらりと光る刃に、嵐子は息を飲んであとずさる。
「――狩らなあかんとこやってんで」
 冷たく笑うスウの目を見て、ようやくこいつは死神なのだと痛感する嵐子だった。
「ほな、行こか」「では参りましょう」
 奇しくも、スウと安藤が同時に言った。前者は嵐子に、後者は晴子に。
 もう、これでお別れなのかと思うとさすがに寂しくもあった。でもスウは待ってくれない。
 すでに、嵐子の霊体は密度を減らし、徐々に薄くなりつつあった。
 未練がないわけではないが、後悔はない。妹の独り立ちを見届けさせてくれたのだから、スウには感謝してもいいくらいだ。
 もう、薄くなっていく自分の霊体を見るのはやめた。最後に見ているのは妹の姿でありたかった。
 晴子は帰宅を促す安藤に「少しだけ待ってください」と断っている。その晴子が、消えゆく嵐子の前まで歩み寄ってきた。
「え……?」
 妹の視線は、浮かぶ嵐子をまっすぐに見上げている。
「なに? もしかして見えてるの?」
「そ、そんなはずあらへんて。ちょっとした気配くらいならあるかもしれへんけど……それにしてもよほど鋭くないと……」
 戸惑う嵐子とスウのやりとりには反応を示さない。やはり見えてはいないのか。
 しかし、晴子は嵐子に視線を向けたまま花が咲くような微笑みを見せた。そして、はにかむように首を傾げて言う。
「……ありがとう」
 たったその一言で、嵐子は疑問などどうでもよくなった。霊体に混じりこんでいたノイズが一瞬にして霧散するのを感じ、穏やかに存在が薄まっていく。
「あたしこそ、ありがとう。最後にとびきり最高の笑顔をくれて、ありがとう」
 最期に一瞬だけ奇跡が起きたのだと思った。妹と心を交わし、言葉を交わし、嵐子は本当に幸せだった。
 もう、自分の手元も見えないくらいに存在が希薄になっている。
 しかし最後の瞬間まで晴子の笑顔を見つめ続け――

 ――そして嵐子は現世から消えた。

 小さく頷いて、スウも満足げに現世の裏にある世界へと存在を消す。嵐子をしっかりと冥界へ送り届けるために。
 残された少女の頬に、一筋の涙が流れて落ちた。しかし表情に翳りはなく、どこか誇らしげな微笑が彼女を美しく彩っていた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
 少女は最後に、もう一度だけそう言った。


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
こちらのメールフォームから、作品の批評も募集しております。

●感想
柊木さんの感想
 王道展開で最後まで読めるだろうかと不安でしたが、文章のテンポやスウのノリがよくて、気がついたら最後まで読んでいました。
 必殺ショットが出てきて、まさか某テニ○リのような必殺技でも出すんじゃないだろうなとブラウザバックの準備をしてしまいましたが、全然そんなこともなく安心しました。それどころか、ちゃんと晴子のプレイスタイルにあった必殺ショットだったので驚きました。
 少々気になることをあげると、何でこの練習試合の総試合数は十なのでしょうか。これだと、五勝五敗になると引き分けになってしまいます。
 ライバル関係にある高校の交流戦なら、総試合数を奇数にして引き分けにならないように調整するような気がするのですが……。
 ともかく、王道でありながらも面白い作品が読めて嬉しかったです。


ゆいさんの感想
 こんばんは。ゆいです。
 死神スウ、格好良かったです。
 キャラが立っていました。

 しかし「エックス・ショット」ですか……。私はセンスのわからない人間なのですが、
 べたべたでこてこてな気が。
 ここで萎えました。

 それでは。失礼致します。


稀水さんの感想
 抜けた題名に釣られてちょっと覗いてみるつもりが、なぜか最後まで読んでしまいました。
 なんかこう、ぐっとくるスポ根です。
 強敵の存在、二転三転する勝負、そして一回り成長して一人で歩きだす妹。
 作品を盛り上げる演出がしっかりしていたので、楽しんで読むことができました。作者さんの書きたかったことが十二分に伝わってくるものだったので、なかなかいい作品だったと思います。

 残念な箇所といえば、悪霊の伏線を十二分に生かせなかったことでしょうか。
 最後に「悪霊になりかけた、危ない危ない」といった感じの扱われ方でしたが、主人公が危機的状況に陥っているわけではなく効果的に用いられているようには思えないため、付け足しのような印象を受けてしまいます。
 折角中盤で意味ありげなノイズの存在を提示したのですから、もう少し面白い使い方ができればよかったかと思います。

 あとは、この題名でしょうか。いい内容なのですが、登場人物の名前を挟んだだけの中身とはかけ離れた題名を付けてしまったせいで、少々割りを食っているように思えます。
 中身がギャグならばいいかもしれませんが、こういった内容で題名にアンドレ……。確かに印象的ですが、もう少し内容に沿った題名のほうが無難かと思われます。


雪野銀月さんの感想
 素直にして王道の物語展開が数個重なりあうことでおもしろい物語になっている、ということですね。新しさをそれほど感じられなかったのが残念なのです が、作品の内容はそれなりにしっかりしており、安定したおもしろさというものを感じました。いきなり必殺ショットが出てきたのにはびっくりしましたが(苦 笑)
 稀水さんの言葉を借りると、スポーツ根性ものに加え、死んだ人が現世の人を見守り、そして、奇跡のごときものを起こす。
 やはり王道だ。王道はおもしろい。
 欲張りなことを言うなれば、王道すぎて展開が見えてしまっているので、もう一歩先に進むようななにかを取り入れることでしょうか。そう簡単に取り入れられるわけがないのはわかっていますが(死)
 では、以上です。


村神さんの感想
 村神です、こんにちわ。読ませていただきました。

 面白かったです。王道なんだけど、やっぱり面白いものは面白いので全然気にもしないし駄目と言うわけでもありません。読みやすい文体ですし、文章のひとつひとつが丁寧に作られているような印象を受けました。台詞回しも素敵です。

 別段気になった点はないですね。王道も気にならないし。
 しいて言えば姉妹の仲の良さ具合は僕的には苦笑いでしたが、気にしないで結構です。それとこの雰囲気の中で話が進んできて、必殺ショットで躓きました。雰囲気が少し違うかなぁと思います。

 では、失礼します。


Cさんの感想
 テニスはさっぱり分からんCです。こんにちわ。
 アンドレの元ネタもすぐに思いつかんくらいのスポ音痴にして運痴ですが、楽しく読ませていただきました。

 テニスのルールなど知らなくても読めましたので、一応問題ないかとは思います。しかし必殺ショットは……うーん(笑) 存在そのものは構わないのですが、演出の仕方がべたかなと。「この動き……」というセリフを見たときに、やっぱり違和感が出てしまいます。
 その辺、扱い方を気をつけてほしいですね。こういうのは「(登場人物、および作者が)マジになればなるほど陳腐化する」というアイテムなので、冷静に突き放す姿勢が必要でしょうね。
 同じことは安藤のキャラ設定にも言えます。いかにも悪役お嬢様ですから……。あの言葉遣いは正直、ひいてしまうポイントです(笑)

  嵐子の悪霊化について。物語は主に嵐子視点で進むのに、ノイズのところだけ第3者視点なのが違和感あり。

1・他の悪霊を出す
2・嵐子がスゥに意味ありげな目で 見られる
3・スゥ視点を挟む

 などの方法にしたほうがいいです。
 また、ランニングのシーンだけ晴子視点ですが、個人的には嵐子なら嵐子で視点を固定した方 が良いと思います。

 こんなところでしょうか。今後もがんばってください!


ブッラク木蓮さんの感想
 拝読させていただきました、ブッラク木蓮です
 たいへん良くできた骨の太いストーリーだった思います。ストーリーについては他の皆さんが十二分におっしゃっているようなので割愛するとして、私からは一点。
 晴子のランニング時の描写は入れない方が良かったのではないでしょうか。あれのせいで後半を待たずして、我々読者には晴子の本心が分かってしまいストーリーのおもしろさが損なわれてしまっていたと思います。
  どうせ終盤で「接触による感情交換」という仕掛けを用意してあり、必ず誤解が解けるのですから、終盤まで嵐子への愛情を疑わせる描写を続け、晴子に「姉さ んが死んだからって、試合も近いんだし、そうそう泣いてもいられないから」ぐらいの誤解を招く台詞を言わせても良かったのではないでしょうか。
  その方が、本当はこの妹、姉が嫌いだったんじゃ……とハラハラさせることで、ある程度までは先の読めない展開にできたのではないかと思います。感情交換の シーンの描写をキッチリすれば晴子の決意の深さも十分えられると思いますし。最後になって真相が明らかになる→アンドレに逆転、という方がやはり爽快感が あるのではないでしょうか。
 まあ、それをやると今度は前半の誤解を招くシーンが小賢しすぎたという意見が出るのでしょうが。どっちもどっちかね……。
 それからついでに言えば、賛否両論の必殺ショットですか。うーん、あれは姉妹の結びつきを象徴する重要な小道具ですので、そう簡単に否定もできませんね。
  確かに違和感はありますので皆さんが文句を言うのも分かるのですが……これは無しで話が終わってしまうとそれはそれで締まりが悪いですしね。姉による励ま しを受けたことを試合内容にも反映しないと、テーマ的に問題ですし。この必殺ショットを削るのなら代わりの小道具を用意しなければならないので、なかなか 難しいですね。


巴々佐奈さんの感想
 拝読しました。
 手堅く上手くまとめられておられますね。それぞれのキャラもよく立っています。全般的にいい流れですが、晴子のランニングシーン で視点移動をしているのが若干気になりますね。既に指摘はされているところではありますが。晴子の思いを地の文で語らせるよりは、部員の誰かの何気ない言 葉で、『晴子が無理をしている』という事を嵐子が気づき、その後で倒れるという描写にした方が感情移入し易いですね。
 テニスのことはよく知りませんが、アンドレがお蝶夫人なのはわかりました。
 「エストック・ショット」って何でしょうか? フォローが入ってないので意味がわかりませんでした。まあ、必殺技だと思えば違和感はないのですけどね。
  怨霊化のくだりについては、スウに狩られても仕方ない感があればなおよかったかもしれません。例えば試合中アンドレを応援している女生徒が倒れるなどし て、無意識に周囲に悪影響を与えていたとか。そうすると晴子の自立に安心して成仏するというよりも、怨霊化しないために成仏する意味合いが強くなるから匙 加減は難しいかもしれませんね。
 また面白いお話を読ませてくださいませ。


一言コメント
 ・アンドレってネーミングがすごい。
 ・ラストは思わずほろっときてしまいました。
 ・シンプルな文体が読みやすく、情景がすらすら頭に浮かんできました。
  頭に入りやすいストーリーも印象的です。
 ・文章量のバランスがよく取れてました。あとタイトルがビビッドで面白いv
 ・王道一直線。素晴らしかった
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