高得点作品掲載所      桃野桂さん 著作  | トップへ戻る | 


ねこにゃ!(外伝)

 ねこは、猫耳族にゃ!
 名前は、ねこにゃ!
 何でも、時空震ってゆう変な地震で、この世界に飛ばされたらしいのにゃ。
 最初は、何も考えてなくて、にゃーにゃー鳴いていたら、白い大きな建物の中に連れていかれたのにゃ。
 そこは、市役所ってところで、優しいおじさんからいろいろ教えてもらったのにゃ。
 この世界は、人間が支配していて、お金がないと、ご飯も住むところも手に入らないのにゃ。
 ねこみたいに、異世界から飛ばされてくる、ちてき生命体は、昔は珍しくて何もしなくても生きていけたけど、今はだめになったのにゃ。
 みんな一生懸命、お仕事しないといけないのにゃ。
 市役所のおじさんは、ほんやく機械と教育ぷろぐらむで、ねこに勉強を教えてくれたにゃ。
 お金も、最初の一年は異世界じゅうにん保護法っていうのでもらえるのにゃ。
 ねこは、そのお金でアパートを借りることができたのにゃ。家賃は二万五千円にゃ。
 お風呂もトイレもついてる、かっこいいお部屋なのにゃ。
 でも、もうすぐお仕事を探して、家賃も自分で払わないといけなくなるにゃ。
 ねこは、働いてお金がいっぱい貯まったら、サポートボールを買うのにゃ。サポートボールは、ねこみたいに異世界から来た人を助けてくれる、空に浮かぶ丸い機械なのにゃ。
 市役所のおじさんから、「役に立つから、なるべく買っておきなさい」って言われたのにゃ。
 こたつは、ゴミ捨て場で拾えたから買わなくていいにゃ。
 ゴミ捨て場には、まんがの本とか扇風機とか、いろいろ落ちているのにゃ。
 今日は燃えないゴミの日だから、いい物が落ちてないか、探しにいく予定なのにゃ。
 ねこはいい子だから、きっといい物が見つかるのにゃ。
 クラスフリーターになったら、ちゃんと税金も払って悪いこともしないにゃ。
 立派なクラスフリーターになるのにゃ。
 あう、文字が余ったにゃ。
 ねこは、お寿司が好きにゃ。あと、ピザも好きにゃ。
 ピーマンはちょっと苦手にゃ。牛乳は大好きにゃ。
 

                               クラスフリーター試験「自由論文」より
 



「三千三百円になります。ありがとうございましたー」
 進藤アリサは、にこやかな笑みを浮かべながら、買い物客を見送ると、誰にも気づかれないように小さくため息をついた。
 店内の壁に取り付けられたデジタル時計は、午後九時を廻っており、ガラス越しに見える街の景色は、クリスマスのイルミネーションで光り輝いている。
「クリスマスイブの夜にスーパーで仕事かあ……」
 アリサのつぶやきに、隣のレジを打っていた中年の女が笑いながら口を開く。
「あら、仕事の後はデートじゃないの? アリサちゃんはエルフなんだからモテモテでしょ?」
「違います。私はハーフエルフだし、モテモテでもないです」
 アリサは、自分のとがった耳に触れながら抗議する。
「ほら、見てくださいよ。エルフだったらもっと大きいはずなのに私のは小さいし、第一、黒髪ですよ。黒髪のエルフなんていません」
「そんな、異次元の世界の常識なんて知らないわよ。こっち側の人間からすれば、エルフもハーフエルフも一緒よ」
「まあ、そうなんでしょうけどねぇー」
 アリサは頬をふくらませると、今度は周囲に聞こえるような大きなため息をついた。
 閉店時間が近いせいか、アリサの周りに客はいない。
 店内は、軽快なクリスマスソングが流れ、レジ前の特設コーナーには客寄せ用の巨大なクリスマスケーキがそびえ立っている。天井にはサンタクロースがトナカイの引くソリに乗って夜空を駆け回っていた。勿論、スクリーンに映し出されたCGであるが。
 このディスプレーも二十五日を過ぎれは、通常のお買得商品のCMに変わり、元旦になると大空を舞う凧のCGに変わることとなる。
「とにかく、いつまでも若くみえるエルフ族や猫耳族は、人間の主婦の敵ね」
「敵ですか?」
「そうよ。うちの宿六なんて、口を開けば、『エルフ族の嫁をもらえばよかった』ってぼやきまくりよ。私のお腹を見つめながらね」
「は、はは」
「それにしても、私が子供の頃はエルフなんて架空の生き物って思っていたのに……時代は変わったわよねえー」
 中年の女は、アリサの短く切った黒髪からはみ出しているエルフ族特有のとがった耳を見つめながら、しみじみとつぶやいた。


 数十年前、突如として起こった謎の地震『時空震』によって、世界は大きく変わった。時空の歪みによって、異世界から多くの生命体が出現したのだ。
 生命体の中には、人間なみの知能をもつ知的生命体も存在していた。当初、彼等は研究され保護されていたが、頻繁に起こる時空震の余震によって、次々と出現するようになると希少価値的な要素もなくなった。
そして、異世界の住人達の人口が全世界で百万人を越えた時、彼等には人間と同じ人権が与えられることとなった。
 それが彼等知的生命体にとって幸せであったかどうかはわからない。なぜなら人権を得たことによって、彼等は保護されるべき対象から外され、生きるためにこの世界で働かねばならなくなったのだから。
 五年前にこの世界に飛ばされてきたハーフエルフの進藤アリサも、生きる為にスーパー『パラソル屋』で働いている。
 最初は言葉さえもわからなかったアリサだったが、今ではどっぷりとこの世界に慣れ親しんでいた。
 クリスマスイブの夜にバイトをしている自分の環境を嘆くことができるほどに。

 
「アリサちゃん。そろそろレジを一つにするから、そっち閉じちゃって」
 背広姿に、傘のマークが描かれたエプロンを着けた男がアリサに声をかけてきた。
「はーい、店長。じゃあ精算終わったら、陳列やりますね」
「頼むね。吉田さんは引き続きレジよろしくお願いします」
 パラソル屋大埼玉店の店長は、中年の女に頭を下げながら、ふらつく足取りで二階の事務所に走り去っていった。
「店長も大変よねー。売上げ悪くて大埼玉地区長ににらまれているみたいだから。なんでもリストラ対象要員らしいわよ」
 中年の女が、小声でアリサにささやく。
「あ、あはは……。じゃあ、私達が頑張らないと。とりあえず陳列整理してきますね」
 アリサは精算を終えるとレジに鍵をかけ、菓子コーナーの棚に向かった。
 冬休みに入ったせいか、菓子コーナーの棚は小さなギャング達に荒らされ、凄惨をきわめていた。
 床には、おまけ付きの菓子や最近流行っている冬に遊ぶ花火セットが無造作に転がっている。
「うわぁ、無茶苦茶じゃん」
 早速、床に散らばった菓子や玩具を拾い集め、綺麗に棚に並べていく。慣れた作業に加え、エルフ族特有の器用さで、アリサは次々と棚の整理を続ける。
 そんなアリサに近づく一つの影があった。
 

「うにゃああああああああ」
「わわっ!」
 突然聞こえた謎の叫びに、アリサは驚いて後ろを振り向くと目の前に一人の少女が立っていた。年のころは、十一、二歳ぐらいだろうか、鳥の巣のような薄黄色の髪の毛から大きな猫の耳が生えており、色落ちしたジーンズの短パンからは茶色の尻尾がぴこぴこと揺れている。
また、少女の上方には、『サポートボール』と呼ばれる直径三十センチ程の球体が浮かんでいることから、少女が猫耳族であり、異世界から飛ばされてきたことが想像できた。
少女は、アリサが着けている傘のマークのエプロンをまじまじと見つめると、全ての謎を解いた名探偵のように得意げな表情で口を開いた。
「うにゃ。お姉さんはここのお店の店員さんだにゃ?」
「は、はい。そうですけど」
 アリサが反射的に答える。
「お名前はなんていうのかにゃ?」
「あ、えーと。進藤アリサです」
「アリサちゃんかにゃ。ねこの名前は、ねこにゃ! このぷかぷかしてるのがポコマルにゃ。ねこの相棒なのにゃ」
 ねこは自分の上方で、巨大なレンズを動かしながらふわふわと浮遊している丸いサポートボールを指差し、自慢げに胸をはった。
「そ、そうですか……」
「うむにゃ。よろしく頼むのにゃ」
「はあ……」
 アリサは、どう対応していいのか判断に困りつつも、スーパーの店員としての役目を思い出し、ねこに声をかける。
「お、お客様。何かお捜しでしょうか?」
「うむにゃ。これを捜していたのにゃ」
 ねこは、ごそごそと上着のポケットを探るとしわくちゃのチラシを取り出した。
「これを見るにゃ! ねこが見つけたお買得商品なのにゃ」
 アリサがチラシを覗き込むと、タイムセールのクリスマスケーキに赤鉛筆で丸がつけられている。
「このケーキはいちごが六個ものっているのにゃ。六個にゃ、六個。それなのに三百円と大安売りなのにゃ」
 ねこは両方の手で六本の指を立てると、アリサに向かってこれ以上ないほどの笑顔を見せた。
「ねこは、今月はクラスフリーターのお仕事頑張ったのにゃ。だから、おこづかいが三百九十六円も余っているのにゃ」
「そ、そうですか……」
「でも、他のお店のクリスマスケーキは高くて買えなかったのにゃ。ちっちゃいのでも四百円とかするのにゃ」
「はあ……」
「そしたら、駅前でこの紙を見つけたのにゃ! きっと神様がねこを助けてくれたのにゃ。なんまいだぶなんまいだぶにゃあ」
 ねこは、パラソル屋のチラシを床に置くと両手を合わせてお祈りを始めた。
「お、お客様、店内でそのようなことをされますと困ります」
 アリサが慌てて、ねこを抱き起こす。
「にゃう。じゃあお祈りはお店の外でするにゃ。とりあえず、いちごのケーキを一個買ってかえるにゃ」
 ねこはポケットから、がま口の財布を取り出すと小銭を床に並べ始めた。
 そんな、ねこの姿にアリサが悲しげな瞳で口を開く。
「お客様……」
「なにかにゃ? お金なら大丈夫にゃ。いちごのケーキを買っても九十六円あまるから、それでお正月用のお餅も買えるにゃ。ここのお店には九十円で買える、ねばねばお餅『じじ殺し』があるって紙に書いてあったにゃ」
「いえ、そうではなくて」
「にゃっ?」
「実はそのクリスマスケーキ、タイムセールで午後三時に売り出したのですけど、即完売してしまったんです」
「……にゃっ?」
「だから、もう、クリスマスケーキはないんです」
「…………にゃあああああああああああああ」
 ねこの絶叫がパラソル屋全体に響き渡った。
「どういうことにゃああああ? 話がちがうにゃああ」
「いえ、話もしてませんし、チラシにも二十個限定と書いてありますから」
 ねこは、紫色の大きな瞳をさらに大きくしてチラシを見つめる。
「もう一個もないのかにゃ?」
「残念ながら」
「ほ、ほかに安いクリスマスケーキはないかにゃ? 三百六円までならだせるにゃ」
「……申し訳ありませんが、この時間だと他のクリスマスケーキも全部売り切れで、後はディスプレー用に作ったジャイアントクリスマスケーキぐらいしか」
「それはいくらにゃ?」
「五万円ですけど」
「天文学的数字にゃ」
「高さ百二十センチ、最大直径七十センチ、いちご二百個を使った特別製ですから」
「うう、大変なことになったにゃ」
 ねこは小さな身体をぶるぶると震わせると、浮遊しているサポートボールに声をかけた。
「ポコマル。ポコマルはまだ寝てるかにゃ?」
「…………」
「早く起きるのにゃ。前人未到のトラブルが発生したのにゃ」
「…………」
「ポコマルうぅーっ」
 浮遊しているサポートボールを両手で掴み、がしがしと前後に揺さぶっているねこに、アリサはおそるおそる声をかける。
「あ、あのーお客様。サポートボールは機械ですから寝るとか起きるとかはないのでは?」
「違うのにゃ。ポコマルはサポートボールの中に入っているせーしん生命体なのにゃ。いつも寝てばっかりいるのにゃ」
「はあ? せいしん生命体……ですか?」
「うむにゃ。ねこがゴミ捨て場でサポートボールを拾った時に入り込んだのにゃ」
「ご、ゴミ捨て場……」
 アリサは、ねこが抱きしめているサポートボールをまじまじと見つめた。メタルブルーの特殊金属で作られたボディーはところどころに小さな傷がみえる。
 デザインも三年以上前に流行ったタイプであることから、元の持ち主がいらなくなったか買い換えたかで捨てたのであろう。アリサは、ねこが喋っている精神生命体を人格形成機能の付いた人口知能のことだと考えた。
「うーん。人格形成機能付きのサポートボールを捨てる人がいるんですねえ」
「違うにゃ。人格形成じゃなくてポコマルが喋るのにゃ」
「あっ、そうでしたね」
 アリサはぎこちない笑みを浮かべた。
「でも、ポコマルが寝ているのならしょうがないのにゃ。機械のほうに頼むのにゃ」
 ねこは、そう言うとサポートボールに向かって命令する。
「秘密しーくれっとファイルを開くにゃああ」
 ねこの言葉とともに、サポートボールのレンズが光り、空間に三十センチ四方の擬似スクリーンが浮かび上がった。光の集約で作られた擬似スクリーンには、大埼玉市の地図が映し出され、ところどころに印がつけられている。
「ばっちりにゃ。ポコマルと違って機械は素直なのにゃ」
「あ、あの……この地図はもしかして……」
「うむにゃ。ねこが調べた大安売りのケーキを売ってある場所なのにゃ」
 ねこは得意げな顔で話を続ける。
「一番安いのがパラソル屋だったけど、緊急事態なので仕方がないのにゃ。次に安いサンデーコープに行ってみるにゃ」
「そ、そうですね。それがいいかと思います」
 アリサは、やっかいな客からやっと開放されると思い、安堵の表情を浮かべた。
「では、出口までご案内しますね」
「うむにゃ。お世話をかけたのにゃ。もし、アリサちゃんがねこのクリスマスぱーてぃーに来たいのなら来てもいいにゃ。ポコマルはケーキを食べないから三人で分けられるにゃ」
「はは……つまり、ねこさんと別にもう一人パーティーに参加される方がいらっしゃるわけですね」
「うむにゃ。ミルカちんが来てくれるのにゃ」
「ミルカちん?」
「うむにゃ。前に一緒にお仕事をしたのにゃ。ミルカちんはBクラスのクラスフリーターなのにゃ」
「Bクラスとはすごいですね」
 アリサは素直に感嘆の声をもらした。
 クラスフリーターとは日本政府公認の短期の仕事を請け負う人々の総称で、アリサ自身もCクラスの資格をもっている。
 アリサにとって、高額な仕事を請け負うことが出来るBクラスやAクラス、年収が数億を超えるSクラスのクラスフリーターは憧れでもあった。
「ちなみに、ねこさんのクラスはどのクラスで?」
「ねこは、みそっかすクラスにゃ」
「……ああー。あのEクラスの下にある最下層クラス……」
「うむにゃ。ちゃんと試験を受けたのにゃ」
「……なっとく」
 アリサは、ぼそりとつぶやいた。
「なにか言ったかにゃ?」
「い、いえいえ。そうですかー。みそっかすクラスですかー」
 アリサは頬を引きつらせながらも笑顔を崩すことなく、ねこの背中を押しながら出口に向かう。
「それでは、ねこさんが美味しいクリスマスケーキを手に入れることを祈っておりますので。んっ?」
 突然、自動ドアが開き、二人の会話が中断した。
 いつの間に降っていたのか、粉雪が渦をまくように店内に入り込む。その粉雪とともに、アリサの前に一人の若い男が現れた。
 年齢は二十代後半、顔立ちは彫りが深く、癖のある巻き毛と微かに口元に浮かぶ笑みは海外の彫刻像を連想させる。
 足元まで隠れる漆黒のコートを着ており、両肩の上には、真紅のサポートボールと青く輝くサポートボールが男を守るように浮遊していた。
 男は、ふてぶてしい笑みを浮かべながら店内を見渡すと目の前にいたアリサに向かって口を開く。
「さて、ハーフエルフのお嬢さん。店の中にいる全員を集めてもらえるかな」
 男の台詞とともに、真紅のサポートボールから二本の銃身が姿を現した。


「クリスマスイブの夜に皆さんを拘束するのは大変心苦しいのですが、朝までの辛抱ですのでご勘弁を。では、皆さんに現状を説明しておきましょう」
 店の奥にある小さな倉庫に、アリサ達を軟禁した男は、パーティーの司会をやっているかのように、両手を大きく広げて一礼した。
「私の名前は久我崎隆文。元Bクラスのクラスフリーターです」
「元?」
 アリスが眉間にしわを寄せて聞き返した。
「ええ。少しミスをしまして剥奪されてしまいました。まあ、今となっては必要のない資格ですが」
 久我崎は自虐的な笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「説明を続けましょう。皆さんが朝までに行動できる範囲はこの倉庫の中のみです。この中でなら何をしててもかまいませんが、後ろにある扉から店内に出ないように。一応、鍵もかけさせてもらいますし、なによりも皆さんの生命に危険が及びますから」
「……危険って、どういうこと?」
 久我崎は浮遊していた真紅のサポートボールに向かって声をかける。
「炎龍」
 炎龍と呼ばれた真紅のサポートボールは、ゆっくりと孤を描きながら久我崎とアリサ達の間に割ってはいる。
「このサポートボールは私が造った戦闘用で日本警察の主力、南部式零号をはるかに上回る性能をもっています。特に射撃能力は精密度、威力ともども軍事用サポートボールに匹敵するといっても言いすぎではないでしょう」
「馬鹿なっ! 軍事用のサポートボールを作る部品など日本にはないはずだ」
 店長がおびえた口調で反論する。
「さて、それはどうでしょうか」
 久我崎は、倉庫の棚に置かれていたチョコレート菓子を手に取った。
「にゃっ。ぷにぷにパンダチョコにゃ」
「ええ。今、子供に大人気のお菓子らしいですね」
 ねこに微笑みかけながら菓子のおまけである、パンダの形をした人形を取り出す。ユーモラスな体型をしたパンダ人形は、まるで生きているかのように可愛らしい声をあげてじたばたと手足を動かし始めた。
「炎龍、ターゲット登録、レベルマックス」
 久我崎は、炎龍の前にパンダ人形をかざすと空中高く放り投げた。
 その瞬間、炎龍の左右の銃身から二本の赤い線が一直線にパンダ人形を貫いた。爆音とともに人形の体が四散する。
 中年の女の悲鳴が倉庫内に響き渡った。
「吉田さん。落ち着いてっ」
 アリサは、女の肩を抱きながら久我崎をにらみ付ける。
「ふふっ。炎龍は三つの特殊レンズを装備していまして、一瞬でターゲットを認識、捕捉してレーザー銃で破壊します。威力はご覧のとおりです。この炎龍に不測の事態に備えて、店内をパトロールしてもらう予定ですので、皆さんも倉庫から出るのは命にかかわるかと」
 久我崎は、まるで恋人を見つめるような瞳で、宙に浮いている炎龍に視線を向けた。
「い、一体、何が目的なんだ! ここはただのスーパーだぞ。一日の売り上げなんてたかがしれている。しかも」
「しかも、その売り上げは最新のネーデ式の金庫に守られている、ですか」
「なっ!」
 店長は口をぽかんと開けたまま、久我崎を見つめた。
「ネーデ式九八金庫。パラソル屋の親会社、西園寺グループが作り上げた次世代金庫。開発者いわく、九十八のセキュリティシステムが百パーセントの安全を保証するとか」
「……そこまで知っていて、何故……」
「んーっ、まあ、チャレンジ精神ってやつですかね」
「あの金庫が破れるはずがない。店長の私だって入金口から売上金を入れるだけで、出金は決まった時間でないと無理なんだ」
「さーて、どうでしょうか。まあ、朝になれば結果がわかるはずです。それでは、皆さん、メリークリスマス」
 久我崎はアリサ達に仰々しく一礼すると、二体のサポートボールとともに倉庫から出ていった。


 久我崎の姿が見えなくなると同時に、アリサは吸い込んでいた息を大きく吐き出した。
「はぁー。緊張しましたねー」
「き、緊張なんてもんじゃないよ」
 言葉とは裏腹に涼しい顔をしているアリサを、店長は驚いた表情で見つめた。
「あー。私が元いた世界では、こっちの世界と違って野盗の襲撃とか、よくありましたから」
「そ、そうかい。僕は、こんな経験は初めてだよ。万引きなら何度も遭遇したけど強盗は」
「とりあえずは命まで取ろうってわけじゃなさそうだし、安心ですね。吉田さんも大丈夫ですか?」
「あ、ああ……なんとかね」
 中年の女が腰を抑えながら立ち上がる。
「それにしても変な強盗ですね。あんなすごい戦闘用サポートボールを二体も持っていたら銀行だって襲えそうなのに」
「そうなんだよ。たしかに事務所の金庫には、今日の売上げを入れてあるけど、たかがスーパーの売上げ三十万円を奪ってもなあー」
「十億かな」
 突然、少年のような声が、ねこの側で浮遊していたサポートボールから聞こえてきた。
「あ、ポコマル。やっと起きたかにゃあああ」
 ねこがサポートボールに向かって、嬉しそうに話しかける。
「さっきね。どうやら大変な状況みたいだね」
「そうなのにゃ。まさかクリスマスケーキが売り切れになっているとはにゃ。想定外の緊急事態なのにゃ」
「いや……他に言わなければならないことはないのかい?」
「にゃっ? ケーキのこと以外には特に問題ないにゃ」
「あるわよっ!」
 思わずアリサは店員という立場を忘れ、ねこに突っ込んだ。 
「ちょ、ちょっと待ってくれ。その喋り方からすると、君は人口知能じゃなくてオペレータータイプのサポートボールじゃないのか? なら警察に連絡を」 
 店長は、ふわふわと空中を浮遊しているポコマルを祈るように見つめた。
「残念ながらオペレータータイプじゃないんだ。それに、通報は無理みたいだよ」
「何故だ! ネット経由で連絡できるはずだ」
「いや、この店全体に変な電波が流れていてね。ネットも携帯電話も使えないみたいだ。多分、あの青色のサポートボールのせいかな。赤色のほうが戦闘用で青色が頭脳的な作業を担当ってところかな」
「そんな……」
「朝になれば大丈夫だよ、金庫破った後は出ていくはずだから」
「何でこんなことになるんだ。ただの地方スーパーなのに」
 店長は、頭をかかえて倉庫の床に座り込んだ。
「そういえば、さっき十億って言ってたけど、どういうこと?」
 アリサがポコマルに問いかけた。
「株だよ」
「株?」
「うん、ネーデ式九八金庫は、絶対破られない金庫ってキャッチフレーズで売り出しているからね。もし、金庫が破られたら、金庫を作った西園寺グループの関連会社、西園寺精工の株価は大暴落。そこに空売りを仕掛けていれば数十億の利益が転がりこむってところかな」
「空売りって何にゃ?」
 ねこが質問する。
「簡単に言うと、株価が下がれば下がるほど儲かる取引かな。西園寺精工の今の株価が千円だとして、これが五百円まで暴落すると千株空売りしていれば、五十万の儲け。もし二百万株空売りしていれば、十億円の儲けになるね」
「クリスマスケーキが十個は買えそうにゃ」
「毎日百個は食べられるよ。ついでに、業界NO2の桃の木金庫の株を買っていたら、さらに儲けが増えるかな」
「ああー、そういう訳ね。それにしても旧型のサポートボールと思ったけど人格形成機能だけは最新式なのかな」
「違うにゃ。ポコマルはせーしん生命体にゃあ」
「あ、そうでした。そうでしたね」
「うむにゃ。まだ発見されてない種族だから、絶対秘密にしないといけないのにゃ」
「……思いっきり、秘密を喋っているみたいですけど」
 アリサが呆れた様子で、ねこの台詞を指摘する。
「はうっ! アリサちゃん、内緒にしててにゃああ」
「はいはい。まあ、仮に喋ったとしても誰も信じませんから…………勿論私もですけど」
「そんな妄想話はどうでもいいよ! それより株の話は本当なのか?」
 店長があせった様子でポコマルに詰め寄った。
「うん、可能性は高いかな。多分、久我崎って男は雇われているだけで、黒幕は大口の投機家かライバル企業の桃の木あたりかな。どっちにしても今夜の損失は金庫の中のお金だけでは終わらない」
「まずい、まずいよ。そんな大騒動になったら減給どころか解雇だって」
「店長のせいじゃないですよ」
 アリサが真っ青な顔をしている店長に声をかけた。
「そんなに上は甘くないよ……人員削減もやってるし、大喜びで解雇通告だされそうだよ。はは……」
「…………私がなんとかしてみましょうか?」
「は?」
 思いもよらない言葉に、店長は呆然とアリサを見つめる。
「君が? 何を言ってるんだ。さっきの赤いサポートボールの攻撃力を見ただろ。とてもじゃないが、あんなのに対抗できるのは戦闘タイプのクラスフリーターぐらいでないと。君は普通のCクラスだろ」
「うーん、たしかに戦闘用のサポートボールはきついと思いますけど、それを動かしている久我崎って男ならなんとか」
「……出来るのかい? 強そうに見えたけど」
「多分。予想ですけどあの男自身はそんなに強くないと思いますよ。だからこそボディガードとしてあんな強力なサポートボールを引き連れているんでしょうけど」
「しかし、どうやって?」
 アリサは倉庫の奥に並んでいる社員用のロッカーに歩み寄ると、自分のロッカーから細長い包みを取り出した。
「前の世界に比べたら、こっちの世界は安全なんですけど、それでも深夜の一人歩きは危険ですからね。エルフ系大好きな痴漢も多いし、これぐらいは護身用に持っておかないと」
 アリサが包みを開くとグラスファイバーの弓とジュラルミン製の矢の束が姿を現した。
「ゆ、弓矢かい? 何でこんなものを」
「前の世界にいた時に使っていたんですよ。こんな精度のいい物じゃなかったですけどね」
「まさか、アリサちゃん、それであの男を殺すんじゃないだろうね」
 中年の女が口をはさんだ。
「いえ、あくまで護身用ですから。矢の先が電極になっていて、接触した相手が気絶する程度の電流が流れるだけですよ」
「そうか! 電流系ならあのサポートボールも故障させることが出来るかも」
「いや、無理だね」
 ポコマルが即答する。
「僕のボディーもそうだけど、人間を気絶させる程度の電流じゃ内部の人口知能には影響ないよ。特にあっちは戦闘用だしね。その手の対策はばっちりじゃないかな」
「となると、やっぱりあの男を直接、気絶させるぐらいしか手はないってことか」
「それもどうかな。何よりも久我崎は金庫のある事務所にいるんだろ。そこに行くには、戦闘用サポートボールが見回っている店内を通らないといけないだろうしね」
「つまり、結局はお手上げってことか……」
 店長はがっくりと肩を落とした。
「そんなことはないにゃ!」
 突然、ねこが大きな声をあげた。全員の視線がねこに集まる。
「みんな、ねこが万能タイプのクラスフリーターだということを忘れているにゃ。万能ってことは戦闘タイプも含むってことにゃ」
「いや、忘れるもなにも聞いてないよ」
 店長がねこに突っ込む。
「細かいことを気にしたらだめにゃ。とにかくねこにまかせるにゃ。悪い人をやっつけるのは得意なのにゃ」
「ほ、本当かい? 頼む、なんとか助けてくれ」
店長は、ねこの両手を握りしめ何度も頭を下げた。
「まかせておくにゃ」
「もし、なんとかしてくれたら報酬は」
「ジャイアントクリスマスケーキにゃああああああ」
 店長の言葉をさえぎってねこが叫んだ。
「え? いや、あれでいいのならそりゃかまわないけど。どうせ明日は値引きするつもりだったし」
「うむにゃ。あとは大トロ魚船に乗った気持で待っているといいにゃ」
「そんな名称の船はないよ、ねこ」
 ポコマルが冷静な口調で突っ込む。
「ま、ねこが手伝うなら僕も手伝うよ。店長さん、事務所の正確な位置はどのへん?」
「ああ、鮮魚コーナーの横の扉から階段を上がって二階にあるよ」
「二階だね……となると少しは音立てても大丈夫かな」
 ポコマルは巨大なレンズを動かしながら、アリサの前にふらふらと移動した。
「ハーフエルフのお姉さん、手伝ってくれる?」
「ええ、それは勿論手伝いますけど」
「それじゃあ、装備を整えることから始めようかな」
 ポコマルはそう言うと棚にずらりと並んだ商品の在庫にレンズを向けた。


 久我崎は、口笛を吹きながら狭い階段を駆け上がると堂々と事務所の扉を開けた。
 事務所には、店長用の机と折りたたみ式のテーブルが置かれており、壁には電子ボードが十二月の売上高を示す棒グラフを表示していた。
 久我崎の視線が右隅に置かれている巨大な金庫に注がれる。
 まるでドラム缶のような形をした金庫は、重低音のうなり声を上げて事務所全体を震わせている。中央部にはめ込まれている防弾クリスタル製のディスプレーには、金庫が開く時間であろう、二十五日午前十一時の文字が表示されていた。
「さて、始めますか…………水龍っ!」
 久我崎の声に反応して、青いサポートボールが金庫の前にゆらりと移動する。
 水龍は、流体金属のボディーから四本のアームを伸ばすと、
巣穴に潜り込む蛇のような動きで金庫の入金口に侵入させる。
 同時に、水龍のボディーから集約された光りが照射され、久我崎の前に三枚の擬似スクリーンが姿を現す。
 中央のスクリーンに最新式のOSの画面が映し出され、左右のスクリーンには金庫破りに使われるのであろう、いくつかの怪しげなソフトが立ち上がっている。 
「まずは、緊急通報先の変更から。その後はダミーウィルスを駆除させてシールドパターンを判別、バブルウィルスはAタイプからHタイプまで準備。サポートはトロイKZを」
 水龍は球体のボディーを点滅させ、久我崎の指示に了解の意思を示した。
「そうそう、あれを忘れていました。水龍、ALTファンクションワン」
 久我崎の言葉が終わると同時に、水龍のボディーから最新のクリスマスソングが流れ始める。
 久我崎は満足げな笑みを浮かべると中央の擬似スクリーンを斜め四〇度に回転させ、ピアノを弾くかのように両手で画面上のキーボードを叩き始めた。


 深々と雪が舞い落ちる深夜十二時、既に人通りはなく、道路には降り積もった雪が白い絨毯を造り上げていた。
 パラソル屋の一階部分は全てのシャッターが降りており、外から中の様子をうかがい知ることは出来ない。
 店内に設置されている防犯カメラも久我崎のサポートボール、水龍の力で平常時の店内の光景を防犯会社に送信していた。


「やっぱりシャッターも二階にいく扉も開かないね。あと、携帯防音装置もセットしてて、店の中の音は外には聞こえないみたいだ。干渉したら青いサポートボールに連絡が入るみたいだし、道理で僕達への監視が弱いわけだ」
 アリサの耳に付けられた小型のイヤホンからポコマルの声が聞こえてきた。
「結局、先に赤いのから倒すしかないってことですね?」
 アリサが惣菜コーナーの棚に隠れながら小さな声で返事をする。
「だね。とにかく戦闘用のサポートボールを倒せば後はなんとかなると思う」
「わかりました。じゃあ打ち合わせどおりに」
「うん、赤いサポートボールの位置はイヤホンで連絡入れるからうまく隠れながら動いて。あいつのメインは視覚カメラみたいだけど、警戒レベルを上げてきたら赤外線サーモグラフィ対応のカメラも使ってくるよ」
「はい。じゃあ、ねこさんに伝えておきます」
 アリサは、イヤホンのスイッチを切り替えると小さな声でねこに呼びかけた。
「ねこさん、そちらの状況はどうですか?」
「糸がからまったにゃ。このイヤホンは使いにくいにゃ」
 イヤホンからねこの緊迫感のない声が聞こえた。
「しょうがないでしょ。あの青いサポートボールのせいで電波系はまったく使えないんですから。逆にお菓子のおまけの糸電話セットでしか離れての通信はできませんよ」
「はうん」
「とにかく、その糸はからまっても垂れていても問題ない特殊水糸ですから。それより、そっちの状況を教えてください」
「そ、そうにゃ。大変なことがわかったにゃ」
「えっ! どうしました?」
「お肉コーナーに半額になったローストチキンを発見したのにゃ。でも、ねこのおこづかいでは足りないのにゃ。ケーキだけじゃいまいちクリスマスぱーてぃーは盛り上がらないし、困ったにゃ」
「…………後で私が買ってあげますから、赤いサポートボールの位置を教えてください……」
「にゃっ! ほんとかにゃ? じゃあ、ねこの分とミルカちんの分とアリサちゃんの分と」
「三人分でも四人分でも五人分でも買ってあげますっ!」
 アリサは眉間にしわを寄せて、つい大声をあげる。
「わーい。じゃあ、この仕事が終わったらみんなでクリスマスぱーてぃーにゃあ」
「パーティーの話は後でいくらでも聞きますから……うう」
「わかったにゃ。えーと、赤いサポートボールはレジのところでふわふわしてるにゃ」
「どっちに動いてます?」
「おはしを持つほうにゃ」
「右ですね。わかりました。ねこさんは隠れながら作戦どおりに行動してください」
「了解にゃ。悲しい作戦だけどクリスマスぱーてぃーのためには仕方ないのにゃ」
「では。最終的な攻撃時間は、また糸電話で連絡しますから」
 アリサは会話を終えると深くため息をついた。


 炎龍は三つのレンズを上下左右に動かしながら、色とりどりの野菜が並ぶ生鮮コーナーをゆっくりと移動していた。
 音も立てず空中を浮遊する姿は、真紅のボディーということもあり、遠くから見ると赤い風船が風に舞っているようだ。
 その動きが、前方にもぞもぞと動く物体を捕捉した途端、空中に固定されたかのようにぴたりと静止した。
 炎龍はレンズに捉えた物体が、先程、創造主である久我崎によって登録された『敵』であることを認識した。
 炎龍には日本警察に配備されているサポートボール南部式零号と違い、銃器使用における誤認防止機能は付いてはいない。
 物体をレンズに捉えてから二秒とかからずに、赤く輝くレーザー光線が発射された。
 爆発音が響き、白煙が辺りに漂う。
 やがて、煙が消えると炎龍のレンズに、手足が四散しバラバラになったパンダ人形が映りこんだ。
 炎龍は、チチチと笑い声のような音を出しながら、破壊された標的に近づいていく。
 その時、キャベツが山盛りに積まれたワゴンの陰から新たなるパンダ人形が姿を現した。
 パンダ人形は、のたのたと手足を動かしながら、炎龍の目の前でダンスを踊るように身体を動かしている。
 炎龍は、球形のボディーをくるりと縦回転させて距離をとると、素早く左右の銃身からレーザー光線を発射する。
 録画された映像を見ているかのように、パンダ人形はまたもや無残な形で破壊された。
 しかし、その後方では、三体目のパンダ人形が短い手足を動かしながら炎龍の前に再び現れ、さらに四体目、五体目が乳製品コーナーの棚の陰から姿を見せた。
 炎龍の動きが一気に早くなる。
 天井近くまで、ふわりと上昇すると一番近くにいるパンダ人形にレーザー銃の照準を合わせる。
 その間にもパンダ人形の数は増え続けていた。
 まるで隠れんぼをしていた子供達が一斉に鬼の前に出てきたかのように、菓子コーナーの棚の陰から、缶詰が詰まれたワゴンの奥から、クリスマス用に飾られた巨大なもみの木の後ろから姿を現し、店内を動き回っている。
 炎龍は、ボディーを回転させながら、レンズに映ったパンダ人形に片っ端からレーザー光線を発射する。
 その攻撃に一切の躊躇は感じられない。
 次々とパンダ人形が破壊されていく中、棚の陰に隠れて弓を構えているアリサに、ポコマルから連絡が入った。
「ハーフエルフのお姉さん、赤いサポートボールの動きは読めたよ。今の人形の配置なら、三十秒ちょっとで予定の場所にくるかな」
「はいっ。と、私のことはアリサでいいです」
 アリサはおもちゃのイヤホンに向かって短く返事をする。
「じゃあ、アリサ。うまく頼むね。それが決まらないとどうにもならないから」
「はい、向こうの世界では的当ては得意でしたから。それより、ねこさんに攻撃開始の連絡よろしくです」
「オッケー。じゃ、また後で」
 アリサは、糸電話での通信を終えると弓を構えなおす。
 左腕が一直線に伸び、微かに揺れていた弓がピタリと静止した。
「来る場所と時間さえわかっていれば……」
 アリサのとがった耳がぴくぴくと動き、漆黒の瞳が一点を見つめる。
 やがて、もみの木の陰から炎龍の真紅のボディーが姿を現した。三つのレンズが球体の表面を滑るように動き回り、その一つが、今、まさに弓を放とうとしているアリサの姿を捉えた。
 右側面の銃身がアリサに照準を合わせた瞬間、炎龍のボディーに衝撃が走り、レンズが白い粘着質の物体で塞がれた。
 炎龍は、残った二つのレンズでアリサの姿を再確認しようとするが、アリサのほうが一瞬早く、自らの身体を棚に張り付かせて、炎龍の死角に身を潜める。
「あと、二つ……」
 小さな声でつぶやいたアリサにポコマルから通信が入る。
「うまくいったみたいだけど、問題発生。赤いサポートボールはアリサを最優先ターゲットにしたみたいだ。そっちに向かっているから、すぐに逃げて」
「了解っ」
 アリサは、弓を小脇にかかえると背をかがめて走りだす。
 滑り込むようにして、菓子コーナーの角を曲がった瞬間、レーザー光線がパステルカラーの菓子を吹き飛ばした。
 炎龍は、アリサを追いつつ、攻撃を受けたレンズを視覚モードから熱感知モードへ切り替える。しかし、レンズに張り付いた物体が熱を持っているのか正常に機能しない。
 それでも、炎龍は残った二つのレンズをぐりぐりと動かし、アリサの後を追いかける。
その行く手を塞ぐように、パンダ人形を両手に持ったねこが姿を見せた。
「もにゃあああああ」
 気が抜けるような叫び声をあげ、ねこはパンダ人形を炎龍に放り投げる。
 パンダ人形は空中で破壊されるも、ねこも左右の手をぐるぐる回しながら、足元に積み上げられたパンダ人形を投げ続ける。
 もし、炎龍のレンズが三つとも正常に機能していたのであれば、投げつけられるパンダ人形を破壊しつつ、ねこ本体に攻撃を加えることが出来たであろうが、一つのレンズが動作していない今の状況では、レーザー光線の発射までに一秒弱の遅れが生じ、ねこが人形を投げる、炎龍がそれを破壊するという、まさに一進一退の攻防が繰り広げられる結果となった。
 それでも、状況的にはねこが不利であることは間違いない。駄々っ子のように両手を振り回し、パンダ人形を投げ続けているねこの体力的な問題もあるし、なによりも弾である、パンダ人形の数が少なくなってきていた。
 そんな危機的状況を救ったのは、アリサの弓矢の攻撃だった。アリサは、棚の陰に隠れるようにして移動すると炎龍の側面に回りこみ、ポケットから白餅『じじ殺し』を取り出し、弓矢の先に取り付ける。
 『じじ殺し』は、空気に触れると熱を持ち、柔らかくなる性質を持つインスタント餅である。
 真空パックから取り出し、矢の先に取り付けた時点で餅の形が歪み、ぐねぐねと生きているかのように蠢いている。
 アリサは弓を構えると、炎龍のレンズの動きに合わせて矢を放った。
 空気を裂くような音とともに矢は見事にレンズに命中し、先端に取り付けられた餅が炎龍の視界を奪う。
「よしっ、あと一つ」
 アリサは、さらに餅つきの矢をつがえて、残り一つのレンズに狙いをさだめた。
 二つのレンズを塞がれた炎龍は、あきらかにレーザー銃の発射回数が少なくなっていた。
 それでも、自らにとって一番の脅威であるアリサを残り一つのレンズで捉え、レーザー銃で狙いをつける。
「やらせないにゃあああ」
 ねこの叫び声とともに、炎龍のボディーにパンダ人形がポコポコと当たる。
 炎龍は、照準のブレを認識しつつも、アリサに向けてレーザー光線を発射した。
 集約された赤い光が一直線にアリサの首の横を通り過ぎ、数本の黒髪を蒸発させる。
 アリサは顔を歪めながらも、体勢を崩すことなく餅つきの矢を放つ。
 それは残った一つのレンズに吸い込まれるように当たり、ねばねばとした餅をレンズに貼り付かせた。
「アリサ、今だよ。熱感知式センサーが使えないうちに押さえつけて」
「はいっ」
 ポコマルの通信に短く返事をしながら、アリサは一気に炎龍に走り寄る。 大きく左足で床を踏み切ると、銃身を無意味に動かしている炎龍に向かって飛びかかった。そのまま体重をかけ、抱え込むようにして床に押さえつける。
「ねこさん。今です。さっき作ったあれを」
「まかせておくにゃ」
 ねこは、内ポケットから円筒状の物を取り出した。
 その中央には、色鮮やかに文字で冬花火と書かれている。
「光とやみと暗黒が支配する現代に、異世界から現れた一筋の光。正義と愛とゆうきの使者、ねこ。そして、その相棒のポコマルが花火セット『冬花火』を使って作り上げた、正義の武器、デスブラッディダイナマイトが」
「口上はいいですから早くっ!」
「はうん。まだ半分しか言ってないのにゃ」
 ねこは悲しそうな顔をしながらも、炎龍に近づき、餅が張り付いたレンズの一つに手作りの爆弾をくっつけた。
 そこにポコマルから通信が入る。
「いいかい、火をつけたらすぐにそこから離れて。電子機器破壊用に調整している爆弾だけど、火薬メインだから勿論、生物にもやばいよ」
「了解ですっ! ねこさん、早く火をつけて」
 アリサは、空中に浮き上がろうとする炎龍を必死に押さえつけながらねこに声をかける。
「あいにゃ。ねこファイヤーリングがいいかにゃ? それともねこバーニングトライアングルのほうがいいかにゃあ?」
 ねこは、ライターを点火すると炎が消えないほどの速度で円状に動かし始めた。
「ねこファイヤーリングは、炎で円を描くことによって、三倍のパワーを」
 アリサは、必殺技の解説を続けるねこから無言でライターを奪いとると爆弾の導火線に火をつける。
「にゃああ! まだ、ねこファイヤーリングが完成してないにゃあああ」
「いいから逃げますよ」
 アリサは、ねこを小脇に抱えるようにして走り出した。
 押さえつけられていた力から解放された炎龍は、ヘリウムガスが詰まった風船のように宙に浮き上がる。
 既に、貼り付いた餅の温度は下がり始めており、熱感知モードに切り替えたレンズには、赤くぼやけるようにアリサとねこの逃げる姿が映し出されている。
 炎龍の球体のボディーが、怒りの感情を表すかのように赤く輝き、レーザー銃の照準がアリサの後頭部を捉えた。
 まさにレーザー光線を発射する直前、まばゆい光とともにパラソル屋店内を揺るがす爆音が響き渡った。
「くっ!」
「にゃっ。耳が、耳がいたいにゃあああ」
飛び込むようにして、もみの木の陰に隠れたアリサとねこは、耳を抑えながら立ち上がった。
 二人の視線の先には、空中に静止し、微動だにしない炎龍の球体が見える。
「ねこさん。隠れててください」
 アリサは素早く弓を構え、炎龍に狙いをつける。
 しかし、アリサが弓を放つ前に、炎龍は自ら床に落下し、スイカが割れるように砕け散った。
 炎龍の残骸をアリサはじっと見つめていたが、何の反応もないことを確認すると、止めていた息を吐き出し、弓の構えを解いた。
「どうやら上手くいったみたいだね」
 ポコマルが缶詰コーナーの棚の陰から姿を見せる。
「はい。それにしても球体電池と火薬を組み合わせた手製の爆弾がここまで効くなんて」
「まあ、あのサポートボールがネーデ社のCPUを使っているのが推測できたからね。あれはマイクロウェーブ爆弾に弱いのが特徴だから」
「……ねえ。あなたが普通の人格形成機能付きのコンピューターとは思えないんだけど、もしかして軍事用なの? それともどこかの企業の最新タイプ?」
「ま、そんなものかな」
 アリサの質問をポコマルははぐらかした。
「……まさか、ねこさんが言ってるとおり、未知の精神生命体とか……ってそれはないか」
 アリサはこつんと自分の頭を叩く。
「そんなことより、今の爆発音で久我崎に気づかれたと思うよ。急いで待ち伏せしないと」
「はい。生身の人間には、この矢で充分ですから」
 アリサは、背中に背負った矢筒から電極付きの矢を取り出すと、事務所に続く階段のある鮮魚コーナーに向かって走り出した。
「ねこは青いサポートボールを頼むよ。あっちは武器のついてない非戦闘用のはずだから」
「うむにゃ。今度こそ、ねこファイヤーリングで決着をつけるにゃ」
 ねこは、ポケットから二本目の手製爆弾を取り出すとポコマルと一緒にアリサの後に続いた。
 鮮魚コーナーの前でアリサが弓を構えると同時に、扉が開かれ久我崎が姿を見せる。
「動かないでっ!」
 久我崎は、アリサの言葉を無視して、足を一歩踏み出す。
「これはハーフエルフのお嬢さん。事務所から出ないようにと釘を刺したはずですが」
 自らに向けられた弓矢を気にすることもなく、さらに一歩前にでる。
「わかってないようね。あなたのサポートボールは破壊したわ。もう観念したら?」
 アリサの言葉に、久我崎は数十メートル先に散らばっている炎龍の残骸を見つめた。
「……信じられない光景ですね。どうやって炎龍を倒したのです?」
「ねこダイナマイト爆弾にゃ」
「爆弾?」
 久我崎は、アリサの隣で元気よく返事をしたねこに視線を向ける。
「ねこダイナマイト爆弾は、ねことポコマルが作った爆弾なのにゃ。特製のシロクマクリームが入っているのにゃ」
「マイクロウェーブだよ、ねこ」
 久我崎は、ねこに突っ込みを入れているポコマルを興味深げに見つめる。
「……その型は、異世界住人用に作られた汎用型のはずですが、中のOSを書き換えているようですね。人格形成機能も私の知らないタイプのようです」
「人格形成機能も日々進歩しているからね」
「素晴らしいよ。それだけ知的に、人間的に会話できるように形成された人格になるとはね。ぜひとも研究したかったのに残念です」
「残念?」
「ええ。今日、その人格が消滅してしまうのが」
 久我崎が白い歯を見せて笑った。
「どうやら素直に捕まる気はないみたいね」
 アリサは、電極付きの矢じりを久我崎の胸に向ける。
「仕方ないです。警察が来るまで眠っていてもらいます」
 アリサはそう言うと久我崎に向けて矢を放った。
 至近距離からの攻撃であり、狙いを外すことなどありえないと思っていたアリサは、一秒後、久我崎の前で宙に静止した矢を見て大きく目を見開いた。
「なんで……」
「突然、攻撃してくるなんて、恐ろしいお嬢さんですね」
 久我崎は、目の前で静止している矢を無造作に右手で掴むと床に放り投げる。
「コートに何か仕込んでいるみたいだ」
 ポコマルがレンズを動かしながらつぶやく。
「はは、特製の防弾コートですよ。軍事用の兵器を防ぐのは無理ですが日本国内で使用されているレベルの武器なら、この一枚で充分です」
 久我崎は漆黒のコートをひらひらと動かしながら言葉を続ける。
「それにしても、やはり、あなたが軍師というわけですか」
「僕はただの異世界住人専用のサポートボールだよ」
「ご謙遜を。私が造り上げた炎龍は、偶然破壊できるほど甘くはありませんよ」
「実際に破壊したのは、そこにいるねことアリサなんだけど」
「たしかに。では、三人とも同罪ということで、まずは、あなたから償ってもらいましょう」
 久我崎が喋り終えるとともに、天井のスクリーンが破け、青い球体がポコマル達の前に飛び出してきた。
 青い球体は、一度床にバウンドするとそのままポコマルに向かって突進する。
 ポコマルは、浮遊機能を一瞬切って、攻撃を下にかわす。
 しかし、青い球体も天井近くでくるりと反転すると下降していたポコマルに向かって蛇のようなアームを一直線に伸ばした。ポコマルは右にかわそうとするが、それより先にアームの先端がポコマルのボディーに突き刺さった。
「にゃあああ! ポコマルー」
 ねこはポコマルに走りより、ぐねぐねと動くアームを引っ張るが完全に食い込んでいるのか外れない。
「所詮、時代遅れの市販品ボディーでは、水龍の反応速度についていくことは出来ませんよ。それは頭脳も同じです。元になるCPUの差は、よく出来た自作OSでも補うことは不可能です」
 久我崎は残念そうに、球体のボディーを貫かれたポコマルを見つめ、首を左右に振る。
「水龍、そいつを初期化しろ。バックアップROMからすべて消してしまえ」
 水龍のアームが不気味な点滅を開始した。
「ふーっ! やめるにゃああ。やめるにゃああ」
 ねこは、蛇のように動き回るアームに噛み付くが、点滅は止まらない。ポコマルの赤く輝くレンズが急速に光を失い、やがて消えた。
 ねこは、水龍のアームから手を離すと床に転がり何の反応もないポコマルに走り寄る。
「……にゃあ……ポコマル、寝たのかにゃ? 早く起きるにゃ。まだ悪い人をやっつけてないのにゃ」
「……ねこさん……」
「今日はクリスマスなのにゃ。早くお仕事を終わらせて、みんなでぱーてぃーをするにゃ」
「…………」
 アリサは、ポコマルをさすり続けるねこの姿を、口を真一文字に結び、じっと見つめた。
 アリサの身体がぶるぶると震え、弓矢を握る右手が陶器のように白くなる。
「ふふっ。猫耳族のお嬢さんは状況を理解しておられないようですね」
 久我崎の言葉に、アリサは怒りの視線を向け、弓を構えなおす。
「すぐにポコマルさんのデーターを元に戻して。でないと今度は顔を狙います」
「残念ですが、初期化は終わっていて、バックアップツールでの復活も無理です。あと二十秒程度でCPUの破壊も完了しますよ」
 久我崎は、点滅を続けるアームをうっとりとした瞳で見つめる。
「あと、身体のどこを狙われても、護身用の弓程度では小さな傷一つつけることも不可能です。警察の銃も跳ね返す防弾コートですからね。そんなことより自分の心配をされたほうがいいのではないですか?」
 久我崎の台詞に合わせるように、水龍から新しいアームが伸びてくる。弾力金属で作られたアームは全身をくねらせながら、床に転がっていた炎龍のレーザー銃を拾い上げる。
 アームの先端がレーザー銃の内部に入り込み、そのまま銃口をアリサに向けた。
 アリサは、今や完全にレーザー銃と同化した水龍のアームを呆然と見つめた。
「炎龍のレーザー銃は、本体からエネルギーを吸収してレーザーを照射するタイプなのですが、銃本体だけでも数発の照射は可能です。あなた方を破壊するには充分ですね」
 アリサは燃えるような瞳で久我崎をにらみつける。
「ふふっ。美しいハーフエルフのお嬢さんに熱い視線で見つめられるのは嬉しいのですが、私はこの後、金庫を開ける作業が残っていて忙しいんです。デートは遠い未来に天国ですることにしましょう」
 久我崎の言葉が終わると同時に、レーザー銃の銃口が赤く輝いた。アリサは悔しそうに唇をかみ締める。
 その時、突然、水龍のアームが動きだし、レーザー銃の向きを変えると、水龍本体である青い球体に向けてレーザー光線を発射した。
 赤い光が水龍のボディーを貫くと同時に爆発音が店内に響き渡る。
 アリサは、状況を理解することが出来ないのか、漆黒の瞳を大きく見開き、店内に散らばった水龍の残骸を、瞬きすることもなく見つめている。
 一方、水龍を破壊された久我崎も反応はアリサと同じだった。彫刻像のような美しい笑みをたたえた顔立ちが、今は驚愕の表情に変化している。
 二人を現実の世界に引き戻したのは、少年の声だった。
「遅くなってごめん。青いサポートボールのコントロールを奪うのに時間かかっちゃって」
 ポコマルはそう言いながら、ゆっくりと床から浮き上がり、巨大なレンズをぐりぐりと動かした。
「にゃああああ。ポコマルぅー。心配したにゃああ」
 ねこが嬉しそうにポコマルに抱きつく。
「こっちも大変だったんだよ。CPUとOSを壊されると、さすがにまずいからね。手足がなくなるようなものだし」
「ポコマルは丸いから手足は最初からないにゃ」
「そういう意味じゃないよ」
 二人の会話を久我崎の怒りの声が中断させた。
「何故だ。何故、お前がそこにいる? 人格形成機能もOSも削除したはずだ。どこに保存していても水龍が記憶媒体全てのデーター削除を実行しているはずなのに。それにどうやって水龍を支配したというんだ?」
 久我崎の言葉に、今までの余裕はない。
 唇を歪めて、ポコマルにまくしたてる。
「僕が隠れていた場所を青いサポートボールが見つけられなかっただけだよ。あとは、そっちのアームを通して、今度は僕がハッキングしただけ」
「そんなことはありえない! 水龍は軍事用として造ったんだ。CPUもOSも全てが最新型でお前のような市販製品の寄せ集めとは潜在的パワーが違うんだ」
「じゃあ、製作者が悪いんじゃない?」
 ポコマルは、そっけなく返事をしながら、自らの身体に突き刺さったアームをぐりぐりと振り回す。
「たしかにこれはいいアームだね。伸縮自在だし、精密作業も出来るみたいだ。これで消費電力が小さければもらって帰るんだけどなあー。僕の本体ではパワーが足りなくて三分も使えないや」
 久我崎は、怒りで全身を震わせながらポコマルをにらみつけた。
「この礼は必ずしますよ。覚えておいて下さい」
 短く言い放つと、漆黒のコートをひるがえし出口に向かう。
「冗談じゃないわよ」
 久我崎の前に、アリサが立ちふさがる。
「これだけのことをしておいて、そのまま帰るつもり? 絶対に帰さない」
 久我崎は、馬鹿にした顔でアリサの構えた弓を見つめる。
「で、どうやって止めるんです? その弓でですか?」
「くっ!」
「さっき話したはずです。銃でさえ跳ね返す防弾コートを護身用の弓矢でどうするつもりです? 無駄なことはお止めなさい」
「じゃあ、これならどうかな?」
 ポコマルが二人の間に割り込み、水龍のアームを久我崎に向ける。その先端には炎龍のレーザー銃が取り付けられていた。
 久我崎の目が見開き、端整な顔立ちが凍りつく。
「うわっ、レーザーを照射するのにこんなに電力が必要なんだ……これなら大抵の防御服なんて紙切れみたいなものかな。ちょうど一発撃てるみたいだし、ご自慢の防御コートで防げるか試してみる?」
 声を出すことも出来ずに立ち尽くしている久我崎の耳に、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
「そうそう、青いサポートボールの妨害電波が消えたので警察には僕から連絡しておいたよ。黒沢さん」
 久我崎の身体がびくりと震えた。
「黒沢って誰です?」
 アリサが不思議そうにポコマルに尋ねる。
「ああ、久我崎さんの本名かな。黒沢和久さん。青いサポートボールの中にデーターとして残っていたから、今回の依頼主の桐生ファンドとのメールのやりとりと一緒に警察に送っておいたけどまずかった?」
 黒沢和久は、ポコマルの言葉を聞き終わると同時に、がっくりと膝を床に落とした。


「本当にありがとう。君のおかげで助かったよ」
 パラソル屋の店長は、満面の笑みを浮かべてポコマルに何度も頭を下げた。 
「気にしなくていいよ。報酬はもらったからね」
 ポコマルのレンズには、巨大なケーキの箱を抱えて、大喜びしているねこの姿が映し出されている。
 そこに警察官から質問攻めにあっていたアリサがやってきた。
「店長、今日はこれでいいみたいです。後は裁判の時に証人として呼び出されるみたいですけど」
 アリサは頭をかきながら、店内を動き回っている警察官を見つめる。
「じゃあ、後片付けは明日でいいから、アリサ君も今日は帰っていいよ」
「にゃっ! アリサちゃん、お仕事終わったかにゃ? じゃあクリスマスぱーてぃーに出発にゃ」
 ねこが、巨大なケーキの箱を抱え、よろよろとした足取りでアリサに近づいてきた。
「ねこの家は、ここから近いのにゃ。ミルカちんも待っているはずだから今日のぱーてぃーは盛り上がるのにゃ」
「あ、そうでしたね……」
 アリサはぎこちなく微笑む。
「ねこは、クリスマスぱーてぃーは初めてなのにゃ。きっと楽しいのにゃ」
「は、はは……」
 アリサがどうやって断ろうかと言葉を探している間に、ポコマルがふらふらと二人の前に移動してきた。
「ねこ。ミルカから音声メールが四件届いているよ。妨害電波のせいでさっきまで受信できなかった分だね」
「にゃっ! 何の用かにゃああ。再生してみるにゃ」
「了解。じゃあ連続再生するよ」
 ポコマルが喋り終えるとともに、球体から不機嫌そうな少女の声が聞こえ始めた。
「ねこっ! 待ち合わせは十一時っていってたよね? もう十二時なんだけど……扉の前に買い物に行くって貼り紙あったけど、いつまで待たせるつもりよ。雪降ってんのよ。早く戻ってきてよ」
「……あのー、雪がひどいんだけど。帰ろうにも終電終わってるし、私どうすればいいのよ。あんた、人を無理やり誘っておいて何考えんの? あーさむいさむいさむいさむい」
「……た、助けて。もう死ぬ。まじで死ぬ……」
「……………………パトラッシュ、私もう疲れたよ……」
 音声メールの再生を終えたポコマルは、少年の声に戻ってねこに話しかける。
「四件目のメールは意味不明だけど、どうもやばい状況みたいだ。早く戻らないとねこの部屋の前で凍死者がでるよ」
「あうっ。じゃあ、すぐにアパートに戻るにゃ」
 二人の会話を聞いていたアリサは、大きくため息をつくと店長に向かって大声をあげた。
「店長―。店の倉庫に携帯カイロの期限切れのありましたよね? 持っていっていいですか?」
 店長は、笑いながら両手で丸を作る。
 その後ろから中年の女がアリサに声をかけた。
「アリサちゃん。惣菜コーナーの残り物も持っていっていいから。レンジで暖めて食べるといいよ」
「あ、吉田さん。ありがとうです」
 アリサは、ぺこりと頭を下げるとねこに向かって口を開く。
「じゃあ、さっさと準備して、ミルカさんを助けにいきましょう! さっきのメールを聞く限り、私達より大変な状況みたいですから」
「あいにゃあああ。ミルカちん救出大作戦にゃ」
 アリサは、苦笑いを浮かべながら惣菜コーナーに向かって走り出す。
 どっちにしても予定のなかったクリスマスだ。
 天然ぼけの猫耳少女と人間のように喋るサポートボール。
 一風変わった二人とクリスマスを過ごすのも悪くはない。
 それに、Bクラスのクラスフリーターもいるらしいし、Cクラスの自分には勉強になる話も聞けるだろう。
 アリサが、袋一杯の携帯カイロとローストチキンにポテトを持って店の外に出ると、外は一面の雪世界だった。
 空からは、綿のような雪が舞い落ちてくる。
 アリサは、白い息を吐き出しながら、ねこ達の元に向かった。
 彼女達が、まさに雪だるまと化したミルカを救い、クリスマスパーティーを始めるのは、今から一時間後のことであった。


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
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●感想
一言コメント
 ・簡単にゃ!癒し系にゃ!本編はいずこにあるにゃ?
 ・世界観とねこがいい。
 ・冒頭の論文だけで泣ける(マテ) きっとネコちゃん、試験落ちたんだろうなぁみたいな。
 ・餅の名前もブラックジョークになっているし、よく考えられている。
 ・キャラクターの作り方が上手い。ねこがかわいい!!
 ・ほんとに面白かった。プロの小説と同じかそれ以上に。
 ・これは純粋に面白かった。
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