高得点作品掲載所     麻井奈緒さん 著作  | トップへ戻る | 


揺れる思い

 今年も一次で落選かぁ……。
 大手出版社が主催する小説大賞に応募し続けて早五年。これで一次落選通知の封書が五枚になった――どうしてだ。どうして僕の小説が一次すら通らないのだ。全身全霊をかけての自信作だったのに……。僕は、毎年この落選通知を受け取る度に、その出版社の編集者に対して「どうして僕の小説の良さが分からないんだ! それでも一流出版社の編集者か! ボケェ!」という傲慢とも言える感情を抑えることができなかった。心の底からめらめらと怒りの感情が湧き上がる。
 この小説大賞は、まず編集者が、送られてきた作品全てに目を通し、ある程度を篩(ふるい)に掛ける。これが一次選考。そしてその後、下読みの手に渡り、ここで最終選考用に十作品が選ばれる。これが二次選考。その十作品が最終選考に進む。この小説大賞の最終選考では現役作家が一人で選考委員を務める。この小説大賞は今年で五回目。五年間、最終選考委員は変わっていない。そして、この作家が選ぶ一作品が大賞となるのだ。
 しかし、僕はこの五年間、一次選考すら突破できていない。一回や二回ならまだしも、今年で五回連続の一次選考落選。背後から絶対聞きたくない黒く重たい言葉が僕を襲ってくる――
 お前には、小説を書く、なんていう才能などこれっぽっちもないんだよ。いい加減諦めろ。現実を知れ! 己の身の丈を知れ!――
 背後から覆いかぶさってきたその言葉の重みに崩れ落ちそうになる。手に持っていた今年の落選通知を眺めていると、さっきまでの編集者への怒りが突如自分の不甲斐なさに向けられた。瞬く間に体の力が抜けていく。僕は、フローリングの床にへなへなとへたりこんだ。
 やっぱり僕は小説を書く才能がないのかなぁ。小説家に向いていないのかもしれない。人間には生まれながらにしての向き不向きがある。センスとも言うべきものか。なりたい職業に誰もがなれるというわけではない。いや、むしろなりたい職業に就いている人のほうが少数かもしれない。夢だけでは生活はできない。そろそろ将来のことを考えて本気で現実を見据えたほうがいいかもしれない。しかし、だからといって物を書くということを簡単には諦めることはできない。僕の子供の頃からの夢なのだ。まだ未練がある。
 よし。あと一回。あと一回、来年の小説大賞に応募して今年と同じ結果なら、潔く小説を書くことから足を洗おう。そして、将来の生活の安定の為に、できる限り自分に合った、そしてできる限り安定した仕事を探そう。
 僕は、後ろ向きな考えを振り払うかの如く頭を左右に大きく振り、立ち上がった。五枚の落選通知の封書をくしゃくしゃに丸め、勢いよくゴミ箱へ投げ捨てる。パソコンの電源を入れ、いつものエディターを立ち上げる。
 僕には才能がある。僕には小説を書く才能がある。来年の小説大賞は僕が取る!
 キーを打つ指先に「来年こそは僕が大賞を取る!」という執念の塊が宿る。僕はいつも以上に強くキーを叩いた。指先にじんじんと軽い痛みが走る。
 しかしながら、僕の背中に覆いかぶさっている黒くて重たい言葉は影を潜める素振りもなく、ただそのまま居座っていた。

  ○  ○  ○

 一年後――
 今年も、小説大賞の最終選考の時期になった。編集者の御眼鏡に適い、下読みの篩をも突破した十作品が選ばれた。
 編集者の小池が「こんにちはー」と大声を張り上げながら遠慮もなくずかずかと家に上がり込んできた。大いに興奮しているのであろう。小池の鼻の穴は枝豆くらいの大きさまで膨れ上がっている。

 
「先生! 今年も最終選考、よろしくお願い致しますね! はい先生、これです、今年の最終選考に残った作品。今年の作品は十作品ともレベルが高いですよ。特に私の一押しはこれ。この作品は素人が書いた作品とは思えないくらい面白いですよ。あっ、あくまでも僕個人の考えですので、あまり気になさらず……。先生個人の判断で大賞をお決めになってください。いやー、本当に楽しみです、今年の大賞。では先生、よろしくお願いします」

 小池が言った一押し作品の作者名には、ペンネームではない僕の本名があった。
 最終選考委員を任されて六年。僕は、やっと自分の名前をこの最終選考の場で目にすることができた。
 ふと背中に目を遣ると、一年前から居座っていた黒くて重たい言葉が、ううっ、と小さく唸りながら消え去った。
 どうやら、このまま作家を続けてもいいようだ。


  (了)


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