高得点作品掲載所     雨杜 潤さん 著作  | トップへ戻る | 


革命哀歌

-終焉の鐘音は永久に刹那に-

革命哀歌 -終焉の鐘音は永久に刹那に-


 Dieu. S’il vous plaît pardonnez les gens qui ont firent mes parents mourir.
 ――神様、わたくしの両親を死なせた人たちをお赦しください。


◆第一節.革命序曲 L’ouverture de la Révolution◆

 まず初めに言っておこう。
 我々が信じるものの全てが虚像であることを。
 神も、富も、愛も、名誉も全て、人間が造り出した虚像に過ぎない。
 人という生き物を導くための一つの指標であり、形の無い崩れやすいものなのだ。
 さて、私は敢えて問おう。
 我々は何を信じればいいのだろう?
 ――ルイ・ジャック・アントワーヌによる戯曲『偶像歌劇』序幕より。

 一七八九年、七月四日。
 真紅の軍服が人々の視線を引き付けた。
 王家の近衛連隊である王竜騎士団(シュヴァリエ・ドゥ・ロワ)の紅い軍服は常に目立つ。太陽の光を照り返す金糸の刺繍や尉官職を示す銀の肩章まで付けていれば尚更だ。だが、その派手な軍服を身に纏う本人は至極涼しげな顔で道の真ん中を歩いていた。
  穏やかな歩調に合わせて艶やのある黒髪が揺れる。上背でしなやかな体躯は軍人らしく鍛えられたものではあるが、柔和な色彩を放つ漆黒の双眸は平和的であ り、何処か優しい雰囲気を醸し出していた。どちらかと言えば軍人よりも学者や学生といった風貌だ。一目で育ちの良い名門貴族の出であることが判る。
 ドミニク・ジャン・ロジェ・ド・メルデンは人目を憚らない落ち着いた足取りで目的地の敷居を跨いだ。
 豪奢で荘厳な装飾が施された門構えを持つその建物は、パリでも大学が密集するカルチエ・ラタン地区の図書館である。建物の素晴らしさもさることながら蔵書数は国内でも一、二を争っていた。
 学者らしい顔つきの青年が立ち寄る場所としては不自然ではないが、彼は飽くまでも軍服に身を包んだ軍人だ。場違いであり、かなり人目を引いていた。
「先日申請していた資料の閲覧に参りました」
 ドミニクは柔らかな表情で司書に告げる。
 平民階級出身の司書は、明らかに貴族的なドミニクを訝しげに睨んでいた。しかし、やがて、ふてぶてしい態度で分厚い本を奥の書架から引っ張り出した。ドミニクは丁寧に礼を言うと、司書の前に小額の銅貨を置いてやる。
「貴方という人は……可哀想なくらい空気が読めないアンベスィル(大馬鹿者)ですね」
 資料に目を通し始めてしばらくすると、不機嫌そうな女声が投げられる。ドミニクは視線を上げ、柔和な顔に平和ボケしそうなほど穏やかな微笑を浮かべた。
「シエルさん(マドモワゼル・シエル)。どうしました?」
  ドミニクの前に長身の女が立ちはだかった。亜麻色の髪が彼女の動きに合わせてふわりと揺れ、甘美な薔薇の香水が香る。ドミニクと同じ真紅の軍服に身を包ん だ姿は、一見すると少年のようだ。しかし、人形のように整った顔立ちや、小さくて形の良い唇は可憐な乙女のそれである。
 鮮やかなドレスで着飾りさえすれば振り向かない男はこの世に一人としていないだろう。だが、例え軍服に身を包んでいても損なわれることのない凛とした美貌は正に男装の麗人(ボーテ・デギゼ・アン・オム)と形容するに相応しい。
 その男装の麗人は椅子に座って資料を読み耽るドミニクを見下ろすと、空の色を映した丸い瞳に怒りを浮かべた。
「どうしましたじゃありませんっ! エスペス・ダンベスィル(この大馬鹿者)!」
 平和ボケしたような笑顔を浮かべるドミニクの頬を両手でムニュッと抓りながら、男装の麗人――シエル・ジャンヌ・ド・カリエールが抗議の声を上げる。
 頬をわずかに染めて叫ぶシエルの顔を見ながら、ドミニクは相変わらず穏やかに笑う。その表情を見ているうちに、シエルは諦めたように深い溜息を吐いた。
「何を読んでいるんですか?」
「少し気になったので、論文を閲覧していました。やはり、自分なりの見解を持つには多くの意見に目を通しておくべきだと思いますから」
 資料は大学の論文であり、題目には「首飾り事件について」とあった。
  近年、フランス国内の情勢は安定しない。物価の高騰と飢饉によって民衆は喘ぎ、各地では暴動が起こっている。まだ小規模だが、いつ指導者を立てて大掛かり に蜂起しないとも限らない。王家は財政難に苦しみ、今年五月に聖職者、貴族、平民による三部会が召集された。だが、第三身分である平民はこの議会を国民議 会とすることを主張した。そして、現在、憲法制定の案が採決されている。
 民衆は封建制を拒んで自由を求め、革命を望んでいた。そして、王家の信用は地に落ちようとしている。王家に対する誹謗の一因として挙げられるのが、この首飾り事件だ。裁判自体は終了し、事件としては既に決着がついている。
 だが、先日、事件の首謀者であったラ・モット伯爵夫人が牢獄から逃亡を計ったのだ。
「アンベスィル(大馬鹿者)。それは貴方の仕事じゃないでしょう。どうせ、裁判記録も見に行くつもりなんでしょう?」
「もう見てきました」
 当然のように笑うと、シエルが溜息を吐いた。事件はドミニクの職務の管轄外である。
 しかし、ドミニクは王家の守護を任されている王竜騎士として、王家の威信を落とした事件に関して知っておいても良いと考えていた。
「全く。貴方はいつもいつも。今、パリがどんな状態か判っていますか?」
「失礼ですね。僕だって馬鹿じゃありません」
 当然のように言い返すドミニクに、シエルは一旦治まっていた怒りを再び思い出したように顔色を険しくした。一方、目まぐるしく表情が変わるシエルを見ながら、ドミニクは「相変わらず、よく怒る人だなぁ」と微笑ましく思う。
 しかし、それがシエルの癇に障ったらしい。彼女はドミニクの肩をガッシリ掴むと、彼の首をグラグラ揺らした。
「だっ たら、そんな派手な服で市内に出るのは辞めてください。何回、わたしが連れ戻せば気が済むんですかっ。毎度毎度、貴方という人はッ! その愚かしさに、わ たしは同情しますよ! あぁ、だいたい、どうしてこんな人が上官なのかしら。神は何をお考えになってわたしにこんな試練を! わたしは何も悪いことなどし ていないのに」
 いつものように長々と説教、というよりは愚痴を交えた泣き言を唱え始めたシエルを宥めるように、ドミニクは彼女の腕をポンポンと叩く。
「シエルさんだって、同じ格好しているじゃありませんか」
「…………貴方を探して急いで飛び出したからに決まっているでしょう。エスペス・ダンベスィル(この大馬鹿者)! 訓練が終わった後、即効で外出した貴方を追って出てきたんですよ!」
「あぁ、そうだったんですか。それは申し訳ありませんでした。ついでにアントワーヌの詩集も読んでおこうと思ったら、つい急いでしまって。そうそう、シエルさん。もう少し声を落とさないと、他の方の迷惑になってしまいますよ」
 ドミニクに指摘され、シエルは我に返って辺りを見回す。すると、近くに座っていた紳士が迷惑そうに咳払いをしていた。シエルは年頃の娘らしく恥ずかしさで顔を赤らめる。
「それに、貴女はいつも軍服で市内を歩くなと言いますが、僕たちは仮にも王族守護を司る伝統ある王竜騎士(シュヴァリエ・ドゥ・ロワ)です。王家に忠誠を誓い、祖国を愛する者として誇りを持つべきではないでしょうか」
 諭すような口調で言うと、シエルは「それはそうですが」と口篭る。
 実際、ドミニクもシエルが言わんとすることは判っていた。
 封建制を望まず、権力者を憎む民衆の怒りは王家だけに向けられているのではない。その下で甘い蜜を吸う特権階級、ことに貴族に対しても向けられていた。パリでは、次々と貴族の屋敷が襲われたり、追剥にあったりしたという情報が絶えず飛び交っている。
 特に王家守護の象徴とも言える王竜騎士団の軍服は目立ち、民衆からも目が付けられ易い。先日も団員の一人が民衆から暴行を受けたらしい。
 今のパリは以前のように「花の都」と形容される華々しい都市ではない。
 しかし、だからと言って、ドミニクは自分の信念を曲げるつもりはない。貴族は王家と王国の守護のために存在し、その役を果たす義務がある。それが貴族としての生き方であり、当然の在り方なのだ。
 そして、ドミニクは王家守護を司る騎士団の中尉に任命されている。使命を全うするのが義務であり、それは誇るべき誉れだ。恥ずべきことではない。
 ドミニクの考え方を古いと嗤う者も多い。まるで、中世の騎士道を引き摺る馬鹿だと。けれども、幼い頃から侯爵家で育った嫡男として、ドミニクは自分の信念に恥じる生き方はしたくないと思っていた。
「貴方という人は……今どき珍しいほどアンベスィル(大馬鹿者)ですね。希少価値が高すぎて泣けてきますよ。お守りするわたしの身になって頂きたい」
「ありがとうございます(メルスィ・ボク)。シエルさんがいると、とても頼もしいですよ」
 深い深い溜息を吐いた後、シエルは亜麻色の髪を掻いた。
 シエルは王竜騎士団で唯一の女性だ。階級は少尉で、ドミニクが受け持つ中隊の副官である。歳はドミニクと同じ十七で、結婚はしていない。
 現王妃の提案で官僚やフランス軍に女性兵も採用されることになったのは五年前であり、記憶に新しい。
  軍には、まだシエルのような貴族の令嬢が数人従事している程度だが、これは民衆層にも評判が良かった。女性の社会進出は貧困層にとっても希望でもあったか らだ。近年、王家が施した政策の中で唯一、人気を勝ち得ている。しかし、希望を持って軍に入った女性は大抵の場合は重要ではない事務的な仕事を受け持つ か、激務や訓練に根を上げて除隊していく。
 だが、シエルの場合はよく働き、訓練も男と同じようにこなしている。武術も達者で、剣の腕ならドミニクの中隊では随一と言っても良かった。言い寄ってくる飢えた男も一人で撃退してしまう。
 こういった例は珍しく、周囲も高く評価していた。
「さて。シエルさんにも見つかってしまいましたし、論文も一通り読み終えましたので」
「帰りましょう。お屋敷には責任を持ってお送りしま――」
「そろそろ、詩集を探しに行かなくては。第二版は自宅にあるのですが、初版はここでしか読めないんですよね」
 暢気で平和ボケしそうな笑顔に、シエルが深く項垂れた瞬間だった。

 少しだけという約束でシエルを表に待たせると、ドミニクはのんびりとした足取りで書架の間を歩いた。
 だが、いざ一人になって書架を眺めていると、目当ての本以外にも魅力的な題名と著者が飛び込み、思わず誘惑に負けそうになる。
「いけませんね。シエルさんに怒られてしまう」
 無意識に手を伸ばしていたモリエールを閉じながら、ドミニクは首を横に振った。
 シエルは部下であり、ドミニクの幼馴染でもある。昔から気性の激しい娘で、のんびりとしたドミニクの手を引いて歩くことが多かった。何度か親同士で婚約の話が持ち上がったそうだが、彼女が軍に志願するという一大事が起こってからは有耶無耶になったらしい。
 ドミニクは目当ての詩集がある書架へと向かう。すると、いつも立ち寄る場所には既に先客がいた。
 室内だというのに、帽子を深々と被っており、貴族にしては地味だが庶民にしては少し高価で仕立ての良い衣服を身につけている。上層市民だろうか。それにしては、少しおかしな格好をしていた。
 歳の頃は十三、四といったところか。踏み台を使って書架の高い位置にある本を取ろうとしている。だが、小柄な身体をいっぱいに伸ばしても目当ての本には手が届かず、随分と苦労しているようだった。
 ドミニクは少年の脇に立つと、赤い背表紙の本を取ってやった。
「どうぞ」
 ドミニクの行為に少年は驚いたように顔を上げたが、すぐに帽子のつばを深く下げ、礼も言わずに本を引っ手繰るように受け取った。その無作法な振る舞いに普通なら腹を立ててしまいそうだが、ドミニクは愛想よく笑う。
「アントワーヌの詩ですね。お好きなんですか?」
 ドミニクの問いに少年は黙ったまま、小さく頷いた。
「彼の詠う騎士たちの恋歌は非常に繊細ですね。古典派文学の代表的な詩人だと思います。しかし、実は一作だけ戯曲も書いているんですよ。作品としての評価は低いのですが、最終幕の台詞がとても印象的です。ご存知ですか?」
 常人なら、こんな専門的な話題を振られても困るものだが、興味があったのだろう。少年は真剣に聞きながら首を横に振った。
 ドミニクは無意味に咳払いをして、随分昔に読んだ戯曲の一節を暗唱しようとした。しかし、不意に少年と目が合い、気が抜けたような声を上げる。
「あぁ、やはり女の子でしたか」
 いつの間にか顔を上げてドミニクを見上げていた少年――否、少女は慌てて帽子を被り直そうとしたが、焦りが生じて中に入れていた三つ編みの髪が零れてしまう。
 白百合のように愛らしい頬を桃色に染め、少女は俯いた。不安げに揺れる瞳は青玉(サファイア)を思わせるほど美しく、長い蜂蜜色の髪も上品で洗練された印象を受ける。
 少女は何とか髪を帽子に押し込もうとするが上手くいかず、見兼ねたドミニクが手を貸してやると、ますます頬を赤らめて俯いてしまった。
「あ、あの……えっと、その」
 少女は何かを言おうと必死に口を動かすが、動揺してなかなか声に出せない様子だ。
「男装だなんて、どちらの令嬢ですか?」
 ドミニクが問うと少女は不思議そうに顔を上げ、彼をまじまじと見詰めた。
「わたくしを探しているのではなかったの?」
 今度はドミニクが首を傾げる。
「あなたは王竜騎士(シュヴァリエ・ドゥ・ロワ)の方でしょう。違うの?」
 少女が彼の派手な軍服を見ていることに気づき、ドミニクは胸に手を当てて腰を折る。
「あぁ、申し遅れました。僕はドミニク・ジャン・ロジェ・ド・メルデン中尉。お察しの通り、王竜騎士団に所属しております」
 律儀に挨拶をするドミニクに少女は戸惑いの色を見せた。
「と、とにかく、あなたはわたくしを探しているわけではないのですね」
「え……まぁ、そのような命令は受けておりませんが」
 ドミニクは状況をあまり理解せずに返答した。すると、少女はホッと肩を撫で下ろし、改めてドミニクに向き直る。
「それなら、メルデン卿。このことはどうか誰にも喋らないと約束して頂けますか?」
「はぁ……約束します」
 ドミニクが曖昧に返答すると、少女は「ありがとうございます(メルスィ・ボク)、それでは(オー・ルボワール)」と言って急ぎ足で立ち去ってしまった。
 ドミニクは少女の後姿を見ながら、少し面白いことに巻き込まれたものだと唇に笑みを浮かべた。そして、のんびりとした動作で本の閲覧を再開しようとしたが、足元に白いものが落ちていることに気づく。
 少女の落し物だろうか。女物のハンカチを拾い上げ、ドミニクは顔を顰めた。
 金糸で丁寧に刺繍された百合の紋章。それと重なるように、一人の少女の顔を思い出す。ドミニクは急いで少女が歩いた方向を見たが、既に後姿は見えなくなっていた。


「駄目です(ノン)!」
 意見を一蹴され、ドミニクは苦笑いを浮かべた。
「貴方がそんな仕事をする必要はないんです。大人しくしていてください」
 仁王立ちしながら、シエルがキッパリと宣言した。
 ドミニクが勝手に図書館へ出掛けてから三日経った今日、最近物騒だからパリの様子を見ておきたいと発言したのが原因だった。
  パリはフランスの首都とは言っても、国王はパリ南西部に位置するヴェルサイユに住んでいる。そこに構えられた贅の限りを尽くしたバロックの宮殿は諸外国の 王侯貴族にとっても憧れの的だ。特に鏡の間は雅を極め、何枚もの大鏡や天井から垂れ下がる数々のシャンデリア、広間を飾る数々の銀製品が窓から入る光を煌 びやかに照り返す。
 そして、周辺には貴族たちの邸宅が立ち並び、宮殿を中心に一種の都市が形成されている。こちらには市民が少ない分、パリほど治安も悪くない。近頃のパリは物騒だ。貴族が不用意に出歩くべきではない。
 宮殿の一角に構えられた王竜騎士団の兵舎、中尉に宛がわれた執務室の中でドミニクは溜息を吐いた。
  シエルの言うことはもっともだが、ドミニクとしては混乱の中にあるパリの様子が気掛かりだ。革命を支持する煽動家たちの動きも気になるし、パンの値上がり に喘ぎ、暴徒と化した市民の様子も放ってはおけない。あと、この前読み損ねてしまった詩集にも目を通しておきたいが、これをシエルに言うと物凄い勢いで怒 られるだろうなと思った。
「貴方のためを言っているんですからね。いいですか!」
「シエルさんは短気ですが、根は優しいですからね。僕を心配してくださるお気持ちは、よく判っていますよ」
 ニッコリと笑うとシエルは当然のように頷いた。
「しかし、シエルさん。貴女、中尉への昇格を拒否したそうじゃありませんか。せっかく、少将殿が期待をかけてくださったのに」
 中尉になれば、今のようにドミニクの副官に甘んじなくても良くなるのだ。それなのに、シエルは少尉から中尉への昇格を拒んだらしい。
 だが、その話をするとシエルは白い頬を朱に染めてドミニクを睨みつける。
「良いんです!」
「どうして、そこで怒るんですか。貴女は優秀なんですから、僕の下で雑務をしているような人材ではないでしょう。他者からの評価は有り難く受けておくに越したことはありませんよ」
 ごく自然に言うと、シエルはますます頬を赤くし、やがて俯いてしまった。
「わたしはいなくても良いんですね」
 何か彼女を怒らせるようなことを言っただろうか。ドミニクは自分の発言を顧みたが、特に思い当たる節はない。だが、とりあえず何か弁明をしておくべきだろう。
「そりゃあ、僕だって優秀な副官がいなくなるのは寂しいですが、貴女のことを考えれば惜しいことではありませんよ」
「アンベスィル(大馬鹿者)!」
 どうして、そこで罵られなければならないのだろう。仕舞いには空色の瞳に薄っすら涙も浮かんでいる。ドミニクは理解に苦しんだ。
「全然判ってないんだから! エスペス・ダンベスィル(この大馬鹿)!」
 シエルは踵を返すと、大股で執務室から出て行ってしまった。独りで残され、ドミニクは艶やかな黒髪を掻く。女の心理は理解出来ない。一体何が悪かったのだろう。
 窓の外に目を遣ると、シエルの瞳と同じ色の青に穏やかな雲が流れている。仮にも空(シエル)という名を持つのだから、彼女もこれくらいのんびりしてくれると有り難いのに。あぁ、しかし、空模様は変わりやすいとも言う。女性は判り難いな。と、ドミニクは苦笑いした。
 夏の爽やかさを思わせる緑の木々から小鳥が飛び立ち、美しい音色の歌をさえずっている。
「あれは」
 ふと、一点に目が留まる。広大な敷地の一角に設けられた騎士団の兵舎二階に位置するドミニクの執務室からは、宮殿と外界を隔てる塀が見える。
 ドミニクの視線は、その高い塀に向けられていた。


 周囲に誰もいないことを確認してから、マリィは勢いよく木の枝に飛びつく。突然かかった重みによって、ヒョロ長い木が激しく揺れ、何枚もの緑葉が舞い落ちた。
 マリィは一度バランスを取ると、慣れた様子で一気に木を登ってしまう。
 時々、自慢の蜂蜜色の金髪を隠した帽子を枝に引っ掛けてしまわぬように手で押さえなければならないのは面倒だが、大した作業ではない。少し運動したためか、白百合のような頬は桃色に染まっていた。
 今年で十四歳を迎えようかという年頃の娘が木登りをするなど、両親が見たら卒倒するかもしれないが、そんなことは気にしなかった。
 マリィは一気に身を乗り出して塀に飛び移る。だが、少々無理矢理に飛び乗ったせいか、華奢な少女の身体は大きくバランスを崩し、塀の向こう側へと落下してしまう。
 短い悲鳴を上げ、マリィは身を強張らせた。しかし、マリィの全身を襲った衝撃は石畳の地面に身体を打ちつけた痛みではなく、もっと別の柔らかなものであった。
 マリィは急いで身を起こし、辺りを見回す。景色は塀の外だが、彼女が落ちたのは石畳の地面ではなく大量の藁を乗せた荷車の上だった。恐らく、馬を飼っている貴族の館か宮殿へ売りに行くものだろう。幸い、近くに荷車の主はいなかった。
 マリィは、そのまま石畳の道路へ飛び降りた。

 乗合馬車を使ってパリに降り立つと、マリィは御者に向けて丁寧に頭を下げた。
 客は彼女しかいない。御者は奇妙な客を不思議そうに見ていたが、やがて関心をなくして馬車を走らせた。
 マリィは髪を隠した帽子のつばを深く下げると、そのまま市場へ駆ける。
 しかし、期待を込めて訪れた市場は品揃えも悪く、人通りも少なかった。パンの値が高騰していると聞いていたが、物価に対する知識がないマリィは値段を見てもよく判らない。
 閑散として泥臭い空気を漂わせる市を歩きながら、マリィは少々落胆の色を浮かべた。市場と言えば、もっと珍しいものが並び、活気があるものだと思っていた。街の人々が自分の方を睨んで何か囁き合っているのも、あまり印象が良くない。
 次は歌劇場を見に行こう。そう思った瞬間、マリィの目に一軒の露店が飛び込む。
 異国の商品を扱った店だ。恐らく、外国から行商に来た商人なのだろう。他の店と比べて品揃えも多く、店主の感じも良さそうだった。
「こんにちは(ボンジュール・ムッシュウ)」
「やぁ(チャオ)」
 マリィが挨拶をすると、店主が陽気に返す。並べられた商品を見ると、イタリアで名産となっている硝子細工だった。
「きれい」
 色彩豊かで鮮やかな装飾が施された髪飾りや首飾りを見て、少女は目を輝かせた。
「すごい。これは、どうやって作ったのですか?」
 独特の模様硝子をあしらった首飾りを指差し、マリィは嬉しそうに店主に問う。すると、店主は皺だらけの顔に人のいい笑みを浮かべた。
「これは、ミリフィオリってんだよ。色のついた硝子を棒状に伸ばして、それを細かく切って並べて焼くんだ」
 店主の説明にマリィは素直に感嘆の声を上げ、頷く。他にも、赤の色を出すには金を使うとか、一級の硝子商品は落としても割れないとか、売り文句を並べる店主の言葉をマリィは楽しそうに聞いた。
「彼女にかい?」
 店主から振られた話題に、マリィは戸惑う。
  男装して帽子を深く被っていたので、相手は彼女を少年だと思っているのだろう。マリィは反射的にコクンと頷いた。それを見て、店主は皺の深く刻まれた顔に 笑みを浮かべ、後ろに置いてあった箱を取り出す。店主が黒い小箱の蓋を開けると、そこには紅い薔薇の耳飾りが並べられていた。
「この耳飾りには、ちょっとした謂れがあってね。愛し合う男女が片方ずつ身に付けると、その二人は永遠に結ばれるんだとよ。どうだい? プレゼントに」
 なんとも子供染みた胡散臭い謂れだ。だが、そう思いながらも、マリィは店主の話を聞き入ってしまっていた。
 脳裏に穏やかで平和そうな微笑が浮かぶ。柔和で優しい雰囲気を纏った青年。図書館で出会ったときは逃げるように別れてしまい、殆ど言葉も交わしていない。けれども、彼はマリィの心に強い印象を残していた。
 喋り方など、のんびりし過ぎていたのでボケているようにも思えたが、瞳の色だけはそれを否定していたような気がする。黒曜石の如く洗練された高貴で誇りに満ちた瞳。あのような真っ直ぐで嘘のない眼差しは、普段マリィが見る多くの貴族たちに欠けているものだ。
「どうかしたのかい?」
 店主のしわがれた声にマリィはハッと我に返る。知らないうちに顔が火照り、耳まで赤く染めていたようだ。彼女はそれを隠すように帽子のつばを掴み、深く被り直した。
「あ、あの。それを……ください」
 思わず買ってしまった耳飾りを見ながら歩き、マリィは嬉しくなって笑みを零した。
 大して値の張らない安物だ。しかし、今のマリィには大粒の金剛石にも劣らない大切な宝物だった。
「おい、ガキ!」
 突然、品のないダミ声に怒鳴られ、マリィは身を強張らせる。恐る恐る振り返ると、そこには薄汚れた麻の衣を纏った若い男が二人立っていた。どう見ても商人ではなく、貧民階層のゴロツキという出で立ちだ。マリィは何が何だか判らず、その場から動くことが出来なかった。
「妙な格好しやがって、貴族のガキだろ」
 左側に立っていた男がマリィの肩を強引に掴む。マリィは短い悲鳴を上げて抵抗を試みるが、無駄に終わってしまう。脱げ落ちた帽子から三つ編みにされた金髪が零れ落ちた。
 この男たちは、何故マリィを狙うのだろう。何か怒らせることをしただろうか。考えても理由は思い当たらない。
「手を離しなさい。痛いわっ!」
 男たちに対してマリィは気丈に叫んだ。だが、効き目は全くない。マリィは足元に構えていた露店に並んでいた林檎を力いっぱい投げつけた。萎びた赤い果実は彼女を掴んでいた男の右頬に見事命中する。そして、男が驚いている間に、全速力で駆け出した。
「くそッ! ブッ殺してやる!」
  目の色を変えて追ってくる男たちをマリィは振り返らずに、必死で走った。が、すぐに追いつかれてしまう。長い金髪を掴まれ、マリィは懸命に助けを求めた が、周囲の人々は誰も動こうとしない。それどころか、マリィを指差して「貴族の子なんて殺してしまえ!」と野次を飛ばして周りを囲い始める者もいる。
 どの顔にも憎悪の色が濃く浮かんでおり、マリィは恐怖で身を強張らせた。そして、貴族だという理由で、彼らが自分に憎しみの眼を向けている事実に、マリィはようやく気づいた。パリの状況は両親から少しは聞いていたが、まさか、こんなことになるとは思いもしなかった。
「どうして……」
 マリィを殴ろうと男の右腕が振り上げられる。マリィはキュッと唇を噛み締めて瞼を閉じた。
「女性に手を上げるなんて、感心しませんね」
 しかし、痛みの代わりに降りてきたのは、聞いただけで平和ボケしてしまいそうなほど、のんびりとした男声だった。聞き覚えのある声にマリィは素早く顔を上げる。
「メルデン卿?」
 ポツンと発せられた声に、ドミニクはニッコリと優しい笑みを作ってみせた。しかし、一方ではマリィを殴ろうとしていた男の手首を掴んでいる。ドミニクは男が怯んだ隙にマリィを自分の背後へ引き寄せた。
「何だてめぇ!」
「この御方の護衛です」
 馬鹿丁寧に一礼まで加えるドミニクの悠長な動作が癇に障ったのか、男たちはますます激昂した。
「てめぇも貴族か! 国の豚め、死ね!」
「困りましたね。出来れば穏便に話し合いたいのですが」
 そういえば、ドミニクは腰に剣を帯びていないし、遠くからでも一目で判る紅い軍服の上着も着ていなかった。シャツの袖を捲り上げ、肩にかかる黒髪を適当に纏めて結っている様子など、まるでデスクワークを途中で投げ出して来たかのような印象さえ受ける。
 逆に、丸腰で馬車にも乗らずに市内を歩いている貴族など、追剥には格好の餌だ。男たちもただで逃がしてはくれるはずがない。
「舐めたマネしやがって!」
 男の拳が風を切り、ドミニクの顔面に吸い寄せられる。
 しかし、ドミニクは普段のおっとりとした様子に似つかわしくない俊敏な動作で相手の腕を捕らえた。そして、足を引っ掛けて男を地面に転倒させる。
 その流れるような動作は、彼が王竜騎士(シュヴァリエ・ドゥ・ロワ)という肩書きに相応しい人物であることを証明しているように思われた。黒曜石のような双眸からは普段の学者じみた温和な表情は消え、研ぎ澄まされた刃の切っ先のような鋭さが浮かんでいる。
「くそッ!」
 もう一人の男が懐からナイフを取り出し、ドミニクに切りかかった。ドミニクは背に隠したマリィに気を使いながら、刃を軽やかに避ける。
 マリィはドミニクを見上げる。そして、いつの間にか図書館で見たときとは違った鋭い横顔を呆けたように見惚れてしまっていた。
  男のナイフがドミニクを斜めに切りつけようと大きく動く。が、ドミニクは身を翻すように男の一撃を避けると、そのまま相手の手首を捻り、身体を地面へ押し 付ける。苦痛に悶える男の手から、ナイフが落ちる。ドミニクはそれを手の届かぬところへ蹴った後に男を解放した。男たちは敵う相手ではないと判断したのだ ろう。どちらからともなくドミニクに背を向け、逃げるように走り去ってしまう。
 ドミニクは彼らが見えなくなるまで姿を目で追っていたが、やがて呆然と立ち尽くしていたマリィの方へ向き直った。
「あの」
 マリィは礼を言おうと口を開いた。
「失礼します」
 しかし、ドミニクは急いで彼女の手を引くと、日の当たらぬ通りの脇へ歩いた。いつの間にか、見世物を見るように集まっていた人の輪を懸念したのだろう。ドミニクは彼らを脅しつけて近寄らせぬために、隠し持っていた短銃を晒した。
 人目に付かぬ所まで来ると、ドミニクは軍人らしい機敏な動作で膝を折って深々と頭を垂れる。
「無礼をお許しください。マリィ・テレーズ王女殿下」
 ドミニクの言葉にマリィは目を丸くした。
「どうして……そう、お思いになられたのですか?」
「これを拾得致しました」
 今まで見た彼のものとは思えぬ畏まった口調で述べると、ドミニクはポケットから一枚のハンカチを取り出した。
 絹のハンカチなど、貴族の間ではさほど珍しくない。しかし、百合をモチーフにした刺繍――ブルボン王家の紋章を象った装飾品など易々と持ち歩く人間は少ない。
 言い逃れは出来ない。そう感じて、マリィは観念したようにドミニクを見た。
「お察しの通り、わたくしはマリィ・テレーズです。どうか頭をお上げください、メルデン卿」
 マリィの言葉にドミニクはゆっくりと頭をもたげる。
 証拠品のハンカチを受け取りながら、マリィは諦めて微笑した。その様子は王族と言うよりも、悪戯が見破られた子供のようにあどけないものだった。
「両親は何と言っていましたか。わたくしのことを怒っていらっしゃるのでしょうね」
 王家の人間が宮殿を抜け出して危険なパリを出歩くなど、あってはならない。ドミニクがマリィの正体に気付き、尾行していたということは彼女の行動は国王の耳に入っているだろう。
 だが、ドミニクは静かに告げた。
「内密にして欲しいとの要望がございましたので、殿下のことは他言しておりません。今日は殿下の御姿を見かけましたので、無礼と承知しながら私の一存で後を追わせて頂きました」
「え?」
 予想外の回答に、マリィは目を瞬かせた。その様子を見て、ドミニクは少し困ったように言葉を続ける。
「陛下から直に、その有無を問われれば報告せざるを得ませんが、私のような身分の者が勝手に殿下のお言葉を覆してはならないと思いまして」
 聞かれなかったから言わなかった。マリィは思わず笑みを零してしまう。
「可笑しいでしょうか?」
「えぇ、とても。メルデン卿、あなたはとっても可笑しな人ね!」
 思わず声を上げて笑うマリィに、ドミニクは少々困惑しているようだった。
「よく言われますので、きっとそうなのでしょうね……ですが、殿下。先日お見かけしたときは図書館でしたが、このような貧困した市民が集まる場を歩かれるのは、危険かと存じ上げます。殿下もパリの様子はお聞きになっているでしょう。今、ここは危険なのです」
 諭すような口調で言われ、マリィはしゅんと俯く。
「今回も両親には言わないで、と言えば? わたくし、ずっと外がどんな様子かなんて知らなかったのです。お母様は危ないと仰るけれど、よく判らなくて。それに先日、初めて図書館へ出掛けてみたら、とても楽しかったのです。だから、つい」
 お願いっ、と軽く頭を下げられ、ドミニクは深い溜息を吐いた。
「陛下から問われれば、報告しなければなりませんよ」
「ありがとうございます(メルスィ・ボク)!」
 マリィは顔中に可憐な花が咲かせた。
「今後、このようなことはお慎みください」
 再び頭を下げるドミニクにマリィは元気よく頷いた。
「判っています。頭をお上げになって、メルデン。あぁ、敬称(ムッシュウ)はつけなくて良いかしら。堅苦しい喋り方はあまり好きではないの。わたくしのことも、殿下だなんて呼ばなくてもいいから。マリィとお呼びください」
「結構ですよ。殿――いえ、マリィ様。宮殿へ戻りましょう。お送り致します」
「今日はありがとう(メルスィ)」
 ドミニクは颯爽と立ち上がり、恭しく一礼するとマリィの隣を守るように歩く。臣下として当然の動作ではあるが、マリィは少しだけ嬉しくなった。そして、ポケットに突っ込んでいた物の存在を思い出す。
「あ、あの、メルデン」
 少し声を上擦らせながら、マリィはドミニクを呼び止めた。
「どうかしましたか?」
 だが、ドミニクが振り返って目が合った瞬間にマリィは言うべき言葉を失う。手に握った耳飾りの小箱が途端に重く感じた。
「あの、ですね……これを」
 マリィはささやかな勇気を振り絞って小箱をドミニクの前に突きつける。行儀よく並べられた薔薇の耳飾りを見て、ドミニクが首を傾げた。マリィは片方だけ手に取ると、ドミニクの手に握らせる。
「片方ずつ、持っていると良いらしいです」
「何に良いのでしょうか?」
 ドミニクは耳飾りを受け取りながら、不思議そうに尋ねた。
「お嫌いなら、いいのです」
 メルデン侯爵家は王家の重臣であり、由緒ある名門貴族だ。その嫡男がこのような安物を受け取るはずがない。子供だと思われただろうか。最初から判ってはいたが、何処か恥ずかしくなり、マリィは黙って俯いてしまった。
「こう、でしょうか? どうですか、似合っていますか?」
 のんびりとした口調に、マリィはゆっくりと視線を上げる。すると、ドミニクは平和ボケしそうな柔和な笑みで彼女の顔を覗き込んでいた。
 彼の左耳で光る薔薇の耳飾りを見て、マリィの顔に笑顔が咲いた。
「つけていただけるのですか?」
「はい(ビアン・スュール)。マリィ様から賜った品ですから、大切にさせて頂きます。ありがとうございました(メルスィ・ボク)」
 優しい微笑を浮かべるドミニクにマリィは少しだけ照れながら、もう片方の耳飾りを右耳に付けてみた。なんとなく、彼と心が繋がったような気がするのは、マリィが舞い上がっているだけだろうか。
 それでも、このときは何よりも嬉しい瞬間だと思えた。
 平和そのものを象徴するかのように穏やかな青空は、何処までも何処までも、高く突き抜けていた。そして、こんな時間が何時までも何時までも、続くと思っていた。

 パリで民衆が蜂起し、バスティーユ牢獄が襲撃されたのは、それから一週間後の七月十四日のことだった。
 この瞬間、鮮烈な革命の火蓋は切って落とされたと、後世の歴史家たちは語る。


◆第二節.鳴り止まぬ軍歌 La Chanson de la Guerre qui n’arrête pas son◆

 いざ、祖国の子供らよ。
 栄光の日はやってきた。
 我らに対して暴君の血に染まった旗は掲げられた。
 暴虐の兵士たちの叫び声が広野に轟くのを聞け!
 彼らは迫っているのだ、我らの子や妻を殺そうと。
 武器を取れ、市民よ!
 隊を組め! 進め、進め!
 我らの畑を穢れた血で満たすまで。
 ――ルジェ・ド・リール作詞作曲『ライン軍歌(ラ・マルセイエーズ)』より。

 一七九三年、十月十六日。
 広場から鳴り響く鐘の音を聞きながら、ドミニクは静かに眼を伏せた。
 革命が始まって四年。
 一七八九年、八月に国民議会は自由と平等を謳った人権宣言を採択した。そして、翌年の九月には新憲法が制定され、立憲君主制が取られることになった。これらの動きに伴って国王一家は絢爛豪華なヴェルサイユからパリのテュイルリー宮に移される。
 しかし、新しい体制に馴染むことが出来ない国王一家は、国外への亡命を企てた。これには、隣国出身である王妃の強い希望があったとされている。だが、国境を越える手前で一家は革命政府に捕らえられ、パリに連れ戻された。
 亡命失敗後、一家はテュイルリー宮での生活を続けた。しかし、亡命に失敗した翌年の八月十日、宮殿は民衆による襲撃を受けてしまう。国王を信じていた民衆は一家の逃亡を裏切りと受け取り、武器を取って蜂起したのだ。暴徒と化した民衆は一気にテュイルリーへ押し寄せた。
  ドミニクは王竜騎士(シュヴァリエ・ドゥ・ロワ)として国王一家を守ろうと懸命に戦った。しかし、民衆がこれ以上暴走することを恐れた国王が、守備に当 たっていた全兵士に発砲を禁止したのだ。無抵抗となった兵は暴徒の餌食となる。特に王家守護の象徴であった王竜騎士は無残に嬲り殺された。
 生首を槍の先に突き刺され、狂喜する民衆の上に血を撒き散らされた者。馬に引き摺られ、襤褸を纏った肉片となるまで市内を一周した者。生きながら焼かれた者。パリのあらゆる道に血を引き摺った跡が残り、セーヌ河の流れは深紅に染められた。
 シエルが無理矢理引き摺り出さなければ、ドミニクも今頃は惨殺されて仲間の骸と共に並んでいただろう。
 それ以降、王権は停止。国王一家はテュイルリー宮からタンプル塔へ移されて監禁された。
 そして、国王は革命政府の決議によって今年一月に処刑された。
 王家を守護する王竜騎士として、貴族として、ドミニクは国王を助けたかった。しかし、ドミニクを始め王党派の貴族は追われる身となっており、組織としても連携が取れていなかったため、国王救出は叶わなかった。
 今日は王妃処刑日だった。国王救出が叶わなかった今、王家存続のために王妃と王女は何としてでも助けたい。その一心で、ドミニクを始めとした王党派の同志が集まり、再びパリの地を踏んでいた。
 しかし、王妃奪還を恐れた革命政府は処刑に三万もの軍を警護に就かせ、無勢のドミニクたちではとても太刀打ち出来ない。
「指を咥えて見ていることしか出来ないなんて」
 潜伏している民家の窓から、シエルが外を見る。彼女は形の整った唇を噛み締めながら空色の瞳を悔しそうに伏せた。
  逃亡生活を始めてから約一年経つ。美しかった亜麻色の髪は手入れが行き届かないため肩の長さまで切り、身なりも市民階級のそれだ。しかし、幸いなことに男 装の麗人(ボーテ・デギゼ・アン・オム)と形容するに相応しい凛とした美貌は健在で、二十一歳となった今では艶っぽい色気も垣間見える。
 その美しい横顔を見ながら、ドミニクは漆黒の眼を伏せた。
 瞬間、十三度目の鐘が鳴る。処刑が執行された合図だ。窓の外を見ていたシエルが女らしからぬ悪態を吐き、拳で壁を殴る。ドミニクも悔しさで奥歯を噛んだ。
 王政を敷く周辺諸国は国王処刑に動揺し、革命の余波を恐れて次々と宣戦している。マクシミリアン・ド・ロベスピエールを頭に据える革命政府はこれらに対して立ち向かうと宣言し、国内各地で大規模な徴兵も行われることとなった。
 革命政府は恐怖政治を強い、国王だけでなく政敵や政治犯なども次々と断頭台へと上げていっている。ドミニクの父メルデン侯爵も捕らえられ、首を落とされた。
「シエルさん」
 悲痛の表情を浮かべるシエルに堪り兼ねて、ドミニクが口を開く。シエルは唇を噛み締めたまま黙って俯いている。だが、やがて覚悟を決めたように声を振り絞った。
「王女殿下は必ず助けるわ」
「はい(ウィ)」
 強く頷きながら、ドミニクは脳裏に少女の姿を浮かべ、左耳につけた薔薇の耳飾りに触れた。宮殿襲撃以来、マリィの姿を見ていない。あの時、彼女は襲い掛かる民衆を前に恐怖し、可憐な瞳に哀しげな涙を浮かべて震えていた。
 ドミニクは襲撃の際に受けた額の傷を指でなぞる。この傷のために、元々穏やかで学者じみた顔は一気に戦いに身を置く軍人のそれらしく変じていた。逃亡生活の厳しさも手伝って、幾分、表情や顔つきも鋭いものになってきている。
 だが、彼はどんなことがあっても自ら心がけて笑うことだけは忘れないようにしていた。以前は自然と浮かんでいたものを意識しなければ作れないというのも滑稽だが、それでも、忘れてしまえばわずかな希望さえ逃げていってしまう気がした。
 平和を望む優しい微笑を見て、シエルも屈辱に染まった表情を少しだけ和らげた。
「こんなときに笑わないでください。本当に貴方は空気が読めないアンベスィル(大馬鹿者)ですね」
「そうですね。でも、こんなときに絶望していても何も始まらないでしょう?」
 シエルは美しい顔に悩ましい溜息を吐きながらも、空色の瞳に微かな笑みを浮かべた。


 父母と引き離されて幽閉されてから、どれくらいの月日が経っただろう。
 肺から込み上げてくる咳に身体を揺らしながら、マリィは粗末な寝台から上体を起こす。だが、咳が酷いため手で口を覆って苦しさに耐えた。
 白い掌に付着した真っ赤な血を見て、マリィは青い眼を伏せる。きっと、病気なのだ。だが、医者にも診て貰えないこんな牢獄の中では、どうすることも出来なかった。
 看守が日に一度食事を持って来るだけで、それ以外は誰とも接触していない。外の情報も何一つ入らない。
 お父様はご無事でしょうか。お母様はお元気でしょうか。マリィは心の中で神に問うが、神は何も答えてくれなかった。
 衰弱して痩せた頬に一筋の涙が伝う。マリィは膝を抱えて啜り泣き、右耳に触れる。
 綺麗なドレスも、高価な宝石も、マリィが持っていたものは全て奪われてしまった。宮殿で飼っていた愛犬も、きっと殺されてしまっただろう。
 しかし、右耳を飾る薔薇の硝子細工だけはマリィの手に残った。幽閉されるときに一度は取り上げられたが、彼女に同情した小間使いの一人がこっそりと届けてくれたのだ。乱暴に扱われたためか、薔薇の細かい花弁の部分に罅が入っていたが、マリィはそれを大事に受け取った。
 最初のうちは、マリィを心配して多くの人が訪れてくれたが、今では革命政府の意向が変わったのか看守以外は誰も牢獄に近寄らない。
 それとも、自分は見捨てられたのだろうか。宮殿を襲った民衆たちと同じように、みんな革命万歳と言ってマリィのことを憎んでいるのだろうか。
 憎悪に染まった暴徒の瞳を思い出し、マリィは痩せ細った身体を震わせた。
 そして、自分を守ろうとして、荒れ狂う民衆の波に飲み込まれていった青年の姿を思い浮かべる。彼は生きているだろうか。襲撃では多くの兵が命を落としたと聞いている。
 生きていて欲しい。どうか、生きていて。
「メ……」
 神に祈りながら、マリィは彼の名を口にしようとした。だが、咳をし過ぎて枯れ果てた喉からは殆ど声が出ない。加えて、もう何ヶ月も人と口を聞いていないため、言葉の発音も覚束なかった。
 それでも、マリィは必死でその名を口にしようとする。
「メー……デ……メ、――メーデー」
 メルデン。
 好きな男の名も呼べない非力な自分にマリィは絶望し、硬い寝台に身を伏せる。
 右耳で鈍く光る小さな硝子細工だけが、全ての希望のように思えた。


 王党派の同志からの連絡が入り、ドミニクはモンパルナス地区へ急ぐ。
 夜の闇に紛れるよう、黒い帽子と黒い外套を羽織った。シエルも似たような装いである。彼女は常に男の服を纏い、ドミニク以外の者の前では男のように振舞っていた。そのため、王党派の一部には彼女を最近まで男だと思い込んでいた者もいたようだ。
 白銀の月夜には、血肉を漁りにパリへ群がった野犬の遠吠えが響き渡る。街角では、青い軍服を纏った共和国軍の輩が酒に酔ってライン軍歌(ラ・マルセイエーズ)を大声で歌っていた。
「武器を取れ、市民よ! 隊を組め! 進め、進め! 我らの畑を穢れた血で満たすまで!」
 残虐な歌詞の続く軍歌を聞いて、シエルが露骨に表情を歪めた。
「何が穢れた血で畑を満たすよ。趣味が悪い」
 悪態を吐くシエルを宥めるようにドミニクは先を促した。
 王家を表す白い旗が揺らめく炎に焼かれる様に背を向け、二人は闇を駆けた。

 報告を聞き、ドミニクは低く唸る。
 王女マリィ・テレーズの処刑が決まった。
「執行日はいつですか」
 静かに問うと、王党派の長を務めるカスタニエは「二週間後だ」と告げた。
「何か策はないのか。すぐにでも、王女殿下を救出しなければ!」
 ドミニクの動揺を代弁するようにシエルが声を上げ、蝋燭の灯された粗末なテーブルを叩く。衝撃で蝋燭の灯が大きく揺らめくと同時に、薄暗い室内の闇が一瞬大きくなった。
 集まった王党派の間に沈黙が下りる。二週間。その間に、何か策を練らねばならない。
「恐らく、王妃のときと同じく処刑の当日に奪還することは難しいだろう。となれば、事前に殿下をタンプル塔から連れ出さなければならない」
 カスタニエの言葉を聞き、ドミニクはハッと顔を上げた。
 タンプル塔。
「首飾り事件を覚えていますか?」
 ドミニクの問いに一同が顔を上げる。
 首飾り事件は王家の信用を貶めた要因の一つとして挙げられる事件だ。
 ことの発端は先代の王が愛妾のために発注した首飾りに始まる。大小五四〇個もの金剛石を使った首飾りは一六〇万リーヴルもの値が付けられていた。しかし、注文の品が完成した頃には国王は代替わりしており、困った宝石商は新しい王妃に首飾りを売りつけようとする。
 だが、浪費癖で知られていた王妃でも一六〇万リーヴルもの出費には躊躇い、結局は購入に至らなかった。
 そこへ漬け込んだのがラ・モット伯爵夫人だった。彼女は自分と王妃は親密な関係にあると吹聴し、ロアン枢機卿に首飾りを代理購入させた。そして、ロアン枢機卿から首飾りを受け取ったラ・モット伯爵夫人は、そのまま国外へ逃亡しようとしたのだ。
 結局、ラ・モット伯爵夫人は逃亡に失敗し、高等法院による裁判を受けて有罪が下された。そして、王妃の怒りを買った彼女はタンプル塔に監禁されることになったのだ。
 しかし、四年前。革命が始まる前にラ・モット伯爵夫人は、厳しい警備にもかかわらずタンプル塔から姿を消していた。
「タンプル塔には穴があるはずです。必ず、警備を掻い潜る抜け道があります。それさえ探ることが出来れば、王女殿下を奪還することも可能でしょう」
 ドミニクの提案に一同の表情が明るくなる。
 だが、問題は抜け道が何処に存在し、それをどう探るかだ。今から密偵を送って探るには危険な上に時間が足りない。脱走を計ったラ・モット伯爵夫人から聞き出すのが一番早いが、何処にいるかなど見当もつかない。
 となれば、それを手引きした人物だ。様々な説があるが、オラール公爵とする説が最も有力だった。
 オラール公爵は王家の血筋でありながら、反王政を掲げて革命を支持する貴族だ。革命前から平民階級にも開かれた社交の場を提供し、現在も民衆から支持されている。だが、一方で王家の断絶によって空位となる王座を乗っ取るつもりだという疑いもあった。
「オラール公に探りを入れてみる価値はある。誰か適切な者を――」
 カスタニエの声を遮って、椅子が床に倒れる音が響く。振り返ると、シエルが勢いよく立ち上がっていた。
「その役目、わたしが引き受ける」

「シエルさん。どういうつもりですか」
 会議が解散し、それぞれの潜伏先へ戻った後、ドミニクはシエルの肩を掴んだ。だが、珍しく取り乱して声を上げるドミニクに反して、シエルは落ち着き払った態度で答える。
「会議でお話したでしょう。わたしがオラール公爵と接触します」
 王党派を裏切って情報を流すと言えば、オラールに近づくことが出来る。加えて、シエルは女性だ。相手も油断するかもしれない。確かに、彼女が適任だった。
 だが、ドミニクはどうしても納得出来ない。
「危険過ぎます。やはり、カスタニエ卿に取り合って、僕が」
「馬鹿にしないで欲しいわ。わたしだって、元王竜騎士(シェヴァリエ・ドゥ・ロワ)の軍人。危険は承知です。会議でも、それでいいと決まったでしょう」
 会議でシエルの立候補に反対したのはドミニクとカスタニエの二人だけだった。
「わたしが心配ですか?」
「勿論です。貴女を危険な目になんて遭わせられません」
「大丈夫。テュイルリーの方が、よっぽど危なかったと思いますよ」
 宮殿の襲撃は凄惨さを極めていた。それを掻い潜ったことが自信になっているのだろう。シエルは少女のように不敵に笑った。
 あの頃は、危地へ飛び込むドミニクをシエルが制していたというのに、今はその逆になろうとは。何とも皮肉だ。
「それに、女には男に使えない武器があってよ」
 シエルの言葉を受け、ドミニクは眉を寄せる。
「オラールと寝るかもね」
 ハッキリと言い放つと、シエルは横目でドミニクの顔を窺い見た。
「わたしね、まだ処女なのよ」
「……知っていますよ。小さい頃から見ていたんですから」
 シエルは美貌でありながら男性との交際経験がない。言い寄る男は山ほどいるだろうし、その中には理想的な良い男もいただろう。けれども、彼女はその全てを一蹴し続けていた。
「心配?」
「当たり前です」
 空色の眼でドミニクの顔を覗くと、シエルは幼い子供のように無邪気に笑う。
「わたしの命が? 身体が?」
 問いの意味が判らなかったが、ドミニクは「どっちもです」と答える。すると、シエルは少しだけ寂しげに眼を伏せ、ドミニクの手を掴んだ。
 そして、彼の手を自らの豊富な胸に押し当てさせた。
「ちょっ、な、ななにしてるんですッ!」
 思わず赤面して声を上擦らせると、ドミニクはシエルから離れようとする。だが、シエルは彼の腕を放さなかった。
「貴女、何考えてるんですか!」
 思春期の少年でもあるまいし、こんなに取り乱す自分が内心恥ずかしかった。その様子を面白がるようにシエルは明るく笑い、そして溜息を吐く。
「アンベスィル(大馬鹿者)、本当に空気が読めないのね。誘惑してるつもりなんだけど」
 笑顔が哀しげだった。明るく笑おうとしながら涙を溜めて潤む空色の瞳が儚くて、今にも壊れてしまいそうだ。
「好きよ。大好き。ずっとずっと好きだったの……ドミニク。わたし、最初は貴方じゃなきゃイヤ」
 シエルが背伸びをすると二人の距離が一気に縮まる。彼女は空色の双眸を閉じると、そのままドミニクに自らの唇を重ねた。
 柔らかく、温かな感触。そっと触れ合った唇の温もりを逃がさぬように、シエルはドミニクの首に腕を絡める。
 長い口づけが終わると、シエルはドミニクの胸に身を寄せた。
「大好きなの」
 泣いているのだろうか。肩が小刻みに震えている。女性にしては長身で肩も張っているシエルが、今は幼い少女のように小さく見えた。
「シエルさん」
 思わず名を呼ぶと、シエルは涙に濡れた顔を上げる。だが、すぐに飛び退くようにドミニクから離れる。
「前みたいに、シエルって呼んでくれないんだね」
 ドミニクが何も言わずにいると、シエルは黒い外套の袖で擦るように涙を拭った。
 やがて、再び顔を上げると弱々しい少女の面影は消え、凛とした男装の麗人に戻っていた。
「失礼しました。おやすみなさい、メルデン侯爵」
 そう言うと、シエルは足早に奥の部屋へ消えてしまった。室内に独り取り残され、ドミニクは木の椅子に座りながら頭を抱える。
 ――大好きなの。
 涙に震えた声が頭を離れない。どうすれば良かったのだろう。ドミニクは自問した。シエルの希望通り、愛していると言って抱いてしまえば良かったのだろうか。
 否、それは出来なかった。
 シエルは好きだ。しかし、愛しているわけではない。彼女の眼は真っ直ぐで本気だった。そんな彼女に嘘を吐くのは許されない気がした。
 だが、本当にそうだろうか。
「――偽ってください、か」
 古典派文学の詩人アントワーヌが唯一残した戯曲の最終幕が脳裏に過ぎる。


◆第三節.偽りの小夜曲 Une Fausse Sérénade◆

 偽ってください。
 そして、愛している(ジュ・ヴ・ゼイム)と言って。
 例え、貴方の心が彼女にあるとしても、今だけは私を愛してください。
 その言葉が私の幸福となり、私を生の光へと導くのだから。
 偽物でも良いから、今だけは貴方の愛が欲しい。
 お願いです……嘘を吐き続けて。
 ――ルイ・ジャック・アントワーヌによる戯曲『偶像歌劇』最終幕より。

 もうすぐ死ぬ。
 先程、いつもは無言で食事を持ってくる看守に処刑の日時を告げられた。初めて聞いた看守の声はマリィへの嫌悪が色濃く表れており、荒っぽくて汚い言葉遣いだった。
 そして、両親が既にいないことを知った。
 マリィは痩せ細った身体を丸めて何時間も泣いた。嗚咽と共に激しく咳き込み、その度に鮮やかな喀血をする。いつしか、薄汚れた枕は血の涙を流したと錯覚するほど褐色に染まっていた。
 辛い。
 両親を亡くして胸が痛い。治まらない高熱と咳に身体も悲鳴を上げていた。食事も喉を通らず、痩せていた身体から更に肉が削げ落ちていく。
 辛い。苦しい……お父様、お母様。
 頻繁に朦朧と薄れていく意識の中で、マリィは何度も父と母を呼んだ。そして、弱々しく十字を切って神に祈る。
 絶望の淵に沈んだ心を唯一慰めるのは右に付けられた耳飾りだけ。しかし、両親の死を聞かされたときに、彼に対する希望も一気に薄れてしまったように思う。
 ただ、生きていて欲しい。それだけを願った。
 そして、マリィは力の入らない身体を起こしながら何かを強く決意する。


 オラール公爵に近づくのは予想以上に簡単だった。
 久々に身に着けたドレスやコルセットに息苦しさを感じながら、シエルは微笑を作る。
「王族と言っても、たかが十八歳の小娘が一人。もう王家は終わりましたわ。王党派に身を寄せる理由がなくなりましたの」
 出来るだけ優美に、妖艶に見えるよう笑いながらシエルは馬車の正面に座るオラールに言葉を投げる。すると、公爵は満足したように髭を蓄えた口元を綻ばせた。
「それで仲間を裏切って、私に情報を売りに来たわけか」
「満足して頂ければ幸いです」
 そう言って、シエルは用意しておいた封筒を手渡す。王党派の拠点と今後の活動内容が書かれた文書だ。勿論、中身は全て嘘。
 文書に目を通すと、公爵は脂肪が溜まった顎の下をひと撫でした。そして、まるで獲物を物色するような目でシエルを見る。
「美女は時に恐ろしいからな。気がついたら頸を掻き切られそうで危うい。特に味方を裏切る美女はな」
 掻き切る頸が脂肪で殆ど見えませんわ。本当はそう言ってみたかったが、シエルは嫌悪の気持ちを必死で抑えた。
  貴族でありながら革命政府に加担し、国王を売った裏切り者。それだけでも、シエルには嫌悪の対象だった。以前はドミニクのような古臭い貴族意識(ノブレ ス・オブリジェ)などあまりなかったが、実際に革命が起こり、自分が仕えていた君主を失くしてみると、その喪失感は予想以上に大きかった。
 それに、シエルの親であるカリエール伯爵は革命裁判によって王権派として弾劾され、断頭台の露と消えた。兄は領地で農民の蜂起を指揮し、虐殺された。母は怒れる民衆に嬲り殺されて革命広場に遺体を捨てられた。軍で作った多くの友人も死んでいった。
 革命はシエルから多くのものを奪った。何が自由だ。何が平等だ。血の上に成り立つ理想など有り得るはずがない。
 唯一手元に残ったのは、強い憎悪と、反旗を翻すための剣、そして――。
「確かに、わたくしは王党派を裏切りましたわ。ですが、価値が見出せるものは裏切らない主義ですの」
 甘い声で答えながら、シエルは公爵に視線を投げた。そして、極上の笑みを浮かべる。
 あぁ、あのアンベスィル(大馬鹿者)が見たら、どう思うだろう。そんなことが脳裏に浮かんだ。しかし、シエルは立ち止まってしまいそうな思考を断ち切って艶やかに軽やかに笑う。
 まるで、甘い美女の後ろで泣いている少女の影を隠すかのように。

 ――シエル、待ってよぉ!
 ――エスペス・ダンベスィル(この大馬鹿者)!
 いつからだったろう。
 幼い頃から、シエルはいつもドミニクの手を引いて歩いていた。両親に初めてヴェルサイユへ連れて行って貰ったときも、前を歩いていたのはシエルで、ドミニクはぼんやり笑いながら隣に立っているだけだった。
 ――ドミニクったら、本当にアンベスィル(大馬鹿者)なんだから! わたしが守ってあげないと駄目ね。
 ――あはは。それは、ありがとう。きっと、シエルは良いお嫁さんになるね。
 この幼馴染には、シエルがついていないと駄目なのだ。自分がしっかりしていないと、きっと彼は駄目になってしまうんだ。そう思っていた。
 だから、ドミニクが自分から軍に入ると言ったときは驚いた。
 ドミニクは運動音痴ではなかったが、どちらかと言うと読書や芸術が好きな大人しい少年だった。それなのに、軍人になると言い出したのだ。
 ――無理に決まってるわ! エスペス・ダンベスィル(この大馬鹿者)!
 ――そんなに怒らないでくれよ。僕なりに考えたんだから……王竜騎士(シュヴァリエ・ドゥ・ロワ)になりたいんだ。
  王家に仕え、自らの手で主君を守りたい。そう聞いたとき、シエルは寂しさを覚えた。いつも、隣で平和そうに笑っていた少年が自分から離れようとしている。 だが、同時に「きっと、泣きながら帰ってくる」と思っていた。ドミニクは、いつまでもドミニクなのだから、きっとシエルがいないと駄目に決まっている。す ぐに自分の元に戻って来ると確信していた。
 ――お久しぶりです、シエルさん(マドモワゼル・シエル)。
 変わらないと思っていた。離れないと思っていた。それなのに、軍に入ってから数年経ったドミニクはシエルの知らない彼になっていた。
 久しぶりに会ったドミニクは、相変わらず平和そうな笑みを浮かべていたし、ぼんやりした性格は変わっていなかった。
 けれども、以前のようにシエルが手を引いて歩く必要はなかった。シエルのことをマドモワゼルと呼び、他の令嬢と同じように丁寧な言葉を掛けた。パリに可愛い恋人もいた。
 今までも、そして、これからも同じように隣を歩くと思っていた。それなのに、ドミニクはいつの間にかシエルの手から離れ、一人で歩くようになっていたのだ。
 嫌だった。何も変わって欲しくなかった。変わってしまうことが認められなかった。
 シエルは両親の反対を押し切って軍に志願した。認めたくなかったのだ。ドミニクにとって、シエルが必要ないと認めることが怖かった。いつまでも、一緒に在りたかった。また、彼の手を引いて歩きたかった。
 それなのに、やはり彼は一人で歩いていた。シエルがどんなに手を取ろうとしても、するりと抜け落ちてしまう。
 そして、革命が始まってから、シエルは自分がドミニクとは違う道を歩んでいることに気づいて愕然とした。ドミニクにとっても、シエルにとっても、お互いの存在がないと生きていけないと思っていたのに。そう信じていたシエルでさえ、一人で歩くようになっていたのだ。
 ドミニクは王族への忠義のために、シエルは革命への憎悪のために――もう、同じ道すら歩けなくなっていた。

 夢を見ていた?
 いつの間にか目尻から零れ落ちていた涙を指で拭い、シエルは浅く息を吐いた。
 内容はよく覚えていないが、幼い頃の夢だったと思う。
「ドミニク」
 恐らく、夢の中に出てきた青年の名を呼び、シエルは改めて今の自分の姿を見た。
 豪奢な天蓋付きの寝台で一糸纏わぬ姿で横になっている自分。そして、隣でまだ寝息を立てている豚。
 あぁ、そうか。寝ちゃったのか。淡々と事実を思い出し、シエルは空色の眼を伏せた。
 あれだけ激しい感情でドミニクを求め、彼と共に過ごすことを望んだはずなのに――蓋を開けてみれば何ともアッサリと手放してしまった貞操。しかし、恐ろしいほど未練は薄かった。相手は国を食い物にする汚い豚なのに。
 ドミニクは昔とは変わってしまったかもしれない。だが、それ以上に変わってしまった自分に、シエルは短く息を吐いた。
 判っていた。もう昔の関係に戻れないことくらい。だからこそ、あんな風に気持ちを告げてドミニクを困らせてみたかったのかもしれない。少しの間でいいから、自分のことで彼を悩ませたかった。
「……アンベスィル(馬鹿)」
 シエルは感傷に浸る心を奮い立たせるように首を横に振った。オラールが寝ている間に何か証拠を掴まなければ。そっと立ち上がり、脱ぎ捨ててあった紺のドレスを身に纏う。そして、広い寝室を一瞥した。
 何か証拠が隠されているとすれば、書斎か寝室の可能性が高い。シエルはまずは寝室から物色を始める。しかし、手応えのありそうなものは何もない。
 次に、隣室に位置する書斎へ踏み込んだ。書き物机の上に積まれた文書の中からは目ぼしい物は見つからない。書架に収められた本も入念に調べるが、こちらも手応えがなさそうだ。
 シエルは諦めかけていたが、不意に違和感に気づく。
 書架と書架の間にわずかだが指を入れる隙間がある。試しに、思いっきり書架を左右に押してみた。すると、重い書架が子供の肩幅ほど動き、そこから隠し棚が現れた。シエルは夢中で中の文書に手を伸ばした。
「あった」
 目当てのものを見つけ出し、思わず笑みが零れた。シエルは古びた紙面を丁寧に折り畳み、ドレスの内側に隠す。そして、書架を元通りに戻しておいた。
 寝室へ帰ると公爵は相変わらず眠っており、シエルは勝ち誇った笑みを浮かべた。
 何もかも上手くいった。きっと、この先だって上手くいく。マリィ・テレーズ王女殿下を救い出し、女王として即位させる。王政を復活させるのだ。
 シエルが革命で失ったものは余りに多い。せめて王政の復活だけは果たしたかった。
 ドミニクはいつも言っていた。貴族には王家に仕え、王国を守護する義務があるのだと。国王を失った今、貴族が存在する意味はない。それは、完全なる存在の否定に等しい。自由と平等を謳った革命の下に、シエルは存在を否定されている。こんな矛盾が許されるだろうか。
 だが、判っている。本当は、そんなものは建前でただの自己満足に過ぎないことくらい。
 シエルはただ復讐したかった。彼女から大切なものを剥ぎ取った革命に復讐がしたいだけなのだ。ドミニクや他の王党派のような高い理想も志もない。ただの私怨だ。
 王制を復活させ、革命を打倒する。それがシエルにとっての復讐。
 だから、どんなことでも耐えられる。この豚と一夜を過ごすくらい何でもなかった。
 耐えられる。
「何処へ行くのかね」
 オラールが寝台から起き上がるのを感じ、シエルは微笑を作った。彼が眠っているうちに逃げ出すつもりだったので、シエルは少々面倒なことになったと内心で毒づく。
「何処へも行きませんわ。ただ、素晴らしいお部屋でしたから、いろいろ拝見したくて。わたくし、昔から父の趣味で東洋の品を見るのが好きでしたから」
 唇に妖艶な弧を描きながら、シエルは部屋の装飾に使われている中国磁器を見遣る。このようなアジアから輸入された陶器や、漆器の品を集めるのは王侯の間で広く流行し、その家の富を誇示する手段でもあった。
「ほぅ、判るか」
「はい(ウィ)。とても素晴らしいと思いますわ」
 実際、オラールの寝室の壁を埋め尽くすように嵌め込まれた中国絵が描かれた白磁は美しく、部屋の隅に置かれている日本蒔絵の飾り棚も見事なものだった。
「カリエール伯爵は良い目を持っておったのだろうな。私も交友があったから、何とかしてやりたかったが……もう少し器用に振舞えば、あんなことにならなかっただろうに」
「そう、ですわね」
 無理矢理笑顔を作りながら、シエルは必死に自分を殺した。
  シエルの父は処刑されようとしていた国王を擁護し、弾劾された。それは父にとって当然の行動であっただろうし、革命派に組みして国王を廃するくらいなら、 自らの首も主君と共に並べた方が良いと思ったに違いない。父は主君を裏切って生きるよりも、誇り高い最期を選んだのだ。
「馬鹿な男だ」
 シエルは唇が震えるのを感じた。だが、それを悟られまいと顔を隠しながら、オラールの傍へ歩み寄った。
  理性の糸は、まだ繋がっている。まだ耐えられる。しかし、これ以上の話は聞きたくない。シエルは話題を逸らそうと、わざとらしくオラールの肩に抱きついて みせる。脂っぽい身体に肌を寄せるのは吐き気がするほど気持ち悪いが、胸の中で燻(くすぶ)る怒りを燃やしてしまうわけにはいかない。
「時代は変ろうとしていると言うのに。まぁ、旧時代に縋る古い人間が廃されるのは、当然の犠牲なのかもしれんがな」


 真夜中を指す時計の針を見て、ドミニクは項垂れた。
 シエルはオラール公爵との接触に成功し、今夜、屋敷への潜入を試みるということだった。そして、王女マリィの処刑は明後日に迫っている。
 ドミニクは他の王党派の面々と共にシエルの帰りを待っていた。彼女の持ち帰る情報を逸早く検討するためだ。だが、真夜中になってもシエルは帰って来ない。そして、時間だけが無意味に過ぎていく。
 シエルの空色の眼に滲んだ涙が思い出される。あれから、シエルとドミニクは行動を別にしており、殆ど顔を合わせていない。あの日のドミニクを、シエルはどう思っているのだろう。
 ドミニクが初めてシエルに会ったのは、いつだったのか定かではない。親同士で交友のあった二人は物心つく頃には既に家族のように一緒に育っていた。
 昔はシエルがドミニクの手を引いて歩くことが多かったように思う。ドミニク自身、それを嫌だと思ったことはなかったし、ごく当たり前の日常として捉えていた。
 常にシエルの傍に立ち、シエルを見てきたのはドミニクだった。それはシエルにとっても同じだっただろう。
 一番近くで見ていながら、ドミニクはシエルの想いに気づくことが出来なかった。そして、一番近くを歩きながら、ドミニクは彼女の想いに応えることも出来なかった。
 恐らく、ドミニクは変わってしまった。それは、王竜騎士になると決めた頃だったかもしれない。軍で生活が変わった頃だったかもしれない。
 そして、シエルも変わってしまった。軍に入ってしばらく見ない間に、彼女はドミニクが知らない娘になっていた。他の令嬢と同じように大人びて、もう子供とは呼べなくなっていた。彼女が軍に入ってからも、革命が始まってからも、彼女は変わり続けた。
 もう二人とも昔とは違う。また同じ関係になど戻れないのだ。それなのに、ドミニクがシエルに対して向けていた想いは昔と何も変わっていない。幼馴染や家族としての感情しか向けてやれないのだ。
 本人たちが、こんなに変わってしまったと言うのに――。
「大変だ!」
 ただ待つだけの静寂が支配した地下室に、慌しい靴音が飛び込んだ。起きていた者も、寝ていた者も驚いて入り口を振り返る。
「どうした」
 カスタニエが入ってきた男に問う。
「共和国軍が市内を大規模に捜索してる。ここがバレるのも時間の問題だ!」
 どよめきが走る。
 ここに集まっているのは王党派の中でも貴族などを中心とした幹部しかいない。この人数で軍に太刀打ちなど到底出来ないだろう。逃げるしかない。他の者たちも各々武器を手に立ち上がり、予め用意されていた脱走経路を使って早々に逃げ始める。
 しかし、ドミニクは一瞬の戸惑いに足を止めた。
 シエルは無事だろうか。軍が唐突に動いたということは、シエルに何かあったのかもしれない。仮に彼女の身が安全でも、何も知らない彼女がここへ戻る可能性もある。それに、この段になって逃走しなければならないということは、王女奪還にも大きく支障をきたす。
 皆が裏口へ回る中でドミニクだけが立ち尽くし、サーベルをじっと握り締めていた。
「メルデン、君も早く」
 最後まで残っていたドミニクをカスタニエが促す。だが、ドミニクはカスタニエを振り返ると、漆黒の双眸を伏せた。
「先に行ってください。後で必ず追います」
 そう言うなり、ドミニクは踵を返して走り出した。背中でカスタニエが何か叫んだが、構わず無視する。
 表に出ると真夜中の風が身に吹き付けた。ドミニクはオラール公爵邸に向けて走った。何処に行けばシエルがいるかなど判らないが、可能性があるとしたらそこだ。
 しかし、しばらく走ると前方から闇夜に紛れた共和国軍の青い軍服が見えた。ドミニクは咄嗟に立ち止まり、路地裏へ隠れる。そして、軍馬に跨った兵たちが通り過ぎるのを待った。
 共和国軍を遣り過ごすと、ドミニクは先を急ぐ。
「あ……ぐッ」
  パリ中心部を貫くように流れるセーヌ河。そこに架かった橋を渡り切ると、低い呻き声が聞こえ、ドミニクは思わず足を止める。今のパリでは何処に死体が転 がっていてもおかしくはない。だが、今はシエルのことが気になっている以上、それが彼女かもしれないと錯覚せざるを得なかった。
 だが、橋の下から低く呻いて這い上がろうとしていたのは青い軍服を着た共和国軍だった。胸を突かれ、背中まで貫通するほどの傷を負っている。ドミニクはシエルではないことに胸を撫で下ろしたが、程なくして闇に断末魔の奇声が上がる。
 ドミニクは反射的に駆け出し、橋下の薄闇に飛び込む。
 濃密な血と死の香りが鼻腔を突く。確認出来る死体は四人分。否、先程の男を入れると五人か。いずれも青い軍服を着ており、確実に急所を突かれていた。
 死者たちの中心に立つ影にドミニクは見覚えがあった。そして、唇を綻ばせて穏やかな微笑を作る。
「シエルさん」
 無事で良かった。血塗れの剣を握って立つシエルの背にドミニクは優しい声をかける。
 恐らく、共和国軍に襲われたのだろうが、それを見事に返り討ちにしてみせる様が彼女らしい。王竜騎士時代は女性でありながらも剣の名手だったのだ。ドレス姿なのに、よく動き回れたものだと感服させられる。裾が少し短くなっているのは、彼女自身が裂いたのだろう。
「心配しましたよ」
 貴方に心配されるなんて、わたしも落ちたものです。そんな、いつも通りの返答を期待した。
 だが、シエルがゆっくりと振り返った瞬間、ドミニクの背筋が凍りつく。
「……シエルさん?」
 シエルの足元に紅が滴り落ちる。胸部に突き立てられた大振りのナイフの柄が、わずかな月明かりを受けて輝く。
「シエルさん!」
 立っていることも耐え切れなくなり、シエルは糸が切れた人形のように頽れる。ドミニクは咄嗟に駆け出し、力ない身体を抱き止めた。
「シエルさん、しっかりしてください!」
 虚ろに視線を泳がせるシエルの身体を揺さ振り、ドミニクは叫んだ。すると、シエルはようやくドミニクの存在に気づき、空色の視線を向けた。
「今頃、来たって、遅いです、よ」
「喋らないでください。傷に障ります」
 力ない笑声を上げるシエルを制すると、ドミニクは傷口に手を当てた。ナイフはシエルの胸に深く刺さっており、心臓まで達している。ナイフ自体が傷口からの流血を塞き止める役割をしているため、下手に抜けば大出血だろう。早く医者に診てもらわなければ。
「医者を呼んできます。すぐに戻りますから、待っていてください」
 ドミニクは出来るだけ静かにシエルを地面へ寝かせようとする。だが、シエルは離れようとするドミニクの服にしがみつき、首を横に振っていた。
「本当に、空気読めない、わね。わたし、たち、追われてるのよ?」
 強い叱咤ではなく弱々しい声で諌められ、ドミニクは漆黒の眼を伏せる。確かに、ドミニクもシエルも表に出られる身ではない。特にこのパリでは王党派に加担する医者はいないだろう。
「見殺しになんて出来ません。何とかします」
「アンベスィル(大馬鹿者)」
 シエルは弱々しい手でドミニクの頬を抓った。ドミニクは力が抜けそうになる白い手を掴むと、しっかりと握り締めてやる。蝋のように白くなった手が少し冷たく感じた。
 ドミニクの腕に縋りながらシエルが笑う。
「あっちの方が、いい」
 シエルは震える手で月明かりの照らす土手を指差した。
 自分が殺した死体の転がる暗い橋の下などにはいたくないのだろう。ドミニクはそっと頷くと、シエルの身体を優しく抱き上げた。そして、月明かりの下へ彼女を連れて行く。
 満月に近い月光を浴びて、セーヌは銀の流れを湛えている。テュイルリーが襲撃された日は、多くの血を吸って禍々しい紅の流れに変じていたことを考えると、とても穏やかで静かな情景だと思った。
 このまま革命が続けば、あのときのように再び多くの血が流れるのだろうか。
「革命なんて、嫌いよ。大嫌い」
 同じことを考えていたのか。シエルはドミニクの腕の中で震えていた。
「あの豚、何て、言ったと、思う?」
 ドミニクは静かに首を横に振った。
「当 然の犠牲だ、って。お父様は馬鹿だって……当然って、なに? どうして、家族も、友達も、殺されなきゃいけない、の? 許せなかった……わたし、我慢した のよ。悪女ってやつも、演じたの。あの豚とも、ちゃんと、寝てやったわ。上手く、出来てたのに。なのに……どうしても、許せなかった。許せなかったの」
 シエルの唇が震え、空色の瞳に涙が滲む。
「ごめ、ん。全部、上手くいってたのよ。なのに、わたし……わたしが」
 声が掠れ、言葉が途切れる。ドミニクは、もういいと言いたげにシエルの亜麻色の髪を撫でた。
 オラールの言葉が許せなかったシエルは彼を殺めてしまったのだ。市内に共和国軍が大規模な捜索を始めたのもそのためだろう。
 全てはシエルの私情が犯した過ちだった。だが、ドミニクは敢えてそれを諌めずに沈黙を守っていた。
「わたし、アンベスィル(大馬鹿者)ね。ふふ、貴方と、お揃い」
 何が可笑しいのかシエルは小さく笑声を立てて笑う。そして、ドレスの内側から一枚の紙を取り出した。元々古びて変色していた紙面には、シエルの流した血が大量に付着していた。だが、内容が見られない程度ではない。
 タンプル塔の設計図だった。しかも、建設当時に作成された図面で、ドミニクの推察した通りに抜け道も描いてあった。
「わたしの、代わりに」
 形の良い唇から軽い咳と共に少量の血が吐き出される。呼吸も喘ぐように荒っぽくなり、空色の瞳も虚ろに宙を見上げ始めた。ドミニクは冷たくなっていくシエルの身体をしっかりと抱き締める。
「好きよ、ドミニク。大好きなの」
 シエルが弱々しく笑いながら囁く。そして、ドミニクの額につた傷を指でなぞった。
「そんな顔、しないで。ねぇ、笑って……昔みたいに。お願、い」
 ドミニクはいつの間にか泣きそうな顔になっていたことに気づき、慌てて笑顔を作ろうとした。彼女が望んでいる優しい笑顔を見せようと、必死で顔の筋肉を動かす。
 けれども、どうしても悲痛の色を隠せない。そんな表情は見せまいとシエルの頭を胸に押し付けて隠す。
「嘘吐き(マントゥール)。絶望しない、って言ってたのに」
「そうですね。僕は嘘吐きです」
 シエルの身体からどんどん体温が消えていく。ドミニクは少しでも自分の体温で彼女を暖めようと強く強く抱き締める。
「わたしのこと、好き?」
「――はい(ウィ)」
 亜麻色の髪を掻き分け、ドミニクはシエルの耳元ではっきりと言葉を続けた。
「愛してる(ジュ・ヴ・ゼィム)、シエル。革命が終わったら、結婚しよう……だから、どうか生きていて欲しい。シエル、死ぬな」
 シエルが嬉しそうに顔を上げた。まるで、御伽噺に想いを馳せる少女のように輝かしい眼だった。
 ドミニクは一瞬だけ作ることが出来た笑顔で彼女を見つめると、唇を落とす。
 肌の冷たさに構わず、貪るように互いの吐息を重ねた。鉄臭い血の味さえ甘美に思えるほど、夢中で唇を絡める。
 長い長い口づけを終えると、シエルは力尽きたようにドミニクの胸に顔を埋めた。そして、しなやかな胸板から伝わる熱に酔い痴れるように目を閉じる。
「嘘吐き……でも、すごく――」
 穏やかに眠りに落ちたシエルを抱き締めて、ドミニクは頭上を仰いだ。
 遥か東から昇った朝陽が雲ひとつない空を橙に燃やし、夜の闇を藍から青へと染め変えていく。
 今日は晴れるのだろう。
 腕の中で幸せそうに笑っているシエル(空)に相応しい、鮮やかな蒼穹が広がるに違いない。
 そう思った。


◆第四節.激情の夜想曲 Le Nocturne de la Passion◆

 私は戦争をも欲する。それが国民の利益になるならば。
 私は自由のために戦う。私には自由のために死ぬ用意がある。
 どれほどの苦難を背負おうとも、私は人民の為に尽くしたい。
 そのために妥協のない道を進み、生命の犠牲さえも厭いはしない。
 ――革命家マクシミリアン・ド・ロベスピエールの演説より。

 マリィは肺から込み上げる激しい咳と、身体を蝕む高熱に魘され、寝台から起き上がることも出来なかった。苦しいと訴えるように、汚れたシーツを掴むが、助ける者はいない。
 だが、この苦しみも明日で終わる。父や母が死んだ場所で自分も刑にかけられるのだ。
 寂しくて苦しい想いをしなくてもよくなる。両親と同じ世界へ行ける。もう自分を罵る民衆の姿に怯えなくて済む。
 今のマリィにとって、死は生よりも魅力的に思えた。全ての苦しみから解き放って、神や両親のところへ行けるのだから。
 マリィは、ずっと洗っておらず、伸び放題になった金髪を掻いた。蜂蜜色に輝いていた髪の美しさは見る影もない。顔に触れれば以前のような丸みは削げ、骨の形をなぞるように扱けている。薔薇の花弁を押し当てたような唇も乾き切って弾力がなかった。
 鏡がないので判らないが、恐らく以前の自分ではなくなっているはずだ。
 右の耳に触れ、鈍い光を放っていた薔薇の耳飾りを外す。
 ずっと肌につけていたせいで硝子の輝きはくすみ、汗や垢が固まった黒い泥のような汚れで塗れていた。シーツに擦り付けても綺麗にはならない。
 マリィは瞼を閉じ、耳飾りを握り締める。そして、祈るように耳飾りを握った掌を額に当てた。
 死後に想いを馳せるマリィの脳裏に過ぎる笑顔。それは、この世に残すたった一つの未練である気がする。生きていて欲しい。出来るなら、再びあの柔和な笑顔を見たい。誇り高く研ぎ澄まされた黒曜石の双眸に見つめられたい。
 処刑には多くの民衆が見物に集まるのだろう。彼は来てくれるだろうか。マリィの最期を看取ってくれるだろうか。広場に晒される自分の首を見て、どう思ってくれるだろうか。
 四年前にパリで会って以来、殆ど喋ったこともない。王竜騎士なので、たまに宮殿の中で見ることはあったが、声を掛けることが出来なかった。マリィと彼が何処で知り合ったのか両親に知られては困る。
 いつも一緒に歩いていた女性は恋人だろうか。本当に綺麗な人だったと思った。こんなことなら、勇気を出してもっと話しておけばよかったと、今更悔やんだ。
 一年ほど前、テュイルリー宮襲撃のことを思い出すと今でも辛い。
 マリィたちが隠れていた部屋に暴徒が流れ込み、狂気の形相で襲い掛かってきた。発砲禁止令が出ていたため、部屋で待機していた王竜騎士もスイス傭兵も皆目の前で殺されていった。
 ある者は斧で頭を割られ、ある者は槍で喉を突かれ、ある者は何人もの男たちに殴られて死んでいった。マリィの前に幾多の血が流れ、紅い飛沫と共に断末魔の叫びが鼓膜を揺らした。
 狂気と憎悪に駆られた暴徒を見るのも、目の前で凄惨に死んでいく兵を見るのも、マリィには耐え難いことだった。
 もう辞めて。お願いだから、もう辞めて! マリィは何度も叫んだが、か細い声は狂った民衆の怒声の中へと虚しく消えていった。
 ――マリィ様!
 一家の中で逃げ遅れたマリィの手を引いてくれた青年。その左耳に紅い耳飾りを見たとき、マリィはそれまでの恐怖も忘れるほど心臓が跳ね上がった。
 彼は覚えていてくれた。マリィが贈った耳飾りを身につけていた。「マリィ様」と呼んでくれた。それだけで、マリィは嬉しかった。
 だが、その間も暴徒と化した民衆の絶え間ない罵倒や武器を振り下ろす腕の動きは止まらない。
  前を走っていた彼の動きが止まった。そして、大きくよろめく。マリィに対して振り下ろされた鍬(くわ)を受けたのだ。手で庇っていたようだが、彼の額には 生々しい傷が刻み込まれ、血の紅が顔に滴っていた。それを見て、マリィは悲鳴を上げた。けれども、彼は取り乱すマリィの背を押して叫んだ。
 ――お逃げください!
 その頃には、マリィを保護しようと王家の従者も傍まで走ってきていた。従者に手を引かれながら、マリィは暴徒たちの波へと姿を消す青年の名を呼び続けた。
 ――メルデン! メルデン!
 彼が一瞬振り返って笑ってくれた。狂気の渦巻く場にそぐわない優しい笑顔が今でも瞼に焼き付いている。
 会いたい。
「メー……ン」
 口を何度も開閉させながら、彼の名を呼ぼうとする。
 しかし、憔悴したマリィの口が正しくその名を紡ぐことは出来なかった。


 シエルの遺体はマレ地区にある彼女の屋敷の庭に埋めることにした。
 遺体が腐敗して野犬に食われることは許されないと思った。本当は棺に入れて墓地に葬りたいが、今は実現出来ない。
 せめて、血塗れたドレスを着替えさせてやりたいと思って屋敷の中を探した。しかし、屋敷は民衆の手によって荒らされており、衣服を含めて貴重品は全て持ち出されている。ドミニクの屋敷も同じ有様だったので予想はしていたが、少し痛ましかった。
  仕方がないので、可能な限り身体を拭いてやってからドレスの上からドミニクが着ていた上着を羽織らせた。血塗れた紺色のドレスに黒い上着は不釣合いだが、 「男装の麗人(ボーテ・デギゼ・アン・オム)」と「憐憫の少女(フィーユ・ドゥ・ラ・ピティエ)」の顔を持ったシエルには相応しいと思えた。
 遺体を埋めた後、十字を切って静かに祈る。
 恐怖政治による粛清は激化の一途を辿っている。国境では革命の余波を恐れた周辺諸国との戦争が勃発していた。地方でも信愛なる国王を失い、徴兵によって土地を離れたくない農民たちが大規模に蜂起し、多くの犠牲者が出ている。
 確かに、革命が掲げる自由や平等は高尚で美しい。ルソーやモンテスキューを読んだドミニクには判らない思想ではないし、むしろ読後は自分自身啓蒙された。
 しかし、革命の下に流れた血を黙って見ていることなど、ドミニクには出来ない。
 逃亡中に国内の混乱に喘ぐ領民たちも見た。ドミニクは自分の領民を守ることも出来なかった。革命への憎しみに駆られたシエルを救うことも出来なかった。
 革命が目指す理想は美しい。だが、そこへ辿り着くまでに出来る死の闇を無視することが出来なかった。
 シエルのような憎しみはない。気がつけば、革命が巻き起こす悲劇に立ち向かう道を選んでいた。
「見ていてください」
 祈りを終えると、決意と共に立ち上がる。そして、神の元で聞いてくれているであろう者に向けて告げた。
「革命は必ず終わらせます」

 予め決めておいた王党派の合流地へ向かう途中、何かを取り囲むように輪を作っている市民たちに出くわす。どうやら、一人に対して複数人で暴行を加えているようだ。潜伏していた貴族か、反革命派の人間だろう。
 共和国軍や政府によって組織された警備隊が巡回しているとは言え、パリの治安は悪く、こういった騒ぎは頻繁に起こる。むしろ、暴行を受けるのが反革命側の人間である場合、抑制しようとする者は少ない。
  革命によって、それまで虐げられていた人民は無条件で権力者への憎しみを露にした。一向に良くならない自分たちの生活に対する怒りを支配階級に対する憎悪 へと変化させているのだ。元を正せば、革命に反対して蜂起する人間と同じなのかもしれない。怒りの矛先、希望を見出す対象が違うだけだ。
 不意に、人波を避けて道の端を歩くドミニクの腕を何者かが掴む。ドミニクは咄嗟に抵抗したが、そのまま路地裏に連れ込まれてしまった。
「私だ」
 見ると、王党派を取り纏めているカスタニエだった。ドミニクは抵抗を辞め、肩の力を抜いた。だが、カスタニエは単刀直入に用件を口にする。
「すぐにパリを離れる」
 カスタニエの発言にドミニクは漆黒の眼を見開いた。
「何故です。まだ殿下をお助けしていません。タンプル塔の設計図が――」
「共和国軍の襲撃に遭った。幹部の半数以上は捕らえられて組織は壊滅状態だ。このままでは、身動きが取れない……これ以上、パリにいては危険だ」
 ドミニクは口を噤んだ。
 手元にはシエルが手に入れた希望があると言うのに。しかし、組織を壊滅に追い遣ったのも彼女の行動招いた結果だった。
 何も言えず、ドミニクは握った拳が震えるのを感じた。どうすることも出来ない。このままパリを離れ、王女を見殺しにしなければならないのか。
 彼女を庇うときに受けた額の傷が疼いた。ドミニクの名を必死で叫ぶ顔と、花のように可憐な笑顔が重なって脳裏を過ぎった。
  処刑は明日だ。処刑を待つマリィの姿を思い浮かべる。実際は三つほどしか違わないが、無垢で幼く見えるマリィは死を待つだけの幽閉生活をどう過ごしている のだろう。何を思っているのだろう。王党派を名乗る貴族としてではなく、マリィという少女を知る人間として、ドミニクはどうしても彼女を救い出したかっ た。
「王族の救出は、我々にとって優先すべき目的のはずです。少人数でも実行する意味はあると思います」
 重々しい口調で搾り出した言葉にカスタニエは目を伏せる。
「国王の遠縁に当たるアルトワ伯から、我々に接触したいという連絡があった。幹部の殆どは、王女よりも彼を国王として推すことに賛成している」
 カスタニエも本意ではないのだろう。申し訳なさそうな口調で告げる。
「……殿下を見捨てるのですか」
「そう決まった」
  アルトワ伯爵は王家の遠縁に当たり、革命が始まって以来、国外へ逃亡する亡命貴族となっていた。行方が掴めなかったが、彼から連絡が入ったということは国 王として即位する意思があるということだ。王として立てるなら、十八歳の少女よりもアルトワ伯爵の方が適任だと考えるのは道理だった。
 ドミニクは何をすべきか。
 シエルがもたらした情報を捨て、マリィを見捨て、新しく繋がれた希望へ向かうのが当然の行動だろう。それがドミニクの役目であり、彼に出来ることだ。きっと、シエルもそうしろと言うだろう。革命を終わらせるためだ。
 だが、どうしても出来なかった。王国の貴族としてではなく、一人の少女を知っている人間として、ドミニクはマリィを諦められない。
「私は――殿下を救出します」
 それは紛れもない私情だ。主従などでもない。マリィという少女に同情したドミニク自身の価値観だ。シエルが革命を恨んで身を滅ぼしていったものと全く同義の感情だった。
「例え一人でも、自分に出来ることをしたいと思います」
 ドミニクの言葉を聞いてカスタニエは静かに顔を上げた。止めるつもりはないらしい。ドミニクの手を取ってカスタニエは強く言った。
「生きて会おう」
 短い一言にドミニクは頷き、柔和な笑みを作る。
「はい(ウィ・ムッシュウ)。そのときは、美しく平和な祖国でありますように」


  パリ市内マレ地区に建つタンプル塔は十三世紀、テンプル騎士団の本拠地として活用されていた古い建物だ。長い歴史の中で牢獄の役割を果たしていたこともあ り、テュイルリー宮殿から移された王族は皆ここに幽閉された。明日が王女の処刑だけに塔は厳重にされ、近づくことさえ出来ない。
 しかし、パリと いう街は地下に隠された巨大な迷路を持った都市である。十年近く前に陥没事故が起きて初めて露見した事実だが、パリは建物や古い城壁を築く際に使用する石 を地下から切り出していたのだ。出来た空洞の一部はカタコンベとして使用されることもあったが、その多くが今でも埋められることもなく放置されている。大 規模な補強工事が行われ、迷路のような地下地図も造られたものの、未だに未発見のものも多い。
 その一つとタンプル塔が繋がっている。シエルの入 手した設計図の抜け道は、正にそれを示していた。幸い、入り口は古くからマレ地区に屋敷を構える貴族の邸宅の庭先であったが、今は革命の影響で荒らされて 人は住んでいなかった。もっとも、住んでいた本人もそこに地下への入り口があったことなど知らなかったのだろうが。
 ドミニクは手に持った薄暗いランプの明かりを頼りに地下の道を進む。現在では使われておらず、忘れ去られた経路なので衛兵の姿も見えない。ラ・モット伯爵夫人は間違いなく、この道を使ったのだろう。
 私情は身を滅ぼす。だが、ドミニクは進んだ。
  守れる命も守れず、無碍にすることに耐えられなかった。自分は痛みに耐えられない弱い人間なのかもしれない。貴族であることを誇りながら、結局は感情で動 いてしまっている自分を、ドミニクは愚か者だと思った。きっと、シエルなら「エスペス・ダンベスィル(この大馬鹿者)!」と言っているだろう。
 それでもこれ以上、目の前の犠牲を見過ごすことが出来なかった。シエルを亡くした今だからこそ、その想いは一層強いものになった気がする。
 今も牢獄で死を待ち続ける少女の姿を思い描き、ドミニクは左耳に触れた。
 薔薇を模った硝子の輝きが、希望を与える気がした。

 朝が来れば死ぬ。
 鉄格子がついた小さな窓には分厚い布が被せてあり、外も見えない。
 右手に握り締めた薔薇の耳飾りを祈るように見た。だが、すぐに肺から咳が込み上げ、身を捩る。
「メー、デ……」
 生きていれば、明日会えるかもしれない。そうでなければ、きっと両親と同じところで会える。
「メー、デー、メウ、デン」
 視界が霞み始める。最近は起きていられる時間も少なくなったように思う。
 うわ言のように呂律の回らない口で何度も何度も彼の名を呼ぼうとした。しかし、上手く発音が出来ない。
 咳と一緒に血が零れる。
「メ、ル……メルデ、ン」
 やっと、拙いながらも名を呼ぶことが出来、マリィは少しだけ唇を綻ばせた。
「メルデン」
 今度は少しだけハッキリと発音出来て嬉しかった。
 けれども、名を呼んでも彼は来ない。もう会えない。痩せた頬に涙が伝う。手で目を覆っても涙は枯れず、唇から嗚咽が漏れた。
 ギィと音を立て、牢獄の扉が開くのを感じる。今日の食事は済んだはずなのに。もしかしたら、明日の処刑の前に看守が罵声でも浴びせに来たのかもしれない。昨日も珍しく口を開いたかと思えば、汚い言葉を吐いて去っていった。
「マリィ様」
 誰の声だろう。聞き覚えはあったが、思い出せない。マリィは目を覆っていた手を下げ、ゆっくりと視線をもたげた。
 闇に溶ける黒髪と黒曜石のような黒瞳。左耳に光る薔薇の耳飾りと、額に刻まれた傷痕を見て、マリィは夢を見ているのだと思った。
「メ、ルデン」
 少しだけ顔を緩ませて優しく笑ったドミニクに、マリィは思わず縋るように飛びついていた。起き上がるのも苦しかったが、そうせずにはいられなかった。
 マリィの身体を受け止めながら、ドミニクが笑う。
「覚えていてくださったのですね。光栄です」
 忘れるはずがない。マリィは何度も頷いた。
 言いたいことはたくさんあるのに声が出ない。もどかしく思いながら口を開閉させていると、ドミニクはマリィの手に視線を落とす。喀血の跡を見られ、マリィは咄嗟に隠した。だが、すぐに咳き込んでしまう。
「ご病気なのですね。随分とお痩せになって、何と酷い……急ぎましょう」
 急ぐ? マリィが首を傾げるとドミニクは優しく笑った。その笑みは以前のものとは少し違っている気がしたが、平和的で穏やかな中にも強い意志を感じる。
「貴女を処刑させるわけにはいきません。逃げるのです」
 ドミニクはマリィを死と牢獄から解放するために来た。これは夢なのだろうか。手を伸ばせば消えてしまう幻想かもしれない。
 マリィは弱々しくドミニクに手を伸ばし、自分のために負った傷に触れる。すると、ドミニクは優しく笑ってくれた。
「不自由をさせてしまうと思いますが、貴女を救うためなのです」
 伸び放題になっていた髪を撫でられ、マリィは涙が止まらなかった。そして、弱々しく頷く。
「あ、な……しょ、の」
 上手く声が出ない。
 あなたも一緒にいてくれるの?
 必死で伝えようとするマリィの顔を見て、ドミニクは柔和な笑みを浮かべた。
「はい(ウィ・ビアン・スュール)。何処までもお供します」

 抱えたマリィの身体があまりにも軽くて、ドミニクは戸惑った。
 あんなに可憐な笑顔を浮かべていた少女が、今は変わり果てたように衰弱している。最初に見たときの絶望し切った表情が頭を離れない。
 ドミニクは牢獄を後にして抜け道がある地下まで急いで階段を降りる。マリィの体調も気がかりであり、一刻も早く脱出しなければならない。
 やがて、薄く明かりが灯る塔の下から話し声が響く。恐らく、見回りの兵たちが上がってきているのだろう。道は一本しかない。ドミニクはマリィを階段に座らせ、腰に提げていたサーベルを抜いた。
 階段を登ってきた兵は三人。ドミニクを見ると驚いて銃剣を向けた。
「貴様、王党派か!」
 兵の一人が声を上げて引き金を引こうとする。だが、その前にドミニクは男の喉を掻き切った。裂けた喉から声にならず空気となった息が抜ける音がし、血飛沫がドミニクのシャツを濡らす。
 仲間が倒れて激昂した兵がドミニクに向けて剣を抜く。だが、ドミニクは突き出された刃の一閃をかわすと男の腕を捕らえ、膝で顔を蹴り上げた。骨の砕ける不吉な音がし、男は身体を痙攣させながら倒れこみ、階段を転がった。
 しかし、その間に三人目の兵は仲間を呼びに階段を駆け下りてしまう。塔の衛兵に囲まれてしまえば、ドミニク一人では対処出来ない。
「急ぎましょう」
 ドミニクは力なく壁にもたれていたマリィを抱えると、すぐに階段を駆け下りた。彼が走ると、マリィは力なく咳き込んで喀血する。ドミニクは労わってやりたいのは山々だが、もはや一刻の猶予もない。時々、謝罪の声を掛けながら来た道を戻った。
 しかし、地下へ降りる手前で駆けつけた衛兵に姿を見られる。ドミニクはそのまま抜け道に飛び込んだが、これでは追い掛けられてしまうだろう。そして、しばらくすると案の定、彼らを追いかける軍靴の音が暗い通路を共鳴した。このままでは、追いつかれてしまう。
 追っ手は何人か判らないが、恐らくマリィを庇いながらドミニク一人で相手をするのは無理だ。ドミニクは地下通路の出口まで走り切ることのみを考えた。彼が使った経路は一本道だ。逃げ場はない。とりあえず、出口まで走らなければ追っ手を撒くことは出来ないだろう。
「いたぞ!」
 後方から声が響き、追っ手の視界にドミニクが捉えられる。出口はもうすぐだ。ドミニクは数発浴びせられた銃弾も気にせず、先を急ぐ。そして、やがて地上へ続く梯子が見える。ドミニクは古びて腐りかけた梯子に縋りつくように飛びつき、地上へ駆け登った。
 出来るだけ遠くへ行かなければならない。ドミニクはマリィを抱えて地上へ出ると、セーヌ河へ向った。河を渡って左岸へ入った方が比較的隠れやすいはずだ。
 予め用意しておいた馬の鞍に颯爽と跨ると、追いついた兵が一斉にマスケットの銃弾を浴びせた。ドミニクは構わずに馬の腹を蹴り、そのまま通りへ出る。
 だが、通りに出ると、タンプル塔の騒ぎによって周囲を捜索していた共和国軍と鉢合わせてしまう。三人ほどだったが、馬に乗った青い軍服の兵士たちはドミニクとマリィの姿を見るや、各々にサーベルや銃を構える。地下から追ってきた兵も後ろに迫り、逃げ道はなかった。
「マリィ様、少々手荒ですが辛抱してください」
  ドミニクは意識が朦朧として力ないマリィに言い聞かせると、手綱をしっかりと握り締めた。そして、そのまま身を屈めて騎兵の一人に突っ込んだ。唐突に標的 にされた兵は驚いて銃を撃つが、照準が定まらずに弾は明後日の方向へ飛んでしまう。だが、後方で構える兵たちは容赦なくドミニクに銃口を向けた。
 正面を突破することが出来たものの、後方から襲う銃弾にドミニクは左肩と右脇腹を撃ち抜かれる。彼は唇から苦痛の声を漏らしたが、マリィの無事を確認するとそのまま馬を走らせた。
 やがて、満月に照らされるセーヌが見える。しかし、ドミニクが橋を渡り始めると間もなく対岸から別の部隊が現れた。後方からも追っ手が迫っている。橋の真ん中で挟み込まれ、ドミニクは奥歯を噛んだ。橋の上では、先程のように突破することは出来ない。
 眼下では白銀の流れを湛えるセーヌ。だが、衰弱したマリィを抱えて飛び込むのは余りに危険だ。
 ドミニクに無数の銃口が向けられる。
「メル、デン」
 マリィに呼ばれ、ドミニクは視線を落とした。
「こ、れ」
  弱々しく笑い、マリィはドミニクに一枚の布を手渡した。そう言えば、先程から彼女がずっと掴んでいたものだ。元の色が何色かも判らない襤褸を、ドミニクは 黙って受け取った。そして、一緒に小さなものを握らされる。黒く汚れた薔薇の耳飾り。四年前に片方をドミニクに贈り、マリィが身に着けていたものだ。
 彼女の意図することが判らず、ドミニクは困惑した。その間にも、ドミニクを囲む兵たちがじりじりと距離を詰める。
「やく、そ、く」
 ドミニクが品を受け取ったのを確認して、マリィは弱々しいが、強い意志の篭もった口調で告げた。
「マリィ様?」
 ドミニクが怪訝そうに目を顰めると、マリィはやつれた顔に精一杯の微笑を作った。そして、わずかに身を乗り出す。
 驚いて無防備になった唇に、痩せて乾いた唇が触れる。
 それは、口づけとも呼べないほど一瞬の出来事だった。
「生き、て」
 弱々しい力が胸元に加わり、身体が傾くのを感じる。平生であれば、絶対にバランスを崩さないはずだった。
 だが、不意を突かれたドミニクの身体はゆっくりと馬上から、セーヌの流れに引き寄せられる。
 精一杯の力でドミニクを突き飛ばしたマリィの唇が、「さようなら(アデュー)」を描いた。


◆第五節.永久の終曲、刹那の前奏曲 La Conclusion Éternelle, Le Prélude du Moment◆

 この革命に意味はあるのだろうか。と、貴方は私に言いました。
 私は思います。革命は無意味であってはならないのです。
 革命の下に流れた多くの血に報いるためにも、我々は進まなければならない。
 私は悪魔となる覚悟です。
 そして、貴方に付き従い、何処までもお供するつもりでございます。
 ――革命家ルイ・アントワーヌ・ド・サン・ジュストが、マクシミリアン・ド・ロベスピエールに宛てた手紙より。

 革命広場は群衆の喧騒に満ちていた。
 中央に設けられた断頭台には、毎日のように人の首がかけられている。
 だが、この日は普段の倍以上もの民衆が集い、これから執行される処刑を今か今かと待ち構えていた。
 その中に身を置きながら、ドミニクは虚ろな眼で断頭台を見上げた。
 何百人もの首を刎ね、血を啜ってきたそれはおぞましい悪魔のように広場に高く聳え立っている。人々によく見えるよう高く組まれた土台は血の色で染まり、多くの命を刈り取り続けた。
 首を落とす刃の輝き。それを見て狂喜する民衆の声。
 しかし、平生なら目を背けてしまうであろう光景も、今のドミニクにはどうでもいいように思えた。
「王女を出せ!」
「殺せ!」
 憎しみに駆られた罵声が飛び交う。そして、広場に王女を乗せた荷車が到着すると、市民たちの狂気は絶頂に達した。
 粗末な荷車に乗せられて俯く少女は襤褸のようなみすぼらしい衣服を纏っており、痩せた身体は貧相でとても王族とは思えない。一部の婦人は気の毒そうに目を伏せるものの、やがて忘れたように罵りの言葉を漏らした。
 執行人に引き摺られるように、王女が断頭台の上に姿を現す。その姿を確認して、ドミニクは誰にも見つからぬよう、右手で短銃を掴んだ。
 マリィを救えなかった。
 少女一人救ってやれない自分の無力さを呪って、ドミニクは自害することにした。ただし、一人では死なない。
 刑を執行する処刑人を撃ち殺し、マリィの死を少しだけ延ばしてやろう。その上で兵に銃殺されるか、マリィと同じ断頭台に首を並べてやるのだ。
 それくらいしか出来ない。
 仕える君主も失い、王党派にも戻れず、貴族である誇りも失った。もう何も残っていない。
 自分は間違いなく愚か者だろう。こんなことをしても誰も救われないし、マリィ自身も喜びはしない。ただ自分自身の命に幕を下ろすだけだ。
 終わりを数える鐘が空気を揺るがす。十二度目の鐘だ。あと一つ数えれば、刑は執行される。
 静かに目を閉じ、懐から銃を引き抜く。周囲の市民たちは断頭台の上に気を取られ、ドミニクの行動など少しも見ていない。
 瞼を開け、銃口を執行人に向けた。
「や……す」
 断頭台にかけられた少女が拙い言葉で何かを叫んだ。民衆の声に紛れたそれが鼓膜を叩き、ドミニクは引き金を引くのを躊躇った。
 弱々しく笑った少女の視線がドミニクを縛り付ける。
「や、く……やくそ、くで、す!」
 ――生き、て。
 十三度目の鐘が打ち鳴らされる。
 断頭台の刃が下ろされた。首が断ち切られる鈍い音と共に噴出した鮮血を浴びて狂喜の声が上がる。
「どうして」
 ドミニクは銃を地に落とし、その場に膝をついて崩れた。広場に上がる人々の歓声など耳に入らず、少女の最期を告げた鐘の音だけが頭を揺らす。
 少女と王家の終焉(おわり)を告げる鐘音(かね)は永久に響くかのように長い長い余韻を残し、皮肉なほど澄み渡った蒼穹へと舞い上がる。だが、長く凄惨な革命の刹那でしかないその音は、やがて民衆の声の中へと掻き消えていった。
 処刑が終わり、人々の狂気が鎮まると広場から徐々に人気が引いていく。静かになった広場に蹲り、ドミニクはマリィの血が上塗りされた断頭台を見上げた。そして、立ち上がる。
 地面に何かが落ちた。それがポケットに仕舞い込んでいた薔薇の耳飾りだと気づき、ドミニクは膝を折って拾い上げた。
 マリィがドミニクに渡した耳飾り。垢が固まって黒く汚れたそれを太陽に翳してみる。わずかに紅が透け、鈍く光ったそれを右の耳につけた。初めて対となった耳飾りは左右で色も形も変わっていたが、再会したことを喜んでいるようだった。
 思い出したように耳飾りと共に手渡された布を取り出す。
 元の色も判らないほど襤褸と化しているが、彼女の肌着のようだった。だが、その内側に文字のようなものを見つけ、ドミニクは慌てて裏返す。
 血で書いた文字だった。何かを書き残したくとも、紙もペンもなかったのだろう。短い文章を読み上げると、ドミニクは思わず少女が残した想いを強く抱き締める。
 そして、空を仰いだ。
「そうですね」
 語りかけるような声は自分でも驚くほど穏やかだった。
 泣きそうになるのを抑えて、ドミニクは柔らかで優しい微笑を浮かべる。
 希望を探し、平和を願って。
「きっと、訪れます。貴女が望む世界が――いつか」


 神様、わたくしの両親を死なせた人たちをお赦しください。
 わたくしは、あの人たちを赦します。
 そして、いつか全ての人々が赦しあえる世界へお導きください。
 この国から、この世界から、憎しみが消えますように――。
 それだけで、わたくしは充分幸福です。

 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 一七九四年、クーデターによって革命の指導者ロベスピエールが失脚。サン・ジュストらと共に断頭台の露と消え、恐怖政治が終わる。
 一七九九年、ナポレオン・ボナパルトが独裁政権を樹立。これを以って長かった革命は終わりを告げる。そして、一八〇四年、国民投票によってナポレオンはフランス皇帝として戴冠し、帝政が始まった。
 ナポレオンの戴冠式を描いたダヴィドの絵画は後世にも伝えられ、現在はルーヴル美術館に所蔵されている。だが、その片隅に描かれた彼の側近に関しての史料はあまり多く残っていない。
 柔和で穏やかな微笑を湛え、額に傷のある男は平民出身者とも、王家の血筋を引く者とも言われており、正体について一部の学者が推論を飛ばしている。


 革命哀歌 L’élégie de la Révolution
 -終焉の鐘音は永久に刹那に-
 2009.4
 END


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●感想
ガタックさんの意見
 西洋史もベル薔薇も知らないワタシが通りますよ(ぇ

 こんにちは、ガタックです。
 先日は拙作に感想をありがとうございました。
 「革命哀歌 -終焉の鐘音は永久に刹那に-」拝読いたしましたので、
 些少ながら感想を残させていただきます。

 っていうかですね。
ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン
 シエルさん……マリィ……

 泣きました。マリィけなげな子やなぁ……
 悲しい物語なんだけど、ラストで少し救われました。
 個人的な好みを申しますと、ちょっと恋愛色が薄めだったかなとw
 シエルさんなのかマリィなのか、ドミニクはっきりせんかいwと言いたかったです。
 メ インヒロインをマリィにして、幼馴染のシエルさんには報われない恋心を抱いたまま死んでいただければ(マテ)今際の際のドミニクの嘘?も生きてくるし、そ こであえて嘘をつかずに最後までシエルさんを受け入れられない、みたいなドミニクの不器用なところを見せるのもまたヨシかなと、勝手に考えてしまいました。

 フランス革命のことはまったくわかりませんが、18世紀のパリの情景ちゃんと伝わってくるあたりはさすがだと思いました。
 パリって物騒な街だったんですねぇ。
 でも時代は変わっても人間の本質って変わらないんだな……
 暴徒と化した民衆が王竜騎士を血祭りに上げるあたり、ぞっとしましたです。

 文章なんですが、ちょっと難解で意味も読み方もわからない漢字が多かったかなと……
 ワタシの無知振りを差し引いたとしても(汗)
 もう少し簡素でわかりやすい言葉を使ってもよいのではないでしょうか。
 あと、括弧書きの訳は毎度毎度だとくどく感じるので、最初に1回だけでいいと思います。


 すごくよくまとまった作品だと思いました。
 実は中世ニガテとちょっと腰が引けてた部分もあったんですが(汗)
 読み始めたらあっという間に引き込まれたデス。
 楽しい時間をありがとうございました♪

 少しでも参考になれば幸いです。
 これからもがんばってください。


ひこねさんの意見
 歴史ものというところに惹かれて拝読しました。

 まず読み終えて技量に感嘆しました。素晴らしかったです。
 時間や疲労も関係して長編はよほど面白くないと途中で読むのをやめてしまうのですが、
 作品に引き込まれて一気に読んでしまいました。シエルもマリィも……何とも切ない。
 フランス史に疎い私ですが、それでもよく下調べがされていると感じます。
 そもそも歴史ものが書ける時点でリスペクト対象です。
 ただ、欲を言えば各キャラの内面をもう少し掘り下げてほしかったなと。
 文字数の関係で仕方ないこととは思いますが……。
 個人的に両ヒロインの間で葛藤する主人公が見てみたかった。

 あと私的にフランス語の部分なのですが、「日本語訳(フランス語読み)」とするより
 「フランス語読み(日本語訳)」の方がいいかなと思いました。
 外国語が出てくる小説はそういう書き方が多いようなので。

 完成度の高い作品でした。次の作品を楽しみにしています。それでは。


海山京二さんの意見
 こんばんはー。フランス革命で真っ先にシエイエスが頭に出てくる、
 どっちかというと泥臭い中世西・中央アジア史が専門のミヤマです。
 フランスなのにヘタリアのせいでオーストリアのイメージが浮かんでしまった……。
 拝読させていただいたので、感想をば。おもしろかったです。
 ベル薔薇は読んだことがない人の感想ですが……。

■気になった点
・全体的には起承承転結となっていて、少し間延びしている感じがしました。ダイジェスト版と言うか……。
 承の中にも起伏が強めの起承転結を入れると間延びはしないと思います、多分。
 ただ、ページ数考えるなら厳しいものがありますねー。

・ ドミニクの心理がやや読み辛いため(特に前半)、周りの人間を追っていくことになる(と言うか、私の場合はそうなった)のですが、退場期間がそれなりに長 い人物ばかりなので、ややブツ切り感があります。二人のヒロインの直接的なh深い絡みが無いのが原因でしょうか。(でもそんな風に絡ませるの難しいよ なぁ)

・ドミニクの心理が読み辛いのはドミニクに対する何らかの「明確な」アンチテーゼを持つキャラがいないのが、原因の一つかなと思います(革命派でも、王党派の別派でもかまいませんが。あるいは、ヒロインのどちらかの味付けを強めにしてその役をやらせてもよかったかも)。


■良かった点
・ろくな予備知識を持っていなくても問題なく、かつストレス無く読めました!
 歴史物書いていて解説ダラダラ続けちゃう自分としては見習いたいです。

・前述の項と関連しますが、長い一文が違和感なく頭に入ってきます。
 そういう意味でも読みやすかったと思います。

・なんだかんだでキャラも良い。性格と容貌の組み合わせという点では、メイン三人は非常に良いと思いました。趣味が合っただけかもしれませんが(笑)

・章立て冒頭の引用は、中には皮肉的に映るものもあったりして雰囲気が出ていると思います。

 全体的に抽象的な感想で申し訳ないですが、総じて良い作品だと思いました。
 歴史物好きとしては、これからも頑張ってもらいたいです。
 では、これにて。


浅古比呂さんの意見
 こんにちは!
 前作を読ませていただいて気に入った作者様だったのと、わたしが大好きなフランス革命が題材ということで、また読みに来ました。ものすごく感激しています!
 感想は面白かったです。ディスプレイが滲んで見えなくなりました。
 悲しい話だけど、少しだけ救いのあるラストがとても心に響きます。
 これは秀逸でした。とても余韻が残ります。シエルが絡むからでしょうか、空の描写が素晴らしいです。
 ただ、他の方も書かれていますが史実無視が少し目立ちしました。
 国民公会を革命政府と書いたのはわざとでしょうか?;
 ロベスピエールなどは名前が出るのに、マリー・アントワネットやルイ16世は名前が伏せられているのも中途半端だと思います。オラールのモデルはオルレアン公ですかね?

 でも、物語が進むと気になりませんでした。
 マリー・テレーズはルイ・シャルルも合わせた存在なのでしょうか?
 彼女は入れ替わり説もあったので、あんなラストにならないと安心していたのにっ!;;;
 これは良い意味で裏切られました。

 貴族的な雅な場面も良かったですが、当時のパリの様子や民衆の描写が良かったです。
 非情で残虐な作品のイメージとも合っているし、雰囲気も出ています。
 登場人物は特に好きでした。でも、今回もやっぱり誰とも引っ付きませんでしたねwドミニク鈍すぎます!   でも、ヘタレそうに見えて実は格好良くて不覚にもときめきました。

 ヒロインも2人とも違う性格で良かったです。
 特にシエル! カッコいいだけではなく、スゴク人間臭くてリアルでした。2人のすれ違いが切なすぎます。愛してるのシーンは涙腺崩壊するかと思いました(泣)珍しく空気を読んだドミニク最高です。
  もっとエピソードが見たかったです。テュイルリーの襲撃もサラッと流しているし、ヴェルサイユ行進やヴァレンヌ逃亡も見たかったです。でも、こんなに短い 枚数でここまで好感が持てて、深いと感じる人物が書けるのは逆に凄いです。革命を追うのではなく、革命に生きる人物を追うという一点なら完全に成功です。
 
 前作以上に大変楽しく読ませていただきました! 
 ちょっと大人な恋愛と人物の深さ、容赦ない展開がとても引き込まれました。
 わたしの専門の時代ということで嬉しかったので満点つけます!
 もしかして、リクエスト聞いてくれたんですか?(笑)
  でも、やっぱり有名な人物も出してほしかったです。
 ロベスピエールなどの演説はありましたが、是非とも本人を(笑)というか、
 本物の演説シーンを引用されるとは思いませんでした。スゴイ。
 少し変えてらっしゃるみたいですが、凝っているなぁと感心しました。手紙や戯曲はわからないのですが;
 あと、公募はした方がいいです。これだけの秀作を無駄にするのは勿体無いです。
 自分の専門領域なので少し長くなってしまいました(>_<;)次作も楽しみにしています!


MIDOさんの意見
 読了したばかりで興奮と哀切と涙ですごいことになっていますが気にしないでください。
 ただそのせいで文章が破綻するようなこともあるかもしれません。
 そんなときは苦笑いしながらやり過ごしていただけるとありがたいです。

 以下、感想・批評。もう感動しっぱなしで書きながら涙が。


【文章・文法】
 指摘するところがないくらいお上手です。高得点入りされる作家さんの文章は参考になってとてもいいですね。描写も過不足なく説明も丁寧。プロ作品なんじゃないの? という感じです。
 ただ前作から続いているのですが、難しい(というよりなかなか見ない)漢字の使用が引っかかりました。「有耶無耶」「引っ手繰る」などはひらがなのほうがいいような気がします。
 特に「引っ手繰る」はなんと読むのか少し悩みました。引ったくる、でいいんですよね(汗)?
 PCだと変換が簡単なのでついつい難しい漢字を使いがちですが、ここは直したほうがいいかと思います。


【設定】
 フランス革命前後。というとやはり『ベルばら』を思い浮かべてしまう勉強不足なMIDOです。
 というか雨杜さん、歴史物はもう十八番になっているのでは? 
 前作からさらにパワーアップしている感じで、ものすご くよかったです。
 萌えました色々とww 史実と違うところは創作と言うことで、余裕で許容範囲でしょう。
 趣味に走りすぎた? 全然OKww むしろすごく おもしろかったですww


【内容】
 内容と分量がちょうどいいですね。
 キャラもよく練ってありますし好感持てますし、というか感動できますし。
 どうして死んでしまったんだ二人とも――ッ!! うわああああん!!
 はい。感動中です。
 マ リー・テレーズが市街地に出ているのに当初は驚かされましたが、
 それが最後まで伏線として活用されているので最後のほうは全然OKになっていました☆ 
 と いうか二人の出逢いが! シエル一人だと思っていたのに恋愛フラグは!
 天然ヒーローというのはかくもいい女を寄せ付けてしまう魔力を持っているんですね……!
 (魔力じゃなくて魅力ね、正しくは)
 
 しかしこの天然男、どう考えてもシエル、これ君にラブな感じでしょ、
 と突っ込みを入れつつ、微笑ましい前半 でした。
 マリィも耳飾り渡しちゃってるしー。この時点ではまだマリィは恋愛感情は芽生えていないかな?
 いや、芽生えていても育まれるのは、やはり襲撃を受けたときに自分をかばって
 彼が傷を負ったときうごほぉっ! 
 ……はぁ、はぁ、すいません、萌えレベルがゲージMAXを越えて鼻血が出てしまいました。
 みなまで言うなという感じです。はい。おいしすぎる。
 王道なんだけどやっぱり萌えるね、こういうシチュエーションってwww

 で、四年経って革命が。今作を読みながら「オスカル様死なないで――――!!」
 とまったく違うところで叫んでいるわたしがいました。
 『ベルばら』読み返そうかな? いやいや、関係ないですけど。
 関係者がどんどん処刑されて。あーあ。世は無常ですねホント。

 そしてシエルが! 王女救出のためにシエルが守り通した女の操をぉぉおおお!!
 ……なに親父くさいこと叫んでるんだろうわたしは。
 これもひとつの愛の形、 みたいなどこかで聞いたフレーズが脳裏をかすめる! 
 でも結局我慢できなくて豚を屠殺(言い方が妙ですいません)するところとか、
 彼女のストレートさが伝 わってきて胸キュン(死語)でした。
 私情に走ったことなんて反省しなくていいよ!! 許すよ!! 
 こんなにいい女が死んじゃうことのほうが罪だ――!! (号泣)
 
 その上マリィまで……! 最後、自分は捕まっても愛する彼に生きていて欲しいって感じで
 川に突き落とした瞬間もういやああああああ!! 死なないでえええええ!! 処刑とかもううわああああ!!
  ……はぁ、はぁ……興奮が、ゲージを突き破って滝の涙になって溢れ出す……。
 愛する女を(果たして彼は彼女たちを愛していたのだろうか? 
 愛されたことは確かですが)二人も喪って、
 あとを追おうとする彼を留めようとするマリィ死なな いでえええええ(まだ言ってる) 
 うぅう、でも本当の萌えはこのあとですよ! 
 なにもかもを喪ったこの深い悲しみから這い上がって、
 女たちの望み通りその生涯をまっとうするドミニク! 
 てめぇ最後の最後でおいしいところ全部持っていきやがってこの色男ぉおおおおおお!!
 萌えるじゃねぇかあああああ!!
 はぁ、はぁ……。なんか無駄に叫んでいるだけな気がしますが気のせい?


【キャラクター】
・ドミニク
 最 後の最後でおいしいところ以下後略。
 天然ヒーローというのもいいですなぁ~ww 最初ニコニコしながら出てきた紳士なところ見て、
 失礼ながら「きっと裏では腹黒いんだろうな」と思っていました。
 結果的に裏表のない紳士で、逆にそれが最終的に萌えツボに入ったのはここだけの話です。
 ああ、いいなぁこういう ヒーローも。なにげ剣の腕も立つところが、もう完璧じゃね? という感じです。
 愛してます。

・シエル
 どうして死んじゃったのよおおおおおうわぁああああん大好きだよぉおおおお!!
 男装の麗人というと やはり代表格はオスカルですが、負けず劣らず素敵な女性でしたね。
 普段は男らしいけれど、思い切りの良さは女性ならではのもの。
 男らしさと女性らしさを しっかり兼ね備えたキャラはやはり好感度が高いです。
 ただ個人的な問題でビジュアルが……
 シエルという名前からどうも『黒執事』のイメージがやってき て……
 頭に浮かんだビジュアルもあんな感じに……違っていたら申し訳ないです。

・マリィ
 どうして死んじゃったのよ以下後略。
 実際 のマリー・テレーズがどんな人だったかなんてもうこの際関係ないです。
 マリィが素敵。というか健気~。妹に欲しい! 
 ただ幽閉されたときとか、両親を心配 しているのはいいんですが、
 弟の心配をしていないのが気になりました。え? ルイ・シャルル弟だよね?
 国王が処刑されたから実質、君の弟が王様だよね?  心配じゃないの? という感じで。
 物語に直接絡まないのでいいのですが、両親を思うと同時に弟のことも思って欲しかったな、
 とちょっと思いました。

 あとのキャラは割愛で。
 しかしもう、ここまで愛するキャラクターが出てくる作品って滅多にないです。みんな愛してるぜ!


【総評】
 はぁ、はぁ。テンション上げっぱなしだったなこれ。
 敬語とか投げ捨ててとにかく叫びまくってしまいました。大人げない上に申し訳なかったです。
 萌えのツボが刺激されすぎてちょっとおかしくなってしまいました。
 と いうかこの作品、公募には出さないのですか? 
 枚数と内容からしてコバルトのノベル大賞とか行けそうな気がするのですが……
 数年前に武田信玄の妻となる女の子を主人公にした歴史物が受賞して文庫にもなりましたから、
 この作品も行けるんじゃないかなー、と思います。
 ……史実と食い違いがあるから無理ですかね。なんにせよ良作であることは確かです。
 というか感動作です。女の子は正義です。

 あと章ごとに有名人物の言葉や歌の抜粋などがありましたが、
 わたしはアレ必要ないかな、と思いました。
 戯曲の一部「偽ってください」のところなんかは本編に絡むのでどこかに入れてほしいなと思いましたが、
 章の頭にまとめるやり方は逆に陳腐な気がして、そこだけちょっと引っかかりました。

 ということで感動作をありがとうございました。
 ときめき度、わたしが補充してしまって申し訳ないです(汗)
 今後も頑張ってくださいね。

 それではこれで、失礼いたします。


田中太郎さんの意見
 どうも、お久しぶりです。田中です。
 拝読いたしましたので、感想を。

 端的に申しますと、非常に面白かったです。
 ただ、フランス革命のパリを舞台にしてベル薔薇と被らないようにする、
 というのはちょっと無理だったのかなぁ、と。
 ベル薔薇と被らないようにするなら、王党派をメインにしちゃだめですよね。。。
 ですが、やはり文章もお上手ですし、なんと言っても魅力のある作品ですので、是非とも加筆修正していただきたいです。枚数の制限さえなければ、首飾り事件やパリの地下について、伏線を自然な形で張ることができると思いますので。
 それと、各章冒頭の引用。素晴らしいですね。なんだかもう、自分がやっていたアレとは比較にもならず……。勉強になります。
 最後に、やはり皆さん仰られていますが、史実と少なからずズレがあるようですね。自分もまさかマリーが死ぬとは思っていなかったので。
  自分は現代以外の欧州史にはそれほど詳しくないのですが、記憶が正しければ竜騎兵というのは確か騎兵銃を装備した騎兵、だったと思うのですが、その辺はど うなのでしょうか? 作中ではドミニクやシエルが戦闘中に騎乗している描写もありませんし、馬に乗ってさえいれば発砲許可が下りなくても十分対応できると 思いまして。……的外れなことを言っていたらすみません。死にます。

 それにしても、完成度の高い作品だと思います。次回作にも期待しておりますので、頑張ってください!


REDさんの意見
 作品、拝見させていただきました。
 いやあ、文章、構成、悲劇的な物語の展開、どれをとってもハイレベルです。
 後半の加速していく流れも秀逸ですし、混沌とするパリの雰囲気もよく出ているかと思います。

 中間部が「あらすじ」になっているのが気になりましたが、これは枚数の問題からですね。
 また、マリィ、シエル、主人公の関係が掘り下げ不足ですが、これも枚数の問題でしょうね。
 100枚そこそこで語れる小説ではないな、という印象を受けました。

 たいへん素晴らしい話であるという前提で苦言を書くなら、
 マリィが処刑されるのってどうよ? というところが。
 いや、話としてはきれいにまとまっています。
 でも史実でマリー・テレーズがどうなったか知った上で読んだら、違和感が非常に強いかと思います。

 史実を変えるにも色々ありますが、死ぬべき人物が主人公の活躍で死なずにすむ、
 というのは世にありますしカタルシスも感じます。
 しかし、死なないはずの人物が死ぬって、それも物語の展開によって重大な影響を受けたわけでもなく、
 ただ処刑されるというのは読んだことがありません。
 他人がやらないことをやるのは良いのですが、
 これってどう考えても良い印象を受けないからやらないだけでは。

 とまあ文句を書きましたが、たいへん面白い作品でありました。


じゅんのすけさんの意見
 こんにちは、じゅんのすけです。
 いつもお世話になっております。
 「革命哀歌 -終焉の鐘音は永久に刹那に-」を読んでみたので、感想などを書いてみたいと思います。

 これは、あまりツッコミを入れる場所を見つけることの出来ない作品ではありました。
 とにかく歴史の知識にしっかりと裏付けされた設定、描写、ストーリーになっていますし、
 かといって味も素っ気もない歴史書になっているわけでもなく。
 ドラマとしてしっかりと描かれ、
 雨杜さん自身の解釈なども交えながら面白い作品として仕上がっていたと思います。

 章の頭に入る引用文なんかもいい味を出していますね。
 しっかりと内容にリンクしていますので、ふむふむと、読みながら感心してしまいました。

 キャラクターは、しっかりと3人とも立っていたように思います。
 ただ、まだ少々印象が弱いかな、という感じもありました。
 各々に与える活躍の場など、キャラそれぞれにエピソードをいろいろ付け足してやると、
 また違うのかもしれませんが、しかし、そうしたところで蛇足になる可能性もありますから、
 難しいところですね。

 ストーリーは、とにかく悲劇ですねぇ。
 あまりにも悲しい話なので、読んでいて切なくなってしまいました。
 しかし、最後に「神様、わたくしの両親を~」という文章が挿入され、
 それによってすべてがうまく着地した印象でもあります。
 これのおかげで、ただ悲しいだけの話ではなくなっているみたいですね。

 ちなみに、ナポレオンの戴冠式の絵というのがちょっと気になったので画像を漁ってみましたが、
 ドミニクがどこにいるのか見つけられませんでしたorz

 全体的に見て、完成度の高い良作だったと思います。


いわしさんの意見
 お世話になっております。
 面白かったです。特にエピローグ部分は最高で、余韻が残る作品となりました。

○ 気になった点
・血文字
 試したことはありませんが、川に落ちたら滲んで読めなくなるのではないかと思いました。
・ダブルヒロイン
 主人公の気持ちが女性に向いていないからか、二人ともヒロインとして少し弱い気がしました。
 個人的には、もっとシエルに焦点を当ててほしかったです。
・ルビ
 括弧でなくルビ表示なら気にならないのかもしれませんが、口語のルビは「ありがとうサンキュー」みたいで少し読みにくかったです。こだわりがあるのは分かりますので、あくまで参考までに。

>あの豚とも、ちゃんと、寝てやったわ。
・シエルがいくら強いとはいえ、大好きな人に向かって、そんなことを最後に言えるのかなと思いました。
 というか……もう少し弱い方が好きです(何)

>絶望してるときこそ、絶望しない、って言ってたのに
・伏線があった方がいいと思いました。

○ 細かいところ(あえてされているところはスルーしてください)
・艶や→艶
・上背で→上背があり?
・敷居を跨いだ→洋モノなので少し違和感が。
・著者飛び込み→著者が?
・墓地に屠りたいが、→葬りたい?
・骨の砕ける不吉な音→将来に禍根を残す骨折というわけではないので、「不吉な」に違和感がありました。
・標準が定まらずに→照準?

 今回は一読だけですので、たくさん読み落としもあろうかと思います。
 誤読ばかりだと思っても、投石しないでくださいませ。
 
 いろいろ指摘しましたが、エロあり、バイオレンスありの素敵な物語でした。
 歴史を感じさせるところもよかったです。
 ではでは、良い作品をありがとうございました。


オペラ座さんの意見
 拝読しました。
 まず最初に、素直な気持でこの一言を――
 素晴らしかったです。

 表現や場面以降、描写など申し分ない力を感じました。
 惜しむらくは、やはりフランス革命を舞台としている為、ベル薔薇のイメージはどうしても拭えません。
 やはりそれは、ベル薔薇にも本作に共通する事なのですが、悲劇作品であるとう点が挙げられます。
 2人のヒロインの死は、悲しいかなこの作品を彩る花でしょう。
 ですが同時に、イメージを混同させてしまいました。
 事件や役割は違っても、最終的な位置づけが各登場人物に共通点を見出してしまうのです。
 いっその事、歴史作品ではなく、完全な別世界でこのような話を創られたらと思います。

 もう一点、これは恐らくライトノベルよりは確実にノベルズ受けする作品です。
 ヒロインの辿る末路を考えれば尚更の事、これはノベルズ作品だと断言できます。
 人の力ではどうしようもない歴史の波、それは現実味のある緊張感と臨場感を与えてくれる変わりに、
 夢と希望を摘んでしまう結果になります。
 ですので、フランス革命を舞台にはせず、まったく違う世界で、貴殿が歴史を作り、
 その中で物語を創ってほしいと切に感じました。
 少なからず歴史を辿っている関係で、
 悲劇の結末は揺るがないのだろうと予想ができてしまいましたので。

 以下は細かい指摘です。細かすぎる場合もありますので、スルーしてくれてもかまいません。

>>豪奢で荘厳な装飾が
 指摘するには細かすぎるかもしれませんが、一応。
・豪奢=非常に贅沢で派手な事
・荘厳=厳かな、重々しく立派な。
 荘厳とは、仏像などに特殊な飾り付けをするような意があります。
 もちろん重々しく立派なという意味もあるのですが、どこか質実な印象です。
 逆に豪奢とは贅沢かつ派手な、絢爛な印象が言葉から伝わってきます。
 どこか二つの言葉は相反している印象がないでしょうか?

>>恥ずことではない。
 恥ずべきことではない。 かな?
 その後にも「恥ず生き方」とありますが、「恥ず」というの言葉はちょっと馴染みを感じなかった。
>>ドミニクは自分の信念に恥ず生き方はしたくないと思っていた。
・信念に背く生き方 で、いいのではないかな?

>>目当ての本以外にも魅力的な題名と著者飛び込み、思わず誘惑に負けそうになる。
・題名と著者の名前が飛び込み か 題名と著者が飛び込み ですね。

>>モリエールを閉じながら
・モリエールの作品を閉じながら

 所々にあるフランス語は省いてもいいような気がします。
 たとえば些細な挨拶部分などですね。大馬鹿者などはそれとしてもいいと思いますが、
 「ウィ」や「メルシィ」などは別にフランス語のルビは不要だと感じました。


 ともあれ、素晴らしい作品だった事には変わりありません。
 文章も作風に見事にマッチしていました。
 革命のシーンをしっかり書いて、どこかのノベルズ大賞に投稿されてもいいんじゃないでしょうか。
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