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龍咲烈哉さん 著作 | トップへ戻る | |
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――神様なんて、いない。
「いるわけないだろ、バカバカしい」 思わず蹴飛ばした小さな石コロが、側溝に落ちて間抜けな水音を立てた。 彼女に振られた月明かりの綺麗な夜、飲み慣れないアルコールが、僕から冷静な判断力を奪っていく。気付けば、大声で訳の分からないことを喚き散らす立派な酔っ払いが完成していた。 時折吹く熱い風は、真夏であることを否が応にも思い出させ、それがまた癇に障った。 「だー! 痛えなあ、くそっ。何もグーで殴らなくてもいいじゃないか、なあ」 おとなしい彼女にとっては、精一杯の仕返しだったのだろう。さすった左頬がイタかった。 付き合っていた子はショートカットの似合う可愛い子で、大学の同期だった。僕が小さな出版社に就職してからというもの、お互い忙しく、あまり会えなかったのは確かだったが、彼女(いや、もう元彼女なのだ)のご不満はそれだけではなかったらしい。 「何が『創太くんはあたしのことをちゃんと見てくれてない』だよ。俺は」 違う。 実際は彼女のほうが、僕の気持ちを良く分かっていたのだ。とりあえず言えるのは、僕が最低だったということくらいなのだろう。 ふと空を見上げる。白い月がクズを嘲っていた。 『私はキミが大嫌いだったよ。さよなら――』 暑さと頭痛に目を開けると、窓の外はまだ真っ暗だった。枕元の時計が示す午前一時十三分。二十三年の人生で間違いなく最低の八月十六日――最悪の誕生日だ。まさか、プレゼントが鉄拳と失恋だとは思わなかった。 咳をしても一人、とは山頭火だったか。 痛む左頬を押さえて立ち上がり、水を飲みによろよろと台所へと向かうと、その隣の玄関に葉書が二枚落ちていた。帰ってきた時には酔っていて気付かなかったらしい。 拾い上げて見ると、一枚は高校の同窓会の案内状だった。高校を卒業して五年、もうそんなに経つのだなと時の流れを実感する。飯田や関谷達は元気にしているだろうか。二ヵ月後に級友に会えることをひそかに楽しみに思いながら、僕は二枚目を裏返した。 比喩でも何でもなく、一瞬にして酷暑が極寒へと変わる。 『かそた、そう、あかしそた、しそ、し、あしそた、あかしそう、あかそ』 ……何だよ、これ。 表の宛名は間違いなく「明石創太様」となっている。綴られた文言は細切れにした僕の名前だろう。差出人の欄は空白だったが、僕の脳裏には数秒間『ストーカー』の五文字が踊った。 この差出人は何をしたいのだろう。 喩えようのない薄気味悪さに、僕は葉書をゴミ箱へ投げ入れかけ――その筆跡に見覚えがあることに気付いた。細い線で書かれた、几帳面で綺麗な字体。 「終野」 不意に口を突いて出てきたのは、今はイギリスにいるはずの、とある少女の名前だった。あの苦虫を噛み潰したような顔を、小憎たらしい微笑みを、僕は生涯忘れることはないだろう。 終野からの手紙。 僕の思考は、一瞬にして真夏の一夜から高校時代へとジャンプしていた。 ※ 「問三、安楽椅子探偵の古典として高名な『隅の老人』の著作者は誰か答えなさい」 ……そもそも隅の老人って誰だよ、と俺はディスプレイに向かって呟いていた。 照明の暗い小さなゲームセンターは、俺と同じ学校帰りの高校生や中学生でごった返している。俺が挑んでいるのは、最近流行のクイズゲームだ。古今東西の 難問を集め、全国の雑学自慢達とオンラインで正答率を競ったり早押しクイズで対戦が出来るというものである。知識が増えるのだからテスト勉強の足しになる だろう――二週間前、そう言い訳をしながらプレイした結果、ここの店員とマブダチになってしまった。 しかし相変わらずの難問である。俺の頭が悪いだけだ? はっはっは、照れるぜ。 切ない自問自答を終え、無常にも減っていく制限時間を眺めながら必死に答えを考えていると、背後から「バロネス・オルツィ」と呟くような声がした。 「え?」 「初出は一九〇一年、『フェンチャーチ街の謎』……」 振り返ると、腕を組んだ制服姿の女子高生が、俺の肩越しにゲームの画面に見入っていた。直後に時間切れを知らせるブザーが鳴り、ゲームオーバーの文字が浮かび上がる。 「ああ、すまない。昔から推理小説が大好きなものでね、つい答えてしまった」 オワリノセリハだ――暗がりに浮かぶ皮肉を交えた笑みで、俺は即座にそう認識した。つまり、先ほどの呟きは正解だったのだ。終野芹葉はそういう女である。 「ん? 誰かと思ったら、明石創太じゃないか」 俺の顔をようやく認識したらしく、終野は意外そうにそう言った。顔も見ないで声を掛けたのかよとはとても突っ込めず、結局俺はようと片手を挙げる。 「終野も、ゲーセンなんかに来るんだな。ハマってるゲームでもあるのか?」 「……別に。たまにはこういうところに入ってみるのも経験のうちだと思っただけだよ。あまり騒々しい所は好きではないのだけどね。人混みも嫌いだし」 終野は、そのなめらかな前髪を鬱陶しそうに掻き上げた。 「明石創太、キミこそ家で勉強しなくていいのか? 再来週から中間考査が始まるというのに。キミは万年最下位とは言わないまでも万年下位だ、そんな評価をクラスの人間から聞いたぞ」 「だから良いんだよ。下位が付け焼刃の勉強したって、飛躍的に成績が上がるわけじゃない」 「ふむ。それも一理あるか」 あっさり納得するな。 「時に明石創太」 「いちいちフルネームで呼ばなくていいよ。明石でいい」 「分かった。明石、キミはここから自転車で帰るのだな?」 そうだよと俺が頷くと、終野はふむ、と首を傾げた。 「ならば、足元に気をつけることだ。バナナの皮が落ちているかもしれないからね」 俺は内心、さっそくきたかとため息をついた。噂どおり変な事を言う女だ。そんな古典的すぎるお約束、狙っても難しいだろうにと思う。 反応に困った俺の表情を見て、終野も何かを察したらしい。 「その様子だと、キミも噂くらいは聞いているんだろう? そう、これも占いだよ」 終野はそう言って笑った。顔立ちが整っているためか、やけに小憎たらしい笑顔だった。 立ち去る彼女の後姿を見送りながら、俺は思っていた。こんなに終野と話したのは、同じクラスになって以来初めてだな、と。 結局、あの占いは外れだった。帰り道にバナナの皮なんぞ落ちているはずがないだろう。もうちょっと精度を磨いとけ、エセ占い師。 ――俺が自転車で轢いたのは犬のウンコだ。 休み時間、俺は二年六組の教室で机に突っ伏していた。英語教師の下手な発音が耳の奥にこびりついて頭痛と腹痛と歯痛で痛一色、ハネ満だ。こんなことを考えるあたり重症である。 俺の斜め前の席では、件の少女が文庫本に集中していた。タイトルには『時計館の殺人』とあったが、昨日大好きだと言っていたミステリだろう。教科書の活字で生理的限界を迎えた俺とはえらい違いだ。 終野はいわゆる有名人だったから、別クラスだった一年の頃から名前は知っていた。 まず凡人とは頭の出来が違う。四百人近くいるこの学年で、彼女が学年トップの座を明け渡したことはない。うわさでは、自分のミスを認めない数学教師に真っ向から反論し、完膚なきまでに論破したこともあるらしい。冗談も誇張も抜きで頭が良いのだ。 さらに、その外見が人の目を惹く。日本人形のような漆黒の長髪に、切れ長の涼しげな目元。見る人の好みはあろうが、芸能人と比較しても何ら遜色がない、恵まれた容姿である。 運動が出来るかどうかは定かではないが、これだけ才色兼備であれば、言い寄る男子の数だって多いのが常だろう。少なくともエロゲーのメインヒロインはみ んなそうだ。しかし、実際にどこぞの男子が終野に交際を申し込んだという話は聞いたことがなかった。高嶺の花すぎて近寄れないという推測も成り立つが、終 野が有名な理由がプラスの側面だけではない、ということも大きいのかも知れない。 「島津、今日は帰りにラーメン屋に寄れ。ほんのちょっと良いことがあるかもしれないぞ」 聞こえてきた終野の声に顔を上げると、彼女はクラスメイトの島津を嬉々として捕獲したところだった。島津は案の定怪訝な、いやこの際だはっきり言おう、うんざりした表情だった。 「ああ……ありがとう、終野さん。そうね、そうする」 そうしないな、この女。俺は呆れたが、その社交辞令を聞いて終野は満足げに頷いた。 「うむ。是非ともそうしてくれ。ああそれと吉岡、キミの勉強法についてだが、このままだと次のテストは失敗するぞ――」 頭痛に耐えている俺の目の前で、終野は次々とクラスメイトを捕まえては、やれあんたはこうした方が良いだの、何それが起こるから気を付けろだのと話して回った。 マイナス面というのはこういうこと。 つまり、行動がほんのちょっとだけエキセントリックでお節介なのだ。 この「ちょっとだけ」というのがまた厄介な話で、完全にネジが外れていたならそれはそれで対処のしようもあるのだが、まったく常識を知らないのかと言わ れればそうでもなく、じゃあマトモな子なんだなと断じられればいやちょっと待てそういう訳でもないんだと言いたくなるといった状況である。 終野は趣味で占いをしているという。想像力の貧困な俺には、怪しげな黒い服装をして怪しげな呪文を唱えながらひたすらに怪しげな水晶玉を覗き込んでいる様子しか浮かばないのだが、一時、これがまたよく当たると評判になった。 ただ当たりはするのだが、その伝え方がマズかった。 「飯田、明日急な来客があるかもしれない。部屋はきれいにしておいた方がいいと思うぞ」 何しろ、本人の了承を得ないで気まぐれに占う。さらに結果を、周囲を気にせずに話してしまう。クラスメイトが渋面を作るのも無理からぬ話だった。 四月に俺と終野は一緒のクラスになった訳だが、そんなわけで正直、距離を測りかねている。天才美少女、兼、怪しげな占い師、兼、お節介なデンパちゃん。それが周囲に知れ渡る頃には、終野は俺たちにとって『アンタッチャブル』な女の子になっていた。 「そうそう、及川――」 クラス中のため息が聞こえた気がした。頭痛が痛いってこういう時に使えばいいのだろうか。 ちなみにアンタッチャブルの意味を知らなかった頭の可哀想な友人Aは、先週末果敢にも終野に特攻し案の定爆砕した。さよなら友人A。お前の事は一週間くらいは忘れない。 悪い人じゃないんだけどね――それがいつのまにか、終野の枕言葉になっていった。 「関谷、今付き合っている男はやめておけ。あいつはろくでもない男だぞ」 終野の唐突な言葉に、当然のことながら関谷はぽかんとしていた。鳩にビーンズライフルだ。 あの女は勉強はできるくせに、とことん距離感を掴めないらしい――やれやれ。 終野と並ぶ美人だと評判の関谷が、無神経な天才をじろりと睨んだ。 「はぁ? 何、あたしが誰と付き合おうが、終野には関係ないでしょ?」 まったくだと同意しておく。ちなみに関谷は、隣のクラスの男子と交際していた。 「関係なくはないよ。関谷、私のクラスメイトである君が、あの男によってダメになるのは目に見えている。とてもじゃないが、私には見過ごせないのでね」 「あんたね、でたらめ言うのも大概に――」 「待ってくれ関谷、そこでちょっとストップな。終野、今のはお前が悪い」 見かねた俺は、視線を交え合う二人の間に割って入った。美人二人の凄みを利かせた睨み合いはドMの俺にとっては大好物だが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。 「やあ、明石創太じゃないか。私が悪いとは、どういうことだ?」 終野は俺の言葉に不思議そうに首を捻っている。明石で良いって、と再度俺は言った。 「何、創太君ってば、終野と仲良かったの?」関谷が意外そうに俺を見た。 「ちょうどいいわ。創太君の方からも、こいつにちゃんと言っといて。大きなお世話です、ってさ」 当然のごとくに関谷は気分を害し、友人を引き連れてどこかへと行ってしまった。 俺はその背中を見送りながら、自称占い師に向かって「ちょっとやりすぎだぞ、終野」と苦言を吐く。 「お前があいつの未来を占うのは勝手だ。しかし、それを本人に伝えるのは了解を得てからだろう。ところかまわず告げて回るのは良くない。占われた方もいい気持ちじゃないだろうし、何よりああいう言い方は良くないな」 「ああいう……言い方」 終野はきょとんとしていたが、その中にわずかながらも困惑の色が見て取れた。天才美少女ゆえに、面と向かって『大きなお世話だ』と言われたのはおそらく初めてなのだろう。 「何々はするなだの何々しろだの、命令に近い言い方だろ? あくまで占いは占い、信じるかどうかは本人次第だ。押し付けは良くない」 「それはそうだが、私の占いは」 終野は何かを言いかけて、続く言葉を飲み込んだ。 「しかし、私は占いの結果を伝えているだけだ。関谷が間違った方向に進んではいけない、不幸になってはいけない。そう思っているから、」 「じゃあ、口調をもっと和らげとけ。そうしないと、伝わるものも伝わらんよ」 「……承知した。保証はしかねるが、鋭意努力してみる」 終野は神妙に頷いてくれた。しかしお前、その言い方は本当に高校生か。 「それはそうと、明石は占いの結果については言及しないんだな。信じてくれているのか」 「残念ながら信じてねーよ。否定するつもりもないけどさ。血液型占いとか星座占いとか、科学のかの字もないあからさまな出鱈目に信じるも信じないもないと 思うぜ。女どもがキャーキャー言ってんのだって、ありゃ一種のポーズだろ。結果に一喜一憂して、みんなで騒ぐのが楽しいのさ。お前には悪いが、少なくと も、俺は占いなんぞを本気で信じるつもりはない」 「……ふむ。私の周囲にも一人くらい、そんなスタンスの人間がいてもいいかもしれないな」 「俺が轢いたのだって、結局バナナの皮じゃなくてアレだったしな。お前の言うことは信じるかもしれないが、お前の占いは信じられん」 真顔で俺がそう言うと、終野は小憎たらしい笑みを浮かべた。 「私だって、戸籍上は一応乙女だからね」 関谷の一件以来、俺と終野はよく話すようになった。 元々社交的な性格でありながら、終野に友達と呼べる人間が少なかった理由は推して知るべしだったが、それだけに俺の存在は彼女にとって新鮮だったらし い。時間を見つけては俺のところに来て色々と下らない雑談をしていくのが日常になっていた。俺自身も暇が潰せて良かったし、それ以上に、博識な終野の話は 単純に面白かったのだ。 テスト前に学年トップのノートを借りれる立場にいたのは、万年下位の俺にとっては僥倖だった。性格に似合わない几帳面で綺麗な筆跡はとても読みやすく、 整理されたポイントがすいすいと頭に入ってくるのは快感だった。あのノートがあったからこそ、俺の赤点は二個で済んだのだと言えよう。 ついでに言うと、俺がどう関与したのかは全くもって不明だが、俺と話すようになってから、終野が空気を読まずに暴走することはかなり少なくなっていた。あの一言が効いたのだと思うのは、俺の勘違いだろうか。 「……あいつも大概、ヒマ人だよなあ」 連日の大雨にうんざりしながら俺が図書室に行くと、そこでは終野が熱心に文庫本を読みふけっていた。受験を来年に控え、同級生の多くが塾通いで今の成績をキープしている中、ずいぶんと余裕のある話である。俺? 聞くな。 「やあ、明石。キミも本を読みに来たのか」 俺に気付き、終野が顔を上げる。 「残念ながら、明日の予習だ。将来を考えたら、お前と違ってちょっと勉強しなきゃならんからな。終野は何を読んでいるんだ?」 彼女は本を閉じて、表紙を俺に見せる。その慣れた仕草はいかにも文学少女だった。 「『二銭銅貨』?」 「江戸川乱歩だよ。明石でも、さすがに名前くらいは聞いたことがあるだろう」 「いや、初耳。古い小説みたいだな、変わったタイトルだ」 「これは私の私物だから、良かったら貸してあげよう。明石は少しは本を読んで教養を身に付けたほうがいい。ゲームなどで得られる表面ばかりの知識ではなく、ね」 「へえへえ、善処しますよってに。でも、活字を見ると頭痛がするんだよなあ」 「そうかい? 私には好きそうに見えるがね」 俺がうんざりしながら本を受け取り、パラパラとめくってみた。うわ、熱出そう。 すると何を思ったか、終野が俺の眼をじっと覗き込んできた。鳶色の大きな瞳は、何だ何だとどぎまぎする俺の心臓を捉えて離さなかった。 俺の中で五分は軽く過ぎ去ったと思えた時、真剣だったらしい彼女の頬が緩んだ。 「ふふ。キミはもしかしたら、将来は自分でも意外な職業についているかもしれないな」 「……ん? もしかして、俺は今将来を占われたのか?」 いいや、そんな気がしただけだよと終野は笑った。 「ふうん、何かはぐらかされたような気がするけど、まあいいや。……ところで、終野はどうやって未来を占うんだ? よく当たるらしいけど、水晶やタロットカードなのか? それともまさか、ヴィジャ盤を使ったりしてないだろうな」 「キミは成績は悪いくせに、何だってそんなマニアックな名前を知っているんだ」 クイズゲームの設問は大抵マニアックなんでな、と俺は答えてやった。 「言っておくけど、こっくりさんでもないよ」 終野は鬱陶しそうに前髪を掻きあげて呟いた。 「そんなもの、企業秘密に決まっているじゃないか」 一学期も終わりに差し掛かったある日の昼休み。 俺が購買でメロンパンと北欧パンとナイススティック(小豆マーガリン)とアンバサを買ってホクホク顔で戻ってくると、いの一番に聞こえてきたのが終野の一言だった。 「関谷。この間の件なのだが、考え直す気はないか?」 気分一転、おいおいまたかよと俺は辟易した。分かってくれたんじゃなかったのかよ。 「あんた、いい加減しつこいって。ウザイ」 教室の片隅で、終野と関谷が再び対峙していた。多少は伝え方を譲歩しているようだが、終野の言い方は提案と言うよりも促しだ。再三の『大きなお世話』に、関谷の表情はみるみる憤りを含んだものに変わっていく。 マズいな、どっちも本気だ。俺はメロンパン以下略を机に置いて、事の成り行きを見守った。 「君の目に余っているのは百も承知だが、やはり君が隣のクラスの彼と行動を共にしていても、結果は好ましくないようなのでね。やはり、一言言っておこうと思ったのだ」 「終野、ちょっとくらい頭が良いからって調子に乗らないでよね。占いだか何だか知らないけどさ、あんた、それ本気で信じてんの? 馬ッ鹿馬鹿しい」 当然だろうが、関谷は怒っていた。一方の終野も決意はゆるぎないようだ。 「本気で信じているさ。君には分からないだろうがな」 「分かりたくもないわ、そんなインチキ。どうせ今まで当ててたのだって、適当に言ってただけなんでしょ」 「私の占いは、インチキなんかじゃない」 ……クソ、めんどくせぇなぁ。 「この際だ、はっきり占いの結果を言わせてもらおう。君の彼氏は今年の十二月二十七日、警察に逮捕されるよ。十八歳未満でありながら、無免許で酒気帯び運転をしてしまってね」 関谷の顔色が変わったのが、はっきりと見えた。 「それも、その時助手席に乗っていた君も道連れにしてさ。最低の男だ」 「終野、いい加減にしろっ!」 溜まりかねて俺がそう叫んだ瞬間、関谷の平手が終野の頬を打っていた。 ここだけの話、凄くいい音するのな、人のほっぺたって。 「――!」 そこからは絵に描いたような大乱闘だった。意外と運動ができるらしかった終野の反撃に、しかし関谷も全力で応戦する。止めに入ったクラスメイト達が次々 巻き込まれていく大迫力の女子無双の中、情けないことに、俺はただ成り行きを見つめるしかできなかった。この明石、自慢じゃないが喧嘩の弱さでは有名なの だ。 初めて目撃したキャットファイトは、その後担任が乱入するまで続いた。 「お前さ、実はアホだろ」 公園のベンチに一人座っていた終野にペットボトルの緑茶を投げ渡し、俺はその隣に座った。 「馬鹿のキミに言われたくはないな」 ふてくされたように言う終野を尻目に、缶コーヒーを一気に飲み干す。 「占いでそう出たから今すぐ別れろ、ってカップルに忠告するアホがどこにいるんだ」 騒ぎの後、終野は生徒指導室に呼ばれてこっぴどく絞られた。幸いにも停学などの処分はなかったが、優等生の内申が大きく下がったのは間違いない。 「キミの言うことは至極もっともだがね。周囲の人間がむざむざ不幸になっていく未来を、この私が放っておけると思うのか?」 鼻の頭と額に絆創膏を貼られ、左頬を真っ赤な紅葉と夕焼けに染めた美少女は、緑茶を少し口にしてから普段通りの終野節を炸裂させた。 「だからっつって、乱闘になるまで関谷を挑発することもないだろがボケ。前にも言わなかったか? ありゃ完全に終野の言い方が悪い。穏便に事を済ませられんのか、お前は」 「すべて世はこともなし、が最上というわけでもなかろう」 「俺は安穏無事に生きたいんだよ。俺を巻き込むなら、せめてプチ冷戦レベルにしてくれ。例え、お前が占った未来が本当だとしてもだ」 ふふん、と隣の鼻が鳴る。終野は少しだけ嬉しそうだった。こいつにしては珍しいリアクションだ。 「キミは、やはり私の占いを信じてくれるのだな」 占い、ね。 「他のみんなは口を揃えてわかったと言ってくれるのだが、本心ではとてもそうは思っていないようだ。しかし明石、どうやらキミは違うらしいね」 「お前の言う事だから信じただけだ。占いは信じねーって、この間言っただろ」 「ほう。その言い方、もしやキミは私に惚れているのか」 「馬鹿言え。お前が終野芹葉だからだよ」 俺の適当な返事に、しかし終野は満足したようだ。 彼女は残りの緑茶を飲み終えると、五メートルほど離れたゴミ入れに向かって腕を振った。空気抵抗を受けたペットボトルは目標を大きく外れ、乾いた音を立てて地面とキスをした。 「明石は、神様はいると思うかい?」 何だ、唐突にまじめな顔になりやがって。つか拾って捨て直せよ小市民。 「いるわけないだろ、馬鹿馬鹿しい。俺は科学のかの字もない森羅万象は嫌いなんだ」 「私はいると思う。気まぐれで腹の立つ神様がね」 「腹の立つ神様? 何だそれ」 終野はそれには答えずに立ち上がり、スカートの汚れを両手で払い落とした。 「明石、時間を少し貰えるかな?」 終野に連れて行かれたのは、あの小さなゲームセンターだった。終野と話すようになってからはクイズゲームも疎遠になりがちだったので、ここに来るのも久々な気がする。 「あれを取ってくれないか。クレーンゲームはどうも苦手でね」 終野が指差したのは、UFOキャッチャーの中の小さなクマのぬいぐるみだった。ちょこんと座ったポーズで、『いいことがありますように』と書かれた小さなプレートを抱いている。 「なんだ、そんなことか。取るのは別にいいけどよ、ぬいぐるみっちゅうアイテムはいかんせん可愛過ぎて、終野のイメージにまったく合わないな」 悪いか、そう言って終野は苦虫を噛み潰したような表情になる。 「失礼な男だな。私だって戸籍上は十七歳の乙女だ、ああいうものが欲しくなる時もある」 俺は吹き出しそうになるのをこらえ、制服のポケットから財布を取り出した。 「ああ、すまない。今お金を」 「別に良いさ、これくらい三百円あれば十分に取れる」 数分後。 財布から千七百円を失って見事に凹む俺をよそに、終野は手に入れたぬいぐるみをいとおしそうに抱きしめていた。 ※ どこかでカエルが鳴いている。 水を飲む気はすっかり消え失せていた。冷え切った脳味噌が終野の存在をはっきりと意識してからというもの、僕は内心複雑だった。何も、振られた日に思い出させなくても良いのにと、こんなタイミングで手紙を送ってきた終野本人を恨む。 今僕の手の中にある手紙の綺麗な筆跡は、終野芹葉のものに間違いなかった。改めて表の消印を見ると、都内の郵便局で二〇〇九年八月十三日に受け付けたものとなっている。 しかし、あの終野が今頃僕に何の用だろうと思った。僕らは今も喧嘩続行中なのではなかったかという、余計なことまで思い出す。 僕が終野と最後に話してから五年が経つが、あれからは何の音沙汰もなかったのだ。僕が携帯電話を持っていなかったということもあり、互いの連絡先も知らぬまま僕らは道を違えた。 そんな状況下で、学年一の頭脳を誇ったあいつが、無意味なことをしてくるはずがない。ついでにこの手紙に意味があるとすれば、この訳の分からない名前の羅列がきっと暗号か何かになっているのだろう。 「くっそ、あの野郎……野郎じゃないけどあの野郎……」 ならば、どんな暗号だろうと頭を働かせる。頭の良い終野のことだ、僕でも分かるような――いや、僕が分かるような暗号にしているはずだった。 『かそた、そう、あかしそた、しそ、し、あしそた、あかしそう、あかそ』 じっと眺めているうち、この名前の途切れ方に見覚えがある気がした。僕はずっと以前に、こんな分かち書きによく似た文章を読んでいる。多分。自信はないけど。 あれはそう、平仮名じゃなくて漢字だったかな? 何だか念仏のような……。 南無阿弥陀仏。 「そうだ――『二銭銅貨』!」 思い出した。これはまさに、江戸川乱歩の処女作に登場する変換式の暗号ではないか。 僕は慌ててメモ帳とペンを用意し、文字の羅列をある法則に従って書き直した。 そ そ そあ そ そあ そあ そあ か う か うか か た たし し し たし し 駅の切符売り場やエレベーターなどでよく見かける形になったことを確認すると、僕はパソコンを立ち上げ、インターネットに接続した。ブラウザが立ち上がるのももどかしく、マウスのボタンをクリックし続けてしまう。 検索の結果、目的の文字を示す一覧表はすぐに見つかった。若干の興奮とともに、それを先ほどの文字に当てはめてみる。 一つ目は『タ』、二つ目は『イ』――。 ビンゴだった。 全てを変換し終える前に、僕はその意味するところに思い当たっていた。 ――ところでこれ、いつ開けるんだ? ――そのうちさ。 気付けば僕は、真夜中だということも忘れて外に飛び出していた。 ※ 「――タイムカプセル?」 あまりに唐突な話だった。 「そうだ。私たちの思い出の品を、記念に埋めようじゃないか」 俺はまた妙なことを思いつくもんだと目の前の少女に呆れ、また一方で感心していた。終野はそんな俺に例のスマイルを見せ、ナイスな大きさの胸を張る。 「それはいいけど、何の記念なんだよ。まだ卒業までには時間があるぞ。三年に上がる時もクラス変えはないしさ」 「ん? 何となくだが」 「何となくってお前……そろそろお別れってわけでもあるまいし」 「そうとも限らないね。実際、三年生を迎える前にお別れかもしれないじゃないか」 「占ったらそう出たのか?」 俺が聞くと、終野は黙って首を横に振った。笑っているのか怒っているのか、判別しにくい表情だった。 「お別れかもしれないし、そうじゃないかもしれない。よく分からないことにしたい、と私は思っている」 「お前にしちゃ珍しい言い回しだな……まあいいか、面白そうだし。けどよ、肝心のタイムカプセルはどうやって用意するんだ?」 小憎らしげな笑みを浮かべて、終野はどこから取り出したのか、俺に小さな箱をひょいと投げて寄越した。ツヤのある金属製の、頑丈そうな箱である。一見すると金庫に見えなくもない。 「なにこれ」 「タイムカプセルだよ。一個二千九百八十円で、コンビニに売っていた」 「しれっと嘘をつくな嘘を。どうやって手に入れたんだ、こんなもん」 「それは企業秘密だ。というわけで明石、これに入れるものを早急に考えてくること。もちろんナマモノやイキモノは不可だ」 「……へいへい」 終野の意図もはっきりとは分からないまま俺は家に帰り、散々悩んだ挙句、思い切りジョークとして笑い飛ばせるようなものを入れようと企ててやった。さすがの天才でも想像できないような、そして多分占いでも分からないような、馬鹿馬鹿しいやつを。 どうせなら、思い切りトバしたれ。 一週間後、高校の裏手の一角、薄暗い林の中に、俺と終野は二つのタイムカプセルを埋めた。中身はお互いに知らない。気にはなったが聞けなかった。終野の小さな背中が、それを拒んでいるような気がしたからだ。何となくだけどな。 「ところでこれ、いつ開けるんだ? 来年あたりか?」 二つの小さな箱がすっかり土に埋もれて見えなくなった頃、スコップを担いで聞いてみた。 「馬鹿かキミは。せっかくのカプセルをたった一年で掘り出すやつがどこにいる」 軍手をはめた手で土を盛り上げ、目印にする苗木を植えながら、終野がそう答えた。 「そのうちさ」 「そのうちって、何年後だよ」 俺の馬鹿な質問に、終野は小憎らしく笑う。顔が土まみれだぞ、おい。 「さあてね。キミの脳味噌は物忘れが激しいからな、どうせカプセルを埋めたことさえすぐに忘れてしまうだろう。何年後にしたって同じことさ」 そのうち開封の案内状でも送ってあげるよ――終野はそう言った。 ※ 結果的に終野の言った通り、僕の可哀想な脳味噌はそんな過去をすっかり忘れていたのだ。 しかし悔しいから一つ言っておくぞ終野。五年を『そのうち』に含めるのは、日本中で恐らくお前一人だ。僕はペダルを踏みしめながらそんな負け惜しみを口にしていた。 バナナの皮を踏んだこともある愛用のボロ自転車で走ること四十分、僕は母校でもある地元の高校に着いた。深夜徘徊の不審者に間違われないよう人の気配に注意しながら、裏手の山へと不法侵入を試みる。今見つかったら出版社はクビかな、などとは考えないようにした。 おぼろげな記憶を頼りに林の中を進んでいくと、ほんの少し開けた場所に出た。近くの街灯の薄明かりがようやく届き、周囲の様子がぼんやりと見える。間違 いなくここだと確信できる場所。そこに伸びるあの時の苗木は、僕の背を遥かに越える高さまで成長していた。夏真っ盛りらしく、青々とした葉が茂っていた。 その根元を、僕は手当たり次第に掘り返していった。 スコップなんて持っているはずが無かったから、素手でモグラのように土をえぐっていく。固い土が指と爪の間に挟まり、時折指先が悲鳴を上げた。深さが十センチくらいになったところで、僕の両手は限界を迎えてしまう。 「くそっ」 周囲を見渡し、何か掘るものはないかと探す僕の目に、先ほどの成長した苗木が映った。僕はその固い枝を一本折り、地面に突き刺すようにして穴を掘っていった。 深夜の高校で、一心不乱に地面を掘る男。まんま不審者じゃないか、と僕は自嘲気味に笑った。一緒に作業をするはずだった肝心の終野は、今は遥か海の向こうにいるし。 必死になって何やってんだ、僕は。 そんな疑問には当然誰も答えてくれないまま、三十センチほど掘り進んだところで、枝の先が何かに当たった感触があった。比喩でも何でもなく心臓が止まりそうになり、作業の手に拍車がかかった。 やがて五年ぶりに掘り出した二つのタイムカプセルは、街灯の薄明かりの中、錆びることもなく埋めた当時のまま輝いていた。生唾を飲み込み、カプセルの片方を手に持ってフタを慎重に開けていく。フタの内側に、防水用のパッキンが見えた。 開けながら、ふと思う。これはどっちが埋めたカプセルだ? そしてあの時、終野は何と言っていた? ――カプセルの中には、あの小さなクマのぬいぐるみが入っていた。 ※ 担任の口から終野芹葉の転校が告げられたのは、二年生も終わろうとする冬の朝だった。 その時の俺の気持ちを明確に言語化して表現できる人間がいたら、そいつにはぜひノーベル文学賞を贈ってやって欲しい。俺自身も担任が何を言っているのか、何が起こるのか、自分がその現実をどう思ったのかさえよく分からなかった。 あの関谷だって驚いた顔をしていたくらいだ。 その頃、関谷は例の彼氏とはすでに別れていた。終野の占いを聞いて気になったのだろうが、あの後彼氏を問い詰めたところ、無免許でありながら時々親の車 を運転していたこと、未成年のくせにナイトキャップ――寝酒を愛飲していたらしいことを白状したらしい。去年の年末に元彼氏が逮捕されることはなかった が、終野の占った未来だって十分に有り得たわけだ。関谷は終野に謝りこそしなかったが、それ以降終野の占いを否定することはなくなった。 担任はひたすら、学年トップの才媛がクラスから居なくなることを嘆いていた。ほとんどのクラスメイトも同様だった。こいつらにとって終野は奇妙奇天烈でおせっかいな天才少女、ただそれだけだったのだ。 「イギリスに行くのでね」 ベンチに腰掛け、あの日と同じ緑茶を飲みながら、終野はそう言った。俺はその隣でコーヒーの空き缶を弄びながら、終野の言葉の続きを待った。 「脳科学の分野ではちょっと知られた研究所があるんだ。EEGはもちろん、fMRIやSPECTといった高価な研究機材が豊富に揃っていてね。ココを調べてもらいに、観光がてら少しばかり行ってくるよ。何年後に戻ってくるか、予定は立っていないけれど」 意味不明な単語を並べ立てながら、終野は自分の頭を指差した。その仕草が気楽な他人事のように思えて、俺は少し苛立った。 「何のために脳を調べる?」 「おや、キミは気付いているものだと思っていたのだが――私の買い被りだったのかな」 俺の態度の変化には気付かない様子で、終野はおどけたようにそう言った。 「買い被りだ。あの時、バナナの皮じゃなく『アレ』で通じたことや、関谷の彼氏の未来がやけに具体的な日付だったことも、偶然かもしれないしな」 「やっぱり気付いていたんじゃないか。キミも人が悪いな。そういうことだ、私の占いは正確には占いじゃない。私が視たのは」 終野は不意に立ち上がって俺から離れ、そこ危ないよ、と呟いた。 「は? 何言って……んげっ!」 俺の後頭部を衝撃が襲った。鈍痛に頭を抱えていると、目の前にサッカーボールが転がり、遊んでいたガキどもが平謝りしながら回収していった。明後日の方向に蹴飛ばしてしまったらしい。あっけにとられる俺を見て、終野はくっくっくと笑いをこらえて隣に座り直した。 「――本物の未来だ」 未来予知。エセ占い師かと思っていたら、本物の予言者だったというわけだ。 「いてて、知ってたんならもっと早く教えろよ。つか、どうしてそんなことが出来るんだ?」 俺の質問に、終野は嘆息で返事をした。 「分からないよ。物心ついたころには、息をするのと同じように未来が視えていた。皮肉だね、私自身は自分を理系の人間だと思っているが、なぜ自分がこんな 力を持っているのか、どうして未来が視えるのか、まったく分からないんだ。私は何も知らない。だから、私は本を読む。だから、私は調べに行くのさ」 沈んでいく太陽に晒され、終野の黒髪は光の粒子をまとっていた。けだるげに振舞う彼女の横顔。俺はそれを、不覚にも美しいと思ってしまう。 「脳は人類最大のブラックボックスだと人は言う。もしかしたら私が視ているのは、その中に収められたアカシックレコードのほんの一部かもしれない。私のような小物には過ぎた力だよ。クソったれな神様からの、爆弾テロにも等しいプレゼントさ」 「……こんな力は要らなかった、か」 「そこまでは言わないが、確定されていない未来を視る行為にはメリットもデメリットも付きまとうものだからね。扱いきれずに煩わしさと憤りと絶望を感じていたのは本当のことだよ。それもずいぶん前の話になる。私も大人になったものだ」 どこがだ、と俺は小声で突っ込む。本当の大人は他人に迷惑をかけないものだ。 「何で、未来が視えるのだとみんなに言わない?」 「それなら逆に聞くが、それは占いができることとどう違うんだい?」 終野は俺の顔を真正面から見据え、質問に質問で返した。二つの本質が同じことに気付き、俺は返事に詰まる。 「未来予知ができるぞと高らかに宣言したところで、みんなに受け入れられると思うか? いいか明石、これはオカルトのカテゴリーなんだ。どんなに懇切丁寧 に解説したところで、テレパシーや霊視などと同じくトンデモ話に分類されてしまうだろうさ。奇異の目を向けられ、距離をとられ、余所余所しく忌避されるの が関の山だ。ならば最初から、占いでそんな結果が出たと言っておけばいいのだよ」 「簡単なようで、微妙にめんどくさいな」 もう慣れたよとエセ占い師は笑った。 俺は彼女に向かって大きく頷いて見せる。内側の憤りを少しずつ外気に晒しながら。 「分かったよ。お前がそう決めたのなら、十分に気を付けて行ってこい――と笑って見送りたいところだがな。終野、どうしてお前は自分がイギリスに行くことを黙ってた?」 「その方がドラマチックだし、キミの印象にも残るだろう?」 「ふざけるな! いきなり転校するとか言われてみろ、けっこうショックだったんだぞ。何で話してくれなかった。お前、友達を何だと思ってやがる!」 俺が怒鳴ると、終野は微妙な表情になった。 「……ふん。キミの方こそ、この私を何だと思っているのだと問いただしたいね」 「は?」 四点ビハインドの九回裏ツーアウト二三塁、粘りで一点差まで追いついて流れは完全に自チーム、なのにラストバッターが敢えなく三振に倒れる瞬間、をベンチから見つめる控え選手。 彼女はそんな色だった。 「さっき、キミの未来がちらりと視えたよ。大学生になっていたな。キミの隣にはショートカットの女の子がいた」 そこで言葉を区切ると、終野はやおら立ち上がった。 「俺は大学に入れたのか、ってそんなことはどうでもいい。それに何の意味が――」 「今の私はすこぶる機嫌が悪い。だから私はキミに呪いをかけていくことにしよう」 この野郎、野郎じゃないけどこの野郎。何を訳の分からんことを。 「終野!」 すたすたと歩き始める彼女を呼び止めると、彼女は一度だけ振り返ってにっこりと笑った。 「私はキミが大嫌いだったよ。さよなら――明石」 ※ 小さなクマは、『いいことがありますように』と言っていた。 何で僕は。 何で俺は、こんな真夜中にたった一人で、終野との思い出のタイムカプセルを眺めてるんだ? 大体こういうのって、埋めたやつらが一堂に会して昔を懐かしむとか思い出話に花を咲かせるとか、そんな美しい光景があって然りじゃないのか? いいことなんかねえよ畜生。 背後を振り返ると、薄暗闇の中に聳え立つ校舎があった。五年前、俺と終野は確かにここにいて、わずかな時間を一緒に過ごしたのだ。 無性に会いたくなった。イギリスと日本。見上げた夜空で繋がってるねとか遠く離れていても心は何たらとか、そんなロマンチックな幻想で誤魔化される欲求じゃなかった。 会いたい。終野に会いたかった。――そうだ。 「終野」 実に悔しいけど認めてやる。俺は終野芹葉が好きだったのだ。あの天才兼変人兼占い師のズレた行動に、心底惚れていたのだ。昨日まで彼女だった女の子と付き合っている時も、心のどこかであいつに囚われていた最低野郎なのだ。 「終野っ!」 クマを握る手に力が入る。どうしようもなかった。がむしゃらに、本能が叫んでいた。 「終野ーーっ!!」 「うるさいな、聞こえているよ。夜中に大声を出すな恥ずかしい。キミは少し常識と言うものを考えたらどうだ、明石」 「ぅえあ」 変な声が出た。 振り向くとそこには黒髪の幽霊、じゃなくて終野芹葉が呆れ顔で突っ立っていた。 「……ぅえあ」 五年ぶりに間近で見る終野は、高校生のイメージのままほとんど変わっていなかった。せいぜい髪が少し短くなり、出るところが出て、服装も大人っぽいものになっていたくらいだ。 俺は呼吸を整え、なるべく冷静に突っ込んでみた。 「……お前、どこからどうみても幽霊か不審者だぞ」 「それはキミとて同じことだろう」 「つーか何やってんだこんなところで! 何で当然のように日本にいる!」 前言撤回。この状況で落ち着いていられる奴がいたら、そいつにはぜひノーベル冷静で賞を贈ってやって欲しい。暗闇の中好きだった女と二人きり、これだけでも役萬だというのに。 「数日前に帰ってきていたんだよ、キミが抱いてるそれを掘り返しにね。大体、暗号を書いた手紙がエアメールじゃなかったことと、消印が国内のものだったことに気付かなかったのか、キミは」 終野は俺を小馬鹿にしたようにそう言った。至極もっともなので言い返せない。 「う……そういえば。てことはあの手紙、やっぱり終野が送ったんだな。そんで、暗号を解いた俺がタイムカプセルのことを思い出してここに来るのを待っていた。そういうことか」 夏の夜とは言え七時間はさすがに挫けそうだった、もう少し早く来たまえノロマ。終野はそう言って口を尖らせた。知るかよ馬鹿。……けど、ごめん。 「まあ、あの暗号を解いたのは褒めてあげよう。よく私が貸した小説を覚えていたね。ちょっと嬉しいよ」 「頭痛に悩まされながら何とか読みきった本だったからな。それに、暗号と言えばお前に借りた本くらいの知識しかなかった」 恥ずかしながら真実だ。これで終野がちょっとでもヒネくれていたら、俺は永遠にタイムカプセルのことを思い出さなかったかもしれない。 「ところで終野、ひとつ教えてくれ。カプセルを開ける日、それがどうして今日なんだ?」 「『二銭銅貨』を貸した日に視えたのが、五年後の誕生日を迎えたキミだったからさ」 終野は俺の手からクマをそっと受け取り、いとおしそうにその頭を撫でた。 「あの日視たキミは、腫れた頬をさすりながらベッドに伏せていた。大方彼女に振られたとかそんな理由だろう。眼が真っ赤なのは今もだが、頬に乾いた涙の痕 がついていたからね。傍らには出版社の封筒が乱雑に散らばったままだった。せっかくの誕生日に一人でその光景はあまりにも酷だろうから、慰めてやろうと 思ったのさ」 だから、未来へのタイムカプセルを埋めたのか。 終野は頬を掻きながら頷き、「ん」と千七百円のクマを突き返してきた。 「ハッピーバースディ」 ――いいことがありますように。 なんだか知らんが、また涙が出た。くそ。 「うるさい、何がハッピーだ。俺が彼女に振られたのは誰のせいだと思ってるんだよ」 「キミだろう」 「ごもっともです」 誤魔化すために逆ギレしてみたが、冷静に言い返されて徒労に終わった。そうだ、俺が悪い。こんな変人を、いつまでも心のどこかに居候させていた俺が。 「そうだ、イギリスでの検査の結果はどうだったんだ? よく分からん機械で、頭をいろいろと調べてもらったんだろう?」 「思わしくないよ。五年ギリギリまで粘ったが、全然分からない、そういう状態に近い。科学力にも限界があるのだね」 「そうか、そいつは残念だったな。ついでに聞くけど、俺達、喧嘩してなかったか?」 「ふふ、そういえばそうだったかな。忘れてしまったよ」 すっきりした表情で終野は続けた。 「忘れたというか、吹っ飛んだ。キミの顔を見たら、何もかもが全部吹っ飛んでしまったんだ。五年振りにキミに会えた。それだけで私は満足なんだよ」 月明かりの中で微笑む終野は、変人だということも忘れさせるくらいに綺麗だった。 そうか、これで満足か。水臭いやつめ。 「……終野。あの時、俺たちが再会するこの光景は視えていたのか?」 終野は静かに首を横に振る。 「五年前に私が視たのは、キミが部屋で寝ている場面までだよ。ここまで視えていたら、七時間も待ちぼうけは食らわないさ」 「それもそうだ。それじゃあ――これも見えてないんだな?」 俺は、足元に転がっていたもう一方のカプセルのフタを開け、一枚の紙を取り出した。ペラペラとした薄手の用紙に、茶色の文字と枠線が並んでいる。 それを見た瞬間、終野の大きな瞳は満月よりも丸くなっていた。 「高校生が市役所にもらいに行くの、無茶苦茶恥ずかしかったんだからな」 「……振られた日に別の女にプロポーズする奴があるか。キミは救いようのない馬鹿だな」 笑い飛ばされることも無言でスルーされることもなく、俺は終野にただただ罵倒された。 隠しようのない笑顔のまま。 真夏の月夜に、カプセルの銀色がきらきらと眩しかった。 「明石、どうせならひとつ贅沢を言わせてもらって良いだろうか」 もの珍しそうに婚姻届を眺めながら、終野は照れくさそうに提案した。 「自称乙女としては、ぜひとも神社ではなく教会を選択したいね」 よろこんで、と俺は返事をする。 隣にいるのが神様なんて非科学的なモンじゃなく、正真正銘の女神様なら、な。 |
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●感想
zseさんの意見 こんにちは。zseです。 なぜだか二銭銅貨がはいった江戸川乱歩全集を持っています。 >『私はキミが大嫌いだったよ。さよなら――』 普通にショートカットの元彼女が言ったのだと思いました。 それが狙いなら大成功だ思います >「失礼な男だな。私だって戸籍上は十七歳の乙女だ、ああいうものが欲しくなる時もある」 思い切り深読みしてしまいました……。戸籍上を何度も言うので、てっきり終野はタイムトラベルでやってきた未来人なのかと……。未来を知っていることの説明もつきますし。 >駅の切符売り場やエレベーターなどでよく見かける形になったことを確認すると、僕はパソコンを立ち上げ、インターネットに接続した。 なんだか分かりづらいです。 点字ということをはっきり言っても良かったのではないでしょうか。 主人公の明石がタイムカプセルを掘りはじめたとき、なんで終野を待たないのだろうと思ってしまいました。 都内で手紙が投函されたの読んでいましたし。 後できちんと説明はされていましたが、なんだかなぁという感じが残ってしまいました。 もう少し勢いで必死に学校へ向かい、勢いのままに掘ってしまえば多少は自然さが増したのではないかと思ったりします。 それと、終野の見ている未来がよく分かりません。 最初の方はクラスメイトの未来をばんばん当てているのに、最後の方では力が弱まっているような。そんな気がしました。 あと、作中で出てくる作品が難しくてほとんど分からなかったです。 それでは。 たちばなさんの意見 こんにちは、たちばなです。 『きらきら。』を読ませて頂きましたので、感想を残します。 とにかく面白かったです。 構成、地の文の軽妙さ、主人公、ヒロインのキャラ、細かい気配り。 これがとても生きている物語に感じました。 初めに構成です。 時系列がかなり入り組んでいますが、読むのにストレスを感じさせない構成になっています。 前の文で次に時間が飛ぶ所への前置きがしっかり置かれているため、するっと繋がって行くような感覚を覚えます。 だから私でも混乱せずに読めてしまうのです(笑)。 作りのうまさを感じました。 ヒロイン芹葉。 クーデレキャラというのでしょうか? あくまで自分のスタイルを貫いていて、かっこいいなぁと。 才色兼備なのにKY。きっと不器用なのでしょうね。 彼女の上から目線の占いにクラスメイトが真っ向から文句を言えないのは、彼女のこのキャラクターが効いているからなのでしょう。 彼女の設定と立場がうまく機能しています。 創太と仲良くし始めてから、彼女がさりげなく創太になついている様はかわいいですね。地の文で彼女のかわいさが引き出されていてうまいなぁと。 彼女の独特な台詞回しも好きです。 主人公創太。 勉強ができなくて、喧嘩も弱い。本も苦手。 何か良いとこなしのような気がするのですが、何故かかっこいい(笑)。 台詞回しからすると実際は頭はよいのでしょうね。 彼のバランス感覚や、ものごとを素直に受け取る性格が好感度をUPさせています。 その割には、含んだ言い回しが好きなようですが(笑)。 ただ、彼によって語られる地の文の絶妙な外し具合が笑いを誘って作品を軽妙に仕上げているのでしょう。 彼の言い回しは、この作品の重要なスパイスに感じます。 細かい気配りは、個別の指摘で。 一方、気になった点です。 なんと言っても暗号です。 暗号を解読するシーンで、暗号の意味、解読法がはっきり示されないままにラストまで言ってしまいます。 この段階で多少のヒントがあっても良いなと感じたのですが、暗号をそのまま捨て置いて物語が終わってしまいますね。 これは、とても消化不良に感じました。 この文章を書かれる作者さんですので、単に忘れたのではなくて何か考えがあってのことだと思いますが、読者としてはそれが読み取れず、示された謎に対しての答えがないもどかしさだけが残ってしまいます。 もし何らかの形での答えを出せないのであれば、創太をタイムカプセルの元に導く術には違う方法をとるべきだったかなと。 この作品は他がパーフェクトに近いくらいに気に入っているので、この点だけがとても残念です。 藤原ライラさんの意見 こんにちは、藤原ライラと申します。企画執筆お疲れ様でした。 読了いたしましたのでちょっとばかし感想なるものを書かせて頂こうと思います。 いやぁ女の子がグーで殴るとしたらそれは相当本気の時だと思いますw 好みのお話だったのもあるとは思いますが、すごくいいと思いました。 色々とにたにたさせて頂きました( *一一)b 時 系列はちょこちょこと入れ替わりますが全然読みにくくなかったですし、とてもすらすらと読めました。回想部分と現代の部分で「僕」と「俺」が使い分けられ ているのは分かりやすかったと思うのですが、統一しても良かったかなぁと思いました。おそらく5年の間に主人公が成長した感じを出したかったのでしょう が、同じ人物なので一緒の方が良いかと。文章とかはお上手だと思います。 淡々としていながらクマのぬいぐるみを欲しがる辺りとか終野はすっごい乙 女ですよねー。とってもいいキャラだと思いました。あ、でも成績が良いなら彼女の筆跡が几帳面で綺麗なのは別に意外ではないような気がしました。あくまで 主観ですが、衝突することが分かっていても占いの結果を告げずにはいられない辺り、すごく終野は几帳面な気がしますし、意外というなら丸字とかの方かなぁ とwww 主人公も成績は下位だそうですが、喧嘩の仲裁に入ったりと男前だな〜と思いました。かっこいいです。でもちゃんと予習もしているのにどうして成績が悪いんだろ?(笑) 未来が視えるというのは設定としてはすごく突飛な気がしますが、「私は何も知らない。だから、私は本を読む。だから、私は調べに行くのさ」という言葉ですべて片づけられた気がします。占いの部分などもあったので違和感はありませんでした。お上手だと思います。 タイムカプセルに何を入れたかはすごく気になっていたのですが、まさか婚姻届とはwwww気障ですねwwwwでも萌えました( *一一) 色々ぐだぐだと申しましたが、とても楽しませて頂きました。御馳走様でした( 一人一) 江口猫さんの意見 これは雰囲気として読む小説だなと思いました。 ・ストーリー これが面白いかどうかというと、微妙だというのが正直な感想です。 というのは、目新しさがなかったというのがあります。 後半の急展開も転校、そしてお約束のように再会という使い古されたネタでしたし、個性がないという意味では、マイナス要素なところがあります。 何かオリジナリティーのようなものがあったら、10点加点はしていましたが、これはそのまま王道という感じがします。 そして、恋に落ちる瞬間というのがありませんでした。恋人同士ではなく、そのまま友人関係のような状態で終わっているので、タイムカプセルの婚姻届には違和感を感じます。 ・構成 時点移動が多いと思います。 二回にしないで、一回にまとまたほうがすっきりすると思います。 重要なキーワードになるタイムカプセルも二回目の時点移動から出てきていますし。 ・キャラ 紺野。 珍しいクーデレキャラ。そのために恋に落ちていく要素が圧倒的に不足しています。 何が理由で恋人同士なのか最後まで提示して欲しかったと思います。 あと占いのシーンもイメージが掴みにくかったです。 教室で占いをしているわけでもなく、クラスメートを捕まえて言っているだけでは、ただの痛い子です。 普通はスルーすると思われます。 それなのに、占いはよく当たるとかいうのに違和感を感じました。 それから、転校した理由はいったいなんでしょうか。 超能力の調査研究でもなく向こうの大学に留学でもないので、よくわかりませんでした。 超能力の最先端研究はアメリカかロシアなので、なぜイギリスなのかという疑問も残ります。 主人公 同じく、紺野が好きになった理由が五年前のエピソードが不足していて不透明に感じます。 婚姻届をタイムカプセルに埋めるくらいなのだから、五年前から恋していたというのはわかりましたが、どこ にひかれたのでしょうか。 > 俺は終野芹葉が好きだったのだ。あの天才兼変人兼占い師のズレた行動に、心底惚れていたのだ。 これだと痛い子ぶりに惚れていたとしか見えないのですが。Mだからこういう変人を求めてしまうとかそういうことでしょうか。 あと、冒頭の彼女に振られるシーンとかもそれを匂わせるのがあればいいと思いました。 > 「何が『創太くんはあたしのことをちゃんと見てくれてない』だよ。俺は」 冒頭にこういう伏線がありましたが、抽象的過ぎると思います。ありきたりなセリフだからというのが、その理由だと思いますが。 紺野は言動がかなり上から目線です。偉そうなのによくひかれたなと思いながら読んでいました。 あと、恋人同士でもないのに婚姻届はさすがに手順をぶっ飛ばしているとしか思えないのですが。 また、親しくなったエピソードとして、 > 関谷の一件以来、俺と終野はよく話すようになった。 こういう抽象文が一つではよく伝わらないと思います。 よく話すようになったとは言っても、上から目線が云々。とても好意を持つとは思えない話し方でしたし。 > それ以上に、博識な終野の話は単純に面白かったのだ。 文章から察するととても面白いように話をするとは思えないのですが。 だから、読書嫌いなのに、暗号を解いたときは違和感を感じました。 ・総評 ラブストーリーなのか、これは?という疑問が残る作品でした。 五年前の出来事だけを並べ立てて、タイムカプセルを開けて、実は好きだったというのは、表現力や面白みに欠けると思います。 残り5枚では無理があるとは思いますが、せめて相手のほうも恋に落ちるエピソードは欲しかったですね。 紺野もなぜか惚れていて、ハッピーエンドでは物足りなさが残ります。 それでは、いろいろと書きましたが、取捨選択はお任せします。 それでは執筆お疲れ様でした。 天笠恭介さんの意見 クールビューティ。 硬い喋りのクールな女の子。いいですねぇ。 何故か真っ白い髪のショートでちょっと眠そうな女の子が浮かんだんですが、誰だこれ? よもや○ロゲキャラではあるまいな。 >「あれを取ってくれないか。クレーンゲームはどうも苦手でね」 >終野が指差したのは、UFOキャッチャーの中の小さなクマのぬいぐるみだった。 すいません鼻血出ました。だから、クールなキャラに可愛い人形は鬼に金棒だとあれほど。 >財布から千七百円を失って見事に凹む俺を よくやった主人公。たとえ300円で取れずとも、やりきったお前が好きだ。 友人として付き合えれば相当にハイな学生生活がエンジョイできるでしょうね。ただ、そう、友人としてなんですよ。この話でも友人としての側面が強く、無理 に恋愛に持ってく必要があったのかなと。もっと長く尺を取ればじっくり攻めていけるでしょうが、短編では友人ENDでよかったと思います。 ともあれ楽しませて頂きました。 短いですがこれにて。 寺宙さんの意見 こんにちは、あるいは初めまして。寺宙と申します。小田和正が好きなので読ませていただきました。 む、何という質の高いラブコメ?でしょ うか。一度読み終わって、たちばなさんの感想を読むと驚愕。ここまで細かな気配りの出来ている作品はこの投稿室にはそうそうないのではないでしょうか? 最後の婚約届けなんてべたべたですが、大胆な伏線が張られていたせいもあって凄く素敵な終わり方だなって思いました。 プラス、バックボーンはともかく変な性格のヒロインでも違和感がない作品を久方ぶりに見た気がします。 昔僕も、預言者という存在の絶対的矛盾を葛藤するキャラを書いたことがあるせいなだけかもしれませんが(苦笑) 逆に、ヒロインの魅力に比べてどMな主人公の魅力が乏しいところは残念。いくら、最近の少年ラノベの主人公が空気みたいな存在が多いとはいえ、勉強苦手でゲームも下手で喧嘩も弱く本も読まないわと日常こいつ何やっているんですか(爆)? 構成に関しては、さすがにあの謎解きは少々(汗)そういえば江戸川乱歩って読んだことないことに今更気が付きますが、どうせネタばれなんですから、事前に主 人公に読んでもらう描写とともに読者と解ける材料を共有する必要はあるでしょう。まあ、僕も日常ミステリーの類が一番好きなので、あの系統って確かに知識 を試されるというか知らない人は大抵謎解きには参加できないジャンルではありますね(ナンクロは出来てもクロスワードパズルは出来ない感じ)最近ではすっ かりと諦めてしまい、トリビア的にへーと感心しながら読む、ちょろい読者とかしてしまってます。 今回は祭り作品を結構読んできましたが、今作は三本の指に入る出来だと思います。作者様の別の作品がございましたら、是非見てみたいと思います。 それでは、残りも僅かになりましたが引き続き祭りのほう楽しみましょう。 ねくろ@温玉スライスさんの意見 出します出しますジャンジャンバリバリ。 読みます読みますジャンジャンヨミヨミ。 書きます書きますジャンジャンカリカリ。 0の付く日はねくろデー。こんばんは。貴殿の作を拝読致しましたので所感を述べさせていただきます。 誰も気づかなかったのだろうか。または気にならなかったのだろうか。気になったのはボクだけだろうか。冒頭、 >僕から冷静な判断力を奪っていく。 主人公の一人称であることを早々に確定させているところ、 >気付けば、大声で訳の分からないことを喚き散らす立派な酔っ払いが完成していた。 酔っ払いにしてはずいぶん三人称のごとき冷静さ。自分を客観的に見るにしてもその前の文にてすでに酔っていることが書かれており、ここが甚だ疑問であります。 もういっちょ。冒頭、 >僕から冷静な判断力を奪っていく。 それから序章の、 >……そもそも隅の老人って誰だよ、と俺はディスプレイに向かって呟いていた。 『俺』なのか『僕』なのか、しっかり統一を。統一と言えば、 >馬鹿 >アホ バカとアホか、馬鹿と阿呆か統一した方が私はスッキリ。 >英語教師の下手な発音が耳の奥にこびりついて頭痛と腹痛と歯痛で痛一色、ハネ満だ。 前半は個人的に面白く、痛快な雰囲気だったから倍満で。 前座はそろそろやめにして感想へ。 ◆終野芹葉 > つまり、行動がほんのちょっとだけエキセントリックでお節介なのだ。 空気が読めないキャラというのが吾人の第一印象。セリハの特徴は才色兼備でいわゆるパーフェクトヒロイン。ありがちな設定です。となると大概この手のキャラ は内面に問題を抱えさせるのが常套手段ではあります。よくよく本作を振り返ってみれば涼宮ハルヒに比べてインパクトが少なかったというのが本音。否、どこ かブギーポップの霧間凪と被っているように感じます。それだけキャラを立てるというのは難しいということなんですがね。 >「――本物の未来だ」 事実が明かされるのは中盤以降の本人のこの発言から。物語は一気に加速し、現在軸を中心に過去を交えて巧にクライマックスへと誘います。しかし、一度踏み込まれたブレーキは最後まで離せず。例えば、 >「(略)どうして未来が視えるのか、まったく分からないんだ。私は何も知らない。だから、私は本を読む。だから、私は調べに行くのさ」 それなのに何故セリハが読んだのは本作中のキーワードとして出てくる江戸川乱歩の「二銭銅貨」なのか――そもそも二銭銅貨とはタイトル通り、 Substitution Cipherに手を加えた推理小説だったと記憶しています。これを持ち出してくるだけでも作者様がずいぶん推理好きだと窺い知れます。構成にて時系列配列 が無難にこなされているのはその影響か――吾人は恥ずかしながら二銭銅貨を読んだことがないので分かりません。二銭銅貨を持ち出してくるということは、二 銭銅貨を知ってる人だけが味わえるうまい引っ掛けがあるのでしょう。物語の主軸にからむなにかが。まさかタイムカプセルの存在を気づかせるためだけにわざ わざキーワードを登場させたわけじゃないでしょう。解読法があやふやにされたままの幕切れにもなにか意図があるのでしょう。悔しいけれど推理小説を読まな い私には分かりません。 それから脳科学が進んでいるのはアメリカと日本、ドイツです。イギリスはそれほど科学に強くない国ですから、しかしなにか他の意図があったのでしょうか。私が伏線を見落としたのだろうか。 才色兼備の設定ではありますが、それを匂わせるセリハの言動を見ることができません。例えば成績がトップなのであれば、自然と打算的になるなどの傾向があ ります。成績はいいがバカ丸出しや子供っぽい面を見せるというチープなキャラが乱立しだしたのは、やはりハルヒ以降の日本のアニメによる影響でしょうか。 最近は折角のキャラ設定を活かさない本が増えてきて困ります。 >「……振られた日に別の女にプロポーズする奴があるか。キミは救いようのない馬鹿だな」 彼女の最大の問題は主人公と心の距離を縮めていく過程がかなり省かれていること。枚数故仕方なしと甘やかしはしません。過去を織り交ぜた現在進行形を展開す る余裕がありながら、彼女自身の情報は占いやKYな面のみ。明らかな設定ミスです。構成にばかり力みすぎたという印象が拭えません。ついでに言えば主人公 自身もセリハへの思いが細かいわけでもなく、婚姻届というENDが激浮きです。 ◆主人公 どうもMFのギャルゴを読んでいるせいか、豊富な語彙がそのままギャルゴと被ってしまいます。それはさて置き、個人的には合格点です。 ◆タイトル きらきらがどこの伏線になっているのか分かりません。見落としただけかもしれません。一応現段階で言わせてもらえばタイトルと中身がミスマッチです。 Y/Jさんの意見 もしかしたら、初めましてではないかもしれないY/Jです(笑) 「キラキラ」読ませていただきました。 技術的な面では、全く解っていない人間なので、感想だけをw 全体的に読みやすく、そして面白かったです。 何と言うか、いい意味で、王道突っ走りって感じですね。 昔、視点が過去と現代行き来する作品を読んで、途中で混乱したことがありましたが、これに関してはすらすら読めました。 最後のオチは、ちとありえねぇぇぇ!と叫びたくなるけど、ラノベなのでOKです(笑) 伏線の張り方とか、とても上手く勉強になりました。 ただ、個人的な好みを言えば、少々パンチが足りないかな?とも感じました(個人的な好みの問題なので、無視してください(汗)) 佐伯涼太さんの意見 こんにちは。夏祭り参加、お疲れ様です。佐伯涼太と申します。「きらきら。」拝読させていただきましたので、感想を残していきたいと想います。自分の実力を完全に棚に上げていますので、見当違いな意見などがありましたらどうぞ鼻で笑ってやって下さい。 すっごいキュンときた!(何 すいません、テンション高めですが。ツボに入りました。 好きな作品に出会うと、あまり客観的な批評が出来ないので、適当に読み流してやって下さい。 一般的な主人公像だけども、何気に男気のある明石。 未来が見える、エキセントリック少女な終野。 そんな二人の、ボーイミーツガールな話。 短編で出会いからを丁寧に書こうとすると、所々に無理が生じたり、展開の端折られがあったりとするんですが、本作では見事にボーイミーツガールを書ききっています。思わず唸らされました。 キャ ラも秀逸の一言。明石の一人称はとてもスッキリと爽快です。そして終野。ぬいぐるみを欲しがったりするあたりが少々安易な萌えポイントのような気もしまし たが、分かっていながら萌えてしまったので自分の負けです。しかも、それが伏線になっているとは! 作者様は完璧超人か! そして。五年後に明石が振られることを見据えて、埋めたタイムカプセル。丁度いいタイミングであらわれる終野。 彼女が埋めたのは「いいことがありますように」のクマ人形。そして明石が埋めたのは婚姻届って…… ここだけ、客観的に見たら、違和感あるかも知れません。でも、それを素直に感動へ持って行くだけの勢いがありました。だからこの辺、悶えながら読んでましたw 明石よい、格好良すぎるぜ……。 とかなんとかで。ツッコミどころがあるとすれば、上記の婚姻届の一点くらい。振られた直後、っていうのが無ければなぁ、なんて思う次第です。凹ませるだけなら、別の展開もあったのではないかなぁ、なんて思ったり。 でもでも、素晴らしい作品であったことには変わりありません。とても楽しめました。ありがとうございました!! 以上です。お疲れ様でした。夏祭り、まだまだ楽しんでいきましょう! AQUAさんの意見 おはようございます。作品拝読しました。 徹夜明けだというのに、最初から最後まで、ワクワクドキドキ一気に読み終えました。 まず、文章的には文句なしです。 細かいエピソードの積み重ねで、主人公と終野さんの魅力を伝えてくる筆力が素晴らしいと思います。 ところどころの小ボケや言葉遊びも、巧みだなぁと感心しました。 一点、肝心の主人公について、恋愛感情に関する描写が若干物足りなくもあり。 ゲーセンのクマさんエピソード等で、ほんのりと匂ってはいるのですが……。 このあたりは、以下ストーリー部分で。 ストーリーですが、まず気になった点から。 一度ざっくり読ませていただいただけでは、暗号が解けませんでした。 回答に繋がる暗喩のあたりって、かなりクライマックスなので、スピーディに読んで、読み流してしまうようです。 二度目に読むと、ヒントのところだけ不自然な説明調になっていることで、おや? と引っかかってくるのですが。 もう少しヒントが易しくても良いかもしれません。 ついでにワガママを言いますと、回答のタイムカプセルも、冒頭にさりげなく配置されていたら最高だなぁと。 謎の答えでもあり、オチにも繋がる大事なキーワードなので、できれば先に出していて欲しかったです。 かといって、さりげなく配置するには特殊なキーワードですけどね……密閉容器とか土を掘るとか約束の木などの暗喩で代用できるか? (難しいか……) あとは、やはり恋愛感情が薄く見えたのが、いきなりプロポーズに飛んでいるのがビックリでした。 なんかもう結婚決定してますが、二人はまだ若すぎる……まずは一年ほど交際しましょう!(←物語にはまってます) ついでにいうと、モトカノがあまりにも不憫でなりません。 「別に好きな人ができたから別れて。でも、アンタが悪いんだからね……」という話だったら、救われたのですが。 終野さんも、クラスメイトの恋にはズバズバ言うわりに、自分の恋にはかなり奥手っぽいですよね。 そこは、ちょっとちぐはぐな印象です。 関谷さんとの和解エピソードで『(自分も主人公を好きになり、恋愛感情がようやく理解できたから)以前の発言を謝る』という流れだったら自然かもです。 さらに蛇足ですが、関谷さんの未来が変わったように、終野さんがあっさり身を引かず「未来は自分たちで変えられる」的な方向のエンドでもすんなり収まったような気がします。 そしてそして……すみません、乙女は占いが大好物な生き物なのですっ。 多少発言がKYでも、当たるとなれば人気者になるはずではないかと。 (となると、途中から学園ミステリモノに……サウンドノベル展開もアリ? スゴイプロットです!) もしドン引きされる存在なら、奇抜な容姿などの加工があっても良いと思います。 上手いなぁと思ったのは、エピソードの配置ですね。 特にクラスメイトとのやりとりシーンで、終野さんのキャラを読者に伝えてくるところ、二回のゲーセンシーンで二人の関係が変わったことを印象付けるなど。 あとは、『アレ』のネタなど、読者を引き付ける数々の仕掛けと、スムーズな時間移動が素晴らしいです。 本当に、長くてまとまらない感想になり、すみません。 適度な取捨選択の方をよろしくお願いします。 では、素敵な作品をどうもありがとうございました! 三十路乃 生子さんの意見 げ!隅の老人。何故こんな場所で……。 「隅の老人」とかけて「終野」と解く、その心は「失踪」。 はい。 こんなダメダメな海産物、三十路乃 生子です。 さて感想。 純粋にこの作品は面白かったですね。 細かく指摘するところはありますが、既に他の方が指摘していらっしゃいますので、ちょっと別な部分を。 この作品の最大のポイントはまず、ヒロインでしょうね。 終野。最悪にして抜群のネーミングでした。ちなみに苗字に終なんてあるんですかね?しかしそれが良くキャラの特徴を味付けしているわけです。 ところで私は感想制覇をしているのですが、ここにきて投稿作品のヒロインについてはっきりとした違いが見受けられるようになりました。 終野さんは「黒髪・ストレート・クール」の代表格です。 そしてそれに対抗しているのが「幼馴染」。筆頭は幼なじみ協定でしょうか。 ぶっちゃけ、「ロリ」と「金髪・姫」を除くとこのツー・タイプが今年はひしめいています(去年は知りませんが)。 そしてその二つを巧く料理したのが今作と幼なじみ協定でした。二作とも高得点入りです。 ここでヒロイン関する結論を言ってしまうと感想ではなくなってしまうので自重しますが、私はこのツー・タイプの片方の終野さんを作り上げ、それを巧く恋愛としてハッピーに締めた事が高得点の最大の理由だと思いました。 しかもそれに甘んじる事無く未来予知を利用して書ききっていたので、30点です。 しかし、5年後に振られるのを知っていてわざわざそのタイミングで待ち構えるというのも、またすごいですね終野さん。 それではお疲れ様でした。 来人さんの意見 こんにちは来人です。 御作、拝読させて頂きました。 下記にて、感想を述べさせて頂きます。 【物語】 未来視が使える天才女性と冴えない男性の話。まず、二人が仲良くなる理由が弱い気がします。あれだと、精々、顔見知りから話をする程度だと。関係が深くなる理由が必要に感じました。 また、物語終盤の婚姻届もちょっとやりすぎなのかな、と。いい年齢の二人が、いきなり結婚の落ちというのは違和感を感じずにはいられませんでした。 【登場人物】 天才様は結構好きです。歯に衣着せぬあの話し方とかには愛情を感じます。 主人公は、一言、もっとがんばれよ! といいたいですね(笑)。 【設定・オリジナリティ】 未来視とタイムカプセルがキーになっていまいたね。後、小説の暗号。 特に小説の暗号はあまり目立たないように組み込まれている印象があったので、よかったです。 【最後に】 出会いと最後がもう少しあればなと思いました。 二人の掛け合いは読んでていて、楽しかったです。流れている雰囲気自身は好きでした。 点数は悩みましたが、この20点を。 それでは次回作も頑張ってください。 ↑Bさんの意見 ええー……。なんかすごいご都合主義な作品。 うーん、ミステリ読者ならまた違って見えるのかな。まあ少なからずミステリ的な発想で織られた話 だと思いますけど、なんかな、人の感情って「あそこでああいう証拠があった」っていうだけで語れるものじゃないと思うんですよね。「物」は存在するだけ じゃ周りに影響を及ぼすことはないけど、「感情」は必ずその時のその人の「行動」に影響を及ぼします。だからどう見ても「いい友達関係」というエピソード の後に「心底惚れていたのだ」とか「彼女と付き合っている時も」とか言われても読者としては「ええー……あんだけ友達扱いしといて……」ってなってしまい ます。 まあこれは出し方の問題で「俺さ、本当は高校の時終野のこと好きだったんだ」みたいな言わせ方をすれば「当時頑張って隠してた」ってこと で納得もできるんですが。あるいは友人として振舞わなければならない実際的な理由があったとか。でもそれにしたって、本作の終野−主人公の関係性において 恋愛関係と友人関係は両立しないというかそれが両極なので、さんざん友人関係を示唆しておいて「実は好きでした」ってのは唐突なんだよなあ。しかも回想は 一人称でやってるから、当時の終野に対する好意が強ければ強いほど、読者を欺くために友情を前面に押し出した回想シーンは不自然なものになっていく。なに が不自然って、好きな人とずっと一緒にいるのにその人のことを意中の女性としてまったく意識してないのが不自然ってことです。だから「実は当時好きでし た」にしろ「俺は当時も今も好きなことを認めざるをえなかった」にしろ、いきなり言い出した感があって説得力がない。 同様に、終野の転 校に主人公は物凄いショックを受けてますが、これも大の高校生がそこまでショックを受けるほどお前ら仲良かったか?と疑問を抱かざるをえませんでした。ま あよく話すとかはいいんですが、よく話すだけで部活同じわけでもない趣味が合うわけでもない同じ戦いをくぐりぬけたわけでもない奴と、いくら仲いいって 言ってもたかが知れてるだろ、という印象なのですが。まあ「片想い相手」の彼女が転校することにショックを受けたという解釈にしても、それまでの筋どおり に「友人」として考えた際の不自然さがあるので「ショックを受けたのは友人終野が転校することに対してですよ」という偽装になってない、つまり伏線として 隠せていない。 偽装ということでいえば、未来予知の伏線である一回目の回想シーン、これも傍目には終野の紹介シーンにしか見えないのでそれは良 いのですが、いかんせん過去の話のくせにダラダラと長すぎて泣きそうでした。ここは回想開始時の需要に見合った情報量、せいぜい「終野との出会い」程度の 内容であくまでも自然に流しておかないと、これも目立つ伏線になってしまう。まあこの手の伏線を上手く隠せる人って今回ほとんど見てませんが。 まとめると、物証を撒いて後から「○○でした」って言えば何でも通るというわけではないということです、つまりミステリならどうか知りませんが、こと人間関係においては。 細かいことを言うと、野球は分かりますが野球の喩えはよく分かりませんでした。最後の婚姻届はけっこう引きました。文章はすごく上手いのですが上記の点で 以下略。回想の一人称が「俺」なのに現実は「僕」になっているのが、おそらく回想と現実を区別するためなのでしょうけど逆に分かりにくかったです。僕ってキャラじゃねえ。 以上です。 |
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