高得点作品掲載所     171041(いなとおよういち)さん 著作  | トップへ戻る | 


僕の盲想×私の暴想

【僕の盲想・一】

「あなたが、きらいです」 
 それは、コートも着ずに制服姿で突っ立っていると小刻みに震えざるをえないような気温の中、突如僕の元にもたらされた死刑宣告だった。
 しかも、僕側の意見は一切無しの、至極一方的な――


 夕日がオレンジ色に輝き、世界を朱に染める頃。つまりは夕方。
 五時過ぎともなると大分寒くなってきた十一月の末のことだった。
 手紙でこの聖地、体育館の裏に呼び出された僕を待っていたのは、不機嫌そうな一人の少女。彼女が発した一言は、男たちを海へと駆り立てた。世はまさに大海賊時代……な訳も無く、そう、冒頭の台詞だった。
 あなたには今朝、自分の靴箱の中から桃色の便箋がはらりと落ちてきた時の僕の気持ちが分かるだろうか。いや、分かるまい。十七年という短いながらも辛く厳しい人生を歩んできた僕にとって、初めての出来事だったのだから。
 確かに世の中にはそういう手紙が存在していることは知識として知っていた。しかし、それは現実には目にすることの無い都市伝説『体育館裏への呼び出し状』。ましてや女っ気の無い人生を歩んできた僕には一生訪れないと思っていた出来事だった。
 し、か、もだ。差出人は二学期の初めに我がクラスに転校してきた噂の美少女、 篠崎氷菓しのざきひょうかさんだったのである。
 腰まであろうかという長い漆黒のストレートヘアーに、シャープな輪郭。その完璧なシルエットに浮かぶのは、若干つり上がった大きな瞳に、小さいながらも意志の強さを感じさせる口元。身長は百六十に達しないくらいで、スレンダーなモデル体系という文句のつけようの無い大和撫子だ。
 確かに僕は彼女の事を良く知らない。いや、正確に言えば、男子に対してかなりきつい物言いをする人だ、とは思っていた。
 しかし、高校生活二年目にして始めて廻って来た浮ついた話だったのだ。色んなことを失念していても仕方が無い。いや、誰が僕を責められよう。
「あの、聞いてます?」
 彼女がデフォルトの表情でこちらを見つける。彼女は普段から小さな口元をキッと結んで、鋭利な角度に釣り上がった目尻で強く見つめる表情をしているのだ。要は、どう見ても睨んでいる表情。
 しまった、いつもの癖で妄想ワールドに行ってしまっていた。
「あ、はい。聞こえました、ちゃんと」
 いや、そりゃ聞こえたけど……。一体どういうつもりなんだ? 傍から見たら、まるで僕が彼女に告白をして、そんでもってあっさり玉砕したみたいにしか見えないぞ。
 いや……待てよ。冒頭の文を見返して欲しい。ここ、「きらい」がひらがなになっていて、「嫌い」では無い。ということは、まさか――
「あの、きらいってもしかして機雷のことですか?  機械きかい 水雷すいらいの略で、水中に敷設され、艦船が接近又は接触したとき、自動または遠隔操作により作動する水中兵器の!」
 そうか、わかったぞ。実は僕の体内には未だ解明されていないオーバーテクノロジー的な爆発物質が内臓されていて、彼女はそれを僕に伝えに来た国家安全組織に属する人間だったんだ。そしてこれから僕は兵器として、未知なる海底人との目くるめく争いの世界に投入されるのだった。なんとライトノベル的! いや、と言うことは国家氾濫を狙う悪の手先と言う線も……
「いえ、そうでは無く、女偏に兼ねると書く嫌いです」
 そんな、はっきり言わないで。現実逃避だったんだから。とっさの冗談も真面目な顔で返されると非常に重苦しい。主に空気が。ちくしょう、空気読んでくれよ!
 僕は、せめてもの想いで、彼女に何故こんな事を行うに到ったのか、尋ねる事にした。このまま引き下がれるかってんだ。
「あの……聞いてもいいですか?」
「なんですか? 私、もう用事は済んだので帰りたいんですけど」
 っていうか、なんでそんなに睨むんですかあなたは。鋭いながらも大きい眼なのでもう、何か眼からビームとか発射しそうな勢いなんですが。
「それを伝えるためだけに、呼び出したんですか?」
「そうですけど、何か?」
 あー、さいですか。ということは何?
 あなたはわざわざ放課後に呼び出して伝えなければならないほど、僕のことが嫌いである、と。
 全く記憶に無いんだけど、もしかしたら知らず知らずの内に彼女に無礼を働いていたのだろうか。
「あの、質問がこれ以上ないんなら、もうお暇したいんですけど」
 彼女は世界中探してもあと一人か二人ぐらいしか出来ないんじゃないかという、驚異的な目力で僕を睨んでいた。
 なんかもう視線による武力介入だろ、これ。さっきからまともに眼も合わせられないんですが……。眼から放たれる粒子が僕に向かってジリジリと照射されている気分。この粒子をギロリと睨みつける粒子、略してGN粒子とでも名付けよう。
 僕がそんな彼女のGN粒子に惨敗を喫し黙りこくっていると、彼女は「では」と言い放ち、僕の答えを待たずして悠然と去っていった。
 一人取り残された僕は、そこに立ち尽くす。これがほんとの『キミの瞳に完敗』だ。
 本当に、一体なんだったのだろうか。
 僕の希望に満ちた十時間を返して欲しい。
 太陽もお役ごめんと言わんばかりに顔を隠し、辺りは段々と暗くなってきた。風も次第に冷たさを増す。
 寒い……身も心も。
 僕も暖かい家へ帰ろう。そして不貞寝を決め込んでやる。そしたらもしかしたらこれは夢ってことになっているかもしれない。
 そうだ、これは夢なんだ。
 ナンダー、シンパイシテソンシチャッター。ハッハッハ……はぁ。
 とぼとぼと校舎に向かって歩き始めた時、物陰からワガハイがのっそりと現れた。
 ワガハイは猫である。犬じゃない……のは見たら分かる。
 ワガハイはこの学校に住み着いている野良猫だ。かなり昔からいるらしいので、もうお年寄りである。確かに猫らしい俊敏さは皆無だもんな、こいつ。大体日中は中庭のベンチで日向ぼっこをしているし。
 そのワガハイじいちゃんは僕を哀れんだような眼で見たあと、これまたのっそりと暖かな場所を探して去っていった。
 ね、猫に同情されてしまった……。
「あ、ワガハイこんな所にいたー」
ワガハイを探して現れたのは、体操着姿の少女、幼馴染である 奄美翔子あまみしょうこだった。お互いの家が近く、学力の方も似たり寄ったりだったので高校まで同じ、更に今年はクラスも同じという、言わば腐れ縁だ。
「もう、探したんだからね……って、あれ?  廻めぐる、こんな所で何してんの?」
「いや、何って別に……」
 それは聞いちゃダメー! 
 今それは僕的トラウマランキング堂々の第二位に輝いたんだから!
「だって廻がこんな所に居るなんて変じゃん。今日は部活も休みだし、いつもならとっくに帰ってゲーム三昧でしょ?」
「べ、別に俺が放課後にどこにいようがそんなの勝手だろ」
 別に告ってもいないのにふられたりだとかしてないんだからね! ……自分で言ってても悲しくなってきた。
 それにしても翔子は痛いところを突いてくる。
 普段の生活パターンを知られている相手への言訳は非常に難しいのだ。ここは逆に質問という切り抜けテクニックを使うとしよう。
 僕は平静を装い聞き返した――のだが。
「翔子の方こそ何やってんだよ。部活はどうした」
「もう終わったんだよ。今日から部活終了時刻早くなるって先生言ってたでしょう」
 聞いてなかったの? とあきれたような表情で言い返されてしまった。
 そういえば、そんなことも言っていたような気がしないでも無い。
「私はワガハイにお弁当の残りを分けてあげに来たの」
 翔子はそう言うと、得意げに鞄から弁当箱を取り出して蓋を開けた。中には確かに少しおかずが残っている。
 翔子が弁当箱をワガハイの前に差し出すと、ワガハイは凄い勢いで食べ始めた。
 そういやおばさん、料理上手だったもんな。冷めても猫なんかにゃもったいない。
 それにしてもこいつ、部活の後こんな事してたんだ。知らなかった。
 もくもくとあまりものを食べるワガハイをしゃがんで見つめ、翔子は嬉しそうに顔を揺らしている。短めのポニーテールがそれに合わせて左右に揺れた。大きめの瞳が細く孤を描いている。
 そういえば、こいつ意外と男子に人気があるという噂を聞いたことがある。確かに性格は明るくて誰とでも分け隔てなく話すし、顔もまぁ平均以上だろう。運動神経も抜群で、いまや女子ソフト部のキャプテンを務めている。僕だって昔は「しょうこちゃんとけっこんするー」とか口走ってしまった気もする。
 しっかし、胸はぺったんこだし家事全般まるでダメ。そもそもずぼらなのだ。こいつと結婚する奴は主夫になった方がいい。料理をさせたら家が火事になりかねん。
 などと、もし相手に伝わったならば間違いなくボコボコにされるような事を考えていると翔子は突然こちらを振り向いた。何だか真剣な顔をしている。
「で、告白はうまくいったの?」
「はいっ?」
 思いがけない一言に、思わず声が裏返る。
 一体何を言い出すんだこいつは。
 い、いい一体誰が告白をしたっていうんだ。
「だって、それ以外に廻がこんな所に居る理由が見つからないんだもん。廻が告白『される』なんてありえないし」
 いや、そうでもないぞ。なにせ今さっき俺は告白されたんだからな!
 ……嫌いだ、って。
「本当になんでもないよ」
 先程よりも努力しないと平静を保てない。自分の口蓋がひくひくと痙攣するのが分かった。
 頑張れ、僕。こいつにあんな恥ずかしい事実を知られたら日には一生会うたびにネタにされる。
 僕が顔面神経に全力を傾けて表情を固めていると、こちらを見ていた翔子が口を開いた。
「……ふーん、言いたくないならいいんだけど」
 そう言いつつも、なんだか納得いかない表情だ。
 僕は気まずくなってつい眼を逸らしてしまった。なんだよ、今日は。厄日か。
 しばらく沈黙が続いた後、翔子は突然立ち上がると、こちらに背を向けて言い放った。
「ほら、幼馴染としてそういうところぐらい把握しておきたいじゃない? 別に変な意味じゃないんだよ、本当に!」
 なんで語尾を強める。
 さらに翔子は捲くし立てる様に続けた。
「あ、あとね。最近恵理ちゃんに聞かれたの。『まさかとは思うけど、あいつ彼女いたりとかしないよね』って」
 いるわけないのにねー、と勝手に僕のプライベートを代弁し、はっはっは、と悪役のように笑った。
 そりゃあいないけれども! えぇ、事実ですが何か?
 ちなみに恵理ちゃんとは、僕と翔子共通の幼馴染にして悪友の、一個上の先輩の事だ。今は違う高校に通っているため僕とはほとんど接点が無いが、翔子はたまに一緒に遊んでいるらしい。
 それにしても、今日の翔子は少々しつこい。
 こうなったら切り抜けテクニックその二・相手よりも大きな声で反論、だ。
「だ、か、ら、本当になんでもないんだって。なんとなーく体育館の裏に行きたいなーってそんな気分だったんだよ」
 嘘だけど。
 畳み掛けるようにして僕は苦しい言い訳を続けた。
 本格的に寒くなってきたし、もう下校時刻だ。帰らないと。
「大体俺に好きな人が出来た、なんて噂聞かないだろ?」
「……篠崎氷菓」
「ほうっ!?」
 なんで? ある意味大当たりなんですが。
「最近、授業中もずっと廻のこと見てるし、なんかあったのかなって」
 そうか~そうやって僕への恨みを募らせていたのか。そしてとうとう今日爆発したんだな。
「……関係ないよ、彼女だけは、絶対」
 今日の収穫だからな、この事実だけが。悲しいことに。
「……本当に?」
 翔子はめずらしくその場でもじもじとしながら、伺うようにこちらを振り向いた。
「うん、絶対ありえない」
 そう言うと、僕の気持ちを分かったのか分からなかったのかは知らないけど、翔子はしぶしぶ納得したみたいだった。
 とっくに食べ終わったワガハイは、こっちを胡散臭そうな眼で見つめる。お前、言うなよ。
 翔子は弁当箱を仕舞って立ち上がる。
「分かった。廻を信じる」
「そうそう、信じてくれい」
 僕は半ばやけくそに頷いた。
 絶対ありえないって僕が言うのもおかしな話だ。ありえないのは彼女にとって、僕が、なのだが……。あ、なんか虚しさがぶり返してきた。
 翔子は僕の返事に満足したのかへへっ、と笑うと
「じゃあ、久しぶりに一緒に帰ろう。あたし、着替えてくるから先に校門で待ってて」
 と言い放ち、僕の返事も待たずに行ってしまった。
 なんだ? 僕の周囲の女性は僕の意見は無視ですか、そうですか。
 まぁでも機嫌が直ったようで、良かったよ、全く。
 僕は完全に暗くなった体育館裏を出て、鞄を取りに教室へと戻った。
 今日は本当に疲れた……身も心も。さっさと帰ろう。部屋に辿り着いたら、どこぞの泥棒よろしくベッドへダイブだな、こりゃ。残念ながら、ベッドの上で僕を待ってくれているのは使い古したタオルケットなんだけどな。
 なんて考えながら。

【私の暴想・一】

「それでいきなり嫌いですって言ったの!?」
「先輩! 声が大きいですっ!」
  三咲みさき先輩は飲んでいたジュースに咽て、げほげほと咳き込みました。
 ここは駅前のファーストフードのお店。現在時刻六時を回った所です。
 学校の帰りにこういう場所に寄って買い食いをすることは、あまり褒められた行動では無いということは理解しているつもりです。しかし、今や違う高校になってしまった先輩に相談事をするには致し方の無いことでした。
 未だに『けーたい』を所持していないのがいけないのだ、と先輩には指摘されましたが。
 呼吸の調子が直った先輩は、
「なんでまたそんな暴走を?」
 と困惑した表情で言いました。
「だ、だって、先輩が言ったんじゃないですか! 好きの反対は嫌いじゃない、無関心だ、って。だから、嫌われるだけ嫌われたらあとは上がるだけかなって思って……」
 先輩はあきれた表情で持っていたコップを置きます。
「全く相変わらずの飛躍っぷりね……まさかそんな行動にでるとは完全に想定外だったわ」
「何か、問題ありましたか」
「問題だらけよ!」
 先輩は再び声を荒げて言い放ちました。
 一斉に周りの目がこちらに向きます。放課後でしたので、周囲には同年代の学生が大勢いました。
 いけません、こんな公衆の面前で大声を出しては、淑女失格です!
「せ、先輩落ち着いて……」
 もちろん尊敬する先輩にそんなことを言えるわけも無く、とりあえず宥めることにしました。
 別に先輩が恐いわけじゃないんですよ?
「落ち着くべきなのはあんたの脳みそよ。どういう思考でそうなんのか見てみたいもんだわ、ほんと」
 の、脳みそを見る! 驚愕の発言です。
 私はそんなことをされては大変と両手で頭を押さえました。や、やっぱり恐い……。
 そんな私を見て、先輩はいよいよ哀れんだような瞳でこちらを見つめて来ました。
「氷菓。あなたは気が動転すると目付きが鋭くなるから気をつけなさいって言ってるでしょう? あたしはあんたの事よーく知ってるからいいけど、傍から見たらかなり恐いわよ」
「あ、すみません」
 急いで顔をマッサージして何とか元に戻します。
「……いい、わかった。落ち着いて拒絶告白の経緯について話しなさい」
「拒絶、ではないですよ?」
「一般的には拒絶なの! あんたの暴走ニューロン統制の元では違うのかもしれないけど!」
「は、はいっ」
 私はゆっくりと今日の作戦について話し始めました。
 私の心許ない『告白』についての知識を総動員して、下駄箱に体育館の裏に来ていただけるよう伝えたこと(下駄箱に手紙を入れるときはあまりにどきどきして、心臓が持てる限界の速度で動いているようでした)。
 実際に対峙して、一刻も早く言うべきことを言って退散したかったこと(この時私の拍動は限界突破、もう口からハートがまろび出んばかりでした)。
 しかし、これは私の頑張りどころ。なんとしてでも嫌われなければなりません。一生懸命返答して堂々と立ち去ったこと(角を曲がった所で足がもつれてすっ転んでしまった所を近くを通った野良猫さんに目撃されてしまいましたが)。
 こういった経緯を若干の主観に基づく補正を加えて話しました。
 先輩は、黙ったままこちらを見ています……。
「それで?」
「そ、それで? え、えと、それで今に至ります」
「……はぁ~」
 先輩はいよいよ疲れ果てたようにため息を吐いてテーブルに突っ伏しました。
 ため息を吐くと幸せが逃げていく、という説を聞いたことがあります。その事について言及しようとしましたが、どうやらそんな事をを言える雰囲気では無いようです。ここは空気を読まねばまた『けーわい』と言われてしまいます。
 ……『けーわい』がどんな意味なのかはよく知りませんが。『けーたい』の親戚ではないかと私は睨んでいます。
「あたしの発言がこんな事を招くとは……予測不能の暴想少女相手とはいえ、最大の不覚だわ」
「ぼ、暴走少女? わ、私『おーとばい』に制限時速を超えて乗るような交通法規違反を犯した事は未だかつて無いのですが……」
 そもそも免許を所持していないですし。
「ち・が・う・わ・よ。そりゃ暴走族でしょ。あんたがいきなり『先輩、一緒に風になりましょう! 夜露死苦!』とか言うなんて思ってないわ」
 あ、でもへたするとあんたの謎思考じゃまかり間違ってそんなとこに行き着きそうで恐いわ、と先輩は苦笑いをしました。
 失敬な。さすがの私だって分別くらいわきまえております。
「あー睨まない、睨まない。あんたの目線は人の一人や二人殺せそうで恐いわよ」
「生まれつきです! 悪かったですね、目つき悪くて」
 人を殺せそうだなんて冗談でも悪いです。
 た、確かに好意的に寄っていった野良猫さんにそれは必死に逃げられたことはありますけれど。あれにはいつもショックを受けるものです。一度私の目つき以外の理由で逃げたのではないかと思い追いかけてみた所、行き止まりでパタリと倒れてしまったことがあります。それ以来、猫さんには近づかないようにしています。
「ごめんごめん、冗談だって。あ、でもあんた、そっちの学校で『氷の女王』っていうあだ名で崇められてるって聞いたんだけど、ほんと?」
「なっ」
 何故それを知っているのですかっ。崇められてなんかいません。
 た、確かに私のことを影でそう呼んでいることは聞き及んでいました。氷の、の部分が名前の氷菓に掛かっているのは理解できるのですが、女王様が一体どこからやってきたのか全くわかりません。
 ゆえに私はその二つ名を、どうしても好意的に受け止められていませんでした。そもそも私のどの辺りが『女王様』たる所以なのか、さっぱり理解できません。
 しかも他校の生徒のはずの先輩が何故その名をしっているのでしょう。
 私が自分の不本意な愛称について考えを廻らせていると、先輩が顔を近づけてきました。
「なんでも、噂の美少女転校生はサディストだったって噂よ」
「さでぃすと?」
 なんでしょう、聴き慣れない言葉です。美少女だなんて畏れ多いお世辞は良いとしても(褒められて嬉しくない人間なんていませんから)、その『さでぃすと』なる言葉が『女王様』などという不釣合いな呼び名の元なのだとしたらぜひその意味を知っておかねばなりません。
 私は先輩に尋ねました。
「先輩、その『さでぃすと』とはなんですか?」
 何でしょう、美味しいものならば是非一度食してみたいものですが。
「えっ……」
 私の質問に、先輩は固まってしまいました。

【僕の盲想・ニ】

「ね、眠い……」
 次の日。既に昼休みも終わり、午後の授業が始まっている。
 そんな中、僕は睡魔との激しい戦闘を繰り広げていた。
 なぜ僕はこんなにも眠いのか。
 答えは簡単。あの後徹夜でゲームをしていたからである。帰ったら寝ようとか言ってたのにゲームの電源を入れたのは誰だ! もちろん、僕だ。むしゃくしゃしてやった、反省はしている。
 なんて犯行動機じみたことを考えながら、必死で耐える。
 寝ちゃダメだ、寝ちゃダメだ、寝ちゃ、だめ、だ……ぐぅ。
「痛っ!」
 睡魔の激しい攻撃に耐え切れず、うつらうつらしていた僕の背中に突然鋭い痛みが走った。
 驚いて後ろを振り向くと、シャープペンシルを逆手に構えた篠崎氷菓がこちらを睨んでいた。
 それはさながらクナイを構える残虐なくの一の姿だった。
 そ、そうだった……。彼女、僕の後ろの席だったのだ。寝ている所を後ろから一突きだなんて汚いさすがくの一汚い。
 完全に失念していた。というか、どうせなら忘れていたかった。
 彼女は若干前かがみでこちらに近づくと、僕の耳元で
「授業中に寝たらダメですよぉ……」
 と囁き、ニヤリと笑ったのだった。
 エマージェンシー、エマージェンシー。頭の中で警報が鳴り響き赤いパトランプが一斉に回転を始めた。
 僕は無言で何度も頷くと、急いで前を向いて教科書を睨みつける。
 もちろん全く頭に入ってこなかった。
 一体何事だ、これは。
 彼女は普段、さっきのような物言いをする人ではない。もっと高圧的で、上から命令するような話し方をするお人だ。
 しかも、最後に笑わなかったか?
 ありえないありえないありえない。彼女が笑うなんて天地がひっくり返っても起こらないはずだ。
 ということは、だ。さっきのは、もしかして警告だったのだろうか。「次に私の前で惰眠を貪ろうものならコロス。むしろ昨日あんな事言われたのに良くぬけぬけと登校できたもんねコロス。あーもう言葉にしても分からないんなら直接体に刻み込もうかぁコロス」という意思表示だったに違いない。
 そうとでも考えないと彼女の笑顔の謎が解けない。
 完全に眠気の吹き飛んだ僕は、今度は彼女という恐怖との戦いに放り込まれたのだった。
 どうしよう、もう微動だに出来ない。
 そうだ、こういう時は現実逃避だ。僕の得意技じゃないか~。あ、というか僕の自己紹介ってまだして無くない? よし、それで行こう。
 今日のお題は「自分のことを、他人に紹介しよう」に決定だ。


 ごほん、僕は斉藤廻、花の十七歳。身長百七十一センチ、体重五十キロ前後。趣味はゲームと現実逃避。文芸部に所属している。学力、普通。運動、ダメ。顔、ふつう(当人比)。
 まぁ言ってみれば、どこにでもいる普通よりちょっと地味な高校二年生だ。
 ただ、一つだけ僕には普通じゃない部分がある。ふっふ、気になるかい? それは、この恐ろしいまでの妄想力にある。昔からおかしな物語を考えたりするのは得意中の得意だったのだ。
 もしも人の妄想力を測る機械があった日には、
「ふっ、妄想力5か……ゴミめ」
「はっはっは。何を勘違いしてるんだ。まだ俺のターンは終わってないぜ。今だ! 必殺現実逃避!」
「何っ? 奴の妄想力が上がって行くだと!? 10、50、100、1000……い、一万を超えた! 何っ! ま、まだ上がっているだと!」
 ボンッ! 
 っと測定不能で装置破壊ってなもんだ。
 そう、僕はこの力を使ってライトノベルを書いているのだ。そして、僕はこの力を使ってラノベ界の神になる! と思っていてくれて、間違い無い――


「大間違いだ!」
 突然、頭の天辺に鋭い痛みが走る。
 驚いて顔を上げると、そこにはもう一撃繰り出そうと教科書を構える先生の姿が見えた。
「先生! いくらなんでも僕の思考に突っ込むのはメタすぎます!」
 また叩かれるなんて冗談じゃない。
 僕はあわてて机に出していた教科書で頭をガードした。
「何を言ってるんだ? とりあえず英語の教科書は仕舞え。今は数学の授業中だ」
「えっ?」
 クラスにクスクスと忍び笑いが響く。
 頭上に掲げていた場違いな教科書を仕舞いながら、こっそり辺りを見回す。退屈な授業に飽き飽きしていたクラスメートの視線が僕に集まっている。うわーこれは恥ずかしい。今学期一番の失態だ。
 こら、そこ。奄美翔子! お前は笑うんじゃない。お前も完全に今起きました、とりあえず周りに合わせて笑ってますって顔してるぞ。涎の跡ついてるし。
 僕は未だにジンジンしている頭を押さえながら、いそいそと数学の教科書を取り出した。
 その時だった。
 確かに感じたのだ。背後からの刺すような視線を。
 背筋に悪寒が走る。
 あぁ、これが殺気なんだな、と本来小説や漫画にしか出てこない感覚を僕は確かに感じたのだった。
 これが、身の危険というものなんだ、と。

 
 その日の放課後。
 僕は誰もいない文芸部の部室で一人、頭を抱えていた。なんでこんな事になったのだろう。
 昨日の失態の原因と、今後の身の振り方について考える。
 いや、失態の原因は考えるまでも無い。単にあんな手紙に浮かれてのこのこ出向いていったのがいけなかったのだ。
 僕の馬鹿……。誰かに「お前にラブレターとかありえねーよ(笑)」とか言われて冷静になりたかった……今思うと。
 そう、麗しの美少女が僕なんかに告白するなんてありえなかったのだ。少し頭を冷やして考えれば分かる事じゃないか。僕のバカバカバカ。
 あぁ、昨日丸一日全く授業に集中出来なかったのは、どうやったら彼女からの告白をかっこよく承諾出来るか、に費やしていたからです、なんて誰に言えよう。
 そもそもあんな事を言うためにわざわざ体育館の裏に呼び出す篠崎さんも篠崎さんだ。普通あそこで、あの神聖なる体育館裏で言うか? 体育館裏って言ったら普通同級生、もしくは部活の後輩が愛を告げたり、部活の先輩達による愛の鉄槌が下るような、とにかく「愛」を伝える場所じゃないのか?
 例えばこんな風に――


 『愛の告白~転校生はクールビューティー~』
 ボクは、伊集院光輝。成績、運動神経、ルックス、どれをとっても一級品で靴箱を開けば愛の便りが雪崩落ち、廊下を歩けば皆振り返る。告げられた愛の言葉は既に両手両足の指を使っても数え切れぬほど。学校一可愛いと噂のあの娘も、スタイル抜群のあの娘だってボクにメロメロさ。
 しかし、ボクは満たされぬ日々を過ごしていた。誰に告白されても、いくら愛の言葉を詰まれても、真に冷め切ったこの心を動かしてくれる人は現れなかったからだ。恵まれているが故の苦痛。きっとこのハートを理解してくれる人はこの世に存在しないのだろう。神はボクに力を注ぎすぎたに違いない。あぁ、でもそれは仕方の無いこと。偏にボクが完璧すぎるのが罪なのだ。だから、この満たされない気持ちはせめてもの罰。受け入れよう。  
 そう思っていた矢先に現れたのが彼女だった。
 篠崎氷菓。凛とした顔立ちに、その名の示すとおり冷たい態度をとる彼女に、ボクは知らず知らずのうちに惹かれていた。誰に媚びる訳でもなく、自らの足で前へ進もうとする彼女に、孤独な雰囲気を感じ取っていたからかも知れない。
 そう、このボクと同じものを感じ取っていたのだ。
 彼女はこの完璧なボクと対になれる存在だ。そう確信し、ボクは彼女を放課後の体育館裏に呼び出した。本来なら完璧なボクが愛の告白するべき場所はこんな一般的な場所では無いはずなのだが、相手が相手だ。あからさま位がきっと丁度良いだろう。
「なんですか? 話って」
 少し薄暗い体育館裏に、転校先で最もモテる自分に呼び出されたんだ。ああは言ってるが内心期待しているに違いない。早い所その期待に応えてやる事にしよう。
「実は、分かってるんだろう?」
「……何をですか?」
「ふっ、ボクが君をここに呼んだわけ、さ」
 そして、流し目を決める。このコンボで落ちなかった娘はいない。完璧だ。
「さっぱり分かりません」
 強情だな。なるほどボクの口から直接聞かないと安心できない実はさびしんぼタイプか。わかったよ、氷菓。
「ボクは君が好きだ。君は?」
 もちろん、答えは分かりきっているのだがな。でもお互いに分かっていることをあえて聞くのも風情があるってもんだろう。
 そして、彼女は口を開き、こう言い放った――


 そう! こういうシチュで冒頭の台詞を言われたんなら分かる! むしろここで受け入れるのはキャラ的にもアウトになるか……
「……る」
 いや、意外性を出すために一度は受け入れるのも悪くは……
「おい、廻……」
 う~む、悩みどころだ。でも読者の心情を鑑みると……
「おい! 廻!」
「うわっ」
「どうしたんだよ、ぼーっとして」
 あーびっくりした。
 耳元で大声を上げたのは、我がリテラリークラブのメンバー、 真木元樹まぎもとき。その名の通り木のようにのっぽで大きな奴だ。あだ名はマギー。順当なところだ。面白くもなんとも無いが。
 今年は別のクラスだが、去年は同じでそれなりに仲が良かった。数少ない僕の友人と呼べる存在だ。
「うん、ちょっと考え事をしてたんだ」
「なるほど。で? 今日は何について妄想をしていたんだ? ツンデレか? それともヤンデレ? ま、まさか義理の妹なんてことは無いよな」
「あのねぇ」
 こいつは普段、僕のことを一体どんな風に見てるんだろう。ツンデレ? ヤンデレ? 義理の妹だぁ? そんなのとっくに考えつくしたに決まってるじゃないか。
「そうだ、マギーは篠崎さんって知ってる?」
「篠崎って……篠崎氷菓、『氷の女王様』のことか!?」
「う、うん、そうだけど」
「知ってるに決まってるじゃないか!」
 マギーは声を大きくして、驚いたような表情だ。そ、そんなに有名だったのか、彼女。
 『氷の女王様』とは篠崎氷菓のあだ名だ。高圧的な物言いと、人を見下すような視線。そして名前が氷菓であることから付けられた、本人に対しては絶対に呼べない二つ名である。
「というか廻は同じクラスだろ?」
「うん、後ろの席だけど」
「後ろの席! そりゃうらやっ……災難だったな」
 あれ、なんか複雑な表情をされてしまった。
 まぁ確かに昨日から今日にかけてもの凄い精神的なダメージを受けたわけだから災難と言われてもおかしくないのだが、彼女は端から見たら美少女転校生のはずだ。
「マギーは詳しいの? 篠崎さんについて」
「詳しいってそりゃ転校早々あんだけ色々してれば嫌でも話題に上るだろ」
 色々? 彼女ってそんなに噂されるような事をしていたのだろうか。
 僕が今一腑に落ちない表情をしていたら、マギーは呆れ顔して突っ込んできた。
「お前相変わらず他人の噂に興味が無いんだな。『氷の女王様』の武勇伝っていったら今うちの学校で一番ホットな話題じゃないか」
 そういってマギーは篠崎さんのサディステックエピソードを話し始めた。
 マギーの身振り手振り無しでは行えない会話能力では伝わり辛いだろうから、僕が同時通訳のように短編小説の形でお伝えしよう。

『M君の悲劇~それは昇降口で突然に~』

 僕は、M。もちろん仮名だ。
 今日は待ちに待ったゲームの発売日。三ヶ月前の発表からわくわくが止まらず、情報の載っているゲーム雑誌を食い入るように見つめる日々も今日でおさらば。もちろん予約はバッチリで、売り切れの心配は無かったのだけれど、それでも急いで遊びたい、というのがファン心理と言うもの。
 一刻も早く家に帰り、ゲームショップへと行きたかったのだが、運悪く今週は掃除当番だった。くそっ、ついてないぜ。僕はやる気の無い掃除メンバーを尻目に一人で黙々と掃除を済ませ、かばんを引っつかむと昇降口へとダッシュをした。
 今夜は寝ずにゲームをする。そのために昨日ジュースやカップ麺などを買い漁ってきたのだ。準備は万端。あとはゲームを堪能するだけだ。
 そんなウキウキ気分だった僕は、全く気が付かなかったんだ。自分の頭上に迫る、細く伸びた凶器に――

 それは、眩しい朱の陽が差す昇降口。
 僕は自分の下駄箱のふたを開け靴を取り出すべく伸ばした手に、突然鋭い痛みが走った。
「痛っ」
 一体何が起こったのか判らず驚いて顔を上げると、片手にモップを構える『氷の女王様』の姿があった。最近話題の美少女転校生にして、ドSと噂される人物。
 どうどうと胸を張り、鋭いその眼でこちらを蹂躙するかのように睨みつけている。左頬がわずかに攣り上がり、笑みを堪えているようにも見えた。
 蛇を前にした鼠の様に瞳に射すくめられ、僕はその場に硬直した。
 彼女はその表情のままゆっくりと近づいてくると、
「……悪かったわね」
 そう言い放ち、さらに口元が上へと吊り上った。
 全く謝られた気がしない。むしろ、馬鹿にされた気分だった。
 でも……なんだか悪い気がしない。
 いや、むしろ気持ちいい、のかも……え?
 ひりひりと痛む手が熱を帯び、しだいにその熱が引いていく様は一種の快感だった……あれ?
 も、もっとその棒で私を殴ってください……その眼で、そうまるで下等生物を見下すかのようなその瞳で……って、おいおいおい。


「マギー、なんかおかしいぞ、これ。M君喜び、いや『悦び』始めてるじゃないか」
「そう、そこが『氷の女王』たるゆえんだよ。一般的な趣味の人には手を下さず、ドMのみを的確に蹂躙される……。まさに、女王様というに相応しいじゃないか」
 そう言って、途中からM君の感情描写がやったらリアルになった『聞いた話』を語ったマギーは、どこか上の空だった。恍惚の表情すら浮かべつつある。おいおい、まさか、M君って……。
 ちょっとの間こっちの世界ではない所に行っていたマギーは、俺の疑いの眼差しに気が付いたのか焦って、
「い、いや、聞いた話だからな! 俺はそういう趣味は無い、断じて無い!」
「……で、なんてゲーム買ったの?」
「そりゃあ、『えすえすえすっ! 学園は女王様だらけ』に決まってるじゃないか! 出てくるキャラがみんなきつい眼をした女王様キャラばかりで、中でもメインヒロインの 佐渡檻姫さどおりひめのいたぶり方は神の領域なんだ……あ」
 自白してくれました。
「やっぱりお前じゃねーか、M君」
「い、いや、聞いた話だ。聞いた話!」
「楽しみにしていたゲームのメインヒロインの名前まで聞いたのか? ありえないだろ」
「……」
「っていうかそれ、題名的に高校生が手を出してはいけないゲームなんじゃ……」
「…………」
 マギーは明後日の方向を見たまま固まってしまった。
 もうどう見ても君がM君です、ありがとうございました。
 っていうかこいつそんな趣味があったのか……友達付き合い考え直そうかな。
「んで、M君。篠崎さんが『氷の女王様』って言われてる理由ってそれだけ? もしかしてお前が勝手に呼び始めたんじゃ……」
「い、いや、それは違う。信じてくれ。他にもいっぱい目撃情報があるんだ」
 そういってマギー改めM君は必死の表情で弁解を始めた。
 まぁお前がどんな趣味でもいいけどさ、僕だって人の趣味に口を出せるほど人間出来ちゃいない。
 そう言えば、間木元樹ってイニシャルにするとM・Mになる。つまりダブルMだ。よし、こいつのことは今度から『ダM』と呼ぼう。ダブルMの略だ。
「言ってみろよ、ダM」
「だ、だえむ? おいおいそれを言うならドMだろ」
「うっせぇ駄M!」
「はっ、はい」
 僕がちょっと強い口調で攻め立てると、ダMはちょっと嬉しそうな表情を浮かべた。
 いかん、本格的に付き合い方を考えないといけない。 
「例えばな……」
 その後この駄M野郎が語った篠崎さんの武勇伝は確かに凄まじい物だった。
 近所の野良猫を追い回し、遂には瀕死に追い込んだり(動物虐待!)、
 校庭に咲いていたひまわりの花を毟ったり(植物虐待!)、
 遂にはそれを注意した教頭をその場になぎ倒したり(よく停学にならなかったな……)。
 しかも、そのどの行為もあの全てを見下すような表情だったらしい。
 その場面に遭遇しなくて良かった……。
 いや、昨日の事を考えると、知っておいたほうが良かったのかもしれない。知ってたら呼び出しに応じなかっただろう、絶対。
「人から聞いた話だからな、多少脚色があるかもしれないが、どれも本当に起こった事らしい」
 そう言ってマギー、じゃなかったダMは話を締めくくった。
「それにしても詳しいな。ダMってそんなに情報通だっけ?」
「ふっふっふ。ドM友の会の情報網を甘く見るなよ。彼女は我等の前に現れた救世主、メシア様なんだからな。彼女の動向をチェックする事は今や我がドM友の会の最重要事項だ」
 マギーはそう言って胸を張った。うちの学校にそんな愛好会があったという事実にも驚いたが、それってほぼストーカーじゃ無いのか? 駄目だこの駄M。早く何とかしないと。
 僕があきれて物も言えないでいると、非常に控えめなノックがこの小さな部室に響いた。
 こいつが得意げに自分の性癖を暴露している間じゃ絶対聞こえなかったであろう音量だった。
 誰か来たのだろうか、珍しい。
 うちの部で部室を利用しているのは僕たち二人だけなのだ。部長は家で無いと落ちついて書けないとか言う引きこもり体質だし、後のメンバーはほぼ名ばかりの幽霊部員。その上、僕ら二人に放課後用事があるだなんていう奇特な人物は、精精テスト前に泣き付いてくる翔子ぐらいなものなので、普段この扉が僕たち以外に開かれるのは非常に稀なのだ。
 僕とマギーが同時に音のしたほうを向いた。
「開いてますよ。どうぞ」
 僕が返事をすると、恐る恐るといった感じにドアがゆっくりとスライドした。
 僕ら二人は、同時に入ってくる人物が誰なのかを理解した。
 そして、同時に固まった。
 え?
 声にならない感嘆詞が、ハモった。
「あの……斉藤廻くん、いますでしょうか?」
 これ以上吊り上げたら目尻が空を仰ぐのではないかと思うほどの視線でこちらを睨んでいるのは、たった今話題に上がっていた『氷の女王』こと篠崎氷菓その人だった。

【私の暴想・二】

「あーはっはっは、それ、むちゃくちゃ可笑しい。あんたやっぱり最高だわ」
「先輩、声が大きいです」
 引き続き先程のファーストフードのお店でのことです。
 私はなんとなくですが『さでぃすと』についての知識を得て、なんといいますか、心当たりのある事項を先輩に話した所でした。
「だって、ひまわりで花占いって、なにそれ。どういう思考の持ち主だったらそうなんのよ」
「違うんです。私だって初めはもっと小さな花で占おうと思っていましたよ」
 私だってそんないきなり大物を狙うほど器の大きな人間ではありません。ゆくゆくはお相撲さんが優勝した時にお酒を注ぐ杯のように器の大きな一人物になりたいとは考えてはいますが、今はまだおちょこ程度のものでしょう。
「それじゃあどうしてこれまた突拍子もない事を思いついたのか、話してみんしゃい」
 三咲先輩は眼をきらきらさせて話を聞き入っています。
 なんだか遊ばれているような気もしなくは無いですが、説明を求められた以上答えなくてはなりません。
「あのですね、協力を仰いだ相手がなぜ向日葵になったのかですけど……」
 あの日の私は、せっかく転校したのに全く話しかけられない自分に嘆き、これから自分は彼と話しが出来るのかについて非常に悩んでいました。いえ、もちろんそんなのお前しだいじゃないか、と言われてしまってはそれまでなのですが……。
 そこで、私は古から代々伝わる花占いに頼ってみようと思いついたのです。
 それは数学の授業中のことでした。
 相手が自分の事を好きなのかそうでないのかが花びらの枚数によって決まっている、なんて乙女チックな幻想は流石に私も抱いておりません。何故なら人間の心理は『ある・なし』の二通りで表せるほど乏しくありません。年の頃にしてもう十七、もっと複雑に絡み合った微妙な感情だってある事ぐらい、私も存じ上げております。……存じ上げるようになったのはつい最近ではありますが。
 とにかく、そんなあやふやな物はいくら綺麗に咲き誇る花弁だって判りはしないでしょう。ですが、自分が相手に話しかけられるか否かは文字通り二通りです。これなら可能。
 これは我ながら良いアイデアだと思いました。
 今日という日に確率の勉強を教えてくださった先生にも感謝です。
 私は早速放課後に校庭に赴き綺麗に咲いている花を探したのですが、なかなか見つからないでいました。今年は残暑が厳しく、九月半ばでも汗が滴るような日々が続いていたせいで水が不足してしまっていたせいかもしれません。
 花を付けそうな植物は殆どが元気なく萎れていました。
 そんな中、裏庭に周った私は九月になっても未だ元気に花開く向日葵の花を見つけたのです。
 背丈が二メートルはあろうかという立派な向日葵でした。
 ここからはなんというか、言い訳になるのですが、その日もその残暑の影響で気温が三十度を超えるような非常に暑い日でした。意識が朦朧としながらもひたすらお花を探していた私の目の前に現れた向日葵は、それはもう救世主のようでした。
 これで花占いが出来る。私は喜び勇んで両手をめいいっぱい伸ばし花占いを始めました。
「話し掛けられる、話し掛けられない、話し掛けられる、話し掛けられない……」
 しかし、向日葵の花びらの多いこと。
 なかなか白黒ハッキリ致しません。
 花びらが尽きる前に、私の方が眼を白黒させてしまいました。
「別に上手いこと言ってないからね」
「わ、分かってますよ」
 すかさず先輩が突っ込みを入れてきました。
 これだから先輩は油断ならない……。
「それに、確かひまわりの花ってあの大きな奴が一つの花なんじゃなくって、いくつもの小さな花が集まってるはずだけど」
「えぇっ!? そ、そうなんですか」
 では、あの日の私の努力は、一体……
「まぁいいや。んで、それの後どうなったの?」
 まぁよくはないのですが……。今更嘆いたって仕方がない、とあまり知りたくはなかった事実に嘆く自分を鼓舞しつつ、話を続ける事にしました。
「えっと、実はですね、その向日葵、教頭先生が個人的に世話をしていて大事に育てていた花だったらしいんです」
「え、それまずくない?」
 そう、非常にまずかったのです。
「当然後で裏庭前の軒下に呼び出されたのですが、その日たまたま雨が降っていまして……」
 大事な向日葵の花を毟ってしまったのですから、先生のお怒りも尤もです。
 私は当然のことと受け入れただただ平謝りしていたのですが、先生が地団太を踏んだ瞬間足を滑って転んでしまったのです。
 しかも都合の悪いことにちょうどその時私がくしゃみを催しまして……
「なるほど、それをこっそり見ていた誰かさんがあんたが教頭に頭突きを食らわせた、って勘違いしたわけ」
「はい……」
「つくづく面白い星の元に生まれたのね」
 私はちっとも面白くないのです。
 その後も先輩は、風に飛ばされて下駄箱の上に乗ってしまったプリントをモップで取ろうとして、通りがかった人の手を強打してしまった話などの私の恥ずかしいエピソードを聞くたびに大きな声で笑うのでした。
「そんなに、可笑しいですか?」
 あまりにも楽しそうに笑うので、こちらは恥ずかしくて仕方がありません。
「いやー傑作。最高」
 先輩はしばらくの間くっくっくとお腹を抱えて苦しそうでしたが、しだいに落ち着いてくると私にこう尋ねました。
「でも、氷菓。例えそんなエピソードがあって、尚且つどギツイ眼をしてても、常に丁寧語のあなたを『女王様』なんていうのは行き過ぎな気がするんだけど……。何か他に思い当たることは無いの?」
「他に、ですか……」
 自分が女王様、なんていかにも偉そうな名前を冠する理由に思い当たることなんて……
「強いて言えば、同年代の男性に対しての口調でしょうか……これは中学時代のクラスメートに『頼むからこれから命令口調でしゃべってくれないか』と頼まれて以来慣れないながらも頑張って保ってきましたから」
 でもまだまだ慣れないんですよねぇ、と呟くと、話を聴いた先輩は一瞬驚いた表情を浮かべた後やれやれと手を額にあてて、
「はぁ~」
 とため息を吐きました。
「先輩、どうしたんですか?」
 先輩は髪の毛をかきあげ、ビシッとこちらを指差して言い放ったのでした。
「それだ!」と。

【僕の盲想・三】

 あの『氷の女王文芸部襲撃事件』から三十分後、僕は駅前の商店街にいた。
 何故か、篠崎さんと一緒に。
 彼女は今、僕の隣を歩いているのだ。
 マギーはいない。つまり、二人っきり。
 なんなのだ、この状況は!
 何が起こったか説明しないと読者が置いてきぼりだ。
 僕は頭の中で彼女が来てからのなんやかんやを頑張って思い出した。ショックが大きくて若干曖昧だけど。
 そう、彼女は突然部室に現れたのだった。『噂をすれば影をさす』とは言うがいくらなんでもこれは予想外だ。携帯電話の格安プランなんか目じゃない予想外度。
 彼女は慌てふためく僕らを尻目にゆっくりと部室に入ってくると、ご指名のあった僕の前に立った。
 あ、なんかこの状況、どこかで見た。
 そう、つい最近。というか昨日。
 僕はとうとうお迎えが来たのかと結構本気で思ったのだ。
 そういえば授業中に殺気を感じた事を完全に失念していた。今日は一刻も早く家に帰って鍵を閉め、布団をかぶってぶるぶる震えているべきだったのだ。
 昨日に引き続いて痛恨の選択ミス。綺麗に死亡フラグを回収してしまった。これがアドベンチャーゲームだったら既に僕は二回死んだことになる。
 ガタガタと震えが止まらず、パイプ椅子から立ち上がれないでいる僕の前に立った彼女は、その鋭い視線でこちらを見据えてこう言った。
「私と……一緒に帰りませんか」
「うわぁ! なんでもしますから命だけは助けてください! でも僕を虐めたって楽しくないです。どうせならこいつなら喜んで虐めれられますよ! ……って、ええっ?」
 今、なんと仰いました? 一緒に帰りませんか?
 僕は、あまりの想定外な発言に思わず驚きの声を上げてしまった。てっきり「昨日アンタ嫌いっていったでしょ? なんでそれなのにのこのこ学校来てるわけ? バカなの? 死ぬの? そっか~死ぬの。手伝ってあげるよ」とか「昨日あんだけはっきり言ったのに、まだ解らないみたいだから直接この手で解らせに来て上げたわ。感謝しなさい、この豚野郎」とか言われるものだと思っていた。
 しかも、昨日とはうって変わって丁寧語だ。いつもの上から口調じゃない。
 僕が完全に混乱して黙りこくっていると、こちらを睨みつけていた彼女は視線を下げ、これまた黙ってしまった。
 な、なんだか本当に男子を誘いに来た奥手女子生徒的反応だ。視線の鋭さ以外。
 僕にどうして欲しいというのだ、この状況。
 狭い部室に昨日「嫌いです」宣言された男子高校生と、その嫌いなはずの相手を誘いに来た女子高生、その他(ドM)一名。
 時間にすると数十秒にも満たないのだろうが、体感時間的には数十分の沈黙が広がる。
 昨日と同じように陽の光が橙色を帯びて射すのが皮肉だった。
 僕は沈黙に耐え切れず救いを求めるようにその他一名を窺った。もし、この状況を打破できるようならダMの称号は返上してやってもいい。いや、そんな事が出来るようならマギー様と呼ぼうじゃないか。
 それぐらいの面持ちで、目線で助けを求めようとしたのだが……瞳がその姿を捉えた瞬間、あきらめた。こいつ、憧れの女王様を前にして放心状態だ。くっそ、こんな駄M野郎に救いを求めた僕が馬鹿だった。
 僕は目線を戻し、ゆっくりと彼女の様子を窺う……と同時に、
「なっ!」
 あまりの衝撃で僕の情けない声が沈黙を破った。
 彼女が、小刻みに震えていたのだ。
 まるで、緊張でいっぱいいっぱいのか弱い少女のように。
 僕は、幾度かこういう場面に遭遇していた。……ゲームの中でだが。
 しかし、どの場面でも相手の女の子はそれまでも意志の弱い、相手に思いを告げられないタイプの娘だった。こんな、普段『女王様』なんて呼ばれている女尊男卑の象徴みたいな娘では断じてない。
 だけど。
 それだけに彼女の姿は、その普段とかけ離れた姿は、僕の目に新鮮に映ってしまった。
 だからだろう。
 僕は昨日のことも忘れ、思わずこう言ってしまったのだ。
「いいですよ」
 と――


 そして、現在彼女と並んで歩くことになっている。
 二人並んで、黙りこくって。
 今、冷静になって考えてみると完全に早まった気がする。
 だって、いくらなんでもおかしくないか?
 昨日のちょうどこの時間あたりに、僕は彼女からの一方通行な拒絶をされたはずだ。
 なのに、その二十四時間後にこうして傍から見たら仲良く歩くことになっている。
 なんなのだろう、この豹変振りは。まるで人格が入れ替わったみたいだ。今時多重人格物なんてはやらないぞ。
 それとも、これもSプレイの一環なのだろうか。特に用事もないのに、思わせぶりに誘って何にもせずに別れる、みたいな。確かに精神的なダメージはありそうだ。一般的な欲望を持つ男子生徒ならその晩やきもきしてなかなか寝付けない事だろう。
 だけど今回の場合、僕は彼女が僕のことを嫌いだって事は知っているのだ。それでは今夜突拍子もない妄想に浸ってしまってあっちの世界から抜け出せないぜ……くっそ、今夜はオールーナイトだ! みたいな事にはさすがの僕もならないだろう。
 それでは、僕をどこか連れて行きたい所があるのだろうか。
 ま、まさか
「学校内では人の目もあるでしょう? あっはっは、ここなら泣いても叫んでも誰も来てくれないわよ? いい気味だわ。ほら、もっといい声で鳴きなさい、この豚野郎」
 ばしっ、ばしっ
「アッーー!」
 みたいな展開が待ってるのだろうか。しまった、こんなことなら下ろしたてのパンツを穿いてくるべきだった。
 まぁさすがに無いと、思うが……無い、よね? 痛いのは嫌だよ?
 僕はさらに足を速めつつある篠崎さんのほうをゆっくりと窺った。
 親の敵か何かを見つけたかのようなどぎつい視線で進行方向を睨むのはいつも通り。
 わざわざ僕のことを呼びつけて一緒に帰っているって言うのにこっちの方なんて見向きもしない。
 でも、この時僕は不謹慎にも彼女に見とれてしまっていた。
 『氷の女王』と名づけた人の気持ちもわからないでもない。強い意志の塊であるようなキリッと尖った眼。その中には見ているほうが吸い込まれそうなほどに綺麗な漆黒の瞳。そんな攻撃的な印象に長いまつげが女性らしさを添えていている。丸みを帯びて小さいながらもシャープな印象の輪郭。長く綺麗な髪が急ぐ足に合わせ揺れている。どれをとっても、強いカリスマで国を引っ張る女王の姿とかぶった。きっと黒いドレスを着て王冠を被ったらあつらえたように似合うことだろう。
 思えば、昨日死の宣告を受けた時にもこんなに至近距離にはいなかったのだ。
 アホみたいにぼーっと彼女のことを見ていたのだろう。
 僕は、彼女が突然足を止めたことに少しの間気が付かず前進していた。
「あの、少し寄ってもいいですか」
 彼女の声で虚空を見つめていたことに気が付いた僕は、慌てて彼女のほうを振り向いた。
 そこは、この辺りでも一番大きな本屋だった。僕もよくお世話になっている。
 彼女は僕をじっと見据えて返事を待っていた。
「あ、はい。いいですよ」
 ここで僕は自分が呼ばれた意味を理解した。
 そうか、同じクラスの文芸部員に面白い本を聞こうとしていたのだろう。
 なるほど、お前は嫌いだけど文芸部に入っているんだからお勧めの本の一つや二つあるんだろ? 最近暇だから暇つぶしに読んでやるよ。お前は嫌いだけど。そういうことか。
 と、思ったのだが。
 彼女は僕がいつも立ち寄る新刊コーナーをさっさと通り抜け、何やら難しい本の売っているコーナーへとずんずん進んでいってしまった。
 こういう時に付き添いとしては彼女に付いて行くべきなのだろうか、それとも個人の趣味には首を突っ込まずに大人しく待っているべきなのだろうか。
 僕は、間を取って陰からこっそり眺めることにした。
 べ、別にストーカーとかじゃないんだからね! 勘違いしないでよっ!
 ……ツンデレっぽくすれば何でも許される訳じゃないよね。分かってます。
 でも、ほら。やっぱり気になるではないか。
 噂の美少女がどんな本を読んでるのか、とかさ。
 特に彼女の場合昨日と態度が全く違うのも気になるところだ。
 もしかしたら学校外では普通なのかもしれない。内弁慶ならぬ学校女王様。新ジャンルだ。
 彼女は様々な分野の本が並ぶコーナーを早足で進むと、写真集のコーナーで足を止めた。
 平積みになっている所から、カラフルな表紙の一冊を取り出して眺め始める。
 一体あれはなんの写真集だ? 僕が今いる位置からは残念ながら本の題名までは読めなかった。
 ゆっくりと見つから無いように回り込んで彼女の様子を盗み見た。
 ――え?
 思わず声にならない感嘆の声が出る。
 い、今あったことをありのまま話すよ!
 『ドSで有名な彼女の目尻が下がって口元には笑みさえ浮かべていた』
 何を言ってるのか分からないと思うけど僕も心底びっくりした。
 彼女の普段の表情とのギャップに、僕自身どうにかなってしまいそうだったくらいだ。
 ドS的な悦びを湛えた表情だとか苦笑いだとかじゃ断じてない。
 もっと、優しげな表情だった。
 彼女は、アフリカの野生動物の写真集を眺めていたのだ。
 ゾウやキリン、ライオンなんかが迫力のあるカラー写真でのった、大判の本を。
 そう、そして微笑んでいた。
 とても動物虐待などをする人には、僕には見えなかった。
 いつでも吊り上っていたきつい目線は面影も無く、頬は緩み、ふにゃっとした柔らかな印象を醸し出していたからだ。
 彼女は満足したのかその写真集を置くと、さらに奥へと進んでいった。
 僕は彼女が写真集のコーナーを去ったあともそこから動けず、立ち尽くしていた。
 こ、これがギャップの恐ろしさだというのだろうか。ツンデレなんて目ではない程の衝撃が僕を包み込んでいた。
 さっきから心臓の鼓動がうるさいぐらいに響いている。
 僕は朦朧とした意識の中ふらふらと本屋の出口へと向かった。
 こんな状態ではとてもではないけれどまともに新刊を吟味する余裕はない。
 僕は本屋の外で彼女を待つことにした。
 ゆっくりと鼓動が落ち着くに従って、段々と冷静さを取り戻す。
 夜に差し掛かって風も冷たさを増してきたのがこの時は幸いした。
 今の現状を整理する。
 どうやら彼女は、僕に本を選んで欲しいわけでは無いようだ。では、何の為に嫌いなはずの僕をわざわざ指名したのだろうか。彼女は一人では帰れない実はさびしんぼで毎日とっかえひっかえ男子を連れて下校していた? いや、ありえないだろう。そんな事をした日にはすぐに噂になるだろうし。
 じゃあなんで僕を?
 さっぱり解らない。
 いや、一つ、解った事がある。
 彼女は悪い人ではない。
 それだけは、確信を持って言える気がした。もし、あの表情を演技で出来るのならそれだけで騙される価値がある、そう言える位あの表情は本物だった。
 動物を見ることであんなに優しい眼を出来る人が、サディストだなんてあり得ない、と思う。
 きっと彼女のドS疑惑は何かの勘違いかあの変態愛好会のでっちあげか、もしくは妄想の産物なのだろう。彼女のきっつい眼付きと言葉遣いは生まれつきなのだ。確かに物をハッキリ言う人だとは思う。嫌いな人に嫌いだって言える人なんてなかなかいないからな。でも彼女は人をいたぶることによって喜びを感じるような人には僕は思えなくなっていた。
 ちょうどそういう結論に達した時、彼女が本屋の袋を両手で抱えて出てきた。
「待ちましたか。すみません」
「いいえ、大丈夫です」
 ぺこりと頭を下げるものの、いつも通りの、一般的には睨んでいるといわれる表情だった。
 でも、僕にはもうなんとも無かった。生まれついての表情なのだ。きっと今までも多くの勘違いをされてきたのだろう。
 そう考えると可哀想なことだ。彼女は優しく可憐な少女なのに、謂れの無い噂により不本意なあだ名まで付けられてしまったのだから。
 僕はにっこりと笑って尋ねた。
「なんの本を買ったんですか?」
 彼女は僕の笑顔に一瞬驚いたような表情を見せた後、普段の顔に戻ってこう言い放った。
「『サディスト入門~手軽に出来るマゾヒストの躾~』と『サディストとは?―愛の鞭を振るう女王様―』です」
「……な、なんの為に?」
「勉強です。何分無知なもので」
「…………」
 僕はもう、何も信じられないかもしれない。
 人間不信に陥りそうだった。

【私の暴想・三】

「先輩! なんてものを買わせるんですか!」
 その夜、私はがらにも無く顔を真っ赤にして先輩への抗議の電話をかけました。
「ええ? 本当に買ってきたの! アッハッハッハごめんごめん。あたしとしては本屋に並んでる奴をぱらぱらっと見て真っ赤になったら面白いな、くらいに思ってたんだけど」
「私の顔は今現在真っ赤です! もちろん怒りでです!」
 家の電話の子機を力いっぱい握り締めて反論をしました。今回は本当に笑い事じゃなかったんですから当然です。
「いや~電話で良かったよ。普段から怒ってるんじゃないかっていうくらい恐い顔してるのに、本気の怒りの顔なんて恐ろしくて直視出来ないもの」
「からかわないで下さいよ! こっちはあわや家族会議だったんですから」
 つい先程のことですが、私は『さでぃすと』について勉強しようと買ってきた本を開いた瞬間、あまりに過激なカラー写真が眼に飛び込んできたせいで思わず悲鳴を上げてしまいました。
 さらに都合の悪いことに、その悲鳴を聞きつけ両親が駆けつけてきたからもう大変。必死でベッドの下に本を投げ込んで事なきを得ましたが、後一歩判断が遅れていたらとんでもない事になるところでした。
「ベッドの下なんて思春期の男子中学生みたいな隠し場所ね。もっとちゃんとした所に隠さないと見つかっちゃうよ」
 先輩の口調は私の怒りに反してまたしても非常に楽しそうでした。
「あんな本部屋に置いておけるわけ無いじゃないですか! 明日どこかに捨てに行きますよ」
「え、捨てちゃうの? もったいない。どうせなら頂戴よ」
「あんな本は健全な十代の女性が見て良いもではないです! なんで大人の殿方専用スペースに置いてなかったのか不思議なくらいの代物だったんですよ」
 どうりで店員さんの営業用すまいるが引きつるわけです。
「ああっ!」
「突然どうしたの」
「か、彼に、今日何買ったの? って聞かれて丁寧に題名を答えてしまいました」
「あ、それはまずいかも……」
 あぁ、『女王』なる称号を返上するどころか、逆に確定してどうするの、私……。
「まさに汚名挽回だね」
「それを言うなら汚名返上、名誉挽回ですっ。汚名を挽回してどうするんですか」
「いやいや、この場合挽回しちゃったでしょ、実際」
「誰のせいだと思ってるんですか! そもそも先輩が『さでぃすとって言うのは強い人物のことよ』なんて嘘吐くからいけないんです」
 私はてっきり偉人か何かかと思っていました。
「嘘は吐いてないよ? そんなに間違ってなかったでしょ。っていうかさ、彼を連れ出すことに成功したの? 良かったじゃん」
「いや~そうなんですよ。あ、聞きます? 詳細」
 そうでした。もともとこの報告をするために今日電話をすることになっていたのでした。
「あ、いいや。今の嬉しそうな声でもうお腹いっぱい」
「そんな事言わないで聞いてくださいよ。これでも頑張ったんですから。それに先輩が授けてくれた作戦に沿って行動したんですから、報告するのが道理です」
 私はそう言って一方的につらつらと語り始めました。
 昨日先輩に指摘されたことは、その口調がまずい、ということでした。
 まさか男子に対してこれがいいのだと断言され、頑張って練習してきた命令口調を全否定されるとは思ってもみなかったのです。
「きっとそいつがちょっと特殊な趣味を持ってたのね……それにしても、それを鵜呑みにして全男子に対して命令口調を貫くとはもう真面目を通り越して馬鹿よ、馬鹿」
 そう言って先輩は呆れながらも、私に素晴らしい一発逆転の作戦を授けてくださったのです。
 その名も『えすでれ作戦』。
 全く知らなかったのですが、今、世の男子に大人気なのが普段はつんけんとした態度をとるものの、時にでれっと甘える『つんでれ』なる態度らしいのです。先輩によるとこれは普段とのギャップが織り成す相乗効果で、いまや常識とのことでした。自分なりに行った解釈では、よく指導者に求められる『飴と鞭』と呼ばれるものに近いのではないか、と思っています。
 そこで先輩は私の今までの『さでぃすてぃっく』ととられていた態度を逆に利用して、今度は大人しい態度をとることによるギャップを狙うとのことでした。
 なんという天才的発想でしょう。
 今までマイナスな事と捉えていた『さでぃすてぃっく』な面を利用することにより今後の行動をより大きなプラスに導くなんて、普通考え付くものではありません。
「んで、一緒に帰ろうって言って一緒に帰った、と。……それだけ?」
「それだけ! 何を言うんですか。大進歩です。誘いに行くために部室に向かってる時なんて何回無理だ、帰ろう、と思ったか知れないですよ」
 実際、二三度校舎と部室等を行ったり来たりしましたし。
 さらに告白しますと、部室の前は五往復はしたと思います。
「ふーん。まぁ、じゃあ良かったんじゃないの?」
 私の興奮した報告に先輩はなんだかつまらなさそうな口調で生返事です。
「何か、まずかったですか?」
「ううん、別に。ただ、誤解は解いておいたほうがいいんじゃない?」
「誤解?」
 何か誤解されそうな事をしましたでしょうか……。
「昨日も言ったけど、この作戦は人間のギャップに弱いって特性につけ込んでるわけ。それでさ、このギャップって、プラスに働くだけじゃなくって、その逆もあるんだよ?」
「はい……そ、それで誤解とはなんでしょうか」
「あんた、今日確かにサディスティックな印象から普段の態度に切り替えてことによって『女王様』キャラの払拭を狙ったんでしょ。でもさ、その後アンタなんて題名の本買っちゃったわけ?」
 ……あ。

【僕の盲想・四】

 ファーストインパクトから、二週間が経った。今日はもう師走も半ばに差し掛かった十二月十三日。
 あの後、僕はマニュアルに沿って折檻を受ける……ようなことも無く、なんとか無事に過ごしていた。
 そして、なぜかあれから毎日のように篠崎さんと下校している。
 うん、自分でもよく分からないんだ、本当に。
 別に僕たちが『付き合っている』なんて事実はあるはずもない。なんせ彼女は僕のことが嫌いなのだから。
 ただ流石に毎日のように噂の美少女転校生と下校しているという事実は、男子の間でものすごい勢いで伝わった。特にとある学校非公認愛好会の間で。
「この裏切り者が! 一体この妄想野郎のどこがいいんだ、氷の女王は!」
 とは、襲撃事件から三日後に伝えられたダMことマギーの捨て台詞だ。本当に情報が早い。
 一緒に帰るようになって、僕は彼女の認識がことごとく間違っていることを知った。思い込みだとか、第一印象ほど当てにならないものは無いな、と思い知ったのだ。
 まず、サディスティックな趣味は一切無いということ。動物が好きだけど、キツイ目線のせいで恐がれてしまうこと。非常に真面目であるということ。そして、たまに予想外の行動をとるということだ。
 どうやら彼女は彼女独自の考えを持っているらしく、その思考と生まれつきの真面目さが合わさると、この予想外の行動に出てしまうらしい。どうやらドS疑惑のほうもこの行動が原因ではないかと僕は睨んでいる。
 彼女は困った癖だと嘆いていたが、僕は面白いと思っていた。
 人間ちょっとくらい普通じゃないほうがきっと楽しいと思う。
 さらにあの日を境に彼女は上から口調を止め、常に丁寧語で接するようになっていた。もちろん僕に対してだけではなく学校中の人間に対して。
「なんで口調を変えたの?」
 僕はもう日常と化した彼女との下校中に尋ねてみた。
「いえ、何と言うか、それが良いと思っていたんです。本当に恥ずかしい……」
 そう言って、彼女は僕から眼を逸らした。
 こんな風に、僕らは特に何をするわけでも無く高校から駅までの二十分ほどの距離をただただ一緒に歩いた。
 たぶん、傍から見たら付き合っているように見えるだろう。僕だってこれが自分じゃなかったら間違いなくそう思うだろうし。
 ただ、僕は知っているのだ。
 彼女が僕のことを嫌いだということを。
 その証拠に、僕らは学校の下校時以外に二人で会った事が無い。デートなんてものする必要が無いからだ。なんせ、付き合ってないんだから。
 この事実があるおかげで僕はそんな浮かれた妄想を抱かずにすんでいた。
 きっと真面目な彼女は嫌いなタイプの人間の克服をしようとしているだと、僕の中で結論づけている。
 これから長い人生、僕らは今までよりも沢山の人間と付き合っていかなければならない。嫌いなタイプ、なんてものはなるべく少ないほうがいいに決まっている。
 そんな彼女の苦手克服に僕なんかが一役買えるのならいくらでも付き合うさ。
 僕も、一人で帰るより可愛い女の子と帰るほうが楽しいしね。


 僕らは今日も一緒に校門をくぐり、駅への道をゆったりと歩いていた。
 商店街はクリスマスムード一色だ。これから二週間がお店にとってはかき入れ時。イルミネーションや装飾に力を入れるのも頷けるってもんだ。
 同じ時間に通っているはずなのだが、十二月も半ばになると以前よりも陽が落ちるのが早い。
 既に空は真っ暗だった。
「最近寒いですね」
「はい。朝起きるのがつらくて敵いません」
「布団から出辛いですよね」
 そんな他愛もない事を言い合って、僕らは帰路を急いだ。
 彼女のほうも大分僕に慣れたらしく、昔よりも角度にして五度ほど目尻が下がっていた。まぁそれでも平均からするときつい角度を描いているのだが……。
 僕らは赤と緑のド派手な垂れ幕の掛かる銀行に指しかかった。その垂れ幕には『クリスマスキャンペーン実施中! 新規口座をおつくりになった方にステキなプレゼントが!』と書いてある。こういうのって、たいてい素敵には程遠いものをくれるんだよなぁ。
 それにしても、銀行までクリスマスか……。今年も、クリスマスは家族と仲良く過ごしますよ、えぇ、全然くやしくなんてありません。
 ……すいません、嘘です。
「銀行までクリスマスカラーですね。そっかぁあと十日くらいですもんね」
 そう言って寂しさを紛らわそうとした。
 でも、これを口に出して、しかも答えてくれる相手がいるっていうのは幸せなものだ。昔は一人妄想を膨らますしかなかったもんなぁ。
 そう思い、感謝の気持ちをこめて篠崎さんの方を向いたのだが、彼女は銀行の前で歩みを止めていた。
「篠崎さん、今日は銀行に用事?」
 彼女が急に立ち止まるのはいつものことだ。
 そして、たいていそこに彼女は用事があり、僕がそれに付き合うという構図が出来上がっていた。
 しかし、いつもすぐに帰ってくる返事が今日は無い。どうしたのだろうか。
「? 篠崎さんどうし……」
「あの!」
 珍しく僕の言葉に割って入り、彼女は大きめの声を上げた。ちょっと、昔の『氷の女王』時代の篠崎さんを彷彿とさせるような……。
 僕は、黙って次の言葉を待った。こういう時に急かしては駄目なのだ、彼女の場合。
「あの、その、もし、もしですよ! もし、天皇誕生日の次の日辺りがお暇だったなら、その……」
 彼女はこれまた久しぶりに緊張しているように見えた。
 最初の頃は、嫌いな相手との至近距離でのコミュニケーションにかなり手こずっていたからな。
 それにしても彼女は何が言いたいのだろう。この寒空の中、銀行の前で。
 天皇誕生日の次の日っていうと、ええっと天皇誕生日っていつだっけか……いかん、ど忘れだ。
 彼女は呼吸を整えると、気合を入れてこちらを見据えた。そして、キッと結ばれた口が開いた。
「その、もしお暇でしたら……」
「廻!」
 彼女の一世一代といった感じの発言に被って、僕の後方から大きな声がした。
 びっくりして、僕と篠崎さんは同時に声のした方を振り向く。
 そこには、息を切らせ、真っ赤な顔で仁王立ちをする幼馴染が立っていた。
「おぉ、翔子じゃないか。どうしたんだ、そんな恐い顔して……」
「嘘吐き!」
「え?」
「嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐きうそつきーーっ!」
 翔子は人通りも多いこの商店街のど真ん中で、大声を上げた。
「ど、どうしたんだよ、翔子。いきなり嘘吐きって。と、とにかく落ち着いて……」
「あんたの事に決まってんでしょ! この大嘘吐き野郎!」
 翔子は恥も外聞もかなぐり捨て大声で捲くし立てた。
 め、眼には薄っすら涙まで浮かべてる!
 こいつの涙なんて幼稚園ぶりに見た。
「う、嘘って何のことだよ」
 俺も焦って思わず声が上ずる。
 周りを歩いている人たちも何だ何だとこちらの様子を遠巻きに窺っている。
「だって、篠崎さんとはなんとも無いって言ったじゃん! 俺を信じろって言ったじゃん! だから回りが何と言おうときっと何かの勘違いだって、たまたま近くにいるのを勘違いされただけなんだって、あたし、廻のこと信じてたのに!」
「そ、それは、違うんだって。誤解だよ、誤解」
 差し出した手を払いのけて、翔子はその場で泣き出してしまった。
 い、いい一体これは何事だ。
 確かにあの時僕はからかわれるのが嫌で翔子に嘘を吐いた。
 俺を信じろ、とか言った気もする。
 で、でも、それってそんなに吐いちゃまずい嘘だったのか?
「ご、誤解って何?」
 ぐすんぐすんとしゃくり上げる翔子の肩に手を置いて、とりあえず宥める。
「俺は嘘は吐いて無いんだって。確かに最近篠崎さんとよく一緒に帰るけど、それは別に付き合ってるわけじゃなくて、彼女の苦手克服に付き合ってたんだよ。その証拠に、手を繋いだことも無けりゃ、休みの日にどっかに出かけたことも無いんだ」
「そ、そうなの?」
「そうだよ、ね、篠崎さん?」
 一先ず泣き止んだ翔子を立たせると、僕は篠崎さんに助けを求めた。
 これで、彼女がしっかり説明をしてくれれば万事解決だ。
 あ~助かった。
 そう思って、彼女の方を振り向いた。
「し、篠崎さん?」
 篠崎さんは、その場に呆然と立ち尽くしていた。
 最初は僕らの騒がしさに呆れて物も言えなかったのだろうと思ったのだが、なんだか様子がおかしい。
 いつもの刃物の切っ先のように尖った目尻は水平を保ち、どこか遠くを、ここではない場所を眺めていた。
「篠崎さん、答えないけど……」
 翔子が再び不安そうな声を上げる。
 あぁ、もう、今日は一体どうしたって言うんだよ、二人とも。
 翔子は翔子で俺が言い逃れの為についたちょっとした嘘に過敏に反応するし、篠崎さんは翔子が来るちょっと前からなんだか様子がおかしかった。
 二人とも黙ってしまい、どうしようもなくなって僕は自らの口から続きを語った。
「あのな、これは学校の奴らも勘違いしてからしょうがないけど、本当に俺たち付き合ってなんて無いから。なんせ篠崎さん、あの日俺に『あなたが嫌いです』って言ったんだからな。わざわざ呼び出してまで嫌いって言いたくなるような奴と付き合うわけないだろ」
「それ、本当なの? 篠崎さん」
 篠崎さんは、まるでこちらを見ないで口だけ動かして
「はい、本当です。奄美さん、申し訳ありませんでした。勘違いされるような事してしまって。でも、本当に何にも無いのよ」
 と、言い放った。
「ほらな、言ったとおりだろ」
 僕は、普段の口調とは違う彼女の話し方が気になったものの、取り合えず事情を分かってくれたことに安堵した。
「うん」
 翔子は嬉しそうに頷くと元気よく立ち上がった。
 単純な奴だ。まぁそれがいいところなんだけどな。
「あ、なんか、あたしの勘違いのせいで迷惑かけちゃったみたいだね。そうだ、一緒にどこか夕ご飯食べに行かない? もちろん、奢るからさ」
 翔子はおばあちゃんにお小遣い貰っちゃったんだ~と得意げに財布を取り出した。
 遠巻きにこちらを見ていた連中も、納まったらしい口げんかに用は無い、と各々散って行った。
「やっり、翔子の奢りだってさ。篠崎さんも来るよね……篠崎さん?」
「あんたは、奢らないよーだ。迷惑掛けたの篠崎さんだけだもーん」
 篠崎さんは、やはり様子がおかしかった。
 眼の焦点が合っておらず、どうみても普段の彼女じゃない。
「篠崎さん、どうしたの? 大丈夫?」
 僕が彼女の肩に手を伸ばしたその時、まるで僕がその場にいきなり現れたかのような驚いた顔をした。
 やっとこちらに焦点が合う。
「えぇ、大丈夫ですっ。あの、今日は、用事を思い出したので、帰りますわね。失礼します」
 いつもより一オクターブくらい高い声でハッキリと言うと、彼女は背を向けて走って行ってしまった。
 僕は何も言えずにその場に立ち尽くす。
 彼女が走っている姿、初めて見るかもしれない。
「あれ、篠崎さん帰っちゃったの?」
「……みたいだな」
「じゃあさ、久しぶりに二人で帰ろっ」
「あぁ、そうだな……」
「廻? 聞いてる?」
 僕は、何故か彼女の後姿から眼を離せなかった。
 彼女の動きに合わせて激しく揺れる髪が道を曲がり見えなくなるまで、僕はその場から動けなかったんだ。
 なんだか、見逃してはいけないもののような、とても大事なものが目の前で持ち攫われるような、そんな気分だった。

【私の暴想・四】

 夕食も摂らず部屋でぼう、としていると母から私あての電話が来たとの連絡がありました。
 子機に切り替えてもらって、ベッドのサイドテーブルの上に置き、呼吸を整えて、スピーカーホンのボタンを押します。
「あ、もしもし? 氷菓? あたし、あなたの三咲先輩だよ。ねぇねぇクリスマスのお誘い上手く言えた?」
「……」
「もしもし? 氷菓? おーい」
「……はい」
「あ、なんだ、出たんなら返事してよぉ。で、どうだった?」
「だめ、でした」
「そっかー、駄目だったか。でもさ、まだチャンスはあるよ! 冬はイベント目白押しだし。あ、初詣誘ったら? あんた着物似合いそうだもんねぇ」
「先輩、もう、いいんです」
「へ?」
 私はベッドの上で体育座りをして、膝に顔を埋めて言いました。
「もう、いいんです。ちょっと一人にしてください」
「ちょ、ちょっと氷菓? どうし」
 たの、を聞く前に、私は一方的に話切ボタンを押してしまいました。
 そのまま子機を枕に投げつけ、膝を両手で抱き寄せます。
 私のことを心配して、わざわざ電話してきてくれた先輩に対してもの凄く失礼な態度をとってしまいました。
 でも今は、いつもは明るい気分にさせてくださる先輩の声も、ただただ煩わしく感じてしまうのです。
 自分はどうしてこうも駄目なのだろう。
 私は、自分のことが情けなくて、不甲斐無くて、涙が出てきました。
 眼から溢れるものを止めようと、肩が震えるほど力いっぱい膝を抱きしたのですが、無駄でした。
 流れ出る涙は膝小僧からゆっくりと足先へと伝っていきます。
 そう、どんなに努力をしようと、一番初めで間違えてしまってはその努力は無駄になってしまうのです。
 まるで、一番最初で単純なミスを犯してしまった数学の問題のように。
 流れ出る涙を脚なんかで受けようと、重力に引き寄せられる流れは止められないように。
 それに、そう。
 もしあの逆走告白が無くても彼には奄美さんがいるのです。
 もともと敵いっこなかったんです。
 彼にとって、私は頼まれたから一緒に帰ってやってるという程度の存在。
 しかも彼は私が彼のことを、嫌いだって思っている。
 私は、何だか色々思考が具茶混ぜになって訳がわからなくなっていました。
 時間は二度と戻ってこない、ということは理解しているつもりです。
 しかし、もしも願いがかなうなら、誰かあの日の私を止めて欲しい。
 お願いです。誰でもいいから、私の暴走を、止めて――
 プルルル、プルルル
 プルルル、プルルル
 枕元から、さっき投げつけた電話が鳴っています。
 ちょうどこちら側を向いていたディスプレイに映し出されていたのは、三咲先輩の四文字でした。
 一瞬悩みましたが、手を伸ばし、通話ボタンを押します。
「もしもし。氷菓?」
 先輩の声が部屋に響きます。
「ねぇ、返事をしないで良いから聞いて」
 三咲先輩がさっきとは違うトーンで話しかけてきました。
「あたしには何が起こったのかはわからないけど、一つだけ分かることがあるよ。あんたは、今自分を責めてるってこと。ぜーんぶ自分が悪いんだーって抱え込んで、私ってバカで、おろかで、かわいそうって悲劇のヒロインを演じてる。もしかしたら、自分の暴走癖のせいにしてたりして?」
 だって、その通りですから。
「でもね、あたし、アンタの暴走嫌いじゃないよ。大好きな人から何とかして見てもらいたいからって、『あなたが嫌いです』なんて言える奴なかなかいないよ」
 それを今、取り消したいのに。
「ねぇ、ほんとにそれでいいの? そのままで」
「うるさいっ! ですっ!」
 私は一言そう怒鳴ると子機を壁に投げつけ布団にくるまり横になりました。
 あぁこれで二度と先輩から電話が掛かってくることは無いのだろう、と思いました。
 何もかも忘れたいとも思ました。
 そしたらどんなに楽でしょうか。
 もしかしたら、このまま朝になったらこれは夢だったってことになるかもしれないなんて言い聞かせながら、私は部屋の明かりを消しました。

【僕の盲想・五】

 あの日を境にして、僕は篠崎さんと一緒に帰らなくなった。
 どちらかが言い出したわけでは無く、なんだか自然にそうなってしまっていた。
 もともと彼女から誘われたという、それだけの理由で一緒に帰っていた関係だったのだ。
 学校ではお互い顔を合わすのだが、挨拶以外に会話は無い。
 確かに翔子が来る直前、僕に向かって何を言おうとしていたのか気にならないと言ったら嘘になる。
 だけど、もし重要なことならばまた言いに来るだろうし、そうでないのならきっと大した用事ではないのだろう。
 僕はそう思うことにした。
 放課後に特に用事もなくなった僕は久しぶりにクラブ棟へと足を向けた。
「ようマギー、僕がいなくて寂しくなかったかい?」
 ガラガラと若干立て付けの悪い音が響いて、懐かしい部室が広がる……はずだった。
 え?
 僕はその場で口をあけたままで立ち呆けた。
「な、何やってんの、君達」
 我が文芸部の狭い部室の中には、実に二十人ほどの男子高校生が深刻そうな顔で話し合っていた。
 僕が驚きの声を上げると彼らは一斉にこちらを振り向いた。
 な、なんかすっごい視線を感じるんだが……それも悪意のこもった。
「悪いな、お前が留守をしている間、友の会のミーティングの場として使わせてもらっていた」
 長机の一番奥に一番深刻そうな顔で座っていたのは、真木元樹その人だったのだ!
 ……っていうと、なんだか意外な人物みたいな感じになるかと思ったんだけど、考えるまでも無くマギーに関しては唯一ここにいておかしくない奴だからな。微妙な表現だった。いかん、まだまだ精進が足りない。
 それにしても我が愛好会? マギーの入っている愛好会といえば……
「も、もしかして皆さんはドM友の会の方々?」
「『元』、な」
「元? 今は違うのか?」
 それは初耳だ。僕の記憶が正しければ二週間前までは確かにドM友の会という名前だった気がするんだけど。
「そう、活動方針の変更により名前を変えたんだ。今は――」
「篠崎氷菓ファンクラブ!」
 ちょっと、想像してみて欲しい。
 むさくるしい男子高校生二十人の息のあった掛け声を。しかも、全員ドMの自覚あり、というオマケ付き。
 間違っても、気持ちのいいものではない。叫んだ内容が内容だし。
 な、なるほど先程から感じていた殺気の原因はそれか。
 お前らも僕が篠崎さんと付き合っているんだと勘違いしているんだな。
 僕が、彼らの誤解を解こうと口を開いたその時、一瞬早くマギーが口を開いた。
「すまんな、みんな。今日の会合はお開きだ。次のスケジュールに付いては追って連絡する」
 マギーはそう言い切ると、普段見せること無い統率力でマギー以外のメンバーをさっさと部室外へ追い出した。
 っていうか、お前が代表かよ。
「なんていうか、凄い連中だな……それにしても、篠崎さん人気あるんだなぁ。もうドS疑惑なくなったのに」
 僕は突然がらんとした部室を眺めた。
 早くも暗くなり始めた狭い部室にマギーと二人。なんだかずいぶんと久しぶりな気がする。
 僕が電気をつけようとスイッチへと手を伸ばすと、
「廻、ちょっといいから座れ」
 とマギーにしては珍しく真面目な声で言い放った。
 さっきからどうしたんだろう。様子が変だ。
「おいおい、どうしたっていうんだよマギー。そんな恐い声出しちゃって……」
「いいから座れ」
 語尾をかなり強めてマギーは怒鳴り声に近い声を上げた。
「わ、わかったよ座りゃいいんだろ、座りゃ」
 僕は近くの椅子に腰を下ろした。
 本当に、マギーはどうしちゃったんだ?
「お前、篠崎さんと別れたって本当か?」
 ……あぁ、そういうことか。
「前から言ってるけど、僕は別に彼女と付き合ってなんか無いから」
「一般的に、二人っきりで下校するような関係は、付き合っていると言える」
 ぴしゃり、とマギーはハッキリとした声で言い切る。
 まったく、何回説明させる気だ。
「だ、か、ら、本当に僕と篠崎さんは何でも無いんだって言ってるじゃないか。恥を忍んで嫌いだって言われたことまで言っただろ? なんで嫌いな奴と付き合わなきゃいけないんだよ」
「……お前、それ本気で言ってるのか?」
 マギーの高いシルエットが、窓からの陽によってさらに引き伸ばされる。
「は?」
「お前、今嫌いな奴と付き合うはずが無いって言ったよな? だったらなんで彼女はわざわざその嫌いな奴と二人っきりで帰ったりしたんだよ。ありえないだろう」
「そ、それはあれだよ、ほら、苦手なタイプ克服のためのトレーニングだよ」
「彼女がそう言ったのか?」
 ……
「違うけど、だいたいそんなとこだろ、きっと」
「お前は、それを本気で信じているのか?」
 …………
「っ、だったら、何だって言うんだよ。どの道お前には関係の無いことだろ!」
「関係あるわ!」
 マギーはだん、と机をたたき立ち上がった。
 そして
「俺は、彼女のことが好きだからな! 好きな相手の好きな野郎と関係が無いなんて言わせねぇ!」
 そう言い放つと、堰が切れたかのように一気に喋り出した。
「お 前日和ひよるのもいい加減にしろよ! バカでも分かるぞ、篠崎氷菓はお前のことが好きだ!」
「そんな事あり得ない! 彼女は俺に嫌いだって言ったんだ!」
「その根拠はなんだ。そのたった一言の台詞だけじゃないか」
「何よりも確かな一言だろうが!」
 マギーは俺の元へと近づくと首をつかんで引き上げた。
「お前なぁ。どこの世界に本当に心底嫌いな奴をわざわざ呼び出して嫌いだって言う奴がいんだよ。お前だって散々ゲームで見てきただろうが。本当は好きな主人公に対して素直になれなくて逆の対応をしてしまうヒロインたちを」
 ……っせぇ。
「睨みながら言ったから違う、とか言うなよ? 彼女のあの顔が、どんな時に出てくんのか気が付かないお前じゃないだろうが!」
 ……っせぇよ。
「俺たちはなぁ、唇から血が出るほど悔しい思いをして見ていたんだ。彼女が不器用ながらも一生懸命変わっていこうとする姿を。そして、それは全てお前に向けられていた!」
 ……っせぇって言ってんだろ。
「俺は高校からの付き合いだからな。昔のお前を知ってるわけじゃねぇけどさ、なんで自分の事になるとお前はそんなに及び腰なんだよ。なんで都合悪くなるとすぐにそうやって眼を逸らすんだよ。お前の妄想はな、現実から眼を背けるだけじゃねえ。現実が見えなくなる盲想だよ!」
「だからうっせぇよ! お前には関係ないことだろ! 離せよ」
 俺は懇親の力をこめて奴の手を捻る。
 しかし、しっかりと捕まれたマギーの手は離れはしなかった。
 あぁ、もう知るか。
 いいぜ、説明してやるよ。
 耳かっぽじってよーく聞きな。
「じゃあ教えてやるよ。俺はな、そういう現実に影響の出る妄想は止めたんだ。誰かが自分の事を好きなのかもしれないだとか、あの子は自分に対してだけ優しいだとかさ……ありえねぇんだよ。そりゃあ脳みそで作り出したその子は自分の都合のいいようにしゃべって行動するかもしれないけど、現実じゃそうはいかないんだ。だから、俺はそういった妄想は一切やめたんだ。俺がする妄想は、主人公も、世界も、全部現実とは一切関係の無い話だけだ。それならな、どんな都合のいいストーリーにしたって誰も傷つかないしな」
 中学生の頃の話だ。
 当時の俺は、そりゃあもう手の付けようのない単なるガキで、何でも分った気になっていた。人を観察して、そのしぐさから色々妄想する日々。
 授業中に眼があっただの、落とした消しゴムを拾ってくれただのという、どうでもいい事が天変地異レベルでの大事件だったのだ。多感な時期だったし、多かれ少なかれ皆そうなのかもしれない。
 でも俺の場合。そう、小学校から中学校に変わり、私服から制服に変わったように一人称も僕から俺に変わった俺の場合、少々行き過ぎていた。
 当然の如く自分に対する周りの様子が気になった。
 でもこれは意外と実害の無いものだ。もしかしたら誰かが自分の事を好きかも知れない。この、『もしかしたら』と『かもしれない』がいい感じにチキンな俺にはストッパーになり、行動に移したりはしなかった。
 問題は、自分の周りの自分以外の関係だった。
 この『もしかしたら』と『かもしれない』が当人達にはストッパーになっていたからこそ、明らかな第三者から第三者への好意を、なぜ気が付かないのだろうかと俺は不思議でならなかったのだ。
 そう、当時の俺は気が付かなかったのである。
 その誰かも、自分と同じようにその好意に気づいていながら、もし違ったら、と恐れて何も出来ないでいることを。
 そして、そのまま不思議に思っていれば良かったものを、お節介にも口に出してしまったのである。
 今思い出しても、若気の至り、なんて言葉では片付けられないあまりにタブーな行為。
 せめてもの救いは、当時の俺があまりにもガキだった事にある。
 そう、それを伝えるのに、格好をつけようとしたのだ。
 まかり間違っても、教室の真ん中で言い出さなくて、本当に良かった。
「黙っていたって、想いは伝わらないよ?」
 放課後の公園に呼び出し、クラスで一番地味で大人しい女子を捕まえてそう言い放ったのだ。
 彼女は、明らかにクラスメートの委員長の事が好きだった。
 非常に真面目な奴で、頭も良く面倒見もいいような、典型的な委員長。決して格好良くは無かったが、誰からも好かれるようないい奴だった。
 教室の一番後ろの席から彼女が彼に熱い視線を送り続ける様子を、俺は彼女と同じクラスだった中学二年の間、ずっと見続けていた。委員長の方も決して馬鹿ではない。夏があけた頃には、傍から見ても彼女の事を意識しているのが分った。しかし、中学二年も終わりを迎え、クラス替えを前にしても二人の間に進展は一切みられなかったのだ。
 それを見て、思ったのだ。
 何故、彼らは自分の想いを口にしないのかと。
 当時の俺に聞いてやりたい。
 お前には、それが出来るのかと。
 俺のお節介な一言を耳にして、彼女はその場で泣き出してしまった。
 そう、そんな事は彼女も十分に分っていたのだ。
 分っていたけれど、口にするのが怖かった、それだけの話だった。
 そして、それが俺には分らなかった。
 突如泣き出してしまった彼女をどうしたらいいのか分らなくなった俺は、そのまま彼女をおいて逃げ出した。
 家に帰り、夕飯も食べずに布団を頭にかぶった俺は、その時初めて考えたのだ。
 何故彼女は泣き出したのかと。
 自分を彼女に置き換えて、彼女の境遇に立って始めて考えた。
 自分がとんでもないガキだということに、ようやく気が付いたのだ。
 そして、誓ったのだ。
 二度と自分以外の誰かの感情について、妄想するのはよそうと。
 自分以外の誰かの感情は、その人の言葉だけを真実として受け止めようと。
 俺の話を黙って聞いていたマギーは、突き放すように襟元から手を離した。
「じゃあ、お前はそれでいいんだな。彼女はお前のことが嫌いで、その嫌いなタイプを克服するためにお前と帰っていた。そんな全く周りが見えていない、現実から眼を逸らしきった盲想の産物が残した結果で、『お前』はいいんだな」
「……あぁ。そのほうが楽だ」
 やっと、わかってくれたか。
 そう、これでいいんだ。これで。
 開放された俺は、くずれた制服を元に戻すとマギーに背を向けて部室を後にした。


 一人の帰り道。
 僕は、部室であったことをひたすらに後悔していた。
 もうあんなしゃべり方はしないって決めていたのに、あのくっそ野郎のせいで禁忌を破ってしまったじゃないか。
 僕はいらいらと髪を掻き毟った。
 いかんいかん。
 イライラは体に良くないぞ、僕。
 そうだ、こういう時のための妄想じゃないか。
 妄想マイスターの僕に掛かればこんなイライラ気分もすっきり、夢の世界へゴーゴゴーだ。
 僕はそう自分に言い聞かせ、いつものように現実をシャットダウンしようとした。
 しかし、何故か今日はマギーの言葉が耳から離れなかった。
 篠崎さんが僕のことを好き? ありえないだろう、そんなこと。
 自分のことになると及び腰だぁ? 当たり前だろ、誰だってそうだ!
 現実から眼を背けるな? そんなもん僕の勝手じゃないか。ほっといてくれ。
 くっそ、うざったい言葉が頭の中でエンドレスリピートだ。
 大体なぁ、本当に僕のことが好きなんだったら、一度でいい、あの時の言葉は嘘だったと、何故そう言ってくれないんだよ!
 別に好きだなんて言わなくたっていい。休日にデートにでも誘ってくれればいいじゃないか。
 お前の方から言え、だって? じゃああんたはもし振られた時、断られた時の俺の精神的ダメージを回復してくれんのか? 綺麗さっぱり忘れさせてくれるのかよ!
 もし、自分から誘って単なる勘違いだったらどうすんだ。「あなたのことは嫌いなので出かける気はありません」とか言われたら、残念ながら僕、立ち直れない自信がある。
 僕は、完全にマギーの言葉に取り付かれていた。
 いや、もしかしたら、マギーに言われるもっと前から自分自身感じていたことなのかもしれなかった。
 だからこそ、こんなにも効いたのだ。
 僕は若干おぼつかない足取りで自分の家を目指した。
 一刻も早く家に帰って部屋に閉じこもりたかった。
 周りから見たら不自然なほどの早足で、僕は家路を急いだ。
 しかし、こういう時ほど邪魔が入るものである。
「にゃっほ~。元気してたか、少年」
 幼馴染の、恵理先輩に捕まってしまった。
「恵理先輩。久しぶりですね。どうしたんですか、急に。あ、残念ながらクリスマスは空いてませんよ? ゲームやる予定なんで」
 自分の中から元気と呼ばれる成分を搾り出し、平静を装った。
「なっはっは、どうやらあいかわらず寂しい青春を送っとるようだね」
 恵理先輩は昔と変わらず楽しそうに笑うと、僕の背中をドーンと平手で叩いた。
 先輩は僕や翔子と違ってとても頭がよく、その上運動神経抜群と言ういわゆる完璧超人。しかもそれを感じさせないさばさばした明るい性格だったため、昔からよくお世話になっている。
「どうしたんですか、突然。受験勉強そろそろ追い込みでは」
「ちっちっち、世の中には推薦入試と言うものがあってだね。あたしはホイホイと楽な道を選んだのさ」
 そう言ってショートヘアーを揺らしながら笑う彼女の昔から変わらない姿に、僕は少し落ち着きをとり戻しつつあった。
 我ながら単純に出来てるな。
「ただね、ゲームの予定は先延ばしにさせてもらうよ?」
「えっ?」
 いきなりなんだ、と思った僕に先輩はずずいと近寄って来るとこう言った。
「現実逃避のゲームもいいけどさ、リスクのある現実世界の勝負も、なかなか楽しいもんだよ」
「……何のことですか」
 先輩まで、そんな事を言うのか。
「い~や、最近おモテになるようだからさ。人生に三回しかないモテ期を逃したらあかんよ。ってなわけで、ホイこれ」
 恵理先輩はポケットに手を突っ込むと、中から白い封筒を取り出すと、僕に手渡した。
「なんですか、これ」
「開けたら分かるよ~ん」
 それだけ告げると先輩は用は済んだとばかりに「じゃね~ばいばいきーん」という十八歳とは思えない捨て台詞とともに颯爽と去っていってしまった。
 いったい何しに来たんだ、あの人は。
 もしかしてこれを僕に渡すために待っていたのだろうか。
 一体何の為に?
 僕の元には、狐に化かされたかのような不思議な感覚と、誰からとも分からない封筒だけが残った。

【私の暴想・五】
 
 あれから、私は彼を避けるようになりました。
 近づくことすらおこがましい、そう思ったからです。
 これでいい、これでいいのだと自分に言い聞かせ、胸の痛みは別の何か原因不明の病気にでも罹かってるんだと決めつけて。
 そうやって色んなものから眼を逸らしてすごしていた、ある日のことです。
 いつものように何事も無く一人駅に向かって歩いていると、突然腕をつかまれてぐいっと引きずり込まれたのです。
 あまりの出来事に私は悲鳴も上げられず、誰のものともわからない手に引きずられて気が付いたらコーヒーショップの席に座っていました。
「なっはっは。驚いた?」
 私の手を引っ張り、ここまで拉致してきたその人物は、
「三咲先輩! 当然どうしたんですか」
 そう、三咲先輩だったのです。
「最近電話くれないし、こっちから掛けても居留守使って逃げられてたからね。もう直接乗り込んでやろうって思って、来ちゃった」
「あ、いや、その、それは」
 そう、ありがたいことにあんなに失礼な態度をとった私に対して、先輩は何度も電話を掛けてくれていたでした。
 でも、恐くて出れませんでした。
 何が、と聞かれたら答えられないのですが、先輩と受け答えしていると私を頑張って保っている何かが壊れてしまう、そんな気がして。
 私がうつむいて続けられないでいると、先輩は
「別にいいって、気にしないで。それに私もちょっと色々言い過ぎちゃったかもね。ごめん」
 そういって頭をさげたのです。
「そ、そんな! 謝るのは私の方なのに……本当に、すみませんでした。尊敬している先輩にあんな態度をとるなんて」
 先輩は私の下げた頭をうえからぽんぽんとなでると、
「あれ? あたし尊敬なんてされてたんだー。それはちょっと恥ずかしいね」
 なんて言ってちょこっと顔を赤くするのでした。
 とりあえず仲直り出来て良かった、やっぱり三咲先輩はとってもいい人だ、と私の中でちょっとしたお祭りが開催されるほどに、ここ最近では一番嬉しい出来事でした。
 これはお礼を言わなければなりません。
「先輩、わざわざ仲直りをするために私を待ってくれてたんですか? ありがとうございます。それなのに私ったらいじいじ連絡も出来ず……」
「へ? 違うよ。だって仲直りも何ももともと喧嘩なんかして無いじゃん」
 先輩はぽかーんとした顔でこちらを見ました。何言ってんの、の顔です。
「え、では何の為に私に会いに?」
 他に何か用事があるのでしょうか?
「う~ん、もうそろそろ来る頃だと思うんだけど……」
「え、どなたか別の方と待ち合わせだったのですか?」
 それならば邪魔にならないよう今のうちにお暇しなければ。
 私は下ろした荷物をまとめ始めます。
「あー違う違う。これからもう一人合流するって事」
 合流? どなたでしょうか。前の学校の先輩でしょうか」
「あー来た来た。こっちだよーしょーこ」
「もう、久しぶりになのに連絡があったと思ったらいきなり呼び出しってなんなの、恵理ちゃん。今日だって練習あったんだからね。筋トレだから抜け出してきちゃったんだ、け、ど……こんにちは、篠崎さん」
「こ、こんにちは、奄美さん」
 ソフトボールのバットを担いで慌しく現れたのは、奄美翔子さんでした。
 確かにクラスは同じですので毎日のように顔は合わせていますが、こうやって会話をするのはあの日以来のことです。
「せ、先輩、これは一体どういうことなんでしょうか……」
「恵理ちゃん、なんで篠崎さんと一緒なの? 聞いてないんだけど」
 先輩はまぁまぁ、と同時に質問した私と奄美さんを制すると、四人がけの椅子の私の隣に奄美さんを座らせました。
 これで私達二人が先輩と対峙する形になります。
 奄美さんが荷物を下ろしてカフェオレを注文し終えると、先輩はゆっくりと口を開きました。
「おほん、知ってるとは思うけど、一応。あたし、三咲恵理。こちら、あたしの高校の元後輩、篠崎氷菓さん。こっちはあたしの幼馴染にして妹分の奄美翔子」
「後輩!」
「幼馴染!」
 完全に初耳です。意外と世間は狭いなぁ、なんて思っていると、私はとんでもないことに気が付きました。
 奄美さんと先輩は幼馴染?
 たしか彼は奄美さんと幼馴染のはず……。
 ということは
「先輩彼のこと知っていたんですか!」
「うん、もう黙ってても無駄だね。ごめん、たぶんあなたよりよ~く知ってるよ、廻のこと」
「ちょっと待ってよ。なんでここで廻が出てくんの? どういう事」
 奄美さんはこちらをキッと、睨みつけました。
 に、睨みなら私だって負けないですよ……。
「あーいいね。早くも火花散っちゃってる感じ。そうそうそのままの勢いで行こうか」
 私と奄美さんは不本意にも同時に今度は先輩を睨みつけます。
「どういう意味ですか」
「どういう意味なの」
 今度は若干早く私が先輩に食って掛かりました。
「いやー二人とも良い眼してるわ。本当に廻にゃもったいないよ」
 流石の私(達)も馬鹿ではありません。
 先輩の言葉を通して、お互いの気持ちはなんとなく理解できました。
「篠崎さん、廻のこと嫌いなんじゃなかったっけ」
「あら、それがあなたに何の関係があるのでしょうか、幼馴染の奄美さん」
 幼馴染を気持ち強めて言うと、奄美さんは思ったとおり悔しげな表情をしました。
 あれ、なんだかちょっと気持ちいいかもしれないですね、これ。
「う~ん、私としては二人の戦いを長いこと見たいんだけどね。何分廻がへたれなせいで、話進まないと思うんだ」
 そこで提案、と先輩は私(達)の前に二枚の便箋を差し出し、不敵に笑ったのでした。


 私は家に帰りつくや否や、家にあるありとあらゆる本や辞書を引っ張り出しました。
 渡された便箋を丁寧に机の上に広げます。
 先輩の言った提案とはこうでした。
 クリスマス・イヴに斉藤君を呼び出す手紙を書くこと。
 場所は別々の二箇所で先輩が指定した場所であるということ。
 ただし、書いていいのは自分の名前以外は一文だけであるということ。
 明日の朝までにこの手紙を書いて先輩に渡せばそれをまとめて彼に渡してくれるとの事でした。
 もし出さない場合は戦線離脱とみなす、とのことです。
 しかし、今、私の脳裏に戦線離脱の二文字はありませんでした。
 確かに、一度は心が折れ、彼のことを諦めようと考えていました。
 でも、今私は再び心の中に燃え滾る何かを感じ取っていたのです。
 普通に考えれば彼は奄美さんの元へ向かうでしょう。
 そう思っていた時期が私にもありました。
 しかし神さま、いや先輩様は私を見捨てなかったのです。
 無謀といわれようとも、この一文に全てを掛ける。
 そのためにこれまで生きてきたような気すらしてきました。
 絶対に、彼を引き寄せるような一文を考えるのだ。
 一発逆転サヨナラ満塁ホームランだ、そう自分に言い聞かせ、私は懇親の気合こめて辞書を開きました。

【僕の盲想・六】

 あの日、恵理先輩から受け取った封筒には、中に二つの便箋と一枚のメモが入っていた。
 メモには、見た事のある綺麗な先輩の字でこの封筒の説明が認められていた。
 文面は、こうだ。
『よう、モテ男。今から大事な事を言うから、よ~く聞くように。この封筒に入っている二つの便箋は、廻に宛てた二人の女の子の想いです。この二つの便箋の中を見て、そんでもってしっかり悩んで考えて、現実から眼を逸らすことなく答えを出してください。アタシとしては、人生に数度しかないモテ期を無駄にすることなく、どちらかの子の想いに応えてくれると嬉しいです。もし応える気になったのなら、下に書いてある所に行って、直接彼女達に逢ってあげて。中学時代突然俺が僕に戻った日以来、恋に、他人の想いに臆病になった事は知っています。だけど、アタシは色んな人の見えない想いを思わず口にしてしまう、前のあなたの方が好きでした。あ、アタシはもちろんラブじゃなくて、ライクだけど』
 そして、その下にはそれぞれ二人が待ってくれている場所が書いてあった。
「一体、どうしろっていうんだよ……」
 この逃げ場の無い状況は、僕に妄想と言う現実逃避すら、許してくれそうに無かった。
 仕方が無く、僕はどうしても気になった篠崎さんの封筒へと手を伸ばした。
「えっ」
 その文面はあまりに予想外で、尚且つ自分の立てた誓いへを圧し折る様な、歴史的にも類を見ないであろう一言だった。
 もう、自分の答えは決まっていた。

【私の暴想・六】

 死にたい。
 もう本当に死んでしまいたい。
 クリスマス・イヴに指定された、町の大きなツリーの前で待っている間、絶望の淵に立たされた面持ちで私はその場に立ち竦んでいました。
 一体なぜ、あんな文面を考え付いてしまったのか、今となっては自分でも分りません。
 ただ、普通ならば来ない。
 というか、自分は一体なんなのでしょうか。
 あの日の過ちをあれ程後悔したにもかかわらず、同じ過ちを繰り返してしまった自分。
 人間はミスを犯す。悪いのは、そのミスを再び犯す事だ、と何かに書いてありました。ならばハッキリと断言できます。悪いのは、私です。
 記憶の断片を繋ぎ合わせるならば、あの時の私はまず自分の想いを率直に言い表そうと思いました。その後、素直な一言は直接言うべきだし、正直なところ一言ではとても言い表せない時がつきました。なので、今の私の抱える想いを表す一文に……と、ここで、思考が堂々巡りしているということに、八回ほど経った後に気がつきました。いけないいけないと、今度はお風呂の中で考える事にしましたが、結局同じような一巡を行い、気がついたらすっかりお湯は冷めていました。冷え切った体で自分の部屋へと戻った私は、あまりに寒かったので布団の中で考える事にしました。
 気がつくと、朝でした。
 そう、三咲先輩が手紙を取り来る、朝。
 手紙を出さない場合は、戦線離脱とみなす。
 昨日はだれがそんな事をいたしますか、このすっとこどっこい、くらいのはずだったのに、このままではそのすっとこどっこいになってしまいます。
 私は頭を抱えてしまいました。
 いけない、何か書かなくては、と。
 しかし、何かをしなければならないという焦りばかりが先行して、ちっとも思い浮かびません。
 何故、私はこんな目にあっているのでしょうか。
 そう思った時、自分の中にふつふつと沸き立つような感情を見つけ出したのです。そう、彼に対する、非常に素直な、強い感情を。
 そして、迎えのチャイム。
 両親が先輩を出迎え、今にも階下から自分を呼ぶ声が聞こえてきそうでした。
 もうどうにでもなれ! と私は素直な、非常に素直なその時の彼に対する一言を書き、便箋に蓋をしたのです。
 あぁ……ああ。
 そもそも、一発逆転満塁サヨナラホームランを狙っていたはずの私の一言は、空振り三振どころかバッターボックスに立つ事を、拒否したのです。
 もう、その手に握ったバットで自分の頭をかち割ってあげたい。
 そんなただただ後悔の念に支配されていた私は、全く気がつかなかったのです。
 まさか来るはずのない、彼の姿を。
「こんばんは」
 突如自分へ掛けられた声に、私は応えることが出来ませんでした。
 後から考えると、きっと虚ろな表情が突如驚愕の表情へと変わり、それは気味の悪い事だったでしょう。
「久しぶり……でいいのかな」
「はっ、はい!」
 物凄いいい声で返事をする私。
 周りのカップルが、驚いてこちらに注目が集まりました。
 でも、そんな事を気にしている暇はありません。
 まさか、自分のところに来てくれるとは思っても見ませんでした。
 そう、あの文面で!
「あの……何故、私の所へ? 私、せっかく先輩がくれたチャンスを棒に振るような事を書いたのに」
 思わず口をついて出てきたのは、素直な感想でした。
 それを聞いて、彼が少し恥ずかしそうな顔をしました。
「うん。きっと篠崎さんも、そう思ってるだろうなって。でも僕も、自分でも分らないんだ。でも、僕はあの手紙を見て、絶対にここにこなくちゃって、そう思ったんだよ」
 そう言って、彼は視線を移動させました。
「ツリー、綺麗だね」
「はい……」
 しかし、私の頭の中は緊急事態に付き残念ながらツリーの綺麗さに情報処理を割く余裕はありませんでした。残念な事にそんなに優秀ではないのです。
「あの!」
「ひゃい!」
 空気を読んだ程よいイルミネーションの話、だったらしいのですが(後で言われました)、私はもう自分の事でいっぱいいっぱいだったこともあり、言いたい事を一刻も早く言いたい衝動に駆られ、再び大きめな声を出してしまいました。それに対して驚いてしまい思わず彼が噛んだのも、全ては私の責任です。
「あなたに、話したい事があります」
「……はい」
 そうして、私は自分の想いを、生まれて始めての、こ、告白を開始しました。
「私は、高等学校に入学した後、孤立していました」
 中学校までは公立の、地元の学校に通っていたのですが、先生の勧めもあり少し離れた私立の女子高へと私は進路を決めました。
 中学までの友達が一人もいない、一から関係を築いていかねばならない所へ。
「生来の、引っ込み思案と眼つきの悪さ、後は溜め込んだ色々な想いが、たまに暴走して、傍から見ると意味不明な行動をとってしまったせいで、たぶん気味悪がられていたんだと思います」
 中学校までは、小学校の頃の友人も沢山いましたし、小学校の頃は私のようなとっぴな行動をとる子も、他にいました。
「でも、そんな私にも二人の友人が出来ました。それが三咲先輩と、ほのかちゃんです。ほのかちゃんは、私と同じように中学校からの友人もおらず、控えめな性質の子で、私と気が合ったんです」
 三咲先輩は色々な世話を焼いてくれるいい先輩で、ほのかちゃんは何でも話せる親友でした。
「そんな高校生活を送っていたある日、私に向かって、明らかな敵意を向ける女の子が現れました。私はそれが嫌だったけど、それを口にする勇気がありませんでした」
 それまで敵意をいうものを向けられてこなかった、温室育ちの私には、その状況をなんとかする術が、無かったのです。何より、彼女の敵意を嫌だと言えない私が嫌でした。
「その敵意を前に逃げ出そうとした私に、ほのかちゃんは言ったんです。『黙っていたって、想いは伝わらないよ』と」
「えっ……」
 その一言を聞いて、彼が驚愕の表情を浮かべました。
 でも、きっと驚くだろうと思っていた私は、驚きませんでした。
「いつも黙ってニコニコしている、私と同じだと思っていたほのかちゃんの口から、そんな言葉が出てくるなんてと、とてもビックリしたのを覚えています。でも、私はほのかちゃんの言うとおりだと思いました。それで、彼女に対して自分の想いを伝えました。私の想いを聞いて、彼女は分ってくれたようでした。それ以来、彼女が私に対して敵意を向けてくる事は無くなりました」
 ここからだ、私は自分に言い聞かせます。ここからは、暴想してはいけない。まっすぐに、言いたい事を、伝えたい事を言うのだと。
「私は、ほのかちゃんに思ったままを伝えました。ほのかちゃんが、そんな事を言うなんて意外だと。そうすると、彼女が教えてくれたんです。この事は、中学時代にある男の子に教わったのだと」
「その、ほのかさんて……」
「はい、あなたの中学のクラスメートのほのかさんです」
 ここで私は深呼吸をしました。
 黙っていては、伝わらない。
 だから、今ここで想いを伝えるのだと。
「その話を聴いて、私はその男の子に興味がわきました。一体どんな男の子なのだろうかと」
 最初は、本当に単なる興味でした。話を聴けば、それまで殆ど話した事なかった男の子。しかし、彼の一言は間違いなく、彼女に必要な一言でした。
「私は、三咲先輩にそのことを話しました。先輩は、そんなに興味があるのならば、会いに行けばいいとアドバイスをくれました」
 その男の子の名前を言うと、三咲先輩はそういったのです。今思えば、彼の名前から高校の名前を割り出した手腕は、手腕でもなんでもなかったのだと分ります。
「私は、その彼に近づくには、同じ高校に通うのがいいと、思ったのです」
 この発想が、普通と異なっていると言う事は、分っていました。でも、一度そう思ってしまうと、自分を自分で止められないのです。
「両親は、私のわがままを理由も聞かずに許してくれました」
 それまで誰かの言いなりだった私が始めて言った、大きなわがまま。
「でも、いろんな人に迷惑を掛けてでも、ここに来た価値があったと思っています」
 一瞬、次の言葉を言うのを 躊躇ためらう自分がいた。でも、もうそれではだめなのだ。
 私は、次の言葉を、最期の言葉を口にしました。
「私は、あなたと出逢い、会話し、一緒に時を過ごして確かに想いました。私は、あなたが好きです」

【エピローグ~先輩の感想~】

 同じ言葉でも、言う相手や時と場合によって大きく意味合いが変化する。
 こと恋愛においてこれは顕著に現れるようだ。
 お互い好きあっているのにすれ違い、勘違いを重ねて遠ざかる。
 当然だ、相手の心なんて解らないのだから。
 理解するためには、例え不器用でも歩み寄るしかないのだ。
 一歩でいい、嫌われたって構わない。
 行動しない限り、自分の心は相手に伝わらない。
 でもそれはなかなか難しい。
 相手に嫌われるのが嫌だから。
 自分の汚い部分を見られるのが恐いから。
 廻と氷菓の二人は、お互いがお互い、脳みその中に住んでいるといっていいほどに余計なことばかり考えるような奴らだ。
 でも、こうやってちょっと後押しすればちゃんと伝わる。
 恋愛って言うのは、そういうものなのかもしれない。
 だからこそ、この恋愛ってやつはこんなに複雑で、頭を悩ませ、心をかき乱すけれど、たまらなく面白いのだ。
 ――なーんてね。
 クリスマス・イヴの寒空の中、物陰に隠れ二人が無事に出会えたことを確認したあと、あたしはもう一箇所の待ち合わせ地点へと急いだ。
 翔子には、可哀想なことをしてしまった。
 きっと今頃一人で泣いている事だろう。
 でも、残酷な言い方かもしれないが、自業自得だったのだ。
 翔子は幼馴染という居心地のいいポジションに収まり行動を起こさなかった。いくらでもチャンスはあったはずなのに。
 片や
 氷菓は当たって砕けろ、というよりも当たって弾けろに近い暴走を繰り返しながらも一歩づつ進んでいた。
 幼馴染という最強の盾は、彼女の暴走に爆破され、砕け散ってしまったのだ。
 そうそう、暴想と言えば、また面白いものを見せてもらった。
「ふふっ」
 あたしは渡された手紙の内容を思い出すと、思い出し笑いを堪え切れない。
 翔子の方は大体の予想通り、丸で文を切らなければ一文だと言わんばかりに、幼い頃からの想いを綴った超大作になっていた。
 一方氷菓の方はと言うと、なんとあの小さな便箋の一行にも満たない一文だった。
 今度会った時に、一体どういう経緯であの一文になったのか聞かなければ。
 あたしは、綺麗に印刷された便箋のコピーを取り出した。
 そこには、大きな文字で
『大っ嫌い!』
 と、書かれていたのだった。
●2010年冬祭りの参加作品
▼冬祭りのルール
【お題】
 以下の7つのお題の中から、1つ以上を選択し、作中で表現(文字列、テーマ、シチュエーション、比喩、等々)して頂きます。
・青は藍より出でて藍より青し
・袖振り合うも多生の縁
・立つ鳥跡を濁さず
・前門の虎後門の狼
・情けは人のためならず
・灯台もと暗し
・人事を尽くして天命を待つ

【作者コメント】
 本企画では、「使用したお題」「(作品の)一行コピー」「あらすじ」等、作者コメントはこちらで指定したテンプレートに沿って書いて頂きます。以下のテンプレートをコピー&ペーストしてご利用下さい。なお、一行コピーは40文字以内、あらすじは400文字以内となるようにお願いします。

【使用したお題】:
【一行コピー】:
【作品のあらすじ】:
【コメント】:


●作者コメント
【使用したお題】:情けは人のためならず、人事を尽くして天命を待つ
【一行コピー】:「あなたのことが、きらいです」
【作品のあらすじ】:美少女転校生(ドS)、篠崎氷菓(しのざきひょうか)からの突然の「嫌い」告白を受けた斉藤廻(さいとうめぐる)は、いつもの通り妄想の世界へと現実逃避をした。あぁ、妄想最高!しかし、まわりこまれてしまった!あなたなら、どうしますか
 ▼これは、非常に紛らわしく、頭でっかちな二人の物語。一人は現実から目を逸らす盲目的な妄想を繰り広げ、もう一人は想いも行動も暴走する。でも、ここまでじゃなくても、だいたいみーんなそんな感じなんじゃない? なっはっは。なーんてね――
【コメント】:ラブコメは、恋愛にすればいいのかコメディにすればいいのか、はたまた青春にすればいいのか、ジャンル選択が難しいです。ちなみにですが、このライトノベルが凄い!大賞の優秀賞作、『暴走少女と妄想少年』とは何の関係もありません。あしからず。


(1/30 追記・誤字修正)一体何が起こったのか……それが、点数が開示された時の素直な気持ちでした。 どうも、お久しぶりの方はお久しぶり、初めましての方は初めまして。171041(いなとおよういち)です。
 まず最初に、この話に眼を通してくださった皆様、読んでくださりありがとうございました。
 今回の企画は枚数の下限が100枚の長編企画と言う事で、書く側に求められる技量はいつもの企画以上だったのではないでしょうか。そんなハイレベルな企画ならば是非とも参加したい!と思いちまちまと初のファンタジーものを昨年から書いていたのですが、それがどうにも進まず、結局締め切り間近になって断念してしまいました。
 しかし、参加したい。
 そこで思い出したのが、二年前に公募用に書いた今作でした。公募の成績は一次落ちと芳しくありませんでしたが、ラ研に投稿した事は無かったし、評価シートを貰っていたので、それに沿って改稿をしたいと思っていました。しかしその時既に締め切りまで残り24時間。時間ギリギリまで改稿と加筆を行い、なんとか投稿できました。
 そんないろんな意味でギリギリだった本作が、まさかこんなに評価をしていただけるなんて、正直信じられない面持ちです。でも、凄く嬉しいです。
 最期に、誠意で企画の運営を行ってくださっている三大企画運営の皆様、本当にお疲れ様でした。
 それでは、企画後夜祭、盛り上がっていきましょう。


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
こちらのメールフォームから、作品の批評も募集しております。

●感想
あまくささんの意見 +30点
読了しました。妄想と暴想に感想を申そうw

 ……のっけから失礼しました(汗)

 随所に工夫の見られる、技巧的な作品だったと思います。が、個人的な感想としてそれ以上に好印象だったのは、表現力の豊かなよい意味で饒舌な文体。そのへんは、妄想よりも暴想の方に顕著にあらわれていたかと。
 それと、キャラクターに独特の味わいがありますね。

>……『けーわい』がどんな意味なのかはよく知りませんが。『けーたい』の親戚ではないかと私は睨んでいます。

 そんなヤツはいねえよw

 本作の後半は、よく考えて作りこまれていると思います。ただ、前半の妙なノリのよさとくらべると、少し硬いかも。
 前半は面白くスラスラ読めました。氷菓さんはいい感じにトンチンカンだし、美咲先輩とのやりとりも楽しいし。主人公はいつまでも「なにせ、彼女は僕が嫌いなんだから」みたいなことを言っているし。
 中盤、氷菓さんが天皇誕生日の次の日に言及した矢先、幼馴染登場。このへんが折り返し地点ということになります。以降、それぞれのキャラの微妙な心理や葛藤が描かれ、これはこれで面白かったのですが、そこまでの軽やかな暴走の方がやや勝っていた気がします。
 ……気がしますが、私の好みかもしれないので、あまり真に受けない方がよろしいかと。そんなふうに思ったヤツもいるという一つのデータとして参考にしてください。

 ラストの二人の女の子が主人公に手紙を書く展開。結局、美咲先輩に仕切られてしまっている所が、ややどうなのかな? と思いました。美咲先輩そのものは、きっぷのよいお節介焼きで好印象なのですが、他の三人が自分で打開できないところへの助け舟。主人公やヒロインには、状況を自力で何とかする姿も見たいですね。まあ、先輩も誉めていた氷菓のひたむきさは魅力的ではありましたが。
 ともあれ、手紙の文面。特に氷菓が何を書いたかという一点に興味を集中させるラストは巧みだと思いました。そして、ここはその文面に読者を納得させるインパクトが必要なところ。勝負手と言えます。恋は戦争ですね。
 本作の用意した解答は。ある程度読めるもので、それほどの驚きはありませんでした。そういう意味でちょっと弱いかなとも思いますが、作品の流れから一応納得はできる、「この一手」という感じではありました。

 とりとめのない感想になってしまい、申し訳ありません。
 一言、率直に言えば、私的にはこの作品けっこう好きです。楽しめました。なので、あまり批評するという気分にならなかったところはあります。
 それでは、執筆お疲れ様でした。


ゆーぢさんの意見 +20点
 せっかくだから俺はこの作品に感想を書ry

 ゆーぢと申しますこんにちは。
 企画作品の冒頭すべてを見比べた経緯から、
 「告白もしくはフラレ冒頭」がいくつかありながら
 この作品の斬新な嫌い告白冒頭に心を鷲掴みにされ、
 まず最初に感想を書くのはこれだと決めた次第であります。

 さて、冒頭の秀逸さは申し上げたとおり、斬新であり、
 これから何かあるという期待を膨らませるに十分です。
 亡き大沢親分ならば天晴れと言っていたところでしょう。

 読み進めていくうちに、主人公の気持ちというか性格が
 なにやらあやふやで不安定、統一されてないところに違和感がありました。
 それはおそらく、過去にトラウマとなっているエピソードの
 説得力不足・具体性不足によるところかと思われます。

 ただ、地の文章が総じてレベル高く、コメディも切れていて
 なによりヒロインである氷菓ちゃんパートがとてもいい感じなので
 先を読ませる力が非常に高く、引力の強い作品に仕上がっていると思いました。

 構成的な難点を挙げあせてもらうと、やはりラスト、
 というかクライマックスからなのですが、
 すべての進行役を脇役であるはずの三咲先輩に丸投げしているところが
 正直申し上げて興ざめです。
 やはりここは恋する二人に視点を置いて、ガンガン暴走してもらいたかった。
 また、翔子ちゃんのフォローもおざなりで、それで物語として
 果たして一つの結末といえるのだろうか、と消化不良の印象があります。
 あとは、恋愛ものと銘打っておいてという批評になりますが、
 主人公がヒロインを選ぶ決定打、ここの説得力がちょっと弱いかなと。
 恋愛ものであるならば必ず、結ばれることに必然性がなくてはいけません。
 もう少し具体的な会話シーンを挟んで、両者がわかり合う描写を入れたほうが。
 その辺がダイジェスト進行になっているので印象に残らないかなと思いました。

 しかし、これはうまいなあと思ったのは、登場人物の配置と絡みですね。
 先輩が絡み、ダMが絡み、翔子ちゃんが絡み、主人公たちと有機的な舞台上での相乗効果を果たして、
 出てくるキャラすべてに無駄がないというのは素直にうなりました。
 これは構成技巧として非常に感心したし、僕も大いに参考にしたいところであります。

 総合評価としては、楽しく読めたのは事実だけど何か惜しい、といったところ。
 ちょっと三咲先輩に頼って物語を駆け足で進めてしまったところがとても残念でした。

 余談。
 ラブひなという漫画にみつねという女性がいるんですが、
 気のいい姐御肌で物語全体を俯瞰してはいるものの、
 彼女が物語を動かしてしまうとドラマの中身が成立しないので
 どうしても主題からは一歩引いてしまう扱いになるのが
 作者である赤松健としては寂しい、といったことを述べてました。
 それはまさしく事実でして、作品内世界を俯瞰してしまうキャラに
 物語のメインストリームを任せると、主要キャラのドラマが薄まってしまうんですよね。
 解説臭くなるというか、結果だけ先に出てしまうというか。

 感想、雑感は以上となります。
 企画参加お疲れ様でした。


大久保さんの意見 +40点
 見事にライトノベルしている作品で、個人的にとても楽しめました!

 自分は、ライトノベルというのは「タイトル」「冒頭の引きつけ」「パッケージ」で善し悪しが決まると思っているのですが、そのあたりのポイントの押さえ具合が非常に巧みだったのではないでしょうか。
 本作のタイトルは今風のチョイスとひと捻りが入っていて良かったと思います。
 それから冒頭の引きつけは、思わずこの後の続きを期待してしまうものでした。
 パッケージというのはイラストであったり、タイトルのロゴであったりあらすじ部分を読んだりなのですが、今回はあらすじと一言キャッチコピーがついていたので、今回の冬企画ではここに該当するかな、と。わかりやすさとインパクトという意味では非常に良かったと思います。

 冒頭の引きの良さがあってか、一気に最後まで読み切る事が出来る内容の作品でした。
 篠崎氷菓が非常にキャラ立ちしていたので、そのあたりが理由かなと思ったりします。
 ただ、読んでいていくつか気になったのは、時々出てくる2ch的というかニコ動的というか「~ですね。わかります」という様な「~ですか。そうですか」みたいなネットスラングの多様があって、そこが個人的に引っ掛かりを覚えてしまいました。
 要所で少数出てくるのはイマドキ感があって作者と読者の意識共有という意味では効果があるのかもしれませんが、個人的にはそこで強い引っ掛かりを覚えてしまった次第です。

 主人公の廻について。このキャラを把握するまでに少々時間がかかってしまったのが、本作の残念なところです。
 廻のキャラ印象が非常に薄いので、ラノベを書いている妄想癖の少年というキャラ付けは、もっと早い方がよかったと思います。
 ある程度、枚数を割いたあたりで改めて自己紹介のくだりがありましたけれども、この自己紹介シーンを挟む以前からキャラを読者が把握していた方が、読むときに物語の世界観にすんなり感情移入しやすいのじゃないかなと、感じました。
 一人称の語り口調というのは最近の売れ行き作品(例えばMF文庫などでは大多数がそうであるように)ではよく研究されているので、早い段階で物語を立ち上げる作業をするという意味でも、主人公を読者が早く把握するのは大事な要素と愚行する次第であります。

 主人公のキャラづけに関連して。
 幼馴染み翔子の扱い、エピソードの量がいくらか少なすぎた気がします。
 三咲恵理というキャラをしっかり有効活用するためにも、翔子の扱いをもう少し格上げしてやる事で、しっかりとした構図を読者がつかみやすいのではないだろうかと思いました。


ひのさんの意見 +30点
 これは面白いですね。

 ライトノベルらしいノリがとてもツボにはまりました。
 うん、これはライトノベルだ(笑)
 冒頭で惹き付けられて、あとはもうぐいぐいと物語にのめり込んでしまいました。
「夜は短し、歩けよ乙女」を彷彿とさせる二人の語り口調で紡がれる物語が絶妙ですね。
 氷菓と廻との行き違い・すれ違いをニヤニヤとしながら読ませていただきました。うーん青春だ。

 個人的に三咲先輩が好きですね。
 ああいう一歩引いた頼れる役どころには結構憧れます。
 キャラが一人一人立っているだけでなく、相互に関係してさらに双方が引き立つ。
 いい配役だと思います。

 ただ私の脳内会議ではキャラは総じて立っているということで満場一致なのですが、それぞれ惜しいところも。

 氷菓……のっけからなかなかの暴走、いや暴想っぷりで楽しめますが、後半になってだんだん暴想にブレーキがかかっていったような。三咲先輩にやらされるのは暴想とは言わないゾ。個人的には最後のオチが使えなくなったとしても、手紙なんかまどろっこしいことをせずにどーんと思いっきりぶつかっていって欲しかったです。

 廻……氷菓と比べるとどうしても印象度が薄いです。たぶん盲想度が足りないんだと思います。あえて言うなら、氷菓に比べて廻というキャラの描き方・造形に迷いがあったのなと思われます。「ありえねええええ」とおもわず突っ込んでしまうような盲想をもっと盲想させてほしかったですね。ツッコミ役も兼ねてしまっているので、ある程度常識人にならざるを得なかったかもしれませんが、それならば役柄を他の人に委譲しても(いっそのこと物語の中ではツッコミ不在にして役どころを読者に任せても)よかったかもしれません。

 三咲先輩……脇キャラなのですが、役どころがしっかりしていて、氷菓との絡みは読んでいてとても楽しかったです。ラストシーンは氷菓と翔子だけでなく、作者さまご自身も三咲先輩という役柄に甘えてしまったように思われます。

 翔子……典型的な幼なじみキャラ。悪くはないけど、もっと変態でもいい(コラ)。最後は少し可哀想かな。この物語自体がコメディ路線まっしぐらなので、読者がツッコむようなご都合主義でも構わないので、何かしら救済処置が欲しかった。廻の変わりに駄Mでもいかが? ……いらないか。

 駄M……駄Mだった。

 はい、こんなところでしょうか。

 先ほども述べましたが、氷菓の行動にブレーキがかかっていくにつれて、物語全体の暴想度も減速していったように思います。
 それはそれで落ち着いた感じを受けますが、このノリなら最後まで盲想、暴想、爆想! みたいな感じでつっぱしっても問題なかったと思います。

 ラストシーン。
 二人はともかく、いくらメインヒロインではないとはいえ、幼なじみキャラが泣いたまま終幕では、せっかくの読者自身の読了感にも一筋の陰を落としかねませんので、どうか彼女にもハッピーエンドをつけてやってほしいと願います。
 現実は確かに残酷ですし、恋もときには残酷ですけど、淡くほろ苦い青春物語ならともかく、読んでいて楽しめるラブコメならば、登場人物みんながハッピーで終わるのも全然ありだと思っておりますので。

 それでは作者さまの今後のご発展をお祈り申し上げます。
 ではでは。


ミナコレステロールさんの意見 +20点
 こんばんは。
 はじめましての方には、はじめまして。そうでない方には、いつもお世話になっています。
 ミナコレステロールと申します。
 冬祭り参加お疲れさまです!

 さて、早速ですが感想を書かせてもらいます。

・キャラクターについて
 廻と氷菓のキャラが、タイトルの通り立っていたので、すごくよかったと思いました。
 特に「暴そう」については理由もしっかりありましたし、おもしろかったです。
 もちろん、現実に氷菓みたいな子がいたら、何らかの病気や障害を疑わざるを得ないケースだとは思いますけど、ラノベなので全然アリだと思いました。

 終盤は三咲先輩ががんばりすぎちゃってて、廻と氷菓が妄想したり暴走したりしながら前に進もうとしてる意味までも薄れちゃってる気がしました。
 エピローグも全部持って行っちゃいましたしw タイトルが『僕の妄想×私の暴想×先輩の奔走』だったらいいんですけど。
 あるいは、これがシリーズ物のラノベの一短編エピソードで、サブキャラ同士をくっつけようと、本編のヒロイン(三咲先輩)が努力する……みたいな感じだったら別だとは思いました。
 サブキャラはサブキャラとして扱わないといけないのかなって思いました。

 逆に、翔子は、叩かれるためだけに作られた藁人形みたいな感じがしました。
 三咲先輩の主観による解説では「幼馴染という居心地のいいポジションに収まり行動を起こさなかった」ってことなんですけど、解説がなければわかりません。
 それに幼なじみポジションだからこそ失ったときのリスクが大きいという考え方も出てくるわけですし。

 それと、マギーなんですけど、こういうフィクションにありがちなファンクラブとか親衛隊とかの人って、崇拝の対象に変なムシがつくのを嫌がる物だと思っていました。
 なので、廻を応援しちゃっていいのかなって。
 邪魔者がいるからこそ恋愛感情が強化されるって考え方もできると思います。


・ストーリーについて
 「あなたが、きらいです」っていう急展開の始まり方は衝撃的で、先が気になりました。
 構成上、廻と氷菓の内心がわかっているので、結末が最初の方から予想できるお話なんですけど、最後まで面白く読めました。
(こういうお話で無理に奇をてらってバッドエンドや鬱展開にしてしまうと、ラノベとしての評価は難しいと思います)
 それと、前述したことと重なりますけど、もっと廻と氷菓の二人が自主&自律してがんばってもらいたかったと思いました。

 以下は細かい指摘です。

>君の悪い
 「気味の悪い」の誤変換では?

>見た事のある綺麗な先輩の字でこの封筒の説明が認められていた
>宛てた
>便箋
>逸らす

 手書きの手紙なのに、難しい字とかを使ってるので、パソコンで書いたような印象がありました。
 あえて難しい字を手書きするような古風でかっちりした感じのキャラが書いたならいいんですけど。

>その文面はあまりに予想外で、尚且つ自分の立てた誓いへを圧し折る様な、歴史的にも類を見ないであろう一言だった

 どうせ「きらい」とか書いてあるんだろうなって思った読者はわたしを含めて多そうな気がしましたw

>綺麗に印刷された便箋のコピーを取り出した。

 ひどい……w
 『人のラブレターをコピるな』と申しあげたいです!w


 最後にタイトルについて。
 わたしは勉強不足で知らなかったんですけど、『暴走少女と妄想少年』という作品があるのですね。
 関係ないとしても、似ているってだけで損をされてしまってるのではと思いました。『僕の盲想×私の暴想』って良いタイトルだとは思ったんですけど……。
 もし本作を公募に出されることがあるのでしたら、その際はタイトルを変更されることをお勧めします。
 
 以上です。
 次回作もがんばってください。
 おつかれさまでした。


ハイさんの意見 +30点
 どうも、ハイです。
 拝見しましたので感想を書きます。
 
 が、すでに何人かのかたが感想を書かれてますし、重複になる可能性大なのであれこれ書くのはやめておくことにします(読んでいませんので)。「……語るな、野暮になる」ってなもんですw

 評価「色々語りたくないと思うほど面白かった!」
 ちょっと意見「面白いですけど商品にするには売りが弱いかなー、と」

 以上ということで。余計なことを言う前に退散です。
 それでは執筆ご苦労様でした!


茶渡詠爾さんの意見 +30点
 面白かったです。お上手です。素晴らしいです。
 うーん。でも、好きかどうかは別の問題になってしまいます。

 廻はハイスペックなラノベ男子なので問題はないのですが、氷菓がどうしても人を選ぶと思います。彼女のキャラクタについていけるか否かで決まる作品だったのではないか、と思いました。どうも他の方の感想を参照させていただくと僕の方がマイノリティみたいですけどね。

 氷菓がものを知らな過ぎるのですよね。ラノベだからOKじゃないかと言われたら終わりなのですが、知らないなら知らないなりに、どうして知らないのかを書いていただきたかった。僕の読み落としならもう謝るしかないのですが、暴走の種明かしだけしかフォローされていなかったような気がします……。あまりくどくど言うのもいけませんが、萌える頭の悪さと腹の立つ頭の悪さのどちらだったかと聞かれたら、非常に個人的な見解では、氷菓は後者だと感じるのです。良く言えば一生懸命で、応援すべきなのでしょうけども。

 もうひとつ言えば、廻の葛藤もやや少なめ。ほとんど悩まず氷菓の誘いをOKして、常に誰かに振り回されている印象。巻き添えキャラというほどのキャラ付けはされていないようでしたので、読者に感情移入させるにはちょいと逡巡が軽かったようにも思えます。
 もっとも構成上、読者は三咲先輩目線で見ているわけなんですがw

 廻パートと氷菓パートで交互に入れ替わるせいか、波はあるのですが、その波が一定している印象がありました。この枚数ですとクライマックスまで一直線でいかざるを得ない内容量だったと思いますが、やや山場が小さめに収まってしまった気がします。

 嫌味につらつら述べましたが、実際、廻の盲想も氷菓の暴想も面白かったことには異なりません。
 冒頭の「嫌い」発言の真相から物語に引きつけられ、これは面白い恋愛ものだ、と確信できます。文章のテンポ・音感がよく練られていて、独特な流れがあるのですがストレスなく読ませられます。その点も高く評価できると思いました。
 謎解き要素を含む各構成が非常に秀逸であり、なかなかラノベで読む機会のない作品に仕上がっていたのではないかなと思います。内容は良い具合にラノベでしたw

 手紙は、なんだか雰囲気に騙された感じがものっそいするんですが、そうかならば仕方ない、と納得することにしました(^^ゞ それにしても翔子……乙。

 拙い感想ですが以上です。楽しく読ませていただきました。ありがとうございました。
 では冬祭り執筆・感想お疲れさまでした(^^ゞ


北立敬さんの意見 +40点
 企画お疲れさまでした。
 読ませていただいたので感想をばー。

 えー、すごかったです。
 冒頭のツカミからしてやられましたね。
 その後も飽きることなくどんどん引き込まれていきました。
 ギャグやパロディもおもしろく、(多少しつこかったですが)非常に楽しんで読めました。
 キャラについて、個人的には廻にかなり共感できました。別に同じようなことをやったとかでは全然ないので、作者様の力でしょうね。
 しかしマギーいいこと言いますねえ。ちょっと見直しました。
 ですが翔子がかわいそうすぎるかなあと。もうちょっと救いを持たせてあげてほしかったです。そこくらいですかねえ。
 氷菓が廻を好きになった理由、伏線の回収にはうならされました。お見事というより他ないです。

 ではこの辺で、失礼致します。


蘭丸さんの意見 +30点
 冬祭り企画ご参加お疲れ様です。おそらく初めまして、蘭丸と申します。
 この時期にきて今更ですが、『僕の盲想×私の暴想』拝読いたしましたので感想書かせていただきますね。読解力がなかなかにアレなので取捨選択よろしくお願いします。

 敬語ヒロイン、コーヒーショップ、そしてこのいい感じに物語が収束していく展開……うーん、なむなむ! 意味が分かりませんねすみません。ただ他の方もおっしゃっていますが、核は違うものの作品のとろどころが森見氏の『夜は短し、歩けよ乙女』とよく似た雰囲気だと感じました。ラノベ風にしたらこうなるのかなと。作者様もお読みになったことがあるのでしょうか。私の勘違いでしたら鬱陶しいことこの上ないとは思いますが、私が御作に引き込まれた理由の一つですので何卒ご容赦を。

 文章は大変読みやすく、相当書き慣れている方なのだろうなと思いました。読む速さが絶望的に遅い私でも、止まらずスルルーッと一時間足らずで読めました。伏線回収も自然で芸術的。皆さん仰ってるのでもう飽きておられるとは思いますが、圧巻です。

 またどのキャラクターもきちんとキャラが立っていて、特に三咲先輩がいい味出していました。皆を俯瞰しながら大事な場面でおいしい役割。なんか羨ましいなこの人。語り部と化したときは全部この人が仕組んだシナリオのようにも見えましたが。ただ彼女が主人公、氷菓、翔子に共通する人物であることはすぐに分かるのですが(むしろあざとさを見せず読者に分からせる手腕を褒めるべきでしょうが)、氷菓と翔子がそれを知る場面が物足りなかった気がしなくもないです。更に言えばそこからの氷菓の立ち直りやけに早いなと。ごめんなさい変なところに目をつけて、完全に私見です。

 あと気になったのはやっぱりラスト。氷菓とのハッピーエンドを迎えるには仕方ないことですし、むしろ作者様の潔さも感じられるのですが……これからの翔子に幸あらんことを。三咲先輩恨まないでね。
 しかしオチ個人的によかったです。意味合いが素敵に違ってて思わずニヤリとしました。
 
 以上です。拙い感想ですが、僅かでも作者様の今後の創作に寄与できれば幸いです。読ませていただきありがとうございました。


縁切さんの意見 +30点
 どうも、縁切と申します

 地の文が少々硬いですが、キャラがいいですね。冒頭も面白いです。
 ただ、手紙の一文の内容が一発でわかってしまいました。ピーンと閃いたと言いますか。
 まあとにかく、キャラには大変魅力がありましたし、引き込まれる文章も非常に好感触でした。

 それでは失礼させていただきます。


まうまうさんの意見 +40点
 こんばんは。まうまうと申します。

 非常に勉強になりました。
 これがライトノベルのあるべき姿なんだなと言う気がしてなりません。
 作りこまれたキャラクタ、軽妙なコミュニケーション、そしてメッセージもきちんと添えて、読後感もさっぱりとした「楽しむ読書」を目指した作品なのだと感じました。

 自分はこういうのが作れないので、少し嫉妬です。
 
 感想は以上です。


黒淵モコさんの意見 +10点
 こんにちは!
 僕の盲想×私の暴想
 読ませていただきました。

 冒頭のインパクトと掴みがいい。ジャンルは恋愛だがコメディとしておもしろかった。
 やや過剰修飾気味だが、地の文も笑えるところはたくさんあります。
 メタ的表現を重ねてくるところは、若干しつこさを感じるものの、生理的に嫌いな人でなければおもしろいと感じるはず。

 ただ主人公パートに比すれば、ヒロインパートがあんまりおもしろくない。主人公は主人公でウザイのだが、ヒロインはヒロインで、女性心理がうまく表現されているとは言いがたく、良くも悪くもラノベキャラ然としていて、心理や葛藤に深みがない。
 そして結局主人公は選択をしただけで、特別成長してないですよね。なんだか先輩に唆されただけのようにも思えます。
 
 話全体を通して、単純に三人称形式にすればもっと話を違和感なくすすめられたのではないか、という疑念があります。
 主人公とヒロインの視点がめくるめく変わるのは、この作品の特徴でもあるが、それで主人公とヒロインに感情移入できるかというと、難しい。
 一人称進行は、キャラクターの心理を浮き彫りにし、読者に感情移入させることがもっとも肝要であると言えるが、この作品で、キャラに感情移入できるかというと難しい。
 キャラクターの真面目な恋愛より、キャラクターが織り成すコミカルなやり取りを期待していた人もいるのではないでしょうか。
 それかいっそのこと、ずっと主人公視点で、盲想と勘違いとぶつかり合いの果てに、最終的にヒロインと和解するという王道の展開でも良かったのではないでしょうか。

 特に後半の展開なのですが、うまくいきすぎなような。氷菓の回想そして、過去が都合が良すぎる。

>>中学までの友達が一人もいない、一から関係を築いていかねばならない所へ。

 高校なのだから、中学までの友達が一人もいないことは、よくあることだと思います。

>>「そんな高校生活を送っていたある日、私に向かって、明らかな敵意を向ける女の子が現れました。私はそれが嫌だったけど、それを口にする勇気がありませんでした……私はほのかちゃんの言うとおりだと思いました。それで、彼女に対して自分の想いを伝えました。私の想いを聞いて、彼女は分ってくれたようでした。それ以来、彼女が私に対して敵意を向けてくる事は無くなりました」

 エピソードの解決が単純すぎやしませんか。

 ここまでは、まぁ主人公と無理やり結びつけるために仕方ないとしても……。
 幼馴染の存在があまりにもかませ犬すぎます。これだったらいっそいないほうがいい。
 翔子が、こんな碌でもない主人公を好きになって、こんな茶番劇に巻き込まれて、挙句の果てに先輩の語り草にされてしまうのが、あまりにも不憫。カワイそうすぎて笑えない。
 そして、ラストシーンを先輩の独白に任せたのはちょっとずるいです。何もしてないんだから、最後くらいは主人公がきちんとまとめるべき。

 冒頭の入り方や、マギーのキャラなどはよかったのですが、ストーリーとしてみると色々気になるところがありました。もう少しキャラクターの描写と扱い方に繊細さがあればなぁ……と惜しい限りです。

 以上です。長編執筆お疲れ様でした。また次の機会でもお会いできることを期待しています。では!


兵藤晴佳さんの意見 +30点
 拝読いたしました。兵藤です。

 3視点の切替が巧みで、次の展開を楽しみに読み進むことのできる作品でした。
 ただし、叙述の説明臭さが読みづらく、切なくも鮮やかなオチにたどり着くのは結構大変でした。
 構成とアイデア、俯瞰的なスタンスのクールな先輩に拍手を贈りたいと思います。
 楽しませていただきました。ありがとうございました。


デルフィンさんの意見 +30点
 こんばんは。デルフィンと申します。
 御作、拝読しましたので感想を述べたいと思います。

 冒頭は合格点でした。◎
 まあ、わたしごときの合格など大した価値はないでしょうが。

ストーリー・構成
 起承転結が出来ていたと思います。ところどころに挟まれるすれ違いギャグは何度も笑わせて頂きました。その辺の構成・演出は見事の一言です。正直羨ましい。
 欲を言えば、転で展開をもっと落として欲しかったです。また解決への流れがあまりにも安直と言うか。快刀乱麻を断ちすぎるというか。
 先輩の登場が、伏線は一応張ってはあったものの少々唐突に感じました。設定もご都合主義的すぎるというか。

キャラクター
 氷菓
 キャラクターは秀逸。本祭りでは颯爽桜と並ぶ、二大ヒロインだと思います。
 難を言えば、二点。
・好きになったエピソードが欲しい。なんでこんなお嬢様キャラが、平凡でエロゲなんてやってる男を好きになったのか。ハーレム物にそんなものいらない、という方も多いですが、本作は明らかに主人公とヒロインの恋愛に主題が置かれている為必須かと。どうにも「迫るもの」がなくなるんですね。これが主人公一人称だけだと難しいですが、せっかくヒロイン視点もやるのですから、是非とも欲しい。
・氷菓の女王様イベントを、どうして「伝聞」にしているのか。最初は、主人公が目撃したほうがいいのではないでしょうか? 人間と言うのは、相対する人によって態度を変えるもので、主人公だけに甘いとかになるとそれが魅力になるものです。本作で氷菓が見せているのは、「主人公への一面」と、「女友達への一面」です。「主人公以外の男への一面」をもう少し見せてもらえれば、より「主人公に接している時の氷菓の破壊力」が上がると思います。

主人公
 妄想妄想言ってる割に、まともすぎる。もっともっと暴走して欲しかったです。この話は二大視点で物語が進むのに、明らかに氷菓にキャラクター負けしています。非常にアンバランスな印象でした。前述したように、氷菓に惚れられるイベントなども欲しいです。彼の「男」が上がりますから。一挙両得です。

設定
 面白く、そして非常に上手に使われていたと思います。

総評
 良作です。楽しませてもらいました。何度も笑わせてもらいました。中盤近くまでは、「おいらがラ研に来て一年、長編で初の40点か」と戦慄したほどです。
 ヒロインキャラクターも本祭では颯爽桜とともに「つきぬけて」いましたが、一方でプロの一流所相手だと前述の理由により若干弱いかとも思いました。公募を狙うなら、枚数も増やせると思うのでキャラクターをより深めると良いと思いました。特に主人公はもっともっとキャラ付け必須ですね。

 感想は以上です。
 創作お疲れさまでした。

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