ライトノベル作法研究所
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“別転”のジレンマ

つーさん著作

『やっぱり教頭はズラだった! 決定的瞬間に加え、過去の疑惑を振り返る!』
 廊下の壁に貼り終わった壁新聞には、ポップな文字と一緒に“決定的瞬間”の画像が載っていた。
 七時前という早朝の学園。校舎に入るには誰もが通らなければならない廊下だが、さすがにこの時間には誰もいない。
 これから登校してくる生徒がこの記事を読み、人だかりができる光景を想像すると、自然と口角が上がってしまう。
 新聞の上には、この高校の名前である“翠奏学園”から取った“翠奏タイムズ”という新聞名。左下には、記事の書き手である汐崎策也――つまり、俺の名前が明記されている。ぎりぎりまで取材を重ねていたお陰で入稿が遅れ、レイアウト担当の部長に徹夜してもらって作り上げた記事だ。いつもより貼り出したときの達成感が違う。
 翠奏タイムズの隣には、“翠奏新聞”という地味な新聞が既に貼り出されている。来週より行われる高校野球大会に望む主将のインタビューが掲載されていた。
 この翠奏学園にはいわゆる“新聞部”が二つ存在しており、部歴の長い正統派新聞部が“翠奏新聞”、ゴシップ的な内容を扱うのが“翠奏タイムズ”だ。二つの新聞部が部員総動員の情熱と努力を傾け相手より良い記事を書き上げるために日夜励んでいる――ということもなく、内容が住み分けられているため、部員としては気楽なものだ。しかしながら、部長同士はものすごく仲が悪く、時たま険悪なムードになることはある。
 翠奏タイムズの部長と俺は、幼稚園から高校二年生の今までずっと離れることがなかった幼馴染であり、部長同士のいざこざが結構他人事じゃなくて困る。
 ふいに、胸ポケットで携帯が震えた。届いたメールを開くと、部長からだった。
『徹夜したから午後から登校。早朝掲載厳守よろ』
 そっけない文面にため息をつくと、すでに掲載を終えたことを返信した。

「さーせんしたー」
 申し訳程度の謝罪をしながら、職員室のドアを閉めた。
 今朝掲載した記事について、教頭本人に呼び出されたのが一時間前。昼休み開始と同時に「汐崎! 今すぐ職員室に来い!」という非常識なテンションの校内放送で呼び出され、渋々向かうと噴火済みの教頭に怒涛の勢いで怒られた。周りの教師が止めに入っていなければ暴力事件の被害者になっていたかもしれない。
 俺としてはなぜ怒られていたか分からない。教頭は今まで、温厚で人当たりのいい人という評価を受けてきた。ただ、それは“ズラである”という秘密を抜きにしての評価だ。そこを全校生徒に伝えた、それだけである。
 昔から、秘密を隠しているくせに良い評価を受けている人が嫌いだった。もっと人は、正当な評価を受けるべきだ。
 謝り方が気に入らないのか、閉めたドアの向こうで教頭が再度吼えるのが聞こえた。当然無視し、職員室に背を向ける。
「学校着いたら教室にあんたがいないから、ここだと思った」
 廊下では、小柄な女子生徒が挑発的に腕を組んで待っていた。
 毛先を綺麗に切り揃えた黒髪は肩にかかる程度のショート。色白の肌と相まって、日本人形のような儚い印象を受ける。徹夜明けだからだろう、黒縁眼鏡の奥の普段涼しげな目元には、うっすらとクマが滲んでいた。
 翠奏タイムズの部長にして俺の幼馴染――氷室莉由だった。
「なんで俺だけ呼び出されるのかと思ったら、普段『編集:氷室莉由』って書くとこ飛ばしただろ」
「あら、気付かなかったの? バカ正直に本名書くあんたの方がどうかと思う。内容を考えて」
 言われてみれば確かにそうだ。てゆうか、気付いていたなら編集で消して欲しかった。たぶん、俺をスケープゴートに使ったのだ。午後登校にしたのもそのために違いない。莉由はそういう女だ。
「あらあらまあまあ。翠奏ダメムズはまた問題を起こしたんですの?」
 声に反応して、莉由の表情に鋭さが増した。俺は額を抑える。面倒で逃げたいが、何かのときには抑止力にならなければいけないため、その場に留まる。
 声の主は、右手を腰に、左手を口元に当て、くすくすと笑っていた。笑い方に合わせて、高校生にしては豪華すぎるボリュームの巻き毛が揺れる。単体で見れば息を呑むような美しい蜂蜜色だが、身体の体積を軽く一.五倍にしているようなボリュームの前ではくどさしか感じない。切れ長の瞳とシミひとつない純白の肌から育ちの良さが良く分かる。莉由の色白はどちらかというと不健康な色白だが、こちらは乱れがないことが当然であるかのような堂々さすら感じる。
 翠奏新聞の部長、霧島貴子だった。
「貴子。あなたには関係のないことでしょう」
 身長で劣る莉由が、それでも相手を見下ろす勢いで腕を組む。
「関係ありますわよ。あなた方がオツムの悪い記事で評価を下げて、同じ学内新聞を発行する者として、私たちまで同類に扱われては困りますもの」
 たっぷりと悪意を含んだ言い方に、莉由のこめかみがぴくりと動く。
「同じ新聞部? 笑わせるわね。私たちの記事は今日も人だかりができる程の大盛況だったけど、あなた達の新聞は誰も見てないわよね?」
 確かに大盛況だったが、午後登校の莉由が実際に見ていないためハッタリだということは黙っておく。
「ダメムズみたいな低俗な記事とは違うから、分かる人だけゆっくりと呼んでくれているんですわ」
「ダメムズじゃなくてタ・イ・ム・ズ。そんなこともわからないの? あと、本当に誰か読んでるの? 学内サイトの掲示板で翠奏新聞が話題にされたのって、いつが最後だったっけ?」
 事実、翠奏新聞は人気があるとは言えない。愚直に真面目な記事を書き続けているが、高校生に刺さる記事ではない。教師連中からは好評価らしいが、生徒からはあまり人気がない。
 図星を突かれ、貴子の口元がひくひくと痙攣する。
「人気があるかどうか、統計でもとったのですの? 前から思っていたのですけど、一度どちらが優れた新聞部なのかきちんと明らかにしないといけませんわね。同じ学園に、二つも新聞部はいりませんわ」
「望むところよ。今度勝負でもする? 二つの新聞部が同時に記事を発行して、後で人気投票。どう? もちろん、負けた方の部は……」
 もはや両者共に引けなくなっている。
「いいですわね。人気投票で負けた方の部は、潔く廃部にする、と。楽しくなってきましたわ」
 高笑いを廊下に響かせながら貴子は去っていった。
 新聞部同士の勝負なんて、聞いたことがない。てゆうか、記事を書くのは俺だ。大変なのは結局俺である。軽く逃げたいところだが、廃部が絡むとなるとそうもいかない。この二人の言い合いにおいて、冗談ということはまずない。
 逃げるつもりもなかったのだが、般若と成り果てた莉由にありえない握力で襟を握られた。
「話聞いてたでしょ? 次回の発行は二週間後。史上最高の記事を書くよ」
 こうなった莉由は止められない。観念し、ネタ帳を取り出す。
「わかったよ。いくつか有力なネタあるし、深堀りしてみる。三組の委員長のロリコン疑惑でいいか?」
「あんた、話聞いてた?」
 呆れたように莉由がいう。
「史上最高の記事っていったでしょう。私が狙ってるのは『勝利』じゃなくて『完勝』なの。翠奏学園の最高の話題といったら、『別転』に決まってるじゃない。『別転』の秘密を探って、面白い記事書きなさい」
 俺の安息がなくなったことを告げるように、午後の授業が始まるチャイムが鳴り響いた。

 ――『別転』。
 半年前に俺と同じ学年の三組に転校してきた女子生徒、古川菜摘の呼ばれ方である。別格の転校生、を略した表現で、翠奏学園の生徒ならほぼすべてが知っている。
 古川菜摘が別転と呼ばれる理由は、言葉通りすべてが別格だからだ。転校してきてから一週間で二十人が告白した別格の美貌はあまりにも有名。運動神経も抜群で、過去に武道をやっていた格闘少女だったりもする。フラれたことに腹を立てた当時『翠奏学園最強』と謳われた不良生徒を、返り討ちにして再起不能に痛めつけた武勇伝は一部筋で語られている伝説だ。オマケに学生の本分も優良で、学年順位では転校以来一位を守り続けている。
 すべてが別格。別格の転校生。確かに、翠奏学園が今一番注目している話題だ。別転の秘密をスクープすれば、翠奏タイムズの一方的な勝利は確定だろう。
 一方で懸念も大きい。下手に別転を刺激して大衆の反感を買う可能性もあるし、別転本人に武力行使されることもありえる。そもそも半年間も良い評判しか聞いたことがない別転の秘密を探るのだ。並の労力でいけるとは思えない。
 しかし、失敗するわけにはいかない。廃部となれば、もう公に記事を書くことができなくなる。外面だけ魅力的に振舞っている奴らの本性を伝えることができなくなるなんて、つまらな過ぎる。なんとしても、翠奏新聞に勝たなくてはならない。

 放課後、意を決して三組の扉を開いた。別転――古川菜摘はまだ席にいて、帰る準備をしているところだった。
 噂の美貌は、間近で見ると一層目を引く。バランスが恐ろしく整った顔は、しかし嫌味な感じを一切受けない。大きくて黒い瞳が、すべてを柔和な感じに調整している。左側だけ外にハネているアンシンメトリーなセミロングは、やや茶色がかって個性を主張している。
「古川菜摘さん、だよね」
 声をかけると、至って冷静な笑顔で振り返られた。俺が古川と話すのは初めてである。もう少し警戒されると思ったが。
「二組の汐崎君だよね。どうかした?」
 名前とクラスを言い当てられ、面食らう。
「驚いた。“別転”に俺の名前が知られているとは思わなかった」
「ああ、別に汐崎君だけじゃないよ。私、学園全員の顔と名前覚えてるから」
 こういうところも別格、なのだろうか。一瞬だけ、天下の別転に名前を覚えておいてもらえた優越感に浸った自分が嫌になる。
「俺は『翠奏タイムズ』っていう新聞部の記事を書いてて、よかったら取材させてもらいたいんだけど」
 教頭のズラ記事を書いたときは、本人に気付かれないように入念に取材し、証拠を抑えた。別転の場合は半年間変な噂があがっていないことから、直接本人に潜り込み聞き出すのが得策である。――まあ、簡単に承諾されるとは思っていないが。
 ところが、古川は友好度百パーセントの笑顔で、
「うん。別にいいけど」
 あっけなく、快諾してくれた。何か裏があるのかと勘ぐるが、それを今から探ればいいのだ。
「ありがと。じゃあ一緒に来てくれるか? 飲み物くらい奢るよ」
 突如クラスの男子生徒連中からの視線が痛さを増したが、構っていられない。こちらは人生がかかっているんだ。
 何の抵抗もなくついてくる古川と連れ立ち、二人で学校の外に出た。

 翠奏生行き着けのファミレスの席につき、二人分のドリンクバーを注文する。既に店内にいた別の翠奏生が、別転の姿を見つけて視線で追う。非常に話ずらい雰囲気だが、しょうがない。
「じゃあさっそく始めたいんだが、まずは『別転』にまつわる噂から検証させてくれ」
「あ、その前にドリンクとってくるー。何飲みたい?」
「じゃあウーロン茶でも頼む」
「おっけー」
 ほぼ初対面にも関わらず親しくしてくるのは、デフォルトなのだろうか。普通は警戒し、もっとよそよそしくなるはずだ。
 俺用にウーロン茶を、自分用に野菜ジュースを持ってきた古川が席につき、本題を切り出した。
「さっきも言ったが、噂の真相を確かめたい。まず、転校してきてから一週間で二十人に告白されたったのは本当?」
「ええと、ちょっと待ってね」
 ストローで野菜ジュースをすすりながら、指を折る。
「一週間では二十二人だった。正確に言うとね」
「今も告白されることはある?」
「前よりは減ったけど、定期的にあるかな」
「合計すると何人になるかわかる?」
「昨日の人で六十人ちょうど。もちろん、全部断ってるけどね」
 秘密の匂い。脳の奥に鋭く刺激が走る。
「断っている理由は?」
 質問のトーンの違いを感じとったのだろう。首を傾げながら
「特に深い意味はないよ? ただ、付き合おうと思った人がいなかっただけ」
 ちょっとだけ揺さぶりをかけてみよう。
「今の発言は、告白してくれた人全員に対して失礼じゃないか?」
 大きな瞳が、さらに大きく開かれた。
「そうかな? 下手に庇って嘘を言う方が、よっぽど失礼だと思うけど」
 堂々としたものいいだ。自分が全校生徒から注目されている『別転』であるという驕りはまったくないのだろう。
「そうだな、悪かった。次の質問に移るけど、あの『翠奏最強の不良』からも告白され、フった挙句に返り討ちにしたというのは?」
 古川は野菜ジュースが入ったコップを両手で包みながら、おいしそうにストローで啜りながら答える。
「半分本当で半分嘘かな。告白されてフったのは本当だけど、返り討ちという表現はたぶん嘘。告白の場面に居合わせた他の女子が、フられた彼を笑ったのね。それで怒って襲い掛かったから、私が止めたの」
 返り討ちではなく、他の生徒を庇ったからだということか。
「正直なところ、女子が喧嘩で勝てる相手じゃないという印象があるんだけど」
「私、小さいときから柔術やってたから。あと動体視力とか反射神経がいいらしくて、大抵の相手なら大丈夫なの」
 ちょっと迷ったが、試しに古川の髪を掴もうと勢いよく手を伸ばした。
 軽い衝撃と同時に、乾いた音が走る。髪に届く前に、横から手首を掴まれていた。
「本当みたいだな。悪かった」
 憤慨してもいい場面だが、古川は気分を害した様子はなかった。逆に、「信じてくれたなら」とさえ言っている。
 今までの反応が素の古川であるなら、対人関係能力も非常に高いのだろう。得てして能力がある人は他人から疎まれるが、古川に関してはそういう噂を聞かない。周りとうまくやっているのだろう。
 学内テストで一位を取り続けていることはすでに裏づけが取れているため、わざわざ聞くことはない。今のところ、噂以上に完璧に別格だと言える。
 もっとお高くとまっているかと思っていたが、意外にもまっとうな人間でびっくりしていた。これはゴシップネタとして扱えるような秘密を探ることは難しい。無駄だとは思うが、行動を観察する手法に切り替えた方がいいかもしれない。
「一応聞いておくけど、なんで取材に応じてくれたんだ? 俺と初対面だし、警戒とかしなかった?」
 飲み終えたコップを軽く振って見せてきた。促し、お替りを取りにいってもらう。持ってきた飲み物は、同じく野菜ジュースだった。好物なのだろうか。一応メモしておく。
「翠奏タイムズはよく読ませてもらっているから。どんな人が書いているのか興味あったし。私のことを記事にしてくれるなら大歓迎」
「嫌な内容を書かれるとかは思わなかった?」
 俺は、古川がわずかに息を呑み笑い直したのを見逃さなかった。
「えー、私のこと、悪く書くつもりなの?」
「そうと限った訳じゃないんだ。皆が知らないような、別転の秘密を書けたらと思う」
 素直に教えてくれるとは思っていないが、探る糸口となる可能性が高い。
 古川は口元に手を当て、考える素振りをしていた。
「秘密……秘密か。それはわからないな」
 言えない、ではなく、わからない?
 意図を掴みかねていると、古川が言葉を続けた。
「秘密って、人によって違うの。ある人からみたら私の秘密でも、別のある人にとっては当然のことかもしれない。今まで話した内容はあなたにとって秘密だけど、クラスの友達だったら知っていること。私にとっての秘密を教えるためには、あなたが知っている私をすべて知らなければならないの」
 古川の発言を噛み砕き、頭の中で理解する。
 なるほど、一見屁理屈のようだが、言っていることはもっともだ。俺が知らないだけで、「これはスクープだ!」として記事を書いたが、古川の周りでは当然だということがあるかもしれない。
「俺が知りたい秘密は、学内皆が知らないようなことだ。もちろん、悪いことじゃなくてもいい」
「それこそ難しいよ。学内皆が知っていることが何かなんて、私には把握できないから」
 どうもこのやり取りではらちが明かないようだ。別の角度から切り込む方法を考えなくては。
「私はね、できる限り本当の自分をみてもらいたいの。飾らない、脚色されない、本当の私を見てもらいたい。その助けをしてくれるなら、歓迎するかもだよ」
 心臓の奥が跳ねるのを感じた。古川の考えは、俺が記事を書く理由と同じだ。包み隠さずその人を評価してもらいたい。既に古川は実行している。飾らない、本当の自分をさらけ出そうとしている。だから、初対面の俺に対しても、妙な外面を作らず接してくるのだろう。
 ふいに、古川が寂しげに目を伏せた。
「……全部さらけ出すのはまだ、怖いけど」
「ん? なんだって?」
「いやいやなんでもないのっ」
 慌ててふるふると両手をふる姿に、かすかな違和感を覚える。
 もう少しだけ突っ込んでみる必要があるか――身を乗り出したところで、背筋に冷たいものを感じた。本能が伝える。早くこの場から離れたほうがいい。
「今日はありがとう。また声掛けさせてもらうかもしれないから、よろしく」
「ああ、うん。じゃあまた」
 俺はウーロン茶を飲み干すと、二人分のドリンク代を置いて一人でファミレスを出た。
 寒気の原因は、おそらく他の翠奏生だった。古川と二人でいる見知らぬ男子である俺に対して、視線が鋭すぎる。明日下駄箱に画鋲でも入れられてないといいが……。

 翌日、下駄箱には画鋲の代わりに黒い手紙が入っていた。血のように赤い字で『汐崎へ』と書いてあるところをみると、ラブレターの類ではないようだ。中身を読む気にもなれず、近くのゴミ箱に捨てた。これが別転の人気か。目立つような行動はこれ以上避けた方がいいかもしれない。
 俺は上履きに履き替えると、教室には行かず屋上に向かった。クラスメイトである部長の莉由にメールを送る。
『今日は別転の行動を観察するから教室には行かない。担任には適当に言っておいてくれ』
 俺も古川も同じ高校に通っているので、普段通りの行動をしていては相手の行動を観察することができない。授業をサボる必要がある。まあ、古川みたいに一位を狙う必要もない俺にとっては、授業を一日サボるくらいどうとでもなることだ。
 屋上に着くと、双眼鏡を取り出して校庭の様子を見下ろした。古川のクラスは、一、二時限目は校庭で体育だ。
 その他大勢の女子生徒にまぎれていた体操服姿の古川を見つけた。陸上の授業らしく、走り幅跳びを順番にやらされている。古川は順番待ち中だった。近くの女子と楽しそうにおしゃべりをしている。やはり、『あまりの目立ちっぷりにクラスで仲間はずれにされる』というようなこともないようだ。
 程なくして、古川の順番となった。隣の女子と一緒に走り出し、あっという間にトップスピードに乗る。走る前のわずかな助走距離にもかかわらず、一緒にスタートした女子を後ろに置き去りだ。
 そして、宙へと飛び出した。
 完璧な踏み込みと、無駄のない全身のバネ。古川が空を飛んだと錯覚したのは、俺だけじゃないはずだ。数瞬の後にしっかり着地し、はるか後方の踏み切り地点を振り返る。自分のジャンプに満足したのか、屈託なく全身で喜びを表した。そういった仕草に、やはり嫌らしさは感じない。他の女子も一緒に喜んでいる。唯一、計測していた男性教師があんぐりとしているくらいだった。
 その後、短距離走、走り高跳びを行ったが、古川がトップなのは一目瞭然だった。驚くことに、周りがそれを喜んでいる。自然と、笑顔の中心に古川がいた。
 二時限分屋上で張っていたが、出てきたのは噂の範疇に収まる内容だけだった。
 諦め、教室に向かう。三時限目以降は普通にクラスでの授業だ。古川の勉強風景を見ることができる。
 サボっていることがばれないよう、休み時間からずらして教室へ向かう。古川の教室では、数学の授業を行っていた。担当教師に見つからないよう注意しながら、後ろの扉から授業をのぞき見る。
 担当の数学教師は、俺も授業を習ったことがある。クラス全員が回答できないような難しい問題をやらせ、優越感に浸るような最悪なやつだった。すでに学園の皆がこの教師の悪い面を知っているため、あえて記事にしたことはないが、その気になればいくらでもネタのある教師だ。
 教師は黒板に二つの問題を書き終えると、おもむろにクラス名簿を開いた。
「じゃあこの問題を誰かに解いてもらいたいんだが……。今日が十月十七日だから、出席番号十番と十七番がいいか。ええと……土屋と古川、解いてみろ」
 その他のクラスメイトから安堵のため息が漏れる。指名された二名は、対極の表情を浮かべていた。古川は涼しいものだが、もう一人の土屋と呼ばれた男子生徒は明らかに狼狽している。
 古川はさっさと教壇に上がり、チョークを走らせ始めた。俺には記号の意味すらわからない問題だったが、迷いなき流れで白文字を紡いでいく。一方で、土屋はまったく進まない。チョークを握ったままで固まってしまう。
 数学教師はにやりとし、土屋の挙動に気付いているだろうにも関わらず、何も助け舟を出そうとしなかった。解けないことを喜んでいるのだ。
 ――ちらりと、古川の視線が土屋を捉えた。
 土屋本人はそんなことに気付かず、必死に問題を睨んでいる。
 古川は問題をあっという間に解き終え、踵を返して自分の席に戻っていこうとした。が、制服の裾が当たったらしく、黒板のへりから黒板消しが落ちてしまった。静寂に包まれていた教室には大きすぎる音が響き、土屋や数学教師を含めた全員がそこに注目する。
 当の本人は悪びれた様子もなく、
「すみませーん。静かにしますっ」
 と、明るい調子で黒板消しを拾った。
 へりに戻す、そのとき。数学教師にみられないよう、黒板の一部をコツコツと叩いたのが見えた。土屋も気付いたようで、その場所に目をやり、見開いた。返す動きで古川を見るが、古川は何事もなかったかのように自分の席に戻っていく。
 土屋は古川の後姿をぼうっと眺めていたが、ふいに思い出したかのようにチョークを走らせ始めた。ついさっきまで問題が解けずにうろたえていた生徒の変化に、今度は数学教師の方が冷静を失っていった。
 問題を解き終えた土屋は、数学教師に見えないように自分の身体をうまく使って黒板の一箇所を消し、自分の席に戻っていった。席に座る直前、古川と土屋の視線が合い、古川は微笑を浮かべ、土屋は真っ赤な顔で視線を外した。
 比較的遠い場所でのやりとりだったため完全に見えたわけではないが、おそらく古川が土屋のために回答を伝えたのだろう。それに気付かせるためにわざと黒板消しを落とし、土屋に教えた。
 美貌の同級生がこんな華麗に自分のピンチを救ってくれたなら、しがない男子生徒は間違いなく恋に落ちるだろう。また一人玉砕者が増えるわけだ。
 どうだろう。今の一連の行動は、記事にできるような秘密になるのではないか。
『別転、教師の目を盗んで他生徒に解答を教える!』
 これで記事を書けるか。一連の内容をネタ帳にメモしながら、展開方法を考える。
 今のやりとりは、数学教師や他のクラスの生徒からみれば目新しい『別転の秘密』だろう。しかし、クラスメイトに対して隠そうと思ってやったことではないだろうことは明白だ。秘密としては、もっとも弱い部類に入るかもしれない。これでは、莉由を満足させる記事とはならない――。
 もう少し探るしかないか。
 俺はネタ帳をしまい、古川の教室から離れた。

 その後一週間古川の行動を観察した。授業中はもちろん、昼休みや、放課後に後をつけることもした。ストーカー一歩手前の密着にも関わらず、記事になるような秘密はまったく出てこなかった。ネタ帳の内容は増えず、下駄箱の不幸の手紙の数だけが増えた。
 このままでは何もないまま期日になってしまう。新聞部同士の対決記事を掲載する日は、もう来週に迫っているのだ。
 焦った俺の足は、自然と古川の教室へと向かっていた。
 昼休みの教室には、しかし古川の姿はなかった。近くの生徒に聞くと、食堂に出かけていったらしい。礼を言ってすぐに食堂へ歩いた。
 昼休みの食堂は戦場と化すため、俺は滅多に利用しない。今日も例外ではなく、生徒でごった返していた。
 この大人数の中で古川を探すのは大変だなと思い、すぐに考えを改めた。
 遠くから見ても、大人数の中で見ても、古川は威光を放っているかのように、すぐに見つけることができた。他の生徒とは、オーラというのだろうか、決定的に何かが違う。
 昼食を終えたところのようで、一緒にいた女子と席を離れようとしていた。
 食堂の入り口で待ち、出てきたところに声を掛けた。
「ああ、汐崎君。どうかした?」
「ちょっと話したいことがあるんだ。このあと時間ある?」
「うん、まあ、あるかな。おっけー。わかった。ごめん、先に帰っててね」
 連れの女子にきちんと謝るころなど、本当にちゃんとしている。連れの女子は俺を睨みながら、その場を離れていった。別に取って喰わないって。てゆうか、その気があっても返り討ちにあう。
 できるだけ人目につかないところがいいので、校舎裏に連れ出した。場所が場所なだけに、なんだか告白するみたいである。
「話って、なに?」
 普通の生徒ならこんな場所に呼び出されただけでどぎまぎしそうだか、さすがに慣れているのか、古川は至って冷静だった。
 俺は軽く咳払いして、口を開いた。
「この前はありがとう。あそこまで友好的に取材に応じてくれる人はいないから、助かった」
「それはどういたしまして」
 本心からだろう。ぺこりと一例した。
「迷惑でなければ、今度の翠奏タイムズで、古川さんのことを記事にしたいと思っている」
 今までの態度から拒否されることはないだろうという打算の上で、切り出した。
「そうなんだ。ありがとう。いい記事にしてね!」
 案の定、古川は歓迎すら示してくれた。
 ここからが勝負だ。
「ただ、普通の記事を書いてもつまらないと思うんだ。せっかく注目して取り扱うのだから、皆が知らない『古川菜摘』を記事にしたい。この前聞いた内容だと、皆が知っている噂にしかならない」
 試すような瞳を向けながら、古川は話を聞いている。
「だから、古川さんの秘密を教えてくれないか。誰にでも秘密はあると思うんだ。だから包み隠さず、教えて欲しい」
 直球な要求。こういったタイプには、逆にこのようなアプローチが有効なことがある。
「皆に、もっと『古川菜摘』を知ってもらうチャンスだと思うんだ。どんなことでもいい」
 わずかに古川が揺らいだように感じたが、はっきりと肯定も否定も示してくれなかった。
 困ったように少しだけ俯きながら、古川は言葉を紡ぎ始めた。
「人は誰でも秘密を持っている。それは確かに正しいと思う」
 自分に秘密がある、ということを肯定したのだろうか。
「でも、他人にすべてを知ってもらうなんてできないよね。他人同士で、完全にその人のすべてを知ることなんてできない」
 他人の心が読めない以上、どんなに好きだとしても他人のすべてを知ることはできない。その通りだと思う。
「でも私は皆と分かり合いたい。全部の自分を見てもらえれば、勘違いやすれ違いも起こらないから」
 語る古川は、苦しそうだ。一つ一つ臆病なほどゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「私は、自分のことをできるだけさらけ出すようにしているの。そうしたら、間違った評価とか、受けなくて済むから」
 ――今まで、いくつもの記事を書いてきた。
 本当は一般家庭のくせに、お金持ちに見せようと親の金を使い込んでいた男子生徒。バツイチのくせに女子生徒からの人気を保つため隠し続けていた男性教師。かわい子ぶってるけど、中学時代にヤンキーとして暴れていた女子生徒。
 皆が自分の一部分をひた隠し、いい部分だけを見せようと強がっていた。
 でも、古川は違う。自分のすべてを見てもらおうとしている。
 俺の気持ちを感じ取ったように、古川が話しを続けた。
「でも、完全にさらけ出すことはできていないの。今でも……怖いから」
 疑惑が確信に変わった。古川には、何か秘密がある。
「せっかくだからいい機会だと思うんだけど、まだダメ。勇気がないの。だからごめん。ね」
 一方的に告げると、古川は走って逃げていってしまった。
 別転には、確かに秘密がある。確定しただけでも、大きな収穫だろう。残り一週間で、突き止める必要はあるが――。
「もう一息……ってところか?」
 あと少し古川に迫れば、秘密を聞き出すことができるかもしれない。
 しかし同時に、秘密を聞き出したくない自分にも気付いていた。古川は自分を隠そうとしていない。俺は、秘密を隠しながら良い評価を受けている人を暴きたいんだ。本当の自分を出そうと苦しんでいる古川の秘密を、俺が伝えていいのだろうか。自分自身で、伝えるべきではないのか。
「廃部とか絡んでなければ、手を引くのにな……」
 ため息と共に出た言葉は、誰もいない校舎裏に溶けて、消えた。
 廃部とか対決とか、考え直してくれるよう莉由を説得してみようか……。

 教室に戻ると、一種異様な雰囲気に包まれていた。テスト直前のような、怯えと緊張が充満している。
 足を踏み入れた瞬間に感じた違和感の塊。その正体を探し、すぐにため息をついた。
 教室の角で、莉由と貴子がにらみ合っている。なぜ別クラスの貴子がここにいるのだろうか。他のクラスメイトは『触らぬ神に祟りなし』状態で、遠巻きに見守っているだけだ。
 俺はクラスの勢力図に逆らい、負の感情の発信源へ進んでいく。
「莉由、どうしたんだよ」
「いいところに来たね」
 莉由は努めて冷静を装っているが、声が裏返っていた。もう手遅れだったかもしれない。
「今このロール婦人と話がついたところよ。明日、来週掲載の対決記事の予告を張り出すことにしたから」
「せっかくの決戦ですもの。それくらい大々的にやらないと面白くありませんわ。莉由さんと違って、私はそういった演出も考えておりますから。提案しにきたんですわ」
 頼むから、それ以上挑発しないでくれ。
 もちろん俺の心の声など届くはずもなく。「ま、別に怖気づいているのなら無理にとはいいませんけど」
「あんたこそ、大勢の前で恥かいて、その無駄にでかいロール髪がしぼんでも知らないから」
「偉そうな口も来週までですわ。『今まで貴子様より低俗な記事を掲載し続けてすみませんでした』と言わせてあげますわ」
 おーほっほっほ、というテンプレートな高笑いを発しながら、貴子は教室から出て行ってしまった。一気に部屋のムードがやんわりとする。
 もちろん俺は、同調できなかった。
「予告って……どうするんだよ。悪いけど、俺まだ『別転』のネタを上げている訳じゃないからな」
「やっぱり、まだ何も掴んでいなかったのね……」
 酌量を求めるつもりだったが、もしかして逆効果だったか。
「じゃあ残りの期間でネタを見つけなさい。もちろん『別転』に関するものだからね。絶対に完・全・勝・利するわよっ」
 こうなった莉由は止められない。
 反論する気も失せて、自分の席に沈み込んだ。理不尽極まりない。対決を止めるか、別転以外の記事にするかを打診しようと思っていたが、始まる前に完膚なきまでに潰されてしまった。
 俺の下がり具合に釣られたのか、幾分落ち着きを取り戻した莉由がやれやれという風に息を吐いた。眼鏡の位置を軽く直し、隣の席に腰掛ける。
「ごめん、そこまであんたを追い詰める気はなかったの」
 思うがけない優しい口調に、はっとして顔を上げた。
「予告は、作成から掲示まで私がすべてやる。あんたは『別転』のネタを追って」
「……できるだけ努力してみる」
「あんたが苦戦してることくらい、私知ってる。結構有名よ。別転に纏わりついているストーカー男がいるって」
 それ、俺のことだろうか。確かに最近、不幸の手紙の質が上がった気がする。今朝の手紙は犯行声明のように一文字ずつ新聞の切り抜きが使われていた。文面は、『コレイジョウチカヅクナ』。さすがに笑えない。
「予告を受けたのは、あんたのためでもあるの。大きなことにすれば、別転も何かしらのネタを提供せざるをえなくなるでしょう。全校生徒を盛り上げておいて『何もありませんでした』じゃ通らないからね」
 それは一理あるかもしれない。最後はあくまでも俺の取材力だが、盛大に予告を行えば、古川を追い詰める要素としては追い風になる。
 さっき見た古川の苦しそうな顔が脳裏を過った。
 本当にこれでいいのだろうか。

 『翠奏新聞と翠奏タイムズの勝負が来週に! 面白いと思った記事に投票してください! 負けた部はなんと廃部! あなたの投票が部の存続を決定します!
 部運を掛けた記事は、翠奏新聞が『翠奏学園七不思議検証』、翠奏タイムズが『別転・古川菜摘の秘密』。乞うご期待☆』
 翌日、壁という壁に予告が張り出されていた。俺たちの教室で揉めた後、部長二人で作成から掲示まで行ったらしい。本当は仲いいんじゃないかと疑いたくなる。
 いずれにしろ、これでもう後戻りはできない。予告を見た古川から接触してくるか、俺から行くことになるか分からないが、古川の秘密について話し合わなければならない。
「別転の秘密、か……」
 過大に見せる嘘、痛々しい思想、敬遠される趣味――。別転・古川菜摘の秘密は、どういった種類のものだろうか。
 頭脳明晰、眉目秀麗、さらに運動神経抜群。完璧で別格な転校生に、一体どんな秘密があるのだろうか。
 考えていても真実は分からない。勝負に負けられない以上、俺は俺で動かなければならない。
 次の行動を起こすため、古川の教室に向かっていた。周りの友達に聞き込み調査を行うためだ。別転の人気から、変な疑いがかかることを避けるため“最終手段”だと思っていたが、今がその段階だろう。莉由がいうには、俺が古川を追っていることは有名らしいし。不幸の手紙を存分に受け取った今となっては、もう他人の目なんて怖くない。
 古川の教室の前で待っていると、見覚えのある女子生徒が出てきた。確か陸上授業のときに仲良さそうに話していた人だ。記事を書いている影響で、顔を覚えることには自信がある。
「ちょっといいかな」
 声をかけると、不審者を見つけたときみたいに反射的に身を引いた。「ひっ」という声が聞こえたのは、気のせいだと信じたい。
「古川さんのことで聞きたいことがあるんだけど……」
「ご、ごめんなさいっ」
 なにが? と聞く前に走って逃げていってしまった。
 ぽかんとして走り去っていく背中を見ていると、背後に気配を感じた。身の危険を感じて振り返ると、知らない顔の女子生徒がいた。幼い顔立ちから、おそらく下級生だとわかる。
 明らかに俺を睨んでいる。どうしよう。身に覚えのない敵意ほど処理に困るものはない。なんとなくその場から離れにくい雰囲気に困惑していると、
「なっ、菜摘先輩に付き纏わないでくださいっ!」
 一喝されて、また走り去られてしまった。
「え、ええぇー? 何がどうしてそんなに俺責められてんだ?」
 場の雰囲気に耐えられず誰にともなく問いかけるが、周りの視線が痛いほどに突き刺さるだけだ。
「ちょっとちょっと」
 今度はまた別の女子に服の裾を掴まれた。食堂で古川と一緒にいた女子のうちの一人だった。
「今度はなんだよ……」
「いいからいいから」
 言われるままについて行くと、廊下の角を曲がったところですぐに止まった。女子は周りを確認すると、神妙な面持ちで、息を潜めて話しかけてきた。
「あんた、ここ来ない方がいいよ? 有名人なんだから。『今までで最悪のストーカー』だって言われてんのよ。しかもあんな予告までやったんじゃあ、そりゃあ皆から敵視されるわよ。ああ、私は菜摘の友達で、春木涼香」
 古川に近い生徒からの評価に、頭の奥が揺れるのを感じた。今までで最悪のなんだって?
「菜摘は周りの皆から好かれてるからさ、あんなずっと付き纏って、あんな予告まで張り付けたんじゃ、ね」
「別に俺もやりたくてやってるわけじゃない。予告は俺がやったんじゃないし」
「そうなの? うーん……」
 一応反論してみると、意外にも普通に受け止めてくれた。この女子なら話せそうだ。
「部長のいざこざに巻き込まれて、古川さんの記事書かないと廃部になっちゃうんだよ。悪いようには書かないから、古川さんの秘密、知ってたら教えてくれないかな?」
 春木は目を丸くして、
「まだ秘密を突き止めてるわけじゃなかったんだ?」
「そうなんだよ、だから、頼む」
 春木は「うーん」としばらく考えたが、残念そうに首を振るだけだった。
「私ももし自分の部活が潰れたらって思うと協力してあげたいけど、記事になるような秘密ってないかな。菜摘って、ほら、何でもオープンにするから。怪しいこととかもないし」
 ここでも同じ評価しか出てこない。やっぱり古川が隠し持っている秘密は、まだ誰にも公表できていないのだろう。
「転校してきてからずっとオープンな感じだったから、隠し立てしてることとかってないんじゃないかなぁ」
 転校してからずっと……転校してから、か。
「あれ?」
 絡んでいた糸が綺麗にまっすぐなった気がした。
 なぜこんな単純なことに気付かなかったのか。古川のあまりの別格ぶりにそちらにだけ目がいってしまい、初歩的なことにまで意識が回らなかった。
 別格な転校生。転校生の最大の秘密は、転校してきた理由じゃないか。
「古川さんが転校してきた理由は? 知ってる?」
「そういえば……知らないかな。まあ、転校生にそういうことは一番聞きづらいじゃない? だから誰も触れないんだと思うよ」
 やっぱり想定通りだ。おそらく古川の周りの人でさえ、誰も転校してきた理由を知らないのだろう。
「わかった、ありがとう。そうだ、忠告もありがとう。気を付けるよ。ああ、それと」
 核心に近づいた開放感に、もう一時も待つ気にはなれなかった。
「古川さんって、今どこにいるか分かる?」
 春木が、呆れたように口を空けた。

 古川は一つ前の授業時の社会科教師に言いつけられ、教材を社会科準備室に運んでいるらしい。一人で行動しているようだ。
 走っているかのような早歩きで社会科準備室へ向かう。途中で何人かの生徒にしかめっ面で振り返られたが、気にしていられない。
 社会科準備室へは、古川の教室からほぼ一本道となっている。すれ違いになることはない。
「ここ、か」
 荒い息を整えながら、目的の場所の名前が記された扉を見上げる。ここまで古川に会わなかったということは、中で教材を片付けているのだろう。
 喉を鳴らし、一呼吸置いてからドアノブに手をかけた。
 そのとき――
 視界が急に暗くなったかと思うと、衝撃と共に右肩に鈍い痛みを感じた。耐え切れず膝をつく。状況を理解するのに数瞬を要した。同時に振り返ると、男子生徒が引きつった表情で金属バットを振りかぶっていた。
「あぶねっ」
 考えるより先に身体が逃げていた。二秒前まで俺が座っていた箇所を、金属バットが全力で叩く。金属の小気味いい音と共に、バットがひしゃげ、地面が陥没した。
「ふ……古川さんに近づくな……」
 憑かれたようにつぶやいたのは、古川の行動観察中、数学の授業中に見た土屋だった。
 右肩がずきずき痛む。金属バットで殴られたのだろう。右手を動かすと激痛が走る。
「あれだけ手紙も送ったっていうのに、全部無視するなんて……」
 毎朝のように入れられていた黒い手紙。送り主は土屋だったのか。ごめん、まったく読んでないんだ。
「落ち着け、土屋。俺は古川さんのこと、別にどうこうしようとは思っていないんだ」
 静止を呼びかけながら、状況を整理する。周りには生徒の姿はない。社会科準備室は一本道で行き方が限られているため、用事がない人以外は利用しないのだ。
 逃げられるだろうか。相手は金属バットを持っていて鈍そうとはいえ、こちらは右肩の痛みが尋常じゃない。走れそうな痛みじゃない。立ち向かうなんてもっての外だ。
「今度はついに……社会科準備室で古川さんになにをするつもりだったんだ? これはもう……ぼ、僕が倒すしかないな」
 引きつった顔のまま、口角が上がった。はっきりいって怖い。
「そうすれば、古川さんも喜んでくれるに違いないしなっ」
 だめだ、完全に正気を失っている。
 掛け声に呼応するかのように、手加減なしで頭上から金属の棒が迫る。本能的に避けようとするが、本格化してきた右肩の痛みから存分に動けない。制服の裾をかすり、制服が破けた。
 間髪いれずにバットを横殴りに払っってきた。そのまま受け止めることしかできず、左腕に直撃する。骨が軋む音が全身に響いた。折れたかもしれない。
 右肩と左腕のダメージは大きい。立っていることもできず、その場に蹲った。
「土屋……こんなことをして、自分のために誰かを傷つけられて、古川さんが喜ぶと思っているのか……?」
「うるさいっ。お前に古川さんの何がわかるんだっ」
 火に油を注いだだけだと悟ったそのとき、もう一度金属バットが振りかぶられた。
 今度は避けられそうにない。観念し、目を瞑る。
「――じゃあ、あなたは私の何を知っているの?」
 暗闇の中で聞こえたのは、耳障りのいい聞き覚えがある声だった。ただ、いつもとトーンが違う。明るく跳ねている印象が通常なら、今は暗い沼に沈み行くイメージだ。
 社会科準備室の扉の前に、古川が立っていた。
「ふ、古川さんっ」
 土屋の顔が歓喜に染まるが、すぐに驚愕に変わった。
 転瞬、古川の姿がブレた。目で追えない程の速度で踏み込むと、次の瞬間には土屋の金属バットを蹴り上げていた。あさっての方向に回転しながらバットが宙を舞う。
 返す動きで土屋の顔面に掌底を伸ばした。俺が目ですら追えない速度に土屋が反応できるわけもなく、棒立ちのまま目を見開くことしかできない。
 顔面直撃かと思ったが、掌底は土屋の顔に触れる手前で急停止し、前髪を吹き上げるに留まった。前髪が定位置に戻ると同時に、バットが地面へと落下してカランカランと音を立てる。
 腰を抜かしたように土屋はその場にへたりこんだ。
「な、なんで……?」
 自分が攻撃された意味がわからないのだろう。古川を宇宙人でも見るかのような表情で凝視している。
 古川はいつも通り、さばさばしているように見える。
「土屋君がバット持ってて危なかったから。それだけだよ?」
 土屋は納得がいかないようだった。
「ふ、古川さんは、こんなやつのこと庇うの? 僕がもう少しでやっつけてあげられるところだったのにっ」
「誰かが傷つけられそうだったら助ける、当然でしょう?」
「でもこいつは古川さんのことを追い回して、迷惑をかけていたじゃないか」
「違うの、土屋君。翠奏タイムズに記事書いてくれるから、その取材をしてくれてただけ。別に追い回されてないし、私も嫌な気持ちになったことはないよ」
 土屋の顔が苦しそうに歪む。
「古川さんはこいつのことを庇うんだね……。俺の告白を断ったのは、こいつがいるからなんだね……」
「あのね土屋君、そういうことじゃなくて……」
 困りながらも説得を続ける古川の態度が気に入らなかったのか、土屋は腰を抜かした姿勢のまま突如噴火した。
「転校してきてからずっと、僕は古川さんのことを見てきた! 古川さんのことだったら何だって知ってるし、どんなことだって分かってあげられる! こんな最近になって接触してきたやつとは違うんだ!」
 必死の訴えに、古川は悲しそうに目を細めた。
「じゃあ、土屋君は私の何を知ってるの?」
 先ほどの質問を繰り返す。土屋は嬉々となって、
「好きな食べ物だって、色だって、キャラクターだって知ってる。誕生日や血液型はもちろん、身長体重からスリーサイズまでなんだって知ってるよ!」
 普通の女子が聞いたら全力で引きそうな内容にも関わらず、古川はまったく動揺を示さなかった。
「そうじゃないの。土屋君は、皆が知らない私は知らない」
 土屋以外の誰かに言い聞かせているかのように。古川は言葉を紡いでいった。
「土屋君が見ている私は、一部分の私なの。そんな私を好きになってくれても、絶対に後で失望する。だから、ごめんね。断ったんだ」
 土屋の顔がみるみる紅潮していく。一度ならずも二度まで断られたのだ。屈辱的だろう。
「そ、そんなの体のいい断り文句じゃないかっ。失望したよ、僕は古川さんのためにやったのにっ」
 涙すら浮かべながら、土屋はその場から立ち去っていった。
「はぁ~」
 古川は追わず、大きく息を吐きながらその場にしゃがみ込んだ。
「告白してくれるのは、すごく嬉しいんだけど、怖いことでもあるの。告白してくれる人は私のこと完全に知ってくれてるわけじゃないから、後でがっかりするんじゃないかって。それなら初めから断った方が、お互いのためになるから」
 古川が断り続けているのは、彼女の容姿に惹かれて半ばミーハーみたいに近づいてくる連中に釘を刺しているのだろう。
「こういうのは、つらいなぁ……」
 お互いのためを思って、慕ってくれている人を、拒絶する。
 告白されることは良いことだと思っていたが、いくつも重ねるのは大変なことなのかもしれない。
「秘密があるから、断り続けているのか」
 古川には、秘密がある。だからこそ拒絶しなければならない。しかし、秘密を伝える程の勇気はない。
 どちらかでいいのに。秘密をばらしてしまうか、秘密なんて誰にでもあると開き直るか。
 走り幅跳びだって、数学だって、格闘技だってうまくできるのに。なんだってできるのに、こんな簡単なことができない。
 古川菜摘は何でもできる別格な転校生に見えて、ただの悩みある女子高生だった。
「秘密、教えてくれないか?」
 問いかけに、ゆっくりと顔を上げた。どうすればいいかわからないのだろう。瞳には、うっすらと赤が差していた。

 殴打された箇所の痛みは徐々に引きつつあった。どうやら骨に異常があるわけではないようだ。普通に歩くことなら問題なくできる。
 古川と二人、学食へと来ていた。いわゆるサボリであるため、周りには他の生徒の姿はない。教師に見つかれば一発アウトな状況だが、ゆっくり話せる場所がここしか思いつかなかったのだからしょうがない。
「予告、見たよ」
 学食の自動販売機購入したパックの野菜ジュースを手に持ちながら、古川が口を開いた。
「あれだけ皆に知られちゃったら、私の秘密、記事にしたら結構注目されちゃうかな」
「……そうだな」
 間違いなく、全校生徒の多くが目にするだろう。古川も否定を求めていたわけではないはずだ。
「でも、秘密をいわなければ、翠奏タイムズは書く記事がなくなって廃部、だよね」
 莉由の目論み通り、一応大義名分はできているわけだ。翠奏タイムズのため、秘密を提供する。もしくは、全校生徒を失望させないため、秘密をさらけ出す。
「追い詰めるようなことをして、悪かった。言い訳になるけど、俺がやったんじゃないんだ。でも、止められる立場にはいた。すまない」
 それならいいよ、と力なく首を横に振った。敏感になっている周囲とは違い、古川本人は俺に対して敵意を抱いている訳ではないようだ。正直安心した。
 野菜ジュースをいくらか飲み干すと、少し落ちつきを取り戻したようだった。決意したかのように口を一度結ぶと、俺とまっすぐ視線を合わせてきた。
「私ね、ここに来る前の学校でいじめられちゃって」
 搾り出される言葉が消えないように、俺はただ黙って古川を見つめ返した。
「転校してきた理由は、それ。まあよくある理由かもしれないけど」
 別段驚きはしなかった。古川のようなタイプは、学校生活の中では弾き出されるケースの方が多いはずだ。
「自慢に聞こえると思うけど、私って昔からなんでも人よりできたの。だから両親から、目立たないように、ひけらかさない様に気を付けなさいって教えられてきたんだ。だから小学校でも中学校でも、できるだけ他の人と関わらないようにしてきたの。“標的”にされないように」
 誰でも、他人より優れていたいと思う。それは何事も相対的に比べられる以上、当然の心理だ。他人より優れていたいという欲求は、他人より優れている人への嫉妬に繋がる。
 これまで取材を重ねてきた俺としては、他人と距離を取る古川というのは信じられなかった。今のような、積極的に他人と交流しようとする古川菜摘は、いつから形成されたのだろうか。
「ここからが私の秘密なんだけど……」
 いじめられていたという事実だけが秘密ではないようだ。古川は制服の内ポケットから財布を取り出すと、中にある生徒手帳を取り出した。
 差し出された生徒手帳を、無言のまま受け取る。古川の顔写真が貼り付けられているページが開かれている。一行ずつ内容を追っていく。氏名、学生番号、生年月日。すぐに理解した。
 ――これが、別転の秘密。
「私ね、中学を卒業してから、一年間学校に行かない時期があったの。だから、皆より一年年上なんだ。これが、私の秘密」
 もう覚悟を決めているのだろう。想定していたようなためらいはなく、古川の口から告げられた。どう反応を示せばいいかわからず無言のままでいた。古川は言葉を続ける。
「中学卒業してから大きな病気をしちゃって、丸一年間闘病してたのね。それからは健康になって高校に通えたの。中学校までと同じように大人しくしてたけど、いつの間にか目を付けられてたみたいなんだ」
 結末が分かったような気がした。
「ある日、本当にちょっとしたことで、私が皆より一年年上だってばれちゃったんだ。そうしたらもう、次の日には……皆、別の生き物でも扱うかのように、私に接していた」
 たった一年違うだけ。知らされるまで知らなかったこと。それでも、皆と違う異端を見つけると排除したくなるものだ。内心でそう思っていない人でも、自分が排除対象に巻き込まれるのが嫌で、追従する。
「他にも秘密があるんじゃないかって、色々言われたんだ。あることないこと机に書かれて、黒板に書かれて、学校の掲示板に書かれて。気がつくと私は、古川菜摘じゃなくなってた。別の誰かが、学校にだけいたの」
 別格なスキルが悪い評価を受けないように静かに生活したことが裏目に出たのだろう。皆とちょっと距離のある、なんでもできる万能な同級生の秘密。一つでも弱みを知ってしまえば、他にもあるのではと恰好の標的になる。
 苦しそうにする古川を見ていられず、俺は席を立った。自動販売機まで行き、お替りの野菜ジュースを買ってくる。無理しているのだろう、笑顔で受け取ってくれた。
「だから翠奏学園に転校してきたんだ。今度は皆と距離を空けないように接してきた。本当は元からこうしたかったんだ。皆と分かち合える方が楽しいから」
 たった一つの秘密から、すべての評価を逆転させられた前の学校。古川本人にしても、一歳上という秘密を隠して皆に良い評価を受けようと思った訳ではないだろう。秘密とさえ認識していなかったかもしれない。
 もう間違った『古川菜摘』を創り出されないよう、翠奏学園では自分をさらけ出してきた。しかし、一歳上という、根源の秘密だけは開示できず、苦しんでいたということか。
「これが、私の秘密」
 言い終わった古川の表情は、どこか清々しさすら感じられた。
「半年間がんばってみたけど、どうしても私の口からは伝えられそうにないから。汐崎君に……翠奏タイムズに伝えてもらおうかな」
 微笑みに躊躇いが含まれていると感じたのは、俺の錯覚だろうか。
 取材の聞き手として、もっと何か言ってあげるべきではないのだろうか。でも、できない。こんなにも秘密を開示されることを望み、同時に開示されることを怖がっている人に、今まで会った事がなかったから。
 俺は古川に、その場で何も言ってあげることができなかった。

 明後日が、対決記事の掲載日だ。今日中に原稿を上げて、明日には莉由に渡してレイアウトを整えてもらわなければならない。
 いつも記事を書くときのように、自室のノートパソコンの前にいたが、もう一時間も手が止まっていた。
 パソコンの隣には、『証拠になるから』と置いていった古川の生徒手帳。とっくにスキャナーで情報を取り込み、記事として使えるようにしている。
 後は、いつも通り学園の皆が面白がるような記事を作るだけだ。それで、歴代の記事にされてきた人たちと同じように、古川は正当な評価を受けることができる。
 しかし、本当にいいのだろうか。古川は秘密を隠し続け、それにより良い評価を受けようとしている訳ではない。
 それどころか、秘密をさらけ出し、もっと分かり合えたいとさえ考えているのだ。
 内容がどうであれ、翠奏タイムズが無理矢理記事にしていいのだろうか。
 俺が記事を書く理由。
 もっと正当な評価をしてもらいたい。一部分だけ隠した歪めた評価をなくしたい。そう思って記事を書いてきた。
 エスパーでない限り、いや、エスパーだとしても、他人同士で完全に分かり合うことなんてできない。
 だからこそ人は他人の秘密を知りたがるし、嫌なことは秘密にしたがる。
 秘密を隠した人は、秘密を隠した状態で他の人から評価される。それはあまりにも不公平だ。自分の一部分だけを見せて、良い様に振舞う。トータルで見ると、決して褒められた人間じゃないのかもしれないのに。
 今まで記事として取り上げてきた人たちは、刊行した後に周りの評価が変わっただろう。それは元の状態に戻っただけで、悪くなった訳ではない。
 俺が、望んでいた状態だ。
 古川菜摘の場合は、今までのケースと異なる気がする。
 今までの人達は、翠奏タイムズが披露しなければ秘密を隠し続けたままだった。でも古川は違う。いつの日か、彼女の口から秘密を打ち明ける日が来るのではないか。それなのに、その役目を先に俺がやっていいのだろうか。
 もちろん、記事を書かなければ廃部だ。今後の活動もできなくなる。
 ふと、机の上の生徒手帳を指でなぞってみた。これを託された意味。古川が望むなら、俺が伝えるべきなのだろうか。
 ノートパソコンのディスプレイには、白紙の原稿上でカーソルが点滅していた。
 生徒手帳から、キーボードへと手を移した。

「ひどい顔、どしたの?」
 莉由が呆れたように言うが、説明する気にもならなかった。
 昨日は結局徹夜して原稿を考えていた。今日こうして登校時間通りに教室にいられるのは、そもそも寝ていないから寝過ごさなかっただけに過ぎない。
「これ、頼む」
 朝一番に莉由に話しかけたのは、明日掲載の記事の原稿を渡すためだ。てゆうか、渡したら家に帰ろうと思っていた。眠くてだるい。
「『別転』の記事を書いたのね」
 莉由は満足したように微笑みながら、データが入ったメディアを受け取った。喜んでもらえたようで何よりだ。おそらく、完勝できる内容になっていると思う。
「ロール婦人の記事も、いつもよりはがんばってるみたいだけど、こっちが『別転』なら完勝確実ね」
「ああ、そうだな」
 俺の手を離れたデータメディアをぼんやりと眺めながら、相槌を打つ。これで、明日には全校生徒に知られる訳だ。
「ん? どうかした?」
 異変を感じ取ったのか、莉由が不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
「いや、なんでもないんだ。眠いから帰るな」
 一方的に告げ教室を出ようとして、やめた。
 振り返ると、莉由と視線が合う。入学してから今まで翠奏タイムズを共に創ってきた、莉由の見慣れた瞳だ。
「高校に入るとき、翠奏タイムズを立ち上げたときのことを、思い出した」
「随分昔のことを言い出すのね。ホント、どしたの?」
「俺達が新聞を作るのは、正当な評価を広めるため……だよな?」
「そうね。そのためには、廃部にならないよう完・全・勝・利しないと」
 やはりそれが落としどころか。
 莉由も、古川も。記事が公開されることを望んでいる。
「じゃあ……後は頼んだ」
もう少し莉由の近くにいると、原稿を取り上げてしまいそうだ。
「あっ……」
 前方から、古川が俺に忠告してくれた春木と一緒に歩いてきた。向こうも気付いたようで、どちらからともなく脚を止める。
「菜摘?」
 状況を理解していない春木だけが、不思議そうに俺達の顔を見比べている。
「明日、記事が発行されるから」
「……うん。知ってる」
 古川の微笑を、直視できなかった。
「じゃあ、な」
 これ以上何も言えず、古川とすれ違い、離れた。

 転校初日でさえ、こんなに脚が重くなることはなかった。
 今日は、汐崎君が書いた私の秘密が公開される日。いつもならとっくに席に付いている時間だけど、まだ校門を眺められる位置から近づくことができなかった。
 前の学校で一歳年上ということを公表できず、皆に嫌な思いをさせて、責められたというのに。翠奏学園でも、公表できなかった。
 でも今回は、汐崎君がいる。
 秘密を記事にしたいと近づいてきた新聞部の人。始めは言葉の端々に探りが見えたけど、段々優しくなってきた。昨日なんて、苦しそうだった。ゴシップ記事を面白半分で書いてる人かと思ってたけど、違うんだ。ちゃんと書かれる人、読む人のことを考えて活動してる。
 そんな汐崎君なら、秘密を公開してもらってもいいかなって。
 記事を読んだ皆はどう感じるだろう。やっぱり怒るだろうか。失望するだろうか。異分子だと認識して、排除されるのだろうか。
 でも、このことを伝えないと、ずっと何か壁があるように感じちゃう。一部分の私だけしか伝えてないと、『本当の私を知ったとき、この人はどう思うんだろう』って気になって、心を通わす付き合いができないんだ。
 このまま『言わなきゃ』っていう感覚を持ったまま皆の笑顔を見続けるのはつらいから、やっぱり伝えてもらうのはいいことだと思う。
 後悔があるなら、自分の口で伝えないこと。記事書いておいてもらって、ずるいとは思うけど。
 校門を通る生徒が、徐々に駆け足になってきた。携帯電話を見ると、もう始業の十分前だ。
 決心して、歩き出す。
 校門を跨ぐときに少しだけ迷ったけど、脚に力を入れて通過した。
 途中、クラスメイトがいたけど、挨拶できなかった。散髪を失敗した日の気持ちに似ている。皆と顔を合わすのが怖い。一応自分の頭を触ってみる。左側のハネはいつも通りの感触で、少しだけ安心した。
 上履きを履きかえるところから、いつも翠奏タイムズが張り出している廊下が見える。
「うっわ……」
 大盛況だった。皆記事に群がっている。昼時真っ只中の食堂より混んでるかもしれない。
 逆に開き直れた。もう、しょうがない。誰にともなく頷く。
 大群に突っ込んでいくため、脚を進めた。

「古川さん」
 目の前を歩いていた古川に、自然と声を掛けていた。
 徹夜明けで昨日は学校をサボり寝ていたが、起きるタイミングを逸して今日も遅刻ぎりぎりになってしまった。学園に来たくないという想いも手伝ってか、起きるのが億劫だった。
 記事が貼り出されている廊下は大盛況だ。掲示も莉由がやってくれたようで、今日の朝メールが入っていた。
 人込みの中でも古川を見つけられたのは、やはり別格なオーラからだろうか。取材ではいつも早く登校しているようだったが、今日は遅いようだ。その原因に思い当たり、胃が嫌な重さを増す。
 古川も驚いたようで、
「汐崎君……?」
 名前を呼んで、答えるだけ。
 何を言えばいいか分からない。古川は黙って俺を見つめている。俺も、視線を返した。
「何こんなところで見詰め合ってるの。いつの間に恋・愛・関・係になったのよ」
 その時、聞き慣れた声が聞こえた。
 声の主は、黒縁眼鏡の小柄な女子生徒だった。
「二組の氷室莉由さん……だよね?」
 古川が俺の時と同じようにクラスと名前を当てる。利由は少しだけ驚いたようだか、すぐにいつもの冷静な顔に戻った。
「策也、あんたが昨日帰っちゃうから、掲示まで全部私がやったんだから」
 恨みがましく言う莉由に、頭が上がらない。
「お陰様で、こうして大盛況、と。翠奏新聞とどっちが人気そうだ?」
 莉由はわざとらしく鼻で笑ってから
「私達の新聞に決まってるでしょう? 翠奏新聞の『学園の七不思議』は完・全・な企画倒れ。取材も中途半端、内容も知ったようなもの。無理して大衆っぽい内容書こうとするからすべるのよ」
 それは、まあ、よかった。人気投票してもらわなければ分からないが、廃部は免れそうだ。
「あ、あのっ」
 それまで黙っていた古川が、突然口を開いた。
「記事……見せてもらってもいいですか?」
 大群を指差し、主張する。一瞬、心臓が大きく跳ねた。莉由も合点がいったようで、顎で『ついてきなさい』とジェスチャーを送り、歩き出した。俺と古川は黙ってついて行く。
 莉由は大群の一番後ろにいた男子生徒に近づくと、耳元で囁いた。
「別転が記事見たいって。どいてあげて?」
 すぐに男子生徒に認知され、大げさな動きと共に道ができた。その様子に気付いた周りの生徒がドミノ式に道を開け、すぐに壁新聞までの一本道が完成した。
「さあ、どうぞ」
 莉由はあくまでも涼しげに言うだけだ。
 古川さんをダシに使うなとか言ってやりたかったが、すぐに駆け出した古川を見てやめた。俺も後を追う。
「えっ…………?」
 古川は新聞を見るなり言葉を失ってしまった。妙な脚色でも莉由が加えたのだろうか。背筋に冷たいものが走る。
「俺にも見せて」
 古川をどかせて、完成した新聞を見る。
 絶句したのは、俺も同じだった。

 『翠奏新聞部部長・霧島貴子の秘密に迫る! “お嬢様”はぬいぐるみがないと寝れない子だった!』

 状況が理解できない。壁新聞に掲載されているのは、古川の秘密ではなく、貴子の秘密であった。新聞の中心には、古川の学生証ではなく、大きなぬいぐるみを抱いて恍惚とした表情を浮かべている貴子の写真があった。
 頭の中を整理するのにどれだけの時間を使っただろうか。やっと導き出した結論、莉由を見やる。
「お前……摩り替えたのか?」
 莉由はため息をつくと、鞄から瓶を取り出した。ラベルには『ギガシャキーン・改』の文字。徹夜明けの莉由がよく飲んでいる栄養ドリンクだ。一気に飲み干し、瓶をゴミ箱に放り込む。
「あんたのお陰でまた徹夜よ。しかも、ずっと温めてた記事を使っちゃったんだから。貸しは大きいから」
「な、なんで……?」
 単純に理由が分からない。俺は記事を渡したんだ。わざわざ別の記事を使う理由が分からない。
 莉由は勝気に腕を組むと、呆れたように――微笑した。
「あんたと何年一緒にいると思ってるのよ。考えてることなんて、全部お見通し」
 当然のように言ってのける莉由に言葉が出てこなかった。
「あんたが書いた記事を読んでたら、ああこれは皆には公表しない方がいいなって、わかったのよ。それに」
 バツが悪そうに、眼鏡のズレを直した。
「あんたに言われて思ったの。今回は入り口が違った。私達が記事を書く理由は、皆にもっと正当な評価をしてもらいたいから。でも今回は、記事を書くこと自体が目的だった。そんな記事に、他人を使う訳にはいかない」
 親指を立て、壁新聞に向けた。
「だからあの記事。私の個人的恨みが積もった内容だから、安心して」
「全然安心できませんわっ! 氷室莉由っ!」
 両新聞部の記事が掲載されている廊下に、貴子もやってきた。人気投票を前にして、両部長揃い踏みだ。
 もっとも、どちらが有利か一目瞭然だったが。
 貴子はわなわな振るえ、自慢のロール髪が小刻みに揺れている。顔も紅潮し、鼻血がでてもおかしくないような惨状だった。
 一方の莉由は、いつもより体積が三倍くらいあるような頼もしさを醸し出している。勝利者の余裕だろう。
「莉由さん、予告と違う記事を出すとはどういうことですの? こんな勝負認められませんわっ」
 唾が飛ぶような勢いに、いつものお嬢様的な余裕はない。言葉遣いが崩れていないだけ、なんとか踏みとどまっている感じか。
「あら、それは負けを認めたってこと? クマのぬいぐるみが大好きな貴子ちゃん?」
 莉由が胸ポケットから取り出した写真は、記事に掲載されているものとは違う内容だった。記事よりさらに大きなクマのぬいぐるみ(かなりデフォルメされたかわいいやつ)を抱きしめながら、フリフリのパジャマでベットに横たわっている貴子が写っている。
「な、なななっ」
 貴子は勢い込んで写真を奪い取ると、その場でビリビリと破り捨てた。デジタルが全盛のこの時代に、そんなことしても無駄だって分かってるだろうに。
 破り終えるのを待っていたかのように、莉由は胸ポケットからさらに三枚の写真を取り出し、扇のように持って口元を覆った。
「これだけネタが上がってるのよ? 今度ぜひインタビューさせて。クマさんのぬいぐるみの魅力について」
 みるみる貴子の顔の赤が増していく。貧血で倒れてしまわないか心配である。
「も……もふもふなんだから、しょうがないじゃないっっ!」
 若干意味不明の絶叫を残して、貴子は全力で走り去っていってしまった。これで、喧嘩を売ってくることは当分ないだろうか。
 莉由は満足そうに写真で顔を仰いで、遠ざかっていく貴子の背中を見ている。
 完・全・勝・利だった。
「ありがと、な」
 自然と出た感謝の言葉に、莉由は笑みで返す。
 色々な大義名分が用意され、道を誤るところだった。最後に止めてくれたのは莉由だった。伊達に、幼馴染ではない。
「別に、気にしなくていい。ちゃんと今度貸しは返してもらうし、それに」
 素っ気なく言う莉由は、照れているのかと思ったが、そうではなかった。
「予告と内容を変更したのはあんたのせいになってるから、私は無害だし」
「はあっ?」
 反射的に記事に振り返り、さっきより注意して文字を追う。すぐに、莉由が言わんとしていることがわかった。

『取材の関係で当初予定していた『別転の秘密』から内容を変更してお届けしています。申し訳ありません。:汐崎策也』

 ……やられた。
「ちゃんとクレームが来たら謝っておくのよ? 翠奏タイムズのイメージを悪くしないように」
「知るか。もう目立つようなことはごめんだ」
 不幸の手紙事件から、本心でそう思っていた。
「感謝してたのに、ホントかわいくないな。ああもう、先教室行ってるからな」
 からかうようににやにやしている莉由。
 ……まあ、別にいいけど。

 霧島さんと汐崎君が離れ、私は氷室さんと一緒に記事から少し離れた場所まで移動した。
 もうすぐ授業が始まるだろうし、私達もこの場から離れなければならない。
 記事の方向を、もう一度見る。
 残念に思っている自分と、ほっとしている自分がいた。どっちの割合が強いのだろうか。
「古川さん」
 氷室さんが、まっすぐ私を見ていた。さっきまでとは違って、黒縁眼鏡の奥は真剣だった。
 おもむろに取り出したのは、一枚の原稿だった。
 内容を理解し、身構える。
「これ、策也が書いたあなたの記事。ああ、別に脅したりとかしないから、安心して」
 そんなに硬くなっていただろうか。笑顔を作ろうとするが、うまく口が上がらない。
 氷室さんはため息をついて、記事を私に渡してきた。
「おかしな話だけど、この記事、あなたには読んでもらいたいと思うの。受け取って」
 無言のまま受け取る。
 少し混乱していた。どうして私の秘密が書かれた記事を、私に渡すのだろうか。
「じゃあ、渡したから。また今度縁があったら取材させてね」
 始業のベルと共に、氷室さんは教室に向かっていった。記事に群がっていた生徒達も、その場から拡散していく。
 私はその場から動けなかった。周りに誰もいなくなったことを確認し、記事を読み始めた。

『別転・古川菜摘の秘密は、高校入学時に一年留年していたことであった。
 我々“翠奏タイムズ”の取材により明らかになった。
 翠奏学園での古川の成績を知っている人なら分かるだろうが、高校受験に失敗した訳ではない。中学卒業時期に大きな病気をし、やむおえず一年間登校できなかったのだ。現在は健康状態は良好で、問題ないとのこと。
 やむおえぬ一年留年。にも関わらず、古川は始め取材に答えてくれなかった。
 前の学校で、一年留年していたことにより、嫌な仕打ちを受けていた経験があったようで、公開することに抵抗があったようだ。
 最終的にこうして記事として公開できたのは、ひとえに古川の“信頼”によるものである。
 秘密を抱えたままだと、皆と分かり合えない、もっと皆と分かり合いたい。その想いで、こうして秘密を教えてくれた。
 一年留年。この言葉を聞き、どう思うだろうか。
 私は、今までの半年間、我々に素晴らしい魅力を見せてくれた“別転”古川菜摘の評価を下げる要因にはならないと思う。
 いや、むしろ逆だ。
 古川が公開してくれたのは、我々を、翠奏学園生すべてを信頼してのことである。その想いに、我々も答える必要がある。
 誰にでも秘密はある。秘密を伝え合うことで、人は本当に分かり合えるのではないだろうか。今回の記事にて、考えさせられた。

             文:汐崎策也』

 記事にシミができたのを見て、自分が泣いていることに気付いた。
 まるで、悩んでた半年間をあざ笑うかのよう。
 なんて、優しいのだろう。
 そして、心強いのだろう。
 身体が暖かくて、安心できて、涙が止まらない。
「……あれ? 菜摘? 授業始まるよ……って、もしかして泣いてる?」
 気が付くと、今登校してきた涼香が急いで靴を取り替えていた。遅刻ぎりぎりに登校してくるのは、いつものことだ。慌てながらも、私のことを心配してくれている。
 汐崎君が書いてくれた記事が、心の中にあった。
「涼香。あのね、私、話したいことがあるんだ……」
 信頼を胸に。
 私は、言葉を紡いだ。

 昼休み、俺は学食を避け、屋上に上がっていた。誰もいないことを確認すると、その場に寝転がる。
 特に昼飯は用意していなかったが、まあいい。今日はなんだか腹が減らない。午前中だけで、何人に「別転の秘密を期待してたのに、どういうことだよ」と問い詰められたか。早くも疲労困憊だ。午後は授業をサボって帰ろうか。
「羊さん、お疲れ様」
 優しさに包まれた声がしたと思ったら、顔にひんやりとしたものが当たった。音で、それがビニール袋だと分かる。
「お昼、食べる?」
 見上げると、莉由がコンビニで買ったであろうおにぎりを持って立っていた。
「スケープゴート代、か? 今日は腹減ってないから、いいよ」
「そう? なら一人で食べるからいいけど」
 莉由は近くに腰掛け、おにぎりの包みを飽けて食べ始めた。俺も起き上がり、肩を並べて座る。
 屋上は風が穏やかだった。もう十一月だというのに、肌寒さは感じない。
「別転に原稿渡したから」
 世間話でもするかのように、莉由が言う。
「そっか。ありがと」
 別に驚きはしなかった。
 莉由が俺のことをなんでもお見通しなら、俺も莉由のことを理解しているつもりだ。莉由ならやりそうなことである。
「別転のこと好きになったんじゃないでしょうね?」
 黒縁眼鏡の奥が笑っていなかったので、代わりに笑ってやった。
「そんなわけ、ないだろ」
「ならいいんだけど」
 おにぎりをぺロリと食べきり、海苔を舐めながらどうでもよさそうにいう。
 ふと、思った。
 莉由の秘密はなんだろう。
 俺の秘密はなんだろう。
 それを知れば、伝えれば、もっと分かり合えるのだろうか。
 これからは、人同士が分かり合う手助けになるような記事を書けていければと、そんな偉そうなことを思った。
 ――今日も、翠奏学園は平和だった。

作者コメント

 はじめまして。
 今まで拝見するだけでしたが、初めて投稿させていただきます。
 学園もの、です。
 拙い文で申し訳ありませんが、この作品を今後に役立てて生きたいと考えておりますので、感想などいただけましたらとても嬉しいです。
 よろしくお願いします。

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感想

藍雨えおさんの意見 +30点

 こんにちは、藍雨えおです。
 感想を書かせて頂きます。

 この作品が感想ゼロというのが驚きです。今まで読んでいなかった自分にバカかと言いたい気持ちですね。
 総合的に非常におもしろかったです。

>> 昔から、秘密を隠しているくせに良い評価を受けている人が嫌いだった。もっと人は、正当な評価を受けるべきだ。

 この言葉がとってもいいですね。お話全体にもうまく反映されていて、素晴らしかったです。汐崎くんにバリバリ共感してしまいました。

 文章も読みやすくて感動しました。簡単な軽い文章というわけではなく、最低限の文字数、表現で、最大の効果をだされていているように感じました。飽きずにスラスラと読めて、かつグイグイ引き込まれる様な文章を書かれるのは凄いです。羨ましいです。

 願わくば、別転である古川さんの秘密を知るのに、もう少しだけ苦労をしてもよかったのでは、と思いました。
まー、ここまで親身に、記事に取り上げられる人の事を考えてくれる汐崎くんなら……という理由も、んーーーーやっぱりそっちの方がいいですね 笑

 なんだか、作家さんに意見してる気分になってきました。やですねー、お話に安定感ありすぎですよー。ほんとにただの粗探しになりそうなので、もうやめます。

 とっても面白かったです。
 初投稿だなんて……書いて間もないなんてことありませんよね???
 そうだったら泣きそうです。
 もっと頑張らねば! と思ってしまうぐらいに、素敵なお話でした。
 これからもたくさん書いてくださいませ。
 わたくしの感想が、つー様のお役に立てれば幸いです。
 ではでは、このへんで……

多加枝鋏見さんの意見 +40点

 タイトルがずっと気になっていました。別転って何さ、って。

 どうも、つー様、初めまして。タカエダバサミと申します。
 拝読いたしましたので感想をば。

 まずちょっと気になったところ。
>『汐崎! 今すぐ職員室に来い!」
 カギかっこがおかしなことに
>全校生徒を盛り上げておりて『何もありませんでした』じゃ通らないからね
 「おりて―>おいて」では

 では内容。
 うーむ。うまいですねぇ。
 文章は平易だし、リズムもよくてすらすらと飽きずに読めます。
 魅力的なキャラクターが過不足なく配置され、山あり谷ありのストーリー。
 新聞勝負という軸はぶれず、それでいて落ちは後味がいい。
 もし書き始めて間もないとしたら驚きですが、まあ、どのような分野いおいても初めからできる人はいるものです。

 惜しむらくは後半で「別転」さんの視点にちょくちょく切り替わるところ。
 問題なく読めてしまうのですが、視点変更は超上級の裏技みたいなもので、細心の注意が必要です。区切る方法を変える、章ごとに視点を切り替えるなどの読み手でもわかる明確なルールを作らないと、正当な評価を得られないかもしれません。

 「秘密」については、私も実はそうなんですが、はっちゃけることにしています。大学にまで行くと珍しくもないので苛めなんて起こるはずもありませんが、やはり微妙な距離感が……。でも、隠し事はいけませんよね。

 それにしても、別転さんマジ別転!
 数学でクラスメイトを救うとことか恰好よすぎですよ!

 もっと多くの人に読んでいただき、批評なり感想なり残してほしいと思ったのでこの点数で。
 それでは失礼いたしました。

10Gさんの意見 +30点

 初めまして。10Gと申します。
 遅ればせながら、私も拝読させて頂きました。

 凄いです。面白かったです。
 ストーリーもさることながら、しっかりと物語に入り込めたのは、その文章が綺麗だったからでしょうね。
 違和感なく「普通に」頭に入ってきます。
 私もこれくらい読ませる文章を書けるようになってみたいです。本当に。
 ラノベを書く前は純文学などを書かれていたのでしょうか?
(もちろん、今作はしっかりとラノベでした)

 それに別転というフレーズも良いですね。
 下手に恋愛要素を取り込まなかったのも、良くまとまっていたと思います。
 ……というか、こちらの作品は誉めるところが多すぎます。
 なので、頑張って少しだけ批評をしてみます。取捨選択というか捨てて下さって結構です。

 冒頭ですが、インパクトある始まりだと思います。
 思いますが、これが作品の良さとは、違うベクトルでインパクトを与えてしまっている気がしました。
 どちらかというとギャグ……それも幼い感じの印象を受けました。
 これが短い作品ですと最後まで読めるのですが、こちらの作品は短編の間でも長めの作品なので、それで感想が付きにくかったのだと思います。

 せっかくの素晴らしい作品ですので、冒頭はもう少しだけ作風にあったインパクトにすれば、人の目に触れやすいかと思います。
 それとタイトルですが、拝読後であれば素晴らしいと思えるのですが、中身を知らない状態では、正直魅力を感じません。

 自分のことを棚に上げて、大変失礼なことを申し上げましたが、せっかくの作品ですので、表面的な部分で損をされるのは非常に勿体無いと思いました。

 それでは長々と申し訳ありませんでした。
 是非これからも頑張って下さい。とても良い作品だと思いました。
 失礼致します。

wobさんの意見 +30点

 初めまして、wobと言います。よろしくお願いします。
 作品、読ませて頂きました。
 正直申し上げますと、作者様が他の作品に感想を付けていなかったご様子なので、すっかりとスルーしておりました。
 改めて作品読みましたが、とても楽しく最期まで読むことが出来ました。
 ああ、素晴らしく学園物をしています。羨ましくなるくらい、よいストーリーでした。
 と、ここで終えてしまってもよいのですが、気になるところをわたし程度で指摘できればと。
 まずは、主人公が別転と、本人に言っているのですが、いくら学校内で有名でも、あまり面識のない本人に向かって言うのかな、というところです。あだなとして本人が受け入れているか判らないのではないか、インタビューする人間として、相手の名前を間違えるのは大きな失態ですから、別転とは言わないのかなと思いました。
 あと、他の読者様もご指摘されていますが、ラストで一人称の大賞が変わって居るところが気になりました。違和感は無いのですが、主人公の一人称がずっと続くと思ったのでちょっとおやと思いました。

 以上、あまり感想らしいものではありませんが、参考にして頂ければ幸いです。

grass horseさんの意見 +20点

 こんばんは。
 作品拝読いたしましたので、感想など残していこうと思います。

 よくまとまっている話で、この長さにしては、すらすらと読み終わってしまいました。
 特に意識はしなかったのですが、やはり文章構成がうまいのだと思います。
 内容も、それほど複雑ではなく、頭に入りやすい内容でした。

 自分は、誤字を発見するほど、意識して読んではいなかったので、詳しいところでは特に何も言えませんが、少し物足りなかったのは、(単純な意識の違いだと思いますが)別転の秘密が「一歳年上」だということ。これは、自分はまるでそう言うのを気にしないので。
 また、最後の記事は、少し短いかな、とも思いました。

 では、短い感想となってしまいましたが、ここらで失礼したいと思います。

 これからもお互いがんばりましょう!

izumiさんの意見 +30点

 つーさん、izumiです。作品、拝読させていただきました。

 面白かったです。

 まず目を引かれたのは、主人公のゴシップにかける情熱でしょうか。
 勝負に対する主人公の動機も、単に廃部にさせたくないというだけではなくて、
 『秘密を隠しているくせに良い評価を受けている人が嫌い』→『奴らの本性を伝えることができなくなるなんて、つまらな過ぎる』
 という正義感とも僻み根性ともとれぬものが原動力になっている部分がとてもリアルでした。
 たかだか学生新聞で『こちらは人生がかかっているんだ』って言うくらいですから、もはや筋金入りですね。
 わざと不躾な質問をぶつけて揺さぶりをかけたり、話の真偽を確かめるために髪を掴もうとしたりする、図々しいまでの行動力と、確かな観察眼と判断力を併せ持つ冷静さのバランスも、魅力に繋がっていたと思います。彼の一人称なら先を読んでみたい、と思わせるものがありました。
 『もっと人は、正当な評価を受けるべき』という思想をもつ彼が、別転さんのジレンマを前にして苦悩し、彼女の乗り越えとともに、最後には主人公の成長をもさりげなく描いてみせるあたりも、一本筋が通っていて見事だと思います。
 文章も平易かつテンポが良く、読んでいてほとんどつまるところがありませんでした。
 土屋の襲撃とその顛末も、秘密の告白までの流れをスムーズなものにしていました。

 気になったのは莉由が勝負に拘っているわりには自らネタを上げようとしないところですかね。
 予告記事を仕上げる前後は、ネタの上がっていない状況でそこまで忙しいとは思えませんし、動かすことはできたのではないかと思います。
 中盤、もう少しストーリーに絡めて、主人公との以心伝心ぶりをさりげなく描写していければ、ラストの演出ももっと生きてくるのではないかな、と。

 拙い感想ですが、ご参考までに。次作も頑張ってください。

由紀田ルマさんの意見 +30点

  完璧な人ほど、何か秘密があるのではと気になるものですよね。

 こんばんは、明日が休みだからと調子をこいて、こんな時間に感想返しに来た由紀田ルマです。

 では感想に。
 僕は時たま文章をとばして読むことがあります。そんなとき理由は二つあって、一つは単純に説明書きが続くとき。もう一つは、話がおもしろいとき。御作はこの二つ目に当たりました。ただ不思議なことに、この現象、特にラノベを読んでいるときに起こります。これは何でなんだろうと首を捻ってみると、それはまあ単純に話がおもしろくて続きが気になるのもあるでしょうが、もう一つ。地の文を流し読みしながらでもセリフを読めば話自体は掴み取れる。そういう結論に至りました。これは多分悪いことではないように感じますが、つーさんとしてはどうでしょうか?
 
 それで御作の内容についてですが、先述した通り僕は素直におもしろいと思いました。人は誰しも秘密をもっているもの。よく聞くテーマですが、そのテーマをくどくすることなく、綺麗にまとめ上げているかと思います。とても考えさせられるお話しでした。僕は自分の文章を誰かに見せるようになって、自分の内面をある意味さらけ出していると思っていますが、それはたぶん一重に共感を求めているからかもしれないです。自分の「秘密」をさらけ出して、受け入れてくれることほど嬉しいことはありませんからね。そういう意味で作品を書く新しい原動力にもなってくれました。感謝です。

 ……とと、どんどん話がずれていきます。不思議不思議。
 兎に角、僕はつーさんのお話しに触れて何かしら心を動かされました。これってすごい事だと思います。ただ、惜しむらくは現代は既に沢山の作品が出てしまっているわけですから、どうしても似たようなものがあったように感じてしまいます。よく兄が言うのですが、「人を関心させたいのなら、思いつてもすぐにそれを出さずに、もう一回更にそれを捻ってみろ」と言うのです。当たり前ですが、案外抜け落ちてしまうことですよね。御作ではあともう一つ要素があって、それも織り交ぜながら磨き上げられたら(なかなかな無茶ぶりしてますが)きっともっと多くの人の共感を呼べるのではないでしょうか? 僕の陳腐な脳からはひねり出せないという無責任ですが(汗

 さてさて、随分お話しとは無縁な事を話してしまったように感じます。すいませんでした。深夜のテンションで暴走しているのかもしれません。
 他に上げるとするならば、人物同士の掛け合いは上手いかなと。自然にキャラの独自性を引き出しているかと思います。あまり薄い人はいなかったように感じました。土屋君に至っては途中の狂気モードのせいで、下手したら一番頭に残ったかも……?
 あとは構成なんですが、これは現在修行中の身にて控えさせて頂きます。

 それでは、楽しい時間を有り難うございました。正直最初に枚数をみて「うっ」となったことは否めませんが……読むとすんなりで驚きです。またお名前が目にとまったときは、時間が許す限りに読まさせて頂きたいと思います。
ではでは、また何処かで会えましたら。

アルさんの意見 +40点

 つー樣、作品読ませて頂きました。アルです。
 まったくの個人的独断と偏見、いや、偏見はありませんが……ものすごく読者的な感想のみさせて頂きました。ヨロシクです。

 まずは、押さえるべき所をちゃんと押さえてある作品。私はそういう印象を持ちました。大げさではなく、商業ベースに乗せられる力量の書き手さんだと思いましたね。
 特に冒頭の掴みはテンポも良く、期待と共に引き込まれていきました。それに会話のセンスがとても良いです。好きですね、私は。
 物語の設定についても、一つの学園内に二つの新聞部。これはいい! 最高にエキサイティング! そして、民主的? だって、同じ学校に同じクラブが複数存在しているなんてあり得ないことですが、むしろ一つだけという方がおかしいのかも知れないですから。たとえば、サッカー部が学校の中に五つくらいあって、色々なことでしのぎを削っていたらそれはそれで面白いと思います。(物語には無関係ですが……)

 そして、話しは中盤から“秘密”をキーワードにハートフルな展開を見せていきますよね。個人的には喜怒哀楽レベルをまだまだ上げてほしかった気がします。もっと泣いたり、怒ったり、切なかったり。ハッキリ言うと、物語自体をもっと泣きレベルまで引き上げていっても良いのではないかと思いました。
 具体的には莉由や貴子、策也にもそれぞれ秘密があって、それなりに苦悩し、自分と別転とをそれぞれのいろんな方向から重ね合わせていく見たいな。
 特に氷室莉由は私のお気に入りですが(笑)彼女が記事を差し替えるに至った経緯を、彼女の知られざる秘密と共に絡めてもらえれば、さらに氷室莉由のツンツン? キャラが輝きを増し、もっと魅力的になっていたような気がします。
 それから、他の方も言われていましたが、後半での“視点移動”については私も少し戸惑いを感じましたかね。たぶん別転の感情をよりリアルに表現するための手法ではないかな? と、勝手に思ったり……。

 あまり参考になる感想を述べることができませんでした。すみません。しかし、つー様の次回作は是非読みたいな、と思います。
 最後になりますが、つー様の力量であれば、もっと感情を前に出した作品を書いて頂けると思います。期待しています。

 ではでは、アルでした。

麻疹睦さんの意見 +40点

 はじめまして。麻疹睦です。拝見しましたので感想を・・・。

 まず、素晴らしいですね。
 最近、市販のラノベで大失敗したのですが、この作品は下手な商業本より面白いし、ためになります。

 別転というキャラクター&造語を作り上げる力量も脱帽ですし、よく作品のなかに生きている。
 その他キャラクターも描き切れていて、文量を目一杯使って表現できています。
 できれば、幼馴染みはもうちょっとだけ書き込んだ方がよかったかもしれませんが。

 ストーリーも起承転結飽きさせる場面がないため、文量を気にせずに読めました。
 最後の見せ場も胸に込み上げてくるものがありました。

 素晴らしい作品をありがとうございます。ぜひ今後ともがんばってください。