ライトノベル作法研究所
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  4. 悪の教典公開日:2015/02/07

悪の教典

ジャンル:ホラー・オカルト
著者:貴志 祐介
出版社:文春文庫
発行年月:2012年8月3日

スポポさん一押し!(男性・26歳)

■ 解説

 晨光学院町田高校の英語教師、蓮実聖司はルックスの良さと爽やかな弁舌で、生徒はもちろん、同僚やPTAをも虜にしていた。しかし彼は、邪魔者は躊躇いなく排除する共感性欠如の殺人鬼だった。学校という性善説に基づくシステムに、サイコパスが紛れこんだとき―。ピカレスクロマンの輝きを秘めた戦慄のサイコホラー傑作。

■ スポポさんの書評2015/02/04

 第1回山田風太郎賞受賞作品。

 東京都町田市の私立晨光学院町田高校に勤める英語教師「ハスミン」こと蓮実聖司は、容姿端麗、学問に秀で、スポーツ万能。何事にもひたむきな性格で、困っている人を放ってはおけない情熱家。明快な論旨と溢れ出る正義感に彩られた弁舌は多くの生徒を虜にし、PTAや同僚教師にまで多くの「ファン」を抱える人気教師であった。

 だが、それは全て仮面。彼の残虐な本性を隠すために繕われた表の顔であった。生まれついてのサイコパスであるハスミンの本性が明らかになる時、生徒たちに「悪」の魔の手が忍び寄る――。

 何を置くとしても、まず主人公・蓮実聖司のキャラクターがいい。いい人そうに見えて実は「凄く」悪い人、こういうキャラはサイコホラーにおいては必ずと言っていいほど登場するキャラであり、こうして今更文章にしてみても今ひとつ凄味に欠けよう。
 この点についてはもう、読者の皆様にこの作品を御一読いただいた上で確認してもらうしかない。この作品の凄い所はまさにそこ、普通の人間には預かり知れない「サイコキラー」という人々の行動原理を描き切った、その一点にこそある。

 つまり、そのハスミンが一切ドロドロしていないのだ。「それほど」とかではなく「一切」良心の呵責がない。この微妙かつ圧倒的な差を描き切ったという点が、当作品が他の凡百のサイコホラー小説から一線を画しているポイントである。ハスミンが殺人に至るまでの情動は実にサッパリしたもので、ハスミンの中には「邪魔だから殺す」以外の感情のブレは一切ない。始終淡々と行われる殺人シーンはゲーム的・スポーツ的でさえあり、終わってみれば一種の爽快感さえある。

 ハスミンのズレ方の描写も素晴らしい。ひとつのエピソード、ハスミンの一挙手一投足、どれを取ってみても、僅かではあるが故に救い難くズレているのが明らかになってゆく。「恒久的な応急処置が施してある」という自宅の描写や、「俺たちサイコキラーはアスリートだ」という台詞、僅かな文章のアヤの中に、ハスミンの異常性・怪物性が遺憾なく発揮されている。この絶望感を実に豊かに、そして恐ろしく表現してみせる語彙力と表象力は、さすがサイコホラーの俊英・貴志祐介であるといえよう。貫禄の文章である。

 しかし、この小説は、単にハスミンのズレ方が凄いだけの小説ではない。

 一言で言ってしまえば、ハスミンが勤めている私立晨光学院町田高校は、ハスミンとは別のベクトルでクズクズしい人間の集合体みたいな学校なのだ。カンニングを面白半分でやってるクソガキあり、同性教師を誑かして肉体関係を持ってるホモ学生あり、触れるのも危なっかしいほどキレてる不良学生あり、話を聞かないヒステリーフェミニスト教師あり、やる気のない事なかれ主義の教師あり、セクハラ教師あり、モンスターペアレントありで、ゴミ野郎、クソ野郎に事欠かない、クズの掃き溜めみたいな学校なのだ。

 そんなどうしようもない人間たちを、ハスミンは「颯爽」と殺していく。彼の中にある理想はただひとつ、自分の理想とする学校を作り出すということのみであるのだが、彼が理想とする学校とは、多くの読者が思い描く「学校」という聖域のイメージそのままなのだ。生徒は教師を信頼し、教師はその生徒の信頼に応えようと粉骨砕身に努力する。保護者たちはそんな教師を信頼し、支え助け合う……。

 そんな「学校」という理想図との間には必ず発生する落ちこぼれを、ハスミンは殺害という方法で次々処理していく。彼は町田高校の現状に絶望している読者にとってのヒーローであり、煮ても焼いても食えない落ちこぼれをどうにか処理してくれる唯一の存在なのだ。読者にとって彼は歪んだヒーローであり、歪んだ現実に理想的な正義を押し付ける世直し人であるのだ。間違っているのはハスミンなのか、現実の方なのか。人が追い求める理想のかたちと、演じ繕われた現実の不格好さ。まざまざと見せつけられるそのギャップこそが、今作のたまらない魅力のひとつなのではないだろうか。

お気に入りのキャラはいますか? どんなところが好きですか?

 蓮実聖司。

 映画では伊藤英明が演じていたが、まさかついこの間まで『海猿』で仙崎君を演じていた爽やか体育会系イケメンの彼がこんなサイコ極まりない役柄を演じるなんて誰が想像できただろうか。
 言ってしまえば、この作品は「ハスミン」こと蓮実聖司の異常さ、悪魔的な知能の高さ、巧妙に隠された裏の顔の残酷さをこそ楽しむ小説である。ハスミンに始まりハスミンに終わる、この小説はそんな作品であると言えよう。

この作品の欠点、残念なところはどこですか?

 サイコホラーである。隠された人の裏の顔に迫ってゆく小説であるので、とにかく人をすがめに見るタチの人にはおすすめできまい。「蓮見? あいつはいつかやると思ってたよ」で終わってしまう。残念なことだが。

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