女性でも男性でも複数でも単体でも、キャラクター描写自体はそれほど差はないです。
あるとしたら、グループやコンビといったまとまりとして書くか個人として書くかっていうアプローチの違い、例えば直接外見を書くのではなく関係性からイメージしてもらうとか、視点主の心象でイメージしてもらうとか、そういうテクニックの違いがあるだけかな。
どれだけ作者が細かく書いたとしても、キャラクターの外見を完璧に読者へと伝えるのは無理だろうというのは同感で、読者それぞれのキャラクター像が出来るのはその通りだろうと思います。
シンボリックな道具を使うとかある程度のテクニックはありますが、伝えられるのはせいぜいシルエットくらいなものだろうと思う。
まあつまり、そもそも小説の描写において外見ってのはそれほど重要じゃないってことで、書くべきことはそこじゃなく、あくまでキャラの「イメージ」を書くってことなので、外見や出で立ちのそのままをスケッチするように文章で明記していくことには作品としては意味をなしていない。
これは作者のイメージしてもらいたいものを読者に伝えるのは無理だっていう悲観ではなく、そもそもやりたい事と道具の違いの話で、外見を完璧に伝えたいならイラストを描くべきで、小説を書くならイメージを操らないと意味が無いってことです。
イラストだって、どれだけ完璧に仕上げてもキャラの内面を完璧に表現することなんて無理です。初見の閲覧者に100%伝えられるものではない。あくまで 目元の感じが憂鬱そう とか 背景の状況と表情の落差から腹黒そう とか 視線誘導で物語性をなんとなく表現する とかそういうイメージを伝えることが精一杯。
小説の外見描写もおなじ。
キャラクターの内面や、視点主の心象や関係性などから、外見の「そのキャラクターらしさ」を表現して「っぽいキャラ」をイメージしてもらうのが精一杯。
ただ、イラストも小説も、その「精一杯」が道具としての強味なので、小説に外見は意味が無いという極端な言葉ではあるが、そういう答えになると思う。
なので、スレ主さんの質問を要約すると キャラクターの容姿の表現はどうしているか? ってなると思いますが、
ぶっちゃけ、極端に言えば書かないこともあります。
物語において、そのキャラが登場する場面において、そのキャラの立ち位置がわかれば何も問題ないので、むしろ外見を書いてしまうことで そのキャラらしさ が物語上表現できてないって結果にもなりうるので、登場するだけなら登場場面は簡素に、活躍するなら活躍場面(印象付けたい場面)で キャラの容姿がわかるくらい言葉を選んで書く って感じのことをしてます。
活躍とかもなく初対面で印象を付けたい場合は、例えば、重要なキャラの場合は外見よりも視点主が相手を見て受けた印象の衝撃を中心に書き、そこに相手の身体の特徴的な要素を使うなど。
ということは前提として視点主が印象に衝撃を受ける必要があるので、その構築が必要になったり――ってなると、これはキャラ描写の容姿についての話なんだけど物語構成にも関係してきちゃうわけで。
まあ、個人的にはこうした 登場時の紹介で書くことはしない を基本としていて、ただ、事件の黒幕とか物語的に初登場よりも印象が先に読者に伝わってる場合など、印象と実物のギャップや印象の強化などで容姿を描写の道具として使う、つまりそれなりに書き込む場合もあります。
ようは、状況によって結構変わるし、テクニックとしても応用して場合によって形が変わるかな、と思う。
つまるところ、「どうやってイメージを定着させるか?」という問題で、作者がキャラの容姿を事細かに書いたところで100%無理なのは、そのイメージが紹介文だけでは定着しないから。下手すりゃ次のページで全部忘れてる。
なので、定着しやすい「活躍場面でこそ特徴を出す」とか「視点主の主観で衝撃を作る」とか、そういう小技を使ってるって感じです。