第4研究室 創作に関するQ&A 346P | トップへ戻る |
眞阪在恵さんからの質問 2008年3月26日
 小説を書くのは「遊び」なのか?

 初めてのスレ立てになります。
 眞阪在恵と申します。

 先日、パソコンで小説(ラ研に投稿する予定)を書いていた時の話です。
 一時ぐらいから書き始め、ずっとキーボードを叩いていました。
 五時間ぐらい経過したところで。

母「いつまで遊んでいるの!」
私「別に遊んでいる訳じゃないよ」
母「じゃあ、何をしているの?」
私「……小説を書いている」
母「それは勉強なの?」
私「……違うと思う」
母「じゃあ遊びでしょ」
私「………」

 口論になるといろいろ面倒なので、その場は保存して電源を落として終わっ たのですが。
 何か納得できないものが残ります。
 勉強でも仕事でもなければ「小説を書く」という行為は遊びなのでしょうか。


●答え●

単純な話さんからの意見
 貴方が小説を書くことで三度の飯を喰える、もしくは三度の飯を喰っていこうと“本気”で思って、
 限界なく行動しているならばそれは最早“遊び”の範疇を越える。

「何事も窮極まで突き詰めるならば、もはや誰もそれを馬鹿には出来ない」

 以上。


世羅 悠一郎さんからの意見
 まぁ、その辺の口論には、よくなりかけます。
 私の場合、もはや無駄どころか、今度はそれをタネになじられかねないので、
 諦観してもう黙ってますけれど。
 口論になると、余計にストレスが溜まって自律神経が痛み出す……。

 はっきり言うと、世の中の多くのヒトにとっては、お金にならない事は、
 遊びだとか無駄だと受け取られます。


 当人が真剣かどうかなんて関係ないのです。
 「結果を出して」かつ「金にならなければ」遊びなのです。

 というか、理解の無い人にどれだけ言っても無駄ですよ。
 最後には、それを愚痴の種にして、なじり始めるのが関の山です。
 遊びだと思われたくなければ、じっと我慢の子で結果を出して、
 金を目の前に叩きつけるしかないのです。

 ……これが、私の現状を鑑みた経験則としての結論です。
 ところで、眞阪さんは、何故小説を書くのでしょう?
 趣味? それとも、やがて小説家になりたいと思っている?
 趣味ならば、大変申し訳ないのですが、世間一般には遊びです。
 趣味なのに遊びじゃないというのは通らないです。
 趣味でお金が入ってくるなら別ですが。

 小説家になりたいのなら、胸を張って「夢のための勉強だ」と言っておやりなさい。
 往々にして他人には無駄ですが、自分の肝は据わるでしょう。
 その分、気が楽になる事はあると思いますよ。

 私は。
 ゲームデザイナーの学校で付いて行けずに鬱病を発症して。
 300万円以上の学費を無駄にしました。
 それでも、物語を作る仕事に就きたいと思って、小説家を目指しています。
 ですが、そう言っても家族には受け入れられません。
 今の自分の年齢と、無駄にした金と時間のために。
 働かないで、小説の事ばかり考えているのは、
 食い扶持を減らすだけのろくでなしだと受け取られています。

 鬱病になった事も、まともに受け入れられていないので、
 「健康な人間が、ただ何もしないで腐っていっている」とすら思われています。確実に。

 ちなみに、「遊び」という言葉には、余裕の誤差範囲という意味もあります。
 眞阪さんが何のために小説を書いているのか、言葉の意味とも照らし合わせて答えを考えてみれば、
 結果は出るのではないでしょうか。

 周囲の受け取り方も色々なものに関わるので大事ではありますが、
 まずは自分がどの位置を示しているのか、どの位置に立っていく事を望んでいるのか、
 考えてみてはいかがでしょうか?
 以上、参考になれば幸いです。
 それでは、失礼致します。


馬やんさんからの意見
 口論出来る家族がいるなんて幸せな事だよなと、
 春になってきてちょっぴりセンチな感傷に浸りながら、独り暮らしをしている興味本位です(笑)
 はじめまして。

 文面から察するに、恐らく中学~高校生位かと思いますが、
 やはり学業が本業という親御さんの意見は何処も同じだと思います。

 眞阪在恵さんが小説を書く事に対してどれ程真剣かとか、
 成績の維持を含めてトータルでの自己管理(生活の)がどれ程出来るかとか、
 そういった事を親御さんと一度話してみては如何でしょうか?
 もし、本気で作家を志ていらっしゃるのでしたら、そういう事もアリかなと。

 また、芸術や文芸というものは、趣味として楽しまれる方も沢山いらっしゃいますから、
 そういう意味では遊びかなとも思います。
 臭い話しをすれば、遊びは人生に於いて大切なスパイスになっていると思いますが、
 また遊びにも広義の意味がありますね。
 小説を書くのは創作という部類に入りますし、かなり高等な遊びと言えば聞こえは良い様に感じます。

 どうしても学生迄は親の庇護の下で生活しなくてはならない身分ですから、
 ある意味仕方ないとは思いますが、それでも自身の意思であったり、
 主張をきちんと伝える事も大事だと思いますよ。
 後はルールを作って、それに沿った形にするとか。

 いづれにしても理解を得る事が大事だと思います。
 ちょっと分かり難いので整理すると――

○自己管理をきちんとして説得する。
○親御さんと話し合って、相談の上でルールを作った上にそれに沿った形で創作活動をする。


 という所ではないかなと思います

 親御さんや周りの大人からの感覚で言えば、生産性(金銭的な意味)の有無で、
 仕事か遊び(趣味等)かという考え方だと思いますので、
 そういう所も理解していた方がいい様な気がします
 ……というかアマチュアはそこを突っ込まれると痛いですね(苦笑)


 質問の意味も広く取れますが、文面のニュアンスと今回のケースとしての回答という事でご容赦下さい。

 かなり主観的な意見かも知れませんが、ご一考なさる際の一助になれば幸いです。
 長文失礼致しました。


南志紀さんからの意見
 どうも、南です。
 前もって言っておくと、南は高校生です。
 南も同じ経験を何度もした事があります。
 挙げ句の果てにはキーボードを打つ音がうるさい、ですからね、泣けてきます。
 
 ただ、南は小説を書いていく上で、文章力がまかりなりにも上がりましたし、
 現代文では一つの武器になったと思います。これは自信を持って言えますね。
 現代文の講師の方に文章がうまいね、と言っていただいた時は嬉しかったです。
 まぁ、夜中の一時から始めたならともかく、小説を書くのは無駄ではないです。
 小説ばかりに没頭するのも危険ですけどね。

 最後に、オープンキャンパスで某大学法学部の教授の言葉。
 「法学部教授ってのはね、法律オタクなんだよ」


高円寺 颯さんからの意見
 はじめまして。
 どうも、今から夕飯を作る、ハヤテです。

 今晩はジャガイモとタマネギをバターでカリカリに焼いたのと、豚しゃぶサラダにしようと思います。
 どーでもいいですね。

 さて、すみませんでした。本題です。
 えとえと、ボクは、勉強と両立しましょう、なんて死んでも言えない人間です。
 なぜなら、ろくに授業も受けてなかったからです。
 寝る、マンガ読む、ラノベ読む、ラノベのプロット作る、ゲームする。
 何気に今年、国公立大学に合格できましたが、
 赤点をとらない定期考査は高校の三年間で二回しかありませんでした。
 別に、こんなダメ人間でも大丈夫って言うわけではないのですがね。
 なので、小説を書くことを弁護しようと思います。

 突然ですが、『ギミック!』というマンガをご存知ですか?
 このマンガはSFX(特殊メイクアップ)の話なんですが、
 SFXもやっぱり社会に『子供が将来の夢にした時に親が苦い顔をする職業』ですよね。
 
 その中で好きな言葉なんですが、
 『「Play」という英語には「遊ぶ」という意味や「演技する」という意味がある』的なニュアンスです。
 プロのスポーツ選手でも『Play』ですよね。でも、彼らは『遊び』でやっているでしょうか?
  彼らは人一倍自分に厳しくありませんか?
 『遊ぶ』ことは決して悪いわけではないんです。
 それはラノベを書くことにおいても変わりません、と思います。

 ついでに、ほかのことでいじっかしいことを言うと、
 親御さんも『遊ぶな』と言いたいわけではないと思うんです。
 あなたが可愛いからなんです。
 直接的な物言いをすれば、将来アナタが金銭面で苦労して欲しくないんです。
 そこらへんだけ分かってあげといて下さい。分かっておくだけで、少し違いますから。

 ……長文なうえに、たぶん一番欝陶しいことを言ってしまいました。
 てか、長すぎだろ。一○○○文字超えてんじゃん。
 ごめんなさい。

 でわでわ~。


茶太郎さんからの意見
 遊びをせんとや生まれけん。

 人は、遊ぶ為に生まれたと言っても過言ではないでしょう。
 自ら楽しみ、打ち込み、心を満足させる創造的活動、それが「遊び」です。
 「遊び」でも他人から価値を認められれば(ぶっちゃけ、買ってもらえば)仕事にはなりますが、
 それは仕事を兼ねる事ができた、と言うことにすぎないと思います。
 
 「遊び」をあまり卑下しないようにしませんか。
 少なくとも、多くの同年代の学生に比べれば、豊かな「遊び」をしている事、間違いないかと思います。
 ただゲームやプリクラやカラオケに興じているよりはずっと遊びらしい遊びですよ。


ニュンスクさんからの意見
 初めまして、ニュンスクです。

 率直に「小説を書く」のは遊びであり、勉強でもあり、仕事でもあると思います。
 しかし、スタート時点は少なくても遊びから始まると思います。
 漫画家でも落書きや真似から始まりますし。

 ただ、物書きと一般の人には大きな壁があります。
 小説を職業として考えれば、それはギャンブルと同じだと思います。
 プロとしてデビューしても飯が食える保障がない。それなら親が子供に薦める人生は安定。
 普通の親ならギャンブルを子供に薦めるような事はしないと思います。

 そこで「小説を書く」について遊びなのかというと、一般からすれば遊びにしか見えません。
 好きな事を職業にして生活している人なんて、ホンの一握り。
 それに金持ちという属性は更に絞られるはずです。
 
 職業作家を本気で目指している人はマイノリティの部類に入ると思います。
 普通は大学を卒業して、普通に就職する。
 で、小説家を目指すなら専業じゃなく兼業の方がいいとも言いますし。

 つまり自分が何を言いたいかというと、
 普通の親なら小説を書く事よりも勉学の方を重要視するはずです。
 なので、母親の言っている言葉はあって然るべき言葉です。
 もし、眞阪在恵さんがそれでも納得ができないなら、
 新人賞か大賞で受賞するしか親を説得できないですよ。

 乱文、失礼しました。


紗菜さんからの意見
 親は子供の事をとやかく言うものだと思いますよ。
 やはり学生は(眞坂さんが学生で無ければ話は別ですが)勉強をするのが本業ですし、
 もちろん勉強をおろそかにすれば将来にもかかわってくるわけです。

 私は小学生のころから小説家になりたいな、と思うようになりまして、
 そのことを親に気兼ねなく話していました。
 小さい子供の夢なので、そのころ否定などはされませんでしたが、私が大きくなるにつれて、
 しっかり勉強して手に職つけないと好きなこと(小説の執筆など)をする時間もなにも無くなるよ。
 といわれるようになりました。

 と、そんなことはどうでもいいのですが、
 用は勉強しなければ親の脛をかじり続けて生活することになります(デビューできるまでは)。
 親としては、自立して欲しいと思うんじゃないでしょうかね。
 まず自分が真面目に勉学に励んでいる姿を親に見せつけ、
 それから親と「将来」について話し合われることをオススメします。
 話し合う際は、絶対に面倒だと思わずお互い納得できるまで話し合うのがみそですよ。
 そうでなければ親に小説に対しての自分の思いは伝わりませんからね。

 なんだか良く分からなくなりましたが;;
 以上が私の体験談+意見です。


☆まい☆さんからの意見
 率直に意見を言うならば、遊びだと私は思います。

 理由は他の皆さんがおっしゃっていることと大体同じですね。
 芸術系の仕事(漫画家、小説家、画家、音楽家等)を目指すことは、
 他人には遊びと思われてしまうものです。
 また、一般の職業と比べたら趣味・遊びに近いものであることも事実です。
 実益を出さない限り、なかなか認められるものではありません。

 けれど、遊びでいいんじゃないでしょうか?
 私は音楽系の仕事をしてますけど、こういうジャンルだからこそ『遊びながら学べる』んだと思います。

 私は職業になった今でも『遊んでる』と思っていますよ。
 もちろん責任やその他のことも考えていますが;


 話がまとまらなくなってきました;
 つまり何が言いたいのかというと、

 遊びと言われることを否定するんではなく、受け入れてみてはどうですか?

 ということです。
 以上が私の意見です。


TOCさんからの意見
 どぉも、社会人の端くれTOCです。
 いま、私が社会の教科書を読めば、それは遊びになります。
 まあ英語の教本なら勉強として認められるでしょう。
 いつか役立つ知識ではなく、即物的に試験や受験で役立つ事が、
 おそらく母上様のおっしゃる勉強でしょうね。

 さて、それはともかく遊びと勉強と言うのは紙一重です。

 数学ガールなんてラノベっぽい本が出ておりますが、
 これは数学で遊ぶ高校生のお話です。
 内容はめちゃめちゃ数式だらけですが、たしかに遊んでます。
 かく言う私も、遊びを勉強に変える為に今の仕事に就き。
 また、仕事を遊びに変える為、日夜努力しています。

 まあ、つまるところ「人生とはゲームである」と「人生死ぬまで勉強だ」は相反しない格言なのです。
 勉強も楽しめると良いデスネ。


 以上、言葉遊びでした。


日暮さんからの意見
 『勉強』の意味とはなんなのか、という問題ですよね、要は。

 『勉強』というものが、例えば最終的に金を稼ぐための行為だとします。

 今なりたい職種が小説家で、その時書いていた小説がそれなりに本気なら、
 それは勉強と言えるでしょう。違うならば、それは俗に言う『遊び』になってしまいます。

 しかし『勉強』が、『人として成長するためのもの』だとしたら、それは立派な『勉強』です。
 私が言えるのは、きっとここまでで、何を以て『成長』とするかは本人次第ですよね。



みつきさんからの意見
 眞阪在恵さま、はじめまして。

 勉強とか家の手伝いとか、やるべきことをきっちり片付けてから小説を書けば、
 なんの問題ないと思いますよ。

 
 『夢』にかまけて、今やるべきことをやらない、目に見える結果も出していない、
 それなのに、家族の目に付くところでなにやらごそごそやっている。
 それでは誰から見てもしょうもない遊びで時間を無駄にしているようにしか見えないものだと思います。

 夢を持つのは結構なことですが、そのせいで現実が疎かになってしまっているとしたら、
 周囲からあまり良い印象をもたれないのは当然ですよね。
 自分がどう立ち回ったら口を出されないで済むのか、
 一度ちゃんと考えてみるといいのではないでしょうか。
 それとか、親御さんのいるところでは小説を書かない、というのも一案ですよね。

 本当にそれが大事なことで、ちゃんと続けていきたいと思うのなら、
 自分自身で色々と工夫するべきだと思いますよ。

 それではこれにて。


水無瀬さんからの意見
 はじめまして。水無瀬と申します。

 極論を言えば、お金にならない以上は、
 何をやっても遊びと判断されてしまっても無理がないような気がします。

 ……と言うと一見勉強も遊びのように見えるのですが、
 親が子を学校に通わせるのは、親にとっては投資のようなものです。
 自分の子が将来お金で苦しむのを見たくない、自分の子には幸せになってもらいたい、
 そんな願望を叶えるために一番確実な「学業」にお金をつぎ込むわけですね。

 で、出資先である子供は、パトロンである親の意向には、
 ある程度従う姿勢を見せた方が一般的にはいいと思われます。
 親というのは、社会に出てからでは絶対に得られないほど甘い出資者、
 金銭的な後援者なわけですから、失うのは非常にもったいないです。
 味方につけることができればなおいいです。
 小説を書くにせよ、趣味に打ち込むにせよ、親から見ての「遊び」を色々とやりやすくなるでしょう。

 また、本気で小説家の道をも視野に入れているならば、ある程度は親の意向に従った上で、
 「小説を書く」という行為が子の遊びではなく親にとっても一つの投資になります、
 という説得を行ってみるのもいいかもしれません。

 以上、個人的な考えを書き散らかしただけになってしまいましたが、少しでもお役にたてれば幸いです。


ひすいさんからの意見
 どうも、ひすいと申します。
 
 小説を書くことが遊びか否か。
 それは、その人個人の価値観などに左右されるものではないでしょうか?

 
 たとえば、
 「お金をもらうから仕事。それ以外は遊び」
 という考え方を持った人がいたとしましょう。

 その場合、その人の考え方で考えれば、一銭ももらうことのできない勉強は遊びになるでしょう。
 水無瀬さんの仰るとおり、それは親にとっては「投資」であったとしても、
 少なくともこうとだけ考えている場合ならば、勉強も遊びの一つとなります。

「楽しければ遊び、大変ならば仕事」
 この場合、勿論その人が小説を書くことをどう考えているかによって決まります。
 お金を払って働いている職業だって、
 その職業を苦と思えなければこの考え方では遊びになってしまいます。

「勉強や仕事以外は全部遊び」
 この場合、風呂に入る・排泄をする・寝るなどの行為も全て遊びとなります。

 つまり、「小説を書く」という行為が遊びか否かということは決して一つの基準で決められるわけではなく、その人がどう感じるかによって決められるのでしょう。
 やるべきことをせずに小説ばかり書いていては端から見ればそれは遊びに見えるかも知れませんし、本人が遊びでないと感じていても親などから見れば遊んでいるようにしか見えないかもしれません。

 まぁ、さっきの例のように単純な基準で決められることはないのでしょうが、理屈っぽく考えればそういうことです。
 生意気な意見、失礼致しました。


左さんからの意見
  一年ほど前別のハンドルネームで書き込んでいた者です。
 とても期間が空きましたので、ハンドルネームを変えさせて頂きます。

 こんばんは。眞阪在恵さんはじめまして。左と申します。

 自分も、同じようなことを考えたことがありました。
 他の方は「お金にならなければ遊び」という意見が多いようですが、では「ボランティア」は遊びでしょうか。
 地域清掃は遊びでしょうか、地震の被害にあった家のかたづけは遊びでしょうか。
 微妙なところです。と、思います。

 趣味は遊びかというのも微妙です。
 仕事が趣味という人もいれば、きっと「遊ぶ仕事」なんてのもあるかもしれません。
 また、勉強が趣味という人もいれば、子供は遊びながら勉強します。

 「小説を書く」これについて。なんの本だったかは忘れてしまいましたが、
 『飢餓で苦しんでいる人達におにぎりと本を選ばせると、本を選ぶ人はまずいない』
 という内容の文章がありました。
 小説も音楽も美術も書も詩も写真も、こう考えると生きていく上で「必要ない」ことです。
 余裕のある人しかできないのは正直事実です。
 
 ですが、「必要ない」というのなら「スポーツ」も別にしなければ死んでしまうわけではないので、
 これも「必要ない」です。「テレビゲーム」もそうでしょうし、「小説を読む」という行動も、
 実際「必要ない」ことです。

 そんなふうに「必要ない」ことをすべて取り払って、その後どうなるでしょう。
 自分は、いやです。やはり小説はあった方が良い、音楽はあった方が良い、美術もあった方が良い。
 誰だって思うことだと思います。

 ということは、たとえ「遊び」とくくられたとしたも、むしろその方が「価値が上がる」と思います。
 「遊び」も、しなければ天国にいけない訳でも死ねなくなる訳でもない「必要ない」事だからです。
 「小説を書く」は「遊び」。「遊び」は「必要ない」。「必要ない」は「あった方が良い」。

 「小説」は「遊び」、ですが、その「遊び」は軽く扱われるようなものではないと思います。
 そんなとても大切な「遊び」をしているので、それはそれで良いと思います。


 長くなり本当に申し訳有りません。こんな意見でよろしければ、お役にたてられること幸いです。
 失礼いたします。


蒼菜さんからの意見 2013/08/08
 「面白い」ってなんだっけ? ってな具合にいろいろ(主に精神的に)おかしくなってます。
 蒼菜と申します。初めましての方がほとんどだと思います。たいていROMですし。

 眞阪さん、お気持ちはよくわかります。私もよく言われます。
「スポーツや芸術で食べていけるのはほんの一握り、そしてあんたには150%無理 by親戚一同」。
 ……小六から書き続けてて新人賞への投稿もほとんどしない、なら自分でもある程度は仕方ないかなとは思います。
 でもそれにしたって、150%はさすがにないだろ、というか、小説が話題に出るたびに言われるのも心折れる話ですよね……。

 ちなみに親戚曰く、「一流企業の重役・弁護士・医者・政治家のどれにもなれない人間はろくでなしで虫けら同然」なんだそうです。
 じゃあそもそも人間なんて要らんだろと思うのですが。これ以上書くと愚痴になってしまうので控えますね。

 耳にたこができるほど言われている私の意見としては、「遊びではない」、です。
 「遊び」は頭をさほど使わずに片手間でやるものかと存じます。
 「これはゲームであっても遊びではない」というのは今流行りの「ソードアート・オンライン」という小説のキャッチコピーですが、まさしくその通りかと。本気であればそれは遊びではないでしょう。
 …しかし、かなしいかな、親はおろか、世間に通用する考え方ではないので、右から左に聞き流すことを勧めます。
 もちろん、学校の成績は中の中〜上をキープした上での話ですが。
 あとは親孝行もぼちぼちしとくといいかもしれません(笑)

 長文失礼しました。参考になれば幸いです。

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