ライトノベル作法研究所
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  4. 読者の第一印象公開日:2012/05/31

読者の第一印象を裏切らない

 ライトノベル作家のあらいりゅうじさんは、漫画の原作者やゲームのノベライズライターといった経験をした後に、1997年に電撃文庫から『魔法の用心棒ミオ!』でデビューしました。
 しかし、この作品は、人が死ぬような残酷描写が多かったため、そんなにヒットしなかったと書籍『ライトノベル作家のつくりかた』(2007年)のインタビューで答えています。シリーズは2巻で打ち切られました。

 この作品の表紙は、少女漫画に近いような萌えタッチのものです。タイトルも女子児童が好む魔法少女物を意識しています。ここから人が死ぬような話を連想する人は、ほとんどいないでしょう。読者の第一印象を裏切ってしまったのです。

魔法の用心棒ミオ!の表紙

 一方で、同じような残酷描写、グロいシーンがある榊一郎の『ストレイト・ジャケット』の表紙は、ゴッツイ銃を構えた主人公がシリアスな表情で描かれており、萌え成分がほとんどありません。『ストレイト・ジャケット』(2000年)が累計50万部とそれなりのヒットを飛ばしたのは、これが20代以上のオタク向けの作品であることを、最初から強調した路線だったからだと考えられます。

 この作品は、主人公が怪物に変身した自分の育ての親を殺してしまうエピソードから入るので、こういった大人向けのハード路線が好きな人の琴線に触れたのです。中身も、冒頭、表紙の印象を裏切らない、萌え成分が薄めの100%シリアス路線で展開します。

 『魔法の用心棒ミオ!』が失敗したのは、どんな客層に向けての商品であるのか、十分に意識されていなかった点にあると考えられます。

 20代以上の大人になると、子供向けのヌルイ展開の話はあまり好まなくなります。もっと刺激の強い、鬱で不健全な物語を求めます。人生はそんなに甘くないことを、これまでの経験で痛感してきているためです。
 彼らが『魔法の用心棒ミオ!』の表紙を見ても、これは女の子向けか、あるいは中高生のオタク向けの明るい萌え路線なんだろうな、と感じて食指が動かないでしょう。 「ああっ、もっと俺の願望を満たしてくれるような、鬱でハードな話がないかな、どうしてラノベはこう萌えばっかりなんだよ?」 と、どこかに去って行きます。

 逆に、中高生たちは、明るい路線だと思ったのに、中に人が死ぬような残酷描写があって、うげー! となってしまい、次巻を買わないでしょう。
 すでに廃刊になっていますが、富士見ミステリー文庫では、殺人事件などは基本的に御法度とされていました。ライトノベル読者である中高生は、死人が出るような話をあまり好まないのですね。

 ライトノベルは何でも有り、だと言われていますが、実はコレは正しくありません。
 ターゲット層である10代のオタクに受けるのであれば、何でも有りです。 
 彼らに嫌がられる要素を無意味に投入すれば、当然、売れない、読まれない、という結果が待っています。

 残酷描写のような10代には嫌われるが、20代以上の客層に受ける要素を入れるのであれば、中途半端にせず、徹頭徹尾、20代のオタクに受けるような要素で構成された作品にしなければなりません。

 『ストレイト・ジャケット』は大人の客層、シリアスでハードボイルドな話が読みたい! という20代のオタクが好むような路線を最初から最後まで取ったために成功したのだと考えられます。

 もし、これで途中から、主人公のレイオットが女子高生にモテまくる萌え萌え路線の明るい話になったら、『ストレイト・ジャケット』本来の魅力である『絶望』が消えてしまい、そこで見限られていたでしょう。読者の期待というのは、裏切ってはいけないのです。最初から最後まで、読者の好む物を提供する必要があります。

 アニメの世界では、2011年に『魔法少女まどか☆マギカ』が大ヒットとなり、エヴァンゲリオンに次ぐ名作と評価されました。この作品は、少女漫画タッチのかわいいキャラクターが、幸せな未来を信じてがんばるものの世界の不条理な仕組みにぶち当たり、不幸のどん底に突き落とされて、破滅するというものです。メインキャラクターのほとんどが死にます。 

 明るい話だと思ったら、鬱だった! という本来なら視聴者の第一印象を裏切る路線なのです。
 これが『魔法の用心棒ミオ!』のように失敗せず、メインターゲットである20代以上のオタクにうまく届けられたのは、深夜アニメであったこと、脚本がエロゲーシナリオライター出身の虚淵玄であったことから、きっと、残酷な話なんだろうな、という予測が立てられていたためです。

 虚淵玄はすでに多くのファンを獲得していた鬱展開でお馴染みの人気ライターだったので、20代以上のオタクは、最初から不健全路線であることを期待し、3話でマミさんが殺されたところで、キタコレ! となった訳です。また、プロローグの段階でも鬱の匂いを漂わせています。

 こういった背景を理解せずに『魔法少女まどか☆マギカ』のような、楽しく明るい路線だと思っていたら、メインキャラクターが無残に殺されるような残酷展開がある作品にすると、失敗する可能性が高いでしょう。
(多少の鬱展開は楽しさを強調するためのスパイスとなりますが、10代に受け入れられないレベルになると、NGということです)

20代のオタク向けに書くという戦略

 『ストレイト・ジャケット』と同じようにに20代以上のオタク向けに書かれた作品に、冲方丁の『マルドゥック・スクランブル』(2003年)があります。これは近未来を舞台にしたSFで、とにかく主人公の女の子がひどい暴力と性的被害に遭う、心が痛くなるような鬱展開が冒頭から押し寄せてきて、唖然とします。
 『ストレイト・ジャケット』よりはるかに不健全レベルが高いです。

 『マルドゥック・スクランブル』は少年の嗜好とはまったくマッチしないため、冲方丁はライトノベルレーベル数社にこの作品を持ち込んだものの出版を断れたそうです。そこで、SFの老舗、早川書房から刊行されることになり、ヒットを飛ばしました。
 『マルドゥック・スクランブル』並の傑作を作っても、10代向けでなければ、ラノベ出版社にはまず相手にされないことを覚えておきましょう。

(補足)
 2009年から、電撃文庫を擁するアスキー・メディアワークス(角川グループ)が、ライトノベルを卒業した人向けのレーベル『メディアワークス文庫』を創刊しました。
 このレーベルは20代以上のライトオタク層をメインターゲットとしています。少子化の影響などから、今後、ライトノベルのメインターゲットである10代のオタク層が減少することが予想され、数の多い20代以上の層をターゲットにしようという動きも始まっているのです。
 このため、今後は10代のオタク層向けではなく、20代以上のライトオタク層向けの作品がヒットする世の中になることも十分に予想されます(2012年現在)。

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