ライトノベル作法研究所
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  5. 静かな持久戦公開日:2013年04月21日

静かな持久戦

デルティックさん著作

 壁に設置されているスイッチを押す。それと同時に今まで抑えていたモノを開放した。
 心の底から安堵する。未だ響く効果音を聞きながら、これからどうするかを思案せねばならない。まずは状況を整理しよう。
 時刻は夕刻。日が暮れて各家庭で夕飯の準備がされる頃だ。
 私、大淀譲治(おおよどじょうじ)は営業から会社に戻る途中で凄まじい便意に襲われた。どうやら営業先で頂いた饅頭が古かったらしい。
 間の悪い事に近所にコンビニもなく、途方に暮れていた所に小さな公園を見つけた。
 公衆トイレを求めて公園をヨタヨタと進んだ私は、トイレに着いて言葉を失った。
 男性用トイレが故障で入れなかったのだ。私は絶望した。この公園のトイレに絶望した。しかしパンドラの箱には最後に希望が残っていたように、その時に私の脳裏にも一つの希望が閃いたのだ。
 幸い公園には人影はない。そっと女性用トイレの気配を探った。誰もいない、いや一室だけ使用中だった。しかしその時に個室で音姫が使われていたので、急いで個室に入れば見られずに間に合う。
 そう判断した私は、やむにやまれずに女性用トイレに駆け込んだ。そして私の危機は一つ去った。
 だが問題はここからだ「どうやってここから出るか」という問題が残されている。
 私よりも前から隣室には誰かが入っている。私は用を足す時にはしっかりと音姫を使ったので、ここにいるのが男だとは思われていない筈だ。
 しかし出て行く所を見られては社会的に死んだも同然である。二十七歳の会社員が女子トイレに入っているのだ。見られてしまえば言い逃れはできないだろう。
 隣室のヤツが出て行くのを待つのが得策と言えた。しかし長い、いつまで用を足している気だ?
 いっそこちらが先に出てしまおうか? いや待て。扉を開けた瞬間にハチ会わせしたらどうする? ここは焦ってはならない。確実に人が居なくなるのを待て。
 
 そして私は静かに、静かに機会を待つ。






 「うおっヤバイ」
 学校帰りの最中でオレ、最上零泉(もがみれいせん)は凄まじい便意に襲われた。昼の弁当に生モノを詰め込んだ母親に文句を言いたい。鞄の中で朝から約五時間ほど熟成された明太子は少々の異臭を放っていたのだ。しかもよりによって米の上に塗り広げられていたので、避けて食う事も出来なかった。
 結局オレは空腹に勝てずに弁当を平らげ、今最高に後悔をしている真っ最中だ。
 都合の悪い事にこの近所にはコンビニは無い。腹の具合は既に限界に達しており、家まではとても持たないだろう。
 額に脂汗を浮き出しながら歩いていると、小さな公園があった。普段は気にもしていなかったので、こんな所に公園がある事に気付いていなかった。
 トイレを求めて公園に入って行く。なんとかたどり着いた公衆トイレには「故障中」という無情な張り紙がはためいており、入り口は鎖で封印されている。
 やり場のない怒りが込み上げた所でふと閃いた。「女子トイレは使えるのか?」と。
 女子トイレの入り口を見てみると、こちらは使えるようだった。そっと覗いて見ると中には誰もいない。そして辺りを見回して確認する。夕刻の公園には人影は無い。
 オレは急いで女子トイレに駆け込み、便座に腰を下ろした。そして生まれる言いようのない安心感。
 危機は去り、ふと壁に目を向けると見慣れないボタンがあった。興味本位で押してみると、水を流す音がした。しかし実際には水は流れない。これが噂に聞く音姫というものかと理解した。
 その時だ、誰かがトイレに入ってきた。隣の個室に入り、ちゃんと音姫を使用している。
 マズイ、これは非常にマズイ。もし今出て行ってカチ会ったらオレは変態以外の何者でもない。
 男子学生が女子トイレに入っているのだ。見られてしまえば言い逃れは出来ないだろう。
 どうするか考える。オレの方が先に入っていた。すぐに出て行けば大丈夫だろうか?
 いや待て、もし見られたらどうする? こんな話はあっという間に学校中に知れ渡り、オレの居場所は学校に無くなってしまう。
 ここは待つほうが無難だ。いくらでも待って、誰も居なくなってからこっそり抜け出せばいい。 
 
 そしてオレは静かに、静かに機会を待つ。



 ただひたすらに待つ事にした大淀譲治と最上零泉。
 公園の女子トイレで、隣に入っているのが男だという事を知らない二人の静かな持久戦が、今まさに始まった。

作者コメント

 前回「セリフがクサい」というお褒めの言葉を頂きましたので、今作は根本的に臭いお話です。
 なんつーか下品かもしれません。

 以下、今作の軍事ネタです。
 大淀(軽巡洋艦)譲治→ジョージ(局地戦闘機、紫電の米でのコードネーム)
 最上(重巡洋艦)零泉→零戦(戦闘機)

2013年04月21日(日)10時40分 公開

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感想

etunamaさんの意見 +20点2013年04月21日

おもしろかったです。
いや、くそおもしろかったです。くそなだけに。すんませんくそつまんなくて。

まず文体ですが、丁寧で静かな雰囲気です。で、ネタがう○ こ。もうこれで腹筋崩壊です。
コメディ系の作品は、作品のキャラクターたちがまじめてあればあるほどに、おもしろいです。まじめにバカなことをする。その落差が笑いを生みます。それをよくわかっている。すばらしい。
リアリティがあります。実際にあるかどうかはともかく、納得感がある。それは現実を舞台にする作品では重要です。ぼくはとても感じました。お、おもしろい……。
タイトルもすばらしい。読みかえしたあと、タイトルをみて笑います。く、くだらねえ……。でも本人たちはまじめ。だめ、もうだめ……わらいすぎで死ぬ。

あ、こ、こまかいこ、ふふっ、ことですが、書いておきます、ね。ふふっ
最初のほうに文頭あけのミスがあります。ここです「私、大淀譲治……」あいてなかったです。

あと個人的には、ネタばらしが早かったと思いました。ショートショートなんで、オチは最後であればあるほど、おどろきが増しますし。はい。でもこれはしかたのないっちゃしかたないですね。

くそおもしろかったです。

井戸中カエルさんの意見 +30点2013年04月21日

クリスマス前夜。
便秘に悩む美少女キャラ。
しかし、その憂鬱は終わりを迎えようとしていた。ついにその時が来たのだ!

出る。今日こそは間違いなく出ると確信がある。
いよいよ作戦開始だ。急ぎすぎてはいけない。慎重になり過ぎても駄目だ。大胆に、そして繊細に。
丹田に込める力を加減しながら、自分を鼓舞するため、幸せを呼ぶ呪文を唱える。

「メリーメリメリメリ!」

痛い。でもここは我慢だ。産みの苦しみの向こうには、きっと輝かしい未来が待っている。がんばれアタシ。
ひっひっふー、ひっひっふー。

「ク○ ――ッ!」
(ちなみに、伏せ字部分はカタカナの「そ」に似た文字)

「スマ――ッシュ!!」

出た……。とうとう出た。良くやった。おめでとうアタシ。ひりひりするけど、そんなのより安堵の喜びが大きい。なんだか世界中のすべてを愛せる気分だ。さあさあ、サンタさんもトナカイさんも、みんな手をつないで、シャンシャンシャン……

12月になったらこんなウンチネタを書いてリア充たちに嫌な思いをさせようとか画策しているカエルです。
(デルティックさんにあやかって感想に前置きをつけてみました。どや)

いやもう御作のアイディアには、さすがに脱帽です。
女子トイレに潜伏し、見えない相手との静かな戦いに挑む男たち。
私のような幼児の琴線に触れるネタでありながら、大人のウイットがなければ書けない作品であることも確か。

美味しく頂きました。
頂いたのはいいんですけど、今になって下腹部がなにやらキュルキュルと……。

すいません、トイレ行ってきます!

いわし(魚)さんの意見 +30点2013年04月21日

いわし(魚)です。

拝読させて頂きましたので、感想を残させていただきます。

おみそれしました。
コテコテだけど面白い。
このコメディっぷり、まさに臭作もとい秀作。
僕の中でMVPに輝きました。

思わずここからさらにもう一人、お腹壊した男性が入ってくることを想像してしまいます。
まさに続きが気になる作品だと思います。

次回作も期待してます(笑)
楽しませていただきました!

米内さんの意見 +30点2013年04月22日

 それでは、感想などを。


「他人の不幸は蜜の味」という言葉を体現したようだと思いました。当人からしてみれば、切羽詰ったことでも、第三者からしてみれば笑いを誘うということを再認識させられました。
※今回の話はなにやら臭うので、場面を想像するにはちょっと抵抗がありますね(笑)。 

 『そして私は静かに、静かに機会を待つ』という文があり、この前後は空いていたと思います。この間隔は何か基準とかあるのでしょうか? 自分自身も答を持っていないので、質問という形ですが。


次の作品もお待ちしております。
それでは、失礼致します。




※今回も軍事ネタが光っていました(一時期ながらも連合艦隊旗艦などが出てくるとは……)

サラシナコハルさんの意見 +30点2013年04月21日

はっはっは! 私もトイレネタをやったなぁ! サラシナコハルです。よろしくお願いします。

……え、評価? あぁ、あのときのことは水に流したので(キリッ

そうですね、感想ですね。
ボタンを押すという最初のところで、親近感からか「トイレネタだ!」と思いました。(笑)
しかし乙姫……音姫をからめてくるとは目の付け所が違いますね。

トイレ=我慢系のネタになるのはお約束なのでしょうか。こういう話はやっぱり面白いと思います。(若干の抵抗もありますが)

登場人物の名前は、やはりというのか、軍事ネタでしたか。
わたしはてっきり「じょうじ……じじょうじじょうじ」と喋るあいつかと思ってしまいました。
黒光りしたあいつに出会うと「なんでもないことが幸せだったんだ」と思わせられ……違うか。

以上が感想なんですが、感想になってないというツッコミはご容赦ください。トイレの神様になきついてしまいそうになりますから。
それでは。

神咲ユイさんの意見 +30点2013年04月28日

 はじめまして、神咲ユイと申します。全く感想を書き込む気は無かったのですが、あまりにも秀逸な作品に、これは是非感想を述べさせて頂かなければ! と思い投稿させて頂きました。

 素晴らしい作品ですね。私はこう言うユーモアに溢れた話を書くことが、どうしても出来ませんので、そのセンスが羨ましいです。どうやってこんな話を思い着かれるんですかね? 教えて頂きたいです。これが本当の「くそ小説」ですね。もう笑うしかありません。

 短文ではありますが、これにて失礼させて頂きます。たいへん面白かったです。

ゴードンの友だちさんの意見 +40点2013年04月29日

 おもしろかったです。笑いながら読みました。同じ男性だけれど視点が少し違うところが上手だなと思いました、とにかくおもしろかったです。

乱れ男道さんの意見 +40点2013年05月01日

はじめまして
乱れ男道です。最近小説に目覚めました。

めちゃくちゃ面白かったです。

トイレネタというのをはじめて読みました。
日常にありそうなお間抜けな展開であるにもかかわらず、当事者たちは真剣に相手を探り合う状況が面白いですね。

楽しませていただきました。ありがとうございました。

たまさんの意見 +30点2013年05月01日

読ませていただきました。

面白かったです。
二人とも勘違いしたままというのがいいですね。
読後にも色々と想像できる余地があって、それも良かったと思います。
ただ、ご飯中にこれを読んでしまいますとまずいですね、えぇ。

楽しいひとときをありがとうございました。

三角屋根さんの意見 +30点2013年05月02日

三角屋根と申す者です。
感想を述べさせていただきます。

とても面白かったです。
アイデアが秀逸でした。脱帽です。

短いですがこれにて失礼します。