高得点作品掲載所      ギンギツネさん 著作  | トップへ戻る | 


お父さんは魔法使い

「パパね、魔法使いになろうと思うんだよ」
 寝言は寝て言おうよ、パパ。
 貴重な日曜日の朝の眠りを奇天烈な発言で邪魔するなんて、余裕で父親失格よ、ダメ親父。
「いいだろう? 魔法使いは便利だぞ、エナだって楽できるようになるんだ」
 へぇー、すごいねー、夢いっぱいだわお父様。
 聞こえないふりで二度寝をきめこむあたしを、パパは許さない。
「ほら、おととい引っ越してきたお隣さん、知ってるだろ? あの人、ホンモノの魔女なんだよ! それでパパにも魔法を教えてくれるんだ。約束したんだよ」
 ああ、なるほど。
 確かに新しいお隣さん、若くて美人でパパ好みよね。
「なあエナ、すごいだろ? すてきだろ? パパにはまだまだ無限の可能性が……」
 あたしはついに睡眠を諦めた。
「うるさいっ!」
 お気に入りの若草色の掛け布団をパパの若々しいお腹めがけて蹴り上げ、顔をうずめていたパイプ枕をパパの顔に叩きつけてやった。
 至近距離での二連攻撃にはさすがのハイテンション親父もひるむ。
「朝っぱらからなに? おかしいでしょ、妙でしょ、間違ってるでしょ?」
「え、あ……」
 私とそっくりな二重の瞳をまんまるにして、口をあけっぱなしのパパは固まった。
 小学六年生ともなれば女の子の体はそれなりに変わってくる。娘のプライベート空間に土足で踏み込む変態親父が硬直しているスキに、あたしはパジャマの乱れを整えた。
 まだ眠りにしがみつこうとする頭を無理やり動かし、私は説教モードに自分を持っていった。ベッドの上に正座して、ひょろっとしたパパを見上げてキッとにらみつける。
「河原家ルールその16、休日の朝は?」
「……貴重な睡眠時間なので相手を起こさない」
「河原家ルールその5、お互いの部屋は?」
「……プライバシーを尊重し、無断で入らない」
 よくできました。覚えてるんなら守ってよね。
 だいたい、河原家ルール自体、社会的人間的に問題がありすぎるパパを更生させるために私が苦心してつくってあげたのに。肝心のパパがこれじゃ意味ないじゃん。
「うぅ、エナ」
 娘を前に肩を落としてしゅんとなるパパ。父親の威厳も何もない。私がしっかりして、パパをまっとうな父親にしてあげなきゃならないんだわ。
「次から気をつけてよね。おはよう、パパ」
「もちろん! おはよう、エナ!」
 娘に許されたのがそんなに嬉しいのかしら? パパのハイテンションは高速復活を遂げた。


 パパがトーストを焼いてコーヒーを淹れてくれる間に、私は目玉焼きを作った。父子家庭も三年目になる。役割分担だって完璧なものだ。
 六人がけの大きなダイニングテーブルに二人っきりで向かい合って座る。パパはいつもどおりコーヒーに角砂糖を六個も放り込んだ……ありえない。こんなのってコーヒーに対する冒涜だ。
「へね、エナ、ふぁふぁの、さっきのふぁなしなんらけろ」
「食べ終わってからしゃべる!」
 まったくもう。パパったら子どもみたいに口いっぱいにトーストをほお張って、ほほ袋ふくらましてるリスにそっくりだ。
 極甘コーヒーでトーストを流し込み、パパはしゃべりだした。
「だからね、エナ。さっきの話だよ」
「話って?」
「パパ、魔法使いになるんだよ」
 まだ言うか、このドリーム中年。
「え、エナ、顔がコワイよ……」
「パパ、お隣さんが好きなら素直にそう言って」
 パパはコーヒー風味の砂糖水を漫画みたいに噴き出した。
「何を言うんだよ、エナ。お隣さんはパパの先生だよ。さっき説明したじゃないか、誤解だよ、勘違いだよ、冗談はやめてくれよ、エナ」
 生活力はないし、デリカシーはないし、常識もない。ないないづくしのクセに外見だけは人並み以上のパパだ。女関係の問題なんてあたしは今さら驚かない。
「お隣さんは魔女なんだ。すっごい力を持っててね、パパにも教えてくれるんだよ」
 魔女に魔法だなんて。いくら非常識なパパでもここまでくると呆れてものも言えない。
「証拠は?」
「へ?」
「証拠。パパがぶっとんでるのにはもう慣れたけど、今回はひどすぎ。本気だっていうならお隣さんを魔女と決めつける証拠をあげて」
 ぴしゃりと言い切ってやった。
 パパは目玉焼きの黄身をフォークでつっつきはじめた。都合が悪くなると子どもみたいな行動にでるのはパパのクセだ。
「証拠がないならあたしは信じないからね」
 あーあ、哀れ目玉焼きの黄身はぼろぼろだ。お皿の上にまで流れ出した黄身を、トーストの耳で作った堤防で堰きとめようとして、パパはお皿を真剣に見つめている。
「証拠は……あるよ」
 え?
「パパ、昨日見たんだ。パパね、朝顔に水やり忘れたの思い出して、夜に庭にでてたんだ。そしたらお隣さんがベランダにでてた。真っ黒いワンピースで、片手にほうきを持って、歌ってたんだよ! もう間違いないじゃん、これで黒猫でてきたら完璧だよ!」
 なーんだ。証拠があるなんて言い出すから驚いたわ……って、一瞬でも信じかけた自分を殴ってやりたい。
「パパ、そんなんじゃ証拠にならないでしょ。お隣さんがそのほうきで空でも飛んだっていうなら別だけど」
「飛んだんだよ!」
 ちょっと! テーブル叩いたからオレンジジュースがこぼれたじゃない! パパの馬鹿っ!
「飛んだんだ! ほうきにまたがって、ベランダからジャンプしたんだよ。パパもほうきで空飛びたいんだ。だから、お隣さんが帰ってくるまで庭で待ってて、直接お願いしたんだよ。そしたら快く応じてくれて」
 こぼれたオレンジジュースをふき取ろうともしないで、パパは熱っぽく早口でまくしたてる。
「すごいだろ? 魔法使いになって、ほうきで空が飛べるようになったら、パパは真っ先にママを迎えにいくよ。パパが魔法使いになったらママだってきっとパパのこと見直して……」
「やめて」
 そういうことか。あたしは自分の声がすごく冷たくなるのを意識した。
「ママの話なんかしないで。あの人は絶対に戻ってこない」
 いつだってそう。パパは現実を見ない。ママは戻ってくるって本気で思ってる。
「まだわかんないの? パパもあたしも捨てられたんだよっ」
「エナ、ごめん」
 パパが、謝った?
 あたしの熱がすーっと冷めていく。ひどいこと言っちゃったな。パパは今気づいたように、ティッシュでジュースをふき取りはじめた。
「ごめんな。パパのせいだよ、わかってる。でも今度は大丈夫だ。パパはきっと魔法使いになって、エナを幸せにしてみせるから」
 こぼれたジュースはパパのティッシュに吸い込まれてきれいになくなった。だけど、減ってしまったコップのジュースは戻らない。
 あたしはパパに答えなかった。パパの焼いてくれたトーストを半分残したまま、自分の食器をまとめて流しにもっていった。
 パパは、愛嬌のある顔に困ったような笑顔を浮かべて私を見ている。ごめんね、パパ。お互い頭を冷やしましょう。
 魔法使いになるとか言い出す前に仕事探そうよ、ニート親父。
 喉まででかかった言葉を飲み込んで、私はパパを残してダイニングを後にした。


 パパは若くてカッコいい。誰にでも愛想がよくて、調子がいい。イロオトコのくせにお人よしで、要領が悪い。
 そんなだから、上司の奥さんとの不倫の噂が原因で会社を辞めさせられて、ママに愛想を尽かされるんだ。
 でもあたしは知ってる。パパ、ほんとは不倫なんかしてないってこと。帰りが遅かったり、休みの日に朝早く出かけたりしたのは、隠れて一人で一輪車の練習してたから。どっちが上手かあたしと競争してたの。急にうまくなったのに驚いて理由をきいたあたしに、パパは秘密練習のこと話してくれた。
 いつだってそう。パパは絶対反論しない。上司の奥さんの浮気相手は全然別の人で、ずるい奥さんはその人を守るためにパパの名前をだした。
 どうして本当のことを言わないの、とあたしは怒ったけど、パパはただ困ったように笑っていた。昨日の朝と同じあの笑顔。自分ひとりが我慢すればみんなうまくいくって馬鹿みたいなこと信じてるパパ。
 そんなパパだから、あたしがちゃんとして悪い人から守ってあげなきゃ。
 何が魔女よ。ほうきで空を飛ぶ? パパったら寝ぼけてたに違いないわ。だいたい、朝顔の水やりは朝にするのが基本でしょ。
 パパをたぶらかしたお隣さんに抗議すべく、ランドセル姿も凛々しいあたしは隣の家の前に立っていた。
 ごくごくありふれた建売の一戸建て。うちとほとんど同じ見た目だから、きっと中も似たようなものだろう。生意気なガキのいる幸せ家族が引っ越して、せいせいしてたところにやってきた新しい住人。お蕎麦を持ってあいさつにきたお隣さんは、色の白い人だった……そういえば、あの時も黒のワンピースだったわね。
 平日の午後に家にいるか心配だったけど、チャンスは今しかない。無職のパパは基本的にいつだって家にいるのだ。お隣さんに直談判しに行くところを見られるのは嫌だ。今日はハローワークに行くと言ってたから大丈夫なはずだ。
 チャイムを鳴らす。ああ、この音までそっくり同じね。
『はい』
「あの、隣の河原です」
 いた。あたしの気が引き締まる。
『あ、はい。ちょっとお待ちください』
 言葉通り、ほどなくうちと同じデザインの玄関ドアがあいて……
「パパ?」
「やあ、おかえりエナ!」
 足の長さを強調するジーンズ姿も眩しいパパが現れた。玄関口の階段を二段とばしで飛び降りて、あたしを抱きしめる。
 ハローワークはどうしたんだ、嘘つきめ。
「エナちゃんも来てくれたのね」
 パパに続いて現れたお隣さんはやっぱり黒いワンピース姿だった。長い黒髪を活動的にまとめあげている。柔らかな微笑みを浮かべた眼差し。切れ長の一重だ。
「わかってくれたんだね、エナ! 魔法使いの弟子デビューしたパパを応援しにきてくれたんだね!」
「ちょっ、離れてよパパ!」
 あたしをきつく抱きしめるパパからはいい匂いがする。勝負香水なんかつけやがって、しっかり色気づいてるじゃない。
「どうぞ、あがって」
 お隣さんの生暖かい笑顔が嫌だ。微笑ましい親子愛の光景だとでも思ってるんだろう。
「そう、それがいい。いらっしゃい、エナ」
 あんたの家じゃないでしょ、パパ。
 あたしは小学生らしくない溜め息をつき、陽気なパパの後に続いた。
 はじめて見るお隣さんの家の中。女性の一人暮らしにはちょっと広すぎる家だと思うけど、意外とものが多い。
 とにかく目につくのは絵だった。額縁に入ったものから、キャンバスのまま積み上げられてるものまで、お隣さんが描いたのかしら?
 家の中を満たす絵の具の匂い。どう考えても魔女ってイメージじゃない。
「散らかっててごめんなさいね」
 じろじろ見すぎたかもしれない。恥ずかしそうなお隣さんの言葉に、あたしは少し反省した。
「すごいだろ、エナ。お隣さんは魔女で画家なんだ」
 なるほど。画家なら昼間っから家にいるのもうなずける。てゆうか、面と向かって本人の前で魔女よばわりするなんて、パパ非常識にもほどがあるよ!
 うちと同じで日当たりのいい居間に通されて、お茶をごちそうになる。壁に飾ってある絵は自信作なんだろう。誰もいない部屋の絵。明るくて、かわいらしい部屋が柔らかなタッチで描かれている。優しいのに寂しげな印象の絵だった。
「ごめんなさい、お茶菓子きらしちゃってて」
 申し訳なさそうにキッチンからでてくるお隣さん。
「お構いなく」
 礼儀正しく答えるあたしを、パパがさえぎった。
「あ、じゃあうちから持ってきましょう! ほら、昨日エナが焼いてくれたクッキーがあったろう?」
 予定より早く起こされて、時間ができたから焼いたクッキーがあるのは確かだ。パパったら喜んで焼きたてを食べようとして危うく火傷しかけてたわね。
「あれがいい! ちょっと待っててくださいね、すぐ戻ります」
「ちょ、ちょっと待っ」
 止めるスキもありゃしない。パパは子犬みたいな勢いで飛び出していった。自由すぎるよ、パパ。
 残されたあたしとお隣さんは言葉を失ってしばし見つめあう。こらえられなくなってふきだしたのは、お隣さんが先だった。
「面白いお父さんね」
「……すいません、変な父で」
 もう、穴掘ってでも入りたい。
「いいえ、素敵なお父さんだわ」
「いえ、魔女だなんて言い出して、びっくりしたでしょう?」
 あれ、なんであたし謝ってるんだろう? あたし確かお隣さんにパパをたぶらかすなって文句言いに来たんじゃ……調子狂うなぁ、もう。パパのせいだ。
「お父さん、魔法使いになりたいんですってね」
「あの、無視してください。ってゆうか、忘れてください。ご迷惑かけてすみませんでした。私が責任持って連れて帰りますので」
「気にしないで、本当のことだから」
「いいえ、本当に……本当?」
「お父さんの言ってることは本当よ。私、魔女なの」
 えーっと、つまり、そういうこと? この人もパパと同じ? つまりキテるのね……神様、どうして私のまわりには普通の人間がいないんですか? 試練ですか? あなたの息子さんと違って私は人類を救おうなんて崇高な志ないです。小市民です。お願いです、平穏と平凡をください。
「馬鹿にしないでください」
「エナちゃん?」
「そんな子ども騙し、パパならともかくあたしはひっかかりませんよ」
 お隣さんが文字通り魔女に見えてくる。もちろん、魔性の女って意味だけど。
 大人の女はやっぱり信用できない。ママだって、本当は自分が浮気してたくせに、全部パパのせいにして出ていった。お金持ちの旦那さんに乗り換えて、今頃きっと幸せなんだろう。今でも毎月あたしの養育費とかいって相場から考えれば多すぎるお金を振り込んでくるのが、後ろめたい気持ちの証拠だ。
「エナちゃん、待って」
 待つもんか。あたしはソファの下に置いてあったランドセルを引っつかみ、居間のドアを力任せに……開かないんですけど!
「待って、お願い」
「何したんですか?」
「ごめんなさい、話をきいてほしくて」
 にらみつけるあたしの視線を受けて、魔女は小さく指を鳴らした。途端に、さっきまでびくともしなかったドアが手もふれてないのに自動的に開く。
 ……どんなトリックがあるんだろう?
「お父さんは信じてくれたんだけどな」
 困ったような笑顔。どうしてパパと同じような顔するの? それじゃまるで私がわがままで困らせたみたいじゃない。
「……ほうきで、空を飛ぶんですか?」
 おかしいよね、変な大人に子どもがあわせてあげるなんてさ。
「空が飛べたら信じます」
 パパもそれで信じたんだから。
「わかったわ」
 お隣さんの笑顔が変わる。心から嬉しそうな顔。魔女の笑顔だなんて思えない。
「まだ明るいから目立っちゃうかもしれないけど……じゃ、晩御飯のあとにしましょう」
「晩御飯?」
「一緒に食べましょう。お父さんもちょうど戻ったみたいよ」
 なんか、向こうのペースに乗せられた気がするわ。
 お隣さんの言葉通り、特大のクッキージャーを抱えたパパが玄関から飛び込んでくるのが目にはいった。
 いいわ、困った大人たちにつきあってあげる。


「いやぁ、おいしかったです」
 晩御飯のメニューはハンバーグ。父子家庭の娘、すなわち小学生にして家事のエキスパートたるあたしから見ても、かなりイイ線いってる料理だったと認めざるをえない。
 パパに至ってはテンションあがりっぱなし。あたしだって、三人で囲む食卓はまるで家族みたいで……悪い気はしなかったよ。
「さあ、それじゃそろそろはじめましょうか?」
 お隣さんに続いて、ベランダにでるあたしたち。パパが見たベランダだ。ちゃんとほうきも立てかけられている。
「昼間は目立っちゃうからね、飛ぶのは夜って決めてるの」
 ほうきを手に取り、おもむろに柵を乗り越えるお隣さん。
「あれ、歌わないんですか?」
 目をきらきらさせながらその様子を見ていたパパが言う。
「あれは、趣味です」
 恥ずかしいのか、ちょっと頬を赤らめてお隣さん。
「あれが呪文かと思ってました。呪文なしかぁ、すごいな、エナ!」
 パパはお隣さんが飛べると信じて疑ってない。あたしはそんなに気楽じゃないわ。勢いで飛べたら信じるなんて言ったけど、どう考えても飛べるわけがない。二階のベランダから落ちたら冗談じゃすまない。
「あの、本気ですか?」
 やめた方がいいよ、やっぱり。
 しかしお隣さんは余裕の笑みだ。
「もちろん。いつもやってることよ」
「いい! 夜の空中散歩! ロマンチックだな、エナ!」
 パパは黙っててほしい。
「ええ、気持ちいいですよ。そうだ、エナちゃんも一緒に飛びましょう!」
 は?
「良かったな、エナ。パパ羨ましいよ」
「ちょ、待って!」
 あたしの悲痛な訴えは二人の夢見る大人の前には無力だった。
 お隣さんに手をとられ、パパに軽々と抱えられて柵を越えさせられる。気づいた時にはお隣さんの腰に手をまわし、あたしはほうきにまたがっていた。
「行きます!」
「え、やだっ」
 お隣さんがベランダを蹴る。
 もう駄目だ、無理! あたしはぎゅっと目をつぶった。
「エナ、すごいぞ!」
 子どもみたいな歓声をあげるパパ。平和すぎるその声に、あたしはおそるおそる目を開けた。
「うそ……」
 目を開けると同時に、緊張もとけたのだろう。全身の感覚がいっせいに目を覚ました。顔に体に吹きつける風。おそるおそる見下ろすと、二階のベランダにいるはずのパパが、ずいぶん小さくなって手を振っている。
 飛んでる! あたし飛んでる!
「これで信じてくれる?」
 嘘じゃなかったんだ、お隣さんは魔女だったんだ。
「あ、はい」
「怖くない?」
「大丈夫です」
 高所恐怖症じゃなくて本当によかった。
「じゃ、もうちょっとつきあってね」
 お隣さんの背中にしがみつき、あたしは夜空を飛んでいく。パパの姿ももう見えなくなった。
「どうして、こんなことできるんですか?」
「魔女だから。エナちゃんだってできるようになるかもよ」
「魔女って、なれるもんなんですか?」
「あら、お父さんはなるつもりよ」
 お隣さんが魔女だっていうのはわかる。でも、それはやっぱり特別なんだと思う。パパみたいな人には無理だと思う。
「魔法は特別なことじゃないの。お父さんは素質あると思うな」
「パパが?」
「魔法を信じてくれるし、エナちゃんのことすごく大事にしてるからね」
 パパが親馬鹿なのはよくわかるけど、それと魔法使いの素質とがどう関係するんだろう。
「信じる気持ちが魔法を作り、誰かを想う気持ちが魔法を強くするの」
「お伽話みたいですね」
「かもね。エナちゃんは信じる?」
 そんなお伽話、あたしは信じられない。だからあたしはきっと魔女にはなれないだろう。
 でも、パパなら確かにぴったりだ。
「あたしは……パパを応援することにします」
「エナちゃんは強いね」
「あたしがしっかりしなきゃ駄目なんです。パパ、いい人すぎて頭悪いから」
 この状況って、相手の顔見ないで話せるからいいな。
「ほんっと馬鹿なんです。魔法使いになればママが戻ってくるって信じてる。そんなことありえないのに。ママ、もう再婚してるんですよ」
 今のあたし、ちょっとおかしい。こんな愚痴、誰にもこぼしたことないのに。
「お父さんは、お母さんを愛してるのね」
「おかしいですよね。ママはパパとあたしを捨てて違う人のところに行っちゃったのに。パパだって、ママがいなくなってからは平気で女の人にくっついてっちゃうくせに。何で今さら……ママなんかいなくたって、あたしはパパがいれば十分なのに」
「エナちゃん?」
 うまくしゃべれない。なんで泣くんだ、あたし。
 お隣さんは優しい。その後も、何も言わずに空を飛び続けてくれた。
「そろそろ、戻ろっか。お父さん心配しちゃうからね」
 ああ、あたしの涙が乾くまで、待っててくれたんだね。そういう気の使い方もパパそっくり。お伽話の魔法使いって性格悪い人ばっかりだけど、本物の魔法使いはみんな優しいのかもしれない。
 ねぇ、お隣さん。お隣さんの魔法はどこからやってきたの?
 胸に湧き上がってきた自然な問いかけを、あたしは口にはださなかった。今はまだ、お隣さんの優しさに甘えていたかったから。
「おかえり」
 あたしが戻ってくるなり抱きしめてくれるパパ。
「ただいま、パパ」
「な、お隣さんはすごいだろう? すぐにパパも立派な魔法使いになるからな。魔法使いになったら」
「ママを連れ戻すんでしょ」
「……エナはママに戻ってきてほしくないのか?」
驚いた。上機嫌のパパが私の様子に気づくなんて。珍しいことが起きたから、あたしも珍しく本音を伝えることにしよう。
 あたしは黙ってうなずいた。
「そっか。じゃ、ママに戻ってくれるようお願いするのはナシにしよう!」
 即答だった。
「えっ、だ、だってパパ、ママのこと好きなんじゃ」
 この反応は予想外だ。あたしらしくもなく動揺してしまう。
「もちろんママのことは好きだよ。でもパパはエナのことがもっともっと好きだからね。エナの幸せがパパの幸せに決まってるじゃないか」
 黙って成り行きを見ているお隣さんが微笑んでいる。もう、パパったらなにこっ恥ずかしいこと言ってるのよ。
「だからエナがママに帰ってきてほしくないなら今の話はナシだ」
 パパったら、なんて親馬鹿なんだろう。
「ありがとう、パパ」
 あたしから抱きしめるなんて、思えば久しぶり。パパの体は意外と大きくて、あたしは守られてるみたいで安心した。変なの、パパを守るのはあたしの方だったはずなのにね。
「パパは、エナだけの魔法使いになるよ」
 うん、大好きだよパパ。きっとすごい魔法使いになってね。


 こうして、あたしのパパは魔法使いになった。厳密にはまだ魔法使いの弟子なんだけどね。パパの師匠でもあるお隣さんとの交流が増えて、河原家はずいぶん賑やかになったと思う。これはいいことだ。ただ、パパが覚えたての魔法を家中で実験するもんだから、うちの中は悪意のない罠だらけ。危なっかしくてかなわない。
 それでも、パパが大好きだから許しちゃうんだけどね。


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
こちらのメールフォームから、作品の批評も募集しております。

●感想
mayaさんの意見
 こんにちは、mayaと申します。
 ギンギツネさんの『お父さんは魔法使い』を拝読いたしました。
 まずは高得点入り、おめでとうございます。
 ただ、後述しますが、ギンギツネさんがもし本作を厭世的な作品として捉えていないのなら、
 わたしにはテーマを描き込む筆力がやや足りなかったのではないかと思える点がありました。
(ごめんなさい、ギンギツネさん)

・長所
 とてもシンプルな物語ですね。
 エピソードの取捨選択がしっかりできているように思え、意識されているにしろ、そうでないにしろ、ギンギツネさんがプロット段階でのスリム化をして、読者にストレスを与えないようにしている姿勢を感じます。
 ただし、後述しますように、視覚効果がやや弱いためか、起承転結における転の部分に説得力を持たせられなかったように思いました。
 今後は、プロット段階での、エピソードの特性とテーマへの肉薄を意識され、しっかりシュミレーションなされば最良の物語ができるように思われます。

・短所
 小学生の女の子を主人公にするのは、とても難しいですよね。
 高校生や成人とは違って、子供は基本的に世界観が狭いものです。価値観やアイデンティティも確立しているとは言い難い。そして、何より、この作品はそんな未成熟なはずの子供にとっては、とても厳しく、とても厭世的な物語になっています(この論点は※で記してあります。お気になるようでしたら、先にお読みください)。
 以下は、個別の論点です。

(小説作法)
「あたしはついに睡眠を諦めた」「私とそっくりな二重の瞳」
→「あたし」と「私」。一人称表記のぶれでしょうか。感情の高まりを演出しようとして人称を変えるのだとしても、せいぜい会話文内に留めた方がいいのでは。

(本当にダメパパは生活力なのか)
「社会的人間的に問題がありすぎる」
「生活力はないし、デリカシーはないし、常識もない」
「父子家庭も三年目になる」
 など、ダメパパぶりがエナちゃんによって露呈していきます。しかし、その割には、どこか現実感がない。
 その理由は、背景が捨象されているからでしょう。家の様子が視覚効果として表されていないため、どこか抽象的で観念的に感じられます。
 ダメ人間で生活力のなさを露呈するなら、いくつも言葉を重ねるより、家の清貧さを写した方がずっと説得力があります。

(本当にエナは小学六年生なのか)
「ニート親父」「上司の奥さんとの不倫の噂が原因で会社を辞めさせられて」
「浮気相手は全然別の人で、ずるい奥さんはその人を守るためにパパの名前をだした」
「ごくごくありふれた建売の一戸建て」
 すげえ、小学生だな……(笑)。
「ニート」という言葉は小学生にも浸透しているのか、辞職の理由もしっかりと抑えているのか、建売の一戸建てがありふれていることを知っているのかなど、小学六年生のエナちゃんの情報収集力には頭が下がります。
 わたしもこんな名探偵コナンのような子供がほしい。
 ……いえいえ、いりません(汗)。というか、ちょっと書き込みすぎたかもしれませんね。こんな小学生、黒づくめの人たちに薬でも飲まされて小さくならなきゃ存在しないような気がしないでもありません(笑)。

(お隣さんはキキとウルスラさん)
「ごめんなさい、話をきいてほしくて」
 というのなら、その場ですぐに魔法を使えばよかったのでは。
『魔女の宅急便』のキキのように空しか飛べないわけでなく、しっかり扉を閉めていますし……。ちなみに、このお隣さんは絵描きのウルスラさんとキキを混ぜたのでしょうか。
 ついつい、邪推してしまうキャラ造詣ですが、絵描きであることが伏線として継続していません(あるいは、本作は長編の序盤なのでしょうか)。

(拒絶されるテーマ、夢を語れない子供たち)※
「信じる気持ちが魔法を作り、誰かを想う気持ちが魔法を強くするの」
 これが本作のテーマでしょう。
 しかし、この言葉をお父さんだけが受け入れ、エナは拒んでしまいます。
「あたしは……パパを応援することにします」
 信じる気持ちを拒んだエナ。パパを思う気持ちの強さを表明するものの、それだけでは生活できないことを良く知っているのでしょう。だからこそ、エナちゃんは「あたしはパパがいれば十分なのに」と強がり、「うまくしゃべれない。なんで泣くんだ、あたし」と悲しみを吐露します。
 こういう解釈でよろしいのでしょうか、ギンギツネさん。
 だとしたら、この物語はあまりにもやるせなく、あまりにも子供たちの想いを突き放してしまった、厳しくてもの寂しい物語です。
 好みの問題ではありますが、わたしはギンギツネさんに子供たちの希望を描いてほしかったです。お父さんだけが魔法使いなんて社会は悲しすぎますよう(涙)。

・総評
 上記でも指摘しましたが、どういうわけか肝心なシーンで背景が捨象されている印象を強く受けます。生活力のない家庭や、魔法で空を飛ぶシーンも上から見下ろす夜の街の風景をもっと描き込んでもよかったのでは。
 また、ギンギツネさんが本作のテーマを上記のように捉えていらっしゃらないのでしたら、改稿されるべきです。とてもよくできた物語だけに、読み方ひとつで、あまりにも切ない悲劇の作品として解釈することもできます。
 いずれにしても、とてもよくまとまっている作品であることは、確か。
 もし、テーマがぶれてしまったのだとしたら、改稿され、ブラッシュアップした本作を早く読ませていただきたいものです。それでは、お待ちしていますね!


あやめさんの意見
 内容ですが、個人的にはさっぱり楽しめませんでした。
 mayaさんもご指摘されてますが、リアリティが欠片もありません。状況描写も非常に少なく、ストーリーを理解させるための展開しか用意されていません。今時小説で魔女が出てくるなんていうのは珍しくもなんともないですし、ただ「パパ」が魔法に憧れて「私」が空を飛んだ、だけでは何も面白くありません。大変失礼ですが、殿堂入りを疑ってしまいました。

 語り手の「私」からは少しも小学生らしさが伝わってきません。同時に父親のほうも、本当に一度は社会に出て、結婚したほどの男なのか、と疑いたくなるほどです。
 考えてみてください。父子家庭で父親がダメニートなんですよ? ハローワークに行くなんて言っておいてお隣さんにお邪魔しているような人です。こんな父親を持って、しかも娘は小学生。いくらなんでもしっかりし過ぎているような気がします。
 父親も本当に娘が可愛いなら、魔法がどうとかよりももっと他にすることがあるだろうと思います。社会的には娘を養う立場です。こんなんで生活していけるのでしょうか。母親が送る養育費だけで全てをまかなえるとも思えませんし。
 印象を言うと「パパ」が主人公の弟で、「私」は高校生ぐらいに見えました。

 それから描写の綴り方なのですが、いくら一人称とはいえ、ちょっと作者様の筆が走りすぎているような気がしました。「私」の独白を書きたいように書いただけで、細部は色々と端折られている。作者様、落ち着いてください、とそんな感じです。
 ライトノベルですから軽い雰囲気はいいのですが、後半で感動を誘うならそこに至るまでの基盤固めが必要になります。どうも前半で描写されている家庭環境についての現実味がなかったので、「私」が泣いている意味がわかりませんでした。

 拙い一意見ですが、ギンギツネさんはもう少しプロットを丁寧に作りこまれるといいと思います。細部が気になりだすと物語りにのめり込めなくなってしまうので残念でした。
 お互いがんばりましょう。


榊 悠さんの意見
 こんにちは、始めまして。榊 悠といいます。
 興味を持ったので読ませて頂きました。

 読んでいて児童文学を思わせました。
 とても読みやすく、理解しやすい文章だったのですが応募して大賞になるかと聞かれると否としか答えられません。
 目立った短所を一つ。
 ○主人公がしっかりしすぎている
 これが高校生だとか中学生とかならば、まだ理解できるのですが。
 主人公・父がダメダメだという時点で彼女は確かにしっかりしなくてはならないでしょう。
 けれど小学生であそこまで完璧にできるものですか?
 多分、母に教えられる暇もなく、捨てられたのだと思います。ならば、誰が家事を教えたのでしょう? 父はダメダメらしいので、家事は出来なさそうです。
(勝手な想像かもしれませんが)
 小学生なのでまだ完璧には出来ないと思います。そして、ダメダメ父による影響なのか主人公はそこらの中学生よりもしっかりしています。
 「お父さんがやればいいじゃん!」などとは言いません。自分でしっかりとこなします。
 ・・・けれどそれがありえるでしょうか? 学校では母親のいる家庭ばかり。どこかでコンプレックスとして抱えていてもおかしくはないはず。思わず「さっさと仕事探せ!」と言ってしまったほうがリアリティがあるような気がします。

 というのが正直な感想です。
 主人公をもう少し膨らませてみてください。もっと面白くなると思います。
 自分勝手な意見、すみませんでした。


野沢はるみさんの意見
 はじめまして。「お父さんは魔法使い」を読ませて頂きました。
 長めだったので敬遠していたのですが、読み始めたら引き込まれるように最後まで行きました。
 テンポがとても良く、主人公のエナにも好感が持てました。
 小学六年生とのことですが、まったく違和感なかったです。
 思えば、私自身もエナと同じ境遇でした。やはり「自分がしっかりしなきゃ」と、どこかで片意地張って生きてた様な気がします。

 母親に対しての感情ですが、思春期真っ盛りですから敵意を抱いていてもおかしくないと私は思っています。現に私がそうだったのですけど(苦笑)
 念のため、今は仲直りしてます。母は再婚してますが、交流はあります。
 なんだか、生々しくなってしまって申し訳ありません。

 単なる感想しか書けず、お役に立てずにごめんなさい。

 こんなにも良い作品を読めて、とても幸せです。自分も頑張らなきゃ! という気持ちにもさせていただき、二度うれしかったです。
 今後も頑張ってください。


さらださんの意見
 初めまして、さらだと申します。読ませていただきました。

 文句なしに面白かったです。随所に笑いどころが散りばめられていて、なおかつテンポも良くすらすらと読み終えることができました。地の文章の軽快さとキャラの立て方は見習いたいと思います。
 大人びすぎているという意見もありますが、個人的にはいいと思います。これくらいの小学生なら、むしろラノベでは妥当な範囲だと思いますし(笑)。この一歩手前くらいまでマセてる子なら見たこともあります。
  基本的にファンタジー路線なので無粋な突っ込みはやめておきますが、個人的には周囲の描写がもう少し欲しかったところ。特に「空を飛んだとき」の描写は物 語において大きな意味をもつので、もう少しじっくり書いても良かったかと思います。ふと現実に戻るような風の感触だとか、高いところでは気温も湿度も風景 も生き物も、心の動きでさえ違います。
 経済面に関しては母親からの仕送り(しかもそれなりの高額)があるようですが、上記の描写も含めて「生活感」をさらっと2,3文で挟んでも良いのではないかと。それを通して性格を示すことだってできます。
 まあ、イケメン(死語?)パパなら、ヒモにできる女性の一人や二人いないのでしょうか。世の中にはダメ男が好きな人もいます。……エナの周りにどんどんマトモでない人が増えていってしまう(笑)。

 魔法の本質(物語における意味合い)は、短編の中で示すのは難しいでしょうから、短編連作という形でも良いので長編にしてみては如何でしょうか。他の方が仰っているように、もっと落差をつけた起承転結も構成できるでしょう。
 久し振りに良い原石を見たので書きすぎてしまいました(苦笑)。
 気負わずに楽しんで頑張ってください。では。


火眼黒駿猊さんの意見
 初めまして。読ませて頂きましたので、いくつか感想を。
 読んでみて、地の文のエナの一人称が、とても読みやすかったと思います。しかも、ただの一人称ではなく、エナの性格や心情がよく伝わる一人称である事が素晴らしかったです。
  また、エナの頭の良さを窺わせる表現が、突っ込みの切れの良さだけでなく、随所にあり、特に、『あなたの息子さんと違って私は人類を救おうなんて崇高な志 ないです』の一文が、ちょっと知的なギャグとして個人的には大ヒットでした。また、『お隣さんの魔法はどこからやってきたの?』というエナの想いは、ただ の知的好奇心以上のものが込められてるように思い、感慨深かったです。
 話の内容としては、感想で他の方が書いてあるように、矛盾点や、気になる 点がいくつかありますが、その様なものは些細な事と思えるほのぼの感がこの話の最大の魅力であると思います。そもそも、魔女と魔法という時点で非現実的な のですから、この物語に細かいあら探しは無粋だと思いました。
 ただ、お隣さんの描写が少ない事が少し残念でした。魔女というイメージが先行して、頭の中でどうもイメージが湧きにくかったです。一体何歳くらないなんでしょう?
 総じて、登場人物が皆生き生きとしており、情景描写も上手く、過不足なくすっきりとまとまっています。非常に良質なお話でした。以下には、個人的にこうしてみてはどうだろうと思った事を書いてみたので、お気に障らないようでしたら参考にしてみて下さい。

1.タイトルの最後に「?」を付けてみると、どこかお父さんのとぼけた感じや、まだ弟子である事を暗示出来ていいかなと思いました。

2.ママとの別れが不倫による離婚というのは生々しいので、病気で長期の入院をしていて、お父さんはその病気を治すために、魔法を習おうとする……という展開の方がほのぼの感が増すかなと思いました。

3. エナは普段からママに戻ってきて欲しいとは思っているが、それを口に出せないでいる。しかしお父さんはその事に気付いていて、ママに戻ってきてもらうため に、魔法を習おうとする。最後に、エナが隠してきた想いにお父さんが気付いていた事がエナに伝わり……、という展開もありかなと思いました。


一言コメント
 ・すごい魔法は出てないけど、おもしろい。そして哀しい。オススメ。
 ・とても面白かったです
 ・とっっってもいい話でした!! 心に深く染み渡りましたよ……
 ・キャラクター達の元気の良さ、独特さが素敵でした。
 ・とっても自然に話が流れて、しかも心温まりました。素敵な話をありがとう。
 ・優しい気持ちになれた。
 ・お父さんがナイスなキャラ。面白くて暖かくて少し切ない。
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