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聖夜の贈り物

 愛しい、ゆい。
 俺の天使、俺の姫。
 君の笑顔は俺に力を与えてくれる。
 君の寝顔は俺に安らぎをもたらしてくれる。
 君の悲しげな顔は、俺の胸を苦しいほどに締めつける。
 君の不幸は俺は負う。
 君を守る、どんなことがあっても。それが俺の使命、俺の生きる意義。
 この聖なる夜に、俺は改めて誓う。何度でも誓う。君をこの世の誰よりも幸せにすると。
 そして、その誓いを果たしていることこそが、俺の誇り。
 
 ゆいは、とても穏やかに眠っている。
 愛くるしい瞳を、今はその奥に隠している目蓋。細くしなやかな黒髪。触れるとしっとりとなめらかな、あたたかい頬。楽しい夢を見ているのだろうか。桜の花びらのように淡く柔らかな唇は、微笑みを象っている。
 ゆいの胸が、安らかな寝息に合わせて、ゆっくりと上下している。
 ああ、愛しい生命が、今、確かにここにある。

 ゆい、5歳。
 俺の大切な宝。俺の、たったひとりの、愛娘。
 ゆい、君は今、何の夢を見ているのだろうか。
 君は将来、何になるのだろう。
 君はどんな大人になるのだろう。
 君はどんな恋をするのだろう。 
 君は一体、どんな男と結婚するのだろうか……。

 ……うう、いかん。何だか目頭が熱くなってきやがった。
 感傷に浸るよりも、俺のすべきことを果たさなければ……。



 10日前の12月14日。
「パパー、サンタさんしってる?」
 夕方の食事の後の団欒時に、娘のゆいが、ぴとっと寄り添ってきた。
 そのままだらっと、しな垂れるように俺にもたれ掛かってくる。
「サンタさんって、プレゼントくれるんだって。ゆいのところにも来てくれるかな」
 来た……とうとうこの日が来たか。ゆいが、初めてサンタに興味を抱いた。
「うんうん。ゆいはいい子だから、絶対来てくれるさ。サンタに欲しいものを頼んでやろうか?」
「ほんと? パパ、サンタさんしってるの? ゆいね、ミカちゃん人形ほしい」
 その瞳はまっすぐ俺を見上げ、きらきらと輝いている。
「よおし、わかった。パパに任せておけ! サンタさんに頼んでやるからな」
 ゆいの体をぐい、と引き寄せて膝の上に乗せると、きゃあ、と歓声をあげた。
 俺は、サンタになる決意をした。
 ゆいのために……。



 その翌日の12月15日。
 仕事に身が入らなかった。早く終われ早く終われ早く終われ、と念じつつ時計を何度も見たりしているうちに、終業時刻となった。
 ゆいが欲しいと言っていた着せ替え人形を購入するため、仕事帰りに玩具店へ。
 様々な髪型、いろいろな服装。こんなにバリエーションがあるとは思っていなかった。迂闊だった。どんなタイプが欲しいのか、ちゃんと聞いておけば良かった。
 箱買い、いや、いっそ棚買いしてしまおうか。
 3時間くらい右往左往し、悩んだ挙句、人形とピンクのお姫様ドレスのセットをチョイスした。これが一番、ゆいに似合う。ゆいに似ているからだ。いや、ゆいはもっともっと可愛いけど!
「プレゼント用にラッピングしますか?」
「もちろん頼む! いや、ぜひお願いします!」
 ぐっ、と親指を立てると、店員はふふ、と押し殺したような笑い方をした。
 もうプレゼントしたい! 今すぐ!
 逸る気持ちを何とか押さえつつ、車のトランクに購入したプレゼントをしまう。
 自分がガキのとき、クリスマス前、いくら家中を探してもプレゼントがみつからなかったはずだ。これ以上、手軽で安心な場所はない。
 ゆいの幸せそうな顔を思い浮かべれば、空腹も、夜の凍えそうな寒さも、立ち通しだった足の疲れも、なんともなかった。



 そして、いよいよ今夜は24日。
 聖夜は、愛すべき者を持つ者たちに、奇跡を起こす力を分け与える。そして「真心を贈れ、幸を与えよ」と囁く。
 俺の胸は、今、使命感で沸々とたぎっている。
 俺の贈り物が、ゆいに夢と幸福を与える。
 サンタはいる。
 守るべき者を持つ者たちの心の中に、確かに宿る感情。
 それは、愛情。与える精神。
 俺の中にも、その精神は宿っている。

 ゆいはよく眠っている。起こしてしまわないように、息を詰める。足音を殺す。緊張しすぎて、どくどくと脈打つ指先で、ゆいの頬に触れる。
 メリー・クリスマス。ゆい……。
 俺は、プレゼントの着せ替え人形を、ゆいのベッドに吊るされた巨大靴下の中に、そっと入れた。



 夜が明けた。
 25日の朝。
 興奮して眠れなかった。何しろ俺は初めてサンタになったのだ。
「パパー!」
 娘の寝室から、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。俺は読んでいた新聞をバサっと放り投げ、すぐさま駆けつける。
「サンタさんきたー!」
 ゆいは、目をキラキラと輝かせながら、プレゼント用の靴下の中をのぞき込んでいる。
「はいってるよ! あけていい? あけていい?」
と聞いてくる。
 君の驚く顔が見たい。
 君の喜ぶ顔が見たい。
 さあ、見せておくれ、君のまばゆい笑顔を!
 すべて首尾よくいった。俺は使命を全うした……。

 ……はずだった。

「これ、違うよー!」
 ゆいの言葉に、俺の心臓が飛び跳ねた。
 慌てて、ゆいが持っている着せ替え人形の箱を確認する。

『ジェミー』

「ゆいがほしいのはミカちゃんだよう。パパ、なんでジェミーなの……?」
 ゆいは明らかに落胆していた。ゆいに問い掛けられて、俺はなんと答えればよいのかわからず、目の前が真っ暗になった。
 な、なんてこった……!
 俺は、ゆいに似合いのかわいい髪型や服を探すのに熱中するあまり、ミカちゃん人形ではなく、間違ってジェミー人形を買ってきてしまったのだ!
 まったく、なんてこった! なんで確認しなかったんだ! ちくしょう、浮かれすぎた! あのとき棚買いしとけよ俺!
「えー……、なんで……。 ゆい、パパにちゃんとお願いしたのに」
 重ねて、ゆいが俺に尋ねた。しかし俺の唇は微かに震えるばかりで、うまく言葉を紡げない。なんと説明したらいいのだ? なんと言い訳すればいいのだ!
 欲しかった人形とは違う人形をプレゼントされてしまい、よほどショックだったのだろう。ゆいは、激しく泣き出してしまった。
 なんてこった、なんてこった……。
 子どもの夢を打ち砕いてしまった! よりによって、最愛のゆいの、純真な心を傷つけてしまった! ゆいにとって初めてのサンタイベントを、こんな形で台無しにしてしまうとは……!
「ゆ、ゆい……」
 わんわんと泣き喚くゆいを抱きしめようとしたが、ゆいにとって、何の慰めにもならない。こんなに傷つけてしまったのは、俺自身の失敗のせいだ。ゆいに触れられず、俺の指は戸惑い、躊躇い、空をさまよった……。

「どうしたの、ゆいちゃん?」
 朝の食事の支度をしていた妻が、打ちひしがれている俺を押しのけて、ゆいの隣に座った。
「ゆいちゃん、靴下の奥に、まだ何か入ってるわよ?」
「ほんと?」
 妻の声に、ゆいは、しゃくりあげながらも、泣き止んだ。半信半疑で靴下に手を入れ、奥をまさぐる。すると、もうひとつの包みが出てきた。俺には、その包みに心当たりがなかった。
「え、何で、お前……?」
 と俺は妻に尋問しかけたが、目配せされたので、押し黙った。
「パパー、ママー! もうひとつプレゼントがあったよ! ミカちゃんだよ! ミカちゃんだよ!」
 ゆいは、とびきりの笑顔を俺たちに向けた。
「良かったね! ほんとに良かったね、ゆいちゃん。サンタさん、きっとミカちゃんひとりじゃさびしいと思って、お友達も一緒にプレゼントしてくれたんだね!」
 そう言いながら、妻は、ただ呆然とする俺に向かってウインクした。
「うん! ジェミーは、ミカちゃんのおともだちにする!」
「サンタさんにお礼言おうね。もちろん、サンタにお願いしてくれた、パパにも!」
「うん! サンタさんありがとう! パパ、ありがとう! 大好き!」
 涙のあとの、ゆいの笑顔は輝かしかった。嵐の後の空が澄み切って美しいように。

 おお……。
 妻よ、我が最良の伴侶よ! よくぞ、ゆいの夢を守ってくれた! これは、俺へのプレゼントと言ってもいい!
 ……俺へのプレゼント?
 俺は、ハッとして妻の顔を覗き込んだ。
「す、すまん。忘れていたわけじゃないんだが、いいプレゼントが思いつかなかった。少し遅いが……お前へのプレゼントは、何がいい?」
 2体の人形に夢中になっているゆいに気づかれないように、妻に囁いた。
「もう頂いたからいいのよ」
 妻は両手で俺の手を握ると、エプロンに触れさせた。
「ゆいちゃんの弟か妹が、ここにいるの」
 焼きたてのパンとバターと蜂蜜の香りを、ふんわりと漂わせている俺のサンタは、にっこりと微笑んだ。


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●感想
九月さんの意見
 初めまして、九月と申すものです。
 読ませていただきましたので、感想を。
 愛娘をただ溺愛する親バカな父親が、後半、自分の失態に慌て ふためく様子が笑えました。
 読み手としては笑えるけど、「笑えない状況」。
 そこに登場する奥さんのフォローと最後の台詞が場をしっかりと締めていると思います。
 ピンチは最大のチャンスだった、といったところでしょうか。
 ちょこちょこ動く「ゆい」ちゃんも愛らしくて良いです。
 ただ、このテの話に「甘さ」を出すのは難しかったかなと思います。
 あと、本当にどうでもいいことなんですが、
 溺愛する愛娘のクリスマスプレゼントを買いに行くのが22日では遅すぎます。
 せめて一週間は余裕があった方が良いかと(玩具店でバイトしたことがあるもので……)。
 それでは。


ヤオヨロズさんの意見
 親バカ炸裂で面白いですね。
 これも父親が本気だから、面白いのでしょう。


稀水さんの意見
 父親のでれでれしている顔が思い浮かぶようです。
 プレゼントをもらう娘より舞い上がっているのが微笑ましいかぎり。
 希望通りのプレゼントを買い損ねてパパピ〜ンチ、
 という場面を作って話を盛り上げる工夫も効果的だったのではないでしょうか。

 ほのぼのとした家族愛の甘さがありました。
 パパの舞い上がりぶりがかわいらしかった(笑)


ミスタ〜forestさんの意見
 興味が湧いて読んでみたのですが……父親の話とは珍しいですね。新しい流行の予感がします。
 全体的にテンションの高い親バカさんが、一気に読ませてくれますね。
 奥さんと合わせて、丁度良いバランスの夫婦と言ったところでしょうか。
 この日に限らず苦労していそうな奥さんの姿が目に浮かびます。
 無邪気なゆいちゃんも可愛らしいですね。
 ……寧ろ、十年後の反抗期な話を読みたくなった私は、腹黒なのでしょうか(笑)


M&nさんの意見
 基本的な構成話法がしっかりと出来ている作品です。
 観客を意識したつくりになっており、読む側もすんなりお話に入っていけます。

 更なる高みを目指すならば、あとは普段からの問題意識でしょうかね。
 今回は割と分かりやすいテーマとそれに伴う家族関係でしたが、
 短編長編を問わず深みを出すにはやはり簡単に割り切れない問題――
 一見自明となっているような問題が必要になってきますから。


雨杜 潤さんの意見
 はじめまして。甘ーい感想デリバリ中です。
 甘いと言うか、暖かいです。でも、何故だか心の中が甘い感じが(笑)
 クリスマスで甘い=恋人・恋愛というイメージですが、敢えて親子で来る辺りw 素敵ですね^^
 最後の奥さんもナイスですし、ゆいちゃんも可愛かったです。
 欲を言えば、ゆいちゃんが如何に天使なのか父親視点で、
 素晴らしい妄想込みの描写をしてくだされば、もっと可愛さが伝わってきますのに(笑)
 がんばってください^^


杜の街さんの意見
 聖なる夜の甘い話と言えば、やはり恋人たちの愛について書かれる方が多い中、
 親子愛という、大変強力な絆に焦点を置いたのは見事でした。
 父親の意気込みや、動揺、安堵といった感情の揺れ動きが、読みやすい文章で伝わってきました。
 最後のオチについても、夫婦の暖かな絆が見え、心が温まりました。

 ただ、何か意見を言わなければいけないとすれば、地の文をもう少し増やし、
 描写をより丁寧に描くこと――でしょうか。
 あとは、これは私の勘違いな意見かもしれませんが、
 冒頭の部分で「ゆい」を見つめている父親の動作についてです。
 「この聖なる夜」なる描写がありますから、多分クリスマスにサンタクロースとなって、
 父親が愛娘のことを微笑ましく見つめているんだと思います。
 それゆえ、「俺のすべきこと」=サンタになりきりプレゼントを入れる、と私は取りましたが、
 如何せんいつの場面なのかわかりにくい気がします。
 物語中盤に冒頭の続き(?)がありますが、そこに繋げる為に、父親が靴下の方に歩いていくなど、
 サンタとしての行動を仄めかす部分があってもいいのではないでしょうか。
 これは、一個人の意見ですので、少しでも参考にしてもらえると幸いです。


一言コメント
 ・私は結婚してないですけど、こういうの読むと結婚したいなぁって思います。
 ・癒し系です。
 ・タイトルが有名なお話とかぶってますけど、これはこれで凄くよかったです。
 ・うん、想像外b
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