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関西の下の方で愛を叫ぶ

 よく言うやん、事実は小説より奇なりって。
 とは言っても現実は退屈やからさ、そんな驚く事なんか起これへんって今まで思っててん。彼女からその言葉を聞くまでは。
 
「うちな、あと一年の命やって」
 真っ白な砂浜と、オレンジ色の夕焼け。そんな場所で聞いたからかもしらんけど、なんかドラマの中のように思って、返事を出すのに時間がかかった。
「お、おい。せっかくの旅行中になに不吉な冗談言うてんねん」
 冗談とちゃう事は分かってた。友理は俺の前では嘘なんて付いた事無かったから。
「うちも冗談やったらいいなって思ったんやけど、なんか胃癌か肺癌かそんなんらしいんやわ。そんなん急に言われてもな」
 ケラケラと笑う友理。もしかしたら彼女も現実を受け入れられてへんかもしれん。そう思った時、彼女は今まで見た事のない泣きそうな顔をして言った。
「なあ直樹。もしそれがほんまやったとしたら、死ぬまでの間傍に居てくれる?」
 眼がうつろで、まるで赤ん坊がお母さんに甘えてるように訴える友理。
 ああこの子は、自分の最後の時間を過ごす相手に俺を選んでくれたんか。 三マタなんてしてた俺が恥ずかしい。友理がこんなにも俺の事を愛してくれていた事に、今まで気が付かなかったなんて。
「ああもちろんや、ずっと傍に居てたる」
「本当?うち、うれしいわ」
「友理!」
「直樹!」
 俺達は人目もはばからず、抱き合って泣いた。
 
 白浜の旅行から帰ると俺はすぐ他の女とは別れた。そして友理の事だけを考えて、彼女に尽くした。
 今まであんまりかまってあげられへんかったからか、俺がマメに逢いに行っただけで友理はすぐ泣いた。それがとてもいとおしかった。
 そして、奇跡が起こった。
「驚きました、病気がほとんど進行していません。このペースだと後二年は生きられるでしょう」
 その言葉を聴いた時俺は神様の存在を信じた。医者も愛の力にはどんな医学も敵わないと言って喜んでいた。
「後二年も生きられるなんて夢みたいやわ、これも直樹の愛のおかげや」
 しかし喜んでいた彼女から急に笑みが消えた。
「どうしてん、友理」
「あのな……あと二年生きられるって聞いて、またもう一個わがままな事考えてもたんや」
「なんや、いくらでも言えや。せっかくまだまだ生きられるんや、何でも望みかなえたるわ」
「うち、直樹と結婚したい」
 後で考えたら即答するべきやった。でも結婚しても友理はすぐ死んでしまう。そう考えた俺は一瞬固まってしまった。
「ごめんな変な事言うて、誰もこんなすぐ死んでしまうような女と結婚した無いわな。でも死ぬ前にウウェディングドレス着たいなって、ふとそう思ったんよ。ちっちゃい子みたいやな」
「いいで、結婚しよう」
 今度は友理が固まった。
「ええよ、無理せんで。うちは今のままでも十分幸せや」
「あほ、お前は自分の幸せだけを考えたらええねん。俺もお前を愛してる。結婚するんが当たり前や」
「直樹!」
「友理!」
 俺達は人目もはばからず抱き合って泣いた。

 誰が見ても幸せな結婚式やった。友理どころか俺まで泣いてしまった。
 男が泣くなんてみっともないと友人に冷やかされたけど、友理の事を思うと泣かずにはいられへんかった。もちろん俺の親にも友理の親にも彼女の病気の事は黙っていた。彼女に最高の思い出を、と新婚旅行は貯金を全部はたいて世界中まわった。
 結婚生活も、彼女に尽くした。彼女の体の事を考えて家事も全部俺がやったった。しかし順調にいってた結婚生活も、一つ間違いをおかしてしまった。
「子供出来たみたい……」
「えっ!」
 安全日にしかしてへんかったのに、子供が出来てしまった。
 友理も自分の病気の事を考えてか、喜んでいいのか複雑な表情をしている。
 あかん、ここで俺が弱気になってどうするんや! 一番不安なんは友理やないか。
「産もう! 俺と友理の子供やんか」
「でも、この子は……」
「後の事なんか考えるなっていつも言ってるやろ!」
「直樹!」
「友理!」 
 家の中なので別に人目を気にする事もなく、抱き合って泣いた。
 友理の体が心配やったけど、無事に男の子が産まれた。玉のような子とはよう言ったもんで、丸々とした子を抱きかかえながら俺はひっそりと話かけた。
「今のうちにかあちゃんにいっぱい甘えとけよ」
 そう言って自分が泣いてしまった。
 しかし神様はまだ俺達を見放してなかった。二度目の奇跡が起きたのだ。
「驚きました、病気がまたまたほとんど進行していません。このペースだと後三年は生きられるでしょう」
 これも旦那さんとお子さんのおかげです、まったく愛の力にはどんな医学も敵わないと医者も喜んでいた。
「よかった。うち、これで子供の記憶に残れるわ」
「よかったな、本当によかった」
 まさか二度奇跡が起きるなんて。俺は神様に感謝した。
 しかし喜んでいた彼女から急に笑みが消えた。
「うち、またわがままな事考えてしもた」
「だから言ってるやろ、わがままちゃうって。お前の喜ぶ事が俺の幸せや」
「ほんま? じゃあディズニーランドに連れてってや」
「なんやそんな事か、いくらでも連れてったるわ」
「直樹!」
「友理!」
 俺達はもう慣れてきたので周りを気にせず抱き合って泣いた。
 
 それからも幸せな生活は続いた。家事はもちろん俺が全部やって、彼女の願い通りディズニーランドに年八回行った。
 ディズニーランドで友理をひっぱってはしゃいでる子供を見ながら俺は
「今のうちにいっぱいかあちゃんと遊んどけよ」
 そうつぶやいて自分が泣いてしまった。
 





 
「あなた!あなた!」
 しわしわの暖かい手が俺の動かない手をしっかりと掴んでいた。
「そう泣くなや、しわしわの顔が余計ひどくなるぞ」
 そんな冗談の台詞が病室でむなしく響く。
 全く愛の力は偉大や。あれからも何十回と奇跡が起き、友理は60を過ぎてもまだ死なずにいる。そして俺の方が先にこの世を去る事になるなんて、皮肉なもんや。
「ごめんなさい、今まで家事も仕事も全部あなたに任せっぱなしで」
「いいって、いいって。お前はずっとあと少しで自分が死ぬって恐怖と戦ってたんや、俺の苦労くらい、屁ぇみたいなもんや」
 そう、その俺の愛情のおかげで友理はここまで生きれたんや。後悔する事なんて何もない。意味のある人生やった。
「あかん、目の前がぼうっとしてきたわ。俺もとうとうこれまでや」
「あなた!」
「最後に一つだけわがままを聞いてくれ、俺が死んだら骨を白浜の海に、お前と旅行で行ったあの綺麗な海に捨ててくれ」
「そんな事言わんといて!」
「先生、これからもコイツの事、よろしくお願いします……」


「ピッ、ピッ、ピッ、ピ――――」
「あなた! あなた!」
「奥さん、お気持ちは分かりますがもう……。」
「そう……ですか……」
「私もあなたの主治医として彼と長い付き合いがあったので、真に残念です。しかし父からあなたの担当を受け継いだ時驚きました、ずっとあなたが不治の病という演技をしてくれって。逆の嘘は今まで何度もついてきましたけど、そんな嘘は初めてです」
「だってそうでもしないとこの人は私と結婚してくれなかったんですもの、おかげで素晴らしい結婚生活をおくれました、感謝しています」
「いえいえ、あなたから安くはない額を頂いてるので気にする必要はありません。しかしよく考えると素晴らしいアイデアです。彼はあなたがもうすぐ死ぬという事で、あなたのために苦労する事をむしろ喜びのように考えていた、同情と愛情を無意識にすり替えていたのでしょう。彼の死に顔は、とても安らかです。そしてあなたもとても幸せだった、誰も傷付いていない。これは、本当に、素晴らしくいい話です」


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