![]() |
耳達者さん 著作 | トップへ戻る | |
|
![]() |
人々は立ち止まる余裕すらない朝の通勤ラッシュ。車の渋滞がピークに達している交差点の上にある歩道橋で、俺は硬直している。そりゃ好きで固まったんじゃない。でもこの状況なら、ほとんどの人が固まるんじゃないか。
歩道橋の向こう側の光景には、少女が一人。 容姿は少女の前に美をつけていいほどの整った目鼻立ち。しなやかで長いロングストレートの黒髪は腰元まで伸びていて、その綺麗な髪を掻きあげながら、俺の前で微笑んでいる。 ここまではいい。誰もが目を奪われる、美しい光景だと思う。俺が学校が遅刻しそうだからって歩道橋を使わなければよかったと後悔しているのは、服装とその存在位置にある。 最近は寒くなり、厚着をしている人がほとんどだ。それなのに少女は夏服のブラウスにチェックのスカートといった、夏の女子高生を形作っている。 そしてなにより、重力で触れ合うはずの足の裏と地面の間に空間が生じていた。 つまり、浮いている。 「あなた、私の姿見えてるんでしょ? ちょっと話聞いてくれない?」 自分が浮いているのを気にも留めずに、少女は気軽に話しかけてくる。 女の幽霊と話すのは初めてだし、逆ナンされるのも初めてだな。でも面倒な事はごめんだ。付いていったら、一緒に昇天しそうだし。 「ねえ、聞いてるのー? もしもーし」 俺の顔の前で、少女は手を何度も振ってくる。反応するな、反応したら終わりだ。 俺が反応を示さないのに腹が立ったのか、少女は大きく鼻を鳴らした。 「そう、無視を決め込む気なの。こうなったら」 少女は肩にぶら下げているポシェットから、メガホンらしき物を取り出した。そして口を小さい方の筒に当てると、 「こっち向けー! このつんぼー!」 と大声で叫んだ。 「うおあ!」 油断しきっていた俺は、耳をつんざくような轟音を、全音量鼓膜に通してしまった。変な声まで出してしまったじゃないか。 「なんだ、やっぱり見えてたんじゃないの」 少女は俺の仰天する様を見て、満足げな表情をしている。くそう、耳栓でもしておけばよかった。 ばれてしまったのならしょうがない。俺は嫌々を前面に押し出しながら答えた。 「俺になんか用か? 浮いている奴と話す時間は無いんだが」 「まあまあ、そんな硬い事言わないの。少しぐらい大丈夫よ」 なにが大丈夫なんだ。ちっとも分からん。 「まずは初対面同士の基本、自己紹介からね。私は西野二美(にしの つぐみ)って言うの。よろしくね」 二美と名乗った少女は、白い歯を唇から覗かせながら笑った。よっぽど歯に自信があるんだろう。 俺はその表情に不覚にも見惚れてしまった。いかんいかん、こんな浮いている奴に見惚れてどうする。浮いてるんだ、尻軽女に違いない。 「あのー、もしもしー?」 なんだよ、考え事してるのに。何か用か? 「私だけ自己紹介して、そっちは何もなしって酷いんじゃないの? 最低限のマナーがなってないのよ」 まあ、そうかもしれないな。一応名乗っておくか。 「……一ノ瀬魁(いちのせ かい)。よろしく」 「魁くんね。よろしくー」 自己紹介を終えると、少女は「さて」と言って、話を切り出した。 「いきなりなんだけど、私死んでるのよね。つまり幽霊って事。びっくりした?」 びっくりもしないし、驚きもしない。その格好や立ち位置で、幽霊以外に何があるんだ。 「でね、私今まで天国にいたのよ。でもこっちに戻ってきたの。何でかわかる?」 「わからない」 即答してやった。そもそも天国すらあるのか怪しいのに、そこから抜け出してきた理由なんて知るわけが無い。 「ちょっとぐらい考えなさいよ、張り合い無いのよ。まあいいわ、私が誰でも分かるように詳しく説明してあげる」 恩着せがましい物言いだな、どっちでもいいけどよ。 「で、理由って何だ?」 「天国がつまらなかったから。以上」 「それだけかよ!」 思わず大声を出してしまった。どこが詳しくだ、簡潔すぎるぞ。 俺の言葉に、少女は少し拗ねたのか、顔を横に向けた。 「悪かったわね、それだけで。でも、本当につまらないのよ。やる事ないし、一日中ダラダラしてるだけ。あんな所にいたら精神がおかしくなっちゃうのよ」 少女は空を見て文句を言っている。一日中ダラダラ? 俺にとっては天国だ。いや、だから天国なのか。面倒事もなさそうだし、最高じゃないか。 「じゃあ他の所に行って、面白いものでも見つけて来ればいいじゃないか。ちなみに俺はなにもネタは持っていないぞ。他を当たってくれ」 俺はそう言ってこの場を立ち去ろうとした。だが、 「待ちなさいこのうじ虫ー!」 少女は再びメガホンを口にあて、叫びだした。 「あお!」 俺は再び、自分でも気持ち悪いと判断できる声を出して耳を塞いだ。それはやめろ。本当に耳が使い物にならなくなる。 少女はメガホンから口を離すと、事も無げにこう言った。 「逃げようとしても無駄なのよ。もう私、魁くんにとり憑いてるのよ」 ――嘘だろ。とり憑かれるなんて、今の現代にあっていいのか? そもそもなんで俺はこの少女が見えてしまったんだろう。ほとんど見えた事なんてなかったのに。でも実際に浮いてるし、死んでるって言うし、なにより俺にとり憑いたって言うし。 なんだ? この面倒な展開は。 「私のお願いを聞いてくれるだけでいいの。ね? 一生のお願いなの」 少女は手を顔の前で合わせて、俺に拝み倒してくる。一生が終わっている奴のお願いを聞いても意味がない気がするが。 お願い、ね。どうでもいいけど、このままだったらそれこそ一生拝まれそうだしな。 「なんだよ、その一生のお願いって。魂頂戴とかだったら、即断るぞ」 俺の問いに、少女は勢いよく顔を上げた。そして喜びに満ちた声で、 「あのね、連れてってほしい場所があるの!」 と言い放った。 「なんだ、そんな事か。面白い所だろ? 遊園地か? ボーリング場か?」 俺は娯楽施設を列挙していく。しかし少女から出た言葉は、この世には絶対にありえないものだった。 「私を、地獄に連れてってほしいの!」 いつもの見慣れた通学路。学校に向って一直線に続く道を、俺は歩いている。毎朝毎朝目にするこの光景は、もう見飽きるほどだ。今日は唯一点、違っている所があるが。 この二美という少女が、俺にとり憑いたというのは本当らしい。俺の歩く速度に合わせるように後ろで浮遊している。走っても隠れようとしても、必ず俺の後ろに憑いているのだ。 このままだと学校に遅刻してしまうし、もう面倒臭くなったので、無視して後ろで浮かばせる事にした。 「ねえどうしたのー? いきなり無口になっちゃって。なにか喋ろうよー」 二美はどこから持ってきたのか、チョコクッキーを齧りながら、俺に会話の催促をしてくる。 のん気なもんだ。誰のためにこんなに無口になって考えてると思ってんだ。 「また無視する気ね。いい度胸じゃないの」 二美は肩に下げているポシェットに手を入れてまさぐる。 何かを取り出そうとしているが、何が出てくるのか大体想像はつく。俺の鼓膜を破壊しようとする、あの兵器だろ? 「わかったわかった。話してやるから、それをしまってくれ」 予想通りメガホンを手にしていた二美は、勢いよく吸い込んでいる息を止めた。 空気を吸っていたのかどうかは知らないが、危なかった事には変わりない。やはり耳栓は買っといた方がいいかもな。 「本当? じゃあ何の話をするの?」 二美は嬉しそうにメガホンをポシェットにしまうと、準備万端といった風に俺の隣に体を移した。 話ね、別にこれといって聞きたい事はないのだが。まあ、学校に着くまでの暇つぶしぐらいに思ったらいいか。 「そうだな、じゃあ二美はなんで歩道橋の所にいたんだ? 理由でもあるのか?」 「ああ、それは死んだ人がこっち来るには、その人が死んだ場所でなければいけないらしいの。つまり、私は歩道橋の下の交差点で交通事故にあって死んじゃったの。てへ」 聞くんじゃなかった。なにがてへだ。そんな事で可愛さアピールしても真実は変わらないぞ。 しかし二美はまるで自慢話でもするように、喜色満面で俺に惨殺シーンを克明に伝えてくる。 「血がありえない程飛び散って、すごかったのよ。それで一台目に引かれた後、猛スピードで二台目が突っ込んできて、肉片が道路中に――」 「わかった、わかったからやめてくれ」 朝からこの話題はきつい。うっかり母親の裸を見てしまったぐらいにテンションが下がるぞ。 「えー、これからがいいところなのよー」 いいところって事は、もっとやばいって事だろうか。飯が食えなくなる前に、話題を変えなければ。 「この話は終わり、じゃないとまた無視する事にする。わかったか?」 「……ちぇっ、わかったの」 二美が渋々といった感じで頷く。どうやら納得したようだ。しかし次の話題が思いつかない。うーん……あ、 「そういえば、変な事いってたよな。地獄に連れてってとか」 俺の言葉に、ふてくされた二美の顔が一気に喜びの顔に変わる。 「それ、それなのよ!」 それがどうした。 「私が一番話したかった事! よくぞ聞いてくれたのよ!」 そんなにでかい声で喋るなよ。クッキーが口から零れまくってるぞ。 なんだか、一番聞いてはいけない所を聞いてしまったのかもしれない。他人が人に話したがる事なんか、面倒な事に決まってるんだ。 でも、一応俺から聞いてしまったしな。歩きながら聞き流せばいいか。 「で、なんで地獄に逝きたいんだ?」 二美は人間との対話が楽しくてたまらないといった風に、笑いを絶やさず語った。 「私が天国がつまらなくて、こっちに来たっていうのは言ったっけ?」 「ああ、それは聞いた」 一日中ダラダラ過ごす。俺にとっては至福の時だと思うのだが。 「それで私がどうしようかって悩んでいたら、ポストに一枚のチラシが入ってたの。その内容を見て、私は思わずにやけちゃったわよ。それがなんと、地獄が大変な事になっているという広告だったのよ!」 ほう、地獄が大変な事にか。それも気になるが、なにより、 「なんで天国にポストがあるんだ?」 「もう、天国では一人に一つの家があるの。そんな事でいちいち突っ込まないでよ」 家で一人無に過ごす。俺はそれがいいと思うけどな。何が不満なんだ。 「話を戻すのよ、今度はちゃんと聞いてよね」 二美が口を尖らせながら怒る。どっちにしろ言うんだから、早く言えばいいのに。 「地獄がすごい事になってるって言ったでしょ? 今の地獄はなんと」 ここで二美が言葉を区切る。もったいぶらせているつもりなのか? 生憎全然期待していないのだが。 まあ、おそらく死者が反乱を起こして大変な事になってるとか、どこかで聞いたようなつまらない事なんだろう。生きている俺にはどうでもいい事だ。 しかし二美は、俺の想像力より一枚上手だったらしい。これっぽっちも考えていない事を、大声で言った。 「巨大テーマパークが設立されたって話なのよ!」 ――そう来たか。 流石に俺も一瞬言葉を失ってしまった。地獄にテーマパーク? 地獄は悪人の掃き溜めじゃ無かったのか? そいつらを楽しませてどうすんだよ。 俺は思いっきり疑いの目で、二美を見つめた。二美はそれが不満なのか、俺を睨みつけて、 「信じてないのね。それじゃあ」 と言って、ポシェットを再びまさぐり始めた。 「うお!」 俺は反射的に耳を塞いだが、二美が取り出したのはメガホンではなく、一枚の紙だった。 「これがそのチラシ。見てみればいいじゃないの」 幽霊が持っている物を触れるのかと思ったが、どうやらこの世にあるチラシと変わりないようだ。二美の手からチラシを取って中身を確認する。 チラシには広告でよく使われるOPENという文字が、でかでかと赤色で書かれていた。 <堂々OPEN! 地獄最大級のテーマパーク『ヘルズ・ゲート』! いつもいつも罪を償っていて、疲れていませんか? 少しは娯楽を味わいたい。そう感じた事はありませんか? そんなあなたに『ヘルズ・ゲート』! 地獄最大級の八大アトラクションがあなたの疲れを癒します! さあ、あなたも一時、罪を忘れて思い切り楽しみましょう! 受付場所 地獄第一層等活地獄まで> うん、まったくもってばかばかしい。なんだか怒りまで覚えるのはどうしてだろうか。ありえねえだろ、こんなの。 二美は俺が目を通し終わったと判断したのか、目を輝かせながら俺の反応を探ってくる。 「ね? ね? すごいでしょ? 私、どうしても行ってみたいのよ」 何でそれを俺に言ってくるんだ。 「行きたきゃ勝手に行けばいいじゃないか、なんで俺ん所に来たんだ。俺に喋っても地獄には行けないぞ」 「それが大いに関係ありなのよ!」 二美が大袈裟に両手を何度も振って感情を全面に出す。興奮しすぎてクッキーが握りつぶされてるぞ。 「いい? 地獄に逝くには、どうしたらいいと思うの?」 「そりゃ、悪事を働いたらじゃないのか?」 「そう、その通りなの!」 動作の一つ一つをやたらとオーバーリアクションで表現して、俺に詰め寄ってくる。 顔が目の前まで近づいてきて、少しだけ嬉しくなってしまう。そりゃこんな美少女に詰め寄られたら、誰でもそう思うさ。相手がたとえ浮いていたとしてもだ。 そんな俺の心情を二美は微塵も感じてないのだろう。俺に更に近づいて語気を強めた。 「悪事を働かないと地獄に逝けない。でも、私は既に死んじゃってるの。悪事を働こうと思っても出来ないのよ!」 確かにそうだ。体がないと何も出来ないよな。やっぱり資本は体ってわけだ。 「でもね、安心してちょうだい。地獄に逝く方法がもう一つあるの」 二美は俺を見て、不敵な笑いを浮かべる。なんだ? 物凄く嫌な気配がするぞ。 「地獄に逝くもう一つの方法。それは」 また二美はもったいぶらせるように間を置く。なんだよ、早く言えよ。今度は少し気になるじゃないか。 二美は俺が気になっているのを感じ取ったのか、不敵な笑いを一層強くしてこう言い放った。 「それは、生きている人間にとり憑いて、そいつに悪事をさせる事なのよ!」 なんだ、簡単な事じゃないか。焦って損したぜ。じゃあそのとり憑かれた奴に、早く悪事をどんどんやってもらえよ。 ……ん? それって。 「……俺がするの?」 「そう、大当たりなのよ!」 悪い冗談だ。俺が悪事を? ありえねえよ。そんな事したら目立って仕方ないだろ。それに俺だって、良心ってものがあるんだぜ。 「魁くんが悪事を働いて、それを私がその所業を吸い取る。これで私は晴れて悪人なれるの。だから協力して。ね?」 「そんなに目を潤ませて、可愛くお願いしても駄目だ。そんな事やるわけねえだろ」 今まで幾多の男達を陥落させてきたのだろうお願い殺法を、なんとか俺は跳ね除ける事に成功した。……ギリギリだったけどな。これが他のお願いだったら、即オーケーを出していたような気がする。 「まあまあいいじゃなの、人間一生には必ず悪い事するんだしさ。今それをやっても変わらないんじゃないの?」 めちゃくちゃ変わるよ。なんでこんな若い時から罪を背負わなくちゃいけないんだ。 もう面倒だ、早く学校へ行こう。考えるのはそれからだ。それに学校にはあいつもいるしな。 「あ、ねえねえ魁くん」 何だよ、もう放っておいてくれよ。 「あそこにバスがあるんだけど、ちょこっとバスジャックでもしていかない?」 「やりません!」 そう叫んで、俺はその場から逃げ出すように、学校に向って全速力で走った。 走り出して約五分、俺は学校の正門をくぐり抜け、教室の前まで来ていた。 「はあっ、はあっ」 いきなり全力疾走した体は、息が切れ、乳酸が体中に溜まっているのを感じる。 しかし後ろの奴は、まあ浮いているから当然なのだろうか。息一つ切らさず、好奇心の塊といった顔で辺りを見回している。 「ここが魁くんの高校かー。私の通ってた所よりちょっと狭いかな。あ、女の子の制服可愛いー。私も着てみたいなー」 学校一つでよくここまでテンションを上げられるな。俺には面倒臭いだけの場所なのだが。 まあいい、とりあえず教室に入ろう。俺は見飽きた教室の引き戸を引いて、教室に入った。 「あ、ここが魁くんの教室なの? へー、二―Aなんだ。私の方が先輩だったんだねー」 俺の脳内に二美は高校三年生であったという、どうでもいい知識が増えてしまった。そんな事いちいち言うんじゃねえよ。 教室に入り、俺は自分の机に向った。窓際の一番後ろ、席替えの時に毎回勝ち取っている最高の場所だ。日差しが暖かいし、外は見れるし、なにより目立たないし。もしこの場所じゃなかったら、俺は登校拒否してるかもしれない。 そんな場所の隣に、今俺が会うべき人物は座っている。俺はとりあえず机のフックに鞄を下げ、いつものように言葉を交わした。 「おい、いつにも増して顔が人形みたいになってるぞ」 俺の言葉に、今居るのが気づいたといった風に首をこちらに向けて、いつもの平坦な声で言葉を紡ぐ。 「そんなことない、いつもと同じ。魁の目が腐ってる」 「そんなわけないだろ。俺の目は正常だぜ」 「じゃあ脳細胞が腐ってる」 「……あ、そう」 面接試験の見本になりそうな完璧な姿勢で毒舌を吐いてくるのは、稲村冬香(いなむら ふゆか)。髪は日本人形のように繊細な長髪、前髪はバッサリと眉毛の上で平行に揃えられている。顔は質素だがどこか気品があり、まさしく日本人形の名にふさわしい容貌だ。こいつとは幼馴染なので、俺は今更どうとも思わんが。 いかんいかん、また話が逸れるところだった。 そう思い、俺が冬香に喋ろうすると、既に冬香は俺から目線を外していた。まあ、どこを見ているか一発で分かるが。 「魁、彼女が出来ないから、遂に幽霊に手を出したのか」 俺の後ろを見みながら、冬香は感情無く聞いてくる。多分大真面目に聞いているのだろう。こいつはそういう奴だ。 「そんな訳ないだろ、もっと状況を把握しろ。俺が嬉しそうに見えるか? どう見ても困ってる顔だろ」 「もう破局に近づいてるのか。まあ魁なら当然」 冬香は無表情で俺を罵倒する。これが冗談ならまだいい。大真面目に言ってくるから始末が悪いんだ。 俺は幼馴染なのでもう慣れたが、他の男共はそうはいかない。前に意を決して、冬香に告白した男がいた。だが無表情でニキビの数を数えられ、「ニキビが三十二個もあって気持ちが悪い」と言われたのを、俺は今でも覚えている。あいつ、その後やけになってニキビを全部潰してたな。恋の魔力とは恐ろしいものだ。 まあ俺はこのくらいでは挫けない。十何年も一緒にいたら、免疫ぐらいはできる。 俺は気にせず、状況を説明しようとする。が、 「ねーねーねー。もしかしてこの人、私の姿見えてるの?」 なんだよ二美、これからが本題なんだ。じっとしといてくれよ。 その問いに冬香は、二美をじっと見つめたまま、ゆっくりと頷いた。 「見えてる。夏服の幽霊」 そうだろうな。そのためにお前に相談するんだから。 「わー、本当に見えてるの? 嬉しい! 私西野二美、よろしくね!」 「稲村冬香。よろしく」 俺を隔てて勝手に自己紹介をするな。なんだかとても気分が悪いぞ。 「それでさ、何で私の姿が見えるの? なんか特別な力とか持ってるの?」 まあそれは疑問に思うだろうな。でも冬香の答えは決まってるぞ。 「見えるものはしかたがない」 ほらな。絶対こう言うんだ。しかたがない。面倒臭いが、俺が説明してやるか。 「冬香の両親は霊媒師なんだ。で、その力を色濃く受け継いじまったらしい。見えるのは当然なんだよ」 「うわー、冬香ちゃんって凄いんだね」 凄いなんてもんじゃない。冬香のせいで、俺は何度酷い目に遭ってきたことか。霊媒師の修行とか言って、いろいろつき合わされたからな。まあ、そのお陰で今回二美の事は、あまり焦らずに済んだんだけど。 今までの俺への貸し、この状況をなんとかさせる事で清算しようじゃないか。 「で、冬香。困ってるって言うのは、他でもない二美の事なんだけど――」 と、ここまで俺が言った時、一日の始まりの合図、始業ベルが鳴り響いた。 この始業ベルを聞いた冬香は、顔を黒板の方に戻して、 「話は昼休み」 とだけ言った。 こいつは授業中何も喋らないからな。喋るとしたら、教師の問いに必要最低限で答えるぐらいか。 こうなったら待つしかない。昼休みまで精神が持つかどうか心配だが。 朝の授業は、簡潔に言うと最悪だった。 俺は目立つ事や、面倒臭い事は嫌いだ。それなのに二美は、俺の後ろでメガホンを持って騒ぎ放題やってくれた。やたらと俺に挙手を促して、「ほら魁くん、手上げなきゃ! 答え分かってるんでしょ? はいはーい、魁くんが分かるって言ってまーす!」と授業中言いっぱなしだった。 本当にこいつを何とかしてくれ、誰でもいいからさ。 でもこの悪夢も終わりだ。いまは既に昼休み。学校の中で冬香と話が出来る、数少ないチャンスだ。この機を逃すわけにはいかない。 「冬香、ちょっといいか?」 俺の声に冬香は、弁当を取り出す動作を停止させて、こちらに顔を向けた。 「何」 これ以上ないぐらい短い言葉で、冬香は聞いてくる。 「ここじゃ話しにくい。屋上で話したいんだが、いいか?」 「いい」 よし、やっとこれで解決に持っていけるぞ。が、その前に、 「冬香、先に行っててくれないか? 後からすぐに行くから」 と俺は冬香に頼んだ。 この頼みに冬香は、少し表情を変えたような気がした。だがそれも一瞬で、また無表情に戻り、 「わかった」 と言って、冬香は一人で教室を出て行った。 「ねーねー、なんで一緒に行かないの? 魁くんから話があるっていったのに」 二美が今度はポテトチップスを頬張りながら聞いてくる。だから食いながら喋るな、零れてんだよ。 「どっちでもいいだろ、深い事情があるんだ」 「ふーん?」 人差し指を左の頬につけて、二美は考え込んでいる。とても自分には全く分からないといった感じだ。 考えても見ろ。昼休みに男女が一緒に出て行ったら、どう思われると思う? 周りの奴らは付き合っているとか、これから愛の告白だとか言ってはやし立てるに決まってる。そんな目立つ事や面倒臭い事は絶対に御免だ。だから先に行ってもらった。それだけだ。 「ご飯を食べてから? 違うなー。それともトイレに行ってから? これも違うなー。……ま、まさか冬香ちゃんを屋上に行かせて、魁くんは運動場の中心で愛を叫ぶとか!」 こいつもこういう考えかよ、頭が痛くなってきた。 早く屋上に向おう。話はそれからだ。 俺は階段を上り、屋上に繋がるドアを開ける。そこには冬香が秋空の下、ただ空を見つめて立っていた。 「おう、待たせたな」 俺の言葉に冬香は数秒遅れて反応し、いきなり用件から聞いてきた。 「話って何」 改めて言われると、どう言えばいいのか迷うな。でも、説明しないと分からないしな。 俺は冬香に、今までの事を話した。二美は天国に居たのに、こっちに降りてきた事。その理由が、地獄に行きたいからという事。地獄にはテーマパークができた事。俺がとり憑かれた事。そして、地獄に逝くには俺が悪行をしなければならない事。 黙って聞いていた冬香は俺が話し終わると、街頭アンケートで無理やり書かされたみたいな答えを返してきた。 「それは困った」 いーや、お前は絶対に困ったなんて思ってない。無表情を装っているつもりなんだろうが、口元が震えまくってるぞ。なんでそんな頑なに無表情でいたいんだ。 「だから、二美をとり祓って欲しいんだ。お前なら出来るだろ」 「えー! ちょっと待ってよ! 話って、そんな話だったの? 私聞いてないのよー!」 知らぬ間に持っていたチョコスティックを、コンクリートの地面に落として二美が驚く。その話以外に何があるんだ。まったく、自分の身分を自覚しろっての。 さあ、冬香。この俺にとり憑く悪霊を祓ってくれ! 「それは無理」 ――そりゃねえだろ。 お前が今まで祓えなかった事なんて無かっただろ。まさか嫌がらせか? 今はそれを寛容に受け止めれる心境じゃねえぞ。 「魁と二美は霊魂の波長が合いすぎてる。だから魁にも二美が見える。これを無理に引き剥がす事は出来ない」 冬香は淡々と事実を述べてくる。くそ、何なんだよ。 「じゃあ、無理やりに引き剥がせばいいじゃないか。少しぐらいの痛みなら我慢するぜ」 「二人を無理に引き剥がした場合、魁は死ぬ」 死ぬのか、それは痛そうだな。って、 「俺、死んじゃうの?」 「そう」 何で死ななきゃならないんだ。俺は被害者だぜ? どう考えたって馬鹿げてる。 それに俺とは逆に、喜びをあらわにしている奴がいるから余計に腹が立つ。 「魁くん聞いた? 私達相性ぴったりだったのね! これはもう、運命としか言えないんじゃないの?」 そんな嬉しそうな顔して、俺の周りをぐるぐる回るな。むかつくし、俺まで目が回りそうだ。 「じゃあなんだ? 俺は二美と一生このままでいろっていうのか?」 そんなの考えただけでも面倒臭い。死ぬのがましと思えるくらいだぞ。 「それも無理」 冬香、お前は俺をどうしたいんだ。 「二美は今、魁の精気を吸って霊体を保っている。そのままだと、結局魁は死ぬ」 「なに?」 俺の精気を、二美が吸ってる? そんなの聞いてないぞ。 「だってしょうがないじゃないの。普通現世にいる霊たちは、未練とか恨みととかで現世に留まってるけど、私は天国に行っちゃったんだもの。誰かの精気を吸わないと長い間体を保ってられないのよ」 遂に開き直りやがったか。そんな説明だけで、俺が納得するとでも? 「結論」 冬香が無機質なような声で、場を静寂に戻す。 「魁が二美を祓うには方法が二つ。悪行を行い二美を地獄に逝かせるか、死か」 「……それだけか?」 「それだけ」 なんだかハッピーエンドが見つからないな。俺のストーリーはバッドエンドしか用意されてないのか? この回答に、二美は笑顔で、白い歯を覗かせながら言った。 「ほら、ね? 魁くん。男なら潔く諦めて、ぱーっと犯罪犯しちゃおう!」 そんなに笑って犯罪を犯させようとするな! ……いや、怒ったところで真実は変わらない。今、俺の選択肢は犯罪者か、死者か。このどちらかだけになってるんだ。 わざわざ何もせずに、死を選ぶ? そんなのまっぴらだ。 だとすると、答えは一つ。 「冬香。俺が犯罪を犯したら、二美を祓う事ができるんだな?」 俺は今一度確認する。この問いに、冬香はゆっくりと頷いた。 「悪行を行うと霊魂の波長が変わる。おそらく可能」 そうか、それなら―― 「……分かった。分かったよ。俺が犯罪を犯せばいいんだろ」 「本当にー? やったのよー!」 二美は嬉しさと回転が比例しているように俺の周りを速度を上げて回りだした。 「これで私、地獄に逝けるのよー!」 俺の人生って、これからどうなるんだろう。今俺の目に見えるのは、ぐるぐる空を浮遊する幽霊と、顔を震えさせている日本人形だけだった。 放課後。 他に行く場所が無い学生や遊び人たちがはびこる繁華街。俺と二美は、その裏道にある一軒の店の前に立っていた。 俺の手には一丁の銃。顔は判別できないように、フルフェイスのヘルメットを被っている。 もう何をしようとしているかは、大方想像がつくだろう。 「ねえ、本当にここでやるの? 大丈夫かなのかなー」 俺の斜め後ろで、二美が心配そうな声をあげる。 「誰のためにこんなことすると思ってんだ。それにもう後戻りできないだろ」 「そうなんだけどー」 何が不満なんだ。手っ取り早い悪行といったら強盗だろう。 「よし、行くぞ!」 俺はしっかりと銃を持ち直し、周囲に人がいないか確認してから店のドアをくぐった。 品揃え豊富な棚を通り抜け、一直線に店員の方に向う。そして銃を突きつけて、強盗の定型句とまでになっている台詞を大声で言った。 「金を出せ!」 我ながらお決まりだな。強盗をする奴らは、皆こんな事を思うんだろうか。 俺は銃を店員に突き続ける。しかしこの店員は鋼の心を持っているのか、 「へ?」 と畏怖の表情を全く出さずに、こう言っただけだった。 なかなかやるじゃないか。だが、俺が優位なのには変わりない。ここは一気に畳み掛けるべきだ。 「だから、金出せって言ってんだよ!」 「ふあ?」 ここまでくると本気でむかついてきた。一度殴って、立場を分からせてやろうか。 「ねーねー」 いや、さすがに殴るのはまずいかな。それで間違って死んじまったら―― 「ねーねー!」 うるさいぞ二美、今考え中なんだ。 「このおばあさん、耳が遠いだけなんじゃないの? それにここ、あんまりお金があるとは思えないけど」 そりゃそうだろ。だってここ、潰れかけの日用品店なんだから。 いきなり犯罪しろったって、出来るわけ無い。俺の度胸ではこれが限界だ。もちろん銃も本当はモデルガン。これも財源が厳しい高校生の限界といえるだろう。これらを考慮した結果、この場所になったんだ。 でも、婆さんの耳が遠いとまでは想定してなかった。この聴覚が衰えた婆さんを、俺はどう対処したらいいのか。 「えーと、だから金出せって言ってるんだけどな」 とりあえず、優しく言ってみた。 「ああ、あれね」 婆さん、やっと分かってくれたか。やっぱり人間、気持ちが無いとだめだな。 「カネダインなら三百円だよ」 婆さん、それは接着剤だ。 俺が強盗に入ったはずなのに、なんでこんなに恥ずかしい目に合わされてるんだ? 婆さんの方は、久しぶりに客なのかとても嬉しそうだし。これじゃほとんど立場が逆転してるじゃないか。 婆さんは「よっこらしょ」と言って、フルフェイスで銃を持っている俺の隣を通り過ぎる。そしていそいそと、棚に陳列されているカネダインを一つ取った。それを俺の前に持ってきて、とても大事そうに、 「はい、これね」 と言って、俺に手渡した。 婆さん、あんたは俺を強盗と分かってないでこうしているのか? それとも本当は分かっているのか? ……いずれにしても、こんな婆さんから金は取れないか。 俺はポケットから百円硬貨を三つ取り出して、婆さんに渡した。 「ありがとうね」 婆さんは百円硬貨を一際大事そうに受け取ると、それを自分のズボンのポケットに入れた。 はあ、どうしてこうなったんだろな。強盗しようと思ってここに入ったのに。 とにかく出よう。ここにいたら恥ずかしい思いをするだけだ。俺は百円硬貨三枚の変わりに得たカネダインをポケットに入れる。 「頑張ってね」 最後にこんな言葉を聞いたような気がしたが、俺は気にせずに店を後にした。 外に出ると、冬香が直立不動の状態で待っていた。いつもの事だが、服は制服のままだ。 とりあえずヘルメットを脱ぐ。それと同時に、冬香が俺に目線を合わせてきた。 「どうだった」 そんな事聞かなくてもお前は分かってるんじゃないか? 口元が震えてるぞ。 「収穫はカネダイン。金は払ったがな」 「それじゃ意味無い」 分かってるよ。でもそんなに顔が震えるほど笑わなくてもいいだろ。顔は無表情でもそれじゃバレバレだ。 「悪行どころか、逆に善行をしている」 成り行きでそうなったんだから、しょうがねえだろ。 「でもさ、魁くん本当にダメダメだったものね。犯罪の一つも出来ないなんて男らしくないのよ」 二美は呆れた顔をして、更にため息までついてきた。犯罪が出来る出来ないで、男らしさを見ることは出来ないと思うが。 「これじゃ先が思いやられるのよ。もっと頑張ってよねー」 そこまで言うんだったら代わってほしい。お前ならハイジャックでも平気で出来ると思うぞ。 でも、本当にこれからどうしようか。強盗はもうこりごりだし、でも他にこれといった事を出来るわけじゃないし。 「あの、すいませーん」 お手軽と言ったら痴漢か? いや、それは恥ずかしいし、何より俺の男としての威厳が―― 「すいませーん!」 「うるさいな二美! 今考え中なんだ!」 俺は二美が邪魔していると思った。しかし二美は俺の方を見ておらず、上を見上げていた。 「魁くん、私じゃないの。上を見て」 二美の今まで見た事無い真剣な表情に気圧されて、上を見上げる。 そこには、足場の無い空間に人間がいた。二美と同じで、浮いているのだ。 人間と言っても俺ぐらいの体格は無い。身の丈四十センチと、ほとんど赤ん坊だ。頭には毛一つ生やしておらず、顔は赤ん坊特有の鼻が低く、くりくりした目。服装はこの寒くなってきた時期なのに、下部を隠せる最低限の白い布を腰に巻いているだけだった。 確実に場違いな格好をしている赤ん坊は、小さな口でまるで天使のように微笑んだ。 「やっと気づいてくれたですね。無視されて少し傷ついたですよ」 俺を上から見下ろしているそいつは、小さな頬を膨らました。 また面倒臭そうなのが出てきたな。しかもあんな奴、確実に二美に関連してそうじゃなか。 「えーとですね、今回こちらに伺ったのは、他ならぬ二美さんの件なんですが」 やっぱりそうか。なんでこんなに二美は面倒事を起こすんだ。 「なんであんたがここにいるのよ! 私の事は放っておいてよ!」 しばらく赤ん坊を睨んでいた二美は、いきなり俺より前に出て怒鳴った。明らかに怒りの表情をしている。こいつとは反りが合わんらしいな。 「仕方ありませんです。神様の命令ですから」 赤ん坊は絶やす事無く微笑を続ける。ここまで怒っている奴に対してその対応は逆に失礼だと思うが。 「落ち着け、二美。こいつは何なんだ?」 俺の質問に二美は、少し落ち着きを取り戻す。目線は赤ん坊を睨みつけたままだが。 「こいつは天使要員って言うの。物心つかない赤ん坊の頃に死んだ子達は、天国で英才教育を施されるの。その中で優秀な赤ん坊達が天使要員っていう神の手下になるのよ。早い話、神にいいようにされている犬なのよ」 「ずいぶんないいようですね。僕はこの仕事に誇りを持っているのですが」 赤ん坊は顔は笑ったままだったが、口元が少し震えていた。こいつも冬香と同じなのか。 「ま、いいですよ、用件だけ済ませられれば。で、その用件ですが」 なんだか話し方が鼻につくな。二美が嫌がるのも分かる気がする。 「二美さんを天国に連れ戻しに来たのです」 前言撤回、いい奴じゃないいか。 こいつは本当に天使だな。俺の悩みを一気に解決してくれそうだ。最初からこいつが来てくれればよかったんだ。そうすれば余計な恥ずかしめを受けずに済んだのに。まあ、犯罪を犯さずに二美が離れてくれるんだ。それぐらいの事はもう水に流そうではないか。 「そうか、それはよかった。じゃあ早く二美を連れて帰ってくれ」 「何よ魁くん! 私が一緒にいたら迷惑だって言うの?」 迷惑だよ、だからこんなに苦労してるんだ。 「まあまあ、お二人とも落ち着いてください。で、二美さんを連れ帰る事で相談なんですが」 おう、何でも言ってくれ。 「あなたには死んでほしいんです」 ――またそれか。 俺の運命は死ぬ事しかないのか? にこにこと死刑宣言されても、答えは決まってるぞ。 「……そんなの、嫌に決まってるだろ」 俺は断言した。それを見て天使は、困ったような笑みを浮かべる。 「まあ、そう言うしょうね。でも、僕にもあまり時間が無いのですよ。神様が二美さんを早く連れ戻せと聞かないんです。それにご存知ですか? あなた、二美さんから精気を吸い取られてるんですよ? そのままではいずれ死んでしまうんです。それなら今死んでも、あまり支障は無いと思うのですが。今死んでいただければ、天国でも優遇させてもらうですよ?」 訪問販売のセールスマンみたいに言われてもな。今死んだら天国で優遇? 初回特典みたいなもんか? そんなの要らない。今の俺の望みは二美とお前、両方が帰ってくれることだけだ。 「どうですか、死んでいただけますか?」 最後の一押しとばかりに、天使が俺に問いかける。 「魁くん、こんな奴の言う事聞いちゃ駄目なの! 天国なんて良い事無いのよ!」 二美に言われなくても分かってる。やはり現世に未練はあるしな。 「絶対に断る。死ぬぐらいなら犯罪を犯して、二美を地獄に連れて行ったほうがマシだ。だからお前に用は無い。帰ってくれ」 「魁くん……」 二美はどう受け取ったのか、両手を顔の前に持っていき、感動している。 感動している二美と対照的に、天使は顔に塗り固められていた微笑が消えたていた。 「そうですか、分かっていただけませんか」 天使は短くため息をついた。小さい左手の人差し指と中指を立てて、チョキの形を作る。 「では」 チョキを作って人差し指と中指の間に出来た空間が光り、細糸が形成される。それを右手の親指と人差し指で摘み、光る糸を手前に引っ張り、 「無理やりにでも、死んでもらうしかありませんね」 そう言い放って、右手を離した。 「うわあ!」 俺は咄嗟に後ろに飛んだ。冗談じゃない。一秒前まで居た場所には、光る矢が地面に突き刺さっている。飛びずさってなければ、確実に心臓を射抜いていたであろう。 「あれ、外れたですね。今度は確実に射抜かないといけないですね」 天使は今までの表情の内、最高の笑顔を見せる。こいつ天使のくせに何考えてんだ。 どうすればいい。死ぬなんてまっぴらごめんだし、でもこんな常識はずれな奴を相手に、勝てる見込みなんてあるはずが無い。 天使は考える時間すら待ってくれなかった。再び左手の人差し指と中指を光らせる。 「さあ、今度は外さないですよ」 天使が右手で糸を摘む、その時だった。天使の近くに、一枚の札が投げられていた。誰が投げてくれたのか、それは確認するまでも無い。 「爆」 後ろから、冬香の平坦な声が聞こえる。それと同時に、札が天使の二メートル程前で爆発した。 「うわっ! なんですか!」 爆煙が、天使と俺達の間に張り巡らされる。 「魁、退却」 冬香はそう言って、天使と反対方向に走り出した。 やっぱり逃げるしかねえのか。俺は後に続くように走った。 走りながら冬香に聞き出す。 「なあ、さっきみたいに札とかであいつ倒せねえのか?」 いい答えが返ってきてくれよ。と願ったが、やはりそう上手くはいかない。 「弱っていないと無理。悪霊じゃないから、効果も薄い」 とあくまで無表情で答える。冬香でも無理だったらどうすればいいんだ。あんな奴連れて繁華街に逃げるわけにもいかない。確実に死人が出てしまう。かといって、このままこの狭い裏道で逃げ続けるのも限界がある。くそっ、本当にどうすりゃいいんだよ。 「……そうだ!」 何か閃いたのだろうか。二美はポシェットをまさぐり始めた。 「これじゃない、これでもない」 いくつ菓子が入ってるんだ。ポシェットから次々と菓子が道に放り投げられる。こういう場面、どっかのマンガで見た事あるな。 「あった! これなのよ!」 二美は一つの袋を天に掲げた。それも菓子じゃねえか。楕円形のカラフルな物が入りまくってるぞ。 「これね、ジェリービーンズって言うグミなの。天国で売ってるんだけど、生きている人間はこれを食べている間、すごい事が起こるらしいのよ!」 二美は袋の包装部分を両手で引いて、勢いよく開ける。その中からごそごそと一つ取り出し、俺に投げた。 「とりあえず食べてみて。効果は後のお楽しみ!」 後のお楽しみって、食うのは俺じゃねえか。これで変な事が起こったらどうすんだ。 「魁、後ろ」 冬香が走りながら、後ろを指差した。俺も指に沿って目線を移すと、さっきの天使がこちらに向っているのが見えた。 「逃がさないですよ! さっさと死んでください!」 遠くから叫んでいる天使は、幾本もの矢を手当たり次第に撃ってくる。さすがにこの距離からでは当たらないが、追いつかれるのも時間の問題だろう。 「魁くん、早く食べて!」 分かったから、そう急かすな。俺は手の中にある、毒々しい緑色のジェリービーンズを口に入れた。 少し冷たく、詰まった鼻が通るような爽快感。そして口当たりスッキリ。口の中で爽やかさが駆け抜ける! ……で、だから何なんだ? 俺の口の中が綺麗になって、それで終わりか? そっからどうすればいいんだよ。 「あー!」 と言って、二美が口を開けて大声で叫ぶ。その手には紙を持っているようだ。 「ごめんごめん、それミント味だったみたい。効果は『お口スッキリ! 全人類の口臭予防に!』だってー。てへ」 てへじゃねえ! そんなに可愛く舌出して言っても許さんぞ! 「魁」 なんだよ! 「魅惑の吐息」 だからどうしたってんだ! そんな事を言っている内に、裏通りが終わりに近づいてきた。もう少し先を進むと、繁華街に出る……はずだった。 やってしまった。ジェリービーンズに気を取られすぎて、道順をちゃんと頭に入れてなかった。行き止まりだ。しかも天使はすぐそこまで来ている。完璧に袋小路になってしまった。 「さあ、もう逃げ場は無いですよ。終わりですね」 もう追いついてきやがった。どうする。どうする。どうする。 二美は再びジェリービーンズを掻き分けて、一つを俺に放り投げた。 「魁くん、今度はこれ食べて! 多分正解なの!」 放り投げられたジェリービーンズを掴む。今度は白色だ。 「何をやっても無駄ですよ。さあ、死んでください」 天使は左手を光らせ、右手で思い切りそれを引っ張る。 これに賭けるしかない。俺はジェリービーンズを口に入れた。 「これで終わり……ぐっ?」 どうしたのか。光る糸は消え去り、天使は鼻を摘んだ。 「な、何ですかこの臭いは? あなた、何をしたんです!」 天使は、鼻声を出しながら悶えている。 確かに臭い。何だ、このつんと鼻に突き刺すような臭いは? こんな臭い、さっきからしてたか? いや、絶対にしていない。 と言う事は。 「やった、効いてるのよ! あいつ犬みたいな嗅覚だから臭さも万倍よ!」 二美が嬉しそうに状況説明をするが、鼻はしっかりと摘んでいる。 「おい二美、俺に何を食わした」 「へ? ニンニク味だけど? 効果は『どんな猛獣もこれで撃退! 普段のニンニクの百倍の臭さ!』だって。さすがに凄いのよー」 ――やっぱり俺の口の臭いか。 救いの神か、それとも何も感じないのか、一人だけ両手を自由にしている奴が居た。 勿論、冬香だ。 冬香はスカートのポケットから一枚の札を取り出して、天使に投げつけた。 「爆」 札は冬香の一声で爆発する。今度は寸分の狂いも無く、思いっきり天使に命中した。 「ぐえっ!」 とても赤ん坊の声には聞こえない気持ちの悪い声を出しながら、天使は地面に落ちた。まったく動く気配が無い。多分堕ちたのだろう。 「やったのよ! ざまあみろー」 さも自分が倒したかのように、二美は俺の周りではしゃぎ始めた。鼻は摘んだままだが。 冬香は天使の所まで近づき、ぷにぷにと頬を突っつく。 「威力が弱い、すぐに起きる。閉じ込めておいた方がいい」 そうだな、安全に越した事はないか。 どこに閉じ込めようか。近くにそれらしい場所は――あった。 「冬香、今閉じ込める事が出来る札とか持ってるか」 冬香がこくりと頷く。 「持っている。でもあまり大きい物には無理」 それで十分だ。俺は天使を摘み上げ、目の前にある店の扉を開けた。 二美がキョロキョロと辺りを見回す。 「ここってコインランドリーじゃないの? こんな所で何するのよ」 何するって、閉じ込めるに決まってるじゃないか。俺はドラム形洗濯機の蓋を開けて、その中に天使を投げ入れた。 「冬香、頼む」 「分かった」 冬香は洗濯機の蓋に札を貼り付けると、両手を合わせて祈るように、 「封」 と小さく呟いた。 「これで三日は持つと思う」 少し自信が無いのだろうか。冬香にミリ単位で不安の表情が見えた。 三日か、短いな。その間に対策を考えなければならないのか。それと同時に犯罪も。なんだか面倒臭いとかのレベルを超えてるんじゃないだろうか。 一度家に帰ってから考えるしかないか。 「待ってよ魁くん!」 なんだよ、俺もう疲れてんだよ。 「まだ大事な事が残ってるの。ちょっと待ってて」 なにやら楽しそうに、二美は冬香と一緒に天使入り洗濯機の前で何かしている。なんだ、残ってる事って。もう何も無い気がするが。 「冬香ちゃん、準備オッケー?」 「硬貨投入完了」 硬貨投入完了? おい、それって。 「いくよ冬香ちゃん。せーの」 冬香が人差し指をぴんと立たせる。その人差し指は二美の、 「悪霊退散!」 と言う叫びと同時に、スタートボタンを押した。 ボタンが押され、水がドラム内を満たしていく。この数分後、どうなっているのかは見たくないな。 「さ、これでスッキリ! 帰りましょ、魁くん」 二美の顔は、一仕事終えたように爽やかだ。そんなのでいい汗を掻かないでほしい。まあ、この天使も俺を殺そうとしてきたから、同情はしなくていいか。 とにかく帰ろう。今日はいろんな事がありすぎた。 「俺、帰るわ。冬香、今日はサンキュな」 「魁」 背を向けて帰ろうとした俺を、冬香が呼び止める。 「なんだ?」 「なるべく人通りの少ない所を帰れ」 遠まわしに言っているが、それはやはり、 「俺の事、心配してくれてるのか?」 「違う。魁の口臭、犯罪の域」 俺はその言葉を聞いて、全速力でその場を逃げ出した。 早く口を洗いたい。 後ろの方で誰かの断末魔が聞こえたが、この願望を叶えるためには些細な事だった。 繁華街から外れた住宅街。一軒家が建ち並んでいる隅に、一つだけ設計を間違ったかの如く建設されている五階建てのマンション。そこが俺の家だ。 いつものように俺は、ポケットから鍵を取り出して、部屋の鍵を開ける。 一目散に俺は洗面所に向った。水道の水で口を何回もゆすぎ、歯を何回も歯磨きで磨き通した。 臭いはジェリービーンズを食べている間だけのはずだった。それがあまりの臭さのために、臭いが口の中にこびりついたらしいのだ。こういう時にさっきのジェリービーンズミント味があればいいのだが、袋に一つしか入っていないらしく、こうするしかない。 しかしこれくらいでニンニクの臭いは落ちるのだろうか。なにしろ百倍だ。マウスウォッシュも使ったほうがいいかな。 「ねえ、さっき一度家に帰って来た時も思ったけど、お母さんとかどこかに行ってるの? 兄弟とかは?」 二美が俺の顔を覗き込みながら心配そうな目で見て来る。今そんな事言われてもな、 「ふふぁほひひふぇふほひ、ほふぁへはへるふぁふぇふぇえふぁふぉ」 「え? なんて言ったのー?」 歯磨きしてるのに、答えられるわけねえだろって言ったんだ。 俺は口をゆすいで、勢いよく洗面器に汚染された水を吐き出す。二美はそれを待ってたかの如く、 「だから、お母さん達はー?」 としつこく聞いてくる。まったく、言えばいいんだろ、言えば。 「両親は両方単身赴任。親父はアメリカ、お袋はサウジアラビアだ。それと俺は一人っ子。だからこの家は今、俺しか居ないんだよ」 「えー、つまんなーい。魁くんのお父さんやお母さん見たかったのにー」 肩を落とすほど残念がられても、居ないんだからしょうがないだろ。 それに俺は一人でいいんだ。親なんてもうどうでもいい。そりゃ子どもの頃は両親を振り向かせようと必死に努力した。必死に勉強して、いい子にしていた。だが海外にずっと仕事で居ないのに、どうやったら褒めてくれるのだろう。どうしたら心配してくれるのだろう。結局、何をしても無駄だった。あいつらは俺よりも仕事を取ったんだ。だから俺は一人でいると決めた。面倒事を起こさずに、一人で生きていくって決めたんだ。 「でも、そっかー。ちゃんとお父さんとお母さんが居るのね。居ないんじゃないかと思って、心配しちゃったー」 二美は嬉しそうに、しかしどこか寂しさも入り混じった、そんな顔をして遠くを見つめる。 どうしたのか。そんなに俺の事を心配してくれていたのか? それとも別の理由で? ……もしかして。 「二美、お前の両親って……」 「……うん、そうなの」 二美は静かに頷いた。聞いてはいけなかったのかもしれない。でも、聞かずにいられなかった。一瞬、二美の顔が見ていられないほど弱弱しく感じられたから。 次の言葉が見つからない。そうして沈黙が洗面所を支配し始めたた頃、二美が手でパンと鳴らした。 「はい、済んだ事をぐちぐち言うのはもう終わり! それに、私だって死んでるんだもの。死ぬ事なんて大したことないわよ!」 二美は底抜けに明るい笑顔を見せる。 「ほら、もう晩御飯の時間じゃないの。私が何か作ってあげようか?」 今までの二美に戻った、でいいのだろうか。とにかく、これ以上深く掘り下げてはいけないか。 「ほら、早く早く!」 そんなに急かすなよ、晩御飯なんていつでもいいんだからさ。 「というか、晩御飯作るって、お前触れないだろ」 「大丈夫! 今は最小限の精気しか吸ってないから無理だけど、魁くんの精気をもっと吸ったら、具現化が強くなって触れるようになれるの!」 「絶対にやめてくれ」 「えー、ケチー」 頬を膨らますなって。可愛い顔は禁止だ。 「じゃあ魁くんの応援するね。頑張れ魁くんー!」 後ろで応援されても気が散るだけだ。でもこれ以上文句を言うと、今度はメガホンが出てきそうだから、やめておこう。 俺はチャーハンを作るために、フライパンにサラダ油を落として調理に向った。 「ファイト、魁くん! 負けるな魁くん!」 後ろで二美は、俺を一生懸命に応援している。 この二美にも、生きている間にいろいろな事があったんだな。しかも最後は交通事故で死んでしまった。 ちょっとだけ、二美の望みも叶えてやりたい気持ちになるかな。犯罪は嫌だけどな。 今日は学校が土曜で休みだ。いつもなら一人で家に篭って、ダラダラと過ごすと決まっている。それなのに今、俺は繁華街の裏通りを歩いている。 「うーんいい天気。こういう日は良い事が起こりそうなのー」 二美が鼻歌を歌いながら、秋晴れの空下で浮いている。それは秋風に漂う妖精のような可憐さだが、この光景だけでは俺の怒りは収まらない。 「そうだな、お前がメガホンで思い切り叫んで起こしてこなかったら、とても良い日になっただろーな」 「まだ怒ってるのー? あれは魁くんが全然起きないからじゃないのー」 俺は土曜日は昼過ぎまで寝るって決めてんだよ。それをこんな時間に起こしやがって。まだ十二時じゃねえか。 あんな起こされ方をされて、眠気が一気に飛んでしまった。しょうがないので、コインランドリーに閉じ込めている天使の所に向っている。 「あんなの、放っておけばいいのよ。それより早く犯罪しようよー」 あれにだって聞きたいことはある。犯罪はそれからでも遅くないだろ。 俺は昨日逃げたルートを思い出しながら進んでいった。昨日は夢中だったので覚えているか少し心配だったが、俺の記憶力は結構いいらしい。行き止まりと、あのコインランドリーが見えてきた。 コインランドリーの引き戸を開けて中に入る。えっと、天使入り洗濯機はどこだったかな。 「魁くん、あいつは一番左端よ」 と今度は二美が、記憶力の良さを発揮させる。 俺と二美は左端の洗濯機に視線を合わす。だが、天使は居ないし、札も貼られていなかった。 「おい、居ねえじゃねえか。自信満々で間違ってんじゃねえよ」 「そんなはず無いのよ、だってここだってちゃんと覚えてたんだから」 居ないんだから間違ってるって事だろ。まったく間違いを認めろっての。俺は一つ一つ、洗濯機の中を見て回る。その中は、何も無いか、どこぞの洗濯物が回っているだけだった。 つまり、天使が居ない。 「あいつ、まさか冬香の封印を破って……」 「その通りです」 俺の後ろの二美から、更に後ろ。そこからあの鼻につく声で肯定する。後ろを向くと、やはりあの天使だった。 「なんであんたがそこにいるの! 冬香ちゃんが閉じ込めていたじゃない!」 二美の言うとおりだ。お前は冬香が封印してたんじゃないのか。あいつが三日持つって言ったら三日持つんだ。それなのに何でお前はそこにいる。 俺達の訳が分からないという表情が分かったのか、天使は嫌味満点に微笑んだ。 「あれは酷かったですよ。水が出てきて、ぐるぐる回されて。あれは想像を絶するものでした。あのままではさすがに僕でも昇天するところでしたよ」 じゃあ何でここに居るんだ。昇天しておけばよかったじゃねえか。 「でもですね、僕を助けて下さったお人がいるんですよ。もちろん僕の一番尊敬する人です」 尊敬する人? 誰だ。いや、二美の言葉を思い出せ。こいつは神の犬。という事は、 「お前、助けた人ってまさか」 「そう、神様です」 天使がそう答えた瞬間だった。天使の横に一人の男が現れた。どうやったのかは知らない。突然現れたのだ。 突然現れた男は、右手で拳を作り、思い切り上端から天使を殴った。 「痛い! 何するんですか」 「お前が長々と喋るから、出てくる機会が掴めなかったじゃないか。全く、このまま出てこれなかったらどうしようかと思ったよ」 「ううー、すいませんです。神様」 天使は殴られた小さな頭をさすりながら謝っている。あいつが神? 嘘だろ。どう見ても、俺と同い年ぐらいにしか見えないぞ。 短髪だが、計算どおりに揃えられている金髪。威厳が込められている瞳。しかしどこか幼さが残っている端整な顔立ち。その顔とすらっと伸びた足で、バッチリ黒スーツを着こなしている。 ここまで完璧だと、少し拝みたい気持ちにはなるが、本当に神なのか? どっかのモデルが、オーディション会場と間違って来たんじゃないのか? 俺はこいつの事が気になるが、この美少年は俺の事はどうでもいいらしい。さっきから俺の隣に視線を合わせっぱなしだ。つまり、二美に。 「二美、いきなり現世なんかに降りていってしまうから心配したよ。どうしていつも僕が困るような事ばかりを君はするんだ。まったく、そんなにも僕の気を引きたいのかい」 黒スーツのポケットに両手を突っ込み、顔を斜めにしながら甘く囁く。間違いない。こいつはナルシストだ。 「そんな訳無いでしょ! あんたが気持ち悪いからこっちに来たの! それに私は地獄に逝くんだから、邪魔するんじゃないの!」 よっぽどこいつの事が嫌いなんだろうな。ここまで怒り猛るとは、二美は天国で何をさせられてたんだろう。 「とにかく帰って! 私は天国には帰りたくないの!」 「落ち着け二美」 俺が二美を制す。 「だって魁くんあいつは――」 「言いたい事はあるだろうが、俺にも分かるように言ってくれ。あいつは何なんだ?」 俺は二美に聞いた。しかし答えたのは二美ではなく、美少年の方だった。 「僕は天国の世界を統率している神。そして二美のフィアンセだよ」 おいおい、やっぱり神なのかよ。それで、二美の婚約者と。 ……なんだって? 「二美お前、神と婚約してたのか」 「してる訳無いじゃないの! ただこいつが勝手に言ってるだけなの!」 二美が本気で嫌そうな顔で否定した。という事は、ナルシストの勝手な思い込みってことなのか。 「僕は一目見たときから君に夢中さ。だから数あるフィアンセ候補を無視して、君と決めたんだ。この思いを分かっていてあえて突っ張るなんて、どこまでもいじらしい娘だよ」 神は自分に酔ったように、目を細めながらこちらを見る。正直、鳥肌が立った。勿論、気持ち悪すぎて。 断言する。こいつが一人突っ走ってるだけだ。今すぐにでもお引取り願いたいが、二美を連れ帰るまではここにいるだろう。 なんとかならないのか。そう考えを巡らしている間にも、二美は怒りを剥き出しにしている。 「そもそも、何でこっちにいるのよ! 仕事はどうしたの! 神なんかがこっちに来ていいと思ってるの?」 確かにそうだ、神がそんなに簡単に降りてきていいのか? 二美の嫌悪感丸出しの罵声も、全て自分への愛だと思っているのか。神は軽く、鼻でため息をついた。 「何を言っているんだい二美。僕は仕事で疲れた時や休暇の時に、よく現世に下りているんだよ。現世用のマイカーも持っているしね」 「そうですよ、神様の運転技術は凄いんですから! 前なんかも牛丼復活祭だとか言って、車ごと店に突っ込んで行きましたからゴフゥ!」 「それは言うなって、言っただろう」 「ううー、すいませんです」 二個目のたんこぶをさすりながら、天使は謝る。牛丼って。どれだけ所帯じみた神だよ。 俺の中では神のイメージが地にまで堕ちたが、神はあくまで自分に酔っていたいらしい。両手を左右に開き、「さて」と言って、気持ち悪い声を繋げていく。 「そういう訳で、君は……何といったかな? まあどうでもいいよ。僕が頼む事は一つ。二美を諦めて、僕に返してほしい」 何を言っているんだ。お前に返す? 二美は物じゃねえんだぞ。 「何が返してよ!あんたの物になった覚えはないのよ! 私は絶対に帰らないからね!」 二美の言うとおりだ。こんな人を物扱いする奴がいる天国に帰る必要は無い。 ……ん? ちょっと待て。 待て待て待て。俺は二美に天国に帰ってほしかったんじゃないのか? 神が気持ち悪すぎて、本来の目的を忘れる所だった。二美には悪いが、神が連れて帰ってくれたら、それで万事解決じゃないか。 「お前は俺を殺さずに、二美を引き離す事が出来るのか?」 俺は無表情で、できるだけ声を抑えて言った。 「魁くん!? 本気なの?」 二美が悲しげな瞳でこちらを向く。神は俺の問いかけに、にっこりと笑った。 「勿論、出来るよ。僕は神で、何でも出来るからね。そのかわり、両方の了解が要るんだ。そうでないと後で問題が起きるからね。二美は勿論オッケーとして、君はどうなんだい? もし断ったら、やっぱり天使と同じ対応をするしかないけど?」 最後の言葉に力を込めて神は言った。 出来るのか。一瞬、無理って言って欲しいとも思った。でも自分が犯罪をしなくても、二美は天国に帰れるんだ。地獄に逝くなんて、やっぱり駄目だ。 「……分かった、俺と二美を引き離してくれ」 俺がそう言うと、神は慇懃に礼をした。 「ありがとう。さあ二美、帰ろうか」 神が二美に手を差し伸べる。二美はそれを手ではたいた。 「絶対に嫌! 私は地獄に逝くの! 早く一人で帰って!」 二美、こんな奴と帰りたくないのは分かるが、しょうがないだろ。お前は天国の住民。それを分かってくれよ。 神は二美の反応をやっとまともに受け取ったのか、顔から微笑が消えた。 「……二美。君は今興奮していて、ちゃんと物事が考えられないようだね。少し頭を冷やした方がいいよ。今日の夜まで待ってあげるから、ちゃんと考えるんだ」 「そんな事しても答えは一緒なの! 帰らないの!」 二美は断固として拒否した。これではさすがの神も怒るのではないか、そう思った。神は笑っていた。この世の笑いとは思えない、口が裂けんばかりに。 「そういえば二美達が来る前に、一人の女の子が来たんだよ。二美ほどではないが、可愛い娘だよ。その娘は僕の天使に会いに来たみたいでねえ。二美と関係があると思って、僕が預からせてもらってるよ」 ――今、何て言った。天使に、会いに来た娘? それって。 「お前! 冬香に何をした!」 俺は叫んだ。冬香に限って、何かあるわけが無い。 「冬香ちゃんって言うのかい。可愛い名だ。あの娘のことは安心したまえ。少々暴れたので、違う所で眠ってもらっているだけさ」 神が髪を掻きあげながら、余裕たっぷりの笑みをする。二美はただ声を失って、俺の方を見ているだけだった。 俺は無我夢中で携帯電話を取り出した。目の前の神が言ってる事なんて信じない。きっと電話越しに、あの無機質な声で嫌味を言ってくれるに違いない。そう思って、冬香の番号を押し通話ボタンを押した。 冬香の初期設定の電子音、それがこのコインランドリー内で響いた。神に目をやると、冬香の携帯電話を手でボールのように弄んでいた。 「ああ、この現世の通信機は僕が預からせてもらってるよ。下手に助けとかを呼ばれたら困るからね」 冬香は本当に捕らえられている。そう理解すると、俺は無意識に神に殴りに行っていた。 「人間時間で今夜の七時、君の教育所のてっぺんで待ってるよ。もし来なかったりしたら、冬香ちゃんはどうなるか分からないからね。二美、ちゃんとその間に考えるんだよ」 言い終えると、神と天使はその瞬間に消えた。俺は空中を空振りするだけで、何も出来なかった。 「くそっ!」 俺は行き所の無い拳を壁に叩きつけた。これはお前達、天国の問題だろ。なんで冬香をさらったりするんだ。冬香は関係ない。それなのに、なんで―― 俺の怒りと対照的に、さっきまで声を失っていた二美は、顔は青ざめ、体は震えていた。 「何で、何で冬香ちゃんが……?」 か細い声で、何とか声を押し出している。 何で? 何でだと? 「いい加減にしろよ」 俺の言葉に二美は竦んだ。二美は俺の顔を窺う。 「あ、あの……魁くん?」 俺の中で、今まで溜め込んでいた思いが、一気に弾けるのを感じた。 「お前が地獄に逝きたいからって、天国から降りてきたのが原因だろ! お前のせいで冬香が連れ去られたんだ! そんな事も分からないのか!」 俺の怒りに触発されたのか、二美も怒鳴りながら言い返す。 「そんなの分かってるわよ! 私のせい、私のせいよ! でも私は地獄に逝きたいだけだったの。こんな事になるなんて思わなかったの!」 「なんだよ地獄地獄って! こっちは人一人の命がかかってんだぞ! 天国が退屈でテーマパークが何だって? そんなもんで迷惑かけられるこっちの身になってみろ!」 「テーマパークに逝きたいんじゃない! 本当は、本当は――」 二美は急に言葉を無くし、瞳から大粒の涙が零れ落ちた。塞き止めようともせず、頬に涙がつたっていく。 俺の頭の中が、二美の涙によって急激に冷やされていくのを感じる。正常な思考に戻ると、自然と二美に耳を傾けた。 「本当は、何だ?」 「魁くん、私が地獄に逝きたい理由、本当にテーマパークに逝きたいからと思ってるの?」 二美はしゃくり泣きを繰り返しながらも、必死で俺に伝えてきた。 二美が地獄に逝きたい理由、それはテーマパークに行きたいからじゃないのか? 俺はずっとそう思っていた。二美がそう言っていたんだから。 俺の答えを聞かずに二美は、静かに言葉を紡いでいく。 「テーマパークだけで地獄になんか逝かない。私はただ、お父さんとお母さんに会いたかっただけなの」 お父さんと、お母さん? どういうことだ。お前の両親は死んだってのは知っている。お前の両親は地獄逝きだったのか? 二美はここまで言って言葉を区切った。泣きすぎて、言葉が続かないのだろう。 どこか腑に落ちない。なぜなら二美の言葉には、推測が入っているから。 「何でお前の両親が、地獄にいるって分かるんだ? 天国にいるかもしれないだろ」 できるだけ冷静に、優しく聞いた。だが二美は余計に涙を瞳から零した。 「ううん、分かるの。お父さんとお母さんは地獄に逝ってるの」 どうしてそう断言できるのか。聞こうとしたが、二美はそのまま言葉を続けた。 「私のお父さんとお母さんも、交通事故で亡くなったの。被害者じゃなくて、加害者として」 ――嘘だろ。俺は必死に二美の話を整理する。だが答えは一つしか出てこない。つまり、両親が二美を――。 「二美、お前が交通事故で轢かれた相手って……」 「……そう、お父さんとお母さん」 二美は小さく頷く。泣くのは収まってきたようだが、やはり顔はくしゃくしゃのままだ。 「私が悪かったの。つまらない事で喧嘩して、家を飛び出して。それで心配して探してくれてたお父さんとお母さんの乗ってる車にぶつかっちゃったの。これも私が信号無視したから悪いの」 懺悔するように、二美は自分を卑下する。 「だから私は地獄に逝って、謝りたかった。私のせいで死んじゃって、地獄なんかに逝っちゃって。私は、お父さんとお母さんに謝りたかったの」 嗚咽を漏らしながら、二美は全てを言い切った。収まりかけていた涙も、自分が言った事実に、またダムが決壊したように溢れ出ていった。 この目の前で泣いている少女に、俺は何も言えなかった。テーマパークなんか、地獄にあるわけ無い。なぜその事が分からなかったのだろう。それは二美の強がり、いや両親が自分のせいで死んでしまったことを、全て自分で背負おうとしていたのだろう。だから最初に俺が事故の事を聞いた時も、わざと明るく振舞っていたんだ。 天国と言う極楽を捨ててまで、地獄に逝って両親に謝りたいと願っているこの二美だ。地獄に逝くという事が、どういうことかも分かっているのはずなのだ。それを俺は―― 「二美」 俺の呼びかけに、二美は涙を零しながら俺の方に向く。それを確認してから、俺は言った。 「冬香を取り戻しに行こう」 「え……そんな。そうしたら、私……」 二美の顔が更に歪む。俺が言いたいのはそうじゃない。こうだ。 「俺は冬香を助ける。だが、お前をあいつに引き渡したりはしない。お前は俺が責任を持って地獄に逝かせてやる」 「そんなの、どうやって?」 そんなの聞くまでも無いじゃないか。 「神への反逆は、最大の罪って言うだろ?」 「……え?」 二美は驚きを隠せないようだった。俺が言った瞬間、目をぱちくりさせる。そして、数秒後、突然笑い出した。 「あは、あははははは!」 二美はお腹を抱えてまで笑った。今度は悲しみの涙ではなく、笑いに満ちた涙だ。 「そうだね、うん。そうしよう。それ最高なのよ!」 ようやく二美が笑ってくれた。これでこそ二美だ。 「よし、行くか」 「おー! あんなナルシスト野郎ぶっ潰してやるのー!」 俺と二美は互いに見つめて、互いに笑いあった。 二美は強い。死んでまでも両親に会いたいなんて、出来るもんじゃない。 もし俺がこのくらい強かったら、両親との関係も、少しは変わってたのかな。 午後五時、俺達二人は学校の校門前に来ていた。学校が土曜日だからなのか、それとも神の奴が何か細工をしたのか、俺達以外誰一人いない。 「ねー、あいつ七時って言ってたのに、何でこんなに早く来たの?」 二美が怪訝な顔をして、俺に尋ねる。そういう所だけ律儀なんだな。そんな馬鹿正直に行く必要は無い。 「こういうのは不意打ちが一番いいんだよ」 「えー、それじゃあ私達が悪役みたいじゃないのー」 今から実際に悪人になりにいくというのに、何を言っているのか。それにあっちには冬香が捕まっているんだ。一刻も早いほうがいい。 「とりあえず今、神のやろうがいるかどうかだ。二美、さっきのやつ」 「はいはーい」 と調子のいい声を出して、二美はポシェットをまさぐる。取り出したのはジェリービーンズ。 「はい、ブルーベリー味でいいんだっけ?」 「おう」 渡されたジェリービーンズを、俺は口に放り込む。 俺の視点が、望遠鏡のように屋上目掛けてどんどん拡大されていく。さすが『これであなたの瞳は望遠鏡! あなたに見えない物は無い!』と言うだけあるな。 拡大された角膜で見た屋上。そこには一人の少女が居た。 「冬香!」 見間違えるわけが無い。あの長い艶のある黒髪の後ろ姿。冬香だ。フェンスに背を向けて、両手を広げている。あれは縛られているのか。よく見ると、両の手首に光る細い糸が見えた。あの天使が出した光りと全く同じだ。 「冬香ちゃん、居るのね?」 二美が俺に確認する。 「ああ」 「よーし」 と意気込んで、二美はまたポシェットをまさぐり始める。気合を入れるのはいいが、慎重に――っておい、それは。 「神のくそやろー! 今から行くから、首洗って待ってるのよー!」 なにメガホン持って宣戦布告してるんだ! 不意打ちする意味がねえだろ! 「さ、これでバッチリ。行くのよ、魁くん」 確実にばれたな。そんな戦国時代の、ほら貝みたいな役割は頼んでなかったんだが。 それでも、行くしかない。俺は校庭を突っ切って、校舎の中に入った。上履きに履き替えもせずに、階段を二段飛ばしで上って行く。三階を上りきった所にある屋上に続く扉。俺はそれを蹴り飛ばして扉を開けた。 空が茜色に染まる屋上。そこにはあのナルシスト野郎が気持ち悪く笑いながら、フェンスにもたれ掛かっていた。隣には、冬香が校庭で見たとおり、フェンスに縛られていた。 「早かったね。まあ、それほど二美が僕に合いたくてたまらなかったと言う事なんだろうね」 神は髪をかきあげて自己賛美する。悪いがそんなのに構ってられないんだ。 「そんな事はどうでもいい。冬香を放せ!」 「それは二美の答えを聞いてからだよ。まあ答えは分かってるけどね」 神はまるで俺の事が見えていないように返事だけをして、視線は二美に行ったっきりだ。 「さあ二美、君の口から答えを聞かせてくれないか。僕と一緒に帰りたいって」 何でこんなに自信満々なのか、俺には理解できない。二美、言ってやれ。お前の気持ちを。 二美は言った。怒り任せでは無く、自分のしっかりとした意思として。 「最後にもう一度だけ言うわ。私は地獄に逝きたいの。天国に帰る気は無い。だから帰って」 二美の思いは、神にちゃんと届いたのだろうか。事実を突きつけられて信じられないのか、俯いてしまった。 「ふ、ふふふ」 神は笑った。ようやく気づいて、自分のことが恥ずかしいのだろう。ナルシストにしたら最大の屈辱だろうからな。 「そうか、そういう事か」 自分の中で結論が出たらしい。それを聞いた二美は間髪入れずにもう一度言った。 「分かった? だから天国に帰って」 俺の記憶の中で、二美が神に唯一優しく言った言葉。神、お前もそれに応えるしかないぞ。 「僕を試してるんだね? この目の前の敵を倒して、君に対する僕の愛を改めて確認したいというんだろう? まったく、どこまでも僕のハートを熱くさせる娘だよ」 …………… 「こいつ本当のアホだー!」 俺と二美は同時に叫んだ。何なんだ、こんなにもプラス思考の奴は見たことが無い。ここまできたら、さすが神と言うしかないぞ。 「もう、もう! 何で分かってくれないの!」 二美、両手で髪を掻き毟りたい気持ちは分かるが、もうこいつには何を言っても無駄だ。 俺達の反応を無視した神は、フェンスを離れて俺に人差し指を突きつける。 「さあ、そういう訳で神としては不本意だが、君には僕達の愛のために死んでもらおうか」 その瞬間、指先から光る物体が飛び出した。 「うお!」 俺は咄嗟に避ける。避けた光は後ろの扉に突き刺さった。見ると、天使が出していた矢と同じ物だ。神は本気で殺しに来ている。 「上手く避けるね。でも今度は外さないよ」 くそっ、やっぱりやるしかねえのかよ。 「二美! ジェリービーンズ!」 「分かったの!」 二美はポシェットを漁ってジェリービーンズを取り出す。その中の緑色のジェリービーンズを一つ取って、俺に渡した。 「はいスイカ味。頑張って魁くん!」 二美の声援を受けながら、俺はジェリービーンズを口に入れた。 口に入れた瞬間、中でジェリービーンズが破裂して小さな種が口内を満たす。それを神に向って、勢いよく吹き出した。 「へえ。二美、天国のジェリービーンズ持ってたんだね。面白いじゃないか。愛の障壁は高くなくちゃね」 相変わらずな解釈をしながら神は空に上昇し、俺の弾丸をかわす。そして再び指の標準を俺にあわして矢を放つ。 「おわ! くそっ!」 俺も応戦して口から種を放つが、なにしろ相手は空中を自在に動いている。狙っても空に種をばらつかせるだけで、全く当たらない。 「そんなものかい? それじゃあ僕と二美の障害にはなりはしないよ」 そう言いながら、神は次々と矢を飛ばしてくる。これじゃ今にやられる。どうする、どうするどうする。 「魁くん! 今度はこれ食べて!」 二美が俺にジェリービーンズを投げる。なんだか物凄い赤色だが、迷ってる暇は無い。俺は口にジェリービーンズを放り入れた。 ……入れた時、何か口の中が終わったような気がした。舌の上で行われる化学反応は、一つだけ。 「辛れえー!」 この辛さは一体なんだ。人間の食べ物じゃない。辛いを通り越して、痛い。 「あれえ? おかしいの。その唐辛子味、『この辛さは空前絶後! これならあなたも火が噴ける!』って書いてあるのに。不良品なのかなあ」 説明書を何度も読み返しながら、二美は首を傾げる。そんな事早く言ってくれ。絶対に食わなかったから。 「ははは、やはり二美も君のことが嫌いなんだよ。そんなこともわからないのかい?」 お前にそんな事いわれたら余計に腹が立つ。でも口が痛すぎてそれすらも言えないんだから情けない。 「さて、遊びは終わりだ。そろそろ死んでもらうからね」 俺は口の中で頭が一杯で気づけなかった。一本の光る矢が、俺の目の前にまで来ていた。 「あぐっ!」 俺の肩に光る矢が突き刺さる。そのまま体が後方まで弾かれ、フェンスにぶち当たった。 「魁くん!」 「そこにいておくれ二美。これから僕達の障害を無くすからね」 神は指を光らせる。 「死ぬ前に言い残す事はないかい? 僕は神だからね。それぐらいは聞いてあげるよ」 言いたい事だと? そんなの決まってる。 「ふぇふはひへほ、ふぇふぉふへいひ」 「? 何て言ったんだい? そんなのが君の最後の言葉かい?」 二美を諦めて、冬香を返せって言ったんだ。唐辛子のせいでまともに言葉も喋れない。本当にこれが俺の最後の言葉になっていいのか? 「まあいいよ。それじゃあ死んでもらおうか」 殺される! 俺は反射的に目を瞑った。もう、そうする事しかできなかった。 …………あれ? 一瞬の内に殺されると思ったが、なかなか矢が突き刺さる感覚が来ない。どうしたんだ、焦らしてるのか。 少し目を開ける。するとそこには季節はずれに夏服を着ている少女、二美がいた。俺に覆いかぶさるように、神と俺の間に入っている。 「魁くん大丈夫? やっぱり痛い?」 二美が心配げな顔つきで俺を見る。次第に瞳に涙が溜まってきた。 「ごめんなさい、やっぱり無理だったのよ。あいつ、あれでも一応神だもの。でも、今度は私が守るから」 瞳に涙を溜めながら二美は笑った。まるで俺を安心させるように。 「な、なんで二美があいつを庇うんだ。君と僕の障害なんだよ?」 「障害ですって?」 二美は振り返り、神を睨み据えた。 「魁くんは障害なんかじゃないの! 私を助けてくれてるの! 魁くんは絶対に死なせない! これ以上目の前で大切な人が死ぬのは嫌なの!」 「大切な人が死ぬって? 何を言っているんだい。大切な人ならここに居るじゃないか」 「だからあんたじゃないの! 魁くんのことなの!」 「まあ、万が一に二美がそこの魁くんとやらを大切と思っているとしたら、二美は天国に帰るべきなんだよ? そうすれば魁くんは助かるんだよ?」 「!」 いきなり二美は俯き、口論を止めた。そして独り言のように小さく呟く。 「そっか、そうだよね。私が諦めれば、それで済むのよね」 今二美が考えている事は分かる。でも、それは―― 「これ以上、魁くんと冬香ちゃんに迷惑かけられないか」 二美が神を見上げる。それは今までで一番悲みに満ちた目。 「……分かったわ。私、天国に――」 「ま、待て二美」 俺は必死に二美を止めた。今言わないと、一生後悔する気がしたから。 俺のしわがれた声に、二美は振り返る。悲しんでいるのに、無理やり笑っている。そんな顔だ。 「魁くん、もういいのよ。魁くんは私のわがままに十分付き合ってくれた。それだけで嬉しいのよ。魁くんが死ぬなんて、私絶対に嫌だもん」 いいわけないだろ。お前は地獄に逝きたいんだろう。 「お父さんとお母さんに、会うんだろ。謝りたいんだろ。こんな事で、諦めるな」 「そりゃ私も会いたいわよ。でもだからって、生きている魁くんが死んでいいわけないの」 「二美……」 俺がこんなに弱かったせいだ。そのせいで二美に、こんな選択をさぜるをえなくしたんだ。 二美を地獄に逝かせたい。 俺は無理やり体を起こした。肩の矢は消えていたが、出血は収まってない。それでも起こした。 「魁くん止めて! もういいから!」 二美が泣きながら俺を止めようとする。だが俺は決めたんだ。 「来いよ、ナルシスト野郎。仕切りなおしだ」 立ちくらみを覚えながら、俺は神を挑発する。挑発に乗ってくると思ったが、神は考え込むように両手を胸の前で組んでいた。 「……二美、君が地獄に逝きたいって理由、両親に会いたいからなのかい?」 今更何を聞いてくるんだ。お前はそんな事も知らなかったのか。 「だったら、どうだって言うのよ!」 二美が怒鳴る。それを聞いた神はきょとんと呆けていた。 「そうだったら、地獄になんて逝かなくていいじゃないか。君の両親は、天国に居るんだから」 何を言っているんだ。だから両親は地獄に逝ってて――ん? 「今、何て言った?」 「だから、二美の両親は天国に居るって言ったんだよ」 ……………… 「ええーーーー!?」 俺の叫びと二美の叫びが見事にシンクロした。そりゃ叫びたくもなる。今までの事を覆す発言されたらな。 「ちょっと、ちょっと待って。だってお父さんとお母さんは私を轢いてしまって、そのまま死んじゃって」 動揺する気持ちは分かるが、落ち着け二美。手でそんな変な動きをするな。 「何で、何であんたがそんな事知ってるの? 私、あんたにこの事一度も言った事なかったのに」 「そりゃ、僕は神だからね。何でも分かるよ」 「ちゃんと答えて!」 ものすごい剣幕で詰め寄る二美に、神はため息をつく。 「ふう、分かったよ。実はね、僕もあの時事故が起こった所に居たんだよ」 何でお前がそんな所に? いや、それはもうどうでもいい。問題は、それが二美の両親の事と、どう関係してるのかってことだ。 「二美、君はあの時の事故の状況、覚えているかい?」 神が始めて真剣な表情を見せる。そんなに重要な事なのか。だが二美も、それをなぜ聞くのか分かっていないようだ。 「お、覚えてるに決まってるでしょ! あの時私はお父さんとお母さんに轢かれて、それでその後、猛スピードで二台目の車が突っ込んできて――」 神は二美の言葉に、少し顔を曇らせる。そして、 「二美、その二台目の車に乗ってたのは、僕なんだよ」 ……えーと、よく考えろ。神がその時、現世に居て。それで猛スピードで二美に突っ込んで行った車には、神が乗っていて。 ……………… 「ええーーーー!?」 おいおいおい、神がそんな事さらっと言っていいのか? 一分前と同じ反応しちまったじゃねえか。 「どういう事よ! じゃあ私を轢いて肉片ばらばらにさせたのはあんたなの?」 二美が一層怒気を含んだ声で、尋問する。 さすがに申し訳ないと思ったのか、神は静かに重力に従うように地面に下りてきた。 「本当に悪いと思っている。謝る言葉も見つからないよ」 完全に地面に降り立ち、深く礼をした。 「でも、これだけは分かってくれ。二美とその両親は車の衝突で、既に両方、命を失っていたんだ。僕は、少し惨事を大きくしてしまっただけなんだ」 今更言い訳か。見苦しいにも程があるぞ。 「それでも僕は、この事故に関わってしまった。それは神として、してはいけない事なんだ。いくら僕が神でも、死人は生き返らせられない。だから普通なら地獄逝きの両親を、特別に計らって天国逝きにしたんだよ。二美の両親と分かったのはその後なんだ」 神はもう一度、慇懃な態度で深深と礼をした。 これは、どう受け取ったらいいのか分からない。神が二美たちを轢いたのは勿論悪い。でもそれのお陰というか何というか、地獄逝きだった両親は天国逝きになったんだ。喜んでいい所なのか、怒るべき所なのか。俺が決める事じゃない。 俺は二美を見る。その二美の顔は、まあ分かっていたけど。 「あんた、いい所あるじゃん! あの時ぶつかって正解なのよ! そっかー、お父さんとお母さん天国に居るんだー」 底抜けに明るい顔で、二美は喜びを体中で表現している。自分が肉片ばらばらになったことよりも、両親が天国に逝けたほうが嬉しいのだろう。 「じゃあじゃあ、天国に帰ったらお父さんとお母さんに会わせてくれるの?」 二美の喜びように、さっきまで顔に影を落としていた神が、即座に表情を変える。 「君がお望みとあれば勿論。すぐに合わせてあげるよ。ああ、やはり二美は色々言いながらもやはり僕の事を愛して――」 「会えるんだって魁くん! 私、お父さんとお母さんに会えるの!」 神の言葉を最後まで聞かずに、二美は俺の方を向いた。 「よかったな」 「うん!」 本当によかった。会いたがっていた両親が天国に居て、二美も地獄になんて逝かなくて済むんだから。これが最高の結果だ。 でも。 「じゃあ、逝くのか?」 なんで聞いてしまったんだろう。こんな事聞いても、二美は逝くんだ。だったら明るく送り出してやった方が良いに決まっているのに。 俺のこの愚かな問いに、二美は目を伏せた。 「うん……、逝くの」 「……そうか」 やはり言うべきじゃなかった。二美は今から両親に会うんだ。こんな事ではいけないんだ。 「今からお父さんとお母さんに会うんだぜ? そんな顔してたら、二人とも心配するじゃなか。お前は笑っている時が一番良いよ」 「…………」 二美はしばらく黙って、それから顔を上げた。その顔は、俺の知っている二美の顔だ。 「うん、そうよね。これからお父さんとお母さんに会うのよ。こんな顔じゃいけないわよね」 いつもの綺麗な歯を見せながら、二美は笑う。俺から神に振り返り、大声で言った。 「天国に帰るのよ! だから冬香ちゃんを放して! 後、魁くんの傷も治すの!」 「やっと素直になってくれたね。僕も嬉しいよ」 「いいから早くするの!」 「はいはい、せっかちだなあ二美は」 神は右手の人差し指を光らせ、俺の方に向けた。すると肩から出ていた血が嘘のように止まり、瞬く間に傷が塞がれていった。どうせなら破れた服も直してほしいのだが、これは対象外らしい。 次に神の指は冬香に向けられ、冬香の手に巻きついていた光りが取れた。 「冬香!」 重力に従って崩れ落ちる冬香に、俺は全速力で傍に駆け寄った。 「冬香! 大丈夫か!」 「大丈夫だよ、損傷は与えてないからね。もうすぐ目が覚めるよ」 神が言うとおり、本当に眠っているだけのようだ。静かに寝息を立てている。 「じゃあ最後に、君と二美を離すからね」 神はもう一度光りを灯らせる。これで、本当に終わりなんだな。 「魁くん!」 二美が俺を呼ぶ。振り返り、俺は頭の中が真っ白になった。 二美が自分の唇を、俺の唇に触れさせていた。 触れている感触は無かったが、間違いなく二美と俺の唇は重なっていた。驚きを隠せない俺に、目を微笑ませて、二美は唇を離した。 「今までありがとう、魁くん。私の為にここまでしてくれて、本当に嬉しかったのよ」 いたずら娘のような優しい笑みをしながら、二美は白い歯を見せる。 「私の大切に守っていたファーストキス、ありがたく受け取るのよ」 俺の唇に人差し指を当てて、二美は微笑む。 二美が段々と透け始めていた。神が俺から二美をとり祓ったのだろう。もう、時間が残されていないのが分かった。 「逝くよ二美」 二美の後ろから神の声がする。神の姿はもう見えなくなっていた。その声に二美は頷く。 「じゃあ、私逝くね。冬香ちゃんにもよろしく言っといて」 二美の体が、もう見えなくなるぐらいに透けてきた。 「二美!」 反射的に呼んでしまった。 「どうしたの?」 最後の言葉が見つからない。何を言えばいいのか分からなかった。苦し紛れに俺はこう叫んだ。 「菓子ばっかり食いすぎて、太るんじゃねえぞ!」 この嫌味に、二美は笑う。 「魁くんこそ、ニンニク食べた後はしっかり歯を洗うのよ!」 その言葉を最後に、二美は体は完全に消え去った。 まったく、それが最後の言葉かよ。もう臭くないっつーの。 ゆっくりと上を向いて、空を見上げる。夕暮れだった空はもう、暗くなっていた。 「……逝っちまったか」 「二美、逝ったのか」 「うおう!」 冬香が突然後ろから、あの無機質な声を出す。というかお前、いつから起きてたんだ。 「大丈夫か? 体なんとも無いのか?」 「大丈夫じゃない」 「なんだ? どっか痛むのか!」 「携帯電話を取られた」 「……あ、そう」 これだけしっかりしてたら大丈夫だろう。心配して損とは言わないが、肩透かしだな。 「二美は地獄に逝ったのか?」 地獄が本当に下にあるのかは知らないが、冬香は地面を見つめている。 「いや、違うよ」 「じゃあ、諦めたのか」 「それも違う。あいつなら今――」 二美ならすぐに仲直りできるんだろうな。あいつはそういう力を持ってる。だから今している事はこうに決まってるさ。 「天国で、家族団欒してるだろうよ」 あれから一週間が経った。俺はいつものように学校に行き、普段と変わりない生活を送った。一人で家に帰って、一人で飯を食べて、歯を磨いて。これこそが俺の日常だった。しかしどう言うんだろう。何か物足りない。面倒事も起きないし、何より一人が満喫できている。そのはずなのに、最近ため息ばかりでてくる。 「何なんだろうな、この感じ」 気がつくと俺は歩道橋の前に来ていた。来ようと思って来たんじゃない。土曜日なのになぜかダラダラする気が起きなくて、外に出てみたら自然と足がこっちに向いてしまった。 階段を上って、道路を見下ろしてみる。見下ろした交差点のガードレールの隅に、一束の花が添えられていた。ああ、そうなんだよな。 「二美って、ここで死んだんだよな」 あそこまで普通に振舞われて、死んでるって実感が全然無かったよな。浮いてるのは別として。 「あいつ、今頃どうしてんのかな」 まあ、あいつのことだ。すぐに両親と仲直りして、元気にやっているんだろう。 「もしもーし」 神とは仲良く出来てるんだろうか。あの調子じゃ、神の一人走りで絶対に上手くいきそうにないがな。俺だって嫌だよ、あんな奴。 「もしもーし!」 まてよ? という事は、神の事が嫌になってまた降りてくるとか無いだろうな。 「もう、しょうがないわねえ」 いや、そんな事あるわけないか。今二美は両親と一緒に仲良く―― 「こっち向けこのうわの空ー!」 「うえあ!」 突然の轟音が耳を劈く。反射的に耳を押さえて、後ろを振り返ると、 「二美!?」 季節はずれの夏の制服で、メガホンを持って微笑む少女、二美が居た。 「もう、何回呼んだらこっち向いてくれるの。その耳が遠いの、何とかしてほしいのよ」 俺を呆れ顔で見ながら二美はため息をつく。いやいや、問題はそこじゃないだろう。 「何でお前がここに居るんだよ!」 訳が分からず、なぜか怒ってしまう。だっておかしいだろ。なんでまた降りてきてんだよ。 「まあまあ魁くん、落ち着くのよ」 二美が手の甲を俺に見せながらなだめてくる。落ち着けって言われてもな。 「お前、両親に会いに天国に帰ったじゃねえか。何でまたここに居るんだよ」 「それはね、色々訳があるのよ」 いつの間に出したのか、ウエハースを齧って平然としている。色々って何だよ、色々って。 「そもそも両親には会えたのかよ」 俺の言葉を聞く途端、二美の顔が輝いた。 「会えたのよ! お父さんとお母さん、ちっとも変わってなかったの!」 まあ、天国に居たんだから当然だよな。 「本当に、魁くんのお陰なの。ちゃんと謝る事ができて、本当に良かったの」 会えたんだな、良かった。ちゃんと仲直りも出来たんだろう。この二美の笑顔がその証拠だ。 「だから、それならどうしてお前がここに居るんだよ」 「その事なんだけど」 と言って、急に二美は落ち着きなく、もじもじし始めた。まさか、俺に会いにとかじゃないだろうな。嬉しいが、お前はもう死んでるんだ。 「二美、お前」 「……うん、そうなの」 やはりそうなのか。こういう時は男らしく対処しなければ。 「天国がつまらなかったから、こっちに来ちゃったの」 珍しい告白の仕方だな。天国がつまらなかったからか。って、 「そっちかよ!」 「? 何ていうと思ってたの?」 二美が不思議そうな顔で俺を見る。ああそうかい、ちょっとでも期待した俺が悪かったさ。 「天国がつまらなかったって、それ両親に会いたかった口実じゃなかったのかよ」 「そんな訳無いじゃないの。私、嘘なんて吐いてないわよ。しばらくお父さんとお母さんと一緒にいたんだけど、やっぱり天国ってやる事無くてつまらないの。だから降りてきちゃった。てへ」 てへじゃない、そんな可愛さアピールしても無駄だって言っただろう。 「だからやっぱり私、逝ってみたいのよね。あそこに」 背筋に汗を掻いてるのが分かる。こいつが天国以外に行きたい所といえば、 「二美、まさか」 俺の怖怖とした問いに、二美はにやりと笑った。そして、こう言い放った。 「もちろん、地獄によ!」 ――やっぱりか。 地獄に逝きたいのは、両親がいるからだけだと思っていた。でも二美のことをまだ分かってなかったらしい。こいつは楽しい事ならどこへでも逝ってしまうんだ。 「やっぱり考えてみたら、逝きたくて堪らなくなったのよねー。地獄が作るテーマパークなんて面白そうじゃないの」 テーマパークは二美が作った嘘だと思っていたが、本当にあったんだな。 「だからね、もう一度お願いするの。魁くん、私を地獄に連れてって!」 二美は手を合わせて、俺の前で拝み地蔵と化す。そう言われてもな、 「お前にとり憑かれたら、俺死んじゃうじゃねえか」 「それは大丈夫なの!」 二美はポシェットを探る。そして一本の小さなビンを取り出した。 「これ、天国の闇市で買った精気ドリンクっていうの! 前は高くて買えなかったけど、これを飲んでれば、魁くんの精気を吸わなくても大丈夫になるから!」 二美は早速というようにビンの蓋を開けて、一気に中の液体を飲み干した。 「これで大丈夫! だからお願いなの、魁くんの所にいさせて」 そう言って、再び二美は拝み地蔵と化す。 俺の所にいさせて、か。こんな事言われて、断れる男っているんだろうか。それになんだろう。二美と喋っていたら、あの何とも言えない感じが無くなったしな。 「……犯罪は嫌だから、いつになるかわかんねえぞ」 俺は言った。できるだけ小声で。しかし二美はしっかりと聞こえたらしい。伏せていた顔を勢い上げて、満面の笑みをした。 「本当に? やったのよー!」 俺の周りを二美はぐるぐる回る。これが二美の嬉しさを表す表現だってことは知っているが、今回は回りすぎじゃないかと思うほど回っている。 「これで私、魁くんと一緒にいれるのよー!」 二美が興奮しながら空を飛び回る。 二美と居ると面倒臭そうな事も多く起きそうだが、それはその時対処しよう。喧嘩して、仲直りして。それが二人で居るってことなんだろう。 少しだけ、楽しみかな。 「ねえねえ魁くん!」 二美が白い歯を見せて笑いながら、俺を呼ぶ。 「何だ?」 「あそこに銀行があるけど、ちょこっと銀行破りでもしていかない?」 「いきません!」 まあ、やっぱり犯罪は嫌だけどさ。 |
![]() |
![]() |
●感想
一言コメント ・文体が谷川さんっぽかったけれどすごく楽しめました。 ・ちょっとハルヒに似てるけど、勢いがあって面白かったです。 ・作品としては良いと思います。でも、シンプルと言ったらシンプルです。 |
![]() |
![]() |
![]() |