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ビビリな魔王様の副官

「一体何度言えばわかるんですか、魔王様!」
 世界を滅ぼそうとしている魔王様を批難しているのは、副官たるわたしである。
 玉座にてふんぞり返っている魔王様は、一見こちらの話を聞いていないかのようであるが、構わずにわたしは続ける。
「これで二十七組ですよ、二十七組! レベル三十にもならない勇者を倒しすぎです!」
 母親が悪戯をした子供を叱るような剣幕で、わたしは魔王様を睨みつける。
 それを平然と受け流す魔王様は、余裕たっぷりである――かのように見えたが。
「……だってぇっ!」
 数秒の間のあと、上がった声はそれこそ言い訳をする子供のようだった。
「あいつら、魔王を殺そうとしてるんだぞ!? それって怖くね!? おちおち枕を高くして寝られないっつーのっ!!」
 全力で主張しながらも、目の端には涙の粒が溜まっていたりする。
「それが魔王というものです」
「ひどい、なんだよその言い様は! この鬼、悪魔!」
「あなたは魔王ですよ。世界屈指の、第一級のワルです」
 極めてドライな返答に敗北した魔王様は、わたしと視線を切り結ぶ気力もないらしく、よよよ〜とよろめいて、玉座に抱きつくようにして顔を埋める。
 余談だが、あの玉座は豪奢である代わりに座り心地はひどかったりする。基本的に堅いのだ。魔王というのは、就寝時以外はなんの用事がなくともあの椅子に座り、部下に指示を出したり勇者を待ったりせねばならないため、なかなかに過酷である。おかげで別世界の魔王の中には、腰を痛めたり痔を煩ったりしている者もいるとか。
 まるで貝のように殻に閉じこもっていじけようとする魔王様に、隠すことなく嘆息したわたしは、今度はなるべく優しく諭そうとする。
「いいですか、魔王様。あなた様は、勇者のパーティレベルの平均が六十前後で、かつ理不尽な数の暴力の下に、やれアイテムやら、やれ回復魔法やらと、ひたすら不公平にボコられないと、勝負にならないようなお人なんですよ?」
「……うん」
「お強いんです。なんたって魔王ですからね」
「うん」
「だったら、もっと堂々と勇者一行が城に到着するのを待ったらどうですか。チョッカイ出すにしろ、常時使える部下もいるんですから、いろい――」
「嫌だっ!」
 人の口上を遮って、魔王様は嫌々と頭を振る。ホント、こういうときだけ声も態度もデカい。
「中途半端な部下をけしかけて、倒されちゃったらどうすんの!? 勇者一行がレベルアップするだけじゃん!」
「……それが魔王というものです」
「ムチャクチャだよぅ〜!」
 恥も外聞もなく泣き喚く魔王様に、わたしは頭痛すら覚えてくる。
 ムチャクチャは、魔王様のほうだ。
 いくら勇者一行が成長するのが怖いからといって、旅を始めたばかりの勇者一行を潰しに自ら出向くのだから困ったものだ。今回は、たったレベル十四の勇者一行を殺虫剤で羽虫を駆除するように倒してしまった。
 ふと瞼を閉じれば、未だにわたしの脳裏には勇者の最期がよぎる。
 あまりの力の差に、仲間がズッギョンバッジョンとやられていったため、仕舞いには魔王の副官たるわたしに、勇者が『これってなんの冗談? イベント!? 負けても復活するとか、まだ僕らにチャンスはあるんだよねっ!?』的な視線を投げかけていた。
 ねえよ、残念ながら。
 この勇者一行に残されていたのは、初めからレベル十四で魔王を倒すことだけだった。なんでいきなり魔王本人が登場して、しかも突拍子もなく問答無用で襲いかかってくるのかという不運は、仕方のないことだと諦めて欲しい。嗚呼、合掌。
 事実、仕方のないことなのだ。この世界の魔王は、こうなのだから。
 超のつくほどの臆病者。即ち、ビビリ。
 その副官たるわたしは、おそらく数多の異世界にいる魔王副官の中でもトップクラスに気苦労が絶えないだろう。
 そもそも、魔王というのは勝つか負けるかギリギリの勝負をしてこそ真価を問われるのである。弱すぎてもいけないし、強すぎてもいけないのだ。
 それなのに我が魔王様とくれば、自分が倒されるのが怖くて怖くて堪らないために、まだやっと双葉がついたような初心者勇者を今のうちとばかりに狩ってしまうのだ。これではビビリも治らないし、魔王をより成長させるのが勤めであるわたしの実力も疑われてしまう。
 ……何か、こう、魔王様を窮地に追い込むような出来事がないだろうか。
 魔王様の成長を願っていることを考慮しても、少々問題のある展開を期待してしまうわたしだった。
 ――そして、なんと魔王側の希望が神様に届いたらしい。
「おのれ魔王! 今日こそ覚悟しろっ!!」
 突如、朗々とした声が室内に響き渡った。もう長らくご無沙汰の、勇者一行がついにここまで辿り着いたのだ。
 『み』に濁音をつけたような音を出して、怯えおののくネコのような魔王様をよそに、わたしは眉をひそめる。
 おんやぁ……? こいつは、おかしいな。
「ええと、すみませんが勇者一行」
「なんだ!?」
「あなた方、どこから湧いたんです? 一応、こちらで勇者の動向は逐一管理しているのですが、あなた方のような一行はデータにないんですけど?」
 尋ねるわたしに、勇者は胸を張って答えた。
「それはそうだろうな。――この姿に見憶えがあるだろう!」
 勇者は懐から変なデザインの仮面を取り出し、顔に装着する。おまけに、奇抜なんだがアホなんだかよくわからない、四十路を過ぎれば筋を痛めそうなポージングを決める。
 その姿、確かに憶えがあった。
「なるほど。魔王軍の部下になりすまし、期を待っていたということですか」
 冷静に判断するわたしだが、胸中では密かに呆れていた。
 世界平和のためとはいえ、こいつら、勇者のくせにウチの魔王様よりよっぽど外道だな。
 ふと横を見れば、魔王様がものすごく非難がましくわたしを睨んでいた。明確な言葉こそないものの、長年の付き合いから察するに『だから、部下のプライバシーを考えて仮面装着自由になんて、しなければよかったんだよ!』といったところか。
 無視するのも気が引けたので、わたしは口パクで答えておく。『それが魔王というものです』。細かいことに頓着しない、おおらかさを魔王様には持っていただきたい。
 魔王側の一連のやりとりに気づかない勇者は、酔っ払いのように盛り上がっているらしく、役者のように派手な動きで剣を魔王様に突きつける。
「さあ、今日がおまえの命日だ。行くぞ、魔王!」
 勇者一行が各々の武器を構え、士気を高めていく。
 一方で、魔王様は悠然と座したままだ。己の優勢を演出しているように見えるため、わたしはツッコまないが、真相はブルブル震えて動けないだけなのだ。まあ、玉座の後ろに隠れていないのだから、あとで褒めてあげたい。
「……いいでしょう、勇者」
 わたしが呼びかけると、勇者はこちらを向いた。
「まずは、わたしが相手です。かかってきなさい」
 勝手に盛り上がっていたが、ラストバトルの前座たる魔王副官のことを忘れてもらっては困る。本来、魔王との戦闘はその部下が全員いなくなってから行われるものだ。
 もっとも、わたしは本気を出すつもりはサラサラなかったりする。まずは勇者一行の力を計り、それなりに強かったらあっさり降参する心づもりだ。所詮は前座。魔王様のためになるよう、分はわきまえている。
 緊張が場を支配し、膠着が時すらを停滞させる。
 吐息すら耳に届きそうな静寂を破ったのは、勇者一行があげたマヌケな声だった。
「へ……?」
「……?」
 鳩が豆鉄砲どころか散弾銃を喰らったような顔をした勇者一行は、わたしの後ろを眺めていた。
 事態が飲み込めず、わたしはゆっくりと首だけ振り返った。状況を把握し、悲鳴に近い素っ頓狂な声を出す。
「魔王様ぁっ!? 何やってんですか!!」
 背後では、魔王様が見慣れた恰好ではなくなっていた。人型だったのが、それこそバケモノのようなゴテゴテしたビジュアルになっている。
 だ、第二形態っ!
「魔王様、それは第一形態を打破された場合の、お約束的奥の手だと――」
「最終奥義ぃーっ!!」
 ウサギを狩るにも全力を尽くしちゃう魔王様は、わたしの制止を振り切るように高らかに吠えた。尋常じゃないエネルギーが魔王様に集中していく。
 ダメだ! もう魔王様を止められない!!
「くっ、ファーストアタックが最終奥義だと!? みんな身構えろ!」
「バカー! 身構えずに逃げろっ!」
 ラストバトル=逃げられないという常識にとらわれた勇者を尻目に、わたしは魔王様の背後に向かって駆け出す。
 頭を抱えてヘッドスライディングした瞬間、爆音と振動が荒れ狂った。
 最終奥義の余韻が消えぬうちに、わたしはそっと様子をうかがってみる。
 どうせ、全滅だろうなぁ……
 ! いや、違う!
 到底生存は不可能に思われたが、勇者ただ一人だけ最終奥義を耐え抜いていた。多少息が上がっているが、命に別状はないだろう。勇者の前方にその仲間たちが死屍累々と転がっているので、仲間を盾にしたのかもしれない。
 もういいや、この際ナイス外道!
 パーティの一人でも生き残れば、即回復アイテムで体勢を立て直してくるはず。そうすれば、あるいは魔王様と対等に戦ってくれるかもしれない。この戦闘で切磋琢磨することで、魔王様のビビリ性が改善されれば万々歳である。
 ――が。
「滅殺奥義ぃーっ!!」
 即座に究極の技を使おうとする魔王様のせいで、勇者は回復アイテムを使えない。
「ちょい待て魔王! それは卑怯だろ!?」
「そうです魔王様! ターンとか隙とか無視した、力のゴリ押しは嫌われ――、って、ああもう!!」
 案の定、魔王様は強引であり、わたしが再び伏せ込んだと同時に、哀れな子羊の断末魔はほんのコンマ数秒でかき消えたのだった。

「『その後、彼らの姿を見た者はいない』、っと」
 日誌に決まり文句を書き込んだわたしは、誤字脱字をチェックすることもなく乱暴に冊子を閉じた。凝った体をほぐすために、大きく伸びをする。
「副官殿、すみません」
「ん? 何?」
 とある部下が、紙片を差し出してくる。
「あの、各街に配布する魔王軍からの伝達は、本当にこの内容でよろしいので……?」
「そうよ。一字一句違えず、ね」
 遠慮がちに確認してくる部下に、わたしは重々しく頷いた。
 その紙片のタイトルには、デカデカとこう書かれている。
 『急募! 魔王と戦う勇者求む』。
 シンプルな文脈といい、微妙なニュアンスといい、わたしは副官としてベストな仕事をしていると自負しているのだが、いかがだろう?
 間違いであって欲しいと願っていたらしく、逆に肯定されて部下はなんとも複雑な表情をしていた。
 こいつの気持ちも、察する部分はある。魔王軍が勇者を募集するなど、果てしなく滑稽である。しかし、体裁でメシは喰えないし、死んでも治らないような性分を矯正できるはずもないのだ。
 理想と現実の板挟みに、わたしは遠くを見つめながらフッと笑う。
「あのね。ビビリな魔王様の副官は、大変なの」
 たぶん、五十路の哀愁が漂っていただろう。
 ただ一つ確かなことは、部下はどん引きしていたことだけだ。


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●感想
一言コメント
 ・とにかく面白い!!!! 魔王ゲームの暗黙の了解につっこみをいれすぎwww
 ・魔王が気弱すぎるのが面白い。
 ・隠れていた勇者達は魔王軍の仕事(勇者達が守るもの達をぶちのめすこと)をしてレベルアップしていたのだろうか?読み終わった後で気になりました。 
 ・すごく面白かったです♪これからも頑張ってください!
 ・RPG裏話……ですかね?面白かったです。魔王と副官の漫才が。副官様、頑張れーと陰からこっそり応援させていただきます。
 ・まさに縁の下の力持ちってのはこんな人のことを言うんっすねwつか外道すぎるだろ魔王ww
 ・外道な勇者がうけ。
 ・読んだとき笑いました。びびり・・・
 ・とても面白かったです!!続編とかがあったら読んでみたいです(笑)
 ・とても面白かったです!
 ・副官が苦労人すぎて好きです。ギャグとして楽しく読めました。
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